アスベル山脈はパンドラ大陸の中部から北部にかけて、弧を描くような形で大きく広がっている。
都市国家群においては、雪山の代名詞と呼べるほど美しい山並みと雪景色を誇るが、この山はランク5ダンジョンに指定される危険な一面も併せ持つ。狼一号
今ここに、とある冒険者パーティが初冬のアスベルへと足を踏み入れている。
「……こんなところに、洞窟なんてあったか?」
視界を閉ざす猛吹雪が止んだその時、不意に目の前に現れたのは、凍れる断崖絶壁に穿たれた洞窟の入り口であった。
声をあげたのは、列の先頭を歩いていたジミー。種族は人間、歳は三十路にさしかかったところ。麓にあるアヴァロン領のアスベル村在住で、このアスベル山脈を主な冒険者活動のフィールドとしている。
白竜ホワイトドラゴンや銀狼フェンリル、雪原鯨ツンドラホエールといったランク5モンスターの生息域から外れた、危険度の低いエリアに限るのだが。
「おいおい、案内役がすっとぼけたこと言ってんじゃねーぞ、アスベルは俺の庭とかなんとか大口叩いていたじゃねぇかよ」
ストレートに馬鹿にする台詞を浴びせたのは、パーティリーダーのマイケル。黄金勇者、を自称する典型的な自信家パワーバカである。
実際に黄金の全身鎧フルプレートメイルなんて成金貴族でも作るか、というような馬鹿馬鹿しい装備をしていることから、真性のバカであることが証明されている。ちなみに、背負う大剣は白金プラチナの刃。
しかしながら、本物のバカに馬鹿にされたとしても、今のジミーは怒りよりも困惑の感情が勝った。
「いや、この辺は確かに何度も来ている。この崖だってはっきり見覚えあるし、ここから最短の下山ルートだって分かる。けど、前に見た時には、こんなに大きな洞窟なんて無かったはずなんだ」
ジミーのランクは4だ。最奥の危険区域には行けないが、それでもアスベル山脈のほぼ全域を長年に渡って歩き続けた男である。
この黄金勇者マイケル率いるランク4パーティ『黄金世代ゴールデンエイジ』にいるのは、単純に山の案内役として一時的に雇われただけのこと。ジミーのアスベルに対する知識と登山経験は、アスベル村冒険者ギルドもお墨付きを与えるほど。いわば、彼は山のプロである。
「そんじゃあモンスターが掘ったんだろ。へへっ、こんだけデケぇ穴を掘れるってんなら、すげぇ大物だぜ!」
サンドワームやマッドモールなど、地面に穴を掘る能力を持つモンスターは数多くいる。ランク5ダンジョン『エルグランドキャニオン』の覇者、大地竜エルグランドドラゴンは、ただ通っただけでそこに直径五十メートルの巨大洞窟を作り出すほどだ。
だがしかし、このアスベル山脈というダンジョンに限っていえば、洞窟を形成できるほど掘削能力の高いモンスターは生息していないはずである。
「まさか、探索するつもりか!?」
「あたぼうよぉ!」
ヤル気に満ち溢れた顔で威勢よく答えるマイケルに、ジミーは即座に反論する。
「危険だ、止めておいた方がいい。今の私たちは雪山装備、洞窟を探索する用意まではしていないだろう。どうしてもこの洞窟に潜りたいなら、一旦村に戻って、準備を整えてから――」
「ああ? そんな悠長なことしてられっかよ! もしここにとんでもねぇ大物がいて、俺らが戻ってる内に、別のパーティに先取りされたらどうすんだ!」
そんな状況になるのは天文学的な確率だろう。初冬とはいえ、すでに雪が深く降り積もる凍てつく白銀世界と化したアスベルの山に、わざわざアタックする冒険者は少ない。
まして、本当に大物、高ランクの巨大モンスターが潜んでいた場合、そのまま討伐できる実力派パーティの存在というだけで希少だ。
「いいや、ダメだ。あまりに危険に過ぎる。探索は認められないし、私も行きたくはない」
「なんだとぉ、高い金払って雇ってやってんのに、その腑抜けぶりはなんだぁ! テメェはそれでも俺様と同じランク4かよ!」
「まぁまぁ、落ち着いてよマイケル」
今にも殴りかからんばかりのマイケルを、一人の青年がやんわりと止めに入った。
彼の名はクリストファー。大柄で厳つい容姿のマイケルとは対照的に、線の細い、柔らかい微笑が似合う甘いマスクの美青年である。
「とりあえず、僕らだけで軽く調査だけして、ジミーさんはここで待っていてもらう、というのでどうかな?」
「おいおいクリフ、何だよ軽くって、俺様ぁいっちゃん奥のボスとご対面しなきゃ納得できねぇぞ!」
「バーカ、この洞窟に本当にモンスターがいるかどうか、まだ分からないでしょ。潜るだけ潜って何もありませんでした、ってなったらバカみたいじゃないのよ!」
ガツーン、と音を立ててマイケルの輝く黄金の脛に痛烈な蹴りを入れるのは、『黄金世代ゴールデンエイジ』もう一人のメンバー、紅一点のジャクリーンという少女。
小柄で童顔な彼女は、マイケルと並べば親子のように見えるが、これでいて同い年なのだから驚きである。
「痛って! くっそ、くっそ、俺様の唯一の泣き所を……」
「アンタは弱点だらけでしょうが。アタシとクリフがいなかったらもう何回死んでるんだか。ほら、イスキア丘陵で沈黙羊サイレントシープに蹴飛ばされた時だって――」
「が、ガキの頃の話は関係ねぇだろぉ!」
涙目で猛るマイケルに、ケラケラ笑うジャクリーン。それを微笑みながら眺めるクリストファー。この三人は幼馴染同士であるらしい。
男二人に女一人、というのはパーティとして破綻する典型的な構成であるが、ランク4になるまで一緒にやってこれたということは、よほど上手く三人の関係が築けているということだろう。紅蜘蛛
「それでは、僕らだけでこの洞窟に潜ります。そうですね、一時間で戻ることにしますよ。それ以上は進まない、マイケルが駄々をこねても、ちゃんと連れ戻してきますから」
騒いでいる大男と少女を放置して、クリストファーが話をまとめる。
「一時間か……分かった、そうしよう」
落としどころとしては、妥当だとジミーは思う。
この二十歳を超えたばかりの若い冒険者にとって、人跡未踏の洞窟を前にして一歩も立ち入るな、と我慢させるのは酷だろう。自分だって同じ年なら、喜び勇んで飛びこんで行ったに違いない。
「では、この通信機を渡しておきます。中の状況は逐一、これで報告します。それと、もしこの洞窟をねぐらにするモンスターが戻ったりした場合も、連絡して下さい。すぐに合流できるようにしますので」
差し出されたテレパシー通信を可能とする、高価な水晶球の魔法具マジック・アイテムをありがたくジミーは受け取った。
「よっしゃあ、それじゃあ行くぜぇ! 黄金勇者マイケル様の新たな伝説の1ページが、今、ここに刻まれるのだぁ!!」
「うっさい、早く行け!」
「それでは、行ってきます」
そうして、『黄金世代ゴールデンエイジ』の三人組は洞窟へと踏み入こんで行ったのだった。
ジミーは洞窟の入り口で、外からモンスターが現れないか警戒しつつ、メンバーとの通信を始める。
「――どうですかジミーさん、聞こえますか?」
「ああ、感度は良好だ」
水晶の通信機も問題なく作動している。まだ入って十分も経過していないが、とりあえずジミーは様子を問うた。
「壁面に薔薇の蔓のような植物が見られるだけで、他には何も見つからないですね。モンスターが出入りしている形跡もありません」
この極寒のアスベルに植物の緑はない。ウッドゴーレムやドリアードなどの植物系のモンスターがいるのか、とも思うが、そういった種類は総じて寒さに弱い。
少なくとも、今までアスベル山脈で確認されたことはない。
「気を付けてくれ、未知のモンスターが潜んでいるかもしれない」
念のために送った注意の言葉は、マイケルのデカい声にかき消された。
「ちっ、しけてやがんなぁ、もっとこう水晶とかザクザクでねーのかよ!」
「出るワケないでしょ!」
どうやら、このテレパシー通信機はメンバー全員と共有らしい。強く念じればメッセージが伝わるのは勿論、オープンチャンネルの状態では、発言がそのまま聞こえてくる。
未知の洞窟の中なのにちょっと騒ぎすぎでは、と注意が出そうになるが、必要ないだろうと思い口を閉じる。
彼らはすでにランク4、純粋な戦闘能力だけなら自分をはるかに上回り、最高ランクへの昇格も夢ではない。お喋りに夢中で油断が生じるくらいなら、とっくの昔に命を落としているに違いない。
「とりあえず、こっちはモンスターが現れる気配はない。今は天気も安定している。まぁ、そっちも気を付けて進んでくれ」
「了解です――あ、分かれ道ですね。左右に二本、どちらも大きさは同じくらいですね。とりあえず、左に進んでみます」
もしかしたら、蟻の巣のように幾本も枝分かれした複雑な内部構造をしているのかもしれない。
「マークをつけるのは忘れるなよ」
「ええ、勿論ですよ」
早速現れた分岐路に一抹の不安を覚えるが、それ以降は順調に探索が進んでいった。
それからジミーは、数分おきにクリストファーからの「異常ナシ」という報告と、マイケルとジャクリーンのやかましくも微笑ましい雑談を聞きつつ、静かに時が過ぎるのを待つ。
「――やはり、蔓以外は何もありませんね。もう入って三十分を過ぎたようなので、これから引き返します」
「おい、これまだかなり奥まで続いてるみてぇだけど」
「ぶっちゃけ、アンタもう飽きたでしょ? 何にもなさすぎて」
「お、おう……」
とりあえず、揉めることなくメンバーが戻ってくるらしいことにジミーは一安心。行き道で何もなかった、入り口は自分が見張っていたので、モンスターがここへ入ったということもない。分岐路も最初だけ、迷うなんてこともありえない。
確実に安全は保障されている――はずだった。紅蜘蛛赤くも催情粉
「……まだ、戻ってこないのか」
これから戻る、という最後の通信から、もうとっくに三十分を過ぎている。個人が持つ時計などという高級品は持ち合わせていないので、冒険者としての時間感覚と日の傾き具合による推測だが、大外れということはありえない。
こちらに通信をよこさないのは、後はもう帰るだけで報告することもないから。帰り道に危険はないと向こうも分かっているし、マイケルとジャクリーンの様子を思えば、談笑しながらダラダラと歩いているだけかもしれない。
帰りが遅れる理由は、いくらでも考えられる。しかし、胸中にはジワジワと不安が広がってくるのも確か。
しかし幸いにも、ジミーは彼らの無事を即座に確認できるアイテムを持っている。要は、こちらから連絡をすればよいだけ。
「えーっと、どう使うんだっけか……」
説明は一度聞いたが、あまり操作に自信が持てないのは使い慣れない魔法具マジック・アイテムだからか、それとも、歳のせいか。前者だと信じたい。
「――おい、聞こえるかクリストファー?」
「はい、なんですかジミーさん? どうかしました?」
水晶球から聞こえてくる声に、ほっと安堵する。その一言だけで、向こうに異常が起こってないことが窺い知るには十分だった。
「いや、少し帰りが遅いと思って、念のため確認してみただけだ」
「すみません、もう戻るので、心配しないでください。あ、分かれ道のところまで戻ってきましたよ、もうすぐ入口まで到着しますね」
どうやら杞憂だったようだ。
こんな心配性なのも、歳のせいか……なんて思ったその時であった。
「――ジミーさん」
クリストファーからの通信が入る。まださっきの通信を打ち切って一分も経ってない。何か言い忘れた事でもあるんだろうか。特に不信には思わず、ジミーは応答する。
「ああ、どうした?」
「もう入って三十分を過ぎたようなので、これから引き返します」
「……は?」
その台詞は三十分前に聞いた。意味が分からない。
「何を言ってるんだ?」
何かのジョークだろうか。だとしても、今は付き合ってやるつもりはない。
しかし、通信機の向こうから返ってきたのは、クリストファーの謝罪の言葉ではなかった。
「おい、これまだかなり奥まで続いてるみてぇだけど」
「ぶっちゃけ、アンタもう飽きたでしょ? 何にもなさすぎて」
「お、おう……」
同じだった。マイケルとジャクリーン、二人のやり取りも、三十分前に聞いたものと、まるっきり同じ内容。
「おい、どうしたんだ!? 冗談にしては性質が悪い――」
「……なに……って……ミーさん……」
ジミーの叫ぶような問いかけに返ってきたのは、途切れ途切れの音声。かろうじて、クリストファーのものだと判別できるが、肝心の内容はまるで分からない。
「なっ、なんだ!? おい、どうしたクリストファー、応答しろ!」
水晶球からは、彼の声どころか、ザーザーという不気味な響きのノイズが聞こえてくるのみ。いよいよ、完全な通信不能。
「クソっ、こんな時に故障か!? これだから魔法具マジック・アイテムってヤツは信用ならねぇ!」
冒険者を始めてウン十年というジミー。そんなベテランの勘が、今の状況が取り返しのつかないレベルでの危機に陥りつつある、と訴えかける。
三十分前と同じメッセージ。突如として壊れた通信機。つまらない冗談に不運が重なった、そう思えるほど楽観的な性格をしてはいない。
「くそ、どうする……」
だが、ここで自分が洞窟に入って彼らを迎えに行くというのも抵抗はある。
少なくとも、彼らの身は無事な様子であるのは間違いない。モンスターに襲われたわけでもなく、不慮の事故で負傷したというわけでもなさそう。
それでも、何らかの異常が起こりつつある。最も恐ろしいのは、その異常に彼ら自身が気づいてないことだ。紅蜘蛛(媚薬催情粉)
「クリストファー、応答しろ。マイケル、ジャクリーン、私の声が聞こえるか?」
安易な行動を起こすわけにもいかず、結局ジミーは壊れた通信機に向かって呼びかけを続けるしかなかった。
通信は完全に途切れたわけではなく、ノイズ混じりではあるが、何度か向こう側の声のようなものが聞こえてくることもある。通信が回復する希望に今はかけるしかない。
「頼む、応答してくれぇ!」
「――ジミーさん」
その時、ついにノイズは消え去り、再びクリアな声が返ってきた。
「繋がったか! おい、クリストファー、そっちの状況は――」
「あ、分かれ道のところまで戻ってきましたよ、もうすぐ入口まで到着しますね」
何か異常が起こっている、それは勘から、確信に変わった。
「しっかりしろクリストファー! さっきと同じことを言っているんだぞ! ちくしょう、 目を覚ませ!」
湧き上がる焦燥感のまま、必死に叫び異常を伝える。
「よっしゃあ、それじゃあ行くぜぇ! 黄金勇者マイケル様の新たな伝説の1ページが、今、ここに刻まれるのだぁ!!」
「バーカ、この洞窟に本当にモンスターがいるかどうか、まだ分からないでしょ。潜るだけ潜って何もありませんでした、ってなったらバカみたいじゃないのよ!」
だが、返ってくるのは台詞のリピートのみ。しかも、もうマイケルとジャクリーンの間で会話の繋がりさえ成立していない。
狂っている。ジミーに理解できるのは、ただそれだけであった。
「くそ、何だ……何が、どうなって――うわっ!?」
あまりの異常事態に茫然としかけたが、見つめた洞窟の奥から、不意に煙が立ち込めてきた。それは燃焼に伴い発生する黒煙ではなく、鮮やかな桃色に染まった、不気味な煙であった。
「何だコレ、毒ガスかっ!?」
長い冒険者生活の中でも、初めて見るモノだった。しかし、この毒々しさしか感じられないショッキングピンクの煙を前にすれば、村の子供でさえも危険を認識するだろう。
ジミーもそう。彼はもう洞窟から逃れるより他はなかった。
瞬く間に入口まで立ちこめる桃色ガスから、『疾駆』を駆使してどうにかギリギリで脱出を図ることに成功する。
大火災が発生したかのように濛々と煙が入口から噴き出すのと、ジミーが純白の雪原に身を投げ出すのはほぼ同時だった。
「はぁ……はぁ……クリストファー、マイケル、ジャクリーン……応答、してくれ……」
雪の上に寝転がったまま、その手に握りしめた水晶球に、ダメ元で声を送る。
ノイズはない。通信状態は安定している。ただ、向こう側から届いてくる言葉だけが、ただひたすらに『異常』であった。
「あぁママ……ママ……見てよ、僕ね、勇者になったんだ……僕は世界で一番強い、ピカピカの金色で、世界で一番、格好いいんだ……だからママ、褒めて、もっと僕を褒めて、ギュって、抱きしめてよぉ」
この幼子が甘えるような声をしているのは、マイケルだろうか。彼の厳つい容姿と傲慢な態度からは、想像を絶する台詞であるが、その野太い声音が間違いなく彼であることを示している。
「ふふ、うふふ……やめて、二人とも……私のために争わないで……私はただ、子供の頃みたいに、三人一緒に仲良くしていたいだけなの……気持ちは嬉しいけど……ふふ、ごめんね、勘違いさせちゃって」
続いて聞こえてきたのは、ジャクリーンの声。まるで、二人の男から言い寄られて困ったフリをしつつもいい気になってるバカ女のような台詞だ。争う二人とは、マイケルとクリストファーのことだろうか。確かめる術は、最早ない。
「嬉しいよ、マイケル……やっと、僕の気持ちに気づいてくれたんだね……うん、うん、そうだよ、もうあんな女はいらない、これからは二人で、二人きりでいいんだ……愛してる」
クリストファー、その声こそ彼の本心なのだろうか。きっと、今の狂った精神状態だからこそ口走った偽りであって欲しいと、願ってやまない。
「はは……ちくしょう、みんな、狂っちまいやがった――」
乾いた笑いを漏らしながら、ジミーはのっそりと起き上がる。
ふと見れば、洞窟から噴き出すピンクの煙はすっかり治まり、また元通りにぽっかりと口を開けている様子へ戻っている。一見して、何の変哲もない洞窟であるかのように。
「――ちくしょう! 何が、どうなってやがんだよぉ!」
何もかも、ワケが分からない。
ただ、一つだけ確実なのは、もう二度と、あの将来有望な若き三人の冒険者が生きて帰ってくることはない、ということだ。D10 媚薬
催情剤
2014年7月31日星期四
2014年7月29日星期二
クロケの森にて
馬車にゆられるライヒアラ騎操士学園・騎士学科の一行はフレメヴィーラ王国中央部最大の都市であるヤントゥネンに到着していた。
ヤントゥネンが国内でも有数の都市になったのには訳がある。
国の西側、オービニエ山脈を越える他国との輸送路と、国の東側、ボキューズ大森海だいしんかい手前の砦や穀倉地帯からの荷を運ぶルートのちょうど中継地点に位置しているのだ。終極痩身
そして街道の要所にあるが故に、この街は国内でも王都に次ぐ高い防衛能力を持たされている。
街の周囲は堅牢な城壁に覆われており、更にその周囲には堀がめぐらされている。
それだけでなく、内部には最大で幻晶騎士シルエットナイト1個旅団(約100機)規模になる騎士団を抱えている。
この数はいくら重要な拠点とは言え一つの街にある戦力としては過剰だが、これは街道を利用することでいざというとき国内各所への戦力派遣が可能なためであり、実際に一部は周辺に出ていることが多かった。
ライヒアラの一行がヤントゥネンに到着したのは昼も過ぎたころだった。
この時代、一定以上の規模を持つ街は魔獣の襲来を警戒し城壁を備えている。
勿論ライヒアラ学園街にもあるのだが、ヤントゥネンのそれは他を圧倒する規模を持ち、見ただけでこの街の重要性が理解できるものだった。
魔獣が存在する影響で少人数での長距離移動が難しいこの時代、初めてライヒアラ以外の大都市を見る生徒も多く、圧巻とも評すべき街の様子に興味津々の様子だった。
「すごい城壁ねぇ。一体何と戦うつもりなのかしら」
「今存在する魔獣と、というよりも建国時の魔獣を想定しているのでは?
今よりも凶悪な魔獣も多かったようですし」
「なるほどねー。それは分厚くなるわけね」
城壁の内部へ通じる巨大な門の威容に生徒達の期待が高まる。
しかし彼らを乗せた馬車は門をくぐらず、その手前の広場で集結していた。
「なんだよ、ヤントゥネンには入らねーのか?」
「事前の説明で、ヤントゥネンでは物資の補充だけが目的だと説明していましたし」
馬車から出て休息をとることは可能だったが、荷物の積み込みが終われば再び出発しなくてはいけない。
巨大な門を睨みながら双子が盛大に愚痴っていた。
「なによつまんない。街の中くらい入れてくれてもいいじゃないの!」
「だよなぁ。あちこち見て回りたかったんだけどなぁ」
「いえ、そういう目的の旅ではないのですが……」
「エルは見たくないのかよ」
「それは興味はありますけど。
この人数の生徒をまとめて観光とか、さぞ恐ろしい事態になると思いますしね」
そういって横を見やれば事前に手配していたのだろう、街から出てきた商人から受け取った物資が馬車に積み込まれてゆく。
短い休憩は終わり、すぐに出発の時刻がやってきた。
ヤントゥネンに未練たらたらの生徒達を乗せたまま、馬車は目的地であるクロケの森へと出発するのだった。
ヤントゥネンから更に馬車で一日ほど揺られたところにクロケの森はある。
東の国境線へと向かう街道からそれ、ほとんど舗装されていない道を苦労して進むこと丸一日。
鬱蒼とした森林がその口を開いていた。
馬車は森に入ってすぐの木々のまばらな、開けた場所に次々と止まってゆく。
そこは例年、野外演習があるたびに拠点として利用されている場所だった。
「よーし、荷物を降ろしたら各班まずはテントを作れー。それが終わったら夕食にするぞ」
教師の号令一過、生徒達が寝床となるテントを作成する。
これまでの行程では夜間の就寝にも馬車を利用してきた。
開けた街道を利用して移動しているとはいえ、いつ何処で魔獣の襲撃に会うかわからないため、いざというときすぐに動けるようにしていたのだ。
ここでは演習の日程は数日間に渡り、さすがに馬車を使って過ごすわけにも行かない。
そのための拠点としてのテント設営だった。
上級生は既に何度も経験したことであり、手馴れた様子でテントを設営してゆく。
騎士学科ではこういった演習以外にも、何かにつけて設営を行う機会は多い。
いずれ騎士となるならば、行軍時の拠点設営は必須の技能となる。
単純に剣や魔法だけではなくこういった技能の教育を行う事も騎士学科の特徴といえた。
しかし、新入生にとっては中々容易なことではなかった。
野外演習に先立って説明と練習は行ったものの、そも体格的にも幼い初等部の低学年にとってはテントの設営はかなりの重労働だ。
教師がフォローに入るもあちこちで作業が遅れ、結局その日の夕食は遅い時間となった。超級脂肪燃焼弾
テントを張り終えた森の入り口はさながらキャンプ地の様相を呈していた。
周囲には篝火が焚かれ、薄暗い森の中でこの場所だけが明るくなっていた。
さらには、中等部以上の生徒は持ち回りで夜間の歩哨を行うことが実習に組み込まれている。
流石にこの人数を教師だけで面倒を見ることは出来ないため、実習を兼ねて生徒自身でも周囲を警戒しているのだ。
エルの班は他の班より早めにテントの設営を終えた。
十分に手順を理解していたためもあるが、中でも双子は同年代でも体格に恵まれ、しかもエルとの訓練を経て体力的にもかなり高かったためこういった場面で活躍したからだ。
今彼らははまごつく他の班の設営を手伝っている。
そしてエルは1人野営地の外れへと向かっていた。
「(ノルマはこなしとるし決してサボりやないですよー……っと、あったあった)」
そこには高等部の騎操士達と彼らの幻晶騎士の駐屯地になっている。
さすがに幻晶騎士で見回りをした日には、騒音で安眠妨害も甚だしいことになる。
そのため、彼らは有事に備え野営地の一角で待機していることになっていた。
片膝をつく様な駐機体勢をとり、10機の幻晶騎士がずらりと並ぶ。
篝火に照らされ、夜陰の中にその影を浮かび上がらせていた。
その姿は全体が視認しにくいこともあり、昼間見るそれよりも更なる迫力を持っていた。
常人ならば威圧感を感じるであろう、無言で居並ぶ鉄の巨人達をエルは満面の笑みで見回す。
「(ああ、やっぱ巨大ロボはええなぁ。これぞ心の癒し。一家に1台必須やなぁ)」
そんな恐ろしいご家庭はこの世界にも存在しないが、エルの心の中の呟きに突っ込める存在は居なかった。
「おい、そこの……銀色? エルネスティか?」
そうしてしばらく経ったころ、謎の癒しに没頭するエルに背後から声がかかった。
エルが振り返ると、そこにはアールカンバーの主、エドガーが居た。
「こんばんは、エドガー先輩。少しお邪魔しています」
「やはりエルネスティか。何故此処に……などと聞くだけ無駄なのだろうな」
すでにエルは騎操士学科でも有名人であり、そしてその行動理由も知れ渡っている。
「先輩は、待機の担当ですか?」
エドガーは先ほどまでとは別種の苦笑を浮かべ、首を振った。
「いや、先ほどまで待機の順番を決めていたんだがな……まぁ、例によってディーが渋ってな」
「ディートリヒ先輩が?」
「ああ、簡単に言うと待機任務は面倒だと、盛大に愚痴を漏らしていてな。
我らはライヒアラ最高学年の騎操士として、後輩の安全を守ることも立派な任だというのに。
相変わらず奴は気分屋だよ」
我侭を言ったところで結局は役に付かざるを得ないため、騒ぐだけ無駄というものなのだがそこを気にしないのがディートリヒと言う人物であった。
「奴の愚痴に付き合うのも面倒になったのでな。少し気分転換がてらこいつを見に来た」
そして二人で、それを見上げる。
篝火の明かりに浮かび上がるのは純白の鎧を纏う巨大な騎士、幻晶騎士アールカンバー。
特別な工夫はないものの基本に忠実に、堅実に調整されたこの機体は突出した点はないものの、極めて素直な性能を持っている。
それは学園の騎操士でもトップクラスの実力を持つエドガーの能力に確実に応え、彼らの組み合わせは騎操士学科でも上位に位置していた。
「先輩も、幻晶騎士が好きなのですか?」
「ううむ? 好きと言うか……こいつは、私の武器であり相棒でもあるからな。
共にあれば気分が落ち着く。今みたいにささくれた時とか、疲れてるときにはよくこいつのところに来るよ」
柄にもないか、とエドガーが頭をかく。SUPER FAT BURNING
「いいえ、信頼できる相棒が居ると言うのは素晴らしいことだと思います」
「お前は幻晶騎士が好きなのだったな。
騎士として努力を続ければ、お前もいずれ良い相棒を得ることができるだろう。
ああ、長々と立ち話をしてしまったな。余り夜が深ける前に戻っておけ」
挨拶を交わし二人は元来た道を戻る。
「さて、そろそろディーも落ち着いたあたりか」
一人ごちると、戦闘に向かうような気合を入れてエドガーは戻っていくのであった。
とっぷりと日が暮れる頃、遅めの夕食を終えて新入生達もそれぞれテントに入っていた。
初等部の生徒は夜間に特にやることはない。
移動と設営をこなし、疲労を感じていた生徒達はしばらくするとそれぞれ毛布に包まって眠りに付いてゆく。
その時である。
生徒達が完全に寝入る前に森から獣の遠吠えが聞こえてきた。
狼だろうか、1匹が声を上げるとそれに応じるような声が森のどこかから響いてくる。
歩哨に立つ生徒は一瞬森の方を警戒したものの、遠吠えだけなら良くあることでありすぐに興味をなくしていた。
しかし、そうはいかなかった者も居る。
初めて野外演習に来た新入生達は、その遠吠えに今更ながら自分達の状況を再確認していた。
安全な街の中ではなく、すぐに逃げ出せる馬車でもなく、魔獣が潜む森の手前にテントを作り寝ているという状況。
いくらクロケの森の危険度が高くはなく、見張りに立っている生徒も居ると言えども此処は全く安全という訳ではない。
ここまで安全に移動してきたこともあり、これまでどこか気楽な気分であった彼らは一つの遠吠えで一気に緊張を感じ始めた。
疲労による眠気も引っ込み、逆に目がさえてしまった格好だ。
「今の声……魔獣?」
「いいえ、ただの狼じゃないかと思うんだけど……」
エル達の居るテントでも、不安を紛らわすかのようにぼそぼそと会話が交わされる。
彼らの会話を何とはなしに聞きつつ、キッドも寝転びながら首を振った。
程度の差はあれど、キッドも少なからず不安なものを感じており、すぐには寝付けそうもなかった。
「(自分ではもうちっと図太いって思ってたんだけどよ、俺も結構キンチョーするんだな)」
少し篝火の明かりが差し込む薄暗いテントの中、落ち着かない空気が流れる。
ふと隣で寝るエルも同じように不安を感じているのかと思い、キッドが小声で声をかけた。美人豹
「なぁ、エル。ちょっといいか……って」
しかしエルは既に寝入っていた。
エルとてこの状況に緊張感を感じないわけではない。
しかし、前世では地獄の最前線で戦士プログラマーとして戦っていたエルは、休息を取る事ができる状況で確実に休んでおく事の重要性を嫌というほど知っていた。
さらには、ユーザからの連絡待ちの間すら休める彼は、如何なる状況でも寝ることができるスキルを体得している。
騎操士学科の先輩達が警備についていることも把握しており、多少の不安は無視していたのだった。
「(すげぇなエル。前から思ってたけどよ、神経太いよなぁ)」
キッドの声にアディが振り返り、そこに眠るエルを見つけた。
「むぅ、ずるい」
何がずるいのか良くわからないままアディはもそもそと移動し、そのままエルを抱え込む。
所謂“抱き枕”の体勢である。
さすがにいきなり誰かに抱きつかれてエルも目を覚ましたが、それがアディだとわかると軽くその頭をひと撫でし、再び睡眠に戻った。
それで安心したのか、しばらくするとアディからも寝息が聞こえてくる。
それを見ていたキッドは、眠れない自分が馬鹿馬鹿しく思えてきて思わず苦笑した。
「(なんか俺だけ緊張してんの馬鹿みてーじゃねぇか)」
なんとなく気楽に思えれば、程なく眠りの中へと落ちていったのだった。
翌朝、日の出からしばらくすると生徒達が起きだして来た。
寝不足の生徒も大勢おり朝からだるい雰囲気が漂う中、エル達はすっきりとした目覚めを迎えていた。
野営で寝付けない生徒が出るのはいつものことである。
街の中ばかりでなく、野外でこういった緊張感を実際に感じる事もまた演習の目的である。
ただ、教師達としても体力の少ない低学年の生徒に無理をさせる気はなく、これを見越して初等部は比較的作業内容が軽い。
生徒たちは保存食を使った簡単な朝食をとった後、教師の号令に従い学年別に集まって行った。
簡単な説明の後、中等部の生徒は森の奥を目指し、班ごとに出発してゆく。
彼らは途中森に生息する魔獣と実際に戦闘し、一定以上を狩る事がこの演習の最大の目的だ。
初等部の生徒は森の浅い部分を目指し、場合によっては戦闘もありうる、という程度である。
学年や班に分かれ、教師の先導に従い生徒が移動を始める。
そして、彼ら騎士学科の生徒達にとって忘れられない体験となる、とても長い一日が始まった。絶對高潮
ヤントゥネンが国内でも有数の都市になったのには訳がある。
国の西側、オービニエ山脈を越える他国との輸送路と、国の東側、ボキューズ大森海だいしんかい手前の砦や穀倉地帯からの荷を運ぶルートのちょうど中継地点に位置しているのだ。終極痩身
そして街道の要所にあるが故に、この街は国内でも王都に次ぐ高い防衛能力を持たされている。
街の周囲は堅牢な城壁に覆われており、更にその周囲には堀がめぐらされている。
それだけでなく、内部には最大で幻晶騎士シルエットナイト1個旅団(約100機)規模になる騎士団を抱えている。
この数はいくら重要な拠点とは言え一つの街にある戦力としては過剰だが、これは街道を利用することでいざというとき国内各所への戦力派遣が可能なためであり、実際に一部は周辺に出ていることが多かった。
ライヒアラの一行がヤントゥネンに到着したのは昼も過ぎたころだった。
この時代、一定以上の規模を持つ街は魔獣の襲来を警戒し城壁を備えている。
勿論ライヒアラ学園街にもあるのだが、ヤントゥネンのそれは他を圧倒する規模を持ち、見ただけでこの街の重要性が理解できるものだった。
魔獣が存在する影響で少人数での長距離移動が難しいこの時代、初めてライヒアラ以外の大都市を見る生徒も多く、圧巻とも評すべき街の様子に興味津々の様子だった。
「すごい城壁ねぇ。一体何と戦うつもりなのかしら」
「今存在する魔獣と、というよりも建国時の魔獣を想定しているのでは?
今よりも凶悪な魔獣も多かったようですし」
「なるほどねー。それは分厚くなるわけね」
城壁の内部へ通じる巨大な門の威容に生徒達の期待が高まる。
しかし彼らを乗せた馬車は門をくぐらず、その手前の広場で集結していた。
「なんだよ、ヤントゥネンには入らねーのか?」
「事前の説明で、ヤントゥネンでは物資の補充だけが目的だと説明していましたし」
馬車から出て休息をとることは可能だったが、荷物の積み込みが終われば再び出発しなくてはいけない。
巨大な門を睨みながら双子が盛大に愚痴っていた。
「なによつまんない。街の中くらい入れてくれてもいいじゃないの!」
「だよなぁ。あちこち見て回りたかったんだけどなぁ」
「いえ、そういう目的の旅ではないのですが……」
「エルは見たくないのかよ」
「それは興味はありますけど。
この人数の生徒をまとめて観光とか、さぞ恐ろしい事態になると思いますしね」
そういって横を見やれば事前に手配していたのだろう、街から出てきた商人から受け取った物資が馬車に積み込まれてゆく。
短い休憩は終わり、すぐに出発の時刻がやってきた。
ヤントゥネンに未練たらたらの生徒達を乗せたまま、馬車は目的地であるクロケの森へと出発するのだった。
ヤントゥネンから更に馬車で一日ほど揺られたところにクロケの森はある。
東の国境線へと向かう街道からそれ、ほとんど舗装されていない道を苦労して進むこと丸一日。
鬱蒼とした森林がその口を開いていた。
馬車は森に入ってすぐの木々のまばらな、開けた場所に次々と止まってゆく。
そこは例年、野外演習があるたびに拠点として利用されている場所だった。
「よーし、荷物を降ろしたら各班まずはテントを作れー。それが終わったら夕食にするぞ」
教師の号令一過、生徒達が寝床となるテントを作成する。
これまでの行程では夜間の就寝にも馬車を利用してきた。
開けた街道を利用して移動しているとはいえ、いつ何処で魔獣の襲撃に会うかわからないため、いざというときすぐに動けるようにしていたのだ。
ここでは演習の日程は数日間に渡り、さすがに馬車を使って過ごすわけにも行かない。
そのための拠点としてのテント設営だった。
上級生は既に何度も経験したことであり、手馴れた様子でテントを設営してゆく。
騎士学科ではこういった演習以外にも、何かにつけて設営を行う機会は多い。
いずれ騎士となるならば、行軍時の拠点設営は必須の技能となる。
単純に剣や魔法だけではなくこういった技能の教育を行う事も騎士学科の特徴といえた。
しかし、新入生にとっては中々容易なことではなかった。
野外演習に先立って説明と練習は行ったものの、そも体格的にも幼い初等部の低学年にとってはテントの設営はかなりの重労働だ。
教師がフォローに入るもあちこちで作業が遅れ、結局その日の夕食は遅い時間となった。超級脂肪燃焼弾
テントを張り終えた森の入り口はさながらキャンプ地の様相を呈していた。
周囲には篝火が焚かれ、薄暗い森の中でこの場所だけが明るくなっていた。
さらには、中等部以上の生徒は持ち回りで夜間の歩哨を行うことが実習に組み込まれている。
流石にこの人数を教師だけで面倒を見ることは出来ないため、実習を兼ねて生徒自身でも周囲を警戒しているのだ。
エルの班は他の班より早めにテントの設営を終えた。
十分に手順を理解していたためもあるが、中でも双子は同年代でも体格に恵まれ、しかもエルとの訓練を経て体力的にもかなり高かったためこういった場面で活躍したからだ。
今彼らははまごつく他の班の設営を手伝っている。
そしてエルは1人野営地の外れへと向かっていた。
「(ノルマはこなしとるし決してサボりやないですよー……っと、あったあった)」
そこには高等部の騎操士達と彼らの幻晶騎士の駐屯地になっている。
さすがに幻晶騎士で見回りをした日には、騒音で安眠妨害も甚だしいことになる。
そのため、彼らは有事に備え野営地の一角で待機していることになっていた。
片膝をつく様な駐機体勢をとり、10機の幻晶騎士がずらりと並ぶ。
篝火に照らされ、夜陰の中にその影を浮かび上がらせていた。
その姿は全体が視認しにくいこともあり、昼間見るそれよりも更なる迫力を持っていた。
常人ならば威圧感を感じるであろう、無言で居並ぶ鉄の巨人達をエルは満面の笑みで見回す。
「(ああ、やっぱ巨大ロボはええなぁ。これぞ心の癒し。一家に1台必須やなぁ)」
そんな恐ろしいご家庭はこの世界にも存在しないが、エルの心の中の呟きに突っ込める存在は居なかった。
「おい、そこの……銀色? エルネスティか?」
そうしてしばらく経ったころ、謎の癒しに没頭するエルに背後から声がかかった。
エルが振り返ると、そこにはアールカンバーの主、エドガーが居た。
「こんばんは、エドガー先輩。少しお邪魔しています」
「やはりエルネスティか。何故此処に……などと聞くだけ無駄なのだろうな」
すでにエルは騎操士学科でも有名人であり、そしてその行動理由も知れ渡っている。
「先輩は、待機の担当ですか?」
エドガーは先ほどまでとは別種の苦笑を浮かべ、首を振った。
「いや、先ほどまで待機の順番を決めていたんだがな……まぁ、例によってディーが渋ってな」
「ディートリヒ先輩が?」
「ああ、簡単に言うと待機任務は面倒だと、盛大に愚痴を漏らしていてな。
我らはライヒアラ最高学年の騎操士として、後輩の安全を守ることも立派な任だというのに。
相変わらず奴は気分屋だよ」
我侭を言ったところで結局は役に付かざるを得ないため、騒ぐだけ無駄というものなのだがそこを気にしないのがディートリヒと言う人物であった。
「奴の愚痴に付き合うのも面倒になったのでな。少し気分転換がてらこいつを見に来た」
そして二人で、それを見上げる。
篝火の明かりに浮かび上がるのは純白の鎧を纏う巨大な騎士、幻晶騎士アールカンバー。
特別な工夫はないものの基本に忠実に、堅実に調整されたこの機体は突出した点はないものの、極めて素直な性能を持っている。
それは学園の騎操士でもトップクラスの実力を持つエドガーの能力に確実に応え、彼らの組み合わせは騎操士学科でも上位に位置していた。
「先輩も、幻晶騎士が好きなのですか?」
「ううむ? 好きと言うか……こいつは、私の武器であり相棒でもあるからな。
共にあれば気分が落ち着く。今みたいにささくれた時とか、疲れてるときにはよくこいつのところに来るよ」
柄にもないか、とエドガーが頭をかく。SUPER FAT BURNING
「いいえ、信頼できる相棒が居ると言うのは素晴らしいことだと思います」
「お前は幻晶騎士が好きなのだったな。
騎士として努力を続ければ、お前もいずれ良い相棒を得ることができるだろう。
ああ、長々と立ち話をしてしまったな。余り夜が深ける前に戻っておけ」
挨拶を交わし二人は元来た道を戻る。
「さて、そろそろディーも落ち着いたあたりか」
一人ごちると、戦闘に向かうような気合を入れてエドガーは戻っていくのであった。
とっぷりと日が暮れる頃、遅めの夕食を終えて新入生達もそれぞれテントに入っていた。
初等部の生徒は夜間に特にやることはない。
移動と設営をこなし、疲労を感じていた生徒達はしばらくするとそれぞれ毛布に包まって眠りに付いてゆく。
その時である。
生徒達が完全に寝入る前に森から獣の遠吠えが聞こえてきた。
狼だろうか、1匹が声を上げるとそれに応じるような声が森のどこかから響いてくる。
歩哨に立つ生徒は一瞬森の方を警戒したものの、遠吠えだけなら良くあることでありすぐに興味をなくしていた。
しかし、そうはいかなかった者も居る。
初めて野外演習に来た新入生達は、その遠吠えに今更ながら自分達の状況を再確認していた。
安全な街の中ではなく、すぐに逃げ出せる馬車でもなく、魔獣が潜む森の手前にテントを作り寝ているという状況。
いくらクロケの森の危険度が高くはなく、見張りに立っている生徒も居ると言えども此処は全く安全という訳ではない。
ここまで安全に移動してきたこともあり、これまでどこか気楽な気分であった彼らは一つの遠吠えで一気に緊張を感じ始めた。
疲労による眠気も引っ込み、逆に目がさえてしまった格好だ。
「今の声……魔獣?」
「いいえ、ただの狼じゃないかと思うんだけど……」
エル達の居るテントでも、不安を紛らわすかのようにぼそぼそと会話が交わされる。
彼らの会話を何とはなしに聞きつつ、キッドも寝転びながら首を振った。
程度の差はあれど、キッドも少なからず不安なものを感じており、すぐには寝付けそうもなかった。
「(自分ではもうちっと図太いって思ってたんだけどよ、俺も結構キンチョーするんだな)」
少し篝火の明かりが差し込む薄暗いテントの中、落ち着かない空気が流れる。
ふと隣で寝るエルも同じように不安を感じているのかと思い、キッドが小声で声をかけた。美人豹
「なぁ、エル。ちょっといいか……って」
しかしエルは既に寝入っていた。
エルとてこの状況に緊張感を感じないわけではない。
しかし、前世では地獄の最前線で戦士プログラマーとして戦っていたエルは、休息を取る事ができる状況で確実に休んでおく事の重要性を嫌というほど知っていた。
さらには、ユーザからの連絡待ちの間すら休める彼は、如何なる状況でも寝ることができるスキルを体得している。
騎操士学科の先輩達が警備についていることも把握しており、多少の不安は無視していたのだった。
「(すげぇなエル。前から思ってたけどよ、神経太いよなぁ)」
キッドの声にアディが振り返り、そこに眠るエルを見つけた。
「むぅ、ずるい」
何がずるいのか良くわからないままアディはもそもそと移動し、そのままエルを抱え込む。
所謂“抱き枕”の体勢である。
さすがにいきなり誰かに抱きつかれてエルも目を覚ましたが、それがアディだとわかると軽くその頭をひと撫でし、再び睡眠に戻った。
それで安心したのか、しばらくするとアディからも寝息が聞こえてくる。
それを見ていたキッドは、眠れない自分が馬鹿馬鹿しく思えてきて思わず苦笑した。
「(なんか俺だけ緊張してんの馬鹿みてーじゃねぇか)」
なんとなく気楽に思えれば、程なく眠りの中へと落ちていったのだった。
翌朝、日の出からしばらくすると生徒達が起きだして来た。
寝不足の生徒も大勢おり朝からだるい雰囲気が漂う中、エル達はすっきりとした目覚めを迎えていた。
野営で寝付けない生徒が出るのはいつものことである。
街の中ばかりでなく、野外でこういった緊張感を実際に感じる事もまた演習の目的である。
ただ、教師達としても体力の少ない低学年の生徒に無理をさせる気はなく、これを見越して初等部は比較的作業内容が軽い。
生徒たちは保存食を使った簡単な朝食をとった後、教師の号令に従い学年別に集まって行った。
簡単な説明の後、中等部の生徒は森の奥を目指し、班ごとに出発してゆく。
彼らは途中森に生息する魔獣と実際に戦闘し、一定以上を狩る事がこの演習の最大の目的だ。
初等部の生徒は森の浅い部分を目指し、場合によっては戦闘もありうる、という程度である。
学年や班に分かれ、教師の先導に従い生徒が移動を始める。
そして、彼ら騎士学科の生徒達にとって忘れられない体験となる、とても長い一日が始まった。絶對高潮
2014年7月27日星期日
合い
「お飲み物は何にしましょう」
「は、いえ、そのじゃお茶で」
「あら、遠慮しなくても宜しいのに。一通りの酒精も揃っていますわよ」
軍団レギオン『百合薔薇リリ・ローズ』の代表であるラヴィオラは、軍団レギオン同士の話し合いに来たにも関わらず、なぜか正面の席に座らずにオレのすぐ隣へと腰掛ける。
色っぽい美人である彼女に、鼓動が少しだけ早くなる。印度神油
店内の広さは照明が暗くいまいち分かり辛い。
まるでバーのようにカウンターがあり、着飾った女性の1人が冷たいお茶をグラスに注ぎ運んできた。
なぜか前世で働いていた時、1度だけ先輩社員に連れて行ってもらったキャバクラを思い出してしまう。
「コホン」
シアのわざとらしい咳払い。
別に夜の遊びのために来た訳じゃない。あくまで話を聞くために来たのだから、後ろから意味ありげな視線を向けないでくれ。
「それで早速なんですが、今日はどうして僕達を呼んでくださったんですか?」
「あらあら、ついて早々そんな話なんて。もう少し私わたくしと楽しい会話をしませんか?」
ラヴィオラはオレの太股に手を置き、しなだれてくる。
鼻腔を香水がくすぐる。
だが、スノーやクリス、リースの自然な体臭の方が良い匂いだ。
「コホン、コホン」
シアは何を勘違いしたのか、警告するように再び咳払いをしてくる。彼女は手にしている旅行鞄を持ち直した。
オレは慌てて、ラヴィオラから距離を取り座り直す。
「嬉しいお誘いですが、あまり遅くなると妻達が心配するもので」
オレは左腕に付けている結婚腕輪を見せるように揺らした。
「それは残念。……では早速、今日お呼びだてした本題に入りましょうか」
妖しい目でこちらを見るラヴィオラ。
口をオレの耳元に近づけ、囁くように切り出してくる。
「すでに狼剣ウルフ・ソード様とお話をされていると聞いてますが……内容を伺ってもいいでしょうか、ガンスミス卿?」
「他の軍団レギオンと話した内容を喋れるはずも無いでしょう? お分かりの筈ですが」
「……はい、もちろん分かっておりますわ。ガンスミス卿がそう答えることも、そして話し合いの内容も。――どうせ狼剣ウルフ・ソードの脳筋首領のゴウラが、ガンスミス卿と同盟を組んで、ココリ街を純潔乙女騎士団に代わって支配しよう、という事でしょう? 場合によっては軍団レギオンを合併してもいい、と」
「……さあ、どうでしょうか。ご想像にお任せします」
そう答えながら、オレはグラスのお茶に少しだけ口をつける。
わざわざ否定する内容ではないし、ある程度想像力があれば辿り着く内容だろう。
だが、彼女の確信めいた表情から、どうやらラヴィオラは話し合いの前に情報を仕入れていたのだろう。ラヴィオラの雰囲気からして、搦め手や情報・心理操作が得意なタイプだと思われる。脳筋軍団である狼剣ウルフ・ソードの構成員から情報を取るなど、お手のものといった所なのだろう。
「……ふふ、その受け答え方、図星のようですね。その上でまずは助言させて頂きますわ。狼剣ウルフ・ソードと組むのは止めた方がいいと思います。聡明なガンスミス卿であれば、そんな道を選ぶとは思えませんが」
「ちなみに、組むなと言うのは、どういう理由からですか?」
「……言わなくてもお分かりのくせに。フフ」
そう言って、ラヴィオラはオレの肩にしなだれかかってくる。
妖しい微笑みを浮かべながら、谷間をこれ見よがしに強調してくるラヴィオラ。
胸、胸がわざと当たってるって! やわらかいのは嬉しいけど、それは交渉ごととは何の関係も無いだろう?
まあオレの歳が若いし、甘く見られているのかもしれない。
もしくは、これが彼女のいつもの交渉方法なのかもしれないが……だとそれば、男という生き物は単純すぎるということなのだろうか。まあ否定は出来ないところがちょっとだけ哀しいが。
オレはわざとらしく音をたててグラスのお茶をテーブルに置き、彼女から少しだけ距離を取る。
「他軍団レギオンとの交渉内容を明かすことは出来ませんが――どちらにしても、PEACEMAKERピース・メーカーが狼剣ウルフ・ソードと同盟を組むことはあり得ません。純血乙女騎士団に依頼を受けた以上、その約束を違えることは出来ませんから」
「そう言うと思いましたわ。実は、私わたくし達も、狼剣ウルフ・ソードとの件を聞くまでは、PEACEMAKERピース・メーカーに同盟もしくは合併を持ちかける気でしたの。でも、それは止めました」
「……同盟は諦めた、と。それならば、なぜ呼び出しを止めなかったんですか。これ以上話し合うことがあると?」強力催眠謎幻水
「……はい。私わたくし達百合薔薇リリ・ローズは、ガンスミス卿に提案させて頂きます」
そう言って、彼女はオレの方を向き、まっすぐな目を向けてくる。
「私わたくし達百合薔薇リリ・ローズと、PEACEMAKERピース・メーカー、そして……純血乙女騎士団との合併を。もちろんリーダーはガンスミス卿で。副リーダーは純血乙女騎士団の方で。私はその下で構いませんわ」
……どういう事だ? なんの目的がある?
大体、純血乙女騎士団と合併など、オレに言っても意味がないだろう。直接純血乙女騎士団の団長に言えばいい話だ。
「……そんな、3つの軍団レギオンを合併するなど、簡単に言われても。大体、純血乙女騎士団の意向はどうするのです?」
そう言うと、ラヴィオラは、『ふっ』、と呆れたように笑う。まるで何も分かってないのね、と子供に向かってするように。
……そりゃ実際年齢的にはかなり下な訳だが、そういう態度にはちょっとイラっと来る。だが、まだ彼女の言葉は続いている。オレは冷静に、ラヴィオラの言葉に耳を傾ける。
「ガンスミス卿。……貴方は確かに『良い人』よ。困っている純血乙女騎士団からの依頼を受け、この地にやってきた。受けた理由は、まあ何でもいいでしょう。お金のため、新興軍団レギオンだから実績を作るため、もしくは……大切の人の知り合いだから、とか」
「…………」
こいつ、エル先生のことまで掴んでいるのか。純潔乙女騎士団のガルマが、エル先生の知り合いだからこの事件を受けざるを得なかったことも調べたのだろう。
一体、どこまで知っているんだ?
目の前の女が、少しだけ怖くなってくる。
「その上で言うわ。この事件は、貴方の手には負えない。手を引きなさい」
「……3つの軍団レギオンを合併しろと言ったり、手を引けといったり。矛盾しているんじゃないのか?」
むっとして、つい、語尾がいつもの調子になってしまう。
だが彼女は少し目を細めて微笑んだだけで、変わらない調子で話を続ける。
「そうね、矛盾してるわね。でも、貴方はこのままだと失敗する。成功する道はただ一つ――3つの軍団レギオンを合併する道だけよ」
なるほど、よくあるセールスの手だ。
困っている人の前に立ち、『貴方は岐路に立っている。このままだと失敗する、だが私の言うことを聞けば、成功する。大丈夫、信じなさい』
そう言えば、心の弱い人は、相手にすがってしまう。正解を『与えられて』しまうのだ。
オレのことを調べ尽くしたのも、そういうことだろう。これだけ知っている人、これだけ自分のことを予言できる人ならば、正解を知っているに違いない。そう困っている人を誘導するのだ。
よくある手口だ。情報が足りない中判断など下せる筈がないのに、逆に少ない情報しか提示しないのがミソだ。一見選択肢があるように見えて、選択を誘導し思い通りに操る手だ。
オレは冷たい視線を、彼女に向ける。
その視線を受けて、彼女は溜息をつく。
「……ふぅ。若い割にはけっこう手強いわね。……まあいいわ、じゃあ、これはサービスよ。どうして失敗するのか、理由を教えてあげましょう」
そう言って、彼女は話し出した。
純潔乙女騎士団の現状を。
全盛期に比べ、現在の純潔乙女騎士団の団員は激減していた。
元々、純潔乙女騎士団はある一定の入団テストに合格すれば女性なら魔術師などでなくても入れる軍団レギオンだった。
結果として、軍団レギオンとして全体的なレベル低下を引き起こしてしまう。
さらにベテランや主力だった団員が結婚や年齢の問題で脱退。さらなる戦力低下が目立った。VIVID
気付けば男性であるガルマに顧問を頼むほど没落してしまったのだ。
「……分かったかしら? 純潔乙女騎士団はすでに終わっている軍団レギオンなのよ。あるのは埃をかぶった歴史だけ。貴方達が、彼女達を助ける? 魔術師殺しを倒す? 倒すのはいいでしょう、でもそれで、はいさようなら、という訳にはいかないわ」
「……どういうことだ?」
「PEACEMAKERピース・メーカーが、純潔乙女騎士団を助けに来た、という噂は各軍団レギオンの間に流れているわ。貴方達が無名の軍団レギオンだったなら、失敗したとしても何の問題も無かった。でも、貴方達は有名になりすぎた。『困っている人たちを救いたい』、だったかしら? 貴方達が魔術師殺しを倒し、この街を去った後……ほどなく純潔乙女騎士団は内部分裂するでしょう。でも、それが貴方達と無関係とはだれも思わない。貴方達が現れたことによって、貴方達にかき回されて純潔乙女騎士団は崩壊した――皆そう思うでしょうね。そして噂が流れるでしょう。『PEACEMAKERピース・メーカーは、困っている皆を救うと言って依頼を受け、そして依頼者を内部から崩壊させた』とね」
「…………」
「だから、3つの軍団レギオンを合併するの。純潔乙女騎士団を再生させるのは、合併して、貴方が頭になって、私が参謀になるのが一番よ。私が頭になるのを警戒してるんでしょうけど、私は狼剣ウルフ・ソードのゴウラのように、大きな軍団レギオンの頭を張りたいタイプじゃないわ。策謀が大好きな参謀タイプですもの、仕事さえさせて貰えれば文句はないわ。あとは百合薔薇リリ・ローズの団員をPEACEMAKERピース・メーカーに加入させてくれることと、私達に見合うちょっと高めのお給金をくれることぐらいかしらね」
「ちょっと高め、ねぇ……」
「フフ、ハイエルフ王国を救った貴方なら、お金ならうなる程あるでしょう? メイヤさんというスポンサーもいることですし。私はお金が大好きなの。貴方はもっともっと稼ぐわ、そのおこぼれをちょっとくれるだけでいいのよ。……私に地位名誉的な野心が無いタイプなのは、うちの軍団レギオンの人数を見れば分かるでしょう? 私が頭として扱える人数はギリギリいって20人くらいね。この街に来たのは、おいしい匂いをかぎつけたから。貴方の軍団レギオンは大きくなるわ。私には分かるの。それに一枚噛ませてもらえればいいのよ」
「期待してくれるのは嬉しいが、大きくならなかったらどうするんだ? 裏切って僕を後ろから刺すのか」
「そんなことするつもりは無いわ。貴方を例え排除できたとしても、他の皆が私に付き従うとは到底思えない。それどころか、奥さん達に地の果てまで追いつめられて殺されちゃうわ。私はね、自分の手の中に入るものしか興味ないの。お金と、いい暮らしと、あとは……男とか。ガンスミス卿が良いっていうなら、4人目の奥さんになってあげてもいいわよ? 断るとは思うけど。クス」
「純潔乙女騎士団はどうするんだ? 合併に『はい、そうですか』と二つ返事するとは思えないけど」
「もう崩壊寸前の騎士団よ? あの有名な軍団レギオンであるPEACEMAKERピース・メーカーがいて、そして給金も上がり、今の崩壊寸前の状況を脱することが出来る。断る馬鹿なんていないわ」
本当に各軍団レギオンの状況をよく調べている。オレ達、新興軍団レギオンの泣き所が評判であることも理解している。
さらに言えば、事件の解決だけはするがその後の純潔乙女騎士団など知らない、ラヴィオラの申し出など断ると言えば、オレ達の悪評を率先して言いふらすとさらに脅してくるだろう。
退路を断ち、落とし所を持ってくる。
交渉方法としてはほぼ満点をやってもいい。
だが、穴がある。
それは……オレの性格だ。
純潔乙女騎士団の情報、それを教えてくれたことは有り難かった。
それが分かった以上、手は打てる。蔵八宝
要は――魔術師殺しを倒し、そして純潔乙女騎士団が崩壊しないように再生すればいいのだ。
それで、オレ達の評判が落ちることは避けられる。
言うのは簡単で、やるのは難しいことは分かっている。
だが、3つの軍団レギオンを合併するよりはよっぽどマシだ。出来るだけのことをやって、無理だったらまた考えるでも良い訳だし。
「もしもこれらの条件で不満だったら、大切な新軍団レギオンの団長様として私わたくし達――元百合薔薇リリ・ローズメンバーが一国の王のように敬い、お相手しますわよ」
「いや、それはさすがにちょっと……」
妻達の目の前でそんなことをされたら、いくら彼女達でも激怒は必須だ。
ラヴィオラはオレのそんな表情が可笑しかったのか、品良く笑う。
「冗談ですわ。でも、それぐらいPEACEMAKERピース・メーカーとの関係を重要視したい、一枚噛ませて欲しい、と思っているのです。これは我が百合薔薇リリ・ローズメンバーの総意ですわ」
「なるほど……百合薔薇リリ・ローズの誠意は確かに受け取りました」
オレは畏まった言葉遣いで言う。
話し合いは終わりだろう。様々な情報が聞けたのは収穫だった。来た甲斐があったというものだ。
「そうですか、それでは――!」
「いえ、内容が内容なので、持ち帰ってメンバー達とよく話し合いたいと。なので少々時間を貰えれば」
「……分かりました、軍団レギオンの将来を左右する大切なお話ですものね。よりよいお返事を期待していますわ」
話し合いが終わると、狼剣ウルフ・ソードの時のように宴会を持ちかけられたが辞退した。前の狼剣ウルフ・ソードの時も断っているし、それに彼女達と宴会するのは妻達に対して申し訳ないし後が怖いからだ。
厚く礼を言って、オレとシアは百合薔薇を後にした。
帰り道、まだ開いている店でシアと一緒に軽い食事を摂った。
「さっ、ここは僕が払うから好きな物を食べてくれ」
「………………若様。話し合いの間、谷間をちらちら見ていた口止め料ですか?」
まさか!? シアさんは穿ちすぎですよ! そんな見るわけないじゃないですか、ちょっと視界に入ってしまっただけですよ! ほ、ほんとですよ!?
そんなこんなで一通り軍団レギオンとの話し合いが終わった。新一粒神
「は、いえ、そのじゃお茶で」
「あら、遠慮しなくても宜しいのに。一通りの酒精も揃っていますわよ」
軍団レギオン『百合薔薇リリ・ローズ』の代表であるラヴィオラは、軍団レギオン同士の話し合いに来たにも関わらず、なぜか正面の席に座らずにオレのすぐ隣へと腰掛ける。
色っぽい美人である彼女に、鼓動が少しだけ早くなる。印度神油
店内の広さは照明が暗くいまいち分かり辛い。
まるでバーのようにカウンターがあり、着飾った女性の1人が冷たいお茶をグラスに注ぎ運んできた。
なぜか前世で働いていた時、1度だけ先輩社員に連れて行ってもらったキャバクラを思い出してしまう。
「コホン」
シアのわざとらしい咳払い。
別に夜の遊びのために来た訳じゃない。あくまで話を聞くために来たのだから、後ろから意味ありげな視線を向けないでくれ。
「それで早速なんですが、今日はどうして僕達を呼んでくださったんですか?」
「あらあら、ついて早々そんな話なんて。もう少し私わたくしと楽しい会話をしませんか?」
ラヴィオラはオレの太股に手を置き、しなだれてくる。
鼻腔を香水がくすぐる。
だが、スノーやクリス、リースの自然な体臭の方が良い匂いだ。
「コホン、コホン」
シアは何を勘違いしたのか、警告するように再び咳払いをしてくる。彼女は手にしている旅行鞄を持ち直した。
オレは慌てて、ラヴィオラから距離を取り座り直す。
「嬉しいお誘いですが、あまり遅くなると妻達が心配するもので」
オレは左腕に付けている結婚腕輪を見せるように揺らした。
「それは残念。……では早速、今日お呼びだてした本題に入りましょうか」
妖しい目でこちらを見るラヴィオラ。
口をオレの耳元に近づけ、囁くように切り出してくる。
「すでに狼剣ウルフ・ソード様とお話をされていると聞いてますが……内容を伺ってもいいでしょうか、ガンスミス卿?」
「他の軍団レギオンと話した内容を喋れるはずも無いでしょう? お分かりの筈ですが」
「……はい、もちろん分かっておりますわ。ガンスミス卿がそう答えることも、そして話し合いの内容も。――どうせ狼剣ウルフ・ソードの脳筋首領のゴウラが、ガンスミス卿と同盟を組んで、ココリ街を純潔乙女騎士団に代わって支配しよう、という事でしょう? 場合によっては軍団レギオンを合併してもいい、と」
「……さあ、どうでしょうか。ご想像にお任せします」
そう答えながら、オレはグラスのお茶に少しだけ口をつける。
わざわざ否定する内容ではないし、ある程度想像力があれば辿り着く内容だろう。
だが、彼女の確信めいた表情から、どうやらラヴィオラは話し合いの前に情報を仕入れていたのだろう。ラヴィオラの雰囲気からして、搦め手や情報・心理操作が得意なタイプだと思われる。脳筋軍団である狼剣ウルフ・ソードの構成員から情報を取るなど、お手のものといった所なのだろう。
「……ふふ、その受け答え方、図星のようですね。その上でまずは助言させて頂きますわ。狼剣ウルフ・ソードと組むのは止めた方がいいと思います。聡明なガンスミス卿であれば、そんな道を選ぶとは思えませんが」
「ちなみに、組むなと言うのは、どういう理由からですか?」
「……言わなくてもお分かりのくせに。フフ」
そう言って、ラヴィオラはオレの肩にしなだれかかってくる。
妖しい微笑みを浮かべながら、谷間をこれ見よがしに強調してくるラヴィオラ。
胸、胸がわざと当たってるって! やわらかいのは嬉しいけど、それは交渉ごととは何の関係も無いだろう?
まあオレの歳が若いし、甘く見られているのかもしれない。
もしくは、これが彼女のいつもの交渉方法なのかもしれないが……だとそれば、男という生き物は単純すぎるということなのだろうか。まあ否定は出来ないところがちょっとだけ哀しいが。
オレはわざとらしく音をたててグラスのお茶をテーブルに置き、彼女から少しだけ距離を取る。
「他軍団レギオンとの交渉内容を明かすことは出来ませんが――どちらにしても、PEACEMAKERピース・メーカーが狼剣ウルフ・ソードと同盟を組むことはあり得ません。純血乙女騎士団に依頼を受けた以上、その約束を違えることは出来ませんから」
「そう言うと思いましたわ。実は、私わたくし達も、狼剣ウルフ・ソードとの件を聞くまでは、PEACEMAKERピース・メーカーに同盟もしくは合併を持ちかける気でしたの。でも、それは止めました」
「……同盟は諦めた、と。それならば、なぜ呼び出しを止めなかったんですか。これ以上話し合うことがあると?」強力催眠謎幻水
「……はい。私わたくし達百合薔薇リリ・ローズは、ガンスミス卿に提案させて頂きます」
そう言って、彼女はオレの方を向き、まっすぐな目を向けてくる。
「私わたくし達百合薔薇リリ・ローズと、PEACEMAKERピース・メーカー、そして……純血乙女騎士団との合併を。もちろんリーダーはガンスミス卿で。副リーダーは純血乙女騎士団の方で。私はその下で構いませんわ」
……どういう事だ? なんの目的がある?
大体、純血乙女騎士団と合併など、オレに言っても意味がないだろう。直接純血乙女騎士団の団長に言えばいい話だ。
「……そんな、3つの軍団レギオンを合併するなど、簡単に言われても。大体、純血乙女騎士団の意向はどうするのです?」
そう言うと、ラヴィオラは、『ふっ』、と呆れたように笑う。まるで何も分かってないのね、と子供に向かってするように。
……そりゃ実際年齢的にはかなり下な訳だが、そういう態度にはちょっとイラっと来る。だが、まだ彼女の言葉は続いている。オレは冷静に、ラヴィオラの言葉に耳を傾ける。
「ガンスミス卿。……貴方は確かに『良い人』よ。困っている純血乙女騎士団からの依頼を受け、この地にやってきた。受けた理由は、まあ何でもいいでしょう。お金のため、新興軍団レギオンだから実績を作るため、もしくは……大切の人の知り合いだから、とか」
「…………」
こいつ、エル先生のことまで掴んでいるのか。純潔乙女騎士団のガルマが、エル先生の知り合いだからこの事件を受けざるを得なかったことも調べたのだろう。
一体、どこまで知っているんだ?
目の前の女が、少しだけ怖くなってくる。
「その上で言うわ。この事件は、貴方の手には負えない。手を引きなさい」
「……3つの軍団レギオンを合併しろと言ったり、手を引けといったり。矛盾しているんじゃないのか?」
むっとして、つい、語尾がいつもの調子になってしまう。
だが彼女は少し目を細めて微笑んだだけで、変わらない調子で話を続ける。
「そうね、矛盾してるわね。でも、貴方はこのままだと失敗する。成功する道はただ一つ――3つの軍団レギオンを合併する道だけよ」
なるほど、よくあるセールスの手だ。
困っている人の前に立ち、『貴方は岐路に立っている。このままだと失敗する、だが私の言うことを聞けば、成功する。大丈夫、信じなさい』
そう言えば、心の弱い人は、相手にすがってしまう。正解を『与えられて』しまうのだ。
オレのことを調べ尽くしたのも、そういうことだろう。これだけ知っている人、これだけ自分のことを予言できる人ならば、正解を知っているに違いない。そう困っている人を誘導するのだ。
よくある手口だ。情報が足りない中判断など下せる筈がないのに、逆に少ない情報しか提示しないのがミソだ。一見選択肢があるように見えて、選択を誘導し思い通りに操る手だ。
オレは冷たい視線を、彼女に向ける。
その視線を受けて、彼女は溜息をつく。
「……ふぅ。若い割にはけっこう手強いわね。……まあいいわ、じゃあ、これはサービスよ。どうして失敗するのか、理由を教えてあげましょう」
そう言って、彼女は話し出した。
純潔乙女騎士団の現状を。
全盛期に比べ、現在の純潔乙女騎士団の団員は激減していた。
元々、純潔乙女騎士団はある一定の入団テストに合格すれば女性なら魔術師などでなくても入れる軍団レギオンだった。
結果として、軍団レギオンとして全体的なレベル低下を引き起こしてしまう。
さらにベテランや主力だった団員が結婚や年齢の問題で脱退。さらなる戦力低下が目立った。VIVID
気付けば男性であるガルマに顧問を頼むほど没落してしまったのだ。
「……分かったかしら? 純潔乙女騎士団はすでに終わっている軍団レギオンなのよ。あるのは埃をかぶった歴史だけ。貴方達が、彼女達を助ける? 魔術師殺しを倒す? 倒すのはいいでしょう、でもそれで、はいさようなら、という訳にはいかないわ」
「……どういうことだ?」
「PEACEMAKERピース・メーカーが、純潔乙女騎士団を助けに来た、という噂は各軍団レギオンの間に流れているわ。貴方達が無名の軍団レギオンだったなら、失敗したとしても何の問題も無かった。でも、貴方達は有名になりすぎた。『困っている人たちを救いたい』、だったかしら? 貴方達が魔術師殺しを倒し、この街を去った後……ほどなく純潔乙女騎士団は内部分裂するでしょう。でも、それが貴方達と無関係とはだれも思わない。貴方達が現れたことによって、貴方達にかき回されて純潔乙女騎士団は崩壊した――皆そう思うでしょうね。そして噂が流れるでしょう。『PEACEMAKERピース・メーカーは、困っている皆を救うと言って依頼を受け、そして依頼者を内部から崩壊させた』とね」
「…………」
「だから、3つの軍団レギオンを合併するの。純潔乙女騎士団を再生させるのは、合併して、貴方が頭になって、私が参謀になるのが一番よ。私が頭になるのを警戒してるんでしょうけど、私は狼剣ウルフ・ソードのゴウラのように、大きな軍団レギオンの頭を張りたいタイプじゃないわ。策謀が大好きな参謀タイプですもの、仕事さえさせて貰えれば文句はないわ。あとは百合薔薇リリ・ローズの団員をPEACEMAKERピース・メーカーに加入させてくれることと、私達に見合うちょっと高めのお給金をくれることぐらいかしらね」
「ちょっと高め、ねぇ……」
「フフ、ハイエルフ王国を救った貴方なら、お金ならうなる程あるでしょう? メイヤさんというスポンサーもいることですし。私はお金が大好きなの。貴方はもっともっと稼ぐわ、そのおこぼれをちょっとくれるだけでいいのよ。……私に地位名誉的な野心が無いタイプなのは、うちの軍団レギオンの人数を見れば分かるでしょう? 私が頭として扱える人数はギリギリいって20人くらいね。この街に来たのは、おいしい匂いをかぎつけたから。貴方の軍団レギオンは大きくなるわ。私には分かるの。それに一枚噛ませてもらえればいいのよ」
「期待してくれるのは嬉しいが、大きくならなかったらどうするんだ? 裏切って僕を後ろから刺すのか」
「そんなことするつもりは無いわ。貴方を例え排除できたとしても、他の皆が私に付き従うとは到底思えない。それどころか、奥さん達に地の果てまで追いつめられて殺されちゃうわ。私はね、自分の手の中に入るものしか興味ないの。お金と、いい暮らしと、あとは……男とか。ガンスミス卿が良いっていうなら、4人目の奥さんになってあげてもいいわよ? 断るとは思うけど。クス」
「純潔乙女騎士団はどうするんだ? 合併に『はい、そうですか』と二つ返事するとは思えないけど」
「もう崩壊寸前の騎士団よ? あの有名な軍団レギオンであるPEACEMAKERピース・メーカーがいて、そして給金も上がり、今の崩壊寸前の状況を脱することが出来る。断る馬鹿なんていないわ」
本当に各軍団レギオンの状況をよく調べている。オレ達、新興軍団レギオンの泣き所が評判であることも理解している。
さらに言えば、事件の解決だけはするがその後の純潔乙女騎士団など知らない、ラヴィオラの申し出など断ると言えば、オレ達の悪評を率先して言いふらすとさらに脅してくるだろう。
退路を断ち、落とし所を持ってくる。
交渉方法としてはほぼ満点をやってもいい。
だが、穴がある。
それは……オレの性格だ。
純潔乙女騎士団の情報、それを教えてくれたことは有り難かった。
それが分かった以上、手は打てる。蔵八宝
要は――魔術師殺しを倒し、そして純潔乙女騎士団が崩壊しないように再生すればいいのだ。
それで、オレ達の評判が落ちることは避けられる。
言うのは簡単で、やるのは難しいことは分かっている。
だが、3つの軍団レギオンを合併するよりはよっぽどマシだ。出来るだけのことをやって、無理だったらまた考えるでも良い訳だし。
「もしもこれらの条件で不満だったら、大切な新軍団レギオンの団長様として私わたくし達――元百合薔薇リリ・ローズメンバーが一国の王のように敬い、お相手しますわよ」
「いや、それはさすがにちょっと……」
妻達の目の前でそんなことをされたら、いくら彼女達でも激怒は必須だ。
ラヴィオラはオレのそんな表情が可笑しかったのか、品良く笑う。
「冗談ですわ。でも、それぐらいPEACEMAKERピース・メーカーとの関係を重要視したい、一枚噛ませて欲しい、と思っているのです。これは我が百合薔薇リリ・ローズメンバーの総意ですわ」
「なるほど……百合薔薇リリ・ローズの誠意は確かに受け取りました」
オレは畏まった言葉遣いで言う。
話し合いは終わりだろう。様々な情報が聞けたのは収穫だった。来た甲斐があったというものだ。
「そうですか、それでは――!」
「いえ、内容が内容なので、持ち帰ってメンバー達とよく話し合いたいと。なので少々時間を貰えれば」
「……分かりました、軍団レギオンの将来を左右する大切なお話ですものね。よりよいお返事を期待していますわ」
話し合いが終わると、狼剣ウルフ・ソードの時のように宴会を持ちかけられたが辞退した。前の狼剣ウルフ・ソードの時も断っているし、それに彼女達と宴会するのは妻達に対して申し訳ないし後が怖いからだ。
厚く礼を言って、オレとシアは百合薔薇を後にした。
帰り道、まだ開いている店でシアと一緒に軽い食事を摂った。
「さっ、ここは僕が払うから好きな物を食べてくれ」
「………………若様。話し合いの間、谷間をちらちら見ていた口止め料ですか?」
まさか!? シアさんは穿ちすぎですよ! そんな見るわけないじゃないですか、ちょっと視界に入ってしまっただけですよ! ほ、ほんとですよ!?
そんなこんなで一通り軍団レギオンとの話し合いが終わった。新一粒神
2014年7月24日星期四
ライセン大峡谷と残念なウサギ
魔法陣の光に満たされた視界、何も見えなくとも空気が変わったことは実感した。奈落の底の澱んだ空気とは明らかに異なる、どこか新鮮さを感じる空気にハジメの頬が緩む。
やがて光が収まり目を開けたハジメの視界に写ったものは……
洞窟だった。
「なんでやねん」
魔法陣の向こうは地上だと無条件に信じていたハジメは、代わり映えしない光景に思わず半眼になってツッコミを入れてしまった。正直、めちゃくちゃガッカリだった。終極痩身
そんなハジメの服の裾をクイクイと引っ張るユエ。何だ? と顔を向けてくるハジメにユエは自分の推測を話す。慰めるように。
「……秘密の通路……隠すのが普通」
「あ、ああ、そうか。確かにな。反逆者の住処への直通の道が隠されていないわけないか」
そんな簡単なことにも頭が回らないとは、どうやら自分は相当浮かれていたらしいと恥じるハジメ。頭をカリカリと掻きながら気を取り直す。緑光石の輝きもなく、真っ暗な洞窟ではあるが、ハジメもユエも暗闇を問題としないので道なり進むことにした。
途中、幾つか封印が施された扉やトラップがあったが、オルクスの指輪が反応して尽く勝手に解除されていった。二人は、一応警戒していたのだが、拍子抜けするほど何事もなく洞窟内を進み、遂に光を見つけた。外の光だ。ハジメはこの数ヶ月、ユエに至っては三百年間、求めてやまなかった光。
ハジメとユエは、それを見つけた瞬間、思わず立ち止まりお互いに顔を見合わせた。それから互いにニッと笑みを浮かべ、同時に求めた光に向かって駆け出した。
近づくにつれ徐々に大きくなる光。外から風も吹き込んでくる。奈落のような澱んだ空気ではない。ずっと清涼で新鮮な風だ。ハジメは、“空気が旨い”という感覚を、この時ほど実感したことはなかった。
そして、ハジメとユエは同時に光に飛び込み……待望の地上へ出た。
地上の人間にとって、そこは地獄にして処刑場だ。断崖の下はほとんど魔法が使えず、にもかかわらず多数の強力にして凶悪な魔物が生息する。深さの平均は一・二キロメートル、幅は九百メートルから最大八キロメートル、西の【グリューエン大砂漠】から東の【ハルツィナ樹海】まで大陸を南北に分断するその大地の傷跡を、人々はこう呼ぶ。
【ライセン大峡谷】と。
ハジメ達は、そのライセン大峡谷の谷底にある洞窟の入口にいた。地の底とはいえ頭上の太陽は燦々と暖かな光を降り注ぎ、大地の匂いが混じった風が鼻腔をくすぐる。
例えどんな場所だろうと、確かにそこは地上だった。呆然と頭上の太陽を仰ぎ見ていたハジメとユエの表情が次第に笑みを作る。無表情がデフォルトのユエでさえ誰が見てもわかるほど頬がほころんでいる。
「……戻って来たんだな……」
「……んっ」
二人は、ようやく実感が湧いたのか、太陽から視線を逸らすとお互い見つめ合い、そして思いっきり抱きしめ合った。
「よっしゃぁああーー!! 戻ってきたぞ、この野郎ぉおー!」
「んっーー!!」
小柄なユエを抱きしめたまま、ハジメはくるくると廻る。暫くの間、人々が地獄と呼ぶ場所には似つかわしくない笑い声が響き渡っていた。途中、地面の出っ張りに躓き転到するも、そんな失敗でさえ無性に可笑しく、二人してケラケラ、クスクスと笑い合う。
漸く二人の笑いが収まった頃には、すっかり……魔物に囲まれていた。
「はぁ~、全く無粋なヤツらだな。……確かここって魔法使えないんだっけ?」
ドンナー・シュラークを抜きながらハジメが首を傾げる。座学に励んでいたハジメには、ここがライセン大峡谷であり魔法が使えない場所であると理解していた。
「……分解される。でも力づくでいく」
ライセン大峡谷で魔法が使えない理由は、発動した魔法に込められた魔力が分解され散らされてしまうからである。もちろん、ユエの魔法も例外ではない。しかし、ユエはかつての吸血姫であり、内包魔力は相当なものであるうえ、今は外付け魔力タンクである魔晶石シリーズを所持している。
つまり、ユエ曰く、分解される前に大威力を持って殲滅すればよいというこらしい。
「力づくって……効率は?」
「……十倍くらい」
どうやら、初級魔法を放つのに上級レベルの魔力が必要らしい。射程も相当短くなるようだ。
「あ~、じゃあ俺がやるからユエは身を守る程度にしとけ」
「うっ……でも」
「いいからいいから、適材適所。ここは魔法使いにとっちゃ鬼門だろ? 任せてくれ」
「ん……わかった」
ユエが渋々といった感じで引き下がる。せっかく地上に出たのに、最初の戦いで戦力外とは納得し難いのだろう。少し矜持が傷ついたようだ。唇を尖らせて拗ねている。
そんなユエの様子に苦笑いしながらハジメはおもむろにドンナーを発砲した。相手の方を見もせずに、ごくごく自然な動作でスっと銃口を魔物の一体に向けると、これまた自然に引き金を引いたのだ。
あまりに自然すぎて攻撃をされると気がつけなかったようで、取り囲んでいた魔物の一体が何の抵抗もできずに、その頭部を爆散させ死に至った。辺りに銃声の余韻だけが残り、魔物達は何が起こったのかわからないというように凍り付いている。確かに、十倍近い魔力を使えば、ここでも“纏雷”は使えるようだ。問題なくレールガンは発射できた。
未だ凍りつく魔物達に、ハジメは不敵な笑みを浮かべる。超級脂肪燃焼弾
「さて、奈落の魔物とお前達、どちらが強いのか……試させてもらおうか?」
スっとガン=カタの構えをとり、ハジメの眼に殺意が宿る。その眼を見た周囲の魔物達は気がつけば一歩後退っていた。しかも、そのことに気がついてすらいない。本能で感じたのだろう。自分達が敵対してはいけない化物を相手にしてしまったことを。
常人なら其処にいるだけで意識を失いそうな壮絶なプレッシャーが辺り一帯を覆う中、遂に魔物の一体が緊張感に耐え切れず咆哮を上げながら飛び出した。
「ガァアアアア!!」
ズドンッ!!
しかし、ほぼ同時に響き渡った銃声と共に一条の閃光が走り、その魔物は避けるどころか反応すら許されず頭部を吹き飛ばされた。
そこから先は、もはや戦いではなく蹂躙。魔物達は、唯の一匹すら逃げることも叶わず、まるでそうあることが当然の如く頭部を吹き飛ばされ骸を晒していく。辺り一面が魔物の屍で埋め尽くされるのに五分もかからなかった。
ドンナー・シュラークを太もものホルスターにしまったハジメは、首を僅かに傾げながら周囲の死体の山を見やる。
その傍に、トコトコとユエが寄って来た。
「……どうしたの?」
「いや、あまりにあっけなかったんでな……ライセン大峡谷の魔物といやぁ相当凶悪って話だったから、もしや別の場所かと思って」
「……ハジメが化物」
「ひでぇいい様だな。まぁ、奈落の魔物が強すぎたってことでいいか」
そう言って肩を竦めたハジメは、もう興味がないという様に魔物の死体から目を逸らした。
「さて、この絶壁、登ろうと思えば登れるだろうが……どうする? ライセン大峡谷と言えば、七大迷宮があると考えられている場所だ。せっかくだし、樹海側に向けて探索でもしながら進むか?」
「……なぜ、樹海側?」
「いや、峡谷抜けて、いきなり砂漠横断とか嫌だろ? 樹海側なら、町にも近そうだし。」
「……確かに」
ハジメの提案に、ユエも頷いた。魔物の弱さから考えても、この峡谷自体が迷宮というわけではなさそうだ。ならば、別に迷宮への入口が存在する可能性はある。ハジメの“空力”やユエの風系魔法を使えば、絶壁を超えることは可能だろうが、どちらにしろライセン大峡谷は探索の必要があったので、特に反対する理由もない。
ハジメは、右手の中指にはまっている“宝物庫”に魔力を注ぎ、魔力駆動二輪を取り出す。颯爽と跨り、後ろにユエが横乗りしてハジメの腰にしがみついた。地球のガソリンタイプと違って燃焼を利用しているわけではなく、魔力の直接操作によって直接車輪関係の機構を動かしているので、駆動音は電気自動車のように静かである。ハジメとしてはエンジン音がある方がロマンがあると思ったのだが、エンジン構造などごく単純な仕組みしか知らないので再現できなかった。ちなみに速度調整は魔力量次第である。まぁ、唯でさえ、ライセン大峡谷では魔力効率が最悪に悪いので、あまり長時間は使えないだろうが。
ライセン大峡谷は基本的に東西に真っ直ぐ伸びた断崖だ。そのため脇道などはほとんどなく道なりに進めば迷うことなく樹海に到着する。ハジメもユエも、迷う心配が無いので、迷宮への入口らしき場所がないか注意しつつ、軽快に魔力駆動二輪を走らせていく。車体底部の錬成機構が谷底の悪路を整地しながら進むので実に快適だ。
もっとも、その間もハジメの手だけは忙しなく動き続け、一発も外すことなく襲い来る魔物の群れを蹴散らせているのだが。
暫く魔力駆動二輪を走らせていると、それほど遠くない場所で魔物の咆哮が聞こえてきた。中々の威圧である。少なくとも今まで相対した谷底の魔物とは一線を画すようだ。もう三十秒もしない内に会敵するだろう。
魔力駆動二輪を走らせ突き出した崖を回り込むと、その向こう側に大型の魔物が現れた。かつて見たティラノモドキに似ているが頭が二つある。双頭のティラノサウルスモドキだ。
だが、真に注目すべきは双頭ティラノではなく、その足元をぴょんぴょんと跳ね回りながら半泣きで逃げ惑うウサミミを生やした少女だろう。
ハジメは魔力駆動二輪を止めて胡乱な眼差しで今にも喰われそうなウサミミ少女を見やる。
「……何だあれ?」
「……兎人族?」
「なんでこんなとこに? 兎人族って谷底が住処なのか?」
「……聞いたことない」
「じゃあ、あれか? 犯罪者として落とされたとか? 処刑の方法としてあったよな?」
「……悪ウサギ?」
ハジメとユエは首を傾げながら、逃げ惑うウサミミ少女を尻目に呑気にお喋りに興じる。助けるという発想はないらしい。別に、ライセン大峡谷が処刑方法の一つとして使用されていることからウサミミ少女が犯罪者であることを考慮したわけではない。赤の他人である以上、単純に面倒だし興味がなかっただけである。SUPER FAT BURNING
相変わらずの変心ぶり、鬼畜ぶりだった。ユエの時とは訳が違う。ウサミミ少女にシンパシーなど感じていないし、メリットが見当たらない以上ハジメの心には届かない。助けを求める声に毎度反応などしていたらキリがないのである。ハジメは既に、この世界自体見捨てているのだから今更だ。
しかし、そんな呑気なハジメとユエをウサミミ少女の方が発見したらしい。双頭ティラノに吹き飛ばされ岩陰に落ちたあと、四つん這いになりながらほうほうのていで逃げ出し、その格好のままハジメ達を凝視している。
そして、再び双頭ティラノが爪を振い隠れた岩ごと吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がると、その勢いを殺さず猛然と逃げ出した。……ハジメ達の方へ。
それなりの距離があるのだが、ウサミミ少女の必死の叫びが峡谷に木霊しハジメ達に届く。
「だずげでぐだざ~い! ひっーー、死んじゃう! 死んじゃうよぉ! だずけてぇ~、おねがいじますぅ~!」
滂沱の涙を流し顔をぐしゃぐしゃにして必死に駆けてくる。そのすぐ後ろには双頭ティラノが迫っていて今にもウサミミ少女に食らいつこうとしていた。このままでは、ハジメ達の下にたどり着く前にウサミミ少女は喰われてしまうだろう。
流石に、ここまで直接助けを求められたらハジメも……
「うわ、モンスタートレインだよ。勘弁しろよな」
「……迷惑」
やはり助ける気はないらしい。必死の叫びにもまるで動じていなかった。むしろ、物凄く迷惑そうだった。ハジメ達を必死の形相で見つめてくるウサミミ少女から視線を逸らすと、ハジメに助ける気がないことを悟ったのか、少女の目から、ぶわっと更に涙が溢れ出した。一体どこから出ているのかと目を見張るほどの泣きっぷりだ。
「まっでぇ~、みすでないでぐだざ~い! おねがいですぅ~!!」
ウサミミ少女が更に声を張り上げる。
それでも、ハジメは、全く助ける気がないので、このまま行けばウサミミ少女は間違いなく喰われていたはずだった。そう、双頭ティラノがウサミミ少女の向こう側に見えたハジメ達に殺意を向けさえしなければ。
双頭ティラノが逃げるウサミミ少女の向かう先にハジメ達を見つけ、殺意と共に咆哮を上げた。
「「グゥルァアアアア!!」」
それに敏感に反応するハジメ。
「アァ?」
今、自分は生存を否定されている。捕食の対象と見られている。敵が己の行く道に立ち塞がっている! 双頭ティラノの殺意に、ハジメの体が反応し、その意志が敵を殺せ! と騒ぎ立てた。
双頭ティラノが、ウサミミ少女に追いつき、片方の頭がガパッと顎門を開く。ウサミミ少女はその気配にチラリと後ろを見て目前に鋭い無数の牙が迫っているのを認識し、「ああ、ここで終わりなのかな……」とその瞳に絶望を写した。美人豹
が、次の瞬間、
ドパンッ!!
聞いたことのない乾いた破裂音が峡谷に響き渡り、恐怖にピンと立った二本のウサミミの間を一条の閃光が通り抜けた。そして、目前に迫っていた双頭ティラノの口内を突き破り後頭部を粉砕しながら貫通した。
力を失った片方の頭が地面に激突、慣性の法則に従い地を滑る。双頭ティラノはバランスを崩して地響きを立てながらその場にひっくり返った。
その衝撃で、ウサミミ少女は再び吹き飛ぶ。狙いすましたようにハジメの下へ。
「きゃぁああああー! た、助けてくださ~い!」
眼下のハジメに向かって手を伸ばすウサミミ少女。その格好はボロボロで女の子としては見えてはいけない場所が盛大に見えてしまっている。例え酷い泣き顔でも男なら迷いなく受け止める場面だ。
「アホか、図々しい」
しかし、そこはハジメクオリティー。一瞬で魔力駆動二輪を後退させると華麗にウサミミ少女を避けた。
「えぇー!?」
ウサミミ少女は驚愕の悲鳴を上げながらハジメの眼前の地面にベシャと音を立てながら落ちた。両手両足を広げうつ伏せのままピクピクと痙攣している。気は失っていないが痛みを堪えて動けないようだ。
「……面白い」
ユエがハジメの肩越しにウサミミ少女の醜態を見て、さらりと酷い感想を述べる。そうこうしている内に双頭ティラノが絶命している片方の頭を、何と自分で喰い千切りバランス悪目な普通のティラノになった。
普通ティラノがその眼に激烈な怒りを宿して咆哮を上げる。その叫びに痙攣していたウサミミ少女が跳ね起きた。意外に頑丈というか、しぶとい。あたふたと立ち上がったウサミミ少女は、再び涙目になりながら、これまた意外に素早い動きでハジメの後ろに隠れる。
あくまでハジメに頼る気のようだ。まぁ、自分だけだとあっさり死ぬし、ハジメが何かして片方の頭を倒したのも理解していたので当然といえば当然の行動なのだが。
「おい、こら。存在がギャグみたいなウサミミ! 何勝手に盾にしてやがる。巻き込みやがって、潔く特攻してこい!」
ハジメのコートの裾をギュッと掴み、絶対に離しません! としがみつくウサミミ少女を心底ウザったそうに睨むハジメ。後ろの席に座るユエが、離せというように足先で小突いている。
「い、いやです! 今、離したら見捨てるつもりですよね!」
「当たり前だろう? なぜ、見ず知らずウザウサギを助けなきゃならないんだ」
「そ、即答!? 何が当たり前ですか! あなたにも善意の心はありますでしょう! いたいけな美少女を見捨てて良心は痛まないんですか!」
「そんなもん奈落の底に置いてきたわ。つぅか自分で美少女言うなよ」
「な、なら助けてくれたら……そ、その貴方のお願いを、な、何でも一つ聞きますよ?」
頬を染めて上目遣いで迫るウサミミ少女。あざとい、実にあざとい仕草だ。涙とか鼻水とかで汚れてなければ、さぞ魅力的だっただろう。実際に、近くで見れば汚れてはいるものの自分で美少女と言うだけあって、かなり整った容姿をしているようだ。白髪碧眼の美少女である。並みの男なら、例え汚れていても堕ちたかもしれない。絶對高潮
やがて光が収まり目を開けたハジメの視界に写ったものは……
洞窟だった。
「なんでやねん」
魔法陣の向こうは地上だと無条件に信じていたハジメは、代わり映えしない光景に思わず半眼になってツッコミを入れてしまった。正直、めちゃくちゃガッカリだった。終極痩身
そんなハジメの服の裾をクイクイと引っ張るユエ。何だ? と顔を向けてくるハジメにユエは自分の推測を話す。慰めるように。
「……秘密の通路……隠すのが普通」
「あ、ああ、そうか。確かにな。反逆者の住処への直通の道が隠されていないわけないか」
そんな簡単なことにも頭が回らないとは、どうやら自分は相当浮かれていたらしいと恥じるハジメ。頭をカリカリと掻きながら気を取り直す。緑光石の輝きもなく、真っ暗な洞窟ではあるが、ハジメもユエも暗闇を問題としないので道なり進むことにした。
途中、幾つか封印が施された扉やトラップがあったが、オルクスの指輪が反応して尽く勝手に解除されていった。二人は、一応警戒していたのだが、拍子抜けするほど何事もなく洞窟内を進み、遂に光を見つけた。外の光だ。ハジメはこの数ヶ月、ユエに至っては三百年間、求めてやまなかった光。
ハジメとユエは、それを見つけた瞬間、思わず立ち止まりお互いに顔を見合わせた。それから互いにニッと笑みを浮かべ、同時に求めた光に向かって駆け出した。
近づくにつれ徐々に大きくなる光。外から風も吹き込んでくる。奈落のような澱んだ空気ではない。ずっと清涼で新鮮な風だ。ハジメは、“空気が旨い”という感覚を、この時ほど実感したことはなかった。
そして、ハジメとユエは同時に光に飛び込み……待望の地上へ出た。
地上の人間にとって、そこは地獄にして処刑場だ。断崖の下はほとんど魔法が使えず、にもかかわらず多数の強力にして凶悪な魔物が生息する。深さの平均は一・二キロメートル、幅は九百メートルから最大八キロメートル、西の【グリューエン大砂漠】から東の【ハルツィナ樹海】まで大陸を南北に分断するその大地の傷跡を、人々はこう呼ぶ。
【ライセン大峡谷】と。
ハジメ達は、そのライセン大峡谷の谷底にある洞窟の入口にいた。地の底とはいえ頭上の太陽は燦々と暖かな光を降り注ぎ、大地の匂いが混じった風が鼻腔をくすぐる。
例えどんな場所だろうと、確かにそこは地上だった。呆然と頭上の太陽を仰ぎ見ていたハジメとユエの表情が次第に笑みを作る。無表情がデフォルトのユエでさえ誰が見てもわかるほど頬がほころんでいる。
「……戻って来たんだな……」
「……んっ」
二人は、ようやく実感が湧いたのか、太陽から視線を逸らすとお互い見つめ合い、そして思いっきり抱きしめ合った。
「よっしゃぁああーー!! 戻ってきたぞ、この野郎ぉおー!」
「んっーー!!」
小柄なユエを抱きしめたまま、ハジメはくるくると廻る。暫くの間、人々が地獄と呼ぶ場所には似つかわしくない笑い声が響き渡っていた。途中、地面の出っ張りに躓き転到するも、そんな失敗でさえ無性に可笑しく、二人してケラケラ、クスクスと笑い合う。
漸く二人の笑いが収まった頃には、すっかり……魔物に囲まれていた。
「はぁ~、全く無粋なヤツらだな。……確かここって魔法使えないんだっけ?」
ドンナー・シュラークを抜きながらハジメが首を傾げる。座学に励んでいたハジメには、ここがライセン大峡谷であり魔法が使えない場所であると理解していた。
「……分解される。でも力づくでいく」
ライセン大峡谷で魔法が使えない理由は、発動した魔法に込められた魔力が分解され散らされてしまうからである。もちろん、ユエの魔法も例外ではない。しかし、ユエはかつての吸血姫であり、内包魔力は相当なものであるうえ、今は外付け魔力タンクである魔晶石シリーズを所持している。
つまり、ユエ曰く、分解される前に大威力を持って殲滅すればよいというこらしい。
「力づくって……効率は?」
「……十倍くらい」
どうやら、初級魔法を放つのに上級レベルの魔力が必要らしい。射程も相当短くなるようだ。
「あ~、じゃあ俺がやるからユエは身を守る程度にしとけ」
「うっ……でも」
「いいからいいから、適材適所。ここは魔法使いにとっちゃ鬼門だろ? 任せてくれ」
「ん……わかった」
ユエが渋々といった感じで引き下がる。せっかく地上に出たのに、最初の戦いで戦力外とは納得し難いのだろう。少し矜持が傷ついたようだ。唇を尖らせて拗ねている。
そんなユエの様子に苦笑いしながらハジメはおもむろにドンナーを発砲した。相手の方を見もせずに、ごくごく自然な動作でスっと銃口を魔物の一体に向けると、これまた自然に引き金を引いたのだ。
あまりに自然すぎて攻撃をされると気がつけなかったようで、取り囲んでいた魔物の一体が何の抵抗もできずに、その頭部を爆散させ死に至った。辺りに銃声の余韻だけが残り、魔物達は何が起こったのかわからないというように凍り付いている。確かに、十倍近い魔力を使えば、ここでも“纏雷”は使えるようだ。問題なくレールガンは発射できた。
未だ凍りつく魔物達に、ハジメは不敵な笑みを浮かべる。超級脂肪燃焼弾
「さて、奈落の魔物とお前達、どちらが強いのか……試させてもらおうか?」
スっとガン=カタの構えをとり、ハジメの眼に殺意が宿る。その眼を見た周囲の魔物達は気がつけば一歩後退っていた。しかも、そのことに気がついてすらいない。本能で感じたのだろう。自分達が敵対してはいけない化物を相手にしてしまったことを。
常人なら其処にいるだけで意識を失いそうな壮絶なプレッシャーが辺り一帯を覆う中、遂に魔物の一体が緊張感に耐え切れず咆哮を上げながら飛び出した。
「ガァアアアア!!」
ズドンッ!!
しかし、ほぼ同時に響き渡った銃声と共に一条の閃光が走り、その魔物は避けるどころか反応すら許されず頭部を吹き飛ばされた。
そこから先は、もはや戦いではなく蹂躙。魔物達は、唯の一匹すら逃げることも叶わず、まるでそうあることが当然の如く頭部を吹き飛ばされ骸を晒していく。辺り一面が魔物の屍で埋め尽くされるのに五分もかからなかった。
ドンナー・シュラークを太もものホルスターにしまったハジメは、首を僅かに傾げながら周囲の死体の山を見やる。
その傍に、トコトコとユエが寄って来た。
「……どうしたの?」
「いや、あまりにあっけなかったんでな……ライセン大峡谷の魔物といやぁ相当凶悪って話だったから、もしや別の場所かと思って」
「……ハジメが化物」
「ひでぇいい様だな。まぁ、奈落の魔物が強すぎたってことでいいか」
そう言って肩を竦めたハジメは、もう興味がないという様に魔物の死体から目を逸らした。
「さて、この絶壁、登ろうと思えば登れるだろうが……どうする? ライセン大峡谷と言えば、七大迷宮があると考えられている場所だ。せっかくだし、樹海側に向けて探索でもしながら進むか?」
「……なぜ、樹海側?」
「いや、峡谷抜けて、いきなり砂漠横断とか嫌だろ? 樹海側なら、町にも近そうだし。」
「……確かに」
ハジメの提案に、ユエも頷いた。魔物の弱さから考えても、この峡谷自体が迷宮というわけではなさそうだ。ならば、別に迷宮への入口が存在する可能性はある。ハジメの“空力”やユエの風系魔法を使えば、絶壁を超えることは可能だろうが、どちらにしろライセン大峡谷は探索の必要があったので、特に反対する理由もない。
ハジメは、右手の中指にはまっている“宝物庫”に魔力を注ぎ、魔力駆動二輪を取り出す。颯爽と跨り、後ろにユエが横乗りしてハジメの腰にしがみついた。地球のガソリンタイプと違って燃焼を利用しているわけではなく、魔力の直接操作によって直接車輪関係の機構を動かしているので、駆動音は電気自動車のように静かである。ハジメとしてはエンジン音がある方がロマンがあると思ったのだが、エンジン構造などごく単純な仕組みしか知らないので再現できなかった。ちなみに速度調整は魔力量次第である。まぁ、唯でさえ、ライセン大峡谷では魔力効率が最悪に悪いので、あまり長時間は使えないだろうが。
ライセン大峡谷は基本的に東西に真っ直ぐ伸びた断崖だ。そのため脇道などはほとんどなく道なりに進めば迷うことなく樹海に到着する。ハジメもユエも、迷う心配が無いので、迷宮への入口らしき場所がないか注意しつつ、軽快に魔力駆動二輪を走らせていく。車体底部の錬成機構が谷底の悪路を整地しながら進むので実に快適だ。
もっとも、その間もハジメの手だけは忙しなく動き続け、一発も外すことなく襲い来る魔物の群れを蹴散らせているのだが。
暫く魔力駆動二輪を走らせていると、それほど遠くない場所で魔物の咆哮が聞こえてきた。中々の威圧である。少なくとも今まで相対した谷底の魔物とは一線を画すようだ。もう三十秒もしない内に会敵するだろう。
魔力駆動二輪を走らせ突き出した崖を回り込むと、その向こう側に大型の魔物が現れた。かつて見たティラノモドキに似ているが頭が二つある。双頭のティラノサウルスモドキだ。
だが、真に注目すべきは双頭ティラノではなく、その足元をぴょんぴょんと跳ね回りながら半泣きで逃げ惑うウサミミを生やした少女だろう。
ハジメは魔力駆動二輪を止めて胡乱な眼差しで今にも喰われそうなウサミミ少女を見やる。
「……何だあれ?」
「……兎人族?」
「なんでこんなとこに? 兎人族って谷底が住処なのか?」
「……聞いたことない」
「じゃあ、あれか? 犯罪者として落とされたとか? 処刑の方法としてあったよな?」
「……悪ウサギ?」
ハジメとユエは首を傾げながら、逃げ惑うウサミミ少女を尻目に呑気にお喋りに興じる。助けるという発想はないらしい。別に、ライセン大峡谷が処刑方法の一つとして使用されていることからウサミミ少女が犯罪者であることを考慮したわけではない。赤の他人である以上、単純に面倒だし興味がなかっただけである。SUPER FAT BURNING
相変わらずの変心ぶり、鬼畜ぶりだった。ユエの時とは訳が違う。ウサミミ少女にシンパシーなど感じていないし、メリットが見当たらない以上ハジメの心には届かない。助けを求める声に毎度反応などしていたらキリがないのである。ハジメは既に、この世界自体見捨てているのだから今更だ。
しかし、そんな呑気なハジメとユエをウサミミ少女の方が発見したらしい。双頭ティラノに吹き飛ばされ岩陰に落ちたあと、四つん這いになりながらほうほうのていで逃げ出し、その格好のままハジメ達を凝視している。
そして、再び双頭ティラノが爪を振い隠れた岩ごと吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がると、その勢いを殺さず猛然と逃げ出した。……ハジメ達の方へ。
それなりの距離があるのだが、ウサミミ少女の必死の叫びが峡谷に木霊しハジメ達に届く。
「だずげでぐだざ~い! ひっーー、死んじゃう! 死んじゃうよぉ! だずけてぇ~、おねがいじますぅ~!」
滂沱の涙を流し顔をぐしゃぐしゃにして必死に駆けてくる。そのすぐ後ろには双頭ティラノが迫っていて今にもウサミミ少女に食らいつこうとしていた。このままでは、ハジメ達の下にたどり着く前にウサミミ少女は喰われてしまうだろう。
流石に、ここまで直接助けを求められたらハジメも……
「うわ、モンスタートレインだよ。勘弁しろよな」
「……迷惑」
やはり助ける気はないらしい。必死の叫びにもまるで動じていなかった。むしろ、物凄く迷惑そうだった。ハジメ達を必死の形相で見つめてくるウサミミ少女から視線を逸らすと、ハジメに助ける気がないことを悟ったのか、少女の目から、ぶわっと更に涙が溢れ出した。一体どこから出ているのかと目を見張るほどの泣きっぷりだ。
「まっでぇ~、みすでないでぐだざ~い! おねがいですぅ~!!」
ウサミミ少女が更に声を張り上げる。
それでも、ハジメは、全く助ける気がないので、このまま行けばウサミミ少女は間違いなく喰われていたはずだった。そう、双頭ティラノがウサミミ少女の向こう側に見えたハジメ達に殺意を向けさえしなければ。
双頭ティラノが逃げるウサミミ少女の向かう先にハジメ達を見つけ、殺意と共に咆哮を上げた。
「「グゥルァアアアア!!」」
それに敏感に反応するハジメ。
「アァ?」
今、自分は生存を否定されている。捕食の対象と見られている。敵が己の行く道に立ち塞がっている! 双頭ティラノの殺意に、ハジメの体が反応し、その意志が敵を殺せ! と騒ぎ立てた。
双頭ティラノが、ウサミミ少女に追いつき、片方の頭がガパッと顎門を開く。ウサミミ少女はその気配にチラリと後ろを見て目前に鋭い無数の牙が迫っているのを認識し、「ああ、ここで終わりなのかな……」とその瞳に絶望を写した。美人豹
が、次の瞬間、
ドパンッ!!
聞いたことのない乾いた破裂音が峡谷に響き渡り、恐怖にピンと立った二本のウサミミの間を一条の閃光が通り抜けた。そして、目前に迫っていた双頭ティラノの口内を突き破り後頭部を粉砕しながら貫通した。
力を失った片方の頭が地面に激突、慣性の法則に従い地を滑る。双頭ティラノはバランスを崩して地響きを立てながらその場にひっくり返った。
その衝撃で、ウサミミ少女は再び吹き飛ぶ。狙いすましたようにハジメの下へ。
「きゃぁああああー! た、助けてくださ~い!」
眼下のハジメに向かって手を伸ばすウサミミ少女。その格好はボロボロで女の子としては見えてはいけない場所が盛大に見えてしまっている。例え酷い泣き顔でも男なら迷いなく受け止める場面だ。
「アホか、図々しい」
しかし、そこはハジメクオリティー。一瞬で魔力駆動二輪を後退させると華麗にウサミミ少女を避けた。
「えぇー!?」
ウサミミ少女は驚愕の悲鳴を上げながらハジメの眼前の地面にベシャと音を立てながら落ちた。両手両足を広げうつ伏せのままピクピクと痙攣している。気は失っていないが痛みを堪えて動けないようだ。
「……面白い」
ユエがハジメの肩越しにウサミミ少女の醜態を見て、さらりと酷い感想を述べる。そうこうしている内に双頭ティラノが絶命している片方の頭を、何と自分で喰い千切りバランス悪目な普通のティラノになった。
普通ティラノがその眼に激烈な怒りを宿して咆哮を上げる。その叫びに痙攣していたウサミミ少女が跳ね起きた。意外に頑丈というか、しぶとい。あたふたと立ち上がったウサミミ少女は、再び涙目になりながら、これまた意外に素早い動きでハジメの後ろに隠れる。
あくまでハジメに頼る気のようだ。まぁ、自分だけだとあっさり死ぬし、ハジメが何かして片方の頭を倒したのも理解していたので当然といえば当然の行動なのだが。
「おい、こら。存在がギャグみたいなウサミミ! 何勝手に盾にしてやがる。巻き込みやがって、潔く特攻してこい!」
ハジメのコートの裾をギュッと掴み、絶対に離しません! としがみつくウサミミ少女を心底ウザったそうに睨むハジメ。後ろの席に座るユエが、離せというように足先で小突いている。
「い、いやです! 今、離したら見捨てるつもりですよね!」
「当たり前だろう? なぜ、見ず知らずウザウサギを助けなきゃならないんだ」
「そ、即答!? 何が当たり前ですか! あなたにも善意の心はありますでしょう! いたいけな美少女を見捨てて良心は痛まないんですか!」
「そんなもん奈落の底に置いてきたわ。つぅか自分で美少女言うなよ」
「な、なら助けてくれたら……そ、その貴方のお願いを、な、何でも一つ聞きますよ?」
頬を染めて上目遣いで迫るウサミミ少女。あざとい、実にあざとい仕草だ。涙とか鼻水とかで汚れてなければ、さぞ魅力的だっただろう。実際に、近くで見れば汚れてはいるものの自分で美少女と言うだけあって、かなり整った容姿をしているようだ。白髪碧眼の美少女である。並みの男なら、例え汚れていても堕ちたかもしれない。絶對高潮
2014年7月22日星期二
スクリーンポイント
露店広場、ワシは二人と買い物に来ていた。
「先ずはクロードの剣を買わないとねっ!」
先日の戦いでクロードの剣はへし折られ、今は丸腰状態だ。
鞘には無惨に折れた剣の鍔だけが入っている。RU486
「いえ、ボクはいいですよ……」
「そういうわけにもいかないだろう。とはいえ金に余裕があるわけでもない。ワシが後で適当な安物を買っておく」
「ひどっ!」
クロードには悪いが今は最優先に買う物がある。
「それより二人とも、鎧騎士のカードを探してきて貰えるか?十万ルピ前後で出来るだけ安い物をだ」
「十万?二枚も!?私たち三十万ルピしかもってないんじゃないの?いきなりそんな高い物を?」
「どうせ必須だからな。まずは高くても汎用出来る装備を整える」
カードというのは魔物が落とすレアアイテムで最も希少価値が高い物。
装備にエンチャントする事で、様々な効果を得る事が出来るのである。
鎧騎士のカードは、装備した鎧(服)で受けた、あらゆるダメージを二割カットするというもので、鎧にエンチャントするカードでは最も汎用性が高い。
鎧騎士のいる狩場は、高レベルの冒険者たちから人気があり、相当数狩られているので、そこまで値段が張らないのがまたいい。
「三枚買うと生活費が無くなるので、買うのは二枚だ。ミリィとクロードの鎧にエンチャントする」
「ゼフはどうするのよ?」
「クロードは前衛だから必須だし、ミリィはまだまだ動きが甘い。しかしワシ程になれば、致命的なダメージを受ける様な立ち回りはしないからな」
「しょっちゅうケガしてるクセに……」
「……うるさい、致命傷は受けていないだろう」
そもそもワシはセイフトプロテクションが使えるし、二人ほど問題ではない。
クロードが空気を読んだのか、話を変える。
「そうだ!ミリィさん、そのカードどちらが安く買えるか勝負しませんか?負けた方が何か一ついう事を聞くという事で」
「よーし、その勝負乗った!」
ワシにケンカ売った時もだが、クロードは勝負事が好きだな。
二人とも元気よく露店広場に消えて行った。
ワシはクロードの武器を見繕う事にする。
おっ、ショートソード五千ルピ。
安いな。
しばらくクロードにはこれで我慢してもらうか。
結局、鎧騎士のカードは十万ルピで一枚、九万八千ルピで一枚を手に入れる事が出来た。
結果はクロードの勝利。
ミリィは運がなかったと悔しがっていたが、クロードが実はカードを値切っていたことを知り、完敗を認めてたのであった。
クロード、頼もしい奴よ。
宿に帰り、ミリィのミニドレスと、クロードのプレートにカードエンチャントを施す。
装備にカードが吸い込まれ、ダメージ二割カットが付与される。
「いいんですか?こんな使い古しで。もっといい防具につけた方が良かったのでは?」
「いい防具はカードの何倍も高い。先ずは何でもいいから鎧騎士カードのエンチャントされた防具だ」
中古品が露店に出回っていればなお良しだが、誰が着たかもわからん装備など、女である二人は着たくもないだろう。
ワシの分はそのうち、よい中古品を見つけて乗り換えるつもりだ。
「そうだクロード、このあと少し付き合って貰えるか?試したい事があるんだ」
「それは構いませんけど?」
「私も行くっ!」
「ミリィはワシの部屋の荷物を片付けろ。めちゃくちゃに散らかしおって……いらない荷物も捨てるなりなんなりしておけよ」
「ええ~」
「文句を言うなら自分の部屋に荷物を置け」
ぶーたれながらワシの部屋を片付け始めるミリィを置いて、街の外へ移動する。
クロードが手伝おうとしていたが、甘やかしてはいかん。
自分の事は自分で出来るようにならないとな。
――――町の外。
「クロードのスクリーンポイントについて幾つか聞きたい事がある。教えて貰ってもいいか?」
「構いませんよ」
以前ケインの使用した魔導を無効化する魔導、スクリーンポイント。
これが使えるならかなり狩場の幅が広がる。
「スクリーンポイントは以前話した通り、魔導を無効化する魔導です。とはいえコンディションや個人によって効果の程はかなり上下するようで、兄のスクリーンポイントは、魔導に対しほぼ無敵に近い効果を持ちますが、ボクのでは半分も軽減出来ません」
「ちょっと使ってみて貰えるか?」
「いいですよ」
そう言ってクロードは目を閉じ、念じる。
集中すると、クロードの身体を何か薄い膜の様なものが覆っているのがわかる。
クロードの身体に触ると、ワシの纏う魔力が一瞬にして削り取られた。
魔力を遮断するというより、魔力を喰らう類の魔導なわけだ。
クロードにスカウトスコープを念じる。
クロード=レオンハルト
魔力値――
確かにケインのものよりは、かなり弱い様だ。中絶薬
ケインにはスカウトスコープの効果そのものが発動しなかったからな。
「魔導を撃って見てもいいか?」
「ちょ、やめてくださいよ!痛いものは痛いんですからね!」
「冗談だ」
本当ですかぁ?という顔をしている。
やはり、ある程度しか無効化できない、という事で間違いないらしい。
クロードがスクリーンポイントを解除すると、少し疲れた様な表情を見せる。
気のせいか、クロードの纏う魔力がかなり減っている様な……。
もしかして、と思いスカウトスコープを念じる。
ケインの魔力値は39だった。
つまりスクリーンポイントはその程度の魔力で使える魔導なはず。
にもかかわらずクロードの魔力は300も減っている。
「クロードはボールを使っていたよな」
「はい」
「ちょっとそこの岩に5発程撃ってみて貰えるか?」
「いいですよ」
そう言うと岩に向かい、レッドボールを5回発動させる。
岩が少し焦げ、ヒビも入っているがそれだけだ。
クロードは魔導レベルも低いしこんなものだろう。
スカウトスコープで見るとクロードの魔力値は50になっていた。
「もう一度スクリーンポイントを使って貰えるか?」
「えぇ~もう疲れたんですけど……」
そういいつつもスクリーンポイントを念じるクロード。
こいつ、人の頼みは断れないタイプだな。
そんな事を考えながら、クロードにスカウトスコープを念じる。
やはりそういう事か。
スクリーンポイントは魔力が少なければ少ないほど強くなる魔導なのだろう。
所謂“魔導師殺し”というやつは、その名の通り「魔導を殺す魔導」である。
その効果は、行使する魔導師にも適応され、自分の使う魔導にまで悪影響が出る恐れがあるのだ。
故に魔導師はこれら“魔導師殺し”を用いる事はほとんどなく、基本的には魔導を使わない職業が持つものである。
「クロード、ちょっと魔導を一発、撃って見てもいいか?」
「ダメって言ってるじゃないですかっ!」
「大丈夫、全然痛くないハズだ。騙されたと思って、な?」
「ええ~?ダ、ダメですよぅ~」
「心配するな、一番弱い奴で行くから」
と言い、心配を取り除こうとイケメンスマイルでクロードに向かってブルーボールを念じる。
右手に待機させている魔力球を、めちゃくちゃ不安そうな顔でこちらを見るクロード。
何故だ。
ブルーボールを発動させ、青い魔導弾が直撃するが、クロードは当然ノーダメージ。
どうだ?というワシをクロードは信じられない、といった顔で見ている。
心配いらんと言ったのに……。
「おそらくスクリーンポイントは発動時、魔力が少ないほど効果を発揮する魔導だ。ケインは生まれ持った魔力が少なく、スクリーンポイント使用時ほぼゼロになる。それで魔導に対してほぼ無敵になるのであろう」
「ヘぇ~どうしてそんなことがわかったんです?」
「う……」
……しまったな、スカウトスコープの事は秘密にしたかったが。
まぁいいか、クロードはもう仲間だ。
スクリーンポイントの事も答えて貰ったし、どうせ隠し通す事は出来ない。
クロードにスカウトスコープの事を説明すると、驚いた顔を見せる。
「スカウトスコープ……ですか。恐ろしい魔導ですね……」
「内密にな」
「わかっていますよ。固有魔導は普通、仲間にも簡単に教えるものではありませんからね」
まぁ会ってすぐのワシに、自慢げに話してきたバカ娘もいるからな。威哥王三鞭粒
念のためだ。
「確かに魔導が不得意な人ほどスクリーンポイントが強力だったと、父から聞かされた事があります」
レオンハルト家は騎士の家系だし、魔導の実験など大してしてこなかったのだろう。
「あと一つ実験だ。これを着てみて貰えるか?」
そういって、家から持って来たワシの着古しの服を渡す。
顔に疑問符を浮かべながら、それを受け取るクロード。
「ケインとの戦いで、クリムゾンブレイドは衣服のみを切り裂いていたが、ワシのレッドクラッシュは衣服に傷一つ、つけられなかった。細かい効果がどうなっているのかが知りたい」
ちなみに同じ防御魔導であるセイフトプロテクションは、身につけた装備にも九割カットが適用される。
「……つまりスクリーンポイントを使って、ボクの服が破れるかどうかが見たい……と?」
「そうだ」
クロードの顔がみるみる赤くなり、上ずった声で叫ぶ。
「な……何考えてるんですかっ!ゼフ君の変態!」
「いや、だからワシの着古しの服を着てやってくれと言っているだろう?」
「より変態っぽいですよっ!」
結局クロードの大反対に遭い、この実験は取りやめとなったのであった。
必要な実験なのに……。
湖畔。
先日のスクリーンポイントの実験の続きということで、以前ミリィの見つけた湖畔に来ていた。
ここには湖水が魔力を以て形を成した魔物、アクアエレメンタルが出没する。
今日はちゃんとミリィも連れてきていた。
「ミリィ、アクアエレメンタルのように水から生まれた魔物には、蒼系統の魔導は効かないぞ」
「属性レベル2ってやつでしょ?」
「弱点属性と属性耐性があるタイプの魔物でしたっけ」
アクアエレメンタルのような元素(魔導の核ともいうべき、根源たるイメージ、これを元素と呼ぶ)から生まれた魔物は、属性レベル2と呼ばれ、それと同じ属性系統の魔導を完全に無効化してしまう。
ただしこれらの魔物は、この特性で有利になるわけではなく、我々魔導師にとっては逆にカモとなる場合も多い。一つの属性に対しては強くはなるが、逆に他の属性に対しては極端に弱くなってしまうのだ。
「そうだ。弱点属性は、緋>翠>空>蒼>緋、となっていて、蒼属性の魔物であるアクアエレメンタルには、空系統の魔導が弱点となる」
「わかってるわかってる!」
まぁ初歩の初歩だからな。
とはいえ相手はミリィ、念のためだ。
見た目が全てというワケではないが、属性レベル2の魔物は「いかにも」な風体をしているし。
話しながら歩いていると、湖面からぶくぶくと泡が立ち始め、ざばぁ、とアクアエレメンタルが姿をあらわれた。
髪の長い、裸の女性を模した姿は、人間の油断を誘っているのだろうか。
悪いがワシの目には動く的にしか映らない。
「ブラックスフィア!」
アクアエレメンタルの頭上に空気の刃が集まり、その頭部をズタズタに切り刻んでいく。
(――浅いか)
スフィア系の魔導は、威力と射程に優れるが発動までが遅かったり、コントロールが困難だったりと、当てにくいものが多い。
しかし後々の事を考えると、これからはスフィア系の魔導を中心に鍛えていった方がいいだろう。
現状、ある程度強い敵相手にはパイロクラッシュを使用しているが、これは射程が短く素早い魔物には当てにくいので、使い勝手が良いとは言えない。三鞭粒
それにワシは緋系統の魔導は才能値が低いので、最終的には緋はあまり使わなくなるかもしれないからな。
パイロクラッシュの代用としては、ブラックスフィアとグリーンスフィア、この組み合わせを検討中である。
まだ慣れていないので使用には耐えないが。
思考の最中、アクアエレメンタルの刻まれた頭部は、直ぐに元に戻ってゆく。
やはりコントロールが難しい。
属性レベル2の魔物は不定形のものが多く、完全に潰さなければすぐに再生してしまう。
ダメージ自体はあるので、攻撃を続ければ倒す事ば出来るが、少々非効率的だな。
「ゼフったらへったくそ~♪私がお手本見せたげよっか?」
……屈辱極まる。
そこまで言うなら見せてもらおうではないか。
「ブラックぅ~バレットっ!」
ミリィが右手を突き出すと、その手に魔力が集まっていく。
魔力により集められた空気の弾丸が無数に放たれ、アクアエレメンタルをすり潰していった。
ブラックバレットはブラックボールの連打版で、中等魔導の割に威力は高い……が無駄も多い為、消費魔力も中等魔導とは思えない程に多い。
あいかわらず雑な戦い方だ……が、案外こういった「雑」な戦い方は、今のミリィには合っているのかもしれない。
ミリィに魔導を教えたのはその父親だろうが、子どもであるミリィに細かい使い分けなど、出来ようはずもない。
であれば、威力重視で鍛える魔導は厳選し、それを場面に応じて使い分けるのも悪くない戦法ではある。
しかし、このゴリ押しとも言えるやり方は、才能値の高いミリィならばこそで、貧弱一般魔導師がこんなことをやればすぐにガス欠になってしまうのがオチだし、応用の効かない魔導師になってしまう。
この辺りはワシが上手く仕込んでやらなければならないな……
霧散したアクアエレメンタルを尻目に勝ち誇るミリィ。
ドヤ顔でVサインを向けてくる。
う……うざい……
「ところでゼフ君、今日は何かやる事があると言ってませんでした?」
「そういえばそうだったな。クロード、昨日のように魔力を減らしてからスクリーンポイントを使ってもらえるか?」
得意げなミリィを放置して話を進めると、寂しかったのかダッシュでワシらの間に回り込んで来て、ワシらの顔色を伺ってきた。
相手して欲しいなら最初からやらなければいいのに。
魔導を何度か使い、はぁはぁと息を切らせるクロードに、オッケーを出す。
スクリーンポイントの消費魔力は約50。
昨日クロードの反対を押し切り(ワシの服は着れないとのことで、カードを刺しているプレートを外して)実験した結果、50前後の魔力でスクリーンポイントを発動すれば、ワシの中等魔導までは服まで含めてノーダメージであった。
一度、隙をついてクロードに大魔導を撃って見たが、それでも服が少し破れる程度だった。
その直後、クロードの鋭い平手打ちを貰ってしまったわけだが……
高価なカードを刺した装備品が、壊れる事を考えれば当然の実験だと思う。
ワシは悪くない。天天素
「先ずはクロードの剣を買わないとねっ!」
先日の戦いでクロードの剣はへし折られ、今は丸腰状態だ。
鞘には無惨に折れた剣の鍔だけが入っている。RU486
「いえ、ボクはいいですよ……」
「そういうわけにもいかないだろう。とはいえ金に余裕があるわけでもない。ワシが後で適当な安物を買っておく」
「ひどっ!」
クロードには悪いが今は最優先に買う物がある。
「それより二人とも、鎧騎士のカードを探してきて貰えるか?十万ルピ前後で出来るだけ安い物をだ」
「十万?二枚も!?私たち三十万ルピしかもってないんじゃないの?いきなりそんな高い物を?」
「どうせ必須だからな。まずは高くても汎用出来る装備を整える」
カードというのは魔物が落とすレアアイテムで最も希少価値が高い物。
装備にエンチャントする事で、様々な効果を得る事が出来るのである。
鎧騎士のカードは、装備した鎧(服)で受けた、あらゆるダメージを二割カットするというもので、鎧にエンチャントするカードでは最も汎用性が高い。
鎧騎士のいる狩場は、高レベルの冒険者たちから人気があり、相当数狩られているので、そこまで値段が張らないのがまたいい。
「三枚買うと生活費が無くなるので、買うのは二枚だ。ミリィとクロードの鎧にエンチャントする」
「ゼフはどうするのよ?」
「クロードは前衛だから必須だし、ミリィはまだまだ動きが甘い。しかしワシ程になれば、致命的なダメージを受ける様な立ち回りはしないからな」
「しょっちゅうケガしてるクセに……」
「……うるさい、致命傷は受けていないだろう」
そもそもワシはセイフトプロテクションが使えるし、二人ほど問題ではない。
クロードが空気を読んだのか、話を変える。
「そうだ!ミリィさん、そのカードどちらが安く買えるか勝負しませんか?負けた方が何か一ついう事を聞くという事で」
「よーし、その勝負乗った!」
ワシにケンカ売った時もだが、クロードは勝負事が好きだな。
二人とも元気よく露店広場に消えて行った。
ワシはクロードの武器を見繕う事にする。
おっ、ショートソード五千ルピ。
安いな。
しばらくクロードにはこれで我慢してもらうか。
結局、鎧騎士のカードは十万ルピで一枚、九万八千ルピで一枚を手に入れる事が出来た。
結果はクロードの勝利。
ミリィは運がなかったと悔しがっていたが、クロードが実はカードを値切っていたことを知り、完敗を認めてたのであった。
クロード、頼もしい奴よ。
宿に帰り、ミリィのミニドレスと、クロードのプレートにカードエンチャントを施す。
装備にカードが吸い込まれ、ダメージ二割カットが付与される。
「いいんですか?こんな使い古しで。もっといい防具につけた方が良かったのでは?」
「いい防具はカードの何倍も高い。先ずは何でもいいから鎧騎士カードのエンチャントされた防具だ」
中古品が露店に出回っていればなお良しだが、誰が着たかもわからん装備など、女である二人は着たくもないだろう。
ワシの分はそのうち、よい中古品を見つけて乗り換えるつもりだ。
「そうだクロード、このあと少し付き合って貰えるか?試したい事があるんだ」
「それは構いませんけど?」
「私も行くっ!」
「ミリィはワシの部屋の荷物を片付けろ。めちゃくちゃに散らかしおって……いらない荷物も捨てるなりなんなりしておけよ」
「ええ~」
「文句を言うなら自分の部屋に荷物を置け」
ぶーたれながらワシの部屋を片付け始めるミリィを置いて、街の外へ移動する。
クロードが手伝おうとしていたが、甘やかしてはいかん。
自分の事は自分で出来るようにならないとな。
――――町の外。
「クロードのスクリーンポイントについて幾つか聞きたい事がある。教えて貰ってもいいか?」
「構いませんよ」
以前ケインの使用した魔導を無効化する魔導、スクリーンポイント。
これが使えるならかなり狩場の幅が広がる。
「スクリーンポイントは以前話した通り、魔導を無効化する魔導です。とはいえコンディションや個人によって効果の程はかなり上下するようで、兄のスクリーンポイントは、魔導に対しほぼ無敵に近い効果を持ちますが、ボクのでは半分も軽減出来ません」
「ちょっと使ってみて貰えるか?」
「いいですよ」
そう言ってクロードは目を閉じ、念じる。
集中すると、クロードの身体を何か薄い膜の様なものが覆っているのがわかる。
クロードの身体に触ると、ワシの纏う魔力が一瞬にして削り取られた。
魔力を遮断するというより、魔力を喰らう類の魔導なわけだ。
クロードにスカウトスコープを念じる。
クロード=レオンハルト
魔力値――
確かにケインのものよりは、かなり弱い様だ。中絶薬
ケインにはスカウトスコープの効果そのものが発動しなかったからな。
「魔導を撃って見てもいいか?」
「ちょ、やめてくださいよ!痛いものは痛いんですからね!」
「冗談だ」
本当ですかぁ?という顔をしている。
やはり、ある程度しか無効化できない、という事で間違いないらしい。
クロードがスクリーンポイントを解除すると、少し疲れた様な表情を見せる。
気のせいか、クロードの纏う魔力がかなり減っている様な……。
もしかして、と思いスカウトスコープを念じる。
ケインの魔力値は39だった。
つまりスクリーンポイントはその程度の魔力で使える魔導なはず。
にもかかわらずクロードの魔力は300も減っている。
「クロードはボールを使っていたよな」
「はい」
「ちょっとそこの岩に5発程撃ってみて貰えるか?」
「いいですよ」
そう言うと岩に向かい、レッドボールを5回発動させる。
岩が少し焦げ、ヒビも入っているがそれだけだ。
クロードは魔導レベルも低いしこんなものだろう。
スカウトスコープで見るとクロードの魔力値は50になっていた。
「もう一度スクリーンポイントを使って貰えるか?」
「えぇ~もう疲れたんですけど……」
そういいつつもスクリーンポイントを念じるクロード。
こいつ、人の頼みは断れないタイプだな。
そんな事を考えながら、クロードにスカウトスコープを念じる。
やはりそういう事か。
スクリーンポイントは魔力が少なければ少ないほど強くなる魔導なのだろう。
所謂“魔導師殺し”というやつは、その名の通り「魔導を殺す魔導」である。
その効果は、行使する魔導師にも適応され、自分の使う魔導にまで悪影響が出る恐れがあるのだ。
故に魔導師はこれら“魔導師殺し”を用いる事はほとんどなく、基本的には魔導を使わない職業が持つものである。
「クロード、ちょっと魔導を一発、撃って見てもいいか?」
「ダメって言ってるじゃないですかっ!」
「大丈夫、全然痛くないハズだ。騙されたと思って、な?」
「ええ~?ダ、ダメですよぅ~」
「心配するな、一番弱い奴で行くから」
と言い、心配を取り除こうとイケメンスマイルでクロードに向かってブルーボールを念じる。
右手に待機させている魔力球を、めちゃくちゃ不安そうな顔でこちらを見るクロード。
何故だ。
ブルーボールを発動させ、青い魔導弾が直撃するが、クロードは当然ノーダメージ。
どうだ?というワシをクロードは信じられない、といった顔で見ている。
心配いらんと言ったのに……。
「おそらくスクリーンポイントは発動時、魔力が少ないほど効果を発揮する魔導だ。ケインは生まれ持った魔力が少なく、スクリーンポイント使用時ほぼゼロになる。それで魔導に対してほぼ無敵になるのであろう」
「ヘぇ~どうしてそんなことがわかったんです?」
「う……」
……しまったな、スカウトスコープの事は秘密にしたかったが。
まぁいいか、クロードはもう仲間だ。
スクリーンポイントの事も答えて貰ったし、どうせ隠し通す事は出来ない。
クロードにスカウトスコープの事を説明すると、驚いた顔を見せる。
「スカウトスコープ……ですか。恐ろしい魔導ですね……」
「内密にな」
「わかっていますよ。固有魔導は普通、仲間にも簡単に教えるものではありませんからね」
まぁ会ってすぐのワシに、自慢げに話してきたバカ娘もいるからな。威哥王三鞭粒
念のためだ。
「確かに魔導が不得意な人ほどスクリーンポイントが強力だったと、父から聞かされた事があります」
レオンハルト家は騎士の家系だし、魔導の実験など大してしてこなかったのだろう。
「あと一つ実験だ。これを着てみて貰えるか?」
そういって、家から持って来たワシの着古しの服を渡す。
顔に疑問符を浮かべながら、それを受け取るクロード。
「ケインとの戦いで、クリムゾンブレイドは衣服のみを切り裂いていたが、ワシのレッドクラッシュは衣服に傷一つ、つけられなかった。細かい効果がどうなっているのかが知りたい」
ちなみに同じ防御魔導であるセイフトプロテクションは、身につけた装備にも九割カットが適用される。
「……つまりスクリーンポイントを使って、ボクの服が破れるかどうかが見たい……と?」
「そうだ」
クロードの顔がみるみる赤くなり、上ずった声で叫ぶ。
「な……何考えてるんですかっ!ゼフ君の変態!」
「いや、だからワシの着古しの服を着てやってくれと言っているだろう?」
「より変態っぽいですよっ!」
結局クロードの大反対に遭い、この実験は取りやめとなったのであった。
必要な実験なのに……。
湖畔。
先日のスクリーンポイントの実験の続きということで、以前ミリィの見つけた湖畔に来ていた。
ここには湖水が魔力を以て形を成した魔物、アクアエレメンタルが出没する。
今日はちゃんとミリィも連れてきていた。
「ミリィ、アクアエレメンタルのように水から生まれた魔物には、蒼系統の魔導は効かないぞ」
「属性レベル2ってやつでしょ?」
「弱点属性と属性耐性があるタイプの魔物でしたっけ」
アクアエレメンタルのような元素(魔導の核ともいうべき、根源たるイメージ、これを元素と呼ぶ)から生まれた魔物は、属性レベル2と呼ばれ、それと同じ属性系統の魔導を完全に無効化してしまう。
ただしこれらの魔物は、この特性で有利になるわけではなく、我々魔導師にとっては逆にカモとなる場合も多い。一つの属性に対しては強くはなるが、逆に他の属性に対しては極端に弱くなってしまうのだ。
「そうだ。弱点属性は、緋>翠>空>蒼>緋、となっていて、蒼属性の魔物であるアクアエレメンタルには、空系統の魔導が弱点となる」
「わかってるわかってる!」
まぁ初歩の初歩だからな。
とはいえ相手はミリィ、念のためだ。
見た目が全てというワケではないが、属性レベル2の魔物は「いかにも」な風体をしているし。
話しながら歩いていると、湖面からぶくぶくと泡が立ち始め、ざばぁ、とアクアエレメンタルが姿をあらわれた。
髪の長い、裸の女性を模した姿は、人間の油断を誘っているのだろうか。
悪いがワシの目には動く的にしか映らない。
「ブラックスフィア!」
アクアエレメンタルの頭上に空気の刃が集まり、その頭部をズタズタに切り刻んでいく。
(――浅いか)
スフィア系の魔導は、威力と射程に優れるが発動までが遅かったり、コントロールが困難だったりと、当てにくいものが多い。
しかし後々の事を考えると、これからはスフィア系の魔導を中心に鍛えていった方がいいだろう。
現状、ある程度強い敵相手にはパイロクラッシュを使用しているが、これは射程が短く素早い魔物には当てにくいので、使い勝手が良いとは言えない。三鞭粒
それにワシは緋系統の魔導は才能値が低いので、最終的には緋はあまり使わなくなるかもしれないからな。
パイロクラッシュの代用としては、ブラックスフィアとグリーンスフィア、この組み合わせを検討中である。
まだ慣れていないので使用には耐えないが。
思考の最中、アクアエレメンタルの刻まれた頭部は、直ぐに元に戻ってゆく。
やはりコントロールが難しい。
属性レベル2の魔物は不定形のものが多く、完全に潰さなければすぐに再生してしまう。
ダメージ自体はあるので、攻撃を続ければ倒す事ば出来るが、少々非効率的だな。
「ゼフったらへったくそ~♪私がお手本見せたげよっか?」
……屈辱極まる。
そこまで言うなら見せてもらおうではないか。
「ブラックぅ~バレットっ!」
ミリィが右手を突き出すと、その手に魔力が集まっていく。
魔力により集められた空気の弾丸が無数に放たれ、アクアエレメンタルをすり潰していった。
ブラックバレットはブラックボールの連打版で、中等魔導の割に威力は高い……が無駄も多い為、消費魔力も中等魔導とは思えない程に多い。
あいかわらず雑な戦い方だ……が、案外こういった「雑」な戦い方は、今のミリィには合っているのかもしれない。
ミリィに魔導を教えたのはその父親だろうが、子どもであるミリィに細かい使い分けなど、出来ようはずもない。
であれば、威力重視で鍛える魔導は厳選し、それを場面に応じて使い分けるのも悪くない戦法ではある。
しかし、このゴリ押しとも言えるやり方は、才能値の高いミリィならばこそで、貧弱一般魔導師がこんなことをやればすぐにガス欠になってしまうのがオチだし、応用の効かない魔導師になってしまう。
この辺りはワシが上手く仕込んでやらなければならないな……
霧散したアクアエレメンタルを尻目に勝ち誇るミリィ。
ドヤ顔でVサインを向けてくる。
う……うざい……
「ところでゼフ君、今日は何かやる事があると言ってませんでした?」
「そういえばそうだったな。クロード、昨日のように魔力を減らしてからスクリーンポイントを使ってもらえるか?」
得意げなミリィを放置して話を進めると、寂しかったのかダッシュでワシらの間に回り込んで来て、ワシらの顔色を伺ってきた。
相手して欲しいなら最初からやらなければいいのに。
魔導を何度か使い、はぁはぁと息を切らせるクロードに、オッケーを出す。
スクリーンポイントの消費魔力は約50。
昨日クロードの反対を押し切り(ワシの服は着れないとのことで、カードを刺しているプレートを外して)実験した結果、50前後の魔力でスクリーンポイントを発動すれば、ワシの中等魔導までは服まで含めてノーダメージであった。
一度、隙をついてクロードに大魔導を撃って見たが、それでも服が少し破れる程度だった。
その直後、クロードの鋭い平手打ちを貰ってしまったわけだが……
高価なカードを刺した装備品が、壊れる事を考えれば当然の実験だと思う。
ワシは悪くない。天天素
2014年7月20日星期日
隔離空間
そう言ってぽんぽんと膝の埃を払う青年にスカウトスコープを念じる。
見ると彼の魔力値が三分の一も減っていないのを確認した。
恐らく今の攻撃を耐えながら、大男に攻撃を加えて倒してしまったのだろう。
大男は倒れて目を回しているようだ。隔離空間でのダメージは、慣れねば精神に堪えるからな。男宝
「それでは次の方、いらっしゃいませんかー?」
戦闘の直後だというのに、平然とした顔で呼び込みを再開する青年。
それなりの精神ダメージを受けているはずなのだが、瞑想によって既に回復を始めている。
「ねっ! 私やってきていいかなっ?」
「金の無駄だ。瞬殺されるぞ」
「え~っそんなことないもん!」
ぶーたれるミリィの頭を撫でると、不満げだった顔が少し和らぐ。
「……ゼフはやらないの?」
「いくらワシでも五天魔には勝てぬよ」
「あの人に勝てるのは前提なんだ……」
あははと呆れ笑いをするミリィと駄弁りながら、青年が挑戦者をのしていくのを眺めていた。
青年は最初の戦闘以降も、殆ど攻撃を食らうことなく挑戦者をいなしていく。
魔導師同士の戦いは殆ど一瞬でケリが付くのでサイクルも早く、あっという間に挑戦者10人を倒してしまった。
青年は時折、弱い相手の時はアシスタントの少女と交代し、休憩を挟んでいた。
少女の方は青年に比べると大した事はないが、それでもミリィと同程度の強さはあるか。
この二人の他にも何組かの補佐官たちが分かれて挑戦者と戦っているが、揃いも揃って皆、イケメン揃いである。
いい趣味しているな、イエラの奴。
どんどんギャラリーも増えていき、ワシらも前に行かねば戦いが見えぬようになっていた。
ミリィも今日は飽きることもなく見入っているようだ。
時間はあっという間に過ぎていき、正午に近づくにつれ挑戦する者もあらわれなくなってきた。
その間、何人か出た合格者たちは、補佐官からプレートを受けとり、塔の内部へと足を踏み入れていく。
これからこのメンバーでトーナメントを行い、優勝した者が号奪戦を行うのだ。
そして勝ち残った者が、夜に五天魔と戦うというハードスケジュール。
号奪戦自体、元々過去の五天魔の誰かがノリで始めたもので、その結果こんな適当なスケジュールのイベントになってしまったのだ。
現在は高い参加費とチケット代金で参加者を絞って管理しているが、あと十年もすればある程度余裕のあるスケジュールになり、もっといい環境で行われるはずである。
それはそうと終わりの時間が近づいてきたのか、補佐官たちが時間を気にし始めた。
ワシの肩にもたれかかって戦いを見ていたミリィも、それに気づいたようである。
「もう終わりかなぁ」
「いや、まだだ」
セルベリエがまだ来ていない。
おそらく補佐官たちが疲弊する時間ギリギリ、そこを狙って楽に勝つつもりなのだろう。
だが、未だセルベリエの姿はない。
(セルベリエ、そろそろヤバいぞ……)
念話を送るが返答はなし、この場にいないのだろうか? いやそんなはずは……。
「ゼフ、何いらいらしてるの?」三體牛鞭
「……なんでもない」
「いひゃひゃ……! な、なにふんのよぉ~っ」
事情を知らないミリィの頬を引っ張りつつ、セルベリエが来るのを待つ。
不意に、どよどよと観衆がざわめいた。
ここからではよく見えないが、人だかりの中を進むその歩き方は、恐らくセルベリエのものだ。
人だかりの中からその人物が姿をあらわした瞬間、観客のどよめきが更に大きくなる。
「な、何アレ?」
「……さぁ」
あらわれたのは紛れもなくセルベリエ……だがその様相は黒いマントを羽織り、昨日の祭りの屋台で売っていた、狐のお面を被っている。
わけがわからない……いや、魔導師協会に追われているから顔を隠しているのだろうか。
少し戸惑う青年の前に行き、金を渡すセルベリエ。
「セリエ=アインズだ。号奪戦に挑戦したい」
「は、はぁ……」
名前も偽名である。
それはいいが、もし号奪戦に勝ったらずっと仮面に偽名で過ごすつもりなのだろうか……。
しかし青年はふざけた外見のセルベリエの実力に気付いたようで、すぐにその目は警戒の色を強めていく。
金を受けとった青年は金をアシスタントの少女に放ると、セルベリエと二人、隔離空間へと足を進めた。
「……しっかり見ておけよ、ミリィ」
「う、うんっ」
真剣な顔になるミリィの頭をぐりぐりと撫でながら、試合に集中させる。
隔離空間に入る前、セルベリエはワシに気づいたのかこちらに視線を送ってきた。
「…………」
「それではよろしくお願いします」
二人が隔離空間に入り、青年が無言のセルベリエが向けて頭を下げたその瞬間、――――セルベリエのマントの中から黒い光線が発射され、青年の身体を撃ち抜いた。
そしてどさりと倒れる青年。
うわ、汚いな。不意打ちかよ。
しかもあれはブラックゼロ、油断したあの青年も悪いが、ほとんど無詠唱でこんな大魔導が飛んでくるとは夢にも思わなかったのだろう。
隔離空間の中ゆえ肉体ダメージはないが、魔力値はマイナスになっている。戦闘不能だ。
セルベリエはすたすたと隔離空間から出て、アシスタントの少女からプレートを受けとり、塔の中へ足を向けるのであった。
まさに狐に化かされたように、観客はしきりにどよめいている。
「今の見えたか? ミリィ」
「う、う~ん……ブラックゼロ? でもその割に詠唱していなかったような……」
「あぁそうだ。詠唱短縮系の装備で固めているのだろうな」
「へぇ~そんなのアリなんだ……」
しきりに感心しているミリィ。
敢えて説明は省いたが、セルベリエのマントの下にはちらりと黒い蛇の尾が見えた。
セルベリエの固有魔導、エンチャントスペル、クイックであろう。
詠唱時間を短縮させるあの魔導と、カードを組み合わせることで詠唱の長いブラックゼロをほぼ無詠唱で発動させたのだ。狼1号
とはいえ詠唱短縮系のカードは威力を犠牲にしてしまうものが多い。
不意打ちとはいえあの青年を一撃で倒すのは、余程の魔力量がないと出来ない事だろう。
結局合格者は8人で、この後合格した者同士でトーナメントが行われ、勝ち残った者が五天魔と戦う資格を得る。
まぁセルベリエなら大丈夫であろう。
合格者同士の試合の方はチケットを買えなかったから見ることは出来ないし、夜まで暇だししばらく街を歩くか。
「ねっゼフ、私と勝負してみようよ!」
と思ったらミリィがワシの腕を掴み、隔離空間を指さした。
魔導師の戦いを見て、気持ちが昂ぶっているのだろう。
いつになく目を輝かせている。
しかしふむ、隔離空間は一般人でも金を払えば使用することは出来る。
結構高いが、まぁミリィを鍛える為と思えば悪くはないか。
それに魔導師の戦いを見て、気持ちが昂ぶっているのはワシも同じ。
「……いいだろう。やってみるか、ミリィ」
「うんっ!」
選別が終わり、開放された隔離空間の横に立つ男に金を渡し、中に入る。
ワシらが入ったのを見たからか、他の観客も互いに誘い合い、列をなして隔離空間へと押しかけているようだ。
中に入りミリィと向かい合うと、自信満々の表情とその身体に、魔力が満ちているのがわかる。
――――ミリィも結構成長をしたな。
隣で見ているのと向かい合って見るのとでは、結構感覚が違うものだ。
びりびりと、強力な魔力の波動がこちらに吹き付けてくるようである。
まぁもちろん負けてやるつもりはないが。
「いくよっ♪」
「来い」
ミリィが掛け声と共に腕に魔力を集中させていく。
この感じ、何度も何度も見たブルーゲイルだ。
大魔導は念唱時間が長く、狙いも荒くなる。
お見通しとばかりに地を蹴り、レッドクラッシュの射程にまで走り、片手を突き出すと共に魔導を――――。
不意に感じる嫌な予感。ミリィと目を合わせると、ミリィは白い歯を見せ、にやりと笑う。
その直後、視界が青く染まり前後がわからなくなる程の衝撃がワシを襲った。
ブルーゲイル、それを自分中心に発動させたのだ。巨根
大魔導、それもミリィの使い込んだブルーゲイルに反応して相殺するのはワシでも無理である。
先刻の大男が使った自爆戦法である。確かにあぁいう戦法もあるとは言ったがマジでやるか普通。
ブルーゲイルによる精神ダメージがワシの身体を刻んでいく。
精神を削られるような感覚、襲い来る強烈な虚脱感に倒れそうになるのを何とか堪える。
うむ、凄まじい威力だ。
徐々に収まっていく嵐の中を、ワシは何とか倒れずに踏ん張った。
――――が、ミリィは目を回してしまったのかフラフラと足をよろめかせている。
精神ダメージを喰らい慣れていないミリィには、無茶苦茶効いているようだ。
自爆覚悟の相討ちは魔導によっては意外と有効ではあるが、大魔導でやるようなアホはミリィが初めてである。
ミリィがぶんぶんと頭を振り、ワシの方を向こうとしたところで、ミリィの額を指でつんと押す。
動けば撃つぞ、という意思表示。
ミリィが一瞬反撃を試みようとするも、ワシの方が早いと気づいたのか、すぐにその手を降ろした。
「ワシの勝ち、だ」
「な、何で……?」
不思議がるミリィの額をちょんと小突き、尻餅をついたミリィにニヤリと笑う。
「鍛え方が違うのだよ」
「うぅ……なんかズルい……」
仮にもワシも元五天魔。半端な使い手の自爆攻撃など、通用するハズがないのである。勃動力三體牛鞭
見ると彼の魔力値が三分の一も減っていないのを確認した。
恐らく今の攻撃を耐えながら、大男に攻撃を加えて倒してしまったのだろう。
大男は倒れて目を回しているようだ。隔離空間でのダメージは、慣れねば精神に堪えるからな。男宝
「それでは次の方、いらっしゃいませんかー?」
戦闘の直後だというのに、平然とした顔で呼び込みを再開する青年。
それなりの精神ダメージを受けているはずなのだが、瞑想によって既に回復を始めている。
「ねっ! 私やってきていいかなっ?」
「金の無駄だ。瞬殺されるぞ」
「え~っそんなことないもん!」
ぶーたれるミリィの頭を撫でると、不満げだった顔が少し和らぐ。
「……ゼフはやらないの?」
「いくらワシでも五天魔には勝てぬよ」
「あの人に勝てるのは前提なんだ……」
あははと呆れ笑いをするミリィと駄弁りながら、青年が挑戦者をのしていくのを眺めていた。
青年は最初の戦闘以降も、殆ど攻撃を食らうことなく挑戦者をいなしていく。
魔導師同士の戦いは殆ど一瞬でケリが付くのでサイクルも早く、あっという間に挑戦者10人を倒してしまった。
青年は時折、弱い相手の時はアシスタントの少女と交代し、休憩を挟んでいた。
少女の方は青年に比べると大した事はないが、それでもミリィと同程度の強さはあるか。
この二人の他にも何組かの補佐官たちが分かれて挑戦者と戦っているが、揃いも揃って皆、イケメン揃いである。
いい趣味しているな、イエラの奴。
どんどんギャラリーも増えていき、ワシらも前に行かねば戦いが見えぬようになっていた。
ミリィも今日は飽きることもなく見入っているようだ。
時間はあっという間に過ぎていき、正午に近づくにつれ挑戦する者もあらわれなくなってきた。
その間、何人か出た合格者たちは、補佐官からプレートを受けとり、塔の内部へと足を踏み入れていく。
これからこのメンバーでトーナメントを行い、優勝した者が号奪戦を行うのだ。
そして勝ち残った者が、夜に五天魔と戦うというハードスケジュール。
号奪戦自体、元々過去の五天魔の誰かがノリで始めたもので、その結果こんな適当なスケジュールのイベントになってしまったのだ。
現在は高い参加費とチケット代金で参加者を絞って管理しているが、あと十年もすればある程度余裕のあるスケジュールになり、もっといい環境で行われるはずである。
それはそうと終わりの時間が近づいてきたのか、補佐官たちが時間を気にし始めた。
ワシの肩にもたれかかって戦いを見ていたミリィも、それに気づいたようである。
「もう終わりかなぁ」
「いや、まだだ」
セルベリエがまだ来ていない。
おそらく補佐官たちが疲弊する時間ギリギリ、そこを狙って楽に勝つつもりなのだろう。
だが、未だセルベリエの姿はない。
(セルベリエ、そろそろヤバいぞ……)
念話を送るが返答はなし、この場にいないのだろうか? いやそんなはずは……。
「ゼフ、何いらいらしてるの?」三體牛鞭
「……なんでもない」
「いひゃひゃ……! な、なにふんのよぉ~っ」
事情を知らないミリィの頬を引っ張りつつ、セルベリエが来るのを待つ。
不意に、どよどよと観衆がざわめいた。
ここからではよく見えないが、人だかりの中を進むその歩き方は、恐らくセルベリエのものだ。
人だかりの中からその人物が姿をあらわした瞬間、観客のどよめきが更に大きくなる。
「な、何アレ?」
「……さぁ」
あらわれたのは紛れもなくセルベリエ……だがその様相は黒いマントを羽織り、昨日の祭りの屋台で売っていた、狐のお面を被っている。
わけがわからない……いや、魔導師協会に追われているから顔を隠しているのだろうか。
少し戸惑う青年の前に行き、金を渡すセルベリエ。
「セリエ=アインズだ。号奪戦に挑戦したい」
「は、はぁ……」
名前も偽名である。
それはいいが、もし号奪戦に勝ったらずっと仮面に偽名で過ごすつもりなのだろうか……。
しかし青年はふざけた外見のセルベリエの実力に気付いたようで、すぐにその目は警戒の色を強めていく。
金を受けとった青年は金をアシスタントの少女に放ると、セルベリエと二人、隔離空間へと足を進めた。
「……しっかり見ておけよ、ミリィ」
「う、うんっ」
真剣な顔になるミリィの頭をぐりぐりと撫でながら、試合に集中させる。
隔離空間に入る前、セルベリエはワシに気づいたのかこちらに視線を送ってきた。
「…………」
「それではよろしくお願いします」
二人が隔離空間に入り、青年が無言のセルベリエが向けて頭を下げたその瞬間、――――セルベリエのマントの中から黒い光線が発射され、青年の身体を撃ち抜いた。
そしてどさりと倒れる青年。
うわ、汚いな。不意打ちかよ。
しかもあれはブラックゼロ、油断したあの青年も悪いが、ほとんど無詠唱でこんな大魔導が飛んでくるとは夢にも思わなかったのだろう。
隔離空間の中ゆえ肉体ダメージはないが、魔力値はマイナスになっている。戦闘不能だ。
セルベリエはすたすたと隔離空間から出て、アシスタントの少女からプレートを受けとり、塔の中へ足を向けるのであった。
まさに狐に化かされたように、観客はしきりにどよめいている。
「今の見えたか? ミリィ」
「う、う~ん……ブラックゼロ? でもその割に詠唱していなかったような……」
「あぁそうだ。詠唱短縮系の装備で固めているのだろうな」
「へぇ~そんなのアリなんだ……」
しきりに感心しているミリィ。
敢えて説明は省いたが、セルベリエのマントの下にはちらりと黒い蛇の尾が見えた。
セルベリエの固有魔導、エンチャントスペル、クイックであろう。
詠唱時間を短縮させるあの魔導と、カードを組み合わせることで詠唱の長いブラックゼロをほぼ無詠唱で発動させたのだ。狼1号
とはいえ詠唱短縮系のカードは威力を犠牲にしてしまうものが多い。
不意打ちとはいえあの青年を一撃で倒すのは、余程の魔力量がないと出来ない事だろう。
結局合格者は8人で、この後合格した者同士でトーナメントが行われ、勝ち残った者が五天魔と戦う資格を得る。
まぁセルベリエなら大丈夫であろう。
合格者同士の試合の方はチケットを買えなかったから見ることは出来ないし、夜まで暇だししばらく街を歩くか。
「ねっゼフ、私と勝負してみようよ!」
と思ったらミリィがワシの腕を掴み、隔離空間を指さした。
魔導師の戦いを見て、気持ちが昂ぶっているのだろう。
いつになく目を輝かせている。
しかしふむ、隔離空間は一般人でも金を払えば使用することは出来る。
結構高いが、まぁミリィを鍛える為と思えば悪くはないか。
それに魔導師の戦いを見て、気持ちが昂ぶっているのはワシも同じ。
「……いいだろう。やってみるか、ミリィ」
「うんっ!」
選別が終わり、開放された隔離空間の横に立つ男に金を渡し、中に入る。
ワシらが入ったのを見たからか、他の観客も互いに誘い合い、列をなして隔離空間へと押しかけているようだ。
中に入りミリィと向かい合うと、自信満々の表情とその身体に、魔力が満ちているのがわかる。
――――ミリィも結構成長をしたな。
隣で見ているのと向かい合って見るのとでは、結構感覚が違うものだ。
びりびりと、強力な魔力の波動がこちらに吹き付けてくるようである。
まぁもちろん負けてやるつもりはないが。
「いくよっ♪」
「来い」
ミリィが掛け声と共に腕に魔力を集中させていく。
この感じ、何度も何度も見たブルーゲイルだ。
大魔導は念唱時間が長く、狙いも荒くなる。
お見通しとばかりに地を蹴り、レッドクラッシュの射程にまで走り、片手を突き出すと共に魔導を――――。
不意に感じる嫌な予感。ミリィと目を合わせると、ミリィは白い歯を見せ、にやりと笑う。
その直後、視界が青く染まり前後がわからなくなる程の衝撃がワシを襲った。
ブルーゲイル、それを自分中心に発動させたのだ。巨根
大魔導、それもミリィの使い込んだブルーゲイルに反応して相殺するのはワシでも無理である。
先刻の大男が使った自爆戦法である。確かにあぁいう戦法もあるとは言ったがマジでやるか普通。
ブルーゲイルによる精神ダメージがワシの身体を刻んでいく。
精神を削られるような感覚、襲い来る強烈な虚脱感に倒れそうになるのを何とか堪える。
うむ、凄まじい威力だ。
徐々に収まっていく嵐の中を、ワシは何とか倒れずに踏ん張った。
――――が、ミリィは目を回してしまったのかフラフラと足をよろめかせている。
精神ダメージを喰らい慣れていないミリィには、無茶苦茶効いているようだ。
自爆覚悟の相討ちは魔導によっては意外と有効ではあるが、大魔導でやるようなアホはミリィが初めてである。
ミリィがぶんぶんと頭を振り、ワシの方を向こうとしたところで、ミリィの額を指でつんと押す。
動けば撃つぞ、という意思表示。
ミリィが一瞬反撃を試みようとするも、ワシの方が早いと気づいたのか、すぐにその手を降ろした。
「ワシの勝ち、だ」
「な、何で……?」
不思議がるミリィの額をちょんと小突き、尻餅をついたミリィにニヤリと笑う。
「鍛え方が違うのだよ」
「うぅ……なんかズルい……」
仮にもワシも元五天魔。半端な使い手の自爆攻撃など、通用するハズがないのである。勃動力三體牛鞭
2014年7月17日星期四
帰りの車内で
北の山脈地帯を背に魔力駆動四輪が砂埃を上げながら南へと街道を疾走する。何年もの間、何千何万という人々が踏み固めただけの道であるが、ウルの町から北の山脈地帯へと続く道に比べれば遥かにマシだ。サスペンション付きの四輪は、振動を最小限に抑えながら快調にフューレンへと向かって進んでいく。RU486
もっとも、前の座席で窓を全開にしてウサミミを風に遊ばせてパタパタさせているシアは、四輪より二輪の方が好きらしく若干不満そうだ。何でも、ウサミミが風を切る感触やハジメにギュッと抱きつきながら肩に顔を乗せる体勢が好きらしい。
運転は当然ハジメ。その隣は定番の席でユエだ。後部座席に、ウィルが乗っている。そのウィルが、ハジメに対し、少々身を乗り出しながら気遣わし気に話しかけた。
「あのぉ~、本当にあのままでよかったのですか? 話すべきことがあったのでは……特に愛子殿には……」
ハジメは振り向かないまま、気のない返事をする。
「ん~? 別に、あれでいいんだよ。あれ以上、あそこにいても面倒なことにしかならないだろうし……先生も今は俺がいない方がいい決断が出来るだろうしな」
「……それは、そうかもしれませんが……」
「お前……ホント人がいいというか何というか……他人の事で心配し過ぎだろ?」
ハジメの言葉を聞いても、なお、心配そうな表情をするウィルにハジメは苦笑いだ。あったばかりの冒険者達の死に本気で嘆き悲しみ、普通に考えれば自殺行為に等しい魔物の大群に襲われる自分とは関係ない町のために残り、恨みの対象であるティオを許し、今は半ば脅して連れ出したハジメと愛子達との関係を心配している。王国の貴族でありながら、冒険者を目指すなど随分変わり者だとは思っていたが、それを通り越して思わず心配になるぐらいお人好しだ。
「……いい人」
「いい人ですねぇ~」
「うむ、いい奴じゃな」
ウィルは、一斉に送られた言葉に複雑な表情だ。褒められている気はするのだが、女性からの“いい人”というのは男としては何とも微妙な評価だ。
「わ、私の事はいいのです……私は、きちんと理由を説明すべきだったのではと、そう言いたいだけで……」
「……理由だと?」
微妙な表情で頬をカリカリと掻きながら、話を続けるウィル。だが、ハジメは、ウィルの言葉に眉をピクリと動かし反応する。
「ええ。なぜ、愛子殿とわだかまりを残すかもしれないのに、清水という少年を殺したのか……その理由です」
「……言っただろ。敵だからって……」
「それは、彼を“助けない”理由にはなっても“殺す”理由にはなりませんよね? だって、彼はあの時、既に致命傷を負っていて、放って置いても数分の命だったのですから……わざわざ殺したのには理由があるのですよね?」
「……意外によく見ているんだな」
ウィルの指摘したことはもっともであり、図星でもあった。クラスメイトであり、愛子の助けを求める声が響く中で、問答無用に清水を撃ち殺したハジメの所業はそれだけインパクトが強く、ハジメが殺す必要はなかったという事実は上手く隠れてしまっている。そのことを素で気がついたウィルは、何だかんだ言って貴族としての“目”を持っているということだろう。誤魔化されなかったウィルに、ハジメは感心したよう声音を出した。
窓から外に顔を出して風を楽しんでいたシアも、「そう言えば、私も気になってました」と知りたそうな顔で運転中のハジメに顔を向ける。ハジメは、どう答えようかと少し逡巡するが、何かを言う前にユエが代わりに答えた。
「……ハジメ、ツンデレ」
「……」
「「「ツンデレ?」」」
ユエの指摘に思い当たる点があるのかポーカーフェイスで無言を貫くハジメ。他のメンバーはオウム返しだ。
「……愛子へのお返し? あるいは、唯の気遣い?」
「……もののついでだよ」
そっぽを向きつつ素っ気なく答えるハジメから、ユエが正解にたどり着いていると察し、シア達が説明を求める。
ハジメが答えそうにないので、ユエが代わりに答えたところ、要は、愛子が清水の死に責任を感じないように意識を逸らしたのだという。
清水は言っていた。自分が出会った魔人族の目的は、“豊穣の女神”である愛子の殺害であると。それは取りも直さず、愛子を殺すために清水を利用したということだ。最後のあの攻撃も、愛子を殺すために・・・・・・・・清水の体ごと貫いたのだ。
もちろん、清水の死に対して愛子が負うべき責任などない。清水は自分の意志と欲望のために魔人族に魂を売り渡し、その結果が自身の死だったというだけの話だ。自らの選択の結果である以上、その責任は清水自身が負うべきものであるし、そうでなくても、直接清水に致命傷を与えた例の魔人族に責任はあるというべきである。
だが、愛子はそれで納得するだろうか? 最後の攻撃が、愛子を狙ったものであることは自明の理だ。ならば、責任感が強く、何時でも生徒の事を一番に考えている愛子のことだ。自分に巻き込まれて清水は死んだ。すなわち、自分のせいで清水は死んだと考えるのではないだろうか? その可能性は大きいだろう。そして、その考えに至ったとき、愛子の心は耐えられるのだろうか? ハジメは、そこを少し危惧したのだ。
愛子とて、異世界召喚という異常事態には人間として不安も恐怖も大いに感じていることだろう。それでも、嘆いて立ち止まったり恐怖に震えて蹲ることもなく、自分に出来ることをと頑張れるのは、彼女が“先生”としての矜持を持っているからだ。そして、愛子を“先生”足らしめているのは“生徒”の存在である。
その生徒を自分のせいで死なせてしまった。その衝撃は、かつてハジメが死んだと聞かされた時よりも、そのハジメから原因がクラスメイトの裏切りだと聞かされた時よりも、遥かに強力な刃となって愛子の心を傷つけるだろう。あるいは、折れてしまうほどに。
ハジメとしては、こんなことで愛子に折れられてしまっては困るという打算もあったが、愛子を心配する気持ちも確かにあったのだ。愛子の言葉は、些か以上に理想に走りすぎているとハジメは感じていた。そのせいで、多くの矛盾を孕んでしまっているとも。
しかし、それでも、愛子が贈ってくれた言葉は、きっとこれから先の未来で、ユエやシアをより幸せにするために必要なものだと思ったし、だからこそ例え世界が変わっても、ハジメ自身が変わっても、なおハジメの“先生”として“説教”してくれたことに、ハジメはそれなりに恩義を感じていたのだ。中絶薬
それ故に、ハジメは、放っておいても死ぬと分かっていた清水を敢えて殺した。なるべく印象が強くなるように清水が“敵”であることを強調して。そうして、清水を殺したのはハジメなのだと印象づけたのだ。愛子の心が折れてしまわぬように、変わらず望み通り“先生”でいられるように義理を果たそうと思ったのだ。
「そういうことでしたか……ふふ、ツンデレですねぇ、ハジメさん」
「そういうことでしたか……」
「なるほどのぉ~、ご主人様は意外に可愛らしいところがあるのじゃな」
ユエが、ハジメの思惑を他のメンバーに説明し終わり、彼等のハジメを見る目に生暖かさが宿る。ハジメは、そっぽを向いたままだ。
「……でも、愛子は気がつくと思う」
「……」
無言でユエに視線を転じるハジメ。ユエは、その瞳に優しさを乗せてハジメを見つめ返した。
「……愛子は、ハジメの先生。ハジメの心に残る言葉を贈れる人。なら、気がつかないはずがない……」
「……ユエ」
「……大丈夫。愛子は強い人。ハジメが望まない結果には、きっとならない」
「……」
どうやらユエは、自分が気に止めていなかった事柄で少しでもハジメに自分を省みさせた愛子にある程度の信頼を寄せているようだ。力強さと優しさを含んだ瞳で上目遣いに自分を見つめてくるユエに、ハジメもまた目を細め優しげに見つめ返した。ユエの言葉で、愛子の事や今後の展開について、少し心にかかっていたモヤが晴れたような気がする。
「はぁ~、また二人の世界作ってます……何時になったら私もあんな雰囲気を作れるようになるのでしょう……」
「こ、これは、何とも……口の中が何だか甘く感じますね……」
「むぅ~妾は、罵ってもらう方が好みなのだが……ああいうのも悪くないのぉ……」
ハジメとユエの甘い雰囲気に当てられて居心地悪そうなウィル達。特に、シアは、頬を膨らませ唇を尖らせいじけている。
それに気がついたユエが、シアに視線を転じると再びハジメに視線を合わせて無言の訴えをする。内容は、言わずもがな“シアにご褒美を”だ。シアの固有魔法“未来視”と、命懸けの行動がなければ、愛子は今頃、頭に穴を空けて帰らぬ人となっていただろう。シアは、まさしくハジメの恩師を救ったのである。
そのことは十分に理解しているので、ハジメは「うっ」と詰まりながらもユエから視線を外しシアに声をかけた。
「……シア。その、何だ、今回は助かった。遅くなったが……ありがとな」
「……………………誰?」
多少照れくさくとも我慢して礼を言った結果、返ってきたのは驚愕の表情とそんな言葉だった。ハジメの額に青筋が浮かぶが、自業自得と言えばそれまでなので我慢する。
「……まぁ、そういう態度を取られても仕方ないかとは思うがな……これでも、今回は割りかしマジで感謝してるんだぞ?」
ハジメを凝視するシアに、今度はしっかりと視線を合わせて「ありがとな」と礼を言うハジメ。そんなハジメのストレートな言葉に、シアは全身に電撃でも流されたかのようにフルフルと身を震わせると、途端に落ち着きをなくしてそわそわし始めた。視線を激しく彷徨わせ、頬を真っ赤に染めている。ウサミミは、あっちへピコピコ、こっちへピコピコ。
「え、えっと、いえ、そんな、別に大した事ないと言いますか、そんなお礼を言われる程の事ではないといいますか、も、もう! 何ですか、いきなり。何だか、物凄く照れくさいじゃないですか………………えへへ」
てれてれと恥ずかしげに身をくねらせるシアに、ハジメは苦笑いしながら少し疑問に思ったことを尋ねてみる。
「シア。少し気になったんだが……どうしてあの時、迷わず飛び込んだんだ? 先生とは、大して話してないだろ? 身を挺するほど仲良くなっていたとは思えないんだが……」
「それは……だって、ハジメさんが気にかける人ですから」
「……それだけか」
「? ……はい、それだけですけど?」
「……そうか」
シアのキョトンとした表情に、ハジメは何とも言えない表情をする。確かに、ハジメにとって愛子は恩師といえる存在ではある。他のクラスメイト達と異なり、いなくなってしまえばそれなりに衝撃を受けるであろう相手だ。死ななくて良かったと素直に思える相手だ。だが、それを言動で明確に示した覚えはなかった。しかし、ユエといい、シアといい、ハジメの心情などお見通しだったようだ。それだけ、何時も心を砕いてくれているという事だろう。今更ながら自分には過ぎた仲間だと、そんな思いが心に過ぎる。
これは、ユエに言われるまでもなく何かしらの形で報いるべきだろうと、ハジメは未だテレテレしているシアに話しかけた。
「シア。何かして欲しい事はあるか?」
「へ? して欲しい事……ですか?」
「ああ。礼というか、ご褒美と言うか……まぁ、そんな感じだ。もちろん出来る範囲でな?」
いきなりの言葉に、少し困惑するシア。仲間として当然の事をしたと考えていたので、少々大げさではないかと思う。「う、う~ん」と唸りながら、何気なく隣のユエを見ると、ユエは優しげな表情でシアを見つめ、コクリと頷いた。シアは、ハジメの感謝の気持ちなのだと視線で教え、素直に受け取ればいいと促す。それを正確に読み取ったシアは、少し考えた後、にへら~と笑い、ユエに笑みを浮かべて頷くとハジメに視線を転じた。威哥王三鞭粒
「では、私の初めてをもらっ『却下だ』……なぜです? どう考えても、遂にデレ期キター!! の瞬間ですよね? そうですよね? 空気読んで下さいよ!」
「“出来る範囲で”と、そう言っただろうが」
「十分出来る範囲でしょう! さり気なく私を遠ざけてユエさんとはしてるくせに! 知っているのですからね! お二人の情事を知るたびに胸に去来する虚しさときたら! うぅ、フューレンに着いたら、また私だけお使いにでも行かせて、その隙に愛し合うんでしょ? ぐすっ、また、私だけ……一人ぼっちで時間を潰すんですね……ツヤツヤしているユエさんを見て見ぬふりしなきゃなんですね……ちくしょうですぅ……」
「いや、おまっ、何も泣かなくても……俺が惚れているのはユエなんだから、お前の事は、まぁ、大事な仲間だとは思うが恋情はなぁ……そんな相手を抱くっつうのは……」
「……ぐすっ……ハジメさんのヘタレ!」
「……おい」
「根性なし! 内面乙女のカマ野郎! 甲斐性なし! ムッツリスケベ!」
遂に来るべき時が来たですぅ! と喜色を表に願いを告げると、言い終わる前に即行で却下され憤慨するシア。今までの不満なども一気に吐き出す勢いで泣きべそかきながらハジメを罵倒する。後ろの席からは、
「ぷふっ……数万規模の魔物を殲滅した男が……ヘタレ……ぷふっ」
「意外とご主人様は純情なのじゃなぁ、まだ関係をもっておらんかったとは……お尻の初めてを奪われた妾の方が一歩リードじゃな……」
などと言う小声が聞こえてくる。ハジメは、全員車外に放り出してやろうかと、一瞬本気で考えたものの、隣にいるユエから何故か批難がましい視線を向けられたためグッと堪えた。そして、頬を引き攣らせながらシアに再度話しかけた。あと、ウィルは後でシメると心に誓う。もう一つの声は……相手にしたくないので放置だ。
「シア。もうちょいハードルを下げろ。それ以外なら……」
「……ハジメ、ダメ?」
何故かユエから援護射撃が来る。シアは、「ユエさぁ~ん」と情けない声を上げながらヒシッとユエに抱きついた。明らかに、ユエは、ハジメがシアを抱くことを容認しているようだ。最近、本当にシアに対して甘いユエ。深い友情ゆえのものかと思っていたハジメだが、何だか困った妹のために世話を焼くお姉さんのようになって来ている。しかも、かなり重度のシスコンタイプ。
愛しい少女から、他の女を抱いて欲しいと頼まれる。全く、意味がわからない状況にハジメは頭を抱えた。だが、ハジメにも譲れない思いがある。
「……俺が、心から欲しいと思うのは、ユエ、お前だけなんだ。シアの事は嫌いじゃないし、仲間としては大事にしたいとは思うが……ユエと同列に扱うつもりはない。俺はな、ユエに対して独占欲を持ってる。どんな理由があろうと、他の男が傍にいるなんて許容出来そうにない。心が狭いと思うかもしれないし、勝手だとも思うかもしれないが……ユエも同じように思ってくれたらと、そう思う。だから、例え相手がシアでも、他の女との関係を勧めるというのは勘弁してくれないか?」
「……ハジメ」
腕にシアをしがみつかせたまま、ユエが頬を染め潤んだ瞳で真っ直ぐハジメを見上げる。ハジメもまた、そっと片手をユエの頬に当て優しく撫でながら見つめ返した。二人の間に、それはもう甘い雰囲気が漂う。空気の色すら艶やかな桃色になっているようだ。
見つめ合う二人の顔は次第に近づいていき、そして……
「……完全に忘れてますよね……私のこと……私へのご褒美のお話だったはずなのに……」
剣呑な声音とジト目でシアが至近で見つめ合うハジメとユエの二人を真横から睨む。そこで、漸く周りに状況に気がついた二人は、そそくさ距離をとった。ユエは、まだ照れくさいのか片手でその綺麗な髪をいじいじしながら心を落ち着かせている。
不意打ち気味に告白されたハジメの本心に、大分心乱されたようだ。無表情が崩れて、自然と口元がニマニマしてしまう。独占したいという言葉も、独占されたいという言葉も、人によっては重いと思うかもしれないが、ユエにとってはこの上なく嬉しいことだった。心が震えて、思わずハジメ以外の全てを忘れる程に。
「……なるほど、お三人の関係が何となく分かってきました……シア殿は大変ですね」
「むぅ……ユエとの絆が深いのぅ……割り込むのは大変そうじゃが……まぁ、妾は罵って貰えればそれだけでも……」
ウィルがハジメ達三人の関係を察しつつ砂糖を吐きそうな表情をする。後ろで何を想像したのかハァハァし始めた変態の存在など知らない。
「……ハジメ、ごめんなさい。でも、シアも大切……報いて欲しいと思う。だから、町で一日付き合うくらいは……ダメ?」
「ユエさぁ~ん」
なお、ハジメにシアの事を頼むユエ。シアは、頭を撫でながら心を砕いてくれるユエに甘えるようにグリグリと顔を押し付ける。ハジメは、その様子を見て苦笑いしながら答えた。三鞭粒
「別に、それくらい頼まれなくても構わないさ。というか、ユエに頼まれたからってんじゃシアも微妙だろ? シアが頼むなら、それくらいは付き合うよ」
「ハジメさん……いえ、なりふり構っていられないので、既成事実が作れれば何だっていいんですけどね!」
「……ホントお前って奴は……」
「まぁ、まだそれは無理そうなので、取り敢えず好感度稼ぎにデートで我慢します。フューレンに着いたら、観光区に連れて行って下さいね?」
「ああ、わかったよ」
案に、特別はユエだけだと改めて伝えたつもりなのだが、おそらく分かっていながら全くめげないシアに複雑な表情をしつつも、「まぁ、シアの好きにしたらいいか」とデートの申し込みを了承するハジメ。ハジメ自身、既にシアが大切な存在であることに変わりはないので、ユエに頼まれたから仕方なくではなく、今回の頑張りに報いようと本心から了承した。傍らのユエが、優しげな表情で「わ~い!」と喜びを表にするシアの頭をなでなでする。
「なんでしょう、このアウェイ感。一家団欒中に紛れ込んだ他人の気分です」
「う、う~む。これは放置プレイにしては全然ゾクゾクせんのじゃ……寂しいだけなのじゃ……というかそろそろ誰か妾に反応してくれてもいいんじゃよ? 中に入れてくれてもいいんじゃよ?」
いちゃいちゃほのぼのする前席の後ろで居心地悪そうな表情をするウィル。それと、誰も呼んでいないのに、いつの間にか荷台に乗り込んで、荷台と車内をつなぐ窓から頭だけ車内に入れて、先程からちょくちょく会話に参加してくるティオ。
戦いの前に、ハジメに着いて行きたいと頼んだにもかかわらず、結局、放置されたどころか存在そのものを忘れられてしまい、慌てて走り出した魔力駆動四輪の荷台に飛び乗ったのだが、その酷い扱いに興奮してハァハァしながら窓から車内を覗き込んでいた姿に、車内の全員がドン引きし、いないものとして扱うことにしたのである。
もちろん、当初は振り落としてやろうと某ワイルドな速度の映画のように無茶な機動をしてやったのだが、魔法をフル活用して意地でも張り付き、しかも、だんだん興奮してきたのか恍惚としだしたので、関わらないことにしたのである。変態は、反応すればするほど喜ぶのだ。
そんな、誰も反応してくれない状況に、放置プレイだと興奮していたティオだが、流石にハジメ達のやり取りに虚しさを感じ始めたらしく、遂に直接構ってくれと訴えだした。それでも全員無反応なので、ティオは、ずるずると荷台へと続く窓から車内へ入ろうと這いずって来る。黒い長髪が垂れ下がり、ゆっくり這いずって侵入してくる姿は、まるで某指輪の貞○さんを彷彿とさせる。
流石に、不気味だったのかウィルが無視できずに「うわっ!」と言いながら窓際へと後退った。その声に反応して、ハジメ達も後部座席を見る。
「む? むぅ~、つ、つっかえてしもうた。胸が邪魔して……入れん。すまぬがウィル坊、引っ張ってくれんか?」
むにむにと変形するシア以上の巨大な胸を窓枠に引っ掛けたままジタバタともがくティオがウィルに「引っ張っておくれ?」と手を伸ばす。それを見たハジメは、無言で左のホルスターからシュラークを抜くと肘を曲げて肩越しに躊躇いなく発砲した。
ドパンッ!
「ぬおっ!?」
発砲音と共に飛び出た弾丸がティオの額に直撃し、衝撃でそのまま荷台に吹き飛ばして逆戻りさせた。荷台からドッタンバッタンとのたうつ音が聞こえる。
「な、なにをするんじゃ。いきなりそんな……興奮するじゃろ?」
頬を染めて若干嬉しそうに額をさすりながら文句……ではなく変態発言をする竜人族ティオ。彼女は、今度は足から入ろうというのか、窓から足を突っ込み後ろ向きに車内へ入ってくる。が、今度はそのムッチリしたお尻が窓枠に引っかかり、魅惑的なお尻をふりふりしながら何とか中に入ろうともがいている。天天素
もっとも、前の座席で窓を全開にしてウサミミを風に遊ばせてパタパタさせているシアは、四輪より二輪の方が好きらしく若干不満そうだ。何でも、ウサミミが風を切る感触やハジメにギュッと抱きつきながら肩に顔を乗せる体勢が好きらしい。
運転は当然ハジメ。その隣は定番の席でユエだ。後部座席に、ウィルが乗っている。そのウィルが、ハジメに対し、少々身を乗り出しながら気遣わし気に話しかけた。
「あのぉ~、本当にあのままでよかったのですか? 話すべきことがあったのでは……特に愛子殿には……」
ハジメは振り向かないまま、気のない返事をする。
「ん~? 別に、あれでいいんだよ。あれ以上、あそこにいても面倒なことにしかならないだろうし……先生も今は俺がいない方がいい決断が出来るだろうしな」
「……それは、そうかもしれませんが……」
「お前……ホント人がいいというか何というか……他人の事で心配し過ぎだろ?」
ハジメの言葉を聞いても、なお、心配そうな表情をするウィルにハジメは苦笑いだ。あったばかりの冒険者達の死に本気で嘆き悲しみ、普通に考えれば自殺行為に等しい魔物の大群に襲われる自分とは関係ない町のために残り、恨みの対象であるティオを許し、今は半ば脅して連れ出したハジメと愛子達との関係を心配している。王国の貴族でありながら、冒険者を目指すなど随分変わり者だとは思っていたが、それを通り越して思わず心配になるぐらいお人好しだ。
「……いい人」
「いい人ですねぇ~」
「うむ、いい奴じゃな」
ウィルは、一斉に送られた言葉に複雑な表情だ。褒められている気はするのだが、女性からの“いい人”というのは男としては何とも微妙な評価だ。
「わ、私の事はいいのです……私は、きちんと理由を説明すべきだったのではと、そう言いたいだけで……」
「……理由だと?」
微妙な表情で頬をカリカリと掻きながら、話を続けるウィル。だが、ハジメは、ウィルの言葉に眉をピクリと動かし反応する。
「ええ。なぜ、愛子殿とわだかまりを残すかもしれないのに、清水という少年を殺したのか……その理由です」
「……言っただろ。敵だからって……」
「それは、彼を“助けない”理由にはなっても“殺す”理由にはなりませんよね? だって、彼はあの時、既に致命傷を負っていて、放って置いても数分の命だったのですから……わざわざ殺したのには理由があるのですよね?」
「……意外によく見ているんだな」
ウィルの指摘したことはもっともであり、図星でもあった。クラスメイトであり、愛子の助けを求める声が響く中で、問答無用に清水を撃ち殺したハジメの所業はそれだけインパクトが強く、ハジメが殺す必要はなかったという事実は上手く隠れてしまっている。そのことを素で気がついたウィルは、何だかんだ言って貴族としての“目”を持っているということだろう。誤魔化されなかったウィルに、ハジメは感心したよう声音を出した。
窓から外に顔を出して風を楽しんでいたシアも、「そう言えば、私も気になってました」と知りたそうな顔で運転中のハジメに顔を向ける。ハジメは、どう答えようかと少し逡巡するが、何かを言う前にユエが代わりに答えた。
「……ハジメ、ツンデレ」
「……」
「「「ツンデレ?」」」
ユエの指摘に思い当たる点があるのかポーカーフェイスで無言を貫くハジメ。他のメンバーはオウム返しだ。
「……愛子へのお返し? あるいは、唯の気遣い?」
「……もののついでだよ」
そっぽを向きつつ素っ気なく答えるハジメから、ユエが正解にたどり着いていると察し、シア達が説明を求める。
ハジメが答えそうにないので、ユエが代わりに答えたところ、要は、愛子が清水の死に責任を感じないように意識を逸らしたのだという。
清水は言っていた。自分が出会った魔人族の目的は、“豊穣の女神”である愛子の殺害であると。それは取りも直さず、愛子を殺すために清水を利用したということだ。最後のあの攻撃も、愛子を殺すために・・・・・・・・清水の体ごと貫いたのだ。
もちろん、清水の死に対して愛子が負うべき責任などない。清水は自分の意志と欲望のために魔人族に魂を売り渡し、その結果が自身の死だったというだけの話だ。自らの選択の結果である以上、その責任は清水自身が負うべきものであるし、そうでなくても、直接清水に致命傷を与えた例の魔人族に責任はあるというべきである。
だが、愛子はそれで納得するだろうか? 最後の攻撃が、愛子を狙ったものであることは自明の理だ。ならば、責任感が強く、何時でも生徒の事を一番に考えている愛子のことだ。自分に巻き込まれて清水は死んだ。すなわち、自分のせいで清水は死んだと考えるのではないだろうか? その可能性は大きいだろう。そして、その考えに至ったとき、愛子の心は耐えられるのだろうか? ハジメは、そこを少し危惧したのだ。
愛子とて、異世界召喚という異常事態には人間として不安も恐怖も大いに感じていることだろう。それでも、嘆いて立ち止まったり恐怖に震えて蹲ることもなく、自分に出来ることをと頑張れるのは、彼女が“先生”としての矜持を持っているからだ。そして、愛子を“先生”足らしめているのは“生徒”の存在である。
その生徒を自分のせいで死なせてしまった。その衝撃は、かつてハジメが死んだと聞かされた時よりも、そのハジメから原因がクラスメイトの裏切りだと聞かされた時よりも、遥かに強力な刃となって愛子の心を傷つけるだろう。あるいは、折れてしまうほどに。
ハジメとしては、こんなことで愛子に折れられてしまっては困るという打算もあったが、愛子を心配する気持ちも確かにあったのだ。愛子の言葉は、些か以上に理想に走りすぎているとハジメは感じていた。そのせいで、多くの矛盾を孕んでしまっているとも。
しかし、それでも、愛子が贈ってくれた言葉は、きっとこれから先の未来で、ユエやシアをより幸せにするために必要なものだと思ったし、だからこそ例え世界が変わっても、ハジメ自身が変わっても、なおハジメの“先生”として“説教”してくれたことに、ハジメはそれなりに恩義を感じていたのだ。中絶薬
それ故に、ハジメは、放っておいても死ぬと分かっていた清水を敢えて殺した。なるべく印象が強くなるように清水が“敵”であることを強調して。そうして、清水を殺したのはハジメなのだと印象づけたのだ。愛子の心が折れてしまわぬように、変わらず望み通り“先生”でいられるように義理を果たそうと思ったのだ。
「そういうことでしたか……ふふ、ツンデレですねぇ、ハジメさん」
「そういうことでしたか……」
「なるほどのぉ~、ご主人様は意外に可愛らしいところがあるのじゃな」
ユエが、ハジメの思惑を他のメンバーに説明し終わり、彼等のハジメを見る目に生暖かさが宿る。ハジメは、そっぽを向いたままだ。
「……でも、愛子は気がつくと思う」
「……」
無言でユエに視線を転じるハジメ。ユエは、その瞳に優しさを乗せてハジメを見つめ返した。
「……愛子は、ハジメの先生。ハジメの心に残る言葉を贈れる人。なら、気がつかないはずがない……」
「……ユエ」
「……大丈夫。愛子は強い人。ハジメが望まない結果には、きっとならない」
「……」
どうやらユエは、自分が気に止めていなかった事柄で少しでもハジメに自分を省みさせた愛子にある程度の信頼を寄せているようだ。力強さと優しさを含んだ瞳で上目遣いに自分を見つめてくるユエに、ハジメもまた目を細め優しげに見つめ返した。ユエの言葉で、愛子の事や今後の展開について、少し心にかかっていたモヤが晴れたような気がする。
「はぁ~、また二人の世界作ってます……何時になったら私もあんな雰囲気を作れるようになるのでしょう……」
「こ、これは、何とも……口の中が何だか甘く感じますね……」
「むぅ~妾は、罵ってもらう方が好みなのだが……ああいうのも悪くないのぉ……」
ハジメとユエの甘い雰囲気に当てられて居心地悪そうなウィル達。特に、シアは、頬を膨らませ唇を尖らせいじけている。
それに気がついたユエが、シアに視線を転じると再びハジメに視線を合わせて無言の訴えをする。内容は、言わずもがな“シアにご褒美を”だ。シアの固有魔法“未来視”と、命懸けの行動がなければ、愛子は今頃、頭に穴を空けて帰らぬ人となっていただろう。シアは、まさしくハジメの恩師を救ったのである。
そのことは十分に理解しているので、ハジメは「うっ」と詰まりながらもユエから視線を外しシアに声をかけた。
「……シア。その、何だ、今回は助かった。遅くなったが……ありがとな」
「……………………誰?」
多少照れくさくとも我慢して礼を言った結果、返ってきたのは驚愕の表情とそんな言葉だった。ハジメの額に青筋が浮かぶが、自業自得と言えばそれまでなので我慢する。
「……まぁ、そういう態度を取られても仕方ないかとは思うがな……これでも、今回は割りかしマジで感謝してるんだぞ?」
ハジメを凝視するシアに、今度はしっかりと視線を合わせて「ありがとな」と礼を言うハジメ。そんなハジメのストレートな言葉に、シアは全身に電撃でも流されたかのようにフルフルと身を震わせると、途端に落ち着きをなくしてそわそわし始めた。視線を激しく彷徨わせ、頬を真っ赤に染めている。ウサミミは、あっちへピコピコ、こっちへピコピコ。
「え、えっと、いえ、そんな、別に大した事ないと言いますか、そんなお礼を言われる程の事ではないといいますか、も、もう! 何ですか、いきなり。何だか、物凄く照れくさいじゃないですか………………えへへ」
てれてれと恥ずかしげに身をくねらせるシアに、ハジメは苦笑いしながら少し疑問に思ったことを尋ねてみる。
「シア。少し気になったんだが……どうしてあの時、迷わず飛び込んだんだ? 先生とは、大して話してないだろ? 身を挺するほど仲良くなっていたとは思えないんだが……」
「それは……だって、ハジメさんが気にかける人ですから」
「……それだけか」
「? ……はい、それだけですけど?」
「……そうか」
シアのキョトンとした表情に、ハジメは何とも言えない表情をする。確かに、ハジメにとって愛子は恩師といえる存在ではある。他のクラスメイト達と異なり、いなくなってしまえばそれなりに衝撃を受けるであろう相手だ。死ななくて良かったと素直に思える相手だ。だが、それを言動で明確に示した覚えはなかった。しかし、ユエといい、シアといい、ハジメの心情などお見通しだったようだ。それだけ、何時も心を砕いてくれているという事だろう。今更ながら自分には過ぎた仲間だと、そんな思いが心に過ぎる。
これは、ユエに言われるまでもなく何かしらの形で報いるべきだろうと、ハジメは未だテレテレしているシアに話しかけた。
「シア。何かして欲しい事はあるか?」
「へ? して欲しい事……ですか?」
「ああ。礼というか、ご褒美と言うか……まぁ、そんな感じだ。もちろん出来る範囲でな?」
いきなりの言葉に、少し困惑するシア。仲間として当然の事をしたと考えていたので、少々大げさではないかと思う。「う、う~ん」と唸りながら、何気なく隣のユエを見ると、ユエは優しげな表情でシアを見つめ、コクリと頷いた。シアは、ハジメの感謝の気持ちなのだと視線で教え、素直に受け取ればいいと促す。それを正確に読み取ったシアは、少し考えた後、にへら~と笑い、ユエに笑みを浮かべて頷くとハジメに視線を転じた。威哥王三鞭粒
「では、私の初めてをもらっ『却下だ』……なぜです? どう考えても、遂にデレ期キター!! の瞬間ですよね? そうですよね? 空気読んで下さいよ!」
「“出来る範囲で”と、そう言っただろうが」
「十分出来る範囲でしょう! さり気なく私を遠ざけてユエさんとはしてるくせに! 知っているのですからね! お二人の情事を知るたびに胸に去来する虚しさときたら! うぅ、フューレンに着いたら、また私だけお使いにでも行かせて、その隙に愛し合うんでしょ? ぐすっ、また、私だけ……一人ぼっちで時間を潰すんですね……ツヤツヤしているユエさんを見て見ぬふりしなきゃなんですね……ちくしょうですぅ……」
「いや、おまっ、何も泣かなくても……俺が惚れているのはユエなんだから、お前の事は、まぁ、大事な仲間だとは思うが恋情はなぁ……そんな相手を抱くっつうのは……」
「……ぐすっ……ハジメさんのヘタレ!」
「……おい」
「根性なし! 内面乙女のカマ野郎! 甲斐性なし! ムッツリスケベ!」
遂に来るべき時が来たですぅ! と喜色を表に願いを告げると、言い終わる前に即行で却下され憤慨するシア。今までの不満なども一気に吐き出す勢いで泣きべそかきながらハジメを罵倒する。後ろの席からは、
「ぷふっ……数万規模の魔物を殲滅した男が……ヘタレ……ぷふっ」
「意外とご主人様は純情なのじゃなぁ、まだ関係をもっておらんかったとは……お尻の初めてを奪われた妾の方が一歩リードじゃな……」
などと言う小声が聞こえてくる。ハジメは、全員車外に放り出してやろうかと、一瞬本気で考えたものの、隣にいるユエから何故か批難がましい視線を向けられたためグッと堪えた。そして、頬を引き攣らせながらシアに再度話しかけた。あと、ウィルは後でシメると心に誓う。もう一つの声は……相手にしたくないので放置だ。
「シア。もうちょいハードルを下げろ。それ以外なら……」
「……ハジメ、ダメ?」
何故かユエから援護射撃が来る。シアは、「ユエさぁ~ん」と情けない声を上げながらヒシッとユエに抱きついた。明らかに、ユエは、ハジメがシアを抱くことを容認しているようだ。最近、本当にシアに対して甘いユエ。深い友情ゆえのものかと思っていたハジメだが、何だか困った妹のために世話を焼くお姉さんのようになって来ている。しかも、かなり重度のシスコンタイプ。
愛しい少女から、他の女を抱いて欲しいと頼まれる。全く、意味がわからない状況にハジメは頭を抱えた。だが、ハジメにも譲れない思いがある。
「……俺が、心から欲しいと思うのは、ユエ、お前だけなんだ。シアの事は嫌いじゃないし、仲間としては大事にしたいとは思うが……ユエと同列に扱うつもりはない。俺はな、ユエに対して独占欲を持ってる。どんな理由があろうと、他の男が傍にいるなんて許容出来そうにない。心が狭いと思うかもしれないし、勝手だとも思うかもしれないが……ユエも同じように思ってくれたらと、そう思う。だから、例え相手がシアでも、他の女との関係を勧めるというのは勘弁してくれないか?」
「……ハジメ」
腕にシアをしがみつかせたまま、ユエが頬を染め潤んだ瞳で真っ直ぐハジメを見上げる。ハジメもまた、そっと片手をユエの頬に当て優しく撫でながら見つめ返した。二人の間に、それはもう甘い雰囲気が漂う。空気の色すら艶やかな桃色になっているようだ。
見つめ合う二人の顔は次第に近づいていき、そして……
「……完全に忘れてますよね……私のこと……私へのご褒美のお話だったはずなのに……」
剣呑な声音とジト目でシアが至近で見つめ合うハジメとユエの二人を真横から睨む。そこで、漸く周りに状況に気がついた二人は、そそくさ距離をとった。ユエは、まだ照れくさいのか片手でその綺麗な髪をいじいじしながら心を落ち着かせている。
不意打ち気味に告白されたハジメの本心に、大分心乱されたようだ。無表情が崩れて、自然と口元がニマニマしてしまう。独占したいという言葉も、独占されたいという言葉も、人によっては重いと思うかもしれないが、ユエにとってはこの上なく嬉しいことだった。心が震えて、思わずハジメ以外の全てを忘れる程に。
「……なるほど、お三人の関係が何となく分かってきました……シア殿は大変ですね」
「むぅ……ユエとの絆が深いのぅ……割り込むのは大変そうじゃが……まぁ、妾は罵って貰えればそれだけでも……」
ウィルがハジメ達三人の関係を察しつつ砂糖を吐きそうな表情をする。後ろで何を想像したのかハァハァし始めた変態の存在など知らない。
「……ハジメ、ごめんなさい。でも、シアも大切……報いて欲しいと思う。だから、町で一日付き合うくらいは……ダメ?」
「ユエさぁ~ん」
なお、ハジメにシアの事を頼むユエ。シアは、頭を撫でながら心を砕いてくれるユエに甘えるようにグリグリと顔を押し付ける。ハジメは、その様子を見て苦笑いしながら答えた。三鞭粒
「別に、それくらい頼まれなくても構わないさ。というか、ユエに頼まれたからってんじゃシアも微妙だろ? シアが頼むなら、それくらいは付き合うよ」
「ハジメさん……いえ、なりふり構っていられないので、既成事実が作れれば何だっていいんですけどね!」
「……ホントお前って奴は……」
「まぁ、まだそれは無理そうなので、取り敢えず好感度稼ぎにデートで我慢します。フューレンに着いたら、観光区に連れて行って下さいね?」
「ああ、わかったよ」
案に、特別はユエだけだと改めて伝えたつもりなのだが、おそらく分かっていながら全くめげないシアに複雑な表情をしつつも、「まぁ、シアの好きにしたらいいか」とデートの申し込みを了承するハジメ。ハジメ自身、既にシアが大切な存在であることに変わりはないので、ユエに頼まれたから仕方なくではなく、今回の頑張りに報いようと本心から了承した。傍らのユエが、優しげな表情で「わ~い!」と喜びを表にするシアの頭をなでなでする。
「なんでしょう、このアウェイ感。一家団欒中に紛れ込んだ他人の気分です」
「う、う~む。これは放置プレイにしては全然ゾクゾクせんのじゃ……寂しいだけなのじゃ……というかそろそろ誰か妾に反応してくれてもいいんじゃよ? 中に入れてくれてもいいんじゃよ?」
いちゃいちゃほのぼのする前席の後ろで居心地悪そうな表情をするウィル。それと、誰も呼んでいないのに、いつの間にか荷台に乗り込んで、荷台と車内をつなぐ窓から頭だけ車内に入れて、先程からちょくちょく会話に参加してくるティオ。
戦いの前に、ハジメに着いて行きたいと頼んだにもかかわらず、結局、放置されたどころか存在そのものを忘れられてしまい、慌てて走り出した魔力駆動四輪の荷台に飛び乗ったのだが、その酷い扱いに興奮してハァハァしながら窓から車内を覗き込んでいた姿に、車内の全員がドン引きし、いないものとして扱うことにしたのである。
もちろん、当初は振り落としてやろうと某ワイルドな速度の映画のように無茶な機動をしてやったのだが、魔法をフル活用して意地でも張り付き、しかも、だんだん興奮してきたのか恍惚としだしたので、関わらないことにしたのである。変態は、反応すればするほど喜ぶのだ。
そんな、誰も反応してくれない状況に、放置プレイだと興奮していたティオだが、流石にハジメ達のやり取りに虚しさを感じ始めたらしく、遂に直接構ってくれと訴えだした。それでも全員無反応なので、ティオは、ずるずると荷台へと続く窓から車内へ入ろうと這いずって来る。黒い長髪が垂れ下がり、ゆっくり這いずって侵入してくる姿は、まるで某指輪の貞○さんを彷彿とさせる。
流石に、不気味だったのかウィルが無視できずに「うわっ!」と言いながら窓際へと後退った。その声に反応して、ハジメ達も後部座席を見る。
「む? むぅ~、つ、つっかえてしもうた。胸が邪魔して……入れん。すまぬがウィル坊、引っ張ってくれんか?」
むにむにと変形するシア以上の巨大な胸を窓枠に引っ掛けたままジタバタともがくティオがウィルに「引っ張っておくれ?」と手を伸ばす。それを見たハジメは、無言で左のホルスターからシュラークを抜くと肘を曲げて肩越しに躊躇いなく発砲した。
ドパンッ!
「ぬおっ!?」
発砲音と共に飛び出た弾丸がティオの額に直撃し、衝撃でそのまま荷台に吹き飛ばして逆戻りさせた。荷台からドッタンバッタンとのたうつ音が聞こえる。
「な、なにをするんじゃ。いきなりそんな……興奮するじゃろ?」
頬を染めて若干嬉しそうに額をさすりながら文句……ではなく変態発言をする竜人族ティオ。彼女は、今度は足から入ろうというのか、窓から足を突っ込み後ろ向きに車内へ入ってくる。が、今度はそのムッチリしたお尻が窓枠に引っかかり、魅惑的なお尻をふりふりしながら何とか中に入ろうともがいている。天天素
2014年7月15日星期二
ドワーフ殺し
「これで全員の入会が無事認められた。入会儀礼はここまでとする」
全員の入会儀礼がすみ、エステル男爵が宣言した。
ようやく終わったか。
思ったより長くて疲れたような気がする。簡約痩身
主に精神的に。
「全員の入会を歓迎しよう」
「迷宮と魔物の駆除に力を奮ってほしい」
伯爵と公爵が再び男爵の横に並んで立った。
伯爵もちゃんと歓迎してくれるようだ。
俺も背筋を伸ばす。
皇帝の横に立つ気はないが。
「無事入会をすませた君たちにハンドサインを教える」
「ハンドサイン?」
「帝国解放会の会員であることを示すサインだ。その人が会員であるかどうか確信が持てない場合や、会員である誰かに助けを求めたいときなどに使う。サインはこうだ」
エステルが体の前で手をクロスさせ、左手の手のひらを右二の腕の裏側に当てた。
そんなサインがあるのか。
「これでいいのか?」
皇帝が真似をする。
「右腕は伸ばせ。そうだ」
「こうやるのか」
俺もやってみた。
「まだ君たちには関係ないが、誰かを解放会の会員として推薦しようと考えたときには、相手が会員でないかどうかこのサインを示して反応を見たりする」
ということは俺もやられたはずだ。
驚いて公爵を見ると、公爵がうなずく。
「余もやったぞ」
俺も試されていたらしい。
いつ示されたのかまったく心当たりもない。
そのくらい分かりにくい微妙なサインだ。
会員かどうか分からない人に対してやるのだから、違和感を持たれて会員であることがばればれになってもまずいのだろう。
「誰かがこのサインを示したときには、相手に同じしぐさをやり返す。助けを求められた場合には、積極的に応じ、できる範囲内で支援してほしい。会員同士の友愛のためだ」
「分かった」
一応うなずいておくべきだろう。
俺が助けを求めることもありうる。
あまり使う機会はないと思うが。
「ただし、みだりに使うことは厳禁だ」
「そうだろうなあ」
「また、毎年冬には会員総会が開かれる。第二位階と第一位階の会員に出席の義務はないが、できれば積極的に参加してほしい」
会員総会なんていうめんどくさそうなものまであるのか。
まあそういうのもあるんだろうけど。
出席の義務はなしと。
「朕は諸侯会議の時期と聞いたが」
「そうだ。同じ時期に集まってしまうのが好都合なのでな。貴族関係の会員はどうしても多い。詳しい日取りなどはロッジに来れば書記の方から話があろう」
「となると朕の参加は難しそうか」
皇帝が口を挟んだ。
諸侯会議なんていうのがあるのか。
そして貴族関係者の会員はやはり多いらしい。
カシアや皇帝みたいに義務感から積極的に迷宮に挑む貴族も多いのだろう。
貴族の子どもは赤ちゃんのころからパーティーを組み、他のパーティーメンバーだけが迷宮に入って純粋培養もされる。
魔法使いになれるのも貴族や金持ちの子弟だけだし、強くなる人に貴族やその関係者が多くなるのも道理だ。
諸侯会議というくらいだから貴族が集まるのだろうし、帝国解放会の会員総会も同じ時期にやってしまえということだろう。
フィールドウォークがあるからいつでも集まることができるとはいえ、諸侯会議出席のために帝都にいる時期にやってしまえば都合がいい。
スケジュール調整なども楽だ。V26Ⅳ美白美肌速効
もちろん諸侯会議も帝都で行われるのだろう。
ただし、その時期皇帝は忙しいらしい。
普通に考えれば諸侯会議の主催者でもあるのだろう。
報告とか取りまとめとかいろいろある。
皇帝も大変だ。
「まだしばらく先のことになるだろうが、四十五階層を突破した場合、突破試験が受けられる。ロッジに来て書記に話をすれば話が通るだろう」
「突破試験か」
それもあるんだよな。
十何年も先の話だが。
「後は、ブロッケンから何かあるか」
「五十階層以上に挑めるようになったら、どの迷宮に入るか書記に伝えておくといい」
公爵が付け足した。
これは俺向けなんだろう。
帝国解放会の会員になると迷宮を倒したときに承認を受けられやすいとかいう話だった。
どの迷宮に入るか把握されてなかったとしても、皇帝が迷宮を倒したらそれを疑うやつはいまい。
「ブルーノ、副会長として何かあるか?」
おまわりさんこいつなバーコード伯爵は帝国解放会の副会長だったらしい。
大丈夫なのか、この組織。
「特にはない。帝国解放会は新しい会員の入会を歓迎する。ともに腕を磨き合い、迷宮と魔物を駆逐して、いつの日か解放をなし遂げよう」
「それでは、入会式および入会儀礼は以上で終了だ」
副会長と会長が最後を締めた。
誰かがドアを開け、部屋が明るくなる。
本当にここまでのようだ。
「貸し出した衣装はここにもってこい」
いち早くダルマティカを脱いだ伯爵が呼びかけた。
俺もダルマティカを脱いで伯爵に渡す。
「この後は、部屋を移って乾杯する。全員移動するように」
エステルも一声かけてからダルマティカを脱いだ。
出たよ、飲みニケーション。
やはりまあそんなものか。
二十一世紀の日本にだってあるのに、この世界ではしょうがないだろう。
「朕のため時間がとれずにすまんな」
「大丈夫だ」
皇帝と伯爵がダルマティカを渡しながら会話する。
「いつもはもっと大きな宴会が催されることもあるが、今日は軽く乾杯するだけだ」
皇帝と伯爵の会話の意味を、横に来た公爵がひそかに教えてくれた。
なるほど。
さすがに皇帝は忙しく、宴会などやっている暇はないのだろう。
皇帝様様だ。
「そうか」
「ミチオも無事に入会したので、うちでもささやかながら祝宴を開きたい。十日後辺りでどうか」
「分かった」
「では十日後の夕方にパーティーメンバー全員で来てくれ」
部屋を出て移動するエステルの後ろについていきながら、公爵と話をする。
推薦してくれたのだし、断ることはできないだろう。
いまさら断る手もないが。
「お待ちしておりました。入会式は無事おすみになられましたでしょうか」
廊下を進み階段を下りると、セバスチャンが待っていた。
「終わった」
「お部屋はこちらに用意してございます」
部屋まではセバスチャンが誘導する。
総書記が部屋のドアを開け、全員が中に入った。男根増長素
最初に来たときと同じような広くて豪華な会議室だ。
皇帝も使うことがあるなら、確かにこの豪華さも納得だ。
エステルがテーブルの向こうに回った。
公爵も俺の横を離れて向かう。
テーブルの向こう側が上座なのだろう。
向こうにいったのは貴族三人。
新会員三人はこっち側か。
皇帝だからという特別扱いは本当にないらしい。
せめて皇帝は真ん中だろうから、俺は端に座った。
「我にはデュンケルを。ブロッケンとブルーノは好きなものを頼め。新会員にはドワーフ殺しとシュタルクセルツァーを一本ずつ」
向こう側の真ん中にはエステル男爵が座る。
まあ会長だしな。
「かしこまりました」
注文を受け、セバスチャンが部屋を後にした。
ドワーフ殺しなんていう飲み物があるのか。
「新会員は、酒が飲めるならドワーフ殺し、飲めない場合にはシュタルクセルツァーだ。飲まない方は持って帰ればいい」
ドワーフは水代わりに酒を飲むとか言っていた。
そのドワーフを殺すのだ。
きっときっついのだろう。
新会員いじめは懺悔で終わりではなかったらしい。
「シュタルクセルツァーか」
ドワーフ殺しのオルタナティブで示されたシュタルクセルツァーも、酒を飲まない人用とはいえ気をつけた方がいい。
きっと新会員いじめの一環だ。
セバスチャンはすぐに戻ってきて、給仕を始める。
ドワーフ殺しもシュタルクセルツァーも準備してあったに違いない。
慣例の新会員いじめなのか。
「こちらがドワーフ殺し、こちらがシュタルクセルツァーになります」
俺たちの前に小さな壷が二本ずつ並べられた。
素焼きではなく釉薬のかけられた壷だ。
なかなかに高級品っぽい。
「朕はこの後まだ執務があるのでな」
皇帝はシュタルクセルツァーを手に取る。
護衛もシュタルクセルツァーを持った。
酔っては仕事にならないのだろう。
「では俺も」
「なんだ。誰もドワーフ殺しにいかないのか。まだ栓は取るなよ」
俺がシュタルクセルツァーに手を伸ばすと、エステルが注意した。
さすがに名前がよくない。
ドワーフ殺しだもんな。
人間族なら瞬殺だろう。
実は名称は引っかけで、たいしたことはなかったりするのだろうか。
シュタルクセルツァーが新会員いじめの本命とか?
ここまであからさまだとそれもありうるか。
「栓を取ったら、一気に飲め」
「飲む前に壷をよくゆすっておくといいぞ」
なんか公爵と伯爵の指示で読めたんですけど。
壷をゆすれとか。
鬼畜な伯爵だ。
「では。入会と新会員の前途を祝して。乾杯」
「乾杯」
会長の音頭で乾杯する。
コルクみたいな感じの栓を取り、小さな壷を傾けて中の液体を口に注いだ。男宝
炭酸だ。
思ったとおり炭酸だった。
口の中でシュワシュワと泡が駆け巡る。
かなり強いな。
アメリカからの輸入物で安く売られているなんとかコーラみたいな感じ。
もっとも、コーラではなく水だ。
砂糖は入っていない。
ただの炭酸水だ。
「ガイウスなら知っておったであろうが、ミチオも知っていたのか?」
俺が驚くことなくシュタルクセルツァーを飲み干すと、エステルが聞いてくる。
「知らなかったが、昔住んでいたところの近くに似たような飲み物があった。ここまで強くなかったが」
「あるところで湧いている水でな。中でも特に強いのがそれだ」
自然に湧き出る炭酸水というのがあるのだろうか。
いずれにしても、知らない人が初めて口にしたら吹き出すかもしれない。
いろいろきつい悪戯だ。
「やはりドワーフ殺しが正解だったのか」
「ドワーフ殺しも強い酒だぞ。壷一本を軽く飲み干せる者を我は知らん。ドワーフでもそうはおるまい」
どっちを飲んでも地雷だったんじゃねえか。
性質悪いな。
「朕は昔ドワーフ殺しを飲み干すというドワーフの噂を聞いたことがある。そのような剛の者がおったら是非会ってみたいものだ」
「余も知らん。エルフではひとたまりもあるまい」
皇帝や公爵の知り合いにもいないみたいだ。
酒が飲めるから偉くなれるわけでもないしな。
ドワーフの知り合いが大量にいなければそんなものなんだろう。
「まさかセリーが頼んだりしてないよな」
セバスチャンに確認した。
資料室にあるならセリーもドワーフ殺しを飲んでいるかもしれない。
そんな強い酒を飲んで暴れられたりしても困る。
「セリー様は、ドワーフ殺しは仕事に影響が出るかもしれないから水でいいとおっしゃられて」
かもしれない、なのか。
休日であって仕事ではないのだが。
というか、その水はエイチツーオーの水じゃないだろう。
いろいろと突っ込みどころの多い返事だ。
「さすがは師兄。そのような剛の者を知っておるとは」
「いや。一気飲みできるかどうかは」
「仕事に影響が出るかもしれないというレベルなのであろう」
やっぱり突っ込まれた。
貧乳好きドMの皇帝にセリーを会わせるのはまずいような気がするが。三体牛鞭
全員の入会儀礼がすみ、エステル男爵が宣言した。
ようやく終わったか。
思ったより長くて疲れたような気がする。簡約痩身
主に精神的に。
「全員の入会を歓迎しよう」
「迷宮と魔物の駆除に力を奮ってほしい」
伯爵と公爵が再び男爵の横に並んで立った。
伯爵もちゃんと歓迎してくれるようだ。
俺も背筋を伸ばす。
皇帝の横に立つ気はないが。
「無事入会をすませた君たちにハンドサインを教える」
「ハンドサイン?」
「帝国解放会の会員であることを示すサインだ。その人が会員であるかどうか確信が持てない場合や、会員である誰かに助けを求めたいときなどに使う。サインはこうだ」
エステルが体の前で手をクロスさせ、左手の手のひらを右二の腕の裏側に当てた。
そんなサインがあるのか。
「これでいいのか?」
皇帝が真似をする。
「右腕は伸ばせ。そうだ」
「こうやるのか」
俺もやってみた。
「まだ君たちには関係ないが、誰かを解放会の会員として推薦しようと考えたときには、相手が会員でないかどうかこのサインを示して反応を見たりする」
ということは俺もやられたはずだ。
驚いて公爵を見ると、公爵がうなずく。
「余もやったぞ」
俺も試されていたらしい。
いつ示されたのかまったく心当たりもない。
そのくらい分かりにくい微妙なサインだ。
会員かどうか分からない人に対してやるのだから、違和感を持たれて会員であることがばればれになってもまずいのだろう。
「誰かがこのサインを示したときには、相手に同じしぐさをやり返す。助けを求められた場合には、積極的に応じ、できる範囲内で支援してほしい。会員同士の友愛のためだ」
「分かった」
一応うなずいておくべきだろう。
俺が助けを求めることもありうる。
あまり使う機会はないと思うが。
「ただし、みだりに使うことは厳禁だ」
「そうだろうなあ」
「また、毎年冬には会員総会が開かれる。第二位階と第一位階の会員に出席の義務はないが、できれば積極的に参加してほしい」
会員総会なんていうめんどくさそうなものまであるのか。
まあそういうのもあるんだろうけど。
出席の義務はなしと。
「朕は諸侯会議の時期と聞いたが」
「そうだ。同じ時期に集まってしまうのが好都合なのでな。貴族関係の会員はどうしても多い。詳しい日取りなどはロッジに来れば書記の方から話があろう」
「となると朕の参加は難しそうか」
皇帝が口を挟んだ。
諸侯会議なんていうのがあるのか。
そして貴族関係者の会員はやはり多いらしい。
カシアや皇帝みたいに義務感から積極的に迷宮に挑む貴族も多いのだろう。
貴族の子どもは赤ちゃんのころからパーティーを組み、他のパーティーメンバーだけが迷宮に入って純粋培養もされる。
魔法使いになれるのも貴族や金持ちの子弟だけだし、強くなる人に貴族やその関係者が多くなるのも道理だ。
諸侯会議というくらいだから貴族が集まるのだろうし、帝国解放会の会員総会も同じ時期にやってしまえということだろう。
フィールドウォークがあるからいつでも集まることができるとはいえ、諸侯会議出席のために帝都にいる時期にやってしまえば都合がいい。
スケジュール調整なども楽だ。V26Ⅳ美白美肌速効
もちろん諸侯会議も帝都で行われるのだろう。
ただし、その時期皇帝は忙しいらしい。
普通に考えれば諸侯会議の主催者でもあるのだろう。
報告とか取りまとめとかいろいろある。
皇帝も大変だ。
「まだしばらく先のことになるだろうが、四十五階層を突破した場合、突破試験が受けられる。ロッジに来て書記に話をすれば話が通るだろう」
「突破試験か」
それもあるんだよな。
十何年も先の話だが。
「後は、ブロッケンから何かあるか」
「五十階層以上に挑めるようになったら、どの迷宮に入るか書記に伝えておくといい」
公爵が付け足した。
これは俺向けなんだろう。
帝国解放会の会員になると迷宮を倒したときに承認を受けられやすいとかいう話だった。
どの迷宮に入るか把握されてなかったとしても、皇帝が迷宮を倒したらそれを疑うやつはいまい。
「ブルーノ、副会長として何かあるか?」
おまわりさんこいつなバーコード伯爵は帝国解放会の副会長だったらしい。
大丈夫なのか、この組織。
「特にはない。帝国解放会は新しい会員の入会を歓迎する。ともに腕を磨き合い、迷宮と魔物を駆逐して、いつの日か解放をなし遂げよう」
「それでは、入会式および入会儀礼は以上で終了だ」
副会長と会長が最後を締めた。
誰かがドアを開け、部屋が明るくなる。
本当にここまでのようだ。
「貸し出した衣装はここにもってこい」
いち早くダルマティカを脱いだ伯爵が呼びかけた。
俺もダルマティカを脱いで伯爵に渡す。
「この後は、部屋を移って乾杯する。全員移動するように」
エステルも一声かけてからダルマティカを脱いだ。
出たよ、飲みニケーション。
やはりまあそんなものか。
二十一世紀の日本にだってあるのに、この世界ではしょうがないだろう。
「朕のため時間がとれずにすまんな」
「大丈夫だ」
皇帝と伯爵がダルマティカを渡しながら会話する。
「いつもはもっと大きな宴会が催されることもあるが、今日は軽く乾杯するだけだ」
皇帝と伯爵の会話の意味を、横に来た公爵がひそかに教えてくれた。
なるほど。
さすがに皇帝は忙しく、宴会などやっている暇はないのだろう。
皇帝様様だ。
「そうか」
「ミチオも無事に入会したので、うちでもささやかながら祝宴を開きたい。十日後辺りでどうか」
「分かった」
「では十日後の夕方にパーティーメンバー全員で来てくれ」
部屋を出て移動するエステルの後ろについていきながら、公爵と話をする。
推薦してくれたのだし、断ることはできないだろう。
いまさら断る手もないが。
「お待ちしておりました。入会式は無事おすみになられましたでしょうか」
廊下を進み階段を下りると、セバスチャンが待っていた。
「終わった」
「お部屋はこちらに用意してございます」
部屋まではセバスチャンが誘導する。
総書記が部屋のドアを開け、全員が中に入った。男根増長素
最初に来たときと同じような広くて豪華な会議室だ。
皇帝も使うことがあるなら、確かにこの豪華さも納得だ。
エステルがテーブルの向こうに回った。
公爵も俺の横を離れて向かう。
テーブルの向こう側が上座なのだろう。
向こうにいったのは貴族三人。
新会員三人はこっち側か。
皇帝だからという特別扱いは本当にないらしい。
せめて皇帝は真ん中だろうから、俺は端に座った。
「我にはデュンケルを。ブロッケンとブルーノは好きなものを頼め。新会員にはドワーフ殺しとシュタルクセルツァーを一本ずつ」
向こう側の真ん中にはエステル男爵が座る。
まあ会長だしな。
「かしこまりました」
注文を受け、セバスチャンが部屋を後にした。
ドワーフ殺しなんていう飲み物があるのか。
「新会員は、酒が飲めるならドワーフ殺し、飲めない場合にはシュタルクセルツァーだ。飲まない方は持って帰ればいい」
ドワーフは水代わりに酒を飲むとか言っていた。
そのドワーフを殺すのだ。
きっときっついのだろう。
新会員いじめは懺悔で終わりではなかったらしい。
「シュタルクセルツァーか」
ドワーフ殺しのオルタナティブで示されたシュタルクセルツァーも、酒を飲まない人用とはいえ気をつけた方がいい。
きっと新会員いじめの一環だ。
セバスチャンはすぐに戻ってきて、給仕を始める。
ドワーフ殺しもシュタルクセルツァーも準備してあったに違いない。
慣例の新会員いじめなのか。
「こちらがドワーフ殺し、こちらがシュタルクセルツァーになります」
俺たちの前に小さな壷が二本ずつ並べられた。
素焼きではなく釉薬のかけられた壷だ。
なかなかに高級品っぽい。
「朕はこの後まだ執務があるのでな」
皇帝はシュタルクセルツァーを手に取る。
護衛もシュタルクセルツァーを持った。
酔っては仕事にならないのだろう。
「では俺も」
「なんだ。誰もドワーフ殺しにいかないのか。まだ栓は取るなよ」
俺がシュタルクセルツァーに手を伸ばすと、エステルが注意した。
さすがに名前がよくない。
ドワーフ殺しだもんな。
人間族なら瞬殺だろう。
実は名称は引っかけで、たいしたことはなかったりするのだろうか。
シュタルクセルツァーが新会員いじめの本命とか?
ここまであからさまだとそれもありうるか。
「栓を取ったら、一気に飲め」
「飲む前に壷をよくゆすっておくといいぞ」
なんか公爵と伯爵の指示で読めたんですけど。
壷をゆすれとか。
鬼畜な伯爵だ。
「では。入会と新会員の前途を祝して。乾杯」
「乾杯」
会長の音頭で乾杯する。
コルクみたいな感じの栓を取り、小さな壷を傾けて中の液体を口に注いだ。男宝
炭酸だ。
思ったとおり炭酸だった。
口の中でシュワシュワと泡が駆け巡る。
かなり強いな。
アメリカからの輸入物で安く売られているなんとかコーラみたいな感じ。
もっとも、コーラではなく水だ。
砂糖は入っていない。
ただの炭酸水だ。
「ガイウスなら知っておったであろうが、ミチオも知っていたのか?」
俺が驚くことなくシュタルクセルツァーを飲み干すと、エステルが聞いてくる。
「知らなかったが、昔住んでいたところの近くに似たような飲み物があった。ここまで強くなかったが」
「あるところで湧いている水でな。中でも特に強いのがそれだ」
自然に湧き出る炭酸水というのがあるのだろうか。
いずれにしても、知らない人が初めて口にしたら吹き出すかもしれない。
いろいろきつい悪戯だ。
「やはりドワーフ殺しが正解だったのか」
「ドワーフ殺しも強い酒だぞ。壷一本を軽く飲み干せる者を我は知らん。ドワーフでもそうはおるまい」
どっちを飲んでも地雷だったんじゃねえか。
性質悪いな。
「朕は昔ドワーフ殺しを飲み干すというドワーフの噂を聞いたことがある。そのような剛の者がおったら是非会ってみたいものだ」
「余も知らん。エルフではひとたまりもあるまい」
皇帝や公爵の知り合いにもいないみたいだ。
酒が飲めるから偉くなれるわけでもないしな。
ドワーフの知り合いが大量にいなければそんなものなんだろう。
「まさかセリーが頼んだりしてないよな」
セバスチャンに確認した。
資料室にあるならセリーもドワーフ殺しを飲んでいるかもしれない。
そんな強い酒を飲んで暴れられたりしても困る。
「セリー様は、ドワーフ殺しは仕事に影響が出るかもしれないから水でいいとおっしゃられて」
かもしれない、なのか。
休日であって仕事ではないのだが。
というか、その水はエイチツーオーの水じゃないだろう。
いろいろと突っ込みどころの多い返事だ。
「さすがは師兄。そのような剛の者を知っておるとは」
「いや。一気飲みできるかどうかは」
「仕事に影響が出るかもしれないというレベルなのであろう」
やっぱり突っ込まれた。
貧乳好きドMの皇帝にセリーを会わせるのはまずいような気がするが。三体牛鞭
2014年7月13日星期日
ジェノベーゼ
路地裏にその扉がひっそりと佇んでいるのを確認し、帝国の騎士グレアム=ベルトランはほっと息をついた。
「良かった。今日は、あったか」
思わずそんな声が漏れる。
今から七日前、昼時の街中の見回りにかこつけてこの扉の元にやってきたとき、扉は既に消えていた。RU486
今回が初めてでは無く、何度かあったことから、この街の誰かが『使って』いるのだろう。
自分のあずかり知らぬ、別の客がいるということは気に入らないが、そこに文句を言うわけにもいかない。
とにかく今日は自分が使う。
そう考えながら、扉に手を掛けて開く。
そして、グレアムの耳に十四日ぶりに軽やかな鈴の音が響き、扉が開く。
その音を聞きながらグレアムは扉をくぐる。
グレアムが踏み込むのは、閉ざされた地下の部屋。
その部屋は窓一つ無いにも関わらず昼日中のように明るく、暖炉も無いのに冬を感じさせぬほどに温かい、不思議な部屋。
「いらっしゃいませ。ヨーショクのネコヤへようこそ! 」
グレアムが入ってくると同時に、料理を運んでいた魔族の少女が笑顔で歓迎の意を表す。
「ああ、適当に座らせてもらうぞ」
その少女に返事を返し、グレアムは適当な席に座る。
「すまないがメニューを」
「は~い!ただいま! 」
座ると同時に少女を促してメニュー……この店で出せる料理をまとめた本を持ってくるよう頼む。
「それじゃあ、お決まりになりましたらおよび下さいね」
「ああ」
少女が仕事に戻ったのを見送りつつメニューを開き、何を食べるかを考える。
(……やはり陸の食べ物よりは海の食べ物だな)
メニューに載っている料理は豊富で、どれも美味なのは分かっているが、まずグレアムの目が行くのは海の幸……
魚や貝にクラーコ、シュライプといったものを使った料理である。
(……故郷にいた頃は毎日肉が良いなどと思っていたのだがな)
メニューを眺めながら、少しだけ懐かしく思う。
グレアムの故郷は、数十年前に帝国に飲み込まれた港町であった。
毎日ひっきりなしに他の東大陸の港やはるか西大陸から交易船が訪れ、人々が行きかっていた、潮の匂いがする街。
そこの代々の騎士の家であったグレアムの生家では毎日、魚の類が食卓に上っていた。
幼かったグレアムは交易品として運ばれてくる肉の方が好きだったが、こうして海など欠片も見当たらぬ帝国の内地に住み、毎日肉とダンシャクの実を食べる生活をしていると、無性に魚が食いたくなる。
更に帝国では都たる帝都ですら海の魚は貴重品で、騎士試験(帝国では騎士試験を突破すれば誰であっても騎士に叙せられる)を突破したばかりで大した俸給を貰っていないグレアムには手が出ない代物だった。
だからこそ、海の幸を使った料理をグレアムの手に届く程度の金額で酒付きで出してくれる異世界の料理屋は、グレアムにとって貴重な憩いの場であった。
(さて頼むのはフライか、グラタンか、ピラフか……いや、パスタか)
異世界食堂のメニューは、海の幸を使った料理を使った料理だけでも何種類もある。
上質な軍装を纏い剣を佩いた、グレアムより腕の立ちそうな騎士が好んで食べる油で揚げた料理。
どこかの平民の娘が好んで食べている、シュライプと王国風の騎士のソースを使った料理。
帝国風のドレスを纏った砂の国の貴族らしき娘が好む西大陸風の米を使った料理。
そして、海の幸だけではなく、様々な味付けを施された王国風の麺を使った料理。
グレアムは毎回悩みどころである。どの料理を頼むかであわせる酒も変わってくるのでなおさらだ。
(よし……今日は白い葡萄酒と麺だな)
「すまない。注文を頼む」
しばし悩み、頼むものを決めたグレアムは給仕を呼ぶ。
「はい。ご注文はお決まりですか? 」
「ああ、今日は白いワインを瓶で。それと、麺……そうだな、まずは魚介のジェノベーゼを頼む」
選んだのは、香しい香草の風味を持つ、緑の麺料理。
「はい。少々お待ちください」
「うむ」
注文を受けて、厨房に向かう給仕の娘を見送りながら、グレアムはゆったりと背もたれにもたれかかりながら待つ。
辺りから聞こえるのは、この店を訪れる客たちの声。
あるものは席を同じくした他の客と朗らかに会話を交わし、またあるものはグレアムのようにじっと目当ての料理が来るのを待っている。
その種族は様々で、来るたびに驚かされる。
(それだけ、ここの料理が美味ということか……)
その気持ちは分からないでもない。
彼自身、半年前にここを見つけてからは扉が現れるドヨウになるたびに日参しているのだから。
「お待たせしました!お酒とお料理をお持ちしました! 」
そして、待ち望んでいた料理が届けられる。
美しく形が整った、葡萄酒の入った緑の瓶と、緑色の麺料理。
「それじゃあ、ごゆっくりどうぞ! 」
「ああ、そうさせてもらおう」
給仕の娘の言葉を聞き流しながら、グレアムは早速とばかりに料理を食べ始める。
(まずは……酒だ)
瓶を封じている木製の栓をそっと抜き、華奢な脚つきの硝子製の杯に、酒を注ぐ。
緑色の瓶からあふれ出すのは、かすかに黄色を帯びた、白い酒。
それが注がれると同時に香しい葡萄酒の香りがグレアムの鼻をくすぐる。中絶薬
(うむ、よき香だ)
まずはその香りをひとしきり楽しみ、それから口へと運ぶ。
広がるのはほんの少しだけ甘みを帯びた、酸味と酒精。
異世界で飲む雑味の混じらぬそれはは、瓶一本で銀貨二枚だと言う値段を越える上質な葡萄酒の味がした。
(これが帝国で出回ったら、向こうの酒商人の商売がなりたたんな)
騎士であっても商売にはそれなりに通じている交易都市の生まれとして、そんな考えがふとよぎる。
値段の割に、異常に質の良い店。
入り口があのように不便なつくりの『扉』で無ければ、今頃もっと流行っていただろう。
(さてと、冷める前にこちらにも手をつけるか)
ひとしきり酒を味わったところで、料理の方にも手を伸ばす。
鮮やかな緑の香草を刻み、新鮮で上質な油で和えたソースをまぶした麺料理。
その料理には具材として、ごろごろと大ぶりな海の幸が踊っている。
(まずは、麺だ)
グレアムはフォークをそっと麺に刺しこみ、巻き取る。
ソースによって緑に染まった麺が、天井からの光を受けて、鮮やかに映える。
その美しさと香りにごくりと唾をひとつ飲み……口へと運ぶ。
(うむ、この味!これこそが麺の良さだ!)
堅すぎず、さりと柔らかすぎない茹で上がりの麺にはいくつもの味付けが複雑に絡み合っている。
具材として使われている、魚や貝、クラーコやシュライプの旨み。
緑色のソースに使われている香草の香りと香ばしい炒った豆の味。
そしてそれらを引き締めるトガランの辛み。
それらが一つにまとまることで、ジェノベーゼは完成された一皿の麺料理となっている。
(うむ、うむ……)
その味にグレアムは無言となり、無心に食べ続ける。
麺を巻き取って口に運び、時折り麺に混じりこんだ、具材を食べる。
何口か食べるごとに葡萄酒を一口飲んで爽やかな風味を楽しむ。
グレアムとて、若い男である。
そんな風に食べていれば、あっという間に皿の上のジェノベーゼは、尽きた。
(ふう……まずはこんなところだろうか)
とりあえず人心地ついたグレアムはそっと腹の上をなぜた。
(さて……)
無論、この麺料理一皿では、グレアムの、働き盛りの若者の胃袋が満足しようはずも無い。
グレアムは再びメニューを開いた。
(次は、どれに手を出すか……)
目に写るのは、この店の様々な料理の数々。
グレアムはそっとメニューに手を当てて指差しながら、次に頼むメニューを決めるのであった。
ハンバーグ
西大陸の東端に海の国と称される一つの国がある。
その国は沿岸にある都と、人間や獣人、魔族などが住む無数の小さな島々からなっている。
島々……海国諸島は島ごとに様々なものが住み、色々なものが取れるがそれぞれの島から得られる恵みの量は決して多くない。
それゆえに古くから島々で取れるものの交換……交易が頻繁に行われ、同時に海を渡る航海術が磨かれてきた。
その歴史は現在にも大きな影響を与え、西大陸の海国といえば、魔族との戦いを終えて平和になった東大陸との交易により大いに栄える貿易国家である。
そんな、無数にある島々には無論、知性ある生き物が住むのに適さず、人のいない島もある。
近くの島で親父からもらった小さな船を財産に独り立ちし、魚を取って干物を作り暮らしている若い漁師、ロウケイがアルテに先導されてやってきたのはそんな島のひとつであった。
「あのさ……」
「なに?」
まだ、昇ってからそう時間がたっていない朝日を受けて、遠慮がちに尋ねるロウケイに、振り向いたアルテ……
ほっそりとした身体に南方の砂の国の民のような褐色の肌と海色の髪と瞳、そして魚の下半身を持つ、南の海から来たという人魚まあめいどの少女は振り向いて、いまいち表情の動かぬ真顔で聞き返す。
「いや、そのさ……本当にここ? 」
その海のように澄んだ瞳に見つめられ、頬を赤らめながらロウケイはしどろもどろになる。
「そう……見つけたときは持ち合わせが無かったから、だめだった。ロウケイのお陰。感謝する」
そんなロウケイにアルテは重々しくうなづく。
その顔は自信に満ちていて、美しい。
女といえば地元の漁村のたくましい女しか知らぬロウケイにはいささか刺激が強すぎるほどに。
ロウケイがアルテと知り合ったのは、3日前の嵐の日のことである。
あの日、荒れる波にさらわれて船から放り出され、死に飲み込まれそうになっていたロウケイはアルテに助けられた。
嵐をものともしない人魚の泳ぎで沈んでいくロウケイを船のへりまで運び、水の神(本人が言うには青の神だそうだが)に祈りを捧げて波を止めて見せた。
その後、嵐がやんだ後は人が住む島まで運んでもらい、ロウケイは辛くも死から逃れた。
当然ロウケイは感謝したし、その美しさとやさしさ惚れたりもした。
自分にできる事ならどんなお礼でもする、そう言ったりもした。
……例えその礼として要求されたのが『銀貨10枚』という色々な意味で台無しな代物だったとしても、ロウケイにとってアルテは命の恩人であり、大切な人となっていたのだ。
その後、約束は約束としてアルテに銀貨10枚……駆け出しの漁師にはそこそこの金だが命の対価にはだいぶ安い金を渡した後、ロウケイは尋ねた。
一体何に使うのか、と。威哥王三鞭粒
ロウケイとてこの世界のこと全てを知っているわけではないが、人魚が人間のように金で買い物をするなんて話は聞いたことが無かった。
人魚に限らず、人の姿に近くとも魔物と呼ばれるような種族は普通、貨幣を『価値あるもの』と考えないのだ。
だが、この自称南の海から来た人魚は違った。
どうやら彼女の故郷では、人魚は『青の神を信じるもの』として人間たちとも普通に交流していたらしく、貨幣の価値もちゃんとわかっていた。
とはいっても修行の旅として出てきた北の海では、人魚は青の神を奉じず、また人間と交わろうともしないので普通に考えると使い道は無いらしい。
……ただ一つの用途を除いて。
そして、唯一つの用途に使うため、アルテはロウケイを案内していた。
「この先の森の中にある」
「そうなんだ……森の中? 」
アルテの言葉に、ロウケイは首をかしげ、水面の下に沈むアルテのヒレを見る。
ゆらゆらと水の中で揺れるそれは魚のような尾。
水中を泳ぐには最適だろうが、陸上を歩くのはいかにも向いていない。
「問題ない……ん」
そんなロウケイの疑問を察したアルテは青の神に祈る。
偉大なる六色の神を奉じる神官の、奥義とでもいうべき祈りによりアルテの脚が変じる。
魚のようなヒレが見る見るうちに人間のそれへと変じ……脛から下は蒼い鱗と鉄でも引き裂けそうな爪が生えた脚へと変わったのだ。
「ええっ!?」
「青の神に祈れば龍の脚が手に入る……翼とかはまだ無理だけど」
驚くロウケイに、少しだけ胸をはってアルテが言う。
優秀な青の神の神官でもあるアルテの、龍の脚を手に入れる祈り。
修行のため、陸の民との交流を行うために身に着けた技である。
「行こう。遅くなると、人が多くなる」
目の前の光景に驚いているロウケイを促しつつ、手を取って上陸する。
そして、やや強引にアルテは森の中を突き進み、その場所へとたどり着く。
「……ついた」
そしてアルテはその扉の前にたどり着く。
かつて、故郷で見出したのと同じ、黒い猫の絵が描かれた扉。
「行く」
ロウケイの手を取り、扉を開く。
チリンチリンと響く鈴の音を聞きながら、アルテとロウケイは扉をくぐった。
「いらっしゃい……おや、お久しぶりですねアルテさん」
朝の早い時間に訪れた客がここ最近見かけなかった少女であることと、その少女が見慣れぬ少年を連れていたことに少しだけ驚きながら尋ねる。
「久しぶり。注文、いい? 」
そんな店主に挨拶を返しつつマイペースなアルテは早速とばかりに注文してもよいか尋ねる。
「はい。大丈夫ですよ。いつもどおり……っと、そちらさんの分はどうしましょう? 」
アルテが頼む料理はいつも同じなのでその確認だけと考えつつ、店主は今日はいつもと違う連れがいることに気づく。
いつもの、アルテより若干年上であろう女性ではなく、日焼けした黒髪の少年。
この店では初めて見る客である。
「うん。デミグラスハンバーグ、ライスで2人分」
そんな店主の考えを知ってか知らずか、アルテはいつもの料理を注文する。
食べなれた海の魚ではなく、陸の獣の肉を焼いた、柔らかな料理。
竜の脚を手に入れる祈りを覚えた後同じ神官の先輩に『ご褒美』として連れて行ってもらえるようになってから、アルテはずっとこれの虜であった。
「はいよ。少々お待ちください」
注文を受け、店主は奥の厨房に引っ込む。
「さ、座ろう」
それを見届けた後、アルテは適当な席に座る。
「えっと、ここは……? 」
アルテに従い座りながら、ようやく事態に頭が追いついたロウケイはアルテに尋ねる。
先ほど、アルテの脚が竜の脚に変わったと思ったら、森の中に不自然な扉があり、そこをくぐった先は、なぞの部屋。
はっきり言ってわけがわからなかった。
「ここは、異世界食堂」
そんなロウケイに、アルテは淡々とその場所について教える。
「デミグラスハンバーグが食べられる場所」
……あくまで彼女にとっての認識だが。
それから待つことしばし。
「お待たせしました!デミグラスハンバーグをお持ちしました! 」
脚が出ている、ずいぶんとしっかりした仕立ての服を着た少女がアルテとロウケイの前にそれを置く。
鮮やかな色のかりゅうとや東大陸で食べられているというだんしゃく、小さな黄色い粒の野菜に彩られた黒い皿の中央に置かれた、平たく丸められ、上から赤黒い汁を掛けられ、上に焼いた卵がのせられた、肉。
ロウケイが普段余り口にすることは無い、陸の獣の肉を細かく刻み、まとめたものだろう。三鞭粒
熱せられた鉄の皿の上に置かれたそれはじゅうじゅうと音を立てている。
傍らに置かれているのは、いかにも上質であることをうかがわせる、器に盛られた純白の飯。
「へえ……」
その、肉が焼ける音と匂いに、ロウケイはごくりとつばを飲む。
「えっとこれ……」
尋ねようとしたところで、早速とばかりにアルテがナイフとフォークを手に『でみぐらすはんばぁぐ』とやらを食べているのを見て、ロウケイは色々聞くことをあきらめる。
「おいひい。たべればわきゃるはず」
もごもごと肉を咀嚼しながら、アルテはロウケイに大事なことを伝える。
「……うん、ありがとう」
その独特の間合いに慣れてきたロウケイは、己も食べ始めることにする。
「……あ、結構柔らかいんだね」
アルテに習い、使い慣れぬナイフとフォークを手にしたロウケイはまず肉を切り分ける。
よく磨かれた、金属製のナイフで切るくらいだから結構硬いのではと思っていたそれは予想以上に柔らかく、あっさりと切れる。
この柔らかさならば、おそらくロウケイが使い慣れた箸でも十分食べられるほどではと思えるほどだった。
「それじゃあ……」
それから、一口分に切った肉をフォークで口に運ぶ。
そしてかみ締め……
「……えっ!? 」
そのおいしさに驚いた。
普段食べなれぬ、陸の獣の肉。
その肉は獣くささの無い、上質な肉だった。
かみ締めるたびに、肉の中にたっぷりと含まれた肉汁が溢れ、口の中に広がる。
そしてその肉汁が上から掛けられた、甘酸っぱい風味を持つ汁と交じり合い……
(こ、これは……ご飯が欲しくなる!)
傍らに置かれた飯を手に取り、フォークでかっ込む。
(おお!これはすごいな!)
ほんのりと甘い、ねっとりとした米の淡い風味が、肉汁と汁の風味と出会うことで、すばらしい味になる。
はんばぁぐそれだけでも十分うまいが、米と一緒に食べるはんばぁぐはまた別格であった。
「……卵の黄身もあわせるといい」
その味に魅了され、盛大にハンバーグとライスを食べ進めるロウケイに、アルテが先達としてアドバイスする。
ロウケイがこっちを見たのを確認し、アルテは先輩から教わった食べ方を伝える。
そう、陸の獣の肉の味に、複雑な味のソース、それに火が通りきっていない卵の黄身の柔らかな味が加わり、更に味が高まるのだ。
「……本当だ。卵が加わるともっとおいしいや」
そんな言葉と共にアルテに向けられる、笑顔。
それはアルテに、不思議と満足感をもたらした。
それから、二人は大いに食べ、店を後にする。
「アルテが銀貨を欲しがったのは、あの店に行くためだったんだね」
海に戻る途中、ロウケイに尋ねられ、アルテはこくりと頷く。
「そう」
その答えを聞き、かすかに頬が熱くなるのを感じながら、ロウケイは先ほどから考えていた提案をする。
「それじゃあさ、また今度、時々でいいから僕と一緒に行かないか?そのときの御代は、僕が出すから 」
「いいの? 」
その提案に、アルテは少しだけ首をかしげながら、聞き返す。天天素
「もちろんだよ」
そんなアルテに、精一杯の勇気を振り絞ったロウケイは、笑顔で答えた。
「良かった。今日は、あったか」
思わずそんな声が漏れる。
今から七日前、昼時の街中の見回りにかこつけてこの扉の元にやってきたとき、扉は既に消えていた。RU486
今回が初めてでは無く、何度かあったことから、この街の誰かが『使って』いるのだろう。
自分のあずかり知らぬ、別の客がいるということは気に入らないが、そこに文句を言うわけにもいかない。
とにかく今日は自分が使う。
そう考えながら、扉に手を掛けて開く。
そして、グレアムの耳に十四日ぶりに軽やかな鈴の音が響き、扉が開く。
その音を聞きながらグレアムは扉をくぐる。
グレアムが踏み込むのは、閉ざされた地下の部屋。
その部屋は窓一つ無いにも関わらず昼日中のように明るく、暖炉も無いのに冬を感じさせぬほどに温かい、不思議な部屋。
「いらっしゃいませ。ヨーショクのネコヤへようこそ! 」
グレアムが入ってくると同時に、料理を運んでいた魔族の少女が笑顔で歓迎の意を表す。
「ああ、適当に座らせてもらうぞ」
その少女に返事を返し、グレアムは適当な席に座る。
「すまないがメニューを」
「は~い!ただいま! 」
座ると同時に少女を促してメニュー……この店で出せる料理をまとめた本を持ってくるよう頼む。
「それじゃあ、お決まりになりましたらおよび下さいね」
「ああ」
少女が仕事に戻ったのを見送りつつメニューを開き、何を食べるかを考える。
(……やはり陸の食べ物よりは海の食べ物だな)
メニューに載っている料理は豊富で、どれも美味なのは分かっているが、まずグレアムの目が行くのは海の幸……
魚や貝にクラーコ、シュライプといったものを使った料理である。
(……故郷にいた頃は毎日肉が良いなどと思っていたのだがな)
メニューを眺めながら、少しだけ懐かしく思う。
グレアムの故郷は、数十年前に帝国に飲み込まれた港町であった。
毎日ひっきりなしに他の東大陸の港やはるか西大陸から交易船が訪れ、人々が行きかっていた、潮の匂いがする街。
そこの代々の騎士の家であったグレアムの生家では毎日、魚の類が食卓に上っていた。
幼かったグレアムは交易品として運ばれてくる肉の方が好きだったが、こうして海など欠片も見当たらぬ帝国の内地に住み、毎日肉とダンシャクの実を食べる生活をしていると、無性に魚が食いたくなる。
更に帝国では都たる帝都ですら海の魚は貴重品で、騎士試験(帝国では騎士試験を突破すれば誰であっても騎士に叙せられる)を突破したばかりで大した俸給を貰っていないグレアムには手が出ない代物だった。
だからこそ、海の幸を使った料理をグレアムの手に届く程度の金額で酒付きで出してくれる異世界の料理屋は、グレアムにとって貴重な憩いの場であった。
(さて頼むのはフライか、グラタンか、ピラフか……いや、パスタか)
異世界食堂のメニューは、海の幸を使った料理を使った料理だけでも何種類もある。
上質な軍装を纏い剣を佩いた、グレアムより腕の立ちそうな騎士が好んで食べる油で揚げた料理。
どこかの平民の娘が好んで食べている、シュライプと王国風の騎士のソースを使った料理。
帝国風のドレスを纏った砂の国の貴族らしき娘が好む西大陸風の米を使った料理。
そして、海の幸だけではなく、様々な味付けを施された王国風の麺を使った料理。
グレアムは毎回悩みどころである。どの料理を頼むかであわせる酒も変わってくるのでなおさらだ。
(よし……今日は白い葡萄酒と麺だな)
「すまない。注文を頼む」
しばし悩み、頼むものを決めたグレアムは給仕を呼ぶ。
「はい。ご注文はお決まりですか? 」
「ああ、今日は白いワインを瓶で。それと、麺……そうだな、まずは魚介のジェノベーゼを頼む」
選んだのは、香しい香草の風味を持つ、緑の麺料理。
「はい。少々お待ちください」
「うむ」
注文を受けて、厨房に向かう給仕の娘を見送りながら、グレアムはゆったりと背もたれにもたれかかりながら待つ。
辺りから聞こえるのは、この店を訪れる客たちの声。
あるものは席を同じくした他の客と朗らかに会話を交わし、またあるものはグレアムのようにじっと目当ての料理が来るのを待っている。
その種族は様々で、来るたびに驚かされる。
(それだけ、ここの料理が美味ということか……)
その気持ちは分からないでもない。
彼自身、半年前にここを見つけてからは扉が現れるドヨウになるたびに日参しているのだから。
「お待たせしました!お酒とお料理をお持ちしました! 」
そして、待ち望んでいた料理が届けられる。
美しく形が整った、葡萄酒の入った緑の瓶と、緑色の麺料理。
「それじゃあ、ごゆっくりどうぞ! 」
「ああ、そうさせてもらおう」
給仕の娘の言葉を聞き流しながら、グレアムは早速とばかりに料理を食べ始める。
(まずは……酒だ)
瓶を封じている木製の栓をそっと抜き、華奢な脚つきの硝子製の杯に、酒を注ぐ。
緑色の瓶からあふれ出すのは、かすかに黄色を帯びた、白い酒。
それが注がれると同時に香しい葡萄酒の香りがグレアムの鼻をくすぐる。中絶薬
(うむ、よき香だ)
まずはその香りをひとしきり楽しみ、それから口へと運ぶ。
広がるのはほんの少しだけ甘みを帯びた、酸味と酒精。
異世界で飲む雑味の混じらぬそれはは、瓶一本で銀貨二枚だと言う値段を越える上質な葡萄酒の味がした。
(これが帝国で出回ったら、向こうの酒商人の商売がなりたたんな)
騎士であっても商売にはそれなりに通じている交易都市の生まれとして、そんな考えがふとよぎる。
値段の割に、異常に質の良い店。
入り口があのように不便なつくりの『扉』で無ければ、今頃もっと流行っていただろう。
(さてと、冷める前にこちらにも手をつけるか)
ひとしきり酒を味わったところで、料理の方にも手を伸ばす。
鮮やかな緑の香草を刻み、新鮮で上質な油で和えたソースをまぶした麺料理。
その料理には具材として、ごろごろと大ぶりな海の幸が踊っている。
(まずは、麺だ)
グレアムはフォークをそっと麺に刺しこみ、巻き取る。
ソースによって緑に染まった麺が、天井からの光を受けて、鮮やかに映える。
その美しさと香りにごくりと唾をひとつ飲み……口へと運ぶ。
(うむ、この味!これこそが麺の良さだ!)
堅すぎず、さりと柔らかすぎない茹で上がりの麺にはいくつもの味付けが複雑に絡み合っている。
具材として使われている、魚や貝、クラーコやシュライプの旨み。
緑色のソースに使われている香草の香りと香ばしい炒った豆の味。
そしてそれらを引き締めるトガランの辛み。
それらが一つにまとまることで、ジェノベーゼは完成された一皿の麺料理となっている。
(うむ、うむ……)
その味にグレアムは無言となり、無心に食べ続ける。
麺を巻き取って口に運び、時折り麺に混じりこんだ、具材を食べる。
何口か食べるごとに葡萄酒を一口飲んで爽やかな風味を楽しむ。
グレアムとて、若い男である。
そんな風に食べていれば、あっという間に皿の上のジェノベーゼは、尽きた。
(ふう……まずはこんなところだろうか)
とりあえず人心地ついたグレアムはそっと腹の上をなぜた。
(さて……)
無論、この麺料理一皿では、グレアムの、働き盛りの若者の胃袋が満足しようはずも無い。
グレアムは再びメニューを開いた。
(次は、どれに手を出すか……)
目に写るのは、この店の様々な料理の数々。
グレアムはそっとメニューに手を当てて指差しながら、次に頼むメニューを決めるのであった。
ハンバーグ
西大陸の東端に海の国と称される一つの国がある。
その国は沿岸にある都と、人間や獣人、魔族などが住む無数の小さな島々からなっている。
島々……海国諸島は島ごとに様々なものが住み、色々なものが取れるがそれぞれの島から得られる恵みの量は決して多くない。
それゆえに古くから島々で取れるものの交換……交易が頻繁に行われ、同時に海を渡る航海術が磨かれてきた。
その歴史は現在にも大きな影響を与え、西大陸の海国といえば、魔族との戦いを終えて平和になった東大陸との交易により大いに栄える貿易国家である。
そんな、無数にある島々には無論、知性ある生き物が住むのに適さず、人のいない島もある。
近くの島で親父からもらった小さな船を財産に独り立ちし、魚を取って干物を作り暮らしている若い漁師、ロウケイがアルテに先導されてやってきたのはそんな島のひとつであった。
「あのさ……」
「なに?」
まだ、昇ってからそう時間がたっていない朝日を受けて、遠慮がちに尋ねるロウケイに、振り向いたアルテ……
ほっそりとした身体に南方の砂の国の民のような褐色の肌と海色の髪と瞳、そして魚の下半身を持つ、南の海から来たという人魚まあめいどの少女は振り向いて、いまいち表情の動かぬ真顔で聞き返す。
「いや、そのさ……本当にここ? 」
その海のように澄んだ瞳に見つめられ、頬を赤らめながらロウケイはしどろもどろになる。
「そう……見つけたときは持ち合わせが無かったから、だめだった。ロウケイのお陰。感謝する」
そんなロウケイにアルテは重々しくうなづく。
その顔は自信に満ちていて、美しい。
女といえば地元の漁村のたくましい女しか知らぬロウケイにはいささか刺激が強すぎるほどに。
ロウケイがアルテと知り合ったのは、3日前の嵐の日のことである。
あの日、荒れる波にさらわれて船から放り出され、死に飲み込まれそうになっていたロウケイはアルテに助けられた。
嵐をものともしない人魚の泳ぎで沈んでいくロウケイを船のへりまで運び、水の神(本人が言うには青の神だそうだが)に祈りを捧げて波を止めて見せた。
その後、嵐がやんだ後は人が住む島まで運んでもらい、ロウケイは辛くも死から逃れた。
当然ロウケイは感謝したし、その美しさとやさしさ惚れたりもした。
自分にできる事ならどんなお礼でもする、そう言ったりもした。
……例えその礼として要求されたのが『銀貨10枚』という色々な意味で台無しな代物だったとしても、ロウケイにとってアルテは命の恩人であり、大切な人となっていたのだ。
その後、約束は約束としてアルテに銀貨10枚……駆け出しの漁師にはそこそこの金だが命の対価にはだいぶ安い金を渡した後、ロウケイは尋ねた。
一体何に使うのか、と。威哥王三鞭粒
ロウケイとてこの世界のこと全てを知っているわけではないが、人魚が人間のように金で買い物をするなんて話は聞いたことが無かった。
人魚に限らず、人の姿に近くとも魔物と呼ばれるような種族は普通、貨幣を『価値あるもの』と考えないのだ。
だが、この自称南の海から来た人魚は違った。
どうやら彼女の故郷では、人魚は『青の神を信じるもの』として人間たちとも普通に交流していたらしく、貨幣の価値もちゃんとわかっていた。
とはいっても修行の旅として出てきた北の海では、人魚は青の神を奉じず、また人間と交わろうともしないので普通に考えると使い道は無いらしい。
……ただ一つの用途を除いて。
そして、唯一つの用途に使うため、アルテはロウケイを案内していた。
「この先の森の中にある」
「そうなんだ……森の中? 」
アルテの言葉に、ロウケイは首をかしげ、水面の下に沈むアルテのヒレを見る。
ゆらゆらと水の中で揺れるそれは魚のような尾。
水中を泳ぐには最適だろうが、陸上を歩くのはいかにも向いていない。
「問題ない……ん」
そんなロウケイの疑問を察したアルテは青の神に祈る。
偉大なる六色の神を奉じる神官の、奥義とでもいうべき祈りによりアルテの脚が変じる。
魚のようなヒレが見る見るうちに人間のそれへと変じ……脛から下は蒼い鱗と鉄でも引き裂けそうな爪が生えた脚へと変わったのだ。
「ええっ!?」
「青の神に祈れば龍の脚が手に入る……翼とかはまだ無理だけど」
驚くロウケイに、少しだけ胸をはってアルテが言う。
優秀な青の神の神官でもあるアルテの、龍の脚を手に入れる祈り。
修行のため、陸の民との交流を行うために身に着けた技である。
「行こう。遅くなると、人が多くなる」
目の前の光景に驚いているロウケイを促しつつ、手を取って上陸する。
そして、やや強引にアルテは森の中を突き進み、その場所へとたどり着く。
「……ついた」
そしてアルテはその扉の前にたどり着く。
かつて、故郷で見出したのと同じ、黒い猫の絵が描かれた扉。
「行く」
ロウケイの手を取り、扉を開く。
チリンチリンと響く鈴の音を聞きながら、アルテとロウケイは扉をくぐった。
「いらっしゃい……おや、お久しぶりですねアルテさん」
朝の早い時間に訪れた客がここ最近見かけなかった少女であることと、その少女が見慣れぬ少年を連れていたことに少しだけ驚きながら尋ねる。
「久しぶり。注文、いい? 」
そんな店主に挨拶を返しつつマイペースなアルテは早速とばかりに注文してもよいか尋ねる。
「はい。大丈夫ですよ。いつもどおり……っと、そちらさんの分はどうしましょう? 」
アルテが頼む料理はいつも同じなのでその確認だけと考えつつ、店主は今日はいつもと違う連れがいることに気づく。
いつもの、アルテより若干年上であろう女性ではなく、日焼けした黒髪の少年。
この店では初めて見る客である。
「うん。デミグラスハンバーグ、ライスで2人分」
そんな店主の考えを知ってか知らずか、アルテはいつもの料理を注文する。
食べなれた海の魚ではなく、陸の獣の肉を焼いた、柔らかな料理。
竜の脚を手に入れる祈りを覚えた後同じ神官の先輩に『ご褒美』として連れて行ってもらえるようになってから、アルテはずっとこれの虜であった。
「はいよ。少々お待ちください」
注文を受け、店主は奥の厨房に引っ込む。
「さ、座ろう」
それを見届けた後、アルテは適当な席に座る。
「えっと、ここは……? 」
アルテに従い座りながら、ようやく事態に頭が追いついたロウケイはアルテに尋ねる。
先ほど、アルテの脚が竜の脚に変わったと思ったら、森の中に不自然な扉があり、そこをくぐった先は、なぞの部屋。
はっきり言ってわけがわからなかった。
「ここは、異世界食堂」
そんなロウケイに、アルテは淡々とその場所について教える。
「デミグラスハンバーグが食べられる場所」
……あくまで彼女にとっての認識だが。
それから待つことしばし。
「お待たせしました!デミグラスハンバーグをお持ちしました! 」
脚が出ている、ずいぶんとしっかりした仕立ての服を着た少女がアルテとロウケイの前にそれを置く。
鮮やかな色のかりゅうとや東大陸で食べられているというだんしゃく、小さな黄色い粒の野菜に彩られた黒い皿の中央に置かれた、平たく丸められ、上から赤黒い汁を掛けられ、上に焼いた卵がのせられた、肉。
ロウケイが普段余り口にすることは無い、陸の獣の肉を細かく刻み、まとめたものだろう。三鞭粒
熱せられた鉄の皿の上に置かれたそれはじゅうじゅうと音を立てている。
傍らに置かれているのは、いかにも上質であることをうかがわせる、器に盛られた純白の飯。
「へえ……」
その、肉が焼ける音と匂いに、ロウケイはごくりとつばを飲む。
「えっとこれ……」
尋ねようとしたところで、早速とばかりにアルテがナイフとフォークを手に『でみぐらすはんばぁぐ』とやらを食べているのを見て、ロウケイは色々聞くことをあきらめる。
「おいひい。たべればわきゃるはず」
もごもごと肉を咀嚼しながら、アルテはロウケイに大事なことを伝える。
「……うん、ありがとう」
その独特の間合いに慣れてきたロウケイは、己も食べ始めることにする。
「……あ、結構柔らかいんだね」
アルテに習い、使い慣れぬナイフとフォークを手にしたロウケイはまず肉を切り分ける。
よく磨かれた、金属製のナイフで切るくらいだから結構硬いのではと思っていたそれは予想以上に柔らかく、あっさりと切れる。
この柔らかさならば、おそらくロウケイが使い慣れた箸でも十分食べられるほどではと思えるほどだった。
「それじゃあ……」
それから、一口分に切った肉をフォークで口に運ぶ。
そしてかみ締め……
「……えっ!? 」
そのおいしさに驚いた。
普段食べなれぬ、陸の獣の肉。
その肉は獣くささの無い、上質な肉だった。
かみ締めるたびに、肉の中にたっぷりと含まれた肉汁が溢れ、口の中に広がる。
そしてその肉汁が上から掛けられた、甘酸っぱい風味を持つ汁と交じり合い……
(こ、これは……ご飯が欲しくなる!)
傍らに置かれた飯を手に取り、フォークでかっ込む。
(おお!これはすごいな!)
ほんのりと甘い、ねっとりとした米の淡い風味が、肉汁と汁の風味と出会うことで、すばらしい味になる。
はんばぁぐそれだけでも十分うまいが、米と一緒に食べるはんばぁぐはまた別格であった。
「……卵の黄身もあわせるといい」
その味に魅了され、盛大にハンバーグとライスを食べ進めるロウケイに、アルテが先達としてアドバイスする。
ロウケイがこっちを見たのを確認し、アルテは先輩から教わった食べ方を伝える。
そう、陸の獣の肉の味に、複雑な味のソース、それに火が通りきっていない卵の黄身の柔らかな味が加わり、更に味が高まるのだ。
「……本当だ。卵が加わるともっとおいしいや」
そんな言葉と共にアルテに向けられる、笑顔。
それはアルテに、不思議と満足感をもたらした。
それから、二人は大いに食べ、店を後にする。
「アルテが銀貨を欲しがったのは、あの店に行くためだったんだね」
海に戻る途中、ロウケイに尋ねられ、アルテはこくりと頷く。
「そう」
その答えを聞き、かすかに頬が熱くなるのを感じながら、ロウケイは先ほどから考えていた提案をする。
「それじゃあさ、また今度、時々でいいから僕と一緒に行かないか?そのときの御代は、僕が出すから 」
「いいの? 」
その提案に、アルテは少しだけ首をかしげながら、聞き返す。天天素
「もちろんだよ」
そんなアルテに、精一杯の勇気を振り絞ったロウケイは、笑顔で答えた。
2014年7月10日星期四
憤怒の盾
咆哮に張り合うように叫び、影の腕を盾で受け止める。
痛くも痒くも無い。
「GYA!?」
黒い影の奴、俺をあざ笑っていたくせに、驚愕に口元を歪ませている。
滑稽だ。花痴
「死ね!」
俺が受け止め、そのまま黒い影を投げ飛ばす。
黒い大きな影は驚きの声を出しながら飛んでいった。
「GYAOOOOO!」
しかし、黒い大きな影は俺の攻撃など物ともせず、直ぐに起き上がって俺の方へ駆けて来る。
……この盾でも敵を攻撃することは出来ないのか。
使えない。
黒い影は懲りずに俺に腕と、後ろから尻尾を伸ばして叩き伏せる。
「きかねえよ!」
ガインという音と共に黒い影の攻撃は全て俺に効果が無い。
「はは……馬鹿じゃないのか?」
しかし、倒す手段が無いな。
そう思った直後、俺を中心に黒い炎が巻き起こり、黒い大きな影の腕と尻尾を焼き焦がす。
「GYAOO!?」
影はその事実に驚き、転倒した。
「へぇ……ここまで攻撃力のある反撃効果があるのか」
怯えるように俺から距離を取ろうとする影。
「は、今更命乞いか? 許すわけねえだろ!」
俺は徐にスキルを唱える。
「アイアンメイデン!」
しかし、スキルは発動せず、俺の視界にスキルツリーが浮かび上がった。
シールドプリズン→チェンジシールド(攻)→アイアンメイデン。
発動条件か?
面倒だな、こうなったらワザと影にぶつかってカウンター効果を発動させるとしよう。
「待ってろ……必ず殺してやる……」
近づいてくる俺の向ける殺意、怒りに、影が怯えた様に腕を振り回す。
それに盾をぶつけて黒炎を影に燃え上がらせる。
肉を焼き払い、骨を溶かす。
火力が足りない……存在その物を消滅させたい。
「――――っ!」
なるほど……憤怒の盾とやらは俺が怒り狂えば狂う程、力が増すらしい。
ソンナコト簡単ダ。
アイツ等に抱いている感情を思い出せば良い。
マイン=スフィア……本名はマルティだったか。
名前を思い出すだけで怒りが込み上げて来る。
次にクズ王、元康、錬、樹。
コイツ等から受けた物を一つ一つ思い出す。
憎い……殺したい……。
真っ赤な盾に俺の怒りが溶け出して、黒く染まっていく。
「今度コソ殺ス……全員……」
影の腕を受け止めて、憤怒の炎で全てを消し炭にする。
瞬く間に炎は影全体を包み込み、何もかもを飲み込む。福源春
そこで俺の手に誰かが触れる。
ドクン……。
それは……あの時と同じ優しい何か……。
「世界中の全てがナオフミ様がやったと責め立てようとも、私は違うと……何度だって、ナオフミ様はそんな事をやっていないと言います」
……え?
黒く歪んでいた視界が僅かに揺らぐ。
心のどこかで、怒りに任せていてはもっとも大切なものを失うと心がざわつく。
否定したい。だけど……。
「どうか、信じてください。私は、ナオフミ様が何も罪を犯していないと確信しています。貴重な薬を分け与え命を救い、生きる術と戦い方を教えてくださった偉大なる盾の勇者様……私はアナタの剣、例えどんな苦行の道であろうとも付き従います」
声が俺に囁きかける。
このまま殺意に飲まれてはいけない。
守らねばいけない。
イカリをワスレタノか?
……忘れない。だけど、それよりも俺は自分を心から信じている者に報いたい。
ワレニサカラウノカ?
命令が気に食わない。俺は俺自身で道を決める!
……イツデモワレガ隙ヲ狙ッテイルトオモエ……。
黒い声がスーッと引いていき、視界が少しだけ鮮やかになる。
「ゲホ! ゲホ!」
気が付くとラフタリアが咳を必死に堪えながら俺の手を握り締めていた。
「だ、大丈夫か!?」
酷い火傷を負っていた。
ここには炎を使える敵なんていない。
一体……何が……。
あ……。
憤怒の盾の専用効果、セルフカースバーニングに巻き込んでしまったんだ。
「ラフタリア!」
「ゲホ――」
崩れ落ちるようにラフタリアは微笑んで倒れる。
俺の……所為でラフタリアが重傷を負ってしまった。
『力の根源足る盾の勇者が命ずる。理を今一度読み解き、彼の者を癒せ!』
「ファストヒール!」
『力の根源足る盾の勇者が命ずる。理を今一度読み解き、彼の者を癒せ!』
「ファストヒール!」
『力の根源足る盾の勇者が命ずる。理を今一度読み解き、彼の者を癒せ!』
「ファストヒール!」
『力の根源足る盾の勇者が命ずる。理を今一度読み解き、彼の者を癒せ!』
「ファストヒール!」
俺の魔力が尽きるまで、俺は魔法を唱えるのをやめない。
ラフタリアは……ラフタリアは俺を唯一信じてくれた大切な人なんだ!
酷い火傷だ。治療するには初級の回復魔法では足りない。急いで馬車の方へ行ってヒール軟膏を使わねば。
「GYAOOOOOO!」
振り返るとドラゴンゾンビが咆哮をして、俺達に向けて焦げた腕とは反対の腕をブレスと共に降ろす瞬間だった。
「邪魔をするな!」
腕を振り上げると、ドラゴンゾンビの攻撃は受け止められる。
盾が黒く光り輝き、セルフカースバーニングを発動させようとする。
「やめろ!」
俺の声に呼応するかのごとく、盾は沈黙する。
ここで盾が発動したら今度こそラフタリアも一緒に焼き殺してしまう。
そんな事をするわけにはいかない。だけど、こうしてずっと毒のブレスを耐えることはラフタリアの生命力から厳しい。
俺の意思に呼応したように盾はセルフカースバーニングを毒のブレスだけを焼き払う。だけど、本格的に敵を屠るには出力が足りない。勃動力三体牛鞭
どうしたものか。
盾からは常に殺意と怒りが俺に供給され、飲み込まれまいとする意識でどうにかねじ伏せているが、いつまた怒りに飲まれるか分からない。
今は一刻も早く馬車に戻ってラフタリアの治療をしなくてはいけない。
俺の意思は辛うじて、ラフタリアを守ろうとする事で保たれていた。
「GYA!?」
そんな攻防をしている最中、突如ドラゴンゾンビはおかしな声を上げ、胸を掻き毟りながら悶え苦しみだした。
「な、何が……」
一体何が起こっているんだ? セルフカースバーニングの炎が侵食しているとでも言うのか?
「GYAOOOOOOOOOO!!!」
やがてドラゴンゾンビはピクリとも動かなくなり、元の骸に戻った。
今は、事態を観察している状況じゃない。
見ると、辺りをブンブンと飛んでいたポイズンフライの姿が無い。ドラゴンゾンビが暴れまわった所為でしばらくの間、どこかへ逃げたのだろう。
俺はラフタリアを抱えて馬車へ戻り、馬車の中にあるヒール軟膏と即席で作った火傷治しの薬草混合物をラフタリアの患部に塗る。
そしてラフタリアに解毒剤を服用させた。
「あ……ナオフミ様」
呼吸が静かになったラフタリアは目を開けて笑顔で俺に声を掛ける。
「大丈夫か!?」
「はい……ナオフミ様の薬のお陰で……」
それでも、やけどがかなり酷い。単純な火傷は薬のお陰で治っているが……黒い魔法的効果というのだろうか、黒い痕が残っている。少しずつ良くなっているのだけど、治りが悪い。
「わ、私よりも……早く……ドラゴンを」
「ドラゴンゾンビはもう動いていない」
「そう、ではなく……早く死骸の処理をしないと」
「……分かった」
ラフタリアの視線は強く、俺がドラゴンの死骸を処理しないといけないと注意していた。
「ここに置いていって大丈夫か?」
「自分の身を守る程度には戦えます」
「そうか……分かった」
俺は馬車から降りて、ドラゴンの死骸に向けて歩き出した。
あれを解体して盾に吸わせなければならない。
そしてフィーロ……せめて遺体だけでも引き摺りだして、墓を立ててやらないとな……。
死骸に近づくと、モゾモゾと内臓が蠢いているのが見て取れた。
これから一体、何が起こるというのか……。
今の俺には戦う術が辛うじて存在する。
憤怒の盾……。
この、心を侵食する危険な盾は強大な防御力と強力なカウンター攻撃を持っている。
さすがに常に出し続けるには俺の心が持たないために、今はキメラヴァイパーシールドに変えている。
でも、何時でも対応できるように常に構える。
そして死骸に近づいた。
蠢きが一箇所で止まり、腹を食い破って何かが現れる!
「ぷはぁ!」
そこには体中を腐った液体で滴らせた見慣れた鳥がドラゴンの死骸から体を出していた。
「ふう……やっと外に出られたー」
「フィーロ? 無事だったのか!? 怪我はしていないか?」
「うん。怪我なんてしてないよ」
「じゃあ……お前が食われたとき出たあの血はなんだ?」
「血? フィーロ、ドラゴンにパックンされた時にお腹を押されてゴハンを吐いちゃったの」蒼蝿水
フィーロが食べていたのはトマトに似た赤い実……あれを吐いて血に見えたって訳か!?
確かに戦闘前に食いまくっていたが。
「驚かすな! お前が死んだかと思ったんだぞ!」
「あの程度の攻撃じゃフィーロ痛くもかゆくもなーい」
化け物かこの鳥。
いや、魔物ではあるのは事実だが……。
まったく……おどろかせやがって。
「ごしゅじんさま、フィーロのこと心配してくれるのー?」
「知るか」
「ごしゅじんさま照れてるー」
「今度は俺自ら引導を渡してやろうか?」
「やーん」
はぁ……無事だったなら良いんだ。
ニヤニヤしているフィーロに腹が立つ。後で覚えてろよ。
「それで何があった」
「うん。このドラゴンのお腹の中を引き裂いて進んでいったら紫色に光る大きな水晶があったの……」
「ヘー……」
もしかしてあれか?
ドラゴンゾンビの体を動かしていた大本がその大きな水晶なのか?
フィーロが出てきた場所は胸の辺り……心臓か。
しかしなんでそんなものが……。
ドラゴンだからか? 死んでも体に宿った魔力が死後の放置された骸で結晶化して動き出したとか……。
ありうる。
「で……その結晶は?」
「ゲッフゥウウウ!」
うん。この返答はアレだよな、食ったんだな。何か腹部が光ってるし。
こいつ……殴りたい……。
「少しだけ余ったの。ごしゅじんさまにおみやげ」
そう言って、フィーロはポンっと紫色の小さな欠片を俺に渡す。
……どうしたものかな。
一応、半分にして盾に吸わせた。
やはりツリーやLvが足りなくて解放されない。
「ラフタリアは怪我をしているからフィーロ、お前と一緒にこの死骸を掃除するぞ」
「はーい!」
まったく……本当にこの鳥は俺を驚かせる。
フィーロを見ていて思う。
あの時、怒りに任せなくて良かった。
フィーロの仇を討つ為に盾を変えたというのに後半は怒りで完全に我を失っていた。
ラフタリアが止めていなければ、俺はフィーロすらも燃やしていたはずだ。
憤怒……呪われた盾。
勇者の意識すら乗っ取って何をさせようとしていたのか……。
ただ言える事は、あのままだったら俺はあいつ等を殺しに向ったはず。
……少なくともあの時は、その事しか考えられなかった。
「いただきまーす!」
「こらフィーロ、その肉は腐ってる! 食うな!」
「お肉は腐りかけが一番おいしいんだよ、ごしゅじんさまー」
「腐りかけじゃない! 完全に腐ってるんだよ!」
なんだか緊張感の無いまま、ドラゴンゾンビの処理は終わった。SEX DROPS
骨とか肉とか皮とか、色々とあった訳だけど、ツリーを満たせなかった。
それでもドラゴンゾンビの皮とかドラゴンの骨とかは素材になりそうで、一部を馬車に乗せることにした。
痛くも痒くも無い。
「GYA!?」
黒い影の奴、俺をあざ笑っていたくせに、驚愕に口元を歪ませている。
滑稽だ。花痴
「死ね!」
俺が受け止め、そのまま黒い影を投げ飛ばす。
黒い大きな影は驚きの声を出しながら飛んでいった。
「GYAOOOOO!」
しかし、黒い大きな影は俺の攻撃など物ともせず、直ぐに起き上がって俺の方へ駆けて来る。
……この盾でも敵を攻撃することは出来ないのか。
使えない。
黒い影は懲りずに俺に腕と、後ろから尻尾を伸ばして叩き伏せる。
「きかねえよ!」
ガインという音と共に黒い影の攻撃は全て俺に効果が無い。
「はは……馬鹿じゃないのか?」
しかし、倒す手段が無いな。
そう思った直後、俺を中心に黒い炎が巻き起こり、黒い大きな影の腕と尻尾を焼き焦がす。
「GYAOO!?」
影はその事実に驚き、転倒した。
「へぇ……ここまで攻撃力のある反撃効果があるのか」
怯えるように俺から距離を取ろうとする影。
「は、今更命乞いか? 許すわけねえだろ!」
俺は徐にスキルを唱える。
「アイアンメイデン!」
しかし、スキルは発動せず、俺の視界にスキルツリーが浮かび上がった。
シールドプリズン→チェンジシールド(攻)→アイアンメイデン。
発動条件か?
面倒だな、こうなったらワザと影にぶつかってカウンター効果を発動させるとしよう。
「待ってろ……必ず殺してやる……」
近づいてくる俺の向ける殺意、怒りに、影が怯えた様に腕を振り回す。
それに盾をぶつけて黒炎を影に燃え上がらせる。
肉を焼き払い、骨を溶かす。
火力が足りない……存在その物を消滅させたい。
「――――っ!」
なるほど……憤怒の盾とやらは俺が怒り狂えば狂う程、力が増すらしい。
ソンナコト簡単ダ。
アイツ等に抱いている感情を思い出せば良い。
マイン=スフィア……本名はマルティだったか。
名前を思い出すだけで怒りが込み上げて来る。
次にクズ王、元康、錬、樹。
コイツ等から受けた物を一つ一つ思い出す。
憎い……殺したい……。
真っ赤な盾に俺の怒りが溶け出して、黒く染まっていく。
「今度コソ殺ス……全員……」
影の腕を受け止めて、憤怒の炎で全てを消し炭にする。
瞬く間に炎は影全体を包み込み、何もかもを飲み込む。福源春
そこで俺の手に誰かが触れる。
ドクン……。
それは……あの時と同じ優しい何か……。
「世界中の全てがナオフミ様がやったと責め立てようとも、私は違うと……何度だって、ナオフミ様はそんな事をやっていないと言います」
……え?
黒く歪んでいた視界が僅かに揺らぐ。
心のどこかで、怒りに任せていてはもっとも大切なものを失うと心がざわつく。
否定したい。だけど……。
「どうか、信じてください。私は、ナオフミ様が何も罪を犯していないと確信しています。貴重な薬を分け与え命を救い、生きる術と戦い方を教えてくださった偉大なる盾の勇者様……私はアナタの剣、例えどんな苦行の道であろうとも付き従います」
声が俺に囁きかける。
このまま殺意に飲まれてはいけない。
守らねばいけない。
イカリをワスレタノか?
……忘れない。だけど、それよりも俺は自分を心から信じている者に報いたい。
ワレニサカラウノカ?
命令が気に食わない。俺は俺自身で道を決める!
……イツデモワレガ隙ヲ狙ッテイルトオモエ……。
黒い声がスーッと引いていき、視界が少しだけ鮮やかになる。
「ゲホ! ゲホ!」
気が付くとラフタリアが咳を必死に堪えながら俺の手を握り締めていた。
「だ、大丈夫か!?」
酷い火傷を負っていた。
ここには炎を使える敵なんていない。
一体……何が……。
あ……。
憤怒の盾の専用効果、セルフカースバーニングに巻き込んでしまったんだ。
「ラフタリア!」
「ゲホ――」
崩れ落ちるようにラフタリアは微笑んで倒れる。
俺の……所為でラフタリアが重傷を負ってしまった。
『力の根源足る盾の勇者が命ずる。理を今一度読み解き、彼の者を癒せ!』
「ファストヒール!」
『力の根源足る盾の勇者が命ずる。理を今一度読み解き、彼の者を癒せ!』
「ファストヒール!」
『力の根源足る盾の勇者が命ずる。理を今一度読み解き、彼の者を癒せ!』
「ファストヒール!」
『力の根源足る盾の勇者が命ずる。理を今一度読み解き、彼の者を癒せ!』
「ファストヒール!」
俺の魔力が尽きるまで、俺は魔法を唱えるのをやめない。
ラフタリアは……ラフタリアは俺を唯一信じてくれた大切な人なんだ!
酷い火傷だ。治療するには初級の回復魔法では足りない。急いで馬車の方へ行ってヒール軟膏を使わねば。
「GYAOOOOOO!」
振り返るとドラゴンゾンビが咆哮をして、俺達に向けて焦げた腕とは反対の腕をブレスと共に降ろす瞬間だった。
「邪魔をするな!」
腕を振り上げると、ドラゴンゾンビの攻撃は受け止められる。
盾が黒く光り輝き、セルフカースバーニングを発動させようとする。
「やめろ!」
俺の声に呼応するかのごとく、盾は沈黙する。
ここで盾が発動したら今度こそラフタリアも一緒に焼き殺してしまう。
そんな事をするわけにはいかない。だけど、こうしてずっと毒のブレスを耐えることはラフタリアの生命力から厳しい。
俺の意思に呼応したように盾はセルフカースバーニングを毒のブレスだけを焼き払う。だけど、本格的に敵を屠るには出力が足りない。勃動力三体牛鞭
どうしたものか。
盾からは常に殺意と怒りが俺に供給され、飲み込まれまいとする意識でどうにかねじ伏せているが、いつまた怒りに飲まれるか分からない。
今は一刻も早く馬車に戻ってラフタリアの治療をしなくてはいけない。
俺の意思は辛うじて、ラフタリアを守ろうとする事で保たれていた。
「GYA!?」
そんな攻防をしている最中、突如ドラゴンゾンビはおかしな声を上げ、胸を掻き毟りながら悶え苦しみだした。
「な、何が……」
一体何が起こっているんだ? セルフカースバーニングの炎が侵食しているとでも言うのか?
「GYAOOOOOOOOOO!!!」
やがてドラゴンゾンビはピクリとも動かなくなり、元の骸に戻った。
今は、事態を観察している状況じゃない。
見ると、辺りをブンブンと飛んでいたポイズンフライの姿が無い。ドラゴンゾンビが暴れまわった所為でしばらくの間、どこかへ逃げたのだろう。
俺はラフタリアを抱えて馬車へ戻り、馬車の中にあるヒール軟膏と即席で作った火傷治しの薬草混合物をラフタリアの患部に塗る。
そしてラフタリアに解毒剤を服用させた。
「あ……ナオフミ様」
呼吸が静かになったラフタリアは目を開けて笑顔で俺に声を掛ける。
「大丈夫か!?」
「はい……ナオフミ様の薬のお陰で……」
それでも、やけどがかなり酷い。単純な火傷は薬のお陰で治っているが……黒い魔法的効果というのだろうか、黒い痕が残っている。少しずつ良くなっているのだけど、治りが悪い。
「わ、私よりも……早く……ドラゴンを」
「ドラゴンゾンビはもう動いていない」
「そう、ではなく……早く死骸の処理をしないと」
「……分かった」
ラフタリアの視線は強く、俺がドラゴンの死骸を処理しないといけないと注意していた。
「ここに置いていって大丈夫か?」
「自分の身を守る程度には戦えます」
「そうか……分かった」
俺は馬車から降りて、ドラゴンの死骸に向けて歩き出した。
あれを解体して盾に吸わせなければならない。
そしてフィーロ……せめて遺体だけでも引き摺りだして、墓を立ててやらないとな……。
死骸に近づくと、モゾモゾと内臓が蠢いているのが見て取れた。
これから一体、何が起こるというのか……。
今の俺には戦う術が辛うじて存在する。
憤怒の盾……。
この、心を侵食する危険な盾は強大な防御力と強力なカウンター攻撃を持っている。
さすがに常に出し続けるには俺の心が持たないために、今はキメラヴァイパーシールドに変えている。
でも、何時でも対応できるように常に構える。
そして死骸に近づいた。
蠢きが一箇所で止まり、腹を食い破って何かが現れる!
「ぷはぁ!」
そこには体中を腐った液体で滴らせた見慣れた鳥がドラゴンの死骸から体を出していた。
「ふう……やっと外に出られたー」
「フィーロ? 無事だったのか!? 怪我はしていないか?」
「うん。怪我なんてしてないよ」
「じゃあ……お前が食われたとき出たあの血はなんだ?」
「血? フィーロ、ドラゴンにパックンされた時にお腹を押されてゴハンを吐いちゃったの」蒼蝿水
フィーロが食べていたのはトマトに似た赤い実……あれを吐いて血に見えたって訳か!?
確かに戦闘前に食いまくっていたが。
「驚かすな! お前が死んだかと思ったんだぞ!」
「あの程度の攻撃じゃフィーロ痛くもかゆくもなーい」
化け物かこの鳥。
いや、魔物ではあるのは事実だが……。
まったく……おどろかせやがって。
「ごしゅじんさま、フィーロのこと心配してくれるのー?」
「知るか」
「ごしゅじんさま照れてるー」
「今度は俺自ら引導を渡してやろうか?」
「やーん」
はぁ……無事だったなら良いんだ。
ニヤニヤしているフィーロに腹が立つ。後で覚えてろよ。
「それで何があった」
「うん。このドラゴンのお腹の中を引き裂いて進んでいったら紫色に光る大きな水晶があったの……」
「ヘー……」
もしかしてあれか?
ドラゴンゾンビの体を動かしていた大本がその大きな水晶なのか?
フィーロが出てきた場所は胸の辺り……心臓か。
しかしなんでそんなものが……。
ドラゴンだからか? 死んでも体に宿った魔力が死後の放置された骸で結晶化して動き出したとか……。
ありうる。
「で……その結晶は?」
「ゲッフゥウウウ!」
うん。この返答はアレだよな、食ったんだな。何か腹部が光ってるし。
こいつ……殴りたい……。
「少しだけ余ったの。ごしゅじんさまにおみやげ」
そう言って、フィーロはポンっと紫色の小さな欠片を俺に渡す。
……どうしたものかな。
一応、半分にして盾に吸わせた。
やはりツリーやLvが足りなくて解放されない。
「ラフタリアは怪我をしているからフィーロ、お前と一緒にこの死骸を掃除するぞ」
「はーい!」
まったく……本当にこの鳥は俺を驚かせる。
フィーロを見ていて思う。
あの時、怒りに任せなくて良かった。
フィーロの仇を討つ為に盾を変えたというのに後半は怒りで完全に我を失っていた。
ラフタリアが止めていなければ、俺はフィーロすらも燃やしていたはずだ。
憤怒……呪われた盾。
勇者の意識すら乗っ取って何をさせようとしていたのか……。
ただ言える事は、あのままだったら俺はあいつ等を殺しに向ったはず。
……少なくともあの時は、その事しか考えられなかった。
「いただきまーす!」
「こらフィーロ、その肉は腐ってる! 食うな!」
「お肉は腐りかけが一番おいしいんだよ、ごしゅじんさまー」
「腐りかけじゃない! 完全に腐ってるんだよ!」
なんだか緊張感の無いまま、ドラゴンゾンビの処理は終わった。SEX DROPS
骨とか肉とか皮とか、色々とあった訳だけど、ツリーを満たせなかった。
それでもドラゴンゾンビの皮とかドラゴンの骨とかは素材になりそうで、一部を馬車に乗せることにした。
2014年7月8日星期二
餌付け
フィーロに馬車を引かせて夜の行軍をし、朝方には領土であるラフタリアの村とその周辺に到着した。
「ごしゅじんさま着いたよー」
「ああ」
馬車で仮眠を取っている最中、どうも俺にいたずらしようとしたキールをラフタリアが事前に叱りつけた。男宝
もちろん、ラフタリアやリーシア以外の奴隷は拘束を厳しめにしてあるので、そんな真似をしたら速攻で奴隷紋が作動したわけだが……。
それに、ビッチに嵌められた所為で寝ている時に何かされると目が覚めるし。
初日は村の建物の残骸を撤去する作業を奴隷たちと行った。
「この家は俺の大事な家なんだ!」
そう拒絶するのはキールというガキ。
「大事に思うのは良いが、屋根は落ち、壁は無残にも破壊されている。残念だが、補修できる家と出来ない家があるのを理解しろ」
何か金目になるものや使える物は無いかと調べたのだが、泥棒に入られたのか、物は無いし、あっても錆びていたりして使えそうな物はあまり無かった。
井戸がまだ使えるのが救いか。
畑も……整備すればどうにかなりそうだ。
「思い出にしたいという気持ちは分からなくもないが、復興する上で邪魔になりそうなのは廃棄しないといけない」
「でも――」
「キールくん! あんまり我が侭を言わないで」
ラフタリアが注意する。ま、止める必要性は無いな。
だけど……。
「ここはお前が住んでいた家なんだな」
「ああ!」
「じゃあ、そこに新しく建てた家はお前の物だ」
「え……」
キョトンとした表情でキールというガキは俺を見上げる。
「ただし、お前が管理する共同の家となる。他にも人を集めるからな、責任を持って管理するんだぞ」
「う、うん……」
言葉を濁すようにキールは頷く。
「そういう訳だ――今だ! フィーロ!」
「はーい!」
キールが隙を見せたその瞬間。廃屋にフィーロが突撃し、支柱を蹴り飛ばして破壊する。
「あぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ!?」
呆然とするキールを置いて、俺は次の作業に出る。
昼前には女王に手配させた家の材料と城の兵士が到着した。
石材に木材……後は石膏か?
「盾の勇者様はここを復興なさるので?」
女王から話は聞いているだろうに、兵士が聞いてきた。
「ああ、せめて日が落ちるまでに屋根のある物にしたい。無理を承知で頼む」
「我々は兵士でもありますが、建設関係も若干心得があります。お任せください」
「頼んだ」
建設関係……徴兵か何かか?
っと、そこで昼になりかけているのを理解した。
「とりあえず建物は兵士に任せて、ラフタリアとフィーロ、そしてリーシア」
「はい」
「なーに?」
「なんでしょうか?」
三人が俺の呼びかけに答える。
「これから昼飯を作る、お前等は飯を食い終わったら奴隷共と一緒に魔物退治に出かけろ」
「分かりました」
「うん」
「頑張ります」
「班分けは任す。あんまり大人数で動いたら経験値の入りにも悪くなるだろうからな」
実測で試した事は無いけど、経験値の減少ってどれくらいなんだ?
というか分配方式なのか? それとも共有なのか今一理解していないんだよな。三體牛鞭
「誰か詳しい奴は居ないか?」
「あの……」
リーシアが申し訳なさそうに手を挙げる。
「なんだ?」
「えっと……経験値はパーティーを組んだ人数全員に同じ数字が入ります。上限人数は6人。それ以上になると減っていきます」
ああ、だからお前はハブられた訳か。
とか言ったら『ふぇええ』が飛び出すから黙っていよう。うるさいしな。
大人数で遠征する場合は班分けすれば問題はなさそうだな。一つの班で六人ずつで組ませれば良い訳だし。
複数の班で一匹の魔物を倒した場合は分割とかその辺りだろう。
「話は聞いたな」
「はい。こちらで分割致します」
「任せた」
俺はラフタリアに権限を渡して隊を作らせた。
現在奴隷の数は八人だからリーシアが二人、ラフタリアとフィーロが三人ずつ受け持たせよう。
「じゃあ、飯を作るから作業を手伝っていろ」
「はい!」
三人は各々が出来る範囲で手伝いを始める。
「ラフタリアちゃんは手伝わないの?」
放心から立ち直ったキールが料理の下ごしらえをしている俺を睨みながらラフタリアに尋ねる。
意外に復活が早いな。子供だからか?
「ラフタリアちゃん。家事上手だったじゃないか」
「えーっと……」
困った表情でラフタリアは俺に視線を送る。
なんだ? 俺に何を期待しているんだ?
何やら友人に良い所でも見せたいのか、ラフタリアは恐る恐る口を開いた。
「手伝いましょうか?」
「焼き肉や適当なスープを作る程度でか? 火を起こしておいてくれるのならやっていて貰いたいが」
味が良いらしいから俺が食事を作っているんだよなぁ。
もう慣れた。最近じゃ、みんな俺に料理を任せるし。
「片付けは手伝って貰いたいが今は十分だな」
材料を適当にぶつ切りにする。肉がでかいから包丁で切るのも面倒だな。
かと言って、ラフタリアに料理させると味が悪いとかフィーロが言い出すから全部俺が作る羽目になるし……。
ぶつくさ言いたくなるのを我慢して料理を作る。
あ、盾の料理レシピで作るという方法もあるにはあるのだが、これには大きな落とし穴がある。
料理が楽になると霊亀と戦う前、カルミラ島で作ったのだが――。
「盾から食べ物が出てきたよ!」
大興奮でフィーロが俺の盾をうらやましそうに見つめていた。
「ああ、盾の技能で作ってみた」
「凄いですね」
と、昼飯に出したのはこの世界独特のスパゲティみたいな食べ物だ。
名前は食べたナポラータだったか。ぶっちゃけ俺達の世界のパスタに語呂が似ているのは、盾の変換による物だろうか。
ともあれ盾から出すと同時に出来たての温かい料理が出てきた時はこれで料理も楽になると思った。
しかし……。
「なんか……普通ですね」
「うん……普通」
そう、品質の影響なのか、普通としか表現できない微妙な味の食べ物でしかなかった。
不味くは無い。けど美味くも無い。まさしく普通。
「ごしゅじんさまの手作りがいいー」
「そうですね。冷めていてもナオフミ様の手料理の方が美味しいです」
「わ、わかったよ」
なんか二人揃って恨みがましい目で見られたのを覚えている。
そう言った経緯もあって、店の料理か俺の作った物しかこいつ等は喜ばない。狼1号
美食家気取りなのもどうかと思うが、一応食べはする。けどやる気の面で引っかかるというか。
よくよく考えてみると俺が飯を作るって立場逆転してね?
とりあえず料理班もいずれ作らねば、じゃないと領地で料理屋をさせられかねない。
「ほら、昼飯が出来たからさっさと食って出かけてこい」
俺はぞんざいに鉄板に肉を乗せて焼き肉を作り、適当に素材を煮たスープを配る。
「やっぱ、すげえうめえ!」
「うん! 美味しい!」
奴隷共がこぞって笑顔で飯を貪る。
ついでに家を作ってくれる兵士にも持て成す。
「これは……今まで食べた事が無いくらい美味い焼き肉だ!?」
「うそだろ? 材料があのカメの肉って……城でも同じのが出てきたけど、こんなに美味くなかったぞ」
盾の手作り補正は果てしないな。
下ごしらえに香辛料と塩を練りこんでいたのか効いたか?
奴隷共はそれなりに俺の作った飯を食った。
それでも、そこまで大量に食ってはいないな。
きっと、Lv上げから帰ってくると……それに備えて作っておかないとだめだな。
「さて、お前ら、それぞれに武器を渡す。それで戦ってこい!」
俺の宣言に奴隷共は怖気づく。ラフタリアと同じ女の子なんて刃物を持って血の気が引いていた。
城で貰った中古の武器をそれぞれに渡す。初心者用に大半が短剣だ。
「戦わない限り、胸が苦しくなるから覚悟しろ。後、お前等の故郷は、帰ってこないと思え」
「ぐ……」
キールが代表して俺に文句を言おうとしてくる。
だけどラフタリアに遮られて何も言えないみたいだ。
「俺は別にお前達じゃなくても良い。ここを領地にするだけだからな。だが、俺の言う事を素直に聞いているラフタリアへのご褒美としてお前等を勧誘したんだ。履き違えるなよ」
忌々しそうに奴隷達が俺を睨みつける。
憎まれ役はこの世界でも慣れている。別に俺は慈善事業をしようとしている訳でもない。どうせ元の世界に帰るのだから後顧の憂いなど気にする必要もない。ラフタリアが平和に過ごせる場所を用意できれば良いんだ。
「さて……フィーロ、倒した魔物は荷車に乗せて来い。使い道は沢山あるからな」
「はーい!」
目下、食料だけどな。
後は錬がやっていた様に盾に吸わせる用でもある。
こっちは色々な意味でまだまだ先だと思うけどな。
「ほら、行ってこい。じゃあな」
俺はフィーロの馬車を指差して命令する。
奴隷共はしぶしぶ、馬車に乗って、フィーロに引かれて狩りに出かけた。
「速度には気を付けろよー」
「はーい」
ごとごととフィーロが引く馬車は進んでいく。
「さて、じゃあ、家の建設を頼む」
「わ、わかりました」
兵士に建設を頼んで、俺は盾に調合を指示し、次の料理の準備を始めた。
魔物を孵化させるのはもう少し後だな。巨根
霊亀の肉が底をつく前に、食材を調達する方法を模索しないとな……。
「で……」
ラフタリア達と一緒に狩りへ出かけた奴隷達はその日の夕方には帰ってきた。
全員、くたくたになっている。馬車に連結させている荷車には倒した魔物がそのまま積載されている。当面の食料にしないといけないし、調度いいだろ。
だが、それよりも酷いのは。
ぐううううう……。
ぐううう……。
きゅるるるるるる……。
ぐぎゅるるるるるる……。
爆音のように腹を空かせている事か。
食べるのにも不自由な環境で急激にLvをあげたらどうなるんだ? ちょっとした好奇心が湧くな。
大方、死にはしない飢えという奴なんだろう。ラフタリアを見るとそう思う。
急成長しようとする体が栄養を欲して空腹を訴えているのだ。
「よく帰ってきたな、ちゃんと戦えたか?」
「ええ、みんな頑張りましたよ」
ラフタリアが笑みを浮かべて答える。
その様子を奴隷共は微妙な顔で見ているな。
スパルタをしている訳ではないけど、釈然としないとかそんな感じだろうな。
「ふへぇ……疲れました」
「おう、リーシア。調子はどうだ?」
「前よりも動きやすいような気がします」
確かにステータスはリセット前よりも上がっている。戦闘も多少は楽になっただろう。
「リーシア姉ちゃん。なんできぐるみ着てんだ?」
「それはリーシアが着ぐるみマニアだからだ」
「ふぇえ!」
ぶんぶんと否定するリーシアだが、間違ってなんかいないだろ。
「やっぱりそうなんだ……」
キールに至っては納得する始末。
俺を嫌っているなら信じるなよ。
「ま、ちゃんと頑張っているなら良いだろう。飯だ」
俺は前もって準備していた霊亀の肉を使ったシチューやステーキをテーブルに出す。
こうなる事は予想済みだったからな。量だけは無駄にある。
沢山作ったが、きっとすぐになくなるだろう。勃動力三體牛鞭
「ごしゅじんさま着いたよー」
「ああ」
馬車で仮眠を取っている最中、どうも俺にいたずらしようとしたキールをラフタリアが事前に叱りつけた。男宝
もちろん、ラフタリアやリーシア以外の奴隷は拘束を厳しめにしてあるので、そんな真似をしたら速攻で奴隷紋が作動したわけだが……。
それに、ビッチに嵌められた所為で寝ている時に何かされると目が覚めるし。
初日は村の建物の残骸を撤去する作業を奴隷たちと行った。
「この家は俺の大事な家なんだ!」
そう拒絶するのはキールというガキ。
「大事に思うのは良いが、屋根は落ち、壁は無残にも破壊されている。残念だが、補修できる家と出来ない家があるのを理解しろ」
何か金目になるものや使える物は無いかと調べたのだが、泥棒に入られたのか、物は無いし、あっても錆びていたりして使えそうな物はあまり無かった。
井戸がまだ使えるのが救いか。
畑も……整備すればどうにかなりそうだ。
「思い出にしたいという気持ちは分からなくもないが、復興する上で邪魔になりそうなのは廃棄しないといけない」
「でも――」
「キールくん! あんまり我が侭を言わないで」
ラフタリアが注意する。ま、止める必要性は無いな。
だけど……。
「ここはお前が住んでいた家なんだな」
「ああ!」
「じゃあ、そこに新しく建てた家はお前の物だ」
「え……」
キョトンとした表情でキールというガキは俺を見上げる。
「ただし、お前が管理する共同の家となる。他にも人を集めるからな、責任を持って管理するんだぞ」
「う、うん……」
言葉を濁すようにキールは頷く。
「そういう訳だ――今だ! フィーロ!」
「はーい!」
キールが隙を見せたその瞬間。廃屋にフィーロが突撃し、支柱を蹴り飛ばして破壊する。
「あぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ!?」
呆然とするキールを置いて、俺は次の作業に出る。
昼前には女王に手配させた家の材料と城の兵士が到着した。
石材に木材……後は石膏か?
「盾の勇者様はここを復興なさるので?」
女王から話は聞いているだろうに、兵士が聞いてきた。
「ああ、せめて日が落ちるまでに屋根のある物にしたい。無理を承知で頼む」
「我々は兵士でもありますが、建設関係も若干心得があります。お任せください」
「頼んだ」
建設関係……徴兵か何かか?
っと、そこで昼になりかけているのを理解した。
「とりあえず建物は兵士に任せて、ラフタリアとフィーロ、そしてリーシア」
「はい」
「なーに?」
「なんでしょうか?」
三人が俺の呼びかけに答える。
「これから昼飯を作る、お前等は飯を食い終わったら奴隷共と一緒に魔物退治に出かけろ」
「分かりました」
「うん」
「頑張ります」
「班分けは任す。あんまり大人数で動いたら経験値の入りにも悪くなるだろうからな」
実測で試した事は無いけど、経験値の減少ってどれくらいなんだ?
というか分配方式なのか? それとも共有なのか今一理解していないんだよな。三體牛鞭
「誰か詳しい奴は居ないか?」
「あの……」
リーシアが申し訳なさそうに手を挙げる。
「なんだ?」
「えっと……経験値はパーティーを組んだ人数全員に同じ数字が入ります。上限人数は6人。それ以上になると減っていきます」
ああ、だからお前はハブられた訳か。
とか言ったら『ふぇええ』が飛び出すから黙っていよう。うるさいしな。
大人数で遠征する場合は班分けすれば問題はなさそうだな。一つの班で六人ずつで組ませれば良い訳だし。
複数の班で一匹の魔物を倒した場合は分割とかその辺りだろう。
「話は聞いたな」
「はい。こちらで分割致します」
「任せた」
俺はラフタリアに権限を渡して隊を作らせた。
現在奴隷の数は八人だからリーシアが二人、ラフタリアとフィーロが三人ずつ受け持たせよう。
「じゃあ、飯を作るから作業を手伝っていろ」
「はい!」
三人は各々が出来る範囲で手伝いを始める。
「ラフタリアちゃんは手伝わないの?」
放心から立ち直ったキールが料理の下ごしらえをしている俺を睨みながらラフタリアに尋ねる。
意外に復活が早いな。子供だからか?
「ラフタリアちゃん。家事上手だったじゃないか」
「えーっと……」
困った表情でラフタリアは俺に視線を送る。
なんだ? 俺に何を期待しているんだ?
何やら友人に良い所でも見せたいのか、ラフタリアは恐る恐る口を開いた。
「手伝いましょうか?」
「焼き肉や適当なスープを作る程度でか? 火を起こしておいてくれるのならやっていて貰いたいが」
味が良いらしいから俺が食事を作っているんだよなぁ。
もう慣れた。最近じゃ、みんな俺に料理を任せるし。
「片付けは手伝って貰いたいが今は十分だな」
材料を適当にぶつ切りにする。肉がでかいから包丁で切るのも面倒だな。
かと言って、ラフタリアに料理させると味が悪いとかフィーロが言い出すから全部俺が作る羽目になるし……。
ぶつくさ言いたくなるのを我慢して料理を作る。
あ、盾の料理レシピで作るという方法もあるにはあるのだが、これには大きな落とし穴がある。
料理が楽になると霊亀と戦う前、カルミラ島で作ったのだが――。
「盾から食べ物が出てきたよ!」
大興奮でフィーロが俺の盾をうらやましそうに見つめていた。
「ああ、盾の技能で作ってみた」
「凄いですね」
と、昼飯に出したのはこの世界独特のスパゲティみたいな食べ物だ。
名前は食べたナポラータだったか。ぶっちゃけ俺達の世界のパスタに語呂が似ているのは、盾の変換による物だろうか。
ともあれ盾から出すと同時に出来たての温かい料理が出てきた時はこれで料理も楽になると思った。
しかし……。
「なんか……普通ですね」
「うん……普通」
そう、品質の影響なのか、普通としか表現できない微妙な味の食べ物でしかなかった。
不味くは無い。けど美味くも無い。まさしく普通。
「ごしゅじんさまの手作りがいいー」
「そうですね。冷めていてもナオフミ様の手料理の方が美味しいです」
「わ、わかったよ」
なんか二人揃って恨みがましい目で見られたのを覚えている。
そう言った経緯もあって、店の料理か俺の作った物しかこいつ等は喜ばない。狼1号
美食家気取りなのもどうかと思うが、一応食べはする。けどやる気の面で引っかかるというか。
よくよく考えてみると俺が飯を作るって立場逆転してね?
とりあえず料理班もいずれ作らねば、じゃないと領地で料理屋をさせられかねない。
「ほら、昼飯が出来たからさっさと食って出かけてこい」
俺はぞんざいに鉄板に肉を乗せて焼き肉を作り、適当に素材を煮たスープを配る。
「やっぱ、すげえうめえ!」
「うん! 美味しい!」
奴隷共がこぞって笑顔で飯を貪る。
ついでに家を作ってくれる兵士にも持て成す。
「これは……今まで食べた事が無いくらい美味い焼き肉だ!?」
「うそだろ? 材料があのカメの肉って……城でも同じのが出てきたけど、こんなに美味くなかったぞ」
盾の手作り補正は果てしないな。
下ごしらえに香辛料と塩を練りこんでいたのか効いたか?
奴隷共はそれなりに俺の作った飯を食った。
それでも、そこまで大量に食ってはいないな。
きっと、Lv上げから帰ってくると……それに備えて作っておかないとだめだな。
「さて、お前ら、それぞれに武器を渡す。それで戦ってこい!」
俺の宣言に奴隷共は怖気づく。ラフタリアと同じ女の子なんて刃物を持って血の気が引いていた。
城で貰った中古の武器をそれぞれに渡す。初心者用に大半が短剣だ。
「戦わない限り、胸が苦しくなるから覚悟しろ。後、お前等の故郷は、帰ってこないと思え」
「ぐ……」
キールが代表して俺に文句を言おうとしてくる。
だけどラフタリアに遮られて何も言えないみたいだ。
「俺は別にお前達じゃなくても良い。ここを領地にするだけだからな。だが、俺の言う事を素直に聞いているラフタリアへのご褒美としてお前等を勧誘したんだ。履き違えるなよ」
忌々しそうに奴隷達が俺を睨みつける。
憎まれ役はこの世界でも慣れている。別に俺は慈善事業をしようとしている訳でもない。どうせ元の世界に帰るのだから後顧の憂いなど気にする必要もない。ラフタリアが平和に過ごせる場所を用意できれば良いんだ。
「さて……フィーロ、倒した魔物は荷車に乗せて来い。使い道は沢山あるからな」
「はーい!」
目下、食料だけどな。
後は錬がやっていた様に盾に吸わせる用でもある。
こっちは色々な意味でまだまだ先だと思うけどな。
「ほら、行ってこい。じゃあな」
俺はフィーロの馬車を指差して命令する。
奴隷共はしぶしぶ、馬車に乗って、フィーロに引かれて狩りに出かけた。
「速度には気を付けろよー」
「はーい」
ごとごととフィーロが引く馬車は進んでいく。
「さて、じゃあ、家の建設を頼む」
「わ、わかりました」
兵士に建設を頼んで、俺は盾に調合を指示し、次の料理の準備を始めた。
魔物を孵化させるのはもう少し後だな。巨根
霊亀の肉が底をつく前に、食材を調達する方法を模索しないとな……。
「で……」
ラフタリア達と一緒に狩りへ出かけた奴隷達はその日の夕方には帰ってきた。
全員、くたくたになっている。馬車に連結させている荷車には倒した魔物がそのまま積載されている。当面の食料にしないといけないし、調度いいだろ。
だが、それよりも酷いのは。
ぐううううう……。
ぐううう……。
きゅるるるるるる……。
ぐぎゅるるるるるる……。
爆音のように腹を空かせている事か。
食べるのにも不自由な環境で急激にLvをあげたらどうなるんだ? ちょっとした好奇心が湧くな。
大方、死にはしない飢えという奴なんだろう。ラフタリアを見るとそう思う。
急成長しようとする体が栄養を欲して空腹を訴えているのだ。
「よく帰ってきたな、ちゃんと戦えたか?」
「ええ、みんな頑張りましたよ」
ラフタリアが笑みを浮かべて答える。
その様子を奴隷共は微妙な顔で見ているな。
スパルタをしている訳ではないけど、釈然としないとかそんな感じだろうな。
「ふへぇ……疲れました」
「おう、リーシア。調子はどうだ?」
「前よりも動きやすいような気がします」
確かにステータスはリセット前よりも上がっている。戦闘も多少は楽になっただろう。
「リーシア姉ちゃん。なんできぐるみ着てんだ?」
「それはリーシアが着ぐるみマニアだからだ」
「ふぇえ!」
ぶんぶんと否定するリーシアだが、間違ってなんかいないだろ。
「やっぱりそうなんだ……」
キールに至っては納得する始末。
俺を嫌っているなら信じるなよ。
「ま、ちゃんと頑張っているなら良いだろう。飯だ」
俺は前もって準備していた霊亀の肉を使ったシチューやステーキをテーブルに出す。
こうなる事は予想済みだったからな。量だけは無駄にある。
沢山作ったが、きっとすぐになくなるだろう。勃動力三體牛鞭
2014年7月6日星期日
愛の狩人
「くぬ! ぬお! 天使達! やめるんだ!」
うーん……元康を封じるとあの取り巻きが襲って来そう。
事の原因である元康を封じたら良いのかも知れないが、あの三匹は止められるのか?
二匹は押さえつけられるけどフィーロがな。
失敗した場合は確実に俺の負けだ。花痴
しかも元康は取り巻きとの戦いに集中していて動き回っている。
狙うには厳しい。
賭けの要素としてなら元康を狙った方が良いが、射程範囲から外れていて、魔力を上手く込められる自信が無い。
込めた分だけ伸びるような気がするのだけど、練習せねば出来るものも出来ないだろう。
「ごしゅじんさま……食べたい」
まだ言うか!
「フィーロちゃん!」
メルティが俺を守るように前に出て呼びかける。
「危ないから下がっていろ!」
「いやよ! 私はフィーロちゃんの友達なのよ! こんなフィーロちゃんを見捨てるなんて出来ないわ!」
こいつは本当にヴィッチの妹なのかと疑問に思う程の思いやりがあるよなぁ。
友情の為なら命すらなげうつ覚悟か……もしもメルティの命が危ないのなら俺も守ってやらねばならないだろうな。
フィーロが邪魔なら友人を敵として排除するという選択を取るのなら、メルティとリーシアを守りながら攻撃の命令を出さねばならない。
「メル……ちゃん?」
お? フィーロの奴、メルティの呼びかけの応じて顔を向けた。
よし、そのまま説得を続けるんだ。
「そうよ! フィーロちゃん! ナオフミはそんな状態のフィーロちゃんとの関係なんて望んでいないの、だから……あんな奴の力に操られないで、元に戻って!」
「ぐ……う……」
メルティの言葉を聞いてフィーロの奴、ぐらぐらと揺れながらメルティに近づいて行く。
「フィーロちゃん」
メルティは手を伸ばし、フィーロの胸を撫でようと試みる。
俺は警戒しつつ、最悪の事態に備えて魔力を練り、SPに込めて構える。
「さ、フィーロちゃん。元に……戻って」
「……」
説得完了か? フィーロが大人しくなってメルティに頭を下げた。
メルティも微笑んでいるのか、フィーロの頭を撫でている。
「――フィーロ、メルちゃんも食べたい」
「え――」
ガシッとフィーロはメルティの肩に掴みかかる。
「あ、ちょっと!?」
そしてメルティの服の下に手を伸ばして――
少々外道だがこのチャンスを逃すのは惜しい。
済まんメルティ。後で必ずこのツケは払う。
「今だ! シールドプリズン!」
「な、何を言っているの!?」
メルティごとフィーロを盾で作られた檻に閉じ込める。
大丈夫だ。きっとフィーロの良心がメルティは俺と同等として大切なものと認識しているはず。
食べると言う意味も俺に言ったのと同じで、メルティを食べ物として見ていないと……思いたい。
「ナオフミ――ちょ!」
メルティがフィーロに襲い掛かられている最中、俺の作った檻が完成した。
ぐ……魔力がごっそり持って行かれた。
これで少しの間、フィーロは閉じ込められたはず……。
「ふぇえ……王女様がぁああ!」
「メルティは尊い犠牲になって貰った。大丈夫だ。きっと」
最悪……は諦めよう。
ただ、色欲に支配されたフィーロに取ってメルティも対象に入っているのだと信じよう。
暴食に支配されていたら危なかった。
「アトラ、どうだ?」
「はい。尚文様の出した囲いが禍々しい力を断ち切ったのが感じ取れました」
「そうか!?」
それは良かった。つまり檻の中のフィーロは元に戻ったという事になる。
メルティも良くやってくれた。
「尚文様の作りだした檻はとても素晴らしいモノです。まだ所々に解れがありますが、禍々しい力は遮りました」
「ほう……」
どうやら魔力を込めるとプリズンの隙を無くせるようだ。
これは良い事を聞いた。女騎士の攻撃で簡単に壊されたが、次はそうもいかないか。要練習だな。
後は元康達だ。
フィーロの方に意識を集中していて気付かなかったけど、まだ争っている。
手伝ってやっても良いが……どうした物か。
「ぬおおおおおおおおおお! フィーロタンとオトウさんを守って見せます!」
とか。
「天使達! もうヤメるんだ!」
って騒いで凄く五月蠅い。福源春
「もっくんはあたしの――」
「いいえ、もーくんは私のです――」
「違います。もとやすさんはボクの――」
「「「あんなメスになんてやらない!」」」
ああもう。ずっとやってろ!
仲が良いな、あいつ等。
どれもフィーロに似ているけど、アホ毛が無い。
赤いのは爪が基本だけど時々炎を吐いたりする。フィロリアルって火を吐けるのか? 魔法の一種にあるのかもしれないが。
青いのは魔法が基本だけど、羽を抜いて投げてくる。フェザーショット的な攻撃だ。
緑色のはずっと人型。羽が生えた人間みたいで斧を振り回し、魔法を放つ。一番、亜人っぽい戦い方とも言える。大人しい見た目の癖に豪快な奴。
というか、フィーロとは戦闘スタイルがどれも違うなぁ。
フィロリアルの個性か? 知りたくもない。
そんなこんなでプリズンが解けるのを待っていたのだが、効果時間が魔力を込めたからか伸びている。
普段は十五秒しか持たないはずなのに、三分は続いている。
「長いな」
「長いですね」
「ふぇえ……」
中で何が起こっているのか、想像したくもない。
この檻が消えた時に何が待っているのか。
一種の猫箱だよな。シュレリンガーの猫だったか?
違うか。檻が解けた時にフィーロとメルティに何があるのか……。
可能性はたくさんある。
俺が閉じ込めたと同時にフィーロが我に返って大人しくしているかもしれない。
逆にフィーロに大変な事をされているかもしれない。
可能性は無限だな。
メルティがフィーロを上手く説得できたかもしれない。
そして五分経過した頃、そっと……檻は消えた。
「ふう……」
そこにはフィーロが恍惚とした表情で座り込んでいた。
羽毛が逆立ってなんか気持ちよさそう。
メルティは何処だ?
フィーロに食われていない事を祈る。
考えてみれば王女様なんだからそんな目に会っていたら俺は国外逃亡を余儀なくされる。
フィーロとメルティの友情を信じないといけない。
「お?」
メルティも生きていた。
フィーロの横で……なんかかませ犬で有名な奴が敵にやられた時のポーズで横になっている。
服は脱ぎ散らかされているので、王女の名誉の為に視界に入らないようにしよう。
「メルティ様!」
リーシアが心配してメルティの元に駆け寄る。
仰向けにして生きているかリーシアが確認すると、半笑いのメルティの瞳から一筋の涙が零れ落ちる。
えっと、どこかで見たような光景だ。女の子同士のゆるーい百合の漫画みたいだと思う。
「メルティ……その……本当にすまなかった。後で必ずこの埋め合わせはする……その……悪かった……」
思わず素で出た言葉だ。
まさかここまでの結末が待っているとは……想像の範疇ではあったんだが。
なんというか、咄嗟の事だったんだが……もっとうまくやれたかもしれない。
俺の無力を恨んでも良い。本当にすまなかった。
箱の中の猫は犯されていました。
中で何が起こっていたのか、それは猫にしかわからない。
ま、本人が喋ったらわかるけどさ。メルティは喋らないだろ。
そしてリーシアが転がっていたメルティの服を掛けて抱き起こす。
「大丈夫ですか!」
「うう……大変な目にあったわ」
「またやろうね♪」
「いやよ!」
我に返ったフィーロがメルティに首を傾げていた。
「調子はどうだ?」
「えっとねーなんかスッキリ」
「あれだけ暴れれば、そりゃそうだろうよ」
「ナオフミ! 絶対に後で殺すから覚悟なさい!」
「済まなかったとは思っている。相応の罰は受けよう。だが、お前とフィーロの友情を俺は信じただけさ」
もうそこまでの関係なら俺は何も言うまい。勃動力三体牛鞭
フィーロもメルティの事が大好きみたいだし、もう二人を別つ者はいないだろう。
「綺麗事を言って誤魔化したって私は騙されないわよ! 絶対に、絶対に許さないんだから!」
「まあ……全てはお前の姉と俺が悪かったと言う事で我慢してくれ」
「ムキー!」
「メルちゃん。何怒っているの?」
「え、えっとね……そのね。フィーロちゃん。あのね」
「キスしたの怒ってるの? でも前した時は許してくれたよね」
なんだって?
コイツ等……俺の知らない所で、随分とアブノーマルな関係が進んでいたんだな。
俺も無粋じゃない。これからは遠くから見守らせてもらおう。
またの名をフェードアウトとも言う。
「あのね。その事じゃなくて」
「フィーロの初めてはごしゅじんさまだから安心してね」
なんだって?
いつのまに襲われたんだ?
いや、ありえない。寝込みを襲われてもさすがに気付くだろう。
適当な事を言いやがって。
「……フィーロちゃん。私の初めてのキスはずいぶん前にフィーロちゃんに取られちゃったんだけど……」
「でもメルちゃんがキスってどんなのかしらって言うから」
「セカンドもサードもフィーロちゃん……うう……もう母上には絶対に話せないわ」
メルティが顔を真っ赤にしてフィーロと話をしている。
怪しいとは思っていたがそこまで進んでいた訳か。
良かったなフィーロ、もはやお前とメルティは親友を超えた関係だよ。
だから、俺を相手に発情するなよ。メルティで解決しろ。
フィーロの初めて? キスか?
俺? えっとー……思いっきり舐められた覚えがあるが、あれか?
うえ……そのカウントだと俺もキスされた事になるのか……。
「メルティ」
「何よ!」
「フィーロのはノーカウントにしよう。俺とお前の決まり事だ」
「ふざけないで!」
「別にふざけてはいないぞ」
俺はイヤだ。
気にしない方向でメルティにも合意して貰わないと事実の物となってしまう。
「余計悪いわよ!」
「で? どうなんだ?」
「うう……わかったわよ!」
「よし。じゃあ次の行動に移るか」
ふむ、良く見るとフィーロの張った結界も解けているな、このまま逃げ切る事は出来そうだ。
元康の方は……まだ、戦っている。俺たちの方に飛び火しないのが奇跡だな。
どうした物か。
あのまま放置していると何時までも戦っていそうだ。
で、下手にまたスキルを使われるとシャレにならない。
「フィーロ」
「なーに?」
艶が良くなっているフィーロに俺は命令する。
「元康に向けて俺の言う通りに言え」
「えー……やー!」
まったく、理性が戻っても反抗的な奴。
「じゃないと元康にまた操られるぞ。今度こそ助けてやらないからなぁ……気付かない内に、元康に何をされるか――」
「や、やー! ごしゅじんさま! どうしたら良いの!?」
「俺の言った通りにするんだ」
「何言わせるつもりよ」
ぼさぼさの格好のメルティが魔法で体を清め、服を着直して尋ねてくる。
「ああ、実はな――」
「やめるんだ!」
元康はずっと取り巻きの説得を続けている。
原因はお前だ。その取り巻きはどうやらお前の事が好きみたいで、フィーロに嫉妬しているんだ。蒼蝿水
と、言っても聞かないだろうから、冷静になったフィーロに解決して貰う。
「あのねー! 槍の人聞いてー!」
フィーロの声に元康が振り返る。
嬉しそうな顔をしているが、打ん殴りたくなるな。
「ハーい! なンですかフィーロタん!」
「えっとね。フィーロはプラトニックな人が好きなの、世界が真の平和になるまでそう言うのは考えないようにしてるのー。他にもね、なんだっけ? えっとね、誠実でね、皆に優しくてね、ズルをしなくてね、賭け事はちゃんと釣りあった条件でしてね。後ね、約束は表面だけじゃなくて、しっかり守ってー」
ここぞとばかりに元康に対する不満をフィーロに言わせる。
これで改善されれば良いんだが……。
尚、フィーロの好みに関しては嘘だ。
さっきまでメルティに襲い掛かっていた奴では説得力皆無だ。
この状態だって、直ぐに解けてしまうかもしれない。
言わば賢者タイム中のフィーロに言わせているような物だ。
しかしフィーロ、一つ抜けているぞ。
「あ! 最後にね、人の話はちゃんと聞いてー。特にごしゅじんさまの命令は絶対に聞いてね。後ね、世界が本当に平和になるまでフィーロにつきまとわないで!」
最後のは俺が言った内容では無いんだが……。
妙な所で知恵を付けやがって。
「そ、ソウナのですか!? フィーロタン!」
よしよし、元康の懐柔に成功した。
後はフィーロ、奴の槍を変えるだけだ。
「だからー……」
フィーロが目を泳がせて俺に視線を向ける。
教えた事を忘れたな。鳥頭が。
「あっ。そうそう、その槍を別のにしないとー嫌いになっちゃう! 特にその槍にしたらダメー」
「そ、ソンナ! わかりました! ワタクシ、元康。この槍には絶対に変えません!」
フィーロの言葉に元康はサッと槍を別の槍に変えた。
素直な奴……アッサリ過ぎる。
というか、そんな簡単に変えられるのかよ。
元康が槍を変えた瞬間、取り巻きは電池が切れたように地に倒れる。
これで静かになった。
「さて……」
俺はフィーロに次の伝言を吹き込む。
「えっとー……フィーロはー、世界の為に戦う勇者が好きなのーだから自分の罪に向き合って、女王様に自首してー」
「わかりました!」
もう元に戻っているはずなのに元康の奴、なんかおかしいな。SEX DROPS
うーん……元康を封じるとあの取り巻きが襲って来そう。
事の原因である元康を封じたら良いのかも知れないが、あの三匹は止められるのか?
二匹は押さえつけられるけどフィーロがな。
失敗した場合は確実に俺の負けだ。花痴
しかも元康は取り巻きとの戦いに集中していて動き回っている。
狙うには厳しい。
賭けの要素としてなら元康を狙った方が良いが、射程範囲から外れていて、魔力を上手く込められる自信が無い。
込めた分だけ伸びるような気がするのだけど、練習せねば出来るものも出来ないだろう。
「ごしゅじんさま……食べたい」
まだ言うか!
「フィーロちゃん!」
メルティが俺を守るように前に出て呼びかける。
「危ないから下がっていろ!」
「いやよ! 私はフィーロちゃんの友達なのよ! こんなフィーロちゃんを見捨てるなんて出来ないわ!」
こいつは本当にヴィッチの妹なのかと疑問に思う程の思いやりがあるよなぁ。
友情の為なら命すらなげうつ覚悟か……もしもメルティの命が危ないのなら俺も守ってやらねばならないだろうな。
フィーロが邪魔なら友人を敵として排除するという選択を取るのなら、メルティとリーシアを守りながら攻撃の命令を出さねばならない。
「メル……ちゃん?」
お? フィーロの奴、メルティの呼びかけの応じて顔を向けた。
よし、そのまま説得を続けるんだ。
「そうよ! フィーロちゃん! ナオフミはそんな状態のフィーロちゃんとの関係なんて望んでいないの、だから……あんな奴の力に操られないで、元に戻って!」
「ぐ……う……」
メルティの言葉を聞いてフィーロの奴、ぐらぐらと揺れながらメルティに近づいて行く。
「フィーロちゃん」
メルティは手を伸ばし、フィーロの胸を撫でようと試みる。
俺は警戒しつつ、最悪の事態に備えて魔力を練り、SPに込めて構える。
「さ、フィーロちゃん。元に……戻って」
「……」
説得完了か? フィーロが大人しくなってメルティに頭を下げた。
メルティも微笑んでいるのか、フィーロの頭を撫でている。
「――フィーロ、メルちゃんも食べたい」
「え――」
ガシッとフィーロはメルティの肩に掴みかかる。
「あ、ちょっと!?」
そしてメルティの服の下に手を伸ばして――
少々外道だがこのチャンスを逃すのは惜しい。
済まんメルティ。後で必ずこのツケは払う。
「今だ! シールドプリズン!」
「な、何を言っているの!?」
メルティごとフィーロを盾で作られた檻に閉じ込める。
大丈夫だ。きっとフィーロの良心がメルティは俺と同等として大切なものと認識しているはず。
食べると言う意味も俺に言ったのと同じで、メルティを食べ物として見ていないと……思いたい。
「ナオフミ――ちょ!」
メルティがフィーロに襲い掛かられている最中、俺の作った檻が完成した。
ぐ……魔力がごっそり持って行かれた。
これで少しの間、フィーロは閉じ込められたはず……。
「ふぇえ……王女様がぁああ!」
「メルティは尊い犠牲になって貰った。大丈夫だ。きっと」
最悪……は諦めよう。
ただ、色欲に支配されたフィーロに取ってメルティも対象に入っているのだと信じよう。
暴食に支配されていたら危なかった。
「アトラ、どうだ?」
「はい。尚文様の出した囲いが禍々しい力を断ち切ったのが感じ取れました」
「そうか!?」
それは良かった。つまり檻の中のフィーロは元に戻ったという事になる。
メルティも良くやってくれた。
「尚文様の作りだした檻はとても素晴らしいモノです。まだ所々に解れがありますが、禍々しい力は遮りました」
「ほう……」
どうやら魔力を込めるとプリズンの隙を無くせるようだ。
これは良い事を聞いた。女騎士の攻撃で簡単に壊されたが、次はそうもいかないか。要練習だな。
後は元康達だ。
フィーロの方に意識を集中していて気付かなかったけど、まだ争っている。
手伝ってやっても良いが……どうした物か。
「ぬおおおおおおおおおお! フィーロタンとオトウさんを守って見せます!」
とか。
「天使達! もうヤメるんだ!」
って騒いで凄く五月蠅い。福源春
「もっくんはあたしの――」
「いいえ、もーくんは私のです――」
「違います。もとやすさんはボクの――」
「「「あんなメスになんてやらない!」」」
ああもう。ずっとやってろ!
仲が良いな、あいつ等。
どれもフィーロに似ているけど、アホ毛が無い。
赤いのは爪が基本だけど時々炎を吐いたりする。フィロリアルって火を吐けるのか? 魔法の一種にあるのかもしれないが。
青いのは魔法が基本だけど、羽を抜いて投げてくる。フェザーショット的な攻撃だ。
緑色のはずっと人型。羽が生えた人間みたいで斧を振り回し、魔法を放つ。一番、亜人っぽい戦い方とも言える。大人しい見た目の癖に豪快な奴。
というか、フィーロとは戦闘スタイルがどれも違うなぁ。
フィロリアルの個性か? 知りたくもない。
そんなこんなでプリズンが解けるのを待っていたのだが、効果時間が魔力を込めたからか伸びている。
普段は十五秒しか持たないはずなのに、三分は続いている。
「長いな」
「長いですね」
「ふぇえ……」
中で何が起こっているのか、想像したくもない。
この檻が消えた時に何が待っているのか。
一種の猫箱だよな。シュレリンガーの猫だったか?
違うか。檻が解けた時にフィーロとメルティに何があるのか……。
可能性はたくさんある。
俺が閉じ込めたと同時にフィーロが我に返って大人しくしているかもしれない。
逆にフィーロに大変な事をされているかもしれない。
可能性は無限だな。
メルティがフィーロを上手く説得できたかもしれない。
そして五分経過した頃、そっと……檻は消えた。
「ふう……」
そこにはフィーロが恍惚とした表情で座り込んでいた。
羽毛が逆立ってなんか気持ちよさそう。
メルティは何処だ?
フィーロに食われていない事を祈る。
考えてみれば王女様なんだからそんな目に会っていたら俺は国外逃亡を余儀なくされる。
フィーロとメルティの友情を信じないといけない。
「お?」
メルティも生きていた。
フィーロの横で……なんかかませ犬で有名な奴が敵にやられた時のポーズで横になっている。
服は脱ぎ散らかされているので、王女の名誉の為に視界に入らないようにしよう。
「メルティ様!」
リーシアが心配してメルティの元に駆け寄る。
仰向けにして生きているかリーシアが確認すると、半笑いのメルティの瞳から一筋の涙が零れ落ちる。
えっと、どこかで見たような光景だ。女の子同士のゆるーい百合の漫画みたいだと思う。
「メルティ……その……本当にすまなかった。後で必ずこの埋め合わせはする……その……悪かった……」
思わず素で出た言葉だ。
まさかここまでの結末が待っているとは……想像の範疇ではあったんだが。
なんというか、咄嗟の事だったんだが……もっとうまくやれたかもしれない。
俺の無力を恨んでも良い。本当にすまなかった。
箱の中の猫は犯されていました。
中で何が起こっていたのか、それは猫にしかわからない。
ま、本人が喋ったらわかるけどさ。メルティは喋らないだろ。
そしてリーシアが転がっていたメルティの服を掛けて抱き起こす。
「大丈夫ですか!」
「うう……大変な目にあったわ」
「またやろうね♪」
「いやよ!」
我に返ったフィーロがメルティに首を傾げていた。
「調子はどうだ?」
「えっとねーなんかスッキリ」
「あれだけ暴れれば、そりゃそうだろうよ」
「ナオフミ! 絶対に後で殺すから覚悟なさい!」
「済まなかったとは思っている。相応の罰は受けよう。だが、お前とフィーロの友情を俺は信じただけさ」
もうそこまでの関係なら俺は何も言うまい。勃動力三体牛鞭
フィーロもメルティの事が大好きみたいだし、もう二人を別つ者はいないだろう。
「綺麗事を言って誤魔化したって私は騙されないわよ! 絶対に、絶対に許さないんだから!」
「まあ……全てはお前の姉と俺が悪かったと言う事で我慢してくれ」
「ムキー!」
「メルちゃん。何怒っているの?」
「え、えっとね……そのね。フィーロちゃん。あのね」
「キスしたの怒ってるの? でも前した時は許してくれたよね」
なんだって?
コイツ等……俺の知らない所で、随分とアブノーマルな関係が進んでいたんだな。
俺も無粋じゃない。これからは遠くから見守らせてもらおう。
またの名をフェードアウトとも言う。
「あのね。その事じゃなくて」
「フィーロの初めてはごしゅじんさまだから安心してね」
なんだって?
いつのまに襲われたんだ?
いや、ありえない。寝込みを襲われてもさすがに気付くだろう。
適当な事を言いやがって。
「……フィーロちゃん。私の初めてのキスはずいぶん前にフィーロちゃんに取られちゃったんだけど……」
「でもメルちゃんがキスってどんなのかしらって言うから」
「セカンドもサードもフィーロちゃん……うう……もう母上には絶対に話せないわ」
メルティが顔を真っ赤にしてフィーロと話をしている。
怪しいとは思っていたがそこまで進んでいた訳か。
良かったなフィーロ、もはやお前とメルティは親友を超えた関係だよ。
だから、俺を相手に発情するなよ。メルティで解決しろ。
フィーロの初めて? キスか?
俺? えっとー……思いっきり舐められた覚えがあるが、あれか?
うえ……そのカウントだと俺もキスされた事になるのか……。
「メルティ」
「何よ!」
「フィーロのはノーカウントにしよう。俺とお前の決まり事だ」
「ふざけないで!」
「別にふざけてはいないぞ」
俺はイヤだ。
気にしない方向でメルティにも合意して貰わないと事実の物となってしまう。
「余計悪いわよ!」
「で? どうなんだ?」
「うう……わかったわよ!」
「よし。じゃあ次の行動に移るか」
ふむ、良く見るとフィーロの張った結界も解けているな、このまま逃げ切る事は出来そうだ。
元康の方は……まだ、戦っている。俺たちの方に飛び火しないのが奇跡だな。
どうした物か。
あのまま放置していると何時までも戦っていそうだ。
で、下手にまたスキルを使われるとシャレにならない。
「フィーロ」
「なーに?」
艶が良くなっているフィーロに俺は命令する。
「元康に向けて俺の言う通りに言え」
「えー……やー!」
まったく、理性が戻っても反抗的な奴。
「じゃないと元康にまた操られるぞ。今度こそ助けてやらないからなぁ……気付かない内に、元康に何をされるか――」
「や、やー! ごしゅじんさま! どうしたら良いの!?」
「俺の言った通りにするんだ」
「何言わせるつもりよ」
ぼさぼさの格好のメルティが魔法で体を清め、服を着直して尋ねてくる。
「ああ、実はな――」
「やめるんだ!」
元康はずっと取り巻きの説得を続けている。
原因はお前だ。その取り巻きはどうやらお前の事が好きみたいで、フィーロに嫉妬しているんだ。蒼蝿水
と、言っても聞かないだろうから、冷静になったフィーロに解決して貰う。
「あのねー! 槍の人聞いてー!」
フィーロの声に元康が振り返る。
嬉しそうな顔をしているが、打ん殴りたくなるな。
「ハーい! なンですかフィーロタん!」
「えっとね。フィーロはプラトニックな人が好きなの、世界が真の平和になるまでそう言うのは考えないようにしてるのー。他にもね、なんだっけ? えっとね、誠実でね、皆に優しくてね、ズルをしなくてね、賭け事はちゃんと釣りあった条件でしてね。後ね、約束は表面だけじゃなくて、しっかり守ってー」
ここぞとばかりに元康に対する不満をフィーロに言わせる。
これで改善されれば良いんだが……。
尚、フィーロの好みに関しては嘘だ。
さっきまでメルティに襲い掛かっていた奴では説得力皆無だ。
この状態だって、直ぐに解けてしまうかもしれない。
言わば賢者タイム中のフィーロに言わせているような物だ。
しかしフィーロ、一つ抜けているぞ。
「あ! 最後にね、人の話はちゃんと聞いてー。特にごしゅじんさまの命令は絶対に聞いてね。後ね、世界が本当に平和になるまでフィーロにつきまとわないで!」
最後のは俺が言った内容では無いんだが……。
妙な所で知恵を付けやがって。
「そ、ソウナのですか!? フィーロタン!」
よしよし、元康の懐柔に成功した。
後はフィーロ、奴の槍を変えるだけだ。
「だからー……」
フィーロが目を泳がせて俺に視線を向ける。
教えた事を忘れたな。鳥頭が。
「あっ。そうそう、その槍を別のにしないとー嫌いになっちゃう! 特にその槍にしたらダメー」
「そ、ソンナ! わかりました! ワタクシ、元康。この槍には絶対に変えません!」
フィーロの言葉に元康はサッと槍を別の槍に変えた。
素直な奴……アッサリ過ぎる。
というか、そんな簡単に変えられるのかよ。
元康が槍を変えた瞬間、取り巻きは電池が切れたように地に倒れる。
これで静かになった。
「さて……」
俺はフィーロに次の伝言を吹き込む。
「えっとー……フィーロはー、世界の為に戦う勇者が好きなのーだから自分の罪に向き合って、女王様に自首してー」
「わかりました!」
もう元に戻っているはずなのに元康の奴、なんかおかしいな。SEX DROPS
2014年7月3日星期四
鳳凰
やはり想像通り、現れた鳳凰は霊亀と同じく手ごろに多数の命が集まっている俺達の方へ向かって飛んできた。
視界に浮かぶ『8』という数字。
やはり八番目の波相当、というのが正解だろうか。
「お前等、間違ってもトドメを刺すタイミングを誤るんじゃないぞ」
「わかっている!」RU486
錬を筆頭に近付いてくる低高度の方の鳳凰に向かって、各々は攻撃を開始した。
「キュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」
高高度にいる鳳凰がこっちに向けて羽ばたきで羽根を降り注がせながら火の雨を降らし始める。
「流星盾!」
気の力を込めた流星盾は範囲と防御力がかなり向上する。
そのお陰で最前線の一部は守られるが、それ以外はまだ足りない。
この辺りは想定内だ。
「お前等、わかっているな?」
振り返ると奴隷は元より、連合軍の連中も頷いた。
さすがに大人数を守りきれる自信は無い。
それでも守るために俺は出来る限りの工夫をする事にした。
俺とアトラが協力して作り出したスキルでは無い技、集を俺は降り注ぐ火の雨に向けて展開させる。
大きな漏斗で集めるかのように上から降り注ぐ火の雨は俺に向けて集まって行く。
この攻撃がどれほどの物かで対処が変わってくる。
その間に低高度で襲い掛かってくる鳳凰に向けて攻撃を集中させる。
降り注ぐ火の雨を盾で受け止めた。
バシバシと傘に雨が当たるような、そんな感覚が盾を通じて伝わってくる。
俺が今装備しているのは強化した霊亀甲だ。
霊亀甲(覚醒)+8 70/70 SR
能力解放……装備ボーナス スキル「Sフロートシールド」「リフレクトシールド」
専用効果 グラビティフィールド Cソウルリカバリー Cマジックスナッチ Cグラビティショット 生命力向上 魔法防御(大) 雷耐性 SPドレイン無効 成長する力
熟練度 100
アイテムエンチャントLv8 防御力10%アップ
ドラゴンスピリット 防御力50 火耐性向上
ステータスエンチャント 魔力30+
鳳凰の攻撃を想定してエンチャントは万全だ。
これで火属性の攻撃は相当軽減できる。
蛮族の鎧にも火耐性が付いているから並大抵の攻撃ではビクともしないはずだ。
現に上から降り注ぐ攻撃に対して、俺は痛くも痒くもない。
ただ、さすがに範囲が大きすぎて連合軍全てを守りきれるはずもない。
だけど、そのくらいは想定済みだ。
「アル・ツヴァイト・レジストファイア!」
連合軍の方も後方援護部隊が、火属性の耐性を上げる魔法を常時掛けている。
これである程度は軽減して、戦いに集中できるはずだ。
ん?
鳳凰が落とした羽根が地面に落ちると、そこから鳳凰の使い魔(眷属型)と言う魔物が出現した。
壁画の通りだ。
前衛の近接部隊が出現する鳳凰の使い魔の殲滅に走る。
よし!
「ラフー!」
俺が取りこぼしてしまった鳳凰の羽根をラトの育てた魔物であるミー君が体を絨毯のように変化させて弾く。
形状変化が得意だからか。こう言う時には便利だな。
「いくよー!」
「キュア!」
フィーロとガエリオンと谷子が高高度にいる鳳凰に向けて飛んでいく。
「てぇい!」
「キュア!」
「うん。行こう!」
ここで空を飛べるようになったフィーロに関しての難点を説明しようと思う。
飛ぶと言う事はそれだけ犠牲にする事が増えると言う事だ。中絶薬
本人曰く、俺が説明したらしいのだが、魔力を使って飛ぶようになった。だから飛ぶのは魔力を相当消費する。
更に、地上に居る時よりも腰に力が入らないので蹴りの威力が大幅に下がっていて、くちばしで突くや爪で握るとかしか出来ないそうだ。
しかも意識を集中するクイック系やスパイラルストライクは使い辛いのだとか。
その点で言えば、昔から飛ぶと言う事が出来るガエリオンは空中戦での短所はそこまで無い。
ブレスが基本攻撃だし、爪による引っかき等、戦闘パターンに大きな変化は無い。
むしろLvの影響か、ホーミングで炎で作られた矢を射出する魔法まで使いこなせる。
ただし、鳳凰は火を使うのが得意だからガエリオンのブレスも属性を変えねば威力が出ない。
まあ、火だから耐性も高いんだけどな。
「うぃんぐ・とるねーどー」
強く羽ばたいたフィーロが回転しながら鳳凰に突進した。
スパイラルストライクに似ているけれど、速度が出ていないな。
「てい!」
そして高高度の鳳凰に引っ付いたかと思うと、力強く蹴りあげた。
ああ、確かにその方法なら蹴りの威力は下がらないな。
「ガエリオン、行くよ」
「キュア!」
『我ここにガエリオンの力を導き、具現を望む。地脈よ。我に力を』
『キュアキュアキュア!』
「ハイウィングスラッシュ!」
ガエリオンの翼が光り輝き、羽ばたく事で風の刃が生み出される。
その刃は高高度の鳳凰に突き刺さった。
「キュイイイイイイイイイ!?」
善戦しているな。
今は俺も目の前の鳳凰に意識を集中させよう。
「はぁあ!」
俺が鳳凰の足を掴んで、隙を作るとラフタリアやフォウル、アトラが逃さず攻撃を加える。
「八極陣天命剣二式!」
「タイガーブレイク!」
「行きます!」
ラフタリアの剣が鳳凰の肩口を切り裂き、フォウルの拳が腹部に刺さり、アトラの突きによって突いた場所が弾ける。
「俺も負けてられない! 重力剣!」
「うん! 兄ちゃんの為に頑張るぞーワンワン!」
錬も負けじとスキルを放ち、鳳凰に飛びついて頭に向けて剣を何度も突きさす。
キールもけるべろすになって鳳凰に噛みついた。
おお……バターを切るかのように錬の切りは鳳凰にきつい一撃を与えているようだ。
キールの攻撃も馬鹿には出来ない様だぞ。
しかし。
鳳凰は霊亀の様な生物的な側面と、精霊や幽霊の気体のような部分を持っているようで、傷付けたその場から、炎のように燃えがって傷が消えて行った。
「く……なんて生命力だ!」
切っても、その場で引っ付いて深い傷には出来そうにないか。
なんて厄介な……。
だが、見た感じではあるが、ダメージが入っていない訳では無いようだ。
やはりシミュレーションした通り、自爆しても平気なように低高度の方はダメージを受けることを視野に入れた戦い方をしてこない。攻撃特化な捨て身戦法で攻撃してくる。
だが、鳳凰を想定した攻撃を俺達は組んでいたので、ブレスも羽ばたきも大してダメージを受けない。威哥王三鞭粒
霊亀のようなSP吸収攻撃の様な厄介な攻撃を低高度の方はしてくる気配が無いのが救いだな。
念には念をとガエリオンの所為で弱体化していたラースシールドも強化しておいたが、使わずに済みそうだ。
霊亀甲の性能がかなり高いから、ある程度追いついて来ているんだけどな。
グロウアップするような事態じゃないし。
まあ、何をしてくるか想定しきれないんだけどさ。
もしかしたらそう言う攻撃をしてくるのかもしれないし……。
鳳凰を掴んで高く飛べないように押さえつけている最中、俺は高高度の方に目を向ける。
すると元康、樹とリーシア、サディナと女王がそれぞれ高高度の鳳凰に向けて攻撃をしている。
「フィーロたん気を付けて! ブリューナク!」
「バードハンティング!」
「トルネードスロー!」
「合唱魔法! ウォーター&ライトニングブリッド!」
「高等集団儀式魔法! レインストーム!」
元康が光の槍を鳳凰に向けて投擲した。
そう言えば、取り巻きの三匹は何をしているんだ?
と思ったら、思いだした。フィロリアル部隊と連携してこっちで戦っているんだった。
樹の矢が拡散しながら鳳凰を射抜き、リーシアの投擲具が竜巻を起こして閉じ込め、サディナが率先して発動させた合唱魔法が命中する。
見た感じ、やはり低高度の方よりもダメージが入っていない。
フィーロとガエリオン、他竜騎兵や空を飛ぶ魔物……グリフィンか? に乗った兵士が善戦しているけれど低高度の方にダメージが入り過ぎている。
このままでは同時に、と言うのは難しいな。
「みんな、もう少し加減しろ。じゃなきゃこっちが先に倒れる! 出来る限りタイミングを合わせるんだ!」
「わかっている!」
「はい!」
前線にいる連中に注意し、俺はエアストシールド、セカンドシールドを小まめに展開させながら低高度の鳳凰を抑えつけた。
後はダメージを抑えつつ、高高度の方のダメージを蓄積させるだけだ。
「!? 尚文様、鳳凰の生命力が回復しています」
「く……やっかいな」
アトラの進言なら間違いない。
攻撃の手を緩めると回復されるか。
かといって本気で行くと先にこっちが倒れる。
難しい塩梅だ。
だが、勝てない相手じゃない。
と言う所で、俺は熱さを感じて鳳凰を見る。
そして、掴んでいた手がすり抜けた。
なんと鳳凰は炎に形を変えて居たのだ。
「全員、俺の後ろに下がれ! エアストシールド! セカンドシールド!」
壁画の中でひび割れていてよくわからなかった部分の攻撃か?
俺は盾を前面に構えて、立ちはだかる。三鞭粒
炎の竜巻と同時に鳳凰が俺達に向かってぶつかってきた。
フィーロのスパイラルストライクに似た突進攻撃だ。
炎を纏っているけれどな。
さすがに無傷とはいかないか。
じりじりと肌が焼かれる感覚がある。
「大丈夫か!?」
低高度の鳳凰の突進攻撃を正面から受け止めたお陰か、後方の連中には被害が無い。
まあ、降り注ぐ羽根と使い魔による戦闘で前線部隊も多少はダメージを受けているが致命傷には程遠い。
と言う所で、俺は自身の異常に気付いた。
魔力が吸われている。
……イヤな予感がする。
「キュイイイイイイイイイイイイイイイイ!」
「流星盾!」
高高度にいる鳳凰が大きく息を吸い、赤いレーザーの様なブレスを吐き散らした。
命中する直前に発動した流星盾のバリアが俺を中心に展開される。
「わ!」
「キュア!」
高高度の方で接近戦をしていたフィーロやガエリオン達は辛うじて回避したが、そのブレスが地上部隊に放たれる。
「うわぁあああああああああ!」
一部の部隊が玩具のように吹き飛んで行く。
くそ……厄介な攻撃をまだ隠していたようだ。
「魔力を吸われた! 低高度の奴が使ったさっきの攻撃は、地上部隊で戦う奴から魔力を奪って、その魔力を使って高高度の奴が強力なブレスを吐く!」
だがな、奴は一つ大きなミスを犯した。
霊亀甲にはCマジックスナッチがある。
耐えきった俺の盾から、魔法弾が低高度の鳳凰に向かって飛んでいく。
のだが……バシンと音を立てて魔法弾は消失した。
魔力吸収は無理か。
しかもこうして抑えている手前、判明しているのだけどグラビティフィールドは鳳凰に効果が無いようだ。
どれだけ厄介なんだよ。
「うう……」
「攻撃を受けた者を即座に治療するんだ。アル・ツヴァイト・ヒール! 死なれると敵に操られる! 後方部隊は、早く手伝え」
俺の指示に後方援護をしていた部隊が駆けつけて、吹き飛ばされた連中の生存者を救護して行く。天天素
視界に浮かぶ『8』という数字。
やはり八番目の波相当、というのが正解だろうか。
「お前等、間違ってもトドメを刺すタイミングを誤るんじゃないぞ」
「わかっている!」RU486
錬を筆頭に近付いてくる低高度の方の鳳凰に向かって、各々は攻撃を開始した。
「キュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」
高高度にいる鳳凰がこっちに向けて羽ばたきで羽根を降り注がせながら火の雨を降らし始める。
「流星盾!」
気の力を込めた流星盾は範囲と防御力がかなり向上する。
そのお陰で最前線の一部は守られるが、それ以外はまだ足りない。
この辺りは想定内だ。
「お前等、わかっているな?」
振り返ると奴隷は元より、連合軍の連中も頷いた。
さすがに大人数を守りきれる自信は無い。
それでも守るために俺は出来る限りの工夫をする事にした。
俺とアトラが協力して作り出したスキルでは無い技、集を俺は降り注ぐ火の雨に向けて展開させる。
大きな漏斗で集めるかのように上から降り注ぐ火の雨は俺に向けて集まって行く。
この攻撃がどれほどの物かで対処が変わってくる。
その間に低高度で襲い掛かってくる鳳凰に向けて攻撃を集中させる。
降り注ぐ火の雨を盾で受け止めた。
バシバシと傘に雨が当たるような、そんな感覚が盾を通じて伝わってくる。
俺が今装備しているのは強化した霊亀甲だ。
霊亀甲(覚醒)+8 70/70 SR
能力解放……装備ボーナス スキル「Sフロートシールド」「リフレクトシールド」
専用効果 グラビティフィールド Cソウルリカバリー Cマジックスナッチ Cグラビティショット 生命力向上 魔法防御(大) 雷耐性 SPドレイン無効 成長する力
熟練度 100
アイテムエンチャントLv8 防御力10%アップ
ドラゴンスピリット 防御力50 火耐性向上
ステータスエンチャント 魔力30+
鳳凰の攻撃を想定してエンチャントは万全だ。
これで火属性の攻撃は相当軽減できる。
蛮族の鎧にも火耐性が付いているから並大抵の攻撃ではビクともしないはずだ。
現に上から降り注ぐ攻撃に対して、俺は痛くも痒くもない。
ただ、さすがに範囲が大きすぎて連合軍全てを守りきれるはずもない。
だけど、そのくらいは想定済みだ。
「アル・ツヴァイト・レジストファイア!」
連合軍の方も後方援護部隊が、火属性の耐性を上げる魔法を常時掛けている。
これである程度は軽減して、戦いに集中できるはずだ。
ん?
鳳凰が落とした羽根が地面に落ちると、そこから鳳凰の使い魔(眷属型)と言う魔物が出現した。
壁画の通りだ。
前衛の近接部隊が出現する鳳凰の使い魔の殲滅に走る。
よし!
「ラフー!」
俺が取りこぼしてしまった鳳凰の羽根をラトの育てた魔物であるミー君が体を絨毯のように変化させて弾く。
形状変化が得意だからか。こう言う時には便利だな。
「いくよー!」
「キュア!」
フィーロとガエリオンと谷子が高高度にいる鳳凰に向けて飛んでいく。
「てぇい!」
「キュア!」
「うん。行こう!」
ここで空を飛べるようになったフィーロに関しての難点を説明しようと思う。
飛ぶと言う事はそれだけ犠牲にする事が増えると言う事だ。中絶薬
本人曰く、俺が説明したらしいのだが、魔力を使って飛ぶようになった。だから飛ぶのは魔力を相当消費する。
更に、地上に居る時よりも腰に力が入らないので蹴りの威力が大幅に下がっていて、くちばしで突くや爪で握るとかしか出来ないそうだ。
しかも意識を集中するクイック系やスパイラルストライクは使い辛いのだとか。
その点で言えば、昔から飛ぶと言う事が出来るガエリオンは空中戦での短所はそこまで無い。
ブレスが基本攻撃だし、爪による引っかき等、戦闘パターンに大きな変化は無い。
むしろLvの影響か、ホーミングで炎で作られた矢を射出する魔法まで使いこなせる。
ただし、鳳凰は火を使うのが得意だからガエリオンのブレスも属性を変えねば威力が出ない。
まあ、火だから耐性も高いんだけどな。
「うぃんぐ・とるねーどー」
強く羽ばたいたフィーロが回転しながら鳳凰に突進した。
スパイラルストライクに似ているけれど、速度が出ていないな。
「てい!」
そして高高度の鳳凰に引っ付いたかと思うと、力強く蹴りあげた。
ああ、確かにその方法なら蹴りの威力は下がらないな。
「ガエリオン、行くよ」
「キュア!」
『我ここにガエリオンの力を導き、具現を望む。地脈よ。我に力を』
『キュアキュアキュア!』
「ハイウィングスラッシュ!」
ガエリオンの翼が光り輝き、羽ばたく事で風の刃が生み出される。
その刃は高高度の鳳凰に突き刺さった。
「キュイイイイイイイイイ!?」
善戦しているな。
今は俺も目の前の鳳凰に意識を集中させよう。
「はぁあ!」
俺が鳳凰の足を掴んで、隙を作るとラフタリアやフォウル、アトラが逃さず攻撃を加える。
「八極陣天命剣二式!」
「タイガーブレイク!」
「行きます!」
ラフタリアの剣が鳳凰の肩口を切り裂き、フォウルの拳が腹部に刺さり、アトラの突きによって突いた場所が弾ける。
「俺も負けてられない! 重力剣!」
「うん! 兄ちゃんの為に頑張るぞーワンワン!」
錬も負けじとスキルを放ち、鳳凰に飛びついて頭に向けて剣を何度も突きさす。
キールもけるべろすになって鳳凰に噛みついた。
おお……バターを切るかのように錬の切りは鳳凰にきつい一撃を与えているようだ。
キールの攻撃も馬鹿には出来ない様だぞ。
しかし。
鳳凰は霊亀の様な生物的な側面と、精霊や幽霊の気体のような部分を持っているようで、傷付けたその場から、炎のように燃えがって傷が消えて行った。
「く……なんて生命力だ!」
切っても、その場で引っ付いて深い傷には出来そうにないか。
なんて厄介な……。
だが、見た感じではあるが、ダメージが入っていない訳では無いようだ。
やはりシミュレーションした通り、自爆しても平気なように低高度の方はダメージを受けることを視野に入れた戦い方をしてこない。攻撃特化な捨て身戦法で攻撃してくる。
だが、鳳凰を想定した攻撃を俺達は組んでいたので、ブレスも羽ばたきも大してダメージを受けない。威哥王三鞭粒
霊亀のようなSP吸収攻撃の様な厄介な攻撃を低高度の方はしてくる気配が無いのが救いだな。
念には念をとガエリオンの所為で弱体化していたラースシールドも強化しておいたが、使わずに済みそうだ。
霊亀甲の性能がかなり高いから、ある程度追いついて来ているんだけどな。
グロウアップするような事態じゃないし。
まあ、何をしてくるか想定しきれないんだけどさ。
もしかしたらそう言う攻撃をしてくるのかもしれないし……。
鳳凰を掴んで高く飛べないように押さえつけている最中、俺は高高度の方に目を向ける。
すると元康、樹とリーシア、サディナと女王がそれぞれ高高度の鳳凰に向けて攻撃をしている。
「フィーロたん気を付けて! ブリューナク!」
「バードハンティング!」
「トルネードスロー!」
「合唱魔法! ウォーター&ライトニングブリッド!」
「高等集団儀式魔法! レインストーム!」
元康が光の槍を鳳凰に向けて投擲した。
そう言えば、取り巻きの三匹は何をしているんだ?
と思ったら、思いだした。フィロリアル部隊と連携してこっちで戦っているんだった。
樹の矢が拡散しながら鳳凰を射抜き、リーシアの投擲具が竜巻を起こして閉じ込め、サディナが率先して発動させた合唱魔法が命中する。
見た感じ、やはり低高度の方よりもダメージが入っていない。
フィーロとガエリオン、他竜騎兵や空を飛ぶ魔物……グリフィンか? に乗った兵士が善戦しているけれど低高度の方にダメージが入り過ぎている。
このままでは同時に、と言うのは難しいな。
「みんな、もう少し加減しろ。じゃなきゃこっちが先に倒れる! 出来る限りタイミングを合わせるんだ!」
「わかっている!」
「はい!」
前線にいる連中に注意し、俺はエアストシールド、セカンドシールドを小まめに展開させながら低高度の鳳凰を抑えつけた。
後はダメージを抑えつつ、高高度の方のダメージを蓄積させるだけだ。
「!? 尚文様、鳳凰の生命力が回復しています」
「く……やっかいな」
アトラの進言なら間違いない。
攻撃の手を緩めると回復されるか。
かといって本気で行くと先にこっちが倒れる。
難しい塩梅だ。
だが、勝てない相手じゃない。
と言う所で、俺は熱さを感じて鳳凰を見る。
そして、掴んでいた手がすり抜けた。
なんと鳳凰は炎に形を変えて居たのだ。
「全員、俺の後ろに下がれ! エアストシールド! セカンドシールド!」
壁画の中でひび割れていてよくわからなかった部分の攻撃か?
俺は盾を前面に構えて、立ちはだかる。三鞭粒
炎の竜巻と同時に鳳凰が俺達に向かってぶつかってきた。
フィーロのスパイラルストライクに似た突進攻撃だ。
炎を纏っているけれどな。
さすがに無傷とはいかないか。
じりじりと肌が焼かれる感覚がある。
「大丈夫か!?」
低高度の鳳凰の突進攻撃を正面から受け止めたお陰か、後方の連中には被害が無い。
まあ、降り注ぐ羽根と使い魔による戦闘で前線部隊も多少はダメージを受けているが致命傷には程遠い。
と言う所で、俺は自身の異常に気付いた。
魔力が吸われている。
……イヤな予感がする。
「キュイイイイイイイイイイイイイイイイ!」
「流星盾!」
高高度にいる鳳凰が大きく息を吸い、赤いレーザーの様なブレスを吐き散らした。
命中する直前に発動した流星盾のバリアが俺を中心に展開される。
「わ!」
「キュア!」
高高度の方で接近戦をしていたフィーロやガエリオン達は辛うじて回避したが、そのブレスが地上部隊に放たれる。
「うわぁあああああああああ!」
一部の部隊が玩具のように吹き飛んで行く。
くそ……厄介な攻撃をまだ隠していたようだ。
「魔力を吸われた! 低高度の奴が使ったさっきの攻撃は、地上部隊で戦う奴から魔力を奪って、その魔力を使って高高度の奴が強力なブレスを吐く!」
だがな、奴は一つ大きなミスを犯した。
霊亀甲にはCマジックスナッチがある。
耐えきった俺の盾から、魔法弾が低高度の鳳凰に向かって飛んでいく。
のだが……バシンと音を立てて魔法弾は消失した。
魔力吸収は無理か。
しかもこうして抑えている手前、判明しているのだけどグラビティフィールドは鳳凰に効果が無いようだ。
どれだけ厄介なんだよ。
「うう……」
「攻撃を受けた者を即座に治療するんだ。アル・ツヴァイト・ヒール! 死なれると敵に操られる! 後方部隊は、早く手伝え」
俺の指示に後方援護をしていた部隊が駆けつけて、吹き飛ばされた連中の生存者を救護して行く。天天素
2014年7月1日星期二
異世界と現代
あれから数ヵ月後。
波と言うかクソ女神の世界侵略が終わり、復興作業もある程度目処が経った頃の事だ。
錬、樹、元康の聖武器がそれぞれ決断を迫った。
俺の盾は、というかアトラは……まあ、自分の兄貴をからかいながら俺を日々誘惑しようとしてる。Xing霸 性霸2000
その時はさすがに教えてくれたけどさ。
「で? お前等はもう決めたのか?」
俺は昼飯の準備をしながら勇者共の話を聞き、応じていた。
「ああ、俺はこの世界に留まろうかと思ってるよ」
そう答えたのは錬だ。
何でも前回行った異世界でもやはり納得の出来る結末は歩めなかったらしい。
だからいつでも元の世界に帰ろうと思えば帰れる様、剣に願ったそうだ。
錬は現在、世界融合の所為で各地で起こる文化摩擦を止める為に女騎士と共にがんばっている。
女騎士は功績を認められて、グラスの世界の住人との外交をしているそうだ。
出来る限り差別の無い世界にする為に率先して行動している。
谷子はラト、ガエリオンとミー君と共に、グラスの世界の魔物の分布を調査する旅に出ている。
ま、夜になるとポータルで村に帰ってくるけどな。
「私は最初から帰る気はありませんぞ! 世界も救われた今、約束通りフィーロたんの心を掴むために日夜がんばりますぞ!」
「「「ぶー!」」」
元康は……うん。一日中フィロリアルと戯れてる。
一応はゼルトブルとかのフィロリアル調教師から色々と教わっているけどな。
ぶっちゃけ、教える事の方が多いんじゃないかと思う。
三匹フィロリアルは相変わらず元康と一緒だ。
「僕も……この世界に残る選択を選びました」
「そうか」
「イツキ様……頑張りましょうね」
「はい」
樹はリーシアと一緒に世直しの旅に出る予定だ。
この前、リーシアの両親と会って、今後の事を話し合ったらしい。
その辺りで若干いざこざがあったとかだけど、円満に解決したとか。
詳しくは聞いちゃいない。
まあ、リーシアの話だとリーシアが樹と釣り合っていないのではないかと心配した両親と揉めたと言う事らしい。
親も押しが弱いのな。
俺が冗談でも結婚を前提に付き合っているとか言ったらショック死しそうだな。
「どいつも残留か」
「尚文はどうするんだ? あれだけ帰りたがっていたじゃないか」
「まあ、一度帰ったからな。その辺りの決意は……まあ」
「じゃあ残るのか?」
「んー……」
どうしたものかな。
説明すると面倒だ。
「一応は……お前達からしたら残ると言うのが正しいか。その代わりに便利な神の力は殆ど使えなくなる」
「そうなのか?」
「とある決断の結果かな。精霊の願いを叶える代価みたいなもんだ。代わりに今後、波は絶対に来ないから安心してくれ」
元々この俺には過ぎた力みたいなもんだからな。
それはラフタリアもアトラも同じだ。
昨日の夜。
「尚文様。どうかお決めください」
アトラと言うか盾の精霊と他の精霊たちが集まって俺に事情を説明した。
ラフタリアも一緒に居て、話しあう。
「決断か……」
「そうです。どうしましょう?」
選択か。
他の召喚された勇者と俺とでは異なる選択がある。
その辺りの説明は受けていた。
あのアークって奴が説明していた戻れない道に既に立っている俺が選択する未来か。
というか既に選択肢では無いな。
何をするかだった。
一つ目は……まあ簡単に言うならこの世界に残って、日々を過ごす。
なんだかんだで生きづらい世界だけど、みんなといれば死ぬまで楽しく過ごせるような気はする。
思い返せばハーレムが出来ているし、後の世を考えると色々と良い目にも会えそうではある。
この世界に来た当初に思い描いた未来が目の前にあるな。
ラフタリアには苦労を掛けそうだけど、みんなの事を捨てきれない。
なんだかんだで俺の事を好きだって言う信頼できる奴には応えてやりたいと思うし……。
傲慢だけど、世界を救ったんだからそれくらい許されても良いだろ。
ラフタリアの了承は得ているし。
二つ目は……元の世界に戻ってラフタリアと一緒に過ごす。
盾の報酬である死ぬまで安泰と言うのも叶えてくれるそうだ。
今の俺でもその力を抽出できる。
元の世界に戻ったからと言って、魔法が使えない訳じゃない。絶對高潮
それも悪くは無い。
このまま異世界にいたら発情しかけている連中に押し倒されかねないのは確かだ。
特にサディナ辺り、どうやら本気で俺を狙っているらしく、ラフタリアといつゴールするかと毎日聞いてくる。
順番を守る気なのはわかるので、現状、下手にラフタリアに手を出すとあの酒乱がアグレッシブに行動しかねない。
決意を見せないといけない。
だから元の世界に帰るのも手……だ。
納得する形で世界は救われた訳だしな。
というのは、既になぁ……。
「俺は――」
俺はとある選択をした。
「わかりました。ナオフミ様らしい、良い決断だと私も思います」
「そうですわ。さすが尚文様、強欲に誰もが喜ぶ選択だと思いますわ」
「はいはい。じゃあ……やるぞ」
「はい」
「わかりましたわ」
この選択にラフタリアもアトラも頷いた。
結果、この俺はここにいる。
異世界に残るという選択をした俺は翌日の昼間にのどかにも料理の準備をしている訳だ。
「ナーオフミちゃーん。ご飯まだかしら?」
サディナがやってきた。
コイツは最近、近隣の海のサルベージと言うかトレジャーハントをやりおえ、グラスの世界の方の海を探検している。
なんだかんだで銛の勇者になったからか物凄く強い。並大抵の魔物じゃ歯が立たない。
で、夜になるとポータルで戻って来ては俺を狙っている。
ぶっちゃけると、ラフタリア、アトラを除くとフィーロよりもアクティブに俺にそう言った話題を提供してくる。
俺の何処に魅力があるのかとは思う時もあるが、酒が強いのがそんなに気に入っているのだろうか。
「ああ、はいはいもう直ぐ出来るから待ってろ」
「はーい。さ、みんなご飯ができるまで準備よ」
「「「はーい!」」」
相変わらず、俺の村は身寄りの無い奴隷が日々、奴隷商の斡旋でやってくる。
もう村じゃなくて規模で言うと町になっているけどな。
卒業と言うか自活する能力を得た奴等は出て行くのもいる。
波と戦う必要は無いから、村に留まらせる必要は無い。
今じゃ国の兵士として就職したり、何でも屋として冒険者をする者もいる。
蘇ったババアの指導の元、奴隷共はすくすくと成長している。
ただ、リーシアやラフタリア、女騎士程の逸材は稀だそうだ。
サディナは論外。
ま、他に行商をしているのもいるけどさ。こっちは俺の担当か?
行商と言えばフィーロ。
アイツは何をしているかと言うと、メルティと一緒に世界一周の旅に出ている。
厳密にはフィーロのアイドルツアーか。
各国の関係を良好にする為に女王としてメルティが外交に出て、フィーロが親善大使としてアイドルをする感じだ。
フィーロは天真爛漫な所があるから人には好かれるだろ。
そのメルティの考えも上手くいって、外交は中々良い結果を実らせている。
ま、一応はこの世界で一番大きな国との外交だからグラスの方の世界でも相手は警戒するだろうけどさ。
クズや女王も国の為に頑張っている。
なんだかんだで戦争の爪痕は深くて、色々と大変だとか。
クソ女神の施した蘇生はかなり雑な物だから女王もババアもどれだけ生きていられるかわからない。
それでもクズやリーシア、ババアの息子は満足している。
出来る限り長生きしてくれると良いな。
「そうか」
俺の返答に錬達は頷いて飯を待つ。
お前等も手伝えよ。
なんで俺が炊事担当になってんだよ。
「ナオフミ様。お食事を終えたらどうしますか?」
「そうだな。確か今日はクソ女神の力を授かったらしき転生者を捕まえに行くんだったか」
あのクソ女神から転生させてもらった奴は未だに潜んでいるっぽい。美人豹
全てを倒した訳では無かったのだ。
で、平和になった今更になって最強を求めて暴れ出す事が多い。
山奥で修業って奴?
クソ女神の声にも応じず、強さを追い求めたり、クソ女神の策略に気づいて道具を作って眠っていた奴もいるようなのだ。
この前の奴はご丁寧に滅んだ世界でも生きられる道具を作ったなんて屁理屈を述べていたな。
怪しさ抜群だ。
何百年前の奴かは知らないがな。
昔、歴史に名を残した錬金術師だったな。
そいつと似たような伝承が複数あるとか困りものだ。
やがて、この英雄は帰還するとかそう言った伝承のある弱小宗教が俺達の世界にもグラスの世界にもある。
そう言う奴を捕まえるのが勇者の仕事でもある。
ああ、そうだ。
グラスの奴、世界が平和になってからしばらくして行方知れずになった。
神の力が残っていた頃に探したんだけど、グラスの語る友人と同じ壁にぶち当たった。
その前に、グラスは自分に何かあったとしても無理に探さないで下さいと可能性を示唆していたので、探していない。
どうにかなるだろ。
それにアトラが扇の精霊ともコンタクトが取れる。
話によれば、問題は無いそうだ。
グラスはあくまで勇者代表であっただけで国の代表では無いらしい。
メルティ辺りが交渉事をし出した辺りで暇そうに鍛錬をしていた。
「そうですよ」
「わかった。さて、飯が出来たぞ。これが終わったら行くか」
飯を作り終えた俺は厨房から離れて他の奴に任せる。
「兄ちゃんのご飯、相変わらずうめー!」
今、騒いだのはキールだ。
相変わらず気持ち悪いクレープの木の面倒を見ている。
それ以外は行商をしているか、フォウル相手にじゃれてる。
フォウルはアトラにからかわれる事が多いが村の連中、とりわけ来たばかりの奴隷の面倒を見る事をライフワークにしている。
今では村のリーダー的存在だ。
「ラフー?」
「ああ、はいはい。ラフちゃんも食べるんだぞ」
「ラフー!」
ラフちゃんはラフ種の総統をしていて、この辺りの魔物の治安維持を務めている……らしい。
他は船の勇者としてサディナの仕事の手伝いをしている。
ぶっちゃけるとサディナの相棒がラフちゃんだ。
他に魔物枠だとするとフィトリアか。
フィトリアは元々フィロリアルの縄張りとかそういう関係もあって、既にいない。
まあ、元々は元康の所為なんだけどな。
元康から逃げるように出て行った。
だが、時々フィーロを使って俺に助けを求めてくる。
何処へ逃げても元康が追いかけてくるようになったのか……?
元康曰く、フィーロの次に好きなフィロリアル。
フィーロ曰く、元康を押し付けたい相手。
ま、こんな所か。
武器屋の親父は相変わらず忙しそうだ。
幸いと言うか、隣の町に引っ越してきてイミアの叔父と一緒に武具屋を開いている。
イミアも協力して、武器から服まで幅広い店となっているとか。
他にも色々とあるけれど、俺の知る連中だとこんな所かな。
奴隷商や詐欺商、アクセサリー商は相変わらず儲かっているらしいし。
エレナには宴の時に考えた嫌がらせもさせた。
そんな訳で色々と大変な日々だけど、楽しく過ごしている。
これからも……続いてくれる事を祈るしかないな。
「そうだ。この村はどんな名前を付けようか? まだ決めてないよな、兄ちゃん!」
「名前? そう言えば付けてなかったな。前はどんな名前だったんだ? それで良いだろ」
「えー、今じゃ兄ちゃんが開拓した村で有名じゃん。別の名前にしようぜ。な? ラフタリアちゃん」
「ええ、そうですね」
「良いんじゃないか? 尚文が開拓した村なんだから」
錬が笑みを浮かべながらキールの提案に頷く。
そう言われてもな……。
どんな名前にしようか考えていると元康が口を開いた。超級脂肪燃焼弾
「私はフィーロラブゥ村が良いですぞ」
「却下だ」
「尚文さんが決めるのが良いと僕は思いますよ」
「そうですね」
「そうか?」
「えー……兄ちゃんが決めるのか? みんなで話し合って決めようぜ」
「なんでだキール。お前なら頷くと思ったんだが」
「だって兄ちゃん。ネーミングセンスあんまりねえじゃん」
「「「確かに」」」
おい。なんで同意する奴が多いんだよ。
「フィーロの名前もフィロリアルと言う名前から安直に決めましたし、ラフちゃんは私の名前を区切っただけです」
「ラフー?」
「だからさ、かなり適当な名前になると思うぜ」
「キール、てめぇ……」
覚えたからな。覚えておけよ。
「じゃあさ、尚文の名字である岩谷から取って、ロックバレーってのはどうだ?」
錬が閃いたかのように手を叩いて言い放つ。
その名前はネーミングセンスがあるのか?
いや、無いだろ。
「なんか響きが良いな。どういう意味なんだ?」
「岩と言うのは俺の世界じゃロックとも言うんだ。同様に谷ってのはバレーって言うんだ。だからロックバレー」
「良いなそれ!」
「そう言えば……ナオフミ様の世界の言語にありましたよね」
ラフタリアが俺の世界に行った時の事を思い出していた。
英語か。
「よーし! じゃあこの村は今日からロックバレーだ。みんな! それで良いよな?」
「「「うん!」」」
「おい、お前等、ここは海が見えるだけで絶壁はあるが谷は無いだろ……」
と言う俺の異議は無視され、この村はロックバレーと命名された。
こんな感じで俺の異世界での日々は……まだまだ続くようだ。
日本、某日現代。
「健やかな時も病める時も――」
今日、俺はラフタリアとの結婚式をしている。
異世界から戻った、この俺は自分でも驚くほどとんとん拍子に事が運び、就職に成功。
今じゃ大企業で色々と仕事をしている。
まあ、元々顔が広かった事もあって、ネットの友人が実は大企業の重役で俺を是非にとスカウトしたんだけどな。
しかも会社は現在進行形で不景気なのに他の企業も真っ青の業績を上げている。
きっと因果律とやらの影響だろう。
大学卒業後、俺が就職して一年経った頃、ラフタリアと結婚する事になった。
異世界での経験と言うか商魂たくましくなったお陰で、一年で相当の実績を叩き出した。
神としての力は元の世界に戻る時の俺とラフタリアは捨て去って、今じゃ軽い魔法しか使えない。終極痩身
波と言うかクソ女神の世界侵略が終わり、復興作業もある程度目処が経った頃の事だ。
錬、樹、元康の聖武器がそれぞれ決断を迫った。
俺の盾は、というかアトラは……まあ、自分の兄貴をからかいながら俺を日々誘惑しようとしてる。Xing霸 性霸2000
その時はさすがに教えてくれたけどさ。
「で? お前等はもう決めたのか?」
俺は昼飯の準備をしながら勇者共の話を聞き、応じていた。
「ああ、俺はこの世界に留まろうかと思ってるよ」
そう答えたのは錬だ。
何でも前回行った異世界でもやはり納得の出来る結末は歩めなかったらしい。
だからいつでも元の世界に帰ろうと思えば帰れる様、剣に願ったそうだ。
錬は現在、世界融合の所為で各地で起こる文化摩擦を止める為に女騎士と共にがんばっている。
女騎士は功績を認められて、グラスの世界の住人との外交をしているそうだ。
出来る限り差別の無い世界にする為に率先して行動している。
谷子はラト、ガエリオンとミー君と共に、グラスの世界の魔物の分布を調査する旅に出ている。
ま、夜になるとポータルで村に帰ってくるけどな。
「私は最初から帰る気はありませんぞ! 世界も救われた今、約束通りフィーロたんの心を掴むために日夜がんばりますぞ!」
「「「ぶー!」」」
元康は……うん。一日中フィロリアルと戯れてる。
一応はゼルトブルとかのフィロリアル調教師から色々と教わっているけどな。
ぶっちゃけ、教える事の方が多いんじゃないかと思う。
三匹フィロリアルは相変わらず元康と一緒だ。
「僕も……この世界に残る選択を選びました」
「そうか」
「イツキ様……頑張りましょうね」
「はい」
樹はリーシアと一緒に世直しの旅に出る予定だ。
この前、リーシアの両親と会って、今後の事を話し合ったらしい。
その辺りで若干いざこざがあったとかだけど、円満に解決したとか。
詳しくは聞いちゃいない。
まあ、リーシアの話だとリーシアが樹と釣り合っていないのではないかと心配した両親と揉めたと言う事らしい。
親も押しが弱いのな。
俺が冗談でも結婚を前提に付き合っているとか言ったらショック死しそうだな。
「どいつも残留か」
「尚文はどうするんだ? あれだけ帰りたがっていたじゃないか」
「まあ、一度帰ったからな。その辺りの決意は……まあ」
「じゃあ残るのか?」
「んー……」
どうしたものかな。
説明すると面倒だ。
「一応は……お前達からしたら残ると言うのが正しいか。その代わりに便利な神の力は殆ど使えなくなる」
「そうなのか?」
「とある決断の結果かな。精霊の願いを叶える代価みたいなもんだ。代わりに今後、波は絶対に来ないから安心してくれ」
元々この俺には過ぎた力みたいなもんだからな。
それはラフタリアもアトラも同じだ。
昨日の夜。
「尚文様。どうかお決めください」
アトラと言うか盾の精霊と他の精霊たちが集まって俺に事情を説明した。
ラフタリアも一緒に居て、話しあう。
「決断か……」
「そうです。どうしましょう?」
選択か。
他の召喚された勇者と俺とでは異なる選択がある。
その辺りの説明は受けていた。
あのアークって奴が説明していた戻れない道に既に立っている俺が選択する未来か。
というか既に選択肢では無いな。
何をするかだった。
一つ目は……まあ簡単に言うならこの世界に残って、日々を過ごす。
なんだかんだで生きづらい世界だけど、みんなといれば死ぬまで楽しく過ごせるような気はする。
思い返せばハーレムが出来ているし、後の世を考えると色々と良い目にも会えそうではある。
この世界に来た当初に思い描いた未来が目の前にあるな。
ラフタリアには苦労を掛けそうだけど、みんなの事を捨てきれない。
なんだかんだで俺の事を好きだって言う信頼できる奴には応えてやりたいと思うし……。
傲慢だけど、世界を救ったんだからそれくらい許されても良いだろ。
ラフタリアの了承は得ているし。
二つ目は……元の世界に戻ってラフタリアと一緒に過ごす。
盾の報酬である死ぬまで安泰と言うのも叶えてくれるそうだ。
今の俺でもその力を抽出できる。
元の世界に戻ったからと言って、魔法が使えない訳じゃない。絶對高潮
それも悪くは無い。
このまま異世界にいたら発情しかけている連中に押し倒されかねないのは確かだ。
特にサディナ辺り、どうやら本気で俺を狙っているらしく、ラフタリアといつゴールするかと毎日聞いてくる。
順番を守る気なのはわかるので、現状、下手にラフタリアに手を出すとあの酒乱がアグレッシブに行動しかねない。
決意を見せないといけない。
だから元の世界に帰るのも手……だ。
納得する形で世界は救われた訳だしな。
というのは、既になぁ……。
「俺は――」
俺はとある選択をした。
「わかりました。ナオフミ様らしい、良い決断だと私も思います」
「そうですわ。さすが尚文様、強欲に誰もが喜ぶ選択だと思いますわ」
「はいはい。じゃあ……やるぞ」
「はい」
「わかりましたわ」
この選択にラフタリアもアトラも頷いた。
結果、この俺はここにいる。
異世界に残るという選択をした俺は翌日の昼間にのどかにも料理の準備をしている訳だ。
「ナーオフミちゃーん。ご飯まだかしら?」
サディナがやってきた。
コイツは最近、近隣の海のサルベージと言うかトレジャーハントをやりおえ、グラスの世界の方の海を探検している。
なんだかんだで銛の勇者になったからか物凄く強い。並大抵の魔物じゃ歯が立たない。
で、夜になるとポータルで戻って来ては俺を狙っている。
ぶっちゃけると、ラフタリア、アトラを除くとフィーロよりもアクティブに俺にそう言った話題を提供してくる。
俺の何処に魅力があるのかとは思う時もあるが、酒が強いのがそんなに気に入っているのだろうか。
「ああ、はいはいもう直ぐ出来るから待ってろ」
「はーい。さ、みんなご飯ができるまで準備よ」
「「「はーい!」」」
相変わらず、俺の村は身寄りの無い奴隷が日々、奴隷商の斡旋でやってくる。
もう村じゃなくて規模で言うと町になっているけどな。
卒業と言うか自活する能力を得た奴等は出て行くのもいる。
波と戦う必要は無いから、村に留まらせる必要は無い。
今じゃ国の兵士として就職したり、何でも屋として冒険者をする者もいる。
蘇ったババアの指導の元、奴隷共はすくすくと成長している。
ただ、リーシアやラフタリア、女騎士程の逸材は稀だそうだ。
サディナは論外。
ま、他に行商をしているのもいるけどさ。こっちは俺の担当か?
行商と言えばフィーロ。
アイツは何をしているかと言うと、メルティと一緒に世界一周の旅に出ている。
厳密にはフィーロのアイドルツアーか。
各国の関係を良好にする為に女王としてメルティが外交に出て、フィーロが親善大使としてアイドルをする感じだ。
フィーロは天真爛漫な所があるから人には好かれるだろ。
そのメルティの考えも上手くいって、外交は中々良い結果を実らせている。
ま、一応はこの世界で一番大きな国との外交だからグラスの方の世界でも相手は警戒するだろうけどさ。
クズや女王も国の為に頑張っている。
なんだかんだで戦争の爪痕は深くて、色々と大変だとか。
クソ女神の施した蘇生はかなり雑な物だから女王もババアもどれだけ生きていられるかわからない。
それでもクズやリーシア、ババアの息子は満足している。
出来る限り長生きしてくれると良いな。
「そうか」
俺の返答に錬達は頷いて飯を待つ。
お前等も手伝えよ。
なんで俺が炊事担当になってんだよ。
「ナオフミ様。お食事を終えたらどうしますか?」
「そうだな。確か今日はクソ女神の力を授かったらしき転生者を捕まえに行くんだったか」
あのクソ女神から転生させてもらった奴は未だに潜んでいるっぽい。美人豹
全てを倒した訳では無かったのだ。
で、平和になった今更になって最強を求めて暴れ出す事が多い。
山奥で修業って奴?
クソ女神の声にも応じず、強さを追い求めたり、クソ女神の策略に気づいて道具を作って眠っていた奴もいるようなのだ。
この前の奴はご丁寧に滅んだ世界でも生きられる道具を作ったなんて屁理屈を述べていたな。
怪しさ抜群だ。
何百年前の奴かは知らないがな。
昔、歴史に名を残した錬金術師だったな。
そいつと似たような伝承が複数あるとか困りものだ。
やがて、この英雄は帰還するとかそう言った伝承のある弱小宗教が俺達の世界にもグラスの世界にもある。
そう言う奴を捕まえるのが勇者の仕事でもある。
ああ、そうだ。
グラスの奴、世界が平和になってからしばらくして行方知れずになった。
神の力が残っていた頃に探したんだけど、グラスの語る友人と同じ壁にぶち当たった。
その前に、グラスは自分に何かあったとしても無理に探さないで下さいと可能性を示唆していたので、探していない。
どうにかなるだろ。
それにアトラが扇の精霊ともコンタクトが取れる。
話によれば、問題は無いそうだ。
グラスはあくまで勇者代表であっただけで国の代表では無いらしい。
メルティ辺りが交渉事をし出した辺りで暇そうに鍛錬をしていた。
「そうですよ」
「わかった。さて、飯が出来たぞ。これが終わったら行くか」
飯を作り終えた俺は厨房から離れて他の奴に任せる。
「兄ちゃんのご飯、相変わらずうめー!」
今、騒いだのはキールだ。
相変わらず気持ち悪いクレープの木の面倒を見ている。
それ以外は行商をしているか、フォウル相手にじゃれてる。
フォウルはアトラにからかわれる事が多いが村の連中、とりわけ来たばかりの奴隷の面倒を見る事をライフワークにしている。
今では村のリーダー的存在だ。
「ラフー?」
「ああ、はいはい。ラフちゃんも食べるんだぞ」
「ラフー!」
ラフちゃんはラフ種の総統をしていて、この辺りの魔物の治安維持を務めている……らしい。
他は船の勇者としてサディナの仕事の手伝いをしている。
ぶっちゃけるとサディナの相棒がラフちゃんだ。
他に魔物枠だとするとフィトリアか。
フィトリアは元々フィロリアルの縄張りとかそういう関係もあって、既にいない。
まあ、元々は元康の所為なんだけどな。
元康から逃げるように出て行った。
だが、時々フィーロを使って俺に助けを求めてくる。
何処へ逃げても元康が追いかけてくるようになったのか……?
元康曰く、フィーロの次に好きなフィロリアル。
フィーロ曰く、元康を押し付けたい相手。
ま、こんな所か。
武器屋の親父は相変わらず忙しそうだ。
幸いと言うか、隣の町に引っ越してきてイミアの叔父と一緒に武具屋を開いている。
イミアも協力して、武器から服まで幅広い店となっているとか。
他にも色々とあるけれど、俺の知る連中だとこんな所かな。
奴隷商や詐欺商、アクセサリー商は相変わらず儲かっているらしいし。
エレナには宴の時に考えた嫌がらせもさせた。
そんな訳で色々と大変な日々だけど、楽しく過ごしている。
これからも……続いてくれる事を祈るしかないな。
「そうだ。この村はどんな名前を付けようか? まだ決めてないよな、兄ちゃん!」
「名前? そう言えば付けてなかったな。前はどんな名前だったんだ? それで良いだろ」
「えー、今じゃ兄ちゃんが開拓した村で有名じゃん。別の名前にしようぜ。な? ラフタリアちゃん」
「ええ、そうですね」
「良いんじゃないか? 尚文が開拓した村なんだから」
錬が笑みを浮かべながらキールの提案に頷く。
そう言われてもな……。
どんな名前にしようか考えていると元康が口を開いた。超級脂肪燃焼弾
「私はフィーロラブゥ村が良いですぞ」
「却下だ」
「尚文さんが決めるのが良いと僕は思いますよ」
「そうですね」
「そうか?」
「えー……兄ちゃんが決めるのか? みんなで話し合って決めようぜ」
「なんでだキール。お前なら頷くと思ったんだが」
「だって兄ちゃん。ネーミングセンスあんまりねえじゃん」
「「「確かに」」」
おい。なんで同意する奴が多いんだよ。
「フィーロの名前もフィロリアルと言う名前から安直に決めましたし、ラフちゃんは私の名前を区切っただけです」
「ラフー?」
「だからさ、かなり適当な名前になると思うぜ」
「キール、てめぇ……」
覚えたからな。覚えておけよ。
「じゃあさ、尚文の名字である岩谷から取って、ロックバレーってのはどうだ?」
錬が閃いたかのように手を叩いて言い放つ。
その名前はネーミングセンスがあるのか?
いや、無いだろ。
「なんか響きが良いな。どういう意味なんだ?」
「岩と言うのは俺の世界じゃロックとも言うんだ。同様に谷ってのはバレーって言うんだ。だからロックバレー」
「良いなそれ!」
「そう言えば……ナオフミ様の世界の言語にありましたよね」
ラフタリアが俺の世界に行った時の事を思い出していた。
英語か。
「よーし! じゃあこの村は今日からロックバレーだ。みんな! それで良いよな?」
「「「うん!」」」
「おい、お前等、ここは海が見えるだけで絶壁はあるが谷は無いだろ……」
と言う俺の異議は無視され、この村はロックバレーと命名された。
こんな感じで俺の異世界での日々は……まだまだ続くようだ。
日本、某日現代。
「健やかな時も病める時も――」
今日、俺はラフタリアとの結婚式をしている。
異世界から戻った、この俺は自分でも驚くほどとんとん拍子に事が運び、就職に成功。
今じゃ大企業で色々と仕事をしている。
まあ、元々顔が広かった事もあって、ネットの友人が実は大企業の重役で俺を是非にとスカウトしたんだけどな。
しかも会社は現在進行形で不景気なのに他の企業も真っ青の業績を上げている。
きっと因果律とやらの影響だろう。
大学卒業後、俺が就職して一年経った頃、ラフタリアと結婚する事になった。
異世界での経験と言うか商魂たくましくなったお陰で、一年で相当の実績を叩き出した。
神としての力は元の世界に戻る時の俺とラフタリアは捨て去って、今じゃ軽い魔法しか使えない。終極痩身
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