2014年11月28日星期五

教育開始らしい

初撃に剣を投げつけられて床に倒れたまま気絶していた生徒の姿が掻き消える。
 結界の保護機能で外に弾き出されたらしい。
 それが指し示す意味は、蓮弥の一撃は即死ダメージをその生徒に与えていたと言うことだ。花痴
 いかに刃が潰されていようが、全力で投げつけられた鉄の塊を側頭部に、なんの構えもない所に打ち込まれては、当然と言えば当然の結果と言える。
 投げつけた本人からすれば、あ、なんか即死したっぽい? 程度のものであったのだが、周囲の生徒達の雰囲気は険悪なものへと変わっていく。
 いきなり現れて、いきなり一人殺したようなものなのだから、仕方がないと言えば仕方のないことなのだが、蓮弥がそれを気にした様子は全くない。

 「証明してみせろ、か。下賎な冒険者の、さらに下級のクラスの者が口にしていい言葉ではないな」

 剣を抜き放ち、蓮弥と相対するオーランは15歳と言う年齢にしてはかなり背丈も高く、がっちりとした体型で、いかにも力重視の戦士といった感じを漂わせている。
 一応18歳設定のはずの蓮弥と向かい合っても、全く引けを取っていない。

 「前言を撤回し、謝罪をするならば受け入れなくもないぞ、冒険者」

 オーランが何か言っているが、言葉は蓮弥の耳を素通りしている。
 どうせどうでもいい事を口にしているんだろうと、蓮弥は相手の観察を続けた。
 オーランは腕の太さもかなりなもので、蓮弥はそっと自分の腕を見てから、筋肉の量だけなら圧倒的に自分が負けていることを悟って苦笑する。
 さらに、ちらっとリアリスの方へ目を向ければ、リアリス自身は華奢と言う程でもないが細くしなやかな体型をしており、タイプで言うならばおそらくは速度重視の軽戦士タイプだ。
 それだけの情報で、蓮弥はリアリスがオーランに負けた理由を悟る。

 「相手に戦い方を合わせてもらって、勝てたからといってどれだけの意味があるのかね?」

 「なんだと?」

 「ああ、独り言だよ。聞こえても気にするな」

 面倒くさそうにぱたぱたと手を振って、蓮弥はもう一人の問題児に目をやる。
 その問題児は、蓮弥の声が聞こえたのか、やはりこちらも取り巻きを引き連れながらオーランの隣まで歩いてくると、腰に手を当てて言い放った。

 「まぐれ勝ちとは聞き捨てならないわね。その侮辱、今すぐ地面に平伏して許しを請うのであれば、大目に見ないでもないけど、どうするの?」

 ものすごい高みから見下ろした台詞を吐いたのは、金髪縦ロールのナタリアだ。
 軽く胸を反らし、蔑みまくった視線で蓮弥を見ているが、迫力という点においては猫の威嚇にも劣る、とは蓮弥の感想だ。
 ついでに反らした胸は非常に、悲しくなる程に薄い。
 リアリスも体型的に薄い方だが、きちんとあるのがわかるくらいにはある。
 ボリュームとしては圧倒的な大敗を喫しているなと蓮弥は笑ったが、その笑みの意味が分からずにナタリアは怪訝そうな顔になる。
 それにしてもと、蓮弥は首を傾げる。
 力重視のオーランと違って、ナタリアはおそらくリアリスと同じ速度重視型のはずだ。
 それで勝てたと言うことは、こちらは一応技量的にリアリスに匹敵、あるいはそれに勝ると言うことなのだろうか、と。
 その疑問に対する答えは、離れた所にいるフラウからもたらされた。

 『マスター、聞こえますかー?』

 「うん?」

 思わず声に出してしまった蓮弥だが、フラウの声は耳元と言うよりは頭の中で聞こえた。

 『声に出さなくても大丈夫なの。これは念話なの。フラウはマスターに憑いてる状態だから思念で会話ができるの』福源春

 『流石妖精。高スペックだな』

 『もっと褒めてもいいの。アズさんが言うには、その金髪縦ロールさんは、マッチョさんの後に連戦でリアリスさんと戦ったらしいの。たぶんマスターがその辺りを疑問に思ってるだろうから伝えてくれってアズさんが言ってるの』

 『そうか、なるほど。ありがとうな』

 『お安い御用なの』

 安全保護の為の結界には、蓮弥が思うに欠陥がある。
 致命傷を受けた場合、死なない程度までダメージを軽減する、と言うのがそれだ。
 これは逆に言うと、致命傷でない限りはそのダメージは残留すると言い換えることができる。
 普通ならば、戦闘訓練後に治癒の法術でもって治療を行うのだろうが、連戦したと言うことは、リアリスはオーランと戦った後にそのままの状態でナタリアと戦ったと言うこと。
 これはつまり、オーラン戦で受けたダメージを引きずったままナタリアとの戦いを行ったと言うことだ。
 加減を知らない脳筋戦士が与えたダメージが、リアリスの速度を殺していたのだろうと言うことを予想することは難しくない。

 「なんだ。結局は手加減された阿呆と、ハンデ戦を仕掛けた馬鹿がイキがってるだけか」

 少しでも警戒してた自分が馬鹿みたいじゃないかと額に手を当て、頭を振りつつため息をつく蓮弥。
 その仕草が、自分達を馬鹿にしているように見えたのか、ナタリアも腰の剣を抜き放ち、蓮弥を睨みつけつつ叫んだ。

 「下郎! 態度を改める気がないのであれば、このナタリア=ファタールが身の程と言うものを教えて差し上げますわよ!」

 「是非、ご教授願いたいね」

 剣を肩に担いだまま、さして気負った様子も無く、蓮弥は即答した。

 「前振り、能書きはもういいから。ちゃっちゃとかかってこい。お前らの理屈で言うなら、勝った方がなんだか知らんが偉いんだろ?」

 ぎりっと歯を噛み締めるオーランとナタリアを、つまらないものを見るかのように見ながら、蓮弥は再び手招きをした。

 「タイマンなんてケチな事は言わないよ。取り巻きともどもまとめてかかってこい」

 「その大口、後悔することになるぞ」

 「施術院送りにして差し上げますわ!」

 流石は異世界。
 病院送りではなくて、法術で治療してもらうから施術院送りなのか、と妙な所に感心した蓮弥めがけてオーランとナタリア両名とその取り巻き達がそれぞれ武器を振りかざしながら殺到した。
 クラスの半数以上が一斉に攻撃をしかけたのを見て、リアリスが制止の声を上げかけたが、すぐにアズとフラウがリアリスの身体を引き止めて、静観するように促している。
 その場から動こうとはしない蓮弥に最初に攻撃をしかけたのは、やはり速度重視のナタリアだ。
 突進しつつ胸を狙って放たれた突きを、身体を右半身に捻るだけでかわした蓮弥はすれ違いざまにナタリアの肩を左手で押しやって自分の背後へと突き飛ばす。
 続いて大上段から振り下ろされたオーランの斬撃を、今度は左半身にかわして、こちらは担いでいた剣で腰の辺りを軽く打ってやはり自分の背後へと抜けさせる。
 ここで初めて蓮弥は前に出る。
 取り巻き達が繰り出す攻撃を、剣を打ち合わせることも無くすり抜けた先には、魔術の詠唱中である男女の生徒が一人ずつ、あっと言う間に二桁に上る攻撃をすり抜けてきた蓮弥を呆然と見つめている所へと出た。

 「魔術師を最初に潰すのは定石だよな」

 薙ぎ払った一撃が、女子生徒の腰を捕らえてその身体を吹き飛ばす。勃動力三体牛鞭
 返す刃が男子生徒の肩口に叩き込まれて、こちらは地面に叩きつけられるように倒れた。
 吹き飛ばされた女子生徒はそのまま、床の上をごろごろと思う存分転がりまくった後、回転が止まると同時に姿が消えた。
 叩き伏せられた男子生徒は、肩をおさえながら立ち上がろうとして、自分の目の前に迫り来る、靴底を見て顔を引き攣らせる。

 「あ…・・・やめ……」

 何事か言いかけた男子生徒だったが、蓮弥は構わずにそのまま踏む。
 足の裏に色々と愉快な感触が伝わってくるが、お構い無しに踏む。
 なんとか身体をかばおうとした腕も踏む。
 這いずって逃げようとした背中を踏み、後頭部を蹴り飛ばしてからさらに踏む。
 徹底的に踏む。
 やがて動かなくなった男子生徒の姿が消えたのを確認してから、ゆらりと蓮弥は振り向いた。
 その視線の先には、目の前で突然繰り広げられた惨劇に、動けないままでいる取り巻き達と、呆然と蓮弥を見つめているオーランとナタリアの姿がある。

 『フラウ。リアリス先生の対応はアズに任せて。闘技場の逃げ道、塞いでおいてくれるかな?』

 『任せるの♪』

 何故かウキウキとした思念が返ってきた。
 染まるのが早すぎるんじゃないかな、と思いつつ、なんだか悲鳴のような掛け声と共に振り下ろされた剣を無造作に払う。
 切り込んできたのは女子生徒だ。
 剣を払われて泳ぐ身体の鳩尾へ膝を入れ、胃液を吐きながら身体を折った所へ追撃に後頭部へ肘を落として、倒れた所を一度踏んでから、脇腹へ爪先を蹴りいれる。
 吐いた胃液に赤いものが混じったが、少女の身体は消えない。
 致死ダメージには足りなかったらしいと笑う蓮弥はきっちりもう一発後頭部に踵を落として少女の姿を消す。

 「アズ君!? あの人最初から殺す気まんまんじゃないのっ!?」

 「いや、リアリス先生。死なないのは分かってますから」

 なにか悲鳴のようなものと、それを宥める声が聞こえたが、聞こえないフリをして無視。
 瞬く間に三人を消されて、生徒達は腰が引けてしまっている。
 それを見て、蓮弥はつまらなそうに鼻を鳴らした。
 これならば、開拓村で襲ってきたゴブリン達の方がまだ戦い甲斐がある。
 怯えた目で蓮弥を見るだけの男子生徒の襟首を掴んで引き寄せる。
 何事か口を開く前に、眉間に頭突きを数度入れ、手を放してやると膝から崩れ落ちたので、一発股間を蹴り上げてやると、泡を吹いてのたうちまわった。
 これは消さない方がいいか、と放置して、蓮弥はまだ動こうとしないオーランとナタリアへ笑顔をむける。

 「おい、そこのボス猿二匹。そんな所でぼーっと突っ立ってると、仲間がいなくなるぞ?」

 斬りかかってこない二人を挑発してみた蓮弥だったが、ナタリアは顔を青ざめさせたまま、剣を持つ手が震えており、とても戦えるような状態ではない。
 オーランは一つ舌打ちをし、剣を両手で構えると、気合の声をあげつつ蓮弥へ斬りかかってきた。
 なんとかの一つ覚えのように、また振り下ろされる一撃を、蓮弥は右手だけで握っている長剣を下からの掬い上げるような斬撃で迎え撃った。蒼蝿水
 振り下ろし対掬い上げで、両腕対片腕と言う、どちらが有利なのか一目瞭然な剣撃の勝敗は、蓮弥に軍配があがる。
 衝撃に負けて手から剣がすっぽぬけてしまったオーランを、険しい目で見つめた蓮弥は、振り上げた状態になっている剣の柄頭で、オーランの額を強打した。

 「ぐあっ!?」

 痛みに額を押さえてのけぞるオーランの腹部に、蓮弥の前蹴りが突き刺さる。
 たまらず尻餅をついたオーランめがけて、蓮弥の怒鳴り声が飛んだ。

 「剣士が戦いの最中に剣を手放すとは、ふざけてんのかっ!? 拾って来い! 犬のようにな!」

 怒鳴られて、よたよたと立ち上がったオーランに、容赦ない蓮弥の蹴りが飛ぶ。

 「犬が二本足で立つか! 四つん這いでいけっ!」

 まだ立とうとしていたオーランを容赦なく蹴りつけ、踏みにじり、ようやく四つん這いでひぃひぃ言いながら飛んでいった剣を回収に向ったオーランを見送りながら、背後に迫っていた男子生徒を肩越しに振り返りつつ睨み付ける。
 その一瞥だけで動きを止めてしまった男子生徒の態度が、また蓮弥の怒りを加速させた。

 「見られたくらいで」

 技術も何もなく、ただたっぷりと力を溜めた剣による一撃を、振り向きざまに振り抜く。

 「止まるな、馬鹿が!」

 腕も胴も一緒くたに薙ぎ払われて、悲鳴を上げることもできずにその男子生徒の身体が打ち倒された。
 一拍置いて、その男子生徒は打たれた腕をもう一方の腕で抱きかかえるようにしながら、悲鳴を上げて転げまわる。
 まともに胴を薙がれていれば、絶命ダメージと判断されたのかもしれないが、途中に腕がクッションになってしまった為に、腕が完膚なきまでに折れるだけで済んでしまったようだ。
 振りぬいた剣をゆっくりと手元に戻し、蓮弥はじろりと周囲を見回す。
 その視線に圧し折られるようにして、生徒達は視線を地面へと落とす。

 「ま、まだですわ!」

 そんな中で声を上げたのは、ナタリアだ。
 取り巻き達の中にあって、手がまだ震えてはいるが、蓮弥を睨みつけて大声で周囲を叱咤する。

 「相手は一人です! まだこちらに勝ち目が消えたわけではありません!」

 まだ自分達の方が人数が勝っていると言う事実。
 加えてナタリアが戦意を失っていないと言う事が、取り巻き達の折れかけた心をなんとかもたせる。
 さらに、情けない格好で武器の回収に向かわされはしたが、オーランとて未だ戦闘不能には陥っていない。

 「まだやるか。……そーかそーか」

 武器を構え、今度は蓮弥を取り囲むように移動しはじめた生徒達を見て、蓮弥がとても嬉しそうに笑った。

 「ま、死なずに済む戦場だ。経験を積んで見るのもいい事だろうさ、なんせ……蹂躙される側なんて、そうそう体験できないだろうしな」SEX DROPS

 肉体的にはともかく、精神的な死者が出ないといいんだがと思いつつ、蓮弥は次の獲物を求めて一歩踏み出した。

2014年11月26日星期三

竜騎兵の探索らしい

真昼間の空に一頭のドラゴンが飛んでいる。
 全身を赤い色に染めたそのドラゴンは、ドラゴンと言う種族の中では中級に位置するレッドドラゴンだ。
 風を切って飛ぶその姿は、人族の大陸においては絶望の象徴として知られている。
 それはそのまま、このドラゴンと遭遇することが死に直結しているからだ。花痴
 その恐るべき存在の背中に、通常では信じられないことに二人の人影があった。
 二人の人影のうち、一人は全身をドラゴンの身体と同じ赤色に染め上げた全身鎧を身に纏っている。
 その格好では、ドラゴンから降りてしまったらまともに歩くのもかなりの重労働だろうと思われるほどの重装備だ。
 もう一人はその赤の全身鎧の人物の腰に手を回し、振り落とされないようにしている赤毛の若い男だ。
 身につけているのは魔術師の装備としてはおなじみの、質素なローブであるが、かなりの勢いの風の中にいるはずの男のローブは思ったほどはためいてはいない。
 ドラゴン自身が、背中に乗っている騎手達を護る為に防御用の壁を展開しているせいだ。
 これのおかげで乗り手は風圧を気にせずにドラゴンの背中に乗ることが可能になるのだが、これが無いとドラゴンの速度で飛ばれてしまえば、乗り手は呼吸すらままならないような状況に陥ってしまう。

 「ドラ君! 急いで!」

 赤の全身鎧が声を上げる。
 実際は声を上げる必要は無い。
 乗り手とドラゴンの間には精神的なパスが通っており、頭に思うだけで意志は通じる。
 しかし、乗り手側がそれに慣れていないのか、どうしても口に出してしまうらしい。

 <目一杯です……>

 「泣き言は聞かない! 急ぎなさい!」

 べしべしと、手甲をはめた手の平でドラゴンの身体を騎手が叩く。
 いくら人間の力で叩かれようがドラゴンにとってはわずかな痛痒すら感じることはないのだが、乗り手が相当焦っていることは、ドラゴンにも通じる。
 そんなに焦ることだろうか、とドラゴンは首を傾げてしまう。
 乗り手の持っている情報は、確かに緊急の事態と言えなくも無いとドラゴンは思ったのだが、それを伝える相手からしてみれば、大したことが無い情報と取られるような気しかしないのだ。
 なにせあの人は、と考えた所でドラゴンはわずかに身震いをした。
 未だに初めてあの人と出会った時の恐怖は、ドラゴンの心へ深々とした傷を残している。
 目があった瞬間に、死んだと思った。
 確かにものすごい大きな力が自分達の住処に近づいてきているのは感じていたし、仲間達が必死に逃げ出そうとしている気持ちも分からないでもなかった。
 群れの中で、一番弱い自分が生贄として残らされたのは少しばかり哀しいことだったが。
 それでもその人と出会う前は、まだドラゴンとしての誇りがあった。
 どれだけ強力な存在が来ようが、群れの中で一番弱かろうが、自分は死と絶望の化身とまで言われたドラゴンの末端に身を置くものである、と言う誇りがだ。
 ならば、ただで殺されるわけにはいかない。
 例え結末が自らの死であろうとも、少なくとも道連れにしてやろうと思う気持ちくらいはあったのだ。
 だがそれがすぐ間近に来た時に、それまで抱いていたそんな気持ちは微塵に崩れて無くなった。
 ドラゴンの頭の中身を「なんだこれは」と言う言葉だけが埋め尽くしたのだ。
 自分の心臓の真上ぎりぎりまで刃を突き刺されたような感触、とでも形容すればいいのだろうか。福源春
 辺りを覆いつくすような濃密な魔力の気配。
 その中にあって、そっと触れることすら許さないような冷たく研ぎ澄まされた刃の気配。
 ドラゴンは即座に悟った。
 あ、これちょっとでも抵抗した瞬間に死ぬわ、と。
 生き残る術は、無条件に降伏する以外に無い。
 この瞬間にドラゴンは、誇り等と言う持っていても大して役に立たない代物を全力で投げ捨てた。
 その後の出来事は、蓮弥達が見たそのままのことであるのだが、ドラゴンは今思い返してもあの時のあの行動は自分が今まで生きてきた時間の中でもっとも正しく、間違いの無い選択であったと思っている。
 その後、人族の眷属として契約させられ彼らを街まで乗せた後、住処に戻った彼を仲間達は信じられないものに出くわしたような目で見てこう言った。

 「お前、なんで生きてるの?」

 お前ら絶対、いずれ力を身に付けたら全力で殴る、と心に誓ったドラ君だった。
 それはまた別のお話だとしても、あれだけの存在が今背中に乗ってぎゃーぎゃー騒いでいる、一応の主人であるところの、リアリスが持っている情報一つで右往左往する光景など、ドラ君は想像ができない。
 なんだか鼻で笑われて、あっそ、の一言が待っている気がして仕方が無いのだ。
 それでも主人の命令は、なるべくその意向にそった形で行動しないと頭の中にある竜魔石にあの恐ろしい魔族が刻んだ契約が、自分に何をするのか分かったものではない。

 「リアリス、あまり無理を言うな。こんな高さから落ちでもしたら俺達はひとたまりも無いぞ」

 赤い全身鎧にしがみついている赤毛の男がたしなめるように言った。
 やせていて、いつも地味な色のローブを着ている上に、赤毛を逆立てているのでドラ君が密かに「松明」と呼んでいる魔術師だ。
 知られたらどんな目に遭わされるか分かったものではなかったが。
 主人であるリアリスの恋人にして、貴族の血筋であり、現在は冒険者を休業して学校の先生をやっているこの男とリアリスの関係は非常に良好であることをドラ君は知っている。
 それはもう、口から滝のように蜂蜜を流しかねない程甘々な二人だ。
 人族の営みになど全く興味の無いドラ君であるのだが、夜毎にリアリスからダダ漏れになっている思考の波をなんとか夜の間だけでも遮断できないものかな、と思うほどにである。
 主人のプライベートな話であるので、どこへ情報を漏らすこともできないドラ君ではあるのだが、聞かれればそれこそノロケとそっち方面の話だけで一冊本が書けるくらいの分量の、二人の営みに関する情報を持っている。
 あのほっそい身体のどこに、毎晩あれだけのことをする体力が詰まっているのか、人族と言うものは実に不思議な生き物なのだな、と思ったりもする。

 「何考えてんの、ドラ君?」

 身体を叩く手が、平手から拳になっている。
 基本的にドラ君の側からリアリスの方への思考の漏れは全く無い。
 これはリアリスに比べてドラ君の方が思考の操作と言うものに関して長けているからなのだが、それでも色々と考えている最中は、なんとなく余計な事を考えているみたいだな、くらいの気配は伝わってしまうらしい。
 まさか正直に答えるわけにもいかないので、ドラ君はなんと答えたものか考えてから応じた。勃動力三体牛鞭

 <情報、あの方にはあんまり意味ないんでは、と>

 「レンヤさんはどうとでもするだろうけど、今あの人は100人の兵士と一緒なの! そっちは普通の人なのよ!」

 それはレンヤは普通じゃないと言ってしまっているのではないか、とドラ君は思うが、確かにあれを普通の人と言ってしまっては、普通の定義が崩壊する気がするのでいいのかな、とも思う。
 その身体にそっと触れたアズが、落ち着いた口調で話しかける。

 「レンヤはあんな風だけれども、あいつとて人間だ。不意をつかれる状況、予測しない出来事と言うものは必ず存在すると思う。俺達が持っていく情報は、その可能性を幾分潰せると思うんだ。だから、急ぐ必要がある」

 なるほど、そう言う話なのであれば理解できるとドラ君は頷いた。
 確かにどれだけ偉大な力を持った存在でも、予期しない一撃で滅びることは稀にではあるが無い事ではない。
 そういう感じで分かりやすく説明してくれればいいのにと、少し恨めしい気持ちを主人に向けるドラゴンの背中を、リアリスは手甲をはめた手を手刀の形にして、がすがす突き刺している。
 もちろん、そんな攻撃がドラ君の鱗を貫通して刺さるわけもないのだが、なんだかとても怒られている気分にはなる。
 ついでに何十枚かの鱗は生えたばかりのまだ弱いものなので、あまり乱暴に扱って欲しくないなとも思ってしまうドラ君である。
 生え変わりの理由は、今探しているあの人が引きちぎって行ったせいなのだが。

 「まだ見つからない?」

 「日数からして、もう戻り足だとは思うが……なにせこの速度だ。いくら相手が100人からの集団とは言え、見逃す可能性も……」

 「ドラ君! ゆっくり飛ぶ!!」

 <無茶です……墜落する可能性があります……と言いますか速くとかゆっくりとかどっちなんですか>

 悪い主人ではない。
 無理矢理契約させられた身ではあったが、不平不満からくるストレスで胃を痛めない程度には良い主人であるとドラ君はリアリスを評価しているが、たまにあまり賢くない命令をしてくるのが玉に瑕だった。
 ブレスを吐く時はなるべく殺さないように、とかはその最たるものだとドラ君はげんなりする。
 ちなみに、ゆっくり飛んだからといって必ず墜落するわけではなかったのだが、とても疲れる作業なのでできればやりたくない気持ちから、ドラ君は簡単に落ちるからヤだ、と言っている。蒼蝿水

 「なんかこう、匂いとかで見つけられたりしないの?」

 <犬と違います……まぁ見落としている可能性は無いと思いますよ>

 背中の人族は、視力で探しているらしいが、ドラ君は気配で探索をしている。
 あれだけ強力な気配を放つ蓮弥の存在を、見落とすわけがないと言う自負がドラ君にはあった。
 ククリカの街から瘴気の森までは街道が一本通っているだけである。
 蓮弥達が何か妙な気を起こして、わざわざ整備されていない場所を、しかも街道を大きく遠回りして街へ戻ると言う意味不明な行動を選択しない限りはどこかで必ずドラ君の探索範囲に入るはずだった。

 「さっさと見つけて合流したい所だな。……それでなくともドラゴンと言うのは騒ぎを起こしやすい」

 それは自分のせいではない、と主張したいドラ君であったが、しても無駄なので黙っている。
 実際にアズが言う通り、街道の上をそれに沿って飛ぶドラゴンの姿は、街道を行く旅人達にちょっとした騒ぎを引き起こし続けていた。
 竜騎兵がククリカの街にいる、と言う情報は人族の大陸に広く流布してはいるが、今頭の上を飛んでいくドラゴンがその竜騎兵のものなのか、それとも住処から迷い出てきた野良なのかは彼らに判断が付くわけもない。
 上に載っている人が見えれば、竜騎兵なのだろうとすぐ分かるかもしれないが、下からドラゴンを見上げてその背中に乗っている人を視認するのは角度的に難しいかもしれず、しかも飛行速度が速いのも見えづらい原因の一端を担っている。

 <私だってさっさと住処に帰りたいです>

 「だったら早く見つけなさい!」

 早く帰ってアズさんといちゃいちゃしたいんですか、と思念で問いかけると、それまでガスガスと手刀をドラ君の身体に突き立てていたリアリスの動きが止まった。
 背中に張り付いているアズが、一体何があったのだろうと訝しげな表情をする。
 念話のパスは、ドラゴンとリアリスの間にだけある専用のパスなので、思念による会話はアズに聞かれる心配は無い。

 「リアリス? どうした?」

 「ひゃい!? ……な、なんでもないです!」

 聞こえやすいように、背後からアズがリアリスの耳元に唇を寄せて囁くと、面白い声を上げてリアリスの身体が跳ねた。
 きっと鎧に負けないくらい赤い顔を兜の中でしているんだろうな、とドラ君がにやりと笑った時、その感覚に大きな反応がようやく引っ掛かった。

 <見つけました>

 「よ、よし。急降下!」

 <死にますって……>

 それとも主人の命令なのだから、一度死ぬような目に遭ってもらった方がいいんだろうかと思うドラ君ではあったが、無意味に主従関係を悪くする必要は無いと思いなおす。
 そんなことを考えているドラ君の視界に、米粒程の小さな人の集まりが見えてくる。
 おそらくは蓮弥が引き連れているらしい兵士達の集まりなのだろうが、街道でドラ君とすれ違った旅人なんかはそれだけで腰を抜かしたり、全力で走り出したりしていたと言うのに、ゆっくりと街道沿いを進むその集団は、列が乱れることもなく一定の速度で街に向かって進んでいる。
 あまり過剰に怯えられるのも困るが、ほとんど反応してもらえないのも、一応は強い部類に入る種族の一員としてわずかながらに哀しいものがある。
 近くに住んでいるドラゴンだけでは足りずに、かなり離れたところにいるドラゴンにまで声をかけて、彼らを森へ運んだ時も、物珍しさからくる反応はあったが、恐怖とか混乱とかとはまるで無縁の兵士達だった。SEX DROPS
 やっぱり指揮官がアレだと、部下もそれに染まるのかな、等と蓮弥に聞かれたら鱗の何十枚かをまた引きちぎられるようなことを考えつつ、ドラ君は一度軽く羽ばたくと、見つけたその集団の近くへゆっくりと高度を下げていくのだった。

2014年11月20日星期四

ルビドラと先行するらしい

 エメドラの警告から10分程後。
 ほとんどルビドラと寄り添うようにして飛んでいたエメドラから再度の警告が入る。

 <やはり戦闘中だ。魔物の軍勢と龍人族。それに邪竜と我らの同胞が戦闘に入っている>巨根

 「悪い予測ほど的中率が高いってジンクスはなんとかならんもんかな!」

 舌打ちと共にはき捨てる蓮弥であるが、起こっているものはどうしようもない。
 今更引き返すわけにもいかず、引き返せた所で行き着く先がないのだ。

 「念の為尋ねるが、エメドラとルビドラの二匹が介入して、劇的に変化があったりしそうか?」

 <無茶言わないでくれる!?>

 <期待を裏切って申し訳ないが、一応我々もそれなりに上位種ではあるが、相手にも同じ存在がいる>

 二匹の竜が乱入して、並居る敵を皆殺しにしてくれないかな等と言う甘い期待はあっさりと打ち砕かれ、蓮弥はエメドラに声をかける。

 「エメドラ、俺をそちらに乗せてくれ。代わりにそっちのメンバーをこちらに移して、俺と先行しよう!」

 <それはだめ!>

 妙に鋭い思念で静止されて、蓮弥は口ごもりエメドラは驚いたような表情を浮かべる。
 竜の顔でも驚いている表情って作れるんだな、と場違いな感想を蓮弥が抱いている中、ルビドラが蓮弥に言い募る。

 <速度も攻撃力も私の方がエメドラより上だわ! 先行するなら私とにしなさい!>

 <事実だが……どうするね? レンヤ>

 足り無そうなのは思慮くらいか、と実に失礼なことを考えながら蓮弥は背後にいるクルツへ視線を送る。
 やや怯えたような狐耳の巫女二人を落ち着かせるように撫でていたクルツは、蓮弥の視線が自分に向いているのに気が付くと、視線を合わせてきた。

 「クルツ! その巫女二人とローナとシオンをエメドラの背中まで運べるか?」

 「よゆーです、伯爵様」

 ぐっと中指を立てて見せたクルツに、蓮弥は声を低く抑えつつ注意する。

 「クルツ、立てる指が違う……」

 注意してから蓮弥は気が付く。
 もしかするとここは異世界なのだから、中指で間違いないのかもしれないと。

 「あれ? 小指でしたっけー?」

 「親指! 親指だぞクルツ!」

 小指をぴんと立てて見せたクルツに慌てて訂正するシオン。
 異世界と言えども、そう言った仕草は同じなのかと蓮弥は安心する。

 「ちなみに、私は移る気はないからなレンヤ!」

 「正直に言って、邪魔だぞ?」

 「それでも、だ!」

 頑として引く気のないシオンを、説得することを早々に蓮弥は諦める。
 何か頭の片隅で、舌打ちのような音が聞こえた気がしたが、それも気のせいと切り捨てて、蓮弥はクルツへ指示を飛ばす。

 「ならクルツ! 他のメンバーを連れてエメドラの上へ! あっちに行ったらレパードとグリューンに蓮弥が先行するから後からついて来いと伝えてくれ」狼一号

 「了解です、伯爵さまー」

 両脇に獣人族の巫女を抱えたクルツの背中から二条の黒いもやが溢れ出す。
 見るからにまがまがしいそれの内の一本は、一瞬あっけにとられたローナの腰に絡みつき、ぐいとばかりにその体を持ち上げると、残りのもう一本がするすると伸びてエメドラの足に絡みつく。
 ものすごくいやそうな顔をするエメドラには構わず、クルツはニコニコしながら蓮弥に手を振ると、その黒いもやを操作して身を宙に躍らせて軽々とエメドラの背中に着地する。
 一拍遅れて、ローナがもやに絡みつかれたままこちらは着地と言うよりは落っこちるような形でエメドラの背中へと運ばれていった。

 「便利だなーあれ。練習したら俺も使えるようにならないかな?」

 「レンヤ。滅多なことは言わない方がいいと思うんだが……」

 もやの正体はシオンには分からなかったのだが、何かあまり良くないものであることくらいは直感的になんとなく察していた。
 できればそんなものに触れて欲しくないなと言う思いから出た言葉だったのだが、蓮弥にはあまり伝わらなかったらしい。

 「だめかな、あれ?」

 「いやまぁ。便利っぽいと言えば便利っぽいんだが、あんまり使いたいとは……」

 <くだらない会話はそのくらいでいい? 急いでいるのだから、行くわよっ!>

 <無理をするなよ? 確かに火力はルビドラが上だが、防御力は私に劣る。蓮弥、フォローしてやってくれ>

 竜が人に竜のフォローを頼む、と言うのは常識的に考えて異常だ。
 快く任せておけとも答えにくい蓮弥はあいまいな笑みを浮かべるにとどめ、ルビドラは牙をむき出してエメドラを威嚇する。

 <フォローなんて必要ないわ!>

 「だ、そうだが……ま、怪我しない程度に頑張るよ」

 <いやお前ら、先行するからといって交戦する必要は無いんだぞ? 危険だと思ったら戻ってきていいんだからな?>

 エメドラに言われた蓮弥とルビドラは一瞬、視線を交差させる。

 「先行って、先行殲滅任務だろ?」

 <戦闘中に突っ込んで、攻撃しないで帰るとか馬鹿なの? いっぺん死ぬ?>

 <分かった、死なない程度に好きにしろ>

 これ以上は言っても無駄だろうと諦めた感じがたっぷりとつまったエメドラの言葉に、気がつくことすらなく蓮弥はルビドラの背中に座りなおし、シオンが蓮弥の背中に張り付く。

 <振り落とされないように、しっかり掴まってなさい!>

 「おい、騎手の保護は……」

 竜がどれだけ加速をしても事故が起きないのは、騎手を振り落とさないように保護しているからだ。
 それなのにそんな警告をしてくるルビドラに、蓮弥が声を上げかけたが、次のルビドラの言葉がそれをさっくり遮った。

 <速度にまわすから甘くなるかもねっ!>

 「いいのかそんなの……でぇっ!?」

 背中を蹴り飛ばされたような衝撃に蓮弥の声が上ずる。
 慌ててしがみついてくるシオンを支えてやりながら、蓮弥はそれがルビドラの急激な加速によるものであることを悟って、軽くルビドラの首筋をたたく。三體牛鞭

 <何?>

 「ほんとに保護甘くしてるじゃないかお前っ!」

 <加速9割、保護1割!>

 「死ぬわ、阿呆が!」

 本当にそんな力配分だったのだとすれば、ルビドラの背中にいる蓮弥もシオンもただではすまなかっただろうから、おそらくはルビドラなりの冗談ではあったのだろうが、それに近いような力配分であることは間違いないようだった。
 そうでなければ竜の加速で騎手が衝撃を受けるわけがない。
 少なくとも蓮弥はエメドラの背中に乗った時にそんな衝撃を受けた覚えがなかった。

 <竜の翼は魔力で飛ぶのよ! 急ぐなら当然の処置でしょうが!>

 竜が保持している魔力の上限は決まっている。
 その振り分けで速度を上げたり防御力を高めたりするのだが、当然なんらかの要素に力を多く注ぎ込めば他の要素が弱くなるのは当たり前のことだ。
 納得できる理由ではあるかもしれないが、実際に乗っている蓮弥達からしてみればたまったものではない。

 「当然ってお前……」

 ぼやきながら蓮弥が肩越しに背後を振り返れば、衝撃に耐えるように目を閉じて背中にしがみつくシオンの、風にわずかにだがなぶられている髪の隙間から、酷く小さくなってしまったエメドラの姿が一瞬だけ見えた。
 搭乗人数が増えた為に、エメドラの速度はわずかながらに失速していることは間違いなかったのだがその姿はあっと言う間に芥子粒のようになり、すぐに視界からきえてしまう。

 「どんだけ速いのお前……」

 <竜族じゃ二番目だけどね>

 どこかでそんな言い回しがあったような気がする蓮弥であるが、それがなんであったのかはまったく思い出せない。

 <やっぱり一番速いのは風信竜の末裔ね。私は紅玉竜の末裔になるから、攻撃力なら竜族一よ>

 「はぁそうなんですか、としか言えないなそれは」

 <どうでもいいことだけどね。ほら、見えてきたわ>

 ルビドラに言われて進行方向へ視線をやろうとして、弱いながらも襲ってきた風圧に蓮弥は目を背ける。
 多少保護されていると言っても、結構な風圧が蓮弥とシオンの二人を襲っており、シオンの方は既に周囲を見ることを完全に諦めて、目を閉じたまま蓮弥に必死にしがみつくだけになっていた。

 「少し速度を緩めろ! もしくは保護を強めによこせ! これじゃ前も見れないぞ」

 <無茶言わないでくれる? 限られた魔力を運用してぎりぎりの所なんだからね! 根性でなんとかしなさい!>

 「まさか竜族に根性論をたたきつけられることになるとは思いもしなかったが……魔力が豊富にあれば保護にまわせるのか?」

 <当たり前のことを聞かないでくれる!?>

 馬鹿じゃないのと言わんばかりのルビドラの、首を叩いて蓮弥は叫んだ。

 「だったら魔力供給用のパスを俺に繋げ!」男宝

 <人族の魔力ごときで竜族が使用する魔力をどれだけ肩代わりできるってのよ!>

 「いいからさっさとしろ! さっさとしないと……お前の首を飛ばしてただの死体にしてから<操作>で操ったほうが実は安全なのかこれ?」

 死体は命を持たないので一応物品扱いになり、操作の魔術の適合範囲に入る。
 竜の体は元々、ある程度は飛ぶことを前提とした形になっているので、操作の魔術で勢いをつけてやればそれなりに安定して飛行する可能性があった。
 ふと、妙案を思いついたとばかりに呟いた蓮弥達の下で、ルビドラが飛行速度を落とさぬままに器用にびくりと体を震わせた。
 その視線が色濃く恐怖を纏わり着かせて、おそるおそると言った感じで蓮弥を振り返る。

 「別にそうしてやるといってるわけじゃない。そうされたくないなら、俺へのパスを繋いでくれ」

 <わ、わかったわ>

 表面上は仕方なくしぶしぶといった感じで。
 実際は首を飛ばされてたまるものかと、いそいそとルビドラは蓮弥へのパスを繋ぐ。
 それは通常、蓮弥がフラウに対して開いている魔力供給用のパスに似た感じのものであった。
 現在、蓮弥の魔力はフラウへは距離的な問題から供給されていない。
 ひたすら溜まる一方の魔力を、蓮弥はこれ幸いとばかりにルビドラから繋がれたパスへと流し込み始める。

 <ちょっとちょっと、何よこれ!?>

 「質問は全て終わってからだ。余裕が出来たなら保護を厚くしてくれ!」

 蓮弥の求めに応じて、目を開けていられないほどの風圧がぴたりと止んだ。
 ごうごうと耳元でなっていた風の音も無くなる。
 あまりに急激な変化に、思考の空白が発生しかけた蓮弥であるが見えるようになった進行方向の先の光景に慌てて手放しかけた意識を引き戻す。
 そこは少しひらけた平原と、岩山の境目に立てられた城塞都市であった。
 高い壁で囲まれた都市の上空には、かなりの数の飛行する竜らしき影が見て取れ、都市自体からは幾筋もの煙が上がっている。
 防壁には遠すぎて何なのかまでは蓮弥にも分からなかったが、小さな無数の影が取り付き張り付いて上り、一部は上りきってしまっているようにも見えた。
 そして、都市の周囲はしっかり真っ黒な影で包囲されてしまっている。

 「攻撃されてるな……」

 「しかも結構劣勢っぽいね……」

 <数で負け、制空権も取られてるっぽいわね>

 都市が近づいたせいなのか、少し制動をかけながら、ルビドラは素早く周囲の状況を見回す。
 地上戦はほぼ、龍人族側の圧倒的劣勢と言う状態に陥っているようだった。
 地上の戦力の数の差が圧倒的なのに加えて、空においても邪竜が完全に制空権を支配してしまっているせいだ。
 制空権を取られた理由は、すぐにルビドラの目に飛び込んできた。

 <守備につけておいた同胞が……やられてる>

 年齢的にまだ若いとは言っても、それなりに血気盛んで実力のある竜をおいていたはずだった。
 しかし、それらの竜は無残に引き裂かれ、焼かれて都市の一角や、平原の上に無残な屍を晒してしまっている。
 やや遅れて、蓮弥もそれに気がついたがふと思いついたことは口にしないでおく。
 あまりにその場においては思慮が無さ過ぎる言葉に思ったのだ。
 その代わりのようにシオンが蓮弥の背中に張り付いたまま、耳元でささやく。VVK

2014年11月18日星期二

談笑

五月二週の闇の日。晴れ。

 時刻は真昼間という頃合いだろう。
 パスクムの港町は来航する船によって喧騒に包まれており、人で賑わっていた。
 ついさっきまで森の中で死闘を繰り広げていたのが嘘のように平和に満ちた光景である。levitra

 町の入口付近でギルドへ報告に戻った二人の冒険者が心配そうな顔で待っており、俺達に同行する女性の姿を見ると破顔して走り寄ってきた。
 感動の再会ってやつだ。
 が、抱きしめ合うのかと思いきや、身体が密着する寸前でリバーブローが放たれる。

「あんた達、よくも私を置いてってくれたわねっ。覚悟はできてんの?」
「ん、んなこと言っても、知らねえうちにお前いなくなってんだ――モベラァッ!」
「俺らだって必死だったんだ――ゼップリャッ!」

 ……照れ隠し? だろうコミュニケーションを温かい目で見守りながら、俺達はパスクムへと入る。
 別れの挨拶を述べると、三人とも深く頭を下げていた。……なんだかんだで仲が良いのだろう。 


 さて、先程ア―ノルドさんには予定通り剣術スキルを返還したが、怪我は依然として治りきっていない。
 宿の一室を借りて横になってもらい、治癒術師を手配することになった。
 俺は世話になったことがないが、魔法で傷を癒すことを商売としている者がいるらしい。どのような魔法スキルを所持しているのか興味が尽きないところだ。
 ニギニギと掌が反射的に動く。

「それでは僕はギルドに報告へ行くことにします。よければセイジさんにはご一緒してほしいのですが」
「ぇ、あ、はい」

 リムはといえば既に目を覚まし、身体も無事に動くようで何よりだが、アーノルドさんの傍に付いていたいそうだ。
 結局、ギルドに行くのは俺とベイスさんの二人となったのだった。



 ――冒険者ギルドに入ると、港町を包む喧騒とはまた異なる雰囲気が漂っていた。
 ザワザワ、といった表現がふさわしいかもしれない。


 そんな中、ベイスさんは受付に進んで男性職員に声を掛ける。

「失礼、僕はメルベイルのギルド職員のベイスといいます。ブラッドオーガがパスクム街道付近に出没したという情報は伝わっていますか?」
「はい。パスクム警備隊にも連絡を取り、ランクB以上の冒険者に緊急依頼を出そうとしています。何か新たな情報でもありますでしょうか?」

 どうやら、ブラッドオーガがパスクム街道近くに出没するというのはかなり異例の事態だったようだ。大森林を抜けたずっと先にあるカラム荒野に生息するとされるブラッドオーガであるが、稀に番いで住処を移動することがあるらしい。

 迷惑極まりない新居への引っ越しは控えてほしいものだが、新天地にやって来ていきなり死ぬことになるとは……南無。

 ……とりあえず、ベイスさんと職員が話す内容を聞いて俺が理解を深めたのはそんなところだ。


「――それでは、本当にブラッドオーガは討伐されたのですね」
「ええ、セイジさん……オーガの角を出してもらえますか?」

 ああ、それで俺を一緒に連れてきたのか。Motivator
 この角は素材としても、討伐証明部位としても使えるんだろう。
 革袋に入れていた大きな角を二本、カウンターの上に取り置いた。

「一本は変色しているようですが……これは確かにブラッドオーガの角ですね。失礼かと思いますが……」

 やや言葉を濁すようにこちらを窺う男性職員さんに、ベイスさんが笑顔で応える。

「それらは間違いなく、報告にあったブラッドオーガの角です。ギルド職員として責任を持って保証しますよ」
「分かりました。それでは、報酬をお支払い致します」

 例によって、依頼を受けて倒したわけではないために報酬などは貰えないと思っていた。
 しかも、本来はまだ受けることの出来ない高ランク依頼だ。
 まあ、依頼を受託する際のランク制限ってのは、そもそもギルド側が確かな力量を持った冒険者に受託してほしいという意向から設定されたものなので、実際に倒しちゃった後なら問題はないのかもしれない。

 ギルドカードを提示して確認を受ける。

「ランク……E+……!?」

 ……問題あったようだ。

「み、皆で力を合わせて倒したんですよ?」
「そう……いうこともあり得ますね、確かに」

 やや訝しむような顔をされたが、きちんと討伐したことを証明できている冒険者にこれ以上の詮索はしないようである。
 俺の見た目がアーノルドさんみたいな感じだったら、対応も違ったんだろうかね。

 依頼者はパスクム警備隊。
 報酬はブラッドオーガ一匹につき金貨一枚――合計で20000ダラだ。
 かなりの高額である。

 ベイスさんはいらないそうなので、後で獣人親子と半分ずつ分けることにしよう。

「ブラッドオーガの角はギルドで買取も行っています。よろしければそちらの素材買取カウンターにお持ちください」

 これにて、俺の役目は終了である。
 素材買取カウンターに向かう俺の後ろで、まだベイスさんと職員は何かを相談していた。

 どうやら、番いの二匹以外にブラッドオーガがいる可能性は極めて低いだの、それでも街道付近の森を一度探索して安全を確保する必要があるだの、警備隊と協力してパスクム街道を通る人に注意喚起するだの……色々と大変そうだ。


「すいません。この角っていくらで買い取ってもらえますか?」
「先程報告されていたブラッドオーガの角ですね。状態も……問題ないようなので、一つ15000ダラで買取させていただきます。あら……でもこちらの角は色合いが……」

 しばし黒い角の方を調べていた職員のお姉さんは、俺の方を見やる。

「こちらの黒い角は……通常のブラッドオーガの物と比べて硬度が高いようです。20000ダラでいかがでしょう」

 うーむ。高額ではあるけど、あんだけ苦労したのに5000ダラしか値段に差がないとは。SPANISCHE FLIEGE

「……あの、ブラッドオーガの角ってどんな用途があるんです?」
「こちらは主に鍛冶を営む方がご購入されますね。なんでも、熱することで金属に似た性質が得られるとかで、武器や防具にも利用されるようです」

 なるほど……ね。
 なら黒角はここで売らずに取っておこう。
 メルベイルに帰ったら、試しに持って行きたい場所がある。
 とりあえず今は通常の赤い角だけを売却することにしておくか。



 その後、俺とベイスさんは商館へと足を向けた。
 バトさんに事の顛末を伝えるためである。

 商館で顔を合わせたバトさんは、やはり俺達の行動を咎める気はないようだった。
 将来有望な冒険者と今後とも仲良くしておくことの方が、余程有益だと笑っていたぐらいだ。
 俺は一言だけ謝罪の言葉を述べ、今後の予定を話し合うことにする。

 ベイスさん曰く、念のために今日一杯をかけて街道付近の森が探索されるらしく、出発は明日にすべきだろうとのことだ。
 バトさんもそれに同意してくれた。


 ――宿に戻り、アーノルドさんの容体を確認するために部屋の扉を開ける。
 ちょうど治癒術師による治療がなされている最中だったらしく、俺は壁際にもたれかかって邪魔しないように心掛けた。

 脚の怪我は既に治療済みなようで、今は折れた右腕を治療中である。
 治癒術師の掌が柔らかな光に包まれ、折れた箇所を照らしている。
 ふむふむ……《光魔法Lv2》か。魔法についてはまだほとんど知識はないけども、こんなことも出来るんだな。

 今後の予定としては……剣術Lvが2に戻ったので、これをLv3まで上げておきたい。そうすればある程度の厄介事からは身を守れることだろう。
 そして、今の身体能力だとLv3が丁度良いぐらいだ。
 Lv4以上の技術を満足に使いこなすには、やはり身体能力強化のスキルも並行して上げる必要があると思われる。
 どこかにバルみたいな魔物(※バルは人間)が生息していないだろうか。
 これもメルベイルに戻ったら探してみたい。

 そして、何といっても、ここは剣と魔法の世界――イーリスなのだ。
 剣ばかりというのも、面白くない。
 今、まさに、目の前で行使されているような魔法も扱って世界を掌握……んんっ、ゆるりと世界を旅したいもんだよね。
 魔法についても、今後スキルを習得(強奪)していきたい。

 俺がそんなことをつらつらと考えていると、どうやら治療も終わったようだ。
 折れていたはずの腕を問題なさそうに動かすアーノルドさん。

 魔法どんだけ~

 と心の中で叫んだが、生命力強化のスキルで自動回復する俺に言われたくはないだろうな。

 リムが治癒術師に礼を言って財布から少なくない支払いを済ませた。
 財布の中身が寂しい状態になってしまったのか、やや不安そうな表情を浮かべる。

 俺はそのタイミングを逃さず、財布袋から金貨を一枚取り出して握り拳を縦にした状態の親指の上にセットした。SPANISCHE FLIEGE D9

「リム。ブラッドオーガを倒した報酬が出たから半分渡しておく」

 それだけ言って、親指で弾く。
 一度……こんな渡し方をしてみたかった。それだけだったんだ。

 弾いた金貨は見当外れの方角へ飛んで行き、虚しい音が床に木霊した。


 今、俺の顔はブラッドオーガと対峙した時以上に赤く染まっているんじゃないだろうか。
 無言で転がっている金貨を拾い上げ、リムへと手渡す。

「あの、ありがとう。父さんと……あたしも助けてくれて」

 ……ん? 狂化していた時の記憶ってあるんだろうか?

「ブラッドオーガに向かってった時のこと、覚えてるのか?」
「うん、ボンヤリだけど」
「そっか。俺、リムに殴られそうになったもんな~、あれは怖かったわ~」

 リムの白い肌が上気して赤く染まる。耳はしおれるようにペタンと横になり、尻尾は床に擦れそうなほど高度を下げていく。
 ……ちょっと悪フザケが過ぎただろうか。

「あの時は……なんでか頭が真っ白になって……それで……」

 ああ、自分で狂化のことを自覚してるわけじゃないんだよな。
 俺は、しおれたリムの猫耳を撫でるように手をポスンと頭にのせて、ワシワシと動かす。

「まあ、いいんじゃないか。リムがあそこで時間を稼いでくれたからこそ準備が……俺の心の準備が整ったんだからな。皆無事だったんだから、万事OKということで」

 瞳に輝きを取り戻したリムが、嬉しそうな顔をこちらに向けた。
 綺麗な黄金色の瞳がおさまっている目は、最初に出会った頃に比べて随分と柔らかな暖かみを宿しているように思える。

 俺は、この少女に対して何か手助けすることが出来ただろうか。
 できることなら、少女が辛い過去を背負う前の笑顔を見てみたいと思ったのかもしれない。

 だからこそ、こんな言葉が漏れたのか……いや、他愛もない仮定の話だけどさ。

「俺がアーノルドさんみたいに危険な状態になったら、リムは同じように暴れてくれたかな?」
「えと……それってどういう意味なの?」
「さて、どういう意味でしょう」

 まだ、無理だろうな。

「さてっ、話はここで終わりっと。出発は明日の朝に決定したので、それまではゆっくりと各自過ごすようにとの、バト司令官のお達しです」

 冗談っぽく皆に連絡事項を伝え、港町を見学でもするかと扉に向き直ろうとした。
 すると、リムは自分の頭の上に置かれていた俺の手を掴み取り、ジッと見つめる。
 その後、何か真剣な目つきで俺に視線を送ってきた。

 ゃ、え? なんか照れるんですが。

「セイジって……なんだか……」


「お母さんみたい」


「――いや、お母さんじゃねーし」

 静かにその場を見守っていたアーノルドさんは、そこで大きく笑い声を上げたのだった。SPANISCHE FLIEGE D6

2014年11月16日星期日

説得

 王国軍が到着した翌日、おれたちはギルドホールで軍曹どのと話をしていた。ホールには沢山の冒険者達も集まってきている。美人豹

「おれたちはお役御免ですか?」

 すでに大量の国軍兵士が城壁を固めており、冒険者達は全員引き上げて休息している。おれもいい加減うちに帰りたい。

「まだだ。志願者のみだが反攻作戦に参加する。明日第一を取り戻し、さらに敵を追撃、殲滅するのだ」

 おお、敵が沢山倒せるかも!

「マサル、貴様には城壁の修復作業の手伝いをやって欲しい。危険な前線に出るよりはいいだろう?」

 そうきたか……

「しかしですね。おれの攻撃魔法の腕はご存知でしょう?攻撃に参加したほうが役に立つと思うのですが」

 治療院の方はすでに問題がない。王国軍は自前の治癒術士をたくさん帯同している。

「それがだな、砦の司令官のほうから貴様を名指ししてきたのだ。ギルドとしてこれは断りづらい。戦いたい気持ちはわかるが、ここは涙をのんでもらいたい」

 第二を修復したのがいけなかったのか。しかしあれを放置しておくと第二がもたなかった可能性が高い。目撃者も多くて口止めするってわけにはいかなかったしなあ。

「マサルの分までモンスターを倒してきてあげるから。マサルは後方でゆっくりしてなさいな。ね、サティ」

「マサル様が残るなら私も……」

「いや、サティはエリザベスについていてくれ。軍曹どのも一緒なんですよね?」

「もちろんきっちり面倒をみよう」

 サティには少しでも経験値を稼いで来てもらったほうがいいし、エリザベスも心配だ。今回は暁の戦斧自体は不参加だそうだし。



 ここのギルドの責任者から説明が始まった。ほとんどは軍曹どのから聞いた話ばかりだった。多くの冒険者達は反攻作戦に加わるらしい。おれももうちょっと経験値を稼いでおきたかったんだけどなあ。

 とにかく今日は一日休みだ。修復作業も明日以降、第一を取り戻して安全を確保してからになる。

「今日はどうしようか?」

「ナーニアと話をするわ。マサルとサティもついてきてちょうだい。それとアンジェラも呼んできましょうか」

 これはあれかな?ナーニアさんにお嬢さんをぼくに下さいってやる場面なのかな?それともオルバさんがエリザベスにナーニアさんをぼくにくださいってやるんだろうか。

 神殿はそこそこの人で賑わっていた。余裕ができたので放置していた軽傷の人の治療も始めているのだ。アンジェラも司祭様とともに治療にあたっていた。

「アンジェラちょっと抜けられない?エリザベスが話があるって」

「昨日も話したでしょう?ナーニアに話をしに行くのよ」

「司祭様……」

「いいですよ、いってらっしゃい。もう魔力はそんなに残ってないでしょう?」

「ありがとうございます、司祭様」


「それで話は進んでるの?」

 歩きながら話をする。

「……まったくなのよ」

「えー。でもオルバさんのことは好きなんだろ?それとも足のことが……」

「むしろ足のことはプラスね。そのことがなかったら考慮すらしなかった可能性があるわ」絶對高潮

「そんなにか……」

「そうなのよ。ナーニアの父親の最後の言葉なの。絶対に私を守り通せって」

 死んだ父親の遺言か。ナーニアさん律儀そうだしな。

「どうにかできるの?」

「するのよ。マサルが」

 おれか!?おれが説得するのかよ。

「私の旦那になるんだから、これからはマサルがナーニアの代わりになるのよ。ナーニアはもういらないの。お役御免なの。さっさとオルバと田舎にでも引っ込めばいいのよ」

「エリザベスはそれでいいの?」

 エリザベスが立ち止まってこちらを睨みつけた。

「いいわけないじゃない!小さい頃からずっと一緒だったのよ!いなくなるって思っただけで泣きそうになるわよ!」

 言ってるうちにエリザベスがぽろぽろと涙を流し始めた。しまった。失言だった。

「エリザベス……」

「でも私とずっと一緒にいたらナーニアの幸せはどうなるの?もうナーニアには恩を返しきれないほど尽くしてもらったわ……」

「やろうよ、マサル!私達に任せときなさい。しっかり説得してあげるから」

「そうだな。ナーニアさんには幸せになってもらわないとな」

 足をなくしたことを考慮してもなお、オルバさんは優良物件だ。お金は大きめの農場を買い、仕事をさせる奴隷を買っても余裕があるくらい溜め込んでるし、今でもオーク数匹を余裕でブチ殺すくらいの戦闘力はある。きっとナーニアさんを幸せにできるだろう。それになにより、危険な冒険者稼業を続けるよりはずっといい。

「そう……そうよ。ナーニアはオルバと結婚して……田舎で……子供でも産んで……うっうっ……ナーニア、ナーニアァ……」

 ぐすんぐすんと泣くエリザベスをアンジェラが抱きしめた。

「大丈夫よ。これからは私達がいつも一緒なんだから」

「そ、そうだよ。町に戻ってみんなであの家で暮らせばさみしくなんかないさ。な、サティ」

「はい。私がエリザベス様をお世話します!」

「あ、ありがとう……みんな」

 アンジェラに慰められようやくエリザベスが落ち着いてきた。さすがはアンジェラの抱擁力だ。おれだけじゃオロオロしていただけだろう。

「ちょっと取り乱したわ。少し休憩してから行きましょう」

「そうだね。目が真っ赤だよ。そんなの見せたらナーニアさんも安心できないよ」

「マサルがあんなこと言うからじゃない……」

「う……悪かった」

 たった一言でマジ泣きするとは思わないじゃないか。ちょっと不用意だったかもしれないけど。



「さあ行くわよ!聞き分けのないナーニアを今度こそ説得するのよ!」

 ようやく復活したエリザベスは意気揚々と先頭を歩く。うん、いつも通りのエリザベスだ。

 宿舎に着き、部屋をノックする。

「ナーニアいる?私よ」

 すぐに扉が開いて中に通される。Xing霸 性霸2000

「エリー、別にノックなんかいらないのに。ここは2人の部屋なんだし」

「そういうわけにも……オルバは?」

「隣です。それでみなさんお揃いでどうしたんです?ええっと、そちらの方がアンジェラさん?」

「そうです。よろしくお願いしますね、ナーニアさん」

「はい。私のことはナーニアとお呼びください」

「では私のことはアンジェラかアンと」

 女性同士の挨拶が済み、改めてテーブルを囲む。椅子は4個だったのでサティはおれの後ろに立った。

「ナーニアに話があります」

「あの話なら……」

「今日は違う話よ」

「なんでしょう?」

 マサル、あなたが言いなさいよ、と小声で催促される。仕方ない。ここは一つ、男らしいところを見せるか。

「ええと。この度、わたくし山野マサルはエリザベスと結婚することになりましたのをナーニアさんにご報告をと思った次第であります」

「ええっ。でも……マサル殿とは前から仲はよかったけど……エリーはその。ほんとなの?」

「本当よ。町に戻ったら結婚式をするの。パーティーも暁は抜けてマサルのに入るわ」

「じゃあ私もマサル殿のパーティーに……」

「だめよ。マサルとの生活にナーニアはいらないの。邪魔なのよ。オルバと一緒に田舎に行くといいわ」

「でも!」

「でももだってもないの。私はマサルと幸せになるんだから。身の回りの世話もサティがやってくれるわ。もうナーニアは必要ないのよ」

「エリー……ですが私は父に誓ったのです。生涯エリーを守ると」

「その役目はマサルが引き継ぐわ。ナーニアはオルバと仲良くやってなさい」

「だめです。マサル殿では無理です!」

 そこを断言するのか。ナーニアさん結構ひどいな。

「こう見えてもマサルは強いのよ」

「私よりも?」

「もちろんよ!」

 なんか雲行きが怪しくなってきてないか。ナーニアさんがおれをじっと見る。いや睨んでる……

「ではマサル殿。私と勝負しましょう。私が勝てばマサル殿のパーティーに入れてもらいます」

「いいわよ。でもナーニアが負けたらオルバと一緒に田舎で農場をやるのよ」

「それでいいです」

 いや、よくないですよ!全然よくないですよ!説得するだけだったはずなのに、なんでガチで決闘することになってるのよ!

「木剣でいいですかね……」

「真剣以外では認めません。もちろん魔法でもなんでも使っていいですよ」

「おい、ナーニアさんってどれくらい強いんだ?」と、小声でエリザベスに聞く。

「オルバよりは弱いわよ」

「それじゃわからないよ」

「オルバからたまに1本取るくらい?」

「おい、それってかなり強くないか?」WENICKMANペニス増大

「そりゃナーニアは強いわよ」

「負けたらどうするんだよ」

「勝ちなさい。私と結婚したくないの?」

「そりゃしたいけど」

「なら勝てばいいのよ。もし負けたらまた違う作戦を考えましょう」

 負けたらサティを出してみるか。サティならきっとどうにかしてくれるはず。よし、その線でいってみよう。守るのはおれでなくてもいいはずだ。サティも同じパーティーメンバーなんだから。まあそれはさすがに情けなくて言い出せないから負けた時の奥の手にするが。

「よし、やるだけやってみる」

 顔を上げてナーニアさんを見る。

「相談は終わりましたか?」

「ええ。やりましょう」

「ギルドの裏に訓練場があります。そこへ行きましょう」

「少し準備が必要です。1時間後でお願いします」

「わかりました」



 まずはオルバさんを味方につける。すぐに隣の部屋に行き、状況を説明する。

「わかった。ナーニアの癖とかを教えよう」

「義足はどんな具合なの?」

「多少は歩けるな。まあ剣を教えるくらい問題はない」

 オルバさんは杖も持っているが、杖なしで器用に部屋を歩いてみせた。

「時間がない。歩きながら説明しよう。ナーニアの剣は――」

 ナーニアさんは騎士の剣を使うらしい。つまり盾とプレートメイルでがちがちに防御を固め、正統派の剣を振るう。ただし、ナーニアさんの鎧はハーフプレートで軽めにしてあり、速度もある。盾もさほどのサイズではない。暁に入ってルヴェンさんという強力な盾役がいたので攻撃力を上げる方向に変化したという。

「盾の使い方は上手い。おれが仕込んだからな」と、ルヴェンさん。

 何してくれるんですか。

「エアハンマーは……?」

「避ける」

「私が一緒に避けれるようになるまで練習したのよ!」

 エリザベスもか!自慢げに言うことはなかろう。いまの状況わかってるのか?

「盾はどんなの使ってますか?サンダーとか通りますかね?」

「盾は雷撃を通さないようにしてある。エリザベスが多用するから防御のためにな」

 あかん。切り札にしようと思ってた雷の属性剣が……雷神剣で盾をぶっ叩けばそれで終わりだと思ったのに。

 戦闘中に使えるのはおそらくレベル2まで。3を詠唱はさすがに許してくれないだろう。何か。何かないだろうか。やはり雷神剣に頼るか?盾以外の部分に当てられれば麻痺させられる。剣を1本潰して練習した結果。雷の属性剣はレベル2相当の詠唱時間なのはわかってる。procomil spray

2014年11月13日星期四

入寮と側近

 転移するための魔法陣に魔力が満ち、黒と金の光を放った。同時に、ブローチにはめ込まれている魔石が光る。目の前の空間がゆらりと揺らめき、一瞬立ちくらみがするような感覚に襲われた。精力剤
 くらりと頭が揺れたのに気付いたように、リヒャルダが少し手を伸ばして、わたしを自分に寄りかからせる。支えができて、安堵の息を吐いた次の瞬間、目の前に立っている皆の姿がぐにゃりと歪んだ。

 わたしは視界が歪んだことに驚いて、何度か瞬きして目を擦る。ほんの数秒後、目の前の景色がハッキリと見えた時には、目の前にいたはずのお見送りをしてくれた面々はいなかった。

「貴族院エーレンフェスト寮へようこそおいでくださいました、ローゼマイン様」

 正面には大きく開け放たれた扉があり、魔法陣の動きを監視するための騎士が二人いた。足元にある転移陣は同じものだし、出発前の部屋とよく似ている。二人の騎士が座るための椅子や細々とした魔術具のような物もあり、見送る者がいなくなっていることで、もう別の場所だとわかる。

「姫様、お気分が悪くないのでしたら、部屋を出ましょう」

 軽く背を押され、リヒャルダに転移の部屋から出るように促された。この後、下働きの者が荷物をわたしの部屋まで運ばなければ、ヴィルフリートが転移できないのだそうだ。

 わたしがリヒャルダと共に転移陣の部屋から出ると、城にもあったように待合室があった。転移する時は次の者の荷物が詰まれ、順番を待つための部屋だ。そこにアンゲリカとコルネリウス兄様が出迎えに来てくれていた。

「ローゼマイン様、お待ちしておりました」

 コルネリウス兄様とアンゲリカの二人を伴って待合室を出ると、そこは城によく似た廊下と扉があった。本当に貴族院に転移したのかと疑ってしまうくらいによく似ている。

「ここは本当に貴族院ですか? 城と変わらないような気がいたします」
「貴族院の寮は領主が創造の魔術で作ったものですから、どの領地の寮も、基本的には城と趣が似るのですよ」

 リヒャルダは領地ごとに特色があり、華美な建物、質実剛健な建物、丸みがあって優美な建物、一切の無駄をそぎ落としたような四角の建物……色々あると教えてくれた。
 コルネリウス兄様もそれに頷いた。

「各領地の寮はそれぞれに特色があって、見るだけでも楽しいです。他領の者は中に入れませんから、外観を眺めるだけですが」

 授与式で領主から与えられるブローチは選別の魔術具だそうで、領民か否かを分けるのだそうだ。領主特有の魔法でメダルで登録されている領民とそれ以外を区別することができるらしい。そのため、ブローチだけを奪ったところで、他領の寮には入れないそうだ。

「では、二人とも姫様をお任せいたしますよ」
「お任せください」

 階段の手前でリヒャルダはコルネリウス兄様とアンゲリカに後を任せると、さっさと階段を上がって行ってしまう。

「ローゼマイン様はこちらへどうぞ。お茶の準備ができております」
「アンゲリカ、コルネリウス、どちらに向かうのですか?」
「新入生を歓待する場です」

 城から寮へと転移してきた者は皆、側仕えが部屋を整えている間、自分の部屋に入ることもできないので、準備が整うまでホールで待つことになるそうだ。すでに部屋を整え終わっている上級生が下級生を歓待してくれると言う。

「ローゼマイン様が到着いたしました」

 側仕え見習いの上級生がお茶を入れてくれ、お菓子を出してくれて、持て成している。周りを見回せば、わたしと同期の新入生が緊張した様子でお茶を手に取っているのが見えた。

「ローゼマイン様、こちらへどうぞ。……その衣装、とても素敵ですわ。貴族院での流行を取り入れた上で、ご自身が考案された花の飾りも使っているのですね」
「ブリュンヒルデの情報を元に作ったのです。わたくしは貴族院の流行には詳しくありませんから、助かりました」

 わたしがお披露目をした7歳の時の子供部屋に9歳で一緒にいたブリュンヒルデは今年12歳、三年生のはずだ。真紅のストレートの髪がサラリと流れる。飴色の瞳が嬉しそうに細められ、わたしを見た。

「お役に立てて何よりです。わたくしはローゼマイン様が考案された衣装や髪飾りを中央で広げたいのです。わたくし、在学中に一度で良いので、エーレンフェストから流行を発信したいと存じます」

 オシャレや流行に敏感なブリュンヒルデは、国の基準において、エーレンフェストが片田舎で見るべきところがない領地だと思われているのが、エーレンフェストの上級貴族として屈辱だと言う。

「ローゼマイン様が数年の間に発信した流行は、きっと中央でも受け入れられますもの。わたくしは以前に一度、流行を発信したいと領主夫妻にお願いしたのですけれど、ローゼマイン様が貴族院へと赴くまでは勝手に広げてはならないと禁止されました。ですから、ローゼマイン様がいらっしゃるのを今か、今か、と待ち望んでいたのです。今年の貴族院が楽しみでなりませんわ」媚薬

 お菓子や花の飾りでエーレンフェスト内に新しい流行を発信しようと考えていた時のお母様によく似た、野望に燃えた飴色の瞳でブリュンヒルデが笑う。
 わたし自身は思い付きだったり、自分が欲しいから作ったりした物ばかりなので、流行の発信にそこまで熱意がない。熱い思いを訴えるブリュンヒルデの勢いに気圧されながら、話を聞いていた。

「ブリュンヒルデ、そのように自分のことばかりを主張してはなりませんよ。ローゼマイン様が寛げないでしょう?」

 ブリュンヒルデの後ろからエメラルドグリーンの髪を二つに分け、丁寧に編み込み、できた三つ編みを後ろで更にまとめた少女が静かに進み出てきた。ブリュンヒルデより少し小さく見えるけれど、会話を交わした覚えがないので、わたしがお披露目をした時にはすでに貴族院に入っていた者だと思う。

「リーゼレータ。……申し訳ございませんでした、ローゼマイン様。わたくし、あまりの嬉しさに我を失っていたようですわ」
「いいえ、エーレンフェストの影響力を強めたいというブリュンヒルデの意気込みはよく伝わってまいりました。上級貴族として大事な資質だと思います」

 ホッとしたようにブリュンヒルデが下がると、代わりにリーゼレータと呼ばれた少女が「お騒がせいたしました、ローゼマイン様。ごゆっくりとお寛ぎくださいませ」と控えめな笑みを浮かべた後、また静かに去っていく。
 リーゼレータの髪は動くのに邪魔にならないようにきっちりと整えられていて、濃い緑の瞳が理知的な光を宿していた。色合いは違うけれど、リーゼレータの顔立ちはアンゲリカに似ているように思える。姉妹か、従妹か、血族ではないだろうか。

「リーゼレータはアンゲリカとよく似た顔立ちをしていますね」
「はい、わたくしの妹です」

 リーゼレータはお菓子を摘まんで汚れた手を拭うための布を準備したり、近くに座る新入生にお茶のお替りを注いだりと目端が利くようで、くるくると動いている。無駄口を叩くことはなく、笑顔を忘れず、控えめな仕事ぶりからも、両親の教育が良く行き届いていることがよくわかった。

 ……優秀な側仕えの血筋は、こっちに凝縮されてるのかな?

 アンゲリカとリーゼレータは顔立ちが似ているけれど、言動が全く違う。

「わたくしと違って、リーゼレータは優秀で両親の誉れなのです」
「あら? アンゲリカは側仕えに適性がなかっただけで、騎士としては優秀でしょう?」
「その通りですわ、ローゼマイン様」

 突然入ってきたアンゲリカの擁護にわたしが目を瞬いていると、アンゲリカが少し困ったように「ユーディット」と少女の名を呼んだ。
 ユーディットは冬の子供部屋で三年前に見たことがある。確か、わたしの一つ上だっただろうか。ふわふわとした明るいオレンジの髪をアンゲリカと同じようにポニーテールにしていて、菫(すみれ)色の目がキラキラに輝いていた。

「アンゲリカは中級騎士でありながら、身体強化の魔術を使いこなし、ボニファティウス様に認められて弟子入りできるのですもの。とても素晴らしいですわ。それに、主であるローゼマイン様に認められ、魔力を与えられた魔剣シュティンルークは意思を持ち、語ることもできる他にはない特別な魔剣でしょう? わたくしも魔剣を育てようか、と考えているのですけれど、魔力が足りなくて、身体強化もできないのです」

 アンゲリカのすごさを一生懸命に訴えるユーディットの言葉を、わたしは目を細めて聞いていた。自分の護衛騎士が褒められるのは、やはり嬉しいものだ。

「身体強化ができるようになったアンゲリカはとてもすごいのですね? わたくしが眠っていた二年間に成長した、とボニファティウス様に伺いましたけれど」
「そうなのです! ボニファティウス様に認められるほどなのです。わたくしもそのくらい強くなりたいですわ。アンゲリカはわたくしの目標なのです」

 ……ユーディットはどうやらアンゲリカ信奉者らしい。

「ユーディット、もう止めてください」
「そうですね。騒がしくしてはローゼマイン様が寛げませんもの。主に対する細やかな気遣いまでされるなんて、わたくしも見習わなくてはなりませんわ。ローゼマイン様、失礼いたしました」

 ユーディットがアンゲリカの言葉を勝手に良いように受け取って、解釈しているのがわかった。
 わたしがちらりとアンゲリカを見上げると、アンゲリカは困ったようにユーディットから視線を逸らしていて、コルネリウス兄様は笑いを堪えるようにしている。ユーディットに追いかけられて、普段褒められることがないアンゲリカが照れて対応に困っていた。

「ユーディットはアンゲリカを慕う良い子ですね」
「……いいえ。良い子ではなく、変わった子です、ローゼマイン様」

 アンゲリカの訂正に、くすくすと笑いながら、わたしは部屋の中に視線を巡らせた。部屋の中は暖かなカーペットが敷かれたり、壁にはタペストリーが掛けられたりしているが、どれにもマントと同じ色が使われている。性欲剤

「装飾にも領地の色を使うのですね」

 そう言いながら目に付いたのは、隔離されるような位置に座っている者達の姿だった。皆が俯き加減なせいで、暗い雰囲気が漂っていて、時折こちらを見る視線には交じりたくても交じれないような悔しさが浮かんでいる。
 その中に、一生懸命にお話を集めてくれていたローデリヒの姿があり、わたしは少し目を細めた。

「コルネリウス、あの子達は何故あのように遠い位置にいるのですか?」
「あちらに固まっているのは旧ヴェローニカ派の親を持つ子供達です。あの中には二年前の狩猟大会でヴィルフリート様を罪に陥れた者もいます。ヴィルフリート様やローゼマイン様に危険が及ばぬように、こうして距離を取っているのです」

 元々最大派閥だったヴェローニカ派の人数は多かった。二年たった今でも完全に崩壊はしていないようで、貴族院の学生でも四分の一くらいは警戒対象なのだそうだ。同じ寮で生活する65名の中の15人があのような状態では、皆で協力してエーレンフェスト全体の成績を向上させるのは難しいと思う。

「彼等をこちらの味方につけられるように、何とかできないかしら?」
「派閥というのはこういうものです。ヴェローニカ様に疎まれていたフェルディナンド様は領主の子でありながら、あのような立場に置かされていた、とエックハルト兄上から伺いました。兄上が入るまでは、先代の領主様から直々に命じられた者しか側近がいなかったそうです」
「……そうですか」

 神官長もあんな視線で最大派閥を見ていたのか、と考えたけれど、その構図がどうにも想像できなかった。

 ……城では苦労したみたいだけど、エックハルト兄様の話を聞く限りでは、貴族院では生き生きしていたみたいだし。

 構われないのをいいことに、嬉々としてマッドサイエンティストへの道を着々と歩んでいく姿しか思い浮かばない。あらゆる口実や言い訳を駆使して、自由にできる環境を死守し、貴族院に居座ったに違いないと思ってしまう。

 ……今回みたいに「自分のために」周囲を動かしたに決まってるよ。



「ヴィルフリート様が到着されました」
「すまない、待たせたな」

 ヴィルフリートが出迎えに行っていたらしい自分の護衛騎士見習いや文官見習いと共に入ってくる。お茶やお菓子を準備するのも側近のようで、数人が細々と動く中、ヴィルフリートはわたしの隣に準備されている椅子へと座った。

「ここが貴族院の寮か。城の雰囲気とよく似ているな」

 ヴィルフリートの独り言のような言葉に「えぇ、そうですわ」と突然背後から答えが返ってきた。
 振り返ると、真面目そうな細身の女性が穏やかな笑みを浮かべてそこにいる。年の頃は30代の後半から40代前半くらいだろうか。

「エーレンフェスト寮の寮監を務めております、ヒルシュールと申します」

 ヒルシュールは元々エーレンフェストの貴族で、成績優秀だったため中央で勤めることになり、今は貴族院の教師で魔術具に関する講義を行っているらしい。

「先日、フェルディナンド様より久方振りのお便りを頂きました。ローゼマイン様はフェルディナンド様の愛弟子だそうですね。領主候補生、騎士見習い、文官見習い、全てで最優秀の成績を収めた天才児の愛弟子がどのようなことをなしてくださるのか、わたくし、楽しみでなりません」

 ……天才の愛弟子? わたし、いつの間にそんなことになってるの? あれ? なんかめっちゃハードルが高くなってない?

 わたしが何とも返事できないうちに、ヒルシュールは一度ニコリと笑うと部屋の中央へと立ち、新入生に向けた寮の説明を始めた。
 この寮は三階が女子の部屋、二階が男子の部屋、一階にはホールや食堂など共同で使う部屋があるそうだ。男子が三階に上がるのはご法度で、階段を騎士見習いが交代で見張ることになるらしい。女性用媚薬
 各階の最奥は領主及びその夫人の部屋となっていて、領主会議の時に使用されることになっているとのことである。

「試験に受からず、春も貴族院に残るようなことになれば、悪い意味で領主夫妻に顔と名前を憶えられることになります。皆様、お気を付け下さいませ」

 ……おおぅ、アンゲリカ。

 各階には領主候補生の部屋が3つ準備されていて、その周囲に準備されている部屋は側近が使うことになる。側近を除くと、奥の方が上級貴族で、階段に近い部屋が下級貴族になるそうだ。下級貴族と中級貴族の部屋は複数人で使う相部屋となっているが、お金を積めば個室にもできるらしい。
 食事は皆で取るようになるようで、食堂の開く時間を教えられた。お風呂は城と同じように各自の部屋でそれぞれ準備をすることになっているそうだ。

「進級式と親睦会が二日後にあり、その次の日からは講義が始まります。それまでに新入生は寮の生活に慣れ、講義の準備をしておいてください。何事にも準備は大事ですから。何か質問はございますか?」
「はい!」

 わたしは元気良く手を挙げた。ヒルシュールはもちろん、全ての視線がこちらに向けられる。

「この寮の図書室はどこですか?」
「寮の中に図書室はございません。貴族院には図書館がございますから」
「では、図書館に入館できるのはいつですか? 今から行けますか? 開館時間は何時から何時でしょう?」

 図書室ではなく、図書館という響きにわたしの胸は高揚していく。今すぐに駆け出したい気分を押さえて、わたしがわくわくしながら尋ねると、ヒルシュールは困ったように笑った。

「図書館が開館するのは、講義が始まってからですわ。領地ごとに順番で新入生に対する使い方の説明がございます。図書館に出入りできるようになるのは、その後ですわ」
「……そうですか」

 講義が始まるまで図書館がお預けだなんて、がっかりである。

「お勉強熱心な領主候補生がいれば、皆がつられてお勉強するようになります。期待しておりますよ、ローゼマイン様」

 ……それはつまり、領主候補生であるわたしが本を読んでいれば、皆がつられて本を読むようになるということかしら? 頑張って読まねば!



 ヒルシュールの説明が終わった頃に、リヒャルダも部屋を整え終わったのか、ホールへとやってきた。

「ローゼマイン姫様、お部屋の準備が整いましたよ」

 リヒャルダにそう言われ、わたしはひとまず自分の部屋に向かう。廊下が長いので、騎獣を使うように、と言われて、わたしは騎獣を出して乗り込んだ。

「私がお供できるのはここまでです」

 男であるコルネリウス兄様が同行できるのは二階までだ。あとはアンゲリカだけが護衛騎士となる。
 三階に上がると長い廊下の両脇には扉が並んでいるのが見えた。わたしの部屋は奥の方だ。結構遠い。三階まで階段を上がり、廊下を奥まで歩くとなれば、騎獣がないと途中で行き倒れるかもしれない。中絶薬

2014年11月11日星期二

ルッツの最重要任務

帰ってからもルッツの言葉がぐるぐると頭を回っていた。
 ルッツが言いにくそうに、でも、ハッキリと言葉にしたということは、かなり不審に思われているはずだ。SEX DROPS

 わたしがマインじゃないとわかったら、どうなる?

 マインを返せとか、お前のせいでマインがいなくなったとか、混乱と怒りと恐怖の混じった罵詈雑言を浴びせられるのは確実だろう。
 ルッツがそれを家族にも言ったら、わたしのいる場所は消える。

 家から追い出されるくらいならまだしも、最悪の場合、ここが魔女狩りをしているような宗教の世界の場合、悪魔憑きなんて思われて、拷問の末、殺されるかもしれない。
 本で読んだ魔女狩りの数々の拷問描写が脳内に浮かんで、ぞっとした。

 ……痛いのは嫌だ。怖いのも嫌だ。
 拷問なんてされるくらいなら、死んだ方がマシだ。

 追い出されるのも、拷問も嫌だけれど、その前に自分の熱に食われてしまえば、熱に浮かされるだけの苦しさで死ねる。死のうと思えば、わたしは誰にも邪魔されることなく、簡単に命を投げ出せる術を持っている。

 拷問される前に死ねばいい。

 短絡的だが、拷問よりは熱に浮かされて食われる方がよほど楽だ。そう考えたら、ちょっと呼吸が楽になった。

 それに、よくよく考えてみれば、熱に呑みこまれないように、この世界に踏みとどまったのは、ルッツに謝るためだった。ルッツとの約束を守らなければ、と思って、熱から逃げ出して来たのだ。

 ルッツには謝ったし、オットーと引き合わせて約束は果たしたし、一応、心残りが消えたとも言える。
 ベンノと会ったことで、紙作りが目前に見えてきたから、紙を作りたいし、本を作りたくなったけれど、この世界自体にはあまり執着はないのだから。

 ルッツがマインじゃないわたしを気味悪がって避けるのは簡単だけれど、避けてしまったら、紙作りは成功しない。
 きちんと説明すれば、紙作りが成功して、商人見習いになれることが確定するまでは、ルッツもおとなしくしていてくれる確率が高い。

 紙ができるまでは何とかなるだろうし、死のうと思えばいつでも死ねる。

 そう腹をくくったら、かなり気が楽になった。結論らしい結論ではないけれど、自分の中で折り合いがついた。
 わたしがどういう行動をとるにしても、ルッツの出方を見るしかない。

 いつ死ぬ時が来てもいいように、後悔しなくていいように、紙作りに全力を尽くすしかない。


 腹をくくったなんて、言ってみても、ルッツに会うことに全く抵抗がないわけではない。
 次の日の朝、わたしは多少びくびくしながら、ルッツと顔を合わせた。

「今日はオレ、森に行くから。薪拾ってこないとダメなんだ」

 ルッツの言葉にわたしは顔を輝かせた。
 わたしは残りの発注書を出して、簡易ちゃんリンシャンの作り方を教えるためにベンノの店に行かなければならない。
 ルッツがいない間に、できるだけ多くの不審行動を終わらせて、バレるまでの時間を稼ぐ絶好のチャンスだ。

「わかった。わたしはベンノさんのところに行くよ。簀の発注書、出さなきゃいけないし、荷物が届く場所も相談しないとダメだから」
「……一人で行くのか?」
「うん。そうだけど?」

 ルッツが一緒に行けないなら、一人で行くしかないし、今日も大人とのやり取りが主だから、身近な人はいない方が、わたしにとって都合がいい。

「……一人で行けるのか?」
「大丈夫だよ」

 グッと拳を握りしめると、ルッツは何か言いたそうな顔になった。それでも、何も言わず、「じゃあな」と言って、森に向かって行った。

 ベンノの店には一回行っている。オットーの家も合わせれば二回だ。一人で行くくらい何でもない。
 わたしも石板と石筆と発注書セットが入ったいつものトートバッグを持って、ベンノの店に向かって歩き始めた。

 よーし、じゃあ、今日一日で出来るだけたくさんの用事を終わらせよう。


「おはようございます。あ、マルクさん。ベンノさん、いらっしゃいますか? 発注書、持ってきたんですけど」

 業者の出入りが激しいのか、ひっきりなしに客が出入りしているベンノの店に入って、顔を知っているマルクのところへと駆け寄った。蒼蝿水

「旦那様は忙しいので、私が承ります」

 そう言って手を差し出すマルクにわたしはバッグから出した発注書セットを手渡す。書き込みが終わった発注書とインクとメジャーだ。

「この発注書なんですけど、昨日も言っていたように、できれば作ってくれる方に直接お話したいんです。お話できる日を決めてもらっていいですか?」
「材木屋は午前中の方が時間に余裕があるので、今から行きましょうか?」
「お店、忙しそうですけど、大丈夫ですか?」

 次々と入ってくる客をさばいている従業員のみなさんを見回すと、マルクはオットーと同じような少しばかり黒いオーラを放つ笑顔で言い切った。

「私一人が少し席を外したところで、泣き言を言うような教育はしていません」

 今にも泣きそうな顔をしている従業員はいますけど?

「それに、旦那さまにも言われた通り、貴女の依頼は特殊ですから。他に任せず私が対応するのが適当だと判断しました。お気になさらず」
「えーと、では、お世話になります」

 マルクと一緒にベンノの店を出て歩き始める。
 目的地である材木屋は市場がある西門の方にあるらしい。川が近いので、大きな物は西門から運搬されてくるから、西門に近い場所に店を構えるのが材木屋にとっては便利なのだそうだ。

「ベンノさんにお願いしたいことがあったんですけど、忙しそうならマルクさんから伝えてもらってもいいですか?」
「何でしょうか?」

 まず、中央広場に向かって大通りをポテポテと歩きながら、店で話せなかった用件を話し始めた。

「発注した荷物を置いておく倉庫というか、作業場も貸していただきたいんです」

 欲しい物を次々と発注したのは良いけれど、置き場所がない。
 まさか作業場がないと思っていなかったようで、マルクは目を瞬いた。

「今まではどうするおつもりだったのですか?」
「ウチとルッツの家に道具は分けて置いて、森の川辺や井戸の周りに道具や材料を持ち寄って作業するつもりだったんですけど……」

 当初は鍋を借りるつもりだったし、家の中や森にある物で何とか代用できないか考えるつもりだった。灰も母達に拝み倒してもらうつもりだったし、木も森で切ってすぐに使うつもりだった。
 注文してしまうと代用品を考える手間は省けるが、荷物が一気に増えるし、その日に使うものばかりではないので、一旦置いておく場所が必要になる。
 しかし、余分な部屋がないウチやルッツの家では生活に関係ない物はそれほど置かせてもらえない。

「分散して置くにしても限度があるし、作業がしにくいんですよね。屋根のある作業場を貸してもらえるなら、それに越したことはないので、ダメでもともとと思って、相談してみました。これも初期投資に入りますか?」

 わたしがそう言うと、マルクはこめかみを押さえて、信じられないと呟いた。

「予想以上に無茶をするつもりだったんですね」
「今までは大人の協力者がいなかったので」

 大人の協力がない子供にできる範囲は本当に小さいのだ。
 簡易ちゃんリンシャンの作り方と引き換えに得られたベンノという協力者は最大限利用させていただく。この機会を逃したら、二度と紙を作ることなんてできそうにないのだから、こちらも遠慮なんてしていられない。

「ふむ、倉庫に関しては、私からも交渉してみましょう」
「ありがとうございます。マルクさんが味方になってくれたら、絶対に倉庫を貸してもらえる気がします」

 前回のやり取りを見ていても、マルクはベンノの右腕とか、懐刀とか、そういう関係の人だと思う。見るからにセバスチャンだし。
 マルクが交渉してくれれば、間違いない。きっと倉庫は借りられる。

「倉庫に何か条件はありますか?」
「えーと、森に行って作業することが多いので、南門に近いほど嬉しいです。後は発注した荷物を置いておける屋根のある場所なら、それで十分です」
「わかりました。……あぁ、そろそろ見えますよ。あの材木屋です」

 マルクがそう言って前方を指差したが、わたしの身長では見えない。ぴょんこぴょんこ飛び跳ねてみても見えない。
 マルクの手をとって、わたしは足を速めた。

「じゃあ、急ぎましょう」

 そして、意気揚々と材木屋に向かって、やや小走りになった瞬間、突然、膝がガクンとなって、一瞬息がつまって意識が暗転した。


 気が付いたら、全く知らない場所にいた。
 ベッドが厚手の布で覆われているお陰で、藁布団のチクチクがほとんどしなくて寝心地がいいベッド。シンプルだが、天井まで掃除が行き届いている部屋には全く見覚えがなかった。

「……ここ、どこ?」

 起き上がって周りを見回すと、同じ部屋で針仕事をしているコリンナの姿があった。わたしの声が聞こえたようで、手を止めて駆け寄ってくる。

「マインちゃん、気が付いたのね? 突然倒れたと言って、ベンノ兄さんが運び込んできた時にはビックリしたわ。前にオットーから門まで来たら昼まで動けないって聞いたことがあったから、疲れからきた熱じゃないかと思って、寝かせておくことにしたんだけど」
「お、お世話おかけいたしました。本当に申し訳ないです」勃動力三体牛鞭

 ひいぃぃっ、と息を呑みながら、わたしはベッドの上で土下座した。
 材木屋に向かう途中で、ぶっ倒れて、ベンノによってコリンナの家に運び込まれて、面倒をかけていたらしい。
 母やトゥーリに知られたら、叱られるなんてもんじゃない。

 ああぁぁ、マルクさんにも土下座しなきゃ。普通に会話していたわたしがいきなりぶっ倒れるなんて、心臓が止まるほど驚いたに違いない。

 倒れた原因が今ならわかる。
 まず、ルッツの発言に考え込んで少しばかり寝不足だった。
 そして、ルッツのいない間に交渉事を済ませようと、ちょっと張り切り過ぎた。
 そのうえ、紙作りが順調に行きそうなことに興奮していて、やる気に満ちていたため、自分の体調を考える心の余裕が全くなかった。
 ついでに、わたしの体調を心得ていて、無茶を止める身近な人がいなかった。

 やる気だけはあっても、身体が全くついてこない。
 わたしの体、マジでポンコツ。

「マインちゃん、いきなりどうしたの? そんなことしなくても大丈夫よ。ベンノ兄さんには連絡しておくわね。ご家族へも連絡したかったのだけれど、すぐに連絡がつかなかったみたいで……」

 今日、ウチには誰もいないはずなので、連絡がつかなくても仕方ない。しかも、家族はルッツと行動していると思っている。
 まさか、わたしが一人でベンノの店に行って、ぶっ倒れているなんて思いもしないだろう。
 心配のあまり怒り狂う父の姿を想像しただけで怖いし、コリンナに迷惑かけたことを知った母の怒りは想像さえしたくない。

「あのぅ、コリンナさん。か、家族に内緒ってできませんか?」
「マインちゃん?」
「家族はルッツと行動していると思ってるから、ルッツが怒られたら……」

 ルッツを盾に、何とか家族の怒りから逃れられないか、交渉してみたが、コリンナはにっこりと女神のような綺麗な微笑みを浮かべてこう言った。

「ダメよ。怒られてらっしゃい」
「のおおぉぉ……」

 盛大に叱られる予想に打ちのめされていると、ベンノに連絡がついたようで、ドカドカという大きな足音と共にベンノが部屋に入ってきた。
 赤褐色の鋭い瞳がじろりとわたしを睨み、低い声で呼びかける。

「嬢ちゃん」
「ふぁいっ!」

 びしっと背筋を伸ばして、ベッドの上で正座する。

「俺の寿命が縮んだぞ」

 ベンノの剣幕に寿命が縮んだわたしは、条件反射のように、ベッドの上でまたしても額を布団に擦りつけた。

「大変申し訳ありませんでした」
「……なんだ、それは?」
「わたしの中で一番誠意を示す謝罪方法、『土下座』です」
「そうか」

 ベンノはボスッとベッドに腰掛けて、ぐしゃぐしゃとミルクティーのような色合いの髪を掻き回す。

「オットーから一応身体が弱いとは聞いていたが、ここまでとは思わなかったな」
「わたしもです」
「ぅん?」

 ルッツがいない間に何とかしようと欲張りすぎた。このくらいなら大丈夫と無意識に考えた基準が昔の自分だった。マインの身体でこなしたら、倒れても当然だ。

「やる気だけではどうにもできない問題でした」

 ベンノは「まぁ、いい」と呟いて、わたしを見た。

「今後は坊主と一緒に来るように。一人での行動は認めん」
「……はい」

 ペースメーカーをしてくれるルッツがいないだけで、ぶっ倒れるなんて予想外だった。ちゃんと森まで歩けるようになっていたし、街の中なら大丈夫だろうと高をくくっていた。

「今日はもう帰れ。心配しまくっているマルクをつける」
「えぇっ!? そんなの申し訳なさすぎます。マルクさんに『土下座』でお詫びしたら一人で帰りますからっ!」

 ベンノの言葉に大きく目を見開いて、わたしはバタバタと手を振って辞退する。これ以上、マルクに迷惑をかけるようなことはできない。
 しかし、ベンノはひくっと頬を引きつらせて、わたしを睨む眼光を鋭くする。

「一人での行動は認めんと言ったのが、聞こえなかったのか?」
「……聞こえてました。わかりました。マルクさんに怒られながら帰ります。えーと、でも、せっかくベンノさんに会えたから『簡易ちゃんリンシャン』の作り方を……」

 今日、ここに来た目的を果たしてしまおうと口を開いたら、恐ろしい形相をしたベンノに、ぐわしっと頭を片手で鷲掴みにされた。福源春

「お・ま・え・は!」
「はいっ!?」
「今日は帰れ、と言っただろう!」
「ひゃんっ!」 

 頭を掴まれて、大きな声で怒鳴られて、びくぅっと身体が震えた。反射的にぶわっと涙が飛び出した目でベンノを見上げながら、脳味噌の片隅では至極どうでもいい感想が浮かんだ。
 なるほど、これは確かに雷を落とされるって感じだ。

「今後、坊主を連れずに一人での入店は禁止だ! 記憶力があるなら、きっちり覚えろ!」
「覚えた! 覚えました! いたたたたたっ!」

 その後、歩いて帰るか、マルクが抱いて帰るかで、少しばかりの問答があったけれど、「わたしの心臓を止めたくなければ、おとなしくしていてください」とマルクに優しく脅され、「先程の謝罪は口先だけですか?」と駄目押しされれば、わたしが勝てるはずなんてなかった。

 無駄な抵抗は諦めて、マルクに抱き上げられたまま、家まで運ばれる。
 そして、マルクに抱えられたわたしを見て、マルクから本日の行動を報告された家族は、案の定、怒った。長時間にわたるお説教の間に、本格的に熱を出して、わたしが二日寝込むくらい怒っていた。

 熱が下がったらお詫びのための土下座行脚が必要かもしれない。
 そうトゥーリに話したら、「謝ることは大事だけど、マインはおとなしくしていた方がいいよ」と言われてしまった。


「そんなわけで、みんなに迷惑かけて怒られたので、今日は一緒に行ってください」

 熱が下がった翌日、わたしはルッツに事情説明をして、ベンノの店に同行してくれるようにお願いする。
 ルッツは呆れかえった顔でわたしを見て、大きな大きな溜息を吐いた。

「ハァ~……だから、言ったろ? マイン一人で行けるのかって。全然大丈夫じゃなかったじゃないか」
「あ、あれって、そういう意味だったんだ? もう道は覚えてるから大丈夫って、思ってて……ルッツ?」
「ハハハハハハ……どこをどう考えたら、そんな意味になるんだよ? マインの心配は体力だけに決まってるだろ!?」

 屈みこんで笑い始めたルッツにわたしが、むぅっと唇を尖らせると、ルッツが吹っ切れたような笑顔で見上げてきた。

「こんなにすぐにぶっ倒れるようじゃあ、マインにはオレが付いてないとダメだな」
「うん。ルッツがいなかったら、入店禁止ってベンノさんに言われた」
「ハハハ……入店禁止って、お前」

 自分のダメダメ加減を思い知らされて、わたしが落ち込んでいるのに、何故かルッツは機嫌がいい。
 機嫌が悪いよりは良いけれど、何だか釈然としない。

 わたしはルッツの言葉に悩んで睡眠不足になったり、顔を合わせづらいと思ったりしてたのに、なんでルッツはいつも通りなの!?

「さぁ、マイン。脹れっ面してないで、行こうぜ」

 いつも以上にご機嫌でお兄さん風を吹かせるルッツと並んで、わたしはベンノの店に向かって歩き始める。

「ルッツはあの日、森で何を採集したの?」
「薪と竹。竹を削って、どういうものがいるか、職人に見せるってマインが言っただろ?」
「そういえば、そうだった。忘れてた」

 口で説明したり、石板に描いたりしてもわからなかった時のために、現物を用意するつもりだったのに、すっかり忘れていた。

「おいおい、しっかりしろよ」
「わたしの代わりにルッツがしっかりしているから大丈夫だよ」

 メモ用紙もないところで全てを覚えていられるわけがない。わたしはメモ魔だった。何でもかんでも忘れないように手帳にメモしていた。メモすれば忘れても大丈夫だったので、手帳に頼り切っていたわたしには、大した記憶力が備わっていない気がする。

 二人で覚えていれば忘れることは少なくなるよ、とわたしがルッツに言えば、ルッツは泣きそうに顔を歪めた。花痴

2014年11月10日星期一

フリーダの洗礼式

わたしが起きた時には、部屋の外がとてもにぎわっていた。
 ユッテではない別の下働きの女性がドアのすぐそばの椅子に座って、わたしが起きるのを待っていた。かなり年若い20歳になっていないくらいで、人懐っこい雰囲気の人だ。
 ベッドから降りて、意外と重い天蓋のカーテンをよいしょっと退けて部屋に出たわたしに、彼女はニコリと笑った。D10 媚薬 催情剤

「おはようございます。体調はいかがですか?」
「一応熱はないみたいだけど、絶好調とは言えないから、今日は家族が迎えに来るまでおとなしくしておきます」

 クスリと彼女が笑った。

「昨日の夕食の席は大騒ぎでしたわ。デザートに出たお菓子をお嬢様とマインさんが作ったという話になって、ご家族皆様がマインさんに会いたがっていらっしゃいましたよ。ぜひ、ウチの店で働いて欲しいっておっしゃられて、盛り上がってらっしゃいました」

 いやいや、おねえさん。笑い事じゃないよ?
 もしかして、わたし、寝てたから命拾いした?
 今日は部屋に籠っていた方が良いってこと?

 ウチの店で働けば将来安泰ですよ、なんて言い出した彼女まで、囲い込みの手先に見えてしまい、少しばかり警戒してしまう。

「あの、ずいぶん部屋の外が騒がしいけれど……」

 話題を逸らすためにドアの方へと視線を向けると、あぁ、と彼女は笑みを深めた。

「今は早目の朝食を終えたお嬢様が身支度中ですから。マインさんも着替えたら食堂へ案内いたしますね」
「あの、大変恐縮ですが、朝食をこの部屋に運んでもらうことってできませんか? 本調子じゃないから、たくさんはいらないし、初対面の人と食べるのって緊張するんです。ご飯が喉を通らなくなるので……」

 夕飯抜きなので、正直お腹は空いている。しかし、フリーダとギルド長を見ただけでも推測できるアクの強そうなご家族に囲まれて朝食なんて、考えただけで胃が痛い。
 食べられる物も食べられなくなりそうだ。

「ふふっ、わかりました。ここへ運びましょう」

 彼女はわたしにフリーダのお古の服を渡して着替えさせた後、部屋を出ていった。
 一人になると同時に、わたしは頭を抱えてうずくまる。

 まずい。何か変な展開になっている。
 ギルド長とフリーダに目を付けられているのはわかっていた。でも、家族にまで目を付けられるって何?
 カトルカールが原因?
 でも、砂糖があるんだからお菓子くらいあるよね? 前にここで薄焼きピザの上にナッツの蜂蜜かけみたいなお菓子も出してもらったもんね?
 ものすごく考えたくないことだけど、実は砂糖もまだ出回り始めたところで、お菓子文化が発達していない……なんてことないよね?

 頭を抱えて悶絶していると、朝食を持った彼女が戻ってきた足音がした。即座に立ちあがって、何事もなかったような顔で、彼女を迎える。

「では、ごゆっくりどうぞ」

 昨日の朝食で完全に好みを把握されているようで、白パンにジャムと蜂蜜が添えられ、甘い果物のジュースがついていた。スープはやや少なめだが、ベーコンエッグはしっかりと一人前乗っている。
 この観察眼では、あっという間に弱点も洗いだされそうだ。

「いただきます」

 朝御飯が終わったら、家族が迎えに来るまで体調不良を理由に部屋に引きこもっていた方が良い気がする。ギルド長とフリーダだけでも十分脅威なのに、その家族なんて、とても一人で相手できない。切実にベンノとルッツを召喚したい。

 この後の対処法について考えながら、一人でゆっくりと朝食を食べているとユッテが部屋に飛び込んできた。

「おはようございます、マインさん。体調はいかがですか?」

 体調うかがいにしてはずいぶん慌ただしい。必要なこと以外にはあまり口を聞かないイメージがあったので、パンを落としそうになりながら馬鹿正直に答えた。

「熱はないよ?」
「お嬢様の準備を手伝っていただいてよろしいですか? 髪飾りのつけ方を教えていただきたいのです」
「……いいですけど、朝御飯の後でいいですか?」

 髪飾りのつけ方はわたしが作った物なので、アフターサービスの範囲内だろう。やりすぎだったり、変な目を付けられたりするようなことにはならないはずだ。

 比較的急ぎ目に朝食を終えて、わたしはユッテの案内でフリーダの部屋へと向かう。
フリーダの部屋は3階にあった。ユッテの話によると2階はギルド長の世代の家で3階が息子&孫世代の家になっているらしい。
 中の階段で繋がっているし、食事は一緒に取っているので、特に別世帯という感覚ではないようだ。

「お嬢様、マインさんをお連れしました」
「入ってちょうだい」

 フリーダの部屋はドアに近いところに衝立があった。その衝立をくるりと回れば客間と同じような作りで、部屋の一角に天蓋の付いたベッドがあり、ベッドの反対側にライティングデスクと思われる棚があった。紅蜘蛛(媚薬催情粉)
 部屋の中央には小さな机があり、椅子が数脚ある。カーテンやベッドの天蓋は赤やピンクのような色で女の子らしいけれど、人形や小物がないとてもシンプルな部屋だ。

 今日はテーブルの上に髪飾りや櫛などがいくつも並べられていて、フリーダは椅子に座って、髪を梳かれていた。
 ふんわりとした桜色の髪が下ろされて、丁寧に髪を梳かれているフリーダの姿が等身大のお人形のようだ。

「おはよう、マイン。体調はよくなった?」
「おはよう、フリーダ。熱は出てないけど、絶好調ではないと思う」

 無茶振りをされないよう、正直に自分の体調を申告しておく。
 フリーダは少し顔を曇らせて、目を伏せた。

「そう。呼びつけてごめんなさいね。お姉様の飾りを作ったのがマインだから、もしかしたら、お姉様の髪を結ったのもマインではないかと思ったの」
「そうだけど?」
「わたくしも同じ髪型にしていただいてもよろしくて?」

 トゥーリの髪型は両サイドから中央に向かって編み込みをしたハーフアップの髪型だった。フリーダに似合わないわけではないが、せっかく2つ髪飾りを作ったのだし、ツインテールが可愛いので、わたしとしてはツインテールにしてほしい。

「うーん、飾りを2つ作ったんだから、全く同じ髪型じゃなくて、2つにしようよ。編み込みはしてあげるから、ね?」
「マインにお任せしますわ」
「ぜひ、教えてくださいませ」

 目をぎらつかせるユッテに櫛でフリーダの髪を半分に分けてもらって、右側の耳の上くらいまで編み込みの仕方を説明しながら編んでいった。

「ここからすくって、これと併せて、こう捻って編む」
「ここからすくって、こちらと併せて、こうですか?」

 左側はユッテがわたしのやり方を見ながら、編み始めた。やはり手慣れた人は上手だ。
 わたしの手は小さくて、決して器用ではないので、どうしても髪がぼろぼろと手から零れてしまうのだ。
 トゥーリの髪はうねうねの天パだったお陰で、多少ガタガタしても、ところどころ緩くても、それなりに豪華な雰囲気になったけれど、フリーダの髪質では粗が目立って仕方ない。

「やり方さえ覚えたら、両側ともユッテが結った方が良いと思う。わたしの手、小さいから髪をまとめにくいの」
「確かに、マインさんほど手が小さいと大変そうですね。では、わたしが編みこんでしまいますね」

 一度指が覚えてしまうと、ユッテはすいすいと編んでいく。触り慣れている髪だからだろう、変なボコボコもない。櫛で綺麗に分けられているので、わたしが結ったトゥーリの時と違って、分け目もスッキリしている。

 ……うぅ、自分の不器用さを見せつけられるようで辛い。

「これで、もう少し練習時間があればよかったのですけれど……」

 編み上がったフリーダの頭を見て、心底悔しそうにユッテが呟いた。
 感情の発露が激しいユッテにわたしが目を丸くしていると、フリーダが困ったような表情で苦笑した。

「ユッテはね、本当は昨日の夜のうちにマインに相談して、一晩中練習するつもりだったんですって」
「あぁ、わたしが疲れて早々に寝ちゃったから……ごめんね」

 虚弱なせいで迷惑をかけてしまったか、とわたしが謝ると、ユッテはぶるぶると首を振った。

「とんでもございません。それは体調ですから仕方ありませんわ。ただ、もっと早く知っていれば、お嬢様をさらに飾り立てることができたのに、と」

 なるほど。ユッテの趣味はフリーダを飾り立てることか。等身大のお人形みたいに可愛いもんね。わかるわ。わたしもつい髪飾りに熱を込めちゃったし。

 そして、耳の上で編み終えて、ユッテがくくった紐の上から、力作の髪飾りを挿しこんで、落ちないようにする。
 深い赤のミニバラが4つ配置されているので、前から見ても、横から見ても、後ろから見ても、バラの花が1つは見える。淡いピンクの髪の上に白いかすみ草をイメージした小花が白いレースのように見え、バラの赤を際立たせている。ところどころから見える葉っぱの緑がイイ感じのアクセントになっていた。

「うん、予想以上! フリーダにピッタリだね」
「お可愛らしいですわ、お嬢様」

 身支度を手伝っていた下働きの女性が褒めていると、ユッテはフリーダの前に今日の衣装を持ってきた。紅蜘蛛赤くも催情粉
 フリーダが立ち上がると、下働きの女性によって椅子がさっと退けられる。即座にみんなが着替えをさせるための態勢に変化し、わたしは慌ててその場を飛びのいた。
 フリーダが腕を上げれば、ざっと開かれた衣装が通され、反対側の腕を上げれば、同じように通される。数人がかりでボタンが止められ、紐が締められ、フリーダは立っているだけで衣装が整っていく。
 映画や本で描かれているお嬢様の着替えを間近に見て、わたしはハァと溜息を吐いた。

 長年の経験がないと、これ、うまくいかないわ。着替えをさせる方はもちろん、させられる方にも経験がなければ、スムーズにいかないって。わたしだったら、腕の上げ下ろしで見えない位置にいる誰かを叩きそうだもん。

 着替えさせられているフリーダがわたしを見て、ニッコリと笑った。

「マイン、よかったら、この部屋から洗礼式の行進を見てみない? わたくしが外を眺められるように、ここの窓は外がよく見えるようになっているの」

 わたしに宛がわれた客室のガラスは波打っていたが、フリーダの部屋の窓は外の景色がよく見える真っ直ぐなガラスだった。
 洗礼式の行列が神殿に入っていく様子がよく見えるこの部屋の窓は特等席だと言っても過言ではない。

「いいの?」

 わたしが窓とフリーダに視線を往復させると、フリーダがニッコリと笑った。

「えぇ、もちろん。一人が不安ならユッテも付けますわ」

 部屋の主が留守中に部屋にいるというのが少しばかり居心地悪いと思っていたので、フリーダの提案は渡りに船だった。

「それは助かるかも」
「ぜひ、ご一緒させてください」

 パァッと顔を輝かせたユッテは、多分この窓からでもいいから、お嬢様であるフリーダの晴れ姿が見たくて仕方ないのだろう。フリーダがわたしに付けておくと宣言すれば、堂々とここから見ることができる。

「ありがとう、フリーダ。ここから見てるね」

 そんな話をしているうちに、ブーツを履く作業まで終わっていたようだ。フリーダの足元に屈んでいた女性達がザッと立ち上がって一歩後ろに引いた。

「お嬢様、できました」
「おかしなところはないかしら?」

 完璧に仕上がったフリーダが、その場でくるりと回った。
 ふわもこの温かそうなファーに首元を囲まれた白い衣装。ところどころの刺繍は赤やピンクの明るい色。これが髪の色や髪飾りにもよく合っている。

「まぁ、可愛らしい」
「すごい、すごい。フリーダ、とっても似合ってるよ」
「お嬢様、ご家族の皆様をお連れしました」

 褒めちぎっていると、フリーダの準備が終わったことを知らされた家族がここに集うらしい。衝立の向こうから一番に入ってきたのは、ギルド長だった。

「おぉ、フリーダ! これは素晴らしい。この冬の洗礼式にこれほど見事な花をまとうとは、まるで天の使いか、春をもたらす芽吹きの女神のようだ。実に可愛らしい。さすがわしの孫!」
「おじい様に頂いた髪飾りも似合うでしょう?」

 そっと髪飾りに指を添えてフリーダが笑うと、ギルド長も相好を崩した。

「あぁ、とてもいい。お前の嬉しそうな笑顔には何よりの価値がある」

 ギルド長がある程度褒めちぎるのを待っていたように、フリーダの家族が次々と部屋に入ってきた。

「わぁ、フリーダ。よく似合ってるよ」
「僕が知っている女の子の中で一番可愛い」

 少し年が離れているのだろう、10代前半くらいの少年二人がフリーダを褒めちぎる。

 ……あれ? 前にフリーダは褒められ慣れていないと思ったんだけど、おにいちゃん達は普通に褒めてるよね?紅蜘蛛

 首を傾げるわたしの前で、フリーダは褒められているとは思えないような困った顔で兄達を見上げた。

「……お兄様方、どうしてここに?」
「どうしてって、今日は土の日なんだから、仕事はお休み。みんなでお祝いするって言ったじゃないか」
「聞きましたけれど、今までその言葉が実現したことがなかったので、本当にいると思っていませんでした」

 うわぁ、兄弟に約束を守ってもらえたことがなかったんだ。そりゃ、不安にもなるし、褒め言葉も上っ面だと思いこむよ。

 兄達もフリーダの不信感に気付いたのか、顔を真っ青にして色々と言い訳を始める。そんな子供達を見下ろしながら、実にマイペースな夫婦がフリーダの髪飾りに注目する。

「すごいな。この髪飾り」
「えぇ、わたくしも欲しいですわ。なんて見事なんでしょう」

 カオスな家族関係を見ていると、わたしの目の前にずずいっと屈みこんだギルド長の顔が近付いてきた。

「おぉ、マイン!」

 しまった! わたし、今日はこの家族と顔を合わせないように、部屋に引きこもる予定だった!

 ぅひっとわたしが後ずさるのも構わず、ギルド長がガシッとわたしの手を握って、感動に目を潤ませ始めた。

「よくやってくれた。礼を言うぞ、マイン。わしが贈った物を身につけて、あそこまで嬉しそうなフリーダは初めてだ。お前の言った通り、驚く顔より喜ぶ顔の方が何倍も価値がある」
「わ、わたしも頑張りましたから、喜んでもらえて嬉しいです」

 ひいいぃぃぃっ! 助けて、ベンノさーん!

「この感動を分かち合える相手にはなかなか巡り合えない。今度からフリーダに贈り物をする時はマインに相談することにしよう。時にマイン、聞きたいことがあるのだが……うぐっ!?」

 ぐいっとギルド長が退けられて、助かったと一瞬喜んだが、それはほんの束の間のことだった。ギルド長の代わりにたくさんの顔が一斉に寄ってきた。

「君がマインちゃんか。フリーダや父から話は聞いていたよ」
「はい、あの……」

 フリーダの父にきちんと挨拶をしようと思ったら、くるりと別方向に身体を向けられて、瞬きしている間に正面にはフリーダの母がいた。

「フリーダと仲良くしてくれてありがとう。ここ数日、とても楽しそうで、笑顔が増えたの。母としてお礼を言いたいわ」
「こ、こちらこそ……」

 お礼を言おうと思ったら、兄達二人がグイッと顔を寄せてくる。

 お願い! 返事する隙間くらい与えてください! って、顔近い! 顔近い!

 声に出せないくらいのパニック状態で、目を白黒させながら固まっているわたしを兄達は遠慮なく突いたり、頭を撫でまわしたりする。

「へぇ、これがマインか。話ばかりは聞いていたけど、本当にいたのか。作り話じゃなかったんだな」
「もう何日もいたはずなのに、初めてみるんだもんな? マイン、口がパクパクしてるぞ?」

 本当にいたのかって、わたしは遭遇率の低いレアモンスターか!? 珍獣か!?

「お兄様方、そろそろ時間でしょう? 下に行きましょう。マインを離してあげて」

 もみくちゃにされるわたしに救いの手を差し伸べてくれたのは、フリーダだった。今日は本当に女神に見える。

「そうそう。遅れちゃ大変だし、早く行った方が良いですよ?」

 わたしがじりじりと後退していると、兄の一人が右腕をガシッとつかむ。もう一人が即座に左手をつかんだ。

「マインも一緒に行こうよ。フリーダの洗礼式を祝ってやって」
「いえ、わたしはここで……」
「我が家の客だし、一緒に行っても問題ないよ」
「そうそう、お祝いは人数がいた方が楽しいからな」

 捕獲されたわたしは、両脇を抱えられながら、ぶるぶると首を振ったが、強引な家族は断り文句を聞いていない。勃動力三體牛鞭

2014年11月6日星期四

ベンノと神官長の顔合わせ

馬車が神殿の入口に止まって、御者が台から降りたのがわかった。入口に立っている門番に声をかけているのが何となく聞こえてくる。

 外に出るために椅子から立ち上がろうとした途端、ベンノに無言で押さえつけられた。きょとんとしてベンノを見上げると、口を開かずにゆっくりと首が横に振られる。
 喋らずに座っていろということか、と判断して、少し深く座り直せば、小さな頷きが返ってきた。中絶薬RU486

 うぅ、ドキドキする。

 何が起こっているのか、これから先何が起こるのか全くわからなくて、身体が震える。グッと拳を握りしめたまま、わたしが馬車の中を見回すと、マルクは馬車が止まった時間を利用して、何か書き物をしていた。

 わたしの視線に気が付いたのか、顔を上げたマルクが安心させるように笑みを見せてくれた。ちょっと顔が引きつっているのを自覚しつつ、わたしがへらっと笑い返してみたら、マルクは口元を押さえて笑いを堪え始めた。
 沈黙を崩していいのかどうかがわからず、わたしが頬を膨らませて怒っていることを示すと、ベンノが横から頬をついてくる。何だか一人だけ緊張しているのがバカバカしくなってきた。

 少しして、馬車が小さく揺れたことで、御者がまた乗りこんだのがわかった。マルクは素早くインクとペンを片付け、書き物をしていた紙をベンノに渡す。目を通したベンノがニヤリと笑った。
 何が書かれているのか、覗きこもうとした瞬間、馬車はまた動き出す。馬車が音を立て始めると同時にベンノが口を開いた。

「門で来訪者は名乗りを上げて、取り次ぎを頼み、馬車を止めるための門を開けてもらう。馬車を下りる順番はマルク、俺、お前だ。俺の手を取ってゆっくり下りろ。間違っても飛び降りたり、段を踏み外したりするな」

 前にギルド長の馬車に乗せてもらった時に、ルッツと一緒に「とぉっ!」と掛け声付きで飛び降りたことを言っているらしい。緊張で段を踏み外しそうだと思っていたわたしはそっと視線を逸らす。

「今、取り次ぎを頼んだから、あっちの門にはお前の側仕えもいるはずだ。神官長付きだったヤツを先頭にお前と俺、その後に、贈り物を持ったマルクと残りの側仕えが続く形で神官長のところに向かう」

 わたしは「はい、寄付金です」と、神官長にお金を渡すだけのつもりだったが、ずいぶんと大仰な事をしなければならかったらしい。自分で持って行ったら、どのくらいの失礼をしたのか、全く想像もできない。

「寄付金の箱は、お前の要望通りに俺が運ぶから、神官長室で一度中を確かめた後、俺に労いの言葉をかけろ」
「え? どんな? ありがとう、とか、お世話になりました、とか、そんなのでいいんですか?」
「もうちょっと貴族らしい言葉の方がそれらしいが、まぁ、そういうのでいい」

 貴族らしい労い言葉って「大儀であった」とか? いくら何でも偉そうすぎるよ。

 うーん、と、考えて、騎士物語や詩集を記憶から掘り出してみるが、あまりに芝居がかっている上に、相手に本と違う言葉を返されたら、一節を覚えているだけのわたしでは太刀打ちできない。
 商人相手だし、ビジネスマナー系の本に良さそうなフレーズがないかと思ったけれど、貴族らしいからはちょっと外れる気がする。
 結局、使えるお嬢様言葉を記憶から掘り出して並べてみた。

「うーん、わたくしの願いを快く聞き入れ、ご足労頂きましたこと、心より嬉しく存じます……とか?」
「どこで覚えるんだ、そんな言葉!?」

 ぎょっとしたようにベンノがわたしを見た。威勢が強すぎて、合格なのか、ダメだったのか、判断できない。

「ダメだった?」
「……いや、十分だ。言葉遣いは馬車に戻ってくるまで、それでやってみろ」

 うぇっ!? と出かけた声をゴクンと呑みこんで、引きつった笑みを浮かべてみるが、多分、優雅なお嬢様には程遠い。姿勢を正して、ゆっくりと深呼吸する。

「かしこまりました」

 馬車はすぐに大きな門をくぐって、神殿の敷地内に入って止まった。
 御者によってドアが開けられ、マルクが一番に出ていく。次にベンノ。わたしは最後にドアの前に立った。

 開かれたドアから見えた光景は、わたしが全く知らない神殿の入り口だった。馬車が止まるこの入り口が本当の正面玄関だったらしい。
 貴族や富豪専用のようで、正面玄関の手前に広がる前庭には、様々な素材を生かした彫刻や緑と花の溢れる花壇があり、玄関口は礼拝室の正面の壁のように色とりどりのタイルで装飾されている。巨人倍増

 わたしが今まで使っていた大通りから真っ直ぐの入り口は、徒歩の平民専用らしく、この入り口と比べるとまるで裏口だ。白黒の世界と色彩の世界にくっきりと分かれている。目に映る光景だけで、自分が知らない明確な格差があることを思い知らされた。
 神の家と称される神殿の入り口から分けられ、それが知られることもない。予想外の格差を目の当たりにして、心臓がぎゅっと縮む。

「マイン、手を……」

 ベンノに声をかけられて、わたしはハッとしながら、手を差し伸べる。落ちないようにと思って、足元を覗きこもうとした途端、グッと手を引っ張られて抱き上げられた。

「下を向くな」

 ニコリと笑いながら、低い声で素早く囁かれて、わたしは冷や汗を掻く思いでニッコリと笑って頷いた。
 ベンノの注意事項を「自信がなくても俯くな」と言う意味だと解釈していたが、どうやら下を向く行為全般が禁止だったらしい。

 ベンノが普段では考えられないくらい丁寧な動作でわたしを下ろすと、フランが足早にやってくるのが見えた。

「マイン様」
「ベンノ様、わたくしの側仕えです。フラン、神官長にお目通りできるかしら?」

 ほんの少しだけ首を傾げて、フランを見上げると驚いたように目を見張っていたフランがスッと両手を胸の前で交差させた。

「準備は整っております」
「マイン様、旦那様からの贈り物はどなたに任せればよろしいでしょうか?」

 マルクの言葉に内心びくっとしながら、振り返る。ゆっくりと辺りを見回してみたけれど、ギルとデリアの姿はない。運び手がいなくて困るべきか、いなければ余計な事はされないので安堵するべきか、悩む。
 どうすれば正解なのか考えられないわたしはフランに丸投げすることにした。

「フラン、貴方が信用できる方にお願いしてくださる?」
「かしこまりました」

 丸投げされたのに、フランは即座に頷いて、てきぱきと対応し始めた。不満そうな顔をすることもなければ、「しかし」と声を上げることもない。主の要求に応える優秀な側仕えの姿がそこにあった。

 あれ? と首を傾げる。
 なんでいきなり態度が変わったんだろう? 午前中と今でわたしが変えたのは言葉遣いだけなのに……。

 そこでハッとした。
 フランにとっては貴族らしい言葉遣いが大事なことだったに違いない。

 神官長しか見ていないフランの態度にわたしは苛立っていたが、それと同様に、フランは貴族らしさが欠片もないわたしに憤っていたのだろう。
 フランが気持ちよく仕事をするためには、主であるわたしの努力が足りない。ルッツに言われた通り、本腰を入れて貴族としての言動を身に付けなければならないようだ。

 フランは数人の灰色神官を呼ぶと、灰色神官が手分けして贈り物を持つように指示する。忘れ物なく贈り物を抱えたことを確認すると、「こちらへどうぞ」と先頭に立って歩き始めた。嫌々という雰囲気が漂っていた午前と違って、今は水を得た魚のように生き生きとしている。

 ベンノに視線で促され、わたしがフランについて歩き始めると、打ち合わせでもしていたように、ベンノの言葉通りの順番で隊列ができあがった。
 けれど、スタスタと大人の歩幅で歩くフランについて行くのは結構大変だった。わたしが必死に足を動かしていると、わたしの半歩後ろを歩くベンノが見兼ねたように口を開いた。

「君、少し速いようだが?」
「はい?」

 フランが振り返って、目を瞬いた。

「マイン様は君の主だろう? 側仕えになったばかりであることは重々承知だが、歩く速さに少し気を付けなければ、そろそろ倒れる。差出口かもしれないが、もう少し気を配ってやってくれないか?」五便宝
「……申し訳ありません」

 客人であるベンノに苦言を吐かせ、フランに恥をかかせてしまった。本来、主であるわたしが言わなければならないことだった。一瞬、謝罪の言葉が口をついて出そうになったけれど、ここでわたしがフランに謝るのは貴族として失格だ。

「ベンノ様、お気遣い恐れ入ります。フランは神官長に信頼されている優秀な神官ですから、すぐに覚えるでしょう。御心配には及びませんわ」
「では、今日のところは扱いに慣れているマルクに運ばせよう。いつかのようにいきなり意識を失われては困る」

 ここまで来て、廊下でぶっ倒れるようなヘマはするな、とベンノの顔に書いてある。
 布の包みを持っていたマルクはそれをフランに持たせ、「失礼いたします」と一言断った後、わたしを抱き上げた。

 うひーっ!? お姫様抱っこ!?

 いつもと違う抱き方に叫びそうになった口を慌てて押さえた。優雅、優雅と自分に言い聞かせて、優雅らしい笑みを浮かべてみる。

「フラン、案内をお願い」
「かしこまりました」

 神官長の部屋が見えてきた辺りでわたしは下ろされ、マルクはフランから包みを受け取ると、贈り物部隊の方へと戻って行く。
 すぐそこに見えている神官長の部屋の前までの距離なのに、フランは何度か振り返り、わたしの速度に気をかけながら足を進めてくれる。「大丈夫だよ」という意味を込めて、わたしが笑って頷くと、フランは明らかにホッとした表情になった。

 神殿長の部屋と違って、神官長の部屋の前に立つ神官はいない。誰もいない扉の前でフランが帯の内から小さなベルを取り出して、鳴らした。いつもは声をかけて、応答があった後で灰色神官が開けている扉が、小さなベル一つで開いていく。

 開きかけた扉に向かって足を進めようとしたら、ベンノに肩を押さえられた。
 そっと他の人を見回すと、全員が待機態勢だった。完全に扉が開くまで、動いてはいけないらしい。足を元の位置に戻して、何事もなかったかのように澄ました顔で、わたしも扉が開くのを待った。

 扉の向こうには灰色神官が二人並び、神官長は執務机の前に、アルノーを従えて待っていた。
 部屋の中に入り、応接用のテーブルの前でフランが立ち止まる。わたしがそれを見て止まると、ベンノとマルクも止まり、贈り物部隊は壁際に整列した。

 スッと一歩ベンノが前に出て、わたしが誓いの儀式をした時のように、左の膝を立てて跪き、軽く首を垂れる。

「火の神 ライデンシャフトの威光輝く良き日、神々のお導きによる出会いに、祝福を賜らんことを。……お初にお目にかかります、神官長。ギルベルタ商会のベンノ、マイン様のご紹介により、この場に参上いたしました。以後、お見知り置きを」

 ベンノの口から当たり前のように出てきた神の名前だが、わたしはまだ神の名前を覚えていない。季節ごとに違う神の名前を覚えておかないと、貴族相手には挨拶もできないらしい。
 自分が実際に挨拶する側になる事を考えて、さぁっと血の気が引いていく。聖典を覚えることが仕事だと言った神官長の言葉が身に染みる。貴族のやり取りを覚えるのは、かなり大変そうだ。

「心よりの祝福を与えよう。火の神 ライデンシャフトの導きがギルベルタ商会にもたらされんことを」

 そう言いながら、神官長は左手で自分の心臓の辺りを押さえ、右手を斜め前、ベンノの頭の少し上に指を揃えて伸ばした。ぽわりと神官長の手の平から青い光が出て、ベンノのミルクティーのような淡い色の髪が青く染まる。光はすぐに消えたけれど、ベンノに祝福が与えられたのが誰の目にも明らかだった。

 予想外の神聖で荘厳な光景に息を呑んだ。
 あの青い光は魔力だろうか。わたしが感情的になって魔力を押しだすと、威圧にしかならないけれど、使い方を覚えたら、あんな祝福ができるんだろうか。むしろ、巫女見習いとして、できるようにならないといけないんだろうか。

 脳内のやることリストがどんどん増えていく。「本を読むより先にやれ」と言っていたルッツの言葉がチクチク刺さる。三便宝カプセル

「マイン様。どうぞこちらに」

 フランの声にハッと我に返ると、神官長が応接用のテーブルにすでに着いていた。ここでの身分を考えると、わたしが動かないと他の人が動けないに違いない。

 わたしはフランに導かれるまま、椅子の前に立つ。そこまではよかった。
 体格が4~5歳のわたしは、椅子に座る時、基本的によじ登らないと座れない。普段はそれで問題なかったけれど、さすがに今日はまずい。

 思わぬピンチ! 椅子が高すぎて優雅に座れないっ! お嬢様はこんな時どうすればいい!? 困ったわ、のポーズはここでも通用する!?

 椅子を見つめて途方に暮れていたわたしは、通じるか通じないかわからなかったけれど、右手の指先を揃えて頬に当て、左手は腕を組んだ時のように右手の肘に添え、フランを見上げると、少し首を傾げた。
 そして、そのまま3秒待機。

「……失礼いたします、マイン様」

 フランがわたしの脇に手を入れて、椅子に座らせてくれた。

 おおぉぉ! 通じた!?

 ガタンと椅子の位置を調節してくれるフランにニッコリと笑うと、苦笑に近いような笑みが微かにフランの口元に浮かんだ。

 わたしが視線をフランからテーブルに戻した時には、ベンノはすでにわたしの隣に座っていて、神官長の後ろにアルノー、ベンノの後ろにマルクが控えて立っているのが目に入った。わたしの後ろにはフランが立っているに違いない。贈り物を持った神官は壁際に並んだままだ。

「では、マイン様。お預かりしていた物はこちらでお間違えございませんか?」

 ベンノがずっと両手で持っていた彫刻がなされた木の宝石箱のような箱を開けて、わたしに見せる。
 箱の中には、きちんと小金貨が5枚入っていた。初めて見る小金貨だ。キラキラの輝きをまじまじと見つめた後、言われていた通りに、わたしはベンノに労いの言葉をかける。

「ベンノ様、わたくしの願いを快く聞き入れ、ご足労頂きましたこと、心より嬉しく存じます」
「もったいないお言葉です」

 ベンノが蓋を開けたまま、テーブルの上に置き、神官長に差し出す。

「神官長、こちらがマイン様からの寄付金でございます。どうぞお納めください」
「……ふむ、確かに受け取った。マイン、それから、ベンノ。大儀であった」

 神官長は箱の中を軽く確認した後、蓋を閉じてアルノーに渡す。アルノーがそれをどこかに持っていった。おそらく保管場所があるのだろう。

「そして、こちらは御挨拶とお礼の品でございます」

 ベンノの言葉に壁際の灰色神官が進み出て、テーブルの横に並んだ。マルクが1種類ずつテーブルの上に置いて行く。
 置かれる品物を見ていた神官長が、くっと眉を寄せた。

「挨拶はわかるが、お礼とは? 君に礼を言われるようなことをした覚えはないが?」
「神官長の計らいにより、マイン工房の存続が決まったと伺っております故。心から感謝いたします」

 ベンノが両手を胸の前で交差させ、軽く目を伏せると、神官長は「なるほど」と軽く頷いた。ベンノが並んだ品物を神官長に紹介していく。蟻力神

2014年11月4日星期二

収穫祭のお留守番

今日は工房にトゥーリが来ていて、皆に製本の仕方を教えている。わたしも行って応援したかったが、「応援だけなら邪魔だ」とルッツに拒否されてしまった。作業の邪魔だと言われるなら仕方がない。曲美

「フラン、今日は図書室に向かって大丈夫かしら?」
「問題ございません」

 フランとロジーナは今、およそ一月の間に孤児院で使われた食材の種類や量を書き出して、冬支度に必要な量を計算している。そろそろ農村で収穫された物がどんどん街に運び込まれて、みんなが冬支度をする季節がやってくる。それまでに、どれだけの量が必要なのか、ある程度把握しなければならないのだ。

「あんまり忙しいなら、ロジーナと図書室に行っても構わないのですけれど……」
「いえ、ロジーナはヴィルマのところへ使いに出す予定です。それに、図書室にいくつか書類を持っていきますので、お気になさらず」

 木札やインクなど大量の荷物をバッグに入れたフランと一緒にわたしは図書室に向かう。まだかすかに夏の残滓を感じさせる太陽の日差しが秋の冷たい空気が満ちた回廊に差し込んできた。
 回廊からは貴族区域に繋がる玄関前が見え、そこに何台もの馬車が並んでいる様子が見える。青色神官が出かけるのだろう、荷物がたくさん積みこまれている。

「……馬車がたくさん並んでいるようですけれど、何かあるのかしら?」
「あれは収穫祭へと向かう青色神官達の馬車でございます、マイン様。この時期、神殿の青色神官はほとんどが収穫祭へ向かいますので」
「収穫祭?……聞いたことがないお祭りですわね」

 秋は森の収穫が増えて、農村で収穫された物がどんどん市場に入ってきて、みんなが一斉に冬支度をする季節である。豚肉加工が隣近所とのお祭り騒ぎになることは知っていたけれど、収穫祭などという祭りは聞いたことがない。

「神殿特有のお祭りなのかしら?……でも、神殿で行われる儀式の中にはありませんよね?」

 フランと神官長による教育の中で、神殿で行われる儀式については教えられたけれど、収穫祭というものはなかったはずだ。

「おや、平民は知らないのか?」

 突然聞こえてきた知らない声にビクッとして振り返ると、旅支度を整えた貴族らしき男がこちらをバカにするような目で見下ろしていた。星祭りの時の青色神官とは違う人物だが、青の衣をまとっていないため、青色神官なのか、青色神官に用があって神殿にやってきた貴族なのか、すぐに判断できない。

 わたしは即座に壁へ背中を付けるように移動して、跪いて両手を胸の前で交差する。これは敬意を表し、身分が下の者が上の者に対してする動作だ。
 神殿において青の衣をまとう者同士は対等なので、神殿長や神官長以外には必要ないと神官長からは習ったけれど、わたしは貴族ではない。対等に振る舞って妙に絡まれるよりは、こちらからへりくだっておいた方が安全だ。

「ふぅむ、自分の立場は弁えているようだな。神官長の言葉に偽りはなかったということか。……ならば、わざわざ手を回すこともなかったか」

 わたしがすぐさま跪いたことに満足したのか、少し気になる言葉を零しながら、男は去っていく。上手く面倒事は回避できたようだ。
 立場を弁えているという言葉から、男が青色神官であることを悟った。神官ではない貴族ならば、跪いて当然だと考えるはずだ。

「マイン様、あの場では対等ですので、跪くのは……」
「あのね、フラン。建前はそうでも、わたくしは貴族ではないでしょう? 身分は圧倒的にあちらが上ですもの。跪くくらいで面倒事が回避されるなら、それでいいではありませんか」

 フランはそれでも歯痒そうに眉を寄せる。

「ですが、それでは、マイン様が青色神官から侮られます」
「侮られるも何も、圧倒的に立場は弱いのですもの。青色神官の勘気に触れて、孤児院へ目を向けられても困りますから」

 神殿長に対して最初にやってしまった魔力の暴走を知っている青色神官ならば、わたし自身に直接向かってくることはないと思う。しかし、わたしの肩書が孤児院長である以上、わたしを貶めるために孤児院が利用されることもありうるのだ。

「……マイン様自身のお考えがあるなら、それで結構ですが、威厳を出すことも必要でございます」K-Y Jelly潤滑剤

 あまり納得できないという顔をしながら、フランが図書室に向いて歩き始める。わたしに威厳なんてあるはずがない。フランが威厳のある主を求めているなら、わたしは努力してみるけれど、威厳は簡単に身につくようなものではないのだ。

「どうぞ、マイン様」

 そう言って、フランが図書室のドアを開けてくれる。いつものように足を踏み入れようとした瞬間、わたしは自分の表情が凍ったのがわかった。

「……何、これ!?」

 図書室の中がしっちゃかめっちゃかになっていた。本棚二つが完全に空っぽになっていて、床は羊皮紙や木札が散乱していて足の踏み場もない。どう見ても、たまたま資料を取る時に落としてしまったなんてものではなくて、わざと本棚の中身をぶちまけている。

「うふふふふふふ……」

 腹の底からふつふつと怒りが込み上げてきた。本自体が少なくて、文字を記した資料もそれほどの数がない状況で、奇跡的に存在している図書室に何たる仕打ちだ。ここに集まっている資料の貴重さもわからぬ愚か者には正義の鉄槌が必要に違いない。

「どこのどなたかしら? このような愚かな事をなさったのは……」

 身体中にみなぎる魔力がわたしを唆す。犯人を即座に捕まえて、血祭りにあげてやれよ、と。

「マ、マイン様!」

 フランが焦ったような声を出して、わたしの肩を背後からガシッとつかんだ。

「まずは神官長に報告を。そして、指示を仰ぎましょう。最後に図書室を使った者がわかるかもしれません」

 暴走しようとする魔力を直接受けないように回避しているフランの言葉に、少しだけ頭が冷えた。せっかく少しずつ魔力の制御ができるようになってきたのだ。怒りに任せて魔力をぶち当てるのは犯人だけでいい。
 フランを怖がらせたり、周囲に被害を出したり、神官長に八つ当たりしてしまったら大変だ。ぎゅぎゅっと魔力を押し込んで、わたしはニッコリと笑った。

「そうね。神官長のところに参りましょう」

 面会予約も入れていないので、面会の申請をしている間、わたしはフランに言われて、待合室で待つことになった。
 静かに座っていると、回廊を人の気配が移動していくのがわかる。おそらく馬車を準備していた青色神官達だろう。
 そう思った瞬間、脳裏にふっと先程の青色神官の言葉が蘇った。彼は確か「わざわざ手を回すこともなかった」と言わなかっただろうか。

 ……あの男だ!

 わたしはガッと立ち上がった。
 犯人がわかった以上、ここでのんびりしているわけにはいかない。相手は旅支度をしていた。逃げられる前に捕まえなくては。

「ぅわっ!?」

 わたしが待合室を飛び出そうとドアノブに手をかけるのと、外から誰かがドアを開くのがほぼ同時だった。突然ドアが自分に向かってきて、わたしはドアに振り回される感じで、勢い良く後ろに転がる。

「マイン様!? こんなところで何を……」

 面食らった顔のフランの手につかまって、わたしは即座に身体を起こした。そのまま待合室から駆け出そうとすると、慌てたフランに引きとめられた。

「どうなさったのですか、マイン様?」
「フラン、図書室をめちゃくちゃにした犯人がわかりました。すぐに追いかけましょう。まだ間に合うかもしれません!」
「それは神官長にお話しくださいませ。神官長がお待ちです」

 逃げだされたら困るとでも考えたのだろうか、フランはわたしをひょいっと抱き上げると、有無を言わせず神官長の部屋へと向かい始めた。福源春

「あの、フラン。自分で歩けます」
「先程の勢いでは玄関口へ駆け出しそうですので、このまま神官長の部屋へ向かいます」
「……はい」

 フランに抱き上げられたまま、神官長の部屋へと連行された。神官長は軽く片方の眉を上げて、わたしとフランを見比べる。

「何かあったのか?」
「犯人がわかったマイン様が玄関口に駆けていこうとなさったので、やむを得ず……」
「よろしい。英断だった」

 神官長はフランを労い、わたしを下ろすように指示した後、くいっと顎で隠し部屋を示した。

 ……もう隠し部屋というより、お説教部屋と言った方が正しいかも。

 これからの時間を考えて、少し憂鬱な気分になりながら、わたしは神官長の後ろについて、隠し部屋に入った。
 わたしがいつもどおり資料を脇に退けて長椅子に座ると、神官長も椅子を引っ張り出して来て座る。神官長は軽くこめかみを押さえながら、わたしを見据えた。

「フランから図書室が荒らされたと聞いたが?」
「はい。本棚が二つ、空っぽになっておりました。資料は全て床に撒き散らされて、踏み入ることもできない有様になっています。これは死刑級の犯罪でしょう!?」

 わたしは力を込めて訴えたけれど、神官長は軽く手を振って却下した。

「馬鹿者。死刑はない。……それで、犯人がわかったと言ったようだが?」
「はい。図書室に向かう途中で旅支度をした青色神官が、わざわざ手を回すこともなかった、と言ったんです。間違いなく彼です」
「彼と言われても、本日、収穫祭に向けて旅立った青色神官は5名いる。そのうちの誰だ?」

 馬車がたくさん並んでいるとは思っていたが、まさか今日出発した青色神官が5人もいるとは考えていなかった。

「存じません。けれど、顔を見ればわかります」
「収穫祭から戻るのは今から十日ほど先になるだろう。それまで覚えていられるのか?」

 疑わしそうな神官長の言葉にわたしは大きく頷いた。

「本に仇をなした相手をわたくしが忘れるはずがございません」
「忘れてくれるとこちらとしてはありがたいのだが……」

 溜息混じりの神官長にじろりと睨まれても、あんな所業をしでかした愚か者を放置するなんてできるわけがない。
 わたしはさっさと話題を変えることにした。

「ところで、収穫祭とは何でしょう? 神殿の儀式では説明されなかったと思うのですが……」
「君が参加する行事ではないから、確か後回しにしたのだ。収穫祭は領内にある農村での祭りだ。元々……」

 神話も絡めた神官長の長ったらしい説明を一言で言い表すならば、徴税人と青色神官が農村での収穫物を掻っ攫ってくるイベントらしい。

「税金と神への供物として収穫物を持っていかれるなんて、農村にとっては嫌なお祭りですね」
「身も蓋もない言い方をするな。もちろん、それだけではなく、農村での結婚式も同時に行われる」

 コホンと咳払いして、神官長がわたしを睨んだ。もうちょっとオブラートに包まなければならなかったらしい。

「農村の結婚式は秋なのですか?」
「正確には収穫が終わってからだ」

 なるほど。雪が解けてから収穫を終えるまで、農民に暇な時間はない。冬は雪に閉じ込められるので、暇な時間はあるだろうけれど、神官が農村まで向かえない。levitra
 徴税と一緒だと考えると嫌な祭りだと思ったけれど、一応理には叶っているようだ。

「結婚式に参加し、夫婦としての承認と登録を行っていなければ、冬用の家で夫婦と認められないし、次の春から、新しい家も畑も与えられない」
「冬用の家って何ですか?」
「農民が冬を過ごすための家だ。街中と農村では生活が大きく違う。夏は畑を耕しやすいように各家は畑の中心にあるが、冬は畑を耕すこともできないので、農村の中心にある大きな家で過ごすことになっている。私も詳しくは知らないが」

 農村は農村で街と全く違う生活があるらしい。ちょっと話を聞いただけではよくわからないけれど、神官長も詳しくは知らないなら、敢えて勉強する必要もないのだろう。

「……収穫祭は、わたくしが参加する行事ではないのですね?」
「あぁ。誰をどこの農村に派遣するか決める会議において、分け前が減るのでマインは出すな、と神殿長が大声でわめいていた」

 わたしを目の敵にする神殿長らしい主張に、わたしは苦い笑いを零した。日々の忙しさの中で、わたしの神殿長に対する印象はかなり薄くなっているが、神殿長にとっては変わりないようだ。
 青色神官達にとっては収入を増やす貴重な機会なので、皆が神殿長の意見に賛成したらしい。

「農村は遠い場所にもあるから、長旅をすれば身体に負担もかかるからな。魔力が必要な春の祈念式はともかく、収穫祭に赴く必要はないだろう」

 神官長の言葉に引っ掛かりを覚えて、わたしは思わず首を傾げる。

「……それって、春は農村に行くってことですか?」
「そうだ。魔力の量を考えても、私と君が選出されるだろう」

 豊作を願う祈念式が春に行われるのは知っていたが、農村で行われるなんて聞いていない。わたしに旅など、どう考えても無理だと思う。

「旅なんて、わたくしには絶対に無理だと思います!」
「だが、これは重要な仕事だ。君を神殿に入れたのは、こういう儀式で魔力が必要だからだ。忘れたのか?」

 大変な魔力不足なので、魔力とお金を渡す約束で神殿に青色巫女見習いとして入れてもらったのだ。図書室で本を読ませてもらって、マイン工房でも本を作らせてもらって、義務は放棄するというわけにはいかないだろう。

「……忘れていません」
「よろしい。君も大変だろうが、君の保護者兼責任者として同行しなければならない私の心労についても考慮するように」

 ……神官長って、もしかして運が悪い? それとも、苦労性?

 危うく口から飛び出そうになった言葉をゴクリと呑みこんで、口は閉ざしておいた。下手な事を口にすれば、藪蛇になるだけだ。

「まぁ、他の青色神官に任せる方が不安なので、自分で動いた方がまだしも良い」
「お手数おかけいたします」

 わたしは両手を胸の前で交差させて、軽く頭を下げた。

「……それでどうするつもりだ?」
「どう、とは?」
「図書室の話だ」

 神官長の言葉にわたしはニッコリ笑って、グッと拳を握って見せる。Motivat

2014年11月2日星期日

精霊契約の実情

「契約? 何を言ってる?」


 突然ホオズキに『精霊』と契約をしないかと言われて呆気にとられてしまう。ニンニアッホでさえも、彼の言動に時を止めたように固まってしまっている。D10 媚薬 催情剤


 しかしホオズキは先程の言葉を裏付けるようにもう一度同じ言葉を述べる。


「契約じゃよ。ここにおる『精霊』とのう」
「……どういうことだ? 今話していた内容から察するに、普通の『人間族ヒュマス』や『魔族イビラ』では器が小さ過ぎて不可能なんじゃないのか?」


 『精霊』と契約して、その力に押し潰されて廃人のようになるのはゴメンだ。


「確かにのう、普通の者ならその負荷に耐え切れず精神の死を迎えることになってしまう。だがのう、あくまでも普通の者ならばという話じゃ」
「……説明をしてくれ」
「何、簡単な話じゃよ。《赤気しゃっき》を扱うことができるということは、二つの異なった力のコントロールに長けているということじゃ。本来《赤気》はハーフ……つまり二種族の魂を持った者にしか生み出すことができなかったんじゃ」


 それは知っている。ある程度の知識は文献や《四文字解放》した時に頭の中に流れてきた。


「それだけ異なった力を混ぜ合わせるのは非常に難しい……というか、普通はできんのじゃ。じゃがハーフは元々そういうコントロールを得手として生まれてくるのじゃ」
「それは分かってる。オレが聞きたいのは、ハーフでも無いし、魂の器だって一つしかないオレに契約を勧める理由だ」


 ホオズキは思わせぶりに髭を擦りながら息を長く吐く。


「……本来純粋な人間であるはずのお主が《赤気》を扱う。それすなわち、ハーフと同等の資質があるということじゃ」
「……ん? ちょっと待て、ならハーフは簡単に『精霊』と契約できるということか?」


 そう、今の話から推察すればそういう見解に辿り着く。


「血の中に獣人が混ざっておらなかったらのう」
「……なるほどな。ハーフでも獣人の血を引く奴は、自身に眠る『精霊』がいるから新たに契約はできないということか?」
「その通りじゃ。じゃが人と魔のハーフには可能じゃ。無論全員が全員契約できるわけではない。あくまでも《赤気》を扱えるほどの熟達した者限定じゃ」
「なるほどな。なかなかに興味深い話だなそれは」


 つまり今までハーフは《禁忌》とされて蔑まれてきた。それは魔法も《化装術》も、彼らには何も与えられていなかったからだ。まさに異質な存在。だからこそ忌み嫌われていた。


 しかしそんなハーフという存在にも光明があった。それが《赤気》だ。簡単に言うなら力のコントロールが突出して上手いということだ。


 そしてそんな《赤気》を扱えるようになれば、強力な『精霊契約』を結ぶことができるのだ。もしシシライガやユキオウザのような『高位精霊』と契約できれば、それこそハーフが他種族から飛び抜けて台頭する可能性だってあるのだ。


(何ともまあ、それぞれに一長一短があって面白いもんだな。しかしそれにしても、この話を聞いたハーフ排斥派どもの青ざめる顔が思い浮かぶようだな)


 旅先ではそういう連中とも出会って来た。ハーフは何も持たない貧弱で薄汚れた種族だと聞かされてきた。ハーフであるシャモエも過去にはそういう経験を嫌というほどされてきたと聞かされている。


 しかし現実にはハーフにはハーフとしての力が確かに備わっていた。無論その力を育てなければ何もできないが、それでも何も無いというゼロ観念から脱することができるだけで大きな違いである。紅蜘蛛(媚薬催情粉)


「……まあ、ハーフについてはそれでいい。ようはハーフでも無いオレがホントに契約なんてできるのかということだ」


 それに契約したからどうなるかなどまだ聞いていないので不安が浮かんでくる。


「何じゃ、『精霊王』の儂の言うことが信じられんのかのう?」
「会ったばかりの他人を信用などできるか」


 寝言は寝て言ってほしいものだ。まだほとんど会話もしていない状況で相手を信じられるのならこちらがどうかしている。


「ほっほっほ、それもそうじゃのう。では少し試してみようかのう」


 そう言いながらゆっくりとした足取りでこちらへ向って来る。日色も同じように立ち上がると、二人にニッキたちは視線を向ける。


「まさか契約はアンタとか?」
「ほっほっほ、そうしたいのはやまやまなんじゃがのう」
「違うのか?」
「今の儂には契約を維持できるだけの力は残っとらんからのう……」


 少し寂しそうに言う彼を見たニンニアッホも同じような表情を作っているのを視認できた。どうやら深い事情がありそうだがそこはどうでも良かったので話を変える。


「ならもし契約できるとしてオレと契約するのは誰だ? まさか、さっきのやかましいヘビ女じゃないだろうな?」


 嫌な表情をしながら言う。どことなくヒメとは相性が悪いような気がするのだ。顔を突き合わせると言い合いに発展しそうなのだ。


「ほっほっほ、儂としてはそっちの方が嬉しいんじゃがのう」
「勘弁してくれ」
「安心するんじゃ。ヒメのお相手はお主じゃないわい」


 その言葉を聞いて少しホッとする。もしヒメと契約して、ずっと一緒にいることになったら、リリィン以上に小言を言われそうだ。しかし彼女ではないとすると一体……


「それじゃ誰なんだ?」
「ここにおるテンじゃよ」


 そう言いながら呆けている猿の頭に手を置いた。どうやら自分に近づいてきたのではなくテンに近寄ったらしい。


「……へ、へぇっ!? お、俺ぇっ!?」


 どうやらテンも寝耳に水だったようで驚愕に顔を歪めている。


「何じゃ嫌なのか? お主前々から外へ出て一花咲かせたいとか言っておったじゃないか」
「え……あ、いや……それはそうだけど……」


 チラチラとこちらを見ながら、値踏みするように観察している。


「それにじゃ、これから先、このような機会など無いかもしれんぞ?」
「う……」
「さらにじゃ、このヒイロは恐らく天下でもなかなかにお目にかかれぬほどの傑物じゃぞ?」
「う~」
「お主だって、薄々は感じていたんじゃないのかのう」
「……」


 さすがにそこまで褒められると少し恥ずかしさを覚えるが、こちらにも言いたいことがある。


「おい、オレはまだ契約するとは言ってないぞ?」
「ふむ、嫌なのかのう?」
「嫌……というより契約したらどうなるのかをまず教えてくれ」


 もしこんな猿と融合なんかした日には目も当てられない。紅蜘蛛赤くも催情粉


「お、そうじゃのう。そもそもお主は契約とはどういったものじゃと考えておる?」
「質問を質問で返すなよな……まあいい。契約か……獣王のように『精霊』を扱えるんじゃないのか?」


 つまりイメージとしては《化装術》のように、属性の力を使役でき、また『精霊』そのものを呼び出すことだと思っている。


 しかしそんな返答にホオズキは首を振って否定する。


「いや、獣人たちのそれとは全く契約の意味が違う。獣人たちのはあくまでも元々備わっている自らの力を顕現しているのじゃ。じゃが、この契約では主になる者がまず媒介となるものを提示しなければならん」
「媒介?」


 つまり日色とテンに置き換えると、まず日色が何か所持品を提示し、その品に互いに契約の印として血印を押す。そしてその血を通して生命力と魔力を同時に流し始める。


 ここで注意すべきなのは、互いに全く同じ量の力を流すこと。そしてその力を主になる者はバランスよく混ぜ合わせる。簡単に言えば合成するのだ。上手く合成することができれば『精霊』はその品に宿り主の力として支援することが可能になる。


「なるほどな。その媒介を通して互いの力をオレが上手く合成させることができれば契約成立するということか」
「そうじゃ。そしてその媒介が、契約者と『精霊』を繋ぐ楔になるんじゃ」
「失敗したら?」
「ん~まあ、運が悪かったら死ぬだけじゃのう。あ、それと媒介は消失するぞ」


 さらっととんでもないことを言いのける。死ぬだけじゃないぞ死ぬだけじゃ!


 しかし上手くいけば『精霊』の力を宿した物が手に入る。それが高位の『精霊』なら確かに試してみる価値はあるかもしれない。


 二つの力を混ぜ合わすには相当の集中力が必要になってくるだろう。確かに《赤気》を生み出す時も気が抜けない。しかし《赤気》はあくまでも自分の力。


 契約は他人と力を共有させなければならず、それ以上の難解さを要求されるに違いない。簡単に契約できないという理由が良く分かる。


「言い忘れておったが、媒介なら何でも良いというわけじゃないぞ?」
「ん? そうなのか?」
「そうじゃ、それは『精霊』が決めることなんじゃが、大概は主の思い入れのある物であったり、その『精霊』が気に入った物じゃがのう」
「なるほどな」


 それを聞き、一応自分の所持品にどんなものがあったか思い出してみる。しかしその時、


「その刀だ!」


 皆がその発言をした者に視線を送る。


「何がその刀なんじゃテン?」


 皆が気になった疑問を代表してホオズキが聞く。


「いや、だからもし俺がそいつと契約するんならその刀が良い!」


 どうやら彼が指し示しているのは《絶刀・ザンゲキ》らしい。紅蜘蛛


「その刀からはおめえの意思がビンビン伝わってきやがる。その刀だったら、俺と相性も良さそうだし!」
「ほほう、テンはそのように言うておるが、どうじゃヒイロ? 試してみるかのう?」
「けどちょっと待ってくれよ」


 またもテンが間を割るように言い放つ。


「何がじゃ?」
「これは別に強制なんかじゃねえよな?」


 テンはホオズキに尋ねると、彼もハッキリと頷く。


「当然じゃ。ただこの中じゃとお主が適任かと思っただけじゃ」


 テンも頷きを返すと日色を見つめる。


「確かに俺は外へ出て暴れてみてえ。けどつまんねえ野郎に命を預けてえとも思わねえ」
「…………」


 ジッとテンの目を見つめ返す。その目には真剣さが込められており澱みなど一切感じない。


「ならばどうするんじゃ?」


 テンはビシッと日色を指差すとこう言い放つ。


「おめえが俺の主に相応しいか、ここで見極めてやる! だから俺と戦え眼鏡野郎!」


 そういうことかと心の中で得心する。確かに彼の言い分も分かる。どうしようもない奴と契約などしたくはないだろう。契約とはそれほど彼らにとって重いものを指すのだろう。


 だからここでもし日色がテンのお眼鏡に叶うことがなく、テンも外へとはばたけないとしても、つまらない主につくよりは良いと判断するのは当然だろう。


 どうせこんな馬鹿っぽい猿だから勢いで契約するとか言い出すのではと思ったが、存外感心する部分を持ち合わせていたようだ。


 だからこそ思わず小さな存在が大きく見えてしまって、少し驚きを得た。勃動力三體牛鞭