真昼間の空に一頭のドラゴンが飛んでいる。
全身を赤い色に染めたそのドラゴンは、ドラゴンと言う種族の中では中級に位置するレッドドラゴンだ。
風を切って飛ぶその姿は、人族の大陸においては絶望の象徴として知られている。
それはそのまま、このドラゴンと遭遇することが死に直結しているからだ。花痴
その恐るべき存在の背中に、通常では信じられないことに二人の人影があった。
二人の人影のうち、一人は全身をドラゴンの身体と同じ赤色に染め上げた全身鎧を身に纏っている。
その格好では、ドラゴンから降りてしまったらまともに歩くのもかなりの重労働だろうと思われるほどの重装備だ。
もう一人はその赤の全身鎧の人物の腰に手を回し、振り落とされないようにしている赤毛の若い男だ。
身につけているのは魔術師の装備としてはおなじみの、質素なローブであるが、かなりの勢いの風の中にいるはずの男のローブは思ったほどはためいてはいない。
ドラゴン自身が、背中に乗っている騎手達を護る為に防御用の壁を展開しているせいだ。
これのおかげで乗り手は風圧を気にせずにドラゴンの背中に乗ることが可能になるのだが、これが無いとドラゴンの速度で飛ばれてしまえば、乗り手は呼吸すらままならないような状況に陥ってしまう。
「ドラ君! 急いで!」
赤の全身鎧が声を上げる。
実際は声を上げる必要は無い。
乗り手とドラゴンの間には精神的なパスが通っており、頭に思うだけで意志は通じる。
しかし、乗り手側がそれに慣れていないのか、どうしても口に出してしまうらしい。
<目一杯です……>
「泣き言は聞かない! 急ぎなさい!」
べしべしと、手甲をはめた手の平でドラゴンの身体を騎手が叩く。
いくら人間の力で叩かれようがドラゴンにとってはわずかな痛痒すら感じることはないのだが、乗り手が相当焦っていることは、ドラゴンにも通じる。
そんなに焦ることだろうか、とドラゴンは首を傾げてしまう。
乗り手の持っている情報は、確かに緊急の事態と言えなくも無いとドラゴンは思ったのだが、それを伝える相手からしてみれば、大したことが無い情報と取られるような気しかしないのだ。
なにせあの人は、と考えた所でドラゴンはわずかに身震いをした。
未だに初めてあの人と出会った時の恐怖は、ドラゴンの心へ深々とした傷を残している。
目があった瞬間に、死んだと思った。
確かにものすごい大きな力が自分達の住処に近づいてきているのは感じていたし、仲間達が必死に逃げ出そうとしている気持ちも分からないでもなかった。
群れの中で、一番弱い自分が生贄として残らされたのは少しばかり哀しいことだったが。
それでもその人と出会う前は、まだドラゴンとしての誇りがあった。
どれだけ強力な存在が来ようが、群れの中で一番弱かろうが、自分は死と絶望の化身とまで言われたドラゴンの末端に身を置くものである、と言う誇りがだ。
ならば、ただで殺されるわけにはいかない。
例え結末が自らの死であろうとも、少なくとも道連れにしてやろうと思う気持ちくらいはあったのだ。
だがそれがすぐ間近に来た時に、それまで抱いていたそんな気持ちは微塵に崩れて無くなった。
ドラゴンの頭の中身を「なんだこれは」と言う言葉だけが埋め尽くしたのだ。
自分の心臓の真上ぎりぎりまで刃を突き刺されたような感触、とでも形容すればいいのだろうか。福源春
辺りを覆いつくすような濃密な魔力の気配。
その中にあって、そっと触れることすら許さないような冷たく研ぎ澄まされた刃の気配。
ドラゴンは即座に悟った。
あ、これちょっとでも抵抗した瞬間に死ぬわ、と。
生き残る術は、無条件に降伏する以外に無い。
この瞬間にドラゴンは、誇り等と言う持っていても大して役に立たない代物を全力で投げ捨てた。
その後の出来事は、蓮弥達が見たそのままのことであるのだが、ドラゴンは今思い返してもあの時のあの行動は自分が今まで生きてきた時間の中でもっとも正しく、間違いの無い選択であったと思っている。
その後、人族の眷属として契約させられ彼らを街まで乗せた後、住処に戻った彼を仲間達は信じられないものに出くわしたような目で見てこう言った。
「お前、なんで生きてるの?」
お前ら絶対、いずれ力を身に付けたら全力で殴る、と心に誓ったドラ君だった。
それはまた別のお話だとしても、あれだけの存在が今背中に乗ってぎゃーぎゃー騒いでいる、一応の主人であるところの、リアリスが持っている情報一つで右往左往する光景など、ドラ君は想像ができない。
なんだか鼻で笑われて、あっそ、の一言が待っている気がして仕方が無いのだ。
それでも主人の命令は、なるべくその意向にそった形で行動しないと頭の中にある竜魔石にあの恐ろしい魔族が刻んだ契約が、自分に何をするのか分かったものではない。
「リアリス、あまり無理を言うな。こんな高さから落ちでもしたら俺達はひとたまりも無いぞ」
赤い全身鎧にしがみついている赤毛の男がたしなめるように言った。
やせていて、いつも地味な色のローブを着ている上に、赤毛を逆立てているのでドラ君が密かに「松明」と呼んでいる魔術師だ。
知られたらどんな目に遭わされるか分かったものではなかったが。
主人であるリアリスの恋人にして、貴族の血筋であり、現在は冒険者を休業して学校の先生をやっているこの男とリアリスの関係は非常に良好であることをドラ君は知っている。
それはもう、口から滝のように蜂蜜を流しかねない程甘々な二人だ。
人族の営みになど全く興味の無いドラ君であるのだが、夜毎にリアリスからダダ漏れになっている思考の波をなんとか夜の間だけでも遮断できないものかな、と思うほどにである。
主人のプライベートな話であるので、どこへ情報を漏らすこともできないドラ君ではあるのだが、聞かれればそれこそノロケとそっち方面の話だけで一冊本が書けるくらいの分量の、二人の営みに関する情報を持っている。
あのほっそい身体のどこに、毎晩あれだけのことをする体力が詰まっているのか、人族と言うものは実に不思議な生き物なのだな、と思ったりもする。
「何考えてんの、ドラ君?」
身体を叩く手が、平手から拳になっている。
基本的にドラ君の側からリアリスの方への思考の漏れは全く無い。
これはリアリスに比べてドラ君の方が思考の操作と言うものに関して長けているからなのだが、それでも色々と考えている最中は、なんとなく余計な事を考えているみたいだな、くらいの気配は伝わってしまうらしい。
まさか正直に答えるわけにもいかないので、ドラ君はなんと答えたものか考えてから応じた。勃動力三体牛鞭
<情報、あの方にはあんまり意味ないんでは、と>
「レンヤさんはどうとでもするだろうけど、今あの人は100人の兵士と一緒なの! そっちは普通の人なのよ!」
それはレンヤは普通じゃないと言ってしまっているのではないか、とドラ君は思うが、確かにあれを普通の人と言ってしまっては、普通の定義が崩壊する気がするのでいいのかな、とも思う。
その身体にそっと触れたアズが、落ち着いた口調で話しかける。
「レンヤはあんな風だけれども、あいつとて人間だ。不意をつかれる状況、予測しない出来事と言うものは必ず存在すると思う。俺達が持っていく情報は、その可能性を幾分潰せると思うんだ。だから、急ぐ必要がある」
なるほど、そう言う話なのであれば理解できるとドラ君は頷いた。
確かにどれだけ偉大な力を持った存在でも、予期しない一撃で滅びることは稀にではあるが無い事ではない。
そういう感じで分かりやすく説明してくれればいいのにと、少し恨めしい気持ちを主人に向けるドラゴンの背中を、リアリスは手甲をはめた手を手刀の形にして、がすがす突き刺している。
もちろん、そんな攻撃がドラ君の鱗を貫通して刺さるわけもないのだが、なんだかとても怒られている気分にはなる。
ついでに何十枚かの鱗は生えたばかりのまだ弱いものなので、あまり乱暴に扱って欲しくないなとも思ってしまうドラ君である。
生え変わりの理由は、今探しているあの人が引きちぎって行ったせいなのだが。
「まだ見つからない?」
「日数からして、もう戻り足だとは思うが……なにせこの速度だ。いくら相手が100人からの集団とは言え、見逃す可能性も……」
「ドラ君! ゆっくり飛ぶ!!」
<無茶です……墜落する可能性があります……と言いますか速くとかゆっくりとかどっちなんですか>
悪い主人ではない。
無理矢理契約させられた身ではあったが、不平不満からくるストレスで胃を痛めない程度には良い主人であるとドラ君はリアリスを評価しているが、たまにあまり賢くない命令をしてくるのが玉に瑕だった。
ブレスを吐く時はなるべく殺さないように、とかはその最たるものだとドラ君はげんなりする。
ちなみに、ゆっくり飛んだからといって必ず墜落するわけではなかったのだが、とても疲れる作業なのでできればやりたくない気持ちから、ドラ君は簡単に落ちるからヤだ、と言っている。蒼蝿水
「なんかこう、匂いとかで見つけられたりしないの?」
<犬と違います……まぁ見落としている可能性は無いと思いますよ>
背中の人族は、視力で探しているらしいが、ドラ君は気配で探索をしている。
あれだけ強力な気配を放つ蓮弥の存在を、見落とすわけがないと言う自負がドラ君にはあった。
ククリカの街から瘴気の森までは街道が一本通っているだけである。
蓮弥達が何か妙な気を起こして、わざわざ整備されていない場所を、しかも街道を大きく遠回りして街へ戻ると言う意味不明な行動を選択しない限りはどこかで必ずドラ君の探索範囲に入るはずだった。
「さっさと見つけて合流したい所だな。……それでなくともドラゴンと言うのは騒ぎを起こしやすい」
それは自分のせいではない、と主張したいドラ君であったが、しても無駄なので黙っている。
実際にアズが言う通り、街道の上をそれに沿って飛ぶドラゴンの姿は、街道を行く旅人達にちょっとした騒ぎを引き起こし続けていた。
竜騎兵がククリカの街にいる、と言う情報は人族の大陸に広く流布してはいるが、今頭の上を飛んでいくドラゴンがその竜騎兵のものなのか、それとも住処から迷い出てきた野良なのかは彼らに判断が付くわけもない。
上に載っている人が見えれば、竜騎兵なのだろうとすぐ分かるかもしれないが、下からドラゴンを見上げてその背中に乗っている人を視認するのは角度的に難しいかもしれず、しかも飛行速度が速いのも見えづらい原因の一端を担っている。
<私だってさっさと住処に帰りたいです>
「だったら早く見つけなさい!」
早く帰ってアズさんといちゃいちゃしたいんですか、と思念で問いかけると、それまでガスガスと手刀をドラ君の身体に突き立てていたリアリスの動きが止まった。
背中に張り付いているアズが、一体何があったのだろうと訝しげな表情をする。
念話のパスは、ドラゴンとリアリスの間にだけある専用のパスなので、思念による会話はアズに聞かれる心配は無い。
「リアリス? どうした?」
「ひゃい!? ……な、なんでもないです!」
聞こえやすいように、背後からアズがリアリスの耳元に唇を寄せて囁くと、面白い声を上げてリアリスの身体が跳ねた。
きっと鎧に負けないくらい赤い顔を兜の中でしているんだろうな、とドラ君がにやりと笑った時、その感覚に大きな反応がようやく引っ掛かった。
<見つけました>
「よ、よし。急降下!」
<死にますって……>
それとも主人の命令なのだから、一度死ぬような目に遭ってもらった方がいいんだろうかと思うドラ君ではあったが、無意味に主従関係を悪くする必要は無いと思いなおす。
そんなことを考えているドラ君の視界に、米粒程の小さな人の集まりが見えてくる。
おそらくは蓮弥が引き連れているらしい兵士達の集まりなのだろうが、街道でドラ君とすれ違った旅人なんかはそれだけで腰を抜かしたり、全力で走り出したりしていたと言うのに、ゆっくりと街道沿いを進むその集団は、列が乱れることもなく一定の速度で街に向かって進んでいる。
あまり過剰に怯えられるのも困るが、ほとんど反応してもらえないのも、一応は強い部類に入る種族の一員としてわずかながらに哀しいものがある。
近くに住んでいるドラゴンだけでは足りずに、かなり離れたところにいるドラゴンにまで声をかけて、彼らを森へ運んだ時も、物珍しさからくる反応はあったが、恐怖とか混乱とかとはまるで無縁の兵士達だった。SEX DROPS
やっぱり指揮官がアレだと、部下もそれに染まるのかな、等と蓮弥に聞かれたら鱗の何十枚かをまた引きちぎられるようなことを考えつつ、ドラ君は一度軽く羽ばたくと、見つけたその集団の近くへゆっくりと高度を下げていくのだった。
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