2014年9月29日星期一

恋のライバル?に見つかりました

魔術研究所からの帰り際、出入り口のところでオルディスさんに会った。

 すれ違いざま、「よくも先日は人の睡眠を邪魔してくれたな」などと謎の捨て台詞を吐かれてしまい、私はびっくりである。SPANISCHE FLIEGE D6
 一瞬何のことか分からず、そのまま立ち去ろうとするオルディスさんをぽかんと見送りかけてしまったが、すぐにノエルがやってきたあの晩のことだと思い当たり、慌てて彼の背中を追いかけた。

 そうだ、ノエルが私の肩を掴んだ時、オルディスさんからもらったブレスレットが警告のように点滅したんだった。あの後、特段何も起こらなかったから、単純な警告だけで済んだのだと思ったけれど、どうやらしっかりオルディスさんのところへ連絡が行っていたようである。

「ま、待って下さい、オルディスさん。その件なんですけどっ」
「相手はウッドグレイ殿だったのだろう、分かっている」
 ひい、完全にバレているじゃないか。
 別に私が悪事を働いたわけではないが、どうにも居たたまれない。

「遅かれ早かれ、お前に接触してくるだろうと思っていたから、驚いたりはせん」
「そのっ、どの辺まで知ってるんですか……? 会話が聞こえたりとか?」
「相手がウッドグレイ殿だと分かった時点で、会話の傍受など面倒なことはしていない。どうせ自分のところへ来いだとか、その辺りの話だったのだろうが」
 ご明察の通りである。
 でも、それだけじゃない。宰相様や――オルディスさん達に利用されていることを忘れるな、という際どい忠告もあったのだ。もしオルディスさんがそれを聞いていたとしたら、どうなるのだろう。私への接し方が変わって来るだろうか。

「何にせよ、誰が聞いているかも分からんこんな廊下で話し込むのは、馬鹿のすることだ。今日は特段お前に報告するような話もないから、さっさと定食屋に帰るがいい」

 うわあ、機嫌わるっ!

 いきなり接し方が変わっている様子なんですけども。

 やはりあの晩の会話は全て聞かれていたと考えておいた方がいいのか。「聞いてたんですよね?」などと念押ししようものなら、オルディスさんの機嫌は海よりも深い奈落の底へ沈みそうな雰囲気なので、聞くに聞けない。

 まあ、仮に会話を聞かれていたとしても、どうしようもないことであるし。
 ここは、言われた通り、さっさと退散するのがよさそうだ。
 私は逃げるようにして研究所を後にした。

・   ・   ・   ・

 機嫌の悪い時のオルディスさんほど恐ろしいものはない。
 触らぬ神に祟りなし、と一人唱えて廊下を歩く。
 しかし、ここはあえて触ってみる勇気が必要だったのかもしれない。
 早々にオルディスさんと別れたことが、仇になった。SPANISCHE FLIEGE D9

 研究所からの帰り道――全く別の災難が、突如降ってわいたのである。


「ちょっとお待ちなさい」

 不意に廊下に立ちふさがった影が、私を呼びとめた。

 ここはまだ研究所からそう離れておらず、普段から人気ひとけのない寂しい廊下だ。
 そんなところで声をかけられるとは思っていなかった私は、不思議な思いで顔を上げた。

 廊下に仁王立ちしていたのは、私とほとんど変わらない年頃の娘さんであった。
 白を基調とした丈の長い上着に、薄い水色のロングのワンピースを身につけている。艶やかな金髪を一つにきっちりとまとめ上げ、意思の強そうな茶色い瞳がしっかりと私を見据えている凛とした様は、人目を引きつける華やかさがある。
 明らかにいいところのお嬢さんという出で立ちだ。むしろ、いいところのお嬢さんどころか、どこか神々しささえ漂っているような気も……。

「あ!」

 私は素っ頓狂な声をあげた。

 目の前の娘さんが何者か、思い当たってしまったのだ。
 彼女こそ、ルーナさんが言っていたソティーニさんとやらではあるまいか。例の、オルディスさんに恋焦がれて還俗しようとしている女性神官で――私を恋のライバルと認定し、目の敵にしているとかいう。うん、間違いない。

 私はすぐさま回れ右をした。

 が、どうやら彼女の方では見逃してくれるつもりなどないらしい。

「お待ちなさいと言っているでしょう!」
 思いっきり肩を掴まれ、逃げるという選択肢を奪われてしまった。
 こんな時に限って、オルディスさんからもらったブレスレットはぴくりとも反応しない。相手を選んで能力を発動させるのはやめてほしいところである。

「あのう、何でしょうか」
 とうとう私は観念して、娘さんと向き合った。
 娘さんは、ふんっと鼻を鳴らして、私を頭のてっぺんから足のつま先までじろじろと観察した。
「あなたが、お弁当の配達員?」
「はあ、そうです」
 何を言われても一切反論しないようにしよう。それが、最短の解放ルートだと私の本能が告げている。

「名前は?」
「ハルカと言います」
「男みたいな名前ね」
「よく言われます」
「私はソティーニと言うのよ」
「素敵なお名前ですね」
 あああ、やっぱり噂のソティーニさんだ。内心の焦りを感じさせないように、私は極力無感動に相槌を打った。SPANISCHE FLIEGE
「名前なんてどうでもいいのよ。私が確認したかったのは――あなた、オルディス様のお知り合いだそうね?」
 思わぬことに、ソティーニさんはいきなり本題を持ち出してきた。
 なるほど私も、のらくらとどうでもいい話題で時間を稼ぐのは本意ではない。面倒事に関わってしまったからには、さっさと言いたいことだけ確認し合って、解放してもらうのがいい。特に今回のように、どう転んでも時間の無駄にしかなりえないような押し問答が待ち受けている場合には。

「そうですね、オルディスさんは昔お世話になった恩人でして。とは言っても、今は弁当を研究所へお届けしているだけの間柄ですが」
「オルディス『さん』ってあなた、この国の一級魔術師であるお方に対して、何と無礼な」
「あ、失礼しました。オルディス様でした」
 本題勝負かと思いきや、細かいところにツッコミが入ってくる。
 これはますます、下手なことを口にしないよう気をつけなければ。

 しかし、だ。

 ……オルディスさんめ。
 くそう、何となく流れが読めてきたぞ。

 推測ではあるが、オルディスさんは、私と出くわす直前まではこのソティーニさんと会っていたのではなかろうか。

 ソティーニさんに付きまとわれて辟易していたオルディスさんは、適当に話をはぐらかしてその場から逃走。逃げ出すことには成功したものの、募った苛立ちを発散する行方までは確保しきれず、この私に八つ当たりという形式でそれを仕向けてきた。それがつい先程のオルディスさんの不機嫌ぶりである。
 ソティーニさんがこんなうら寂しい人気のない廊下に一人で佇んでいたのも、オルディスさんを追いかけてここまでやって来たからなのではなかろうか。さすがに魔術研究所へ足を踏み入れる勇気まではなかったのか、諦めて戻ろうとしたところへ私がはち合わせてしまった――と。
 そう考えれば、流れが繋がる。

(それにしても、なあ)

 私はこっそりと驚いていた。
 ソティーニさんはもっと年上の女性だと思っていたのに、まさかの私と同年代である。
 三十過ぎのおじさん相手に本気で恋をする十代女子だなんて、とんだカルチャーショックだ。目を醒ませと耳元で叫んであげたいところだが、おそらく無駄なので止めておこう。Motivator

「あなた、私のことは当然知っているのでしょうね?」
「お伺いしています。オルディス様の……将来の、婚約者様だとか」
「ええそうよ、話が早くて助かるわ」
 ほんの少し、ソティーニさんの心証がよくなったようである。このままゴマをすりまくって、見逃してもらうのがいいだろうか。

「あなたがどうあがこうが、あなたでは彼の本妻にはなりえないのよ。所詮は定食屋の店員でしかないその身では、オルディス様には釣り合わない。そこのところ、ようく考えてごらんなさい。まあね、オルディス様にあこがれる気持ちは分からないでもないわ。でも、あのお方も迷惑しているの。いつまでも未練たらしく彼にまとわりつくのは、同じ女として見過ごせないわね」

 全てに肯定して場を切り抜けようと決めたばかりであるが、さっそくその決意が揺らぎつつあった。
 私が身分不相応な横恋慕でもってオルディスさんを追いかけまわしているなどと、あまりにも事実無根な言いがかりをつけられて、はいそうですねと頷けようか。

 ああでも、ここで反論すれば、より一層の泥沼に巻き込まれるのは目に見えている。
 結果、私は微笑みだけを顔に貼りつけて、無言を貫いた。

「あのお方には、私という未来の伴侶がいるんですもの。これは神が定めたる絶対なる縁えにし。何者にも覆すことなどできやしないわ。例えあなたが、彼の胃袋を掌握することで運命を弄ぼうと企んでいても」
「いや、そんな、めっそうもない」
 そもそもオルディスさんはうちの弁当を口にしてすらいません。
「……あなたのところのお弁当は、庶民の味にしては、なかなか美味しいらしいわね」
「いえいえ、オルディス様のお口にはとても合わないようでして」
 どれだけこちらが下手に出て話の方向性を切り替えようとしても、当のソティーニさんにはまるでそのつもりがないようである。初めから最後まで、持っていきたい話題は彼女の中ですでに決まっているらしい。

「ねえ、私にも、あなたのところのお弁当を食べさせてちょうだい」
「えっ」

 いやそれは、と遠慮しようとした私に、ソティーニさんの鋭い眼光が飛んでくる。
「まさか、この私のお願いを無碍に断るつもりではないわよね?」
「ええと、そのー、ソティーニ様のような高貴なお方にはとてもとても」
「オルディス様が召し上がっていらっしゃるのなら、将来の妻たる私も頂いておかなくては」
「オルディス様ご自身は、食べていませんよ! あの人の部下が食べているだけで」
「嘘をおっしゃい」
 ソティーニさんの静かな雷が落ちた。
「今日も私がオルディス様のためにお食事をご用意したというのに、お弁当の予約があるからと断って研究所に帰られてしまったばかりなのよ。予約したお弁当を食べなければ廃棄することになるという、あのお方のお心遣い。いたく心に沁み入りましたわ。けれど同時に、私がご用意したお食事は、たかが庶民のお弁当にも屈する程度のものであるということも事実」
 ぐっと、ソティーニさんは拳を握りしめた。
「私は、知らなければならないのよ。あなたのお店が用意するお弁当の味をね」

 ……もう帰りたい。蒼蝿水(FLY D5原液)

2014年9月27日星期六

接敵するは……

水明達の同行する商隊が王都メテールを離れてより数日。
 旅程は穏やかであり順風満帆。野盗や魔物、旅の足に直接響くような規模の大きな雨にも見舞われることなく、街道沿いにある小さな村や宿場の世話になりながら、進んでいた。終極痩身


 難があったと言えば、食事の質くらいのものだったが、それは元より予想していた事なので取り立てて挙げるべきものでもないか。


 そして道のりの間にった難関である山越えも無事に果たした水明達は、まだ少し険しい道の半ばにあった。
 商隊の人間の話では、クラント市まであと全体の三分の一程度の距離。裾野と盆地を抜ければ、クラント市まですぐらしい。


 ――だが、世界が変わっても、その根本は同じらしい。どうやらこちらの世界も向こうと同じく、変わり目と言うものは往々にしてそう簡単には過ごさせてくれないようだった。


 裾野を下りきったあとの林の中。
 木々の密集度合いも疎らであり、普段なら晴れ間のように木漏れ日が射すような場所なのだが、今は曇り空なためどんよりと重苦しい雰囲気。
 灰がかった情景は、気持ち見通しは良くない。


 そんな状況下で、まさに狙ったと言わんばかりに、剣呑な気配が辺りから漂ってきていた。


 ……隣を歩くレフィールが声を掛けてくる。



「……スイメイくん。気付いているか?」


「まあ、一応」


 と、口にできるくらいは、自身とて周囲の気配を感じる機微はあった。
 そう、裾野を下り、この林に入った辺りから、首筋が良からぬ予感に炙られている。そして、魔力を臨戦状態まで高めた時に発生する魔力場が、剥き出しの状態で存在している。
 否、それは正しくないか。正確には、その力場が近付いて来ているのだ。


 察するに、完全に魔力を持つ何らかが、こちらに対して仕掛けてくるような気配なのだが……。


 横合いへの警戒を解かぬまま、レフィールに訊ねる。


「……なあ、これは魔物なのか? どうも人間のような感じはしないんだが……」


 そんな疑問の出所は、いま感じている魔力の動きのみだが、それの挙動があまりに人間の動きと違い過ぎていた。


 すると、レフィールには思い当たるものがあったらしく。


「いや、これは魔物じゃあない。魔族だ」


「む……」


 ここでその名称が出てくるか。旅立つ前にもそんな話は出たが、やはり関連があったのかもしれない。


 しかし。


「……今の、ずいぶんと断定的な物言いだったが、魔族かもしれないじゃないのか?」


「ああ」


「何故?」


「奴らの事は良く知っているからね。間違いないよ」


「……そうなのか?」



「……ああ」



 重ねて問うと、何かしら思うのか、さっきよりもぎこちない返事をするレフィール。

 そんな風に先ほどから些か剣呑さが増している彼女がそう口にしたそのすぐあと、この追随してくるような気配に他にも気付いた者がいたか、商隊の動きが急に止まった。


 そして間もなく、前方から足音に気を付けながら駆けてくる戦士然とした風体の冒険者。顔色に苦みが滲み出、芳しくないのは状況を察知しているが故か。超級脂肪燃焼弾

 こちらに向かって手を挙げた。



「おい――」


 と、そんな発するや否やの声がけの段階で、レフィールが首肯する。


「ああ、気付いている」

「え――? お、そ、そうなのか?」



「ああ」


 レフィールが二言で肯定すると、手間が省けたと言わんばかりに早速本題を口にする冒険者。


「――なら話は早えな。魔法使いの見立てだと、近付いてきてるのは魔物らしい。それで、ガレオさんの意向でここで迎え撃つ事になった」


 ……どうやらレフィールと違い、彼らは気配の正体を魔物だと認識しているらしい。
 何れにせよ、向かってきている時点で知れることだろうが。


 しかし、それとは別に冒険者の言葉に疑問が湧く。


「ここで迎え撃つ?」


「ああ、そうだが? 護衛が戦うのになにか問題でもあるか?」


「いえ、それは良いですけど、商人の方達はどうするんです?」


 訝しげに訊ねてきた冒険者に訊ねる。そう、疑問はそれだった。
 護衛で来たゆえ、当然戦闘は構わない。
 だが、問題はそうなった場合の自分達が守る商人たちの扱いだ。


 普通に考えれば、非戦闘員である彼らは戦いには巻き込めないため、一時安全な場所に退避してもらう事になる。適当、適切を考えればだが、そうなった場合、この辺りでは一体どこに動かすのが最善なのか。
 裾野を下りたばかりの林の中。地面は緩やかだが道はまだ荒れていて、身を隠すにも隠れ易い場所が然程ない。


 その辺を鑑みれば、どうするのか。それを含め、今度はレフィールが問い掛ける。


「もしや、先に行かせて要撃という算段か?」


「いや、そうじゃない」

「なら、林の奥にでも行かせるんですか?」


「それも違うんだ」


「……?」


 冒険者はどちらの答えにも頷かない。
 策としては、レフィールの言う通り要撃――つまり足を止めての迎撃、待ち伏せが現時点でベストのはずだが。

 その疑問は固い面持ちの冒険者の言葉によって、氷解した。


「……どうやら俺達の前方にも魔物はいるらしい。これで横合いにもいるなら、後ろにもいるかもしれないし、最悪もう取り囲まれている可能性もある。それなら下手に商人たちを動かすよりは、見える範囲に集めて迎え撃った方が良いだろう……そういう判断だそうだ」


 なるほど。行く手にもいるならば、守りの一手しかないか。納得はいく。

 すると、レフィールが。SUPER FAT BURNING


「攻め役は?」



「ん? いや、いないが……?」


「何故だ? 囲まれてるという憶測があるなら、それを踏まえて陣を食い破る必要があるはずだろう?



「は? べ、別に俺たちは強攻突破する訳じゃない。守りを硬くすれば魔物くらいどうという事はないだろ?」


「……そうか」


 冒険者の反論に、レフィールは大人しく引き下がる。あっさり退いたのは不毛な論争を避けた故か。しかし、どこか失意の混じった声に聞こえた気もした。


(囲いと突破ね……)


 ふと、そんな場面を思い描く。囲みを崩す最善手と言えば一点突破だ。囲まれたまま迎撃するのはそもそもが相手の思惑通りなのだから、効果の有無に関わらずまず相手側の策を打ち破るために、必ずその手が使われる。


 今回の場合、強攻突破をするにしろしないにしろ、遊撃部隊が包囲を食い破って自由になれば、陣形を崩しやすくできるという事だ。
 レフィールの考えとしては、それを含めた提案なのだろう。


 ……効果的だが、しかしそれにはそれだけ人手があればという前提が必要になる。
 無い袖は振れないとの言葉がある通り、十分な守りを確保できなければ攻めを考える事はできない。


「話はもういいな。じゃあ俺は持ち場へ戻る。アンタ達は荷を頼んだぞ」
 そして、話すことは話したと、踵を返し去ろうとする冒険者。
 そんな彼をレフィールが引き留める。


「一つ良いだろうか?」

「……どうした?」


「前から来るのについては分からないが、横合いから来るのは魔物ではなく魔族だ。その旨、ガレオ殿にも伝えておいてくれ」



「は? アンタ、どうしてそんな事が分かる?」


「経験則だ。これは魔物の気配じゃない」


 その断言に冒険者は訝しげに小さく唸る。
 そして、眇めるような視線をしばし呉れたあと。


「……わかった。一応そうかもしれないと呼び掛けておく」


 冒険者はそう無難な返事をすると、今度こそ、と足早に離れて行った。


 去り行く彼を見送って、水明はため息を吐くようにひとりごちる。


「……魔族とかと戦うのは御免だからって、付いてかなかったんだけどなぁ」


 思い出すのはキャメリアでの選択だ。あれは無理に未知の敵と戦わず、無謀な戦いを避けるという、安全に向こうの世界に帰る手段を見つけるための別れだった。


 だが、結局は戦う羽目になるとは。
 魔族なのかどうなのかはまだ判然としないが、そうだとすればこれ以上の皮肉はないのではないか。運命からは逃れられないのだと、こちらの行く手を邪魔されているかのように何かしらの見えない悪意を感じる。

 呟きの端っこでも聞こえたか。


「どうかしたのか?」


「いや。旅行くらい、平穏無事に過ごさせて欲しいってさ」


 すると、レフィールは。


「スイメイくん。旅は危険が付き物だ。都合よくは進まない。それに今のご時世だからな、こういう事は必ずあると心掛けていた方がいい」


「……嫌になるくらい物騒だ。どこもかしこも」


「それを振り払うために、私たちがいるんだろう?」


「確かにな。そういう依頼受けたんだもんな」



 レフィールの問いに、全くその通りだと素直に言葉を認めると、彼女はふっと不敵に笑みを浮かべた。
 戦いに赴く前に、戦友に掛けるようなそんな笑みを。美人豹


 そんな僅かな会話の幕間が終わると、彼女は背中の得物を取り、その包みを慣れた手つきで解いていく。


 そこから現れたのは長大な剣だった。
 長さは切っ先から柄頭まで目測百八十センチ。柄は湾曲を引いた三角形の巨大な鍔に保護されており、それと一体になった刀身は十五センチ近い幅を持つ。ツヴァイハンダーの長さとクレイモアの広刃を足したような型だが、西洋風、和風、中華風、そのどれともつかないまさに異世界風の作りで、華美に走らず、しかし美しい赤と銀。

 それを片手で軽々と振り回して、刀身に曇天から射す僅かな陽光を滑らせる。振り回した力の出所は何なのか、どういう所業なのか、それは分からないが剣を持つ手は慣れたもの。


 そしてレフィールは、どうしてかそのまま横合いへ――魔族らしきが詰めてきている方向へ、歩き出す。


 こんな大きな得物だ。戦うため、商隊と多少距離を取るのか。
 しかしこちらのそんな予測とは裏腹に、彼女はそのままずんずんと離れていく。


「お、おい、レフィール?」


「――スイメイくん。すまないが、私は先手をとるためここで仕掛けに行く事にする」


「行くってそんな、……勝手にやって良いのか? まだ奴らとは距離があるし、それならせめてガレオさんとかと相談してからの方がいいんじゃないか?」


 そう提案すると、レフィールは瞑目しながら首を横に振った。


「いや、周りを見ろ」


 その言葉と視線を追って、こちらも周囲に目を向ける。
 そこには、危うい事態に忙しなく動く商人や護衛の姿があった。


「……?」


「他の冒険者や傭兵達は完全に守りに入るつもりだ。それは分かるな?」


「ああ、だろうよ。さっきそう言ってたしな」



「それではダメだ」



「む……」


 商隊の取ろうとする策を根元から要らぬと腐す、それは唐突な否定だった。
 そんな物言いに、先ほどのレフィールの案が思い浮かぶ。絶對高潮

2014年9月25日星期四

彼の手番

「ところで」

 すぐに退室せずディアレスさんが俺に話しかけてきた。

「君のことはクロヒコと呼んでも?」
「好きな呼び方でいいですよ」D9 催情剤
「ではクロヒコ……君には随分と妹が世話になっているようですね」

 はは、と苦笑する。

「世話になっているのは俺の方かもしれませんけどね」
「謙虚だね」
「そう見えるよう、努力はしてるつもりです」

 きょとんとするディアレスさん。
 そして彼は微笑みを湛えた。

「なるほど、そういう男ですか」
「えーっと、はい……こういう男です」
「久しぶりに会ったセシリーがなんだかいつもと違っていたものでね……そう、何かふっ切れた感じがあった。そこで家の者に聞いてみたんです。何かあったのか、と。すると君の名が出てきた」

 ディアレスさんは椅子を戻しながら言った。

「あれは複雑な娘でね……あんな風に育ったのも私を手本としたからでしょう。ですがあれは元来、ああいう子ではないのです。元は活発ですぐ頭に血がのぼる性質の子なのですよ。しかし父の方針もあって奇妙な義務感に取りつかれてしまっていた。結果、いびつな娘に育ってしまい私も危惧していたのですが……」

 なるほど。
 セシリーさんの今の性格――というよりは外づらか――は、お兄さんを手本に形成されたものだったのか。
 とすると仕草や話し方がやけに似ているのも頷ける。
 ただ気になることがある。

「あの……それがわかっていたなら、あなたがセシリーさんにしてやれることはいくらでもあったんじゃないですか?」

 口幅ったい質問かとも思ったが、それがわかっていたならあれほどの苦悩を抱え込む前にどうにかできなかったのか。
 強い疑問が俺の躊躇いを上回った。

「君ならばどうでしょうか?」

 ディアレスさんが聞き返してきた。

「どうでしょうか、と言いますと?」
「自分が越えようとしている人物に何もかも手ほどきしてもらってその相手を越えたとして……嬉しいですか?」
「うーん、本末転倒な気はしますが」

 かといってあそこまで抱え込むまで放っておくのはなぁ。
 それに今のは微妙に論点をずらされた気もする。

「それに私は決して優しい人間ではありませんからね――君と違って」
「え?」

 ディアレスさんの笑みが華やいだものへと切り替わる。

「何はともあれセシリーは君に特別な感情を抱いているようです。不肖の妹ではありますが、どうかよろしくお願いします」
「は、はぁ」

 と、そこで、

「おい、帰るぞ腹黒ギツネ」

 ひょこっりとドアから顔を出したのは団長だった。

「禁呪使い、この男の言うことは軽く受け流していいぞ。性格が感染して、おまえまで性格が悪くなってしまう」
「立ち聞きとは趣味が悪いですよ……というか」

 ディアレスさんがジト目で団長を睨む。

「腹黒ギツネって、まさか私のことですか?」
「あぁ?」

 団長が厳めしい顔で室内を見渡した。

「他に、誰がいるんだ?」
「くっ――」

 ふるふる、と悔しげに拳を震わせるディアレスさん。

「あれがうちの団長です……さすが自分でひねくれ者だと称するだけはありますよね。クロヒコもひねくれてると思うでしょう?」
「お、俺に同意を求められても……」
「次期聖樹騎士団長サマも負けず劣らずひねくれ者だがな。なあ、ディアレス?」

 言って団長がドアから顔を引っ込めた。
 足音が遠ざかっていく。
 今度こそいなくなったようだ。

「ったく、あの人は」

 憮然とするディアレスさん。
 と、彼がすぅっと目を細めマキナさんを見た。

「ただ、先ほど団長はああ言っていましたが……今の彼ならば四凶災の相手、務まるかもしれませんよ?」
「……かもしれないわね」

 残った紅茶をチビチビ飲んでいたマキナさんが答えた。

「彼はいまだに強くなり続けています。そのうち彼、自分の力が四凶災に届くと実感を持てたなら団長どころか騎士団を退いて、四凶災を探す旅にでも出るつもりなのでしょう。だから今から私を次の団長に据えようと、下準備を整えている……」

 ――個人的な復讐心で誰よりも四凶災を殺してやりたいのは、他ならぬこのおれだからな。

 あの時の団長の顔が思い出された。老虎油

「その聖樹騎士団も彼が団長になってから随分と変わったようですね。クリス・ルノウスフィアがいた頃よりも聖遺跡攻略は積極的に行っているし、聖位評価も家柄や人種ではなく実力に比重を置くようになった。団員たちの士気も高い水準で維持できている……すべて、彼が団長になってからの変化だと聞いています」
「ああ見えて責任感の強い男よね、彼」

 自分が去った後の騎士団のこともちゃんと考えている、ということか。

「しかし……ソギュート・シグムソスなき聖樹騎士団に私が居残るかどうか、それは微妙なところですが」

 薄っすらと昏い笑みをみせるディアレスさん。

「目標がない人生ほど、つまらないものはありませんからね」

 目標がない人生ほどつまらないものはない、か。
 その言葉にはなんとなく共感できてしまう気がした。

「そんなわけで……サガラ・クロヒコとキュリエ・ヴェルステインが入団する日を心待ちにしておりますから。入団の話、考えておいてくださいね?」

 ディアレスさんは再び表情を豹変させ俺たちに笑いかけた。

「っと、そろそろ行かないとまたどやされますね……すみません、長々と。学園長、聖遺跡調査の件はそのうち団員から報告が行くと思いますので」
「ええ、よろしく」
「それでは失礼します。本日はお疲れさまでした」

 ディアレスさんは爽やかに会釈し部屋を出て行った。

 ちなみに、本来であれば現在学園の聖遺跡を調査している聖樹騎士団によって巨人および小型種と戦った者たちへの聴取も行われる予定だったのだという。
 しかしセシリーさんが巨人の件を報告書的な形でまとめ上げ、それを兄のディアレスさんを通し聖樹騎士団へ提出したことでその件の聴取は不要と判断されたんだとか。
 さすがはセシリーさん。
 そつがないというか、なんというか。

「聴取は終わったようだな」

 キュリエさんが椅子から腰を浮かせる。

「私も今日は、ここらで失礼しても?」

 マキナさんに尋ねるキュリエさん。
 そうなのだ。
 キュリエさん、団長が去ったあたりからずっとそわそわしていた。
 ディアレスさんの話もあんまり頭に入っていない感じだった。
 上の空、というか。

「あの、キュリエさん」

 と俺は呼びかけた。
 そう。
 避けられてるのでは問題はいまだ解決していない。

「その、今日これから一緒に……食堂でお茶でもどうですか?」
「ん……これから、か」

 やや逡巡めいた仕草を見せるキュリエさん。

「悪い、今日は約束があるんだ」
「約束? それってもしかして――」
「……セシリーと」

 や、やっぱりセシリーさん……。
 優先順位が俺より高い?
 いや。
 そうだよな……。
 セシリーさんと比べたら、俺なんか……。

「すまんな、クロヒコ」

 キュリエさんはいそいそと部屋から出て行った。

 俺は床に両手を突き、がっくり項垂れた。
 何気にショックだった。
 なんとなく。
 なんとなくだけど。
 誘えばオッケーしてくれると思っていたのだ。
 が、何やら気まずそうな顔で謝られてしまった……。
 うぅ。
 俺、何か悪いことしたのかな?
 いや、マジにキュリエさんはセシリーさんとラブラブなのか……?

「大丈夫?」

 椅子に座るマキナさんが気遣わしげに声をかけてくれた。
 俺は顔を上げた。

「ま、マキナさん……」
「あの、さっきのことだけれど」
「さっきのこと?」
「一応、感謝しておくわ……あ、ああいう風に言ってくれて」
「ああいう風?」

 ……ああ、四凶災のことか。

「何を水臭いこと言ってるんですか。俺とマキナさんの仲でしょう? 俺のことなんか気にしないでマキナさんは、ばばーんっ、って感じで、やっておしまい! とただ命じてくれればいいんですよ」

 眉を八の字にし表情を緩めるマキナさん。

「あなたって妙なところで割り切りがいいわよね。本当に……単純そうに見えて、わからない人」麻黄
「それよりお姉さんのこと、その、なんと言ったらいいか……」

 それこそマキナさんは割り切った表情を浮かべ、

「いえ、私の方こそ話していなくて悪かったわ。本来なら、あなたにこそ話しておくべき話だったのに」

 と言った。

「案外、復讐のために利用しているとあなたに思われるのが嫌だったのかもしれないわね……まあ、利用していることに変わりはないのだけれど」

 その小さな顔にあるのは何やら寂しげで儚げな笑みだった。

「つまるところ卑怯な女なのよ、私は」
「そんなことないですよ。むしろ俺……感情に振り回されずに国のことを考えてるマキナさんのこと、すごいって思います」

 多分俺は、自分の周りのことしか目に入っていないから。

「そうでもないわ。これでも姉の死を知った時は、三日三晩泣き続けたのよ?」
「そうなんですか?」
「あ、これは家の者しか知らない話だから、他の人には秘密にしてね?」
「はい……けど、マキナさんが……」
「意外?」
「……俺の知ってるマキナさん像からすると」
「つまり、まだあなたの知らない私がいるということね」

 うーむ。
 さらっと大人な感じの切り返しをされてしまった。
 ちなみに当時何歳だったんですかという質問は自重せざるをえなかった。
 見えている地雷をあえて踏み抜く度胸の持ち合わせはない。

「なんにせよ、まだあなたが四凶災のことを考えることはないわ。まずは禁呪を揃えて、あなたがそれらを使いこなし、その上で四凶災に勝てる見込みありと判断してからの話だから。もちろん可能な限り四凶災に対抗できそうな仲間は集めるつもりよ。まあそんなわけだから……当面は、学園生活を楽しんでちょうだい」
「わかりました」

 四凶災か。
 ヒビガミに勝つために越えるべき相手としてふさわしいかと思ったが……俺が思っていた以上に、洒落にならない強さを誇る相手だったようだ。
 うーむ。
 さすがにヒビガミが『自分より強いかも』と言うだけあって四凶災は一筋縄じゃいきそうにもないな。
 となると今は禁呪の呪文書が集まるのを待ちつつ、それ以外で強くなる方法を考えるって感じか?
 キュリエさんとの稽古は続けるとして……どうだろう? なんとかソギュート団長に稽古をつけてもらうことはできないだろうか。
 なんたって彼はヒビガミの口から名が出るほどの人物でもあるし、実際に四凶災と戦ったこともある人だ。
 あの人に稽古をつけてもらえれば格段に強くなれる気がする。
 問題はそれが可能かどうかだが――

 その前に。

 今の俺にはもっと重大な問題がのしかかっている。
 そう。
 キュリエさんのことだ。

「ところでマキナさん」
「ん?」
「折り入ってご相談があるのですが」
「珍しいわね、あなたが私に相談なんて。いいわよ、言ってごらんなさい?」
「ありがとうございます。実は――」

 最近キュリエさんに避けられてるっぽいという悩みをマキナさんに打ち明けてみた。
 話を聞き終えたマキナさんは思慮深げな表情になって黙考へ。
 それからほどなくして、彼女は閉じていた目を薄っすらと開いた。

「ついに来てしまったようね、この時が」
「は?」

 ついに来てしまった?
 何が来てしまったんだ?

「私にはわかっていたわ、クロヒコ」

 どうしたんだマキナさん。
 彼女は何を理解したというんだ。

「前々から思ってはいたのよ」

 マキナさんが椅子から降りる。
 靴音が、たんっ、と室内に響いた。威哥十鞭王
 俺と向かい合うマキナさん。

「あなたに足りないもの。それがなんだかわかるかしら?」
「お、俺に足りないもの?」

 僅かな溜めがあってマキナさんが言った。

「自信と積極性よ」
「じ、自信と積極性? あの、それは一体――」
「それよ!」

 しゅびぃっ、と下方から俺の鼻先に指先が突きつけられた。

「え? そ、それって……何がです?」
「『あの』『その』『えっと』などの歯切れの悪い返答が多すぎる!」
「な、なんですって?」
「その『な、』もよ!」
「そ、そんな――」
「ほらまた!」
「うっ!?」

 腕を緩く組み人生の教師モードへ突入するマキナさん。

「相手を思いやるあまり強く言い切ることのできないあなたの性格はある意味、長所だとは思うわ。だけど、それは時として女子に対しては、致命的な短所となりうるのよ!」
「な――んとぉ!」

 危なかった。
 もう少しで『な、なんですって?』と言ってしまうところだった。

「彼女たちはひょっとすると、あなたの煮え切れない態度に嫌気がさしてしまったのかもしれないわ」
「煮え切れない態度……」
「思い返してみて。あなたは彼女たちが積極性を発揮してきた時、その行動と決意に全身全霊をもって応えてきたと、胸を張っていえるかしら?」
「お、俺は……」

 いや。
 そうかもしれない。
 キュリエさんやセシリーさんたちは俺にアクションをかけても響かないから、次第に呆れてきたのかもしれない。
 今になって思えば確かに積極性が足りなかったかもしれない。
 受け答えもしどろもどろだったかもしれない。

 そうだったのか。
 俺はまったりした空間――例えばあの慰労会の時のような――に居心地のよさを覚えていたのだが、彼女たちはもっとイケイケな相楽黒彦を求めていたのか……。
 そしてもうこれは期待できないと呆れ果てた二人は、めくるめく乙女だけの秘密の花園へ――

「だとしたら俺は、なんて取り返しのつかないことを……」
「女である私から本音を言わせてもらえば、男にはどっしりと構えていてもらいたいし、何かと積極的に行動を仕掛けてきてほしいものなのよ。確かにあなたは優しいかもしれないわ、クロヒコ。だけど優しいことと消極性をはき違えた瞬間――」

 マキナさんの睫毛が悠然と伏せられた。

「その時点で、すでにあなたの負けは確定していたのよ」
「すでに俺は、負けていた……」

 いや、あまつさえ負けていたことにすら気づかずに、俺は……俺は――

「くそぉっ!」

 俺は握りしめた拳でテーブルを思いきり叩いた。
 そして項垂れた。
 成り下がっていたのだ。
 いつの間にか。
 かの禁呪王が口にした(そういや最近出てこねぇな)『どんかんくそやろう』に。

「ようやくわかったようね……だけど、まだ手遅れではないわ」
「え?」

 希望の光が眼前に広がった。
 光の女神だった。
 まだ……終わっていない、のか?

「さっきあなたが呼び止めた時、キュリエが迷いをみせたのを私は見逃さなかったわ」
「ほ――マジっすか!?」

 危ない。
 もう少しで『ほ、本当ですか?』と言ってしまうところだった。田七人参

2014年9月22日星期一

レナの特訓

「ユウ~おはよ~」

「……おはよう」

 目が覚めると、左右をニーナとレナに挟まれていた。道理で寝苦しかった理由だ。
 二人を押しのけて、顔を洗いに行く。今日は、ニーナとレナのレベル上げに付き合うのと、俺のランクアップの為に、採集と討伐クエストを受ける。SPANISCHE FLIEGE D6
 昨日のゴブリンキングとの戦いで、俺のレベルは25に、ニーナは24、レナは17に上がっていた。
 そのことを伝えると、ニーナが焦りだした。
 悔しがると思ったんだが、ユウに置いてかれる~と、自分からレベル上げに協力して欲しいと言ってきた。



「おいし~♪」

 今日の朝食は、魚介類を煮込んだスープに、焼き上げたばかりのパンだ。魚介類のスープは、透き通っているが出汁がしっかり出ており食事が進む。パンにバターを乗せるとトロリと溶けて、噛むとサクッという食感が堪らなかった。

「……ユウ、昨日の約束」

「わかってる。その前におっちゃんのところに行くから」

 急かすレナを落ち着かせ、朝食を済ませる。
 鍛冶屋のおっちゃんの所に行くと、珍しく店の奥ではなく入口に立っていた。

「おっちゃん、店の奥じゃなくて、外に居るなんて珍しいな」

「おう、おはようさん」

 おっちゃんは挨拶すると、腰に手を当て反り返っていた。所謂、ラジオ体操みたいな動きをしていた。

「たまにはこうやって、運動しないと鈍るからなっ!」

 そう言いながら豪快に笑う。おっちゃんに、ニーナの短剣とレナのマントで、お勧めがないかを聞く。
 ニーナの鋼鉄のダガーは昨日の戦いで刃が欠けてしまった。魔力で覆うことにより、切れ味と摩耗を防いでいたが永遠とはいかずに、等々限界を迎えてしまった。レナのマントも同様に、ゴブリン達の攻撃で切り裂かれてしまった。
 おっちゃんに事情を説明すると

「丁度、良いのがあるぞ」

 そう言うと、おっちゃんは店の奥へ走って行った。

「ゼェゼェ……これを……見てくれ」

ソードブレイカー(5級):切れ味上昇
黒曜鉄のダガー(5級)
シュテッカーのマント(5級):火耐性

「まずこの『ソードブレイカー』だが、迷宮産だ。冒険者が迷宮で手に入れたそうなんだが、ボロボロで使い物にならないと売りに来たんだ。なんで俺なんかの店に売りに来たって?そりゃ、どこも買い取らなかったからだ。
 だがよ鍛え直せば、まだまだ使えると睨んだんだが、予想以上に良い出来に仕上がったぜ!しかも『切れ味上昇』のスキル付きだ。
 次に『黒曜鉄のダガー』こいつはユウの大剣と同じ、黒曜鉄で出来てんだが、前にも言ったかもしれんが兎に角、頑丈だ。
 『シュテッカーのマント』は、火の森に生息しているファイアーラットの毛皮に、鋼鉄蜘蛛の糸で編み込んでいる。こいつも頑丈だし何より『火耐性』のスキルが付いている。」

「んじゃ、それ全部買う」

「おおう……値段も聞かずに全部買うのか」

「物は良い物だし、おっちゃんのオススメだからな」

 おっちゃんはそうかそうかと、嬉しそうにしながら金を受け取る。
 『ソードブレイカー』は、格安で仕入れたそうで、本来なら金貨20枚はするところを金貨15枚で、『黒曜鉄のダガー』は金貨7枚、『シュテッカーのマント』は金貨5枚と銀貨7枚。合計で277万マドカで売ってくれた。
 それにしても、最近は収入が増えたとはいえ、金銭感覚がおかしくなってきた。

「ユウ、刃が欠けたのは鋼鉄のダガーだけだよ?」SPANISCHE FLIEGE D9

「……自分の装備位、自分で払う」

「いいんだよ。臨時収入があったからな」

 臨時収入とは、昨日のゴブリンキングの報酬だ。
 レナは報酬を受け取ると、全てこちらに渡してきた。自分は何も出来なかったのと、助けて貰った礼だそうだが、別に気にするなと伝えても頑なに拒否したのでそのまま受け取った。
 その際にレナから、ある提案があったので了承している。 

 おっちゃんの店で買い物を済ませたあとは、ギルドでクエストを受けに行く。
 今回、受けるクエストは大森林での採集と討伐クエストだ。
 コレットさんの居る受付に向かうと、あちらもこっちに気付いたようで、笑顔で手を振りながら挨拶してくる。周りの冒険者、主に男連中からの視線が痛い。

「皆さん、おはようございます!昨日はお疲れ様でした」

「おはようございます。今日は大森林で受けれる。採集と討伐系のクエストを、紹介してくれませんか」

「そうですね。採集クエストは基本的な薬草・魔力草からポッコの花・ムーン草など、どうでしょうか。討伐クエストはビッグボーやブラックウルフが、農作物に被害が出るので常に依頼がありますよ♪
 あとは大森林の奥の方へ潜るとシルバーウルフや鋼鉄蜘蛛など、素材の需要が高い魔物が居ますが、ランク4以上と危険なクエストになります!」

 コレットさんにいくつかクエストを見繕ってもらい受注する。
 気を付けて下さいねと心配してくれるが、周りの冒険者達からの視線が更に強くなる。
 コレットさんは誰にでも明るく優しいので、冒険者達から人気あるのでこういった事態になる。


 大森林に入るとレナは早速・・『結界』を展開する。
 昨日の戦いで何のかんの言って、自分の実力不足を理解したようで、俺がしている常時、闘技を展開してのMP増量を真似している。

「……ふふ、どう?」

 レナがドヤ顔でこちらを見てくる。
 結界を一部ではなく球状に展開し、どこから攻撃されても、大丈夫なようにしているようだがまだまだ甘い。

「結界にムラがある。魔力の厚いところもあれば薄いところもある。
 Dランク以上の冒険者なら、すぐに見抜いて薄い場所から破られるな」

「……むぅ、球状に常時結界を展開するのは大変」

「だからこそMPも増える」

 俺は俺で『闘技』と『天網恢秋』を展開している。
 まず闘技は身体に流れるように……流動?という技術らしい。流動で纏っていたが、慣れてきたので身体の内側で血液をイメージして、闘技を使用する。かなり難しいができないことはない。
 これで前衛職と戦うことがあれば、闘技が使えないと勝手に勘違いするバカが居るに違いない。
 MPに関しても日々、増えている。常時、闘技や天網恢恢を展開しているのと成長期だからか、レベルアップしていなくてもMPや身体能力が上がっていく。

「あっビッグボーだ!」

 ニーナが『索敵』スキルでビッグボーの接近に気付いたようだ。
 勿論、俺も気付いていたが、今回はニーナとレナの育成がメインだから、俺は基本補助しかしない。

「ごめ~んね」

 いつものふざけた掛け声を言うと、一瞬でビッグボーの目前に移動していた。

「はっ!?」

 ビッグボーまで距離にして、10メートルはあったはずだが、ニーナの始動がほとんど見えなかった。
 ビッグボーもいきなり目の前に、現れてパニックになっていた。SPANISCHE FLIEGE
 その隙を逃さず首を切り落とす。武器が強くなり更に魔力で覆っているので、切れ味が凄まじい。首周り70センチはある、ビッグボーの首を一撃で切り落とすなんて中々、出来ることではない。

「えへへ~、このダガーすごい切れ味だよ~」

 新しい武器にご満悦のようだ。
 レナは結界を常時展開するのが精一杯のようで汗だくだ。
 ニーナとステータスを確認する。




「……ユウ、マナ……ポーションを」

 レナが青い顔をして、マナポーションを要求してくる。

「わかった」

 これがレナとの約束だ。報酬を貰う代わりに、レナにマナポーションを提供する。
 レナは好きなだけMPを使い増やすことが出来る。
 俺は錬金術でマナポーションを創ることで錬金術のレベル上げも出来るので一石二鳥だ。材料も大森林で集めることができる。さっきから薬草を始め、魔力草・ムーン草・ポッコの花を採集している。
 ただ漠然と採集するのではなく、質の良い物だけを採集している。勿論、次も採集出来るように全てを取るようなことはしない。

「……けふっ結界にも慣れてきた」

 レナはマナポーションの飲みすぎで、お腹が少し膨らんでいる。
 しかしさっきの今で、慣れてくるわけがない。今も顔に余裕はない。

「ふ~ん、んじゃ次はその状態で魔法でニーナの援護な?」

「……も、問題ない。私は天才だ」

「自称な」

 そうそういつもストーキングしてくるジョゼフだが、今日は隠密系の装備をせずに尾行している。但し距離は100メートルは離れている。
 たまに風の魔法を放つが、躱すか打ち消されている。

 その後も大森林を進んで行くと、ゴブリンソルジャー・オーク・オークソルジャー・マーダースネークなど、様々な魔物が現れるがニーナがサクサク倒していく。
 レナも所々で援護の魔法を放つが、結界維持がきついのか数は少ない。

「ここって昨日の場所だよね~」

 昨日、ゴブリンキングを倒した場所まで着く。
 周りはクレータがいくつか出来ている。ゴブリンの死体は魔物達に食われたのか、ほとんどが骨だけになっていた。
 ゴブリンキングの死体は、手つかずのようで昨日のままの姿だった。
 環境にもよるが死体は数時間後には、腐敗が始まるそうだがゴブリンキングの死体は見た目は、まだ綺麗な状態だったので実験・・をしてみる。Motivator

 まずジョゼフが邪魔なので、土と風の魔法を組み合わせた魔法で目潰しをする。
 遠くでジョゼフが目が~目が~と某アニメのようなことを叫んでいるが、無視する。
 ニーナとレナも興味があるのか、黙って見ている。

 大魔猿から奪った『死霊魔法』でゴブリンキングを蘇らせる。
 ゴブリンキングの眼が赤黒く光、起き上がる。

『ゴ・・ご命令ヲ・・・ごジュジン様・・』

 む、俺の死霊魔法のレベルが低いせいか、もしくは死霊魔法で蘇るとなのかわからないが、昨日より言葉に訛りがある。

「お前には記憶はあるのか?」

『アリ・・・まず・・』

「俺のことは覚えているか?」

『覚エデいまズ。ゴ命令を』

 死霊魔法で蘇ると、術者に服従なのか?記憶はあるのに俺に対して敵意を感じない。
 横でニーナが不安そうにこちらを見ている。レナは興味深そうに観察している。

「まあいい」

 俺は近くに転がっていた腕と脚を拾い。ゴブリンキングに投げ付ける。

『ゴれは?』

 ゴブリンキングの切断部に、腕と脚を押し当てヒールを使う。
 すると問題なく腕と脚は繋がった。白魔法のヒールはスキル付与の際に、回復速度を高めることからアンデッドには効果はないのかと思っていたが、問題なく回復した。白魔法のヒールの認識を改めてなくてはいけない。
 ちなみに神聖魔法の回復魔法だと、アンデッドにダメージを与える。

 ゴブリンキングに、その辺に落ちていた鉄の剣を渡す。

「命令を与える。ここら辺の魔物を狩れ、但し冒険者や人間には見付からないように。
用がある際は、こちらから連絡する」

『わガりマ゛した』

 耳無しのゴブリンキングはそう答えると、森の奥へ消えて行った。
 去り際にゴブリンキングのステータスを確認すると

 俺がスキルを奪ったので、見事にスキル0だった。ステータスに若干変化がある。
 今回、知りたかったことは俺がスキルを奪った相手は、二度とスキルが手に入らないのか、再度習得出来るかを知る為だ。
 その為に、ゴブリンキングを使って実験をする。
 死霊魔法で蘇らせたアンデッドとは、魔力を通じて情報の共有が出来るので、俺が動かなくても勝手に大森林の情報も集めてくれる。蒼蝿水(FLY D5原液)

 遠くでは、ジョゼフの叫び声がまだ続いていたが、ニーナとレナは興味が無いみたいでスルーしていた……

2014年9月20日星期六

抜け駆けらしい

「やられたな。」

 苦々しげにハルツが言った。
 昨夜、ゼスト達が張った野営地は、きれいに撤収されており、跡形もなくなってしまっている。
 ハルツとは対照的に、アズの表情は銀杯亭で顔合わせをした時のように、ほとんど表情らしいものを浮かべてはおらず、表面上は酷く冷静だ。SEX DROPS
 蓮弥は、と言えば、なんだかなーと言う微妙な表情で、左頬の辺りをぽりぽりと人差し指でかいている。
 その頬は、殴られたのか張られたのかは判別できなかったが、赤くなっている。
 何があったのかをハルツは非常に気になっていたのだが、少し離れた所に蓮弥のパーティメンバーであるシオンが、真っ赤な顔をして身体を縮こませながら正座しているのを見て、なんとなく尋ねてはいけないことなのだろうと察した。
 あの猛烈な睡魔になんとか抵抗した後。
 蓮弥は必死になってシオンとローナを起こしにかかったのだが、かけられた魔術のせいなのか、それとも二人とも寝起きが悪いのか、もがいたりゆすったりする程度では全く目を覚ます気配がなかった。
 最終手段として蓮弥が取った手段は、シオンが抱きついている側の手をわきわきと動かして、シオンの身体をくすぐると言うか、まさぐることだった。
 場所的に、ちょうど胸の辺りに手があったような気がしている蓮弥だったが、実際どこを揉んだのかは、怖くてシオンに聞けずにいる。
 とにかくなんだか柔らかい感触を揉むことしばし。
 その不穏な感触に、ぐずりながらシオンが半分寝ぼけたままで覚醒し、頭を起こして状況を確認。
 自分の体勢と、どうやら身体をまさぐられていたらしいことに気がつくと、意識がはっきりするにつれて顔色が赤く染まり始めた。
 その拳が握り締められた時に、蓮弥が思ったのは、俺は悪くないと言う事だった。
 悪くないはずなのだが、状況的に一発殴られるくらいは甘んじて受ける必要があるだろうことも理解していた。
 歯か骨が折れなきゃいいなぁと思いつつ、振りかぶられた拳を見ていた蓮弥は、その拳が振り下ろされる瞬間、ぐいっとローナが抱きついている側に引っ張られて、次いで頬に軽い衝撃を感じ、ローナに抱きつかれたままごろごろとテントの端まで転がる羽目になったのだ。
 打撃とは衝撃の方向に身体を逃がすことで、ダメージのかなりの割合を逃がすことが出来る。
 引っ張られたのは、シオンの攻撃に気がついたローナが間一髪の所で蓮弥が受けるダメージを少なくする為にやってくれたらしい。
 そこまで意識があったのなら、シオンを止めてくれればよかったのにと思わないでもなかったが、まともに攻撃を受けずに済んだだけ、感謝しなくてはならない。
 むしろ、抱きついたまま転がったおかげで、あっちこっちにむにゅむにゅと色んな物が当る感触があったので、後で心の底からお礼を言おうと思う蓮弥だった。
 それはともかくとして。
 やっとの思いで寝袋から這い出して、身支度を整えてからテントの外に出てみれば他のパーティも魔術の攻撃を受けたらしく、地面に大の字になって眠っている人やら、テントにもたれかかって大いびきをかいている人やら、まだ眠気が残るのか、頭を振りつつテントから出てくる人が見える中、ゼスト達のテントだけがきれいに消え去っていたのである。

 「抜け駆け?」

 「おそらく、な」

 蓮弥が短く問えは、ハルツも短く答えた。

 「年の若いダンジョンは階層も浅く、広さもそれほどでもない。出現する魔物の強さも弱いのが普通だ。それでも念を入れて複数のパーティで攻略するのが一般的なのだが……」

 「自分らだけでイケると思ったと言うことか」

 「たぶんな。用意されている宝物も大した事はないだろうから、ここの目当てはダンジョンコアだけになる。守護者も弱いだろうから、早い者勝ちだと思って他のパーティの足止めをしたのだと思う」

 「ふーん」

 蓮弥の気のない返事に、おやっと言う顔になるハルツ。
 先を越されていると言うのに、蓮弥の顔には焦るような様子も見えない。
 気になったハルツは尋ねてみることにした。蒼蝿水

 「余裕だな。ダンジョンコアは大きさにもよるが、こんな若いダンジョンのでも金貨数十枚くらいの価値はあるはずだ。惜しいとは思わないのかな?」

 「別に」

 蓮弥の返事は非常にあっさりとしたものだった。
 その淡白さが、蓮弥が本当にそう思っていることの証明になる。

 「奴らだけでダンジョンを攻略してくれるなら、こっちとしては助かる話だ。確かにコアの売却額は惜しいが、何もしなくても依頼の報酬は手に入るわけだしな」

 「同感だ」

 蓮弥の言葉に賛同の意を示したのはアズであった。
 驚いた顔でそちらを見るハルツに、何を驚いているのだろうと不思議そうな顔でアズはその顔を見返す。

 「働かずに金がもらえるのだ。あの茶髪に感謝状を一筆したためてもいいくらいだ」

 「いい考えだな。奴らが出てくるまでに書いておこうかな」

 「お前ら……」

 暢気に会話する蓮弥とアズの様子に、呆れるハルツ。
 いくら若いとは言っても、ダンジョンを一つ攻略したとなれば、そのパーティには箔がつくだろうし、ダンジョンコア一つで依頼料の何倍もの報酬になる。
 それらを目の前で掠め取られたと言うのに、全く気にしていない二人に、ハルツは自分の考え方が古いんだろうかと、半ば本気で悩んだ。
 だが、悩んでいても仕方がない上に答えも出そうになかったので、気分を切り替えてハルツは言う。

 「奴らが失敗したらどうするんだ?」

 「「攻略しなおせばいいだろう?」」

 返答はハモって返ってきた。
 そうなるか、と思ったハルツだが、続く蓮弥の言葉には驚かされた。

 「失敗しても、ザコ辺りの露払いは済んでるだろうから、奴らが失敗する原因となった奴だけに気をつければいいってことだな」

 「なるほど、とても効率的な意見だ。レンヤと言ったか、合理的な考え方は賛同するし素晴らしいと思う」

 「いやいやお前ら、助けようとかしないのか?」

 おかしな部分で意気投合しかけているアズと蓮弥に、ハルツが慌てて口を挟むが、二人同時に何を言ってるんだこいつは、と言う顔をされて口を閉ざす。
 自分は何か間違ったことを口走っているのだろうかと考えるハルツに、呆れ返った口調で蓮弥が言う。

 「勝手に先走って、勝手に失敗した奴の尻拭いなんてごめんだぞ?」

 嫌そうに言う蓮弥に、アズが然り然りと頷いている。

 「全くだ。勝手に先走ったのだから、せめて逃げ帰るような真似などせずに、潔く全滅するべきだろうな」

 「力尽きる前に、一太刀でも入れてればベストだな」

 「そうだな、それくらいしていれば、墓前に花の一つも手向けてやってもいい」

 「墓前って……遺体を持ち帰るのか? 俺は嫌だぞ、そんな面倒」

 「それもそうだな……ダンジョン消滅時に、一緒に消えてくれれば面倒もないか」

 「お前らなぁ……」

 あまりと言えばあまりな言い草に、呆れを通り越して嘆息しか出てこないハルツ。
 それに取り合う気もないアズと蓮弥はそれぞれのパーティに、急ぐことはないので朝食の用意をするように指示を出し始めていた。勃動力三体牛鞭

 「いいんですか?」

 シオンがまだ、赤面で正座中なので、ローナが蓮弥に囁く。
 それに鷹揚に頷く蓮弥。

 「そんなに広いダンジョンじゃないと言うなら、お昼過ぎ辺りまで待っていれば、成功にせよ失敗にせよ、なんとなく結果が分かるんじゃないかな?」

 そんなことより朝ご飯だよ、と手際よく薪を細かく割り、蓮弥は火をつけてから、イベントリから取り出した、フライパンに似た調理器具を火にかける。
 わずかに油をひき、やや厚手に切ったベーコンを二枚敷く。
 それが焼けていい匂いを発するのを待ってから、何から生まれたのかは分からなかったが間違いなく卵であるとわかるものを割って中身をフライパンもどきの上へ流す。
 ベーコンはやはりカリカリになるまで焼いた方が美味しいと信じる蓮弥は、ベーコンにも卵にもしっかりを火を通してからそれを皿の上へと移動させる。
 目玉焼きにはソース派の蓮弥であったが、この世界においてはいまだ、元の世界のそれに該当するものは、発見できずにいる。
 代わりに、醤油ではなかったが、塩漬けにした魚から作られる魚醤は見つけたのでそれをさっとかけてやれば出来上がりだ。
 これにサラダとパンをつけてやれば、朝食としては十分だろうと思うのだが、残念なことに、この世界で一般的に流通しているパンは、固すぎて単体では食べにくい。
 仕方がないので、この世界では少々高級品であったが、ミルクに塩と宿からもらってきたスープを少々混ぜて熱し、そこへ小さく砕いたパンと見た目、トウモロコシに見えた野菜の粒をほぐしたものをぱらぱらと入れた。
 コーンスープもどきにクルトンを入れる感覚で作ってみたのだが、味見をしてみればまぁまぁ食べられる代物に出来上がった。
 これを皿に盛って、野菜サラダを加えて朝食の出来上がりである。
 サラダには塩と胡椒と酢で作った簡単なドレッシングをかけてある。

 「朝食も豪勢だな」

 ようやく現実に復帰したらしいシオンが、食卓の上を眺めて感想をもらす。
 豪勢と言われる程のものでもないんだけどなぁと言うのが蓮弥の感想だ。
 宿で仕込んできたものが上手に出来上がれば、もっと格好のいい食事になるんだがなぁと思うのだが、こればかりは時間しか解決してくれない問題だった。

 「食事が美味いことはいいことだろう? さ、冷めないうちに……」

 食べようかと言いかけて、蓮弥はすぐ隣で、これもまた昨夜と変わり映えのしない干し肉とパンの食事を手にしたまま、なんだかこちらをガン見しているアズのパーティに気がついた。
 昨日の夕食に続く今朝の朝食が羨ましいと見えて、手にした食事を摂るのを忘れて蓮弥達の食卓を見ている。福源春

 「お隣に、サービスしてもいいかね?」

 「蓮弥が良いなら、良いんじゃないかな?」

 「そうですねぇ、反対はしません」

 二人の了承を得てから、蓮弥はアズに声を掛けた。

 「そんなもの欲しそうな目でこっちを見るな。欲しいなら分けてやるがどうする?」

 「ん……、そうか? 良い匂いがするし、美味そうだったので、分けてもらえるなら嬉しいが、こちらの全員にもらえるのか? 」

 「仲間外れはせんよ。外された奴が可哀想だろ。あの、おっさんのパーティにも……っておっさんのパーティはどこ行った?」

 見回した周囲にハルツのパーティの姿がなかった。

 「ハルツ達なら、ゼストを追いかけると言ってダンジョンに入って行ったよ」

 面倒見がいいのか、金に汚いのか。
 判断に迷う話ではあったが、どちらにせよハルツ達はゼストのパーティの同行を傍観すると言う選択肢を取れなかったようだ。

 「それはまた勤勉な。あ、食器は貸すが返せよ? あとスープは分けるがパンはその手にしてるやつを食ってくれ。おかわりは無いのでそのつもりで」

 「スープが飲めるだけでも感謝する」

 おかわりがあるかもと思って、スープは多目に作っていたのだが、とても大人5人に分けるには足りる量ではなかったので、材料を注ぎ足して増量する。
 宿からもらったスープが尽きてしまったので、やや乳臭くなってしまった感じは否めなかったが、自分達で砕いたパンとちぎった干し肉を入れたアズのパーティメンバーから、蓮弥のスープは概ね好評をもって迎えられた。
 やはり多少質素でも、美味しくて暖かい料理は何を差し置いたとしても優先されて然るべきだなと、蓮弥は改めて確認した。

 「昼はパスタでも茹でるか。野菜に肉に胡椒にチーズもあるし、トマトっぽい野菜も仕入れてあるから、完璧だな」

 もちろん、用意した食材は全て味見済みであった。
 銀杯亭での顔合わせが、思ったよりずっと早くケリがついたので、出来た時間を市場回りに費やした成果、とも言える。
 普通に四日分のパンと干し肉を調達してきたローナからは、物凄い勢いで恨み言を言われたと言うオチもついてきたのだが。

 「そんな水をどこから持ってくると言うのだ?」

 半端な量の水では、パスタを茹でることなど出来はしない。
 そして普通の冒険者はそんな量の水を、わざわざ料理をするために仕事中に持ち歩いたりすることは絶対にない。

 「俺、虚空庫持ち。水なら樽に入れてどっさりと」

 ついでにパスタを茹でるために底の深い鍋も、きちんと購入して持参している蓮弥である。

 「……取引がしたい。話に乗って欲しい」

 割と真剣に、かなり切実な表情でアズが切り出すと、蓮弥はにっこりと笑った。花痴

 「いいだろ。俺は取引なんかには割と良心的な男なんだ。さて、何が出せるかね?」

2014年9月18日星期四

戦前の会議らしい

「それでま~本題に移るわけなんだけれども~」

 しばらく放置していた大公の注意が自分に向いたことを蓮弥は感じ取った。
 目をそちらへ向ければ、テーブルの上に突っ伏して何故だかだくだくと涙を流しているメイリアの姿と、どこかつやつやとした雰囲気を放つ大公の姿が見て取れる。D9 催情剤
 その脇には、真っ青になったシオンが体を震わせながら直立不動の体勢で固まっていた。
 もちろん、同じ部屋にいたのだから蓮弥の耳にも大公の暴露話は届いてはいたのだが、なんだか聞いてはいけない類の話のように思えてならず、大公の気が済むまでは大公の言葉を意識して聞かないようにしていたのだ。
 理解しようとしなければ、人の話等意識の上を滑っていく雑音でしかなく、蓮弥は大公の話をほぼ完全に言葉としては受け止めていなかった。
 ただ、どうしても言葉の端々は何かの拍子に意味のある言葉として耳に飛び込んでくることもあるわけで、メイリアの聞かれたくない秘密の1割くらいは耳にしてしまった気がしている。

 「どう言うお話を持ってきてくれたのかな?」

 するりと差し込まれた言葉は、短剣の刃にも似て蓮弥の心臓につめたい感触を与えた。
 思わず自分の胸をさすりつつ、成程これが大公モードなのかと納得する。
 声音や声質が変わったわけではなかった。
 それでも気がつかなければ気がつかないままに、息の根を止めかねない鋭さと冷たさを兼ね備えた声。
 表情は変えずに、内心汗を垂らしながら、蓮弥は聖王国での国王とのやりとりを大公へ説明する。
 大公は、笑みを含んだ顔のまま、いまだに突っ伏したままのメイリアの背中をぽんぽんと叩きつつ、蓮弥の話を聞いていたが、蓮弥の説明が終わると、まじまじと蓮弥の顔を見ながら言い放った。

 「キミ、馬鹿でしょ?」

 「母様!?」

 いまだ復帰しないメイリアの代わりに、シオンが大公に疑問を呈した。
 馬鹿と面と向って言われた蓮弥は反応を示さず、他のメンバーは状況を見守っている。

 「頭の出来が悪いって意味じゃないのよ~。普通考えてもそんなこと実行しないでしょ~? だから~馬鹿なんじゃないかって思ったのよ~」

 「そこは否定しきれない部分だが……こう言うのは首根っこを先に押さえた方が話が早い」

 まともに戦争につきあってしまえば、どこまでも被害が拡大していってしまう。
 おそらく交渉に持ち込むまで時間は相当かかるはずであるし、そのかかった時間に比例してトライデン公国の国民は被害を募らせ、疲労を蓄積していってしまう。
 そして聖王国側は、支払いきれない負債を抱える羽目になるのだ。
 蓮弥の見立てでは、この戦争に限っては勝とうが負けようが誰もほとんど得をしないのである。
 トライデン公国側が勝った場合、聖王国からもらい受けるものが無い。
 無いと言うよりは、聖王国が負けた場合には参加している諸国への賠償やら報酬やらでトライデン公国に支払いをする余裕が無くなっているはずだった。
 聖王国側が勝利した場合は、確かにトライデン公国を丸ごと手に入れることになるのだが、やはり参加した諸国への報酬の支払いが大きい上に、トライデン公国に代わって瘴気の森の脅威に対する盾の役割を果たさなくてはいけなくなってしまう。
 それにかかるコストは、得られる物よりもずっと多いはずだった。

 「それは確かにそうね~」

 「この戦い。あの色ボケを始末すれば、被害が少なく時間もかからずに終わるはずなんだ」

 「それをキミがやると?」

 「あぁ、俺がやる。俺しかできないだろ。トライデンの国軍には防御主体でひたすら被害を抑えていて欲しい」

 「そうだね~」

 間延びした声で頷きながら、蓮弥を見る大公の目は間違いなく蓮弥を値踏みしていた。
 そう簡単には、話に乗れない立場であるし、それに伴う責任も付随している。
 あまり好ましい視線ではなかったが、蓮弥は黙って見られるに任せることにした。

 「ごめんね~でも勝ち目の無い賭けには乗れない立場でさ~」

 「乗れない場合。策はあるのか?」

 蓮弥は自分を策士だと思ったことは無い。
 どちらかと言えば、抜けやら落ち度が多い所を力技でなんとかしているのだという自覚があった。麻黄
 それだけに、大公と言う立場にある目の前の女性が自分以上の案を持っていると言う可能性についても考慮していた。
 大公の案の方がずっと良い案なのだとすれば、聖王国のことなど考えから除外してそちらに乗るべきだ、とも思っているのだが、残念なことに大公は首を左右に振った。

 「キミの提案以上に、被害を少なく時間を早くする案の持ち合わせはないな~」

 「で、あれば?」

 大公の返答を促しつつ、蓮弥は密かに舌を巻いた。
 蓮弥の提示した案以上の物はない、と大公は確かに言った。
 つまりは蓮弥の提示した案よりも被害が大きく時間がかかると言う条件であれば策があったらしいと言うことに気がついたからである。

 「キミの案に乗る。我々トライデン公国軍は防御体勢を主とし、冒険者レンヤが敵首魁である勇者を討ち果たすまで可能な限り被害を抑えて耐えるようにする」

 「ありがとう。……期待には沿えると思う。敵軍をまとめている勇者が斃れれば、敵軍も深追いまではしないと思う」

 「それは……どうかな~?」

 蓮弥の言葉に今度は否定的な言葉を返す大公。
 なんとか復帰したメイリアが身体を起こしながら尋ねた。

 「母……大公陛下。それは一体? 敵軍は勇者の威光でもって無理にまとめられた軍です。勇者を失えば統率が取れなくなるのは道理ではありませんか?」

 「そうだね~、けどそうじゃないんじゃないかな~」

 大公の言葉の意味が分からずに、言葉に詰まるメイリア。
 そのメイリアに教え諭すように、大公は続けた。

 「そんなことはさ~、勇者自身も分かってるんじゃないかな~。だったらさ~、それに対する策を持っていると思うのが普通だよね~」

 そうだよね、と視線で問われて蓮弥は頷くしかなかった。
 そんなことはない、と答えることができない以上は大公の言葉を肯定するしかない。
 蓮弥が頷いたのを確認してから、大公は少しだけテーブルに身を乗り出す。
 ものすごい質量のものがテーブルの上でつぶれて形を変える様に、場違いだとは十分分かっていても、その場にいた全員が思わずそこに注目してしまう。
 唯一、蓮弥だけが瞬時に目をそらした。
 それが大公陛下の、その場に居合わせた者の耳目を集める手段だと悟ったから。

 「トライデン公国軍は、第一案として、冒険者レンヤが勇者を打倒するまでの時間稼ぎ、並びにその支援を行います。ですが、時間がかかりすぎる場合、もしくは勇者の打倒が無理、困難であると判断した場合は第二案に移ることとします」

 「第二案? そんなものがあるのかねぇ?」

 疑い深そうにエミルが尋ねる。
 現在分かっているだけでも、連合軍と公国軍の戦力比は3対1になっている。
 これは公国軍側が完全に篭城したとしても、力押しでなんとかなり得るだけの戦力差と言えた。
 さらにそこに、連合軍側には勇者と言う単体で非常識な戦闘能力を持つ存在がある。
 蓮弥のように、勇者に単体でぶつけてその行動を阻害できる駒が存在しない場合は、その存在一つだけでも厄介だと言うのに、先の戦力比をそこへ加えれば、まるで勝ち目の無い話であると断定しても良いくらいだった。
 そんな前提条件で、蓮弥を抜きにした対策がある、とはエミルには到底思えなかったのだ。
 これはエミルが蓮弥と戦闘した経験から判断した思いでもある。老虎油

 「えぇ。ありますよ~」

 疑いたっぷりの視線をエミルに向けられても、大公の答えは乱れることがなかった。
 その態度は、はったりだとするならば相当な肝の持ち主であると言えたし、はったりでないのだとすれば本当に蓮弥の提案の代案になりえる策を持っていると言うことになる。

 「その案、お聞きしても宜しいのでしょうか?」

 エミル程疑うわけではないにしても、クロワールも代案の存在が信じられないらしく、遠慮がちに大公に尋ねてみるが、この問いかけはすぐに大公によって拒否された。

 「情報はどこから漏れるか分からないしね~。その時が来るまで内緒~」

 「俺の案からそちらの案に切り替えるタイミングは?」

 視線を大公からそらしたまま、蓮弥が聞いた。

 「そんなに時間はあげられないかな~。代案には起動するまでの時間と~、その間、敵軍を受け止めるだけの兵力が必要になるからね~」

 「母様……」

 シオンの顔が驚きの表情を形作った。
 メイリアの顔も、強張り色を失っている。
 どうやらこの二人は、今の台詞で大公が何をするつもりなのか理解したらしい。
 そしてその理解した事柄を、聞いても教えてはくれないのだろうなと蓮弥は溜息混じりに考える。

 「だから~、できる限り急いでお願いしたいかな~」

 「分かった。今回は……加減無しでやる」

 今までに無い程に、真剣な声で言い切った蓮弥であったのだが、今まで加減とかしてたのか! と言う無言のツッコミを大公以外の全員から受けてたじろぐ。
 今までを実際に目にはしていない大公だけが、なんだか不思議そうに蓮弥を見たり、そのほかのメンバーを見たりしていたが、やがて視線を蓮弥で止めて。

 「そうそう。実はお尋ねしたいことがあったの~。こんな機会じゃないと聞けそうに無いから聞いてもいいかな~」

 「なんだ? 答えられることなら、答えなくもないが」

 そんなに今まで自重せずにやってきただろうかと首を捻りつつ自分の行動を省みている蓮弥は、大公の言葉にあまり深く考えずに答えた。

 「孫の顔って、何時頃見られるかしら~?」

 「は?」

 なにかとても今の雰囲気にそぐわない単語を聞いた気がして、蓮弥が問い返す。
 大公はニコニコ笑顔を浮かべつつ、じっと蓮弥を見つめながら再度尋ねた。

 「だから~孫の顔をね~」

 「なんで孫?」

 どこからそんな話になったのか、皆目見当のつかない蓮弥であるが、大公は構わずに話を進めていく。

 「レンヤさん的に~本命はシオンちゃんなの?」

 「おい、会話しろ」

 「レンヤさんの周囲には、可愛いコが一杯だから、目移りするわよね~。うちのシオンちゃんなんてお薦めだけど、メイリアちゃんも良いお嫁さんになると思うのよ~」威哥十鞭王

 「それは娘の売り込みなのか?」

 呆れる蓮弥であるが、売り込まれた側のシオンはまんざらでもないようであったし、メイリアは再度テーブルに突っ伏して顔を伏せてしまっている。

 「でも無理強いは良くないわね~。なにせローナちゃんはおっきいし~、そこのエルフさんは希少価値だし?」

 「迂遠に貧乳と言われた……」

 がっくりとクロワールが項垂れる。
 しかし反論はできない。
 多少のふくらみなど、無いものと主張してしまえる大質量が目の前にあるのだから。

 「そこのサイドテールの子は……並ね~」

 「何か文句でもあるのかねぇ?」

 引きつった笑顔で返しつつ、何故かエミルの視線は蓮弥に向いている。
 蓮弥は俺の方に振るな、と視線だけで答える。

 「手当たり次第手を出したら駄目ですからね~。所で36歳未亡人についてどう思う~?」

 軽くしなを作りながら、流し目などしつつ尋ねられて、蓮弥は声を荒げた。

 「知るかっ!」

 「張りとボリュームなら、ローナちゃんに負けないんだけど~」

 むにっと持ち上げて見せる大公。
 慌てて蓮弥は明後日の方向へ視線を飛ばし、大公に指をつきつけた。

 「張り合おうとするな。旦那に操をたてとけ」

 「え~……」

 不満そうな大公陛下ではあったが、蓮弥は取り合う気は無かった。
 なんだかこれ以上、取り合っていると危険なツボにはまりそうな気がしたからだ。

 「私、レンヤをお父さんとは呼びたくないんだが」

 「シオン姉様に同意」

 シオンとメイリアが、心底嫌そうな顔でぼそぼそと呟いている。

 「お前らは姉妹揃って何を心配してる!? 今は戦争に集中しろ!」

 一応、負ければ首都陥落、大公は処刑されて国は滅亡するだろう現状を、こいつらは本当に理解しているのだろうかと首を捻る蓮弥であった。田七人参

2014年9月15日星期一

ファーストコンタクト

私、渚美紗が海斗くんを見かけたのは春休み終盤の頃でした。
 その頃、私とお姉ちゃんは高校生になるということで両親から塾に通ってみたらどうだろうという提案を受けて、今、テレビでも全国的に有名な大規模の塾の体験授業に行ってみることにしたその日でした。D9 催情剤
 その塾は駅前にある大きなビルの中にあるそうで、入ってみるとなるほど確かに。ホテルのロビーのような場所には私たちと同じぐらいの年頃の人たちが沢山いました。私の隣にはお姉ちゃんも一緒です。
「凄い人の数ですね」
「そ、そうだね……」
 いくら事前にテストでこの授業に参加できる生徒を絞ったとはいえ、この春休み限定の体験授業は効率化を図るために春休み特別予習・復習カリキュラムを元々この塾に通っている生徒たちと一緒に受けるそうですから、人が多いのも当然でしょう。
 ところでさっきから周囲の人たちからの視線を感じます。
 ふと周囲に気を配ってみると……どうやら私とお姉ちゃんをチラチラと盗み見ている人がちらほら……っていうか沢山。その気配にはお姉ちゃんも気がついたのか、私のことを慈愛の目で見つめると同時に言いました。
「みんな、美紗が可愛いから見ているのですよ」
 そうなのでしょうか。私にはよく分かりません。そもそも私は地味な子だし、そんなに可愛いとも思えない。お姉ちゃんは姉妹なだけに私と似ているけれど、だけど私にはお姉ちゃんのほうがより一層、輝いて見える。そんなお姉ちゃんがそばにいるとなれば私の存在なんて霞むというものです。
「ああ、あの女の子、とっても可愛いですねぇ。どこ中出身なのでしょうか。ちょっとお話を……あっ、でもでも、一番は美紗ですよっ! 心配しないでくださいねっ!」
 そんな心配してないんだけどな……。
 相変わらず今日もお姉ちゃんは平常運行いつもどおりです。
 と、その時。
 私は周囲の人たちからの視線を浴びつつ、小さな違和感を見つけました。というのも、周囲の人たちは私たちのことをチラチラと見ているのに、ありがたいことに一人だけ、そんな私たちに目もくれない人がいたのです。
 周囲が周囲、みんな私たちのことを見ていたので一人だけそうでなかった男の子が逆に私の目線からは目だっていたし、それになにより、その男の子の頭は茶髪でした。辺りは真面目に勉強をするような人たちばかりだったのですが、そういった人たちは髪を染めたりすることは少ないと思います。だからこそ、こんな人ごみの中でも茶色に染めた髪は目立つのです。
 それだけじゃなくて顔はかっこいい……部類に入るのでしょうけど、ちょっと怖い。どうやら携帯音楽プレーヤーを聴いているみたいで、耳にはイヤフォンが。今回のこの場には中学の制服着用義務がなされているのですが、黒い学生服の下には黒いタンクトップ。学生ボタンは全開。これでリーゼントだったなら私の中の<ふりょー>というイメージにピッタリになるような人です。
 ……ちょっと怖いな。
 そんなことを思いつつ、私とお姉ちゃんは一緒に講義室へと入って行きました。

 ☆

 授業が始まる前にこの塾の創設者、牧原富音まきはらとみねさんが一番手前に立ち、保護者向けの手短な挨拶を始めました。富音さんは今、テレビにも引っ張りだこの有名人です。
 なんでも、十年前にこの塾を創設してからすぐにその能力で塾を大きくしていったすーぱーうーまんらしく、その教育能力は高い上にこの塾で教えた生徒が成績をグングン伸ばして有名大学への進学者を多く輩出しているらしいのです。
 富音さんは長い黒髪にツリ目、スタイルも良くておまけに美人。もう今年で三十八になるそうだがまだまだ二十代でも十分に通じる若さだ、といったまさにテレビ受けしそうな容姿をしていました。綺麗だなぁ。
 それにしても黒髪ロングにツリ目、こういうところはお姉ちゃんにそっくりだ。やっぱり綺麗な女の子には共通点があるものなんですね。
 挨拶は手短で、それでいて保護者に伝えるべきところは全て伝えており、なおかつ解りやすい。たった五分の挨拶でこの女性のすーぱーうーまんっぷりを実感したところで授業が始まりました。
 ふと辺りを見ているとさきほど見た覚えのある茶髪の男の子が見えました。
 あの怖い人です。
 そもそもどうしてあんな怖い人がここにいるのだろうと思ったのですが、そういえば応募テストに受かってこの場にいるのだから頭は良いのかもしれません。それに何だかんだで携帯型音楽プレーヤーはしまって、真面目に授業を受けています。
 なんだかチグハグな人です。
 まるで、ふりょーになりたて、みたいな。

 ☆

 授業そのものは結果的にいえばとてもハイレベルでした。ついていくのが大変だったけど、学校で習った部分も深く理解することが出来ましたし、かなり効率的な授業だったといえます。まあ、当てられたときにはドキッとしましたけど何とか答えることが出来ましたし。
 さすが噂の<姫塾>。ああ、ちなみにこの姫塾というのは通りなだとか通称だとかそんなことではなく、普通に、正式名称が姫塾です。どうしてこんな名前なのかは解りませんが、まあ富音さんは確かにお姫様にピッタリな美しさですし、それを考えれば違和感はさほど感じません。
「それにしても」
 と、一時間目の終わりの休み時間。お姉ちゃんが周囲を見渡しながら言いました。しかしそれでいて可愛い女子中学生探しも怠りません。流石です。
「どうしたの? お姉ちゃん」
「気に入りませんね」
「ふぇ? わ、私、何かお姉ちゃんを怒らせるようなことしちゃった?」
「ああ、いえ。そういうことじゃなくてですね」
 お姉ちゃんが苦笑する。
「周囲にいるこの塾の生徒たちですよ」
「?」
 私はお姉ちゃんの言っている意味が解らなかった。
「いかにも『この塾に通っている僕は君たちとは違う人間だ』などという中二病をこじらせているような腹の立つ態度が気に入らないのです」
 この塾に通うにはまず入塾テストというものがあって、それはとても難しいらしい。……だからそれに通ってこの塾に通うってことはとても凄いことらしい。言ってみれば、とても難しい試験を通って有名難関大に進むみたいな感じだろうか、と私は推測しました。麻黄
 ただまあ、確かに。
 この塾は生徒のレベルに合わせてクラス分けがされており、一番上のクラスの生徒たちはテレビでも『厳しい試験を潜り抜けた選ばれし子供たち』などと大げさに特集していた記憶があります。
 テレビというものはどこか誇張というか、少し大げさに表現するときがあるというイメージがあるし、実際に最高クラスのテストや授業レベルはそうとう難しく、高度であるのでテレビの表現もあながち間違いではありません。
 今ではこの塾の高ランクに所属しているだけで一種のステータスと認識する子もいるぐらいなので、そういったプライドの高い子がいてもおかしくはないでしょう。
 ただ、お姉ちゃんは気に入らなかった様子で。
「さっきだって、私たちと同じ体験授業の生徒を侮蔑のこもった目で見ていたエリート野郎がいましたよ。一瞬、ビームラリアットを叩きつけてやろうかと思いました」
 お姉ちゃん、怖いです。
「実際、この塾に通っている生徒はそういった生徒がいることでも有名ですからね。勘違いエリート意識をもった屑共が」
「すごく怒ってるね、お姉ちゃん……」
「もちろんです。さきほど講師に当てれた美紗がとてもとても難しい問題をスラスラと答えて褒められた時に、美紗を忌々しげな眼で睨みつけていたことは今でも鮮明に覚えています」
「そ、そうだったの……?」
「ええ。自分でも解らなかった問題を体験授業生徒の美紗に答えられて悔しいのでしょう。ハッ。ざまあみろ、ですよ。あの金持ちお坊ちゃんたちが」
 何気に話してもいない相手の家庭環境を一目で見抜くお姉ちゃんは凄いと思います。
「流石は私の美紗です。あぁ、可愛い。可愛いですよ美紗。怖かったですね。お姉ちゃんが慰めてあげますよ。さあ、私のこの胸に飛び込んで来てください」
 どうしよう。まさかこのタイミングでくるとは思いませんでした。なので私はいつもの手を使うことにします。
「ごめんねお姉ちゃん、私、今からお気に入りのBL小説を読まなくちゃならないんだ。それでねそれでね、じっくりたっぷりとカップリングを……」
 うふふふ。うふふふ腐腐腐腐腐。

 ☆

 今日のカリキュラムが全て終わるころ。
 外は夕焼けに包まれていました。今日は何度か当てられたりして緊張したけれど、なんとか上手く答えることが出来て一安心です。
 ……意識していると、確かに問題を答えるたびに忌々しいとでも言いたげな視線が私に突き刺さっていたのですが、それも今日で終わりです。
 しかし、今日はとても参考になりました。特に最後。牧原富音さんの授業は圧巻の一言でした。
 この場にいる生徒たちのレベルを把握しているのか、全員が理解出来るぐらいの説明の巧さ、適切な授業スピード。おかげで前々まで自信がなかった部分を完全に理解することができるようになりましたし、これは確かに入塾希望者が増えるというものです。
 ただ、やはりある程度のレベルに達している子ではないと難しいんじゃないかな、とは思いましたが。その為の入塾テストなんでしょう。
 とにかく今日は有意義でしたが、とても疲れました。何しろ心なしか私の当てられる回数が若干、他の子よりも多いし、それに当たる問題が全部、難しいものばかりだったのです。それに加えてそれに回答するたびにお姉ちゃん風にいうとお坊ちゃんさんの視線が痛かったですし。
 授業に疲れた私はしばらく講義室の外にあった自動販売機などがある休憩スペースで休み、休憩が終わると辺りにはもう人けも殆どありませんでした。
「ごめんね、お姉ちゃん。私の休憩につき合わせちゃって」
「いえ。大丈夫ですよ。美紗は気にしなくていいのです」
 やっぱりお姉ちゃんは優しい。こんな私なんかにも優しくしてくれる。
 それに運動だって出来るし、可愛いし。やっぱりお姉ちゃんは私の憧れだ。
「美紗が休憩してくれているおかげで、私はこうして美紗を愛でることが出来るのですから」
 ……できれば、お姉ちゃんにはちゃんと私の憧れのお姉ちゃんでいてほしいんだけどなぁ。
「そ、そろそろ帰ろっか」
「そうですね」
 身の危険を感じた私はそろそろ帰ることにしました。二人で休憩スペースから立ち上がります。するとその時になって、お姉ちゃんがふと鞄の中を確認して異変に気づきました。
「あっ」
「どうしたの?」
「すみません。講義室に忘れ物をしてしまいました。取りに行ってきますね」
「私も一緒にいくよ?」
 講義室は上の階にあるので大した手間ではありません。ですがお姉ちゃんは首を横に振って、
「大丈夫です。美紗はもう少しここで休んでいてください」
 と、今日の授業で疲れてしまった私に気をつかってか私にもう少し休むように促してくれます。私はせっかくなのでお言葉に甘えてお姉ちゃんが忘れ物をとってくる少しの間だけ休憩を続けることにしました。心なしか、お姉ちゃんの歩くスピードもやや遅いです。
 私は息を吐き出して、もう一度、休憩スペースで休みます。確かにここの授業は有意義なものでしたが、少し疲れます。私にはこの塾に通うにはやや荷が重いような気がしてきました。さすがにBL小説で乗り切れるほどあまいものではなかったようです。
 私がそうして休んでいると、ふと人の気配を感じました。ああ、私たち以外にもまだ残っていた人がいたんですね。
 そんなのんきなことを考えていた私に、誰かが声をかけてきました。
「ねぇ、ちょっといいかなぁ」
 粘りつくような声に私は失礼ながら(今思えばまったく失礼でもなんでもなかったのですが)気持ち悪い、と思いました。不気味、とも。
「は、はい……?」
「君、なかなか賢いね」
 顔をあげます。そこにいたのはさきほどお姉ちゃんが言っていて、更に私に痛々しい視線を向けていた生徒でした。確か、この塾でも最高クラスに在籍している生徒で、見た目からしてもやたらとプライドの高そうなお坊ちゃんでした。
 来ている制服は地元でも有名な進学校のものです。
 その後ろにも同じ制服を着た生徒が二人。老虎油
「え、あ、いや……そんなこと、ないです……」
 いきなり何を言ってくるのだろう、この人たちは。
 そもそも私は男の子は少し苦手なのです。なのでここは疲れた体にムチをうって、私は立ち去ることにしました。席を立ちます。すると、三人の男子生徒たちが取り囲んできました。まるで私をこの場から逃がさないかのように。
「えっと……」
「賢いのはいいんだけどさぁ、ほら、君のせいで僕たち、発表のチャンスを逃しちゃったんだよねぇ」
 その言葉を聞いて思い出します。
 確かこの塾のランク分けはテストの成績+授業中の発表時に加点される点数で決まるということを。それはどうやら今日の授業でも有効だったようで、現在のクラスをキープしたい彼らにとって今日のことは癇に障ったのでしょう。
 何しろ最高クラスは日々、生徒たちの激しい点取り合戦だそうですから。それに一度落ちたとなればこの人たちの持つステータスも失うことにもなりますし、それに今日一日の態度を考えるにどうやらこの人たちはこの塾の最高クラスに所属していることをかなり自慢してきた様子です。
「あ、あのっ……ご、ごめんなさい……」
「ごめんで済めば僕たちもこんなことしなくてすむんだよねぇ」
「あーあ、もし今のクラスから落ちちゃったらどうしてくれるんだろうなぁ」
 気が付けば。
 私は壁際まで追い詰められていました。
 そして。
 目の前の男子生徒が、ニヤリと歪な笑みを浮かべました。
「じゃあちょっと俺たちに勉強を教えてよ」
「……えっ?」
 いうや否や、私の手を強引に掴み取る男子生徒。私は思わず拒絶しようとしますが、やっぱり相手は男子。私なんかの力では振りほどけません。
「あのっ、離してください……」
「だーかーらぁ。ちょっとそこで一緒にお勉強会を開くだけだからさぁ」
「おー、この子、近くで見ても結構可愛いじゃん」
「これはお勉強のし甲斐があるねぇ」
「センセー来たらまずくね?」
「あぁ、大丈夫大丈夫。ここの階に教師がいないのはもう確認済みだ」
 そういう男子生徒の顔はニヤニヤと不気味な、それでいて気持ち悪い笑みを浮かべていました。
 私はこれからどうなるんだろう。この人たちに何をされるんだろう。そんな考えたくもない考えが、頭の中を過ります。
「嫌っ……離して、ください……っ」
「ったく、このっ……!」
 痺れを切らしたのか、目の前の男子生徒は空いたほうの手を強引に私の胸ぐらへと――――、

 パシャッ。

 その時。
 シャッター音が、人けのない休憩スペースに響き渡りました。体を僅かに硬直させた生徒たちは慌てて振り返ります。そこにいたのは、私が朝、見かけたふりょーさんでした。
 茶髪の髪。
 ガッシリとした体格。
 右手にはカメラモードにしていたスマートフォンが。
 次いで再び連続でのシャッター音。
「おー。よく撮れてるなー、これ。さすがスマホ。画質もそこそこ良いじゃん」
「な……おまっ、お前っ! なに撮ってるんだよ!」
 叫びのようなその声にふりょーさんは答えます。
「ん? 女子中学生がエリート様に強姦されてるトコ」
 それを聞いて、一気に目の前の男子生徒の顔が青ざめた。彼らの通っている学校のことを考えれば、この事実を公表されるのはまずいのでしょう。

「じゃっ、そーゆーことで」

 踵を返すと、そのままふりょーさんは私たちに背を向けて階段の方へと歩き出して行きました。
 私たちを放置して。
 …………え?
「………………………………いや、待てよッ!」
 まさかここで立ち去るとは思わず。
 私も目の前の男子生徒たちもしばらく沈黙していましたが、ここでようやく動き出します。だが既に距離はやや開きつつあって、三人の内の一人が走りだしました。自分たちのこの行為を収めたスマホを取りあげる為なのでしょう。
 その瞬間、無防備に背中をさらしたふりょーさんに私が危ない、と声を出そうとしたその時。
 突如、そのふりょーさんは背後から振り向きざまにカウンターの回し蹴りを追いかけてきた男子生徒に叩きこみました。
 ゴドンッ! と鈍い音が室内に響いたかと思うと、まるで糸が切れた人形のようにドサリと男子生徒Aが倒れ、その場に崩れ落ちました。
「おーっ、決まった決まった。やってみるもんだな、ラ○ダーキック。いや、ここはワン、ツー、スリー、とカウントしてからの方がよかったか」
 そんなことをブツブツと呟くふりょーさん。その視線の向こうには完全にノックアウトされた男子生徒Aの姿がありました。
「まあ、証拠画像を収めたスマホを取りに来ることは容易に想像できたし、カウンターキックこれぐらいはちょろいか。それを考えると天の道を往き、総てを司る人はマジで凄いな。うん」
 そして、今度は出て行こうとはせずに私たちの方に顔を向ける。
「おば……じゃなくてお姉ちゃんが言っていた。男がやってはいけないことが二つある。女の子を泣かせることと、食べ物を粗末にすることだってな」
 そんな、日曜の朝八時あたりの番組で聞いたことあるような気がするふりょーさんのパクリ名言を耳にして、私は初めて気がつきました。威哥十鞭王
 泣いたのです。
 この時の私は、泣いていたのです。
 あまりにも怖くて、知らない間に泣いていたのです。
 そこでようやく、自分の頬に冷たい何かが流れ落ちていることに、気がつきました。
 それを確認したかのようにふりょーさんは視線を私に向けると、今度は残った二人の男子生徒たちを睨みつけます。
「あのさぁ。親からの強いられ勉強のストレスでついついそんな行動に走っちゃうのは何となく理解できるけどよ、ストレスを解消したいなら方法は色々とあるだろ。別に気の弱そうな女の子を見つけてテキトーな理由つけてんなことしなくても、さ」
「ッ……!」
「ストレス溜まってるなら吐き出しゃいいじゃん。『親は裕福な生活を送りながら、くだらない思想を俺たち子供にぶつけている。俺達は、そのしわ寄せでこんな生活を……強いられているんだッ!』って集中線入りで言ってみるとか、幼女アニメ見て癒されるとか、色々とあるだろ」
 いや、無いんじゃないでしょうか。
 と、今ならこうして言えますが。
 その時の私は、とにかく怖くて。怖くて。怖くて。
 ただそこで怯えていることしかできませんでした。
「あーやだやだ。お前らみたいなのを見ていると中学時代のことを思い出して寒気がするぜ。ああ、もう。何であの時の俺はあいつらを殴り飛ばしてやれなかったんだろう。いや、春休みの内に闇討ちしたけどさ」
「知、るかッ! オイお前っ! とにかくそのスマホをこっちによこせ!」
「えー。やだよ。だってこれ、高校進学祝、兼、修行完了記念で姉ちゃんに買ってもらったやつだもん」
「~~~~ッ! オイッ! さっさとやつのスマホを奪ってこい! あれをばら撒かれたらやばいぞ!」
 私を取り押さえている男子生徒はもう一人の男子生徒に支持を出すと、男子生徒Bはふりょーさんに駆け出して行きました。しかも手には手近にあった休憩室のパイプ椅子があります。それを振りかぶって、思いっきりふりょーさんに殴りかかって行きました。
「はぁ。めんどくせー」
 言うと。
 ふりょーさんはだるそうにしながらも、自身に向かってくる敵に対して、右足一閃。
「あがっ!?」
 弾丸のように放たれた右足は簡単に、いともアッサリと、それでいて鋭く、男子生徒Bの顔を蹴り飛ばしました。
「さて、と」
 二人目を蹴散らしたふりょーさんは、私を拘束している男子生徒Cが茫然としている間にスマホをいじいじと何らかの操作をして、私たちに画面を見せます。
 そこにはさきほどの画像がありました。私の顔は特定ができないように加工されていて、そして、さきほどの三人の男子生徒の顔はくっきりと映っていました。
「さっさとその子を離せ。でないとこの画像を匿名掲示板と教育委員会の方にばら撒く」
 この男子生徒Cにとってもはや選択肢は無いに等しく、忌々しげな顔をしながら私の拘束を解きます。私はたまらなくなって、怖くなって、慌ててふりょーさんの方に駆け寄りました。
「は、離したぞ……さっさとその画像を消せよ!」
「あー、はいはい。解りましたよ、っと」

 ピッ。

 ――――画像を送信・・・・・しました・・・・。

「おっと手が滑った(ゲス顔)」
 ………………………………………………………………悪魔だ。
 更に青ざめた表情をする男子生徒C。そこでふりょーさんが踏み込み、右拳を男子生徒Cの顔面へと、炸裂させました。ゴドッというこれまた鈍い音が響き、壁に叩きつけられた男子生徒Cはずるずると床に崩れ落ち、

「……な、な、んで……」
「いや、なんかお前の顔がムカつくから」
「……理不、尽……」

 気がつけば。
 私たちの周りには気絶した男子生徒が三人。
 私はようやく終わったんだと思うと気が抜けて、その場に崩れ落ちそうになりましたが、そのところをふりょーさんに受け止めてもらいました。
「あ、ありがとう、ございます……」
「ああ、いや。別に……」
 どうしてでしょう。先ほどまであんなにも自信たっぷりに悪魔っぷりを披露していたのにいきなりもごもごとしています。
 ……もしかして、女の子と話すのが苦手なのでしょうか、このふりょーさんは。
「ほ、本当に、ありがとうございます。私、怖くて……それで……」
「気にしなくていいよ、本当に。姉ちゃんからああいうクズを見かけたら容赦なく叩きのめして、この世界で生きていくのが苦痛で苦痛で仕方がないぐらいの社会的ダメージを与えろって言われてるから」
 どうやら悪魔を育てたのは魔王のようです。
「な、何か、えっと、お礼を……」
「あー、いいからいいからそういうのは。姉ちゃん待たせてるし。っと、帰り、送ろうか?」
「え、あ、その、だ、だいじょうぶ、です。お姉ちゃんが、一緒なので……」
 ちょうど、と言っていいのか解りませんが、そのタイミングで「美紗ー」という私を呼ぶ声が聞こえてきました。それを聞いたふりょーさんは頷くと、言います。
「ん。わかった。それじゃあ、気をつけて帰れよ。いくらBBAとはいえ、さっきみたいな事があるかもしれないからな」
「は、はいっ……」
 サラリとBBAなんて言われちゃいましたが、今の私はどこかおかしかったのです。どくんどくんと心臓がうるさいですし、顔も赤いし、ココロが何だか落ち着きません。田七人参

2014年9月12日星期五

それぞれの場所で

「アルトリアさん、どこ行った?」

 俺は、ギルドから飛び出したアルトリアさんを追うべく、俺も外に出たが、もうすでにアルトリアさんの姿はなかった。

「……人が多すぎて近くにいても分からねぇかもな……」SEX DROPS

 この王都テルベールは、人が驚くほど多い。だから、一度はぐれると、なかなか会えないのだ。

「そうだ! 『索敵』のスキルがあるじゃねぇか」

 俺の習得しているスキルの中にある『索敵』は、半径500メートル以内にいる生物を察知できる効果がある。
 そうと分かれば、早速使ってみるに限るだろう。
 俺は、すぐに『索敵』のスキルを発動させた。
 そして――――項垂れた。
 俺……何で気づかなかったんだろう。
 索敵のスキルは、確かに生物の存在を察知することができる。
 でも……。

「個人の特定なんてできねぇよ、バカ……!」

 俺が索敵スキルを発動させた結果、俺の半径500メートル以内の全生物に反応してしまい、あまりの多さに眩暈が起こった。

「これじゃあ、どこに行ったのか分からねぇぞ」

 まあ、人に訊けば分かるだろう。
 黒龍神の過去を見て思ったんだ。……コミュニケーション、大事だね!
 俺は、近くを通りかかった女性に話しかけた。

「すみません! 少しよろしいですか? 人を捜してて……」
「ええ、別にいいわよ。……って、あら? 誠一さんじゃない」
「え? ……あ、アドリアーナさん!?」

 何という偶然だろう。俺が話しかけた相手は、なんと狼を犬と称して飼っている、伯爵夫人のアドリアーナさんだった。世間って狭いね。

「どうしたの? 人を捜してるって……」
「ええっと……アルトリアさんを捜してるんですけど……見てないですか?」
「え? アルトリアちゃん? うーん……見てないわ」
「そうですか……」
「ごめんなさいね? 力になれなくて……」
「あ、いいえ! えっと……ありがとうございました」
「どういたしまして」

 アドリアーナさんに礼を言い、別れようとしたときだった。
 アドリアーナさんは、ふと思い出した様子を見せ、俺に言う。

「あ、そうそう。誠一さん」
「はい?」
「アルトリアちゃんの体質……知ってるかしら?」
「ええ、まあ……」
「なら、一つお願いしていいかしら?」
「え?」

 突然のお願いという言葉に、俺が間抜けな声を出すと、アドリアーナさんはほほ笑んで言う。

「アルトリアちゃんと、これからも仲良くしてあげてくれないかしら? アルトリアちゃん、ああ見えて凄く繊細で、優しい子なのよ」
「それはもう……凄く分かります」
「だから、少しでいいの。アルトリアちゃんに、寄り添ってあげてほしいのよ」
「寄り添う?」

 アドリアーナさんの言葉の意味が分からず、首を傾げる。
 すると、アドリアーナさんはクスリと上品に笑い、続けた。

「分からないなら、それでもいいわ。ただ、今誠一さんがアルトリアちゃんを捜しているように、少しでいいからアルトリアちゃんを気にかけてほしいのよ」
「……よく分からないですけど、アルトリアさんは、俺にとっても大切な人です。だから……」

 俺がそこまで言うと、アドリアーナさんは笑みを深めて、俺の続きを遮った。

「なら、大丈夫ね。さ、アルトリアちゃんを捜してあげてね? 王子さま♪」
「王子さまって……」

 思わずアドリアーナさんの言葉に苦笑いしてしまった。
 そしてすぐ、アドリアーナさんと別れ、再びアルトリアさんを捜し始める。

「もう一度、誰かに訊こうか……」

 そう思い始めた時だった。
 俺は、今の状況にとても都合のいいアイテムを持ってたことを思いだした。

「あるじゃねぇか……『指針石』!」

 アイテムボックスから取り出したのは、銀色の指針石。
 黒龍神の迷宮では、あまりにも入り組んだ場所なうえに閉鎖的空間だったため、活躍はあまりしなかった。……まあ、その遮っていた壁をぶっ壊して突き進んだのは俺なんですけど!
 だが、今は外である。
 方向さえ分かれば、屋根の上でも辿って行けるのだ!
 指針石を浮かべ、アルトリアさんのいる方角を調べる。
 すると、すぐに指針石は一つの方向に向いて、進み始めた。

「なるほど……この方向にいるんだな」

 指針石をアイテムボックスに仕舞いながら、その方角を眺める。

「……あれ? この方向って……」

 そんなことを思いながらも、早速アルトリアさんに追いつくべく、指針石の示した方角へと走り始めた。



「やっぱり……」

 指針石を辿り、着いた場所は見覚えがあった。

「ここ……俺が最初の依頼を受けた場所じゃないか」

 そう、俺のたどり着いた場所は、ギルドの試験で、最初に受けた依頼……『廃墟の解体』で行った場所だった。
 スキルを使わずに俺が感じられる中で、周囲に人の気配はない。
 ただ、俺が何も考えずに壊した、廃墟の瓦礫があるだけだった。

「……」

 俺は、無言で索敵のスキルを発動させた。
 すると、周囲に人がいないだけあり、すぐにアルトリアさんの反応が見つかる。
 その場所まで、俺は何の躊躇いもなく歩いて行った。蒼蝿水
 そして――――見つけた。

「アルトリアさん」
「……」

 アルトリアさんは、瓦礫の陰に隠れて、膝を抱えて座っていた。
 俺が声をかけると、肩をピクリと動かしたが、無言のままである。
 そんなアルトリアさんの近くに、俺も腰を下ろした。
 アルトリアさんは、俺に背を向けているため、表情が分からない。
 無言の時間がしばらくの間流れる。
 無言の時間が続くが、俺からは何も言わない。
 なんて言葉をかければいいのか分からないのもある。……だって、いきなり飛び出した理由が分からないからな。
 でもそれ以上に、今はアルトリアさんから切り出してくれるのを俺は待ちたかった。
 そんな俺の思いが通じたのか、アルトリアさんは小さな声だったが、口を開いた。

「なあ……誠一」
「……何ですか?」
「オレは……本当に要らない人間じゃ……ないのか?」
「……はい」
「オレみたいなヤツ……いても迷惑なだけだろ?」
「そんなことありません。絶対に」
「……本当に、嫌じゃないのか……?」
「……はい。みんな、アルトリアさんが大好きですよ。サリアも、ガッスルも、エリスさんも……全員、アナタが大切なんですよ。俺だって、アルトリアさんが大好きです」

 アルトリアさんの静かな問いかけに、俺は全部真剣に答えた。
 どれも嘘なんかじゃない。俺の本心である。
 アルトリアさんは、決して要らない人間なんかじゃないんだ。
 大好きって伝えるのはメチャクチャ恥ずかしい。でも、本心なんだから仕方がない。
 だって、口にしなきゃ伝わらないもんな。
 俺の言葉を聞いて、アルトリアさんは俯き、肩を震わせた。

「そう……か」
「……」
「……オレが、周りのみんなを大切に思うように……オレも……皆にとって、大切な存在だったんだな……」
「……」
「……うぅ……グッ……」

 アルトリアさんは、抱えていた膝に顔をうずめ、声を必死に押し殺しながら泣き始めた。
 こんな時、俺は一体どうすればいいんだ?
 賢治や翔太なら、こういった場面にも慣れてるんだろうけど、生憎俺は地球では非モテ街道を爆走していたんだ。女性を慰める術なんて知らない。
 ただ、目の前で泣いているアルトリアさんに、俺はどうすることもできないのか?
 力を手に入れても、心を救うことはできない。
 俺は純粋な武力とは違う、他の大切なモノに対する無力さを思い知らされた。
 そんなとき、ふとアルトリアさんを捜していたときのアドリアーナさんの言葉が頭に浮かんだ。

『アルトリアちゃんに、寄り添ってあげてほしいのよ』

 ……寄り添う?
 寄り添うって……どうやって? 物理的に? それとも心に?
 ……物理的にはおかしいだろ。
 だとすれば、心に寄り添うって……。
 どんどん混乱していくなか、俺はサリアがアルトリアさんにしてあげていたことを不意に思いだした。

『アルトリアさん! ぎゅーっ!』
「――――」

 サリアの行動を思い出した瞬間、俺はすでに体が動いていた。
 まるで、サリアに促されたかのように……。

「え……?」

 俺は、アルトリアさんを後ろから抱きしめていた。
 サリアがアルトリアさんを抱きしめたとき、純粋にアルトリアさんの心の不安を見抜いたサリアの洞察力に感嘆していたけど、そうじゃないんだ。
 アルトリアさんは、不安から解放されて嬉しいと同時に戸惑っているのだろう。
 今まで災厄の種でしかなかった自分を、みんな好きだというんだ。逆に、これからみんなとどう接すればいいのか……そんな不安が今は渦巻いていると思う。
 今さらだけど、子供が不安になったとき、どれだけ親という心の拠り所が大事なのか分かった気がする。
 親は、子供が不安に思っていても、優しくそれを包み込めるだけの力があるんだ。
 そして、サリアは孤児院のときもそうだが、天然で母性があるらしい。
 あのアルトリアさんをサリアが抱きしめた時、サリアは不安な気持ちを見抜いただけじゃなく、安心できるように包み込んでたんだな……。
 だけど今、そのサリアはいない。
 アルトリアさんの拠り所になれる人間は――――俺しかいないんだ。
 全然頼りない心の拠り所だけど、少しでいい。アルトリアさんに寄り添えれば……。

「大丈夫ですよ。不安に思うなら、俺がアルトリアさんのそばにいます。いつまでも、アナタが安心できるまで」
「なっ!? あ……あぅ……うぅ……」

 …………。
 ……あれ?
 少しでもアルトリアさんの不安が解消されればいいと思って、サリアのマネして抱きしめてみたんだけど……。
 ……なんかいつの間にか泣き止んでるようだし、顔は見えないけど、綺麗な銀髪から覗く耳が、目に見えて真っ赤になっている。
 ……いや、よくよく考えれば、俺……メチャクチャ大胆なことしてね?
 俺の頭がそう理解した瞬間、俺は顔が熱くなるのを感じた。ああ……今、俺の顔絶対に真っ赤だよ……!
 いや、落ち着け! いくらなんでも不謹慎だぞ! アルトリアさんの心が少しでも安らげばと思ってやってるんだ!
 ああ、でも……アルトリアさん、いい匂いだな。
 ……じゃねぇよ!? 何で俺が安らいじゃってんの!?
 あ、ちょっと待て! 俺、臭くないよね!? 大丈夫だよね!?
 称号の『臭い奏者』で一応完全カットはしてるんだけど……。あ、俺の方が不安になってきた。誰か俺を優しく抱きしめてっ!
 なんとも締まりのない俺だが、俺に後ろから抱きしめられた状態のアルトリアさんが、俺の腕を軽く叩いた。

「もう……大丈夫だからよ」
「え? あ、ハイ!」

 あまりの恥ずかしさに勢いよく離れる。
 するとアルトリアさんは、顔を真っ赤にして、モジモジし始めた。

「そ、その……なんだ。えっと……恥ずかしかったけどよ……」
「……」

 俺も恥ずかしかったです! ……と叫びたかった。でも自重。

「だ、抱きしめてくれて……ありがとう……な……」
「……」

 頬を赤く染め、恥ずかしそうに上目づかいでアルトリアさんはそう言った。
 ……サリアで多少なりとも美少女耐性はついていたと思うんだ。
 でも……ダメだった。破壊力がヤベェ。全然耐性ついてないじゃねぇか。
 結果として俺は、アルトリアさんの仕草に、惚けるしかなかった。
 また、何とも言えない微妙な空気が、俺とアルトリアさんの間を流れる。
 ……それよりも、アルトリアさんが今まで避け続けてきた人間と向き合うキッカケができてよかったと思う。
 それでも、アルトリアさんの抱えている呪いは解けていない。勃動力三体牛鞭
 アルトリアさんの知り合いも、呪いを解く方法を探しているらしいが……。
 しかし……運のステータスがマイナス200万か……。改めて考えると、凄まじい数値だよな。
 あのアルトリアさんの≪災厄を背負う者≫の呪いがある限り、アルトリアさんは一生辛い思いをしないといけないんだろう。
 なんとかできないのか? 何か、今の俺にできることが……。
 ……チクショウ。まったく見当もつかねぇ……。
 アルトリアさんの運の数値が、マイナスじゃなかったらいいのに……。
 …………。
 ……マイナスじゃ……なかったら……?

「!?」

 俺は閃いた。
 この、アルトリアさんの呪いを解く方法を……!

「アルトリアさん! 手! 手をだしてください!」
「はあ?」
「お願いします!」

 俺がそう頼むと、アルトリアさんは訝しげな表情を浮かべながらも、左手を差し出した。
 俺はすぐにアイテムボックスからある装備品を取り出す。

「お、おい。一体何のつもりだ?」

 アルトリアさんが戸惑いの声をあげる。
 だが、今の俺にはそんな声がまったく耳に入ってこなかった。
 そして、俺が取り出した装備品は――――宝箱からドロップした、『不幸の指輪』だった。
 取り出した不幸の指輪を、アルトリアさんの指に嵌めようとして気づく。
 ……どの指に嵌めればいいんだ?
 そういえば、この不幸の指輪……自動で装備者に合わせて大きさを変えてくれるといった説明がなかったな……。
 もしかしたら、アルトリアさんのどの指にもピッタリ嵌る場所がないかもしれない。
 ……ええい! アルトリアさんの運が俺の運を打ち消してる今、残りのマイナス分はこの指輪に打ち消してもらうぞ!
 というわけで、ほとんど運任せで俺は、アルトリアさんの指を一つ一つ確認していった。

「せ、誠一?」

 ふと視線を上げれば、顔を真っ赤にして、目を潤ませているアルトリアさんの姿が!
 ……このままでは、あまりの可愛さに見惚れてしまいそうなので、意識を再びアルトリアさんの左手に移した。

「えっと……」
「……親指……ダメか。人差し指は……ダメだな。なら中指……クッ!」

 残るは薬指と小指か……。
 小指は、アルトリアさんの指でも明らかにぶかぶかすぎる。
 なら、薬指しかねぇな。
 そう結論付けた俺は、そのままアルトリアさんの薬指に指輪を嵌め込んだ。

「なあッ!?」

 おお! ピッタリ!
 運よくアルトリアさんの指にピッタリ嵌り、思わずフードの下で笑顔になったときだった。
 突然、アルトリアさんの指に嵌めた不幸の指輪が、神々しい輝きを放ち始めた!

「な、何だ!?」
「っ!」

 驚く俺と、呆然とするアルトリアさん。
 不幸の指輪は、俺の目の前で輝き始めたにもかかわらず、目にダメージはなく、むしろ俺とアルトリアさんを包み込むような、柔らかな光を発していた。
 やがて柔らかな光が収まると、アルトリアさんの指に嵌めた不幸の指輪は、紫色の小さな光を仄かに放ち続けていた。
 見た目は小さな光が灯っていること以外変わりない。
 だが、なんとなく俺には、目の前の指輪が同じものに見えなかった。
 思わず、鑑定のスキルを発動させる。

『幸福の指輪』……夢幻級装備品。想いあう二人に祝福を――――By宝箱。装備者の呪いを打消し、装備者の運の数値を2倍にする。

 宝箱おおおおおおおお!
 お前ってヤツは……! どこまで俺を助けてくれるんだ!
 想いあう二人に、ってところの意味はよく分からないが、とにかくお前のおかげでアルトリアさんが救えたんだ!
 俺は、アルトリアさんに呪いが解けたことを言う。

「アルトリアさん! アナタの呪いは解けたんです!」
「……は?」
「ああもう! 細かい説明は後! とりあえず今は、ステータスを確認してみてください!」

 興奮気味にそう伝えると、アルトリアさんは少し気圧されながらもステータスを確認した。

「――――」

 アルトリアさんは、自分のステータスを前に、目を見開いた。

「う、ウソ……だろ?」
「本当です」
「う、ウソだ。こ、こんなに嬉しいことが続くもんか。みんながオレを受け入れてくれたのも……全部、夢なんだ……!」

 アルトリアさんは、突然の事態に混乱して取り乱した。
 そんなアルトリアさんに、しっかり言い聞かせるため、俺はアルトリアさんの手を取り、しっかりと告げた。

「ウソでも夢でもありません! アナタは、≪災厄≫なんかじゃなくなったんだ!」
「……」
「この指輪を見てください! これが、アナタの呪いを解いたんですよ!」

 俺は、アルトリアさんの指に嵌めた不幸の指輪――――否、幸福の指輪を見せつけた。
 それでもなお、呆然とするアルトリアさんに俺は言う。

「だから……もう不安に思う必要なんてないんです。今まで不幸だった分、これから幸せになりましょう。俺が――――全力で支えますから」

 そこまで言い切ると、アルトリアさんは何度も俺の顔と指輪を見ては徐々に顔を赤くしていき――――。

「~~~~ッ!」

 ――――走り去っていった。
 …………。
 …………え?

「ちょおっ!? また!?」

 俺は再び逃げたアルトリアさんに驚くと同時に首を捻る。

「何で!? 俺の何がイケなかったの!?」

 状況を整理しよう。
 まず、アルトリアさんを慰めた。
 宝箱から手に入れた指輪の存在を思い出し、左手の薬指にはめた。
 呪いが解け、取り乱すアルトリアさんに、これから俺が全力で支えると伝えた。
 …………。

「プロポーズじゃねぇか!?」

 おいコラ俺何してくれちゃってんの!? とんでもねぇ過ちだよ!?
 つか、左手の薬指って……結婚指輪を嵌める場所じゃねぇか! 何で気づかなかった!
 ……あれ? でも……結婚指輪を左手に嵌めるのは地球での話であって、この世界では違うんじゃね?福源春
 そう考えると、そもそもプロポーズをするにしても、指輪が結婚の証じゃないのかも……。

「でもそれじゃあ、あのアルトリアさんの反応は……だああああああっ! わけ分からん!」

 どこか無意味な現実逃避をしている気がしながらも、アルトリアさんを追いかける。
 チクショウッ! アルトリアさんの騒動が終わったら、勇者の情報を集めつつ、異世界のこと徹底的に調べてやる!
 ……まあでも……。

「アルトリアさんが元気になったのなら……今はそれで十分か」

 そう呟き、俺はアルトリアさんに追いつくべく、瓦礫の山を後にする。
 澄み渡る青空には、宝箱がサムズアップしている姿が浮かんでいる気がした。



「1……2……3……あ、なんか人助けしてお金がもらえるみたいです」
「はあ? いくらだ?」
「1万G」
「高くね!?」
「次、俺ですね……あ。俺も3でした」
「んじゃ、コマ動かせ」
「はい。えっと……あ、次のサイコロを振る人から、出産祝いで5万Gもらえるそうです」
「だから高くね!? って次の人って俺じゃねぇか!」

 俺――――ベル・ジゼルは、デブのテリー・ヘムトと、ガリのボスコ・ダンの三人で、とある遊びをしていた。

「いやぁ、それにしても……人間はずいぶんと面白いものを考えますよね」
「だよなぁ。これ、なんて名前の遊びだっけ?」
「確か……『人生ゲ○ム』って名前だったと思いますよ」

 そう、俺たちの前には、たくさんの細かいマスに指示が書かれている道が描かれているボードと、そのボードの上で動かすコマ。そして、何マス進むか決めるサイコロとやらが転がっていた。

「でもこれ、人間は人間でも、異世界の勇者が持ち込んだ遊びらしいですよ?」
「ほぉ。異世界かぁ……どんなとこなんだろうか」

 ボスコの言った異世界という言葉に、俺は興味があった。
 俺たちは人間と戦っているが、俺は戦争が好きじゃない。
 そもそも、魔族の連中は、自分の身を守るために戦っているに過ぎないのだ。

「戦争がない世界だといいよな」

 思わずそう口にする。
 どこかしんみりとした雰囲気になってしまうと、テリーがわざとらしく話題を変える。

「あ、今度は『トランプ』ってやつで遊びませんか?」
「トランプ? 何だ、それ」
「えっと……ハート、ダイヤ、スペード、クローバーの4種類のカードがあって、一種類ごとに1から13までの数字が書かれたカードがあるんです」
「ほお。それで、どんなゲームができるんだ?」

 俺はふと興味を惹かれ、そう訊いてみると、今度はボスコが俺の問いに答えた。

「俺が友だちから聞いた話では……『ポーカー』とか『ババ抜き』とか……あ、後『ダウト』とか。とにかく、このトランプでたくさんの遊びができるらしいですよ」
「ぽーかー? つか、ババ抜きって……婆さんはしちゃいけないってことか? そりゃあんまりだろ」
「あ、別に実際にお婆さんがしちゃいけないわけじゃないんですけど……」
「なんかよく分からねぇな。んで? 何するんだ?」

 意味不明な単語が多く飛び出したが、とにかく遊んでみないことには楽しさが分からない。
 しっかし……人間も凄いよな。一つのものでたくさん遊べる方法を思いついちまうんだから。

「そうですね……俺がルールを覚えてるのは、『ダウト』くらいですし……」
「んじゃ、それでいいや。やろうぜ」

 簡単なルールの説明をテリーにしてもらう。
 ようするに、配られたカードを相手に見えないように持って、数字の1から順にカードを伏せて場に出していく遊びだということが分かった。
 まあ、自分の番になれば、出さなくちゃいけないカードが手持ちになくても相手にバレないように出さないといけないらしい。
 もし、相手がウソのカードを出してると思ったら、『ダウト』って声を出して、本当にウソならウソのカードを出した本人が場のカードをすべて引き取り、逆に本当なら、ダウトと言った本人がカードをすべて引き取る……。
 なんつー、エグイ遊びを思いつくんだ、人間……!
 これじゃあ怖くて『ダウト』って言えないだろ!? リスクがデカすぎる! ……ハッ!? そういう遊びなのか!? そのスリルを楽しむのか!? ……レイヤ様が好きそうだな。
 まあとにかく、実際にやってみようということで、俺たちはダウトを始めた。
 フッ……要するに、ウソさえ吐かなければいいわけだ。こんな遊び、余裕だぜ!

「7です」
「8ですね」
「んじゃ、9――――」
「「ダウト」」
「ノオオオオオオオオオン!?」

 結果――――惨敗した。
 後から知ったことだが、この遊びはどうやら、最低でも4人でするらしい。……チクショウめ!
 こんな感じで、俺たち三人はのほほんと日常を満喫していると、突然部屋の扉が強く開けられた。

「……」
「れ、レイヤ様?」

 部屋に入ってきたレイヤ様の表情は、俺たちが驚くほど真剣だった。
 そんな俺たちの呼びかけに応じず、レイヤ様はまっすぐ俺たちの方向に歩いてきた。
 座ったままトランプで遊んでいたときの体勢のまま、俺たちの前で立ち止まったレイヤ様を見上げる。
 すると、レイヤ様は今まで閉じていた口をゆっくりと開いた。花痴

2014年9月10日星期三

眠り巫女のもとで

「……そうだった。グリトニアじゃあ皇帝とは会わなかったけど、リミアは王様とも既に会ってたし……十分考えられたよな」

 与えられた客室に戻ると、思わずため息と反省が漏れた。
 頭が錘おもりを乗せたように重い。RU486
 長時間勉強して、ふと集中力が途切れた時みたいな感覚。
 リミア王との謁見に、(多分有力な)貴族達との話し合い。
 この国に来る段階で貴族との話し合いとかは、まあ覚悟してた。
 でもグリトニアの時は皇女と勇者までしか会ってなかったから、ここでも王様には何となく会わないだろうと思ってたんだよな。
 ロッツガルドで助けられたことへの礼を、という流れで謁見から始まるとは。
 個人的にはいきなり取り乱してぶっ倒れた巫女さんのお見舞いに行きたい所だったけど、そちらは丁重に辞退されてしまった。
 気になってはいるけど、澪とライムに出来るだけ様子を掴んでもらうように頼んで任せるしかなかった。
 魔王に会った時の経験がある程度役に立って乗り切れたけど、後の貴族との話も人数が思ったより多くて非常に疲れた。
 ヨシュア王子とそれなりの話をして、あとは響先輩と色々あるかな程度に考えていた身としては予想外もいいところだ。
 それにホープレイズ家。
 当主は王都で僕を待っていると言ってたけど、実際会うと何か嫌な感じだった。
 あたりは穏やかだし他の貴族の意見をある程度まとめて伝えてくれたり、表面上は協力的な雰囲気だったんだけど……。
 時折まとわりつくような嫌な目を向けてきた。
 と感じた。
 気のせいとも思えないし、似たような目は彼と近い位置の貴族からも結構向けられた。
 彼ら同士が互いに牽制しているような場面も何箇所かあったし、リミアの貴族は噂通り政争に熱心なのかもしれない。
 とりあえず今日の話題には、クズノハ商会の出店に関するようなものは一つも出なかった。
 この国の商人ギルドと貴族の間で何らかの話が既に出ている可能性は十分ある、とはライムの助言だけど僕にもそれが当たりのように思えた。

「お疲れ様でした、若様」

「お疲れ様です、旦那」

 澪とライムは二人とも部屋にいて僕を出迎えてくれた。

「ただいまー……先輩はいなかったけど王様以下貴族の皆さんとの話は凄く疲れたよ」

「若様がご心配されていた巫女ですが、過労で幻覚を見たのだろうとのことでしたわ」

「ええ、今は別状もなく穏やかに眠っておりやした」

「幻覚見るほど疲れてるんだ、あんな小さな娘が……先輩も心配してるだろうな」

 リミア王国勇者パーティって凄い出世街道な気がするけど、激務なのか。
 先輩は魔族との戦いで前線にも立っているようだから、当然なんだろうか。
 ここじゃ子供も当たり前に働いてるし。

「それから、使いの者が来ましてヨシュア王子が若様をお待ちです。急ぎはしないので支度が整い次第廊下にいる者に声を掛けて欲しいとのことでした」

「……なあ、澪」

「なんですか?」

「巫女さんさ、澪と僕を見てぶっ倒れた気がするんだけど。お前、何かしてないよな?」

「“なにも”しておりませんわ。大体、待っていた大勢の中であの娘だけが、あのような事になったのですよ? いくら私でも、わざわざ小さな女の子を的に術を使ったりしません」

「……だよねえ。ごめん」

「謝られる事はありませんわ。……第一」

「ん?」

「私も若様もライムも何もしていないのですから、原因は向こうにあるのかもしれません。もしあの少女の方が私達に何かをしようとしてああなったのだとしたら、それは少女であれ自業自得というものでしょう。いずれにせよ、若様がお心を乱されることではありません」

 澪は穏やかに笑っている。
 僕や巴といると結構感情的に振舞う彼女にしては珍しい。
 凄く余裕があって、なんというか落ち着いている。
 この旅だとライムに頼る事になるかと思ってたけど、澪が頼れる人に見えてきた。
 アルケーも色々成長著しいけど、澪もそうなんだろうか。
 リミアではそれほど難しい話や決断を求められる事はないと思うけど、いざとなったら二人頼れる人がいるのは嬉しい。

「あの子が、何かを、かあ。巫女さんだし特殊な霊感でもあるの、ライム?」

「それなりに……その、人の本質を見たりするのに長けているとは思いやす」

「本質……またなんか神秘的な。視線からも魔力体を見ている感じでもなかったし、人には見えないものが見えるってやつか」中絶薬

「……へい」

「後でお見舞いに行った時にでも聞いてみるか。王子様を待たせても悪いから、すぐ出るよ。あ、別に留守番してなくてもいいからね。夕方までに戻ってくれれば――」

「それでしたら若様。私は響に会って来ますわ。巫女の見舞いについて詳しく話をして参ります」

「澪一人で?」

 先輩と澪。
 いくら城の中とはいえ、若干不安はある。

「ではライムも連れて行きます。ローレルでは響らと一緒だった期間もあるようですから。よろしいですか? 外出をしてよいかまではまだ確認していませんし、出来れば許可を取ってからの方が角も立ちませんから今は城内での用事を優先する方が無難ですし」

「……うん、お願い」

 何だろう、凄く頼れる。
 澪が進化した?
 前触れとかなかったぞ。
 確かに外出していいかの許可はまだ取ってない。
 まずいな。
 この二人なら城の人に気付かれずに動き回るなんて余裕だから大丈夫かと思ってた。
 順番的には先に外出許可もらっとくんだったな。
 抜けてた。

「行ってらっしゃいませ」

「あ、行ってきます」

 一抹の不安が頭に残っていたものの、僕はヨシュア王子の所へ行くために部屋を出て、外で番兵よろしく立っていた人にその旨を伝えた。

「さ、それじゃあ響に会いにいきましょうか、ライム」

「姐さん」

「……なにかしら?」

「チヤに、何をしました? あいつに何を見せました?」

 思い切って口を開いたライムに、澪は穏やかな笑みの中でうっすらと目を細めた。

「なにもしていないわ。なにもね」

「巴の姐さんに巫女の目の事は報告しやした。旦那はご存知じゃないようでしたが、姐さんはご存知ですよね?」

「ええ」

「ええ、って……っ! まさか、わざと?」

「若様はあまり腹芸が得意な方ではありませんしね。それに……そもそも私の正体が知れた所であちらの若様への理解が深まるだけのこと。何の問題もないのですよ」

「しょ、正体……っすか。まさか、巴の姐さんみたいに上位竜なんて言う訳じゃ……」

 ライムの顔を冷たい汗が次々に流れていく。
 あまり気持ちのいい汗ではない。
 ルトに絡んで直属の上司である巴の正体を明かされた時ですら、気絶しなかった自分を彼は褒めた位だ。
 無理もないことだった。

「ふふふ……違いますけれど。似たようなものですわ。あと、あの娘に何が見えたのかはこれから響に聞けばいいことです。私も何を見たのか知りませんしね」

「旦那は、一体何者っすか、ホント……」

 ライムは、チヤがライドウと澪に何を見たのか、気になりだしていた。
 あの娘の抽象的な言葉で、どのように表現されるのだろう、と。

「あのお方は陽だまりの猫ですよ。悪意も敵意もなく、手前勝手な都合で無理に触れたり起こしたりしないのなら、ですけれどね」

「チヤの反応は愛くるしい猫を見たソレじゃなかったっすけどね、確実に」

「なら愚かな思惑があったのでしょう。あぁ、どんな能力か知りませんけど、全てのヒューマンにあの能力があれば便利ですのに」

 穏やかさは消えうせ、凄みを感じさせる笑みで話す澪。

「じゃ、じゃあ俺が響に連絡をつけます」

「不要です。位置はわかりますね?」

「え……はい。響の情報はこいつに入れてあるので把握できやす」

 言って腰に差した刀を示すライム。
 ライムが真から巴を通じて与えられた刀は彼専用にカスタマイズされていて幾つかの能力がある。
 調べもせず響のいる場所がわかるのも、その一つだ。
 澪に響のいる場所を説明するライム。
 彼女は今、チヤの看病中のようだった。威哥王三鞭粒

「これは好都合。では、飛びます。行きますよ」

「いきなりっすか!? 一応、念話でも飛ばしておいた方が」

「あら。以前鍛えてやって武器もくれてやって、更にはそれを直してやった挙句手柄まで幾つも譲っている相手に、遠慮などいりませんわ」

「……そりゃ、そうかもしれないっすけど」

 澪が列挙したのは全て事実。
 改めて並べると結構な事をしてやっているんだな、とライムは感じた。

「響にはこの滞在の間に若様を勉強してもらわなければいけません。強制的に、ね」

「旦那を、勉強」

 何となく不吉なものを言葉から感じるライム。
 彼の勘が危険を告げていた。

「そうね、まずはソレを届けに行くのに同行させようかしら」

 澪はちらりと部屋の隅に転がる布袋を見る。

「……詳しくは聞いてないっすけど確か、竜の卵、なんすよね?」

「ええ。瀑布のリュカだそうです」

「はぁ。ばくふのりゅかっすか……」

 確実に意味が分かっていないライム。

「たかだか竜殺しにやられる程度の平和ボケした竜ですが、精々役に立ってもらいましょう」

「……ばくふ、瀑布? リュカ? 竜殺し? は? はあああ!?」

「ふぅん、ここですか。巫女が寝ている部屋は」

 ようやく澪の言葉が飲み込めたライムが声を大に色々な感情を吐き出している最中。
 澪はあっさり転移した。
 医務室ではない。
 そこは個人の部屋だった。
 掃除は行き届いているがあまり使い込まれた雰囲気のない部屋だった。
 そこかしこに宗教的な道具があり神職にある者の部屋だと推測できる。

「誰!?」

「私です、響。謁見の席にも同席しなかったようですね、若様が心配していましたよ、色々と」

「澪、さん。それにライムも。招待はしていませんし、ノックもありませんでしたけど、これは?」

「しばらく、って程の間も開いちゃいねえが。ま、ほどほどに元気そうで安心したぜ響。急にきちまって悪いな」

「悪いなって、ライム貴方ねえ……」

「どれだけ貴女に貸しがあると思っているんですか。この程度咎めず流しなさいな」

「ふぅ……それを言われると、弱いですね」

 巫女の部屋には勇者響がいた。
 天幕つきの豪華なベッドに横になっているのは巫女チヤ。
 大きなベッドに小さな盛り上がりだけがあった。

「巫女は、まだ目覚めていないようですね。彼女についても若様は心配しておられました。後ほど是非お見舞いがしたいとの事でしたので時間を作ってくださるかしら」

「深澄君が……。でも、それは」

「ご自分が何かしたのではないかと、それはお辛そうでした。何かしたのは、そちらですのにねえ」

「っ。そうですか、ライムから聞いたんですね」

 響からの視線をまっすぐに受け止めるライム。
 言わない、秘密にする、と約束していない以上責められる筋合いはないし、関係を考えれば大分貸しのある相手だ。
 恥ずべき事はないと堂々とした態度だった。

「仕事なんでな」

「そうね。それを責められはしないわね」

「ええ、大体響は私たちが対策してくると思っていたのではなくて?」

「……はい。チヤちゃんの目は知られているから、あまり期待はしていないながらのお願い事でした」

 響の目に僅かな後悔が浮かぶ。

「さて何を見たのかしらねぇ、この娘は。聞けるのが楽しみ」

「対策は、しなかったんですか」

「見られて困るものなどありませんもの。無料で占いをしてもらえる位にしか思ってませんでしたわ」

 さらりと言ってのける澪。三鞭粒

「豪気ですね、相変わらず。もっと慎重に振舞うかと、読んでいたのは事実です」

「ふふふふ、響は面白いことを言いますわね。あら――」

 響の表情が少しだけ曇っているのを見て、澪は不思議そうな顔をしてみせる。 

「貴女は若様と私たちの事をもっと知りたかったのでしょう? ならもっと嬉しそうになさいな、巫女のおかげで一つ貴重な情報が手に入ったじゃないですか」

「これまでチヤちゃんは色んな人を見ましたけど、あそこまで取り乱した事はありませんでした。貴重な情報かもしれませんが、私の見込みが甘かった所為で辛い思いをさせた。嬉しそうにはできません」

「随分と器用な立ち回りをするようになったと思っていましたけど、相変わらず仲間に甘いですわね。温いこと」

「こればかりは、ギリギリまで捨てちゃいけないモノだって思ってます。でも澪さん。温いと言いますけど、深澄君も澪さん達には大分甘いように見えましたよ?」

 捨てられない、とは言わなかったが澪の言葉に反論し、真の話を持ち出す響。
 確かに真も彼女と同等か、それ以上に身内に甘い。
 温いというなら、彼もそうだろうと考える響は正しい。

「立場というものが違います。身の丈に合う行為なら温いとは言いません。若様のは余裕ある施し、貴女のは無駄な背伸び」

「そこまで言いますか。根拠をお聞きしても?」

「それは、貴女自身で知りなさい」

「……え?」

「私もライムも邪魔をしません。丁度若様はリミアの何とかいう湖のある一帯に行きたがっていました。少し頼まれごとの用事があるとかで。折角ですから響が案内してくれません? そうね、若様と貴女は“同胞”なのだから二人きりで行きなさいな」

「っ!?」

「姐さん?」

「ライムは黙っていなさい。どうですか、響? 私としては貴女が一人で若様を案内してくれるというなら、これまでの貸しは全部無しで良いと思っているのですけれど?」

「……彼の行きたい場所にもよりますけど。私の方は時間を作れます。元々深澄君とは一度ゆっくり話す必要があると思っていましたから」

 響の肯定的な言葉にライムが眉をひそめる。

(なのにいきなり話をする場を設けなかったのは……貴族との話し合いを前に置いて情報収集と印象操作をする為、か。貴族の何人かは響から何かを頼まれていた可能性が高いし、居心地の良くない話し合いの後で響と旦那が会えば、旦那は響との席で……。看病は偶然とはいえ俺達へのいい口実にもなったって訳だ。澪の姐さん、響は温くありませんぜ。ギリギリまで捨てちゃいけないもの、はギリギリなら捨てるもの、でもあるかもしれねえんすから。姐さんが旦那と響を二人にするってなら……一応状況の把握だけしておくべきか。巴の姐さんも気にしてたしな)

「ここまでお膳立てしてあげるのですから。若様が行きたい場所に行けるよう響が何とかなさい。若様がどこに行こうとされようと、勇者である貴女が同行するなら周囲を認めさせるなど容易いでしょう?」

「彼はリミア王国が招待した客人ではありますが、一介の商人でしかありません。立ち入り出来ない場所もありますから……」

「……響。若様はそちらの王と王子を助けた礼にここに呼ばれているのですよ? 建前など、本当は私はどうでもいいのです。ここまで整えてあげた上で何か条件を出すつもりなら――」

「響。悪い条件じゃねえだろ? 旦那はあんたに迷惑をかけるような方じゃねえし、知り合いならお前もそりゃわかってるんじゃねえのか?」

 ライムが口を挟む。
 澪がその後言うであろう言葉が何となく予想できてしまったからだった。
 その言葉はいくらなんでも不用意に口にしてはいけないと彼は若干焦りを覚えながら冷静に対応した。

「……わかりました。今日は流石に無理ですから、明日か明後日か。深澄君の都合に合わせて、私が彼を案内します。良いんですね、私と深澄君だけで」

 澪に確認、というか念押しをする響。
 響の印象だと澪は真と他の女性が接近することを嫌っていた。
 その割に、今澪は響にむしろ二人きりになる状況を提案している。
 その裏にある何かを疑わない方がおかしい。天天素

2014年9月5日星期五

帝国皇女。そして

(黎二くん! また知らない人が出てきたよ! どうしよう!)
 
(どうしようもなにも、これは僕たちがどうにかできることじゃないんじゃ……)三体牛鞭
 
 おそらくない。自分たちではどうにもできないことだろう。ただならぬ雰囲気を感じ取って不安そうな顔を向けてくる瑞樹に、黎二は宥めるように言葉を返す。
 目の前には馬に跨った女がいた。
 そう、挑むような声と共に晴れ切った煙霧の中から現れたのは、豪奢な軍装に身を固め、肩にコートのような上着を引っ掛けた――若い女だ。ウェーブがかった長い金髪を持ち、不敵に吊り上がった口元、目は他者に君臨するために生まれてきたような者が持つような厳しい形に埋まっている。
 そんな女と、その仲間なのか部下なのか。同種の軍装を身にまとった一団だった。

 だが、気になるのは。
 
(……馬がいるのに、誰も気が付かなかった?)
 
 彼らも自分たちと同じように馬に乗っている。そのはずなのに、馬蹄が地を踏み鳴らす音がまるで聞こえなかった。この馬の数で、この距離で。それは、絶対にあり得ないはずなのに。
 そんな疑問にとらわれた黎二の呟きを聞きつけたか、隣にいたフェルメニアがその疑問に答える。


(レイジ殿。あそこにおわすお方は、ネルフェリア帝国の第三皇女グラツィエラ・フィラス・ライゼルド殿下です。そして殿下は壌乱帝ジオ・マリフィエクスと呼ばれる帝国最強の土属性魔法の使い手。おそらく殿下にとって馬の足音を消すなど、造作もないことかと)


(でも、どうしてわざわざ足音を消して……)


(私にもそこまでは分かりません。状況から見てこちらを害する目的だったわけではないでしょうが……)


 黎二とフェルメニアはグラツィエラの登場に、眉をひそめる。
 そんな中、ティータニアが険しい表情のまま、グラツィエラへと近づいた。


「ご無沙汰しております。グラツィエラ殿下」


「久しいなティータニア殿下。息災そうでなによりよ」


 疑念と怒りがある中でも、丁寧に応対するティータニアとは対照的に、グラツィエラは強圧的な態度のまま挨拶に応じる。
 そんなグラツィエラの在り方に、ティータニアも怒りを強くしたか苦言混じりの抗議をくれた。


「殿下は先ほど自明とおっしゃいましたが、自明となどと言う前に、殿下にはおっしゃられるべき言葉があるのではないですか?」


「ほう? 言うべきこととはな。私にはとんと見当がつかんが、なにかあったか?」


「――っ、いくら同盟国とはいえ何の一報もなしに国境を越えてきて、あまつさえ麾下の軍まで引き連れてくるなど、常軌を逸した行動でしょう。まずそれについてご弁明はないというのですか?」


 ティータニアの送った厳しい視線に返されたのは、グラツィエラの嗤い顔。


「確かにな。常時ならば、詫びの一つもあって然るべき事由だ。――だが、それはそちらにも言えることなのではないか?」


「……どういう意味です?」


「言って聞かせなければ分からぬか?」


 王女と皇女の視線が衝突する。やがて、グラツィエラが鼻を鳴らして、


「自国内に魔族の大軍が現れたのだぞ? 隣接する周辺国への被害を懸念せねばならないのにもかかわらず、同盟国たる我が国に一つの報告もなくことを収めようとするのは、同盟国として問題はないと言えるか?」


「それは……魔族の進攻が早すぎて、連絡ができなかったまでのこと」


「それにしては、魔族に対する準備も整っているな。それに我が国にいたはずのそなたやアステルの勇者もいるではないか。そのくせ連絡が及ばなかったと言い訳するのだからな。いや、アステル王国の王女殿はいい面の皮をお持ちだ」


「ツッ――」


 口惜しそうに顔を歪めるティータニア。彼女の態度に気分を良くしたのか、グラツィエラは愉快そうに鼻で笑う。


「まあ、そなたは魔王を倒す道中で我が国に立ち寄っていたのだからな。自国内のことについては知る由もなかろうよ。それゆえだ――」


「だから、この件については黙れと? ですが殿下が我が国に無断で入った正当な理由には」


「同盟国の危機を知って救援に駆けつけてきたのだ。この情勢では十分筋の通った理由になるだろう。まさかまかり通らぬとは言わさんぞ?」


 と、グラツィエラは先ほどの言い様に輪をかけて高圧的に申し付ける。
 助けにきた、ということは、魔族と戦っているところに忍び寄って援護でもしようとしていたのだろうか。状況を考えればおそらくそうなのだろう。

 しかしティータニアはやたら苦そうな面持ちのまま、グラツィエラを睨み付け、


「……この件はあとで正式に抗議させて頂きます」


「好きにするがいい。だが、この件が魔族の進攻だった以上、サーディアス連合や自治州、聖庁はこちらの味方だと思うがな?」


 と、どこ吹く風である。面の皮が厚いのは一体どちらか。ティータニアの苦言など痛痒にもなりはしないと言うように、グラツィエラはそう言い放った。
 そして今度は、黎二の方を向く。高圧的な女の射貫くような視線が、頭のてっぺんから足先にまで、突き刺さる。


「お前がアステルで呼ばれた勇者か」


「……はい」


「なんだ。不愛想だな」


「これが自分の性分なので」


 と、黎二は軽く頭を下げる。
 隙を見せてはいけない相手だ。これはそう直感したゆえの素っ気なさである。グラツィエラはあまり面白くもなさそうに笑って、黎二の顔をまじまじと覗き込む。


「お前、随分と綺麗な顔をしているな」


「……それがなにか」


「いいや、顔に傷の一つもないようだからな。もしや向こうの世界では戦いとは無縁だったのではないかと思ってな。勇者と呼ばれる男にしては、いささか頼りない」男宝


 初対面でいきなりそんなことを言ってくるとはこの女。豪胆なのか。無頼すぎる。
 と、それを聞きつけたティータニアが、慍色もあらわに、


「――グラツィエラ殿下、世界を救う勇者たるお方に、それは口が過ぎるのではないですか?」


「ふん。思ったことをそのまま言ったまでよ。それにこの惨状、どうにもそなたらがやったように思えぬしな」


 そう言葉を置いて、すぐにぎらついた視線をティータニアに向ける。


「――で、魔族はいたのだろう? 何が起こったのだ?」


「……さあ。何がおこったのでしょうね。私にも分かりかねますわ」


「ふん?」


 ティータニアの木で鼻をくくったような口ぶりに、グラツィエラは眉をひそめる。こちらも分からないのだ、説明しようにもないし、ティータニアの心情から考えて言いたくもないのだろう。やはり負けず嫌いである。


 そんな中、ふと黎二は気になってハドリアスの方を窺った。彼は何故かここに来てだんまりを貫いたままだ。彼の性格や立場を考えれば、グラツィエラに対し一言二言くらい言ってもいいようなものだが、アステルの貴族としては抗議もなく、グラツィエラが現れてからあまりに静かすぎる。
 その我関せずとした表情の奥で、一体何を考えているのか。
 もしや初めに抱いたイメージとはまた違うのか。しかしどうにも何か不自然な気がしてならない。

 黎二がそんな懐疑を抱いた矢先、唐突に異変が襲って来た。
 異変の正体である力の波に気付き、誰も彼もがそちらを振り向く。
 波動はそう、攻撃的な魔力の高まりだった。
 真っ先にフェルメニアが彼方を見上げる。


「これは……」


 彼女には正しい方向がいち早く特定できたか。長い銀髪を揺らして、高速で飛来するそれを睨み付けると、その横合いからハドリアスの声。


「まだ残りがいたか。だが――」


「――さっきの魔族たちよりも強い」


 彼の言葉の続きを口にしたのは黎二。状況の危うさを感じ取り、彼らと同じく身構える。飛来してくる魔族の湛える魔力は大きかった。そう、いままで戦ってきた魔族たちなど比べ物にならないほどに。そしてその魔族は、過たずこちらに向かってきている。
 先ほどの魔族と同じく、人間を見るや否や捨て置けんと襲い来るように。

 馬が落ち着かない。しきりに警戒して低く唸っている。戦いを予期して黎二が馬から降りると、他の者もみな同じように馬から降りた。
 来るぞ。と、そう誰かが言うまでもない。間もなく、稲妻が地を穿つかの如く落下により、黎二たちの眼前に轟音が炸裂した。
 飛沫の交じった風塵を四周へ吹き飛ばして、再び雲煙が舞い上がる。魔力の波動が小糠雨のようになって襲い掛かってくる風圧は強く、荒々しい。硬質な風が身体を打った。
 やがて視界の中に、二メートルを超える大きさの巨大な魔族が出現する。赤錆色の肌を持った巨躯。太い四肢を身体に据え付け、まるで力こそが全てだと、その身のありようで表しているかのような魔性だった。


「人間共め……もう戦力を整えていたのか」


「で、でかい……」


 巨躯から繰り出される睥睨に、誰かが息を呑んだ。慄くような声が聞こえる。


「レイジ様! お気を付けを!」


「うん。わかってるよティア。でも……」


 ティータニアの警戒を促す声に答えて、黎二は目を細めて注視する。

 飛来時より並々ならぬ力を感じたが、しかし至近でよく見れば、この魔族は満身創痍だった。全身のあちこちに傷があり、その傷口から黒いオーラのような揺らめきが淡く立ち昇っている。そして挙動に精彩はまるでない。消耗してるのが目に見えてわかった。

 言ってしまえば残りかすだ。まるで熾烈な一戦を終えたよう。いや、終えたあとに違いない。この魔族もおそらくここで戦っていたのだ。

 弱っている。だがそれでもこの魔力の量、物理的な風を伴う武威から察して、いまの自分たちには十分強敵と言えるほどの相手だった。
 その巨大な魔族に、ハドリアスが問いかける。


「貴様、ただの魔族ではないな?」


「そうよ……。俺の名はラジャス。魔族の一軍を統べる魔将の一人……」


 ラジャスと名乗った魔族の言葉を聞き、ティータニアとグラツィエラが、それぞれ驚きの声を上げる。


「魔族の将軍ですって……!?」


「ほう……ただデカいだけではないか」


 ざわめきが走る中、またハドリアスは油断なくラジャスを注視しながら、


「貴様も随分とやられているようだが、貴様らはここで何かと戦ったのか?」


「黙れ。そんなことはお前たちの知ったことではないわ……」


 ラジャスはハドリアスの言葉を疎ましそうにはねつける。声には傷の痛みの苦しみ以外にも、敗北を喫したあとのような憤懣ふんまんが混じっていた。

 口にしている間にも、ラジャスは臨戦態勢を作っている。打ってくるつもりか。
 他の者もラジャスの気の高ぶりに合わせ、銘々武器をかざす。


 だが、と。魔族の将軍とまみえたこの機会は逃してはならないと、黎二がラジャスに問う。


「……訊ねたいことがある」


「なんだ?」


「お前たちはどうして人間を襲うんだ?」


 そう、魔族が人間を襲う理由。それは黎二がどうしても知りたかったことだった。
 怪訝そうに顔を歪めたあと、吐き捨てるように口にする。


「ふん。そんなもの決まっていよう。貴様らの作る秩序が目障りなだけだ。だから人間は残らず殺すのよ」


「人間の秩序? そんなのが目障りって、そんなのは別の地域にある他種族の事情じゃないか。」


「違うな。貴様ら人間は蛆のように際限なく湧いてくる。それらの多くが秩序だって行動すれば、我らにとって鬱陶しいことこの上ない。ゆえに駆除しなければならんのだ」


「人間も魔族も、みんな同じ生き物じゃないのか? そんな理由で殺し合ってなんの意味があるっていうんだ?」男根増長素


「意味、だと?」


「そうだ」


 問うたのは、この争いの是非。確かに綺麗事を言うつもりは黎二にもない。話し合えば分かり合える、誰とでも仲良くできるなど、馬鹿の作った幻想だ。決して相容れないものは、どこでも必ず存在する。
 それは、黎二も弁えている。だが、どうしても争わなければならない理由があるわけでもないのなら、争うべきではないはずなのだ。手を取り合えというのではない。お互い干渉し合わなければ良い話なのである。
 心配そうにするティータニアと、鼻を鳴らしたのかグラツィエラの方からは呆れ果てたような音が聞こえる。しかし、何と思われようとこれだけは得ておきたい答えだった。
 すると、ラジャスが胡乱げな視線を向け、


「……もしや、貴様が勇者か?」


「だったらどうだっていうんだ」


「く……くく、そうか……。やたらと青い御託を並べるかと思えばやはりか……。だが、好都合よ。これでやっと当初の目的を果たすことができる」


 そう、消耗を隠しきぬほどの状態にもかかわらず、ラジャスは意気強く言い放つ。
 そんなラジャスを見て、グラツィエラは侮っているのか、呆れた笑いを見せた。

「なんだ魔族。怪我はいいのか?」


「構うものか。いずれにせよこのままおめおめと帰るわけにはいかんのだ。この失態を雪そそぐため、勇者、貴様の首を貰い受ける! もう人間ごときに後れなどとらんぞ!」


 どこか逼迫した怒号を放ったあと、再びラジャスの武威と魔力が高まる。
 黎二は剣を向ける。次いでハドリアスも剣を向け、兵士たちも臨戦態勢に入った。瑞樹は後ろに下がっており、ティータニアも後方で魔術を待機。フェルメニアはフォローに入ってくれるか、横についてくれている。
 一方グラツィエラは静観でもしようというのか、その場で腕を組んで動かないし、戦う様子もない。ただ、戦いの場には慣れているのか、傲然とした雰囲気は崩れない。


「おい、質問に」


「貴様の話に付き合うのは終わりだ勇者ァ!!」


 ラジャスが動く。二メートルを超える巨躯が、黎二に向かって俊敏な速度で迫ってくる。
 それは風が唸り声を上げるほどの、恐ろしいほどのスピードだった。

「くっ――」


 それに合わせるように、黎二は飛び上がる。この世界に来るまででは考えられないような跳躍力でラジャスの上に舞い上がり、叩きつけるように剣を振りおろした。


「はぁあああああ!」


 気合いと共に振り落された剣の刃面に、ラジャスの拳が衝突する。手にびりびりと伝わる衝撃をぐっと堪え、黎二は剣を握る力を放さない。腕一本の拳撃が、英傑召喚の加護で得た両手の強撃に匹敵するとは。消耗している状態でこれとは万全では一体どれほどのものだったのか。
 中空にいる最中、ラジャスのもう一つの手が横合いから襲ってくる。このままでは当たると剣に込めた力を緩め、そのまま真下に身を低くしながら着地すると、豪快に出された張り手が軌道を変え、頭の上に振り落ちてきた。
 その挙動は――見てはいない。暇はない。気付けたのはひとえに、尋常ならざる感覚が生み出した直観だった。黎二は伏せるような状態から片手で地面を掴み、腕の力に任せたまま、身体を無理やり投げ出した。

 一瞬遅れて振り落ちた手が、泥を跳ね飛ばす。黎二はそれが目に入らぬよう、顔を剣で庇う。そして黎二が間髪入れず剣を叩き込もうと踏み出そうとした時、ラジャスが勢いよく地面を踏み抜いた。

「うわっ!」

 強烈な衝撃が地面を揺さぶる。踏み出しと同時に繰り出された地面への一撃のせいで、黎二のバランスが崩れてしまう。そこへ、巨大な重機と見まがう体当たりが襲い来る。
 回避は間に合わないと悟った。だから足掻きよりなによりも、剣を身体の間に盾にして、全身の筋肉を引き締め衝突に甘んじた。
 衝撃に弾き飛ばされる。全身がつぶれてしまうような錯覚に襲われながらも着地すると、直後に悲鳴のような痛みとしびれが襲ってくる。英傑召喚の加護がなければ、五体はごく簡単に砕けていただろう。

 そんな援護の余地もないほどの、ほんの僅かな間に行われた一当てはラジャスに軍配が上がった。やがて時が戻ってきたのを告げるように、聞こえてくる瑞樹の悲鳴。


「れ、黎二くんっ!!」


「……大丈夫、瑞樹、心配しないで」


 びりびりとした感覚が身体のそこかしこに蟠ってはいるが、それを叩き伏せて立ち上がると、ラジャスは何故か怒りのこもった大声を放つ。


「これが勇者の力かっ! こんなものが我ら魔族の大望を脅かす力だと言うのか! この程度で我らを倒そうなどとはおこがましいにもほどがあるわ!」V26Ⅳ美白美肌速効


 その怒声の中にあるどこか悔しさが入り混じった失望は、一体どんな思いから端を発したものなのか。まるで何かと比べられているような、そんな錯覚すら覚えてしまう。
 再度黎二を攻め立てようと動くラジャスに、ハドリアスが前に立ちはだかった。


「邪魔をするな!」


 耳を聾するような大音声に、しかしハドリアスは無言のまま相対する。浴びせられる砲弾さながらの拳撃をかわしつつ、ラジャスを翻弄していくハドリアス。壮年を思わせないような立ち回りは力強く、機敏。隙を見つけると、ラジャスの胸にある大きな傷に過たず剣を叩き込んだ。


「ぐ、うっ!」


「ふん……」


 傷口を抉られ僅かに顔を歪めるラジャスを見ても、ハドリアスはさも面白くもなさそうだ。つまらなさそうに鼻を鳴らして、蔑むような一瞥を呉れているだけ。この強壮な魔族と斬り結んでいるとはやはりこの男、相当に強いのか。


「ちぃ! 人間が――」


 ラジャスが羽虫を払いのけるかのように,豪快に腕を振り払う。しかしハドリアスはふわりと後方に飛んで危なげなくかわし、ラジャスから距離を取った。


「どけ――」


 響いたのは苛烈そうな女の声。そうそのタイミングで動いたのは、意外にもグラツィエラだった。
 いままで静かにしていたのは、機会を見計らっていたためか。グラツィエラが地を駆けつつ、魔法の呪文を紡いでいく。


「――土よ! 其は我が暴虐の結晶! 波乱なる威を持ちて砕けよ! そして散華讃える碑いしぶみとなれ! クリスタルレイド!」


 詠唱と鍵言がラジャスの手前で投げ放たれ、グラツィエラが真下の地面を殴りつける。瞬間、小さな揺動が起こったかと思うと周囲の地面が砕け、岩が無数に隆起する。まるで石英や透石膏セレナイトが地面からめくれあがったかのように飛び出した巨大な岩の枝の数々は、直後なされたグラツィエラの腕の振り払いによって、全てがラジャスへと殺到する。
 岩の峰を切っ先として、砲弾のような加速、硬質であり重量物である魔法。それが、ラジャスにぶち当たる――その直前、黒いオーラがラジャスの身体と凝着したかのようにまとわりつき絡みついた。


 ……大量の岩の柱に埋まった魔族の将。やがて岩が砕け散ると、そこには以前と変わらぬ姿のラジャスの姿が。V26Ⅲ速效ダイエット