私の心配をあっさり裏切って、シャード先生はデータキューブのテキストの百ページ目を開いた。
シャードの指導を受けて、急いでノートを取った。しかし、疑問が先立つ。
疑問を持ってシャード先生を見てしまった。D10 媚薬
催情剤
当然のように私の目が、シャード先生を可視してしまう。見えなくていいのに、シャード先生の服の下が見えた。
無駄のない筋肉に程よい厚さの胸板。腕には血管が数本浮き出ている。
「ううっ……」
私は見ないようにノートで視界を覆った。
「どうした?」
「な、何でもありません!」
シャード先生の気遣わしげな声が降ってきた。事実を知ったらきっと蔑視されるに違いない。何事もなかったかのように目を制御しなおすと、やっとシャード先生の服が透けなくなった。ホッと胸をなでおろして続けた。
「……でも私は、魔術が全然使えなくて……敵と戦うときだってどうすればいいのか、よく分かりません……」
どうして、リリーシャは魔法を使いこなしていたというのに、私は全然使えないんだろう。私が使っているのはリリーシャの身体なのに。
「焦らなくていい。ゆっくりと、できるようにしていけばいい」
「は、はい」
落ち込んでいるのが伝わったのかもしれない。シャード先生の柔らかな言葉が、アレクシス王子の使う可視言霊のように、私の心を癒していった。
シャード先生は以前と比べると、目に見えて優しくなった。シャード先生は私の事が憎くなくなったのだろうか。先生の中でどんな心境の変化があったのか分からないけど――。今なら、疑問に思っていたことも訊ける。
「あの、シャード先生……辛いことを思い出させてしまうかもしれないんですけど……」
私は、思い切って話を切り出した。
「なんだ?」
シャードの機嫌が悪くなることはなかったので、私はホッと一息ついて続けた。
「リリーシャさん。どうして、魔物に襲われたんですか? ジュリアス君が教えてくれたんですが、シャード先生は、リリーシャさんがシアレスになることを魔物に襲われる一ヵ月間前からご存じだったんですよね? だから、ジュリアス君がリリーシャさんを訪ねて学園に来たんですよね?」
「ああ、それが?」
「どうしてシャード先生は、一ヵ月前にリリーシャさんがシアレスになることをご存じだったのですか?」
シャード先生の表情が少し陰る。先生は手を組み合わせて机の上に置いて、ため息を吐いた。
やはり、シャード先生には酷だったか。けれど、事件を解決させるためには避けて通れない道だ。
「もしかすると……リリーシャを襲ったのは魔物ではないかもしれない」
「やはり、蟻地獄のデュランですか?」
「分からない。でも、私は騙されたのかもしれないと疑っている」
「騙された?」
「ある人物が、リリーシャをシアレスにしてやると持ちかけてきたんだ」
「えっ!? シアレスにしてやる……?」
そんな胡散臭い話に、このシャード先生が簡単に引っかかるとは思えないのだが。
「彼は世界的な魔術師だった。だから、私とリリーシャは信用してしまった。リリーシャも乗り気で、シアレスになることを夢見ていた。けれど、ふたを開ければ、リリーシャは何者かに襲われて、代わりに鳥居の魂が――。そして、その魔術師は音信不通になって、現在も連絡が取れてない。軍警にも相談したが、あの魔術師がお前の娘を相手にするはずがないと、取り合ってくれなかった」紅蜘蛛(媚薬催情粉)
「その世界的な魔術師というのはどなたですか?」
「『三日月の魔術師アルテミス』だ」
「三日月の魔術師……アルテミス……」
私は、新たな情報をノートに書き記して、頷いた。
「シャード先生、任せてください! 私は、必ずリリーシャさんを元に戻して見せます!」
シャード先生がハッとしたように震えた。
「おい! リリーシャが元に戻るということがどういうことなのか分かっているのか!? 鳥居は元の世界で死んだんだぞ! こっちに鳥居の身体はない!」
「……リリーシャさんが元に戻ると、私は死ぬということですか?」
「そうだ!」
「分かってます。そんなこと。でも、もしかしたら、私は日本に帰れるかもしれないじゃないですか」
微笑むと、シャード先生は自分の口元を手で押さえて、後悔を吐息に変えて吐き出した。
「私は、お前を犠牲にしてもリリーシャを助けたいと思っていたんだ……!」
シャードは涙を一筋零して、私の手を握りしめた。
「許してくれ! 鳥居、愚かな私を許してくれ!」
「シャード先生……シャード先生が悪いわけないじゃないですか」
そんなの、先生が悪いはずがない。
「私のお父さんだってシャード先生と同じことを言うと思います」
それが、親子だから。
「っ……鳥居!」
シャード先生は私の手を取って一緒に立ち上がると、無言で私を抱きしめた。シャード先生の悲しみがひしひしと伝わってくる。
「お前は、無茶をしなくていい! 私が復讐する! だから、お前は何もするな! 分かったな!」
「はい」
返事をしたが、その通りにする気はなかった。
シャード先生の為にも、そして私の為にも。必ず、三日月の魔導師アルテミスに報復しよう。
私は、固く心に誓った。紅蜘蛛赤くも催情粉
シャード先生の特別授業
チャイムが鳴り終わる。暫くするとシャード先生が魔法学の教室のドアを開けて入ってきた。
私は、慌てて席に着く。すると、隣の席のジュリアスが「あ!」と声を上げた。
「ジュリアス君、どうしたの?」
「いや……すっかり忘れていたと思って……」
「何を?」
まったく、見当もつかなかった。けれど、答えは私の目の前にいた。シャード先生が、自分に気づかせるように名簿で机を叩いていていた。
「リリーシャ・ローランド。宿題はやってきただろうな?」
「あっ!」
鈍い私は、その事にやっと気が付いた。イザベラの事でごたごたしていて、すっかり宿題の事を失念していた。私の返答を聞いたシャード先生の顔つきが険しくなった。私の思わず上げた私の声が何を意味しているのか、シャード先生が気付かないはずがない。
「あっとはなんだ? まさか、一ページもやってきてないのか?」
「すみません……一ページもしてません……」
シャード先生は、フッと笑った。私も引きつりながら愛想笑いを浮かべる。
だが、シャードの笑い顔は、いきなり般若のごとく変貌した。
「いい度胸だ。放課後、みっちり補習してやる」
「ええーっ!」
「話したいこともあるし、いい機会だ。楽しみにしていろ」
難解な魔法学の授業と、得体のしれないシャード先生。百歩譲っても楽しみにできるはずなどない。
そして、今日の授業に身が入らないまま、ついにその時がやってきたのだった。
放課後。魔法学の教室の付近は、生徒の声もあまりしなくて閑散としている。
ジュリアスとクェンティンが、魔法学の教室まで私を送ってくれた。彼らの言うことには、私から目を離すと、いつも事件に巻き込まれるかららしい。紅蜘蛛
「ジュリアス君、クェンティン君、もう行っちゃうの?」
「ああ。今日は、特に用がないからね」
「そっか、今日は補習だったな」
「う、うん」
こんなにひっそりとしている魔法学の教室で、シャード先生と二人きりで補習とは、果たして本当に無事で帰れるのだろうか。シャード先生は私が倒れた時にずっと付き添ってくれていたけれど。あの厳しい指導がどうにも私には合わないのだ。
「まあ、取って食われないって」
クェンティンが私の緊張を解こうとした。
ジュリアスもクェンティンも、シャード先生の事はちっとも警戒していないらしい。暢気に笑っている。私にとっては笑い事じゃないけど。
「でも、シャード先生は私の事恨んでるかもしれないから……」
「そうだね、もしかしたら煮て食われるかもしれないけどね」
「ええっ!?」
ジュリアスが、意地悪くおどけた。ちっとも冗談に聞こえない。
その後ろで、咳ばらいが聞こえた。私は振り向いて泣きそうになった。
最悪なことに、開いたドアの向こうにはシャード先生が立っていたのだ。
「誰が、煮て食うんだ?」
「なんでもありません……っ!」
「ウワサをすれば影だ。じゃあね」
ジュリアスは余計な事を言い残して手を振った。
「またな、リリーシャ」
クェンティンもサッと手を上げると、二人は魔法学の教室から退室した。
そんな……!
私は二人の残像にすがるように手を伸ばしたまま固まっていた。
「席に着きなさい」
シャードの声に震えて、私はぎこちない仕草で席に着く。シャード先生も椅子を持って来ると、私の前に腰かけた。
「データキューブは?」
「あ、そうだった……!」
データキューブを取り出すと、シャード先生が呪文を唱えて開いてくれた。私は、ノートとペンをスタンバイする。
「鳥居、今日は、お前のために特別授業をしてやろう」
シャード先生は、フッと笑った。特別授業。その言葉を深読みしてしまう私は疲れているのか。勃動力三體牛鞭
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