「羽根の生えた白猫……ねえ。蝙蝠の羽根が生えた黒猫の使い魔とか、あと妖怪で夜星子イェシンズなんてのもいたような気がするけど、該当するようなモンスターにはちょっと心当たりないかなァ」天天素
相手の魔法弾をまったく同じ威力の魔法弾で相殺するという、ウォーミングアップ代わりの軽い手合わせをしたところで、ふと気になってルークが孵した卵の中身について、何かご存じないかメイ・イロウーハ理事長に聞いてみたのですが、理事長も首を捻られました。
ちなみに私が全力全開、呪文を唱え、愛用の魔法杖スタッフを使って威力を底上げした上で、渾身の魔力を振るって火と水の複合魔術である『火弾ナパーム』(大鬼オーガでも一発で消し飛ぶ威力です)を使用しているのに対して、メイ理事長は手ぶらでなおかつ無詠唱で生み出した火の一般コモン魔術『火炎ファイアー』(通常であれば、小鬼ゴブリンを焼く程度の魔法)を使って、これを全て迎撃しています。
さらには私の狙いが甘く直撃を外れた『火弾ナパーム』が地面に着弾する前に、空中で分解・還元して魔素マナに戻し、ついでに私が差し入れで持ってきたクッキーをつまむ余裕まで見せるのですから、どれほど隔絶した実力の差があるのか見当もつきません。
「アシミ――あ、友人のエルフが言うには真龍エンシェント・ドラゴンの仔龍ではないかとのことですけれど?」
「う~~ん、エルフにわかるのかなぁ……? だいたいドラゴンとかいろいろ生態が謎の部分があるのよねえ、無節操に他の動物とか人間とかに種付けするし……そもそも卵生なのかどうかすら一概にいえない節があるから怪しいわねー」
菫色のショートの髪を軽く傾げて、苦笑いをされました。
「――? エルフというと華麗にして博識な『森の賢者』というイメージですけれど?」
「いやいや、連中は長生きするわりに個人の欲求とか好奇心とかが薄いから、その弊害か『○○はこうだ!』『△△ならそうに違いない!』って、ン百年前のカビの生えた知識でもって、頭から決め付けてそこから抜け出さない、案外モノ知らずな面があるのよね。だから変化に対応できなくて百年前に危うく絶滅しかけ、慌てて超帝国で絶滅危惧種指定して保護しようとした経緯があるし……ま、拒否られたんだけど」
微妙に遠い目をされます。
「あの時も大変だったわ。『世の中煙と鏡だしねぇ。綺麗ごとより自然の摂理に任せて絶滅した方がいいんじゃない』なんて、ウチのトップが匙を投げたもんだから、いっそ一思いに引導を……なんて血気に逸る奴も出てくるし。ほんと妖精王が話せる相手じゃなけりゃどうなってたことやら。――ま、そんなわけで中にはあんたの友人みたいに人間と関わる変わり者もいるけど、種族的には進化に取り残されて袋小路に入っている斜陽の連中なわけよ。あと見た目だって、ジルちゃんの方がよっぽど美少女だし」
どことなくげんなりした口調で言い切る理事長の、どうみても十代半ばくらいにしか見えないお顔をまじまじと凝視しました。
「はあ……。――あの、もしかしてお嫌いなのですか、エルフ?」
一瞬、目を泳がせるメイ理事長。
「……いや、別にー。ただ以前、エルフというか、エルフによく似た相手に嫌な思い出があって、ちょっとだけ苦手意識があるってところかなァ。あ、だからといって偏見があるとか、色眼鏡で見てるとかじゃないから。――まァ、変な先入観を与えちゃったかも知れないけど、いまのはあくまで私見なので、適当に聞き流すように。個人と種族の話をごっちゃにするのは見当外れだし、そうなると結果的に火傷するのが定番だからねー」
「それはそうかも知れませんわね……」
とは言え世界最高最強の魔術師で『神人』だというメイ理事長とエルフ族、結構、面倒臭そうな裏事情がありそうです。
「まあ、その羽猫もあたしが現物を直接観てみれば、鑑定スキルで種族とかも特定できるとは思うけど……」
自分で口に出して難しい顔で「う~~む」と呻るメイ理事長。
ご自分でも気が付かれたようですが、学則によって研究目的など特別の許可がない限り、学園の敷地内に使い魔ファミリアの類は持ち込みできないことになっています。
なにしろここは大陸でも有数の貴族や有力者の子弟が数多く通う皇立学園です。万が一の事故や事件を警戒して、学生は指定された制服、教材以外はきちんと許可を得ない限り魔道具マジック・アイテムの類は爪楊枝一本持ち込みできません(現在私たちが特訓に使用しているここ、理事長や教授クラスの教導官メンターが持てる個人亜空間パーソナル・サブスペースであればある程度見逃してはいただけますが)――と入学時のガイダンスでも伝達され、周知徹底されています。……もっとも理事長曰く「その程度で破られるほど学園の警備は甘くないよ。単なる外部に対するポーズで、あたしが決めた決まりじゃないしね」とのことですが。三鞭粒
「使い魔ファミリアですから、持参するとなるとさすがに許可を得る必要がありまけれど?」
「う~~ん、特例として適当な理由付けが必要かな~。……いや帝国の皇族お偉いさんが相手となると、逆に面倒臭いか。変に勘繰る奴も出るだろうし」
「そうですわね」
思わずため息が漏れました。
特別扱いは差別と同義ですから、そういったお話になればおそらくは学園とルーク……いえ、グラウィオール帝国との関係を勘繰って、ナイことナイこと噂する下世話な方々がいることでしょう。
現にいまだって、私とルークが一つ屋根の下で――と言っても私の感覚としては、大きなホテルの離れた別々の部屋に泊まっているようなものですから、後ろめたい部分は一切ないのですけれど――一緒に暮らしていることで、おかしな噂(詳しい内容は、ダニエル侯子やヴィオラ、リーゼロッテ王女やその関係者が巧妙にシャットアウトしてくださっているのでわかりませんが、だいたいは予想できます)が流布しているようで、なにげに憂慮しております。私のせいでルークの評判や経歴に傷が付くのではないか、と。
「そーいや、あの公子様はいまジルちゃんと同棲して喫茶店経営してるんだっけ? だったら、一般の客のフリして様子を見に行くのもアリかな」
結構、乗り気で口元を綻ばせるメイ理事長。
予想通りの流言飛語デマが飛び交っていますわ。
ちなみにお互いに呑気に会話をしているようですけれど、この間も手合わせは続いています。と言っても、メイ理事長はその場から不動の姿勢で、私がその周囲を動き回って牽制したり、各種魔法を放ったりと一方的に遊ばれている感じですけれど。
「――同棲ではなく同居です。と言うか、そもそも考えてみれば卵が孵化した以上、万が一に備えてルークがルタンドゥテうちに泊り込んでいる理由もなくなりましたので、近いうちに宿泊先を変えるのではないでしょうか?」
自分で口に出すまでその可能性を考慮していませんでしたけれど、確かにその通りです。原因がなくなった以上、ルークがうちに居る理由はありませんから、ひょっとするといまこの瞬間にも荷造りをしているかも知れません。
「…………」
なぜか途端に注意力が散漫になり、魔力の収束も狙いも甘くなってしまいました。
当然叱責があるかと思ったのですけれど、理事長はニヤニヤ……いえ、ニマニマと人の悪い顔で笑っています。
なんというか……井戸端で他人の醜聞ゴシップを面白おかしく興味本位で噂するオバ、いえ、好奇心旺盛なご婦人のような表情です。
「いや~っ、若いっていいわねー。うんうん、これぞ青春のメモリー、恋する男女のお約束、フラグイベントってやつよ。これだからこの仕事は辞められないわね~」
発想が非常に残念です。あと、ひょっとして私は間違った場所で間違った相手に師事しているのではないでしょうか?
「別にそういう色恋沙汰の絡む関係ではありませんわ」
「またまた~っ! 好きでもない男の子と年頃の女の子が一緒にいられるわけないじゃない」
「……お互いに好意があるのは事実ですが、だからといって恋愛感情と結びつけるのは早計なのではありませんか? 互いを尊敬して尊重し合う良き隣人という――」
「ないない。女の子はまだしもあの年頃の男の子に男女の友情なんて概念はないわー。絶対に惚れた腫れたの話だって。それも“宮廷風恋愛”じゃなくてラブロマンスの方ね」
言いかけた私を遮って、メイ理事長が所謂いわゆるドヤ顔で胸を張って言い切ります。
ここでいう『宮廷風恋愛』というのは宮廷絵巻に登場するような貴族の男女が繰り広げる、詩的で華麗な美意識に則った気高い騎士物語のような誠実な恋愛のことです。対して『恋愛ラブロマンス』は文字通りの男女の愛欲塗れの人間模様になります。
なんとなくムカついたので、一発当てようとありったけの魔力を振り絞って連射しましたが、すべてその人の悪い笑顔に届く前に無効化されてしまいました。
「ああ、そういえば、イベントで思い出したけど、もうすぐ調査学習があるでしょう? あれの班分けって決めたの?」
「一応は」
全魔力を動員した炎術・水術・光術の合わせ技をあっさり遮断され、「こういう馬鹿正直な攻撃は、バリエーションをつけてもあまり効果がないわね~」と辛口の講評を下された私は、現在研究中の奥の手を使うべくタイミングを計りながら、理事長の質問に答えます。
「ルークとダニエル、それとヴィオラとリーゼロッテと班を組む予定ですけれど」
本当はセラヴィも誘ったのですけれど、あちらは先約があり、既に生徒会の班に入っていました。威哥王三鞭粒
なお調査学習とは銘打ってはいるものの、基本的には学園の飛び地にある宿泊施設を利用した小旅行のようなものです。
一斑が五~六人ほどで、だいたい三十~四十人ほどのグループに束ねられ、教員や教導官メンター数人が引率する形で、三巡週ほどリビティウム皇国内にある史跡や名所を訪れて、現地調査を行いレポートを書く形になります。
と――。
私が挙げた班の面子を聞いてメイ理事長が微妙に顔を引き攣らせました。
「そ、それはまた濃いメンバーの班だこと。万一のことがあったら学園の看板どころか、屋台骨が傾くかも知れないわね。……引率する係員はご愁傷様としか言えないわ」
「そうですわね。私も皆様の身をお守りできますよう可能な限りの努力をいたしますわ。たとえこの命に替えましても」
「いやいやっ、あんたに何かあったら一番大事おおごと……じゃなくて、生徒は全員等しく大切な学園の生徒なんだから、誰が上だの下だのないの。だから不測の事態があっても、絶対に無理をしないこと。いいわね?」
「――ええ。ですが自分にできることがあれば行動はいたしますが」
できる能力を持った人間が必要な場面で必要な行動を起こさないのは怠慢どころか犯罪ですから。
「う~~む。こーいう頑固なところは、さすがにレジーナの弟子だけのことはあるわね。あたしとしては大人しく王子様に守られるお姫様役を希望してるんだけど」
「それは……メンバー的にも無理なのでは?」
私は同行する正真正銘のお姫様――ヴィオラとリーゼロッテ――を思い出して、思わず小首を傾げます。
いまや学園の三大麗華と謳われるおふたり――行動をともにする機会が多いため、お情けで私までカウントされていますが、おそらくはお笑い枠でしょう――ですが、いずれも温室で守られた可憐な花というには自己主張が激しすぎます。
その答えに理事長が頭を抱えたところへ、私は準備していた『奥の手』を投擲しました。
「ん? これは……」
怪訝な面持ちで瞬きをする理事長。
私はすかさず起動術式トリガー・ワードを唱えました。
「――風よダート!」
「いかがでしょう、ルーカス公子。ユニス法国といえばリビティウム随一――いえ、大陸でも屈指の歴史と伝統に彩られた聖地です。公子をはじめ王女様方が訪問されるのにこの上なく相応しいと、私ども生徒会執行部全員が満場一致で推挙いたすしだいでございます」
放課後の小会議室にて――。
最初に生徒会執行部部長バリー・カーターと自己紹介をした神経質そうな眼鏡の男子生徒が、慇懃ながらもどこか押し付けがましい口調で、ルークたちに向かってユニス法国がいかに素晴らしいか、学ぶに足る地であるかを立て板に水で捲くし立てていた。
予定されている調査学習のグループ協議ということで、集められたルークたちの班を含めた六つの班であったが、蓋を開けてみればそのうちの一班がヴィオラとリーゼロッテの取り巻きである他は、残り四班すべて生徒会とその関係者という、露骨に生徒会が横車を押した結果であろう極端な構成のグループであった。
自身がユニスの伯爵家出身というバリーのお国自慢に内心辟易しながらも、そこはお付き合いで適当に相槌を打ちながら聞き流すルーク。
調子に乗ったバリーが、さらにユニス法国の素晴らしさについて美辞麗句を重ねようとしたところで、
「……シレント央国の姫たる妾を前にして、リビティウム随一とは大層な口を叩くの」
リーゼロッテ王女が不快げに眉を顰めた。
「これはリーゼロッテ様! それは誤解でございます。貴国を貶めるような意図はまったくございません。ただ単純に調査学習という修学の場であれば、ユニス法国が相応しいと推挙しているしだいでして。――ええ、勿論シレント央国はリビティウム皇国の中心地でありますから、深い敬意と親愛の情を捧げております。ですがいかんせん建国から一世紀あまりといまだ歴史が浅い新進気鋭の国家。他国からいらしたルーカス公子やヴィオラ王女がここ北部地域の歴史と伝統を学ぶ場としては少々そぐわない……そう思う次第でして」威哥王
「なるほど、そちらの意図はよくわかりました。他国から訪れた僕やルーカス公子……に配慮されての調査地のご提案……ふむ、ご配慮痛み入ります」
反駁しかけたリーゼロッテの機先を制して、ヴィオラが如才なく笑みを向ける。
ただし隣に座っていたルークたちの耳には、「僕やルーカス公子だけでジルは眼中になしとは呆れる」「提案ではなくて抱き込み工作だろう」という呟きがはっきりと聞こえていた。
そんなヴィオラの冷笑と表面上の言葉を額面通りに受け止めたバリーが、わが意を得たりとばかり満面の笑みを浮かべて何度も首肯する。
「いえいえ、これも皆様方のより良い学園生活のため。そのお役に立てるのであれば、我々生徒会一同は喜んでご奉仕させていただきます」
「……特定の見返りや利害を期待しての奉仕であるか」
吐き捨てるようなリーゼロッテの感想は、幸か不幸かバリー及び執行部の面々の耳には届かなかった。
「どちらにしても」
ゲンナリしながらも毅然とした態度を崩すことはなく、ルークはバリーの目を真正面から見て言葉を重ねた。
「グループ分けが決定していて、その過半数以上の班がユニス法国行きを希望している以上、僕たちには選択の余地がないということですね?」
「とんでもありません。それを決定する為の本日の協議ですから、皆様方にそれ以上の候補地があり、明確な根拠を示していただければ、議論するのにやぶさかではありません」
バリーにあわせて集まった他班の顔ぶれが一斉に愛想笑いを浮かべる。
追従しないのは、離れた窓際に背中をもたれて白けた目でこの三文芝居を眺めている、いささか貧相な身なりをしたボサボサ黒髪の一般生徒らしい少年だけだった。
少年の立ち位置に少しだけ興味を覚えつつも、どう考えても出来レースなバリーの提案に肩を竦めるルーク。
「取り立てて僕に代案はありませんよ。ただ、歴史の長短に関わらず、どのような場所でも学ぶべきものがあると思いますけれど」
「そうであるな。逆に長いからといっても空虚な歴史では得るものもないであろうし」
「俺としては辛気臭い場所より、パーッと華やかで開放的な場所の方がいいけど」
「ははは、ダニエル君。君の意見には僕も賛成だね。その上、見目麗しい女の子が多ければ言うことはないんだけれど」
あわせて口々に好き勝手な意見を出すリーゼロッテ、ダニエル、ヴィオラ。
さすがに彼らが乗り気ではないのに気が付いて笑顔を強張らせるバリーであったが、さりとて積極的な否定の言葉がないことと、自分たちの数の有利を当て込んで、
「どうやら問題ないようですね。では調査学習の地はユニス法国。詳細は後ほど各班の代表者同士で詰めることにしましょう」
一方的にそう宣言した。
「「「「…………」」」」
無言のまま肩を竦めるルークたち。
「なお、行き先は学園の保養所のあるユニス法国東部アーレア地方となります。この地は彼の巫女姫クララ様が修行された地ということで、現在でも志しある巫女たちが修行に訪れておりますから、ヴィオラ様のご要望にもお応えできるかと」
「それは楽しみだね」
苦笑しながらも、満更でもない顔で目を輝かせるヴィオラと、「お堅い巫女さんか……」渋い顔をするダニエル。MaxMan
没有评论:
发表评论