冒険者たちが集まって暖を取る焚火の明かりに照らされながら、大きく息を吸って、吐く。そんな空気が、肌に纏わり付く。
胸の辺りがキリキリと痛む。締め付けられるような、小さな針でチクチクと刺されているような。MMC BOKIN V8
周囲の冒険者たちを見やる。十代後半の若者たちばかり。中には、もっと若い子供のような冒険者も居る。それは別段珍しい事ではない。
だが、どうやら俺の周りの参加者たちは、大規模戦闘が初めて――もしくは慣れていないのかもしれない。そう考え、もう一度息を大きく吸って、吐く。
これから戦う。ゴブリンと。沢山の冒険者たちと一緒に。沢山のゴブリンと戦う。殺し合う。
沢山の仲間が居る事に安心する者も居れば、沢山のゴブリンに恐怖を抱く者も居る。若くて血気盛ん故に参加したのだろうが、作戦直前になって怖くなっているのだろう。
昔の自分を見ているようだ、とポケットの中のエルメンヒルデの縁ふちをなぞる。
『どうした?』
「緊張している」
『……堂々と言うような事か?』
ゴブリンだなんて戦い慣れている。何度も戦った。何匹も殺した。平原で、洞窟で、森の中で、街中で。
だからといって、怖くない訳がない。特に、これから一緒に戦う――背中を預けるべき仲間が緊張している状況に、俺にもその緊張が伝播している。
空を見上げると燦々と輝く太陽が、もうすぐ中天へと昇る。作戦決行まであと僅か。
参加者の数は、俺のような接近戦しかできない冒険者が約五十。魔術師や射手が約三十。魔術都市オーファンから出て、約一キロほど南の位置に俺達は陣取っている。
ここならゴブリンがオーファンに直接危害を加えるのは難しいし、オーファンの防壁からゴブリン達の動きも見える。何か動きがあったら狼煙で知らせる手はずになっている。
そしてゴブリンは――。
「絶景かな、絶景かな」
『どこがだ。気持ち悪い』
視線の先、開けた草原の真ん中で、土色のゴブリンの集団が一塊になっている。距離としては、一キロほど離れているかもしれない。目を細めないと確認できないくらいには、距離が開けている。
今は、今朝方からあの辺りへ撒いてあるオークや野生動物の肉を貪り食っている事だろう。それはあたかも一つの生物のようで、嫌悪感すら感じさせられる。住処に持って帰ろうとしないあたり、それなりの知性はあってもやはり野生だな、と思ってしまう。
その数、二百匹以上。おそらく二百五十匹近いだろう。こちらは八十人程なので、一人あたりノルマは三匹だ。
よくもまぁ、あんなに集まったものだと思う。
そして、同時に裏で何かが動いているようにも感じてしまう。
ゴブリンには群れる習性があるが、ここまでの数が一纏まりになって行動する事は無い。単純に、数が増えれば強力なのかもしれない。だが、数が増えれば纏める者――指揮官頭が必要になる。
ゴブリンに慣れた冒険者なら気付いているはずだ。二百五十匹ものゴブリンが集まる異常性に。
「最近、面倒事ばかりに巻き込まれてる気がする」
三ヶ月くらい前は一角鬼オーガが田舎の村に突然現れた。二週間ほど前は、魔神の炎を使う黒いオーク。
今回は、二百匹以上のゴブリンの集団だ。面倒事だとしか言いようがない。そして、その面倒事に自分から関わっているのだからどうしようもない。
宗一と阿弥はどうして居るだろうか? そう思い、魔術師たちが集まっている一角へ視線を向ける。
アルバーナ魔術学院からは七人の生徒が参加してきている。宗一と阿弥、それにフランシェスカ嬢の姿も確認した。先程、宗一と阿弥が先頭になってアルバーナ魔術学院の生徒たちは合流してきた。
二人はこんな事には慣れたもので、堂々というか、どこか余裕が感じられた。他の五人は傍目にも判るほど緊張していたが。貴族の坊ちゃん嬢ちゃんだ、こんな大きな戦いに参加するのは初めてなのだろう。
魔神が健在の頃は珍しくない規模の戦いだが、参加していたのは戦いを生業なりわいにする冒険者や騎士団だった。貴族の学生なんて、親に守られていたんだろう。
ちなみに、挨拶はしていない。向こうは俺の事に気付いていないはずだ。
エルメンヒルデに言わせれば、俺は人が悪いらしい。自覚はある。
「大丈夫か?」
「ぅ、ええ。はい」
隣で蒼い顔をした冒険者に声を掛ける。
年の頃は十代半ばだろうか。宗一と同年代に見える。まぁ、宗一の方が童顔というか年齢よりも幼く見えるだけなのだが。
この一年で美青年になりやがって。前見た時より少し身長は伸びていたが、同年代の男達よりは少し低かったのを思い出す。
後でからかってやろう。
昔から男らしくありたいと言っていたのに、この一年で中性的な顔立ちになって。昔から可愛いと称する容姿だったが、ソレに磨きがかかっていた。
阿弥の方は堂々としたもので、宗一よりも男らしく思えた。宗一と一緒に魔術学院生徒の先頭を歩き、胸を張ってまっすぐ前を見ていた。
力強く、硬い意志を感じさせる視線は昔のまま。エルメンヒルデと二人で変わってないなぁ、と同時に呟いてしまったほどだ。
そんな宗一達と同年代の冒険者。こんな大規模戦闘は初めてなのだろう、緊張していて今にも吐きそうだ。威哥王三鞭粒
「安心しろ。魔術師があの集団に魔術を打ち込んで、俺達は討ち漏らしを狩る。簡単な仕事だ」
「……判ってる。けど……」
それでも怖いのだろう。
昔は俺も、俺達もそうだったと思い出す。懐かしい気持ちを感じながら、ポケットからメダルエルメンヒルデを取り出す。
「おい、少年。名前は?」
「えっと……ロブ。ロベリアーノ」
「良い名前だな、ロベリアーノ。ロブ。それに、ビビってるお前ら。こいつをよく見てろ」
そう言って、エルメンヒルデをピン、と指で弾く。
そして、クルクルと回るメダルを掴み取る。
「表だ」
手の平を開けると、宣言通りに表。
それだけではない。もう一度、メダルを指で弾く。手で掴む。
「表だ」
繰り返す。
何度も、何度も。何度でも、表を出し続ける。
そうやっていると、何かズルをしている。イカサマだ、と言う声が上がる。
だから今度は、周囲の連中に表か裏かを選ばせてから指で弾く。周囲の要望に応え、表と裏を出し続ける。
以前フランシェスカ嬢に見せたように、表と裏のどちらかを見極めてメダルを掴み取っているだけなのだが、これが意外と気付かれない。
「次は表でっ」
「おう、出るといいな」
そう言って弾き、メダルエルメンヒルデを弾く。出た目は、表。
歓声が上がる。
「お前らは運が良い。これだけ、メダルの裏表を当てられ続けるんだからな」
歓声が止む。静まり返る。
「だから大丈夫だ。お前らは死なない。生き残る」
エルメンヒルデをポケットに仕舞う。
手品は終わり。青い顔をしていた冒険者たちの瞳に、今はもう恐怖は無い。
それでいい。今の俺に出来る事なんて、この程度だ。この程度の“手品”が限界なのだ。
「ゴブリンごときにビビるなよ? ゴブリンを殺す事より、生き残る事を考えろ。周りの仲間の背中を守れ。そうすりゃ、誰も死なずに帰れるさ」
『随分と、饒舌な事だな』
どこか嬉しそうなエルメンヒルデの声に肩を竦めて応える。
別に、特別何かを思っている訳じゃない。誰にも死んでほしくないだけだ。
名前を知っている訳じゃない。ただ今日、肩を並べて、同じ戦場で戦うだけだ。そんな人は、この異世界に来てから何人も居た。そして、死んでいった人たちも。
だから、死んでほしくない。魔神は討伐された。これから世界は平和になる。だというのに、こんな下らない戦いで死んでほしくない。
そう思うのは、当たり前の事だろう。そして何か出来る事があるなら、不安を取り除ける方法があるなら、死ぬ確率を下げる手段が一つでもあるなら、俺は何かをしたい。何もしないままではいたくない。
「当たり前の事を、当たり前にやればいい。そうすれば、周りの皆が助けてくれる。人間は、一人じゃ弱いんだ」
エルメンヒルデへ向けた言葉に、若い冒険者たちが返事を返す。
その事が少し可笑しくて、口元を緩めてしまう。
『レンジ』
視線が集まっているので返事をする訳にもいかず、ポケットの中のエルメンヒルデの縁ふちを軽く撫でて応える。
『…………それでいい。ずっとそのままでいてくれ』
なんだそりゃ、と。
活気付く若い冒険者たちを見ながら、一つ息を吐く。
このままでいいなら、ずっとこのままだ。のんべんだらりと、のんびりと、ゆっくりと、異世界生活を満喫していこう。
空を見上げると、そろそろ作戦が始まる時間である事を太陽が教えてくれる。
宗一達は大丈夫だろうか?
一瞬そう思い、思考を切り替える。宗一も阿弥も、俺より強い。俺が心配するより、むしろ俺が心配される側だ。
やるべき事をやろう。この戦いを少しでも早く終わらせるために。
宗一達が、子供たちがあまり戦わなくて済むように。
戦いが始まった時点で、勝負はついていた。
冒険者魔術師と魔術学院の魔術師による一斉攻撃。人間など数人は飲み込めそうな火の玉や、オークの巨体すら貫きそうな氷の矢。大気の歪みが見て取れるほどに圧縮された空気の弾丸。
それが一斉にゴブリンの一団に叩き込まれた。爆発し、血飛沫が舞い、耳障りな絶叫が俺の耳まで届く。
それが開戦の合図。最初の攻撃で数十匹のゴブリンが死に、残った連中が俺達を敵と認識する。威哥王
鬨の声を上げながらこちらに接近してくる。そこに第二射。今度は射手たちにより矢の雨が降らされる。それによりさらに数十匹のゴブリンが地に伏せる。第三射は、再度魔術師達による魔術攻撃。――のはずだった。
ゴブリン達とこちらの距離はまだある。だが、第三射が始まらない。
「なんだ?」
周囲の冒険者たちも、何かあったのかと魔術師や射手たちが集まる方向へ視線を向ける。
しかし、人が多すぎてとても見えない。
そうこうしているうちにも、ゴブリン達は接近してくる。こちらの接近職の数よりも多い。まだ二百匹近くは居るだろう。
段々と近づいてくる。そうすると、周囲から焦りの声が上がり始めてしまう。
『何かあったな』
「――だから、魔物討伐の仕事は嫌いなんだ」
宗一と阿弥は大丈夫だろうか?
自問するが、答えは無い。今はただ、何事もない――ただ作戦に不備があっただけだと祈ろう。
『くるぞ。もう、魔術や弓の援護は望めん距離だ』
「判ってるよ」
鉄のナイフを抜き、手の中でクルリと回す。
乱戦になったら神殺しの武器エルメンヒルデを頼るつもりなので、これでいい。金に困っている訳ではないが――やはり、大きな戦いの時は一番信頼できる相棒を使いたい。
そうこう考えているうちに、ゴブリンの表情が確認できるくらいの距離まで接近される。腰を僅かに落とし、ナイフを握る手に力を込める。
それと同時に西――俺から見て左側から爆発。炎の魔術だろう。視線を向けると黒煙が上がっている。
予想外の方向からの衝撃に、慌ててオーファンの方へ振り返る。何か異変があったら上がる手筈になっている狼煙は……無い。
「ちっ」
『来るぞっ』
エルメンヒルデの声に正面を向き、突っ込んできた最初のゴブリンの一撃を避け、喉へナイフを突き立てる。
そのまま、そのゴブリンを盾として後ろから迫ってきていたロングソードの一撃を受ける。血飛沫が顔を濡らす。
そして、後から向かってきていたゴブリンの圧力に押され、後ずさる。乱戦に飲み込まれてしまう。
隣にいた若い冒険者の姿は無い。俺と同じように乱戦に飲み込まれたか、それともゴブリンの波に押し潰されたか。それを心配する余裕が無い。
俺を無視して両脇を抜け、前へ前へと進むゴブリンの一匹を捕まえ、首を裂く。
約二百匹。単純に四倍の戦力差だ。いくら相手がゴブリンとはいえ、正面からやり合っては勝負にもなりはしない。
「エルメンヒルデっ」
名を呼ぶが、顕現する翡翠の魔力は酷く弱々しい。
舌打ちをして、魔力で創られた長剣を握る。刀身は翡翠色とは全く違う銀色。鉄の剣とほとんど変わりがない。軽くて丈夫で切れ味が良い。ただそれだけの武器だ。鉄のナイフを鞘に納め、両手で長剣を握る。
その長剣を一閃し、正面に迫っていたゴブリンの胴を裂く。|足が止まり、腸ハラワタが溢れ出る。しかしそれは一瞬で、後続のゴブリンに踏み潰されてしまう。
これだから乱戦は嫌いなのだ。内心で舌打ちどころか憎しみの言葉すら吐きながら、更に長剣を振るう。
それに、肉体の異世界補正も酷く弱い。解放クリアされた制約は七つの内の一つだけか。
「阿弥達は無事か!?」
『それよりも、自分の心配をしろっ』
突撃の勢いが弱まり、周囲を囲まれる。
……冗談抜きで、傍に誰も居ない。その状況に、背筋に冷たい汗が流れる。
周囲から響く剣戟の音に、誰かが戦っているのだろうと予想する。取り敢えず、最初の突撃で全滅はしていないようだ。
「くそったれッ」
毒づく。
後ろに何匹いるか判らないが、眼前には三匹のゴブリン。
しかし、その三匹が飛び掛かってくるよりも早く、爆音。そして絶叫。
ゴブリンの甲高い、耳障りな声ではない。野太い、獣のような、怪獣のような絶叫。更にもう一度爆音が響いた。
「――――」
『オーガだと?』
それと同時に、戦斧を振り上げて飛び掛かってきた一匹のゴブリンを切り捨てる。
油断も隙もあったモノじゃない。MaxMan
その一瞬で、視線だけを先ほどの絶叫の主――身の丈五メートルほどもある一角鬼オーガへ向ける。
オーガ特有の一本角が生えた頭部は無く、膝を突いて崩れ落ちる所だった。
『オーガを二発か。阿弥もやるな』
「相変わらずデタラメだなっ」
ゴブリンを牽制しながら、エルメンヒルデの声に耳を傾ける。
オーガ級のバケモノを相手にするなら、俺はチートの制約を五つは解放クリアしなければならないというのに、向こうはたった二発の魔術だけで済むのだから笑えない。
折角異世界に召喚されるんだから、俺も魔法を使いたいとか女神様にお願いすればよかったと思う。
とりあえず、阿弥の無事は確認できてほっとする。オーガを二発で沈めれる魔術師なんて、少なくともこの場には阿弥くらいだ。魔術学院の生徒に阿弥並みの天才が居れば別だが、女神様のチート並みの魔力を持つ魔術師がそうごろごろ居られても困る。
「俺も、魔法とか使えるようにお願いすればよかったなッ」
『…………』
ショートソードを持ったゴブリンと鍔迫り合い、左手で鉄のナイフを抜いて腹へ突き刺す。
その一撃でゴブリンの動きが止まり、不意を狙って背後から斬りかかってきた一撃を銀色の剣で受ける。そのまま後退り、何かに躓つまづいて体勢を崩してしまう。
そのなにかをクッションにするようにして倒れ、剣をつっかえ棒のようにして胸に突き立てる。
これで何匹仕留めただろうか? そう考えると同時に、左手にヌルリとした感触。ゴブリンの血かとも思ったが、違う。
隣を見ると、人の死体が横たわっていた。先ほど躓つまづいたのは、この少年だったのだろう。見覚えのある顔だ。先ほど話した――確か、ロブ。
『レンジ』
「判ってるさ」
起き上がろうとした俺を狙ったゴブリンを一閃。胴を両断する。
チート異世界補正の効果が上がる。神殺しの武器エルメンヒルデの切れ味が増す。銀色の刀身に翡翠の模様が奔る。
「これで二つだ。クソッタレ」
クソッタレ、ともう一度心中で呟く。
誰かを巻き込まなければ、誰かを犠牲にしなければ……俺は戦えない。
その事実が、ただただ重い。制約が『仲間の死』によって解放クリアされる。
周囲のゴブリンへ視線を向ける。俺を警戒してか、数に任せて襲ってくる事は……今のところは無い。
『やはり変だ』
「あん?」
『オーガが倒され、これだけ仲間が殺されて。それでもゴブリンに怯えが無い』
銀剣を一閃し、ゴブリンの首を斬り飛ばす。先程までとは違い、抵抗無く骨まで断ち斬り、皮の防具も斬り裂ける。
最初からこれだけ――いや、制約を完全に解放クリアできていれば、あの少年は死なずに済んだのだろうか?
そう考え、息を吐く。余計な思考だ。今はただ、生き残る為に剣を振る。それ以外は、雑念でしかない。
周囲を囲んでいたゴブリンに視線を向ける。何故か、オーガが倒されても怯え無かったゴブリンが一歩下がる。
「――っるぁ!!」
型も何も無い、ただ乱暴に振り下すだけの一撃。
防ごうとしたロングソードを砕き、肩から脇に掛けて両断する。
無防備な背中から襲い掛かってきたゴブリンを、勘だけを頼りに銀剣の柄で殴りつける。骨が砕ける感触。肉の温もり。内臓の脈動。それが腕に伝わり、気色が悪い。
振り返り、左手に持った鉄のナイフを額に突き立てる。
更に背後からゴブリンが飛び掛かってくる。振り返り――剣を振る前に木の矢に打ち落とされた。
「無事か!?」
「ああ、なんとかな」
援護してくれたのは、いつぞやのエルフ。
射撃組は別の場所に集まっていたはずだが……これだけの乱戦だ。作戦は瓦解したも同じか。中絶薬
「どうして第三射からの援護が途絶えた?」
「突然オークやオーガが召喚された。勇者は、魔族の相手をしている」
『魔族だと? 何故魔族が……』
「ゴブリンを集めたのも、そいつか」
「そう言っていた。勇者を誘き出して討つためだと」
随分とお粗末な作戦だ。
魔物を召喚できるなら、中級か上級魔族だろう。だが、頭の方はよろしくないようだ。
勇者を倒したいならゴブリンやオーガではダメだ。宗一が勝てないと、そう思えるような大物を連れてこなければ。例えば――魔王のような。
そう思った瞬間、ここら一帯の地面に特大の魔方陣が刻まれた。
下を向く――緋色の魔力は阿弥の色。ソレで編まれた魔法陣は、煌々と輝いている。
「な、んだ!?」
「力加減が難しいね、本当に」
「なに!?」
隣のエルフが珍しく慌てている。
英雄の力。大魔導師の魔術。最初から使っていれば、犠牲なんか出なかっただろう。
だがそうしたら、冒険者たちは微々たる稼ぎしか得られなかった。おそらく、ギルドからも魔術学院からもあまり手出しをしないように言われていたはずだ。
しかしその結果、沢山の犠牲が出た。あの少年も――ロブも、死んでしまった。
『レンジ』
「判っている」
次の瞬間には、地面から切っ先が鋭い木の根が飛び出し、周囲に溢れていたゴブリンを残らず串刺しにした。
地面から突き出した木の根に足を、胸を、両腕を、頭を。様々な個所を貫かれ絶命する。
本当にアイツ、ゴブリンなんてものともしないな。俺が必死に殺し合っていた相手を、ただの一瞬で全滅させる。
これが神殺し。英雄の力。――女神から与えられたチート異世界補正。妬ましいほどに、強力な力。
俺には無い。沢山の人を、命を守れる力。
様々な場所から歓声が上がる。生き残りは沢山いるようだ。……良かったと思う。
『後は魔族か』
「そうだな」
まぁ、そちらも宗一が居るなら大丈夫だろう。
串刺しにされたゴブリンのオブジェを素通りしながら魔術師組が待機していたはずの場所へ足を向ける。
どうしてか、俺の後ろをエルフが付いて来る。
「なんだ?」
「何処へ行く?」
「……魔族というのを、一度見ておこうかと思ってね」
もう、何も出来る事は無いだろう。
それでも、見届けておきたかった。この戦いの結末を。魔族の顔を。
魔族。アーベンエルム大陸に住む、知性ある魔物。人間の言葉を解す、人間以上に賢いとすら言われる存在。
連中は、よほどの事が無ければ魔族の住む大陸から出てくる事は無い。以前イムネジア大陸に現れた時は、王都を半壊させていった。俺達が召喚されて直ぐの頃、人間側の希望を潰すのが目的だとか言っていた。
だが今回は? 勇者――宗一を誘き出す為と言っているようだが、誘き出してどうする? ただの魔族が、魔王でも召喚するのか? そんな事、実力的に不可能だ。
なら。
「なるほど」
さらに、魔物が召喚される。何も無い空間が揺らぎ、輪郭を持ち、色が顕れ、一つの形と成る。
オーガ。黒い、オーガ。通常のオーガよりも一回り以上も大きなソレが、召喚される。
そのオーガには見覚えがあった。見覚えと言うよりも、似たような感じの魔物をつい最近討伐した。――黒いオーク。アレと、似たような感覚を覚える。
貫かれたゴブリンには目もくれず、駆け出す。黒いオーガの拳が振り上げられた。
その肩が魔術で吹き飛ばされるが、無傷。皮膚が固いのか、魔術に耐性があるのか。前者なら俺でも厄介だな、と。駆けながら思考する。
「エルメンヒルデ」
『ああ』
「力を貸してくれ」
『……喜んで、だ。ご主人様』
だから一体、そんな言葉は何処で覚えてくるんだ?
その敬称に頬を引き攣らせながら、銀剣を翡翠の魔力に戻す。そして――手に、翡翠色の神剣を握る。
翡翠色の刀身に、黄金の柄。いつの間にか併走していたエルフの視線がその剣に向く。
「お前……」
「なに。何処にでもあるただの剣だ」
『私のような武器が、どこにでもあってたまるか』
「剣じゃ――ただの武器じゃないな。相棒だ」
『…………』
駆ける。先程よりも、更に早く。
オーガの拳が振り下ろされる。それが地面に叩き付けられるよりも早く、翡翠色の神剣を投擲。脇腹に突き刺さる。
痛覚はあるのか、絶叫が上がる。剣を投擲した俺にオーガの、宗一の、魔族の、今まさにオーガに潰されそうになっていた阿弥の、そして周囲を囲んでいた冒険者たちの視線が向く。
「恥ずかし」
『……もう少し、気の利いた言葉をだな。まったく』
だがこれで――。
『これで、制約は五つ解放クリアだ』RU486
戦える。
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