それからしばらくして怠け豚の領地である町に辿り着きましたぞ。
しかし……この町、見覚えがある様な……ハッ!
怠け豚は、最初の世界で俺と一緒に行動していた、エレナ!三便宝
お義父さんが何度も呼んでいた気がしますが、同名の豚だと思っていました。
あの裏切り者が店を任されていた町がここですぞ。
くっ……どうしてこの怠け豚が裏切り者のエレナだと気付かなかったのでしょうか。
きっと今回も立場が悪くなれば、すぐに裏切るでしょうな。
お義父さんに気付かれない様、人知れず殺すか考えますぞ。
……いや、逆に考えれば、立場さえ悪くならなければ良い駒かもしれませんぞ?
実際、怠け豚の能力は程々に高いですからな。
今までの行商や波での避難誘導、バイオプラントの栽培方法など、お義父さんに多くの助言をしております。
ある意味では俺には無い能力があるとも言えます。
この怠け豚の能力を見るに、簡単に消してしまうのは惜しいですぞ。
言うなれば、裏切りたくないと思わせる事もまた、力なのかもしれませんな。
そういう意味では最初の世界のお義父さんは良い指標です。
お義父さんはあの魔物商や盗賊など、口には言えない輩を従えていると聞いた事があります。
彼等は自分の利益に正直ですからな。
もしもお義父さんの立場が悪くなれば、すぐに切り捨てるでしょう。
そういった連中に味方でありたいと思わせる事が重要なのかもしれません。
もちろん、無能を飼っている余裕はありません。
精々お義父さんの駒として便利に使わせてもらいましょう。
それに、もしも裏切ったら俺が迷わず処刑してやりますぞ。
さて、俺が最初の世界で霊亀事件の後、逃げ回っていた頃。
怠け豚を信じて合流しようとしていた時に向かったのが、ここでした。
お義父さんが俺に忍び足で近づいて来て、城へ連行しようとしたのでしたな。
俺はその後、ポータルで逃げたのですぞ。
「ブー」
面倒そうに怠け豚が商店に入って、店の奥で何やら話をしていたようですぞ。
その後、町の屋敷の方へお義父さんは出かけて行き、近隣の畑を借りました。
お義父さんの話ですが、名目は怠け豚の家族が管理する畑となっているそうです。
畑にお義父さんが種を植えると見る見ると成長していきましたな。
赤い、馴染みのある実が実りましたぞ。
計画の第一段階は成功ですな。
すぐに、怠け豚の家が雇った農夫が実を収穫して馬車に積み込んで行きますぞ。
「エレナさんの所の商人も色々と売り歩いてくれるってさ。まあ、たぶん、大丈夫だと思うけど、ちゃんと注意してね」巨人倍増枸杞カプセル
「ブー……」
怠け豚が部下の農夫に命じてから俺達は食料を配給の旅に出る事になったのですぞ。
もちろん食料の合間に薬も売りますぞ。
ですが、貧困に喘ぐ地域である南西の村などに食料を持って行くと飛ぶように売れました。
ただ、お義父さんは貧乏で食べるのも大変な人達には無償や後払いで良いと言っておりました。
物々交換や薬草との交換も受け付けているので、様々な品が馬車に積まれて行きましたぞ。
ユキちゃんやコウに引かせる馬車も増えて、みんな喜んでおります。
フィロリアル様は重い馬車が好きですからな。
で、この頃にはルナちゃんも大きく、フィロリアルクイーンの姿になっていましたぞ。
どうも個性なのでしょうが、他のフィロリアル様より体格が大きくなっていますな。
そして最初は紺色だったのですが、色合いが白に紺のカラーですな。
色合い的にフィーロたんの色違いみたいな感じですぞ。
そろそろ天使になる頃ですな。
「ルナちゃん、どうか天使の姿になってほしいですぞ」
「元康くん、ここ街道なんだけど……って、ルナちゃんも受け入れないで!」
俺の願いで馬車の外で歩いていたルナちゃんが天使の姿に変身しました。
……おや?
お義父さんがルナちゃんに急いでタオルを被せますぞ。
そして馬車に乗るように指示を出します。
「……ルナ……よろしく」
「えっと、まだ予備の馬車が無いから良いよ」
「……そう?」
背格好はユキちゃん達と同じく幼い外見ですぞ。
サクラちゃんと比べるとやはり大きく違いますな。
俺は再度、ルナちゃんの天使の姿を再確認しましたぞ。
まず、目の色は紺色ですな。
夜の海の様に深い紺色の瞳ですぞ。
これは変わりません。
次に髪の色ですな。
なんとサラサラと輝く銀色ですぞ。
陽の光を吸い込んでキラキラと輝いていますな。
今までのフィロリアル様の姿とはどうも異なる色合いになりましたぞ。中絶薬RU486
髪型は、好みに別れますが、お義父さんがルナちゃんに聞いて好きな髪型にさせましたぞ。
ルナちゃんは片方で纏めるのが好きなご様子。
「ユキちゃんやコウ、サクラちゃんと比べると何か違うね」
「そうですな」
「フィロリアル姿の色合いに合った髪の色をしてないよ」
「今までと何か違う事をしましたかな?」
「う~ん……最近だとキメラの肉を食べてたけど、俺達も食べてたしな……」
全然わかりませんな。
しかし、フィーロたんも天使の姿とフィロリアルの姿で差がありました。
何が原因なのでしょうか?
「……変?」
「変じゃないよ。だけど違うなーってね」
どうもルナちゃんは喋るのが得意では無い様ですな。
一言で終わる会話が多いですぞ。
サクラちゃんもどちらかと言えば口数は少ないですが、それでも聞けば答えますし、歌が好きな様です。
ですがルナちゃんは喋る事全般が短めのようですな。
これは個性ですぞ。
「……へー……」
「ブー……」
「ああ、うん。エレナさんに似てるけど、ルナちゃん。真似しちゃダメだよ」
「……マネしてない」
クール系ですな。
ルナちゃんは静かに行動するのが好きな様ですぞ。
魔物と遭遇すると背後から一撃を掛けるのは好きな様です。
「しかし……なんでサクラちゃん達とは天使の姿の時に髪の色が違うんだろう……? まあ、サクラちゃんも他の子と違って目の色に違いがあるんだけどね」
そうですな。
思えばフィーロたんも色々と違いがありますからな。
「イワ……キール、ルナのポンポンで寝る」
夜になるとフィロリアル姿のルナちゃんがズテンと座り込んで、お義父さんを手招きしてお腹をポンポンしてますぞ。MaxMan
「ルナちゃんのおなかか? あったかそうだな!」
キールが近づいてルナちゃんのお腹に寄りかかりますぞ。
ルナちゃんはその様子をとても優しげな眼で見つめております。
「うお。すげーやわらけえ!」
「コウもキールくんを迎える準備出来てる!」
と、コウがパカっと口を開きますぞ。
「内側に入る気はねえ! いい加減にしろ!」
ワンワンとキールはコウに犬歯を見せて鳴きましたぞ。
「ルナちゃんはポンポンさせるのが好きみたいだね」
「……うん。キールくん、可愛い」
ギュッとルナちゃんはキールを抱きしめますぞ。
ふむふむ、コウとは別の意味でキールの事が好きみたいですな。
子犬のキールが好きとは、女の子らしい一面ですぞ。
「可愛いじゃねえ! カッコいいだろ」
「……ルナ、キールくんみたいになりたい。小さくてピヨピヨしたい」
「十分可愛いと思うけどー……」
ふわっとルナちゃんは羽毛を逆立たせてヒヨコのようにしていますな。
ですが、少々体が大きい所為か、脚の長さもあって比率が悪いですぞ。
まあ、フィロリアル様は等しく可愛らしいですが。
「天使の姿はキールくんに負けないくらい可愛いと思うよ」
「……ルナ、本当の姿が可愛くなりたい……ピヨピヨ……したい」
「うーん……みんな個性的だね。ラーサさんと仲良くなれそう……かな?」
そうですな。
あのパンダ獣人は可愛い物が好きなようでしたし、着飾るのに対して抵抗感を持っていましたぞ。
ルナちゃんとは気が合いそうですな。威哥王
2014年6月29日星期日
2014年6月26日星期四
人としての力
レベル130のBOSSモンスターを、レベル150の男が「素手で」、しかも「一撃で」粉砕する。当たり所の問題や、クリティカルヒット、カウンターなどでは、最早説明不可能な現象が起きてしまったのだ。簡約痩身
これは、レベル250の彼なら造作も無いことだ。しかし、この国において揉め事や面倒事を避けるため、【ジャミング】というステータス表記を偽るスキルで「自分はレベル150である」と周囲の人間を騙している。
【ジャミング】を見破るには、かなり高位の解析系スキルやアイテム、同レベル以上の人間が使う【スキャン】を使うしかない。そのような理由があり、この国の人間が自分のレベルを見破れる訳がない。彼は、そう高をくくっていた。
だが、その彼自身が、150というレベルへの疑いの目を向けさせるきっかけを作ってしまったのだ。それを証明するかのように、疑わしげな目をした王立学園1・Sの学生たちが客席から降り、ぞろぞろと歩み寄ってくる。
(あぁ、もう駄目だ)
がくりと膝を突く貴大。彼の脳裏には、「高レベルであることを理由に、お偉いさん方にこき使われる自分」のイメージが鮮明に浮かんでくる。かつての知り合いが、まさにそのような扱いを受けていたのだ。それを自分も、と思うと、面倒くさがりな彼の震えは止まらなくなる。
そのようなネガティブなイメージを考えている内に、お偉いさんのご子息たちはすぐ傍にまで近づいてきていた。おそらく、彼らが口を開いた瞬間から、容赦のない問い詰めが始まるのだろう。「使える者」には敏感な者たちだ。逃げようにも逃げられないに違いない。
(終わりだ……)
遂には両手まで地に着かせ、ぐったりと頭を項垂れさせる。それを待ってましたと言わんばかりに、学生の代表たるフランソワから声がかかった。
淡い乳白色の光に薄らと包まれる貴大。回復魔法である【ヒール】のエフェクト光だ。
己の予期せぬ事態に、頭も体も固まってしまう貴大。そんな彼へと、フランソワ以外の学生からも【ヒール】がかかり始める。
初めに脱落したアベル以外の二十九人分の【ヒール】が唱和して、学園迷宮中層部BOSSの間であるサーカスリングに響き渡る。貴大の体を包み込むエフェクト光もそれに伴い光度を増し、最早彼の輪郭すら見えなくなる。そして、癒しの輝きの中、ゆっくりと貴大は立ち上がった。
(え? ……え? 何で【ヒール】???)
何とはなしに立っては見たものの、疑問の解消には何の役にも立たない。それどころか、【ヒール】の白光は彼の視界を埋め尽くし、混乱を助長させる。結局、答えの出ぬままにエフェクト光は薄れていった。そこに投げかけられる学生たちの言葉。
「よかった! 先生、持ち直しましたか!」
「まったく、肝を冷やしましたよ」
「先生、まだ痛むところはございませんか?」
痛むところと言われても、困ってしまう。負けたふりをするために「スマイル・ピエロ」の大技を受けてはみたものの、攻撃力より俊敏性を重視する魔物、しかも100はレベルが劣る者の攻撃を受けたところで、ダメージなどあるわけがない。そんな自分に、なぜ彼らは【ヒール】をかけたのか。一つも理解ができないままに、疑問は積み重なっていく。
「先生、危ないところでしたわね?」
「あ、ああ、うん……」
フランソワの言葉に、反射のように返事を返す。そのぼんやりとした様子に、彼女は目をひそめた。
「まだ意識が朦朧としておりますか……無理もありません。あのように頭をしたたかにぶつけられ、その後に「捨て身技」を使われたとあっては、当然の結果でしょう」
「そうか……はい?」
「捨て身技」? 予想だにしなかった単語に、思わず聞き返してしまう貴大。それを受けて、気の毒そうな顔をして返答するフランソワ。
「意識の混濁が起きておりますのね? やはり、「捨て身技」の代償の大きさは、噂通りといったところですか」
「「捨て身技」……」
その言葉自体には聞き覚えがあった。【自爆】や、【ノーガード・タックル】など、HPや自身の命と引き換えに、多大な効力を発揮するスキルの総称だ。それが何故ここで出てくるのか。貴大はしばらく理由を考えた。
そして、あることを思いつく。
(もしかして、こいつら、俺が一撃でBOSSを倒せたのを、「捨て身技」のおかげと思っているのか?)
よくよく考えてみれば、「高レベルに任せた通常攻撃です」という理由よりは、「大きな代償と引き換えに発動できる強力なスキルです」といった理由の方が、まだ現実的だ。貴大は、そう考え至って初めて、自身のレベルの高さの希少性を思い出した。
(「スマイル・ピエロ」を通常攻撃で倒せるのは、カンストか、それに近いレベルの奴ぐらいなもんだけど……いないもんな、そんな強え奴)V26Ⅳ美白美肌速効
王立騎士団の団長クラスで200に届くか届かないかというこの国のレベル水準では、130とはいえBOSSモンスターを素手による通常攻撃だけで倒せる者など居はしない。それに、強力なスキルを保有する大国であるがゆえに、通常攻撃などナンセンスだという意識は未だ根深いものがある。
そのような環境で育った学生たちは、「一撃でBOSSを倒したのなら、何らかのスキル、それも「捨て身技」のように強力なものを用いたに違いない」と考えるのが当然であり、決して、「高レベルのステータスによるものだ」とは考えない。
先ほどの【ヒール】の大合唱が何よりの証拠だ。脱力感で両手両足をついた貴大を、彼らはピエロの攻撃に、「捨て身技」を用いたことによるダメージが重なったものだと誤解したのだ。貴大がBOSSすら素手で砕くレベルであると考えたのなら、そのようなことはしないはずだ。
そう結論を出した貴大へと、フランソワが優しく声をかける。
「先生。なぜわざわざ「捨て身技」を使ってまでBOSSを倒したのか、私には分かっていましてよ」
「え?」
疑問を解消したところへ、新たに発生する謎。そもそも、「捨て身技」など使っていない貴大には、フランソワの言わんとしていることなど分かるはずもない。
そんな彼を置き去りにして、彼女は未だ客席で呆然としている王子に向けて鋭い言葉を放った。
「フォルカ様! フォルカ様は、先生がなぜ自分を傷つけてまであのような大技を放ったのか、お分かりですか!?」
それに反応し、ようやく我に返るフォルカ。学生たちに囲まれる貴大をちらりと見たかと思うと、顔をしかめ、嫌味を交えて言葉を返した。
「ふん! そこまでしなければBOSSを倒せないからだろう? 非力と言わざるを得ないね。そうでなければ、ただの目立ちたがりだ」
自分のことは棚に上げ、憎々しげに吐き捨てる。フランソワは、そんな王子をキッと睨みつけたかと思うと、激しい感情が籠った声で言い放った。
「違います! 先生は、私たちに武器に頼らぬ「人としての強さ」を、身を持って教えてくれたのです! 王子もご存じの通り、あのように強力なスキルは、過酷な修練でしか身につけることはできません。そして、鍛え上げられたその技は、王子の神剣の一撃を越えました。わかりますか? 人の身でもこれだけのことができるのだと、示してくれたのです!」
「ぐうっ……!」
神剣の一撃を越えた。確かに、強大極まりない力を持つ神剣でも、「スマイル・ピエロ」を倒すのには数度の斬撃が必要だった。そのことを指摘され、言葉に詰まるフォルカ。
「王子は、神剣に頼り過ぎたのです。ろくに修行もせず、人に見せびらかすように剣を振るってはレベルを上げ、それを「鍛錬」と言い切る日々……覚えたスキルの数も、妹姫様にとうに追い越されたと聞きます」
「君! 無礼だぞ! 黙りたまえ!!」
ここへ至り、王族への礼の無さを指摘するフォルカ。しかし、フランソワは止まらない。
「いいえ、黙りません。私は、先生の挺身に、自分が如何に間違っていたかを気づかされたのです。いつかは王子も、王族としての使命と責任に目覚めてくれると思っていましたが、今日の先生への態度で確信しました。誰も注意する者がいなければ、貴方は駄目になってしまうということを。なので、私はあえて貴方に苦言を呈します。どうか、王道へと立ち戻ってくださるようにと」
そして、真っ直ぐにフォルカの目を見つめるフランソワ。その射貫くような視線を振り払うかのように、王子は激昂して立ちあがる。
「黙れ! 黙れ黙れ!! 僕は神剣に選ばれた人間だぞ!? 凡人のような努力など必要ないんだ!!」
「神剣に選ばれたとはいえ、王子自身は神ではありません。鍛えなければ強くはならぬ脆弱な人の身なのです」
「レベルのことを言っているのか? 先ほど、僕はレベル125となった! この調子ならば、君を越えることすら容易いのだぞ、僕は! とやかく言われる理由はないよ!」
「いいえ、レベルの話ではありません。先ほども申し上げた、「人としての強さ」です。それは、いつまでも武器に頼っているだけでは身につけることはできないものです」
「この僕が、神剣が無ければ何もできないとでも言いたいのか!?」
「はい、今のままではそうです」
怒涛の勢いでニ人の言葉の応酬は続けられ、今、ようやく静寂が訪れた。
フランソワの断言へと、顔を真っ赤にして何かを言い返そうとするフォルカ。だが、うまく言葉にできないのか、口を開いては閉じ、ぶるぶると体を震わせるが、結局は何も言いださない。
やがて、しばしの逡巡が続いたかと思うと、こう言い残してBOSSの間を去っていった。
「ふん! 大公爵家の一人娘だからと思いあがっているようだが、覚えていたまえ! いつかはその増長を後悔する日がくるということを!!」
「ふう……行ってしまいましたか。これが王子の更生への良いきっかけになるといいのですが……」
ため息を一つ吐き、そう一人ごちるフランソワ。すると、1・Sの学生が、わっとその周囲へと駆け寄った。男根増長素
「フランソワ様! 私、胸がすっとしました!」
「あれこそ、我らが言いたかったことです!」
「王子の慢心ぶりには、誰もが危惧を抱いていました。フランソワ様の叱責は、それを正すものとなりますわ」
口々に彼女を褒め称える学生たち。しかし、当の本人は、ゆっくりと首を振った。
「皆さん、そう言ってくださるのは嬉しいのですが、これも先生の行動があってのこと。あの「捨て身技」によるBOSSモンスターの一撃での撃破が無ければ、説得力はなかったでしょう」
その言葉に、一斉に貴大へと振り返る学生たち。
「おお、確かに!」
「先生とフランソワ様の力、ですわね」
放置されたような気分になっていた貴大は、ビクッと震えながらも、「いや、そんなことはないよ」と謙遜してみせる。
それを、ジパング人特有の癖が出ましたね、とからかう学生たち。その様子から、「本当に、俺のレベルに疑問を持ってる奴はいないみたいだな」と、ほっとして談笑に応じる貴大。
「しかし、フランソワ様もおっちょこちょいですのね? ここは安全が保障された迷宮だというのに、慌てて先生に【ヒール】をかけるんですもの」
「まぁ! みなさんも、血相を変えて【ヒール】をかけていたではないですか」
「それを言われると恥ずかしいな」
「確かに」
そんな温かな時間がしばらく続いたところで、ふと、誰かが呟いた。
「しかし、あれほどの威力のスキルならば、ユニークモンスター討伐でも活躍できますわね?」
(やべえ! そう来たか!!)
どうやら、高レベルだからと便利に使われる未来は回避できたようだが、今度は「BOSSすら一撃で倒すスキルの持ち主」としてこき使われる将来のビジョンが浮かび上がってきた。不吉な未来への拒否反応から、必死になって嘘を並べ立てる貴大。
「あのな? あれな? 負担が大き過ぎて、一ヶ月に一度しか使えないの。しかも、人型の魔物にしか使えないの。使えないスキルだよね~?」
懸命に、「あのスキルは使えないものだよ、だから俺も、そんなに便利な奴じゃないよ」とアピールを重ねていく。それが功を成したのか、次々と頷いていく学生たち。
「大声を上げるのは条件ではないのですか? ほら、何やら叫ばれていましたが……」
「ああ、それも発動条件の一つだネ!」
「なるほど……自分はてっきり、大ダメージを受けた直後にしか使えないものかと思っていました」
「うん! そんな条件もあるよ!! いや~、本当に使いどころが難しいスキルだわ!」
学生の疑問の声に過敏に反応し、実在しないスキルの設定を重ねていく。これだけ難しい条件なら、「さあ使え」と言われることもないだろう。そう安心したところでフランソワの言葉だ。
「そのような難しいスキルを成功させた先生の力量には、目を見張るものがありますわ。これぞまさしく、「人としての強さ」ですわね、うふふ」
(やめてぇぇぇぇぇ~~~!!)
貴大が意図せざる方向へ持っていくのがよほど好きなようだ。そんなフランソワを見つめ、心の中で悲鳴を上げる貴大。
「いや、あれはたまたまだよ、たまたま……」
と、誤魔化しにもならないような言葉を投げてはみるものの、学生たちの尊敬の眼差しは輝きを増すばかりだ。男宝
(ははは……もうどうにでもな~れ☆)
自棄になって、群がる学生たちに、「いいか、あれは【神速極壊拳】と言ってな……厳しい修行の末に身につけられる奥義なのだ……ジパング人しか使えないけどね!?」と今考えついた適当なスキル名を教えて更に騙しにかかる貴大。
その後、スキルの強そうな響きに興奮した学生たちが、自分たちも先生のように強くなるぞと迷宮攻略に励むのを、腐臭放つ魚のような、死んだ目で見守っていたとか……。
(おのれ、おのれぇ~……!)
僕の胸の内を占めるのは、「武器に頼り切るな」というフランソワの言葉……そして、「スマイル・ピエロ」を、たった一撃で粉微塵にしたサヤマの立ち姿だ。
(何故だ!? やっていることは同じだ! 僕もレベル130ものBOSSモンスターを単独で倒した! なぜアイツだけ賛美される!!?)
アイツの周りに集まって、アイツを見つめる学生たち……その顔は、僕を褒め称える時のような決まり切った笑顔ではなく、驚きと尊敬に染まりきっていた。なぜ、その顔を僕に向けない!?
称賛されるべきは僕だ! 僕は王族だぞ! しかも、神に選ばれし勇者だ! 「神剣ウェルゼス」を唯一扱えるのが、何よりの証拠じゃないか! 汚らしく汗水垂らして身につけたというスキルとは違う。本物の神の力を、僕は授かったんだ! あんなスキルは紛い物だ! 詐欺師のイカサマだ!
あの詐欺師に、みんながみんな、騙される。
フランソワも、学園の生徒も、父上も、兄上も……みんな、アイツが「有用だ」と褒め称える。誰もが、アイツがもったいぶって教えるスキルが必要だという。何が【スキャン】だ! 何が【サーチ】だ!! そんなもの、僕の神剣を前にして何の役に立つ!?
後でじいやに聞いたが、自慢の捨て身技とやらも、一月に一度しか使えないそうじゃないか。それでは、まるで役に立たないではないか!! 僕の神剣はいつでも、何度でも使えるんだぞ!! それなのに……!!
許されない! 許されないぞ! 小細工を呈して強者として振る舞うサヤマは、「強き者は偉大である」というこの国の根幹に流れる理念を辱める存在だ! 王族として……その中でも、最も強大な「力」を持つ身として、アイツは許しがたい!
それなのに、フランソワ……一の家臣であるはずの大公爵家の令嬢は、アイツを見本として「人としての強さ」を学べという。「人としての強さ」? 神剣の担い手として選ばれしこの僕が、人として優れていないわけがないだろう!
そのことを証明すべく、夜も更けた頃、僕は再び学園迷宮中層部BOSSの間に立っていた。
フランソワも意固地なところがある。実際に、僕があの男と同じことができるということを見せなければ、納得はしないだろう。これはそのための予行練習だ。レベル130のBOSSモンスターを倒したことにより、僕のレベルは一足跳びに125へと成長を遂げた。その力に慣れておくという意味もある。
「おほっ、おほほほほほ……♪」
「ふん、現れたか」
不快なにやけ顔のピエロが、癇に障る笑い声と共に姿を見せる。中層部のBOSS、「スマイル・ピエロ」だ。
先ほど対峙した時は奇妙な動きに少々手こずったが、結局のところ、こいつは僕に負けたのだ。動きを捉えてしまえば、どうということも無い脆弱な魔物だった。あの戦いで、この魔物の全てを熟知した僕には、この道化師が次に何をするのか手に取るように分かる。三体牛鞭
これは、レベル250の彼なら造作も無いことだ。しかし、この国において揉め事や面倒事を避けるため、【ジャミング】というステータス表記を偽るスキルで「自分はレベル150である」と周囲の人間を騙している。
【ジャミング】を見破るには、かなり高位の解析系スキルやアイテム、同レベル以上の人間が使う【スキャン】を使うしかない。そのような理由があり、この国の人間が自分のレベルを見破れる訳がない。彼は、そう高をくくっていた。
だが、その彼自身が、150というレベルへの疑いの目を向けさせるきっかけを作ってしまったのだ。それを証明するかのように、疑わしげな目をした王立学園1・Sの学生たちが客席から降り、ぞろぞろと歩み寄ってくる。
(あぁ、もう駄目だ)
がくりと膝を突く貴大。彼の脳裏には、「高レベルであることを理由に、お偉いさん方にこき使われる自分」のイメージが鮮明に浮かんでくる。かつての知り合いが、まさにそのような扱いを受けていたのだ。それを自分も、と思うと、面倒くさがりな彼の震えは止まらなくなる。
そのようなネガティブなイメージを考えている内に、お偉いさんのご子息たちはすぐ傍にまで近づいてきていた。おそらく、彼らが口を開いた瞬間から、容赦のない問い詰めが始まるのだろう。「使える者」には敏感な者たちだ。逃げようにも逃げられないに違いない。
(終わりだ……)
遂には両手まで地に着かせ、ぐったりと頭を項垂れさせる。それを待ってましたと言わんばかりに、学生の代表たるフランソワから声がかかった。
淡い乳白色の光に薄らと包まれる貴大。回復魔法である【ヒール】のエフェクト光だ。
己の予期せぬ事態に、頭も体も固まってしまう貴大。そんな彼へと、フランソワ以外の学生からも【ヒール】がかかり始める。
初めに脱落したアベル以外の二十九人分の【ヒール】が唱和して、学園迷宮中層部BOSSの間であるサーカスリングに響き渡る。貴大の体を包み込むエフェクト光もそれに伴い光度を増し、最早彼の輪郭すら見えなくなる。そして、癒しの輝きの中、ゆっくりと貴大は立ち上がった。
(え? ……え? 何で【ヒール】???)
何とはなしに立っては見たものの、疑問の解消には何の役にも立たない。それどころか、【ヒール】の白光は彼の視界を埋め尽くし、混乱を助長させる。結局、答えの出ぬままにエフェクト光は薄れていった。そこに投げかけられる学生たちの言葉。
「よかった! 先生、持ち直しましたか!」
「まったく、肝を冷やしましたよ」
「先生、まだ痛むところはございませんか?」
痛むところと言われても、困ってしまう。負けたふりをするために「スマイル・ピエロ」の大技を受けてはみたものの、攻撃力より俊敏性を重視する魔物、しかも100はレベルが劣る者の攻撃を受けたところで、ダメージなどあるわけがない。そんな自分に、なぜ彼らは【ヒール】をかけたのか。一つも理解ができないままに、疑問は積み重なっていく。
「先生、危ないところでしたわね?」
「あ、ああ、うん……」
フランソワの言葉に、反射のように返事を返す。そのぼんやりとした様子に、彼女は目をひそめた。
「まだ意識が朦朧としておりますか……無理もありません。あのように頭をしたたかにぶつけられ、その後に「捨て身技」を使われたとあっては、当然の結果でしょう」
「そうか……はい?」
「捨て身技」? 予想だにしなかった単語に、思わず聞き返してしまう貴大。それを受けて、気の毒そうな顔をして返答するフランソワ。
「意識の混濁が起きておりますのね? やはり、「捨て身技」の代償の大きさは、噂通りといったところですか」
「「捨て身技」……」
その言葉自体には聞き覚えがあった。【自爆】や、【ノーガード・タックル】など、HPや自身の命と引き換えに、多大な効力を発揮するスキルの総称だ。それが何故ここで出てくるのか。貴大はしばらく理由を考えた。
そして、あることを思いつく。
(もしかして、こいつら、俺が一撃でBOSSを倒せたのを、「捨て身技」のおかげと思っているのか?)
よくよく考えてみれば、「高レベルに任せた通常攻撃です」という理由よりは、「大きな代償と引き換えに発動できる強力なスキルです」といった理由の方が、まだ現実的だ。貴大は、そう考え至って初めて、自身のレベルの高さの希少性を思い出した。
(「スマイル・ピエロ」を通常攻撃で倒せるのは、カンストか、それに近いレベルの奴ぐらいなもんだけど……いないもんな、そんな強え奴)V26Ⅳ美白美肌速効
王立騎士団の団長クラスで200に届くか届かないかというこの国のレベル水準では、130とはいえBOSSモンスターを素手による通常攻撃だけで倒せる者など居はしない。それに、強力なスキルを保有する大国であるがゆえに、通常攻撃などナンセンスだという意識は未だ根深いものがある。
そのような環境で育った学生たちは、「一撃でBOSSを倒したのなら、何らかのスキル、それも「捨て身技」のように強力なものを用いたに違いない」と考えるのが当然であり、決して、「高レベルのステータスによるものだ」とは考えない。
先ほどの【ヒール】の大合唱が何よりの証拠だ。脱力感で両手両足をついた貴大を、彼らはピエロの攻撃に、「捨て身技」を用いたことによるダメージが重なったものだと誤解したのだ。貴大がBOSSすら素手で砕くレベルであると考えたのなら、そのようなことはしないはずだ。
そう結論を出した貴大へと、フランソワが優しく声をかける。
「先生。なぜわざわざ「捨て身技」を使ってまでBOSSを倒したのか、私には分かっていましてよ」
「え?」
疑問を解消したところへ、新たに発生する謎。そもそも、「捨て身技」など使っていない貴大には、フランソワの言わんとしていることなど分かるはずもない。
そんな彼を置き去りにして、彼女は未だ客席で呆然としている王子に向けて鋭い言葉を放った。
「フォルカ様! フォルカ様は、先生がなぜ自分を傷つけてまであのような大技を放ったのか、お分かりですか!?」
それに反応し、ようやく我に返るフォルカ。学生たちに囲まれる貴大をちらりと見たかと思うと、顔をしかめ、嫌味を交えて言葉を返した。
「ふん! そこまでしなければBOSSを倒せないからだろう? 非力と言わざるを得ないね。そうでなければ、ただの目立ちたがりだ」
自分のことは棚に上げ、憎々しげに吐き捨てる。フランソワは、そんな王子をキッと睨みつけたかと思うと、激しい感情が籠った声で言い放った。
「違います! 先生は、私たちに武器に頼らぬ「人としての強さ」を、身を持って教えてくれたのです! 王子もご存じの通り、あのように強力なスキルは、過酷な修練でしか身につけることはできません。そして、鍛え上げられたその技は、王子の神剣の一撃を越えました。わかりますか? 人の身でもこれだけのことができるのだと、示してくれたのです!」
「ぐうっ……!」
神剣の一撃を越えた。確かに、強大極まりない力を持つ神剣でも、「スマイル・ピエロ」を倒すのには数度の斬撃が必要だった。そのことを指摘され、言葉に詰まるフォルカ。
「王子は、神剣に頼り過ぎたのです。ろくに修行もせず、人に見せびらかすように剣を振るってはレベルを上げ、それを「鍛錬」と言い切る日々……覚えたスキルの数も、妹姫様にとうに追い越されたと聞きます」
「君! 無礼だぞ! 黙りたまえ!!」
ここへ至り、王族への礼の無さを指摘するフォルカ。しかし、フランソワは止まらない。
「いいえ、黙りません。私は、先生の挺身に、自分が如何に間違っていたかを気づかされたのです。いつかは王子も、王族としての使命と責任に目覚めてくれると思っていましたが、今日の先生への態度で確信しました。誰も注意する者がいなければ、貴方は駄目になってしまうということを。なので、私はあえて貴方に苦言を呈します。どうか、王道へと立ち戻ってくださるようにと」
そして、真っ直ぐにフォルカの目を見つめるフランソワ。その射貫くような視線を振り払うかのように、王子は激昂して立ちあがる。
「黙れ! 黙れ黙れ!! 僕は神剣に選ばれた人間だぞ!? 凡人のような努力など必要ないんだ!!」
「神剣に選ばれたとはいえ、王子自身は神ではありません。鍛えなければ強くはならぬ脆弱な人の身なのです」
「レベルのことを言っているのか? 先ほど、僕はレベル125となった! この調子ならば、君を越えることすら容易いのだぞ、僕は! とやかく言われる理由はないよ!」
「いいえ、レベルの話ではありません。先ほども申し上げた、「人としての強さ」です。それは、いつまでも武器に頼っているだけでは身につけることはできないものです」
「この僕が、神剣が無ければ何もできないとでも言いたいのか!?」
「はい、今のままではそうです」
怒涛の勢いでニ人の言葉の応酬は続けられ、今、ようやく静寂が訪れた。
フランソワの断言へと、顔を真っ赤にして何かを言い返そうとするフォルカ。だが、うまく言葉にできないのか、口を開いては閉じ、ぶるぶると体を震わせるが、結局は何も言いださない。
やがて、しばしの逡巡が続いたかと思うと、こう言い残してBOSSの間を去っていった。
「ふん! 大公爵家の一人娘だからと思いあがっているようだが、覚えていたまえ! いつかはその増長を後悔する日がくるということを!!」
「ふう……行ってしまいましたか。これが王子の更生への良いきっかけになるといいのですが……」
ため息を一つ吐き、そう一人ごちるフランソワ。すると、1・Sの学生が、わっとその周囲へと駆け寄った。男根増長素
「フランソワ様! 私、胸がすっとしました!」
「あれこそ、我らが言いたかったことです!」
「王子の慢心ぶりには、誰もが危惧を抱いていました。フランソワ様の叱責は、それを正すものとなりますわ」
口々に彼女を褒め称える学生たち。しかし、当の本人は、ゆっくりと首を振った。
「皆さん、そう言ってくださるのは嬉しいのですが、これも先生の行動があってのこと。あの「捨て身技」によるBOSSモンスターの一撃での撃破が無ければ、説得力はなかったでしょう」
その言葉に、一斉に貴大へと振り返る学生たち。
「おお、確かに!」
「先生とフランソワ様の力、ですわね」
放置されたような気分になっていた貴大は、ビクッと震えながらも、「いや、そんなことはないよ」と謙遜してみせる。
それを、ジパング人特有の癖が出ましたね、とからかう学生たち。その様子から、「本当に、俺のレベルに疑問を持ってる奴はいないみたいだな」と、ほっとして談笑に応じる貴大。
「しかし、フランソワ様もおっちょこちょいですのね? ここは安全が保障された迷宮だというのに、慌てて先生に【ヒール】をかけるんですもの」
「まぁ! みなさんも、血相を変えて【ヒール】をかけていたではないですか」
「それを言われると恥ずかしいな」
「確かに」
そんな温かな時間がしばらく続いたところで、ふと、誰かが呟いた。
「しかし、あれほどの威力のスキルならば、ユニークモンスター討伐でも活躍できますわね?」
(やべえ! そう来たか!!)
どうやら、高レベルだからと便利に使われる未来は回避できたようだが、今度は「BOSSすら一撃で倒すスキルの持ち主」としてこき使われる将来のビジョンが浮かび上がってきた。不吉な未来への拒否反応から、必死になって嘘を並べ立てる貴大。
「あのな? あれな? 負担が大き過ぎて、一ヶ月に一度しか使えないの。しかも、人型の魔物にしか使えないの。使えないスキルだよね~?」
懸命に、「あのスキルは使えないものだよ、だから俺も、そんなに便利な奴じゃないよ」とアピールを重ねていく。それが功を成したのか、次々と頷いていく学生たち。
「大声を上げるのは条件ではないのですか? ほら、何やら叫ばれていましたが……」
「ああ、それも発動条件の一つだネ!」
「なるほど……自分はてっきり、大ダメージを受けた直後にしか使えないものかと思っていました」
「うん! そんな条件もあるよ!! いや~、本当に使いどころが難しいスキルだわ!」
学生の疑問の声に過敏に反応し、実在しないスキルの設定を重ねていく。これだけ難しい条件なら、「さあ使え」と言われることもないだろう。そう安心したところでフランソワの言葉だ。
「そのような難しいスキルを成功させた先生の力量には、目を見張るものがありますわ。これぞまさしく、「人としての強さ」ですわね、うふふ」
(やめてぇぇぇぇぇ~~~!!)
貴大が意図せざる方向へ持っていくのがよほど好きなようだ。そんなフランソワを見つめ、心の中で悲鳴を上げる貴大。
「いや、あれはたまたまだよ、たまたま……」
と、誤魔化しにもならないような言葉を投げてはみるものの、学生たちの尊敬の眼差しは輝きを増すばかりだ。男宝
(ははは……もうどうにでもな~れ☆)
自棄になって、群がる学生たちに、「いいか、あれは【神速極壊拳】と言ってな……厳しい修行の末に身につけられる奥義なのだ……ジパング人しか使えないけどね!?」と今考えついた適当なスキル名を教えて更に騙しにかかる貴大。
その後、スキルの強そうな響きに興奮した学生たちが、自分たちも先生のように強くなるぞと迷宮攻略に励むのを、腐臭放つ魚のような、死んだ目で見守っていたとか……。
(おのれ、おのれぇ~……!)
僕の胸の内を占めるのは、「武器に頼り切るな」というフランソワの言葉……そして、「スマイル・ピエロ」を、たった一撃で粉微塵にしたサヤマの立ち姿だ。
(何故だ!? やっていることは同じだ! 僕もレベル130ものBOSSモンスターを単独で倒した! なぜアイツだけ賛美される!!?)
アイツの周りに集まって、アイツを見つめる学生たち……その顔は、僕を褒め称える時のような決まり切った笑顔ではなく、驚きと尊敬に染まりきっていた。なぜ、その顔を僕に向けない!?
称賛されるべきは僕だ! 僕は王族だぞ! しかも、神に選ばれし勇者だ! 「神剣ウェルゼス」を唯一扱えるのが、何よりの証拠じゃないか! 汚らしく汗水垂らして身につけたというスキルとは違う。本物の神の力を、僕は授かったんだ! あんなスキルは紛い物だ! 詐欺師のイカサマだ!
あの詐欺師に、みんながみんな、騙される。
フランソワも、学園の生徒も、父上も、兄上も……みんな、アイツが「有用だ」と褒め称える。誰もが、アイツがもったいぶって教えるスキルが必要だという。何が【スキャン】だ! 何が【サーチ】だ!! そんなもの、僕の神剣を前にして何の役に立つ!?
後でじいやに聞いたが、自慢の捨て身技とやらも、一月に一度しか使えないそうじゃないか。それでは、まるで役に立たないではないか!! 僕の神剣はいつでも、何度でも使えるんだぞ!! それなのに……!!
許されない! 許されないぞ! 小細工を呈して強者として振る舞うサヤマは、「強き者は偉大である」というこの国の根幹に流れる理念を辱める存在だ! 王族として……その中でも、最も強大な「力」を持つ身として、アイツは許しがたい!
それなのに、フランソワ……一の家臣であるはずの大公爵家の令嬢は、アイツを見本として「人としての強さ」を学べという。「人としての強さ」? 神剣の担い手として選ばれしこの僕が、人として優れていないわけがないだろう!
そのことを証明すべく、夜も更けた頃、僕は再び学園迷宮中層部BOSSの間に立っていた。
フランソワも意固地なところがある。実際に、僕があの男と同じことができるということを見せなければ、納得はしないだろう。これはそのための予行練習だ。レベル130のBOSSモンスターを倒したことにより、僕のレベルは一足跳びに125へと成長を遂げた。その力に慣れておくという意味もある。
「おほっ、おほほほほほ……♪」
「ふん、現れたか」
不快なにやけ顔のピエロが、癇に障る笑い声と共に姿を見せる。中層部のBOSS、「スマイル・ピエロ」だ。
先ほど対峙した時は奇妙な動きに少々手こずったが、結局のところ、こいつは僕に負けたのだ。動きを捉えてしまえば、どうということも無い脆弱な魔物だった。あの戦いで、この魔物の全てを熟知した僕には、この道化師が次に何をするのか手に取るように分かる。三体牛鞭
2014年6月24日星期二
孤児院にて
人によっては、春野菜の季節ともいうだろう。ことことじっくりと煮込まれた、カブや玉ねぎ、そら豆などの柔らかな春野菜は、舌の上でとろけてしまう。この季節、夕食に肉より野菜が多いことに文句をいうものなどいない。Xing霸
性霸2000
恋や祭り、食べ物に花と、春を表すために多くの言葉が用いられる。しかし、そのどれもが正しく、どれもが誤りだ。
どれか一つではない。全てだ。春という季節は、全ての楽しみ、喜びを内包した季節なのだ。
その春という季節の中でも、五月は最も春らしい月といわれる。
イースィンド北部に位置するグランフェリアも、五月に入ってようやく水がぬるみ、風も柔らかなものとなっていた。人々は安息日になるとこぞって行楽に出かけ、街の近くの丘陵や花の名所でピクニックシートを広げる。
そんな麗らかな五月も……何でも屋、佐山貴大にとってしてみれば、絶好の昼寝日和にしか過ぎなかった。
「ZZZ……くかー……」
「あむ、あむ」
下級区に居をかまえるブライト孤児院の裏庭で、貴大は芝生に寝転がり、大きな口を開けて眠りこけていた。その体によじ登ろうとしているのは、この春からブライト孤児院の一員となった一歳児、ワールムだ。
犬のような耳と尻尾をぴこぴこと震わせ、ワールムは横たわる貴大の体を山に見立て、どうにかして登ろうとする。が、貴大が寝返りを打つたびにころりと転がっては、きょとんとした顔で「貴大山」を見つめていた。
「くすくす……こーら、おイタしないの。さ、ねんねしましょうね」
「あんまー!」
それでも貴大山踏破に意欲を見せるワールムをひょいと抱き上げたのは、同じくこの春から孤児院に入った少女、ネネだ。八歳ながらもしっかり者といわれる彼女は、ワールムを抱いたまま孤児院の中へと入っていった。
やんちゃなワールムがいなくなったことで、静けさを取り戻す孤児院の裏庭。港の方から微かな喧騒は聞こえるが、それも葉擦れの音と相まれば、子守唄のようなものだ。
そよそよ、さらさら、と風に優しく撫でられ、ここぞとばかりに高いびきをかき始める貴大。
すると、どこからともなく、黒猫の影がちらつき始めて……。
「な~……」
猫のようなしなやかさで楢の木の幹を伝って降りてきたのは、黒猫獣人の少女、ニャディアだ。この春、九歳になったばかりのニャディアは、涼しげな顔で、しかし、歳相応の好奇心の強さで瞳を光らせ、大口を開けて眠りこける貴大へと近づいていく。
「なぅ~」
ニャディアは貴大を直視はしない。脇に視線をずらし、興味がなさそうなそぶりを見せている。しかし、彼女が一歩進むごとに、確実に両者の距離は縮まっていく。そして……。
「にゃん」
ニャディアは、貴大を触れられるところにまで近づいていた。それでも目を覚まさない貴大を、今度はじっと見つめる黒猫少女。彼女はひざを曲げて、ただただ観察を続ける……が、不意に、その手を貴大の鼻へと伸ばした。
「ふごっ……むぐ、むご……」
鼻をつままれ、顔をしかめる貴大。それでも目を覚まそうとしないのは、よほど眠りが深いのか、それとも鈍感なだけなのか。とにかく、鼻を封じられても口で浅く呼吸し、何とか眠りを保とうとする貴大に、黒猫少女は笑いを抑えられなくなったようだ。
「ふふっ、ふふふ……」
彼女の笑顔を見れば、孤児院の誰もが「珍しい」というだろう。それほどまでに、ニャディアは冷静沈着な子だった。それが、どうだ。何でも屋の青年にいたずらをして、くすくすと笑う姿は、まさしく幼子のそれで―――。WENICKMANペニス増大
「ぶあっっくしょい!!」
「にゃっ!?」
どうやら、やりすぎたようだ。鼻をつままれっぱなしだった貴大が、盛大なくしゃみをかました。その大きな音に驚き、黒髪と尻尾を逆立てたニャディアは、目にも留まらぬ速さで逃げ出した。
シャカシャカと必死に手足を動かし、元いた楢の木の上へ登っていく黒猫少女。そして、葉と枝の間に己の身を隠し、じっと貴大を見つめ始めた。まるで猫のように。
「んあ……んん……くかー……」
それでも、貴大は目を覚まさない。よほど夢の世界が心地よいのか、大きなくしゃみをしたにも関わらず、しばし身じろぎした後、すぐさま寝息を立て始めた。
「くかー……くかー……」
春の日差しが柔らかく降り注ぐブライト孤児院の裏庭にて、佐山貴大は思う存分眠りこけていた。
「タカヒロ! タカヒロ! おてつだいおわったよ! おきて~! 遊ぼう!」
「んあ……?」
睡眠欲に一切逆らわず眠り続けていた貴大だが、さすがに腕をつかまれ、ぶんぶんと上下に振られては、起きざるを得なかったようだ。
目を覚ました彼が最初に見たのは、わんこの顔。横から自分の顔をのぞき込むゴールデンレトリバーは、へろへろと舌を出し、つぶらな瞳で彼の顔をじっと見つめている。
「ふああ……よう、ゴルディ。おはようさん」
寝転がったまま空いた腕を伸ばし、ぐしぐしと大型犬、ゴルディの頭を撫でる貴大。すると、ゴルディは尻尾をぶんぶんと振りたくり、彼の顔を舐め始めた。
「うぷっ、こらこら、俺の顔は飴じゃねえんだぞ」
「わたしもいるよ~!」
むくりと上体を起こした貴大に、今度は彼の腕をつかんでいた少女が抱きつく。彼女の名は、クルミア。短めのベビー・ブロンドの髪と、犬のような耳と尻尾が特徴の、犬獣人の女の子だ。
ゴールデンレトリバーのような特徴が現れたクルミアは、その体まで大きい。180cmを越える大柄な彼女に抱きつかれた貴大は、たまらず後ろへと倒れこんでしまう。
「おいおい、起きりゃいいのか、寝りゃいいのか、どっちなんだ」
苦笑しながらクルミアの頭も撫でる貴大。わんこたちは、その優しい手つきにうっとりと目を細めている。
「よっと」
わんこたちをしばらくの間撫でた後、貴大は弾みをつけて一気に立ち上がった。そして、一つ大きく伸びをして、軽くストレッチを始めた。足や腕を伸ばし、寝ている間に固まった筋をほぐしていく。こうしておかなければ、これから始まるタフなわんこたちとの遊びにはついていけないからだ。procomil spray
ぐっ、ぐっ、と手足や関節の曲げ伸ばしを続ける貴大を、わくわくした顔で見つめるクルミア。そして、すっかり見慣れてしまった貴大のストレッチが終わる瞬間、わんこたちは彼へと飛びかかろうとして……。
ぐう~、と、お腹を鳴らしてしまった。
「わぅ……」
気恥ずかしげな顔を、少し赤く染めるクルミア。十歳になってから、この少女は「恥じらい」というものを覚えたようだ。以前ならかまわず「おなかすいた!」と食堂へ突撃していたのだが、今は、お腹を押さえて気まずげに顔をそらしている。どうやら、貴大に大きなお腹の虫の音を聞かれてしまったことが、よほど恥ずかしかったらしい。
「ははっ、そういやあ、もうおやつの時間だもんな。食堂にいこうぜ。シスターが何か作ってくれてるだろ」
「うう……わぅ」
恥じらいを見せるクルミアの頭を少々荒っぽく撫で回し、彼女の背中を押して孤児院の食堂へと向かう貴大。
「あのね? ちがうの……わぅぅ」
「はいはい。わかってますとも。俺はなーんも聞いてないさ」
十歳となり、発音器官が発達しきったとはいえ、まだまだ子どものクルミアだ。誤魔化しのうまい言葉が見つからず、結局口をつぐんでしまう。
貴大は、そんな彼女の頭を撫で、にこにこと笑いながら歩き続ける。ゴルディは、そんな二人を見守るような視線を向け、てくてくと後をついていった。
「タカー! タカタカー! まだー!?」
「うっせえ、ケビン! そんな簡単にパンケーキができると思うな!」
クルミアと一緒に食堂へと向かった貴大が目にしたのは、飢えた餓鬼の群れ……ではなく、お腹をすかせた子どもたちだった。貴大は、ブライト孤児院の子どもたちの母、ルードスが、何かを作っているとばかり思っていたが、どうやら何も用意されてはいないらしい。
子どもたちの中でも年長者のお姉さんたちが、パンケーキでも作ろうと四苦八苦しているようだが、いかんせん、手が足りなかった。なにせ、ブライト孤児院の子どもたちは、総勢十九人だ。パンケーキ一枚つくるにも、全員分作ろうとすれば、三十分はかかる。
そのうえ、食べ盛りの子どもたちが小さなパンケーキ一枚で我慢できるはずもなく、ベラやアリッサ、メイたちお姉さん組は、ひたすらにフライパンを返し続けた。それでも、需要に供給が追いつかないような状況で、貴大たちは食堂へとやってきたのだ。
「料理ができる人、発見!」
思わぬ援軍に大いに喜んだお姉さん組の面々は、有無をいわさず、貴大を食堂へとぶち込んだ。そして、今に至るまで、貴大はパンケーキを作り続けている。西班牙蒼蝿水
「ちくしょー……なんで俺、休みの日に労働みたいなことしてんだ……」
せっせせっせとパンケーキを作り続ける貴大。一枚焼ければ、すぐさま次の一枚が要求される状況は、どこか屋台での仕事に似ていた。
「そういわないの。後で大きいの焼いてあげるから」
右隣で、同じようにパンケーキを焼いているのは、最年長の少女ベラだ。ベラは額に汗かき、フライパンの中身をじっと見つめている。
「そうそう。蜂蜜もたっぷりかけてあげるから。頑張って。ね?」
焼けたパンケーキを皿に移し、蜂蜜をかけている少女アリッサは、にこりと笑って貴大を励ます。妹、弟たちのためにせっせと働く少女たちにそこまでいわれて、なおも文句を垂れるほど貴大は子どもではない。「二枚だぞ」とだけ告げて、黙々とパンケーキ作りに勤しんだ。
その結果、午後三時のおやつの時間は、それほど時間をかけずに済ませることができた。パンケーキ作りに従事した者たちは、テーブルを囲んでふー、と長い息を吐いていた。
「むぐ……やっぱり、ルードスさんはハンパないな……こんなことを毎日やってんのか」
自分用に用意された大き目のパンケーキを咀嚼しつつ、貴大は感嘆の声を漏らす。それを耳にした少女たちは、えへんと胸を張り、誇らしげに語り出す。
「そりゃそうよ。わたしたちのお母さんだもん。お母さんは、何でもできるんだから」
「料理も、お洗濯も、裁縫も、私たちの百倍……ううん、千倍は早くできるわ!」
「うお……あながち嘘でもなさそうなのが、ルードスさんのすごいところだな」
マグカップになみなみ注がれたミルクでパンケーキを飲み下し、改めて感心する貴大。しかし、そんな彼は一つ気になることがあった。
「でもさ。そのルードスさんが、何で何の準備もしないまま、どっかにいってるんだ? この前、似たようなことがあった時は、下ごしらえぐらいは済ませてあっただろう」
そう、完璧ママ、ルードスが切り盛りするブライト孤児院において、子どもたちのおやつが準備できていないなど、あり得ないことだ。
以前、急な用事が入った時も、できる限りのことはしていたルードスが、今回は何もしていなかった。それが、貴大にはどうにも気になった。西班牙蒼蝿水口服液+遅延増大
恋や祭り、食べ物に花と、春を表すために多くの言葉が用いられる。しかし、そのどれもが正しく、どれもが誤りだ。
どれか一つではない。全てだ。春という季節は、全ての楽しみ、喜びを内包した季節なのだ。
その春という季節の中でも、五月は最も春らしい月といわれる。
イースィンド北部に位置するグランフェリアも、五月に入ってようやく水がぬるみ、風も柔らかなものとなっていた。人々は安息日になるとこぞって行楽に出かけ、街の近くの丘陵や花の名所でピクニックシートを広げる。
そんな麗らかな五月も……何でも屋、佐山貴大にとってしてみれば、絶好の昼寝日和にしか過ぎなかった。
「ZZZ……くかー……」
「あむ、あむ」
下級区に居をかまえるブライト孤児院の裏庭で、貴大は芝生に寝転がり、大きな口を開けて眠りこけていた。その体によじ登ろうとしているのは、この春からブライト孤児院の一員となった一歳児、ワールムだ。
犬のような耳と尻尾をぴこぴこと震わせ、ワールムは横たわる貴大の体を山に見立て、どうにかして登ろうとする。が、貴大が寝返りを打つたびにころりと転がっては、きょとんとした顔で「貴大山」を見つめていた。
「くすくす……こーら、おイタしないの。さ、ねんねしましょうね」
「あんまー!」
それでも貴大山踏破に意欲を見せるワールムをひょいと抱き上げたのは、同じくこの春から孤児院に入った少女、ネネだ。八歳ながらもしっかり者といわれる彼女は、ワールムを抱いたまま孤児院の中へと入っていった。
やんちゃなワールムがいなくなったことで、静けさを取り戻す孤児院の裏庭。港の方から微かな喧騒は聞こえるが、それも葉擦れの音と相まれば、子守唄のようなものだ。
そよそよ、さらさら、と風に優しく撫でられ、ここぞとばかりに高いびきをかき始める貴大。
すると、どこからともなく、黒猫の影がちらつき始めて……。
「な~……」
猫のようなしなやかさで楢の木の幹を伝って降りてきたのは、黒猫獣人の少女、ニャディアだ。この春、九歳になったばかりのニャディアは、涼しげな顔で、しかし、歳相応の好奇心の強さで瞳を光らせ、大口を開けて眠りこける貴大へと近づいていく。
「なぅ~」
ニャディアは貴大を直視はしない。脇に視線をずらし、興味がなさそうなそぶりを見せている。しかし、彼女が一歩進むごとに、確実に両者の距離は縮まっていく。そして……。
「にゃん」
ニャディアは、貴大を触れられるところにまで近づいていた。それでも目を覚まさない貴大を、今度はじっと見つめる黒猫少女。彼女はひざを曲げて、ただただ観察を続ける……が、不意に、その手を貴大の鼻へと伸ばした。
「ふごっ……むぐ、むご……」
鼻をつままれ、顔をしかめる貴大。それでも目を覚まそうとしないのは、よほど眠りが深いのか、それとも鈍感なだけなのか。とにかく、鼻を封じられても口で浅く呼吸し、何とか眠りを保とうとする貴大に、黒猫少女は笑いを抑えられなくなったようだ。
「ふふっ、ふふふ……」
彼女の笑顔を見れば、孤児院の誰もが「珍しい」というだろう。それほどまでに、ニャディアは冷静沈着な子だった。それが、どうだ。何でも屋の青年にいたずらをして、くすくすと笑う姿は、まさしく幼子のそれで―――。WENICKMANペニス増大
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どうやら、やりすぎたようだ。鼻をつままれっぱなしだった貴大が、盛大なくしゃみをかました。その大きな音に驚き、黒髪と尻尾を逆立てたニャディアは、目にも留まらぬ速さで逃げ出した。
シャカシャカと必死に手足を動かし、元いた楢の木の上へ登っていく黒猫少女。そして、葉と枝の間に己の身を隠し、じっと貴大を見つめ始めた。まるで猫のように。
「んあ……んん……くかー……」
それでも、貴大は目を覚まさない。よほど夢の世界が心地よいのか、大きなくしゃみをしたにも関わらず、しばし身じろぎした後、すぐさま寝息を立て始めた。
「くかー……くかー……」
春の日差しが柔らかく降り注ぐブライト孤児院の裏庭にて、佐山貴大は思う存分眠りこけていた。
「タカヒロ! タカヒロ! おてつだいおわったよ! おきて~! 遊ぼう!」
「んあ……?」
睡眠欲に一切逆らわず眠り続けていた貴大だが、さすがに腕をつかまれ、ぶんぶんと上下に振られては、起きざるを得なかったようだ。
目を覚ました彼が最初に見たのは、わんこの顔。横から自分の顔をのぞき込むゴールデンレトリバーは、へろへろと舌を出し、つぶらな瞳で彼の顔をじっと見つめている。
「ふああ……よう、ゴルディ。おはようさん」
寝転がったまま空いた腕を伸ばし、ぐしぐしと大型犬、ゴルディの頭を撫でる貴大。すると、ゴルディは尻尾をぶんぶんと振りたくり、彼の顔を舐め始めた。
「うぷっ、こらこら、俺の顔は飴じゃねえんだぞ」
「わたしもいるよ~!」
むくりと上体を起こした貴大に、今度は彼の腕をつかんでいた少女が抱きつく。彼女の名は、クルミア。短めのベビー・ブロンドの髪と、犬のような耳と尻尾が特徴の、犬獣人の女の子だ。
ゴールデンレトリバーのような特徴が現れたクルミアは、その体まで大きい。180cmを越える大柄な彼女に抱きつかれた貴大は、たまらず後ろへと倒れこんでしまう。
「おいおい、起きりゃいいのか、寝りゃいいのか、どっちなんだ」
苦笑しながらクルミアの頭も撫でる貴大。わんこたちは、その優しい手つきにうっとりと目を細めている。
「よっと」
わんこたちをしばらくの間撫でた後、貴大は弾みをつけて一気に立ち上がった。そして、一つ大きく伸びをして、軽くストレッチを始めた。足や腕を伸ばし、寝ている間に固まった筋をほぐしていく。こうしておかなければ、これから始まるタフなわんこたちとの遊びにはついていけないからだ。procomil spray
ぐっ、ぐっ、と手足や関節の曲げ伸ばしを続ける貴大を、わくわくした顔で見つめるクルミア。そして、すっかり見慣れてしまった貴大のストレッチが終わる瞬間、わんこたちは彼へと飛びかかろうとして……。
ぐう~、と、お腹を鳴らしてしまった。
「わぅ……」
気恥ずかしげな顔を、少し赤く染めるクルミア。十歳になってから、この少女は「恥じらい」というものを覚えたようだ。以前ならかまわず「おなかすいた!」と食堂へ突撃していたのだが、今は、お腹を押さえて気まずげに顔をそらしている。どうやら、貴大に大きなお腹の虫の音を聞かれてしまったことが、よほど恥ずかしかったらしい。
「ははっ、そういやあ、もうおやつの時間だもんな。食堂にいこうぜ。シスターが何か作ってくれてるだろ」
「うう……わぅ」
恥じらいを見せるクルミアの頭を少々荒っぽく撫で回し、彼女の背中を押して孤児院の食堂へと向かう貴大。
「あのね? ちがうの……わぅぅ」
「はいはい。わかってますとも。俺はなーんも聞いてないさ」
十歳となり、発音器官が発達しきったとはいえ、まだまだ子どものクルミアだ。誤魔化しのうまい言葉が見つからず、結局口をつぐんでしまう。
貴大は、そんな彼女の頭を撫で、にこにこと笑いながら歩き続ける。ゴルディは、そんな二人を見守るような視線を向け、てくてくと後をついていった。
「タカー! タカタカー! まだー!?」
「うっせえ、ケビン! そんな簡単にパンケーキができると思うな!」
クルミアと一緒に食堂へと向かった貴大が目にしたのは、飢えた餓鬼の群れ……ではなく、お腹をすかせた子どもたちだった。貴大は、ブライト孤児院の子どもたちの母、ルードスが、何かを作っているとばかり思っていたが、どうやら何も用意されてはいないらしい。
子どもたちの中でも年長者のお姉さんたちが、パンケーキでも作ろうと四苦八苦しているようだが、いかんせん、手が足りなかった。なにせ、ブライト孤児院の子どもたちは、総勢十九人だ。パンケーキ一枚つくるにも、全員分作ろうとすれば、三十分はかかる。
そのうえ、食べ盛りの子どもたちが小さなパンケーキ一枚で我慢できるはずもなく、ベラやアリッサ、メイたちお姉さん組は、ひたすらにフライパンを返し続けた。それでも、需要に供給が追いつかないような状況で、貴大たちは食堂へとやってきたのだ。
「料理ができる人、発見!」
思わぬ援軍に大いに喜んだお姉さん組の面々は、有無をいわさず、貴大を食堂へとぶち込んだ。そして、今に至るまで、貴大はパンケーキを作り続けている。西班牙蒼蝿水
「ちくしょー……なんで俺、休みの日に労働みたいなことしてんだ……」
せっせせっせとパンケーキを作り続ける貴大。一枚焼ければ、すぐさま次の一枚が要求される状況は、どこか屋台での仕事に似ていた。
「そういわないの。後で大きいの焼いてあげるから」
右隣で、同じようにパンケーキを焼いているのは、最年長の少女ベラだ。ベラは額に汗かき、フライパンの中身をじっと見つめている。
「そうそう。蜂蜜もたっぷりかけてあげるから。頑張って。ね?」
焼けたパンケーキを皿に移し、蜂蜜をかけている少女アリッサは、にこりと笑って貴大を励ます。妹、弟たちのためにせっせと働く少女たちにそこまでいわれて、なおも文句を垂れるほど貴大は子どもではない。「二枚だぞ」とだけ告げて、黙々とパンケーキ作りに勤しんだ。
その結果、午後三時のおやつの時間は、それほど時間をかけずに済ませることができた。パンケーキ作りに従事した者たちは、テーブルを囲んでふー、と長い息を吐いていた。
「むぐ……やっぱり、ルードスさんはハンパないな……こんなことを毎日やってんのか」
自分用に用意された大き目のパンケーキを咀嚼しつつ、貴大は感嘆の声を漏らす。それを耳にした少女たちは、えへんと胸を張り、誇らしげに語り出す。
「そりゃそうよ。わたしたちのお母さんだもん。お母さんは、何でもできるんだから」
「料理も、お洗濯も、裁縫も、私たちの百倍……ううん、千倍は早くできるわ!」
「うお……あながち嘘でもなさそうなのが、ルードスさんのすごいところだな」
マグカップになみなみ注がれたミルクでパンケーキを飲み下し、改めて感心する貴大。しかし、そんな彼は一つ気になることがあった。
「でもさ。そのルードスさんが、何で何の準備もしないまま、どっかにいってるんだ? この前、似たようなことがあった時は、下ごしらえぐらいは済ませてあっただろう」
そう、完璧ママ、ルードスが切り盛りするブライト孤児院において、子どもたちのおやつが準備できていないなど、あり得ないことだ。
以前、急な用事が入った時も、できる限りのことはしていたルードスが、今回は何もしていなかった。それが、貴大にはどうにも気になった。西班牙蒼蝿水口服液+遅延増大
2014年6月22日星期日
日常への回帰
未体験領域に突入しようとした貴大が、小鹿のように足を震わせたルートゥーに救助されてから一夜が明けた。
「ごめんなさい、ごめんなさい! ほんの出来心だったんです! この機会を利用すれば、あわよくばメインヒロインに成り代われると……魔がさしてしまったんです!」Xing霸 性霸2000
「……いたずらわんこには、おしおきです」
「きゃいん、きゃいん! レモンは勘弁してください!」
『佐山貴大は淫欲の獣である』と、貴大本人に吹き込んだゴルディは、何でも屋〈フリーライフ〉の店先で縛り上げられて、頬にレモンをこすりつけられていた。
「匂いが! 匂いが苦手なんです! それに、ああっ! すっぱい! とてもすっぱいです! 犬は、すっぱいのはダメなんです!」
「……おしおきです」
「きゃいーん!」
怒り心頭のユミエルは、スライスしたレモンを容赦なくゴルディの口に放り込んでいく。キュッとすぼまる犬獣人の少女の口に、ねじ込むかのようにレモン、レモン、レモンのスライス。
情状酌量の余地はない。情け容赦も必要ない。だが、ここまで凄惨極まる拷問を、果たして一個人が執行していいものなのか。
神は答えない。警邏隊は目を逸らした。罪人たるゴルディは、ユミエルが二個目のレモンに手をかけた時、とうとう意識を失った。
やり切れない思いを消化できずに、ユミエルは黙って空を見上げる。
晩秋のグランフェリアの空は変わらない。貴大が遺跡調査に出かける前と、何一つ変わることがない。この街の空は、今日も青い。
なのになぜ、自分はこんなにも変わってしまったのだろうと、ユミエルは思う。心は曇天、体は鈍い。いつもは波立たない感情も、日に日に激しさを増しているように感じる。
たった一人、貴大の記憶がなくなっただけで、どうして自分はこんなにも駄目になってしまうのか。
「……これでは、ご主人さまを叱れませんね」
ユミエルは、気絶したゴルディの縄を解き、彼女の額にレモンのスライスを貼り付けて、家の中へと戻って行った。
記憶回復に効果があると思われた『おしおき』は、実のところ何の成果も見せないままに終わっていた。
苦痛を感じる一瞬は、元の貴大のような口調に戻るのだが――だからといって、永遠に責め苛んでしまえば、貴大は三日も待たずに新たな世界を開眼してしまうだろう。
そもそも、一瞬だけでは、記憶が戻ったのかどうかも定かではない。ユミエルは、あざの残る貴大の尻に湿布を貼りながら、『おしおき』による治療案を破棄することを決めた。
悩んでは、振り出しに戻り、悔やんでは、振り出しに戻る。迷ってばかりの一週間だったと、ユミエルは思う。対処に困り、動き出すことに怯え、何度も何度も失敗を繰り返した七日間。
(……このような時、ご主人さまならどうしていただろう)
きっと、とうの昔に解決していたに違いない。
迷いなく動き、体当たりでぶつかっていき、最終的には最良の結果をもぎ取ってしまう。それが佐山貴大という人物だったと、ユミエルは思い返していた。
それに比べて、自分はどうだ。主人に追従するばかりで、全く主体性を持たない女。貴大がいなければ、何もできない女ではないか。
貴大の役に立とうという気持ちだけは立派で、そこには行動が伴っていない。貴大はユミエルの窮地を助けることができるけれど、ユミエルにはその逆ができない。
現に、主人が記憶を取り戻したいと言っているのに、自分は何もできずにいる。それがユミエルにはたまらなく悔しかった。非力な自分が惨めに感じられた。
「……私は、無力」
だから、せめて貴大を救う『核』になろうと思った。
「古今東西、記憶喪失から回復した例はいくらでもある。が、未だに治療法は確立されていない。あえて述べれば、ショック療法、催眠療法などがあるが、どれも確実性はない。そのように、治療法も曖昧な記憶喪失だが、時間やきっかけが重要だということは、広く認められているね」
「……時間と、『きっかけ』ですか」
エルゥの知識を吸収した。WENICKMANペニス増大
「先生のことは、私も気にかけていました。いいでしょう、協力は惜しみませんわ」
「……ありがとうございます」
フランソワというパトロンを得た。
「記憶喪失ね。大丈夫。お客さんから話は集めたわ」
「わたしも、集めた!」
「……助かります」
カオルやクルミアたちから話を聞いて、
「祈りや願いは、きっと届く。タカヒロくんの心に、きっと届くよ」
「……はい」
教会では神に祈った。
非力ならば集えばいい。弱いのならば群れればいい。知恵と力を結集し、万難を排する光となればいい。
ユミエルはそう考えた。迷った末に決断し、多くの人々に頭を下げた。
そして、彼女は切り札を手に入れた。
夜のフリーライフの廊下を、一人の少女が歩いていた。水色の髪を魔導ランプの光で煌めかせる彼女の名は、ユミエル。
妖精種の少女であり、何でも屋〈フリーライフ〉の住み込み家政婦であり――今宵は、男心を惑わす月の化身でもあった。
思い出。貴大に買われた日の記憶。髪が長かった頃の自分。
思い出。初めてメイド服を着た日の記憶。真っ白なエプロンを汚すまいと頑張った自分。
思い出。主人を元気づけようとした日の記憶。様々な衣装を進んで着込んだ自分。
思い出。みんなで海に行った日の記憶。サバイバルな日々に適応していた自分。
全ての思い出の中に、貴大の姿があった。十三歳の冬から始まったユミエルの人生には、常に貴大が寄り添っていた。
逆も然り。貴大の近くにはユミエルがいた。貴大の日常には、誰よりそばにユミエルがいた。
ユミエルは、その思い出を結集させた。細い糸を何本も束ね、貴大とユミエルの絆を確かめるきっかけにする。
そのための、今の姿だ。多くの人に支えられ、ユミエルはこの場にこうして立っている。きっかけとなり得る姿で立っている。
廊下を進み、階段を上り、二階の貴大の部屋の前に着く。今更撤退などは許されない。ユミエルはただ、前進あるのみ。
「……ご主人さま、失礼いたします」
一声かけてから、ドアを開ける。procomil spray
そして、ユミエルは間髪入れず、熟考した策を実行した。
「……ご主人さま。貴方のユミエルですにゃん」
思い出! 思い出の爆発である。
今、貴大の部屋に立っている少女は、その大部分が思い出で構成されている。
髪は出会ったばかりのように長く、服はもちろんメイド服だ。頭の上ではネコミミが揺れ、腰ではゆらりとネコしっぽが主張している。
両手を顔の横にもってくるポーズなどは、まさしくあの日のままで――ああ、ああ、それになんということだろう!
透視力を持つ者ならばお分かりになるだろうが、彼女が下着代わりに身に着けているのは、スクール水着である。
まるで夏の日から抜け出たかのような紺色の布地は、しかしメイド服に阻まれて片鱗すら表に出てこない。
だが、それは確かに存在している。目には見えないだけで、ユミエルはスク水を着ている。一つの思い出は、この世に確かに存在しているのだ。
これでもかとばかりに思い出の体現者となったユミエル。
これには貴大もたまらないはずなのだが、
「だ、駄目だよ、ルートゥーちゃん。女の子が男のベッドに潜り込んじゃ。それも、そんなスケスケの下着で」
「よくないことはない。我はタカヒロの婚約者だ。同衾することに何の咎があろうか」
「世間ではそれを婚前交渉って……うっ!?」
「とは言っても、体は正直なものだな。ほうら、タカヒロのタカヒロは、こんなにも元気ではないか」
「だ、駄目だって。ユミエルちゃんに見つかっちゃう」
「メイドに配慮していては、子作りなどできんぞ。さあ、熱き交わりの中で、己を取り戻すのだ、タカヒロ!」
「あっ、あ、ああっ!」
あいにく、貴大には先客がいたようだった。
ベッドの上では、パンツを脱がされかけた貴大と、シースルーの黒いネグリジェ姿のルートゥーが、これでもかとばかりにいちゃいちゃしている。
奴隷商の下にいた時のような目でその光景を眺めていたユミエルは、ふと、指を鳴らして、個人収納空間から大きなハンマーを取り出した。
そしてそれを、躊躇なくベッドに振り下ろした。
「「どわーっ!?」」
巻き起こる爆風にはじき出されて、半裸の男女が床に転がる。西班牙蒼蝿水
「あいたたた……一体、何が」
「ひっ!?」
貴大とルートゥーが『それ』に気がついた時、二人の体は同時に硬直した。
ユミエルを取り巻く空間から次々と姿を現す凶器たち。鞭、ナイフ、鉄球、フレイル、湯飲み茶わん。見てくれからして物騒極まりないおしおき道具は、ごとり、ごとりと鈍い音を立てて床に落下する。
それで打ち止めか? と、貴大らが淡い期待を抱いた瞬間、ユミエルの体は【スパーク・ボルト】の電光で光り始めた。紫電に操られ、おしおき道具がふわりと宙を浮く。
「見覚えが! 何だか見覚えが!!」
それもそのはず、ユミエル愛用のおしおき道具は、どれもその身で受けたものだ。言うなれば、これも思い出の品々。体に刻まれた痛みが、貴大の頭を大きく揺さぶった。
「あっ、あつっ――! ……はっ!? お、思い出した! 俺は全てを思い出したぞーっ!」
防衛本能が、万全の状態でなければ、この場で生き残れないと判断したのだろう。いともあっさりと記憶を取り戻した貴大に――しかし、与えられたのは冷たい鉄球だけだった。
「ひっ!? ま、待て、ユミィ! 思い出したんだ! 俺は全てを思い出したんだ!」
「……そうですか」
「ぬああああっ!? なのに、なんで鉄球を持ち上げるーっ!?」
「……何ででしょうね」
悪鬼にも似たユミエルの気迫に、ルートゥーは昨晩の出来事を思い出して気を失った。貴大もいっそのこと気を失いたかったが、無防備になった瞬間、何をされるかを考えると、安易な逃げ道には飛び込めなかった。
「ひーっ!」
「……ご主人さま。貴方のユミエルですにゃん」
「怖い! 無表情なネコミミメイドが怖い!」
こうして、記憶を取り戻した貴大は、思い出の集合体と夜通しの鬼ごっこを演じることとなる。
敗走に次ぐ敗走。わずかな安息と突然の奇襲。サーチアンドデストロイ。
グランフェリアを舞台とした死闘をどちらが制したのかは、誰も見ていない。ただ、夜明けの白光に照らされた何でも屋〈フリーライフ〉の屋上で、一組の男女が仰向けに倒れているのを、鳥たちが黙って見つめていた。西班牙蒼蝿水口服液+遅延増大
その後、少女が「おかえりなさい」と呟いたことも――男が短く「おう」と返したことも、鳥たちだけが知っていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい! ほんの出来心だったんです! この機会を利用すれば、あわよくばメインヒロインに成り代われると……魔がさしてしまったんです!」Xing霸 性霸2000
「……いたずらわんこには、おしおきです」
「きゃいん、きゃいん! レモンは勘弁してください!」
『佐山貴大は淫欲の獣である』と、貴大本人に吹き込んだゴルディは、何でも屋〈フリーライフ〉の店先で縛り上げられて、頬にレモンをこすりつけられていた。
「匂いが! 匂いが苦手なんです! それに、ああっ! すっぱい! とてもすっぱいです! 犬は、すっぱいのはダメなんです!」
「……おしおきです」
「きゃいーん!」
怒り心頭のユミエルは、スライスしたレモンを容赦なくゴルディの口に放り込んでいく。キュッとすぼまる犬獣人の少女の口に、ねじ込むかのようにレモン、レモン、レモンのスライス。
情状酌量の余地はない。情け容赦も必要ない。だが、ここまで凄惨極まる拷問を、果たして一個人が執行していいものなのか。
神は答えない。警邏隊は目を逸らした。罪人たるゴルディは、ユミエルが二個目のレモンに手をかけた時、とうとう意識を失った。
やり切れない思いを消化できずに、ユミエルは黙って空を見上げる。
晩秋のグランフェリアの空は変わらない。貴大が遺跡調査に出かける前と、何一つ変わることがない。この街の空は、今日も青い。
なのになぜ、自分はこんなにも変わってしまったのだろうと、ユミエルは思う。心は曇天、体は鈍い。いつもは波立たない感情も、日に日に激しさを増しているように感じる。
たった一人、貴大の記憶がなくなっただけで、どうして自分はこんなにも駄目になってしまうのか。
「……これでは、ご主人さまを叱れませんね」
ユミエルは、気絶したゴルディの縄を解き、彼女の額にレモンのスライスを貼り付けて、家の中へと戻って行った。
記憶回復に効果があると思われた『おしおき』は、実のところ何の成果も見せないままに終わっていた。
苦痛を感じる一瞬は、元の貴大のような口調に戻るのだが――だからといって、永遠に責め苛んでしまえば、貴大は三日も待たずに新たな世界を開眼してしまうだろう。
そもそも、一瞬だけでは、記憶が戻ったのかどうかも定かではない。ユミエルは、あざの残る貴大の尻に湿布を貼りながら、『おしおき』による治療案を破棄することを決めた。
悩んでは、振り出しに戻り、悔やんでは、振り出しに戻る。迷ってばかりの一週間だったと、ユミエルは思う。対処に困り、動き出すことに怯え、何度も何度も失敗を繰り返した七日間。
(……このような時、ご主人さまならどうしていただろう)
きっと、とうの昔に解決していたに違いない。
迷いなく動き、体当たりでぶつかっていき、最終的には最良の結果をもぎ取ってしまう。それが佐山貴大という人物だったと、ユミエルは思い返していた。
それに比べて、自分はどうだ。主人に追従するばかりで、全く主体性を持たない女。貴大がいなければ、何もできない女ではないか。
貴大の役に立とうという気持ちだけは立派で、そこには行動が伴っていない。貴大はユミエルの窮地を助けることができるけれど、ユミエルにはその逆ができない。
現に、主人が記憶を取り戻したいと言っているのに、自分は何もできずにいる。それがユミエルにはたまらなく悔しかった。非力な自分が惨めに感じられた。
「……私は、無力」
だから、せめて貴大を救う『核』になろうと思った。
「古今東西、記憶喪失から回復した例はいくらでもある。が、未だに治療法は確立されていない。あえて述べれば、ショック療法、催眠療法などがあるが、どれも確実性はない。そのように、治療法も曖昧な記憶喪失だが、時間やきっかけが重要だということは、広く認められているね」
「……時間と、『きっかけ』ですか」
エルゥの知識を吸収した。WENICKMANペニス増大
「先生のことは、私も気にかけていました。いいでしょう、協力は惜しみませんわ」
「……ありがとうございます」
フランソワというパトロンを得た。
「記憶喪失ね。大丈夫。お客さんから話は集めたわ」
「わたしも、集めた!」
「……助かります」
カオルやクルミアたちから話を聞いて、
「祈りや願いは、きっと届く。タカヒロくんの心に、きっと届くよ」
「……はい」
教会では神に祈った。
非力ならば集えばいい。弱いのならば群れればいい。知恵と力を結集し、万難を排する光となればいい。
ユミエルはそう考えた。迷った末に決断し、多くの人々に頭を下げた。
そして、彼女は切り札を手に入れた。
夜のフリーライフの廊下を、一人の少女が歩いていた。水色の髪を魔導ランプの光で煌めかせる彼女の名は、ユミエル。
妖精種の少女であり、何でも屋〈フリーライフ〉の住み込み家政婦であり――今宵は、男心を惑わす月の化身でもあった。
思い出。貴大に買われた日の記憶。髪が長かった頃の自分。
思い出。初めてメイド服を着た日の記憶。真っ白なエプロンを汚すまいと頑張った自分。
思い出。主人を元気づけようとした日の記憶。様々な衣装を進んで着込んだ自分。
思い出。みんなで海に行った日の記憶。サバイバルな日々に適応していた自分。
全ての思い出の中に、貴大の姿があった。十三歳の冬から始まったユミエルの人生には、常に貴大が寄り添っていた。
逆も然り。貴大の近くにはユミエルがいた。貴大の日常には、誰よりそばにユミエルがいた。
ユミエルは、その思い出を結集させた。細い糸を何本も束ね、貴大とユミエルの絆を確かめるきっかけにする。
そのための、今の姿だ。多くの人に支えられ、ユミエルはこの場にこうして立っている。きっかけとなり得る姿で立っている。
廊下を進み、階段を上り、二階の貴大の部屋の前に着く。今更撤退などは許されない。ユミエルはただ、前進あるのみ。
「……ご主人さま、失礼いたします」
一声かけてから、ドアを開ける。procomil spray
そして、ユミエルは間髪入れず、熟考した策を実行した。
「……ご主人さま。貴方のユミエルですにゃん」
思い出! 思い出の爆発である。
今、貴大の部屋に立っている少女は、その大部分が思い出で構成されている。
髪は出会ったばかりのように長く、服はもちろんメイド服だ。頭の上ではネコミミが揺れ、腰ではゆらりとネコしっぽが主張している。
両手を顔の横にもってくるポーズなどは、まさしくあの日のままで――ああ、ああ、それになんということだろう!
透視力を持つ者ならばお分かりになるだろうが、彼女が下着代わりに身に着けているのは、スクール水着である。
まるで夏の日から抜け出たかのような紺色の布地は、しかしメイド服に阻まれて片鱗すら表に出てこない。
だが、それは確かに存在している。目には見えないだけで、ユミエルはスク水を着ている。一つの思い出は、この世に確かに存在しているのだ。
これでもかとばかりに思い出の体現者となったユミエル。
これには貴大もたまらないはずなのだが、
「だ、駄目だよ、ルートゥーちゃん。女の子が男のベッドに潜り込んじゃ。それも、そんなスケスケの下着で」
「よくないことはない。我はタカヒロの婚約者だ。同衾することに何の咎があろうか」
「世間ではそれを婚前交渉って……うっ!?」
「とは言っても、体は正直なものだな。ほうら、タカヒロのタカヒロは、こんなにも元気ではないか」
「だ、駄目だって。ユミエルちゃんに見つかっちゃう」
「メイドに配慮していては、子作りなどできんぞ。さあ、熱き交わりの中で、己を取り戻すのだ、タカヒロ!」
「あっ、あ、ああっ!」
あいにく、貴大には先客がいたようだった。
ベッドの上では、パンツを脱がされかけた貴大と、シースルーの黒いネグリジェ姿のルートゥーが、これでもかとばかりにいちゃいちゃしている。
奴隷商の下にいた時のような目でその光景を眺めていたユミエルは、ふと、指を鳴らして、個人収納空間から大きなハンマーを取り出した。
そしてそれを、躊躇なくベッドに振り下ろした。
「「どわーっ!?」」
巻き起こる爆風にはじき出されて、半裸の男女が床に転がる。西班牙蒼蝿水
「あいたたた……一体、何が」
「ひっ!?」
貴大とルートゥーが『それ』に気がついた時、二人の体は同時に硬直した。
ユミエルを取り巻く空間から次々と姿を現す凶器たち。鞭、ナイフ、鉄球、フレイル、湯飲み茶わん。見てくれからして物騒極まりないおしおき道具は、ごとり、ごとりと鈍い音を立てて床に落下する。
それで打ち止めか? と、貴大らが淡い期待を抱いた瞬間、ユミエルの体は【スパーク・ボルト】の電光で光り始めた。紫電に操られ、おしおき道具がふわりと宙を浮く。
「見覚えが! 何だか見覚えが!!」
それもそのはず、ユミエル愛用のおしおき道具は、どれもその身で受けたものだ。言うなれば、これも思い出の品々。体に刻まれた痛みが、貴大の頭を大きく揺さぶった。
「あっ、あつっ――! ……はっ!? お、思い出した! 俺は全てを思い出したぞーっ!」
防衛本能が、万全の状態でなければ、この場で生き残れないと判断したのだろう。いともあっさりと記憶を取り戻した貴大に――しかし、与えられたのは冷たい鉄球だけだった。
「ひっ!? ま、待て、ユミィ! 思い出したんだ! 俺は全てを思い出したんだ!」
「……そうですか」
「ぬああああっ!? なのに、なんで鉄球を持ち上げるーっ!?」
「……何ででしょうね」
悪鬼にも似たユミエルの気迫に、ルートゥーは昨晩の出来事を思い出して気を失った。貴大もいっそのこと気を失いたかったが、無防備になった瞬間、何をされるかを考えると、安易な逃げ道には飛び込めなかった。
「ひーっ!」
「……ご主人さま。貴方のユミエルですにゃん」
「怖い! 無表情なネコミミメイドが怖い!」
こうして、記憶を取り戻した貴大は、思い出の集合体と夜通しの鬼ごっこを演じることとなる。
敗走に次ぐ敗走。わずかな安息と突然の奇襲。サーチアンドデストロイ。
グランフェリアを舞台とした死闘をどちらが制したのかは、誰も見ていない。ただ、夜明けの白光に照らされた何でも屋〈フリーライフ〉の屋上で、一組の男女が仰向けに倒れているのを、鳥たちが黙って見つめていた。西班牙蒼蝿水口服液+遅延増大
その後、少女が「おかえりなさい」と呟いたことも――男が短く「おう」と返したことも、鳥たちだけが知っていた。
2014年6月19日星期四
十字砲火
「すごい数だな」
矢と雷が降り注ぐ川を突っ切って、無数の白い影が迫り来る。
かなりの数を沈めているはずだが、敵はそれが気にならないだけの膨大な兵数を有しているのを改めて実感する。OB蛋白の繊型曲痩 Ⅲ
「ねぇ、本当にあれを――止められるの?」
俺の隣で雷矢ライン・サギタを何本も束ねて一気に空へと放つイリーナさんが問いかけてくる。
その声には期待半分疑問半分、といったところだ。
「大丈夫だ、必ず止められる」
今は敵が射程範囲内に来るのを静かに待つ。
「俺のせか――故郷では、コレの所為で戦いのあり方が変わった、歩兵の正面突撃を完全に防ぐことが出来る」
はずだ、とは言わなかった、この期に及んでそんな曖昧な台詞言えるワケが無い。
「本当にできるのかどうかは、どうせあと少しで分かるんだ」
「そうですね、楽しみにしています――よっ!」
敵はあと数十メートルほどで完全に川を渡りきる、というところまできている。
ここまで引き寄せれば、もう十分だろう。
「魔弾バレット・アーツ――」
漆黒のタクト『ブラックバリスタ・レプリカ』を手に、その先端を真っ直ぐ十字軍へと向ける。
圧縮された黒色魔力が爆ぜる時を待ちわびる、すでに身の内には‘装填’済みの弾丸が幾千幾万。
そして敵はついに踏み込む、黒き弾丸の飛び交う殺戮地帯キルゾーンへ。
全ての弾に、敵を撃つ必殺の意思と憎悪を乗せて、死に逝く彼らに手向けるのはただ恨みを篭めた皮肉の言葉。
「ようこそアルザスへ、歓迎するぜ――掃射ガトリングバースト」
「منع صخرة حجر كبير جدار لحماية――巨石大盾テラ・アルマシルドっ!!」
殺意を感じるさらにその前、直感的に危険を察したノールズの脳内に警鐘が鳴り響く。
今まで幾度と無くその直感によって危機を切り抜け、生き残ってきた彼は本能の命じるままに行動、この場合は身を守るべく中級防御魔法を即座に展開した。
川底から硬質な石で形勢された岩の大盾が突き出し、大柄なノールズの全身を隠す。
その直後に感じる殺気と同時に響いたのは爆音、炸裂音、破壊音――そして、絶叫。
「な、なんだっ!?」
硬い‘何か’が幾つも飛来し、岩の大盾を叩く。
岩肌がガリガリと削られていくのを感じながらノールズは叫ぶが、その声に応える者は一人として居ない。
つい先ほどまで自分のすぐ横を着いてきていた部下は、すでに物言わぬ骸となって倒れ伏している。
彼だけでは無い、兵の死体は2つ、3つ、4つ――僅か数秒の間にその数を加速度的に増やしてゆく。
ノールズは小さな黒い弾が無数に飛び交っていることにようやく気づく。
その常人には視認する事も困難な高速で飛来する弾丸が、黒い軌跡を描きながら兵の体を容赦なく穿ち、当たり所によってはたったの一発であっさりと命を刈り取る。
「これは闇属性の魔法――いや、それともこれが邪神の加護によって発動する黒魔法なのか!?」
大盾から僅かに顔を覗かせ、謎の弾丸攻撃を続けているだろう前方を注視する。
彼の目には、柵の両端からギャリギャリと規則的な発射音を響かせて、渡河をする兵達に向かって弾丸を撃ちまくる真っ黒い二つの人影が映った。
(そうか、アレがキルヴァンの部隊を壊滅に追いやった‘悪魔’の正体かっ!)
事実はどうであれ、少なくともノールズにとっては黒いローブを纏った黒髪黒目に凶悪な顔つきの男とそのまま髑髏の顔を晒す二人の姿は、これ以上ないと言うほど邪悪な化身のイメージを体現したものに思われた。
だが驚くべきなのはそんな凶悪な容貌では無く、瞬く間に死体の山を築き上げる脅威の黒魔法である。
男の方はタクトから、髑髏の方は見た事の無い細長い鉄の筒から、それぞれ弾丸を発射しているのをノールズは確認する。
(逃げ帰った兵の言っていたことは真実だったのか、まさか、本当に即死級の威力を持つ攻撃魔法を連発できるとは……)
無数に飛んでくる小さな黒い弾丸、その一発一発が難なくチェインメイルを貫き致命傷を与える。
イルズ村から帰還したキルヴァン隊の生き残りは確かにそう証言していた、だが、ノールズは『ただ凄腕の冒険者が一人いる』という程度の認識しか持たなかった。V26 即効ダイエット
特に‘悪魔’への対策を立てなかったことに対して後悔はするものの、それは後回しにしてノールズは戦闘へ集中するべく頭を切り替える。
「منع جدار حجر كبير لحماية――石壁テラ・デファン!」
遮蔽物の一切無いこの場であの黒い弾丸の嵐に立ち向かうのは危険すぎる、ノールズは下級だが最も広い範囲を防ぐことの出来る防御魔法を発動させる。
川底を突き上げて石の壁が形成されるが、巨石大盾テラ・アルマシルドに比べればかなり薄く、完全に身の安全を保証できるほどの防御力は発揮できない。
(魔術士部隊を渡河させなかったのが裏目に出たか、俺一人では兵を守りきれん)
何人もの兵達が我先にと石壁テラ・デファンの元へと駆け寄る、だがいくら優秀とはいえ所詮は一人、カバーできる範囲はたかが知れている。
石壁に向かう途中で倒れる者、そもそも石壁から遠い者、あるいは石壁に身を隠しても運悪く弾が貫通し被弾する者、死傷者の数の低下には歯止めがかからない。
(防御する手段がない以上、歩みを止めるのは逆に被害を増やすだけだ、ここはさらなる犠牲を覚悟して突撃を敢行するより他は無いっ!)
「怯むなっ! 突撃っ! 突撃ぃ!!
数は圧倒的にこちらが有利なのだっ! 一気にカタをつけろっ!!」
声を張り上げてノールズは突撃指令を再び発する。
兵達とてすでに死地へ飛び込み覚悟を決めている、どうせ退くことなど出来ないのなら、前へ進む意外に活路は無いと理解する。
「うおぉおお! 突撃だぁ!」
「あの黒い悪魔を狙えっ!」
「そうだ、アレを殺れば勝てるっ!!」
「悪魔を殺せっ!」
「神の名の下にっ!」
「魔族を殺せ! 悪魔を殺せ!!」
弾丸に倒れた仲間の屍を踏み越えて、十字軍兵士は声を挙げて前進する。
「そうだっ! 進めぇ!!」
ノールズは突撃を実行する兵達を確認し、自身も行こうと覚悟を決める。
「تجنب الثابت، هيئة قوية لحماية――防御強化プロテク・ブースト」
最低限の防御力強化を施し、いざ大盾を出て突撃しようとした瞬間、
ズガンっ!
大盾を巨大な何かが貫き、その衝撃でノールズは後方へ大きく吹き飛ばされた。
「ぐはぁあっ!!」
朦朧とする意識の中、彼の視界には巨石大盾テラ・アルマシルドを貫通する二本の黒い丸太と、その向こうに発射元だと思われる‘装置’を確かに見た。
「穹砲バリスタだと……何故、あんなモノまで……」
「司祭様っ!」
「司祭様がやられたっ!?」
兵達の声がノールズにはやけに遠く感じる。
「う、うろたえるな、俺は無事だ……」
二人の兵士が自分を支えていると理解できるが、視界は泥酔したようにぐるぐると歪んで回っている為に、顔まではっきり認識できない。
「俺に構うな、行け、退却は許さん、ぞ――」
ノールズは途切れそうな意識の最中、見上げた晴天に幾つもの陰が、その歪んだ視界の中でもはっきりと見えた。
「――天馬騎士部隊が来たか、これで、勝てる……」
ニヤリと口元に笑みを浮かべたノールズは、そこで自分の意識を手放した。
地上から突撃する歩兵の大軍団と空から攻撃を仕掛ける天馬騎士部隊、この二つが揃った今、悪魔の守るアルザス村の防衛線は確実に陥落する。福潤宝
ノールズはこの瞬間も、そのように勝利を確信していた。
「凄いっ! コイツはどエライ武器やでぇホンマ!!」
台車に備え付けられた大型の機関銃を握り、モズルンは興奮気味に弾を撃ちまくる。
漆黒のローブに髑髏の素顔と正しく死神の風貌、そして今この時大量の人間の命を奪っている状況も死神と呼ぶに相応しい。
「そらそら! 海の向こうから遥々死ににやって来てご苦労さんっ!!」
ヒャッハー! という声が聞こえんばかりのハイな様子だけは死神のイメージにはそぐわなかった。
だが操作する機関銃は死神が手にする鎌の如く必殺の威力を誇り、また闇魔術士である彼でなければ使用できないのであった。
クロノはシモンと出会ったその日の内に機関銃の作成を依頼した、だが、この科学技術も機械工業も発展していない異世界において、地球に存在する機関銃と同じものが造れるはずがない。
クロノが欲しかったのは『魔弾バレットアーツ』の代用魔法、火薬で弾丸を飛ばすのではなく魔法で弾丸を飛ばす、そういう武器を作ってほしかった。
つまるところ、コレは機関銃のような形をした魔法の長杖スタッフであり、この異世界での『銃』がそもそもこういったタイプなのだ。
外観はグリップのついた長方形の細長い箱から銃身である鋼鉄の筒が飛び出ているだけと、本物の機関銃を知るクロノからすればえらく不恰好ではある。
だがその内部はクロノの『魔弾バレットアーツ』の術式を模倣した魔法が組み込まれ、現実に弾丸の連射を可能としている。
そしてこの機関銃に組み込まれた術式を使用できるのは、クロノの黒魔法に最も近い系統の闇魔術士であるモズルンだけなのだ。
「むっ! アカン、もう銃身が焼きついてもうた、早う交換したってや!!」
「「はいっ!」」
二人のゴブリンが即座に機関銃の銃身交換を開始する。
この日の為に何度も練習してきたお陰で、流れるような動作でスムーズに交換作業を行っている。
そもそもこの魔法式機関銃の設計思想は、‘術式を物質でカバーする’ことである。
例えば現在交換中である銃身は、弾丸の発射方向、弾道の安定、といった効果を受け持っている。
魔法で弾丸の発射を実現しようと思えば、こういった部分も自分の魔力と集中力を使い、術式として構成しなければならない。
このように銃身という‘物質’を用意することで必要な術式を削っているのだ。
魔術士の武器である『杖』は、‘物質’では無くあらかじめ術式を刻んでおくことで、術者の負担を軽減しているタイプもある、この機関銃は正にそれと同じ効果を持っているといってよい。
クロノの『魔弾バレットアーツ』はそもそも銃のイメージを元に作り出された魔法である、逆にある程度銃の‘カタチ’があれば、大部分の術式を省くことが可能であった。
この機関銃の発射に必要な魔法の効果は‘弾丸の装填’と‘火薬の代わりに銃弾を撃ち出す圧力’この2つである。VIVID XXL
弾丸は直接チェンバー内に『召喚』し、後は火薬の爆発に相当する闇属性による圧力を内部にかければ、弾丸は銃身を通って真っ直ぐ撃ち出されてゆく。
モズルンはこの2つの魔法効果を上手く発揮できているからこそ、クロノと同じく実在の機関銃の如き破壊力と連射を実現させているのだった。
ちなみに、肝心の弾丸を発射する部分を魔法で代用している為、銃のくせにトリガーは無いのであった。
「旦那、ソッチはどうや?」
リリィの精神感応テレパシーは現在、アルザス村正門付近を丸々カバーしている為、この範囲内にいれば自由に意思のやり取りが出来る。
モズルンは何十メートルか離れているクロノに向かって通信した。
「俺はまだ撃ち続けられる、モっさんの方は?」
「弾はあるんやけど、銃身の消耗が思てたより早いわ~この調子やともうそんなにもたんで」
「やっぱり急造品じゃ耐久力に問題があったか。
けど今はそれしかないから仕方無い、使い潰さないよう上手く冷却しながらやってくれ」
「ワシに任せとき! こう見えて節約プレイは得意なんやで!」
あっはっは、といつもの快活な笑い声をクロノは苦笑いで聞いていたに違い無い。
「「銃身交換終わりましたモズルンさんっ!」」
「おしっ! ほんならまた張り切って射撃再開するでぇえ!!」
再び機関銃のグリップを握り、モズルンは怯む事無く押し寄せる大軍勢に向かってフルバーストで掃射を開始した。
圧倒的な数で正面突撃を仕掛ける十字軍、これをギリギリのラインで近寄らせないでいられるのは、正しくクロノとモズルンが行う十字砲火クロスファイアのお陰である。
そもそもの発想は、クロノがイルズ村にてキルヴァン隊を一人で百人近く殺戮した経験によるものだ。
その時は呪鉈の効果によって軽い狂化バサーク状態に陥っていたが、記憶そのものは鮮明に残っている。
クロノが冒険者同盟のリーダーとなり、無い知恵を振り絞って迎撃作戦を考えていた際に、『銃撃』が多数の相手に絶大な効果を発揮することにあらためて気がついたのであった。
たった一人で百人近くの兵を一方的に殺すことが出来たのは、単純に実力の差以上に相性、剣VS銃という圧倒的な武器(魔法)性能があったからであるとクロノは思い至った。
そして考える、自分と同じマシンガンを連発するような、いや、それこそ機関銃を掃射するような攻撃方法をあと一つでも用意できれば、歩兵の突撃に対して圧倒的な効力を挙げる『十字砲火』が可能だと。
十字砲火とは、機関銃などを用いる戦法の一つで、二つの火器から放たれる火線が交差するためクロスファイアと呼ばれ、防御において大きな効果を発揮する戦法である。
この戦法は第一次世界大戦で登場したが、単純に機関銃の威力を発揮した例として、日露戦争における旅順要塞攻略戦がクロノの頭にあった。
そして今、かつて旅順要塞でも繰り広げられたであろう歩兵突撃が一方的に粉砕される光景が、アルザス村防衛線では現実となっていたのだ。
対岸まであと十数メートル、と迫りながら、誰もがその僅かな距離を踏破できない。
川の流れに足をとられ、走る速度が大幅に落ちるこの状況下がさらに対岸までの距離を遠くさせる。
それでも兵士は進み続ける、この黒い弾丸の雨が止むまでは、決して川を越えられない事実を知らずに。挺三天
矢と雷が降り注ぐ川を突っ切って、無数の白い影が迫り来る。
かなりの数を沈めているはずだが、敵はそれが気にならないだけの膨大な兵数を有しているのを改めて実感する。OB蛋白の繊型曲痩 Ⅲ
「ねぇ、本当にあれを――止められるの?」
俺の隣で雷矢ライン・サギタを何本も束ねて一気に空へと放つイリーナさんが問いかけてくる。
その声には期待半分疑問半分、といったところだ。
「大丈夫だ、必ず止められる」
今は敵が射程範囲内に来るのを静かに待つ。
「俺のせか――故郷では、コレの所為で戦いのあり方が変わった、歩兵の正面突撃を完全に防ぐことが出来る」
はずだ、とは言わなかった、この期に及んでそんな曖昧な台詞言えるワケが無い。
「本当にできるのかどうかは、どうせあと少しで分かるんだ」
「そうですね、楽しみにしています――よっ!」
敵はあと数十メートルほどで完全に川を渡りきる、というところまできている。
ここまで引き寄せれば、もう十分だろう。
「魔弾バレット・アーツ――」
漆黒のタクト『ブラックバリスタ・レプリカ』を手に、その先端を真っ直ぐ十字軍へと向ける。
圧縮された黒色魔力が爆ぜる時を待ちわびる、すでに身の内には‘装填’済みの弾丸が幾千幾万。
そして敵はついに踏み込む、黒き弾丸の飛び交う殺戮地帯キルゾーンへ。
全ての弾に、敵を撃つ必殺の意思と憎悪を乗せて、死に逝く彼らに手向けるのはただ恨みを篭めた皮肉の言葉。
「ようこそアルザスへ、歓迎するぜ――掃射ガトリングバースト」
「منع صخرة حجر كبير جدار لحماية――巨石大盾テラ・アルマシルドっ!!」
殺意を感じるさらにその前、直感的に危険を察したノールズの脳内に警鐘が鳴り響く。
今まで幾度と無くその直感によって危機を切り抜け、生き残ってきた彼は本能の命じるままに行動、この場合は身を守るべく中級防御魔法を即座に展開した。
川底から硬質な石で形勢された岩の大盾が突き出し、大柄なノールズの全身を隠す。
その直後に感じる殺気と同時に響いたのは爆音、炸裂音、破壊音――そして、絶叫。
「な、なんだっ!?」
硬い‘何か’が幾つも飛来し、岩の大盾を叩く。
岩肌がガリガリと削られていくのを感じながらノールズは叫ぶが、その声に応える者は一人として居ない。
つい先ほどまで自分のすぐ横を着いてきていた部下は、すでに物言わぬ骸となって倒れ伏している。
彼だけでは無い、兵の死体は2つ、3つ、4つ――僅か数秒の間にその数を加速度的に増やしてゆく。
ノールズは小さな黒い弾が無数に飛び交っていることにようやく気づく。
その常人には視認する事も困難な高速で飛来する弾丸が、黒い軌跡を描きながら兵の体を容赦なく穿ち、当たり所によってはたったの一発であっさりと命を刈り取る。
「これは闇属性の魔法――いや、それともこれが邪神の加護によって発動する黒魔法なのか!?」
大盾から僅かに顔を覗かせ、謎の弾丸攻撃を続けているだろう前方を注視する。
彼の目には、柵の両端からギャリギャリと規則的な発射音を響かせて、渡河をする兵達に向かって弾丸を撃ちまくる真っ黒い二つの人影が映った。
(そうか、アレがキルヴァンの部隊を壊滅に追いやった‘悪魔’の正体かっ!)
事実はどうであれ、少なくともノールズにとっては黒いローブを纏った黒髪黒目に凶悪な顔つきの男とそのまま髑髏の顔を晒す二人の姿は、これ以上ないと言うほど邪悪な化身のイメージを体現したものに思われた。
だが驚くべきなのはそんな凶悪な容貌では無く、瞬く間に死体の山を築き上げる脅威の黒魔法である。
男の方はタクトから、髑髏の方は見た事の無い細長い鉄の筒から、それぞれ弾丸を発射しているのをノールズは確認する。
(逃げ帰った兵の言っていたことは真実だったのか、まさか、本当に即死級の威力を持つ攻撃魔法を連発できるとは……)
無数に飛んでくる小さな黒い弾丸、その一発一発が難なくチェインメイルを貫き致命傷を与える。
イルズ村から帰還したキルヴァン隊の生き残りは確かにそう証言していた、だが、ノールズは『ただ凄腕の冒険者が一人いる』という程度の認識しか持たなかった。V26 即効ダイエット
特に‘悪魔’への対策を立てなかったことに対して後悔はするものの、それは後回しにしてノールズは戦闘へ集中するべく頭を切り替える。
「منع جدار حجر كبير لحماية――石壁テラ・デファン!」
遮蔽物の一切無いこの場であの黒い弾丸の嵐に立ち向かうのは危険すぎる、ノールズは下級だが最も広い範囲を防ぐことの出来る防御魔法を発動させる。
川底を突き上げて石の壁が形成されるが、巨石大盾テラ・アルマシルドに比べればかなり薄く、完全に身の安全を保証できるほどの防御力は発揮できない。
(魔術士部隊を渡河させなかったのが裏目に出たか、俺一人では兵を守りきれん)
何人もの兵達が我先にと石壁テラ・デファンの元へと駆け寄る、だがいくら優秀とはいえ所詮は一人、カバーできる範囲はたかが知れている。
石壁に向かう途中で倒れる者、そもそも石壁から遠い者、あるいは石壁に身を隠しても運悪く弾が貫通し被弾する者、死傷者の数の低下には歯止めがかからない。
(防御する手段がない以上、歩みを止めるのは逆に被害を増やすだけだ、ここはさらなる犠牲を覚悟して突撃を敢行するより他は無いっ!)
「怯むなっ! 突撃っ! 突撃ぃ!!
数は圧倒的にこちらが有利なのだっ! 一気にカタをつけろっ!!」
声を張り上げてノールズは突撃指令を再び発する。
兵達とてすでに死地へ飛び込み覚悟を決めている、どうせ退くことなど出来ないのなら、前へ進む意外に活路は無いと理解する。
「うおぉおお! 突撃だぁ!」
「あの黒い悪魔を狙えっ!」
「そうだ、アレを殺れば勝てるっ!!」
「悪魔を殺せっ!」
「神の名の下にっ!」
「魔族を殺せ! 悪魔を殺せ!!」
弾丸に倒れた仲間の屍を踏み越えて、十字軍兵士は声を挙げて前進する。
「そうだっ! 進めぇ!!」
ノールズは突撃を実行する兵達を確認し、自身も行こうと覚悟を決める。
「تجنب الثابت، هيئة قوية لحماية――防御強化プロテク・ブースト」
最低限の防御力強化を施し、いざ大盾を出て突撃しようとした瞬間、
ズガンっ!
大盾を巨大な何かが貫き、その衝撃でノールズは後方へ大きく吹き飛ばされた。
「ぐはぁあっ!!」
朦朧とする意識の中、彼の視界には巨石大盾テラ・アルマシルドを貫通する二本の黒い丸太と、その向こうに発射元だと思われる‘装置’を確かに見た。
「穹砲バリスタだと……何故、あんなモノまで……」
「司祭様っ!」
「司祭様がやられたっ!?」
兵達の声がノールズにはやけに遠く感じる。
「う、うろたえるな、俺は無事だ……」
二人の兵士が自分を支えていると理解できるが、視界は泥酔したようにぐるぐると歪んで回っている為に、顔まではっきり認識できない。
「俺に構うな、行け、退却は許さん、ぞ――」
ノールズは途切れそうな意識の最中、見上げた晴天に幾つもの陰が、その歪んだ視界の中でもはっきりと見えた。
「――天馬騎士部隊が来たか、これで、勝てる……」
ニヤリと口元に笑みを浮かべたノールズは、そこで自分の意識を手放した。
地上から突撃する歩兵の大軍団と空から攻撃を仕掛ける天馬騎士部隊、この二つが揃った今、悪魔の守るアルザス村の防衛線は確実に陥落する。福潤宝
ノールズはこの瞬間も、そのように勝利を確信していた。
「凄いっ! コイツはどエライ武器やでぇホンマ!!」
台車に備え付けられた大型の機関銃を握り、モズルンは興奮気味に弾を撃ちまくる。
漆黒のローブに髑髏の素顔と正しく死神の風貌、そして今この時大量の人間の命を奪っている状況も死神と呼ぶに相応しい。
「そらそら! 海の向こうから遥々死ににやって来てご苦労さんっ!!」
ヒャッハー! という声が聞こえんばかりのハイな様子だけは死神のイメージにはそぐわなかった。
だが操作する機関銃は死神が手にする鎌の如く必殺の威力を誇り、また闇魔術士である彼でなければ使用できないのであった。
クロノはシモンと出会ったその日の内に機関銃の作成を依頼した、だが、この科学技術も機械工業も発展していない異世界において、地球に存在する機関銃と同じものが造れるはずがない。
クロノが欲しかったのは『魔弾バレットアーツ』の代用魔法、火薬で弾丸を飛ばすのではなく魔法で弾丸を飛ばす、そういう武器を作ってほしかった。
つまるところ、コレは機関銃のような形をした魔法の長杖スタッフであり、この異世界での『銃』がそもそもこういったタイプなのだ。
外観はグリップのついた長方形の細長い箱から銃身である鋼鉄の筒が飛び出ているだけと、本物の機関銃を知るクロノからすればえらく不恰好ではある。
だがその内部はクロノの『魔弾バレットアーツ』の術式を模倣した魔法が組み込まれ、現実に弾丸の連射を可能としている。
そしてこの機関銃に組み込まれた術式を使用できるのは、クロノの黒魔法に最も近い系統の闇魔術士であるモズルンだけなのだ。
「むっ! アカン、もう銃身が焼きついてもうた、早う交換したってや!!」
「「はいっ!」」
二人のゴブリンが即座に機関銃の銃身交換を開始する。
この日の為に何度も練習してきたお陰で、流れるような動作でスムーズに交換作業を行っている。
そもそもこの魔法式機関銃の設計思想は、‘術式を物質でカバーする’ことである。
例えば現在交換中である銃身は、弾丸の発射方向、弾道の安定、といった効果を受け持っている。
魔法で弾丸の発射を実現しようと思えば、こういった部分も自分の魔力と集中力を使い、術式として構成しなければならない。
このように銃身という‘物質’を用意することで必要な術式を削っているのだ。
魔術士の武器である『杖』は、‘物質’では無くあらかじめ術式を刻んでおくことで、術者の負担を軽減しているタイプもある、この機関銃は正にそれと同じ効果を持っているといってよい。
クロノの『魔弾バレットアーツ』はそもそも銃のイメージを元に作り出された魔法である、逆にある程度銃の‘カタチ’があれば、大部分の術式を省くことが可能であった。
この機関銃の発射に必要な魔法の効果は‘弾丸の装填’と‘火薬の代わりに銃弾を撃ち出す圧力’この2つである。VIVID XXL
弾丸は直接チェンバー内に『召喚』し、後は火薬の爆発に相当する闇属性による圧力を内部にかければ、弾丸は銃身を通って真っ直ぐ撃ち出されてゆく。
モズルンはこの2つの魔法効果を上手く発揮できているからこそ、クロノと同じく実在の機関銃の如き破壊力と連射を実現させているのだった。
ちなみに、肝心の弾丸を発射する部分を魔法で代用している為、銃のくせにトリガーは無いのであった。
「旦那、ソッチはどうや?」
リリィの精神感応テレパシーは現在、アルザス村正門付近を丸々カバーしている為、この範囲内にいれば自由に意思のやり取りが出来る。
モズルンは何十メートルか離れているクロノに向かって通信した。
「俺はまだ撃ち続けられる、モっさんの方は?」
「弾はあるんやけど、銃身の消耗が思てたより早いわ~この調子やともうそんなにもたんで」
「やっぱり急造品じゃ耐久力に問題があったか。
けど今はそれしかないから仕方無い、使い潰さないよう上手く冷却しながらやってくれ」
「ワシに任せとき! こう見えて節約プレイは得意なんやで!」
あっはっは、といつもの快活な笑い声をクロノは苦笑いで聞いていたに違い無い。
「「銃身交換終わりましたモズルンさんっ!」」
「おしっ! ほんならまた張り切って射撃再開するでぇえ!!」
再び機関銃のグリップを握り、モズルンは怯む事無く押し寄せる大軍勢に向かってフルバーストで掃射を開始した。
圧倒的な数で正面突撃を仕掛ける十字軍、これをギリギリのラインで近寄らせないでいられるのは、正しくクロノとモズルンが行う十字砲火クロスファイアのお陰である。
そもそもの発想は、クロノがイルズ村にてキルヴァン隊を一人で百人近く殺戮した経験によるものだ。
その時は呪鉈の効果によって軽い狂化バサーク状態に陥っていたが、記憶そのものは鮮明に残っている。
クロノが冒険者同盟のリーダーとなり、無い知恵を振り絞って迎撃作戦を考えていた際に、『銃撃』が多数の相手に絶大な効果を発揮することにあらためて気がついたのであった。
たった一人で百人近くの兵を一方的に殺すことが出来たのは、単純に実力の差以上に相性、剣VS銃という圧倒的な武器(魔法)性能があったからであるとクロノは思い至った。
そして考える、自分と同じマシンガンを連発するような、いや、それこそ機関銃を掃射するような攻撃方法をあと一つでも用意できれば、歩兵の突撃に対して圧倒的な効力を挙げる『十字砲火』が可能だと。
十字砲火とは、機関銃などを用いる戦法の一つで、二つの火器から放たれる火線が交差するためクロスファイアと呼ばれ、防御において大きな効果を発揮する戦法である。
この戦法は第一次世界大戦で登場したが、単純に機関銃の威力を発揮した例として、日露戦争における旅順要塞攻略戦がクロノの頭にあった。
そして今、かつて旅順要塞でも繰り広げられたであろう歩兵突撃が一方的に粉砕される光景が、アルザス村防衛線では現実となっていたのだ。
対岸まであと十数メートル、と迫りながら、誰もがその僅かな距離を踏破できない。
川の流れに足をとられ、走る速度が大幅に落ちるこの状況下がさらに対岸までの距離を遠くさせる。
それでも兵士は進み続ける、この黒い弾丸の雨が止むまでは、決して川を越えられない事実を知らずに。挺三天
2014年6月18日星期三
最悪の出会い
俺の顔面にローファーの硬い靴底を向けて飛んでくるのは、小柄な女子生徒だった。
燃えるように鮮やかな赤髪の長いツインテールと赤マントが飛んだ勢いでなびき、猫のように可愛らしい金色の瞳には、猛然と怒りの色が宿っている。巨根
体勢からいって短いスカートが捲れ上がっているが、どうやらスパッツのような下穿きを身につけており、盛大なパンチラを晒すという恥かしい事態にはなっていない。
首の骨をへし折る必殺の気概でもって繰り出された飛び蹴りを放つ幹部候補生の少女に、俺は全く見覚えが無い。
つまり、このまま飛び蹴りを受けてやる理由も義理も無いのだ。
台詞から察するに、恐らく俺がネルさんに対して狼藉を働いたと勘違いしていると思われるのだが、うーむ、あと三秒あればこの際どい体勢を解除できたというのに、なんと間の悪い。
とりあえず、今は真っ直ぐ突っ込んでくるロケットガールを止めなければならない。
彼女の体はすでに宙を舞っており、俺の顔面へ着弾するまでの猶予は一秒以下。
これがクエスト中であれば問答無用でカウンターの拳か刃か弾丸を食らわせてやっていたところだが、ここは学校内だし、相手に殺意が感じられるとはいえ、ただ誤解が生じているだけの、話せば分かり合える状況だ。
出来れば無傷で、かつ痛くない方法で彼女を止めたい。
大人しく黒盾シールドで防御か、と思うが、こうも見事なキックを繰り出す少女だ、一撃目を防いだところで追撃がくるに違い無い。
ならば、拘束した方が手間も省けるというものか。
「影触手アンカーハンド」
対応策を決定した俺は、時間も押しているので即座に行動開始。
今は見習いローブを着てないが、リリィがプレゼントしてくれた呪いのグローブである『黒髪呪縛「棺」』はしっかり装着している。
これが無ければ刹那の間に触手を形成することも、精密に操作することも出来なかっただろう。
意外なところで役に立ってくれたなと思っていると、頭の奥のほうで「ご主人様~」とちょっと嬉しそうな声が響いてきた。
「きゃあっ! な、なにコレっ!?」
そんなわけで、着弾直前の少女型ミサイルを寸でのところで捕縛することに成功したのである。
俺がかざした右手からは幾本もの黒い触手が伸びており、少女をネットで捕らえたように絡みつかせている。
飛び込んできた衝撃を完全に相殺して受け止めた後、触手の拘束はそのままに、両足で立てるように床へ降ろした。
「い、イヤぁ! 気持ち悪いっ! は、離しなさいよ変態モルジュラ男!」
「待ってくれ、先に攻撃を仕掛けたのはそっちだろう、それに君は誤解をしている」
「離して、早く離してよっ! ネルだけじゃなくて私まで辱めようっての! 私にこんなことしてどうなるか分かってんでしょうね!!」
ダメだこの娘、完全に頭に血が上って俺の話を聞くどころじゃない。狼一号
さらに拙いことに、彼女がヒステリックに喚きたてる所為で、学食にいる生徒の全員が俺の方へ注目し始めている。
だからといって、このまま拘束を解いたところで彼女が殴りかかってくるか蹴りかかってくるか、どちらかの行動をとるだろうことは確定的に明らか。
勿論、俺が一時的に冤罪を受け入れて彼女にボコられるのも願い下げだ。
「悪いけど、少し黙っててくれないか」
人差し指をクイと動かすと、俺の意思に連動して少女に絡みつく触手の一本が素早く蠢き、いわれ無き誹謗中傷を叫ぶ口を塞ぐ。
「ん、んんっ、んむぅーーっ!!」
声は止まったが、半分涙目、顔を真っ赤にしてじたばたともがく。
ああ、これは拙い、思ったよりもかなり拙い。
これじゃあ傍から見たら完璧に俺が悪役みたいじゃないか、早々に事態を治めなければ。
そして、それが出来るのは俺では無く、
「ネルさん、あの娘は友達ですか?」
「え、あ、はい!?」
事の成り行きを呆然と見ていたネルさんは、俺の呼びかけでようやく事態を把握してくれたようだ。
「彼女は何か誤解をしてるようなので、言って聞かせてくれませんか」
「あ、そ、そうですね!」
と、それで天使のようなネルさんに説得されて赤髪ツインテ少女の誤解は解け、事態は解決、
「やれやれ、また面倒事起こしやがって」
とは、いかなかった。
その気だるげな台詞が俺の耳に届くと同時に、グローブのお陰でそれなりに強靭なはずの触手が全て切断された感覚が伝わる。
見れば、斬り飛ばされた先から黒い魔力を霧散させてゆく触手の残骸と、それを行ったであろう一人の人物が目の前に立っていた。
「けど、まぁネルとシャルに手を出されたんじゃ、黙ってるワケにはいかねぇか」
ソイツは一度だけ見たことあるだけだが、はっきりと覚えがある。
黒髪赤眼の端正な顔立ち、スラリとした長身に幹部候補生の証である赤いマントを羽織った姿、名前は確かネロ・ユリウス・エルロード。三體牛鞭
隣国アヴァロンの第一王子だ、家系図を信じるならば、あのミアちゃんの子孫ということになっている。
その王子様は表情こそ涼しいものだが、俺に向けられる殺気はシャルとか呼んだ少女とは比べ物にならない。
腰に佩いた剣の柄に手をあてており、一目で日本刀のような形状であることが窺い知れる。
なるほど、抜刀術かなんかで一気に触手を切断したのか、俺がネルさんの方を向いている僅かな間に抜き放ったというのなら、それなりに腕前がありそうだ。
「待ってください、お兄様!?」
一触即発の空気を感じ取ったのか、ネルさんが俺とネロの間に割って入った。
というか、今、お兄様って言ったよな……俺の聞き間違いでなく、その言葉通りの意味なのだとしたら、この人のフルネームはネル・ユリウス・エルロードってことになるのか?
まさか、ネルさんはマジもののお姫さま?
「ネル、その気持ち悪ぃ触手ヤロウから離れろ、斬るのに邪魔だろ」
「だ、ダメです、そんな――」
「安心しろ、半殺しくらいに抑えておいてやるから」
「そういう問題じゃありません!」
うわ、この王子様もそうとうキレてるぞ、もう少し冷静になって欲しいものだ。
いや、俺もリリィがいきなり凶悪な人相の男によって触手で拘束されていれば、これくらい殺気を迸らせてしまうかもしれない、あまり人の事は言えないか。
「私がもう半分殺して、完璧に殺すわ」
「シャルも、少し落ち着いてくださーい!」
触手から解放されたお陰で、お友達の暴走少女も自由の身となってしまった。
なんだか収拾のつき難い状況となってきたが、両手と翼を広げてネルさんが俺を庇うように前に立ってくれているおかげで、シャルと呼ばれた少女が蹴りかかってくることも無いし、兄貴が斬りかかってくることも無い、少なくとも、今すぐには。
ここは一応、弁解の一つでもしておいたほうが良いか。
「落ち着いて、剣を引いてくれませんか? 俺はネルさんが転びそうだったのを助けただけですし、その娘は、えーと、急に飛んできたので」
「お前な、コイツらが誰か分かっててやってんのか? 軽々しく触れていい相手じゃねぇぞ」
そんなこと言われても、ネルさんが王族かもしれないのは今さっき気づいたことだし、この飛び蹴りくれた娘に至っては全く分からない。男宝
まぁ、二人とも幹部候補生ってだけで、やんごとなき家柄の娘さんってのは察しがつくが、だからといって俺の行動は全部不可抗力だろう。
いや、それが許されないのが身分制社会ってヤツなのか……
「知らなかったで済まされる問題じゃあ――」
「やめてくださいお兄様! クロノさんは善意で私を助けてくれたのですよ、それに、シャルだってただの勘違いです、全てドジを引き起こした私が悪いのであって、クロノさんは悪くありません!」
有無を言わさず毅然と俺の無罪を訴えてくれるネルさん、おお、マジで天使だな。
妹の決死の説得に、兄貴として応じるしか無かったのか、ネロは大きく溜息をつくと同時に殺気が消える。
「失せろ、ネルに免じて見逃してやる」
だが、不満ではあるようだ。
正直、ここまで一方的に悪者にされては心中穏やかではいられないが、相手は王族、変に逆らわないほうが身のためだ。
そういえばシモンも幹部候補生には気をつけろと言っていたが、なるほど、こういう事だったか、一つ勉強になった。
ウィルが好意的な接し方をしてくれているお陰で、どこか甘く見ていたところもあったのだろう、うん、やはり偉いヤツに対しては注意しないとダメだな。
「すみませんネルさん、変に迷惑をかけてしまったようですね、俺はこれで行きます」
「いえ、そんな……こちらこそごめんなさい、クロノさん」
シュンとうな垂れるネルさんに、気にしないでというニュアンスの言葉を告げた後、俺はさっさと食堂を後にする事にした。
見逃してくれると言ったネロの言葉通りにこちらがこの場を去るのは少々癪ではあるが、ここはどうしても俺が引かねばならないだろう、一刻も早く。
なぜなら、入り口の方に少女状態で妖精結界オラクルフィールド全開なリリィと、なんか聞き覚えのある魔法の詠唱を口ずさんでいるフィオナの二人が立っているのだから。
「はぁ、情け無いところを見られてしまったな」
そうして、俺は食堂にいる生徒達から好奇の視線を背中へ一心に受けながら、その場を後にした。
とりあえず、リリィとフィオナには食堂で昼食がとれなくなったことを謝って、それから、怒りの矛を治めてくれるよう説得を……VVK
燃えるように鮮やかな赤髪の長いツインテールと赤マントが飛んだ勢いでなびき、猫のように可愛らしい金色の瞳には、猛然と怒りの色が宿っている。巨根
体勢からいって短いスカートが捲れ上がっているが、どうやらスパッツのような下穿きを身につけており、盛大なパンチラを晒すという恥かしい事態にはなっていない。
首の骨をへし折る必殺の気概でもって繰り出された飛び蹴りを放つ幹部候補生の少女に、俺は全く見覚えが無い。
つまり、このまま飛び蹴りを受けてやる理由も義理も無いのだ。
台詞から察するに、恐らく俺がネルさんに対して狼藉を働いたと勘違いしていると思われるのだが、うーむ、あと三秒あればこの際どい体勢を解除できたというのに、なんと間の悪い。
とりあえず、今は真っ直ぐ突っ込んでくるロケットガールを止めなければならない。
彼女の体はすでに宙を舞っており、俺の顔面へ着弾するまでの猶予は一秒以下。
これがクエスト中であれば問答無用でカウンターの拳か刃か弾丸を食らわせてやっていたところだが、ここは学校内だし、相手に殺意が感じられるとはいえ、ただ誤解が生じているだけの、話せば分かり合える状況だ。
出来れば無傷で、かつ痛くない方法で彼女を止めたい。
大人しく黒盾シールドで防御か、と思うが、こうも見事なキックを繰り出す少女だ、一撃目を防いだところで追撃がくるに違い無い。
ならば、拘束した方が手間も省けるというものか。
「影触手アンカーハンド」
対応策を決定した俺は、時間も押しているので即座に行動開始。
今は見習いローブを着てないが、リリィがプレゼントしてくれた呪いのグローブである『黒髪呪縛「棺」』はしっかり装着している。
これが無ければ刹那の間に触手を形成することも、精密に操作することも出来なかっただろう。
意外なところで役に立ってくれたなと思っていると、頭の奥のほうで「ご主人様~」とちょっと嬉しそうな声が響いてきた。
「きゃあっ! な、なにコレっ!?」
そんなわけで、着弾直前の少女型ミサイルを寸でのところで捕縛することに成功したのである。
俺がかざした右手からは幾本もの黒い触手が伸びており、少女をネットで捕らえたように絡みつかせている。
飛び込んできた衝撃を完全に相殺して受け止めた後、触手の拘束はそのままに、両足で立てるように床へ降ろした。
「い、イヤぁ! 気持ち悪いっ! は、離しなさいよ変態モルジュラ男!」
「待ってくれ、先に攻撃を仕掛けたのはそっちだろう、それに君は誤解をしている」
「離して、早く離してよっ! ネルだけじゃなくて私まで辱めようっての! 私にこんなことしてどうなるか分かってんでしょうね!!」
ダメだこの娘、完全に頭に血が上って俺の話を聞くどころじゃない。狼一号
さらに拙いことに、彼女がヒステリックに喚きたてる所為で、学食にいる生徒の全員が俺の方へ注目し始めている。
だからといって、このまま拘束を解いたところで彼女が殴りかかってくるか蹴りかかってくるか、どちらかの行動をとるだろうことは確定的に明らか。
勿論、俺が一時的に冤罪を受け入れて彼女にボコられるのも願い下げだ。
「悪いけど、少し黙っててくれないか」
人差し指をクイと動かすと、俺の意思に連動して少女に絡みつく触手の一本が素早く蠢き、いわれ無き誹謗中傷を叫ぶ口を塞ぐ。
「ん、んんっ、んむぅーーっ!!」
声は止まったが、半分涙目、顔を真っ赤にしてじたばたともがく。
ああ、これは拙い、思ったよりもかなり拙い。
これじゃあ傍から見たら完璧に俺が悪役みたいじゃないか、早々に事態を治めなければ。
そして、それが出来るのは俺では無く、
「ネルさん、あの娘は友達ですか?」
「え、あ、はい!?」
事の成り行きを呆然と見ていたネルさんは、俺の呼びかけでようやく事態を把握してくれたようだ。
「彼女は何か誤解をしてるようなので、言って聞かせてくれませんか」
「あ、そ、そうですね!」
と、それで天使のようなネルさんに説得されて赤髪ツインテ少女の誤解は解け、事態は解決、
「やれやれ、また面倒事起こしやがって」
とは、いかなかった。
その気だるげな台詞が俺の耳に届くと同時に、グローブのお陰でそれなりに強靭なはずの触手が全て切断された感覚が伝わる。
見れば、斬り飛ばされた先から黒い魔力を霧散させてゆく触手の残骸と、それを行ったであろう一人の人物が目の前に立っていた。
「けど、まぁネルとシャルに手を出されたんじゃ、黙ってるワケにはいかねぇか」
ソイツは一度だけ見たことあるだけだが、はっきりと覚えがある。
黒髪赤眼の端正な顔立ち、スラリとした長身に幹部候補生の証である赤いマントを羽織った姿、名前は確かネロ・ユリウス・エルロード。三體牛鞭
隣国アヴァロンの第一王子だ、家系図を信じるならば、あのミアちゃんの子孫ということになっている。
その王子様は表情こそ涼しいものだが、俺に向けられる殺気はシャルとか呼んだ少女とは比べ物にならない。
腰に佩いた剣の柄に手をあてており、一目で日本刀のような形状であることが窺い知れる。
なるほど、抜刀術かなんかで一気に触手を切断したのか、俺がネルさんの方を向いている僅かな間に抜き放ったというのなら、それなりに腕前がありそうだ。
「待ってください、お兄様!?」
一触即発の空気を感じ取ったのか、ネルさんが俺とネロの間に割って入った。
というか、今、お兄様って言ったよな……俺の聞き間違いでなく、その言葉通りの意味なのだとしたら、この人のフルネームはネル・ユリウス・エルロードってことになるのか?
まさか、ネルさんはマジもののお姫さま?
「ネル、その気持ち悪ぃ触手ヤロウから離れろ、斬るのに邪魔だろ」
「だ、ダメです、そんな――」
「安心しろ、半殺しくらいに抑えておいてやるから」
「そういう問題じゃありません!」
うわ、この王子様もそうとうキレてるぞ、もう少し冷静になって欲しいものだ。
いや、俺もリリィがいきなり凶悪な人相の男によって触手で拘束されていれば、これくらい殺気を迸らせてしまうかもしれない、あまり人の事は言えないか。
「私がもう半分殺して、完璧に殺すわ」
「シャルも、少し落ち着いてくださーい!」
触手から解放されたお陰で、お友達の暴走少女も自由の身となってしまった。
なんだか収拾のつき難い状況となってきたが、両手と翼を広げてネルさんが俺を庇うように前に立ってくれているおかげで、シャルと呼ばれた少女が蹴りかかってくることも無いし、兄貴が斬りかかってくることも無い、少なくとも、今すぐには。
ここは一応、弁解の一つでもしておいたほうが良いか。
「落ち着いて、剣を引いてくれませんか? 俺はネルさんが転びそうだったのを助けただけですし、その娘は、えーと、急に飛んできたので」
「お前な、コイツらが誰か分かっててやってんのか? 軽々しく触れていい相手じゃねぇぞ」
そんなこと言われても、ネルさんが王族かもしれないのは今さっき気づいたことだし、この飛び蹴りくれた娘に至っては全く分からない。男宝
まぁ、二人とも幹部候補生ってだけで、やんごとなき家柄の娘さんってのは察しがつくが、だからといって俺の行動は全部不可抗力だろう。
いや、それが許されないのが身分制社会ってヤツなのか……
「知らなかったで済まされる問題じゃあ――」
「やめてくださいお兄様! クロノさんは善意で私を助けてくれたのですよ、それに、シャルだってただの勘違いです、全てドジを引き起こした私が悪いのであって、クロノさんは悪くありません!」
有無を言わさず毅然と俺の無罪を訴えてくれるネルさん、おお、マジで天使だな。
妹の決死の説得に、兄貴として応じるしか無かったのか、ネロは大きく溜息をつくと同時に殺気が消える。
「失せろ、ネルに免じて見逃してやる」
だが、不満ではあるようだ。
正直、ここまで一方的に悪者にされては心中穏やかではいられないが、相手は王族、変に逆らわないほうが身のためだ。
そういえばシモンも幹部候補生には気をつけろと言っていたが、なるほど、こういう事だったか、一つ勉強になった。
ウィルが好意的な接し方をしてくれているお陰で、どこか甘く見ていたところもあったのだろう、うん、やはり偉いヤツに対しては注意しないとダメだな。
「すみませんネルさん、変に迷惑をかけてしまったようですね、俺はこれで行きます」
「いえ、そんな……こちらこそごめんなさい、クロノさん」
シュンとうな垂れるネルさんに、気にしないでというニュアンスの言葉を告げた後、俺はさっさと食堂を後にする事にした。
見逃してくれると言ったネロの言葉通りにこちらがこの場を去るのは少々癪ではあるが、ここはどうしても俺が引かねばならないだろう、一刻も早く。
なぜなら、入り口の方に少女状態で妖精結界オラクルフィールド全開なリリィと、なんか聞き覚えのある魔法の詠唱を口ずさんでいるフィオナの二人が立っているのだから。
「はぁ、情け無いところを見られてしまったな」
そうして、俺は食堂にいる生徒達から好奇の視線を背中へ一心に受けながら、その場を後にした。
とりあえず、リリィとフィオナには食堂で昼食がとれなくなったことを謝って、それから、怒りの矛を治めてくれるよう説得を……VVK
2014年6月15日星期日
ザ・グリード
先を越されてはたまらん、とばかりに『ラストローズ討伐』のクエストを受注した俺は、その足でストラトス鍛冶工房へと向かった。
エリナとのデートを断ったように、ゆっくり遊んでいる暇はない。クエストに向けて早く準備を整え、出発しなければ。Xing霸 性霸2000
もっとも、そんな使命感がなくとも、俺はここを訪れていたことに変わりはないのだが。『首断』やヒツギはメンテナンスを終えてすぐに帰ってきている。じゃないと、リッチ討伐に挑めないし。
メンテの成果は上々、いつも以上に手に馴染む感じがしたし、みんなもどこか小奇麗になったように思える。特にヒツギなんかは、自慢の黒髪がより艶やかに、モテカワストレートなご主人様に愛されヘアになりました! と、意味不明ながらも満足気なことを叫んでいた。俺の脳内で。やはりうるさい。
しかしながら『餓狼剣「悪食」』だけ、何故かそのままだった。グリードゴアの砂鉄大剣を受け止めたせいで刃の腹に大きな亀裂が走っているのだから、コイツには一番修理が必要だったはず。
まさか、やっぱり手に負えなかった、と言われるのかと思ったが、レギンさんは「コレはこのままの方が良いです」と斜め上の解答をくれた。しかも、割と自信満々に。
まぁ、剣としての性能は問題なく戻っているとは保障してくれたので、そのまま受け取りはしたが……土壇場で使うには、いささか不安が残る。
さて、このように手持ちのヤツらはとっくに帰って来てあるのだが、ストラトス鍛冶工房に依頼したのはメンテナンスだけではないのだ。
そう、レギンさんには新しい武器の製作も頼んであるのだ。
さて、一体どんなものができているのか、と期待に胸を高鳴らせて、俺は工房の扉を叩いた。
「こんにちはクロノさん。リッチ討伐の成功、おめでとうございます。こちらも、しっかりと武器を完成させておきましたよ」
とてもドワーフの職人とは思えない愛想のよい笑みを浮かべて、レギンさんは俺を出迎えてくれた。だが、馴れ馴れしいセールスマンではないので、余計な世間話はすっ飛ばし、単刀直入に本題へと入る。
「ただ今、お持ちしますので、少々お待ちを」
俺は奥さんが淹れてくれたお茶を片手に、ワクワクしながらも大人しく待つ。
今回はつぎ込んだ素材もお金も凄いからな、『ラースプンの右腕』の時とは比べ物にならない期待感である。
ほどなくして、レギンさんが奥の工房から、ガラガラと台車を押して再登場した。
「お待たせしました。まずは、クロノさんの杖の代わりとなる『銃』をご用意しました」
それは銃というよりも、砲だった。いや、もっと的確に表現するなら、これはガトリングガンだ。
その六本の銃身を円形に束ねた特徴的な形は、そうと呼ばざるを得ない。
ガトリングガンの仕組みや形状は、確かかなーりうろ覚えな説明をいつだったかシモンに話したくらいのものだったと記憶しているが……まさか、こんな形で実現させるとは。恐るべきシモンの設計力とレギンさんの製造力である。
「まぁ、クロノさんもすでに感じておられるようですが、そうですね、これは銃というより大砲。弓を作ってくれと頼まれたのに、バリスタを作ったようなものです。しかし、クロノさんなら使いこなせるかと」
六砲身の銃口からエンジンみたいな四角い本体まで含めると、優に一メートルは超えている。艶やかな漆黒の金属の輝きから、全てがグリードゴアの砂鉄から作られたのだと推測できる。
そんな鋼鉄の塊を、個人で使えというのは無理な話。本来、このサイズは戦闘機やヘリに搭載して使うべきものだ。WENICKMANペニス増大
「重量はどれくらいですか?」
「百キロといったところですね。これでも多少は軽量化したのですが」
「いや、十分だ」
銃把グリップを握ると、ひんやりと冷たい金属の温度が伝わる。同時に、無骨な固い感触と、腕にズシリとくる重量感。だが、これくらいなら片手でいける。
軽々と百キロの重砲を右手で持ち上げた。
「流石ですね。力自慢なドワーフの私でも、片手では持ち上げられないですよ」
「これでもランク5冒険者なんで」
「なるほど、狂戦士のパワーですね」
「それは言わないでください」
苦笑しながら、左手で銃口の付け根部分にあるフォアグリップを握り、抱え込むように構えた。うん、両手でしっかりと構えれば、かなり安定するな。ハリウッド映画に登場する超人的だったりサイボーグ的だったりするマッチョなヒーローみたいに、クソ重たいガトリングガンを軽々と振り回せる。
そういえば、依頼した時に体を採寸されたから、俺の腕の長さや体格にも合わせて作っているのかもしれない。凄いこだわりだ。
ちなみに、その時に身長を計ったら、百九十センチになってた。うーん、やっぱり背は伸びてたんだな。俺もまだ十七歳、成長期である。
「これ、弾はどうするんですか?」
「理論上、最高で毎分二千発の発射速度を実現できるはずですが、そこまで大量の弾丸を用意できないので、クロノさんの『魔弾バレットアーツ』を利用することになります」
なるほど、要するにコレで『掃射ガトリングバースト』しろってことか。まさか、本当にガトリングガンでバーストできるとは思わなかったが。
「勿論、内部には弾丸の精製を補助する術式が幾つも組み込んであります。トリガーを引くと、刻印された魔法陣が繋がって発動となります。以前に使用されていたという『ブラックバリスタ・レプリカ』の機能を参考にしているので、クロノさんの黒魔法でもきちんと作動するはずですよ」
随分と懐かしい名前が出たものだ。思えば、アレ以来、俺は杖らしい杖を使った事がない。
ひょっとして、スパーダで早々に、もう何でも良いから魔法の杖を購入してさえいれば、俺は黒魔法使いとして有名になれていたんじゃ……
いや、よそう。後悔したところで、全てが遅い。
ともかく、晴れて俺の黒魔法に相応しい武器がついに入手できたことを喜ぼう。
「流石に、今すぐ試し撃ちはできないな」
「ええ、これを撃ったらウチの店が消滅しますので」
よし、神学校の演習場にいくまで、トリガーを引くのは我慢しよう。
「連射と威力が向上した以外に、何か新しい効果はありますか?」
「外観こそ違いますが、基本的な構造は例の試作型銃と同じだと思ってください」
ところで、その試作型銃であるのだが、実は相当にガタがきていてコイツも修理に出している最中であったりする。
まぁ、イスキア古城に到着するまで、包囲するモンスター軍団に対してほとんど撃ちっぱなしだったからな。むしろ、よく銃身が持ちこたえたというべきだ。下手したら、スロウスギルへのトドメの一発が暴発して、俺が倒れていたかもしれないのだから。
そんな頑張ってくれたコイツも勿論、リニューアルされて戻ってくる予定だ。ともかく、今はガトリングガンの話である。
「ただ、魔法の杖でいうところの魔石の代わりに、コレにはスロウスギルの頭蓋骨を組み込んであるので、強力な雷属性の行使が可能です」procomil spray
「頭蓋骨?」
「はい、ここに入ってます」
示されたのは、グリップと銃身の繋がる本体と呼ぶべき部分。最初は俺がシモンに下手くそなイラスト付きで説明したガトリンガンの形状に似せるために、ごっついエンジンみたいな四角い形をしているのかと思ったが……なるほど、アイツの頭が入ってるのか。
聞けば、口の中がちょうど薬室となっており、ここに俺が作り出した疑似完全被鋼弾フルメタルジャケットが召喚、装填されるのだという。
「弾丸の加速には、雷属性の魔法術式も組み込んでいます。というより、スロウスギルは自身が強力な雷属性を持っているので、自然と加わるといった方が正しいですかね」
あれ、それってつまり、ナチュラルにレールガンになってるってこと?
「雷属性でどうやって弾丸の発射を加速しているか、分かります?」
「私は魔術師ではないので、そういった原理はさっぱり分かりませんね。ただ、すでに確立している術式なのは間違いないので、効果はちゃんとありますよ」
まぁ、俺だって詳しいレールガンの原理を知らないのだ。現実の通りに、電磁誘導を用いた仕組みだろうと、なんとなーく雷属性を加えると速くなる、みたいな謎の魔法原理でも、弾丸の発射速度が上がるという効果さえ発揮されれば問題ない。
「まぁ、これが組み込んである一番の理由は、そんな些細な効果のためではないんですけどね。クロノさん、ちょっと銃を下してもらえますか」
とりあえず、言われるがままにガトリングガンを床に置いた。
レギンさん身をかがめて、何やらいじり始めた、と思ったら、銃身がガコっと重い音をたてて分離した。
いや、壊れたわけじゃない、確かに銃身を握って軽くひねるような動作していたし。ワンタッチで外れるのか、それとも魔法なのか。気にはなるが、質問は差し挟まずに、黙って待つ。
あらかじめ台車に用意されていたのだろう、別の銃身を手に取り、レギンさんは見る間にガトリングガンを新たな姿へ組み上げていく。
完成したそれは、対物ライフル――いや違う、単銃身に変わっても、これはやはり大砲である。
「こちらの砲身に換装すると、プラズマブレスを撃てます」
「アレを撃てるのかっ!?」
「流石に本家には劣りますが、それでも上級攻撃魔法の『雷電大槍ライン・フォルティスサギタ』なんかメじゃない威力は出ますよ」
うおーマジかよすげー! と内心で興奮しつつも、大人しく説明の続きを聞く。
「ただし、強力な攻撃ですので、クロノさん自身がある程度チャージ、ええと、黒色魔力で雷の疑似属性が使えるはず、とのことですが、大丈夫ですよね?」西班牙蒼蝿水
「ああ、問題ない」
熟練の雷魔術師サンダーマージが如く多彩な雷魔法を模倣できるワケではないが、魔力を注ぐくらいならいくらでも大丈夫だ。体力には自信あるが、魔力にもそれなりに自信はある。
「それは良かった。雷の原色魔力をチャージさせるだけでも、スロウスギルの頭蓋骨が電力を増幅して、そこそこの威力で発射できますが――」
そこで、レギンさんが新たなアイテムを台車から取り出す。何でも出てくる、魔法の台車だな。
「この弾丸を使わないと、プラズマブレス、と呼べるほどの威力は出ないでしょう」
手渡されたソレは、弾丸というにはやや歪な形をしていた。鋭く尖った爪のような先端から、二つの節があり、とても空気抵抗を減らすための滑らかな流線形とはいえない。
全体は、やはり例の砂鉄でコーティングされているようだが、先端から二重螺旋を描くように隙間が空いており、そこからは不気味な紫の光が漏れている。
「この弾丸は、スロウスギルの指の骨で作られています」
なるほど、納得した。確かアイツは細長い指が四本、両手合わせれば八本だったはず。だとすれば――
「二本は予定通り・・・・に使うので、プラズマブレス用の弾丸は六発となります。ただ、まだこの一発目しか用意できていないので、もし、例のモノに加えてもう一発作って欲しいというなら――」
「いや、三発目は必要ないです。撃たせてもらえないでしょうから」
ともかく、プラズマブレスをぶっ放すには弾数制限があるってことだ。たったの六発しかないなら、試し撃ちするにはちょっと気が引ける少なさ……とりあえず、魔力チャージだけで撃てる分で試しておこう。
「申し訳ありませんが、プラズマブレスを発射した際は、恐らく一発で砲身が限界になるかと思います。二発続けて撃てば、間違いなく砲身は高熱に耐えきれず融解するでしょう。最悪、暴発ということもありますので」
安全に使うなら、しっかり冷却しろということである。
やはり銃身の過熱は、銃である限り避けられない問題だな。アルザス戦の時も、これがあったから十字砲火を中断しなければいけなかった。
シモンも今頃、機関銃の冷却問題をどうにかするべく実験しているはずだ。
「ところでクロノさん、まだこれの名前が決まっていないのですが、折角ですので、名付けもらえませんか?」
どうにも銘名のセンスがなくて、と苦笑いを浮かべるレギンさん。ふむ、そういうことなら、この元文芸部員にお任せあれ。
うーん、何がいいかな。あんまり難解な漢字の羅列は呼びづらいし、別に呪いの武器ってわけでもないし、ここはシンプルに――
「じゃあ『ザ・グリード』で」西班牙蒼蝿水口服液+遅延増大
エリナとのデートを断ったように、ゆっくり遊んでいる暇はない。クエストに向けて早く準備を整え、出発しなければ。Xing霸 性霸2000
もっとも、そんな使命感がなくとも、俺はここを訪れていたことに変わりはないのだが。『首断』やヒツギはメンテナンスを終えてすぐに帰ってきている。じゃないと、リッチ討伐に挑めないし。
メンテの成果は上々、いつも以上に手に馴染む感じがしたし、みんなもどこか小奇麗になったように思える。特にヒツギなんかは、自慢の黒髪がより艶やかに、モテカワストレートなご主人様に愛されヘアになりました! と、意味不明ながらも満足気なことを叫んでいた。俺の脳内で。やはりうるさい。
しかしながら『餓狼剣「悪食」』だけ、何故かそのままだった。グリードゴアの砂鉄大剣を受け止めたせいで刃の腹に大きな亀裂が走っているのだから、コイツには一番修理が必要だったはず。
まさか、やっぱり手に負えなかった、と言われるのかと思ったが、レギンさんは「コレはこのままの方が良いです」と斜め上の解答をくれた。しかも、割と自信満々に。
まぁ、剣としての性能は問題なく戻っているとは保障してくれたので、そのまま受け取りはしたが……土壇場で使うには、いささか不安が残る。
さて、このように手持ちのヤツらはとっくに帰って来てあるのだが、ストラトス鍛冶工房に依頼したのはメンテナンスだけではないのだ。
そう、レギンさんには新しい武器の製作も頼んであるのだ。
さて、一体どんなものができているのか、と期待に胸を高鳴らせて、俺は工房の扉を叩いた。
「こんにちはクロノさん。リッチ討伐の成功、おめでとうございます。こちらも、しっかりと武器を完成させておきましたよ」
とてもドワーフの職人とは思えない愛想のよい笑みを浮かべて、レギンさんは俺を出迎えてくれた。だが、馴れ馴れしいセールスマンではないので、余計な世間話はすっ飛ばし、単刀直入に本題へと入る。
「ただ今、お持ちしますので、少々お待ちを」
俺は奥さんが淹れてくれたお茶を片手に、ワクワクしながらも大人しく待つ。
今回はつぎ込んだ素材もお金も凄いからな、『ラースプンの右腕』の時とは比べ物にならない期待感である。
ほどなくして、レギンさんが奥の工房から、ガラガラと台車を押して再登場した。
「お待たせしました。まずは、クロノさんの杖の代わりとなる『銃』をご用意しました」
それは銃というよりも、砲だった。いや、もっと的確に表現するなら、これはガトリングガンだ。
その六本の銃身を円形に束ねた特徴的な形は、そうと呼ばざるを得ない。
ガトリングガンの仕組みや形状は、確かかなーりうろ覚えな説明をいつだったかシモンに話したくらいのものだったと記憶しているが……まさか、こんな形で実現させるとは。恐るべきシモンの設計力とレギンさんの製造力である。
「まぁ、クロノさんもすでに感じておられるようですが、そうですね、これは銃というより大砲。弓を作ってくれと頼まれたのに、バリスタを作ったようなものです。しかし、クロノさんなら使いこなせるかと」
六砲身の銃口からエンジンみたいな四角い本体まで含めると、優に一メートルは超えている。艶やかな漆黒の金属の輝きから、全てがグリードゴアの砂鉄から作られたのだと推測できる。
そんな鋼鉄の塊を、個人で使えというのは無理な話。本来、このサイズは戦闘機やヘリに搭載して使うべきものだ。WENICKMANペニス増大
「重量はどれくらいですか?」
「百キロといったところですね。これでも多少は軽量化したのですが」
「いや、十分だ」
銃把グリップを握ると、ひんやりと冷たい金属の温度が伝わる。同時に、無骨な固い感触と、腕にズシリとくる重量感。だが、これくらいなら片手でいける。
軽々と百キロの重砲を右手で持ち上げた。
「流石ですね。力自慢なドワーフの私でも、片手では持ち上げられないですよ」
「これでもランク5冒険者なんで」
「なるほど、狂戦士のパワーですね」
「それは言わないでください」
苦笑しながら、左手で銃口の付け根部分にあるフォアグリップを握り、抱え込むように構えた。うん、両手でしっかりと構えれば、かなり安定するな。ハリウッド映画に登場する超人的だったりサイボーグ的だったりするマッチョなヒーローみたいに、クソ重たいガトリングガンを軽々と振り回せる。
そういえば、依頼した時に体を採寸されたから、俺の腕の長さや体格にも合わせて作っているのかもしれない。凄いこだわりだ。
ちなみに、その時に身長を計ったら、百九十センチになってた。うーん、やっぱり背は伸びてたんだな。俺もまだ十七歳、成長期である。
「これ、弾はどうするんですか?」
「理論上、最高で毎分二千発の発射速度を実現できるはずですが、そこまで大量の弾丸を用意できないので、クロノさんの『魔弾バレットアーツ』を利用することになります」
なるほど、要するにコレで『掃射ガトリングバースト』しろってことか。まさか、本当にガトリングガンでバーストできるとは思わなかったが。
「勿論、内部には弾丸の精製を補助する術式が幾つも組み込んであります。トリガーを引くと、刻印された魔法陣が繋がって発動となります。以前に使用されていたという『ブラックバリスタ・レプリカ』の機能を参考にしているので、クロノさんの黒魔法でもきちんと作動するはずですよ」
随分と懐かしい名前が出たものだ。思えば、アレ以来、俺は杖らしい杖を使った事がない。
ひょっとして、スパーダで早々に、もう何でも良いから魔法の杖を購入してさえいれば、俺は黒魔法使いとして有名になれていたんじゃ……
いや、よそう。後悔したところで、全てが遅い。
ともかく、晴れて俺の黒魔法に相応しい武器がついに入手できたことを喜ぼう。
「流石に、今すぐ試し撃ちはできないな」
「ええ、これを撃ったらウチの店が消滅しますので」
よし、神学校の演習場にいくまで、トリガーを引くのは我慢しよう。
「連射と威力が向上した以外に、何か新しい効果はありますか?」
「外観こそ違いますが、基本的な構造は例の試作型銃と同じだと思ってください」
ところで、その試作型銃であるのだが、実は相当にガタがきていてコイツも修理に出している最中であったりする。
まぁ、イスキア古城に到着するまで、包囲するモンスター軍団に対してほとんど撃ちっぱなしだったからな。むしろ、よく銃身が持ちこたえたというべきだ。下手したら、スロウスギルへのトドメの一発が暴発して、俺が倒れていたかもしれないのだから。
そんな頑張ってくれたコイツも勿論、リニューアルされて戻ってくる予定だ。ともかく、今はガトリングガンの話である。
「ただ、魔法の杖でいうところの魔石の代わりに、コレにはスロウスギルの頭蓋骨を組み込んであるので、強力な雷属性の行使が可能です」procomil spray
「頭蓋骨?」
「はい、ここに入ってます」
示されたのは、グリップと銃身の繋がる本体と呼ぶべき部分。最初は俺がシモンに下手くそなイラスト付きで説明したガトリンガンの形状に似せるために、ごっついエンジンみたいな四角い形をしているのかと思ったが……なるほど、アイツの頭が入ってるのか。
聞けば、口の中がちょうど薬室となっており、ここに俺が作り出した疑似完全被鋼弾フルメタルジャケットが召喚、装填されるのだという。
「弾丸の加速には、雷属性の魔法術式も組み込んでいます。というより、スロウスギルは自身が強力な雷属性を持っているので、自然と加わるといった方が正しいですかね」
あれ、それってつまり、ナチュラルにレールガンになってるってこと?
「雷属性でどうやって弾丸の発射を加速しているか、分かります?」
「私は魔術師ではないので、そういった原理はさっぱり分かりませんね。ただ、すでに確立している術式なのは間違いないので、効果はちゃんとありますよ」
まぁ、俺だって詳しいレールガンの原理を知らないのだ。現実の通りに、電磁誘導を用いた仕組みだろうと、なんとなーく雷属性を加えると速くなる、みたいな謎の魔法原理でも、弾丸の発射速度が上がるという効果さえ発揮されれば問題ない。
「まぁ、これが組み込んである一番の理由は、そんな些細な効果のためではないんですけどね。クロノさん、ちょっと銃を下してもらえますか」
とりあえず、言われるがままにガトリングガンを床に置いた。
レギンさん身をかがめて、何やらいじり始めた、と思ったら、銃身がガコっと重い音をたてて分離した。
いや、壊れたわけじゃない、確かに銃身を握って軽くひねるような動作していたし。ワンタッチで外れるのか、それとも魔法なのか。気にはなるが、質問は差し挟まずに、黙って待つ。
あらかじめ台車に用意されていたのだろう、別の銃身を手に取り、レギンさんは見る間にガトリングガンを新たな姿へ組み上げていく。
完成したそれは、対物ライフル――いや違う、単銃身に変わっても、これはやはり大砲である。
「こちらの砲身に換装すると、プラズマブレスを撃てます」
「アレを撃てるのかっ!?」
「流石に本家には劣りますが、それでも上級攻撃魔法の『雷電大槍ライン・フォルティスサギタ』なんかメじゃない威力は出ますよ」
うおーマジかよすげー! と内心で興奮しつつも、大人しく説明の続きを聞く。
「ただし、強力な攻撃ですので、クロノさん自身がある程度チャージ、ええと、黒色魔力で雷の疑似属性が使えるはず、とのことですが、大丈夫ですよね?」西班牙蒼蝿水
「ああ、問題ない」
熟練の雷魔術師サンダーマージが如く多彩な雷魔法を模倣できるワケではないが、魔力を注ぐくらいならいくらでも大丈夫だ。体力には自信あるが、魔力にもそれなりに自信はある。
「それは良かった。雷の原色魔力をチャージさせるだけでも、スロウスギルの頭蓋骨が電力を増幅して、そこそこの威力で発射できますが――」
そこで、レギンさんが新たなアイテムを台車から取り出す。何でも出てくる、魔法の台車だな。
「この弾丸を使わないと、プラズマブレス、と呼べるほどの威力は出ないでしょう」
手渡されたソレは、弾丸というにはやや歪な形をしていた。鋭く尖った爪のような先端から、二つの節があり、とても空気抵抗を減らすための滑らかな流線形とはいえない。
全体は、やはり例の砂鉄でコーティングされているようだが、先端から二重螺旋を描くように隙間が空いており、そこからは不気味な紫の光が漏れている。
「この弾丸は、スロウスギルの指の骨で作られています」
なるほど、納得した。確かアイツは細長い指が四本、両手合わせれば八本だったはず。だとすれば――
「二本は予定通り・・・・に使うので、プラズマブレス用の弾丸は六発となります。ただ、まだこの一発目しか用意できていないので、もし、例のモノに加えてもう一発作って欲しいというなら――」
「いや、三発目は必要ないです。撃たせてもらえないでしょうから」
ともかく、プラズマブレスをぶっ放すには弾数制限があるってことだ。たったの六発しかないなら、試し撃ちするにはちょっと気が引ける少なさ……とりあえず、魔力チャージだけで撃てる分で試しておこう。
「申し訳ありませんが、プラズマブレスを発射した際は、恐らく一発で砲身が限界になるかと思います。二発続けて撃てば、間違いなく砲身は高熱に耐えきれず融解するでしょう。最悪、暴発ということもありますので」
安全に使うなら、しっかり冷却しろということである。
やはり銃身の過熱は、銃である限り避けられない問題だな。アルザス戦の時も、これがあったから十字砲火を中断しなければいけなかった。
シモンも今頃、機関銃の冷却問題をどうにかするべく実験しているはずだ。
「ところでクロノさん、まだこれの名前が決まっていないのですが、折角ですので、名付けもらえませんか?」
どうにも銘名のセンスがなくて、と苦笑いを浮かべるレギンさん。ふむ、そういうことなら、この元文芸部員にお任せあれ。
うーん、何がいいかな。あんまり難解な漢字の羅列は呼びづらいし、別に呪いの武器ってわけでもないし、ここはシンプルに――
「じゃあ『ザ・グリード』で」西班牙蒼蝿水口服液+遅延増大
2014年6月12日星期四
酔い宵のユメ
おれとそいつが出会ったのは、夕立の強く降る、暗い夜だった。生ぬるい湿気と雨音は、この「怪談」にはよく似合う。
おれはいつも通りに仕事から帰って、風呂を浴び、発泡酒を片手にして面白くもないテレビを眺めていた。頂点3000
目を細めて口角を上げる、その表情が笑顔と呼ばれるものであることはちゃんと知っているけれど、そんなことは今のおれにはどうだって良かった。なんだってテレビの中の人物たちが揃いも揃って同じ表情をしているのか、ちっともわからない。くだらないな、と思ったが、一番くだらないのはそう思っていながらもテレビの電源を消すことのできないおれだ。消してしまえば、底なしの沈黙が押し寄せてくる。それが、いやだった。いつものように、酔いがおれの意識を覆ってしまうまで。もう少し。
ソファにだらしなく横たわり、フローリングの床に空き缶をいくつも並べていく。そのうちのひとつ、ふたつは倒れたようだった。もしかしたら床に少し零れたかもしれない。だが、どうでもいい。
がたがた、と窓が鳴る。雨だけではなく、風も強いようだ。嵐の夜は、気が滅入る。おれはテレビをつけたまま目を閉じ、酔いに身を任せてうと、うと、と――。
「おい!」
甲高い声。おれははっと目を開けた。飛び起きて、声を上げる。
「えりか?! 帰って」
――きてくれたのか、と言いかけた口がぴたりと止まった。彼女はおれにおい、などとは一度も言わなかったし、そもそも彼女とは声が全然違う。それに、彼女がここに帰ってくるはずなど、ない。
「……誰だ、おまえ」
おれはうろんな眼差しで、声の主を眺めた。
「おまえとは失礼な。こう見えて我はおまえよりも年上だぞ?」
俺の前で腕を組んでふんぞり返っているのは、どこからどう見ても――。
「何が年上だ、ガキじゃねえか。どこから入った?」
手を伸ばして捕まえようとするが、ひょいと交わされる。少女――というよりも幼女といったほうがいいくらいの年齢のその子供は、えんじ色の着物を着ていた。変わった服装だが、実はこう見えて泥棒なのだろうか。まさか。
子供は俺を見下ろし、ふんと鼻を鳴らした。
「我慢してやっていたが、もう限界だ。ここは我の家でもあるのだから、もう少しきれいにしてもらわねば困る」
「……は?」
おれはぽかんと口を開けた。
「おまえの家なわけないだろ。ここはおれが、借りた……」
「あの馬鹿女と同棲するために、だろう? 知っているぞ」
「ばっ……」
怒りに顔を染めたおれを、子供は哀れむように見つめた。その視線に、おれは思わず目を伏せる。
「よりによって、その新居で浮気されるとはなあ……」
うるせえよ。声にならない声に気付いたのか、子供はそれ以上は何も言わなかった。
――この生意気な子供の言うのは本当のことだ。つい二週間前、おれはここで三年付き合っていた恋人と数年来の親友との情事を目撃してしまった。激昂したおれに彼女は逆上し、親友と手を取り合って出て行った。こんな胸の悪い部屋からは早々に引越ししたかったのだが、かなしいことに今回の引越し費用に貯金を使い果たしてしまったおれは、引き払うこともできずにそのままずるずると暮らし続けているというわけだ。
子供は腰をかがめ、空き缶を拾い上げた。細腕いっぱいに抱え、キッチンの方へと姿を消す。当たり前であるかのような、板についた自然な動作だった。
「……もしかして」
ふと、おれは気が付く。
「時々この家の掃除をしていたのは、おまえか……?」
「ようやく気付いたか」
戻ってきた子供は、年齢に似合わない苦笑を浮かべている。おれは気まずくなって俯いた。――たいてい夜は酔いつぶれて寝てしまうから、寝る前の記憶がない。だから、酔っ払った自分がやっているのかと思っていた。もしくは……。
「残念だったな、あの女でなくて」
見透かされたようで、ぎくりとする。だが、おれが口に出したのは別のことだった。
「で? 結局おまえは何なんだよ。ふつうじゃねえだろ」夜狼神
少しずつ、酔いがさめてくる。
「……ふむ」
子供は腕を組み、首を傾げた。黒いおかっぱの髪がゆらりと流れる。
「家神。座敷童子。何とでも言え」
「……はあ?」
何を言っているのか、こいつは。眉をひそめたおれに、子供は唇を尖らせてみせた。
「本来は、おまえの実家に住んでいるのだがな……」
確かに、おれの実家はそういったものの一匹や二匹住みついていてもおかしくないような、田舎の古い家屋である。しかし……。
「田舎にいた頃、おまえなんて一度も見たことなかったけど?」
「我々のような存在が人間の目の前にほいほい現れるものか! 影からひっそり見守るものと相場が決まっておるわ」
強い口調で言い返され、おれはひるんだ。
「あ、そう……」
子供の目線は、ソファに座ったおれと、ほとんど同じ高さだった。猫のような、くるりとした瞳がおれをうつしている。彼女の瞳の中の自分と視線が合わないように、おれは少し俯いた。
「で? なんでその家神サマがおれのアパートに引っ越ししてきたわけ?」
子供はふい、と顔を背け、壁際に置いた古いタンスを指し示した。このアパートは収納スペースが少ないからと、田舎から送ってもらったものなのだが……。
「あれに、我もうっかりついてきてしまったのだ」
「おまえまさか、タンスで寝てたのかよ」
冗談で言ったつもりだったのに、彼女は顔を赤くして黙った。図星だったらしい。タンスの中で寝る家神……。おれは少し、笑った。久しぶりに笑ったような気がする。オフィスで浮かべる愛想笑いは、笑顔のうちには数えられないと思うから。
「じゃあ、送り返してやろうか?」
ふたりで住むつもりだったのが、ひとりになったのだ。収納場所は十分に足りている。単純に金がもったいなくて送り返していないだけだ。
おれの親切極まりない申し出に、子供は憮然とした表情で言い放った。
「おまえがこんな様子では、心配で帰れぬわ」
「……え?」
「毎日毎日、だらしなく酒に呑まれて――まことに情けない」
「な……何を……」
声がうわずる。
――こいつは、おれをずっと見ていたのか。誰にも一番見られたくなかった、見せているつもりなどなかった、おれの姿を。
顔に血が上るのを感じた。怒りと、恥ずかしさと。この子供が本当は何歳なのか、そもそも年齢という概念が通用するのかすらもわからないが、しかしおれにもやはり誇りというものがあるのだった。なけなしの、ちっぽけな、くだらない、おれのプライド。この子供はそれをあっさりと踏みにじってくれる。せっかく先ほどまで優しい、あたたかな気持ちになりかかっていたのに――それが、余計に悔しい。
「……るせえよ」
おれは低くつぶやき、子供を睨んだ。
「おれがどうだろうが、おまえには関係のないことだ。おまえはおれを知っているのかもしれんが、おれはおまえを知らない。見も知らない他人にいきなりあれこれと説教を垂れられるのは非常に不愉快だ。今すぐ出て行け――少なくともおれの目に触れないようにしてくれ。消えろ」
「幸一……」
「黙れ」
おれの言うとおりに、子供は黙った。その表情がどこか寂しそうなのが、余計に癇に障る。何故、お前がそんな顔をする。ひどくいらついた。
本当は――本当に消えるべきなのは、おれだ。女に捨てられ、親友に裏切られ、かといって全てを放り出して田舎に帰るほどの度胸もなく。惰性で仕事を続けながら、ただひたすらに酒浸りな夜を過ごしているおれ――何の価値もない。意味もない。そんなだから、突然現れた神様だか座敷童子だか何だかよくわからないが、実際のところただの生意気なくそガキに、嘲笑われ憐れまれるのだ。ああ、そうだとも――確かに、おれは情けない。VIVID XXL
「幸一」
とん、と小さな手がおれの頭に触れる。払いのけようと手を上げたとき、ささやくような声が降ってきた。
「すまん。言い過ぎたな」
苦しげな声。頭上の重みが消え、おれは顔を上げる。
そこに、子供の姿はなかった。
「え? あ……ゆめ?」
首を左右に振り、目をこする。やはり、誰もいない。
――夢、か……。おれは苦笑した。酔っぱらいの見た、夢だ。あんな子供など、うちにいるはずがない。夢に決まっている。
足元に並べていたはずの空き缶は、いつの間にか片付いていた。きっとおれが片付けたのだろう。テレビからは、相変わらず騒々しい笑い声が響いている。
それが、突然――。
「?!」
視界が暗闇に覆われた。驚いて中腰になったおれは、床に零れていた酒に足をとられてしたたか腰を打ちつける。
「いてっ」
テレビの音も消えていた。窓の外からは激しい雨音と、そして――雷鳴。
「停電?」
おれはポケットの中の携帯電話を探した。――ない。部屋のどこかに置きっぱなしにしているのだろう。だが辺りはあまりに暗くて、どこに何があるのか全くわからない。
「ちっ」
今夜はとことんついていない。変な夢は見るし、停電だし。もう、このままソファで寝てやろうか……。
「幸一!」
闇の中から名が呼ばれ、おれは驚いて目を開けた。
「だれだ?」
「我だ。……さっきはすまなかった」
――さっきの夢の続きか。それとも、夢ではないとでもいうのだろうか。声を失ったおれの腹に、誰かの手が触れたようだった。
「ああ、いた」
ほっとしたような声。ぺたぺたと触れてくる小さな手を、おれは軽くつかんだ。
「何か用か?」
ぶっきらぼうに尋ねる。
「……別に」
声の主は指で探るようにして、おれの手を握った。
振りほどこうかと思ったが、結局おれはそうしなかった。小さな手。この感触が本当は夢の中のものなのか、どうなのか、おれにはわからない。だが、もうどっちだって良かった。
雷光が一瞬部屋の中を照らし、そして轟音が地面を揺らす。――ソファに座ったおれの隣に、小さなおかっぱ頭が見えたような気がした。
「なあ」
おれはつぶやく。暗闇が、そしてその中で唯一触れている小さな手が、ひどく優しいもののように感じられた。
「おれはそんなに情けないか」
空気が揺れる。笑った、のだろうか。lADY Spanish
「幸一」
柔らかく、名が呼ばれる。嫌な感じはしなかった。
「忘れているようだが……、おまえがまだ幼かった頃な。こんな風な嵐の夜に、おまえは我と会ったことがあるのだぞ」
おれは驚き、首を横に振った。
「……覚えていない」
「おねしょをして、泣いていたな」
だから、どうしてこいつはこう、デリカシーがないのだろう。むっとして押し黙るおれに構わず、彼女は言葉を続けた。
「あの時も、おまえは『コウは悪い子?』と我に尋ねてきたのだぞ」
何という恥ずかしいエピソード。幸い、おれは覚えていない。だが、確かにおれは幼い頃、自分のことをコウと呼んでいた……それは、間違いないことだ。
「それで、おまえはなんて答えたんだ?」
聞くと、すぐに返事があった。
「悪い子ではない。ただ、まだ幼いだけだ――とな」
「今のおまえは、確かに情けない。だが、おまえは悪いやつではない。……いや」
少し間を置き、彼女は言い換える。
「コウは、いい子だ。我はちゃんと、知っているぞ」
優しい声だった。あたたかかった。……懐かしかった。
――子供扱いするなよ。その言葉は、何故か口から出てこなかった。代わりに、呆れるほど素直な、一言が零れ落ちる。
「……ありがとう」
これがおれの夢なのか、それとも怪奇現象なのか。そんなことはもう、どうでも良かった。
胸についた傷はまだ生々しくて、癒えるのにはきっと時間が掛かるだろう。酒の力を、おれはまた借りてしまうかもしれない。おれは、情けない男だから――それでも。
「コウ?」
停電は、まだ直らない。だが、今はこの暗さがちょうどいい。まるで、タンスの中のような暗さが。
「コウ――」
おれは彼女に寄りかかったまま、その手を握っていつしか眠り込んでしまっていた……。
それからというもの、おれはあの子供を見ていない。タンスを開けても、そこには誰もいない。
だが、夢だったのだ、とはもう思わなかった。たぶん、あれは現実で――彼女は今もきっと、うちに住んでいるのだと思う。曰く、「相場」通りに「影から見守って」くれているに違いない。
というのも――時に片付けられているごみ。消されている電灯。夜にはカーテンが閉められ、朝には窓が開き――そして、あの懐かしい気配を。不意に、感じるからだ。
「ありがとう」
つぶやく。その声に応えるように――ぱたり、と。タンスの扉の閉じる音がした。玉露嬌 Virgin Vapour
おれはいつも通りに仕事から帰って、風呂を浴び、発泡酒を片手にして面白くもないテレビを眺めていた。頂点3000
目を細めて口角を上げる、その表情が笑顔と呼ばれるものであることはちゃんと知っているけれど、そんなことは今のおれにはどうだって良かった。なんだってテレビの中の人物たちが揃いも揃って同じ表情をしているのか、ちっともわからない。くだらないな、と思ったが、一番くだらないのはそう思っていながらもテレビの電源を消すことのできないおれだ。消してしまえば、底なしの沈黙が押し寄せてくる。それが、いやだった。いつものように、酔いがおれの意識を覆ってしまうまで。もう少し。
ソファにだらしなく横たわり、フローリングの床に空き缶をいくつも並べていく。そのうちのひとつ、ふたつは倒れたようだった。もしかしたら床に少し零れたかもしれない。だが、どうでもいい。
がたがた、と窓が鳴る。雨だけではなく、風も強いようだ。嵐の夜は、気が滅入る。おれはテレビをつけたまま目を閉じ、酔いに身を任せてうと、うと、と――。
「おい!」
甲高い声。おれははっと目を開けた。飛び起きて、声を上げる。
「えりか?! 帰って」
――きてくれたのか、と言いかけた口がぴたりと止まった。彼女はおれにおい、などとは一度も言わなかったし、そもそも彼女とは声が全然違う。それに、彼女がここに帰ってくるはずなど、ない。
「……誰だ、おまえ」
おれはうろんな眼差しで、声の主を眺めた。
「おまえとは失礼な。こう見えて我はおまえよりも年上だぞ?」
俺の前で腕を組んでふんぞり返っているのは、どこからどう見ても――。
「何が年上だ、ガキじゃねえか。どこから入った?」
手を伸ばして捕まえようとするが、ひょいと交わされる。少女――というよりも幼女といったほうがいいくらいの年齢のその子供は、えんじ色の着物を着ていた。変わった服装だが、実はこう見えて泥棒なのだろうか。まさか。
子供は俺を見下ろし、ふんと鼻を鳴らした。
「我慢してやっていたが、もう限界だ。ここは我の家でもあるのだから、もう少しきれいにしてもらわねば困る」
「……は?」
おれはぽかんと口を開けた。
「おまえの家なわけないだろ。ここはおれが、借りた……」
「あの馬鹿女と同棲するために、だろう? 知っているぞ」
「ばっ……」
怒りに顔を染めたおれを、子供は哀れむように見つめた。その視線に、おれは思わず目を伏せる。
「よりによって、その新居で浮気されるとはなあ……」
うるせえよ。声にならない声に気付いたのか、子供はそれ以上は何も言わなかった。
――この生意気な子供の言うのは本当のことだ。つい二週間前、おれはここで三年付き合っていた恋人と数年来の親友との情事を目撃してしまった。激昂したおれに彼女は逆上し、親友と手を取り合って出て行った。こんな胸の悪い部屋からは早々に引越ししたかったのだが、かなしいことに今回の引越し費用に貯金を使い果たしてしまったおれは、引き払うこともできずにそのままずるずると暮らし続けているというわけだ。
子供は腰をかがめ、空き缶を拾い上げた。細腕いっぱいに抱え、キッチンの方へと姿を消す。当たり前であるかのような、板についた自然な動作だった。
「……もしかして」
ふと、おれは気が付く。
「時々この家の掃除をしていたのは、おまえか……?」
「ようやく気付いたか」
戻ってきた子供は、年齢に似合わない苦笑を浮かべている。おれは気まずくなって俯いた。――たいてい夜は酔いつぶれて寝てしまうから、寝る前の記憶がない。だから、酔っ払った自分がやっているのかと思っていた。もしくは……。
「残念だったな、あの女でなくて」
見透かされたようで、ぎくりとする。だが、おれが口に出したのは別のことだった。
「で? 結局おまえは何なんだよ。ふつうじゃねえだろ」夜狼神
少しずつ、酔いがさめてくる。
「……ふむ」
子供は腕を組み、首を傾げた。黒いおかっぱの髪がゆらりと流れる。
「家神。座敷童子。何とでも言え」
「……はあ?」
何を言っているのか、こいつは。眉をひそめたおれに、子供は唇を尖らせてみせた。
「本来は、おまえの実家に住んでいるのだがな……」
確かに、おれの実家はそういったものの一匹や二匹住みついていてもおかしくないような、田舎の古い家屋である。しかし……。
「田舎にいた頃、おまえなんて一度も見たことなかったけど?」
「我々のような存在が人間の目の前にほいほい現れるものか! 影からひっそり見守るものと相場が決まっておるわ」
強い口調で言い返され、おれはひるんだ。
「あ、そう……」
子供の目線は、ソファに座ったおれと、ほとんど同じ高さだった。猫のような、くるりとした瞳がおれをうつしている。彼女の瞳の中の自分と視線が合わないように、おれは少し俯いた。
「で? なんでその家神サマがおれのアパートに引っ越ししてきたわけ?」
子供はふい、と顔を背け、壁際に置いた古いタンスを指し示した。このアパートは収納スペースが少ないからと、田舎から送ってもらったものなのだが……。
「あれに、我もうっかりついてきてしまったのだ」
「おまえまさか、タンスで寝てたのかよ」
冗談で言ったつもりだったのに、彼女は顔を赤くして黙った。図星だったらしい。タンスの中で寝る家神……。おれは少し、笑った。久しぶりに笑ったような気がする。オフィスで浮かべる愛想笑いは、笑顔のうちには数えられないと思うから。
「じゃあ、送り返してやろうか?」
ふたりで住むつもりだったのが、ひとりになったのだ。収納場所は十分に足りている。単純に金がもったいなくて送り返していないだけだ。
おれの親切極まりない申し出に、子供は憮然とした表情で言い放った。
「おまえがこんな様子では、心配で帰れぬわ」
「……え?」
「毎日毎日、だらしなく酒に呑まれて――まことに情けない」
「な……何を……」
声がうわずる。
――こいつは、おれをずっと見ていたのか。誰にも一番見られたくなかった、見せているつもりなどなかった、おれの姿を。
顔に血が上るのを感じた。怒りと、恥ずかしさと。この子供が本当は何歳なのか、そもそも年齢という概念が通用するのかすらもわからないが、しかしおれにもやはり誇りというものがあるのだった。なけなしの、ちっぽけな、くだらない、おれのプライド。この子供はそれをあっさりと踏みにじってくれる。せっかく先ほどまで優しい、あたたかな気持ちになりかかっていたのに――それが、余計に悔しい。
「……るせえよ」
おれは低くつぶやき、子供を睨んだ。
「おれがどうだろうが、おまえには関係のないことだ。おまえはおれを知っているのかもしれんが、おれはおまえを知らない。見も知らない他人にいきなりあれこれと説教を垂れられるのは非常に不愉快だ。今すぐ出て行け――少なくともおれの目に触れないようにしてくれ。消えろ」
「幸一……」
「黙れ」
おれの言うとおりに、子供は黙った。その表情がどこか寂しそうなのが、余計に癇に障る。何故、お前がそんな顔をする。ひどくいらついた。
本当は――本当に消えるべきなのは、おれだ。女に捨てられ、親友に裏切られ、かといって全てを放り出して田舎に帰るほどの度胸もなく。惰性で仕事を続けながら、ただひたすらに酒浸りな夜を過ごしているおれ――何の価値もない。意味もない。そんなだから、突然現れた神様だか座敷童子だか何だかよくわからないが、実際のところただの生意気なくそガキに、嘲笑われ憐れまれるのだ。ああ、そうだとも――確かに、おれは情けない。VIVID XXL
「幸一」
とん、と小さな手がおれの頭に触れる。払いのけようと手を上げたとき、ささやくような声が降ってきた。
「すまん。言い過ぎたな」
苦しげな声。頭上の重みが消え、おれは顔を上げる。
そこに、子供の姿はなかった。
「え? あ……ゆめ?」
首を左右に振り、目をこする。やはり、誰もいない。
――夢、か……。おれは苦笑した。酔っぱらいの見た、夢だ。あんな子供など、うちにいるはずがない。夢に決まっている。
足元に並べていたはずの空き缶は、いつの間にか片付いていた。きっとおれが片付けたのだろう。テレビからは、相変わらず騒々しい笑い声が響いている。
それが、突然――。
「?!」
視界が暗闇に覆われた。驚いて中腰になったおれは、床に零れていた酒に足をとられてしたたか腰を打ちつける。
「いてっ」
テレビの音も消えていた。窓の外からは激しい雨音と、そして――雷鳴。
「停電?」
おれはポケットの中の携帯電話を探した。――ない。部屋のどこかに置きっぱなしにしているのだろう。だが辺りはあまりに暗くて、どこに何があるのか全くわからない。
「ちっ」
今夜はとことんついていない。変な夢は見るし、停電だし。もう、このままソファで寝てやろうか……。
「幸一!」
闇の中から名が呼ばれ、おれは驚いて目を開けた。
「だれだ?」
「我だ。……さっきはすまなかった」
――さっきの夢の続きか。それとも、夢ではないとでもいうのだろうか。声を失ったおれの腹に、誰かの手が触れたようだった。
「ああ、いた」
ほっとしたような声。ぺたぺたと触れてくる小さな手を、おれは軽くつかんだ。
「何か用か?」
ぶっきらぼうに尋ねる。
「……別に」
声の主は指で探るようにして、おれの手を握った。
振りほどこうかと思ったが、結局おれはそうしなかった。小さな手。この感触が本当は夢の中のものなのか、どうなのか、おれにはわからない。だが、もうどっちだって良かった。
雷光が一瞬部屋の中を照らし、そして轟音が地面を揺らす。――ソファに座ったおれの隣に、小さなおかっぱ頭が見えたような気がした。
「なあ」
おれはつぶやく。暗闇が、そしてその中で唯一触れている小さな手が、ひどく優しいもののように感じられた。
「おれはそんなに情けないか」
空気が揺れる。笑った、のだろうか。lADY Spanish
「幸一」
柔らかく、名が呼ばれる。嫌な感じはしなかった。
「忘れているようだが……、おまえがまだ幼かった頃な。こんな風な嵐の夜に、おまえは我と会ったことがあるのだぞ」
おれは驚き、首を横に振った。
「……覚えていない」
「おねしょをして、泣いていたな」
だから、どうしてこいつはこう、デリカシーがないのだろう。むっとして押し黙るおれに構わず、彼女は言葉を続けた。
「あの時も、おまえは『コウは悪い子?』と我に尋ねてきたのだぞ」
何という恥ずかしいエピソード。幸い、おれは覚えていない。だが、確かにおれは幼い頃、自分のことをコウと呼んでいた……それは、間違いないことだ。
「それで、おまえはなんて答えたんだ?」
聞くと、すぐに返事があった。
「悪い子ではない。ただ、まだ幼いだけだ――とな」
「今のおまえは、確かに情けない。だが、おまえは悪いやつではない。……いや」
少し間を置き、彼女は言い換える。
「コウは、いい子だ。我はちゃんと、知っているぞ」
優しい声だった。あたたかかった。……懐かしかった。
――子供扱いするなよ。その言葉は、何故か口から出てこなかった。代わりに、呆れるほど素直な、一言が零れ落ちる。
「……ありがとう」
これがおれの夢なのか、それとも怪奇現象なのか。そんなことはもう、どうでも良かった。
胸についた傷はまだ生々しくて、癒えるのにはきっと時間が掛かるだろう。酒の力を、おれはまた借りてしまうかもしれない。おれは、情けない男だから――それでも。
「コウ?」
停電は、まだ直らない。だが、今はこの暗さがちょうどいい。まるで、タンスの中のような暗さが。
「コウ――」
おれは彼女に寄りかかったまま、その手を握っていつしか眠り込んでしまっていた……。
それからというもの、おれはあの子供を見ていない。タンスを開けても、そこには誰もいない。
だが、夢だったのだ、とはもう思わなかった。たぶん、あれは現実で――彼女は今もきっと、うちに住んでいるのだと思う。曰く、「相場」通りに「影から見守って」くれているに違いない。
というのも――時に片付けられているごみ。消されている電灯。夜にはカーテンが閉められ、朝には窓が開き――そして、あの懐かしい気配を。不意に、感じるからだ。
「ありがとう」
つぶやく。その声に応えるように――ぱたり、と。タンスの扉の閉じる音がした。玉露嬌 Virgin Vapour
2014年6月10日星期二
ミス・ハイドの旋律
不調和な二つが一つの束にならざるをえないこと、悩める意識のなかでこの正反対の二つがいつも争いあっていることはまさしく人類にかけられた呪いである。どうやったらその二つを分離することができるのだろう?三便宝
自分がこのような高級ホテルに泊まったのはもうどれくらい昔かと考えをめぐらせ、雪村初子(ゆきむらはつこ)はため息をついた。──きっと新婚旅行だ。夫と別居した今となってはあれもただ滑稽な思い出でしかないが……。
「YOKOさん、デビューアルバムが異例の売れ行きを見せていますが」
初子ははっと我にかえった。そうだ、今は仕事中。同僚である友人が新進気鋭のピアニスト、YOKOにインタビューをしている最中である。
初子は小さな雑誌社でデザインの仕事をしている。彼女はライターではないから、記事の内容に関与していない。そんな彼女がこうしてインタビューの場に同席するのは初めてのことだった。YOKO自らがデザイナーである初子に興味を示したのだというが、その辺りの事情は良くわからない。
「私の音楽を受け入れて下さる方が思いの外たくさんいらっしゃって、正直驚いています」
YOKO。本名は知られていない。年は初子の娘と同じくらい──確かまだ音大生だと聞いている。染めたことなどないのだろう、艶やかな黒髪は長く、いささか直線的に過ぎるほどだった。たとえが悪いが、まるで何かの呪いを掛けられた日本人形のような、そんな美しさ──この危うい魅力が、彼女のアルバムの売上にも一役買っているのかもしれない。
彼女はあくまでも落ち着いた口調だった。最近は各種マスコミに持ち上げられていながら、浮かれた様子などは全くない。
「私の音楽はどちらかといえば内向的だと言われていて、私自身誰かに聞かせることには無頓着だったのですが」
「YOKOさんの師は吾妻春枝(あがつまはるえ)さんですよね。先生は今何と?」
「先生は最初、アルバム作成には反対だったんです」
YOKOは目を伏せた。
「録音してしまえば音楽はそこから先に進めなくなる──私はまだその段階ではない、と」
吾妻春枝は十年前ほどに一世を風靡した名ピアニストであった。しかし今は持病の糖尿病が悪化して両脚が不自由となり、車椅子生活を余儀なくされている。後進の指導に熱心に取り組んでいるという話だ。
師弟関係に突っ込んで話を聞くことは得策ではないと感じたのだろう、友人は話を変えた。
「アルバムの中で、特にお気に入りの曲は?」
「そうですね、どれも好きな曲ばかりを集めたものですけれど──」
初子は手元のCDを見下ろした。ジャケットは彼女本人の写真だが、ふたりの彼女が向かい合わせに立ち互いの手を合わせている……まるで鏡か、それとも双子のような。
──そういえば、私はどこかでこの人に会っているような気がする。
初子は眉をひそめた。思い出せない。最近物忘れが激しくなった。歳を取るのは嫌なものだ……。
「コンサートのご予定もおありとか」
「ええ」
YOKOは彼女の背後に佇んでいた若い男性に軽く合図した。端正な顔立ちにも関わらずひどく無表情なその男は、胸ポケットから何やら取り出して友人と初子の前にそれぞれ置いた。どうやらチケットらしい。初子の前には二枚、おそらく友人にも同じだけの枚数が渡されているだろう。
男はマネージャーだと言っていたか。YOKOとは年齢的にも容貌もお似合いだが……。ふと初子は娘とその交際相手を思い出した。少し変わっているその青年を、初子は自分でも意外なほど気に入っている。礼儀正しく、溌剌としていて、かと思えば思慮深く──何より重要なのは娘を大切に扱ってくれているということ。我が娘ながら一癖も二癖もある子なのだが、彼にとってはそれがいいらしい。「蓼食う虫も好き好きね」とつぶやいたところ、娘はひどくむくれていたっけ。
「お忙しいところ、お時間ありがとうございました」
ふと気付くと友人が立ち上がり、礼を述べている。インタビューは終わりのようだ。今日はどうも意識が集中しないな、と初子は思った。
YOKOは年齢不相応に落ち着いた笑みでそれに応えている。
「こちらこそ、私などのためにわざわざご足労下さって……」
ふ、と彼女の視線が初子をとらえた。
「雪村さん……でいらっしゃいますよね?」
「え、ええ」
インタビューが始まってから、YOKOが初子に声を掛けたのはこれが初めてだった。面食らった初子が目を瞬かせると、YOKOはくすりと笑って言葉を続ける。
「お嬢さまと良く似ていらっしゃいますわ」
「絵音(かいね)をご存知で……?」
「お時間ですよ、YOKOさん」
マネージャーに遮られ、初子は口をつぐむ。YOKOも笑ったまま初子の問いには答えなかった。
「それでは失礼致します」
部屋を出るYOKO、従う青年。取り残された中年女性ふたりは、自分の子供のような年代の彼らに、どこか圧倒されたような様相であった。
初子がYOKOを思い出すまでにはさほど時間が掛からなかった。娘に聞くまでもない。ちょうどその日発売の女性誌が、YOKOに関して少々踏み込んだ記事を掲載していたのである。
──美人ピアニスト・YOKOの双子の姉は元医大生、半年前に自殺!巨人倍増枸杞カプセル
「これはさあ、載せちゃなんないわよねえ。かわいそうに」
取材帰りの喫茶店。カメラマンを先に帰し、ふたりは駅でその雑誌を購入した。なぜか罪悪感があったのは、まだYOKO本人の印象が鮮烈だからだろうか。
初子は友人の吐き出す煙草のけむりに顔をしかめる。しかし友人はそれが自分の発言への同意だと受け取ったらしい。まあ、あながち間違ってはいない。
初子は小さくつぶやいた。
「うちの娘もちょっと巻き込まれてね。病院ですれ違ったのかも」
友人は目を丸くしてうなずく。
「そう……それで」
娘はあまりあの事件について語ろうとしない。嫌な体験だっただろうし、初子も無理にとは思っていないが、やはりまだ少しは気に掛かっている。
「でもやっぱり芸術家ってちょっと神経が違うのかしらね」
友人はぺらぺらと雑誌をめくりながらつぶやいた。
「『姉の死を乗り越え才能を開花させた』……か」
「わかんないわよ、本人の気持ちなんて」
初子はコーヒーをすすった。酸味がきつすぎて、あまり美味しいとは思えなかった。
「案外引きずっているかも」
「でも、YOKOの名が知られ出したのってここ半年よ。それに以前はそんなに目立つ子じゃなかったって……これはみんな言ってる」
「みんなって誰?」
嫌味交じりの初子の問いは、彼女には聞こえなかったらしい。
「きっと何かあったのよ。間違いないわ」
「…………」
「あのマネージャーとも噂になってるしねー。知ってる? あれ吾妻慎二(しんじ)って言ってね、吾妻春枝の息子なの」
一息にまくし立てた後、友人は突然我に返ったように身を引き、ため息をついた。
「……大変だわね、人気者は」
「つぶれてしまわなければいいけれど……」
「確かにね。まだ若いし……そうでなくても、急に人気が出るとみんなどこかおかしくなっちゃうから」
だが、彼女に限ってそういったことは起こらないような気がした。根拠などない。ただ、あえて言えばあの落ち着き払った態度。どこか陰のある美貌。そのすべてが、どこか浮世離れした雰囲気を漂わせている。「呪いの掛かった人形」――自分で思い浮かべた表現だが、それがあまりにもぴったり当てはまる。しかしきっと彼女は人形などではないだろう。誰かに操られることなど、彼女が是とするとは思えない……。
初子は彼女の笑みを思い出して小さく身震いする。──何か、得体の知れない不気味な感覚。それを、人は予感と呼ぶのかもしれない……。
ただその醜悪な姿を鏡で眺めていても、嫌悪を感じるどころか、大歓迎で小おどりしたいくらいのものだったのだ。これも私自身なのだ。それは自然であって、人間味が感じられた。私の目には、精神の躍動する姿が感じられ、いままで自分だと思っていた不完全で分裂した態度よりも、ずっとはっきりしていてひたむきに思われた。
アンコールを終えても客席の拍手はまだ収まらなかった。それを雑音であるかのように聞き流しながら、楽屋でYOKOは頭頂部にまとめていた長い髪を下ろす。鏡を見つめ、少しだけ微笑んだ。そこに誰かがいるかのように。
――とん、とん。控えめなノックの音に、YOKOは軽く答えた。
「どうぞ?」
「失礼します」
入ってきた人物を鏡越しに確認し、YOKOは首をわずかに傾げる。
「慎二さん。ご用はお済みになったの?」
「うん」
吾妻慎二は頷き、YOKOの隣の椅子に腰を掛けた。
「君に言われたとおり、雪村親子に渡してきた。……それで良かったんだよね?」
「ええ、そうです」
「…………」
YOKOをじっと見つめ、慎二は小さくため息をついた。YOKOは表情を翳らせ、慎二の顔を覗き込む。その手が彼の腕に触れ、慎二はわずかに身じろぎした。
「どうかしましたか?」
「……いつまでその口調なんだ、百合子(ゆりこ)。俺は」
「あら、その名は呼ばない約束でしょう?」
YOKOの見せる笑みに、慎二は言葉を詰まらせる。そんな彼の緊張を優しくほぐすかのように、YOKOの声は甘く響いた。
「大丈夫、お約束したことは守ります。何もかもがうまくいけば――」
聴衆を魅了してやまない音を紡ぎだす、YOKOのほっそりと長く骨ばった指先。それが慎二の伸びた前髪をかき上げ、耳にそっと掛けていった。
「私は自由になれるわ。そして、貴方も」
慎二はYOKOを抱き寄せようと腕を伸ばす。だが彼の手が彼女の真っ黒なドレスに触れる前に、彼女はするりと身を引いた。まるで彼の意図になど気付いていないかのように自然な身のこなし。だがきっと気付いていたはずだ。慎二は手を握りしめる。
「では、私は先生のところに行って来ます」
「……ああ」
慎二はため息混じりに言葉を吐き出した。そして無理やりに自分の中のモードをYOKOのマネージャーへと切り替える。
「待っています」
うなずく自分に、YOKOは満足そうに微笑んだ。長い髪が彼女を追って軌跡を描く。慎二はそれをじっと見つめていた。
――そうだ。きっと何もかもうまくいく。そして、自分は必ずこの女を手に入れてみせる。中絶薬RU486
「一緒にはおいでにならない?」
思い出したように振り返り、YOKOはあどけなく微笑んでみせた。思わず胸を高鳴らせた自分に、慎二は苦笑を浮かべる。
「いや……母さんには会いたくない」
「わかりました。じゃ、後ほど」
ぱたん、と閉まる扉の音。慎二はそれを目を閉じて聞いていた。
慎二さん。私にはね、双子の姉がいるのよ。とっても素敵な姉。私よりずっと賢くて、優しくて、ピアノも姉の方が上手いくらいなの。――いや、慎二さんには会わせたくないわ。だって慎二さん、姉を好きになってしまうかもしれないもの。
「葉子(ようこ)」
慎二はつぶやく。
「お前の言ったとおりだったな……」
だがこれは彼女の言うようなそんな綺麗な感情ではない。好きだとか嫌いだとか、そんなものではない。執着、好奇、嗜虐――形にならないどろどろとしたものが、ただ彼女の方を向いているだけ。まるで血に飢えた殺人鬼のように。
きっと……、葉子を殺したのは百合子に違いない。それは間違いない。だが、何故彼女は慎二にそれをほのめかしたのだろう。一体何が目的だったのだろう。
――私の本当の名前は、百合子というのよ。
葉子とそっくりの顔で、しかし全く違う微笑みを浮かべる女、百合子。
先ほどから握りしめたままだった拳をそっと開いてみる。彼女に触れることのできなかった掌には、じんわりと不気味な熱がこもっているようだった。
その日、いつもより随分早い時間に帰宅した桐生千影(きりゅうちかげ)を待ち受けていたのは、額をつき合わせて深刻な顔をしている若者たちだった。一人は桐生の同居人、七条草摩(しちじょうそうま)である。向きあって腰掛けているのは草摩の恋人、雪村絵音だ。
「あ、おかえり」
物音に気付いたのか、草摩がふと顔を上げた。桐生は目を瞬かせながら返事をする。
「……ただいま」
絵音がぺこりと頭を下げる。
「こんばんは、お邪魔しています」
「あー、いえむしろ僕のほうがお邪魔だったのでは」
「いやそんなんじゃないから」
草摩に軽くあしらわれて、桐生は少し寂しそうな顔をした。草摩は怪訝そうに尋ねる。
「どうした?」
「もう少し前ならもっと初々しく恥じらってくれていたのに……時間の流れって、残酷ですね」
「お前はあほか」
不意に、絵音が身を乗り出した。
「ちょうど良かった。桐生さんにも聞いていただきたかったんです」
「僕にご用ですか?」
「ええ」
桐生はネクタイの首元を緩めながら、二人の座るソファに近付いた。L字型のソファの九十度になる位置に二人は座っていた。草摩の隣か、絵音の隣か、どちらに座ろうか迷う。いっそどちらかに寄ってくれればと思うのだが、二人は全く気付いていない。
「いいから座れって。ほら、こっち」
草摩の声に従い、結局桐生は彼の隣に座った。
「これを見て欲しいんだ」
草摩が差し出したのは紙片だった。手にとると、何かのチケットらしいということがわかる。桐生は目を丸くした。
「何ですか? これ」
「YOKOのコンサートのチケット」
「……は?」
桐生は草摩を見返した。
「何でそれがこんなところに?」
「絵音がお母さんとコンサートに行ったら、YOKOのマネージャーとかいうのが渡してきたんだって」
――以前YOKOがお世話になった七条草摩君と桐生千影さんに、これをお渡しいただけませんか。
「……罠かしら」
「いや、まさか」
真面目な顔でつぶやく絵音に、草摩は苦笑する。
「でも……」
「絵音さんはYOKO――いえ、冴木(さえき)百合子のコンサートに行かれたんですね? 何故ですか?」
突然の桐生の問いに、絵音は表情を引き締めた。
「母が仕事の関係で彼女に会ったんです。インタビューに同席したとかで、それで」
「絵音のお母さんってデザイナーさんじゃなかった? インタビューにも行くのか?」
「ううん、そんなことないの」
絵音は首を横に振った。MaxMan
「何だか向こうが母のデザインに興味を持って、一緒に来てくれって言われたみたい」
「嘘くせえなあ」
「私もそう思う」
ため息混じりにつぶやく絵音。桐生は軽く顎に手を当てた。
「ふむ……それで、お母様の分と貴方の分のチケットをもらったんですね?」
「ええ、そうです」
「それでお二人がコンサートに行って――この」
桐生は手元のそれに目を落とした。
「チケットを渡された、と」
「私たちが行ったのは先週のO公演だったんです。で、渡されたのは来週のK公演のチケット」
「最寄の公演のチケットを用意したってわけか」
草摩は感心したような口調でつぶやいた。
「えらく手の込んだことを……」
「これで何の目的もない訳がないわ」
絵音は少し心配そうな顔で草摩を見つめている。草摩は安心させるように明るく笑ってみせた。
「さすがに俺たちをどうこうはできないだろ。向こうは舞台、こっちは客席だぜ?」
「マネージャーもいるでしょ?」
「そりゃそうだけどさ」
「いっそオークションで転売しましょうか。YOKOのチケットなら高く売れると思いますよ」
桐生は嘲笑とも苦笑ともつかない奇妙な笑いを浮かべながら、チケットを電灯に透かすようなしぐさをした。もちろん透かしなど入ってはいない。
「はは……」
草摩は渇いた笑い声を立てる。それに打ち消されるくらいの小さな声で、絵音がつぶやいた。
「でも……あの人、今は一体どう思っているのかしらね」
独り言のように続ける。
「双子の妹を身代わりに仕立てて、自分が成り代わって――妹の名前であっという間に成功して……」
「…………」
桐生は絵音の横顔を眺める。その脳裏に、冴木百合子との短い会話が思い出された。
――茶番ではない人生が、この世にあるとでも思っていらっしゃるのですか?
そう言って笑っていた百合子の口元。
――貴方は、貴方の人生から逃げた。それだけですよ。
桐生の言葉に、さっと青ざめた百合子の頬。
思い出せる。まだ、自分ははっきりと記憶している。百合子は――どうだろうか。彼女もまだ、覚えているだろうか。
……覚えているからこそ、彼らを呼んだのだろう。彼女が仕掛けたことの真相に気が付いたのは、恐らく草摩と絵音、そして自分の三人だけだ。だが百合子が三人とも記憶しているかどうかはわからない。実のところ、直接彼女と話をしたのは自分しかいない。
――ということは、本当に彼女が呼びたいのは……僕かもしれない……?
桐生は眉をひそめ、ずれてもいない眼鏡を押し上げた。
「草摩君」
「ん?」
顔を上げた草摩は、いつものように真っ直ぐな眼差しで桐生を見返した。その強さに、桐生は何故かほっとする。
「行ってみましょうか。コンサート」
「……そうしようか」
草摩は笑っている。だから、きっと大丈夫。桐生の胸のうちを、たとえようもないような穏やかな安堵が満たす。――百合子の目的が何であれ、自分たちは決して負けない。そんな気がした。威哥王
自分がこのような高級ホテルに泊まったのはもうどれくらい昔かと考えをめぐらせ、雪村初子(ゆきむらはつこ)はため息をついた。──きっと新婚旅行だ。夫と別居した今となってはあれもただ滑稽な思い出でしかないが……。
「YOKOさん、デビューアルバムが異例の売れ行きを見せていますが」
初子ははっと我にかえった。そうだ、今は仕事中。同僚である友人が新進気鋭のピアニスト、YOKOにインタビューをしている最中である。
初子は小さな雑誌社でデザインの仕事をしている。彼女はライターではないから、記事の内容に関与していない。そんな彼女がこうしてインタビューの場に同席するのは初めてのことだった。YOKO自らがデザイナーである初子に興味を示したのだというが、その辺りの事情は良くわからない。
「私の音楽を受け入れて下さる方が思いの外たくさんいらっしゃって、正直驚いています」
YOKO。本名は知られていない。年は初子の娘と同じくらい──確かまだ音大生だと聞いている。染めたことなどないのだろう、艶やかな黒髪は長く、いささか直線的に過ぎるほどだった。たとえが悪いが、まるで何かの呪いを掛けられた日本人形のような、そんな美しさ──この危うい魅力が、彼女のアルバムの売上にも一役買っているのかもしれない。
彼女はあくまでも落ち着いた口調だった。最近は各種マスコミに持ち上げられていながら、浮かれた様子などは全くない。
「私の音楽はどちらかといえば内向的だと言われていて、私自身誰かに聞かせることには無頓着だったのですが」
「YOKOさんの師は吾妻春枝(あがつまはるえ)さんですよね。先生は今何と?」
「先生は最初、アルバム作成には反対だったんです」
YOKOは目を伏せた。
「録音してしまえば音楽はそこから先に進めなくなる──私はまだその段階ではない、と」
吾妻春枝は十年前ほどに一世を風靡した名ピアニストであった。しかし今は持病の糖尿病が悪化して両脚が不自由となり、車椅子生活を余儀なくされている。後進の指導に熱心に取り組んでいるという話だ。
師弟関係に突っ込んで話を聞くことは得策ではないと感じたのだろう、友人は話を変えた。
「アルバムの中で、特にお気に入りの曲は?」
「そうですね、どれも好きな曲ばかりを集めたものですけれど──」
初子は手元のCDを見下ろした。ジャケットは彼女本人の写真だが、ふたりの彼女が向かい合わせに立ち互いの手を合わせている……まるで鏡か、それとも双子のような。
──そういえば、私はどこかでこの人に会っているような気がする。
初子は眉をひそめた。思い出せない。最近物忘れが激しくなった。歳を取るのは嫌なものだ……。
「コンサートのご予定もおありとか」
「ええ」
YOKOは彼女の背後に佇んでいた若い男性に軽く合図した。端正な顔立ちにも関わらずひどく無表情なその男は、胸ポケットから何やら取り出して友人と初子の前にそれぞれ置いた。どうやらチケットらしい。初子の前には二枚、おそらく友人にも同じだけの枚数が渡されているだろう。
男はマネージャーだと言っていたか。YOKOとは年齢的にも容貌もお似合いだが……。ふと初子は娘とその交際相手を思い出した。少し変わっているその青年を、初子は自分でも意外なほど気に入っている。礼儀正しく、溌剌としていて、かと思えば思慮深く──何より重要なのは娘を大切に扱ってくれているということ。我が娘ながら一癖も二癖もある子なのだが、彼にとってはそれがいいらしい。「蓼食う虫も好き好きね」とつぶやいたところ、娘はひどくむくれていたっけ。
「お忙しいところ、お時間ありがとうございました」
ふと気付くと友人が立ち上がり、礼を述べている。インタビューは終わりのようだ。今日はどうも意識が集中しないな、と初子は思った。
YOKOは年齢不相応に落ち着いた笑みでそれに応えている。
「こちらこそ、私などのためにわざわざご足労下さって……」
ふ、と彼女の視線が初子をとらえた。
「雪村さん……でいらっしゃいますよね?」
「え、ええ」
インタビューが始まってから、YOKOが初子に声を掛けたのはこれが初めてだった。面食らった初子が目を瞬かせると、YOKOはくすりと笑って言葉を続ける。
「お嬢さまと良く似ていらっしゃいますわ」
「絵音(かいね)をご存知で……?」
「お時間ですよ、YOKOさん」
マネージャーに遮られ、初子は口をつぐむ。YOKOも笑ったまま初子の問いには答えなかった。
「それでは失礼致します」
部屋を出るYOKO、従う青年。取り残された中年女性ふたりは、自分の子供のような年代の彼らに、どこか圧倒されたような様相であった。
初子がYOKOを思い出すまでにはさほど時間が掛からなかった。娘に聞くまでもない。ちょうどその日発売の女性誌が、YOKOに関して少々踏み込んだ記事を掲載していたのである。
──美人ピアニスト・YOKOの双子の姉は元医大生、半年前に自殺!巨人倍増枸杞カプセル
「これはさあ、載せちゃなんないわよねえ。かわいそうに」
取材帰りの喫茶店。カメラマンを先に帰し、ふたりは駅でその雑誌を購入した。なぜか罪悪感があったのは、まだYOKO本人の印象が鮮烈だからだろうか。
初子は友人の吐き出す煙草のけむりに顔をしかめる。しかし友人はそれが自分の発言への同意だと受け取ったらしい。まあ、あながち間違ってはいない。
初子は小さくつぶやいた。
「うちの娘もちょっと巻き込まれてね。病院ですれ違ったのかも」
友人は目を丸くしてうなずく。
「そう……それで」
娘はあまりあの事件について語ろうとしない。嫌な体験だっただろうし、初子も無理にとは思っていないが、やはりまだ少しは気に掛かっている。
「でもやっぱり芸術家ってちょっと神経が違うのかしらね」
友人はぺらぺらと雑誌をめくりながらつぶやいた。
「『姉の死を乗り越え才能を開花させた』……か」
「わかんないわよ、本人の気持ちなんて」
初子はコーヒーをすすった。酸味がきつすぎて、あまり美味しいとは思えなかった。
「案外引きずっているかも」
「でも、YOKOの名が知られ出したのってここ半年よ。それに以前はそんなに目立つ子じゃなかったって……これはみんな言ってる」
「みんなって誰?」
嫌味交じりの初子の問いは、彼女には聞こえなかったらしい。
「きっと何かあったのよ。間違いないわ」
「…………」
「あのマネージャーとも噂になってるしねー。知ってる? あれ吾妻慎二(しんじ)って言ってね、吾妻春枝の息子なの」
一息にまくし立てた後、友人は突然我に返ったように身を引き、ため息をついた。
「……大変だわね、人気者は」
「つぶれてしまわなければいいけれど……」
「確かにね。まだ若いし……そうでなくても、急に人気が出るとみんなどこかおかしくなっちゃうから」
だが、彼女に限ってそういったことは起こらないような気がした。根拠などない。ただ、あえて言えばあの落ち着き払った態度。どこか陰のある美貌。そのすべてが、どこか浮世離れした雰囲気を漂わせている。「呪いの掛かった人形」――自分で思い浮かべた表現だが、それがあまりにもぴったり当てはまる。しかしきっと彼女は人形などではないだろう。誰かに操られることなど、彼女が是とするとは思えない……。
初子は彼女の笑みを思い出して小さく身震いする。──何か、得体の知れない不気味な感覚。それを、人は予感と呼ぶのかもしれない……。
ただその醜悪な姿を鏡で眺めていても、嫌悪を感じるどころか、大歓迎で小おどりしたいくらいのものだったのだ。これも私自身なのだ。それは自然であって、人間味が感じられた。私の目には、精神の躍動する姿が感じられ、いままで自分だと思っていた不完全で分裂した態度よりも、ずっとはっきりしていてひたむきに思われた。
アンコールを終えても客席の拍手はまだ収まらなかった。それを雑音であるかのように聞き流しながら、楽屋でYOKOは頭頂部にまとめていた長い髪を下ろす。鏡を見つめ、少しだけ微笑んだ。そこに誰かがいるかのように。
――とん、とん。控えめなノックの音に、YOKOは軽く答えた。
「どうぞ?」
「失礼します」
入ってきた人物を鏡越しに確認し、YOKOは首をわずかに傾げる。
「慎二さん。ご用はお済みになったの?」
「うん」
吾妻慎二は頷き、YOKOの隣の椅子に腰を掛けた。
「君に言われたとおり、雪村親子に渡してきた。……それで良かったんだよね?」
「ええ、そうです」
「…………」
YOKOをじっと見つめ、慎二は小さくため息をついた。YOKOは表情を翳らせ、慎二の顔を覗き込む。その手が彼の腕に触れ、慎二はわずかに身じろぎした。
「どうかしましたか?」
「……いつまでその口調なんだ、百合子(ゆりこ)。俺は」
「あら、その名は呼ばない約束でしょう?」
YOKOの見せる笑みに、慎二は言葉を詰まらせる。そんな彼の緊張を優しくほぐすかのように、YOKOの声は甘く響いた。
「大丈夫、お約束したことは守ります。何もかもがうまくいけば――」
聴衆を魅了してやまない音を紡ぎだす、YOKOのほっそりと長く骨ばった指先。それが慎二の伸びた前髪をかき上げ、耳にそっと掛けていった。
「私は自由になれるわ。そして、貴方も」
慎二はYOKOを抱き寄せようと腕を伸ばす。だが彼の手が彼女の真っ黒なドレスに触れる前に、彼女はするりと身を引いた。まるで彼の意図になど気付いていないかのように自然な身のこなし。だがきっと気付いていたはずだ。慎二は手を握りしめる。
「では、私は先生のところに行って来ます」
「……ああ」
慎二はため息混じりに言葉を吐き出した。そして無理やりに自分の中のモードをYOKOのマネージャーへと切り替える。
「待っています」
うなずく自分に、YOKOは満足そうに微笑んだ。長い髪が彼女を追って軌跡を描く。慎二はそれをじっと見つめていた。
――そうだ。きっと何もかもうまくいく。そして、自分は必ずこの女を手に入れてみせる。中絶薬RU486
「一緒にはおいでにならない?」
思い出したように振り返り、YOKOはあどけなく微笑んでみせた。思わず胸を高鳴らせた自分に、慎二は苦笑を浮かべる。
「いや……母さんには会いたくない」
「わかりました。じゃ、後ほど」
ぱたん、と閉まる扉の音。慎二はそれを目を閉じて聞いていた。
慎二さん。私にはね、双子の姉がいるのよ。とっても素敵な姉。私よりずっと賢くて、優しくて、ピアノも姉の方が上手いくらいなの。――いや、慎二さんには会わせたくないわ。だって慎二さん、姉を好きになってしまうかもしれないもの。
「葉子(ようこ)」
慎二はつぶやく。
「お前の言ったとおりだったな……」
だがこれは彼女の言うようなそんな綺麗な感情ではない。好きだとか嫌いだとか、そんなものではない。執着、好奇、嗜虐――形にならないどろどろとしたものが、ただ彼女の方を向いているだけ。まるで血に飢えた殺人鬼のように。
きっと……、葉子を殺したのは百合子に違いない。それは間違いない。だが、何故彼女は慎二にそれをほのめかしたのだろう。一体何が目的だったのだろう。
――私の本当の名前は、百合子というのよ。
葉子とそっくりの顔で、しかし全く違う微笑みを浮かべる女、百合子。
先ほどから握りしめたままだった拳をそっと開いてみる。彼女に触れることのできなかった掌には、じんわりと不気味な熱がこもっているようだった。
その日、いつもより随分早い時間に帰宅した桐生千影(きりゅうちかげ)を待ち受けていたのは、額をつき合わせて深刻な顔をしている若者たちだった。一人は桐生の同居人、七条草摩(しちじょうそうま)である。向きあって腰掛けているのは草摩の恋人、雪村絵音だ。
「あ、おかえり」
物音に気付いたのか、草摩がふと顔を上げた。桐生は目を瞬かせながら返事をする。
「……ただいま」
絵音がぺこりと頭を下げる。
「こんばんは、お邪魔しています」
「あー、いえむしろ僕のほうがお邪魔だったのでは」
「いやそんなんじゃないから」
草摩に軽くあしらわれて、桐生は少し寂しそうな顔をした。草摩は怪訝そうに尋ねる。
「どうした?」
「もう少し前ならもっと初々しく恥じらってくれていたのに……時間の流れって、残酷ですね」
「お前はあほか」
不意に、絵音が身を乗り出した。
「ちょうど良かった。桐生さんにも聞いていただきたかったんです」
「僕にご用ですか?」
「ええ」
桐生はネクタイの首元を緩めながら、二人の座るソファに近付いた。L字型のソファの九十度になる位置に二人は座っていた。草摩の隣か、絵音の隣か、どちらに座ろうか迷う。いっそどちらかに寄ってくれればと思うのだが、二人は全く気付いていない。
「いいから座れって。ほら、こっち」
草摩の声に従い、結局桐生は彼の隣に座った。
「これを見て欲しいんだ」
草摩が差し出したのは紙片だった。手にとると、何かのチケットらしいということがわかる。桐生は目を丸くした。
「何ですか? これ」
「YOKOのコンサートのチケット」
「……は?」
桐生は草摩を見返した。
「何でそれがこんなところに?」
「絵音がお母さんとコンサートに行ったら、YOKOのマネージャーとかいうのが渡してきたんだって」
――以前YOKOがお世話になった七条草摩君と桐生千影さんに、これをお渡しいただけませんか。
「……罠かしら」
「いや、まさか」
真面目な顔でつぶやく絵音に、草摩は苦笑する。
「でも……」
「絵音さんはYOKO――いえ、冴木(さえき)百合子のコンサートに行かれたんですね? 何故ですか?」
突然の桐生の問いに、絵音は表情を引き締めた。
「母が仕事の関係で彼女に会ったんです。インタビューに同席したとかで、それで」
「絵音のお母さんってデザイナーさんじゃなかった? インタビューにも行くのか?」
「ううん、そんなことないの」
絵音は首を横に振った。MaxMan
「何だか向こうが母のデザインに興味を持って、一緒に来てくれって言われたみたい」
「嘘くせえなあ」
「私もそう思う」
ため息混じりにつぶやく絵音。桐生は軽く顎に手を当てた。
「ふむ……それで、お母様の分と貴方の分のチケットをもらったんですね?」
「ええ、そうです」
「それでお二人がコンサートに行って――この」
桐生は手元のそれに目を落とした。
「チケットを渡された、と」
「私たちが行ったのは先週のO公演だったんです。で、渡されたのは来週のK公演のチケット」
「最寄の公演のチケットを用意したってわけか」
草摩は感心したような口調でつぶやいた。
「えらく手の込んだことを……」
「これで何の目的もない訳がないわ」
絵音は少し心配そうな顔で草摩を見つめている。草摩は安心させるように明るく笑ってみせた。
「さすがに俺たちをどうこうはできないだろ。向こうは舞台、こっちは客席だぜ?」
「マネージャーもいるでしょ?」
「そりゃそうだけどさ」
「いっそオークションで転売しましょうか。YOKOのチケットなら高く売れると思いますよ」
桐生は嘲笑とも苦笑ともつかない奇妙な笑いを浮かべながら、チケットを電灯に透かすようなしぐさをした。もちろん透かしなど入ってはいない。
「はは……」
草摩は渇いた笑い声を立てる。それに打ち消されるくらいの小さな声で、絵音がつぶやいた。
「でも……あの人、今は一体どう思っているのかしらね」
独り言のように続ける。
「双子の妹を身代わりに仕立てて、自分が成り代わって――妹の名前であっという間に成功して……」
「…………」
桐生は絵音の横顔を眺める。その脳裏に、冴木百合子との短い会話が思い出された。
――茶番ではない人生が、この世にあるとでも思っていらっしゃるのですか?
そう言って笑っていた百合子の口元。
――貴方は、貴方の人生から逃げた。それだけですよ。
桐生の言葉に、さっと青ざめた百合子の頬。
思い出せる。まだ、自分ははっきりと記憶している。百合子は――どうだろうか。彼女もまだ、覚えているだろうか。
……覚えているからこそ、彼らを呼んだのだろう。彼女が仕掛けたことの真相に気が付いたのは、恐らく草摩と絵音、そして自分の三人だけだ。だが百合子が三人とも記憶しているかどうかはわからない。実のところ、直接彼女と話をしたのは自分しかいない。
――ということは、本当に彼女が呼びたいのは……僕かもしれない……?
桐生は眉をひそめ、ずれてもいない眼鏡を押し上げた。
「草摩君」
「ん?」
顔を上げた草摩は、いつものように真っ直ぐな眼差しで桐生を見返した。その強さに、桐生は何故かほっとする。
「行ってみましょうか。コンサート」
「……そうしようか」
草摩は笑っている。だから、きっと大丈夫。桐生の胸のうちを、たとえようもないような穏やかな安堵が満たす。――百合子の目的が何であれ、自分たちは決して負けない。そんな気がした。威哥王
2014年6月8日星期日
魔王様とわたし
城だ。
わたしはその圧倒的で人工的な塊を呆然と見上げる。それは一般的なイメージの「城」とは全く違っていたけれど、確かに城だった。それ以外の何ものでもなかった。
表面は黒くつるつるとしていて、足場になりそうなものは何もない。形はといえば、床から生えた円錐の先端をつまんで軽く捻りあげたような──少なくとも対称性とは完全に無縁。D9 催情剤
「これが……」
わたしは知らずつぶやいていた。
「アルケナン・オ・アビシアの城──」
この地を目指して旅を始めてから、七年の月日が経っていた。
アルケナン・オ・アビシアとは、シシーヴァ大陸に伝わる伝説の魔王である。神々との戦いに幾度も打ち勝ったと言われるその強大な存在は、最後の戦いの後に城の中で永遠の眠りについたのだという。神々は魔王を殺すことはできなかったが、封じ込めることは可能だったということらしい。
とはいえ伝説は伝説――そもそも城の在り処さえ不明なのだから、伝説の真偽は確かめようもない。信心深いひとでさえ、魔王については半信半疑であることが多い。
それでも、わたしは信じた。
わたしが旅に出たのは十五歳のとき。いろいろあって――本当にいろいろあって、完全にひとりぼっちになったわたしは、何故かそのときこの伝説を思い出したのだ。
アルケナン・オ・アビシア。永遠の魔王。
城の壁に手を触れてみる。ひんやりとして冷たい。
「扉なんて、あるのかしら……」
わたしはつぶやく。扉があるのなら、魔王はそこから抜け出すこともできるだろう。城に閉じ込められている――つまり、出入り口などないと考えた方が良いかもしれない。
とっさに剣の柄に手を掛けて、わたしは苦笑した。剣の腕はひとなみ以上だという自負はあるけれど、まさかこの城に向かって歯がたつわけがない。魔術だって同じことだ。
けれど、この城に入らなければここまで来た意味がない。わたしは城を見に来たのではなく、魔王に会いに来たのだから。
「どうしよう」
ここに来ることだけを考えていたせいで、どうやって城の中に入るかまで考えが及ばなかったのだ。あまりにも初歩的なミス。
もう一度、城壁に手を伸ばした――そのとき。
「?!」
黒い手が、わたしの手首をつかんだ。そのまますごい力でわたしを引き寄せる。
「え……?」
手は壁から生えているように見える。むしろ壁の一部ですらあるような……。
――まあいいや。
わたしはふっと力を抜く。とたんに体が壁に勢い良くぶつかる――ことはなく――
「きゃあ!」
わたしはバランスを崩し、前方に転がった。床は柔らかなカーペットに覆われていて、ぶつけた膝もたいして痛くはない。
――もしかして、城の中に入れた?
わたしは顔を起こし、辺りを見回した。全体的にぼんやりと薄暗く、広い部屋にも関わらず、壁にかかった燭台だけが唯一の光源のようだ。窓はない。床に敷き詰められた赤いカーペット。向こうには重厚なつくりのテーブルセットが置かれているのが見えた。
玄関というふうには見えない。どちらかといえば……食堂?
わたしは立ち上がり、服の裾をはたいた。そういえば埃っぽくもかび臭くもない。もしかしたら魔術でメンテナンスされているのかもしれないけれど……。
「――おい」
「?!」
わたしは弾かれたように振り向いた。いつの間にか、背後にひとが佇んでいる。――いや、本当にひと、だろうか。
「何だお前。どっから入った」
「……え、いや。あの」
声から判断すると、まだ若い男のようだった。真っ黒な長い髪、同じ色の目――ただし顔の右上半分は不思議な形の仮面に覆われている。背が高くて、小柄なわたしを見下ろすその姿は恐ろしいほどの威厳にあふれていた。
「入ったっていうか……お城から手が生えて連れて来られたっていうか」
「名前は?」
「……フレデリカ・メルノー」
「フレデリカ、ね」
男はゆったりと腕を組んだ。彼のまとう服は一見どこにでもあるような黒っぽい地味なものだったけれど、縫製の跡がどこにもない。
「大体想像はついているだろうが――おれはこの城の主。お前たちはおれをこう呼んでいる――アルケナン・オ・アビシア、と」
わたしはぽつりとつぶやいた。
「あなたが、魔王……?」
皮肉っぽくつりあがった唇、斜に構えた眼差し。造形がいいからまだいいけれど、そうでなければただのちんぴらだ。そういえば裏の家のお姉ちゃんがこういうタイプの男のひとに騙されて痛い目にあっていたっけ。
「見えないんだけど……」
「うるせえな。見た目はどうでもいいんだよ、見た目は」
魔王はそれらしくない口調でつぶやき、わたしを無遠慮にじろじろと眺め回した。
「それにしてもこんな小娘がねえ……へえ……」
「?」
「まあいい。城の判断だからな」
良くわからないことをぶつぶつとつぶやいている。
「それで? おれに何か用か」
「えっと、魔王さん」
「その呼び方はやめろ。なんかむかつく」
「じゃ、じゃあアルケナン・オ・アビシュ……アビシア」
「そこで噛むなよ! ……ああもう」
魔王はわたしにびしりと人差し指をつきつけた。
「ジゼルだ。おれのことはジゼルって呼べ」
「ジゼル」
「さんくらい付けろ」
「ジゼルさん」
「よし」
魔王――ジゼルは満足げにうなずいた。
なに、このひと。
わたしはくすりと笑う。ほんとうにこのひとが伝説の魔王なのだろうか。まあ、違うとしても構わないけれど。
「ジゼルさん」
「何だ」
ジゼルはぱちりと指を鳴らした。床から突然ソファが生えてきて、彼はそれにどっかりと腰を下ろした。長い足をこれ見よがしに組む。
「お前も座れば?」
振り向くと、私の後ろにもソファが出現していた。おそるおそる、わたしはその柔らかなクッションに体を埋める。
「――あなたはどうしてこの城から出ないの?」
「…………」
ジゼルは少し黙り、わたしをじっと見つめた。
「伝説は知ってるんだろ?」
「あなたがここから出て来られない――ってやつね? わたし、そんなこと信じられないわ」
「何でだよ」
そのとき彼の表情を彩ったのは、確かに嘲笑だった。麻黄
「どこの世界でも、魔王ってのは神様に勝てないようにできてるんだ。そんなもんさ」
「でも、あなたは神々に打ち勝った。神々はあなたを滅ぼせなかった」
「…………」
「あなたは、ほんとうに魔王なの……?」
「…………」
ジゼルはふう、とため息をついた。
「そんなこと聞きにきたのか。おせっかいな小娘だ」
「フレデリカよ」
「それ聞いた」
また、前触れもなく床からテーブルが出現した。その上にはアフタヌーンティセットがふたつ。わたしは驚いてジゼルを見つめる。
「食っていいぞ」
「……う、うん」
わたしはそっとカップを手に取った。――まさか、魔王にお茶を勧められるとは思わなかった。
「この城はな。おれを閉じ込めてるわけじゃない」
ジゼルはスコーンをかじった。
「おれを守ってるんだ」
「……神々の追っ手から? それとも」
「すべてから、だよ」
ジゼルはそう言いながら、手を仮面に伸ばした。ゆっくりとそれを取り去る――。
「あ……」
思わず、声が洩れた。
仮面の下に隠れていた右目。それは光り輝く黄金の色だった。
「城がお前をここに入れたってことは、お前がおれに危害を加えるつもりなんてないってことだ。昔たくさんやってきた勇者とか英雄とかいうやつらとは違う――それにしたって、この城を探し出した努力と根性はたいしたものだがな」
「がんばったもの」
「……お前、変」
ジゼルの金の目が躍った。
「だが――悪くない」
わたしはカップを傾ける。何かの果実のお茶なのか、ふんわりと甘い香りが広がった。
「ひとつおとぎばなしを聞かせてやろう。くだらない話だがな」
ジゼルはぽつり、ぽつりと語り始めた。
――かつて、シシーヴァ大陸を支配していたのは人間とは違う別の種族だった。無限とも思われるほど強大な魔力を持つ彼らは、その金の目が由来となりゴルダ・アイと呼ばれた――それは自分たちで名乗ったのではない。名付けたのは、人間だった。
はじめ、人間たちはゴルダ・アイたちを神と崇めた――しかし人間たちの数が増えるにしたがって、ゴルダ・アイは迫害を受けるようになった。人間はシシーヴァ大陸の覇権を望んだのである。
ゴルダ・アイは生殖能力に優れず、個体数は少ない。そして、その魔力に反比例するかのようにその性質はひどく温厚で、争いを好まなかった。
やがて、ゴルダ・アイはシシーヴァ大陸を捨てた――。
わたしは瞬きを繰り返した。さすがのわたしにだってわかる。ジゼルはゴルダ・アイの血を引くのだ。間違いない。
「……じゃあ、何故あなたはここにいるの?」
「おれの目を良く見ろ。片方は金色だが、片方は黒いだろうが」
「え、ええ」
「混血だ」
「……コン、ケツ? 人間と……ゴルダ・アイの?」
「そう」
ジゼルは深くため息をついた。
「なんつうか……おれは半端だったんだな。純血のゴルダ・アイみたいに大陸を渡るほどの力はない。とはいえ人間に混じって生きることもできない。仕方がないからゴルダ・アイはおれにこの城をプレゼントしてくれた。おれに悪意を持つ者を自動的に避け、それでも向かってくるものは排除するシステムを」
「……えっと、じゃあ」
わたしの頭がようやくめぐり始める。
「わたしたちの伝説にある神々っていうのは、たぶん……」
「ゴルダ・アイ討伐に一役買った人間の部族長とか、その辺のことだろ」
ジゼルは行儀悪く膝に肘をつきながら答えた。
「じゃあ、あなたも……」
「魔王なんて威勢のいいもんじゃねえよ。人間どもからへいこら逃げてる、ただの腑抜け」
わたしは言葉を選びながら尋ねる。
「ずいぶん、長生きなのね?」
「城の副作用かなァ。おれ、これ以上老けねえんだわ。……不老不死ってやつか」
ジゼルは遠い目をした。わたしは胸元でぎゅっと拳を握る。
「さびしくない?」
「別に。慣れてるし」
あっけらかんとしたものだった。その乾いた口調に、逆にわたしの胸が痛む。
「そんな顔すんなよ。同情されるのは嫌いなんだ」老虎油
「同情じゃ……ない」
「そうか? ならいいけどさ」
「あのね、ジゼルさん……」
わたしは意を決して口を開いた。
「わたし――この城に住みたいの」
「へっ?」
ジゼルの手からカップが落ちる。それは床に液体をぶちまけることなく、音もなくカーペットへと吸い込まれていった。城の、魔術だ。
「い、いや、あのな」
「わたしね――」
わたしはジゼルに自分の身の上話を語った。それはもう、ここに記すこともできないほど壮絶な。ジゼルは徐々に顔を青ざめさせ、やがて掌で口元を覆った。
「お前……」
「そういうわけで」
わたしは肩をすくめる。
「ひとりになったわたしが思い出したのが、永遠の魔王の伝説だったというわけ」
――ひとりぼっちで城に棲み続ける魔王。さびしくないわけがないと思った。自分などよりももっともっとさびしいに違いないと……。
「それで、おれに会いに来たのか? 七年もかけて?」
「うん」
「……お前、やっぱり変だよ」
そういうジゼルの顔は穏やかだった。
「会ってみて、どうだ。幻滅したか」
「いいえ」
わたしは首を横に振る。――伝説の真実は意外だったけれど……、でも、何となくわたしは予想していたような気がした。この城を見つけるために各地の伝承を聞き回り、古文書の類も散々読み漁ってきたから。
「だからお願い。わたしをここに住まわせて」
「フレデリカ」
ジゼルは険しい顔でわたしの名前を呼んだ。
「お前、意味わかってるのか? ここじゃ時間は流れない。生殺しみたいなもんだ」
「生殺しだって半殺しよりはましだし、本当に殺されるよりはもっとまし。そうでしょう?」
「そりゃあ……。でもな」
ジゼルは真剣な眼差しでわたしを見ている。ああ、このひとはほんとうにわたしを心配しているんだな、と思った。不思議なものだ。まだ出会って間もない魔王が、こうしてわたしと正面から向き合ってくれているなんて。
「お前はまだ生きなきゃならないと、おれは思う」
「生きた結果があれでも?」
ジゼルの眼差しは揺らがなかった。
「そうだ。お前には……生きるための、世界があるんだから」
「……あなたには、ない?」
「ないよ」
ジゼルは投げやりに呟いた。わたしの眉が寄る。
「じゃあ、あなたにそんなこと言う権利なんてないじゃない」
「おれがお前をここに住まわせる義理の方がないだろうが」
「あなたがわたしといっしょに外に出るというのなら、出て行ってあげるわよ」
――それは、ふとした思い付きの言葉だった。けれどジゼルのあまりにも呆気にとられた表情を見ていて、いけるかもしれない、と思う。
魔王を連れて外へ出る――なかなか面白い。
「い、いや、おれは……」
「いいじゃない。目くらい眼帯とか眼鏡とかで何とか誤魔化せるわよ」
「魔力は……」
「ジゼルさんが制御すればいい話でしょ」
「え……でも……」
「わたしの目から見てもジゼルさんは人間とほとんど変わらない。気になるとすれば目だけよ。それさえ隠しちゃえばふつうに生きていけるわ」
「……別にそこまでして生きたくない」
ぶすっと答えるジゼルに、わたしは苦笑した。
「あなたが言ったのよ――『お前はまだ生きなきゃならない』って。まだ本当の意味で生きたこともないひとが言っていい台詞じゃないと思うわ」
「…………」
ジゼルは視線を落として黙り込んだ。
たっぷりの沈黙の後、おそるおそるといった様子で口を開く。
「生きて……いけるのか……」
「だいじょうぶ。わたしがあなたを守ってあげる」
わたしは自信たっぷりにうなずいた。
「大概のことは経験してきたもの」
「そりゃ心強い」
力なく笑うジゼルに、わたしは微笑む。
「でしょ?」
「しかし城が出してくれるかなあ」
「城は、あなたを守っているのよね」
わたしは考え考えしながら言った。
「だとしたら――世界があなたにとってまだ危険だということなら、きっと城は出してくれないと思う」
しかし、城はわたしを受け入れたのだ。そこにはきっと、意味がある。
「とりあえず試してみましょうよ。あなたも世界を見てみたくはない?」
その世界を支配しているのは、どうしようもない理由で聡明なゴルダ・アイを追い出してしまった人間たちだけれど、わたしもまたその人間のひとりだ。そのことを、わたしは忘れかけていたような気がする。魔王とその城を追いかけている間に、自分はもう人間ではないような気がしていた。
たしかに――まだ、わたしは生きなくちゃならない。
「ううん……」
唸る魔王に、わたしは手を差し伸べた。
「さあ」
さらさらと崩れていく黒い砂。風に舞い、まるで黒い霧であるかのようにたなびいた。それは、さっきまで城だったもの。ジゼルはそれを茫然と眺めている。威哥十鞭王
城はその役目を終えた。魔王を追い回す神々も勇者も、今はもうどこにもいない。すべては伝説の中だけで生きている。城もまた、同じ。
けれど魔王だけは違う。彼は伝説から飛び出して、これから現実の中を生きるのだ。なかなかに苛酷だけど、それでも捨てたものじゃない、そんな人生を。
「仮面じゃ目立つでしょ。はい」
わたしの渡したハンカチで、ジゼルは不器用に右目を隠す。
「お前……本当にむちゃくちゃだなあ」
「魔王様に言われたくないわ」
わたしはくるりと振り返る。ジゼルはぶすっとつぶやいた。
「魔王って言うな」
「じゃあ、ジゼル」
わざと「さん」を付けないで呼んでみる――彼はもはや言い直さなかった。
「……なあ、何でこんなことになってるんだ」
風に混じる呆れを含んだ低い声。わたしは振り向くことなく言い切った。
「なりゆきよ」
「なりゆき……って」
たまたま立ち寄った村がたまたま盗賊団の被害に悩んでいて、魔導師然とした旅人であるわたしたちが、たまたま討伐を依頼された。なりゆき以外の何ものでもない。
「盗賊はひとの財産を力づくで奪いとる輩なのよ。だったら力づくで奪い返したって問題ないわ」
「奪い返すだけ、か? 全部あの村人たちに返す気、あるのか」
彼の鋭い質問にもわたしは慌てない。
「ちょっとくらいくすねるのは可」
「いや不可だろそりゃあ……」
「ジゼル」
わたしはしぶしぶ振り向いた。というのも彼の大きな手ががっちりとわたしの肩をつかんでいて、離してくれそうにはなかったからだ。このまま盗賊団のアジトを目前にして言い争うのも馬鹿らしい。
「あなたはあのお城に閉じこもっていたから知らないでしょうけど、人間社会っていうのはそういうものなの。労働には対価が必要なのよ」
「お前、村からも代金取るんだろ。前金受け取ってたの、見たぞ」
「う……」
「だいたい何でおれが盗賊退治なんざ……」
長い黒髪を掻きながら、彼──ジゼルはぼやいた。長身で、黒づくめの格好はなかなかに立派なのだが、目つきはどこぞのちんぴら風。
「仕方ないじゃない。生きるにはお金がいるし、盗賊退治って割がいいんだから」
自慢ではないが、わたしはそうやって生きてきたのだ。過酷な境遇から生き延びるためにおのずと強くなったわたしは、その力を利用して糊口をしのいできたのである。時に賞金首を追い、時に盗賊団を一網打尽にして、そうやって稼いだお金から──。
「あなたの今までの食費やら宿代やらが出てるのよ? ジゼル」
「うっ……」
ジゼルは小さくうめいた。わたしはため息をつく。
「無一文魔王」
ジゼルはかっと頬を赤く染めた。
「わ、悪かったな! しょうがねえだろう、金なんてあの城にはなかったんだから……」
そう、ジゼルの正体は何を隠そうあの伝説の魔王なのだ。アルケナン・オ・アビシア──子供でも知っているその伝承は、彼本人が語った事実とはだいぶ違っているのだけれど……まあ、いろいろあって、今はわたしの旅の連れとなっている。
この魔王、つい先日まで何でも床や壁から湧いてくる魔法のお城に引きこもっていたせいで、世間知らずなことこの上ない。だが、わたしは彼のそういうところが嫌ではない。何となく、ほっとするのだ。幼い頃から世間の荒波に揉まれてきたわたしにとって、世俗に疎い彼は新鮮で、微笑ましい。
「それはそうと」
わたしは話を切り上げ、前を向いた。
「ジゼル──もう後には引けないわよ」
「え?」
「なぜなら……わたしが、いきなり魔法で殴りこむから」
彼がとっさに反応できないうちに、わたしは呪文を唱える。
「…………」
大爆発を起こしたアジトを前に、ジゼルは目を点にしていた。田七人参
わたしはその圧倒的で人工的な塊を呆然と見上げる。それは一般的なイメージの「城」とは全く違っていたけれど、確かに城だった。それ以外の何ものでもなかった。
表面は黒くつるつるとしていて、足場になりそうなものは何もない。形はといえば、床から生えた円錐の先端をつまんで軽く捻りあげたような──少なくとも対称性とは完全に無縁。D9 催情剤
「これが……」
わたしは知らずつぶやいていた。
「アルケナン・オ・アビシアの城──」
この地を目指して旅を始めてから、七年の月日が経っていた。
アルケナン・オ・アビシアとは、シシーヴァ大陸に伝わる伝説の魔王である。神々との戦いに幾度も打ち勝ったと言われるその強大な存在は、最後の戦いの後に城の中で永遠の眠りについたのだという。神々は魔王を殺すことはできなかったが、封じ込めることは可能だったということらしい。
とはいえ伝説は伝説――そもそも城の在り処さえ不明なのだから、伝説の真偽は確かめようもない。信心深いひとでさえ、魔王については半信半疑であることが多い。
それでも、わたしは信じた。
わたしが旅に出たのは十五歳のとき。いろいろあって――本当にいろいろあって、完全にひとりぼっちになったわたしは、何故かそのときこの伝説を思い出したのだ。
アルケナン・オ・アビシア。永遠の魔王。
城の壁に手を触れてみる。ひんやりとして冷たい。
「扉なんて、あるのかしら……」
わたしはつぶやく。扉があるのなら、魔王はそこから抜け出すこともできるだろう。城に閉じ込められている――つまり、出入り口などないと考えた方が良いかもしれない。
とっさに剣の柄に手を掛けて、わたしは苦笑した。剣の腕はひとなみ以上だという自負はあるけれど、まさかこの城に向かって歯がたつわけがない。魔術だって同じことだ。
けれど、この城に入らなければここまで来た意味がない。わたしは城を見に来たのではなく、魔王に会いに来たのだから。
「どうしよう」
ここに来ることだけを考えていたせいで、どうやって城の中に入るかまで考えが及ばなかったのだ。あまりにも初歩的なミス。
もう一度、城壁に手を伸ばした――そのとき。
「?!」
黒い手が、わたしの手首をつかんだ。そのまますごい力でわたしを引き寄せる。
「え……?」
手は壁から生えているように見える。むしろ壁の一部ですらあるような……。
――まあいいや。
わたしはふっと力を抜く。とたんに体が壁に勢い良くぶつかる――ことはなく――
「きゃあ!」
わたしはバランスを崩し、前方に転がった。床は柔らかなカーペットに覆われていて、ぶつけた膝もたいして痛くはない。
――もしかして、城の中に入れた?
わたしは顔を起こし、辺りを見回した。全体的にぼんやりと薄暗く、広い部屋にも関わらず、壁にかかった燭台だけが唯一の光源のようだ。窓はない。床に敷き詰められた赤いカーペット。向こうには重厚なつくりのテーブルセットが置かれているのが見えた。
玄関というふうには見えない。どちらかといえば……食堂?
わたしは立ち上がり、服の裾をはたいた。そういえば埃っぽくもかび臭くもない。もしかしたら魔術でメンテナンスされているのかもしれないけれど……。
「――おい」
「?!」
わたしは弾かれたように振り向いた。いつの間にか、背後にひとが佇んでいる。――いや、本当にひと、だろうか。
「何だお前。どっから入った」
「……え、いや。あの」
声から判断すると、まだ若い男のようだった。真っ黒な長い髪、同じ色の目――ただし顔の右上半分は不思議な形の仮面に覆われている。背が高くて、小柄なわたしを見下ろすその姿は恐ろしいほどの威厳にあふれていた。
「入ったっていうか……お城から手が生えて連れて来られたっていうか」
「名前は?」
「……フレデリカ・メルノー」
「フレデリカ、ね」
男はゆったりと腕を組んだ。彼のまとう服は一見どこにでもあるような黒っぽい地味なものだったけれど、縫製の跡がどこにもない。
「大体想像はついているだろうが――おれはこの城の主。お前たちはおれをこう呼んでいる――アルケナン・オ・アビシア、と」
わたしはぽつりとつぶやいた。
「あなたが、魔王……?」
皮肉っぽくつりあがった唇、斜に構えた眼差し。造形がいいからまだいいけれど、そうでなければただのちんぴらだ。そういえば裏の家のお姉ちゃんがこういうタイプの男のひとに騙されて痛い目にあっていたっけ。
「見えないんだけど……」
「うるせえな。見た目はどうでもいいんだよ、見た目は」
魔王はそれらしくない口調でつぶやき、わたしを無遠慮にじろじろと眺め回した。
「それにしてもこんな小娘がねえ……へえ……」
「?」
「まあいい。城の判断だからな」
良くわからないことをぶつぶつとつぶやいている。
「それで? おれに何か用か」
「えっと、魔王さん」
「その呼び方はやめろ。なんかむかつく」
「じゃ、じゃあアルケナン・オ・アビシュ……アビシア」
「そこで噛むなよ! ……ああもう」
魔王はわたしにびしりと人差し指をつきつけた。
「ジゼルだ。おれのことはジゼルって呼べ」
「ジゼル」
「さんくらい付けろ」
「ジゼルさん」
「よし」
魔王――ジゼルは満足げにうなずいた。
なに、このひと。
わたしはくすりと笑う。ほんとうにこのひとが伝説の魔王なのだろうか。まあ、違うとしても構わないけれど。
「ジゼルさん」
「何だ」
ジゼルはぱちりと指を鳴らした。床から突然ソファが生えてきて、彼はそれにどっかりと腰を下ろした。長い足をこれ見よがしに組む。
「お前も座れば?」
振り向くと、私の後ろにもソファが出現していた。おそるおそる、わたしはその柔らかなクッションに体を埋める。
「――あなたはどうしてこの城から出ないの?」
「…………」
ジゼルは少し黙り、わたしをじっと見つめた。
「伝説は知ってるんだろ?」
「あなたがここから出て来られない――ってやつね? わたし、そんなこと信じられないわ」
「何でだよ」
そのとき彼の表情を彩ったのは、確かに嘲笑だった。麻黄
「どこの世界でも、魔王ってのは神様に勝てないようにできてるんだ。そんなもんさ」
「でも、あなたは神々に打ち勝った。神々はあなたを滅ぼせなかった」
「…………」
「あなたは、ほんとうに魔王なの……?」
「…………」
ジゼルはふう、とため息をついた。
「そんなこと聞きにきたのか。おせっかいな小娘だ」
「フレデリカよ」
「それ聞いた」
また、前触れもなく床からテーブルが出現した。その上にはアフタヌーンティセットがふたつ。わたしは驚いてジゼルを見つめる。
「食っていいぞ」
「……う、うん」
わたしはそっとカップを手に取った。――まさか、魔王にお茶を勧められるとは思わなかった。
「この城はな。おれを閉じ込めてるわけじゃない」
ジゼルはスコーンをかじった。
「おれを守ってるんだ」
「……神々の追っ手から? それとも」
「すべてから、だよ」
ジゼルはそう言いながら、手を仮面に伸ばした。ゆっくりとそれを取り去る――。
「あ……」
思わず、声が洩れた。
仮面の下に隠れていた右目。それは光り輝く黄金の色だった。
「城がお前をここに入れたってことは、お前がおれに危害を加えるつもりなんてないってことだ。昔たくさんやってきた勇者とか英雄とかいうやつらとは違う――それにしたって、この城を探し出した努力と根性はたいしたものだがな」
「がんばったもの」
「……お前、変」
ジゼルの金の目が躍った。
「だが――悪くない」
わたしはカップを傾ける。何かの果実のお茶なのか、ふんわりと甘い香りが広がった。
「ひとつおとぎばなしを聞かせてやろう。くだらない話だがな」
ジゼルはぽつり、ぽつりと語り始めた。
――かつて、シシーヴァ大陸を支配していたのは人間とは違う別の種族だった。無限とも思われるほど強大な魔力を持つ彼らは、その金の目が由来となりゴルダ・アイと呼ばれた――それは自分たちで名乗ったのではない。名付けたのは、人間だった。
はじめ、人間たちはゴルダ・アイたちを神と崇めた――しかし人間たちの数が増えるにしたがって、ゴルダ・アイは迫害を受けるようになった。人間はシシーヴァ大陸の覇権を望んだのである。
ゴルダ・アイは生殖能力に優れず、個体数は少ない。そして、その魔力に反比例するかのようにその性質はひどく温厚で、争いを好まなかった。
やがて、ゴルダ・アイはシシーヴァ大陸を捨てた――。
わたしは瞬きを繰り返した。さすがのわたしにだってわかる。ジゼルはゴルダ・アイの血を引くのだ。間違いない。
「……じゃあ、何故あなたはここにいるの?」
「おれの目を良く見ろ。片方は金色だが、片方は黒いだろうが」
「え、ええ」
「混血だ」
「……コン、ケツ? 人間と……ゴルダ・アイの?」
「そう」
ジゼルは深くため息をついた。
「なんつうか……おれは半端だったんだな。純血のゴルダ・アイみたいに大陸を渡るほどの力はない。とはいえ人間に混じって生きることもできない。仕方がないからゴルダ・アイはおれにこの城をプレゼントしてくれた。おれに悪意を持つ者を自動的に避け、それでも向かってくるものは排除するシステムを」
「……えっと、じゃあ」
わたしの頭がようやくめぐり始める。
「わたしたちの伝説にある神々っていうのは、たぶん……」
「ゴルダ・アイ討伐に一役買った人間の部族長とか、その辺のことだろ」
ジゼルは行儀悪く膝に肘をつきながら答えた。
「じゃあ、あなたも……」
「魔王なんて威勢のいいもんじゃねえよ。人間どもからへいこら逃げてる、ただの腑抜け」
わたしは言葉を選びながら尋ねる。
「ずいぶん、長生きなのね?」
「城の副作用かなァ。おれ、これ以上老けねえんだわ。……不老不死ってやつか」
ジゼルは遠い目をした。わたしは胸元でぎゅっと拳を握る。
「さびしくない?」
「別に。慣れてるし」
あっけらかんとしたものだった。その乾いた口調に、逆にわたしの胸が痛む。
「そんな顔すんなよ。同情されるのは嫌いなんだ」老虎油
「同情じゃ……ない」
「そうか? ならいいけどさ」
「あのね、ジゼルさん……」
わたしは意を決して口を開いた。
「わたし――この城に住みたいの」
「へっ?」
ジゼルの手からカップが落ちる。それは床に液体をぶちまけることなく、音もなくカーペットへと吸い込まれていった。城の、魔術だ。
「い、いや、あのな」
「わたしね――」
わたしはジゼルに自分の身の上話を語った。それはもう、ここに記すこともできないほど壮絶な。ジゼルは徐々に顔を青ざめさせ、やがて掌で口元を覆った。
「お前……」
「そういうわけで」
わたしは肩をすくめる。
「ひとりになったわたしが思い出したのが、永遠の魔王の伝説だったというわけ」
――ひとりぼっちで城に棲み続ける魔王。さびしくないわけがないと思った。自分などよりももっともっとさびしいに違いないと……。
「それで、おれに会いに来たのか? 七年もかけて?」
「うん」
「……お前、やっぱり変だよ」
そういうジゼルの顔は穏やかだった。
「会ってみて、どうだ。幻滅したか」
「いいえ」
わたしは首を横に振る。――伝説の真実は意外だったけれど……、でも、何となくわたしは予想していたような気がした。この城を見つけるために各地の伝承を聞き回り、古文書の類も散々読み漁ってきたから。
「だからお願い。わたしをここに住まわせて」
「フレデリカ」
ジゼルは険しい顔でわたしの名前を呼んだ。
「お前、意味わかってるのか? ここじゃ時間は流れない。生殺しみたいなもんだ」
「生殺しだって半殺しよりはましだし、本当に殺されるよりはもっとまし。そうでしょう?」
「そりゃあ……。でもな」
ジゼルは真剣な眼差しでわたしを見ている。ああ、このひとはほんとうにわたしを心配しているんだな、と思った。不思議なものだ。まだ出会って間もない魔王が、こうしてわたしと正面から向き合ってくれているなんて。
「お前はまだ生きなきゃならないと、おれは思う」
「生きた結果があれでも?」
ジゼルの眼差しは揺らがなかった。
「そうだ。お前には……生きるための、世界があるんだから」
「……あなたには、ない?」
「ないよ」
ジゼルは投げやりに呟いた。わたしの眉が寄る。
「じゃあ、あなたにそんなこと言う権利なんてないじゃない」
「おれがお前をここに住まわせる義理の方がないだろうが」
「あなたがわたしといっしょに外に出るというのなら、出て行ってあげるわよ」
――それは、ふとした思い付きの言葉だった。けれどジゼルのあまりにも呆気にとられた表情を見ていて、いけるかもしれない、と思う。
魔王を連れて外へ出る――なかなか面白い。
「い、いや、おれは……」
「いいじゃない。目くらい眼帯とか眼鏡とかで何とか誤魔化せるわよ」
「魔力は……」
「ジゼルさんが制御すればいい話でしょ」
「え……でも……」
「わたしの目から見てもジゼルさんは人間とほとんど変わらない。気になるとすれば目だけよ。それさえ隠しちゃえばふつうに生きていけるわ」
「……別にそこまでして生きたくない」
ぶすっと答えるジゼルに、わたしは苦笑した。
「あなたが言ったのよ――『お前はまだ生きなきゃならない』って。まだ本当の意味で生きたこともないひとが言っていい台詞じゃないと思うわ」
「…………」
ジゼルは視線を落として黙り込んだ。
たっぷりの沈黙の後、おそるおそるといった様子で口を開く。
「生きて……いけるのか……」
「だいじょうぶ。わたしがあなたを守ってあげる」
わたしは自信たっぷりにうなずいた。
「大概のことは経験してきたもの」
「そりゃ心強い」
力なく笑うジゼルに、わたしは微笑む。
「でしょ?」
「しかし城が出してくれるかなあ」
「城は、あなたを守っているのよね」
わたしは考え考えしながら言った。
「だとしたら――世界があなたにとってまだ危険だということなら、きっと城は出してくれないと思う」
しかし、城はわたしを受け入れたのだ。そこにはきっと、意味がある。
「とりあえず試してみましょうよ。あなたも世界を見てみたくはない?」
その世界を支配しているのは、どうしようもない理由で聡明なゴルダ・アイを追い出してしまった人間たちだけれど、わたしもまたその人間のひとりだ。そのことを、わたしは忘れかけていたような気がする。魔王とその城を追いかけている間に、自分はもう人間ではないような気がしていた。
たしかに――まだ、わたしは生きなくちゃならない。
「ううん……」
唸る魔王に、わたしは手を差し伸べた。
「さあ」
さらさらと崩れていく黒い砂。風に舞い、まるで黒い霧であるかのようにたなびいた。それは、さっきまで城だったもの。ジゼルはそれを茫然と眺めている。威哥十鞭王
城はその役目を終えた。魔王を追い回す神々も勇者も、今はもうどこにもいない。すべては伝説の中だけで生きている。城もまた、同じ。
けれど魔王だけは違う。彼は伝説から飛び出して、これから現実の中を生きるのだ。なかなかに苛酷だけど、それでも捨てたものじゃない、そんな人生を。
「仮面じゃ目立つでしょ。はい」
わたしの渡したハンカチで、ジゼルは不器用に右目を隠す。
「お前……本当にむちゃくちゃだなあ」
「魔王様に言われたくないわ」
わたしはくるりと振り返る。ジゼルはぶすっとつぶやいた。
「魔王って言うな」
「じゃあ、ジゼル」
わざと「さん」を付けないで呼んでみる――彼はもはや言い直さなかった。
「……なあ、何でこんなことになってるんだ」
風に混じる呆れを含んだ低い声。わたしは振り向くことなく言い切った。
「なりゆきよ」
「なりゆき……って」
たまたま立ち寄った村がたまたま盗賊団の被害に悩んでいて、魔導師然とした旅人であるわたしたちが、たまたま討伐を依頼された。なりゆき以外の何ものでもない。
「盗賊はひとの財産を力づくで奪いとる輩なのよ。だったら力づくで奪い返したって問題ないわ」
「奪い返すだけ、か? 全部あの村人たちに返す気、あるのか」
彼の鋭い質問にもわたしは慌てない。
「ちょっとくらいくすねるのは可」
「いや不可だろそりゃあ……」
「ジゼル」
わたしはしぶしぶ振り向いた。というのも彼の大きな手ががっちりとわたしの肩をつかんでいて、離してくれそうにはなかったからだ。このまま盗賊団のアジトを目前にして言い争うのも馬鹿らしい。
「あなたはあのお城に閉じこもっていたから知らないでしょうけど、人間社会っていうのはそういうものなの。労働には対価が必要なのよ」
「お前、村からも代金取るんだろ。前金受け取ってたの、見たぞ」
「う……」
「だいたい何でおれが盗賊退治なんざ……」
長い黒髪を掻きながら、彼──ジゼルはぼやいた。長身で、黒づくめの格好はなかなかに立派なのだが、目つきはどこぞのちんぴら風。
「仕方ないじゃない。生きるにはお金がいるし、盗賊退治って割がいいんだから」
自慢ではないが、わたしはそうやって生きてきたのだ。過酷な境遇から生き延びるためにおのずと強くなったわたしは、その力を利用して糊口をしのいできたのである。時に賞金首を追い、時に盗賊団を一網打尽にして、そうやって稼いだお金から──。
「あなたの今までの食費やら宿代やらが出てるのよ? ジゼル」
「うっ……」
ジゼルは小さくうめいた。わたしはため息をつく。
「無一文魔王」
ジゼルはかっと頬を赤く染めた。
「わ、悪かったな! しょうがねえだろう、金なんてあの城にはなかったんだから……」
そう、ジゼルの正体は何を隠そうあの伝説の魔王なのだ。アルケナン・オ・アビシア──子供でも知っているその伝承は、彼本人が語った事実とはだいぶ違っているのだけれど……まあ、いろいろあって、今はわたしの旅の連れとなっている。
この魔王、つい先日まで何でも床や壁から湧いてくる魔法のお城に引きこもっていたせいで、世間知らずなことこの上ない。だが、わたしは彼のそういうところが嫌ではない。何となく、ほっとするのだ。幼い頃から世間の荒波に揉まれてきたわたしにとって、世俗に疎い彼は新鮮で、微笑ましい。
「それはそうと」
わたしは話を切り上げ、前を向いた。
「ジゼル──もう後には引けないわよ」
「え?」
「なぜなら……わたしが、いきなり魔法で殴りこむから」
彼がとっさに反応できないうちに、わたしは呪文を唱える。
「…………」
大爆発を起こしたアジトを前に、ジゼルは目を点にしていた。田七人参
2014年6月5日星期四
竜討伐後のバウマイスター騎士爵領にて
「行商隊が来たぞぉーーー!」
「今回は、何か珍しい物でもあるのかね?」
「贅沢言うなや、塩の確保が最低限だがや」
オイラの名前は、フリッツ。三体牛鞭
リンガイア大陸の南端、ブライヒレーダー辺境伯領から飛竜が飛ぶ山脈を越えた開拓村に住む農民だ。
年齢は二十六歳で、家族は両親に嫁に子供が二人。
子供は男の子が五歳で、女の子が三歳。
他にホルストと言う弟が居るんだけど、こいつは隣の村落に婿入りしている。
その家に、男の子供が産まれなかったからだ。
オイラは良く知らないが、うちの村落の名主様と隣の村落の名主様が相談して決めたらしい。
この開拓村は、山脈の南側に唯一存在する人が住む場所だ。
何でも、百年以上も前に今のお館様の四代前のお館様が王都から人を連れて移住し、百年以上もかけてここまで開拓したらしい。
想像を絶する苦労だとは思うのだが、オイラに言わせれば『フーン』の一言で終ってしまう。
それに、今だって別に楽をして生きていけるわけではないんだ。
十数年も前の話だけど、オイラがまだ未成年だった頃に大規模な出兵があった。
この村落からも、三十名ほどがお館様から命令されて出陣したんだ。
お館様の大叔父に当たる従士長様が重たそうな鎧を纏い、農耕馬とは違う綺麗な馬に乗っていたのを少年時代のオイラは記憶している。
でも、遠征は失敗して三十名の内五名しか戻って来なかった。
当然、その従士長様も、その補佐をしていた息子様達も戻らなかったそうだ。
数少ない生き残りは、みんなボロボロの状態で痩せ細っていたのを記憶している。
途中で飢えから馬を殺して食べ、槍を杖代わりに何とか数百キロを歩いて戻って来たらしい。
途中、怪我が悪化したり、病気になったり、狼の群れに襲われたりで。
どうしても、置いて行かざるを得なかった仲間も居た。
生き残った五名が、悔しそうに語っていたのを記憶している。
それに、彼らだって無傷というわけではない。
妙に暗闇を怖がったり、秋の団体狩猟で大きな猪や熊を見て恐慌したりと。
彼らが行った場所は『魔の森』という場所らしいけど、相当に恐ろしい目に遭ったようだ。
あと問題になったのは、村落同士の対立って奴だな。
この開拓地の正式名称は、バウマイスター騎士爵領。
騎士様のお館様が存在している。
領内は、大まかに三つの村落に別れていて、人口は合計で七百名ちょっと。
騎士様の領地としては大きい方らしいけど、うちの領地は貧しいからなぁ。
遠征の失敗で、人口が減ってしまったのは大きかった。
んで、こんな時になぜか、農地の拡張を行うので労役に参加せよとお館様から命令が来たんだ。
当然、うちの名主様も隣の村落の名主様も反対したさ。
働き手が減って今の農地維持で精一杯なのに、なぜ開墾計画を急ぐのかと。
それよりも、冬に備えて狩猟を強化すれば良いと。
オイラに言わせれば、うちと隣の名主様の方が正しいわな。
正しいけど、お館様と、お館様に娘を妾として差し出している本村落の名主クラウス様の意見が通ってしまったんだけど。
おかげで、オイラも忙しかった。
十四歳なら、大人と同等に見なされて働かされるからな。
それ以下の子供でも、たまに合間に遊ぶ程度でみんな開墾に家の手伝いにと精を出したんだ。
当然、川で魚を獲ったり森で狩猟や採集をする時間が無くなって食事が貧相になった。
この領地で暗い時間に外に出るのは危険だから、夜に狩猟などを行うわけにもいかない。
明るい時間を全て開墾と農作業に取られると、当然厳しいわな。
麦の収穫は増えていたけど、みんなお館様が税収以外でも食べる分以外は買い取ってしまうからなぁ。
当然不満は出るし、その麦の買い取り資金や開墾費用の一部が、あの出兵で戦死した者の遺族に渡す一時金の一部だという噂もあった。男宝
何でも、出兵を強要したブライヒレーダー辺境伯様が規定以上のお金を払ったのに、規定以上の分をお館様がピンハネしたらしいのだ。
嫌な噂だけど、普段は碌に娯楽すらない村落だからな。
噂は、静かに密かに広がった物さ。
おかげで、暫く食事は薄い塩味野菜スープとボソボソの黒パンだけだった。
しかも、昼食は抜きで。
三食食べるなんて、名主様の家とお館様の家くらいなんだけど。
でも、山脈を越えたブライヒブルクではみんな三食らしいけどな。
それを聞いたら、少し羨ましくなってしまったんだ。
こんな状態なので、近所に住んでいる幼馴染のボリスが今度来る商隊に付いて村を出るらしい。
何でも、ブライヒブルクにある工房に弟子入りするんだと。
ボリスの両親は、彼が三男なので反対はしなかった。
名主様からは、一家の大黒柱を失った農家に婿入りしてくれと頼まれていたらしいけど、ボリスはまだ十二歳だしな。
婿入りは不可能だし、その間彼に実家で肩身の狭い思いをさせるのも酷だと思う。
結局、ボリスは村を出て行ったんだ。
オイラも、それで良かったと思っている。
あっ、そうそう。
ここからが、一番大切な話になる。
開墾がもう少しで終わりそうになった頃、オイラが二十歳になってそろそろ嫁をと言う話になっていた時に。
お館様の八男様について、少し噂が広まったんだ。
何でも、その八男様は魔法が使えるらしい。
どの程度かは良くは知らない。
何しろ、顔すら見た事が無いからな。
少しの水を出せる程度かもしれないし、岩山を魔法で吹き飛ばせるかもしれないし。
本当、噂っていい加減な物だがや。
でも、せっかくだから。
今、オイラも含めて五名で懸命に動かしている大岩を魔法でどかしてくれないかなと思うのは、オイラが怠け者だから?
暫くして本村落の連中が、『ヴェンデリン様の魔法は大した物でもない。当てにしないで開墾に精を出せ』と言って来た。
どうやら、お館様の八男様はヴェンデリン様と言うらしい。
何で知らないんだよと言われそうだけど、八男様なんて村にも残れないはずで、オイラ達が無理に覚える必要は無いと思うんだよね。
あと、魔法は実際に見てないから何とも言えない。
何しろ、言って来たのが本村落の連中だからな。
このバウマイスター騎士爵領が、三つの村に別れている理由。
それは、地域対立があるからなんだし。
昔のお館様が王都のスラムから連れて来た住民の子孫が、お館様の屋敷もある本村落。
名主はクラウス様で、彼はお館様に娘を妾として差し出し。
果ては、税収業務の一切合財を取り仕切っているので、領内の実質ナンバー2だ。
当然、評判は良くないわな。
うちの名主様も隣の名主様も、大嫌いだと明言しているほどだ。
オイラ達からすれば、名主様でも雲の上の人だからそっちは別にどうでも良いと思うんだ。
でも、本村落の連中は嫌いだな。
あの連中、最初に入植したから自分達がオイラ達よりも偉いと思っているんだ。
プライドが高いのな。
うちと隣は、第二次・第三次の募集で入植して出身地もバラバラ。
でも、百年以上も一緒に住んでいるし、本村落の連中が嫌いな面で一致しているから仲も悪くない。
しかし、こんな小さな領内で対立って、やっぱりうちの領地は貧乏臭いよな。
そういうのは、王都に住んでいる大貴族様のお仕事だと思うんだ。男根増長素
『少し良いかな?』
『はい? ええと、確かヴェンデリン様で?』
前に少しだけ噂になったウェンデリン様だけど、オイラは数度話をした事があるんだ。
ヴェンデリン様は、自分で獲った獲物と大豆を交換に来ていたから。
『今日は、ホロホロ鳥と野ウサギが二羽ずつだ。大豆との交換を頼みたい』
『ホロホロ鳥は、ありがたいです』
ヴェンデリン様は、まだ小さいのに狩猟が大変にお上手だ。
ホロホロ鳥なんて、うちの村落で一番の猟師であるはずのインゴルフですら、三日に一羽も獲れれば御の字の獲物なのだから。
でも、何で大豆なのかな?
これって、スープの具を増すのと、家畜の餌くらいにしか使えないのに。
まあ、取り引きはこちらに物凄く有利だし、貴族様に質問なんて緊張するからしないけど。
『あと、子実が青い物も交換して欲しい』
『青い大豆をですか?』
『中の実が大きくなって、黄色くなって来る直前の物が良いな』
『はあ、そうですか』
『茹でて、塩を振って食べると美味しいんだ』
何というか、変わった貴族様だったとオイラは記憶していたんだ。
でも、本当に青い大豆を茹でた物は美味しかった。
なぜか酒が欲しくなるんだけど、酒はここではそんなに飲めないから、それだけは残念だと思う。
『大豆は、一定の間隔で植えた方が他の作物の成長を助ける』
『なるほど』
一回だけ、ヴェンデリン様はこう仰っていた。
半信半疑だったけど、確かに作物の成長は悪くないんだよな。
それから、また本村落の連中が噂していたな。
『ヴェンデリン様は、生来の気質で少し怠け者なのだ。早くに、村を出て行くから問題は無いのだが』
と言っているんだけど、やっぱり本村落の連中が言っているから当てにはならない。
怠け者が、狩猟でプロよりも成果を出せるはずもないし。
それとなくうちの名主様に聞いてみたんだけど、本村落の連中からすると、優秀な弟ってのは領地の秩序を乱す存在なのだそうだ。
『あの連中は、生え抜きとしてのプライドが高い。よって、お館様にクルト様の継承秩序を乱すのを恐れる』
全体的に領地が豊かになるよりも、自分達が本村落で生え抜きとして優位に立てる方が大切。
田舎だと、こういう考え方は珍しくないそうだ。
オイラは、少しでも豊かになった方が良いと思うんだけど。
『人間とはそういう生き物だ。あと、ワシにはクラウスの考えが理解できん』
クラウス様は、本村落の名主様だ。
なのに、お館様やクルト様に完全追随というわけでもないらしい。
裏で何かをしているという噂もあるし、良く理解できない、危険な人間なのだそうだ。
それと、うちの名主様はユルゲン様って言うんだ。
クラウス様に比べれば、遙かに良い名主様だと思うんだけど。
『その前に、人間として嫌いだがな!』
『ユルゲン様、聞こえたら大変だってばよ』
そんな経緯の後、十二歳になられたヴェンデリン様は村を出て行った。
何でも、冒険者になるべくブライヒブルクの学校に入学するらしい。
『大豆で、ホロホロ鳥が食える生活は終わりか……』
こう嘆く村民は多かったんだよな。
何か、本村落の連中はほっと肩を撫で降ろしていたようだけど。V26Ⅳ美白美肌速効
跡継ぎのクルト様と比べられて、色々と大変だったのかな?
前にも、エーリッヒ様という五男様のせいで同じような事があったらしいけど。
そして、ヴェンデリン様が村を出てから二回目の商隊の到着。
領内にお店が無いので、みんなこぞって押し寄せる。
値段は少し高かったが、みんな貨幣で買える珍しい物に飢えているから懸命に吟味して買っている。
最初に、生きるのに必要な塩を買ってからだけど。
「みなさん、今日はブライヒブルクで刷られた号外を持って来ましたよ」
何でも、商隊が出発直前に配られた物らしい。
早速に貰って読むと、そこにはあのヴェンデリン様が伝説の古代竜を退治した記事が書かれていた。
うちは田舎だけど、最低限読み書きくらいは出来るからね。
教会で、今にも死にそうな神父さんが教えてくれるから。
庶民文字のひらがなとカタカナだけで、漢字はやっぱり難しいけど。
「ヴェンデリン様って、あの怠け者の?」
「そんな噂、当てになるか。本村落の連中が言っていた事だぞ」
「あいつら、クルト様に媚びて優遇されているからな」
こんな貧乏領地で優遇されても、高が知れているというもの。
そもそも、本当に優遇されているかも怪しいんだけど。
お館様の屋敷がある村落に住んでいて、自分達は生え抜きだ。
そういうプライドだけで、彼らは満足しているんだと思う。
「倒した古代竜の素材を王国に買い取って貰って大金を得た。双竜勲章という凄い勲章を貰って、準男爵に叙任されたか」
「全然、怠け者じゃないじゃん!」
確かに、竜を倒す怠け者って聞いた事がない。
しかも、こんな田舎出身とは思えない大人物にしか見えないわな。
というか、何でこれほどのお人を、お館様は手放したんだろう?
号外を見たみんながそう思っているようだ。
一方、その号外を面白く無さそうに見ている連中がいる。
本村落の連中だ。
あと、クラウス様も居るんだが、彼は笑みを崩さないままで不気味だった。
なるほど、ユルゲン様の言う通りだな。
「しかし、これは……」
ユルゲン様は、どう判断もつかないと言った表情をしていた。
「ユルゲン様?」
「もう数年で、この僻地に大きな変化が起こる可能性が高い。果たして、吉と出るか凶と出るか?」
そして、三ヵ月後の今年三回目の商隊が、ヴェンデリン様が二匹目の竜を倒して男爵となり、また大金を得て、枢機卿とか言う偉い人の孫娘と婚約したという情報を持ち込む。
「良かった、この領地は豊かになるぞ」
「ヴェンデリン様万歳だよな」
無邪気に喜んでいる人がいるんだけど、果たして本当にそうなのかな?
オイラには、そう話が上手く行くとは思えないんだけど。V26Ⅲ速效ダイエット
あのユルゲン様の表情を見ていると。
「今回は、何か珍しい物でもあるのかね?」
「贅沢言うなや、塩の確保が最低限だがや」
オイラの名前は、フリッツ。三体牛鞭
リンガイア大陸の南端、ブライヒレーダー辺境伯領から飛竜が飛ぶ山脈を越えた開拓村に住む農民だ。
年齢は二十六歳で、家族は両親に嫁に子供が二人。
子供は男の子が五歳で、女の子が三歳。
他にホルストと言う弟が居るんだけど、こいつは隣の村落に婿入りしている。
その家に、男の子供が産まれなかったからだ。
オイラは良く知らないが、うちの村落の名主様と隣の村落の名主様が相談して決めたらしい。
この開拓村は、山脈の南側に唯一存在する人が住む場所だ。
何でも、百年以上も前に今のお館様の四代前のお館様が王都から人を連れて移住し、百年以上もかけてここまで開拓したらしい。
想像を絶する苦労だとは思うのだが、オイラに言わせれば『フーン』の一言で終ってしまう。
それに、今だって別に楽をして生きていけるわけではないんだ。
十数年も前の話だけど、オイラがまだ未成年だった頃に大規模な出兵があった。
この村落からも、三十名ほどがお館様から命令されて出陣したんだ。
お館様の大叔父に当たる従士長様が重たそうな鎧を纏い、農耕馬とは違う綺麗な馬に乗っていたのを少年時代のオイラは記憶している。
でも、遠征は失敗して三十名の内五名しか戻って来なかった。
当然、その従士長様も、その補佐をしていた息子様達も戻らなかったそうだ。
数少ない生き残りは、みんなボロボロの状態で痩せ細っていたのを記憶している。
途中で飢えから馬を殺して食べ、槍を杖代わりに何とか数百キロを歩いて戻って来たらしい。
途中、怪我が悪化したり、病気になったり、狼の群れに襲われたりで。
どうしても、置いて行かざるを得なかった仲間も居た。
生き残った五名が、悔しそうに語っていたのを記憶している。
それに、彼らだって無傷というわけではない。
妙に暗闇を怖がったり、秋の団体狩猟で大きな猪や熊を見て恐慌したりと。
彼らが行った場所は『魔の森』という場所らしいけど、相当に恐ろしい目に遭ったようだ。
あと問題になったのは、村落同士の対立って奴だな。
この開拓地の正式名称は、バウマイスター騎士爵領。
騎士様のお館様が存在している。
領内は、大まかに三つの村落に別れていて、人口は合計で七百名ちょっと。
騎士様の領地としては大きい方らしいけど、うちの領地は貧しいからなぁ。
遠征の失敗で、人口が減ってしまったのは大きかった。
んで、こんな時になぜか、農地の拡張を行うので労役に参加せよとお館様から命令が来たんだ。
当然、うちの名主様も隣の村落の名主様も反対したさ。
働き手が減って今の農地維持で精一杯なのに、なぜ開墾計画を急ぐのかと。
それよりも、冬に備えて狩猟を強化すれば良いと。
オイラに言わせれば、うちと隣の名主様の方が正しいわな。
正しいけど、お館様と、お館様に娘を妾として差し出している本村落の名主クラウス様の意見が通ってしまったんだけど。
おかげで、オイラも忙しかった。
十四歳なら、大人と同等に見なされて働かされるからな。
それ以下の子供でも、たまに合間に遊ぶ程度でみんな開墾に家の手伝いにと精を出したんだ。
当然、川で魚を獲ったり森で狩猟や採集をする時間が無くなって食事が貧相になった。
この領地で暗い時間に外に出るのは危険だから、夜に狩猟などを行うわけにもいかない。
明るい時間を全て開墾と農作業に取られると、当然厳しいわな。
麦の収穫は増えていたけど、みんなお館様が税収以外でも食べる分以外は買い取ってしまうからなぁ。
当然不満は出るし、その麦の買い取り資金や開墾費用の一部が、あの出兵で戦死した者の遺族に渡す一時金の一部だという噂もあった。男宝
何でも、出兵を強要したブライヒレーダー辺境伯様が規定以上のお金を払ったのに、規定以上の分をお館様がピンハネしたらしいのだ。
嫌な噂だけど、普段は碌に娯楽すらない村落だからな。
噂は、静かに密かに広がった物さ。
おかげで、暫く食事は薄い塩味野菜スープとボソボソの黒パンだけだった。
しかも、昼食は抜きで。
三食食べるなんて、名主様の家とお館様の家くらいなんだけど。
でも、山脈を越えたブライヒブルクではみんな三食らしいけどな。
それを聞いたら、少し羨ましくなってしまったんだ。
こんな状態なので、近所に住んでいる幼馴染のボリスが今度来る商隊に付いて村を出るらしい。
何でも、ブライヒブルクにある工房に弟子入りするんだと。
ボリスの両親は、彼が三男なので反対はしなかった。
名主様からは、一家の大黒柱を失った農家に婿入りしてくれと頼まれていたらしいけど、ボリスはまだ十二歳だしな。
婿入りは不可能だし、その間彼に実家で肩身の狭い思いをさせるのも酷だと思う。
結局、ボリスは村を出て行ったんだ。
オイラも、それで良かったと思っている。
あっ、そうそう。
ここからが、一番大切な話になる。
開墾がもう少しで終わりそうになった頃、オイラが二十歳になってそろそろ嫁をと言う話になっていた時に。
お館様の八男様について、少し噂が広まったんだ。
何でも、その八男様は魔法が使えるらしい。
どの程度かは良くは知らない。
何しろ、顔すら見た事が無いからな。
少しの水を出せる程度かもしれないし、岩山を魔法で吹き飛ばせるかもしれないし。
本当、噂っていい加減な物だがや。
でも、せっかくだから。
今、オイラも含めて五名で懸命に動かしている大岩を魔法でどかしてくれないかなと思うのは、オイラが怠け者だから?
暫くして本村落の連中が、『ヴェンデリン様の魔法は大した物でもない。当てにしないで開墾に精を出せ』と言って来た。
どうやら、お館様の八男様はヴェンデリン様と言うらしい。
何で知らないんだよと言われそうだけど、八男様なんて村にも残れないはずで、オイラ達が無理に覚える必要は無いと思うんだよね。
あと、魔法は実際に見てないから何とも言えない。
何しろ、言って来たのが本村落の連中だからな。
このバウマイスター騎士爵領が、三つの村に別れている理由。
それは、地域対立があるからなんだし。
昔のお館様が王都のスラムから連れて来た住民の子孫が、お館様の屋敷もある本村落。
名主はクラウス様で、彼はお館様に娘を妾として差し出し。
果ては、税収業務の一切合財を取り仕切っているので、領内の実質ナンバー2だ。
当然、評判は良くないわな。
うちの名主様も隣の名主様も、大嫌いだと明言しているほどだ。
オイラ達からすれば、名主様でも雲の上の人だからそっちは別にどうでも良いと思うんだ。
でも、本村落の連中は嫌いだな。
あの連中、最初に入植したから自分達がオイラ達よりも偉いと思っているんだ。
プライドが高いのな。
うちと隣は、第二次・第三次の募集で入植して出身地もバラバラ。
でも、百年以上も一緒に住んでいるし、本村落の連中が嫌いな面で一致しているから仲も悪くない。
しかし、こんな小さな領内で対立って、やっぱりうちの領地は貧乏臭いよな。
そういうのは、王都に住んでいる大貴族様のお仕事だと思うんだ。男根増長素
『少し良いかな?』
『はい? ええと、確かヴェンデリン様で?』
前に少しだけ噂になったウェンデリン様だけど、オイラは数度話をした事があるんだ。
ヴェンデリン様は、自分で獲った獲物と大豆を交換に来ていたから。
『今日は、ホロホロ鳥と野ウサギが二羽ずつだ。大豆との交換を頼みたい』
『ホロホロ鳥は、ありがたいです』
ヴェンデリン様は、まだ小さいのに狩猟が大変にお上手だ。
ホロホロ鳥なんて、うちの村落で一番の猟師であるはずのインゴルフですら、三日に一羽も獲れれば御の字の獲物なのだから。
でも、何で大豆なのかな?
これって、スープの具を増すのと、家畜の餌くらいにしか使えないのに。
まあ、取り引きはこちらに物凄く有利だし、貴族様に質問なんて緊張するからしないけど。
『あと、子実が青い物も交換して欲しい』
『青い大豆をですか?』
『中の実が大きくなって、黄色くなって来る直前の物が良いな』
『はあ、そうですか』
『茹でて、塩を振って食べると美味しいんだ』
何というか、変わった貴族様だったとオイラは記憶していたんだ。
でも、本当に青い大豆を茹でた物は美味しかった。
なぜか酒が欲しくなるんだけど、酒はここではそんなに飲めないから、それだけは残念だと思う。
『大豆は、一定の間隔で植えた方が他の作物の成長を助ける』
『なるほど』
一回だけ、ヴェンデリン様はこう仰っていた。
半信半疑だったけど、確かに作物の成長は悪くないんだよな。
それから、また本村落の連中が噂していたな。
『ヴェンデリン様は、生来の気質で少し怠け者なのだ。早くに、村を出て行くから問題は無いのだが』
と言っているんだけど、やっぱり本村落の連中が言っているから当てにはならない。
怠け者が、狩猟でプロよりも成果を出せるはずもないし。
それとなくうちの名主様に聞いてみたんだけど、本村落の連中からすると、優秀な弟ってのは領地の秩序を乱す存在なのだそうだ。
『あの連中は、生え抜きとしてのプライドが高い。よって、お館様にクルト様の継承秩序を乱すのを恐れる』
全体的に領地が豊かになるよりも、自分達が本村落で生え抜きとして優位に立てる方が大切。
田舎だと、こういう考え方は珍しくないそうだ。
オイラは、少しでも豊かになった方が良いと思うんだけど。
『人間とはそういう生き物だ。あと、ワシにはクラウスの考えが理解できん』
クラウス様は、本村落の名主様だ。
なのに、お館様やクルト様に完全追随というわけでもないらしい。
裏で何かをしているという噂もあるし、良く理解できない、危険な人間なのだそうだ。
それと、うちの名主様はユルゲン様って言うんだ。
クラウス様に比べれば、遙かに良い名主様だと思うんだけど。
『その前に、人間として嫌いだがな!』
『ユルゲン様、聞こえたら大変だってばよ』
そんな経緯の後、十二歳になられたヴェンデリン様は村を出て行った。
何でも、冒険者になるべくブライヒブルクの学校に入学するらしい。
『大豆で、ホロホロ鳥が食える生活は終わりか……』
こう嘆く村民は多かったんだよな。
何か、本村落の連中はほっと肩を撫で降ろしていたようだけど。V26Ⅳ美白美肌速効
跡継ぎのクルト様と比べられて、色々と大変だったのかな?
前にも、エーリッヒ様という五男様のせいで同じような事があったらしいけど。
そして、ヴェンデリン様が村を出てから二回目の商隊の到着。
領内にお店が無いので、みんなこぞって押し寄せる。
値段は少し高かったが、みんな貨幣で買える珍しい物に飢えているから懸命に吟味して買っている。
最初に、生きるのに必要な塩を買ってからだけど。
「みなさん、今日はブライヒブルクで刷られた号外を持って来ましたよ」
何でも、商隊が出発直前に配られた物らしい。
早速に貰って読むと、そこにはあのヴェンデリン様が伝説の古代竜を退治した記事が書かれていた。
うちは田舎だけど、最低限読み書きくらいは出来るからね。
教会で、今にも死にそうな神父さんが教えてくれるから。
庶民文字のひらがなとカタカナだけで、漢字はやっぱり難しいけど。
「ヴェンデリン様って、あの怠け者の?」
「そんな噂、当てになるか。本村落の連中が言っていた事だぞ」
「あいつら、クルト様に媚びて優遇されているからな」
こんな貧乏領地で優遇されても、高が知れているというもの。
そもそも、本当に優遇されているかも怪しいんだけど。
お館様の屋敷がある村落に住んでいて、自分達は生え抜きだ。
そういうプライドだけで、彼らは満足しているんだと思う。
「倒した古代竜の素材を王国に買い取って貰って大金を得た。双竜勲章という凄い勲章を貰って、準男爵に叙任されたか」
「全然、怠け者じゃないじゃん!」
確かに、竜を倒す怠け者って聞いた事がない。
しかも、こんな田舎出身とは思えない大人物にしか見えないわな。
というか、何でこれほどのお人を、お館様は手放したんだろう?
号外を見たみんながそう思っているようだ。
一方、その号外を面白く無さそうに見ている連中がいる。
本村落の連中だ。
あと、クラウス様も居るんだが、彼は笑みを崩さないままで不気味だった。
なるほど、ユルゲン様の言う通りだな。
「しかし、これは……」
ユルゲン様は、どう判断もつかないと言った表情をしていた。
「ユルゲン様?」
「もう数年で、この僻地に大きな変化が起こる可能性が高い。果たして、吉と出るか凶と出るか?」
そして、三ヵ月後の今年三回目の商隊が、ヴェンデリン様が二匹目の竜を倒して男爵となり、また大金を得て、枢機卿とか言う偉い人の孫娘と婚約したという情報を持ち込む。
「良かった、この領地は豊かになるぞ」
「ヴェンデリン様万歳だよな」
無邪気に喜んでいる人がいるんだけど、果たして本当にそうなのかな?
オイラには、そう話が上手く行くとは思えないんだけど。V26Ⅲ速效ダイエット
あのユルゲン様の表情を見ていると。
2014年6月4日星期三
戦争の後始末は、勝っても負けても面倒だ
「大丈夫? ヴェル?」
俺、ブランタークさん、カタリーナの三人で、一万人ブロワ辺境伯軍にエリアスタンを掛けて魔力が尽きて気絶した。
そこまでは覚えているのだが、その先の記憶が無い。三体牛鞭
敵は夜に襲撃して来たのに今は日の光が眩しく、どうやらかなり長時間寝ていたようだ。
「ブロワ軍は?」
「全滅したわ」
目が覚めた俺を心配そうに見つめるイーナが、俺達が気絶した後の出来事を説明してくれた。
「広範囲のエリアスタンは成功したのよ」
三人で分担を決め、何十個もの魔晶石を用いたのが功を奏したようだ。
ただ、イーナが見せてくれた俺の魔晶石は全て魔力が空っぽになっていた。
「ブランタークさんとカタリーナも、魔力切れで寝ているわ」
「そうか。でも、何でエリーゼは奇跡の光を?」
「怪我人が多いのよ。ブロワ軍はほぼ全員が戦闘不能になったから、怪我人の治療を優先して欲しいとブライヒレーダー辺境伯が」
俺達は魔力切れで気絶していただけなので、そのまま寝かされていたらしい。
「そんなに損害が出たのか?」
「死者だけでも百人近いのよ……」
俺は、昨日の夜の事を思い出していく。
ブロワ軍全てをエリアスタンで絡め取るために相手を引き寄せたが、その前にブロワ軍は多くの矢を放っていた。
「当たり所が悪い人がいて、味方も三名の死者が出たそうよ」
ブライヒレーダー辺境伯軍側でも応戦して矢を放っているので、ブロワ軍側にも多くの死傷者が出ているようだ。
むしろこちらは待ち構えて大量に矢を放ったので、ブロワ軍側の方が矢による死傷者が多いらしい。
「あとは、騎士に死傷者が集中したか」
「ええ」
かなりの速度で走る馬に乗っている時に、馬ごと麻痺させて落馬させたのだ。
死傷者が増えても当然と言える。
日本の戦国時代や江戸時代には、落馬して死んだ武士や殿様も多かったそうで、この世界のサラブレッドに近い大きさの馬から勢いをつけて落馬をすれば、死者が激増するのも当然と言えた。
「エリーゼは、治療で大忙しなのよ」
ブロワ軍がまだ戦えるのなら、俺達の魔力を『奇跡の光』で回復させていただろうが、運良く一回でブロワ軍はほぼ全員が戦闘不能になっている。
昨晩は、麻痺したブロワ軍側の兵士達の捕縛と救助に、数百名ほどの後方でエリアスタンを逃れた敵軍がいたのでそれの捕縛を。
もっとも、いきなり目の前の味方がほぼ全滅したので、特に抵抗もせず武器を捨ててしまったらしい。
あとは、ブロワ本軍が置かれた本陣の接収も行われた。
ただこれも、物資などの警備のために百名ほどしか兵が残っておらず、これも本軍が全滅したと聞くとすぐに降伏したそうだ。
「エルが軍を率いて本陣の接収に成功したわ」
「あいつ。結構働いているんだな」
ブロワ本軍兵士達の捕縛と治療を続けている内に朝が近くなり、その頃になると昨晩の緊急要請で五月雨式に小型魔道飛行船などで緊急輸送された兵士達が到着した。
彼らは、味方の手伝いと、偵察に出て本陣後方にあった十数箇所の食料補給所を占領したらしい。
「そこを守っていたのは少数の警備兵達だけで、彼らもほとんど抵抗せずに降伏するか、逃げ出してしまったそうよ」
「大勝利ではあるか」
何を考えてか、追い詰められたから勝って道を切り開くというとんでも思想に犯されたブロワ軍が全力で攻撃をしかけ、逆に俺達の魔法で多くの戦死者と捕虜を出してしまった。
その数は、一万人を超える。
本軍には十名ほどの貴族達もいたし、ブロワ軍とて諸侯軍の幹部達やお飾りとはいえブロワ辺境伯の娘もいる。
身代金だけで、またブロワ辺境伯家の負担が大幅に増えたわけだ。
「その件で、ブライヒレーダー辺境伯様がお話があるって」
「わかった」
もう時間はお昼前なのだそうだ。
長時間眠っていたので魔力は全快していたし、また少し魔力の量が増えた感覚もあった。
その代わりに恐ろしいほどの空腹感で、少し眩暈もするようだ。
魔法の袋からチョコレートを取り出して口に入れてから、イーナの助けを借りて簡易ベッドから起き上がる。
「大丈夫?」
「ドラゴンゴーレム戦の時と同じさ。すぐに、回復する」
暫くすると、脳に糖分が届いたようで頭がスッキリとしてくる。
これでようやく、ブライヒレーダー辺境伯の元に行けるはずだ。男宝
「支えはいる?」
「大丈夫だけど、暫く支えていてくれ」
立ち上がってみると特に眩暈などはないようだが、イーナに寄りかかると良い匂いがするので、少し具合が悪いフリをしておく。
「カタリーナは?」
「ヴェルと同じよ。まだ寝ていると思うわ」
少し離れたカタリーナが寝ている簡易ベッドに移動すると、彼女はもう目を醒ましていたようだ。
「お腹が空いて……。ですが、ここは我慢ですわ」
「ダイエットか?」
「あくまでも念のためなのですが、私が太ったかもしれないという可能性が……」
「念のためねぇ……」
別にそうは見えないが、実際はどうなのであろうか?
俺は気にならないが、本人には深刻な問題なのかもしれない。
「そうか? それよりも、ブライヒレーダー辺境伯が呼んでいるぞ。名誉準男爵殿」
「そうでしたわ」
彼女も貴族なので呼ばれていたのだが、魔力を全て使い果たしてから半日近くも寝ていたせいで、脳に糖分などが足りていないようだ。
思うように立ち上がれないで、簡易ベッドの上で座ったまま頭をフラ付かせていた。
「ほら、甘い物を口に入れろ。楽になるから」
「甘い物は……」
「ブランタークさんに教わっただろう。ええいっ! ダイエットなんて必要ないだろうが!」
こうなれば、強引に口に押し込むだけだ。
だが、手で押し込むと口を塞ぐ可能性があるので、ここは冷静な判断力を奪ってしまうに限る。
俺はチョコの欠片を口に含むと、そのままカタリーナとキスをして舌でチョコの欠片を押し込んでしまう。
強引に口移しで食べさせたのだ。
「っーーー!」
俺のまさかの行動に、この手の免疫が皆無なカタリーナは頭がまた沸騰してしまったようだ。
顔を真っ赤にさせて呆然としていたが、口の中に押し込んだチョコはモグモグと食べているようだ。
「もう少し食べさせるか」
続けて三回ほど、口移しでチョコの欠片を食べさせる。
頭が沸騰したままのカタリーナは、何の抵抗もなくチョコを食べて飲み込んでいた。
「上手くいったな」
「ヴェル。最初のはともかく、後のは口移しにする必要あったの?」
「一応、あったという事にしておこう。おっと、そうだ!」
こういう事に不公平感が出ると良くないので、俺はもう一度チョコの欠片を口に含むと、今度はイーナとキスをしてチョコの欠片を舌で押し込む。
「ちょっと! うぐっ……」
恥ずかしさからか最初は少し抵抗していたが、すぐにそれも弱まっていく。
俺が舌で押し込んだチョコの欠片を口に受け入れ、暫く舐めてから飲み込んでいた。
「私は、チョコを食べる必要はないじゃないの!」
イーナは、顔を真っ赤にさせながら俺に文句を言い始める。
「ここは、平等にと」
「今はいいのよ! 早くブライヒレーダー辺境伯様の元に行かないと」
「そうだったな。おーーーい、カタリーナ」
「ヴェルがおかしな事をするから……」
カタリーナが寝ていた簡易ベッドに視線を向けると、彼女はまだ顔を真っ赤にさせながら放心したままであった。
どうやら、刺激が強過ぎてまだ現世に戻って来ていないらしい。
「おーーーい、カタリーナ」
「カタリーナにいきなりそういう事をしちゃ駄目でしょうが!」
婚約者の中で一番真面目なイーナでも、少し顔を赤くさせるくらいですぐに復帰したのに、カタリーナは少しキスをしただけでこの有様。
なるほど、見た目と中身のギャップが大きい人間というのは見ていて面白い物だと感心してしまう。
「感心している場合じゃないでしょう。早く、カタリーナも連れて行かないと」
「それを忘れるところだった」
「忘れないでよ!」
「そうだぞ。お館様から呼んで来いと言われて来てみれば、伯爵様が見ているこっちが恥ずかしくなるような事をしているし」
いつの間にか俺達の傍にブランタークさんが立っていて、しかも今までの痴態を全て見られていたようだ。
「ヴェルぅーーー!」
「若いって素晴らしいと思うけどな。今はお話があるからよ」
恥ずかしさからか?
再び顔を真っ赤に染めるイーナが、俺に非難の声をあげていた。男根増長素
「ところで、カタリーナの嬢ちゃんはいつ起動するんだ?」
「さあ? 何しろ初めて試した事なので」
そして三人で騒いでいる間も、カタリーナは簡易ベッドの上で顔を真っ赤にしたまま放心し続けるのであった。
「バウマイスター伯爵、魔力の方は回復しましたか?」
「はい」
どうにかカタリーナを起動させた俺達は、急ぎブライヒレーダー辺境伯本軍の本陣へと向かう。
そこでは、ブライヒレーダー辺境伯と数名の家臣、諸侯軍を編成している十名ほどの貴族やその家臣も集まっていて、俺達が最後に到着したようだ。
俺はイーナを護衛として連れていて、カタリーナは諸侯軍は出していないが自身が名誉準男爵なので、貴族の一人としての参加だ。
席に座ると、若い従兵がお茶を出してくれる。
飲むとエリーゼが淹れる物より少し味が落ちるが、彼女は昨日の戦闘で出た大量の負傷者達を治癒するためにここに居ないので我慢するしかない。
「さて。昨日は、思わぬ『戦争』に巻き込まれて大変でした」
ブライヒレーダー辺境伯が、殊更『戦争』という単語を強調するわけ。
それは、今までに貴族間で起こっていたそれを一線を画すからだ。
貴族同士が利権を巡って兵を出し、なるべく人が死なない方法で争う。
面倒なので戦争と呼んでいる人がいるが、王国的に言えばそれは『紛争』であった。
王国政府の見解としては、戦争はアーカート神聖帝国と停戦を結んでからは一回も発生していない。
これは、ちょっとした味方貴族同士の争いなので『紛争』だと言うわけだ。
ところが、昨日のアレを『紛争』と呼ぶのは難しい。
死者が百名近く出ているし、数十年前の偶発的な衝突とは違って、ブロワ軍は明確に戦闘を仕掛けて来た。
後方に伏せていた援軍も呼んで合計一万の兵力で、武器も訓練用の物から通常の物に戻し、馬に乗った騎士達を先頭にブライヒレーダー辺境伯本軍を蹂躙して粉砕しようとしたのだ。
もし成功していたら、ブライヒレーダー辺境伯軍の犠牲は軽く四桁に達していたはずだ。
「とにかく、困った事態です」
エリアスタンをかけた俺達が気絶した後、ブライヒレーダー辺境伯は一切の睡眠を取らずに事後処理に奮闘していたそうだ。
麻痺して倒れていたブロワ軍全ての兵士達を武装解除して捕縛し、怪我人などはエリーゼや従軍している治癒魔法が使える司祭などに治療させ。
次第に小型飛行船などで援軍が来ても、まだ捕虜の方が多いので管理などにも苦労し、本来こういう紛争で越境は禁止なのだがそんな事も言っていられず。
少数の部隊を派遣して、ブロワ軍の本陣や後方の食料備蓄所なども抑える事となった。
本陣には百名ほどで、各所の食料備蓄所にも二~三十名ほどの兵士達がいて、彼らはそのほとんどが降伏したのでこれの管理もあった。
更に、捕虜の奪還を目指して別の部隊が攻撃を仕かけてくる可能性もある。
偵察なども必須で、人手が足りないのでモーリッツ、トーマス、エル、ルイーゼも十名ほどの兵を連れて周辺の探索に参加しているそうだ。
「幸いにして、ここに特使であるクナップシュタイン子爵殿がいる事ですかね?」
この『戦争』が、ブロワ家側から仕掛けられた事の証明になるからだ。
少なくとも、こちら側が一方的に責められる事は無いであろうと思う事にする。
もしかすると、土壇場で裏切って何か企む可能性も否定できなかったが。
「私が王宮側の人間なので多少のご懸念を抱いている方もいるでしょうが、この『戦争』がブロワ家側によって引き起こされたのは事実です」
慣習に則って相場通りの裁定案を出したのに、それが嫌で今の不利な状況を打破するため、後先考えないで『戦争』を仕掛けるなど論外だとクナップシュタイン子爵は述べていた。
表情はいつも通りであったが、彼も個人的に怒りを覚えているように見える。
昨晩はこちらに宿泊していたので、最悪自分が殺されていた可能性もあったからであろう。
「ただ、大きな問題が一つ」
この、更にグジャグジャになった状況をどう解決するかという問題が出て来たのだ。
俺達が捕らえて紛争地帯の味方側領主達に管理を任せている、ブロワ家側の貴族や兵士達も合わせ、現在ブライヒレーダー辺境伯家側で管理している捕虜の数は二万人近くいる。V26Ⅳ美白美肌速効
後で費用を請求するにしても、大きな手間になっているのは確かであった。
加えて、必要とはいえ既にブロワ家側の領域に軍を進めている。
本陣に、十箇所を超える食料備蓄所に、早朝に食料を運んで来た荷駄隊も人員ごと全て捕らえたそうだ。
「人数が多いから、食料の頻繁な輸送は必須だったんでしょうね」
ただ、荷駄隊が戻って来なければブロワ家側の不審に思うはずだ。
その前に大敗北で周辺に噂は広がるし、一人も逃走者を出していないはずなどない。
数日もすれば、ブロワ家側にも情報は伝わるはずだ。
「当面は接収した食料を食べさせますし、もはや『戦争』状態なので軍の追加徴集も行っています」
「何が問題なのです?」
「これから先、私達は誰と交渉すれば良いのでしょうか?」
同席していた若い貴族からの質問に、ブライヒレーダー辺境伯は乾いた笑みを浮かべながら答えていた。
「クナップシュタイン子爵が、裁定の協定書にサインする人間を聞いたら攻めて来ましたからね」
現在、ブロワ家を動かしている人間が不明なので困っているのだ。
間違いなく、ブロワ辺境伯本人は生きていても人に指示など出せる状態ではないはずだ。
普通は、跡取りを領主代行にして領地の運営を行うはず。
だが、あの家は相続争いが発生しているわけで、だからこそ長男フィリップを跡取りにしようと諸侯軍の幹部達が兵を出し、挙句に敗北している。
「あの軍勢を率いていた幹部連中は、全て捕縛しました。偉い連中はフル装備で前線などにいるはずもありませんので」
エリアスタンによる落馬などで、死んだ人はいないそうだ。
せめて一人くらい前線に出て犠牲が出ていれば同情も出来たのだが、怪我も無く捕虜になったと聞いてその無責任さに反吐が出る思いであった。
「あの姫様はどうしました?」
「本陣にいましてね。エルヴィンさんが降伏させたようですね」
抵抗されるかと思ったそうだが、すぐに降伏してくれたそうだ。
「ちゃんと丁重にもてなしていますよ。戦場に女性を連れて来るから面倒ですけど」
もし彼女に何かあれば、それはブライヒレーダー辺境伯の恥となってしまうそうだ。
なので、丁重に隔離してあるらしい。
「あのお姫様には、何の権限もありませんよ。軽い神輿でしょうね。問題は……」
「これから裁定を再開するにしても、誰が来るのかですよね?」
長男か次男かは知らないが、跡取りが指名されていない以上は、条件は詰められても協定書にサインする人間がいないわけだ。
「ブロワ辺境伯本人は?」
「来れるのでしたら、最初からここまでチグハグにはならないはずです」
確かに、彼に指導力が残っているのなら、娘を総司令官代理などにして兵を出さないはずだ。
「ブロワ辺境伯は死んでいて、それを周囲が隠している。もしくは、既に人に何か指示を出せるような状態にない。意識が無いなどでいつ死ぬかわからず、だから軍からの支持が強いフィリップは軍幹部に紛争で功績をあげるように命令した。娘は、一族の者が飾りでもトップにいるべきであろうという判断からかな?」
「バウマイスター伯爵の想像通りですかね」
紛争で病床の父親から離れている間に彼が死んでしまうと、残っている次男が勝手に跡取りだと名乗って王家に使いなどを出しかねない。
だから、双方共に屋敷から離れないのであろうと。
「腹心とかに任せて、前線に来ればいいのに」
「印綬官の去就が不明なのでしょう」
貴族家の当主は、書類にサインをしてその効力を発揮させる。
なので、日本のように判子は存在しないのだが、当主の証として金で出来た紋章を彫った判子が王家から下賜されていた。
手紙に蝋で封をする時に、それを押してその手紙が本物である証明にするわけだ。
これを所持する者こそが当主というわけだが、大物貴族にはこれを管理する印綬官という役職の家臣が存在していた。V26Ⅲ速效ダイエット
俺、ブランタークさん、カタリーナの三人で、一万人ブロワ辺境伯軍にエリアスタンを掛けて魔力が尽きて気絶した。
そこまでは覚えているのだが、その先の記憶が無い。三体牛鞭
敵は夜に襲撃して来たのに今は日の光が眩しく、どうやらかなり長時間寝ていたようだ。
「ブロワ軍は?」
「全滅したわ」
目が覚めた俺を心配そうに見つめるイーナが、俺達が気絶した後の出来事を説明してくれた。
「広範囲のエリアスタンは成功したのよ」
三人で分担を決め、何十個もの魔晶石を用いたのが功を奏したようだ。
ただ、イーナが見せてくれた俺の魔晶石は全て魔力が空っぽになっていた。
「ブランタークさんとカタリーナも、魔力切れで寝ているわ」
「そうか。でも、何でエリーゼは奇跡の光を?」
「怪我人が多いのよ。ブロワ軍はほぼ全員が戦闘不能になったから、怪我人の治療を優先して欲しいとブライヒレーダー辺境伯が」
俺達は魔力切れで気絶していただけなので、そのまま寝かされていたらしい。
「そんなに損害が出たのか?」
「死者だけでも百人近いのよ……」
俺は、昨日の夜の事を思い出していく。
ブロワ軍全てをエリアスタンで絡め取るために相手を引き寄せたが、その前にブロワ軍は多くの矢を放っていた。
「当たり所が悪い人がいて、味方も三名の死者が出たそうよ」
ブライヒレーダー辺境伯軍側でも応戦して矢を放っているので、ブロワ軍側にも多くの死傷者が出ているようだ。
むしろこちらは待ち構えて大量に矢を放ったので、ブロワ軍側の方が矢による死傷者が多いらしい。
「あとは、騎士に死傷者が集中したか」
「ええ」
かなりの速度で走る馬に乗っている時に、馬ごと麻痺させて落馬させたのだ。
死傷者が増えても当然と言える。
日本の戦国時代や江戸時代には、落馬して死んだ武士や殿様も多かったそうで、この世界のサラブレッドに近い大きさの馬から勢いをつけて落馬をすれば、死者が激増するのも当然と言えた。
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ブロワ軍がまだ戦えるのなら、俺達の魔力を『奇跡の光』で回復させていただろうが、運良く一回でブロワ軍はほぼ全員が戦闘不能になっている。
昨晩は、麻痺したブロワ軍側の兵士達の捕縛と救助に、数百名ほどの後方でエリアスタンを逃れた敵軍がいたのでそれの捕縛を。
もっとも、いきなり目の前の味方がほぼ全滅したので、特に抵抗もせず武器を捨ててしまったらしい。
あとは、ブロワ本軍が置かれた本陣の接収も行われた。
ただこれも、物資などの警備のために百名ほどしか兵が残っておらず、これも本軍が全滅したと聞くとすぐに降伏したそうだ。
「エルが軍を率いて本陣の接収に成功したわ」
「あいつ。結構働いているんだな」
ブロワ本軍兵士達の捕縛と治療を続けている内に朝が近くなり、その頃になると昨晩の緊急要請で五月雨式に小型魔道飛行船などで緊急輸送された兵士達が到着した。
彼らは、味方の手伝いと、偵察に出て本陣後方にあった十数箇所の食料補給所を占領したらしい。
「そこを守っていたのは少数の警備兵達だけで、彼らもほとんど抵抗せずに降伏するか、逃げ出してしまったそうよ」
「大勝利ではあるか」
何を考えてか、追い詰められたから勝って道を切り開くというとんでも思想に犯されたブロワ軍が全力で攻撃をしかけ、逆に俺達の魔法で多くの戦死者と捕虜を出してしまった。
その数は、一万人を超える。
本軍には十名ほどの貴族達もいたし、ブロワ軍とて諸侯軍の幹部達やお飾りとはいえブロワ辺境伯の娘もいる。
身代金だけで、またブロワ辺境伯家の負担が大幅に増えたわけだ。
「その件で、ブライヒレーダー辺境伯様がお話があるって」
「わかった」
もう時間はお昼前なのだそうだ。
長時間眠っていたので魔力は全快していたし、また少し魔力の量が増えた感覚もあった。
その代わりに恐ろしいほどの空腹感で、少し眩暈もするようだ。
魔法の袋からチョコレートを取り出して口に入れてから、イーナの助けを借りて簡易ベッドから起き上がる。
「大丈夫?」
「ドラゴンゴーレム戦の時と同じさ。すぐに、回復する」
暫くすると、脳に糖分が届いたようで頭がスッキリとしてくる。
これでようやく、ブライヒレーダー辺境伯の元に行けるはずだ。男宝
「支えはいる?」
「大丈夫だけど、暫く支えていてくれ」
立ち上がってみると特に眩暈などはないようだが、イーナに寄りかかると良い匂いがするので、少し具合が悪いフリをしておく。
「カタリーナは?」
「ヴェルと同じよ。まだ寝ていると思うわ」
少し離れたカタリーナが寝ている簡易ベッドに移動すると、彼女はもう目を醒ましていたようだ。
「お腹が空いて……。ですが、ここは我慢ですわ」
「ダイエットか?」
「あくまでも念のためなのですが、私が太ったかもしれないという可能性が……」
「念のためねぇ……」
別にそうは見えないが、実際はどうなのであろうか?
俺は気にならないが、本人には深刻な問題なのかもしれない。
「そうか? それよりも、ブライヒレーダー辺境伯が呼んでいるぞ。名誉準男爵殿」
「そうでしたわ」
彼女も貴族なので呼ばれていたのだが、魔力を全て使い果たしてから半日近くも寝ていたせいで、脳に糖分などが足りていないようだ。
思うように立ち上がれないで、簡易ベッドの上で座ったまま頭をフラ付かせていた。
「ほら、甘い物を口に入れろ。楽になるから」
「甘い物は……」
「ブランタークさんに教わっただろう。ええいっ! ダイエットなんて必要ないだろうが!」
こうなれば、強引に口に押し込むだけだ。
だが、手で押し込むと口を塞ぐ可能性があるので、ここは冷静な判断力を奪ってしまうに限る。
俺はチョコの欠片を口に含むと、そのままカタリーナとキスをして舌でチョコの欠片を押し込んでしまう。
強引に口移しで食べさせたのだ。
「っーーー!」
俺のまさかの行動に、この手の免疫が皆無なカタリーナは頭がまた沸騰してしまったようだ。
顔を真っ赤にさせて呆然としていたが、口の中に押し込んだチョコはモグモグと食べているようだ。
「もう少し食べさせるか」
続けて三回ほど、口移しでチョコの欠片を食べさせる。
頭が沸騰したままのカタリーナは、何の抵抗もなくチョコを食べて飲み込んでいた。
「上手くいったな」
「ヴェル。最初のはともかく、後のは口移しにする必要あったの?」
「一応、あったという事にしておこう。おっと、そうだ!」
こういう事に不公平感が出ると良くないので、俺はもう一度チョコの欠片を口に含むと、今度はイーナとキスをしてチョコの欠片を舌で押し込む。
「ちょっと! うぐっ……」
恥ずかしさからか最初は少し抵抗していたが、すぐにそれも弱まっていく。
俺が舌で押し込んだチョコの欠片を口に受け入れ、暫く舐めてから飲み込んでいた。
「私は、チョコを食べる必要はないじゃないの!」
イーナは、顔を真っ赤にさせながら俺に文句を言い始める。
「ここは、平等にと」
「今はいいのよ! 早くブライヒレーダー辺境伯様の元に行かないと」
「そうだったな。おーーーい、カタリーナ」
「ヴェルがおかしな事をするから……」
カタリーナが寝ていた簡易ベッドに視線を向けると、彼女はまだ顔を真っ赤にさせながら放心したままであった。
どうやら、刺激が強過ぎてまだ現世に戻って来ていないらしい。
「おーーーい、カタリーナ」
「カタリーナにいきなりそういう事をしちゃ駄目でしょうが!」
婚約者の中で一番真面目なイーナでも、少し顔を赤くさせるくらいですぐに復帰したのに、カタリーナは少しキスをしただけでこの有様。
なるほど、見た目と中身のギャップが大きい人間というのは見ていて面白い物だと感心してしまう。
「感心している場合じゃないでしょう。早く、カタリーナも連れて行かないと」
「それを忘れるところだった」
「忘れないでよ!」
「そうだぞ。お館様から呼んで来いと言われて来てみれば、伯爵様が見ているこっちが恥ずかしくなるような事をしているし」
いつの間にか俺達の傍にブランタークさんが立っていて、しかも今までの痴態を全て見られていたようだ。
「ヴェルぅーーー!」
「若いって素晴らしいと思うけどな。今はお話があるからよ」
恥ずかしさからか?
再び顔を真っ赤に染めるイーナが、俺に非難の声をあげていた。男根増長素
「ところで、カタリーナの嬢ちゃんはいつ起動するんだ?」
「さあ? 何しろ初めて試した事なので」
そして三人で騒いでいる間も、カタリーナは簡易ベッドの上で顔を真っ赤にしたまま放心し続けるのであった。
「バウマイスター伯爵、魔力の方は回復しましたか?」
「はい」
どうにかカタリーナを起動させた俺達は、急ぎブライヒレーダー辺境伯本軍の本陣へと向かう。
そこでは、ブライヒレーダー辺境伯と数名の家臣、諸侯軍を編成している十名ほどの貴族やその家臣も集まっていて、俺達が最後に到着したようだ。
俺はイーナを護衛として連れていて、カタリーナは諸侯軍は出していないが自身が名誉準男爵なので、貴族の一人としての参加だ。
席に座ると、若い従兵がお茶を出してくれる。
飲むとエリーゼが淹れる物より少し味が落ちるが、彼女は昨日の戦闘で出た大量の負傷者達を治癒するためにここに居ないので我慢するしかない。
「さて。昨日は、思わぬ『戦争』に巻き込まれて大変でした」
ブライヒレーダー辺境伯が、殊更『戦争』という単語を強調するわけ。
それは、今までに貴族間で起こっていたそれを一線を画すからだ。
貴族同士が利権を巡って兵を出し、なるべく人が死なない方法で争う。
面倒なので戦争と呼んでいる人がいるが、王国的に言えばそれは『紛争』であった。
王国政府の見解としては、戦争はアーカート神聖帝国と停戦を結んでからは一回も発生していない。
これは、ちょっとした味方貴族同士の争いなので『紛争』だと言うわけだ。
ところが、昨日のアレを『紛争』と呼ぶのは難しい。
死者が百名近く出ているし、数十年前の偶発的な衝突とは違って、ブロワ軍は明確に戦闘を仕掛けて来た。
後方に伏せていた援軍も呼んで合計一万の兵力で、武器も訓練用の物から通常の物に戻し、馬に乗った騎士達を先頭にブライヒレーダー辺境伯本軍を蹂躙して粉砕しようとしたのだ。
もし成功していたら、ブライヒレーダー辺境伯軍の犠牲は軽く四桁に達していたはずだ。
「とにかく、困った事態です」
エリアスタンをかけた俺達が気絶した後、ブライヒレーダー辺境伯は一切の睡眠を取らずに事後処理に奮闘していたそうだ。
麻痺して倒れていたブロワ軍全ての兵士達を武装解除して捕縛し、怪我人などはエリーゼや従軍している治癒魔法が使える司祭などに治療させ。
次第に小型飛行船などで援軍が来ても、まだ捕虜の方が多いので管理などにも苦労し、本来こういう紛争で越境は禁止なのだがそんな事も言っていられず。
少数の部隊を派遣して、ブロワ軍の本陣や後方の食料備蓄所なども抑える事となった。
本陣には百名ほどで、各所の食料備蓄所にも二~三十名ほどの兵士達がいて、彼らはそのほとんどが降伏したのでこれの管理もあった。
更に、捕虜の奪還を目指して別の部隊が攻撃を仕かけてくる可能性もある。
偵察なども必須で、人手が足りないのでモーリッツ、トーマス、エル、ルイーゼも十名ほどの兵を連れて周辺の探索に参加しているそうだ。
「幸いにして、ここに特使であるクナップシュタイン子爵殿がいる事ですかね?」
この『戦争』が、ブロワ家側から仕掛けられた事の証明になるからだ。
少なくとも、こちら側が一方的に責められる事は無いであろうと思う事にする。
もしかすると、土壇場で裏切って何か企む可能性も否定できなかったが。
「私が王宮側の人間なので多少のご懸念を抱いている方もいるでしょうが、この『戦争』がブロワ家側によって引き起こされたのは事実です」
慣習に則って相場通りの裁定案を出したのに、それが嫌で今の不利な状況を打破するため、後先考えないで『戦争』を仕掛けるなど論外だとクナップシュタイン子爵は述べていた。
表情はいつも通りであったが、彼も個人的に怒りを覚えているように見える。
昨晩はこちらに宿泊していたので、最悪自分が殺されていた可能性もあったからであろう。
「ただ、大きな問題が一つ」
この、更にグジャグジャになった状況をどう解決するかという問題が出て来たのだ。
俺達が捕らえて紛争地帯の味方側領主達に管理を任せている、ブロワ家側の貴族や兵士達も合わせ、現在ブライヒレーダー辺境伯家側で管理している捕虜の数は二万人近くいる。V26Ⅳ美白美肌速効
後で費用を請求するにしても、大きな手間になっているのは確かであった。
加えて、必要とはいえ既にブロワ家側の領域に軍を進めている。
本陣に、十箇所を超える食料備蓄所に、早朝に食料を運んで来た荷駄隊も人員ごと全て捕らえたそうだ。
「人数が多いから、食料の頻繁な輸送は必須だったんでしょうね」
ただ、荷駄隊が戻って来なければブロワ家側の不審に思うはずだ。
その前に大敗北で周辺に噂は広がるし、一人も逃走者を出していないはずなどない。
数日もすれば、ブロワ家側にも情報は伝わるはずだ。
「当面は接収した食料を食べさせますし、もはや『戦争』状態なので軍の追加徴集も行っています」
「何が問題なのです?」
「これから先、私達は誰と交渉すれば良いのでしょうか?」
同席していた若い貴族からの質問に、ブライヒレーダー辺境伯は乾いた笑みを浮かべながら答えていた。
「クナップシュタイン子爵が、裁定の協定書にサインする人間を聞いたら攻めて来ましたからね」
現在、ブロワ家を動かしている人間が不明なので困っているのだ。
間違いなく、ブロワ辺境伯本人は生きていても人に指示など出せる状態ではないはずだ。
普通は、跡取りを領主代行にして領地の運営を行うはず。
だが、あの家は相続争いが発生しているわけで、だからこそ長男フィリップを跡取りにしようと諸侯軍の幹部達が兵を出し、挙句に敗北している。
「あの軍勢を率いていた幹部連中は、全て捕縛しました。偉い連中はフル装備で前線などにいるはずもありませんので」
エリアスタンによる落馬などで、死んだ人はいないそうだ。
せめて一人くらい前線に出て犠牲が出ていれば同情も出来たのだが、怪我も無く捕虜になったと聞いてその無責任さに反吐が出る思いであった。
「あの姫様はどうしました?」
「本陣にいましてね。エルヴィンさんが降伏させたようですね」
抵抗されるかと思ったそうだが、すぐに降伏してくれたそうだ。
「ちゃんと丁重にもてなしていますよ。戦場に女性を連れて来るから面倒ですけど」
もし彼女に何かあれば、それはブライヒレーダー辺境伯の恥となってしまうそうだ。
なので、丁重に隔離してあるらしい。
「あのお姫様には、何の権限もありませんよ。軽い神輿でしょうね。問題は……」
「これから裁定を再開するにしても、誰が来るのかですよね?」
長男か次男かは知らないが、跡取りが指名されていない以上は、条件は詰められても協定書にサインする人間がいないわけだ。
「ブロワ辺境伯本人は?」
「来れるのでしたら、最初からここまでチグハグにはならないはずです」
確かに、彼に指導力が残っているのなら、娘を総司令官代理などにして兵を出さないはずだ。
「ブロワ辺境伯は死んでいて、それを周囲が隠している。もしくは、既に人に何か指示を出せるような状態にない。意識が無いなどでいつ死ぬかわからず、だから軍からの支持が強いフィリップは軍幹部に紛争で功績をあげるように命令した。娘は、一族の者が飾りでもトップにいるべきであろうという判断からかな?」
「バウマイスター伯爵の想像通りですかね」
紛争で病床の父親から離れている間に彼が死んでしまうと、残っている次男が勝手に跡取りだと名乗って王家に使いなどを出しかねない。
だから、双方共に屋敷から離れないのであろうと。
「腹心とかに任せて、前線に来ればいいのに」
「印綬官の去就が不明なのでしょう」
貴族家の当主は、書類にサインをしてその効力を発揮させる。
なので、日本のように判子は存在しないのだが、当主の証として金で出来た紋章を彫った判子が王家から下賜されていた。
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これを所持する者こそが当主というわけだが、大物貴族にはこれを管理する印綬官という役職の家臣が存在していた。V26Ⅲ速效ダイエット
2014年6月1日星期日
本当の私
大切な関係を自分の手で壊してしまった。
『運命って言葉があるだろ。俺と彼女はある運命で結ばれていたんだよ』
初めは私にはチャンスすらなかったのに。印度神油
『私はキョウが好き。好きだから……夏姫お姉ちゃんだからって譲りたくないの。ずるいよ、キョウ。何で……』
苦労してようやく手に入れた私の幸せ。
『愛してるよ。春雛の事を、本当に大事にしたいって思うくらいに、愛してるんだ』
人はどうして人を好きになるのだろう。
好きなんて思わなければ、こんな苦しむ事もなかったのに。
『……俺の恋人になって欲しい。支えるんじゃなくて、俺の隣を一緒に歩いて欲しいんだ。春雛……キミの未来を俺に託して欲しい』
小さなことで楽しくて、私達は幸せを感じていた。
『……私、キョウの恋人でいいのかな。どうすればキョウは笑ってくれる?』
『俺は今の選択を後悔なんてしてないから……そういう事は言わないでくれ』
あの出来事から私達の関係が変わった気がする。
すれ違い始めた私とキョウの心。
キョウはいつまで経っても、麗奈さんのことを忘れられずにいた。
悲しくなるくらいに心に残り続けているのが分かった。
そして、麗奈さんも彼に兄として甘えるのもやめていない。
中途半端な関係に戸惑わされて、私の中にある嫉妬心に火がついた。
『これからがあるなんて勝手に思わないでよ。そんな謝罪ひとつで許せる問題じゃないでしょ……そう、キョウはいつもそうやってきたものね』
口から出てしまったのはキョウを否定する言葉。
これまで耐えて、溜め込んできた不満が爆発してしまう。
『だったら、本人を前にして言ってよ。愛してるのは私だって、恋人にはなれないって。勘違いさせて、困らせないでくれって。……言えないよね、貴方は優しい妹思いのお兄ちゃんだもの。せっかく仲直りできたのに傷つけたくないでしょ?』
私がキョウを否定するなんて思ってもみなかった。
だけど、その時の私はそんな事しか言えなかった。
麗奈さんじゃなくて、私だけを見ていて欲しかったのに。
そんな事を今さら言ってもどうにもならない事は分かっていた。
だから、我慢して私は最後までいい恋人でいたかった。
『ごめんなさい、キョウ。私が貴方に麗奈さんを忘れさせてあげられなかったから。……過去に思うくらいに私を愛してくれるようになっていればこんなことにはならなかったのに……。ホント、嫌な女でしょ、私って……』
思い返せば、この瞬間から私は変わってしまったのかもしれない。
「そんなことない。春雛は俺にとって大事な女の子だから」
私の心にチクリと突き刺さる彼の綺麗事。
言葉で綺麗事を並べて納得としている彼がとても惨めに見えた。
『……大事にしてくれないくせに都合のいい事ばかり言わないでよ』
私……諦めたくないよ。
諦めたくない、それが私の心からの本音。
どうしても諦められない、諦められるはずがない。
ここまで自分の人生の支えであったはずのキョウを自ら捨て去るのは嫌だった。
『ダメなの。私がもうダメなの。キョウの事、好きなのに……信じられない。怖い、怖いよ、キョウ。私、また貴方を傷つけてしまう。自分だけを見てくれないから嫉妬して……このままじゃ、私は貴方を壊してしまう』
けれど、私は彼を許してあげる事ができない。
彼は私だけを大切にしてくれない。
そんなの嫌、絶対に嫌だから……。
私、無茶な我が侭言ってるの?
恋人として自分だけを愛して欲しいって思っちゃいけないの?
『何もかも、壊したくなる……。キョウは弱いから、このまま壊してしまいたくなるの。そうすれば、キョウは私の傍にいてくれる。そう思ってる私がいる、愛してくれてる気持ちに応えられないもう一人の私。衝動を抑えても、抑えきれない』
キョウの精神がガラスのように脆く弱いのを私は知っている。強力催眠謎幻水
本気で人の心壊してしまうのはいくらでも方法があるし、簡単だった。
彼を壊してしまおう、彼が私だけしか見えないように。
『……だから、終わりにした方がいいと思う。私は今のままじゃ、キョウと付き合えない。付き合っても、傷つけるだけだもの。私のことを嫌いになってほしくないから……』
歪んだ私の心の叫びを自らの意思で抑え込んだ。
ダメ、キョウを壊してどうするつもりなの?
大好きな相手を苦しめたくない、それが私の思いだったはずなのに。
『……嫌だよ、春雛。俺達はそれで終わっちゃいけない。……こんなことで終わるような関係じゃないだろ。別れるなんて言わないでくれよ』
……ああ、どうして貴方は最後までそんな言葉を私に言うの?
あまりにもそれは自分勝手すぎるじゃない。
私を不安にさせて、こんなにも辛い気持ちにさせているくせに。
『キョウ……やめて、今、そんなことを言ったら……』
先に心が壊れそうになったのは私の方だった。
気がつけば心の中で叫ぶ嫌な自分が私を支配していた。
彼にだけは見せたくなかった、嫌な私。
『まともに人を愛せないくせに……何を言ってるの?信じてくれと言って、貴方は皆を傷つけてきた。イライラするくらいに、貴方は綺麗事を信じてる。自分勝手に他人を傷つけ、平然と生きてる……今さら誰が貴方を本気で信じられると思うの?』
全ての終わり、これが最後。
抑え込んでいた気持ちを吐き出すように強く攻撃的な言葉が出てしまった。
……終わった、終わっちゃったよ。
辛くて、悲しくて、自分にふがいなくて、キョウを愛してあげられなくて。
私は泣いた。
彼との別れが私に大きな心の傷をつけた。
彼が私の傍にいないというだけで、自分の中で喪失感は消えずにいた。
一緒にいたい。
例え、それがホントにただの幼馴染だったとしても、私はそれでも構わない。
いつしかそんな事を思うまでになっていた。
だけど、心の中の自分はもう1つの願望も抱いていた。
キョウと再び、一緒に肩を並べて歩きたい。
そういう願望を抱く自分はすごく汚い存在に思えた。
でも……ホントに私だけが悪いの?
もとはと言えば麗奈さんに対して節度ある行動をとらなかったキョウが悪い。
この別れだって、先にしかけたのは彼だと思えば、そんな気持ちはすぐに消えた。
どんどんと膨らんでいくその願望は、気がつけばキョウへの憎しみへと変わっていく。
恋人として私に接しておきながら、私を大切にしてくれなかったんだから。
少しずつ身体を浸食していく負の感情。
そんな事をしてもしょうがない。
以前の私ならそう感じていたかもしれない。
……だが、今の私にはそんな言葉は通じない。
もう私には失う物なんてないから。
私は部屋で破壊衝動にかられて暴れた、お姉ちゃん達の制止も聞かずに。
「ふふっ、キョウのバカ、バカ、バカ……」
私はキョウと名付けていたぬいぐるみを刃物で傷つけていく。
穴だらけで破れていく“ぬいぐるみ”みたいにキョウも壊してしまえればいいのに。
「……壊して“ぬいぐるみ”みたいに、私の傍に置いておくのもいいかもね」
自嘲の笑みを浮かべた黒い感情に支配された私の頬を伝わるのは涙だった。
なぜか、冷たい雫が溢れて零れ落ち、ぬいぐるみに染みていた。VIVID
ボロボロになったぬいぐるみを抱きながら、
「キョウ、私は貴方を愛してる。貴方は私を愛しているの?」
もう分からない、私の気持ちも、貴方の気持ちも……分からない。
その日、気分転換にと私は冬芽お姉ちゃんと共に遊びに出かけていた。
繁華街で遊んでいても気乗りできない。
今の私のテンションではどうにも遊ぶという気持ちにはなれない。
そんな私に冬芽お姉ちゃんは言葉をかけてくる。
「ねぇ、雛ちゃんは恭平君の事が嫌いなの?」
「……そういうわけじゃない」
「そう。でも、雛ちゃんは彼に裏切られたんでしょう。ひどいね、恭平君は男として最低、最悪。そんなひどい男の子なら別れてよかったんじゃない」
冬芽お姉ちゃんの言い方に私は思わずムッとして、
「そんな事言わないで!ひどくない、キョウはそんなひどい人間じゃないの。……あっ」
叫んでみて、気づかされた。
……私、何でキョウの事を悪く言われて苛立ったんだろう。
「……そうだよね。恭平君はそんなに悪い男の子じゃないの、私も知ってるし」
「……」
私は何も言えなくなって黙り込んだ。
キョウの気持ちが見えないのは私が悪いんだ。
全部、キョウが悪いわけじゃない。
「彼と別れたのはやり過ぎだったんじゃないの?恋人同士なら喧嘩することもよくあることでしょう。それを乗り越えるべきだったんだって私は思う」
「キョウは私の事なんて見てくれないもの。いつだって麗奈さんのことばかりを気にしている。いつだって……そうなんだから」
彼が妹の話をするときは楽しそうに話すから私はいつも嫉妬していた。
彼女の代わりでもいいと思って付き合い始めて、その嫉妬に苦しんできた。
私の矛盾が彼との関係を壊そうとしていたんだ。
「それでも、雛ちゃんは恭平君が好き。仲直りしてみたらどう?」
「仲直り?できるわけがないじゃない、私はキョウに嫌われたから。彼は私をもう恋愛対象に見てくれない。私は終わっちゃったんだ……」
「何もしていないのにそう決め付けるのは早くない?やってダメならしょうがないけれど、やる前から諦めるっていうことはその程度の気持ちだったって事じゃないの」
冬芽お姉ちゃんの言葉が痛い。
私は怖いんだ、もう1度彼を傷つけてしまうんじゃないかって。
「……諦めたくはないけど、怖いよ。これ以上、嫌われたくないの」
身動きでない私の心、終わりへの恐怖が私を縛り付けている。
「どんなに怖くても怖れないで。前に進むってそういう事なの」
優しく冬芽お姉ちゃんに抱きしめられる。
分からないよ、お姉ちゃん……私には何もできないの。
気分が沈んだまま帰宅した私は部屋と入り驚かされた。蔵八宝
暴れて荒れていたはずの部屋がすっかりと整理されて綺麗になっている。
「どういうこと?」
私が疑問に思いながらベッドに座る。
あれだけ散らかしたのに、誰が掃除してくれたんだろう。
もしかして、夏姫お姉ちゃんがしてくれたのかな?
「えっ……写真?」
私が怒りに任せて放り投げた写真たてに入っている写真が変わっていた。
前は子供の頃の写真とか飾っていたのに、今は私とキョウが写ってるのに変わってる。
私はそれを見てハッとさせられた。
すぐに夏姫お姉ちゃんの部屋へと向かう。
「お姉ちゃんが私の部屋を掃除したの?」
私の問いに彼女は軽く笑いながら、
「違うわよ。掃除したのは……恭平さん。今日、来てくれたの。それで、あの部屋を見て掃除がしたいって……」
「ウソ……キョウが来たの?どうして?」
「さぁ?私もそこまでは聞いてないけど。会いたかったから来たんじゃない?ふたりは“恋人”なんだし、当然のことだと思うけど」
夏姫お姉ちゃんの言葉、そうか、お姉ちゃんには詳しく話していないから別れた事を知らないんだ。
「恋人なんだから、喧嘩しても別にいいと思うけど大切にしたい人がいるなら、もっと春雛も相手の事を思ってあげなさい。はい、これ。直しておいたから」
私に手渡されたのはボロボロになっていたはずのペンギンのぬいぐるみだ。
私がキョウって名前をつけていたお気に入りのやつ。
「直してくれたんだ」
「大事にしてたんでしょ。物ならこうして直せるけれど、人間の関係とかって1度壊すと中々直らないから。……わかるよね、春雛なら」
「うん……」
キョウに無性に会いたくなってきた。
私の気持ち、少しだけ見えてきた気がする。
「あ、そうだ。恭平さんから伝言があったの」
「伝言?」
「そう。明日、駅前に昼の1時に待ち合わせたいって。デートの約束かな?」
「……デート」
キョウは私を許してくれたの、それとも……?
私は期待と不安に包まれながらその言葉を受け入れていた。新一粒神
『運命って言葉があるだろ。俺と彼女はある運命で結ばれていたんだよ』
初めは私にはチャンスすらなかったのに。印度神油
『私はキョウが好き。好きだから……夏姫お姉ちゃんだからって譲りたくないの。ずるいよ、キョウ。何で……』
苦労してようやく手に入れた私の幸せ。
『愛してるよ。春雛の事を、本当に大事にしたいって思うくらいに、愛してるんだ』
人はどうして人を好きになるのだろう。
好きなんて思わなければ、こんな苦しむ事もなかったのに。
『……俺の恋人になって欲しい。支えるんじゃなくて、俺の隣を一緒に歩いて欲しいんだ。春雛……キミの未来を俺に託して欲しい』
小さなことで楽しくて、私達は幸せを感じていた。
『……私、キョウの恋人でいいのかな。どうすればキョウは笑ってくれる?』
『俺は今の選択を後悔なんてしてないから……そういう事は言わないでくれ』
あの出来事から私達の関係が変わった気がする。
すれ違い始めた私とキョウの心。
キョウはいつまで経っても、麗奈さんのことを忘れられずにいた。
悲しくなるくらいに心に残り続けているのが分かった。
そして、麗奈さんも彼に兄として甘えるのもやめていない。
中途半端な関係に戸惑わされて、私の中にある嫉妬心に火がついた。
『これからがあるなんて勝手に思わないでよ。そんな謝罪ひとつで許せる問題じゃないでしょ……そう、キョウはいつもそうやってきたものね』
口から出てしまったのはキョウを否定する言葉。
これまで耐えて、溜め込んできた不満が爆発してしまう。
『だったら、本人を前にして言ってよ。愛してるのは私だって、恋人にはなれないって。勘違いさせて、困らせないでくれって。……言えないよね、貴方は優しい妹思いのお兄ちゃんだもの。せっかく仲直りできたのに傷つけたくないでしょ?』
私がキョウを否定するなんて思ってもみなかった。
だけど、その時の私はそんな事しか言えなかった。
麗奈さんじゃなくて、私だけを見ていて欲しかったのに。
そんな事を今さら言ってもどうにもならない事は分かっていた。
だから、我慢して私は最後までいい恋人でいたかった。
『ごめんなさい、キョウ。私が貴方に麗奈さんを忘れさせてあげられなかったから。……過去に思うくらいに私を愛してくれるようになっていればこんなことにはならなかったのに……。ホント、嫌な女でしょ、私って……』
思い返せば、この瞬間から私は変わってしまったのかもしれない。
「そんなことない。春雛は俺にとって大事な女の子だから」
私の心にチクリと突き刺さる彼の綺麗事。
言葉で綺麗事を並べて納得としている彼がとても惨めに見えた。
『……大事にしてくれないくせに都合のいい事ばかり言わないでよ』
私……諦めたくないよ。
諦めたくない、それが私の心からの本音。
どうしても諦められない、諦められるはずがない。
ここまで自分の人生の支えであったはずのキョウを自ら捨て去るのは嫌だった。
『ダメなの。私がもうダメなの。キョウの事、好きなのに……信じられない。怖い、怖いよ、キョウ。私、また貴方を傷つけてしまう。自分だけを見てくれないから嫉妬して……このままじゃ、私は貴方を壊してしまう』
けれど、私は彼を許してあげる事ができない。
彼は私だけを大切にしてくれない。
そんなの嫌、絶対に嫌だから……。
私、無茶な我が侭言ってるの?
恋人として自分だけを愛して欲しいって思っちゃいけないの?
『何もかも、壊したくなる……。キョウは弱いから、このまま壊してしまいたくなるの。そうすれば、キョウは私の傍にいてくれる。そう思ってる私がいる、愛してくれてる気持ちに応えられないもう一人の私。衝動を抑えても、抑えきれない』
キョウの精神がガラスのように脆く弱いのを私は知っている。強力催眠謎幻水
本気で人の心壊してしまうのはいくらでも方法があるし、簡単だった。
彼を壊してしまおう、彼が私だけしか見えないように。
『……だから、終わりにした方がいいと思う。私は今のままじゃ、キョウと付き合えない。付き合っても、傷つけるだけだもの。私のことを嫌いになってほしくないから……』
歪んだ私の心の叫びを自らの意思で抑え込んだ。
ダメ、キョウを壊してどうするつもりなの?
大好きな相手を苦しめたくない、それが私の思いだったはずなのに。
『……嫌だよ、春雛。俺達はそれで終わっちゃいけない。……こんなことで終わるような関係じゃないだろ。別れるなんて言わないでくれよ』
……ああ、どうして貴方は最後までそんな言葉を私に言うの?
あまりにもそれは自分勝手すぎるじゃない。
私を不安にさせて、こんなにも辛い気持ちにさせているくせに。
『キョウ……やめて、今、そんなことを言ったら……』
先に心が壊れそうになったのは私の方だった。
気がつけば心の中で叫ぶ嫌な自分が私を支配していた。
彼にだけは見せたくなかった、嫌な私。
『まともに人を愛せないくせに……何を言ってるの?信じてくれと言って、貴方は皆を傷つけてきた。イライラするくらいに、貴方は綺麗事を信じてる。自分勝手に他人を傷つけ、平然と生きてる……今さら誰が貴方を本気で信じられると思うの?』
全ての終わり、これが最後。
抑え込んでいた気持ちを吐き出すように強く攻撃的な言葉が出てしまった。
……終わった、終わっちゃったよ。
辛くて、悲しくて、自分にふがいなくて、キョウを愛してあげられなくて。
私は泣いた。
彼との別れが私に大きな心の傷をつけた。
彼が私の傍にいないというだけで、自分の中で喪失感は消えずにいた。
一緒にいたい。
例え、それがホントにただの幼馴染だったとしても、私はそれでも構わない。
いつしかそんな事を思うまでになっていた。
だけど、心の中の自分はもう1つの願望も抱いていた。
キョウと再び、一緒に肩を並べて歩きたい。
そういう願望を抱く自分はすごく汚い存在に思えた。
でも……ホントに私だけが悪いの?
もとはと言えば麗奈さんに対して節度ある行動をとらなかったキョウが悪い。
この別れだって、先にしかけたのは彼だと思えば、そんな気持ちはすぐに消えた。
どんどんと膨らんでいくその願望は、気がつけばキョウへの憎しみへと変わっていく。
恋人として私に接しておきながら、私を大切にしてくれなかったんだから。
少しずつ身体を浸食していく負の感情。
そんな事をしてもしょうがない。
以前の私ならそう感じていたかもしれない。
……だが、今の私にはそんな言葉は通じない。
もう私には失う物なんてないから。
私は部屋で破壊衝動にかられて暴れた、お姉ちゃん達の制止も聞かずに。
「ふふっ、キョウのバカ、バカ、バカ……」
私はキョウと名付けていたぬいぐるみを刃物で傷つけていく。
穴だらけで破れていく“ぬいぐるみ”みたいにキョウも壊してしまえればいいのに。
「……壊して“ぬいぐるみ”みたいに、私の傍に置いておくのもいいかもね」
自嘲の笑みを浮かべた黒い感情に支配された私の頬を伝わるのは涙だった。
なぜか、冷たい雫が溢れて零れ落ち、ぬいぐるみに染みていた。VIVID
ボロボロになったぬいぐるみを抱きながら、
「キョウ、私は貴方を愛してる。貴方は私を愛しているの?」
もう分からない、私の気持ちも、貴方の気持ちも……分からない。
その日、気分転換にと私は冬芽お姉ちゃんと共に遊びに出かけていた。
繁華街で遊んでいても気乗りできない。
今の私のテンションではどうにも遊ぶという気持ちにはなれない。
そんな私に冬芽お姉ちゃんは言葉をかけてくる。
「ねぇ、雛ちゃんは恭平君の事が嫌いなの?」
「……そういうわけじゃない」
「そう。でも、雛ちゃんは彼に裏切られたんでしょう。ひどいね、恭平君は男として最低、最悪。そんなひどい男の子なら別れてよかったんじゃない」
冬芽お姉ちゃんの言い方に私は思わずムッとして、
「そんな事言わないで!ひどくない、キョウはそんなひどい人間じゃないの。……あっ」
叫んでみて、気づかされた。
……私、何でキョウの事を悪く言われて苛立ったんだろう。
「……そうだよね。恭平君はそんなに悪い男の子じゃないの、私も知ってるし」
「……」
私は何も言えなくなって黙り込んだ。
キョウの気持ちが見えないのは私が悪いんだ。
全部、キョウが悪いわけじゃない。
「彼と別れたのはやり過ぎだったんじゃないの?恋人同士なら喧嘩することもよくあることでしょう。それを乗り越えるべきだったんだって私は思う」
「キョウは私の事なんて見てくれないもの。いつだって麗奈さんのことばかりを気にしている。いつだって……そうなんだから」
彼が妹の話をするときは楽しそうに話すから私はいつも嫉妬していた。
彼女の代わりでもいいと思って付き合い始めて、その嫉妬に苦しんできた。
私の矛盾が彼との関係を壊そうとしていたんだ。
「それでも、雛ちゃんは恭平君が好き。仲直りしてみたらどう?」
「仲直り?できるわけがないじゃない、私はキョウに嫌われたから。彼は私をもう恋愛対象に見てくれない。私は終わっちゃったんだ……」
「何もしていないのにそう決め付けるのは早くない?やってダメならしょうがないけれど、やる前から諦めるっていうことはその程度の気持ちだったって事じゃないの」
冬芽お姉ちゃんの言葉が痛い。
私は怖いんだ、もう1度彼を傷つけてしまうんじゃないかって。
「……諦めたくはないけど、怖いよ。これ以上、嫌われたくないの」
身動きでない私の心、終わりへの恐怖が私を縛り付けている。
「どんなに怖くても怖れないで。前に進むってそういう事なの」
優しく冬芽お姉ちゃんに抱きしめられる。
分からないよ、お姉ちゃん……私には何もできないの。
気分が沈んだまま帰宅した私は部屋と入り驚かされた。蔵八宝
暴れて荒れていたはずの部屋がすっかりと整理されて綺麗になっている。
「どういうこと?」
私が疑問に思いながらベッドに座る。
あれだけ散らかしたのに、誰が掃除してくれたんだろう。
もしかして、夏姫お姉ちゃんがしてくれたのかな?
「えっ……写真?」
私が怒りに任せて放り投げた写真たてに入っている写真が変わっていた。
前は子供の頃の写真とか飾っていたのに、今は私とキョウが写ってるのに変わってる。
私はそれを見てハッとさせられた。
すぐに夏姫お姉ちゃんの部屋へと向かう。
「お姉ちゃんが私の部屋を掃除したの?」
私の問いに彼女は軽く笑いながら、
「違うわよ。掃除したのは……恭平さん。今日、来てくれたの。それで、あの部屋を見て掃除がしたいって……」
「ウソ……キョウが来たの?どうして?」
「さぁ?私もそこまでは聞いてないけど。会いたかったから来たんじゃない?ふたりは“恋人”なんだし、当然のことだと思うけど」
夏姫お姉ちゃんの言葉、そうか、お姉ちゃんには詳しく話していないから別れた事を知らないんだ。
「恋人なんだから、喧嘩しても別にいいと思うけど大切にしたい人がいるなら、もっと春雛も相手の事を思ってあげなさい。はい、これ。直しておいたから」
私に手渡されたのはボロボロになっていたはずのペンギンのぬいぐるみだ。
私がキョウって名前をつけていたお気に入りのやつ。
「直してくれたんだ」
「大事にしてたんでしょ。物ならこうして直せるけれど、人間の関係とかって1度壊すと中々直らないから。……わかるよね、春雛なら」
「うん……」
キョウに無性に会いたくなってきた。
私の気持ち、少しだけ見えてきた気がする。
「あ、そうだ。恭平さんから伝言があったの」
「伝言?」
「そう。明日、駅前に昼の1時に待ち合わせたいって。デートの約束かな?」
「……デート」
キョウは私を許してくれたの、それとも……?
私は期待と不安に包まれながらその言葉を受け入れていた。新一粒神
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