演奏会の利益計算をした結果、大金貨12枚、小金貨8枚、大銀貨6枚の純利益となった。諸々の費用を除いて、残った純利益が大金貨10枚を超えるなんて、神官長、マジ万能。
イラスト販売を禁止されたのが、本気で悔やまれる。利益の一部を払うので、絵を売らせてください、とお願いしたが、「金には困っていないので、断固却下する」と言われた。美人豹
神官長には神殿で青色神官に分配される予算の他にも、領主の仕事を手伝ったり、騎士団の仕事を手伝ったりするたびにお給料のようなお金が支払われる他、親の残した遺産に加え、自作の魔術具を売ったり、新しく開発したりするたびに収入があるので、イラストを売った利益の一部など、神官長にとっては端金はしたがねらしい。
……そんな台詞、一度でいいから言ってみたい。くぅっ、お金持ちめっ!
「それよりも、夏の終わりが近付いている。成人式の祈り文句は覚えたのか? 秋に入ったらすぐに洗礼式もあるのだぞ」
「覚えました。星結びの儀式の時とほとんど変わらないので、それほど苦労しませんでした」
わたしの神殿長としてのお仕事は、神事で祝福を与えることと魔力を奉納することだ。
本来ならば、他の青色神官が行っている仕事の承認だとか、花捧げを目当てにやってくる貴族への対応だとか、青色神官の実家と交渉して寄付金をもらうとか、色々と仕事があるけれど、大部分は神官長が代わってくれている。
祝福くらいはきちんとこなさなければならないだろう。
「貴族の洗礼式は、君がカルステッドの館で行ったように、それぞれの館で行われる。新しい神殿長の祝福をぜひ、と君を指名してきた貴族もあるが、我々の判断で断っておいた。できそうな仕事はどんどん他の青色神官に任せていけばよい。君は君がしなければならないことをこなしなさい」
「わかりました」
貴族の洗礼式を行ったら、お布施のようなお金がもらえるが、貴族同士の繋がりや洗礼式にとられる時間を考えると割に合わない、というのが神官長の言葉だった。
お金が欲しいと言う青色神官には仕事を与えよ、ということらしい。わたしも工房関係で手一杯なので、異存はない。
「それから、まだ持っていないのならば、秋の洗礼式のために貴色を取り入れた髪飾りを注文しておきなさい。君に関する予算は、ジルヴェスターから私とリヒャルダが預かっている。支払いの前に声をかけるように」
「はい!」
神官長の言葉にわたしは、弾んだ声を上げた。髪飾りを注文するということは、トゥーリと会う口実ができるということだ。
わたしは工房にいるルッツを呼んでもらって、隠し部屋へ飛び込んだ。
「ルッツ、ルッツ。今日でも明日でも明後日でも良いから、トゥーリを呼んで」
とぉっ! とルッツに飛びつこうとしたら、バッと手を伸ばして「待て!」と寸前で止められる。
「飛びつくな! 高い服にインクが付くぞ!」
「へわっ!?」
わたしが慌てて身を引いて、ルッツを見ると、インクがあちらこちらに付いているのが見えた。道理で今日は森へ行く時と同じ格好をしているはずだ。服のズボンでゴシゴシと手を拭きながら、ルッツが尋ねる。
「トゥーリを呼ぶのはいいけどさ、いきなりどうしたんだ?」
「新しい簪を注文するの。秋の洗礼式のために貴色を取り込んだ物がいるんだって。注文していいって、神官長に言われたんだよ。うふふ~。トゥーリに会える」
わたしの言葉に「商品の注文か。……まだ無理かもなぁ」とルッツが零した。本来ならば、トゥーリはまだまだ貴族の前に出せるような教育が終わっていないらしい。最初の挨拶は定型なので覚えられても、すぐにボロが出る。
「……旦那様が一緒なら、大丈夫かもしれないし、一応頼んでみる」
「ベンノさんに、絶対トゥーリが良いって、お願いしておいて」
ルッツが笑いながら、請け負ってくれた。そして、その後、少し表情を曇らせる。
「あのさ、フェイの妹が秋に洗礼式なんだ。マインとはあまり付き合いがなかったから、お互いにあまりはっきりとは覚えてないと思うけど、髪型を変えるくらいはしておけよ。オレ、妙な質問されるのは嫌だからな」
「……わかった」
ご近所さんとは付き合いも少なかったし、マインの葬式自体はすでに終わっているし、祭壇の上と下で距離があるので、バレることはないと思うが、仮に知られてしまったら、ご近所さんが神官長に「証拠隠滅」されるかもしれない。そんな恐ろしいことは考えたくないので、自分なりに防御しておく必要があるだろう。
「ザシャ兄貴の成人式が春でよかったよ。遠目でもさすがに兄貴達にはわかるだろうし……」
ルッツの一番上の兄であるザシャは、わたしが貴族街で教育を受けている時に神殿長不在で行われた春の成人式で成人となったらしい。
さすがに、貴族に殺されたと言われ、葬式には死体もなく、すぐに神殿長として全く同じ容姿の領主の養女が出てくれば、バレたはずだ。
「次に成人するのはジークだよね? いつ?」
「あと二年は先だから、それまでにお前がもうちょっと成長していれば大丈夫だと思う。マインが生きていればこんな感じだったかもな、で誤魔化せるんじゃねぇかな?……成長、するか?」絶對高潮
「ちょっとは成長してるよ。失敬な!」
トゥーリを呼んでもらう約束をして、会計報告の書類を渡したわたしは書字板を取り出して、視線を落とした。ルッツと話し合っておく項目を見ながら、話し終わったものに印を付けていく。
「ねぇ、ルッツ。今年の冬支度も孤児院は早目に準備した方が良いかな? わたし、今年は収穫祭に行かなきゃいけないんだけど」
「……膠にかわを作るんだったら、臭くさいからダメだったけど、膠を作らないなら、別に収穫祭の後でもいいんじゃねぇ? 旦那様に頼んで、店の冬支度と一緒にしてもいいだろうし……」
正直、膠は欲しい。けれど、できれば、ギルベルタ商会の冬支度と一緒にしてもらった方が、指導できる人員が多いので安心できる。去年はウチの家族とルッツの家族が総出で手伝ってくれたけれど、毎年頼るわけにもいかないのだ。
「ここの孤児院の冬支度はベンノさんにお願いするよ。ハッセの町の孤児院でも冬支度が必要なんだけど、あっちはどうなってる? 近くに民家が少なかったから、膠を作っても大丈夫じゃない?」
「生活用品は粗方運び終えたらしい。食料とか薪とか紙作りに使う素材とか、そういうのも運び込んでいて、木工工房のインゴ夫婦は孤児院に泊まり込んで仕事をしているらしいぜ。そろそろ灰色神官や巫女を連れて行って、生活基盤を整えるという話になっているはずだ」
ハッセの町に向かわせる灰色神官と灰色巫女はこちらでも選出が終わり、料理や工房運営の教育が行われている。
「ウチの父さんも声がかかっていて、ハッセの町に行くことになったんだ。専属とハッセの町の職人を使っても足りなくて、木工や建築の仕事をしているところには、旦那様がどんどん声をかけて人を集めているみたいだ」
初期費用を得るのに時間がかかったため、かなり急いで礼拝室を整えているらしい。約束の一月は過ぎたけれど、他のレシピもちらつかせて、料理人の契約延長をしてもらい、時間稼ぎをしているのが現状だ。
「じゃあ、灰色神官達を移動する日が決まったら教えてね」
せっかくなので、レッサーバスをお披露目して、灰色神官達を乗せていくのはどうだろうか。
神官長に尋ねてみたら、「同乗者が可哀想だから、許可できない」と言われた。わたしの運転も結構安定してきたのに、ひどい。
その二日後、トゥーリがベンノとルッツと一緒にやってきた。挨拶は代表でベンノがして、ギルベルタ商会の三人とギルとダームエルと一緒にさっさと隠し部屋に入る。
部屋の中に入ると、ベンノが教育者らしい厳しい目でトゥーリを見た。
「トゥーリ、この部屋では多少態度が崩れても咎める者はいないが、俺は態度を崩すことは許さない。今は少しの失敗なら許される練習の場だと思って、貴族への対応を学べ」
「はい」
トゥーリが真剣な顔で頷いた。季節一つでずいぶん態度も言葉遣いも改められているけれど、貴族と対応できる職人としてはまだまだだ。ルッツでもまだ合格が出ないから、貴族街へは来られないのである。
「ローゼマイン、この先も簪の注文をトゥーリに出したいならば、トゥーリの教育に協力しろ。まだ全然外に出せる状態じゃないんだ」
「わかりました」
わたしは大きく頷いて、テーブルを挟んでトゥーリ達と向き合った。トゥーリはいくつか作っている花の飾りを木の箱から取り出して、テーブルに並べていく。
その動作を、わたしは手を伸ばして止めた。
「急いではなりません。ゆっくりでも良いから落ち着いて。……わたくしがお手本を見せますから、上級貴族の奥様に習った物の扱いをよく見て憶えてください」
わたしは洗礼式までの間に、お母様から叩き込まれた上級貴族の仕草をトゥーリに見せる。指先まで動きに細かく注意を飛ばされたことを思い出しながら、丁寧に蓋を開けて、中の物を両手で取り出し、布を取り外していった。
「……そうしていると、本当に上級貴族のお嬢様だな」
ルッツがポツリとそう呟く。ベンノも感心したような声を出した。
「短い期間でよくそこまでできるようになったものだ。教師がよかったのかもしれないが、本人の努力なしにここまで上達はしない。お前達も実感していると思うが、身に付いた動きを矯正するのは大変なんだ」Xing霸
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「神官長からご褒美として図書室の鍵を出されたので、必死でした」
わたしが笑って答えると、皆が小さく笑いを零した。
トゥーリがわたしの動きを真似して、なるべく丁寧に花の飾りを取り出していく。テーブルの上に色とりどりの花が並んだ。
「儀式用の簪なら、花は大きくて華やかな方が良いですね。こちらの花はどうでしょうか?」
ベンノが言った言葉をトゥーリが反復して述べる。このように付きっきりで教えられる機会は滅多にないのだろう。トゥーリだけではなくルッツも、ギルも、真剣な目をしている。
「花の大きさはこのくらいで良いのですけれど、わたくしは、この間頂いたように花弁に動きがついている花が欲しいと思っています」
「お気に召していただけて光栄です。秋の貴色は黄色ですが、他に何色を入れましょうか?」
花芯を濃い黄色にして、花弁は薄い黄色にすることが決まったけれど、それ以外の飾りはどうするか聞かれて、わたしは少し首を傾げた。
「そうですね。……秋の簪ですから、木の実のような飾りがあっても可愛らしいかもしれません。秋の実りを感じさせる飾りを取り入れてください」
「……秋の実りですか。かしこまりました。考えてみます」
トゥーリがわたしの使っていた書字板を使っている。まだ拙い字で、本人以外には読みにくい字だけれど、確実に進歩している。
「お金を積んだところで、貴族の振る舞いを教えてくれる教師はなかなか得られません。本日の教育は彼らにとって何よりも得難い経験でありました。彼らは皆、また大きく成長できるでしょう。ローゼマイン様に心からの感謝を捧げます」
隠し部屋にいるのに、ベンノがきっちりとした礼をする。ルッツとトゥーリが見様見真似でそれに続いた。
絵本第三弾である火の神とその眷属に関する絵本の本文を作っているうちに、夏の成人式の日となった。
成人式で行うことは星結びの儀式とそれほど違いはない。呼ばれたら礼拝室へ入って、夏の神様である火の神 ライデンシャフトの話をして、神に祈りを捧げ、祝福を贈るだけだ。祈り文句だけ覚えておけば、できる。
儀式用の衣装の着付けをしてもらい、夏の貴色で飾ってもらい、わたしは礼拝室へと向かった。裾を踏みそうな服に少しばかりイライラしながら歩いて、扉の前に立つ。
「神殿長、入室」
神官長の声と共に、扉が開かれた。祭壇の前に並んだ青色神官が手に持っている棒を振ることで、たくさんの鈴が鳴ったような音が礼拝室に響き渡る。
その中をわたしは大きくて重たい聖典を持って、ゆっくりと足を進めていくのだ。
右手には青色神官が、左手には新成人がずらりと並んでいる。
声を抑える魔術具が使われているので、ほとんど聞こえないが、それでも「あれが噂のちっちゃい神殿長か」「大丈夫か? 本に潰されるんじゃねぇの?」というような声が少しは耳に届く。
祭壇のところで神官長に聖典を渡し、わたしは軽く裾を持ち上げて、階段を上がった。
新成人が着ているのは、結婚時にも着られる晴れ着だ。そのため、この季節の貴色を皆がまとっているので、礼拝室の中が青い。
星結びの儀式と同じように、神官長が朗々とした声で神話を語り始めた。しかし、大半が聞いていない。
星結びの儀式では、これから新生活に向かおうとする二人の意気込みが多少は感じられた。自分の洗礼式の時も、初めて神殿入るせいか、周囲は神話がわからないなりに真面目に聞いていた。WENICKMANペニス増大
けれど、洗礼式を一度経験し、見習いとして社会で揉まれてきた新成人は「早く終われよ」と言わんばかりの態度で前を向いている者がほとんどいない。
自分が魔力を使って、神の祝福を与えることができるようになったせいか、魔力が生活を支えていることを知ったせいか、新成人の態度に少しカチンときた。もうちょっと農村の祈念式を見習おうよ、と思ってしまう。わたしだって、忙しい中、祝福を与えるためにここにいるのだ。
「では、神に祈りを捧げましょう。神に祈りを!」
そう言っても、きちんと捧げている者は少数で、その他は嫌々やっているのが一目でわかる有様だった。この信仰心のなさは何とかした方が良いかもしれない。ただでさえ、下町の人にはあまり役に立たないと思われている神殿なのに、神殿長がわたしのような幼い子供になって、更になめられている気がする。
神官長が「では、これより其方らに神々の祝福を与える」と、新成人にその場で跪くように言った。
わたしはほんの少しだけ指輪に魔力を込める。
「火の神 ライデンシャフトよ 我の祈りを聞き届け 新しき成人の誕生に 御身が祝福を与え給え 御身に捧ぐは彼らの想い 祈りと感謝を捧げて 聖なる御加護を賜わらん」
青い光が上がっていくが、星結びの時に比べると、かなりしょぼい祝福だった。おそらく、星結びの儀式の様子を聞いていたのだろう。新成人達が顔を歪め、口をパクパクさせている。
「……星結びの儀式の時とずいぶんと違いますね」
わたしは自分の祝福を見上げるようにして言った後、礼拝室の新成人をぐるりと見回した。
「ライデンシャフトに貴方達の祈りはあまり届かなかったようですが、貴方達は真剣に祈りましたか?」
神殿内が小さな声でざわついた。声を抑える魔術具を使っていてもわかるくらいのざわめきが礼拝室に満ちている。
祝福を得られなかったことに愕然としている彼らに、わたしは厳しく言った。
「真剣に神に祈ってください。これからも努力し続けることを。成長を続けることを誓い、その加護を願ってください。祈らぬ者に祝福が与えられることはありません」
神官長がこちらを睨んでいるのがわかるが、敢えて無視して、わたしはもう一度彼らに祈らせる。
「神に祈りを!」
今度は大半が真面目な顔になり、神に祈りを捧げている。それに少し満足して、今度は指輪に魔力を込めていく。
「火の神 ライデンシャフトよ 我の祈りを聞き届け 新しき成人の誕生に 御身が祝福を与え給え 御身に捧ぐは彼らの想い 祈りと感謝を捧げて 聖なる御加護を賜わらん」
今度は目に見えて違いがわかるほど、青い光が渦巻くようにして礼拝室の上へと上がっていき、光の粉のようになって、彼らの上に降り注いだ。
だらっとしていた新成人の顔付きや態度が、一気に変わった。興奮したように上気した顔になり、やる気に満ちているように見える。procomil
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2014年10月30日星期四
2014年10月29日星期三
処分
光の帯に巻かれたまま、舞台に転がっている反逆者がユストクスの動きを注視する。近付いて来るユストクスの足の動きを見て、恐怖に引きつった顔で小さく「助けてくれ」と掠れた声を漏らした。SEX DROPS
しかし、その声に応える者はなく、スタスタと歩いたユストクスが、一番手前に転がっている男の側にナイフを持ってしゃがむ。
「血判を押させてもらう」
ユストクスは光の帯からわずかに出ている男の指にナイフを押し当てると、スッと軽く動かして傷を付けた。そして、膨れ上がる血を見ながら、持っていた紙に押し付ける。べったりと赤い丸が付いたのがわかった。
……痛い、痛い!
他人の指とはいえ、ナイフで切られて血を流すところを見ると、自分の指が痛い気がしてくる。わたしは自分の指を押さえながら、なるべく赤い血を意識しなくて済むように、少し焦点をずらす。
指紋の付いた血判がしっかりと押されたことを確認すると、ユストクスは軽い動作でブンと一度ナイフを振った。
……ナイフが、綺麗になった?
わたしは目を瞬きながらナイフを見つめた。ナイフにわずかに付いていた赤い筋が消えている気がする。
ユストクスは一度血判を押した紙を、確認させるように広場に向かって見せる。
わっと広場で声が上がった。
ユストクスはその隣に転がる男のところへと向かい、同じように血判を押していく。そして、また広場に向かって見せる。その繰り返しだ。
「神官長、ユストクスは一体何をしているのですか?」
「登録証の選別を行うのだ。登録証を扱うのは神官か文官の役目だからな」
洗礼式を受けた年の順に並べられている登録証は、貴族の分は魔力の登録がされているけれど、平民の登録は血だけで登録されている。それはマインの洗礼式で登録したので憶えている。白くて平べったい石のような登録証に血を押し付けるだけだ。
名前も聞かれなかったので、登録証には当然書かれていない。洗礼式を受けた年代順に保管されているらしいけれど、それではどれが誰の分なのかわからない。
そのため、登録証の選別もまた、基本的に血で行うらしい。例えば、葬式の時も死体の上に登録証を置いて、本人の登録証で間違いないのか確認するそうだ。わたしはマインの葬式に必要になる登録証を探すために、神官長に血を取られたらしい。意識がなかったので、憶えていないけれど。
エーレンフェスト以外で行われる葬式の時は死者の血を木札に取っておいて、秋の収穫祭で文官に報告される。文官は木札を徴税の品物と一緒に城に送り、それぞれの登録証が引っ付いた木札が送り返されてくるそうだ。それを墓標に付けるらしい。
神官長の説明を聞いているうちに、ユストクスは最後の一人のところへと向かっていた。
「こんなことになるなんて……」
反逆者となった6人の内、最後の一人は女性だった。町長の奥さんが光の帯に縛られていて、涙を流しながら、敵意を剥き出しにした目をこちらに向けている。
……怖い。
感情を剥き出しにした強い視線に正面から睨み上げられ、ひくりと喉が動いて、二の腕に鳥肌が立った。指先が小さく震える。
後ろに下がって神官長の陰に隠れたい。せめて、視線を逸らしたいと思った。
けれど、わたしは神官長から、この処分を見届けるように、と言われているのだ。目を逸らすことは、してはならない。
グッと奥歯を噛みしめて、わたしは自分の指を組んで、震えないように強く握りこんだ。
わたしが奥さんと睨み合っている間に、ユストクスは表情一つ変えずに血判を押させて、作業を終える。
全員の血判を取り終えたユストクスが、何やら言いながらナイフを軽く振って、シュタープに戻す。
そして、シュタープをよくわからない形に振りながら、「アオスヴァール」と唱えた。
すると、血判を押した紙が契約魔術のような金色の炎に包まれ始め、燃えながら、エックハルト兄様が守る箱の上へと飛んでいく。
金色の尾を引くように箱の上に飛んだ紙は、光の粉を撒くように燃えて、消えていった。蒼蝿水
直後、誰も触っていないのに、引き出しがガタガタと動き始める。一番上、二番目、と勝手に引き出しが飛び出したり、戻ったりと不思議な動きをして、中から6個の登録証が飛び出してきた。
「おおぉぉ!」
広場から興奮した声が上がる中、領民としての登録をされている白いメダルのような登録証がヒュンと飛んで、ユストクスの手の中へと納まる。
6つの登録証を手にしたユストクスが、自分の手の中を確認した後、神官長の前に流れるような足取りで歩いてきて跪いた。そして、登録証を捧げ持つ。
「フェルディナンド様、こちらになります」
「ご苦労」
神官長はユストクスの手から登録証を取り、軽く頷いた。
ユストクスは神官長からの労いの言葉を聞くと立ち上がり、すぐさま、登録証が入った箱のところへと戻る。丁寧な手つきで厳重に鍵をかけ直し、箱を守るように前に立った。
「ローゼマイン、ユストクスのところまで下がりなさい」
「はい」
わたしがユストクスの隣に立つと、舞台の中央にいるのは神官長だけになった。
周囲を見回した神官長が、するりとシュタープを取り出して動かせば、魔力がシュタープの先から流れ出し、複雑な模様を描き始める。
「おぉ、初めてだ……」
隣のユストクスが興奮したような声を出し、茶色の瞳を嬉しそうに輝かせた。やや前のめりになるような感じで、神官長を見ている。
「ユストクス、何が起こるのですか?」
「領主に反逆した者に対する処刑です。領主候補生のみに教えられるものなので、行使する時はこうして他の者を側に寄せないのです」
声が聞こえないように、複雑な模様を描く魔法陣の細かいところが見えないように、周囲に人を寄せ付けず行われるのだ、とユストクスは教えてくれる。
「反逆者を処刑するための魔術があることは知っていても、今まで見たことがありませんでした」
領主に反逆するような者は普通いないので、このような処刑が行われるのはとても珍しいそうだ。
「あぁ、フェルディナンド様と担当者に無理を言って、ハッセに来てよかった」
拳を握って、万感の籠る声でしみじみと「この処刑が見たかったのだ」と言う変わり者の言葉に、わたしは初めて、ユストクスを同行させることに嫌な顔をした神官長の心情がよくわかった。
そっと一歩ユストクスから離れる。
「姫様もいずれ覚えることになるでしょう。使用する機会があれば、ぜひお声をかけてください」
「……そんな機会がないことを神に祈っておきます」
あっても呼ばないよ、と心の中で呟きながら、わたしは神官長へと視線を向けた。
舞台の中央で、神官長がシュタープを振る。魔力で描いた魔法陣が完成したのか、黒い靄が炎のように揺らめきながら魔法陣から出てきた。
闇の神に関する魔術なのだろうか。わたしは魔法陣から出てきた黒い靄が、去年の祈念式で襲撃を受けた時に見た魔力を吸い取る黒い靄に似ていることから、何となく見当を付ける。
黒く揺らめく、不気味な魔法陣に神官長が登録証を投げ込んだ。魔法陣にピタリとくっつくように登録証が宙に止まり、黒い靄に包み込まれていく。
「エックハルト、戒めを解け!」
「はっ!」
神官長の声に応えて、エックハルト兄様が時を移さずシュタープを振って、6人を縛り付けていた光の帯を消す。縛りつけていた光の帯が一瞬で消えた。
突然戒めを解かれた彼らの反応は様々だった。
何が起こっているのか、わからないように目を瞬いて、そのまま動かなかった者。
悲鳴を上げて逃げ出そうとした者。
そして、一矢報いようとしたのか、神官長に向かって駆け出した者……。
「神官長!?」
ただ一人、舞台の中央に向かって駆け出した町長の奥さんの姿を見て、思わず「危ない」と叫んだわたしに、神官長は眉一つ、視線一つ動かさなかった。動いた者達を一瞥もせず、視線は魔法陣に固定されたまま、口を開く。勃動力三体牛鞭
「案ずるな。問題ない」
彼等が動けたのは、ほんの一瞬のこと。
やにわに立ち上がり、逃げようと動き出した町長も、神官長に襲い掛かろうとした町長の奥さんも、数歩足を動かしたところで、つんのめった。そのままその場にバタリと倒れる。
立ち上がろうとしているようだが、腕を動かしてもがいても、足が全く動いていない。
「足が、私の足がっ!」
悲痛な叫びが響いた。「嫌だ」「助けてくれ」「悪かった」と口々に声が上がる。
わたしが眉を寄せて、よく見てみると、6人の足が薄い灰色に染まっていくのが見えた。最初はお揃いの灰色の靴でも履いているのかと思ったけれど、そうではなかった。足が、衣服の先がどんどんと灰色に染まっていき、それと同時に動く部分が減っていくようだった。
「……まるで足が石になっているように見えるのですけれど」
「おそらくあれが全身に広がるのだろう」
わくわくしているという表情を隠しもせずに、ユストクスは食い入るように彼らを見ている。
わたしはとてもそのような楽しい気分にはなれない。時折こちらへと向けられる神官長の厳しい視線さえなければ、彼らの悲鳴を聞きたくなくて、もがく姿を見たくなくて、いっそ耳を塞いで目を閉じていただろう。
黒い靄が炎で燃やすように登録証を蝕むしばんでいく。まるで紙が燃えるように、白い登録証はじりじりと下の方から形を失っていった。
登録証が半分ほど形を失った時には、彼らは腰の辺りまで固まっていた。見る見るうちに胸まで固まり、首の辺りまで固まると声さえ出なくなる。
登録証が完全に形を失った時には、全身が石像のように固まっていた。
すいっと神官長がシュタープを動かす。
魔法陣がふっと掻き消えた。
次の瞬間、6体の石像が呆気なく崩れ始める。
はじめに、ピキリと大きなひびが入った。
そこから割れて、ゴトリと重そうな音を立てて落ちる。
落ちた衝撃で大きな塊がいくつもの破片へと砕けた。
破片はまるで砂の細工だったかのようにサラリと崩れ始める。
最終的には灰のような軽さになってしまったようだ。まだ冷たさの残る春の風にさらわれて散ってしまった。
墓標とするべき登録証もない、遺体も残らない。
埋葬さえ、弔いさえ許されない反逆者の末路だった。
「見事だ」
ユストクスは興奮した声音でそう言ったけれど、わたしには愛想笑いを浮かべて頷くことさえ億劫でできなかった。
……気持ち悪い。
恐怖と絶望に固まった表情が離れない。耳の奥に彼らの絶叫がこびりつき、目には最後までもがく姿が焼き付いている。
あれは人の死に様ではなかった。
……気持ち悪い。
手足が異様に冷たく感じる。胃の中がぐるぐると回っている不快感が止まらない。
このままいっそ気を失って倒れてしまえば、楽になれるだろう。けれど、体力を消耗したわけでもなく、魔力を消耗したわけでもないわたしは、意識を飛ばしたくても飛ばせず、目を閉じることも許されないまま、ただ舞台の端に立っていた。
シンと静まった広場には、明らかに貴族に対する恐れと怯えが広がっている。強大な貴族の力を目の当たりにし、自分達の命など簡単に奪える存在だと深く刻み込まれたのだろう、顔が恐怖に強張っているのがわかった。
「皆、これで反逆者は消えた」
そんな中、リヒトは立ち上がると、広場の民達を見回し、大きな声で呼びかける。
「彼らは町全体を陥れた反逆者だった。彼らのために、我々は反逆者の汚名を着せられた」
これからが大変なのだ、とリヒトが皆に語り掛ける。
「我々は、汚名を返上するため、洗礼式を終えた子供が大人となって尚、続くほどの長い間、償いを続けなければならない。全員が反逆者として処分されるところを救ってくださったエーレンフェストの聖女の慈悲に報いることができるように、協力し合わなければならないのだ」福源春
わたしとは反対側の舞台の端から広場に向かって語るリヒトの顔にも強張りが見える。それでも、彼はハッセを何とか立て直そうと必死だった。このまま潰れるわけにはいかない、とあがく姿に目を奪われる。
わたしはゆっくりと呼吸した。
まだ耳の奥で彼らの悲鳴が響いているが、それに引きずられているわけにはいかない。わたしの聖女の役割は終わっていないのだ。
町長の処分が終わった後のハッセをどうするのかも課題のうちだ。リヒトにできるだけの協力をして、ハッセをまとめておかなければならない。
わたしはゆっくりと舞台の中央へ足を進める。体が揺れると酸っぱい物が奥の方から込み上げてくるような心地の中、神官長の隣へと進み出た。
広場の者の視線はもちろん、舞台にいる者達の視線も、全てが自分に向かってくるのがわかる。
一度目を閉じた。
彼らの恐怖にもがく姿がくっきりと浮かび上がる。
頭を何度か振って、グッと足を踏ん張って、俯かないように顔を上げた。
「ローゼマイン、これを」
神官長がわたしの手に声を響かせるための魔術具を渡して、一歩下がる。
わたしは魔術具を握りしめて、口元へ持って行くと、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「ハッセの民よ」
声が震えた。一度唾を呑み込んで、もう一度ゆっくりと息を吸う。
「ハッセの民よ、一年、耐えてください」
今度はもう少しマシな声が出た。それに安堵して、わたしは言葉を続ける。
強大な魔力で恐怖のどん底に突き落とすのも貴族だが、強大な力で民を救うことができるのも貴族なのだ。聖女の役割を与えられているならば、少しは希望を与えたい。
「来年の祈念式が行われるか否か、この一年、ハッセの行いを領主が吟味して決定します。わたくしもお願いするつもりですが、重要なのはハッセの行いです」
一年頑張れば、次の年には祈念式が行われるだろう。その言葉を聞いた農民達が顔を上げた。「一年ならば、何とかなる」「何とかしよう」そんな声が上がり始める。
皆の顔が前を向き始めたことに、少しだけ肩の力が抜けた。
「反逆の心を持つ者はいないと証明されています。償いの心があることを、皆の行いで示してください。わたくしは、来年、ここで祈念式を行い、祝福と祈りを捧げたいのです」
そして、大歓声の中、わたしは神官長の指示に従って、騎獣に乗って小神殿へと向かった。大きな箱とユストクス、フランとザーム、ブリギッテも同乗している。
「ローゼマイン様、大変素晴らしかったです」
「ありがとう、ブリギッテ」
何とか笑って見せるものの、もう頭の芯がぐらんぐらんしている。
胸がむかむかする。この気持ち悪さを吐き出したい。
完全に現実逃避して本の世界に没頭したい。せめて、何も考えずに眠りたい。
小神殿の扉の前で騎獣から降りると、小神殿の中から次々と灰色神官やギルベルタ商会の面々、それぞれの側仕え達が出てきた。彼らがザッと並んで跪く。花痴
しかし、その声に応える者はなく、スタスタと歩いたユストクスが、一番手前に転がっている男の側にナイフを持ってしゃがむ。
「血判を押させてもらう」
ユストクスは光の帯からわずかに出ている男の指にナイフを押し当てると、スッと軽く動かして傷を付けた。そして、膨れ上がる血を見ながら、持っていた紙に押し付ける。べったりと赤い丸が付いたのがわかった。
……痛い、痛い!
他人の指とはいえ、ナイフで切られて血を流すところを見ると、自分の指が痛い気がしてくる。わたしは自分の指を押さえながら、なるべく赤い血を意識しなくて済むように、少し焦点をずらす。
指紋の付いた血判がしっかりと押されたことを確認すると、ユストクスは軽い動作でブンと一度ナイフを振った。
……ナイフが、綺麗になった?
わたしは目を瞬きながらナイフを見つめた。ナイフにわずかに付いていた赤い筋が消えている気がする。
ユストクスは一度血判を押した紙を、確認させるように広場に向かって見せる。
わっと広場で声が上がった。
ユストクスはその隣に転がる男のところへと向かい、同じように血判を押していく。そして、また広場に向かって見せる。その繰り返しだ。
「神官長、ユストクスは一体何をしているのですか?」
「登録証の選別を行うのだ。登録証を扱うのは神官か文官の役目だからな」
洗礼式を受けた年の順に並べられている登録証は、貴族の分は魔力の登録がされているけれど、平民の登録は血だけで登録されている。それはマインの洗礼式で登録したので憶えている。白くて平べったい石のような登録証に血を押し付けるだけだ。
名前も聞かれなかったので、登録証には当然書かれていない。洗礼式を受けた年代順に保管されているらしいけれど、それではどれが誰の分なのかわからない。
そのため、登録証の選別もまた、基本的に血で行うらしい。例えば、葬式の時も死体の上に登録証を置いて、本人の登録証で間違いないのか確認するそうだ。わたしはマインの葬式に必要になる登録証を探すために、神官長に血を取られたらしい。意識がなかったので、憶えていないけれど。
エーレンフェスト以外で行われる葬式の時は死者の血を木札に取っておいて、秋の収穫祭で文官に報告される。文官は木札を徴税の品物と一緒に城に送り、それぞれの登録証が引っ付いた木札が送り返されてくるそうだ。それを墓標に付けるらしい。
神官長の説明を聞いているうちに、ユストクスは最後の一人のところへと向かっていた。
「こんなことになるなんて……」
反逆者となった6人の内、最後の一人は女性だった。町長の奥さんが光の帯に縛られていて、涙を流しながら、敵意を剥き出しにした目をこちらに向けている。
……怖い。
感情を剥き出しにした強い視線に正面から睨み上げられ、ひくりと喉が動いて、二の腕に鳥肌が立った。指先が小さく震える。
後ろに下がって神官長の陰に隠れたい。せめて、視線を逸らしたいと思った。
けれど、わたしは神官長から、この処分を見届けるように、と言われているのだ。目を逸らすことは、してはならない。
グッと奥歯を噛みしめて、わたしは自分の指を組んで、震えないように強く握りこんだ。
わたしが奥さんと睨み合っている間に、ユストクスは表情一つ変えずに血判を押させて、作業を終える。
全員の血判を取り終えたユストクスが、何やら言いながらナイフを軽く振って、シュタープに戻す。
そして、シュタープをよくわからない形に振りながら、「アオスヴァール」と唱えた。
すると、血判を押した紙が契約魔術のような金色の炎に包まれ始め、燃えながら、エックハルト兄様が守る箱の上へと飛んでいく。
金色の尾を引くように箱の上に飛んだ紙は、光の粉を撒くように燃えて、消えていった。蒼蝿水
直後、誰も触っていないのに、引き出しがガタガタと動き始める。一番上、二番目、と勝手に引き出しが飛び出したり、戻ったりと不思議な動きをして、中から6個の登録証が飛び出してきた。
「おおぉぉ!」
広場から興奮した声が上がる中、領民としての登録をされている白いメダルのような登録証がヒュンと飛んで、ユストクスの手の中へと納まる。
6つの登録証を手にしたユストクスが、自分の手の中を確認した後、神官長の前に流れるような足取りで歩いてきて跪いた。そして、登録証を捧げ持つ。
「フェルディナンド様、こちらになります」
「ご苦労」
神官長はユストクスの手から登録証を取り、軽く頷いた。
ユストクスは神官長からの労いの言葉を聞くと立ち上がり、すぐさま、登録証が入った箱のところへと戻る。丁寧な手つきで厳重に鍵をかけ直し、箱を守るように前に立った。
「ローゼマイン、ユストクスのところまで下がりなさい」
「はい」
わたしがユストクスの隣に立つと、舞台の中央にいるのは神官長だけになった。
周囲を見回した神官長が、するりとシュタープを取り出して動かせば、魔力がシュタープの先から流れ出し、複雑な模様を描き始める。
「おぉ、初めてだ……」
隣のユストクスが興奮したような声を出し、茶色の瞳を嬉しそうに輝かせた。やや前のめりになるような感じで、神官長を見ている。
「ユストクス、何が起こるのですか?」
「領主に反逆した者に対する処刑です。領主候補生のみに教えられるものなので、行使する時はこうして他の者を側に寄せないのです」
声が聞こえないように、複雑な模様を描く魔法陣の細かいところが見えないように、周囲に人を寄せ付けず行われるのだ、とユストクスは教えてくれる。
「反逆者を処刑するための魔術があることは知っていても、今まで見たことがありませんでした」
領主に反逆するような者は普通いないので、このような処刑が行われるのはとても珍しいそうだ。
「あぁ、フェルディナンド様と担当者に無理を言って、ハッセに来てよかった」
拳を握って、万感の籠る声でしみじみと「この処刑が見たかったのだ」と言う変わり者の言葉に、わたしは初めて、ユストクスを同行させることに嫌な顔をした神官長の心情がよくわかった。
そっと一歩ユストクスから離れる。
「姫様もいずれ覚えることになるでしょう。使用する機会があれば、ぜひお声をかけてください」
「……そんな機会がないことを神に祈っておきます」
あっても呼ばないよ、と心の中で呟きながら、わたしは神官長へと視線を向けた。
舞台の中央で、神官長がシュタープを振る。魔力で描いた魔法陣が完成したのか、黒い靄が炎のように揺らめきながら魔法陣から出てきた。
闇の神に関する魔術なのだろうか。わたしは魔法陣から出てきた黒い靄が、去年の祈念式で襲撃を受けた時に見た魔力を吸い取る黒い靄に似ていることから、何となく見当を付ける。
黒く揺らめく、不気味な魔法陣に神官長が登録証を投げ込んだ。魔法陣にピタリとくっつくように登録証が宙に止まり、黒い靄に包み込まれていく。
「エックハルト、戒めを解け!」
「はっ!」
神官長の声に応えて、エックハルト兄様が時を移さずシュタープを振って、6人を縛り付けていた光の帯を消す。縛りつけていた光の帯が一瞬で消えた。
突然戒めを解かれた彼らの反応は様々だった。
何が起こっているのか、わからないように目を瞬いて、そのまま動かなかった者。
悲鳴を上げて逃げ出そうとした者。
そして、一矢報いようとしたのか、神官長に向かって駆け出した者……。
「神官長!?」
ただ一人、舞台の中央に向かって駆け出した町長の奥さんの姿を見て、思わず「危ない」と叫んだわたしに、神官長は眉一つ、視線一つ動かさなかった。動いた者達を一瞥もせず、視線は魔法陣に固定されたまま、口を開く。勃動力三体牛鞭
「案ずるな。問題ない」
彼等が動けたのは、ほんの一瞬のこと。
やにわに立ち上がり、逃げようと動き出した町長も、神官長に襲い掛かろうとした町長の奥さんも、数歩足を動かしたところで、つんのめった。そのままその場にバタリと倒れる。
立ち上がろうとしているようだが、腕を動かしてもがいても、足が全く動いていない。
「足が、私の足がっ!」
悲痛な叫びが響いた。「嫌だ」「助けてくれ」「悪かった」と口々に声が上がる。
わたしが眉を寄せて、よく見てみると、6人の足が薄い灰色に染まっていくのが見えた。最初はお揃いの灰色の靴でも履いているのかと思ったけれど、そうではなかった。足が、衣服の先がどんどんと灰色に染まっていき、それと同時に動く部分が減っていくようだった。
「……まるで足が石になっているように見えるのですけれど」
「おそらくあれが全身に広がるのだろう」
わくわくしているという表情を隠しもせずに、ユストクスは食い入るように彼らを見ている。
わたしはとてもそのような楽しい気分にはなれない。時折こちらへと向けられる神官長の厳しい視線さえなければ、彼らの悲鳴を聞きたくなくて、もがく姿を見たくなくて、いっそ耳を塞いで目を閉じていただろう。
黒い靄が炎で燃やすように登録証を蝕むしばんでいく。まるで紙が燃えるように、白い登録証はじりじりと下の方から形を失っていった。
登録証が半分ほど形を失った時には、彼らは腰の辺りまで固まっていた。見る見るうちに胸まで固まり、首の辺りまで固まると声さえ出なくなる。
登録証が完全に形を失った時には、全身が石像のように固まっていた。
すいっと神官長がシュタープを動かす。
魔法陣がふっと掻き消えた。
次の瞬間、6体の石像が呆気なく崩れ始める。
はじめに、ピキリと大きなひびが入った。
そこから割れて、ゴトリと重そうな音を立てて落ちる。
落ちた衝撃で大きな塊がいくつもの破片へと砕けた。
破片はまるで砂の細工だったかのようにサラリと崩れ始める。
最終的には灰のような軽さになってしまったようだ。まだ冷たさの残る春の風にさらわれて散ってしまった。
墓標とするべき登録証もない、遺体も残らない。
埋葬さえ、弔いさえ許されない反逆者の末路だった。
「見事だ」
ユストクスは興奮した声音でそう言ったけれど、わたしには愛想笑いを浮かべて頷くことさえ億劫でできなかった。
……気持ち悪い。
恐怖と絶望に固まった表情が離れない。耳の奥に彼らの絶叫がこびりつき、目には最後までもがく姿が焼き付いている。
あれは人の死に様ではなかった。
……気持ち悪い。
手足が異様に冷たく感じる。胃の中がぐるぐると回っている不快感が止まらない。
このままいっそ気を失って倒れてしまえば、楽になれるだろう。けれど、体力を消耗したわけでもなく、魔力を消耗したわけでもないわたしは、意識を飛ばしたくても飛ばせず、目を閉じることも許されないまま、ただ舞台の端に立っていた。
シンと静まった広場には、明らかに貴族に対する恐れと怯えが広がっている。強大な貴族の力を目の当たりにし、自分達の命など簡単に奪える存在だと深く刻み込まれたのだろう、顔が恐怖に強張っているのがわかった。
「皆、これで反逆者は消えた」
そんな中、リヒトは立ち上がると、広場の民達を見回し、大きな声で呼びかける。
「彼らは町全体を陥れた反逆者だった。彼らのために、我々は反逆者の汚名を着せられた」
これからが大変なのだ、とリヒトが皆に語り掛ける。
「我々は、汚名を返上するため、洗礼式を終えた子供が大人となって尚、続くほどの長い間、償いを続けなければならない。全員が反逆者として処分されるところを救ってくださったエーレンフェストの聖女の慈悲に報いることができるように、協力し合わなければならないのだ」福源春
わたしとは反対側の舞台の端から広場に向かって語るリヒトの顔にも強張りが見える。それでも、彼はハッセを何とか立て直そうと必死だった。このまま潰れるわけにはいかない、とあがく姿に目を奪われる。
わたしはゆっくりと呼吸した。
まだ耳の奥で彼らの悲鳴が響いているが、それに引きずられているわけにはいかない。わたしの聖女の役割は終わっていないのだ。
町長の処分が終わった後のハッセをどうするのかも課題のうちだ。リヒトにできるだけの協力をして、ハッセをまとめておかなければならない。
わたしはゆっくりと舞台の中央へ足を進める。体が揺れると酸っぱい物が奥の方から込み上げてくるような心地の中、神官長の隣へと進み出た。
広場の者の視線はもちろん、舞台にいる者達の視線も、全てが自分に向かってくるのがわかる。
一度目を閉じた。
彼らの恐怖にもがく姿がくっきりと浮かび上がる。
頭を何度か振って、グッと足を踏ん張って、俯かないように顔を上げた。
「ローゼマイン、これを」
神官長がわたしの手に声を響かせるための魔術具を渡して、一歩下がる。
わたしは魔術具を握りしめて、口元へ持って行くと、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「ハッセの民よ」
声が震えた。一度唾を呑み込んで、もう一度ゆっくりと息を吸う。
「ハッセの民よ、一年、耐えてください」
今度はもう少しマシな声が出た。それに安堵して、わたしは言葉を続ける。
強大な魔力で恐怖のどん底に突き落とすのも貴族だが、強大な力で民を救うことができるのも貴族なのだ。聖女の役割を与えられているならば、少しは希望を与えたい。
「来年の祈念式が行われるか否か、この一年、ハッセの行いを領主が吟味して決定します。わたくしもお願いするつもりですが、重要なのはハッセの行いです」
一年頑張れば、次の年には祈念式が行われるだろう。その言葉を聞いた農民達が顔を上げた。「一年ならば、何とかなる」「何とかしよう」そんな声が上がり始める。
皆の顔が前を向き始めたことに、少しだけ肩の力が抜けた。
「反逆の心を持つ者はいないと証明されています。償いの心があることを、皆の行いで示してください。わたくしは、来年、ここで祈念式を行い、祝福と祈りを捧げたいのです」
そして、大歓声の中、わたしは神官長の指示に従って、騎獣に乗って小神殿へと向かった。大きな箱とユストクス、フランとザーム、ブリギッテも同乗している。
「ローゼマイン様、大変素晴らしかったです」
「ありがとう、ブリギッテ」
何とか笑って見せるものの、もう頭の芯がぐらんぐらんしている。
胸がむかむかする。この気持ち悪さを吐き出したい。
完全に現実逃避して本の世界に没頭したい。せめて、何も考えずに眠りたい。
小神殿の扉の前で騎獣から降りると、小神殿の中から次々と灰色神官やギルベルタ商会の面々、それぞれの側仕え達が出てきた。彼らがザッと並んで跪く。花痴
2014年10月26日星期日
香姫(かぐや)とリリーシャとシャード先生
私の心配をあっさり裏切って、シャード先生はデータキューブのテキストの百ページ目を開いた。
シャードの指導を受けて、急いでノートを取った。しかし、疑問が先立つ。
疑問を持ってシャード先生を見てしまった。D10 媚薬 催情剤
当然のように私の目が、シャード先生を可視してしまう。見えなくていいのに、シャード先生の服の下が見えた。
無駄のない筋肉に程よい厚さの胸板。腕には血管が数本浮き出ている。
「ううっ……」
私は見ないようにノートで視界を覆った。
「どうした?」
「な、何でもありません!」
シャード先生の気遣わしげな声が降ってきた。事実を知ったらきっと蔑視されるに違いない。何事もなかったかのように目を制御しなおすと、やっとシャード先生の服が透けなくなった。ホッと胸をなでおろして続けた。
「……でも私は、魔術が全然使えなくて……敵と戦うときだってどうすればいいのか、よく分かりません……」
どうして、リリーシャは魔法を使いこなしていたというのに、私は全然使えないんだろう。私が使っているのはリリーシャの身体なのに。
「焦らなくていい。ゆっくりと、できるようにしていけばいい」
「は、はい」
落ち込んでいるのが伝わったのかもしれない。シャード先生の柔らかな言葉が、アレクシス王子の使う可視言霊のように、私の心を癒していった。
シャード先生は以前と比べると、目に見えて優しくなった。シャード先生は私の事が憎くなくなったのだろうか。先生の中でどんな心境の変化があったのか分からないけど――。今なら、疑問に思っていたことも訊ける。
「あの、シャード先生……辛いことを思い出させてしまうかもしれないんですけど……」
私は、思い切って話を切り出した。
「なんだ?」
シャードの機嫌が悪くなることはなかったので、私はホッと一息ついて続けた。
「リリーシャさん。どうして、魔物に襲われたんですか? ジュリアス君が教えてくれたんですが、シャード先生は、リリーシャさんがシアレスになることを魔物に襲われる一ヵ月間前からご存じだったんですよね? だから、ジュリアス君がリリーシャさんを訪ねて学園に来たんですよね?」
「ああ、それが?」
「どうしてシャード先生は、一ヵ月前にリリーシャさんがシアレスになることをご存じだったのですか?」
シャード先生の表情が少し陰る。先生は手を組み合わせて机の上に置いて、ため息を吐いた。
やはり、シャード先生には酷だったか。けれど、事件を解決させるためには避けて通れない道だ。
「もしかすると……リリーシャを襲ったのは魔物ではないかもしれない」
「やはり、蟻地獄のデュランですか?」
「分からない。でも、私は騙されたのかもしれないと疑っている」
「騙された?」
「ある人物が、リリーシャをシアレスにしてやると持ちかけてきたんだ」
「えっ!? シアレスにしてやる……?」
そんな胡散臭い話に、このシャード先生が簡単に引っかかるとは思えないのだが。
「彼は世界的な魔術師だった。だから、私とリリーシャは信用してしまった。リリーシャも乗り気で、シアレスになることを夢見ていた。けれど、ふたを開ければ、リリーシャは何者かに襲われて、代わりに鳥居の魂が――。そして、その魔術師は音信不通になって、現在も連絡が取れてない。軍警にも相談したが、あの魔術師がお前の娘を相手にするはずがないと、取り合ってくれなかった」紅蜘蛛(媚薬催情粉)
「その世界的な魔術師というのはどなたですか?」
「『三日月の魔術師アルテミス』だ」
「三日月の魔術師……アルテミス……」
私は、新たな情報をノートに書き記して、頷いた。
「シャード先生、任せてください! 私は、必ずリリーシャさんを元に戻して見せます!」
シャード先生がハッとしたように震えた。
「おい! リリーシャが元に戻るということがどういうことなのか分かっているのか!? 鳥居は元の世界で死んだんだぞ! こっちに鳥居の身体はない!」
「……リリーシャさんが元に戻ると、私は死ぬということですか?」
「そうだ!」
「分かってます。そんなこと。でも、もしかしたら、私は日本に帰れるかもしれないじゃないですか」
微笑むと、シャード先生は自分の口元を手で押さえて、後悔を吐息に変えて吐き出した。
「私は、お前を犠牲にしてもリリーシャを助けたいと思っていたんだ……!」
シャードは涙を一筋零して、私の手を握りしめた。
「許してくれ! 鳥居、愚かな私を許してくれ!」
「シャード先生……シャード先生が悪いわけないじゃないですか」
そんなの、先生が悪いはずがない。
「私のお父さんだってシャード先生と同じことを言うと思います」
それが、親子だから。
「っ……鳥居!」
シャード先生は私の手を取って一緒に立ち上がると、無言で私を抱きしめた。シャード先生の悲しみがひしひしと伝わってくる。
「お前は、無茶をしなくていい! 私が復讐する! だから、お前は何もするな! 分かったな!」
「はい」
返事をしたが、その通りにする気はなかった。
シャード先生の為にも、そして私の為にも。必ず、三日月の魔導師アルテミスに報復しよう。
私は、固く心に誓った。紅蜘蛛赤くも催情粉
シャード先生の特別授業
チャイムが鳴り終わる。暫くするとシャード先生が魔法学の教室のドアを開けて入ってきた。
私は、慌てて席に着く。すると、隣の席のジュリアスが「あ!」と声を上げた。
「ジュリアス君、どうしたの?」
「いや……すっかり忘れていたと思って……」
「何を?」
まったく、見当もつかなかった。けれど、答えは私の目の前にいた。シャード先生が、自分に気づかせるように名簿で机を叩いていていた。
「リリーシャ・ローランド。宿題はやってきただろうな?」
「あっ!」
鈍い私は、その事にやっと気が付いた。イザベラの事でごたごたしていて、すっかり宿題の事を失念していた。私の返答を聞いたシャード先生の顔つきが険しくなった。私の思わず上げた私の声が何を意味しているのか、シャード先生が気付かないはずがない。
「あっとはなんだ? まさか、一ページもやってきてないのか?」
「すみません……一ページもしてません……」
シャード先生は、フッと笑った。私も引きつりながら愛想笑いを浮かべる。
だが、シャードの笑い顔は、いきなり般若のごとく変貌した。
「いい度胸だ。放課後、みっちり補習してやる」
「ええーっ!」
「話したいこともあるし、いい機会だ。楽しみにしていろ」
難解な魔法学の授業と、得体のしれないシャード先生。百歩譲っても楽しみにできるはずなどない。
そして、今日の授業に身が入らないまま、ついにその時がやってきたのだった。
放課後。魔法学の教室の付近は、生徒の声もあまりしなくて閑散としている。
ジュリアスとクェンティンが、魔法学の教室まで私を送ってくれた。彼らの言うことには、私から目を離すと、いつも事件に巻き込まれるかららしい。紅蜘蛛
「ジュリアス君、クェンティン君、もう行っちゃうの?」
「ああ。今日は、特に用がないからね」
「そっか、今日は補習だったな」
「う、うん」
こんなにひっそりとしている魔法学の教室で、シャード先生と二人きりで補習とは、果たして本当に無事で帰れるのだろうか。シャード先生は私が倒れた時にずっと付き添ってくれていたけれど。あの厳しい指導がどうにも私には合わないのだ。
「まあ、取って食われないって」
クェンティンが私の緊張を解こうとした。
ジュリアスもクェンティンも、シャード先生の事はちっとも警戒していないらしい。暢気に笑っている。私にとっては笑い事じゃないけど。
「でも、シャード先生は私の事恨んでるかもしれないから……」
「そうだね、もしかしたら煮て食われるかもしれないけどね」
「ええっ!?」
ジュリアスが、意地悪くおどけた。ちっとも冗談に聞こえない。
その後ろで、咳ばらいが聞こえた。私は振り向いて泣きそうになった。
最悪なことに、開いたドアの向こうにはシャード先生が立っていたのだ。
「誰が、煮て食うんだ?」
「なんでもありません……っ!」
「ウワサをすれば影だ。じゃあね」
ジュリアスは余計な事を言い残して手を振った。
「またな、リリーシャ」
クェンティンもサッと手を上げると、二人は魔法学の教室から退室した。
そんな……!
私は二人の残像にすがるように手を伸ばしたまま固まっていた。
「席に着きなさい」
シャードの声に震えて、私はぎこちない仕草で席に着く。シャード先生も椅子を持って来ると、私の前に腰かけた。
「データキューブは?」
「あ、そうだった……!」
データキューブを取り出すと、シャード先生が呪文を唱えて開いてくれた。私は、ノートとペンをスタンバイする。
「鳥居、今日は、お前のために特別授業をしてやろう」
シャード先生は、フッと笑った。特別授業。その言葉を深読みしてしまう私は疲れているのか。勃動力三體牛鞭
シャードの指導を受けて、急いでノートを取った。しかし、疑問が先立つ。
疑問を持ってシャード先生を見てしまった。D10 媚薬 催情剤
当然のように私の目が、シャード先生を可視してしまう。見えなくていいのに、シャード先生の服の下が見えた。
無駄のない筋肉に程よい厚さの胸板。腕には血管が数本浮き出ている。
「ううっ……」
私は見ないようにノートで視界を覆った。
「どうした?」
「な、何でもありません!」
シャード先生の気遣わしげな声が降ってきた。事実を知ったらきっと蔑視されるに違いない。何事もなかったかのように目を制御しなおすと、やっとシャード先生の服が透けなくなった。ホッと胸をなでおろして続けた。
「……でも私は、魔術が全然使えなくて……敵と戦うときだってどうすればいいのか、よく分かりません……」
どうして、リリーシャは魔法を使いこなしていたというのに、私は全然使えないんだろう。私が使っているのはリリーシャの身体なのに。
「焦らなくていい。ゆっくりと、できるようにしていけばいい」
「は、はい」
落ち込んでいるのが伝わったのかもしれない。シャード先生の柔らかな言葉が、アレクシス王子の使う可視言霊のように、私の心を癒していった。
シャード先生は以前と比べると、目に見えて優しくなった。シャード先生は私の事が憎くなくなったのだろうか。先生の中でどんな心境の変化があったのか分からないけど――。今なら、疑問に思っていたことも訊ける。
「あの、シャード先生……辛いことを思い出させてしまうかもしれないんですけど……」
私は、思い切って話を切り出した。
「なんだ?」
シャードの機嫌が悪くなることはなかったので、私はホッと一息ついて続けた。
「リリーシャさん。どうして、魔物に襲われたんですか? ジュリアス君が教えてくれたんですが、シャード先生は、リリーシャさんがシアレスになることを魔物に襲われる一ヵ月間前からご存じだったんですよね? だから、ジュリアス君がリリーシャさんを訪ねて学園に来たんですよね?」
「ああ、それが?」
「どうしてシャード先生は、一ヵ月前にリリーシャさんがシアレスになることをご存じだったのですか?」
シャード先生の表情が少し陰る。先生は手を組み合わせて机の上に置いて、ため息を吐いた。
やはり、シャード先生には酷だったか。けれど、事件を解決させるためには避けて通れない道だ。
「もしかすると……リリーシャを襲ったのは魔物ではないかもしれない」
「やはり、蟻地獄のデュランですか?」
「分からない。でも、私は騙されたのかもしれないと疑っている」
「騙された?」
「ある人物が、リリーシャをシアレスにしてやると持ちかけてきたんだ」
「えっ!? シアレスにしてやる……?」
そんな胡散臭い話に、このシャード先生が簡単に引っかかるとは思えないのだが。
「彼は世界的な魔術師だった。だから、私とリリーシャは信用してしまった。リリーシャも乗り気で、シアレスになることを夢見ていた。けれど、ふたを開ければ、リリーシャは何者かに襲われて、代わりに鳥居の魂が――。そして、その魔術師は音信不通になって、現在も連絡が取れてない。軍警にも相談したが、あの魔術師がお前の娘を相手にするはずがないと、取り合ってくれなかった」紅蜘蛛(媚薬催情粉)
「その世界的な魔術師というのはどなたですか?」
「『三日月の魔術師アルテミス』だ」
「三日月の魔術師……アルテミス……」
私は、新たな情報をノートに書き記して、頷いた。
「シャード先生、任せてください! 私は、必ずリリーシャさんを元に戻して見せます!」
シャード先生がハッとしたように震えた。
「おい! リリーシャが元に戻るということがどういうことなのか分かっているのか!? 鳥居は元の世界で死んだんだぞ! こっちに鳥居の身体はない!」
「……リリーシャさんが元に戻ると、私は死ぬということですか?」
「そうだ!」
「分かってます。そんなこと。でも、もしかしたら、私は日本に帰れるかもしれないじゃないですか」
微笑むと、シャード先生は自分の口元を手で押さえて、後悔を吐息に変えて吐き出した。
「私は、お前を犠牲にしてもリリーシャを助けたいと思っていたんだ……!」
シャードは涙を一筋零して、私の手を握りしめた。
「許してくれ! 鳥居、愚かな私を許してくれ!」
「シャード先生……シャード先生が悪いわけないじゃないですか」
そんなの、先生が悪いはずがない。
「私のお父さんだってシャード先生と同じことを言うと思います」
それが、親子だから。
「っ……鳥居!」
シャード先生は私の手を取って一緒に立ち上がると、無言で私を抱きしめた。シャード先生の悲しみがひしひしと伝わってくる。
「お前は、無茶をしなくていい! 私が復讐する! だから、お前は何もするな! 分かったな!」
「はい」
返事をしたが、その通りにする気はなかった。
シャード先生の為にも、そして私の為にも。必ず、三日月の魔導師アルテミスに報復しよう。
私は、固く心に誓った。紅蜘蛛赤くも催情粉
シャード先生の特別授業
チャイムが鳴り終わる。暫くするとシャード先生が魔法学の教室のドアを開けて入ってきた。
私は、慌てて席に着く。すると、隣の席のジュリアスが「あ!」と声を上げた。
「ジュリアス君、どうしたの?」
「いや……すっかり忘れていたと思って……」
「何を?」
まったく、見当もつかなかった。けれど、答えは私の目の前にいた。シャード先生が、自分に気づかせるように名簿で机を叩いていていた。
「リリーシャ・ローランド。宿題はやってきただろうな?」
「あっ!」
鈍い私は、その事にやっと気が付いた。イザベラの事でごたごたしていて、すっかり宿題の事を失念していた。私の返答を聞いたシャード先生の顔つきが険しくなった。私の思わず上げた私の声が何を意味しているのか、シャード先生が気付かないはずがない。
「あっとはなんだ? まさか、一ページもやってきてないのか?」
「すみません……一ページもしてません……」
シャード先生は、フッと笑った。私も引きつりながら愛想笑いを浮かべる。
だが、シャードの笑い顔は、いきなり般若のごとく変貌した。
「いい度胸だ。放課後、みっちり補習してやる」
「ええーっ!」
「話したいこともあるし、いい機会だ。楽しみにしていろ」
難解な魔法学の授業と、得体のしれないシャード先生。百歩譲っても楽しみにできるはずなどない。
そして、今日の授業に身が入らないまま、ついにその時がやってきたのだった。
放課後。魔法学の教室の付近は、生徒の声もあまりしなくて閑散としている。
ジュリアスとクェンティンが、魔法学の教室まで私を送ってくれた。彼らの言うことには、私から目を離すと、いつも事件に巻き込まれるかららしい。紅蜘蛛
「ジュリアス君、クェンティン君、もう行っちゃうの?」
「ああ。今日は、特に用がないからね」
「そっか、今日は補習だったな」
「う、うん」
こんなにひっそりとしている魔法学の教室で、シャード先生と二人きりで補習とは、果たして本当に無事で帰れるのだろうか。シャード先生は私が倒れた時にずっと付き添ってくれていたけれど。あの厳しい指導がどうにも私には合わないのだ。
「まあ、取って食われないって」
クェンティンが私の緊張を解こうとした。
ジュリアスもクェンティンも、シャード先生の事はちっとも警戒していないらしい。暢気に笑っている。私にとっては笑い事じゃないけど。
「でも、シャード先生は私の事恨んでるかもしれないから……」
「そうだね、もしかしたら煮て食われるかもしれないけどね」
「ええっ!?」
ジュリアスが、意地悪くおどけた。ちっとも冗談に聞こえない。
その後ろで、咳ばらいが聞こえた。私は振り向いて泣きそうになった。
最悪なことに、開いたドアの向こうにはシャード先生が立っていたのだ。
「誰が、煮て食うんだ?」
「なんでもありません……っ!」
「ウワサをすれば影だ。じゃあね」
ジュリアスは余計な事を言い残して手を振った。
「またな、リリーシャ」
クェンティンもサッと手を上げると、二人は魔法学の教室から退室した。
そんな……!
私は二人の残像にすがるように手を伸ばしたまま固まっていた。
「席に着きなさい」
シャードの声に震えて、私はぎこちない仕草で席に着く。シャード先生も椅子を持って来ると、私の前に腰かけた。
「データキューブは?」
「あ、そうだった……!」
データキューブを取り出すと、シャード先生が呪文を唱えて開いてくれた。私は、ノートとペンをスタンバイする。
「鳥居、今日は、お前のために特別授業をしてやろう」
シャード先生は、フッと笑った。特別授業。その言葉を深読みしてしまう私は疲れているのか。勃動力三體牛鞭
2014年10月23日星期四
意外な人
「ああ、そうそう。ここでどうしても貴女に話をしておかなくちゃいけないことがあるんです」
それまでの黒っぽい微笑みを引っ込めて、旦那様が真顔で言いました。D10 媚薬 催情剤
いきなりそんな真面目な顔でおっしゃるなんて、何か大事なお話なのでしょうか?
でもここは王宮の大広間です。大事な話をするのに、向いているかと聞かれれば否と答えるしかないような場所です。
真顔で話すようなことをここでしていいものかしら、と疑問に思った私でしたが、ふと周り見て納得しました。
そか。ここ、超一等席だから誰も寄ってきてないんですね。なんていうか、遠巻きにされてる的な?
気が付けば義両親もどこかに行ってましたし、私の周りには旦那様と部下のみなさんしかいません。少し離れたところで、お貴族様方や騎士様方がいますが、みなさん思い思いに雑談をしていて適度にざわついていますから、こちらの話が聞こえることはなさそうです。そしてこちらを意識しているわけでもなさそうですし。
まあ、旦那様たちがここで大事な話をしてもいいと判断されたのでしたら、いいのでしょう。私は黙って従うだけですね。
「どんなお話ですの? 今ここでしないといけないようなお話って」
部下のみなさんに囲まれてする話に思い当たる節のない私は、小首を傾げます。
「今回の戦に関してなのですが。以前の愛人騒動のように、貴女に誤った情報が伝わらないように、先に話しておきたいんですよ」
「あ――。そんなこともありましたね」
そう言いながら、私が愛人役だった銀糸のお姉様を見れば、お姉様はにっこ~っと笑って頷いています。
今日はいつも通り騎士様の制服を着ていますが、あの時のお姉様は美しかったなぁ……っと、どうでもいい回想が入りました。失礼。
「そうですよ! 一歩間違えればまた僕は不実な旦那に逆戻りですからね! それは勘弁してほしいわけですよ!」
苦虫を潰したような顔になっています、旦那様。まあまあ、そう興奮なさらずに。
「そうですか。で、今回は何をしてきたんですか?」
「……なんだかいたずらを白状しろと言われている気になるのは、僕の気のせいでしょうか?」
「はい。気のせいです。で?」
だって実際そうなんでしょう? そんな疑わしい行動をしてきたから先に私にお話するんでしょうが。
私がじと目で催促すれば、
「……はい。実は、今回の戦の情報提供元が、カレンデュラだったのです」
旦那様は少し言いにくそうにしながらも、その名前を口にしました。
「まあ! 彼女さん、ですか!」
久しぶりに聞くそのお名前に、私はびっくりして瞠目してしまいました。まさかここで彼女さんが出てくるなんて思いもしませんでしたからね!
「そうです。聞いていただけますか?」紅蜘蛛(媚薬催情粉)
「もちろんですわ」
私の顔色を窺いながら旦那様は聞いてきましたが、別にやましいことはないのでしょう?
私が肯くのを見て、旦那様は続けました。いちおう周りを考慮して、声のトーンを落として。
「公爵家うちを出てから、カレンは南隣の国に行ったようでした。以前のように酒場で踊り子をしていたのですが、あの国の第二王子がその店を贔屓にしていてしょっちゅう顔を出していたんだそうです」
「第二王子っていうのは、隣国の軍部のトップなんですけどね」
旦那様の後を、ユリダリス様が補足説明してくださいました。
旦那様とユリダリス様のお話をまとめれば。
南隣の国に行ったカレンデュラ様のもとに、その国の第二王子が通いだしたそうです。さすがはカレンデュラ様ですね! 王子様をもメロメロにしてしまったようです。
軍のトップでもある第二王子なのに、軽い人物らしく、いろいろぺらぺらと重要なことをカレンデュラ様にお話したようでした。
そこでカレンデュラ様が気になったのが、「フルール王国に攻め入って、向こうの豊富な産出物をかっぱらってこようと思うんだ~」みたいな発言でした。
さすがに発言軽すぎるだろと思っていたのですが、どうも戦の準備が本当に進められている様子に、さすがのカレンデュラ様も「こいつバカ?」と呆れたそうです。
ちなみにカレンデュラ様をスパイと疑うことはなかったそうです。どんだけ無防備よ。いや、実際スパイではないですけどね。
そう言えば、南隣の国ってあんまり賢く戦をする国ではなかったですね~。あまり考えなしにいちゃもんつけては戦を吹っ掛けるとか。お義父様たちもおっしゃってましたが。
こういっちゃなんですが、酒場で知り合ったオンナに、軽々しく大事なことを洩らしちゃいかんでしょ。トップがこれじゃあ、そりゃ駄目だわ。戦がどうの、戦略がどうのと詳しいことを知らない私にでもわかりますよ。
と、まあそれはいいとして。
カレンデュラ様も、まだほんの少ししか付き合いのない第二王子よりも、長く滞在したフルール王国や旦那様の方を大事に思ってくださったようで、このことをこっそりと知らせてくださったのだそうです。
ちょうどその頃、フルール王国の軍部でも南隣の国のきな臭い動きを察知していて、旦那様たちが動き出したところでした。
そしてその諜報活動の中で、旦那様は何度か直接カレンデュラ様に会ったそうです。
どうやらそこを、私に誤解されたくないとお話しているようです。
「あくまでも仕事・・ですからね!」
旦那様が真剣な顔をして言いました。おまけに手をぎゅっと握られました。
「はい、わかっておりますわ」
まさかこんなところでカレンデュラ様の今を知ることができるなんて驚きですけど、お話を聞く限りお元気そうで何よりです。
私というお邪魔虫の登場でお屋敷を出て行くことにはなりましたが、やっぱり、本当は旦那様のことを大事に思って……
「僕のことを未練になんて、これっぽっちも思ってませんでしたからね!」
旦那様が、私の思考を読んだようなことを一息で言い切ると、じと目で見てきました。あれ? 口に出ていたのかしら?
「いやぁ、そんなことは~」
「貴女もあの時あの場にいて聞いていたでしょう! きっぱりはっきり切り捨てられたじゃないですか、僕は!」紅蜘蛛赤くも催情粉
「そう言えば、『こんな女々しい男、奥様に差し上げるわ』とか言われてましたね?」
そう言えば……とあのシュラバを思い出しながら、私は何の気なしに呟いたのですが。ああもう、かなり昔のことのように思いますねぇ。
私のつぶやきをしっかり耳に入れた旦那様は、
「げほっ!! げほげほ……!!」
胸をかきむしり、痛々しげな表情です。あ、すみません、うっかり古傷を抉ってしまったようですね!
「あ、団長……」
ユリダリス様が崩れ落ちる旦那様を苦笑いで見ています。
私が咽た旦那様の背を撫でていると、
「……あー、うん、まあ。そういうことだし、僕としてはヴィオラに疑われることはしないと誓ったから、二人きりで会うことはしなかったということが言いたいんだけど」
若干涙目になりながらも気を取り直した旦那様が言いました。
「と言いますと?」
具体的にはよくわからなくて、私が首を傾げていると、
「カレンと接触するときは、客のフリをして、何人かで行動していたんですよ」
聞けばカレンデュラ様との接触は、カレンデュラ様の働いている酒場で行われていたそうです。
酔客のフリをして大人数で押しかけて、騒いでいる間に素早く情報交換。そもそも酒場なんて飲んだくれた人たちが飲んで食べて喧騒に包まれている空間ですから、近くにいる仲間内の会話を聞き取るのがやっとなくらいで。ましてや周りがどんな話をしているのかなど気にもしていし、聞こえなかったそうです。
まあそれでも用心はしていたようですけど。
「ああ、なるほど。そうでしたか」
「ええ。しかも、男やろーだけでは信用できないでしょうから、ここにいる女性の部下を男装させて、常に一人は一緒にいました」
そう言って旦那様が指した先にいるのは、ニコニコと微笑むお姉様方で。
お姉様方を男装させて……! なんと。それはそれでとっても素敵なのではないでしょうか!? ……あぶない。妄想が先走ってしまいそうでした。
私の無駄にキラキラとした視線を華麗に受け止めてくださったお姉様方は。
「ええ、団長のおっしゃる通りですのよ」
うふふ、といたずらっぽく微笑むのは金髪煌めくお姉様。ど、どんなふうに男装したのでしょうか?
「ばっちり見張らせていただきましたわ! 厠の入り口まで行きましたからね!」
と素敵にウィンクをきめるのは銀糸のお姉様で。うん、そこまで徹底マークしなくてもよかったのですが……。旦那様、中まで見張られなくてよかったですね!
「奥様の心配なさるようなことは一切ございませんでしたよ~! ご安心ください!」
親指を立てていい笑顔で言ってくださったのはブロンズのお姉様。
三者三様、みなさん旦那様の潔白に太鼓判を押してくださいました。
しかし旦那様、なんつー用意周到なアリバイ……。これじゃ、私が嫉妬深い奥さんみたいなんですけど。
何だか違う方向に旦那様の優秀さが発揮されてる気がしますが、そこまでされてはさすがに『騎士団ぐるみで浮気の証拠隠滅!?』とは疑えませんよね。紅蜘蛛
ちょっと降参気分で旦那様を見上げます。
「そういうことがあったのですね」
「はい。ですから、またおかしな浮気疑惑が出てきても、貴女は鼻で笑っていればいいのです。今回の情報収集について、誰がどんなことを言い出すかわかりませんからね。真実を知っていれば誤解することもないでしょう?」
もう一度私の手を取った旦那様が、屈みこんで私の目をしっかりと覗きこんできました。ちょっと、握られた手が痛いんですけど? それほど力を入れなくてもいいと思うのですが。
そして揺れることなく見つめられると、ドギマギしてしまいますよ。
「なるほど。今ここでお話したかったというのは、お姉様方しょうにんがいるところでお話がしたかったということだったのですね」
「そういうことです。わかっていただけましたか?」
「はい。大丈夫ですわ」
私も旦那様の綺麗な濃茶の瞳を見つめて、しっかりと首を縦に振りました。
私が納得したのを見ると、旦那様の肩からみるみる力が抜けていき、
「あ~、よかった~」
と、明らかにほっとした顔で微笑まれました。
よかった。手の力も抜けました。指折られるかと思いましたよ。
「でも、そんな危険なことに加担していたら、カレンデュラ様は大丈夫なのでしょうか?」
カレンデュラ様は今もあちらの国にいらっしゃるのだとしたら、何かの拍子にスパイ的なことをしていたことがバレては、身の危険ではないのでしょうか?
ここにいれば褒賞モノの働きをしたと言ってもいいカレンデュラ様のことが、にわかに心配になった私が旦那様に問えば、
「大丈夫。カレンは開戦と同時に我々が身柄を確保しましたからね。そしてそのまま本人の希望を聞いて、友好国である東隣の国に送り届けましたよ」
と教えていただきました。
「そうですか! それはよかったです!」
意外なところで意外なお方のお話が聞けてよかったです。
あ、旦那様の潔白は信じますよ? 大丈夫です!勃動力三體牛鞭
それまでの黒っぽい微笑みを引っ込めて、旦那様が真顔で言いました。D10 媚薬 催情剤
いきなりそんな真面目な顔でおっしゃるなんて、何か大事なお話なのでしょうか?
でもここは王宮の大広間です。大事な話をするのに、向いているかと聞かれれば否と答えるしかないような場所です。
真顔で話すようなことをここでしていいものかしら、と疑問に思った私でしたが、ふと周り見て納得しました。
そか。ここ、超一等席だから誰も寄ってきてないんですね。なんていうか、遠巻きにされてる的な?
気が付けば義両親もどこかに行ってましたし、私の周りには旦那様と部下のみなさんしかいません。少し離れたところで、お貴族様方や騎士様方がいますが、みなさん思い思いに雑談をしていて適度にざわついていますから、こちらの話が聞こえることはなさそうです。そしてこちらを意識しているわけでもなさそうですし。
まあ、旦那様たちがここで大事な話をしてもいいと判断されたのでしたら、いいのでしょう。私は黙って従うだけですね。
「どんなお話ですの? 今ここでしないといけないようなお話って」
部下のみなさんに囲まれてする話に思い当たる節のない私は、小首を傾げます。
「今回の戦に関してなのですが。以前の愛人騒動のように、貴女に誤った情報が伝わらないように、先に話しておきたいんですよ」
「あ――。そんなこともありましたね」
そう言いながら、私が愛人役だった銀糸のお姉様を見れば、お姉様はにっこ~っと笑って頷いています。
今日はいつも通り騎士様の制服を着ていますが、あの時のお姉様は美しかったなぁ……っと、どうでもいい回想が入りました。失礼。
「そうですよ! 一歩間違えればまた僕は不実な旦那に逆戻りですからね! それは勘弁してほしいわけですよ!」
苦虫を潰したような顔になっています、旦那様。まあまあ、そう興奮なさらずに。
「そうですか。で、今回は何をしてきたんですか?」
「……なんだかいたずらを白状しろと言われている気になるのは、僕の気のせいでしょうか?」
「はい。気のせいです。で?」
だって実際そうなんでしょう? そんな疑わしい行動をしてきたから先に私にお話するんでしょうが。
私がじと目で催促すれば、
「……はい。実は、今回の戦の情報提供元が、カレンデュラだったのです」
旦那様は少し言いにくそうにしながらも、その名前を口にしました。
「まあ! 彼女さん、ですか!」
久しぶりに聞くそのお名前に、私はびっくりして瞠目してしまいました。まさかここで彼女さんが出てくるなんて思いもしませんでしたからね!
「そうです。聞いていただけますか?」紅蜘蛛(媚薬催情粉)
「もちろんですわ」
私の顔色を窺いながら旦那様は聞いてきましたが、別にやましいことはないのでしょう?
私が肯くのを見て、旦那様は続けました。いちおう周りを考慮して、声のトーンを落として。
「公爵家うちを出てから、カレンは南隣の国に行ったようでした。以前のように酒場で踊り子をしていたのですが、あの国の第二王子がその店を贔屓にしていてしょっちゅう顔を出していたんだそうです」
「第二王子っていうのは、隣国の軍部のトップなんですけどね」
旦那様の後を、ユリダリス様が補足説明してくださいました。
旦那様とユリダリス様のお話をまとめれば。
南隣の国に行ったカレンデュラ様のもとに、その国の第二王子が通いだしたそうです。さすがはカレンデュラ様ですね! 王子様をもメロメロにしてしまったようです。
軍のトップでもある第二王子なのに、軽い人物らしく、いろいろぺらぺらと重要なことをカレンデュラ様にお話したようでした。
そこでカレンデュラ様が気になったのが、「フルール王国に攻め入って、向こうの豊富な産出物をかっぱらってこようと思うんだ~」みたいな発言でした。
さすがに発言軽すぎるだろと思っていたのですが、どうも戦の準備が本当に進められている様子に、さすがのカレンデュラ様も「こいつバカ?」と呆れたそうです。
ちなみにカレンデュラ様をスパイと疑うことはなかったそうです。どんだけ無防備よ。いや、実際スパイではないですけどね。
そう言えば、南隣の国ってあんまり賢く戦をする国ではなかったですね~。あまり考えなしにいちゃもんつけては戦を吹っ掛けるとか。お義父様たちもおっしゃってましたが。
こういっちゃなんですが、酒場で知り合ったオンナに、軽々しく大事なことを洩らしちゃいかんでしょ。トップがこれじゃあ、そりゃ駄目だわ。戦がどうの、戦略がどうのと詳しいことを知らない私にでもわかりますよ。
と、まあそれはいいとして。
カレンデュラ様も、まだほんの少ししか付き合いのない第二王子よりも、長く滞在したフルール王国や旦那様の方を大事に思ってくださったようで、このことをこっそりと知らせてくださったのだそうです。
ちょうどその頃、フルール王国の軍部でも南隣の国のきな臭い動きを察知していて、旦那様たちが動き出したところでした。
そしてその諜報活動の中で、旦那様は何度か直接カレンデュラ様に会ったそうです。
どうやらそこを、私に誤解されたくないとお話しているようです。
「あくまでも仕事・・ですからね!」
旦那様が真剣な顔をして言いました。おまけに手をぎゅっと握られました。
「はい、わかっておりますわ」
まさかこんなところでカレンデュラ様の今を知ることができるなんて驚きですけど、お話を聞く限りお元気そうで何よりです。
私というお邪魔虫の登場でお屋敷を出て行くことにはなりましたが、やっぱり、本当は旦那様のことを大事に思って……
「僕のことを未練になんて、これっぽっちも思ってませんでしたからね!」
旦那様が、私の思考を読んだようなことを一息で言い切ると、じと目で見てきました。あれ? 口に出ていたのかしら?
「いやぁ、そんなことは~」
「貴女もあの時あの場にいて聞いていたでしょう! きっぱりはっきり切り捨てられたじゃないですか、僕は!」紅蜘蛛赤くも催情粉
「そう言えば、『こんな女々しい男、奥様に差し上げるわ』とか言われてましたね?」
そう言えば……とあのシュラバを思い出しながら、私は何の気なしに呟いたのですが。ああもう、かなり昔のことのように思いますねぇ。
私のつぶやきをしっかり耳に入れた旦那様は、
「げほっ!! げほげほ……!!」
胸をかきむしり、痛々しげな表情です。あ、すみません、うっかり古傷を抉ってしまったようですね!
「あ、団長……」
ユリダリス様が崩れ落ちる旦那様を苦笑いで見ています。
私が咽た旦那様の背を撫でていると、
「……あー、うん、まあ。そういうことだし、僕としてはヴィオラに疑われることはしないと誓ったから、二人きりで会うことはしなかったということが言いたいんだけど」
若干涙目になりながらも気を取り直した旦那様が言いました。
「と言いますと?」
具体的にはよくわからなくて、私が首を傾げていると、
「カレンと接触するときは、客のフリをして、何人かで行動していたんですよ」
聞けばカレンデュラ様との接触は、カレンデュラ様の働いている酒場で行われていたそうです。
酔客のフリをして大人数で押しかけて、騒いでいる間に素早く情報交換。そもそも酒場なんて飲んだくれた人たちが飲んで食べて喧騒に包まれている空間ですから、近くにいる仲間内の会話を聞き取るのがやっとなくらいで。ましてや周りがどんな話をしているのかなど気にもしていし、聞こえなかったそうです。
まあそれでも用心はしていたようですけど。
「ああ、なるほど。そうでしたか」
「ええ。しかも、男やろーだけでは信用できないでしょうから、ここにいる女性の部下を男装させて、常に一人は一緒にいました」
そう言って旦那様が指した先にいるのは、ニコニコと微笑むお姉様方で。
お姉様方を男装させて……! なんと。それはそれでとっても素敵なのではないでしょうか!? ……あぶない。妄想が先走ってしまいそうでした。
私の無駄にキラキラとした視線を華麗に受け止めてくださったお姉様方は。
「ええ、団長のおっしゃる通りですのよ」
うふふ、といたずらっぽく微笑むのは金髪煌めくお姉様。ど、どんなふうに男装したのでしょうか?
「ばっちり見張らせていただきましたわ! 厠の入り口まで行きましたからね!」
と素敵にウィンクをきめるのは銀糸のお姉様で。うん、そこまで徹底マークしなくてもよかったのですが……。旦那様、中まで見張られなくてよかったですね!
「奥様の心配なさるようなことは一切ございませんでしたよ~! ご安心ください!」
親指を立てていい笑顔で言ってくださったのはブロンズのお姉様。
三者三様、みなさん旦那様の潔白に太鼓判を押してくださいました。
しかし旦那様、なんつー用意周到なアリバイ……。これじゃ、私が嫉妬深い奥さんみたいなんですけど。
何だか違う方向に旦那様の優秀さが発揮されてる気がしますが、そこまでされてはさすがに『騎士団ぐるみで浮気の証拠隠滅!?』とは疑えませんよね。紅蜘蛛
ちょっと降参気分で旦那様を見上げます。
「そういうことがあったのですね」
「はい。ですから、またおかしな浮気疑惑が出てきても、貴女は鼻で笑っていればいいのです。今回の情報収集について、誰がどんなことを言い出すかわかりませんからね。真実を知っていれば誤解することもないでしょう?」
もう一度私の手を取った旦那様が、屈みこんで私の目をしっかりと覗きこんできました。ちょっと、握られた手が痛いんですけど? それほど力を入れなくてもいいと思うのですが。
そして揺れることなく見つめられると、ドギマギしてしまいますよ。
「なるほど。今ここでお話したかったというのは、お姉様方しょうにんがいるところでお話がしたかったということだったのですね」
「そういうことです。わかっていただけましたか?」
「はい。大丈夫ですわ」
私も旦那様の綺麗な濃茶の瞳を見つめて、しっかりと首を縦に振りました。
私が納得したのを見ると、旦那様の肩からみるみる力が抜けていき、
「あ~、よかった~」
と、明らかにほっとした顔で微笑まれました。
よかった。手の力も抜けました。指折られるかと思いましたよ。
「でも、そんな危険なことに加担していたら、カレンデュラ様は大丈夫なのでしょうか?」
カレンデュラ様は今もあちらの国にいらっしゃるのだとしたら、何かの拍子にスパイ的なことをしていたことがバレては、身の危険ではないのでしょうか?
ここにいれば褒賞モノの働きをしたと言ってもいいカレンデュラ様のことが、にわかに心配になった私が旦那様に問えば、
「大丈夫。カレンは開戦と同時に我々が身柄を確保しましたからね。そしてそのまま本人の希望を聞いて、友好国である東隣の国に送り届けましたよ」
と教えていただきました。
「そうですか! それはよかったです!」
意外なところで意外なお方のお話が聞けてよかったです。
あ、旦那様の潔白は信じますよ? 大丈夫です!勃動力三體牛鞭
2014年10月16日星期四
調査学習の班分けと生徒会の提案
「羽根の生えた白猫……ねえ。蝙蝠の羽根が生えた黒猫の使い魔とか、あと妖怪で夜星子イェシンズなんてのもいたような気がするけど、該当するようなモンスターにはちょっと心当たりないかなァ」天天素
相手の魔法弾をまったく同じ威力の魔法弾で相殺するという、ウォーミングアップ代わりの軽い手合わせをしたところで、ふと気になってルークが孵した卵の中身について、何かご存じないかメイ・イロウーハ理事長に聞いてみたのですが、理事長も首を捻られました。
ちなみに私が全力全開、呪文を唱え、愛用の魔法杖スタッフを使って威力を底上げした上で、渾身の魔力を振るって火と水の複合魔術である『火弾ナパーム』(大鬼オーガでも一発で消し飛ぶ威力です)を使用しているのに対して、メイ理事長は手ぶらでなおかつ無詠唱で生み出した火の一般コモン魔術『火炎ファイアー』(通常であれば、小鬼ゴブリンを焼く程度の魔法)を使って、これを全て迎撃しています。
さらには私の狙いが甘く直撃を外れた『火弾ナパーム』が地面に着弾する前に、空中で分解・還元して魔素マナに戻し、ついでに私が差し入れで持ってきたクッキーをつまむ余裕まで見せるのですから、どれほど隔絶した実力の差があるのか見当もつきません。
「アシミ――あ、友人のエルフが言うには真龍エンシェント・ドラゴンの仔龍ではないかとのことですけれど?」
「う~~ん、エルフにわかるのかなぁ……? だいたいドラゴンとかいろいろ生態が謎の部分があるのよねえ、無節操に他の動物とか人間とかに種付けするし……そもそも卵生なのかどうかすら一概にいえない節があるから怪しいわねー」
菫色のショートの髪を軽く傾げて、苦笑いをされました。
「――? エルフというと華麗にして博識な『森の賢者』というイメージですけれど?」
「いやいや、連中は長生きするわりに個人の欲求とか好奇心とかが薄いから、その弊害か『○○はこうだ!』『△△ならそうに違いない!』って、ン百年前のカビの生えた知識でもって、頭から決め付けてそこから抜け出さない、案外モノ知らずな面があるのよね。だから変化に対応できなくて百年前に危うく絶滅しかけ、慌てて超帝国で絶滅危惧種指定して保護しようとした経緯があるし……ま、拒否られたんだけど」
微妙に遠い目をされます。
「あの時も大変だったわ。『世の中煙と鏡だしねぇ。綺麗ごとより自然の摂理に任せて絶滅した方がいいんじゃない』なんて、ウチのトップが匙を投げたもんだから、いっそ一思いに引導を……なんて血気に逸る奴も出てくるし。ほんと妖精王が話せる相手じゃなけりゃどうなってたことやら。――ま、そんなわけで中にはあんたの友人みたいに人間と関わる変わり者もいるけど、種族的には進化に取り残されて袋小路に入っている斜陽の連中なわけよ。あと見た目だって、ジルちゃんの方がよっぽど美少女だし」
どことなくげんなりした口調で言い切る理事長の、どうみても十代半ばくらいにしか見えないお顔をまじまじと凝視しました。
「はあ……。――あの、もしかしてお嫌いなのですか、エルフ?」
一瞬、目を泳がせるメイ理事長。
「……いや、別にー。ただ以前、エルフというか、エルフによく似た相手に嫌な思い出があって、ちょっとだけ苦手意識があるってところかなァ。あ、だからといって偏見があるとか、色眼鏡で見てるとかじゃないから。――まァ、変な先入観を与えちゃったかも知れないけど、いまのはあくまで私見なので、適当に聞き流すように。個人と種族の話をごっちゃにするのは見当外れだし、そうなると結果的に火傷するのが定番だからねー」
「それはそうかも知れませんわね……」
とは言え世界最高最強の魔術師で『神人』だというメイ理事長とエルフ族、結構、面倒臭そうな裏事情がありそうです。
「まあ、その羽猫もあたしが現物を直接観てみれば、鑑定スキルで種族とかも特定できるとは思うけど……」
自分で口に出して難しい顔で「う~~む」と呻るメイ理事長。
ご自分でも気が付かれたようですが、学則によって研究目的など特別の許可がない限り、学園の敷地内に使い魔ファミリアの類は持ち込みできないことになっています。
なにしろここは大陸でも有数の貴族や有力者の子弟が数多く通う皇立学園です。万が一の事故や事件を警戒して、学生は指定された制服、教材以外はきちんと許可を得ない限り魔道具マジック・アイテムの類は爪楊枝一本持ち込みできません(現在私たちが特訓に使用しているここ、理事長や教授クラスの教導官メンターが持てる個人亜空間パーソナル・サブスペースであればある程度見逃してはいただけますが)――と入学時のガイダンスでも伝達され、周知徹底されています。……もっとも理事長曰く「その程度で破られるほど学園の警備は甘くないよ。単なる外部に対するポーズで、あたしが決めた決まりじゃないしね」とのことですが。三鞭粒
「使い魔ファミリアですから、持参するとなるとさすがに許可を得る必要がありまけれど?」
「う~~ん、特例として適当な理由付けが必要かな~。……いや帝国の皇族お偉いさんが相手となると、逆に面倒臭いか。変に勘繰る奴も出るだろうし」
「そうですわね」
思わずため息が漏れました。
特別扱いは差別と同義ですから、そういったお話になればおそらくは学園とルーク……いえ、グラウィオール帝国との関係を勘繰って、ナイことナイこと噂する下世話な方々がいることでしょう。
現にいまだって、私とルークが一つ屋根の下で――と言っても私の感覚としては、大きなホテルの離れた別々の部屋に泊まっているようなものですから、後ろめたい部分は一切ないのですけれど――一緒に暮らしていることで、おかしな噂(詳しい内容は、ダニエル侯子やヴィオラ、リーゼロッテ王女やその関係者が巧妙にシャットアウトしてくださっているのでわかりませんが、だいたいは予想できます)が流布しているようで、なにげに憂慮しております。私のせいでルークの評判や経歴に傷が付くのではないか、と。
「そーいや、あの公子様はいまジルちゃんと同棲して喫茶店経営してるんだっけ? だったら、一般の客のフリして様子を見に行くのもアリかな」
結構、乗り気で口元を綻ばせるメイ理事長。
予想通りの流言飛語デマが飛び交っていますわ。
ちなみにお互いに呑気に会話をしているようですけれど、この間も手合わせは続いています。と言っても、メイ理事長はその場から不動の姿勢で、私がその周囲を動き回って牽制したり、各種魔法を放ったりと一方的に遊ばれている感じですけれど。
「――同棲ではなく同居です。と言うか、そもそも考えてみれば卵が孵化した以上、万が一に備えてルークがルタンドゥテうちに泊り込んでいる理由もなくなりましたので、近いうちに宿泊先を変えるのではないでしょうか?」
自分で口に出すまでその可能性を考慮していませんでしたけれど、確かにその通りです。原因がなくなった以上、ルークがうちに居る理由はありませんから、ひょっとするといまこの瞬間にも荷造りをしているかも知れません。
「…………」
なぜか途端に注意力が散漫になり、魔力の収束も狙いも甘くなってしまいました。
当然叱責があるかと思ったのですけれど、理事長はニヤニヤ……いえ、ニマニマと人の悪い顔で笑っています。
なんというか……井戸端で他人の醜聞ゴシップを面白おかしく興味本位で噂するオバ、いえ、好奇心旺盛なご婦人のような表情です。
「いや~っ、若いっていいわねー。うんうん、これぞ青春のメモリー、恋する男女のお約束、フラグイベントってやつよ。これだからこの仕事は辞められないわね~」
発想が非常に残念です。あと、ひょっとして私は間違った場所で間違った相手に師事しているのではないでしょうか?
「別にそういう色恋沙汰の絡む関係ではありませんわ」
「またまた~っ! 好きでもない男の子と年頃の女の子が一緒にいられるわけないじゃない」
「……お互いに好意があるのは事実ですが、だからといって恋愛感情と結びつけるのは早計なのではありませんか? 互いを尊敬して尊重し合う良き隣人という――」
「ないない。女の子はまだしもあの年頃の男の子に男女の友情なんて概念はないわー。絶対に惚れた腫れたの話だって。それも“宮廷風恋愛”じゃなくてラブロマンスの方ね」
言いかけた私を遮って、メイ理事長が所謂いわゆるドヤ顔で胸を張って言い切ります。
ここでいう『宮廷風恋愛』というのは宮廷絵巻に登場するような貴族の男女が繰り広げる、詩的で華麗な美意識に則った気高い騎士物語のような誠実な恋愛のことです。対して『恋愛ラブロマンス』は文字通りの男女の愛欲塗れの人間模様になります。
なんとなくムカついたので、一発当てようとありったけの魔力を振り絞って連射しましたが、すべてその人の悪い笑顔に届く前に無効化されてしまいました。
「ああ、そういえば、イベントで思い出したけど、もうすぐ調査学習があるでしょう? あれの班分けって決めたの?」
「一応は」
全魔力を動員した炎術・水術・光術の合わせ技をあっさり遮断され、「こういう馬鹿正直な攻撃は、バリエーションをつけてもあまり効果がないわね~」と辛口の講評を下された私は、現在研究中の奥の手を使うべくタイミングを計りながら、理事長の質問に答えます。
「ルークとダニエル、それとヴィオラとリーゼロッテと班を組む予定ですけれど」
本当はセラヴィも誘ったのですけれど、あちらは先約があり、既に生徒会の班に入っていました。威哥王三鞭粒
なお調査学習とは銘打ってはいるものの、基本的には学園の飛び地にある宿泊施設を利用した小旅行のようなものです。
一斑が五~六人ほどで、だいたい三十~四十人ほどのグループに束ねられ、教員や教導官メンター数人が引率する形で、三巡週ほどリビティウム皇国内にある史跡や名所を訪れて、現地調査を行いレポートを書く形になります。
と――。
私が挙げた班の面子を聞いてメイ理事長が微妙に顔を引き攣らせました。
「そ、それはまた濃いメンバーの班だこと。万一のことがあったら学園の看板どころか、屋台骨が傾くかも知れないわね。……引率する係員はご愁傷様としか言えないわ」
「そうですわね。私も皆様の身をお守りできますよう可能な限りの努力をいたしますわ。たとえこの命に替えましても」
「いやいやっ、あんたに何かあったら一番大事おおごと……じゃなくて、生徒は全員等しく大切な学園の生徒なんだから、誰が上だの下だのないの。だから不測の事態があっても、絶対に無理をしないこと。いいわね?」
「――ええ。ですが自分にできることがあれば行動はいたしますが」
できる能力を持った人間が必要な場面で必要な行動を起こさないのは怠慢どころか犯罪ですから。
「う~~む。こーいう頑固なところは、さすがにレジーナの弟子だけのことはあるわね。あたしとしては大人しく王子様に守られるお姫様役を希望してるんだけど」
「それは……メンバー的にも無理なのでは?」
私は同行する正真正銘のお姫様――ヴィオラとリーゼロッテ――を思い出して、思わず小首を傾げます。
いまや学園の三大麗華と謳われるおふたり――行動をともにする機会が多いため、お情けで私までカウントされていますが、おそらくはお笑い枠でしょう――ですが、いずれも温室で守られた可憐な花というには自己主張が激しすぎます。
その答えに理事長が頭を抱えたところへ、私は準備していた『奥の手』を投擲しました。
「ん? これは……」
怪訝な面持ちで瞬きをする理事長。
私はすかさず起動術式トリガー・ワードを唱えました。
「――風よダート!」
「いかがでしょう、ルーカス公子。ユニス法国といえばリビティウム随一――いえ、大陸でも屈指の歴史と伝統に彩られた聖地です。公子をはじめ王女様方が訪問されるのにこの上なく相応しいと、私ども生徒会執行部全員が満場一致で推挙いたすしだいでございます」
放課後の小会議室にて――。
最初に生徒会執行部部長バリー・カーターと自己紹介をした神経質そうな眼鏡の男子生徒が、慇懃ながらもどこか押し付けがましい口調で、ルークたちに向かってユニス法国がいかに素晴らしいか、学ぶに足る地であるかを立て板に水で捲くし立てていた。
予定されている調査学習のグループ協議ということで、集められたルークたちの班を含めた六つの班であったが、蓋を開けてみればそのうちの一班がヴィオラとリーゼロッテの取り巻きである他は、残り四班すべて生徒会とその関係者という、露骨に生徒会が横車を押した結果であろう極端な構成のグループであった。
自身がユニスの伯爵家出身というバリーのお国自慢に内心辟易しながらも、そこはお付き合いで適当に相槌を打ちながら聞き流すルーク。
調子に乗ったバリーが、さらにユニス法国の素晴らしさについて美辞麗句を重ねようとしたところで、
「……シレント央国の姫たる妾を前にして、リビティウム随一とは大層な口を叩くの」
リーゼロッテ王女が不快げに眉を顰めた。
「これはリーゼロッテ様! それは誤解でございます。貴国を貶めるような意図はまったくございません。ただ単純に調査学習という修学の場であれば、ユニス法国が相応しいと推挙しているしだいでして。――ええ、勿論シレント央国はリビティウム皇国の中心地でありますから、深い敬意と親愛の情を捧げております。ですがいかんせん建国から一世紀あまりといまだ歴史が浅い新進気鋭の国家。他国からいらしたルーカス公子やヴィオラ王女がここ北部地域の歴史と伝統を学ぶ場としては少々そぐわない……そう思う次第でして」威哥王
「なるほど、そちらの意図はよくわかりました。他国から訪れた僕やルーカス公子……に配慮されての調査地のご提案……ふむ、ご配慮痛み入ります」
反駁しかけたリーゼロッテの機先を制して、ヴィオラが如才なく笑みを向ける。
ただし隣に座っていたルークたちの耳には、「僕やルーカス公子だけでジルは眼中になしとは呆れる」「提案ではなくて抱き込み工作だろう」という呟きがはっきりと聞こえていた。
そんなヴィオラの冷笑と表面上の言葉を額面通りに受け止めたバリーが、わが意を得たりとばかり満面の笑みを浮かべて何度も首肯する。
「いえいえ、これも皆様方のより良い学園生活のため。そのお役に立てるのであれば、我々生徒会一同は喜んでご奉仕させていただきます」
「……特定の見返りや利害を期待しての奉仕であるか」
吐き捨てるようなリーゼロッテの感想は、幸か不幸かバリー及び執行部の面々の耳には届かなかった。
「どちらにしても」
ゲンナリしながらも毅然とした態度を崩すことはなく、ルークはバリーの目を真正面から見て言葉を重ねた。
「グループ分けが決定していて、その過半数以上の班がユニス法国行きを希望している以上、僕たちには選択の余地がないということですね?」
「とんでもありません。それを決定する為の本日の協議ですから、皆様方にそれ以上の候補地があり、明確な根拠を示していただければ、議論するのにやぶさかではありません」
バリーにあわせて集まった他班の顔ぶれが一斉に愛想笑いを浮かべる。
追従しないのは、離れた窓際に背中をもたれて白けた目でこの三文芝居を眺めている、いささか貧相な身なりをしたボサボサ黒髪の一般生徒らしい少年だけだった。
少年の立ち位置に少しだけ興味を覚えつつも、どう考えても出来レースなバリーの提案に肩を竦めるルーク。
「取り立てて僕に代案はありませんよ。ただ、歴史の長短に関わらず、どのような場所でも学ぶべきものがあると思いますけれど」
「そうであるな。逆に長いからといっても空虚な歴史では得るものもないであろうし」
「俺としては辛気臭い場所より、パーッと華やかで開放的な場所の方がいいけど」
「ははは、ダニエル君。君の意見には僕も賛成だね。その上、見目麗しい女の子が多ければ言うことはないんだけれど」
あわせて口々に好き勝手な意見を出すリーゼロッテ、ダニエル、ヴィオラ。
さすがに彼らが乗り気ではないのに気が付いて笑顔を強張らせるバリーであったが、さりとて積極的な否定の言葉がないことと、自分たちの数の有利を当て込んで、
「どうやら問題ないようですね。では調査学習の地はユニス法国。詳細は後ほど各班の代表者同士で詰めることにしましょう」
一方的にそう宣言した。
「「「「…………」」」」
無言のまま肩を竦めるルークたち。
「なお、行き先は学園の保養所のあるユニス法国東部アーレア地方となります。この地は彼の巫女姫クララ様が修行された地ということで、現在でも志しある巫女たちが修行に訪れておりますから、ヴィオラ様のご要望にもお応えできるかと」
「それは楽しみだね」
苦笑しながらも、満更でもない顔で目を輝かせるヴィオラと、「お堅い巫女さんか……」渋い顔をするダニエル。MaxMan
相手の魔法弾をまったく同じ威力の魔法弾で相殺するという、ウォーミングアップ代わりの軽い手合わせをしたところで、ふと気になってルークが孵した卵の中身について、何かご存じないかメイ・イロウーハ理事長に聞いてみたのですが、理事長も首を捻られました。
ちなみに私が全力全開、呪文を唱え、愛用の魔法杖スタッフを使って威力を底上げした上で、渾身の魔力を振るって火と水の複合魔術である『火弾ナパーム』(大鬼オーガでも一発で消し飛ぶ威力です)を使用しているのに対して、メイ理事長は手ぶらでなおかつ無詠唱で生み出した火の一般コモン魔術『火炎ファイアー』(通常であれば、小鬼ゴブリンを焼く程度の魔法)を使って、これを全て迎撃しています。
さらには私の狙いが甘く直撃を外れた『火弾ナパーム』が地面に着弾する前に、空中で分解・還元して魔素マナに戻し、ついでに私が差し入れで持ってきたクッキーをつまむ余裕まで見せるのですから、どれほど隔絶した実力の差があるのか見当もつきません。
「アシミ――あ、友人のエルフが言うには真龍エンシェント・ドラゴンの仔龍ではないかとのことですけれど?」
「う~~ん、エルフにわかるのかなぁ……? だいたいドラゴンとかいろいろ生態が謎の部分があるのよねえ、無節操に他の動物とか人間とかに種付けするし……そもそも卵生なのかどうかすら一概にいえない節があるから怪しいわねー」
菫色のショートの髪を軽く傾げて、苦笑いをされました。
「――? エルフというと華麗にして博識な『森の賢者』というイメージですけれど?」
「いやいや、連中は長生きするわりに個人の欲求とか好奇心とかが薄いから、その弊害か『○○はこうだ!』『△△ならそうに違いない!』って、ン百年前のカビの生えた知識でもって、頭から決め付けてそこから抜け出さない、案外モノ知らずな面があるのよね。だから変化に対応できなくて百年前に危うく絶滅しかけ、慌てて超帝国で絶滅危惧種指定して保護しようとした経緯があるし……ま、拒否られたんだけど」
微妙に遠い目をされます。
「あの時も大変だったわ。『世の中煙と鏡だしねぇ。綺麗ごとより自然の摂理に任せて絶滅した方がいいんじゃない』なんて、ウチのトップが匙を投げたもんだから、いっそ一思いに引導を……なんて血気に逸る奴も出てくるし。ほんと妖精王が話せる相手じゃなけりゃどうなってたことやら。――ま、そんなわけで中にはあんたの友人みたいに人間と関わる変わり者もいるけど、種族的には進化に取り残されて袋小路に入っている斜陽の連中なわけよ。あと見た目だって、ジルちゃんの方がよっぽど美少女だし」
どことなくげんなりした口調で言い切る理事長の、どうみても十代半ばくらいにしか見えないお顔をまじまじと凝視しました。
「はあ……。――あの、もしかしてお嫌いなのですか、エルフ?」
一瞬、目を泳がせるメイ理事長。
「……いや、別にー。ただ以前、エルフというか、エルフによく似た相手に嫌な思い出があって、ちょっとだけ苦手意識があるってところかなァ。あ、だからといって偏見があるとか、色眼鏡で見てるとかじゃないから。――まァ、変な先入観を与えちゃったかも知れないけど、いまのはあくまで私見なので、適当に聞き流すように。個人と種族の話をごっちゃにするのは見当外れだし、そうなると結果的に火傷するのが定番だからねー」
「それはそうかも知れませんわね……」
とは言え世界最高最強の魔術師で『神人』だというメイ理事長とエルフ族、結構、面倒臭そうな裏事情がありそうです。
「まあ、その羽猫もあたしが現物を直接観てみれば、鑑定スキルで種族とかも特定できるとは思うけど……」
自分で口に出して難しい顔で「う~~む」と呻るメイ理事長。
ご自分でも気が付かれたようですが、学則によって研究目的など特別の許可がない限り、学園の敷地内に使い魔ファミリアの類は持ち込みできないことになっています。
なにしろここは大陸でも有数の貴族や有力者の子弟が数多く通う皇立学園です。万が一の事故や事件を警戒して、学生は指定された制服、教材以外はきちんと許可を得ない限り魔道具マジック・アイテムの類は爪楊枝一本持ち込みできません(現在私たちが特訓に使用しているここ、理事長や教授クラスの教導官メンターが持てる個人亜空間パーソナル・サブスペースであればある程度見逃してはいただけますが)――と入学時のガイダンスでも伝達され、周知徹底されています。……もっとも理事長曰く「その程度で破られるほど学園の警備は甘くないよ。単なる外部に対するポーズで、あたしが決めた決まりじゃないしね」とのことですが。三鞭粒
「使い魔ファミリアですから、持参するとなるとさすがに許可を得る必要がありまけれど?」
「う~~ん、特例として適当な理由付けが必要かな~。……いや帝国の皇族お偉いさんが相手となると、逆に面倒臭いか。変に勘繰る奴も出るだろうし」
「そうですわね」
思わずため息が漏れました。
特別扱いは差別と同義ですから、そういったお話になればおそらくは学園とルーク……いえ、グラウィオール帝国との関係を勘繰って、ナイことナイこと噂する下世話な方々がいることでしょう。
現にいまだって、私とルークが一つ屋根の下で――と言っても私の感覚としては、大きなホテルの離れた別々の部屋に泊まっているようなものですから、後ろめたい部分は一切ないのですけれど――一緒に暮らしていることで、おかしな噂(詳しい内容は、ダニエル侯子やヴィオラ、リーゼロッテ王女やその関係者が巧妙にシャットアウトしてくださっているのでわかりませんが、だいたいは予想できます)が流布しているようで、なにげに憂慮しております。私のせいでルークの評判や経歴に傷が付くのではないか、と。
「そーいや、あの公子様はいまジルちゃんと同棲して喫茶店経営してるんだっけ? だったら、一般の客のフリして様子を見に行くのもアリかな」
結構、乗り気で口元を綻ばせるメイ理事長。
予想通りの流言飛語デマが飛び交っていますわ。
ちなみにお互いに呑気に会話をしているようですけれど、この間も手合わせは続いています。と言っても、メイ理事長はその場から不動の姿勢で、私がその周囲を動き回って牽制したり、各種魔法を放ったりと一方的に遊ばれている感じですけれど。
「――同棲ではなく同居です。と言うか、そもそも考えてみれば卵が孵化した以上、万が一に備えてルークがルタンドゥテうちに泊り込んでいる理由もなくなりましたので、近いうちに宿泊先を変えるのではないでしょうか?」
自分で口に出すまでその可能性を考慮していませんでしたけれど、確かにその通りです。原因がなくなった以上、ルークがうちに居る理由はありませんから、ひょっとするといまこの瞬間にも荷造りをしているかも知れません。
「…………」
なぜか途端に注意力が散漫になり、魔力の収束も狙いも甘くなってしまいました。
当然叱責があるかと思ったのですけれど、理事長はニヤニヤ……いえ、ニマニマと人の悪い顔で笑っています。
なんというか……井戸端で他人の醜聞ゴシップを面白おかしく興味本位で噂するオバ、いえ、好奇心旺盛なご婦人のような表情です。
「いや~っ、若いっていいわねー。うんうん、これぞ青春のメモリー、恋する男女のお約束、フラグイベントってやつよ。これだからこの仕事は辞められないわね~」
発想が非常に残念です。あと、ひょっとして私は間違った場所で間違った相手に師事しているのではないでしょうか?
「別にそういう色恋沙汰の絡む関係ではありませんわ」
「またまた~っ! 好きでもない男の子と年頃の女の子が一緒にいられるわけないじゃない」
「……お互いに好意があるのは事実ですが、だからといって恋愛感情と結びつけるのは早計なのではありませんか? 互いを尊敬して尊重し合う良き隣人という――」
「ないない。女の子はまだしもあの年頃の男の子に男女の友情なんて概念はないわー。絶対に惚れた腫れたの話だって。それも“宮廷風恋愛”じゃなくてラブロマンスの方ね」
言いかけた私を遮って、メイ理事長が所謂いわゆるドヤ顔で胸を張って言い切ります。
ここでいう『宮廷風恋愛』というのは宮廷絵巻に登場するような貴族の男女が繰り広げる、詩的で華麗な美意識に則った気高い騎士物語のような誠実な恋愛のことです。対して『恋愛ラブロマンス』は文字通りの男女の愛欲塗れの人間模様になります。
なんとなくムカついたので、一発当てようとありったけの魔力を振り絞って連射しましたが、すべてその人の悪い笑顔に届く前に無効化されてしまいました。
「ああ、そういえば、イベントで思い出したけど、もうすぐ調査学習があるでしょう? あれの班分けって決めたの?」
「一応は」
全魔力を動員した炎術・水術・光術の合わせ技をあっさり遮断され、「こういう馬鹿正直な攻撃は、バリエーションをつけてもあまり効果がないわね~」と辛口の講評を下された私は、現在研究中の奥の手を使うべくタイミングを計りながら、理事長の質問に答えます。
「ルークとダニエル、それとヴィオラとリーゼロッテと班を組む予定ですけれど」
本当はセラヴィも誘ったのですけれど、あちらは先約があり、既に生徒会の班に入っていました。威哥王三鞭粒
なお調査学習とは銘打ってはいるものの、基本的には学園の飛び地にある宿泊施設を利用した小旅行のようなものです。
一斑が五~六人ほどで、だいたい三十~四十人ほどのグループに束ねられ、教員や教導官メンター数人が引率する形で、三巡週ほどリビティウム皇国内にある史跡や名所を訪れて、現地調査を行いレポートを書く形になります。
と――。
私が挙げた班の面子を聞いてメイ理事長が微妙に顔を引き攣らせました。
「そ、それはまた濃いメンバーの班だこと。万一のことがあったら学園の看板どころか、屋台骨が傾くかも知れないわね。……引率する係員はご愁傷様としか言えないわ」
「そうですわね。私も皆様の身をお守りできますよう可能な限りの努力をいたしますわ。たとえこの命に替えましても」
「いやいやっ、あんたに何かあったら一番大事おおごと……じゃなくて、生徒は全員等しく大切な学園の生徒なんだから、誰が上だの下だのないの。だから不測の事態があっても、絶対に無理をしないこと。いいわね?」
「――ええ。ですが自分にできることがあれば行動はいたしますが」
できる能力を持った人間が必要な場面で必要な行動を起こさないのは怠慢どころか犯罪ですから。
「う~~む。こーいう頑固なところは、さすがにレジーナの弟子だけのことはあるわね。あたしとしては大人しく王子様に守られるお姫様役を希望してるんだけど」
「それは……メンバー的にも無理なのでは?」
私は同行する正真正銘のお姫様――ヴィオラとリーゼロッテ――を思い出して、思わず小首を傾げます。
いまや学園の三大麗華と謳われるおふたり――行動をともにする機会が多いため、お情けで私までカウントされていますが、おそらくはお笑い枠でしょう――ですが、いずれも温室で守られた可憐な花というには自己主張が激しすぎます。
その答えに理事長が頭を抱えたところへ、私は準備していた『奥の手』を投擲しました。
「ん? これは……」
怪訝な面持ちで瞬きをする理事長。
私はすかさず起動術式トリガー・ワードを唱えました。
「――風よダート!」
「いかがでしょう、ルーカス公子。ユニス法国といえばリビティウム随一――いえ、大陸でも屈指の歴史と伝統に彩られた聖地です。公子をはじめ王女様方が訪問されるのにこの上なく相応しいと、私ども生徒会執行部全員が満場一致で推挙いたすしだいでございます」
放課後の小会議室にて――。
最初に生徒会執行部部長バリー・カーターと自己紹介をした神経質そうな眼鏡の男子生徒が、慇懃ながらもどこか押し付けがましい口調で、ルークたちに向かってユニス法国がいかに素晴らしいか、学ぶに足る地であるかを立て板に水で捲くし立てていた。
予定されている調査学習のグループ協議ということで、集められたルークたちの班を含めた六つの班であったが、蓋を開けてみればそのうちの一班がヴィオラとリーゼロッテの取り巻きである他は、残り四班すべて生徒会とその関係者という、露骨に生徒会が横車を押した結果であろう極端な構成のグループであった。
自身がユニスの伯爵家出身というバリーのお国自慢に内心辟易しながらも、そこはお付き合いで適当に相槌を打ちながら聞き流すルーク。
調子に乗ったバリーが、さらにユニス法国の素晴らしさについて美辞麗句を重ねようとしたところで、
「……シレント央国の姫たる妾を前にして、リビティウム随一とは大層な口を叩くの」
リーゼロッテ王女が不快げに眉を顰めた。
「これはリーゼロッテ様! それは誤解でございます。貴国を貶めるような意図はまったくございません。ただ単純に調査学習という修学の場であれば、ユニス法国が相応しいと推挙しているしだいでして。――ええ、勿論シレント央国はリビティウム皇国の中心地でありますから、深い敬意と親愛の情を捧げております。ですがいかんせん建国から一世紀あまりといまだ歴史が浅い新進気鋭の国家。他国からいらしたルーカス公子やヴィオラ王女がここ北部地域の歴史と伝統を学ぶ場としては少々そぐわない……そう思う次第でして」威哥王
「なるほど、そちらの意図はよくわかりました。他国から訪れた僕やルーカス公子……に配慮されての調査地のご提案……ふむ、ご配慮痛み入ります」
反駁しかけたリーゼロッテの機先を制して、ヴィオラが如才なく笑みを向ける。
ただし隣に座っていたルークたちの耳には、「僕やルーカス公子だけでジルは眼中になしとは呆れる」「提案ではなくて抱き込み工作だろう」という呟きがはっきりと聞こえていた。
そんなヴィオラの冷笑と表面上の言葉を額面通りに受け止めたバリーが、わが意を得たりとばかり満面の笑みを浮かべて何度も首肯する。
「いえいえ、これも皆様方のより良い学園生活のため。そのお役に立てるのであれば、我々生徒会一同は喜んでご奉仕させていただきます」
「……特定の見返りや利害を期待しての奉仕であるか」
吐き捨てるようなリーゼロッテの感想は、幸か不幸かバリー及び執行部の面々の耳には届かなかった。
「どちらにしても」
ゲンナリしながらも毅然とした態度を崩すことはなく、ルークはバリーの目を真正面から見て言葉を重ねた。
「グループ分けが決定していて、その過半数以上の班がユニス法国行きを希望している以上、僕たちには選択の余地がないということですね?」
「とんでもありません。それを決定する為の本日の協議ですから、皆様方にそれ以上の候補地があり、明確な根拠を示していただければ、議論するのにやぶさかではありません」
バリーにあわせて集まった他班の顔ぶれが一斉に愛想笑いを浮かべる。
追従しないのは、離れた窓際に背中をもたれて白けた目でこの三文芝居を眺めている、いささか貧相な身なりをしたボサボサ黒髪の一般生徒らしい少年だけだった。
少年の立ち位置に少しだけ興味を覚えつつも、どう考えても出来レースなバリーの提案に肩を竦めるルーク。
「取り立てて僕に代案はありませんよ。ただ、歴史の長短に関わらず、どのような場所でも学ぶべきものがあると思いますけれど」
「そうであるな。逆に長いからといっても空虚な歴史では得るものもないであろうし」
「俺としては辛気臭い場所より、パーッと華やかで開放的な場所の方がいいけど」
「ははは、ダニエル君。君の意見には僕も賛成だね。その上、見目麗しい女の子が多ければ言うことはないんだけれど」
あわせて口々に好き勝手な意見を出すリーゼロッテ、ダニエル、ヴィオラ。
さすがに彼らが乗り気ではないのに気が付いて笑顔を強張らせるバリーであったが、さりとて積極的な否定の言葉がないことと、自分たちの数の有利を当て込んで、
「どうやら問題ないようですね。では調査学習の地はユニス法国。詳細は後ほど各班の代表者同士で詰めることにしましょう」
一方的にそう宣言した。
「「「「…………」」」」
無言のまま肩を竦めるルークたち。
「なお、行き先は学園の保養所のあるユニス法国東部アーレア地方となります。この地は彼の巫女姫クララ様が修行された地ということで、現在でも志しある巫女たちが修行に訪れておりますから、ヴィオラ様のご要望にもお応えできるかと」
「それは楽しみだね」
苦笑しながらも、満更でもない顔で目を輝かせるヴィオラと、「お堅い巫女さんか……」渋い顔をするダニエル。MaxMan
2014年10月14日星期二
空の旅と北からの報せ
レグルーザのホワイト・ドラゴンに乗り、サーレルオード公国を目指して東南へ移動する。
[風の宝珠オーブ]のおかげで風の精霊たちが積極的に力を貸してくれるから、ドラゴンで行く空の旅は高速で快調。SEX DROPS
途中。
休憩に降りたところで地図をひろげ、寄り道の相談をした。
手持ちの食料が少なくなってきたので、そろそろ買い物をしに街へ行きたいというレグルーザが、地図の一点を指さす。
「サーレルオード公国へ入る前に、シャンダルへ寄ろう。」
示されたそこは、南大陸の中央にある【光の湖】から流れる何本かの川のうち、南西の海につながる一本があるところで、ちょうどその川がイグゼクス王国とサーレルオード公国の国境になっているのだが。
レグルーザの言うシャンダルという街は、なんとその川の真ん中にある。
あたしは頷きつつ、首を傾げた。
「行くのはいいけど、これって川の真ん中に街があるの?」
「シャンダルは街ではなく、国だ。実際に見てみればわかるだろうが、【光の湖】から流れる大河の上に、魔法で守られた都市が浮かんでいる。
国としての規模は小さいが、イグゼクス王国とサーレルオード公国の交易の要の場所となっている他に、この辺りでは一番の遊興施設をそろえて観光地としての人気を得ている。
つまりは王国と公国の商人たちの取り引き市場であり、娯楽に飢えた貴族たちの遊び場だ。」
「おおー。なんか楽しそうなトコだね。」
わくわくして言うと、さっくり釘を刺された。
「リオ。俺たちは商人でも貴族でもない。市場で食材と香辛料を買って、『傭兵ギルド』の支部で情報収集をしてくるだけだ。」
人が多くて危ない連中もいるから、わざとはぐれたりしないように、と厳重に注意され、残念だなと思ったけど「はーい」と返事する。
話を聞いているとテーマパークみたいでおもしろそうだけど、初めて行く場所だし、レグルーザに迷惑かけたくもないから、彼の近くで遊べるだけ遊んでこよう。
一回行って場所を覚えれば、後は〈空間転移テレポート〉で好きな時に行けるし。
そうして話がまとまると、シャンダルへ向かってドラゴンで飛んだ。
ドラゴンに乗って一日飛び、夕暮れ前に野営地を決めて夕食の準備に取りかかる。
乾いた枝を集め、近くの川でくんだ水を鍋で沸かすのがあたしの役割。
石を組んで簡単なかまどを作ってから、周辺の様子を見てまわり、ついでに夕食用の獲物を狩ってくるのがレグルーザの役割。
今のところレグルーザは「やり方を見ていろ」と言うだけで、料理について教えてはくれない。
他にやることもないし、ヒマなあたしはちょっとした下ごしらえを手伝いながら、レグルーザが狩ってきた獲物をさばき、手持ちの食料や狩りのついでに採ってきた野草を使って料理するのを見ている。
レグルーザは鋭い爪のついた大きな手で、小さなビンや布袋に詰め込まれた香辛料と思しき葉っぱや木の実を上手に取り出して、とくに量をはかったりはせず無造作に使う。
うーん。今日もいい匂い。
お腹を空かせたあたしは、レグルーザが「よし」と言うのをまだかまだかと待ちながら、よく使われる葉っぱや木の実の形をなんとなく覚えた。蒼蝿水
夜。
散歩から帰ってきたジャックのブラッシングをしていたら、イールから連絡がきた。
ちょっと久しぶりのような気もするけど、北の皇子はそれどころではないらしい。
「ネルレイシアが【竜骸宮りゅうがいきゅう】を出た。」
いきなり言われても、意味不明だ。
あたしは「おとうさんだー」とぱたぱたしっぽを振って喜んでいるジャックの額にある[竜血珠ドラゴン・オーブ]に触れ、声には出さず言葉を返す。
「お久しぶりですこんばんは、っていうのはまあいいとして、ちょっと待ってイール。
ネルレイシアって、イールの妹で『鷹の眼ホーク・アイ』の統括者トップの第二皇女だよね?
で、りゅうナントカってのは、何?」
「【竜骸宮】だ。竜人の始祖たる古竜エンシェント・ドラゴンの死後、その遺言に従って彼の骨を元に造られた宮殿で、ヴァングレイ帝国の皇族が住んでいる。
古竜の加護があるためか、【竜骸宮】の中では皇女たちの精霊同調症の発作が抑えられると言われている。
ネルはそこを出たんだ。」
「家出したってこと?」
「家出? ・・・家出、になるのか?」
早口だったイールが、一歩止まり、首を傾げるような口調で言う。
「ネルの目的地は、バスクトルヴ連邦との国境にある街だ。二代目の勇者が竜人の娘のために特別に造った空船スカイ・シップ、[フロイライン]を使い、ともに『皇女の鳥』を管理するアマルテは宮に残した。
侍女と護衛と三人の精霊使いを連れて出立するのに、宮の者たちが総出で見送りをしたらしい。」
それは家出じゃないだろう。
「みんなに見送られて、準備万端で旅立ったみたいだけど?」
「宮の者たちは皇女に甘い上に、ネルはどうすれば自分の望みを叶えられるか知っているからな。戻るまで勝手なことはするなと、よく言い聞かせておいたつもりだったのだが・・・」
いつも自信たっぷりのイールの声が、どうにも不調だ。
「侍女と護衛と、精霊使いも三人連れて行ったんでしょ? それでもそんなに心配になるような子なの?」
「いや、そういうわけではないのだが。ネルはひとりで【竜骸宮】を出たことがない。今まで出かける時は、いつもわたしが同行していたからな。」
なるほど。
それで過保護なお兄ちゃんは、侍女と護衛、精霊使い三人を連れて出かけた妹を心配してるわけか。
・・・ん?
「イール。もしかして今、妹ちゃん追いかけてドラゴンに乗ってたりする?」
「ああ。よくわかったな。」
よくわかったとも。
君は立派なシスコンだと。勃動力三体牛鞭
まあ、ネルレイシアは体が弱い上に寿命が短いというから、兄として心配するのは当たり前のことだとは思うけど。
「精霊使いを三人も連れて、ちゃんと準備して出かけたんでしょ? きっと大丈夫だよ。
それで、妹ちゃんはなんでそんないきなり旅立っちゃったの?」
「理由はわからん。知らされたのは目的地と、昨日の昼に宮を出たということだけだ。」
「そうかー。それじゃあ妹ちゃんの話については、とりあえず保留で。
元老院との話し合いがどうなったのか、よかったら聞かせてもらいたいんだけど、いい?」
話題を変えると、「ああ」と答えたイールの声が、少しだけ落ち着いた。
「元老院の大老の一人である、クマの一族の長老と話した。
結論としては、彼らはそれぞれの一族を指揮して内密に第三皇女を捜すということで、もうすでに決まっている。今からこの決定を変更することはできないそうだ。」
「それじゃ、『傭兵ギルド』への捜索依頼は出せないの?」
「ああ。ヴァングレイ帝国から協力を求めることはできない。だが、わたしが個人的に『傭兵ギルド』と話をすることについては、止められることも注意されることもなかった。」
「つまり、国として協力を求めることはできないけど、イールが単独で『傭兵ギルド』と接触するのは黙認するってこと?」
「おそらく。目を閉じておいてやるから、内密にうまくやれ、という意味だろう。ネルと合流したら、『皇女の鳥』の誰かを『傭兵ギルド』へ行かせようと思っている。」
ともかくイールの優先事項の第一位は、妹に会うことのようだ。
こちらの状況(【風の谷】の魔物は排除完了。聖域で風の大精霊と契約するべく西に向かう天音と別れ、あたしはレグルーザとサーレルオード公国の首都目指して移動中)を簡単に伝えると、「妹ちゃんに会えたら、また連絡して」と言って、話を終えた。
「おとうさん、いっちゃった」としょんぼりしっぽをたらしたジャックを、よしよしと撫でてなぐさめる。
それほど長期間一緒にいたわけじゃないのに、なんで君、そんなになついてんのかなー?福源春
よくわからなかったが、ともかくジャックをなぐさめながら、レグルーザに言う。
「今、イールから連絡が来たの。妹の皇女が空船で【竜骸宮】を出たんだって。」
「皇女が宮から出たのか。それは珍しいな。」
レグルーザも驚くくらい、めったにしないことみたいだ。
それじゃあお兄ちゃんは、かなりビックリしただろうなー。
イールの慌てっぷりを思い出して同情しつつ、レグルーザに北の様子を話す。
彼は帝国の元老院の反応に、やはりそうなったか、と納得した様子で頷いた。
「帝国では昔から、皇族に対する民の忠誠心が強い。それに獣人というのはたいてい誇り高く、頑固だ。己の主に関わることで、他者に助けを求めるのを良しとはしないだろう。
おそらく『紅皇子クリムゾン』が『傭兵ギルド』と話すのを黙認する、とされたのは、皇子が直接、大老と会ったためだろうな。」
「イールが会いに行ったから、大老が譲歩したってこと?」
「確証はないが、そうでもなければ許さんだろうとは思う。」
「ふぅん?
でも、ネルレイシアはわりとあっさり準備万端で旅立っちゃった感じだし、イールは直接会いに行ったら大老に譲歩してもらえるし。帝国の獣人って、忠誠心は強いのかもしれないけど、竜人に弱いっていうか、甘い?」
「俺は旅暮らしで、長く一所に留まって住んだことがないからな。詳しくはわからん。お前がヴァングレイ帝国へ行った時、実際に見てみるのが一番だろう。」
「あー。たぶん、いつかヴァングレイ帝国にも行くことになるんだろうねー。」
「北は寒く、厳しい土地だ。行く時には十分な備えが要るだろう。だがまずはサーレルオード公国と、その手前のシャンダルだ。明日もまた飛ぶからな。もう休めよ。」
「ん。そいじゃ、おやすみー。」
「おやすみ。」
レグルーザがホワイト・ドラゴンの方へ歩いていくのを見送って、毛布にくるまる。
夜風はそろそろ冬を感じる冷たさで、焚き火の暖かさをありがたく思う時期。
あたしはしっかりと毛布を体に巻きつけ、ジャックのお腹の毛並みにもふもふと埋もれると、星空の下でまぶたを閉じた。花痴
[風の宝珠オーブ]のおかげで風の精霊たちが積極的に力を貸してくれるから、ドラゴンで行く空の旅は高速で快調。SEX DROPS
途中。
休憩に降りたところで地図をひろげ、寄り道の相談をした。
手持ちの食料が少なくなってきたので、そろそろ買い物をしに街へ行きたいというレグルーザが、地図の一点を指さす。
「サーレルオード公国へ入る前に、シャンダルへ寄ろう。」
示されたそこは、南大陸の中央にある【光の湖】から流れる何本かの川のうち、南西の海につながる一本があるところで、ちょうどその川がイグゼクス王国とサーレルオード公国の国境になっているのだが。
レグルーザの言うシャンダルという街は、なんとその川の真ん中にある。
あたしは頷きつつ、首を傾げた。
「行くのはいいけど、これって川の真ん中に街があるの?」
「シャンダルは街ではなく、国だ。実際に見てみればわかるだろうが、【光の湖】から流れる大河の上に、魔法で守られた都市が浮かんでいる。
国としての規模は小さいが、イグゼクス王国とサーレルオード公国の交易の要の場所となっている他に、この辺りでは一番の遊興施設をそろえて観光地としての人気を得ている。
つまりは王国と公国の商人たちの取り引き市場であり、娯楽に飢えた貴族たちの遊び場だ。」
「おおー。なんか楽しそうなトコだね。」
わくわくして言うと、さっくり釘を刺された。
「リオ。俺たちは商人でも貴族でもない。市場で食材と香辛料を買って、『傭兵ギルド』の支部で情報収集をしてくるだけだ。」
人が多くて危ない連中もいるから、わざとはぐれたりしないように、と厳重に注意され、残念だなと思ったけど「はーい」と返事する。
話を聞いているとテーマパークみたいでおもしろそうだけど、初めて行く場所だし、レグルーザに迷惑かけたくもないから、彼の近くで遊べるだけ遊んでこよう。
一回行って場所を覚えれば、後は〈空間転移テレポート〉で好きな時に行けるし。
そうして話がまとまると、シャンダルへ向かってドラゴンで飛んだ。
ドラゴンに乗って一日飛び、夕暮れ前に野営地を決めて夕食の準備に取りかかる。
乾いた枝を集め、近くの川でくんだ水を鍋で沸かすのがあたしの役割。
石を組んで簡単なかまどを作ってから、周辺の様子を見てまわり、ついでに夕食用の獲物を狩ってくるのがレグルーザの役割。
今のところレグルーザは「やり方を見ていろ」と言うだけで、料理について教えてはくれない。
他にやることもないし、ヒマなあたしはちょっとした下ごしらえを手伝いながら、レグルーザが狩ってきた獲物をさばき、手持ちの食料や狩りのついでに採ってきた野草を使って料理するのを見ている。
レグルーザは鋭い爪のついた大きな手で、小さなビンや布袋に詰め込まれた香辛料と思しき葉っぱや木の実を上手に取り出して、とくに量をはかったりはせず無造作に使う。
うーん。今日もいい匂い。
お腹を空かせたあたしは、レグルーザが「よし」と言うのをまだかまだかと待ちながら、よく使われる葉っぱや木の実の形をなんとなく覚えた。蒼蝿水
夜。
散歩から帰ってきたジャックのブラッシングをしていたら、イールから連絡がきた。
ちょっと久しぶりのような気もするけど、北の皇子はそれどころではないらしい。
「ネルレイシアが【竜骸宮りゅうがいきゅう】を出た。」
いきなり言われても、意味不明だ。
あたしは「おとうさんだー」とぱたぱたしっぽを振って喜んでいるジャックの額にある[竜血珠ドラゴン・オーブ]に触れ、声には出さず言葉を返す。
「お久しぶりですこんばんは、っていうのはまあいいとして、ちょっと待ってイール。
ネルレイシアって、イールの妹で『鷹の眼ホーク・アイ』の統括者トップの第二皇女だよね?
で、りゅうナントカってのは、何?」
「【竜骸宮】だ。竜人の始祖たる古竜エンシェント・ドラゴンの死後、その遺言に従って彼の骨を元に造られた宮殿で、ヴァングレイ帝国の皇族が住んでいる。
古竜の加護があるためか、【竜骸宮】の中では皇女たちの精霊同調症の発作が抑えられると言われている。
ネルはそこを出たんだ。」
「家出したってこと?」
「家出? ・・・家出、になるのか?」
早口だったイールが、一歩止まり、首を傾げるような口調で言う。
「ネルの目的地は、バスクトルヴ連邦との国境にある街だ。二代目の勇者が竜人の娘のために特別に造った空船スカイ・シップ、[フロイライン]を使い、ともに『皇女の鳥』を管理するアマルテは宮に残した。
侍女と護衛と三人の精霊使いを連れて出立するのに、宮の者たちが総出で見送りをしたらしい。」
それは家出じゃないだろう。
「みんなに見送られて、準備万端で旅立ったみたいだけど?」
「宮の者たちは皇女に甘い上に、ネルはどうすれば自分の望みを叶えられるか知っているからな。戻るまで勝手なことはするなと、よく言い聞かせておいたつもりだったのだが・・・」
いつも自信たっぷりのイールの声が、どうにも不調だ。
「侍女と護衛と、精霊使いも三人連れて行ったんでしょ? それでもそんなに心配になるような子なの?」
「いや、そういうわけではないのだが。ネルはひとりで【竜骸宮】を出たことがない。今まで出かける時は、いつもわたしが同行していたからな。」
なるほど。
それで過保護なお兄ちゃんは、侍女と護衛、精霊使い三人を連れて出かけた妹を心配してるわけか。
・・・ん?
「イール。もしかして今、妹ちゃん追いかけてドラゴンに乗ってたりする?」
「ああ。よくわかったな。」
よくわかったとも。
君は立派なシスコンだと。勃動力三体牛鞭
まあ、ネルレイシアは体が弱い上に寿命が短いというから、兄として心配するのは当たり前のことだとは思うけど。
「精霊使いを三人も連れて、ちゃんと準備して出かけたんでしょ? きっと大丈夫だよ。
それで、妹ちゃんはなんでそんないきなり旅立っちゃったの?」
「理由はわからん。知らされたのは目的地と、昨日の昼に宮を出たということだけだ。」
「そうかー。それじゃあ妹ちゃんの話については、とりあえず保留で。
元老院との話し合いがどうなったのか、よかったら聞かせてもらいたいんだけど、いい?」
話題を変えると、「ああ」と答えたイールの声が、少しだけ落ち着いた。
「元老院の大老の一人である、クマの一族の長老と話した。
結論としては、彼らはそれぞれの一族を指揮して内密に第三皇女を捜すということで、もうすでに決まっている。今からこの決定を変更することはできないそうだ。」
「それじゃ、『傭兵ギルド』への捜索依頼は出せないの?」
「ああ。ヴァングレイ帝国から協力を求めることはできない。だが、わたしが個人的に『傭兵ギルド』と話をすることについては、止められることも注意されることもなかった。」
「つまり、国として協力を求めることはできないけど、イールが単独で『傭兵ギルド』と接触するのは黙認するってこと?」
「おそらく。目を閉じておいてやるから、内密にうまくやれ、という意味だろう。ネルと合流したら、『皇女の鳥』の誰かを『傭兵ギルド』へ行かせようと思っている。」
ともかくイールの優先事項の第一位は、妹に会うことのようだ。
こちらの状況(【風の谷】の魔物は排除完了。聖域で風の大精霊と契約するべく西に向かう天音と別れ、あたしはレグルーザとサーレルオード公国の首都目指して移動中)を簡単に伝えると、「妹ちゃんに会えたら、また連絡して」と言って、話を終えた。
「おとうさん、いっちゃった」としょんぼりしっぽをたらしたジャックを、よしよしと撫でてなぐさめる。
それほど長期間一緒にいたわけじゃないのに、なんで君、そんなになついてんのかなー?福源春
よくわからなかったが、ともかくジャックをなぐさめながら、レグルーザに言う。
「今、イールから連絡が来たの。妹の皇女が空船で【竜骸宮】を出たんだって。」
「皇女が宮から出たのか。それは珍しいな。」
レグルーザも驚くくらい、めったにしないことみたいだ。
それじゃあお兄ちゃんは、かなりビックリしただろうなー。
イールの慌てっぷりを思い出して同情しつつ、レグルーザに北の様子を話す。
彼は帝国の元老院の反応に、やはりそうなったか、と納得した様子で頷いた。
「帝国では昔から、皇族に対する民の忠誠心が強い。それに獣人というのはたいてい誇り高く、頑固だ。己の主に関わることで、他者に助けを求めるのを良しとはしないだろう。
おそらく『紅皇子クリムゾン』が『傭兵ギルド』と話すのを黙認する、とされたのは、皇子が直接、大老と会ったためだろうな。」
「イールが会いに行ったから、大老が譲歩したってこと?」
「確証はないが、そうでもなければ許さんだろうとは思う。」
「ふぅん?
でも、ネルレイシアはわりとあっさり準備万端で旅立っちゃった感じだし、イールは直接会いに行ったら大老に譲歩してもらえるし。帝国の獣人って、忠誠心は強いのかもしれないけど、竜人に弱いっていうか、甘い?」
「俺は旅暮らしで、長く一所に留まって住んだことがないからな。詳しくはわからん。お前がヴァングレイ帝国へ行った時、実際に見てみるのが一番だろう。」
「あー。たぶん、いつかヴァングレイ帝国にも行くことになるんだろうねー。」
「北は寒く、厳しい土地だ。行く時には十分な備えが要るだろう。だがまずはサーレルオード公国と、その手前のシャンダルだ。明日もまた飛ぶからな。もう休めよ。」
「ん。そいじゃ、おやすみー。」
「おやすみ。」
レグルーザがホワイト・ドラゴンの方へ歩いていくのを見送って、毛布にくるまる。
夜風はそろそろ冬を感じる冷たさで、焚き火の暖かさをありがたく思う時期。
あたしはしっかりと毛布を体に巻きつけ、ジャックのお腹の毛並みにもふもふと埋もれると、星空の下でまぶたを閉じた。花痴
2014年10月12日星期日
強さの証明
「なんて強さだ……」
城からミラと悪魔の戦いの一部始終を目にしたアスバルが、無意識に呟く。他の者達も、その余りの次元の違いに絶句していた。美人豹
「ミラお姉ちゃん、すごい! カッコいいよ!」
だがタクトだけは違った。悪魔と戦い、勝利したミラを崇敬の眼差しで見つめ走り出す。命令を忠実に守るホーリーナイトがタクトを追従していく姿を目にして、エカルラートカリヨンの面々も我に返り、ミラの元へと駆け出した。
「僕もミラお姉ちゃんみたいに強くなりたい!」
エメラ達が追いつくとほぼ同時に、タクトはその瞳を輝かせながら言う。
「ほう、そうかそうか。その気持ちがあれば、きっと強くなれるじゃろう」
無垢な子供に褒められてふんぞり返るミラは、タクトの頭を撫でながらにやにやと笑んでいる。その瞳には禍々しかった魔眼の痕跡はもう無く、いつもの色彩に戻っていた。
エメラ達が目にしたその姿には悪魔と戦っていた時の面影は無く、年頃の少女といった雰囲気しか感じられない。一瞬気の抜けた面々だったが、やはり気になるのは先程まで目の前で繰り広げられていた光景。あの人類の敵と云われていた、悪魔を圧倒したミラの常識外れな実力だ。
「何て言ったらいいか分からないけど、ありがとうミラちゃん。お陰で助かったわ」
「ああ、俺達だけだったらどうなっていたか」
「礼を言われる事ではない。わしが巻き込んだ様なものじゃからのぅ」
エメラとしては命を救われたという事実は揺ぎ無いものだったが、ミラにしてみれば本来一人で来る予定だった場所。そしてそこに居た悪魔との戦闘に巻き込んだ形となるのだから、礼を言われても困ると首を振る。
「にしてもさ、ミラちゃんってめっちゃ強ぇんだな。冒険者になっていきなりランクCっていうのと関係あるん?」
唐突にゼフは、ここに居る誰もが気にしている事を難なく言ってのけた。
現在最も気になる事ではあるが、何か秘密がどんな事情がと思考を巡らせていたアスバルやフリッカは、呆然とした目でゼフに視線を送る。
視線を向けられた当の本人はミラを見て、細かい事情は分からないが、それでも悪い人間ではまず無いと確信している。直感にも近いが、ゼフの観察眼は確かなものだ。そしてタクトを気遣うミラの態度は、ゼフだけでなく他のメンバーも見ている。タクトに接するミラは良きお姉さんであり、背伸びした物言いは何とも愛らしい印象を感じさせるものだ。
「ふむ、そうじゃな……まあ言ってもいいじゃろう」
ミラはゼフの言葉を受けて一瞬だけ思考したが、術士組合のギルド長が自分を知っていた口振りからして、隠したところでいずれ分かる事だろうと結論する。
ならば根掘り葉掘り訊かれて、それを誤魔化す為の言い訳を考えるよりも、最初に閃いた言い訳を言ってしまった方が手間が少なく齟齬も無い。
英雄の弟子だから悪魔も楽勝でした。事実、ダンブルフの蛮勇を知っている者ならば、それで十分に納得できる言い分だろう。
「それで……ミラちゃんの強さの理由は……」
やはりというか最もというか、一番気にしていたエメラは食い入る様にミラを見つめて言葉の続きを待つ。美女の視線を近くに感じて、ミラは盛大に狼狽しているとは露知らずに。
「う、うむ……ダンブルフという者を知っておるか? わしはその弟子じゃ。故あって動き回れぬ師の代わりに野暮用をこなしておるところでな」
ミラは力量の証明と同時に、後々聞かれるであろう古代神殿に来た理由を仄めかした。九賢者の代わりに来たと言っておけば追求されても、秘密と押し通せると考えたからだ。
さあどう反応するかとミラが身構えていると、その反応は以外にも落ち着いたものだった。
「ダンブルフ様の弟子……だからあんなに強いんだ」
「軍勢の二つ名持ちの賢者……その弟子。なるほどな」
エメラとアスバルは、むしろ納得できたと言わんばかりにその答えを飲み込んだ。目の前で繰り広げられた次元の違う戦い。そして周囲に刻み込まれたその傷痕。これ程の力を持つ者と言えば、それこそ九賢者やレジェンドクラスの冒険者、三神国の将軍といった錚々たる面々が並ぶ。
そんな者達と比肩してみせたミラの実力は、むしろそういう理由でもないと納得できるものではなかった。
なにより、目の前で起きた事象の上での言葉に疑う余地は無く、疑ったところで答えなど見つけられ無いだろう。故に、ダンブルフどうこうよりも先に、ミラの言葉を素直に受け止める事が出来たのだ。
「ダンブルフ様……九賢者の弟子……」
ミラの想像以上に早く落ち着いたエメラとアスバルとは別に、フリッカはその答えを何度も繰り返していた。絶對高潮
フリッカもミラの圧倒的な実力をその目で見たので、疑いはほとんど無かった。悪魔との戦いの前から、兆候は幾度と感じていたからだ。だが、エメラとアスバルとは違い術士であるフリッカは、その言葉が前例の無いものである事を知っている。九賢者は総じて弟子を取った事は無いのだ。銀の連塔の術士は飽くまで研究員であり、賢者から教えを請う事も出来るが、結局はそこまでだ。弟子でなく、教師と生徒という位置でもない。決して、一対一で技術の全てを指導してもらえるという立場の者はこの世に居ないと聞いている。
九賢者が失踪する前から、弟子と噂される者は居らず、唯一戻って来ているルミナリアも決して弟子は取っていない。
フリッカは、そうでもなければ強さの説明が付かないという思いと、歴史に反する前代未聞の賢者の弟子という存在の間で揺れ動いていた。
「すっげ! 知ってる知ってる。オレでも知ってるよその名前。超有名人の弟子なんか。すげぇなミラちゃんは!」
最もお気楽なゼフが身振り手振りを交えてミラを賞賛する。そして、傍らに佇むホーリーナイトを見つめながら「改めて見ると、貫禄が違うな!」などと騒ぎ立てる。
ゼフにしてみれば誰の弟子だろうが、どういう事情があろうが、ミラは悪魔を倒し自分達はそれで助かった。それ以上でもそれ以下でもなく、ミラはとにかく強い。それだけの事だった。良い意味で空気の読めないゼフ。
タクトにしてみればダンブルフという人物は知っているが、絵本や物語のヒーローという認識だ。それよりも悪魔を倒したミラはヒーローそのもので、眩いくらいに瞳を輝かせてミラを見つめている。
ミラは、少しくらい「うっそだー」だとか「ありえないっしょー」などと言われるかもと予想してたが、そんな事は無く、一言で片付いて良かったとミラは一息ついた。
そもそもミラがそう思った理由というのは、単純に九賢者が失踪中であるという事が挙げられる。居場所どころか生死すら不明の人物の弟子だなんて、言うなれば名乗り放題である。しかしここに居る者は、その考慮や確認すらせずに受け入れた。ミラにしてみれば不思議だとも思えるが、エメラ達にしてみれば、それ以外にミラの強さに説明が付かないというのが実情。それ程までにミラの実力は、常軌を逸したものだったのだ。
「なんじゃお主等、やけに素直に信じるんじゃのぅ」
拍子抜けだと言わんばかりに、つい口にするミラ。
「えっ、嘘なの!?」
納得して落ち着いていたエメラは、取り乱した様に再びミラに迫る。とても近い。
「いや、嘘では無い。そして近い」
ミラは軽く首を横に振り、視線を外しながら後ろに下がる。若干、顔が赤くなっていた。
「というよりかの、わしの師は失踪中となっておるじゃろう。それに関して何か言われるかと思うておったんじゃがな」
「ああ、そういう事ね」
得心がいった様にエメラが頷く。
「確かに、失踪中の賢者様達には色々な説が流れているけど。魔界に乗り込んだとか、壮絶な仲違いで殺し合ったとか、神に昇格して天に召されたとかね。
だけどそれは一部の人が面白可笑しく話しているだけ。普通に皆は、賢者様はどこかに隠居して俗世から離れて暮らしているんだろうってのが通説よ。
それにもうあれから三十年、弟子が出てきたっておかしくない時期でしょ」
あながち間違いではない。エメラがそう言い終わると、隣のアスバルがミラの全身を見ながら、
「それとだ。嬢ちゃんの戦い方ってのが、親父から聞いた話にソックリだったんだよな」
そう続けて、にかっと笑う。そしてそれこそがミラの話をすぐに信じた決定的な要因だった。
「私もお父さんに良く聞かせてもらってた!」
「私もですね。魔術士適正があると分かってからは、九賢者様の物語を何度も読んでもらっていました」
「だよなー。ってか、この国で生まれたなら知らない奴も居ないだろうな」
アスバルに続く様に他の三人も口を揃えて、その物語の情景を思い浮かべる。その情景が、先程のミラの戦い方と酷似していたのだ。
「物語とな?」
首を傾げるミラにエメラは、その詳細を語る様に話し始めた。
皆が言う物語とはアルカイト王国で老若男女に大人気の、九賢者を題材とした物語の事だ。その内のダンブルフの物語には、召喚精霊を千体同時召喚といった武勇伝が描かれていたりするのだが、その中でも特に人気だった話が一つ。召喚術と仙術を駆使した召喚術士ならざる近接戦がメインのお話だ。
召喚獣が飛び交いダンブルフが地を駆ける。子供達は誰もがその物語に熱狂した。そして全員が子供の頃から知っている共通認識から、ミラの言葉は即座に受け入れられたのだ。
「その様なものが出回っておるとは……」
エメラが物語の内容を簡潔に、しかし熱く語る。それにタクトも興奮し「すごいすごい」と囃し立てるものだから、エメラは益々調子に乗っていく。
「ミラちゃん、これはまだ序章よ! 貴女の師匠、ダンブルフ様の武勇はこの程度では終わらないわ!」Xing霸 性霸2000
絶好調に拳を振り上げるエメラは直後、フリッカの杖の硬いところで突かれて蹲る。
「もういいわエメラ。それよりもまずは早く帰りましょう。この場に悪魔が現れたという事も早く報告したいわ」
「そ……そうね。ぞうじまじょう……」
くぐもった声でエメラが答える。よろりと立ち上がったエメラは僅かに涙を浮かべていた。
「あー、わしが聞いた事じゃから、途中で止めるべきじゃったかのぅ」
自分が途中で止めていれば痛い思いをせずに済んだだろうと、ミラは腹部を押さえるエメラを見ながら言うと、
「そんな事ないのよミラちゃーん! 悪いのはエメラだから気にしないのぉー!」
「おおぅっ!?」
裏返る一歩手前の声を上げながらフリッカが掻っ攫う様にミラを抱き上げる。同時にその顔を胸に埋めてもふもふすると、案の定エメラのチョップで地に伏せる。やったらやり返された。そんな構図だ。
ミラはフリッカが倒れる直前、エメラに抱えられてから地に下ろされる。
「なんか、ごめんね」
「さっきまでは普通だったのにのぅ」
「多分、緊張が解けて我慢の限界超えたんだと思う」
「難儀じゃな」
そう言った二人は、幸せそうな笑顔で地面を転がり「すっごく柔らかかったのー!」とのたまいながら身悶えているフリッカを見つめる。
「残念すぎるよなぁ」
「まあ、そこもフリッカちゃんの魅力さ」
嘆息しながら呟くアスバルに、美人なら障害なんて何のそのなゼフが答える。
「それにしても物語のダンブルフ様は、召喚術の他に仙術で接近戦が出来るとあったけど、ミラちゃんはそれも受け継いでいるんだね。あれはすごかった」
フリッカが平静を取り戻す中、エメラが熱を帯びた瞳で語る。事実それがダンブルフの戦闘方法であり、まともな召喚術士の戦い方とは逸脱してたりする。
「仙術か……急に消えたりもしたよな。すげぇんだな仙術ってのはよ」
「あれくらいは普通じゃよ」
「オレも所々、目で追えなかったな。仙術士ってのは皆あんな非常識な動きするん?」
「他は知らぬが、あれくらいは普通じゃよ」
「なんだか空走ってましたよね。仙術士はうちのギルドにも居ますけど、あんな事出来なかったと思いますが」
「空闊歩という仙術士の固有技能じゃな。あれくらいは普通じゃよ」
仙術士としても上位であるミラの動きは、大盤振る舞いした事も相まって、客観的に見るとちょっとした超常現象染みたものだった。物語とは違い、実際に目にしたその戦いは迫力が違う。もちろんその光景はエメラ達の脳裏に鮮明に刻み込まれている。
「仙術ってすごいね!」
全員の総意をまとめて、エメラが興奮気味に声を上げる。それと共にエカルラートカリヨンの面々は大いに仙術に対しての認識を改める。召喚術士であるが仙術も操る賢者の弟子が、あれ程の仙術戦を繰り広げた。それも悪魔を圧倒する仙術戦だ。魅了されない訳が無い。
「……なん……じゃと」
召喚術の実力を見せ付けるはずが、結果として最も評価の上がったのは仙術だったという事実。ミラは遥か遠くに視線を飛ばし、どこで間違ったと頭を抱えた。
「おーい、これってもしかして結構良いもんじゃねー?」
次のチャンスにと、帰り道にあるかどうかも怪しい召喚術挽回の可能性に賭けていたミラが顔を上げたところで、遠くからゼフの声が響く。皆が反応してそちらに視線を向けると、ゼフの足元には悪魔の亡骸と、その得物が転がっていた。
「それにしても、改めてみるとまたすごい有様だな」
アスバルは悪魔の体表の所々に刻まれた傷痕を指でなぞりながら言う。そこから手の甲で軽く叩き、その尋常ならざる堅牢な鎧衣に嘆息した。自分の全力でも掠り傷一つ与える事ができるのかどうかと。
エメラも同じ気持ちで剣の柄を力強く握り締めると、今日から訓練を倍にしようと心の中で誓う。その瞳には、別次元の情景が焼きついており、そしていつかは自分もその場所へ行くんだという情熱が宿っていた。WENICKMANペニス増大
感心した様に亡骸を囲む面々に対して、タクトは悪魔を目にした途端にミラの背後に隠れ、そんなタクトにミラは「大丈夫じゃよ」と声を掛け優しく頭を撫でる。
「んでさ、これなんだけど。オレじゃあ、ちと持てそうにないんだよな」
ゼフは両手でどうにか持ち上げた大鎌を引き摺ってアスバルの元へと運ぶ。それを受け取ったアスバルは、その瞬間に表情を歪める。
「ぬっ……なんて重さだ。ふんっ!」
そう言いながらも、両手でそれを構え大きく振り下ろす。甲高い金属音と共にその刃が地面にめり込んだ。
「どうだ、使えそうか?」
「俺では荷が重いな。それに大鎌なんぞ使った事もない。そもそもこれは悪魔を倒した嬢ちゃんの物だろ。まあ、武器は嬢ちゃんには必要無さそうだが、売ればかなりの値が付くんじゃないか」
「んだなー。後は魔動石と魔動結晶もあるし、ミラちゃんウハウハだな。一割くらい、アイテム回収作業代として貰っていい?」
ゼフは冗談らしく笑みを浮かべる。実際問題として、古代神殿で手に入ったアイテムは最初のグールを抜かせば、全てミラの手柄だ。ゼフも、それは承知で回収していたし、他のメンバーだってその事にどうこう言うつもりはない。
だがミラは違った。
「なんじゃ。こういうものは頭割りが基本じゃろう。計算は苦手じゃからそこは任せるがのぅ」
その言葉にエカルラートカリヨンの面々は完全に思考停止となる。回収した魔動石に、悪魔の武器である大鎌。計算するでもなく、ちょっとした一財産となるだろう。
そして誰がどう見ても、その所有権はミラにある。だがその所有権を持つ本人が、皆で分けるのが当たり前だと言ったのだ。協力して倒した魔物の部位アイテム等を分けるのは冒険者としての常識だが、ミラの実力が知れた今、どうあっても自分達はミラに着いて来ただけの同行者という立場だと認識している。
「でもほら、倒したのはミラちゃんの召喚術だし」
「わしらは、パーティじゃろう?」
しどろもどろに現状を伝えるエメラに、疑問符を浮かべながら返答するミラ。
元よりミラはそのつもりであり、単純にそれがプレイヤーの常識として染み付いている。魔物のドロップアイテムで揉めるのが苦手なミラは、パーティ戦では最初から全部頭割りとするのが平等で理想的だと思っているのだ。
互いに視線を交わしたまま首を傾げ合うエメラとミラ。タクトは話の内容が分からず首を傾げる。
「そんな懐の大きいミラちゃんも素敵!」
そう言い飛び出したフリッカにまたも抱きしめられたミラは、視線で何とかしろとエメラに訴える。
何度目かの手刀をフリッカの脳天に落としながら、エメラはクスリと微笑んだ。
「ミラちゃんって、どこまでも非常識なのね」
「それには同意だな」
半ば呆れつつも優しい笑顔を浮かべるエメラに、アスバルは大いに頷いた。
「わしは、それ程金品に困ってはおらんからのぅ」
いざとなればソロモンを強請ればいいだけの話だ。
「夏燈篭に宿泊しているくらいだし、そういえばそうよね」
「あー、言ってたな」
「言ってた言ってた。金に困らないなんて羨ましいよなー」
エメラは若干遠い目をしつつ、鎮魂都市カラナック一の宿を思い浮かべる。たった一度だけ、戦勝祝いとして訪れた夏燈篭。手の込んだ料理の数々と安宿の食堂とは明らかに違う内装や調度品。エメラはそこで、お姫様にでもなった様な気分に浸りながら、仲間達と騒いだ夜を思い出す。
アスバルやゼフもその時の戦勝祝いを思い出したが、二人の記憶には一晩中にやついていたエメラの顔が真っ先に浮かぶ。どうやらお姫様気分により表情が緩みきっていた事に、エメラ本人は気付いていなかった様だ。procomil spray
城からミラと悪魔の戦いの一部始終を目にしたアスバルが、無意識に呟く。他の者達も、その余りの次元の違いに絶句していた。美人豹
「ミラお姉ちゃん、すごい! カッコいいよ!」
だがタクトだけは違った。悪魔と戦い、勝利したミラを崇敬の眼差しで見つめ走り出す。命令を忠実に守るホーリーナイトがタクトを追従していく姿を目にして、エカルラートカリヨンの面々も我に返り、ミラの元へと駆け出した。
「僕もミラお姉ちゃんみたいに強くなりたい!」
エメラ達が追いつくとほぼ同時に、タクトはその瞳を輝かせながら言う。
「ほう、そうかそうか。その気持ちがあれば、きっと強くなれるじゃろう」
無垢な子供に褒められてふんぞり返るミラは、タクトの頭を撫でながらにやにやと笑んでいる。その瞳には禍々しかった魔眼の痕跡はもう無く、いつもの色彩に戻っていた。
エメラ達が目にしたその姿には悪魔と戦っていた時の面影は無く、年頃の少女といった雰囲気しか感じられない。一瞬気の抜けた面々だったが、やはり気になるのは先程まで目の前で繰り広げられていた光景。あの人類の敵と云われていた、悪魔を圧倒したミラの常識外れな実力だ。
「何て言ったらいいか分からないけど、ありがとうミラちゃん。お陰で助かったわ」
「ああ、俺達だけだったらどうなっていたか」
「礼を言われる事ではない。わしが巻き込んだ様なものじゃからのぅ」
エメラとしては命を救われたという事実は揺ぎ無いものだったが、ミラにしてみれば本来一人で来る予定だった場所。そしてそこに居た悪魔との戦闘に巻き込んだ形となるのだから、礼を言われても困ると首を振る。
「にしてもさ、ミラちゃんってめっちゃ強ぇんだな。冒険者になっていきなりランクCっていうのと関係あるん?」
唐突にゼフは、ここに居る誰もが気にしている事を難なく言ってのけた。
現在最も気になる事ではあるが、何か秘密がどんな事情がと思考を巡らせていたアスバルやフリッカは、呆然とした目でゼフに視線を送る。
視線を向けられた当の本人はミラを見て、細かい事情は分からないが、それでも悪い人間ではまず無いと確信している。直感にも近いが、ゼフの観察眼は確かなものだ。そしてタクトを気遣うミラの態度は、ゼフだけでなく他のメンバーも見ている。タクトに接するミラは良きお姉さんであり、背伸びした物言いは何とも愛らしい印象を感じさせるものだ。
「ふむ、そうじゃな……まあ言ってもいいじゃろう」
ミラはゼフの言葉を受けて一瞬だけ思考したが、術士組合のギルド長が自分を知っていた口振りからして、隠したところでいずれ分かる事だろうと結論する。
ならば根掘り葉掘り訊かれて、それを誤魔化す為の言い訳を考えるよりも、最初に閃いた言い訳を言ってしまった方が手間が少なく齟齬も無い。
英雄の弟子だから悪魔も楽勝でした。事実、ダンブルフの蛮勇を知っている者ならば、それで十分に納得できる言い分だろう。
「それで……ミラちゃんの強さの理由は……」
やはりというか最もというか、一番気にしていたエメラは食い入る様にミラを見つめて言葉の続きを待つ。美女の視線を近くに感じて、ミラは盛大に狼狽しているとは露知らずに。
「う、うむ……ダンブルフという者を知っておるか? わしはその弟子じゃ。故あって動き回れぬ師の代わりに野暮用をこなしておるところでな」
ミラは力量の証明と同時に、後々聞かれるであろう古代神殿に来た理由を仄めかした。九賢者の代わりに来たと言っておけば追求されても、秘密と押し通せると考えたからだ。
さあどう反応するかとミラが身構えていると、その反応は以外にも落ち着いたものだった。
「ダンブルフ様の弟子……だからあんなに強いんだ」
「軍勢の二つ名持ちの賢者……その弟子。なるほどな」
エメラとアスバルは、むしろ納得できたと言わんばかりにその答えを飲み込んだ。目の前で繰り広げられた次元の違う戦い。そして周囲に刻み込まれたその傷痕。これ程の力を持つ者と言えば、それこそ九賢者やレジェンドクラスの冒険者、三神国の将軍といった錚々たる面々が並ぶ。
そんな者達と比肩してみせたミラの実力は、むしろそういう理由でもないと納得できるものではなかった。
なにより、目の前で起きた事象の上での言葉に疑う余地は無く、疑ったところで答えなど見つけられ無いだろう。故に、ダンブルフどうこうよりも先に、ミラの言葉を素直に受け止める事が出来たのだ。
「ダンブルフ様……九賢者の弟子……」
ミラの想像以上に早く落ち着いたエメラとアスバルとは別に、フリッカはその答えを何度も繰り返していた。絶對高潮
フリッカもミラの圧倒的な実力をその目で見たので、疑いはほとんど無かった。悪魔との戦いの前から、兆候は幾度と感じていたからだ。だが、エメラとアスバルとは違い術士であるフリッカは、その言葉が前例の無いものである事を知っている。九賢者は総じて弟子を取った事は無いのだ。銀の連塔の術士は飽くまで研究員であり、賢者から教えを請う事も出来るが、結局はそこまでだ。弟子でなく、教師と生徒という位置でもない。決して、一対一で技術の全てを指導してもらえるという立場の者はこの世に居ないと聞いている。
九賢者が失踪する前から、弟子と噂される者は居らず、唯一戻って来ているルミナリアも決して弟子は取っていない。
フリッカは、そうでもなければ強さの説明が付かないという思いと、歴史に反する前代未聞の賢者の弟子という存在の間で揺れ動いていた。
「すっげ! 知ってる知ってる。オレでも知ってるよその名前。超有名人の弟子なんか。すげぇなミラちゃんは!」
最もお気楽なゼフが身振り手振りを交えてミラを賞賛する。そして、傍らに佇むホーリーナイトを見つめながら「改めて見ると、貫禄が違うな!」などと騒ぎ立てる。
ゼフにしてみれば誰の弟子だろうが、どういう事情があろうが、ミラは悪魔を倒し自分達はそれで助かった。それ以上でもそれ以下でもなく、ミラはとにかく強い。それだけの事だった。良い意味で空気の読めないゼフ。
タクトにしてみればダンブルフという人物は知っているが、絵本や物語のヒーローという認識だ。それよりも悪魔を倒したミラはヒーローそのもので、眩いくらいに瞳を輝かせてミラを見つめている。
ミラは、少しくらい「うっそだー」だとか「ありえないっしょー」などと言われるかもと予想してたが、そんな事は無く、一言で片付いて良かったとミラは一息ついた。
そもそもミラがそう思った理由というのは、単純に九賢者が失踪中であるという事が挙げられる。居場所どころか生死すら不明の人物の弟子だなんて、言うなれば名乗り放題である。しかしここに居る者は、その考慮や確認すらせずに受け入れた。ミラにしてみれば不思議だとも思えるが、エメラ達にしてみれば、それ以外にミラの強さに説明が付かないというのが実情。それ程までにミラの実力は、常軌を逸したものだったのだ。
「なんじゃお主等、やけに素直に信じるんじゃのぅ」
拍子抜けだと言わんばかりに、つい口にするミラ。
「えっ、嘘なの!?」
納得して落ち着いていたエメラは、取り乱した様に再びミラに迫る。とても近い。
「いや、嘘では無い。そして近い」
ミラは軽く首を横に振り、視線を外しながら後ろに下がる。若干、顔が赤くなっていた。
「というよりかの、わしの師は失踪中となっておるじゃろう。それに関して何か言われるかと思うておったんじゃがな」
「ああ、そういう事ね」
得心がいった様にエメラが頷く。
「確かに、失踪中の賢者様達には色々な説が流れているけど。魔界に乗り込んだとか、壮絶な仲違いで殺し合ったとか、神に昇格して天に召されたとかね。
だけどそれは一部の人が面白可笑しく話しているだけ。普通に皆は、賢者様はどこかに隠居して俗世から離れて暮らしているんだろうってのが通説よ。
それにもうあれから三十年、弟子が出てきたっておかしくない時期でしょ」
あながち間違いではない。エメラがそう言い終わると、隣のアスバルがミラの全身を見ながら、
「それとだ。嬢ちゃんの戦い方ってのが、親父から聞いた話にソックリだったんだよな」
そう続けて、にかっと笑う。そしてそれこそがミラの話をすぐに信じた決定的な要因だった。
「私もお父さんに良く聞かせてもらってた!」
「私もですね。魔術士適正があると分かってからは、九賢者様の物語を何度も読んでもらっていました」
「だよなー。ってか、この国で生まれたなら知らない奴も居ないだろうな」
アスバルに続く様に他の三人も口を揃えて、その物語の情景を思い浮かべる。その情景が、先程のミラの戦い方と酷似していたのだ。
「物語とな?」
首を傾げるミラにエメラは、その詳細を語る様に話し始めた。
皆が言う物語とはアルカイト王国で老若男女に大人気の、九賢者を題材とした物語の事だ。その内のダンブルフの物語には、召喚精霊を千体同時召喚といった武勇伝が描かれていたりするのだが、その中でも特に人気だった話が一つ。召喚術と仙術を駆使した召喚術士ならざる近接戦がメインのお話だ。
召喚獣が飛び交いダンブルフが地を駆ける。子供達は誰もがその物語に熱狂した。そして全員が子供の頃から知っている共通認識から、ミラの言葉は即座に受け入れられたのだ。
「その様なものが出回っておるとは……」
エメラが物語の内容を簡潔に、しかし熱く語る。それにタクトも興奮し「すごいすごい」と囃し立てるものだから、エメラは益々調子に乗っていく。
「ミラちゃん、これはまだ序章よ! 貴女の師匠、ダンブルフ様の武勇はこの程度では終わらないわ!」Xing霸 性霸2000
絶好調に拳を振り上げるエメラは直後、フリッカの杖の硬いところで突かれて蹲る。
「もういいわエメラ。それよりもまずは早く帰りましょう。この場に悪魔が現れたという事も早く報告したいわ」
「そ……そうね。ぞうじまじょう……」
くぐもった声でエメラが答える。よろりと立ち上がったエメラは僅かに涙を浮かべていた。
「あー、わしが聞いた事じゃから、途中で止めるべきじゃったかのぅ」
自分が途中で止めていれば痛い思いをせずに済んだだろうと、ミラは腹部を押さえるエメラを見ながら言うと、
「そんな事ないのよミラちゃーん! 悪いのはエメラだから気にしないのぉー!」
「おおぅっ!?」
裏返る一歩手前の声を上げながらフリッカが掻っ攫う様にミラを抱き上げる。同時にその顔を胸に埋めてもふもふすると、案の定エメラのチョップで地に伏せる。やったらやり返された。そんな構図だ。
ミラはフリッカが倒れる直前、エメラに抱えられてから地に下ろされる。
「なんか、ごめんね」
「さっきまでは普通だったのにのぅ」
「多分、緊張が解けて我慢の限界超えたんだと思う」
「難儀じゃな」
そう言った二人は、幸せそうな笑顔で地面を転がり「すっごく柔らかかったのー!」とのたまいながら身悶えているフリッカを見つめる。
「残念すぎるよなぁ」
「まあ、そこもフリッカちゃんの魅力さ」
嘆息しながら呟くアスバルに、美人なら障害なんて何のそのなゼフが答える。
「それにしても物語のダンブルフ様は、召喚術の他に仙術で接近戦が出来るとあったけど、ミラちゃんはそれも受け継いでいるんだね。あれはすごかった」
フリッカが平静を取り戻す中、エメラが熱を帯びた瞳で語る。事実それがダンブルフの戦闘方法であり、まともな召喚術士の戦い方とは逸脱してたりする。
「仙術か……急に消えたりもしたよな。すげぇんだな仙術ってのはよ」
「あれくらいは普通じゃよ」
「オレも所々、目で追えなかったな。仙術士ってのは皆あんな非常識な動きするん?」
「他は知らぬが、あれくらいは普通じゃよ」
「なんだか空走ってましたよね。仙術士はうちのギルドにも居ますけど、あんな事出来なかったと思いますが」
「空闊歩という仙術士の固有技能じゃな。あれくらいは普通じゃよ」
仙術士としても上位であるミラの動きは、大盤振る舞いした事も相まって、客観的に見るとちょっとした超常現象染みたものだった。物語とは違い、実際に目にしたその戦いは迫力が違う。もちろんその光景はエメラ達の脳裏に鮮明に刻み込まれている。
「仙術ってすごいね!」
全員の総意をまとめて、エメラが興奮気味に声を上げる。それと共にエカルラートカリヨンの面々は大いに仙術に対しての認識を改める。召喚術士であるが仙術も操る賢者の弟子が、あれ程の仙術戦を繰り広げた。それも悪魔を圧倒する仙術戦だ。魅了されない訳が無い。
「……なん……じゃと」
召喚術の実力を見せ付けるはずが、結果として最も評価の上がったのは仙術だったという事実。ミラは遥か遠くに視線を飛ばし、どこで間違ったと頭を抱えた。
「おーい、これってもしかして結構良いもんじゃねー?」
次のチャンスにと、帰り道にあるかどうかも怪しい召喚術挽回の可能性に賭けていたミラが顔を上げたところで、遠くからゼフの声が響く。皆が反応してそちらに視線を向けると、ゼフの足元には悪魔の亡骸と、その得物が転がっていた。
「それにしても、改めてみるとまたすごい有様だな」
アスバルは悪魔の体表の所々に刻まれた傷痕を指でなぞりながら言う。そこから手の甲で軽く叩き、その尋常ならざる堅牢な鎧衣に嘆息した。自分の全力でも掠り傷一つ与える事ができるのかどうかと。
エメラも同じ気持ちで剣の柄を力強く握り締めると、今日から訓練を倍にしようと心の中で誓う。その瞳には、別次元の情景が焼きついており、そしていつかは自分もその場所へ行くんだという情熱が宿っていた。WENICKMANペニス増大
感心した様に亡骸を囲む面々に対して、タクトは悪魔を目にした途端にミラの背後に隠れ、そんなタクトにミラは「大丈夫じゃよ」と声を掛け優しく頭を撫でる。
「んでさ、これなんだけど。オレじゃあ、ちと持てそうにないんだよな」
ゼフは両手でどうにか持ち上げた大鎌を引き摺ってアスバルの元へと運ぶ。それを受け取ったアスバルは、その瞬間に表情を歪める。
「ぬっ……なんて重さだ。ふんっ!」
そう言いながらも、両手でそれを構え大きく振り下ろす。甲高い金属音と共にその刃が地面にめり込んだ。
「どうだ、使えそうか?」
「俺では荷が重いな。それに大鎌なんぞ使った事もない。そもそもこれは悪魔を倒した嬢ちゃんの物だろ。まあ、武器は嬢ちゃんには必要無さそうだが、売ればかなりの値が付くんじゃないか」
「んだなー。後は魔動石と魔動結晶もあるし、ミラちゃんウハウハだな。一割くらい、アイテム回収作業代として貰っていい?」
ゼフは冗談らしく笑みを浮かべる。実際問題として、古代神殿で手に入ったアイテムは最初のグールを抜かせば、全てミラの手柄だ。ゼフも、それは承知で回収していたし、他のメンバーだってその事にどうこう言うつもりはない。
だがミラは違った。
「なんじゃ。こういうものは頭割りが基本じゃろう。計算は苦手じゃからそこは任せるがのぅ」
その言葉にエカルラートカリヨンの面々は完全に思考停止となる。回収した魔動石に、悪魔の武器である大鎌。計算するでもなく、ちょっとした一財産となるだろう。
そして誰がどう見ても、その所有権はミラにある。だがその所有権を持つ本人が、皆で分けるのが当たり前だと言ったのだ。協力して倒した魔物の部位アイテム等を分けるのは冒険者としての常識だが、ミラの実力が知れた今、どうあっても自分達はミラに着いて来ただけの同行者という立場だと認識している。
「でもほら、倒したのはミラちゃんの召喚術だし」
「わしらは、パーティじゃろう?」
しどろもどろに現状を伝えるエメラに、疑問符を浮かべながら返答するミラ。
元よりミラはそのつもりであり、単純にそれがプレイヤーの常識として染み付いている。魔物のドロップアイテムで揉めるのが苦手なミラは、パーティ戦では最初から全部頭割りとするのが平等で理想的だと思っているのだ。
互いに視線を交わしたまま首を傾げ合うエメラとミラ。タクトは話の内容が分からず首を傾げる。
「そんな懐の大きいミラちゃんも素敵!」
そう言い飛び出したフリッカにまたも抱きしめられたミラは、視線で何とかしろとエメラに訴える。
何度目かの手刀をフリッカの脳天に落としながら、エメラはクスリと微笑んだ。
「ミラちゃんって、どこまでも非常識なのね」
「それには同意だな」
半ば呆れつつも優しい笑顔を浮かべるエメラに、アスバルは大いに頷いた。
「わしは、それ程金品に困ってはおらんからのぅ」
いざとなればソロモンを強請ればいいだけの話だ。
「夏燈篭に宿泊しているくらいだし、そういえばそうよね」
「あー、言ってたな」
「言ってた言ってた。金に困らないなんて羨ましいよなー」
エメラは若干遠い目をしつつ、鎮魂都市カラナック一の宿を思い浮かべる。たった一度だけ、戦勝祝いとして訪れた夏燈篭。手の込んだ料理の数々と安宿の食堂とは明らかに違う内装や調度品。エメラはそこで、お姫様にでもなった様な気分に浸りながら、仲間達と騒いだ夜を思い出す。
アスバルやゼフもその時の戦勝祝いを思い出したが、二人の記憶には一晩中にやついていたエメラの顔が真っ先に浮かぶ。どうやらお姫様気分により表情が緩みきっていた事に、エメラ本人は気付いていなかった様だ。procomil spray
2014年10月9日星期四
英雄の条件
「ようこそ、イルフェナの側室殿?」
鉄格子越しに一人のふくよかな体型をした壮年の男が礼をする。さすがに様になっているが場所が酷く不似合いだ。
どうせなら高笑いでもしつつ三流悪役の台詞でも吐いてもらいたい。
顔立ち的にシリアスは似合わなそうだけどな。花痴
えー、現在どこぞの牢獄に居ります。
誘拐、ということになるのかな?
事の起こりは後宮で最後に残った側室であるオレリア様からのお誘いだった。
この人は茶会の時に『何となく気になる人』とチェックを入れてたんだけど。……はっきり言って良くも悪くも地味過ぎた。これ、絶対に本人は側室になりたくなかっただろ!? って思うくらい。
周りにも馴染まず部屋に引き篭もってたからね、この人。亡霊騒動で無傷だったのも部屋で祈りを捧げていたからだそうだ。うん、それ大正解。見なきゃいいんだもん、あれは。
オレリア嬢自身は儚げな銀髪美人なんだが、悪い点が無さ過ぎて追い出す要素が全くなかった。だから実家方面から潰すという手筈になってたんだけど。
それで納得してたんだけどね?
オレリア嬢自身は何か思うところがあったらしく、部屋に一歩入った途端どこぞに飛ばされました。足元に転移法陣仕掛けていたみたいですねー、やりやがったな、あの女。
まあ、転移法陣と言っても相対するものにしか送れないものだしね? おそらくは簡易版の拡張型程度のものなんだろう。だから一方通行。先生、習った知識が別方向で役立ってます。
報復はいつでもできるし帰還どうしよっかなー、とか思ってたら黒幕が目の前に居ました。
愚かです、私に顔を見せてどうする黒幕! 『お約束』どおりに挨拶に来たりしたら私が王宮に戻った時点で人生終了です。
それとも脱出劇をこの後宮破壊騒動のクライマックスにして華々しく散りたいとか言うんじゃあるまいな?
「……というわけだ。貴女を利用させていただきますよ?」
「……は?」
「……。まさか、今までのことを、一切、聞いて、いなかった、と?」
「当たり前じゃありませんか」
アホな事を考えていた私も悪いですが、こういう場合って話を聞いても聞かなくても大差ないよね?
だってどうせ返す気なんてないんだし。
だったら私がやる事は如何にして脱出するかの一択、ですよ! ついでに楽しむだけです!
「貴女という人は……随分と余裕があるようだ」
あ、さすがに顔を引き攣らせてる。やだなー、細かい事を気にしていたら大物になれませんよ?
外見がタヌキ一歩手前なんだからせめて賢そうな顔しなさいな。
私? 余裕なんてありません、これからの脱出劇にわくわくが止まりませんからね!
「さすがは後宮に君臨するどころか殲滅させる気だと噂に上る血塗れ姫ですな」
企んだのはこの国の王ですって。殺るか殺られるかの後宮で陰湿デスマッチが起こらなかったことなんてあるのか? つーか『血塗れ姫』って何さ?
「まあ、いい。あなたが無関係な者を巻き込むのを良しとしないことは調査済みです。ですから取引といきましょう」
「取引?」
「貴女の侍女であるエリザ・ワイアートの実家に刺客を忍ばせております。ワイアート夫妻の命が惜しければ貴女の身に付けている魔道具を渡してもらいたい」
それは脅迫って言うんだよ。頭も悪いのか、こいつは。福源春
呆れて目を眇めた私を相手は警戒したと思ったようだ。にやり、と笑う。
「確か魔道具は扇子と髪飾り、そしてイヤリングでしたね。全て渡していただきたい」
「あら、随分とよく御存知で」
「私にも色々と傳があるのですよ」
ふうん?
随分と具体的に知っているんですね?
後宮にいなければ知らないレベルの情報ですよ。ま、それくらいのハンデは許してあげるけどね。
「わかりました。どうぞお受け取りくださいな」
「素直で結構。あとはゆっくりと寛いでください……ああ、結界が張ってありますから魔法は効きませんよ」
「あら、残念」
ま、無くても別に困らないしね。ここは一つ自分に酔ってる人に花を持たせてやろう。
だって、ルドルフとの連絡は取れるし。取り上げられた魔道具はそこまで重要じゃない。
……そう思い込んでいるあたり協力者はやっぱり『あの人』か。
ごめんね、黒幕さん。彼女からの情報は多分殆ど役に立たないよ。
身に付けていた魔道具を鉄格子越しに受け取ると男は満足そうに笑って出口らしい方角へと歩き出す。
……あれ?
え、本当に行っちゃうの?
怒鳴りつけるとか優位な立場に饒舌になるとかしようよ、黒幕さん! 折角の見せ場じゃないか。それだけでいいの!?
つーかね、監視が居ても魔導師が相手だよ? 結界とかあっても危険じゃね? 危機感持とうよ。
そりゃ、魔術師は魔法を封じられたら赤子も同然とか言われてるけどさあ!
そんな心の声に気付きもせず男はさっさと退場していった。後に残るは薄暗い牢に取り残された私と強面で無表情な見張りのみ。
……。
つまらん。
早くも放置ですか、眼中にありませんか。タヌキのくせに生意気な。
まあ、いいけどね……一人で楽しむから。折角なので牢を探索しようと思います。
では、早速!
ふふ……私が廃人プレイヤーだった『英雄達の戦争』ではついにお目にかかれなかった幻の場所ですよ。
素晴らしき哉 、牢獄! 犯罪者じゃなくても来る機会があるなんて……!
スキル『探索』を魔法で再現できるからね、存分に楽しみますとも。
このゲーム、運営から『戦乱』が告げられると国同士の争いになるのだ。つまり、対人戦。
ギルドに入っているなら拠点のある国、もしくは騎士団に雇われるといった感じで誰もがどこかの国に属するのだ。国から『○○砦を死守せよ』とか『○○を攻略せよ』といったクエストが出され早い者勝ちで受けられる。勿論、受けた場合はギルド全体の任務。称号取得に関わってくるので個人・ギルド共必死です。
ギルドに『軍師』なんて役職が設けられていたことからもメインは戦乱だったと推測。策を練らないとあっさり負けるのです、ギルドに一人は戦略シミュレーション系が強い人がいないとちょっと厳しいのだ。
レベルやスキルが全てではないという非常に珍しい設定だったこのゲームは一部のユーザーに大変受けた。何せリアルの知識や経験がレベルに勝る事があるのだから。
そんな訳でこの時ばかりは日陰の頭脳職・探求者が地形の利用・罠の成功率を上げる軍師として光り輝くのだったりする。罠の成功率は軍師の知力が影響するので、大抵知力が一番高い人がなるのです。私の場合は罠の成功率を踏まえた策が鬼畜評価に繋がりましたがね。
仲間達のお陰で条件が揃い探求者から特殊ジョブの賢者になったのも良い思い出です。
そして気候や地理、戦略などを現実並に重要視することから『これ、軍事訓練用だったんじゃね?』と言われてただけあって、戦乱中に敗北すると捕虜として敵国の牢へ一日繋がれる。しかもこの状態でスキルを使っての脱獄も楽しめるという無駄に細かい設定だった。勃動力三体牛鞭
私の所属ギルドは無敗だった為に入ったことがないのです、一度は負けて見学しようというアホな企画まで持ち上がりました。
そんなお馬鹿さんの一人をリアル牢獄に放り込んだらどうなるか?
「ああ、やっぱり部分的に脆い場所ってあるのかあ……」
薄暗い牢内で楽しそうに周囲に手を這わせる女に見張りが妙な顔をしていたのは些細な事ですよ。
自分の姿がどう映ろうと問題無しです、だって脱出しなきゃなりませんからね!
そんな感じで時は過ぎていった。
――王宮内ルドルフの執務室にて―― (ルドルフ視点)
「申し訳ありません。お叱りは如何様にも」
セイルリート含む護衛の騎士達が深く頭を垂れている。その先では俺と宰相が机の書類を裁く手を休めるどころか顔を上げることすらしないで作業に没頭していた。
後宮サイドとはあまりに温度差のある光景だった。間違っても外交問題に発展しそうな事態とは思えない。
「あのなー、セイル」
「はい、なんでしょう?」
「話を聞く限り転移法陣による誘拐だったわけだ。防ぎきれると思うのか?」
「ですが、そのようなことは言い訳にしかなりません」
「じゃあ、次。ミヅキは大人しく誘拐される奴か?」
「……」
誰もが沈黙した。さすがにそこで『それはいい訳です!』はないだろう。
ミヅキは言葉だけではなく行動も自分に素直だ。凶暴とも言う。
「いいか、『ミヅキは自分で付いて行った』。それはあいつの『役目上必要なこと』だ。だからお前達に罰則は与えられない」
「ですが!」
「騎士としてのお前達を否定してるんじゃない、お前達はミヅキに付き合わされただけだ」
「それに貴方達を罰するとミヅキ様が盛大に怒り狂いそうですしね」
宰相の言葉に俺以外がはっとしたような顔になる。
ミヅキは元の世界の影響か基本的に平和主義だ。守れなかったから処罰、などというこの世界の常識を押し付ければ間違いなく気にするだろう。だからこそ、俺はミヅキに背負わせない方法を選ぶ。蒼蝿水
「こんなところで頭を下げるよりやることがあるだろう? 『あいつ』の監視とかな」
「……心得ております」
「ミヅキが戻り次第、最後の仕上げだ。それまでは一切の情報を洩らすな」
「セイル、貴方にはクレスト家当主より伝達があります」
アーヴィレンの言葉に俺は初めて手を止めセイルを見た。騎士達は未だ顔を伏せたままだ。
アーヴィレンはこちらに顔を向け俺が軽く頷いた事を確認すると言葉を続ける。
「場合によっては『紅の英雄』を向かわせる。以上です」
「……はい」
「では、行きなさい。くれぐれも貴族達に悟られぬように」
騎士達は一礼すると部屋を出て行く。その姿を見送った俺はアーヴィレンに問い掛けた。
「随分と思い切ったことを言ったな? いいのか、十年ぶりに『奴』を出して」
「場合によっては必要になると判断したのでは?」
十年前。鉱山を所有するゼブレストは戦を仕掛けられたことがあった。表面的には酪農の方が目立つのどかな国だが、ゼブレストは武器の元となる鉄鉱石の産地としての顔もある。
軍事に力を入れる国からすれば宝の山なのだ、その所為か割と戦の多い国である。
だが、地形的に攻め難い事もあり決定的な侵攻を許したことは無い。それが覆されたのが十年前の戦だった。
敵は魔術師に重きを置いての戦術をとったのだ。魔術に対し遅れをとるゼブレストにとっては最悪ともいえよう。何せ防ぐ術を殆ど持たなかったのだから。
その戦況を覆したのが一人の傭兵と言われている。黒衣を纏い赤い髪をした男はたった一人で魔術師達を葬り去りゼブレストを救った後、功績を高く評価したクレスト家へと迎え入れられた。
情報の少なさから通称『紅の英雄』と呼ばれるゼブレスト最強の騎士。その忠誠は当時騎士団長の地位にいたクレスト家当主に捧げられている。
「ミヅキの噂を聞いた所為かもな、血塗れ姫だったか? せめて英雄扱いにしてやりたいんだろ」
「まったく、紅の英雄といい下らないことばかり思い付くものです。結果だけを見れば彼等は感謝すべき者であり恐れるなどありえないというのに」
「一人で成し遂げる実力者だからこそ怖いんだろうな」
英雄は孤独だと言ったのは誰だったか。実際は孤独どころか化物扱いだ、そんな道を歩ませた自分は更に血塗られている。それでも何も言われず恐れられることがなかったのは俺が『安全』だと思われていたからに過ぎない。
「まあ、これからは俺も粛清王と呼ばれるだろうさ」SEX DROPS
「徹底的にやってますからね、今回」
あの二人と同じ位置にいるのも悪くない。そう呟き俺達は笑みを浮かべた。
鉄格子越しに一人のふくよかな体型をした壮年の男が礼をする。さすがに様になっているが場所が酷く不似合いだ。
どうせなら高笑いでもしつつ三流悪役の台詞でも吐いてもらいたい。
顔立ち的にシリアスは似合わなそうだけどな。花痴
えー、現在どこぞの牢獄に居ります。
誘拐、ということになるのかな?
事の起こりは後宮で最後に残った側室であるオレリア様からのお誘いだった。
この人は茶会の時に『何となく気になる人』とチェックを入れてたんだけど。……はっきり言って良くも悪くも地味過ぎた。これ、絶対に本人は側室になりたくなかっただろ!? って思うくらい。
周りにも馴染まず部屋に引き篭もってたからね、この人。亡霊騒動で無傷だったのも部屋で祈りを捧げていたからだそうだ。うん、それ大正解。見なきゃいいんだもん、あれは。
オレリア嬢自身は儚げな銀髪美人なんだが、悪い点が無さ過ぎて追い出す要素が全くなかった。だから実家方面から潰すという手筈になってたんだけど。
それで納得してたんだけどね?
オレリア嬢自身は何か思うところがあったらしく、部屋に一歩入った途端どこぞに飛ばされました。足元に転移法陣仕掛けていたみたいですねー、やりやがったな、あの女。
まあ、転移法陣と言っても相対するものにしか送れないものだしね? おそらくは簡易版の拡張型程度のものなんだろう。だから一方通行。先生、習った知識が別方向で役立ってます。
報復はいつでもできるし帰還どうしよっかなー、とか思ってたら黒幕が目の前に居ました。
愚かです、私に顔を見せてどうする黒幕! 『お約束』どおりに挨拶に来たりしたら私が王宮に戻った時点で人生終了です。
それとも脱出劇をこの後宮破壊騒動のクライマックスにして華々しく散りたいとか言うんじゃあるまいな?
「……というわけだ。貴女を利用させていただきますよ?」
「……は?」
「……。まさか、今までのことを、一切、聞いて、いなかった、と?」
「当たり前じゃありませんか」
アホな事を考えていた私も悪いですが、こういう場合って話を聞いても聞かなくても大差ないよね?
だってどうせ返す気なんてないんだし。
だったら私がやる事は如何にして脱出するかの一択、ですよ! ついでに楽しむだけです!
「貴女という人は……随分と余裕があるようだ」
あ、さすがに顔を引き攣らせてる。やだなー、細かい事を気にしていたら大物になれませんよ?
外見がタヌキ一歩手前なんだからせめて賢そうな顔しなさいな。
私? 余裕なんてありません、これからの脱出劇にわくわくが止まりませんからね!
「さすがは後宮に君臨するどころか殲滅させる気だと噂に上る血塗れ姫ですな」
企んだのはこの国の王ですって。殺るか殺られるかの後宮で陰湿デスマッチが起こらなかったことなんてあるのか? つーか『血塗れ姫』って何さ?
「まあ、いい。あなたが無関係な者を巻き込むのを良しとしないことは調査済みです。ですから取引といきましょう」
「取引?」
「貴女の侍女であるエリザ・ワイアートの実家に刺客を忍ばせております。ワイアート夫妻の命が惜しければ貴女の身に付けている魔道具を渡してもらいたい」
それは脅迫って言うんだよ。頭も悪いのか、こいつは。福源春
呆れて目を眇めた私を相手は警戒したと思ったようだ。にやり、と笑う。
「確か魔道具は扇子と髪飾り、そしてイヤリングでしたね。全て渡していただきたい」
「あら、随分とよく御存知で」
「私にも色々と傳があるのですよ」
ふうん?
随分と具体的に知っているんですね?
後宮にいなければ知らないレベルの情報ですよ。ま、それくらいのハンデは許してあげるけどね。
「わかりました。どうぞお受け取りくださいな」
「素直で結構。あとはゆっくりと寛いでください……ああ、結界が張ってありますから魔法は効きませんよ」
「あら、残念」
ま、無くても別に困らないしね。ここは一つ自分に酔ってる人に花を持たせてやろう。
だって、ルドルフとの連絡は取れるし。取り上げられた魔道具はそこまで重要じゃない。
……そう思い込んでいるあたり協力者はやっぱり『あの人』か。
ごめんね、黒幕さん。彼女からの情報は多分殆ど役に立たないよ。
身に付けていた魔道具を鉄格子越しに受け取ると男は満足そうに笑って出口らしい方角へと歩き出す。
……あれ?
え、本当に行っちゃうの?
怒鳴りつけるとか優位な立場に饒舌になるとかしようよ、黒幕さん! 折角の見せ場じゃないか。それだけでいいの!?
つーかね、監視が居ても魔導師が相手だよ? 結界とかあっても危険じゃね? 危機感持とうよ。
そりゃ、魔術師は魔法を封じられたら赤子も同然とか言われてるけどさあ!
そんな心の声に気付きもせず男はさっさと退場していった。後に残るは薄暗い牢に取り残された私と強面で無表情な見張りのみ。
……。
つまらん。
早くも放置ですか、眼中にありませんか。タヌキのくせに生意気な。
まあ、いいけどね……一人で楽しむから。折角なので牢を探索しようと思います。
では、早速!
ふふ……私が廃人プレイヤーだった『英雄達の戦争』ではついにお目にかかれなかった幻の場所ですよ。
素晴らしき哉 、牢獄! 犯罪者じゃなくても来る機会があるなんて……!
スキル『探索』を魔法で再現できるからね、存分に楽しみますとも。
このゲーム、運営から『戦乱』が告げられると国同士の争いになるのだ。つまり、対人戦。
ギルドに入っているなら拠点のある国、もしくは騎士団に雇われるといった感じで誰もがどこかの国に属するのだ。国から『○○砦を死守せよ』とか『○○を攻略せよ』といったクエストが出され早い者勝ちで受けられる。勿論、受けた場合はギルド全体の任務。称号取得に関わってくるので個人・ギルド共必死です。
ギルドに『軍師』なんて役職が設けられていたことからもメインは戦乱だったと推測。策を練らないとあっさり負けるのです、ギルドに一人は戦略シミュレーション系が強い人がいないとちょっと厳しいのだ。
レベルやスキルが全てではないという非常に珍しい設定だったこのゲームは一部のユーザーに大変受けた。何せリアルの知識や経験がレベルに勝る事があるのだから。
そんな訳でこの時ばかりは日陰の頭脳職・探求者が地形の利用・罠の成功率を上げる軍師として光り輝くのだったりする。罠の成功率は軍師の知力が影響するので、大抵知力が一番高い人がなるのです。私の場合は罠の成功率を踏まえた策が鬼畜評価に繋がりましたがね。
仲間達のお陰で条件が揃い探求者から特殊ジョブの賢者になったのも良い思い出です。
そして気候や地理、戦略などを現実並に重要視することから『これ、軍事訓練用だったんじゃね?』と言われてただけあって、戦乱中に敗北すると捕虜として敵国の牢へ一日繋がれる。しかもこの状態でスキルを使っての脱獄も楽しめるという無駄に細かい設定だった。勃動力三体牛鞭
私の所属ギルドは無敗だった為に入ったことがないのです、一度は負けて見学しようというアホな企画まで持ち上がりました。
そんなお馬鹿さんの一人をリアル牢獄に放り込んだらどうなるか?
「ああ、やっぱり部分的に脆い場所ってあるのかあ……」
薄暗い牢内で楽しそうに周囲に手を這わせる女に見張りが妙な顔をしていたのは些細な事ですよ。
自分の姿がどう映ろうと問題無しです、だって脱出しなきゃなりませんからね!
そんな感じで時は過ぎていった。
――王宮内ルドルフの執務室にて―― (ルドルフ視点)
「申し訳ありません。お叱りは如何様にも」
セイルリート含む護衛の騎士達が深く頭を垂れている。その先では俺と宰相が机の書類を裁く手を休めるどころか顔を上げることすらしないで作業に没頭していた。
後宮サイドとはあまりに温度差のある光景だった。間違っても外交問題に発展しそうな事態とは思えない。
「あのなー、セイル」
「はい、なんでしょう?」
「話を聞く限り転移法陣による誘拐だったわけだ。防ぎきれると思うのか?」
「ですが、そのようなことは言い訳にしかなりません」
「じゃあ、次。ミヅキは大人しく誘拐される奴か?」
「……」
誰もが沈黙した。さすがにそこで『それはいい訳です!』はないだろう。
ミヅキは言葉だけではなく行動も自分に素直だ。凶暴とも言う。
「いいか、『ミヅキは自分で付いて行った』。それはあいつの『役目上必要なこと』だ。だからお前達に罰則は与えられない」
「ですが!」
「騎士としてのお前達を否定してるんじゃない、お前達はミヅキに付き合わされただけだ」
「それに貴方達を罰するとミヅキ様が盛大に怒り狂いそうですしね」
宰相の言葉に俺以外がはっとしたような顔になる。
ミヅキは元の世界の影響か基本的に平和主義だ。守れなかったから処罰、などというこの世界の常識を押し付ければ間違いなく気にするだろう。だからこそ、俺はミヅキに背負わせない方法を選ぶ。蒼蝿水
「こんなところで頭を下げるよりやることがあるだろう? 『あいつ』の監視とかな」
「……心得ております」
「ミヅキが戻り次第、最後の仕上げだ。それまでは一切の情報を洩らすな」
「セイル、貴方にはクレスト家当主より伝達があります」
アーヴィレンの言葉に俺は初めて手を止めセイルを見た。騎士達は未だ顔を伏せたままだ。
アーヴィレンはこちらに顔を向け俺が軽く頷いた事を確認すると言葉を続ける。
「場合によっては『紅の英雄』を向かわせる。以上です」
「……はい」
「では、行きなさい。くれぐれも貴族達に悟られぬように」
騎士達は一礼すると部屋を出て行く。その姿を見送った俺はアーヴィレンに問い掛けた。
「随分と思い切ったことを言ったな? いいのか、十年ぶりに『奴』を出して」
「場合によっては必要になると判断したのでは?」
十年前。鉱山を所有するゼブレストは戦を仕掛けられたことがあった。表面的には酪農の方が目立つのどかな国だが、ゼブレストは武器の元となる鉄鉱石の産地としての顔もある。
軍事に力を入れる国からすれば宝の山なのだ、その所為か割と戦の多い国である。
だが、地形的に攻め難い事もあり決定的な侵攻を許したことは無い。それが覆されたのが十年前の戦だった。
敵は魔術師に重きを置いての戦術をとったのだ。魔術に対し遅れをとるゼブレストにとっては最悪ともいえよう。何せ防ぐ術を殆ど持たなかったのだから。
その戦況を覆したのが一人の傭兵と言われている。黒衣を纏い赤い髪をした男はたった一人で魔術師達を葬り去りゼブレストを救った後、功績を高く評価したクレスト家へと迎え入れられた。
情報の少なさから通称『紅の英雄』と呼ばれるゼブレスト最強の騎士。その忠誠は当時騎士団長の地位にいたクレスト家当主に捧げられている。
「ミヅキの噂を聞いた所為かもな、血塗れ姫だったか? せめて英雄扱いにしてやりたいんだろ」
「まったく、紅の英雄といい下らないことばかり思い付くものです。結果だけを見れば彼等は感謝すべき者であり恐れるなどありえないというのに」
「一人で成し遂げる実力者だからこそ怖いんだろうな」
英雄は孤独だと言ったのは誰だったか。実際は孤独どころか化物扱いだ、そんな道を歩ませた自分は更に血塗られている。それでも何も言われず恐れられることがなかったのは俺が『安全』だと思われていたからに過ぎない。
「まあ、これからは俺も粛清王と呼ばれるだろうさ」SEX DROPS
「徹底的にやってますからね、今回」
あの二人と同じ位置にいるのも悪くない。そう呟き俺達は笑みを浮かべた。
2014年10月7日星期二
認識の違い
コルベラからイルフェナに帰還後――
「さあ、話してもらおうか」
「……」
食堂にて再び説明会となっていたり。尋問では無いぞ、念の為。RU486
説明と言っても報告は既にしてあるので、今回は例の癇癪玉モドキの解説。あれはある意味、使えるもんな。
でもね、クラウス。この体勢はどうかと思うんだ。
現在、私は椅子に座ったクラウスの膝の上……ではなく。
椅子に座ったクラウスの足の間にちょこんと座って、背後から体全体を使って拘束されとります。
顎が頭の上に乗ってるのは気の所為か。
一見御嬢様方が羨ましがる体勢だが、現実を知れば呆れるだけだろう。
現にアルは苦笑し、騎士sは可哀相なものを見る目で私を見ている。でも、助けない。
……捕獲? 捕獲だよね、これって。
「あの、クラウスさん……この状態は一体……?」
「俺達が理解できるまで放さん」
またしても個人的な理由か!
何その『教えてくれるまで放さない!』的な子供じみた言い分は!
呆れて背後を振り返ろうとし、無理だと気付いて足元に視線を落とす。
ふ……微妙に足がつかない私に対しクラウスは余裕なんだな。身長差はそのまま足の長さかよ、間違いなく全体の比率は違うだろ!?
人種的なものだと思いつつも、この敗北感。私の心に虚しい風が吹く。
「諦めてさっさと話した方がいいですよ。我々としても興味がありますし」
「報告書に書いたとおりなんだけど?」
「ですが、文章だけではいまいち理解できないのですよ。あの程度の魔石に利用価値があると思っていなかったものですから」
「加えて言うなら何故あそこまで魔力を引き出せるのかという事だな」
アル、クラウス共に気になるらしい。
……。
ああ……この世界の魔法って『術者、もしくは元になる魔石の何割の魔力を使う』っていう状態だから、クズ魔石だと魔力が殆ど無い状態で発動しないのか。
これは術式そのものに制限があるので、私と同じことをするなら術式を新たに組み直すしかないだろう。
ただし、それは非常に危険。制御を外すってことだから。
クラウス達ならできない事はないだろうけど、危険性を話して諦めてもらった方がいいだろう。それに癇癪玉モドキも私とは別の方法じゃないと無理だ、多分。
「どうして差が出るのか理由は判るけど、改善することはお勧めしない。つーか、やるな」
「何故だ?」
『できるけどやめとけ』と言った私にクラウスは怪訝そうな、どこか不満げな声になる。多分、表情も同じような状態だろうと推測。だが、理由を聞く程度には信頼してくれているらしい。
これが普通の魔術師だったら技術の独占云々と言い出しかねん。
「この世界の魔術との違いに詠唱や術式による威力の制御があるって言ったよね? 私は制御無しだからクズ魔石だろうと100%の魔力を引き出せる。だけど、この世界の術式に当て嵌めると制限された状態だから……」
「……! 術式そのものを制御無しの状態にしなければ同じ結果は出せないということか」
「そういうこと。それに制御を外してもクズ魔石の魔力を100%使えるようになるだけだから威力はそれなり。術によっては発動しないよ。だから止めときなさい」
「……。理由によるな、それは」
黒騎士達も不満そうだ。まあ、君達なら『不可能』っていうわけじゃないだろうし納得はしないだろう。他の魔法にも応用できる事を指して言っているのだから。
実際、それが大問題なのだが。
「それ開発した後はどうするのよ? クズ魔石専用ってわけにはいかないでしょ? 普通に使っても威力は段違いになる上、術者も危険が伴う。しかも……」
「しかも?」
「それが流出した場合は低い魔力でもかなりの殺傷能力を持つ術者が溢れるでしょうね。治癒魔法が使える程度の魔力しかない人が暗殺組織の捨て駒として使われるかもしれない」
『技術の流出』という点が物凄く拙いのだ。その方法を考え出すのは天才にしかできなくとも、術式として生み出されれば誰でも使えるようになってしまう。
その結果、これまで大した価値を認められなかった術者が『威力のある兵器』として使われる可能性も出てくるだろう。勿論、その危険性は伏せたまま。
何より術者本人が思い上がった挙句に事故を起こしかねない。
製作者ならば危険性を理解し自制するだろうが、その苦労も危険性も理解しない術者が玩具を与えられた子供のごとく『自身の強さ』と勘違いしたらどうなるか。
「技術が残る、もしくは流出することを考えるなら『開発しない』ってのが最良だよ。そういう危険性を理解しない奴が手にした時は最悪の事態が起こるだろうから」中絶薬
「……」
不満げな様子を察してクラウスの腕をぽすぽすと叩く。抱き込む力が強くなったって事は、内心葛藤しているらしい。
……頼むからそれ以上力を込めるな。抱き込むならぬいぐるみにしなさい、ぬいぐるみなら力を込めても変形するだけで済む。多少の視界の暴力は許そうじゃないか。
「諦めなさいって。自分が死んだ後は責任が持てないでしょうが。魔術を殺戮兵器みたいにしたいなら別だけど」
「わかった、やめておこう。使い捨てという発想は面白かったんだが」
「映像流したりするだけならクズ魔石を使い捨てにできるってのは良かったんだけどね、制御の解除が魔法全般に活かされる可能性があるなら諦める方が確実だわ」
クラウスだけでなく黒騎士達も頷き同意する。
……職人どもはブレないね、相変らず。
魔術に対する冒涜に繋がるなら、あっさり諦める姿勢は流石だ。大変良いお返事です。
ここで止めないとコピーガードを外す事に熱意を燃やす人々の如く、制限の解除が目標にされ達成されてしまうだろう。それは止めねばならない。
「では、『同じ物は作り出せない』とは? 確かにあれは少々特殊なように思えますが」
「ああ、癇癪玉のこと?」
「ええ。魔法のように見えても魔術結界では防げないのでしょう?」
アルが軽く首を傾げるようにして不思議そうに口にする。どうやら一度見せた時の事を思い出しているらしい。
詳しく言うなら、あれは魔法と物理両方ということになる。
小さな爆発を起こすのは魔法だけど、爆発そのものは物理なので少量の小麦粉に引火して一瞬炎が見えるという状態なのだから。
あれを一つの事として考えるなら小さな爆発系の魔法を使ったように見えるのだろう。
「私が魔力を『何かを成す為の力』と認識していることは知っているよね? それに加えて元の世界の知識があることが前提」
「元の世界の知識……ですか」
この世界の魔術は認識した対象にのみ影響するのだ、魔力で作られた炎が普通の炎の様に引火するか怪しい。炎系の魔術が周囲に影響を与えないのだから別物と考えた方がいいだろう。
そもそも私が炎系統を極力使わないのは周囲に飛び火する危険性が高いから。その危険性が無いこの世界の魔法だと対象である魔石が破裂して終わりな気がする。
そう告げるとアルだけじゃなく黒騎士達も難しい顔になった。そもそも常識が違うのだから『理科の実験でやる程度の爆発を起こして小麦粉に引火させてるだけです』と言ったところで理解できまい。
逆にグレンならばこれで大体は理解できるだろう。『授業でやる、安全な範囲での小さな爆発』と言えば『確かに学校でそんな授業もあったな』程度の反応は返ってくる。
ちなみに爆発だろうとこれが安全だと言えるのは、私の持つイメージが『理科の実験』という範囲に留まっているからだ。明確にイメージできるのがその程度ということもあるけれど。
これが事故レベルの爆発をイメージしてしまうと使う魔力も威力も桁違い。一歩間違えば術者さえ危険というシロモノに発展するのだ、癇癪玉程度に留めておいた方がいいだろう。
「爆発そのものが魔法じゃなくて『爆発を起こす事に魔力を使ってる』ってこと。だから威力は無いし音が鳴る程度だけど、混ぜておいた小麦粉に引火して一瞬炎が見える」
「それが一つの魔法の様に見えるから、対象は物理だと思わないのか」
「そういうこと。魔石自体は破裂するから破片が危ないといえば危ないけど……目さえ庇えばダメージ無いね」
尤もこれは私がそうイメージして魔石に組み込んでいるからなのだが。
詳しい知識がある人が作れば違った結果が出るのかもしれない。本格的に威力のあるものだって作り出せるだろう。
ただし、魔力の使い方を私と同じようにした場合に限り。知識があっても器具など無いのだ、魔力で代用できなければ作れまい。
全ては中途半端というか、いい加減な知識と魔法の認識の産物なのだ。殺傷能力を期待したものじゃなく隙を作る程度だしね、これ。
「……と言う事は俺達では使えないのか」
残念そうに言うクラウスに私は首を傾げる。
「私が作った物を発動させる事なら出来るんじゃないの? 魔血石とまでいかなくても、血をほんの少し混ぜておいて自分の支配下に置くってことできない? 確かそんな方法なかったっけ?」
「……! そうか、それならば可能だな!」
「そこまでする価値があるかは別として」
何度も言うが威力は殆ど無い。音と炎で一瞬相手を怯ませるだけだ。
どう考えてもクラウス達が発動できるようにする事の方が技術が上。
「いや、単に使ってみたいだけだ。一瞬怯ませるというのも利用価値がありそうだがな」
「ああ……そういうこと」
目を輝かせて喜ぶ黒騎士達を私を含む数名は何ともいえない表情で見つめた。騎士sに至っては『魔術において国でトップクラス』という幻想が崩れ落ちたのか、頭を抱えている。
まあ、『魔術師として国に貢献する』という姿勢ではなく『単なる個人的な趣味』だと見せ付けられれば当然かもしれない。『騎士として魔法の詳細を聞いていたんじゃなかったんですか!?』と。威哥王三鞭粒
残念ながら職人どもは非常に自分に素直だ、悪戯程度の効果しかなくとも彼等にとっては『異世界人開発』というだけで宝石よりも価値がある。
『異世界の魔法に触れてみたい! 自分で試してみたい!』
騎士sよ、奴等の頭の中は現在こんな感じだ。報告役としてアルが混ざってる時点で気付け。クラウスに任せると個人的な方向に行くから居ると思うぞ、絶対。
そもそも報告なのに魔王様居ないじゃん! 黒騎士相手に説明って絶対に御仕置きの一環だ。
それに、ここまで真面目に話しておいて何ですが。
興味の無い人にとっては威力・使い道共に大変微妙な扱いの癇癪玉。不意をつかなくても勝てるなら必要無かったりする。私は武器が扱えないので作っただけ。
ぶっちゃけそこまで価値は無いのだ。重要なのは使い道であってその仕組みではないのだから。
仕組みを話す過程で制限の解除という危険性に触れたが、本当ならそこまで話す必要など無い。クラウス達が相手だから話の流れ的にそうなっただけで横道発言です。
彼等の目的は最初から『自分達も作ってみたい!』という一択。割とどうでもいい物にここまで盛り上がれる天才ってのも残念な光景ですな。
……ところで。
私を抱きこんだまま話すならば解放してくれんかね、クラウスさんや。
生温い目ではしゃぐ黒騎士達を眺めていた私の頭に何か硬いものが触れて膝に落ちた。……イヤリング? いや、イヤーカフかな? かなりシンプルなものだが、私じゃないってことはクラウスだろう。
魔術一筋の職人が御洒落? 髪で隠してたら意味無くね?
「クラウス、落ちたよ」
「ああ、すまないな」
声をかければ私の手にあるイヤリング? を当然の様に受け取る。
髪に隠れて見えなかっただけで普段から着けているのだろう。慣れた手つきで着け直している。
合わん。著しく日頃のイメージに合わん。
魔術一筋に突っ走る男が装飾品を身に着けるだと!?
魔術関連ならばともかく、職人が御洒落。気でも違ったか。
そんな私にアルは苦笑しつつクラウスに声をかける。
「クラウス、ミヅキが奇特なものを見る目で見ているので説明してあげてください」
「あ……? ああ、そうか。お前は殆ど身に付けていなかったな」
「は? え、何か意味があるの?」
首を傾げると何故か騎士sまでもが私に怪訝そうな視線を向けた。
一体何さー? 何かおかしな事でも言った?
「装飾品という扱いだが魔血石だぞ、これは」
「は? 魔道具なの?」
「それもあるが、魔術師は自分の魔力を底上げする意味でも身に付けるのが普通だ」
クラウスは着けたばかりの装飾品を外して私に見せる。……ああ、確かに目立たない部分に赤い石が付いているね。装飾があるから普通の宝石っぽく見えるけど。
つまり補助電池のような役割ということか。結界などを長時間維持する時には便利そう。
尤も魔道具も有りと言っているから、攻撃魔法を仕込んだものもあるのだろう。自分で作ったなら制御もできるだろうし。
「基本的に魔術師は接近戦には向かん。お前が例外なんだ」
「ミヅキ、魔術師は武器を扱いながら詠唱でもしない限り接近戦は厳しいぞ? 敵だって詠唱中断を狙ってくるからな」
「そうそう、前衛と組むとか遠距離な。お前みたいに詠唱無しとか複数行使は普通無理だから」三鞭粒
クラウスに続き騎士sが説明する。『基本的に』ってことは、それが可能な黒騎士が特殊ということか。
聞かれるまで黙っていたのは知らない方が良いという判断かね? 私が迂闊に『黒騎士って接近戦も可能な魔術師だよね』と言いかねないし。
勿論ある程度は知られているだろうが、具体的にどういった闘い方をするかまでは知られていないだろう。
「貴女を信頼していないわけではないのですが、黒騎士達の立場を考えるとわざわざ教える事はできないのですよ」
すみません、と謝るアルに首を振ることで「気にするな」と伝える。
確かに『一般的な認識』として魔術師は接近戦が出来ないというならば、これは黒騎士達の強みになるだろう。話だけ聞くと万能型だ。
下手に私に話すと話の流れでどういったものを身に着けているか全部知られるから、話さないのも仕方が無い。
……敵対者がそれを知っていた場合、私が情報を洩らしたと疑われるものね。疑いを持たせない意味でも正しい判断だろう。
「……ん? どしたの、騎士s」
いきなり黙って顔色を悪くする二人に問い掛けると、何故かクラウスを気にしつつ口を開く。
「いや、ちょっと思い出したことがあってな」
「ああ、先日の……お前がコルベラに行っている間にキヴェラとの交渉が行なわれただろ?」
「うん、知ってる」
イルフェナの圧勝だったと聞いている。でなければ、あそこまで領地を削れまい。
「その時にさ、当たり前なんだけどキヴェラも護衛とか連れて来てたんだよ。多分、交渉に武力行使もちらつかせたとは思うけど」
「ええ、確かにそういった方も居たみたいですね。逆に返り討ちにあったようですが」
アベルの言葉にアルが笑いを耐えながら付け足す。まあ、交渉の仕方としては予想された展開なのだろう。『武力行使されたくなかったら、お手柔らかに御願いね』ってことか。
普通の小国なら国力の低下や被害を避ける為にある程度は妥協する。魔導師とやり合ったとはいえ、キヴェラはほぼ無傷なのだから。今後の事を考えても強気な交渉はしないだろう。
だが、ここはイルフェナだった。
実力者という名の変人の産地だった。
ついでに言うならキヴェラに対して『戦? ウェルカムだ!』という方向だ。
最初から殺る気満々な方向なんである。過去の御礼をきっちり返す意味でも泣き寝入りという選択肢は存在しない。
なお、私が居ても居なくてもこの選択に変わりは無いと思われる。参加の意思は問われるだろうが、決して魔導師に頼る事が前提ではないのだ。
だって、魔王様達はコルベラの事が無くても必要なら一戦交える気だったしね。私の悪戯に喜んだという王も似たような考えなのだと思う。
「馬鹿か、あの国。交渉に来て怒らせてどうする」
「そうは言っても、これまで随分と強気で来ましたからね。キヴェラとしても無茶な要求をされれば必死に足掻くのは当然だと思いますよ」
つまり『最初から無茶な要求をした』ってことですか。まあ、最初からブロンデル公爵とシャル姉様が来たらしいから温い方向には行かなかっただろうが。天天素
「さあ、話してもらおうか」
「……」
食堂にて再び説明会となっていたり。尋問では無いぞ、念の為。RU486
説明と言っても報告は既にしてあるので、今回は例の癇癪玉モドキの解説。あれはある意味、使えるもんな。
でもね、クラウス。この体勢はどうかと思うんだ。
現在、私は椅子に座ったクラウスの膝の上……ではなく。
椅子に座ったクラウスの足の間にちょこんと座って、背後から体全体を使って拘束されとります。
顎が頭の上に乗ってるのは気の所為か。
一見御嬢様方が羨ましがる体勢だが、現実を知れば呆れるだけだろう。
現にアルは苦笑し、騎士sは可哀相なものを見る目で私を見ている。でも、助けない。
……捕獲? 捕獲だよね、これって。
「あの、クラウスさん……この状態は一体……?」
「俺達が理解できるまで放さん」
またしても個人的な理由か!
何その『教えてくれるまで放さない!』的な子供じみた言い分は!
呆れて背後を振り返ろうとし、無理だと気付いて足元に視線を落とす。
ふ……微妙に足がつかない私に対しクラウスは余裕なんだな。身長差はそのまま足の長さかよ、間違いなく全体の比率は違うだろ!?
人種的なものだと思いつつも、この敗北感。私の心に虚しい風が吹く。
「諦めてさっさと話した方がいいですよ。我々としても興味がありますし」
「報告書に書いたとおりなんだけど?」
「ですが、文章だけではいまいち理解できないのですよ。あの程度の魔石に利用価値があると思っていなかったものですから」
「加えて言うなら何故あそこまで魔力を引き出せるのかという事だな」
アル、クラウス共に気になるらしい。
……。
ああ……この世界の魔法って『術者、もしくは元になる魔石の何割の魔力を使う』っていう状態だから、クズ魔石だと魔力が殆ど無い状態で発動しないのか。
これは術式そのものに制限があるので、私と同じことをするなら術式を新たに組み直すしかないだろう。
ただし、それは非常に危険。制御を外すってことだから。
クラウス達ならできない事はないだろうけど、危険性を話して諦めてもらった方がいいだろう。それに癇癪玉モドキも私とは別の方法じゃないと無理だ、多分。
「どうして差が出るのか理由は判るけど、改善することはお勧めしない。つーか、やるな」
「何故だ?」
『できるけどやめとけ』と言った私にクラウスは怪訝そうな、どこか不満げな声になる。多分、表情も同じような状態だろうと推測。だが、理由を聞く程度には信頼してくれているらしい。
これが普通の魔術師だったら技術の独占云々と言い出しかねん。
「この世界の魔術との違いに詠唱や術式による威力の制御があるって言ったよね? 私は制御無しだからクズ魔石だろうと100%の魔力を引き出せる。だけど、この世界の術式に当て嵌めると制限された状態だから……」
「……! 術式そのものを制御無しの状態にしなければ同じ結果は出せないということか」
「そういうこと。それに制御を外してもクズ魔石の魔力を100%使えるようになるだけだから威力はそれなり。術によっては発動しないよ。だから止めときなさい」
「……。理由によるな、それは」
黒騎士達も不満そうだ。まあ、君達なら『不可能』っていうわけじゃないだろうし納得はしないだろう。他の魔法にも応用できる事を指して言っているのだから。
実際、それが大問題なのだが。
「それ開発した後はどうするのよ? クズ魔石専用ってわけにはいかないでしょ? 普通に使っても威力は段違いになる上、術者も危険が伴う。しかも……」
「しかも?」
「それが流出した場合は低い魔力でもかなりの殺傷能力を持つ術者が溢れるでしょうね。治癒魔法が使える程度の魔力しかない人が暗殺組織の捨て駒として使われるかもしれない」
『技術の流出』という点が物凄く拙いのだ。その方法を考え出すのは天才にしかできなくとも、術式として生み出されれば誰でも使えるようになってしまう。
その結果、これまで大した価値を認められなかった術者が『威力のある兵器』として使われる可能性も出てくるだろう。勿論、その危険性は伏せたまま。
何より術者本人が思い上がった挙句に事故を起こしかねない。
製作者ならば危険性を理解し自制するだろうが、その苦労も危険性も理解しない術者が玩具を与えられた子供のごとく『自身の強さ』と勘違いしたらどうなるか。
「技術が残る、もしくは流出することを考えるなら『開発しない』ってのが最良だよ。そういう危険性を理解しない奴が手にした時は最悪の事態が起こるだろうから」中絶薬
「……」
不満げな様子を察してクラウスの腕をぽすぽすと叩く。抱き込む力が強くなったって事は、内心葛藤しているらしい。
……頼むからそれ以上力を込めるな。抱き込むならぬいぐるみにしなさい、ぬいぐるみなら力を込めても変形するだけで済む。多少の視界の暴力は許そうじゃないか。
「諦めなさいって。自分が死んだ後は責任が持てないでしょうが。魔術を殺戮兵器みたいにしたいなら別だけど」
「わかった、やめておこう。使い捨てという発想は面白かったんだが」
「映像流したりするだけならクズ魔石を使い捨てにできるってのは良かったんだけどね、制御の解除が魔法全般に活かされる可能性があるなら諦める方が確実だわ」
クラウスだけでなく黒騎士達も頷き同意する。
……職人どもはブレないね、相変らず。
魔術に対する冒涜に繋がるなら、あっさり諦める姿勢は流石だ。大変良いお返事です。
ここで止めないとコピーガードを外す事に熱意を燃やす人々の如く、制限の解除が目標にされ達成されてしまうだろう。それは止めねばならない。
「では、『同じ物は作り出せない』とは? 確かにあれは少々特殊なように思えますが」
「ああ、癇癪玉のこと?」
「ええ。魔法のように見えても魔術結界では防げないのでしょう?」
アルが軽く首を傾げるようにして不思議そうに口にする。どうやら一度見せた時の事を思い出しているらしい。
詳しく言うなら、あれは魔法と物理両方ということになる。
小さな爆発を起こすのは魔法だけど、爆発そのものは物理なので少量の小麦粉に引火して一瞬炎が見えるという状態なのだから。
あれを一つの事として考えるなら小さな爆発系の魔法を使ったように見えるのだろう。
「私が魔力を『何かを成す為の力』と認識していることは知っているよね? それに加えて元の世界の知識があることが前提」
「元の世界の知識……ですか」
この世界の魔術は認識した対象にのみ影響するのだ、魔力で作られた炎が普通の炎の様に引火するか怪しい。炎系の魔術が周囲に影響を与えないのだから別物と考えた方がいいだろう。
そもそも私が炎系統を極力使わないのは周囲に飛び火する危険性が高いから。その危険性が無いこの世界の魔法だと対象である魔石が破裂して終わりな気がする。
そう告げるとアルだけじゃなく黒騎士達も難しい顔になった。そもそも常識が違うのだから『理科の実験でやる程度の爆発を起こして小麦粉に引火させてるだけです』と言ったところで理解できまい。
逆にグレンならばこれで大体は理解できるだろう。『授業でやる、安全な範囲での小さな爆発』と言えば『確かに学校でそんな授業もあったな』程度の反応は返ってくる。
ちなみに爆発だろうとこれが安全だと言えるのは、私の持つイメージが『理科の実験』という範囲に留まっているからだ。明確にイメージできるのがその程度ということもあるけれど。
これが事故レベルの爆発をイメージしてしまうと使う魔力も威力も桁違い。一歩間違えば術者さえ危険というシロモノに発展するのだ、癇癪玉程度に留めておいた方がいいだろう。
「爆発そのものが魔法じゃなくて『爆発を起こす事に魔力を使ってる』ってこと。だから威力は無いし音が鳴る程度だけど、混ぜておいた小麦粉に引火して一瞬炎が見える」
「それが一つの魔法の様に見えるから、対象は物理だと思わないのか」
「そういうこと。魔石自体は破裂するから破片が危ないといえば危ないけど……目さえ庇えばダメージ無いね」
尤もこれは私がそうイメージして魔石に組み込んでいるからなのだが。
詳しい知識がある人が作れば違った結果が出るのかもしれない。本格的に威力のあるものだって作り出せるだろう。
ただし、魔力の使い方を私と同じようにした場合に限り。知識があっても器具など無いのだ、魔力で代用できなければ作れまい。
全ては中途半端というか、いい加減な知識と魔法の認識の産物なのだ。殺傷能力を期待したものじゃなく隙を作る程度だしね、これ。
「……と言う事は俺達では使えないのか」
残念そうに言うクラウスに私は首を傾げる。
「私が作った物を発動させる事なら出来るんじゃないの? 魔血石とまでいかなくても、血をほんの少し混ぜておいて自分の支配下に置くってことできない? 確かそんな方法なかったっけ?」
「……! そうか、それならば可能だな!」
「そこまでする価値があるかは別として」
何度も言うが威力は殆ど無い。音と炎で一瞬相手を怯ませるだけだ。
どう考えてもクラウス達が発動できるようにする事の方が技術が上。
「いや、単に使ってみたいだけだ。一瞬怯ませるというのも利用価値がありそうだがな」
「ああ……そういうこと」
目を輝かせて喜ぶ黒騎士達を私を含む数名は何ともいえない表情で見つめた。騎士sに至っては『魔術において国でトップクラス』という幻想が崩れ落ちたのか、頭を抱えている。
まあ、『魔術師として国に貢献する』という姿勢ではなく『単なる個人的な趣味』だと見せ付けられれば当然かもしれない。『騎士として魔法の詳細を聞いていたんじゃなかったんですか!?』と。威哥王三鞭粒
残念ながら職人どもは非常に自分に素直だ、悪戯程度の効果しかなくとも彼等にとっては『異世界人開発』というだけで宝石よりも価値がある。
『異世界の魔法に触れてみたい! 自分で試してみたい!』
騎士sよ、奴等の頭の中は現在こんな感じだ。報告役としてアルが混ざってる時点で気付け。クラウスに任せると個人的な方向に行くから居ると思うぞ、絶対。
そもそも報告なのに魔王様居ないじゃん! 黒騎士相手に説明って絶対に御仕置きの一環だ。
それに、ここまで真面目に話しておいて何ですが。
興味の無い人にとっては威力・使い道共に大変微妙な扱いの癇癪玉。不意をつかなくても勝てるなら必要無かったりする。私は武器が扱えないので作っただけ。
ぶっちゃけそこまで価値は無いのだ。重要なのは使い道であってその仕組みではないのだから。
仕組みを話す過程で制限の解除という危険性に触れたが、本当ならそこまで話す必要など無い。クラウス達が相手だから話の流れ的にそうなっただけで横道発言です。
彼等の目的は最初から『自分達も作ってみたい!』という一択。割とどうでもいい物にここまで盛り上がれる天才ってのも残念な光景ですな。
……ところで。
私を抱きこんだまま話すならば解放してくれんかね、クラウスさんや。
生温い目ではしゃぐ黒騎士達を眺めていた私の頭に何か硬いものが触れて膝に落ちた。……イヤリング? いや、イヤーカフかな? かなりシンプルなものだが、私じゃないってことはクラウスだろう。
魔術一筋の職人が御洒落? 髪で隠してたら意味無くね?
「クラウス、落ちたよ」
「ああ、すまないな」
声をかければ私の手にあるイヤリング? を当然の様に受け取る。
髪に隠れて見えなかっただけで普段から着けているのだろう。慣れた手つきで着け直している。
合わん。著しく日頃のイメージに合わん。
魔術一筋に突っ走る男が装飾品を身に着けるだと!?
魔術関連ならばともかく、職人が御洒落。気でも違ったか。
そんな私にアルは苦笑しつつクラウスに声をかける。
「クラウス、ミヅキが奇特なものを見る目で見ているので説明してあげてください」
「あ……? ああ、そうか。お前は殆ど身に付けていなかったな」
「は? え、何か意味があるの?」
首を傾げると何故か騎士sまでもが私に怪訝そうな視線を向けた。
一体何さー? 何かおかしな事でも言った?
「装飾品という扱いだが魔血石だぞ、これは」
「は? 魔道具なの?」
「それもあるが、魔術師は自分の魔力を底上げする意味でも身に付けるのが普通だ」
クラウスは着けたばかりの装飾品を外して私に見せる。……ああ、確かに目立たない部分に赤い石が付いているね。装飾があるから普通の宝石っぽく見えるけど。
つまり補助電池のような役割ということか。結界などを長時間維持する時には便利そう。
尤も魔道具も有りと言っているから、攻撃魔法を仕込んだものもあるのだろう。自分で作ったなら制御もできるだろうし。
「基本的に魔術師は接近戦には向かん。お前が例外なんだ」
「ミヅキ、魔術師は武器を扱いながら詠唱でもしない限り接近戦は厳しいぞ? 敵だって詠唱中断を狙ってくるからな」
「そうそう、前衛と組むとか遠距離な。お前みたいに詠唱無しとか複数行使は普通無理だから」三鞭粒
クラウスに続き騎士sが説明する。『基本的に』ってことは、それが可能な黒騎士が特殊ということか。
聞かれるまで黙っていたのは知らない方が良いという判断かね? 私が迂闊に『黒騎士って接近戦も可能な魔術師だよね』と言いかねないし。
勿論ある程度は知られているだろうが、具体的にどういった闘い方をするかまでは知られていないだろう。
「貴女を信頼していないわけではないのですが、黒騎士達の立場を考えるとわざわざ教える事はできないのですよ」
すみません、と謝るアルに首を振ることで「気にするな」と伝える。
確かに『一般的な認識』として魔術師は接近戦が出来ないというならば、これは黒騎士達の強みになるだろう。話だけ聞くと万能型だ。
下手に私に話すと話の流れでどういったものを身に着けているか全部知られるから、話さないのも仕方が無い。
……敵対者がそれを知っていた場合、私が情報を洩らしたと疑われるものね。疑いを持たせない意味でも正しい判断だろう。
「……ん? どしたの、騎士s」
いきなり黙って顔色を悪くする二人に問い掛けると、何故かクラウスを気にしつつ口を開く。
「いや、ちょっと思い出したことがあってな」
「ああ、先日の……お前がコルベラに行っている間にキヴェラとの交渉が行なわれただろ?」
「うん、知ってる」
イルフェナの圧勝だったと聞いている。でなければ、あそこまで領地を削れまい。
「その時にさ、当たり前なんだけどキヴェラも護衛とか連れて来てたんだよ。多分、交渉に武力行使もちらつかせたとは思うけど」
「ええ、確かにそういった方も居たみたいですね。逆に返り討ちにあったようですが」
アベルの言葉にアルが笑いを耐えながら付け足す。まあ、交渉の仕方としては予想された展開なのだろう。『武力行使されたくなかったら、お手柔らかに御願いね』ってことか。
普通の小国なら国力の低下や被害を避ける為にある程度は妥協する。魔導師とやり合ったとはいえ、キヴェラはほぼ無傷なのだから。今後の事を考えても強気な交渉はしないだろう。
だが、ここはイルフェナだった。
実力者という名の変人の産地だった。
ついでに言うならキヴェラに対して『戦? ウェルカムだ!』という方向だ。
最初から殺る気満々な方向なんである。過去の御礼をきっちり返す意味でも泣き寝入りという選択肢は存在しない。
なお、私が居ても居なくてもこの選択に変わりは無いと思われる。参加の意思は問われるだろうが、決して魔導師に頼る事が前提ではないのだ。
だって、魔王様達はコルベラの事が無くても必要なら一戦交える気だったしね。私の悪戯に喜んだという王も似たような考えなのだと思う。
「馬鹿か、あの国。交渉に来て怒らせてどうする」
「そうは言っても、これまで随分と強気で来ましたからね。キヴェラとしても無茶な要求をされれば必死に足掻くのは当然だと思いますよ」
つまり『最初から無茶な要求をした』ってことですか。まあ、最初からブロンデル公爵とシャル姉様が来たらしいから温い方向には行かなかっただろうが。天天素
2014年10月6日星期一
主人は現実の厳しさを知りました
十三歳の夏。お母様が亡くなった。
知らされていなかったけれど病はそれだけ重かったらしい。見つけたのは私とアシュレイだった。庭で摘んだ花で花束を作って持っていくと、いつも通りお母様はベッドで眠っていた。狼一号
私たちが近づいてもお母様は目をあけなかった。熟睡しているのだろうと思っていたら、アシュレイは私の目を覆って「外へ出ましょう」そう言って私を表へ誘導した。
それからアシュレイは通りすがった侍女に声をかけ、奥様が……と彼女に囁いた。
まだお花をわたしていないわ、アシュレイ。お母様のために育てたお花じゃない。そう言いたかったけれど言えなかった。アシュレイは私を抱きしめて、苦しそうな顔をしたから。
葬儀はすぐにとりおこなわれた。本当に、すぐ。
きっとお父様は覚悟していた。いつお母様が死んでもおかしくないとわかっていたから、葬儀の準備もある程度進めていたのだろう。
それでも、いくら覚悟をしていても悲しみが和らぐことはない。柩の中で微笑むお母様の前で、お父様は私を抱きしめて声をあげて泣いた。子供みたいに。私は、今日この日くらいは父を泣かせてあげようと思った。お父様の前では泣かないように努めた。
「セシルお嬢様…」
子供はもう眠る時間になって、私とアシュレイは先に屋敷へ戻された。
部屋で休んでいる私に、アシュレイは遠慮がちに声をかけてきた。
「アシュレイ、どうしましょう。今日は庭にお水をまいていないわ」
「お嬢様……」
いたわるように私を抱きしめたアシュレイは、はらはらと涙を流した。綺麗な泣き顔。
「お母様のために泣いてくれるの?」
「奥様は素敵な方でした。お優しく、慈悲深く。お嬢様の人柄も奥様のおかげでしょう」
貴女にとって奥様はかけがえのない人だっただろうと、アシュレイは私を一層強く抱きしめた。
「だからどうか、無理をせずに泣いてください。貴女の泣く場所として僕は不十分かもしれません。それでも、辛いのなら一人で耐えないでください」
今までどれだけこの子の前で泣いただろう。私の方が年上なのに。
「ずるいわ、アシュレイ……。あまり私を甘やかさないで。もう十三よ?」
「いくつでも、悲しいときは泣くべきです」
本当はね、アシュレイ。私、知っていたの。お母様が死んでしまうこと。ゲームでアシュレイが言っていた。セシルの両親はアシュレイによくしてくれたけど、アシュレイが十二のとき母親は死んでしまって、それが彼の心をより蝕んだって。
だけど忘れようとしていたの。そうなるとは限らないと自分に言い聞かせていたの。私やアシュレイがシナリオに抗おうとしているように、お母様も別の運命をたどってくれるだろうと思い込もうとしていた。
でもやっぱり、簡単ではないのね。
「貴方の前では泣いてばかりね」
「お嬢様に頼ってもらえるなら、僕はそれが幸福です」紅蜘蛛
人の死を初めて間近に感じた。世界の残酷さを初めて目にした。自分だって一度死んでいる。きっと十七歳だった私の両親や友達も、こんな恐怖を体験したんだろう。どこか、前世の自分のことは他人事のように感じていた。もうひとりの誰かの記憶を、物語を読む感覚で見ていた。今の私はセシル・オールディントン。それ以外の何者でもない。だからセシルでない私の見てきた――例えば祖父母の――死はセシルである私にとって関係なんてほとんどないようなもので……。
だから、初めて知った。失う恐怖を。
アシュレイはこんな悲しみをたった六歳で抱え込んでいた。そう思うと胸が痛くなった。
「アシュレイ……貴方はどうか、いなくならないで……」
たとえ私の傍から離れていくことがあっても、二度と会えないところへは行かないで。
「はい…。僕は永遠に貴女の傍に……」
お母様のことを考えながら気づけば眠ってしまっていた。
次に目を開けたときには私は自室のベッドにいて、アシュレイはベッドの傍らに座って私の手を握っていた。朝日に晒されるアシュレイのブロンドの髪は輝いて見えて、お母様が自分にしてくれたように下ろされたアシュレイの髪を梳く。肩より少し長くなったアシュレイの髪。私の髪もようやくアシュレイと同じくらいの長さになった。
さらさらしたアシュレイの髪は私の手から簡単にすり抜けていく。
「もし、私が……」
私が死んでしまったら、アシュレイはお母様を思って泣いたように涙を流してくれるだろうか。この子を置いて死ぬ可能性はゼロじゃない。
もうアシュレイに殺されるかもしれないなんて疑いは消えていたけれど、最大の脅威は姿さえ表していない。隠しキャラがどう出てくるか……。期待したいのは、明るみになっている攻略キャラに『君が手に入らないなら僕は死ぬ』というタイプのヤンデレがいないことを踏まえて、そのタイプであってほしいところだ。それなら私に害はないし、アシュレイにも被害は及ばない。ヒロインと仲良くしてくださいとだけ言っておく。考えたくないのは、世界を破滅に導くようなラスボスタイプのヤンデレである。『君が手に入らないなら、こんな世界はいらない』なんて危険思考と異常能力を持ち合わせているタイプが来たらなにかと厄介だ。私だけじゃない。多くの人が犠牲になる。
「私がいなくなっても、貴方ならきっと大丈夫よね……」
「……縁起でもないことを言わないでください」
「起きていたの?」
「気づいていたくせに」
頬をベッドに乗せたまま、私の方を向かずアシュレイは握る手に力をこめた。震えている。お母様が亡くなったばかりなのに、こんなことを言うのは無神経だったかもしれない。
「奥様のあとを追おうとしているんですか?」
「まさか。貴方を置いて自ら命を絶ったりしないわ」
自らはしない。だけどもしかしたらこの命は奪われてしまうかもしれない。そうならないように頑張るわけだけど。
「いなくなったら、探して追いかけます……」
「泣かないで、アシュレイ」
「……」
この子もよく、お母様の相手をしてくれた。お母様もアシュレイのことはお気に入りだった。アシュレイだって辛いのに、追い打ちをかけてしまったことを反省する。
「アシュレイが泣いていると私もお母様も悲しいわ」紅蜘蛛赤くも催情粉
「もう変なことを言わないでください。僕は命ある限り貴女にお仕えします。貴女がいなくなることなんて許さない」
ありがとう、言いながら頭を撫でると安心したのかアシュレイの手に込められた力が弱められた。
「お母様は幸せだったかしら?」
「幸せだったでしょう。お嬢様のような娘を持てたんです」
「それにお父様がいて、貴方だっていたものね」
母方の祖父母とは会ったことがない。仕えて長い侍女から、結婚を反対する祖父母から、父が母を連れ去るようなかたちで結婚したと聞いたことがある。お母様は無理やり結婚させられたの?母に尋ねたことがある。母は綺麗に微笑んで、お父様も貴女も愛していると答えた。自分自身で選んだ道なのだと言った。
「私も、死ぬときは幸せだったと言い切れる終わりかたがいいわ」
精一杯生きて、安らかに眠りたい。
「やめてください、そんな話」
顔をあげたアシュレイの目元にはクマができていた。
疲れていたのに一睡もできなかったと言う。
「お嬢様の寝顔を見ていたら……不安になりました」
「そう……」
「お嬢様が呼吸をしている様子を見ていないとおかしくなりそうでした。僕が目をつむっている間にお嬢様の心臓が止まっていたらと、よくない妄想までふくらみました」
まだこんなに不安定なアシュレイに、私は甘えてばかりだ。
「私はここにいるわ」
今は、まだ。
「はい……」
行かないで。声に出さず、だけどそう言うように、アシュレイは私の額に自分の額をあてて、ゆっくり目を閉じた。それから私の両肩に手を置いて静かに深呼吸をする。
「お嬢様に降りかかる災厄があるなら、命にかえてもお守りします。それが僕の役目で、僕が喜びを得るための道です」
「命にかえてもなんて言わないで。もし貴方の命と私の命、どちらかを選ばなければいけなくなったら、自分のことだけを考えて」
「僕は貴女の従者です」
「それでもよ。お願い、アシュレイ」
「お願いなら、拒否権はありますね」
本当に、揚げ足をとるのがうまい……。
「お嬢様、もっと自分を大切にしてください」
「そっくりそのままおかえしするわ、アシュレイ・カーライル。貴方がいなくなるなんて嫌よ」紅蜘蛛(媚薬催情粉)
額を離して、アシュレイのおでこに軽くキスをした。お母様がよくしてくれたように。
「貴方は私の大切な人よ、アシュレイ」
「……」
「アシュレイ?」
「……っ」
どさりとアシュレイが後ろに倒れて、頭をうつ大きな音が聞こえた。これはただごとではない。すごい音だった。
「どうしたのアシュレイ!?」
おでこを片手で押さえるアシュレイは口をぱくぱくさせながら私の顔をまじまじと見てくる。
「大……切……?」
「え?ええ。ずっと一緒だもの。貴方は従者で、私の弟のような大切な存在よ」
「……」
それよりも打った頭は大丈夫なのだろうか。
「アシュレイ、頭は大丈夫?」
「どういう意味ですか」
「え?だから頭は……」
「僕は勘違いのすぎる頭の変な人間だとでも?」
「そ!?そんなこと言っていないわ!」
どうして急に機嫌が悪くなってしまったのか……。
冷え冷えとした目のアシュレイはすくっと立ち上がって私の額を指ではじいた。
「その無自覚で身を滅ぼすのだけは勘弁してくださいよ」
服の襟を正して、アシュレイは壁に立てかけられた時計を見やる。
「まだ早いですね。もう少し眠って大丈夫ですよ。後で起こしに来ます」
「アシュレイは?」
「庭が気がかりだったんでしょう?水をまいてきますよ」
アシュレイはちゃんと眠っていないのに?
「それなら私が行くわ。アシュレイは」
「今から寝たら起きられなくなります。気にせず、お嬢様は」
「じゃあ二人で」
「貴女がそう希望するなら」
お母様のために整えていた庭。もうお母様が見ることはないけれど、自分が死んですぐ庭が荒んでしまえばお母様も嘆かれるだろう。これまで育ててきた花々も、私たちが植えたのだから最後まで責任をもって世話をしないと。もしかしたら雲の上からお母様も見てくれるかも知れない。
「あと二年で、私もこの家を出るのね」
廊下を進みながら、なんとなく思い出した。
魔法学校は世界中に複数あり、それぞれ家の階級でいく学園が決まる。オールディントンは子爵家だから、私は必然的に上流階級の学校へ行く。上流階級に仕える従者や世話係の子供も、仕える家の子供と年が近い場合は同じ学校へ入って自分の役目をまっとうするのがステータスだ。父もアシュレイを私と同じ学園へ進ませるつもりらしい。寮生活になるのだから、アシュレイがいたほうが安心だろうと。
まあ、そうでなければあの学園に主要人物は集まらないものね。
「私が学園へ入学したら庭は貴方に任せないと」
思えば私たちが一番長い時間を過ごしたのはあの庭かもしれない。D10 媚薬 催情剤
「僕もお嬢様が出たあとすぐに出ますけどね」
「その後はお父様に引き継ぎね」
「家中の人が、お嬢様の大切な庭園を守ってくれますよ。みんな、お嬢様のことが大好きですから」
「そうかしら?」
人柄ですね、と言うアシュレイはめずらしく柔らかく微笑んだ。
知らされていなかったけれど病はそれだけ重かったらしい。見つけたのは私とアシュレイだった。庭で摘んだ花で花束を作って持っていくと、いつも通りお母様はベッドで眠っていた。狼一号
私たちが近づいてもお母様は目をあけなかった。熟睡しているのだろうと思っていたら、アシュレイは私の目を覆って「外へ出ましょう」そう言って私を表へ誘導した。
それからアシュレイは通りすがった侍女に声をかけ、奥様が……と彼女に囁いた。
まだお花をわたしていないわ、アシュレイ。お母様のために育てたお花じゃない。そう言いたかったけれど言えなかった。アシュレイは私を抱きしめて、苦しそうな顔をしたから。
葬儀はすぐにとりおこなわれた。本当に、すぐ。
きっとお父様は覚悟していた。いつお母様が死んでもおかしくないとわかっていたから、葬儀の準備もある程度進めていたのだろう。
それでも、いくら覚悟をしていても悲しみが和らぐことはない。柩の中で微笑むお母様の前で、お父様は私を抱きしめて声をあげて泣いた。子供みたいに。私は、今日この日くらいは父を泣かせてあげようと思った。お父様の前では泣かないように努めた。
「セシルお嬢様…」
子供はもう眠る時間になって、私とアシュレイは先に屋敷へ戻された。
部屋で休んでいる私に、アシュレイは遠慮がちに声をかけてきた。
「アシュレイ、どうしましょう。今日は庭にお水をまいていないわ」
「お嬢様……」
いたわるように私を抱きしめたアシュレイは、はらはらと涙を流した。綺麗な泣き顔。
「お母様のために泣いてくれるの?」
「奥様は素敵な方でした。お優しく、慈悲深く。お嬢様の人柄も奥様のおかげでしょう」
貴女にとって奥様はかけがえのない人だっただろうと、アシュレイは私を一層強く抱きしめた。
「だからどうか、無理をせずに泣いてください。貴女の泣く場所として僕は不十分かもしれません。それでも、辛いのなら一人で耐えないでください」
今までどれだけこの子の前で泣いただろう。私の方が年上なのに。
「ずるいわ、アシュレイ……。あまり私を甘やかさないで。もう十三よ?」
「いくつでも、悲しいときは泣くべきです」
本当はね、アシュレイ。私、知っていたの。お母様が死んでしまうこと。ゲームでアシュレイが言っていた。セシルの両親はアシュレイによくしてくれたけど、アシュレイが十二のとき母親は死んでしまって、それが彼の心をより蝕んだって。
だけど忘れようとしていたの。そうなるとは限らないと自分に言い聞かせていたの。私やアシュレイがシナリオに抗おうとしているように、お母様も別の運命をたどってくれるだろうと思い込もうとしていた。
でもやっぱり、簡単ではないのね。
「貴方の前では泣いてばかりね」
「お嬢様に頼ってもらえるなら、僕はそれが幸福です」紅蜘蛛
人の死を初めて間近に感じた。世界の残酷さを初めて目にした。自分だって一度死んでいる。きっと十七歳だった私の両親や友達も、こんな恐怖を体験したんだろう。どこか、前世の自分のことは他人事のように感じていた。もうひとりの誰かの記憶を、物語を読む感覚で見ていた。今の私はセシル・オールディントン。それ以外の何者でもない。だからセシルでない私の見てきた――例えば祖父母の――死はセシルである私にとって関係なんてほとんどないようなもので……。
だから、初めて知った。失う恐怖を。
アシュレイはこんな悲しみをたった六歳で抱え込んでいた。そう思うと胸が痛くなった。
「アシュレイ……貴方はどうか、いなくならないで……」
たとえ私の傍から離れていくことがあっても、二度と会えないところへは行かないで。
「はい…。僕は永遠に貴女の傍に……」
お母様のことを考えながら気づけば眠ってしまっていた。
次に目を開けたときには私は自室のベッドにいて、アシュレイはベッドの傍らに座って私の手を握っていた。朝日に晒されるアシュレイのブロンドの髪は輝いて見えて、お母様が自分にしてくれたように下ろされたアシュレイの髪を梳く。肩より少し長くなったアシュレイの髪。私の髪もようやくアシュレイと同じくらいの長さになった。
さらさらしたアシュレイの髪は私の手から簡単にすり抜けていく。
「もし、私が……」
私が死んでしまったら、アシュレイはお母様を思って泣いたように涙を流してくれるだろうか。この子を置いて死ぬ可能性はゼロじゃない。
もうアシュレイに殺されるかもしれないなんて疑いは消えていたけれど、最大の脅威は姿さえ表していない。隠しキャラがどう出てくるか……。期待したいのは、明るみになっている攻略キャラに『君が手に入らないなら僕は死ぬ』というタイプのヤンデレがいないことを踏まえて、そのタイプであってほしいところだ。それなら私に害はないし、アシュレイにも被害は及ばない。ヒロインと仲良くしてくださいとだけ言っておく。考えたくないのは、世界を破滅に導くようなラスボスタイプのヤンデレである。『君が手に入らないなら、こんな世界はいらない』なんて危険思考と異常能力を持ち合わせているタイプが来たらなにかと厄介だ。私だけじゃない。多くの人が犠牲になる。
「私がいなくなっても、貴方ならきっと大丈夫よね……」
「……縁起でもないことを言わないでください」
「起きていたの?」
「気づいていたくせに」
頬をベッドに乗せたまま、私の方を向かずアシュレイは握る手に力をこめた。震えている。お母様が亡くなったばかりなのに、こんなことを言うのは無神経だったかもしれない。
「奥様のあとを追おうとしているんですか?」
「まさか。貴方を置いて自ら命を絶ったりしないわ」
自らはしない。だけどもしかしたらこの命は奪われてしまうかもしれない。そうならないように頑張るわけだけど。
「いなくなったら、探して追いかけます……」
「泣かないで、アシュレイ」
「……」
この子もよく、お母様の相手をしてくれた。お母様もアシュレイのことはお気に入りだった。アシュレイだって辛いのに、追い打ちをかけてしまったことを反省する。
「アシュレイが泣いていると私もお母様も悲しいわ」紅蜘蛛赤くも催情粉
「もう変なことを言わないでください。僕は命ある限り貴女にお仕えします。貴女がいなくなることなんて許さない」
ありがとう、言いながら頭を撫でると安心したのかアシュレイの手に込められた力が弱められた。
「お母様は幸せだったかしら?」
「幸せだったでしょう。お嬢様のような娘を持てたんです」
「それにお父様がいて、貴方だっていたものね」
母方の祖父母とは会ったことがない。仕えて長い侍女から、結婚を反対する祖父母から、父が母を連れ去るようなかたちで結婚したと聞いたことがある。お母様は無理やり結婚させられたの?母に尋ねたことがある。母は綺麗に微笑んで、お父様も貴女も愛していると答えた。自分自身で選んだ道なのだと言った。
「私も、死ぬときは幸せだったと言い切れる終わりかたがいいわ」
精一杯生きて、安らかに眠りたい。
「やめてください、そんな話」
顔をあげたアシュレイの目元にはクマができていた。
疲れていたのに一睡もできなかったと言う。
「お嬢様の寝顔を見ていたら……不安になりました」
「そう……」
「お嬢様が呼吸をしている様子を見ていないとおかしくなりそうでした。僕が目をつむっている間にお嬢様の心臓が止まっていたらと、よくない妄想までふくらみました」
まだこんなに不安定なアシュレイに、私は甘えてばかりだ。
「私はここにいるわ」
今は、まだ。
「はい……」
行かないで。声に出さず、だけどそう言うように、アシュレイは私の額に自分の額をあてて、ゆっくり目を閉じた。それから私の両肩に手を置いて静かに深呼吸をする。
「お嬢様に降りかかる災厄があるなら、命にかえてもお守りします。それが僕の役目で、僕が喜びを得るための道です」
「命にかえてもなんて言わないで。もし貴方の命と私の命、どちらかを選ばなければいけなくなったら、自分のことだけを考えて」
「僕は貴女の従者です」
「それでもよ。お願い、アシュレイ」
「お願いなら、拒否権はありますね」
本当に、揚げ足をとるのがうまい……。
「お嬢様、もっと自分を大切にしてください」
「そっくりそのままおかえしするわ、アシュレイ・カーライル。貴方がいなくなるなんて嫌よ」紅蜘蛛(媚薬催情粉)
額を離して、アシュレイのおでこに軽くキスをした。お母様がよくしてくれたように。
「貴方は私の大切な人よ、アシュレイ」
「……」
「アシュレイ?」
「……っ」
どさりとアシュレイが後ろに倒れて、頭をうつ大きな音が聞こえた。これはただごとではない。すごい音だった。
「どうしたのアシュレイ!?」
おでこを片手で押さえるアシュレイは口をぱくぱくさせながら私の顔をまじまじと見てくる。
「大……切……?」
「え?ええ。ずっと一緒だもの。貴方は従者で、私の弟のような大切な存在よ」
「……」
それよりも打った頭は大丈夫なのだろうか。
「アシュレイ、頭は大丈夫?」
「どういう意味ですか」
「え?だから頭は……」
「僕は勘違いのすぎる頭の変な人間だとでも?」
「そ!?そんなこと言っていないわ!」
どうして急に機嫌が悪くなってしまったのか……。
冷え冷えとした目のアシュレイはすくっと立ち上がって私の額を指ではじいた。
「その無自覚で身を滅ぼすのだけは勘弁してくださいよ」
服の襟を正して、アシュレイは壁に立てかけられた時計を見やる。
「まだ早いですね。もう少し眠って大丈夫ですよ。後で起こしに来ます」
「アシュレイは?」
「庭が気がかりだったんでしょう?水をまいてきますよ」
アシュレイはちゃんと眠っていないのに?
「それなら私が行くわ。アシュレイは」
「今から寝たら起きられなくなります。気にせず、お嬢様は」
「じゃあ二人で」
「貴女がそう希望するなら」
お母様のために整えていた庭。もうお母様が見ることはないけれど、自分が死んですぐ庭が荒んでしまえばお母様も嘆かれるだろう。これまで育ててきた花々も、私たちが植えたのだから最後まで責任をもって世話をしないと。もしかしたら雲の上からお母様も見てくれるかも知れない。
「あと二年で、私もこの家を出るのね」
廊下を進みながら、なんとなく思い出した。
魔法学校は世界中に複数あり、それぞれ家の階級でいく学園が決まる。オールディントンは子爵家だから、私は必然的に上流階級の学校へ行く。上流階級に仕える従者や世話係の子供も、仕える家の子供と年が近い場合は同じ学校へ入って自分の役目をまっとうするのがステータスだ。父もアシュレイを私と同じ学園へ進ませるつもりらしい。寮生活になるのだから、アシュレイがいたほうが安心だろうと。
まあ、そうでなければあの学園に主要人物は集まらないものね。
「私が学園へ入学したら庭は貴方に任せないと」
思えば私たちが一番長い時間を過ごしたのはあの庭かもしれない。D10 媚薬 催情剤
「僕もお嬢様が出たあとすぐに出ますけどね」
「その後はお父様に引き継ぎね」
「家中の人が、お嬢様の大切な庭園を守ってくれますよ。みんな、お嬢様のことが大好きですから」
「そうかしら?」
人柄ですね、と言うアシュレイはめずらしく柔らかく微笑んだ。
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