2014年10月9日星期四

英雄の条件

「ようこそ、イルフェナの側室殿?」

 鉄格子越しに一人のふくよかな体型をした壮年の男が礼をする。さすがに様になっているが場所が酷く不似合いだ。
 どうせなら高笑いでもしつつ三流悪役の台詞でも吐いてもらいたい。
 顔立ち的にシリアスは似合わなそうだけどな。花痴

 えー、現在どこぞの牢獄に居ります。
 誘拐、ということになるのかな?

 事の起こりは後宮で最後に残った側室であるオレリア様からのお誘いだった。
 この人は茶会の時に『何となく気になる人』とチェックを入れてたんだけど。……はっきり言って良くも悪くも地味過ぎた。これ、絶対に本人は側室になりたくなかっただろ!? って思うくらい。
 周りにも馴染まず部屋に引き篭もってたからね、この人。亡霊騒動で無傷だったのも部屋で祈りを捧げていたからだそうだ。うん、それ大正解。見なきゃいいんだもん、あれは。
 オレリア嬢自身は儚げな銀髪美人なんだが、悪い点が無さ過ぎて追い出す要素が全くなかった。だから実家方面から潰すという手筈になってたんだけど。
 それで納得してたんだけどね?
 オレリア嬢自身は何か思うところがあったらしく、部屋に一歩入った途端どこぞに飛ばされました。足元に転移法陣仕掛けていたみたいですねー、やりやがったな、あの女。
 まあ、転移法陣と言っても相対するものにしか送れないものだしね? おそらくは簡易版の拡張型程度のものなんだろう。だから一方通行。先生、習った知識が別方向で役立ってます。 

 報復はいつでもできるし帰還どうしよっかなー、とか思ってたら黒幕が目の前に居ました。
 愚かです、私に顔を見せてどうする黒幕! 『お約束』どおりに挨拶に来たりしたら私が王宮に戻った時点で人生終了です。
 それとも脱出劇をこの後宮破壊騒動のクライマックスにして華々しく散りたいとか言うんじゃあるまいな?

「……というわけだ。貴女を利用させていただきますよ?」
「……は?」

「……。まさか、今までのことを、一切、聞いて、いなかった、と?」
「当たり前じゃありませんか」

 アホな事を考えていた私も悪いですが、こういう場合って話を聞いても聞かなくても大差ないよね?
 だってどうせ返す気なんてないんだし。
 だったら私がやる事は如何にして脱出するかの一択、ですよ! ついでに楽しむだけです!

「貴女という人は……随分と余裕があるようだ」

 あ、さすがに顔を引き攣らせてる。やだなー、細かい事を気にしていたら大物になれませんよ?
 外見がタヌキ一歩手前なんだからせめて賢そうな顔しなさいな。
 私? 余裕なんてありません、これからの脱出劇にわくわくが止まりませんからね!

「さすがは後宮に君臨するどころか殲滅させる気だと噂に上る血塗れ姫ですな」

 企んだのはこの国の王ですって。殺るか殺られるかの後宮で陰湿デスマッチが起こらなかったことなんてあるのか? つーか『血塗れ姫』って何さ?

「まあ、いい。あなたが無関係な者を巻き込むのを良しとしないことは調査済みです。ですから取引といきましょう」
「取引?」
「貴女の侍女であるエリザ・ワイアートの実家に刺客を忍ばせております。ワイアート夫妻の命が惜しければ貴女の身に付けている魔道具を渡してもらいたい」

 それは脅迫って言うんだよ。頭も悪いのか、こいつは。福源春
 呆れて目を眇めた私を相手は警戒したと思ったようだ。にやり、と笑う。

「確か魔道具は扇子と髪飾り、そしてイヤリングでしたね。全て渡していただきたい」
「あら、随分とよく御存知で」
「私にも色々と傳があるのですよ」

 ふうん?
 随分と具体的に知っているんですね?
 後宮にいなければ知らないレベルの情報ですよ。ま、それくらいのハンデは許してあげるけどね。

「わかりました。どうぞお受け取りくださいな」
「素直で結構。あとはゆっくりと寛いでください……ああ、結界が張ってありますから魔法は効きませんよ」
「あら、残念」

 ま、無くても別に困らないしね。ここは一つ自分に酔ってる人に花を持たせてやろう。
 だって、ルドルフとの連絡は取れるし。取り上げられた魔道具はそこまで重要じゃない。
 ……そう思い込んでいるあたり協力者はやっぱり『あの人』か。
 ごめんね、黒幕さん。彼女からの情報は多分殆ど役に立たないよ。

 身に付けていた魔道具を鉄格子越しに受け取ると男は満足そうに笑って出口らしい方角へと歩き出す。
 ……あれ?
 え、本当に行っちゃうの? 
 怒鳴りつけるとか優位な立場に饒舌になるとかしようよ、黒幕さん! 折角の見せ場じゃないか。それだけでいいの!? 
 つーかね、監視が居ても魔導師が相手だよ? 結界とかあっても危険じゃね? 危機感持とうよ。
 そりゃ、魔術師は魔法を封じられたら赤子も同然とか言われてるけどさあ!

 そんな心の声に気付きもせず男はさっさと退場していった。後に残るは薄暗い牢に取り残された私と強面で無表情な見張りのみ。
 ……。
 つまらん。
 早くも放置ですか、眼中にありませんか。タヌキのくせに生意気な。
 まあ、いいけどね……一人で楽しむから。折角なので牢を探索しようと思います。
 では、早速!

 ふふ……私が廃人プレイヤーだった『英雄達の戦争』ではついにお目にかかれなかった幻の場所ですよ。
 素晴らしき哉 、牢獄! 犯罪者じゃなくても来る機会があるなんて……!
 スキル『探索』を魔法で再現できるからね、存分に楽しみますとも。

 このゲーム、運営から『戦乱』が告げられると国同士の争いになるのだ。つまり、対人戦。
 ギルドに入っているなら拠点のある国、もしくは騎士団に雇われるといった感じで誰もがどこかの国に属するのだ。国から『○○砦を死守せよ』とか『○○を攻略せよ』といったクエストが出され早い者勝ちで受けられる。勿論、受けた場合はギルド全体の任務。称号取得に関わってくるので個人・ギルド共必死です。
 ギルドに『軍師』なんて役職が設けられていたことからもメインは戦乱だったと推測。策を練らないとあっさり負けるのです、ギルドに一人は戦略シミュレーション系が強い人がいないとちょっと厳しいのだ。
 レベルやスキルが全てではないという非常に珍しい設定だったこのゲームは一部のユーザーに大変受けた。何せリアルの知識や経験がレベルに勝る事があるのだから。
 そんな訳でこの時ばかりは日陰の頭脳職・探求者が地形の利用・罠の成功率を上げる軍師として光り輝くのだったりする。罠の成功率は軍師の知力が影響するので、大抵知力が一番高い人がなるのです。私の場合は罠の成功率を踏まえた策が鬼畜評価に繋がりましたがね。
 仲間達のお陰で条件が揃い探求者から特殊ジョブの賢者になったのも良い思い出です。
 そして気候や地理、戦略などを現実並に重要視することから『これ、軍事訓練用だったんじゃね?』と言われてただけあって、戦乱中に敗北すると捕虜として敵国の牢へ一日繋がれる。しかもこの状態でスキルを使っての脱獄も楽しめるという無駄に細かい設定だった。勃動力三体牛鞭
 私の所属ギルドは無敗だった為に入ったことがないのです、一度は負けて見学しようというアホな企画まで持ち上がりました。

 そんなお馬鹿さんの一人をリアル牢獄に放り込んだらどうなるか?

「ああ、やっぱり部分的に脆い場所ってあるのかあ……」

 薄暗い牢内で楽しそうに周囲に手を這わせる女に見張りが妙な顔をしていたのは些細な事ですよ。
 自分の姿がどう映ろうと問題無しです、だって脱出しなきゃなりませんからね! 

 そんな感じで時は過ぎていった。
 ――王宮内ルドルフの執務室にて―― (ルドルフ視点)


「申し訳ありません。お叱りは如何様にも」

 セイルリート含む護衛の騎士達が深く頭を垂れている。その先では俺と宰相が机の書類を裁く手を休めるどころか顔を上げることすらしないで作業に没頭していた。
 後宮サイドとはあまりに温度差のある光景だった。間違っても外交問題に発展しそうな事態とは思えない。

「あのなー、セイル」
「はい、なんでしょう?」
「話を聞く限り転移法陣による誘拐だったわけだ。防ぎきれると思うのか?」
「ですが、そのようなことは言い訳にしかなりません」
「じゃあ、次。ミヅキは大人しく誘拐される奴か?」
「……」

 誰もが沈黙した。さすがにそこで『それはいい訳です!』はないだろう。
 ミヅキは言葉だけではなく行動も自分に素直だ。凶暴とも言う。

「いいか、『ミヅキは自分で付いて行った』。それはあいつの『役目上必要なこと』だ。だからお前達に罰則は与えられない」
「ですが!」
「騎士としてのお前達を否定してるんじゃない、お前達はミヅキに付き合わされただけだ」
「それに貴方達を罰するとミヅキ様が盛大に怒り狂いそうですしね」

 宰相の言葉に俺以外がはっとしたような顔になる。
 ミヅキは元の世界の影響か基本的に平和主義だ。守れなかったから処罰、などというこの世界の常識を押し付ければ間違いなく気にするだろう。だからこそ、俺はミヅキに背負わせない方法を選ぶ。蒼蝿水

「こんなところで頭を下げるよりやることがあるだろう? 『あいつ』の監視とかな」
「……心得ております」
「ミヅキが戻り次第、最後の仕上げだ。それまでは一切の情報を洩らすな」
「セイル、貴方にはクレスト家当主より伝達があります」

 アーヴィレンの言葉に俺は初めて手を止めセイルを見た。騎士達は未だ顔を伏せたままだ。
 アーヴィレンはこちらに顔を向け俺が軽く頷いた事を確認すると言葉を続ける。

「場合によっては『紅の英雄』を向かわせる。以上です」
「……はい」
「では、行きなさい。くれぐれも貴族達に悟られぬように」

 騎士達は一礼すると部屋を出て行く。その姿を見送った俺はアーヴィレンに問い掛けた。

「随分と思い切ったことを言ったな? いいのか、十年ぶりに『奴』を出して」
「場合によっては必要になると判断したのでは?」

 十年前。鉱山を所有するゼブレストは戦を仕掛けられたことがあった。表面的には酪農の方が目立つのどかな国だが、ゼブレストは武器の元となる鉄鉱石の産地としての顔もある。
 軍事に力を入れる国からすれば宝の山なのだ、その所為か割と戦の多い国である。
 だが、地形的に攻め難い事もあり決定的な侵攻を許したことは無い。それが覆されたのが十年前の戦だった。
 敵は魔術師に重きを置いての戦術をとったのだ。魔術に対し遅れをとるゼブレストにとっては最悪ともいえよう。何せ防ぐ術を殆ど持たなかったのだから。
 その戦況を覆したのが一人の傭兵と言われている。黒衣を纏い赤い髪をした男はたった一人で魔術師達を葬り去りゼブレストを救った後、功績を高く評価したクレスト家へと迎え入れられた。
 情報の少なさから通称『紅の英雄』と呼ばれるゼブレスト最強の騎士。その忠誠は当時騎士団長の地位にいたクレスト家当主に捧げられている。

「ミヅキの噂を聞いた所為かもな、血塗れ姫だったか? せめて英雄扱いにしてやりたいんだろ」
「まったく、紅の英雄といい下らないことばかり思い付くものです。結果だけを見れば彼等は感謝すべき者であり恐れるなどありえないというのに」
「一人で成し遂げる実力者だからこそ怖いんだろうな」

 英雄は孤独だと言ったのは誰だったか。実際は孤独どころか化物扱いだ、そんな道を歩ませた自分は更に血塗られている。それでも何も言われず恐れられることがなかったのは俺が『安全』だと思われていたからに過ぎない。

「まあ、これからは俺も粛清王と呼ばれるだろうさ」SEX DROPS
「徹底的にやってますからね、今回」

 あの二人と同じ位置にいるのも悪くない。そう呟き俺達は笑みを浮かべた。

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