エメドラの警告から10分程後。
ほとんどルビドラと寄り添うようにして飛んでいたエメドラから再度の警告が入る。
<やはり戦闘中だ。魔物の軍勢と龍人族。それに邪竜と我らの同胞が戦闘に入っている>巨根
「悪い予測ほど的中率が高いってジンクスはなんとかならんもんかな!」
舌打ちと共にはき捨てる蓮弥であるが、起こっているものはどうしようもない。
今更引き返すわけにもいかず、引き返せた所で行き着く先がないのだ。
「念の為尋ねるが、エメドラとルビドラの二匹が介入して、劇的に変化があったりしそうか?」
<無茶言わないでくれる!?>
<期待を裏切って申し訳ないが、一応我々もそれなりに上位種ではあるが、相手にも同じ存在がいる>
二匹の竜が乱入して、並居る敵を皆殺しにしてくれないかな等と言う甘い期待はあっさりと打ち砕かれ、蓮弥はエメドラに声をかける。
「エメドラ、俺をそちらに乗せてくれ。代わりにそっちのメンバーをこちらに移して、俺と先行しよう!」
<それはだめ!>
妙に鋭い思念で静止されて、蓮弥は口ごもりエメドラは驚いたような表情を浮かべる。
竜の顔でも驚いている表情って作れるんだな、と場違いな感想を蓮弥が抱いている中、ルビドラが蓮弥に言い募る。
<速度も攻撃力も私の方がエメドラより上だわ! 先行するなら私とにしなさい!>
<事実だが……どうするね? レンヤ>
足り無そうなのは思慮くらいか、と実に失礼なことを考えながら蓮弥は背後にいるクルツへ視線を送る。
やや怯えたような狐耳の巫女二人を落ち着かせるように撫でていたクルツは、蓮弥の視線が自分に向いているのに気が付くと、視線を合わせてきた。
「クルツ! その巫女二人とローナとシオンをエメドラの背中まで運べるか?」
「よゆーです、伯爵様」
ぐっと中指を立てて見せたクルツに、蓮弥は声を低く抑えつつ注意する。
「クルツ、立てる指が違う……」
注意してから蓮弥は気が付く。
もしかするとここは異世界なのだから、中指で間違いないのかもしれないと。
「あれ? 小指でしたっけー?」
「親指! 親指だぞクルツ!」
小指をぴんと立てて見せたクルツに慌てて訂正するシオン。
異世界と言えども、そう言った仕草は同じなのかと蓮弥は安心する。
「ちなみに、私は移る気はないからなレンヤ!」
「正直に言って、邪魔だぞ?」
「それでも、だ!」
頑として引く気のないシオンを、説得することを早々に蓮弥は諦める。
何か頭の片隅で、舌打ちのような音が聞こえた気がしたが、それも気のせいと切り捨てて、蓮弥はクルツへ指示を飛ばす。
「ならクルツ! 他のメンバーを連れてエメドラの上へ! あっちに行ったらレパードとグリューンに蓮弥が先行するから後からついて来いと伝えてくれ」狼一号
「了解です、伯爵さまー」
両脇に獣人族の巫女を抱えたクルツの背中から二条の黒いもやが溢れ出す。
見るからにまがまがしいそれの内の一本は、一瞬あっけにとられたローナの腰に絡みつき、ぐいとばかりにその体を持ち上げると、残りのもう一本がするすると伸びてエメドラの足に絡みつく。
ものすごくいやそうな顔をするエメドラには構わず、クルツはニコニコしながら蓮弥に手を振ると、その黒いもやを操作して身を宙に躍らせて軽々とエメドラの背中に着地する。
一拍遅れて、ローナがもやに絡みつかれたままこちらは着地と言うよりは落っこちるような形でエメドラの背中へと運ばれていった。
「便利だなーあれ。練習したら俺も使えるようにならないかな?」
「レンヤ。滅多なことは言わない方がいいと思うんだが……」
もやの正体はシオンには分からなかったのだが、何かあまり良くないものであることくらいは直感的になんとなく察していた。
できればそんなものに触れて欲しくないなと言う思いから出た言葉だったのだが、蓮弥にはあまり伝わらなかったらしい。
「だめかな、あれ?」
「いやまぁ。便利っぽいと言えば便利っぽいんだが、あんまり使いたいとは……」
<くだらない会話はそのくらいでいい? 急いでいるのだから、行くわよっ!>
<無理をするなよ? 確かに火力はルビドラが上だが、防御力は私に劣る。蓮弥、フォローしてやってくれ>
竜が人に竜のフォローを頼む、と言うのは常識的に考えて異常だ。
快く任せておけとも答えにくい蓮弥はあいまいな笑みを浮かべるにとどめ、ルビドラは牙をむき出してエメドラを威嚇する。
<フォローなんて必要ないわ!>
「だ、そうだが……ま、怪我しない程度に頑張るよ」
<いやお前ら、先行するからといって交戦する必要は無いんだぞ? 危険だと思ったら戻ってきていいんだからな?>
エメドラに言われた蓮弥とルビドラは一瞬、視線を交差させる。
「先行って、先行殲滅任務だろ?」
<戦闘中に突っ込んで、攻撃しないで帰るとか馬鹿なの? いっぺん死ぬ?>
<分かった、死なない程度に好きにしろ>
これ以上は言っても無駄だろうと諦めた感じがたっぷりとつまったエメドラの言葉に、気がつくことすらなく蓮弥はルビドラの背中に座りなおし、シオンが蓮弥の背中に張り付く。
<振り落とされないように、しっかり掴まってなさい!>
「おい、騎手の保護は……」
竜がどれだけ加速をしても事故が起きないのは、騎手を振り落とさないように保護しているからだ。
それなのにそんな警告をしてくるルビドラに、蓮弥が声を上げかけたが、次のルビドラの言葉がそれをさっくり遮った。
<速度にまわすから甘くなるかもねっ!>
「いいのかそんなの……でぇっ!?」
背中を蹴り飛ばされたような衝撃に蓮弥の声が上ずる。
慌ててしがみついてくるシオンを支えてやりながら、蓮弥はそれがルビドラの急激な加速によるものであることを悟って、軽くルビドラの首筋をたたく。三體牛鞭
<何?>
「ほんとに保護甘くしてるじゃないかお前っ!」
<加速9割、保護1割!>
「死ぬわ、阿呆が!」
本当にそんな力配分だったのだとすれば、ルビドラの背中にいる蓮弥もシオンもただではすまなかっただろうから、おそらくはルビドラなりの冗談ではあったのだろうが、それに近いような力配分であることは間違いないようだった。
そうでなければ竜の加速で騎手が衝撃を受けるわけがない。
少なくとも蓮弥はエメドラの背中に乗った時にそんな衝撃を受けた覚えがなかった。
<竜の翼は魔力で飛ぶのよ! 急ぐなら当然の処置でしょうが!>
竜が保持している魔力の上限は決まっている。
その振り分けで速度を上げたり防御力を高めたりするのだが、当然なんらかの要素に力を多く注ぎ込めば他の要素が弱くなるのは当たり前のことだ。
納得できる理由ではあるかもしれないが、実際に乗っている蓮弥達からしてみればたまったものではない。
「当然ってお前……」
ぼやきながら蓮弥が肩越しに背後を振り返れば、衝撃に耐えるように目を閉じて背中にしがみつくシオンの、風にわずかにだがなぶられている髪の隙間から、酷く小さくなってしまったエメドラの姿が一瞬だけ見えた。
搭乗人数が増えた為に、エメドラの速度はわずかながらに失速していることは間違いなかったのだがその姿はあっと言う間に芥子粒のようになり、すぐに視界からきえてしまう。
「どんだけ速いのお前……」
<竜族じゃ二番目だけどね>
どこかでそんな言い回しがあったような気がする蓮弥であるが、それがなんであったのかはまったく思い出せない。
<やっぱり一番速いのは風信竜の末裔ね。私は紅玉竜の末裔になるから、攻撃力なら竜族一よ>
「はぁそうなんですか、としか言えないなそれは」
<どうでもいいことだけどね。ほら、見えてきたわ>
ルビドラに言われて進行方向へ視線をやろうとして、弱いながらも襲ってきた風圧に蓮弥は目を背ける。
多少保護されていると言っても、結構な風圧が蓮弥とシオンの二人を襲っており、シオンの方は既に周囲を見ることを完全に諦めて、目を閉じたまま蓮弥に必死にしがみつくだけになっていた。
「少し速度を緩めろ! もしくは保護を強めによこせ! これじゃ前も見れないぞ」
<無茶言わないでくれる? 限られた魔力を運用してぎりぎりの所なんだからね! 根性でなんとかしなさい!>
「まさか竜族に根性論をたたきつけられることになるとは思いもしなかったが……魔力が豊富にあれば保護にまわせるのか?」
<当たり前のことを聞かないでくれる!?>
馬鹿じゃないのと言わんばかりのルビドラの、首を叩いて蓮弥は叫んだ。
「だったら魔力供給用のパスを俺に繋げ!」男宝
<人族の魔力ごときで竜族が使用する魔力をどれだけ肩代わりできるってのよ!>
「いいからさっさとしろ! さっさとしないと……お前の首を飛ばしてただの死体にしてから<操作>で操ったほうが実は安全なのかこれ?」
死体は命を持たないので一応物品扱いになり、操作の魔術の適合範囲に入る。
竜の体は元々、ある程度は飛ぶことを前提とした形になっているので、操作の魔術で勢いをつけてやればそれなりに安定して飛行する可能性があった。
ふと、妙案を思いついたとばかりに呟いた蓮弥達の下で、ルビドラが飛行速度を落とさぬままに器用にびくりと体を震わせた。
その視線が色濃く恐怖を纏わり着かせて、おそるおそると言った感じで蓮弥を振り返る。
「別にそうしてやるといってるわけじゃない。そうされたくないなら、俺へのパスを繋いでくれ」
<わ、わかったわ>
表面上は仕方なくしぶしぶといった感じで。
実際は首を飛ばされてたまるものかと、いそいそとルビドラは蓮弥へのパスを繋ぐ。
それは通常、蓮弥がフラウに対して開いている魔力供給用のパスに似た感じのものであった。
現在、蓮弥の魔力はフラウへは距離的な問題から供給されていない。
ひたすら溜まる一方の魔力を、蓮弥はこれ幸いとばかりにルビドラから繋がれたパスへと流し込み始める。
<ちょっとちょっと、何よこれ!?>
「質問は全て終わってからだ。余裕が出来たなら保護を厚くしてくれ!」
蓮弥の求めに応じて、目を開けていられないほどの風圧がぴたりと止んだ。
ごうごうと耳元でなっていた風の音も無くなる。
あまりに急激な変化に、思考の空白が発生しかけた蓮弥であるが見えるようになった進行方向の先の光景に慌てて手放しかけた意識を引き戻す。
そこは少しひらけた平原と、岩山の境目に立てられた城塞都市であった。
高い壁で囲まれた都市の上空には、かなりの数の飛行する竜らしき影が見て取れ、都市自体からは幾筋もの煙が上がっている。
防壁には遠すぎて何なのかまでは蓮弥にも分からなかったが、小さな無数の影が取り付き張り付いて上り、一部は上りきってしまっているようにも見えた。
そして、都市の周囲はしっかり真っ黒な影で包囲されてしまっている。
「攻撃されてるな……」
「しかも結構劣勢っぽいね……」
<数で負け、制空権も取られてるっぽいわね>
都市が近づいたせいなのか、少し制動をかけながら、ルビドラは素早く周囲の状況を見回す。
地上戦はほぼ、龍人族側の圧倒的劣勢と言う状態に陥っているようだった。
地上の戦力の数の差が圧倒的なのに加えて、空においても邪竜が完全に制空権を支配してしまっているせいだ。
制空権を取られた理由は、すぐにルビドラの目に飛び込んできた。
<守備につけておいた同胞が……やられてる>
年齢的にまだ若いとは言っても、それなりに血気盛んで実力のある竜をおいていたはずだった。
しかし、それらの竜は無残に引き裂かれ、焼かれて都市の一角や、平原の上に無残な屍を晒してしまっている。
やや遅れて、蓮弥もそれに気がついたがふと思いついたことは口にしないでおく。
あまりにその場においては思慮が無さ過ぎる言葉に思ったのだ。
その代わりのようにシオンが蓮弥の背中に張り付いたまま、耳元でささやく。VVK
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