初めて歩く通路の先にあったのは、当然だが、初めて来た場所だった。
そこは円形のホールで、これまで牢と通路と実験室、どれも狭苦しい印象を与える場所しかなかったので、やけに広々とした開放的な印象を与える。
見回せば、先導してきたマスクはいつの間にか退室したようである。VIVID
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さて、今日は一体どんな苦痛が待ち受けているのやら、この広いホールでダンスパーティでも催してくれれば良いんだが。
全く、ツマンナイ冗談でも考えなきゃイカれてしまいそうだ。
いや、いっそ発狂しちまった方が楽になれるのか?
そんなことを考えていると、俺が入ってきたのとは別なホールの入り口が開き、ガチャガチャと音を立てながら通路の向こうから何者かがこっちへ向かってくるのに気がついた。
現れたのは、すでに見慣れた白いマスクを被った男。
だが、格好が今までのヤツとは違う。その全身を覆うのは、白マントではなく、鈍く輝くプロテクターだった。
鎧、と言ったほうがより適切か。
「これより49番の機動実験を開始する。
49番、目の前に現れる人形を、黒魔法を用いて破壊せよ」
初めて実験の説明をされたな、それだけ俺の行動に実験結果が左右されるってことか。
その実験ってのは、この短い台詞だけでも分かる、様は、俺に魔法を使えってことだ。
わざわざ改造実験まで施して、俺なんかに魔法を使わせようってのに、どういう意味があるのかなんて分からんが、少なくとも、俺がゆっくり魔法の使い方に悩んでいる暇を与えてくれるほど、連中は優しくないってのは分かる。
目の前に現れた鎧の男、ここは説明通り人形と呼ぶべきか、どういう原理なのは知らないがヤツラが不可思議な魔法を使って人間のように動かしているんだろう。
そして、その不思議な動く人形は現在、歩いてきた時と同じようにガチャガチャと喧しい音を立てながら、俺へと向かってきている。
これはつまり、さっさと魔法でぶっ壊さないと、俺があの鋼鉄のガントレットを嵌めた両腕でたこ殴りにされるってことだ!
「うおっ、危ねっ!?」
人形は拳を振り上げて真正面から殴りにかかってきた。
俺は、小学校低学年の時、苦労して作り上げた夏休みの工作をクラスメイトにおふざけで破壊された腹いせに顔面パンチくらわせた経験以降、殴り合いの喧嘩をしたコトは無い。
勿論、格闘技に打ち込んだことも、秘めた戦いの才能なんてものも持ち合わせていない、体がデカいだけのただの素人だ。
それでも、フェイント無しで真っ直ぐ放たれたパンチを、どうにか回避することくらいは出来た。
当然だが、一回パンチを避けた位で攻撃が終わるはずも無く、人形は大振りだが連続でパンチを繰り出してくる。
「くっ、くそ-――」
へっぴり腰で後ろへと逃げ続けるが、このままいけばあと数秒で壁際に追い詰められる。
魔法を使え、とか言ってたが、使おうと思っていきなり使えるわけが無い。
確かに、自分の体に魔力の存在ははっきり認識できるが、それをどうこうするには、もうちょっと意識の集中が――
「ぐあっ、痛っ!」
肩口に人形の鉄の拳がヒットする。
拳の硬さと衝撃で、一発で骨が折れるんじゃねぇかと思ったが、いざ一撃くらってみれば、思ったほどのものではない。
勿論、痛いものは痛いのだが、もしかすると、俺が思っているより人形にパワーはないのか? それとも謎の改造によって変身ヒーローのように俺自身が頑丈になったか?
ええい、どっちでもいい。
「おらぁ!!」
お返しとばかりに、渾身の右ストレートを人形へとお見舞いする。
人形は避けるそぶりも見せず、その白いマスクへと吸い込まれるように俺の拳は命中した。
拳に伝わるインパクトの感触、鈍い衝撃音をあげ、人形は真後ろへと吹っ飛んだ。
「ど、どうだぁ……」
かなり手ごたえのある感触だったが、人を殴った経験がほぼゼロの俺に、今の一撃がどの程度のダメージになるのかなんて見当はつかない。
それでも、人形がぶっ飛ぶほどだ、このまま仰向けに倒れたまま、起き上がってこなければ――
「ちくしょう、そう簡単に倒れちゃくれねぇか」
人形は苦も無く立ち上がる。
が、マスクは俺のパンチを受けて大きなひびがクモの巣状に入っている。
あの硬そうなマスクにひびが入るほどの威力だったにも関わらず、人形は平然としているところ見ると、破壊するには、やっぱり魔法でも使わなきゃダメってことか。
人形とこのまま正面きって殴りあいをしても、埒が明かないのは確実だ。
なら、ここはもっと本気になって魔法に挑戦してみるべき。
ヤツラは俺が黒魔法ってのを使える前提で説明していやがった、ってことは、やってできないことはないはずだ。
黒魔法ってのがどんなもんなのか、全然わからねぇが、兎に角、この体内に感じる魔力を、俺の意思で動かす。
そのためには、結構な集中力が必要で……
「――ぐはっ!」
攻撃を再開して連続パンチを浴びせてくる人形を前に、そうそう落ち着いて集中などできるはずもない。
しばらく大人しくさせようにも、俺がパンチやキックで吹っ飛ばしたところで、どうせまたすぐ起き上がってくるのは間違いない。
現に、もう何度か打撃を与えているが、身にまとう鎧が凹むだけで、人形には一向に効いた様子が見られない。
だが、集中するためにはパンチを受けるわけにはいかない、今、この隠れる場所も逃げる場所も無いホールの中で、攻撃を受けずにいられる状態を作り出すには――
「組み付くしかねぇか」
相手に密着すれば、少なくともパンチはされない。
完全な素人考えで上手くいくかどうかも分からないが、今の俺には兎に角やってみるより他は無い。CROWN
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運よく、この人形は今の今まで大振りのパンチでしか攻撃してこない、ということは、格闘技経験者のように多彩な技を身につけている可能性は低いはずだ。
なら、背後から組み付けば、その体勢を華麗にひっくり返すような技なんてものは使わず、せいぜい俺を力ずくで引き剥がそうともがくくらいの抵抗しかしないだろう。
「でやぁあああ!」
微妙に反応の鈍い人形の背後に回りこむのに、それほど苦労は無く、人形が振り返る前にその背中にヤクザキックを決める。
そのまま前のめりに倒れた人形が、起き上がる前に俺はその背中へと飛び掛る。
果たして、俺の目論見は成功だった。
柔道の寝技のように綺麗に押さえ込むことは出来ていないが、ひたすら人形を上から押さえつけて起き上がらせないようにする。
予想通り、人形は力ずくで起き上がってこようとするだけだ。
俺と人形の力はほぼ拮抗している、このまま、あと10秒でもいい、この状態を維持できれば……
「ぐ、う、おおお……」
体中に魔力が循環していく、そして、その流れは加速度的に増大し、また量も増加する。
いつかの実験で、体内に埋め込まれた物体が、流れる魔力に反応しているのも感じる。
分かる、この魔力ってのは力そのもの、この勢いのまま外へと解放すれば、この人形を破壊できる程度の威力を確実にもたらす。
気づけば、俺の体中から汗の変わりに黒い煙のようなものが吹き上がっている。
それに不快感を覚えることは無い、なぜならソレは、俺の魔力が抑えきれずに体外へと迸っているものなのだから。
ギギギギ、と人形が軋む音が聞こえ、抵抗の力が増す、そろそろ押さえ込んでいられるのも限界だ。
けど、これで終わり、
「だぁああああああ!!」
人形がついに俺を押し退けようとした瞬間、俺の右腕から圧縮した魔力が解き放たれる。
右手の拳は、人形の背中を打つと同時、真っ黒い魔力の奔流がドリルのようにその硬い鎧を貫き、材質不明の人形の体も貫通せしめる。
恐らく、人形の腹側にある床も、この一撃によって抉れているハズ、それだけの感触はあった。
「……」
もう人形から一切の力は感じず、俺は立ち上がらずにそのまま床へと寝転がる。
「や、やったぞ……」
今のが魔法、なんだろうか。
良く分からんが、流れる魔力ごとパンチを放った、というだけだったが。
まぁいいや、人形は完全に機能停止しているようだし、今は一安心だ。
――カシャン
「へ?」
硬い金属の鎧が奏でる、人形の駆動音が耳に届く。
人形は俺がこの手で確かに倒した、今も地面にうつ伏せのままでピクリとも動いていない。
――カシャン、カシャン、カシャン
けれど、確かに聞こえるその音。
そうだ、なにも不思議な事は無い。
なぜならその音は、この人形が入ってきた扉の向こう側から聞こえてくるのだから。
簡単な話だ、人形は一体だけじゃない、それだけのこと。
「……はは」
ついに扉は開かれる。
そうして、ホールへと雪崩れ込んで来る人形の列、その数合わせて10体、横一列に並んで俺へと向き直る。
俺が倒した人形と同じ姿形だが、唯一違うところがあった。
10体全員、片手に両刃の剣を携えている点である。
「冗談だろ」
これまで、数々の実験とその後遺症によって、何度も死を覚悟したものだが、今ほど実感したことは無い。
ゆったりとした動作で剣を構える人形達。
そうして、全員一斉に、寸分狂わず同じタイミングで、俺へと凶刃を向けて踊りかかってきた。
「……ちくしょう」
地獄
朝は7時に目を覚まし、8時には家を出て学校へ、居眠りすることも私語することも無くマジメに授業を受けて、放課後は部活に打ち込む、そして、夜7時には帰って日が変わる前には眠りに着く。
そんな、健康で文化的な高校生活を、俺、黒乃真央くろのまおは毎日送っている。
いや、送っていた、というのが今は正しい表現だ。
俺はある日、部室で突然の頭痛に襲われ意識を失い、次に気がついた時には、なんだかよくわからない部屋にいた。
そこで、俺の頭に針の飛び出る恐怖のリングが被せられた時から、想像を絶する地獄の日々は始まっていたんだろう。
俺がこの謎の施設で目覚めてから、どれだけ時が過ぎたのか全く分からない。
少なくとも、一ヶ月は過ぎてないとは思うのだが、日数単位では把握できていない。
それでも、その間に分かった事は幾つかあった。
まず俺は、例の爺を筆頭に、キリスト教みたいな十字マークがシンボルの集団によって、人体実験を受けているという事。
今も頭にあるこの白いリングは、針によって俺の脳と物理的に直接繋がっており、これを通して俺の行動を支配している。
爺やマスク共はただ念じるだけで、俺に死んだほうがマシな激痛を与えることが出来るのだ。
さらに、俺の身体を完全に麻痺させて一切の行動を取れなくさせることも可能とする。
外部から俺の精神を勝手に操作、制御できるのだろう。
これがあるお陰で、俺は囚われの身でありながら、リング以外に手錠などの拘束具を用いられたことは一度として無い。魔鬼天使性欲粉
激痛を伴う人体実験においても、俺の体を抑えておく必要性も無いのだ、抵抗はもとより、痛みでのた打ち回ることすらヤツラの意思一つで抑えることが出来るのだから。
そして、俺に課せられた様々な人体実験というのは、単純に新薬の副作用の確認をするための治験みたいな生易しいモノではない。
俺の肉体を頭の天辺から足先に至るまで、全てを改造するという、どこぞの悪の秘密結社と全く同じ事をやっているのだ。
何よりも一番問題なのが、この改造実験は、オーバーテクノロジーな科学技術では無く、『魔法』によって成り立っているという点だ。
まず、最初に俺の体に施された実験は、魔法の原動力となる魔力を宿らせることであった。
引き出す、と言ったほうが正しいのか、詳しいことは分からないが、この実験の結果、今では自分の内と外に、はっきりと魔力、としか呼ぶことの出来ないエネルギーを明確に感じ取るようになった。
これだけ言えば、新たな力に目覚めたみたいで良いように聞こえるかもしれないが、この実験がこれまである中で最も苦痛を伴うものであった。
体中の血管に、溶けた鉄でも流し込まれたような感覚で、しかもリングによって意識は強制的に保たれ気絶することは許されなかった。
よく痛みでショック死しなかったものだと今更思うし、その後も体内に残存する熱のような感覚が収まるまで、えらく時間がかかった。
この経験によって、俺はなによりもまず、魔力を行使して発現する『魔法』という技術の存在を、我が身を持って理解させられた。
しかし、理解できることと実際に使えることは別問題で、俺が一体どのような魔法を使えるのかは分からない、なぜなら使ったことがないからだ。
けど、俺の頭にある支配のリングも魔法技術で作られているのだが、これと同じ効果、もしくは防ぐような効果は発揮できないだろう事は確かではある。
こうして、晴れて魔法を使える身となった俺は、その後も様々な実験を受けることになった。
その一つ一つの実験に、どんな意味と結果をもたらすものだったのかは分からない。
ドぎつい原色の薬品を幾つも注射されたし、ドブや肥溜めの方がマシに思えるほど悪臭漂うドス黒い薬液に頭まで浸かったこともあるし、宇宙人でもあるまいに、謎の金属片や石みたいのを体内に埋め込まれたりもした。
そして、どの実験ももれなく激痛を伴う副作用の連続で、頭痛、腹痛、吐き気、高熱、眩暈といった症状に始まり、失明、全身麻痺、幻覚幻聴、壊死、呼吸停止など、最早生命維持活動に致命的な打撃を与えるような症状を同時多発的に発症することもあった。
しかし、どんな死亡確実なほどの症状が出ても、最終的に俺は健康的な肉体を取り戻していた。
肉体の破壊と再生が延々と繰り返されている錯覚に陥る、もしかしたら、俺はもう何度も死んでいて、そのたびに蘇らされているのかもしれないな。
なんといっても魔法なんてものがあるんだ、何が出来ても不思議じゃない。
一体、この実験によって俺の体がどう改造されていったのかはほとんど分からないまま。
ただ、魔力を実感できるようになったのと、爺やマスク共が話す謎の言語が気づいたら日本語に聞こえてきたというのは、間違いの無い結果だ。
それと、今のようにこうして俺の自意識がはっきりとしていられる時間が少しずつだが短くなっている、ということ。
睡眠時間が長くなったというコトでは無く、これは半ば夢見心地で俺の意思を離れて勝手に体が動くような感覚を憶える時間のことだ。
睡眠時間だけで言うなら日に2時間もないだろう、そもそも不規則すぎて朝に起きてるのか夜に起きてるのかも分からない。
ここへ着てから、白塗りの壁以外の風景を見ていない、もしかすれば、この世界には陽の光る天空も、緑豊かな大地も存在すらしていないのかもしれない。
そうそう、俺は最近になって、漸くここが元居た世界では無く、魔法といった別次元の理が支配する『異世界』なんだと気がついた。
一体、何度目の絶望だろう。
今の俺には、もう家族の顔も、学校の友人達の顔も、霞がかったようにぼんやりとしか思い出せない。
それでも、俺は何も無い自分の牢にいる時は、遥か昔に思える平和な高校生活を憶えている限り、この針の突き刺さった脳裏に蘇らせているのだった。
今日は、体調が良いな。
頭も体のどこも痛くない、頬を流れる涙の感触が、はっきりと感じられる。
ああ、帰りたい、家に帰り――
「49番、出ろ」
扉を開け放ち、マスクが俺を呼ぶ。
49番、それがここでの俺の名前だ。
それが一体何を意味するのか、考える意味はあまり無いだろう。
「早く出ろ」
立――出――歩――
頭痛が酷くなる前に、さっさと立ち上がり、俺は今日も暗い通路の向こうへ歩みをすすめる。
服従
「……生きてる」
ぼんやりした意識の中で、そう呟いた。D8媚薬
目覚めると、またしても俺は固いところに身を横たえていた。
すぐに、意識を失う前の記憶がフラッシュバックする。
「ぐっ……」
吐きそうになるが、堪える。
どうやら、金縛りはとけ、こうして苦しげに声を漏らすことが出来るし、どうにか体を起こすことも出来る。
頭に手をやると、硬質な感触が指に触れる。
間違いない、あの針の飛び出す凶悪なリングは、今も俺の頭部にしっかりと装着されたままだ。
「くそう……最悪の気分だ……」
痛みは感じないだけマシだが、あんな拷問まがいの事を突然受けたのだ、恨み言の一つも出るというものだ。
けれど、今はこうして体の自由も戻ってきたのだ、まずは状況を確認しなければならない。
今の俺は、さっき寝かされていたのと同じような広さの何も無い部屋に居る。
中央に台座も無い、本当に壁しかない、四方も天井も真っ白い部屋だ。
正面には、壁と同じように白塗りの扉があるが、果たして開くのかどうか、多分施錠されているだろう。
全く、窓の一つも無いと気分が滅入る、ん、窓が無いってことは地下室なのか?
俺を閉じ込めておく牢屋だと考えるなら、まぁ妥当な配置だろう。
そして、俺の服装は、あのマスク共と同じような白い服装だ。
マントとマスクはないが、随分と質素な上下一体の服、貫頭衣とかいうヤツか、ソレを着ている。
一応下着も穿いている。
囚人服、なんだろうか、いや別に刑務所に入ったってワケじゃないんだが。
しかし、コレだけ見ても、どうにも俺の居る場所が日本だとは思えない。
謎の外国語をマスク共は喋っていたし、この服だっておかしい、イマドキ発展途上国の国民だって洋服を着ているのだ、こんな手作り感丸出しの衣服は逆に珍しい。
いや、待てよ、あいつらが超ヤバい教義を持つ邪悪な宗教団体の一員なのだとすれば、あの謎の言語は、中二病患者も裸足で逃げ出すオリジナル言語なのかも知れないし、この服も何か深い意味の手作りコスプレなのかもしれない。
そう思えば、遥か遠くの外国に来たというのは決定事項ではない、日本のどっか山奥にでもイカれた宗教施設を持っているのだとすれば、まぁ筋は通る。
しかし、なんだって俺がこんな事に巻き込まれなきゃならないんだ……
とりあえず、五体満足で生きていることを思えば、即座に殺されるようなことはないのだろうが。
いや、死ななくとも、これからこのリングのように様々な拷問にかけられる、とか?
それは最悪だ、だとするなら舌を噛み切って死ぬ方がよほど安らかな死に様だ。
命乞いするようなシチュエーションでの死亡は御免。
兎に角、ここが外国だろうが日本だろうが、この場所からの脱出は考えた方が良い。
こんな拷問器具を平気で人の頭に乗っけるような連中とは一刻も早く距離を置くべきであり、今後一切係わり合いになるべきできはない。
と言っても、今の俺に出来ることは、目の前にある扉に鍵がかかっているのかどうか確かめることくらいしか出来ないのだが。
俺は立ち上がり、扉に向かって一歩踏み出すのと同時、ガチャリ、と音を立てて扉が開かれていった。
「……」
自動ドア? なワケが無い、向こうから誰かが開けたから、扉が開いたに決まっている。
そして、扉を開けたのは、予想を裏切らず、例のマスクだった。
「أوه، كنت مستيقظا بالفعل، كنت تتوقع من هيئة التنين الأسود قوي」
マスクは相変わらず何と言っているのか一切分からないオリジナル言語を口にしている。
こうして再び聞いてみると、若干英語っぽい気もするが……いや、それよりも今はヤツラの動きに注意するべきだろう。
俺は身構えるが、マスクは俺などよりも自分達の背後を気にしているように見えた。
どうやら後ろにも他にマスク共がいるらしい。
部屋の中にマスクが二人入り、俺は距離を取るように壁際へ。
そして、新たに三人目が入ってきた、と思えば、俺はソイツの顔に釘付けになった。
なぜなら、ソイツは格好こそ似たような白マントだが、マスクをつけておらず、素顔を晒していたからだ。アリ王 蟻王 ANT KING
ソイツは一目で日本人ではないと分かる、白人種系の彫りの深い顔立ちをした老人だった。
髪は、フードに隠れて全ては見えないが恐らく全部白髪だろう、瞳の色は青、歳は少なくとも60は越えている爺さんだ。
これ見よがしに、偉そうな白髭をたくわえている。
まさか、コイツがマスク共の教祖様、とか現人神、とか言い出すんじゃないだろうな?
なんて訝しげな視線を俺が送っていると、爺(俺をこんなメに合わせたヤツラだ、爺で十分)は胡乱な目つきで俺を見た。
その瞬間、俺を強烈な頭痛が襲った。
「ぎゃああああああああああ!!!」
頭が割れるとはまさにこのことか、いや本当に割れているのかもしれない。
死を覚悟するほどの激痛、しかし、何より俺を苦しめるのは、俺の頭の中に響く、別の誰かの‘意思’だった。
痛――痛――苦――死――
俺の頭の中で、別の思念が勝手に渦巻き暴れまわる。
痛みは明らかにこの思念が原因であり、その発生源は、目の前にいる爺からなのだと、直感的に理解した。
俺は、固い床を転がりながら、涙目で爺の方を見る。
怒りでは無い、純粋に許しを請う、呆れるほど無様なものだった。
――無抵抗――服従
気絶する直前に、頭痛は止み、その瞬間と同時に俺は爺、いやマスク共を含めてこいつらには絶対に逆らえないということを理解した、いや、させられたと言うべきか。
――立
俺は未だに頭痛の余韻から復帰できず、立てと念を送られても、すぐに足は動かなかった
――立
再び、じわじわと頭痛が始まる。
俺は無理を押して、よろよろ立ち上がる。
吐きそうなほど最悪な気分だが、再びあの激痛に襲われるより、ずっとマシだ。
荒い息を吐きながら、立って爺と向き合う。
「القيود تشغل غرامة」
爺はマスク共と同じく、俺には分からない言葉を発する。
「……」
俺にはどうともリアクションをとることも出来ず、無反応のまま。
爺は、俺に思念を送り出せるようだが、漠然としたイメージで言葉にできるような明確な形では無い。
意思の疎通は出来そうも無い。
もっとも、言葉が通じたところで円滑なコミュニケーションがこいつらと図れるとは、俺には到底思えないが。
――歩
その思念が送られると同時、爺は背を向けて歩き出す。
抵抗など不可能な俺は、ふらついた足取りで、十字のエンブレムが描かれたその背中を追うことしかできなかった。
扉をくぐると、向こう側の見えない暗い通路が続いているのが見える。
まるで俺の未来を暗示しているかのような不吉さを覚えたが、この先待ち構えるのは、今この瞬間に自殺をした方が遥かにマシなほどの地獄なのかもしれない。
最初の目覚め
ふと、目が覚めると部屋の中は暗かった。
何だ、まだ夜中なのか?
別に悪夢を見たとか、そんなんじゃないんだが。
まぁいい、まだ夜だって言うならもう一度眠ろう、明日も学校だ。
と、そこまで思い至った時点で、自身の身に違和感を覚えた。
何だか、やけに体が痛い。
違うな、俺の寝ているベッドが固くて、それで随所に痛みを感じているのだ。
こんな所で眠れるわけが無い、何なんだ俺は、ヤバい寝相をとってベッドから落ちたって言うのかよ、そんな経験生まれてこの方一度もねーぞ……
兎も角、ベッドに戻ろうと思い、体を起こ――動かなかった。
気づけば、俺の体は指先がピクリとも動かないほど完全に麻痺しているのだ。
これが俗に言う金縛りってヤツか?
初めての経験だが、せめてベッドで寝ている状態で引き起こって欲しかった。
体は動かないくせに、硬い床の感触だけは変わらず伝わってくるのだから。
どうしたものか、と軽く途方にくれていると、この暗闇に目が慣れてきたのか、少しずつ周囲が明らかになった。
……何処だ、ここ?
そこで初めて気がついた、俺は自分の部屋で寝ていたのではなかったということに。
未だ金縛り状態で、首も動かないが、目だけは動くので、その範囲内で周囲を見渡す。
そこは何も無い無機質な部屋だった。
多分、俺が寝ているのは部屋の中心にある台のようなもので、これ以外に6畳ほどの広さのこの部屋には、一切の物が存在していなかった。
そして見える範囲に扉は確認できない。
もしかしたら、俺は一切隙間の無いこの空間に閉じ込められているのかも、なんて空恐ろしい想像が脳裏をよぎる。
何だよ、マジで何処なんだよここは、どうして俺がこんな状況に陥ってるんだよ。
悪い夢だ、と思おうにも、すでに意識もはっきりし、未だに動かないが体の感覚もあり、これが現実での出来事であることを疑えない。
そ、そうだ少し思い出してきたぞ――俺は、自分の部屋で寝ていたんじゃなくて、確か学校、そう、放課後で部室にいたはずだ。
俺はこのデカい体と目つきの悪い顔に似合わず文芸部に所属している。
そんなに部員数も多くない文芸部室で、今日も大好きな中二要素全開のライトなノベルでも執筆しようかと意気込んで、いや違うな、あん時は白崎さんと二人きりで気まずい雰囲気だったはず。
そんな中、いきなり頭痛がして……そのまま気絶した、んだと思う。
何となく、突然の頭痛に頭を抑えて、思わず椅子から転げ落ちた時の記憶がおぼろげに蘇る。唐伯虎
あんなオーバーリアクションで苦しんだんだ、目の前にいた白崎さんにいらん心配かけてしまったな、つーか、この事は家に連絡とかちゃんといってんのか。
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