2014年9月18日星期四

戦前の会議らしい

「それでま~本題に移るわけなんだけれども~」

 しばらく放置していた大公の注意が自分に向いたことを蓮弥は感じ取った。
 目をそちらへ向ければ、テーブルの上に突っ伏して何故だかだくだくと涙を流しているメイリアの姿と、どこかつやつやとした雰囲気を放つ大公の姿が見て取れる。D9 催情剤
 その脇には、真っ青になったシオンが体を震わせながら直立不動の体勢で固まっていた。
 もちろん、同じ部屋にいたのだから蓮弥の耳にも大公の暴露話は届いてはいたのだが、なんだか聞いてはいけない類の話のように思えてならず、大公の気が済むまでは大公の言葉を意識して聞かないようにしていたのだ。
 理解しようとしなければ、人の話等意識の上を滑っていく雑音でしかなく、蓮弥は大公の話をほぼ完全に言葉としては受け止めていなかった。
 ただ、どうしても言葉の端々は何かの拍子に意味のある言葉として耳に飛び込んでくることもあるわけで、メイリアの聞かれたくない秘密の1割くらいは耳にしてしまった気がしている。

 「どう言うお話を持ってきてくれたのかな?」

 するりと差し込まれた言葉は、短剣の刃にも似て蓮弥の心臓につめたい感触を与えた。
 思わず自分の胸をさすりつつ、成程これが大公モードなのかと納得する。
 声音や声質が変わったわけではなかった。
 それでも気がつかなければ気がつかないままに、息の根を止めかねない鋭さと冷たさを兼ね備えた声。
 表情は変えずに、内心汗を垂らしながら、蓮弥は聖王国での国王とのやりとりを大公へ説明する。
 大公は、笑みを含んだ顔のまま、いまだに突っ伏したままのメイリアの背中をぽんぽんと叩きつつ、蓮弥の話を聞いていたが、蓮弥の説明が終わると、まじまじと蓮弥の顔を見ながら言い放った。

 「キミ、馬鹿でしょ?」

 「母様!?」

 いまだ復帰しないメイリアの代わりに、シオンが大公に疑問を呈した。
 馬鹿と面と向って言われた蓮弥は反応を示さず、他のメンバーは状況を見守っている。

 「頭の出来が悪いって意味じゃないのよ~。普通考えてもそんなこと実行しないでしょ~? だから~馬鹿なんじゃないかって思ったのよ~」

 「そこは否定しきれない部分だが……こう言うのは首根っこを先に押さえた方が話が早い」

 まともに戦争につきあってしまえば、どこまでも被害が拡大していってしまう。
 おそらく交渉に持ち込むまで時間は相当かかるはずであるし、そのかかった時間に比例してトライデン公国の国民は被害を募らせ、疲労を蓄積していってしまう。
 そして聖王国側は、支払いきれない負債を抱える羽目になるのだ。
 蓮弥の見立てでは、この戦争に限っては勝とうが負けようが誰もほとんど得をしないのである。
 トライデン公国側が勝った場合、聖王国からもらい受けるものが無い。
 無いと言うよりは、聖王国が負けた場合には参加している諸国への賠償やら報酬やらでトライデン公国に支払いをする余裕が無くなっているはずだった。
 聖王国側が勝利した場合は、確かにトライデン公国を丸ごと手に入れることになるのだが、やはり参加した諸国への報酬の支払いが大きい上に、トライデン公国に代わって瘴気の森の脅威に対する盾の役割を果たさなくてはいけなくなってしまう。
 それにかかるコストは、得られる物よりもずっと多いはずだった。

 「それは確かにそうね~」

 「この戦い。あの色ボケを始末すれば、被害が少なく時間もかからずに終わるはずなんだ」

 「それをキミがやると?」

 「あぁ、俺がやる。俺しかできないだろ。トライデンの国軍には防御主体でひたすら被害を抑えていて欲しい」

 「そうだね~」

 間延びした声で頷きながら、蓮弥を見る大公の目は間違いなく蓮弥を値踏みしていた。
 そう簡単には、話に乗れない立場であるし、それに伴う責任も付随している。
 あまり好ましい視線ではなかったが、蓮弥は黙って見られるに任せることにした。

 「ごめんね~でも勝ち目の無い賭けには乗れない立場でさ~」

 「乗れない場合。策はあるのか?」

 蓮弥は自分を策士だと思ったことは無い。
 どちらかと言えば、抜けやら落ち度が多い所を力技でなんとかしているのだという自覚があった。麻黄
 それだけに、大公と言う立場にある目の前の女性が自分以上の案を持っていると言う可能性についても考慮していた。
 大公の案の方がずっと良い案なのだとすれば、聖王国のことなど考えから除外してそちらに乗るべきだ、とも思っているのだが、残念なことに大公は首を左右に振った。

 「キミの提案以上に、被害を少なく時間を早くする案の持ち合わせはないな~」

 「で、あれば?」

 大公の返答を促しつつ、蓮弥は密かに舌を巻いた。
 蓮弥の提示した案以上の物はない、と大公は確かに言った。
 つまりは蓮弥の提示した案よりも被害が大きく時間がかかると言う条件であれば策があったらしいと言うことに気がついたからである。

 「キミの案に乗る。我々トライデン公国軍は防御体勢を主とし、冒険者レンヤが敵首魁である勇者を討ち果たすまで可能な限り被害を抑えて耐えるようにする」

 「ありがとう。……期待には沿えると思う。敵軍をまとめている勇者が斃れれば、敵軍も深追いまではしないと思う」

 「それは……どうかな~?」

 蓮弥の言葉に今度は否定的な言葉を返す大公。
 なんとか復帰したメイリアが身体を起こしながら尋ねた。

 「母……大公陛下。それは一体? 敵軍は勇者の威光でもって無理にまとめられた軍です。勇者を失えば統率が取れなくなるのは道理ではありませんか?」

 「そうだね~、けどそうじゃないんじゃないかな~」

 大公の言葉の意味が分からずに、言葉に詰まるメイリア。
 そのメイリアに教え諭すように、大公は続けた。

 「そんなことはさ~、勇者自身も分かってるんじゃないかな~。だったらさ~、それに対する策を持っていると思うのが普通だよね~」

 そうだよね、と視線で問われて蓮弥は頷くしかなかった。
 そんなことはない、と答えることができない以上は大公の言葉を肯定するしかない。
 蓮弥が頷いたのを確認してから、大公は少しだけテーブルに身を乗り出す。
 ものすごい質量のものがテーブルの上でつぶれて形を変える様に、場違いだとは十分分かっていても、その場にいた全員が思わずそこに注目してしまう。
 唯一、蓮弥だけが瞬時に目をそらした。
 それが大公陛下の、その場に居合わせた者の耳目を集める手段だと悟ったから。

 「トライデン公国軍は、第一案として、冒険者レンヤが勇者を打倒するまでの時間稼ぎ、並びにその支援を行います。ですが、時間がかかりすぎる場合、もしくは勇者の打倒が無理、困難であると判断した場合は第二案に移ることとします」

 「第二案? そんなものがあるのかねぇ?」

 疑い深そうにエミルが尋ねる。
 現在分かっているだけでも、連合軍と公国軍の戦力比は3対1になっている。
 これは公国軍側が完全に篭城したとしても、力押しでなんとかなり得るだけの戦力差と言えた。
 さらにそこに、連合軍側には勇者と言う単体で非常識な戦闘能力を持つ存在がある。
 蓮弥のように、勇者に単体でぶつけてその行動を阻害できる駒が存在しない場合は、その存在一つだけでも厄介だと言うのに、先の戦力比をそこへ加えれば、まるで勝ち目の無い話であると断定しても良いくらいだった。
 そんな前提条件で、蓮弥を抜きにした対策がある、とはエミルには到底思えなかったのだ。
 これはエミルが蓮弥と戦闘した経験から判断した思いでもある。老虎油

 「えぇ。ありますよ~」

 疑いたっぷりの視線をエミルに向けられても、大公の答えは乱れることがなかった。
 その態度は、はったりだとするならば相当な肝の持ち主であると言えたし、はったりでないのだとすれば本当に蓮弥の提案の代案になりえる策を持っていると言うことになる。

 「その案、お聞きしても宜しいのでしょうか?」

 エミル程疑うわけではないにしても、クロワールも代案の存在が信じられないらしく、遠慮がちに大公に尋ねてみるが、この問いかけはすぐに大公によって拒否された。

 「情報はどこから漏れるか分からないしね~。その時が来るまで内緒~」

 「俺の案からそちらの案に切り替えるタイミングは?」

 視線を大公からそらしたまま、蓮弥が聞いた。

 「そんなに時間はあげられないかな~。代案には起動するまでの時間と~、その間、敵軍を受け止めるだけの兵力が必要になるからね~」

 「母様……」

 シオンの顔が驚きの表情を形作った。
 メイリアの顔も、強張り色を失っている。
 どうやらこの二人は、今の台詞で大公が何をするつもりなのか理解したらしい。
 そしてその理解した事柄を、聞いても教えてはくれないのだろうなと蓮弥は溜息混じりに考える。

 「だから~、できる限り急いでお願いしたいかな~」

 「分かった。今回は……加減無しでやる」

 今までに無い程に、真剣な声で言い切った蓮弥であったのだが、今まで加減とかしてたのか! と言う無言のツッコミを大公以外の全員から受けてたじろぐ。
 今までを実際に目にはしていない大公だけが、なんだか不思議そうに蓮弥を見たり、そのほかのメンバーを見たりしていたが、やがて視線を蓮弥で止めて。

 「そうそう。実はお尋ねしたいことがあったの~。こんな機会じゃないと聞けそうに無いから聞いてもいいかな~」

 「なんだ? 答えられることなら、答えなくもないが」

 そんなに今まで自重せずにやってきただろうかと首を捻りつつ自分の行動を省みている蓮弥は、大公の言葉にあまり深く考えずに答えた。

 「孫の顔って、何時頃見られるかしら~?」

 「は?」

 なにかとても今の雰囲気にそぐわない単語を聞いた気がして、蓮弥が問い返す。
 大公はニコニコ笑顔を浮かべつつ、じっと蓮弥を見つめながら再度尋ねた。

 「だから~孫の顔をね~」

 「なんで孫?」

 どこからそんな話になったのか、皆目見当のつかない蓮弥であるが、大公は構わずに話を進めていく。

 「レンヤさん的に~本命はシオンちゃんなの?」

 「おい、会話しろ」

 「レンヤさんの周囲には、可愛いコが一杯だから、目移りするわよね~。うちのシオンちゃんなんてお薦めだけど、メイリアちゃんも良いお嫁さんになると思うのよ~」威哥十鞭王

 「それは娘の売り込みなのか?」

 呆れる蓮弥であるが、売り込まれた側のシオンはまんざらでもないようであったし、メイリアは再度テーブルに突っ伏して顔を伏せてしまっている。

 「でも無理強いは良くないわね~。なにせローナちゃんはおっきいし~、そこのエルフさんは希少価値だし?」

 「迂遠に貧乳と言われた……」

 がっくりとクロワールが項垂れる。
 しかし反論はできない。
 多少のふくらみなど、無いものと主張してしまえる大質量が目の前にあるのだから。

 「そこのサイドテールの子は……並ね~」

 「何か文句でもあるのかねぇ?」

 引きつった笑顔で返しつつ、何故かエミルの視線は蓮弥に向いている。
 蓮弥は俺の方に振るな、と視線だけで答える。

 「手当たり次第手を出したら駄目ですからね~。所で36歳未亡人についてどう思う~?」

 軽くしなを作りながら、流し目などしつつ尋ねられて、蓮弥は声を荒げた。

 「知るかっ!」

 「張りとボリュームなら、ローナちゃんに負けないんだけど~」

 むにっと持ち上げて見せる大公。
 慌てて蓮弥は明後日の方向へ視線を飛ばし、大公に指をつきつけた。

 「張り合おうとするな。旦那に操をたてとけ」

 「え~……」

 不満そうな大公陛下ではあったが、蓮弥は取り合う気は無かった。
 なんだかこれ以上、取り合っていると危険なツボにはまりそうな気がしたからだ。

 「私、レンヤをお父さんとは呼びたくないんだが」

 「シオン姉様に同意」

 シオンとメイリアが、心底嫌そうな顔でぼそぼそと呟いている。

 「お前らは姉妹揃って何を心配してる!? 今は戦争に集中しろ!」

 一応、負ければ首都陥落、大公は処刑されて国は滅亡するだろう現状を、こいつらは本当に理解しているのだろうかと首を捻る蓮弥であった。田七人参

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