「まさかライドウ殿が異世界から参られた方だとは思いませんでしたよ。勇者や魔王ならいざ知らず、商人が召喚されるとは流石に想像がつきませんから」
ヨシュア王子の部屋での話。
貴族の誰も同席しないその場は僕と彼女の二人だけ。紅蜘蛛(媚薬催情粉)
入室の許可を貰った僕が目にしたのは、男装を解いた簡素ながらドレス姿のヨシュア王子だった。
ロッツガルドの思い出話を一段落した所でヨシュア王子は唐突にそんな話を切り出した。
「!?」
「響から聞きました。貴方が響と同じ世界の住人であり、また知り合いでもあると。もっとも、この事を知るのは私と陛下のみ。ロッツガルドで一緒だったホープレイズ家にも話しておりません」
響先輩からの情報か。
なら知っててもおかしくない。
でもこんな情報まで話すなんて先輩とリミア王家の間にはしっかりした信頼関係があるんだな。
前線に度々いたり、貴族の力が強いって背景があるから妙な想像もしたけど、僕の妄想ってことでおしまいか。
杞憂ならそれでいい類のことだから安心した。
「先輩から。そうですか。確かに、僕と先輩は同郷ですね。どう説明してよいかわかりませんのであまり口にしたこともない身の上ですが」
「……でしょうね。響や帝国の御仁のように身元を神に保証されるような特殊な場合ならともかく、ライドウ殿は突然のことだったとか。響に話を聞いて驚くと同時に、それでも商人として身を成した貴方に敬意を抱きました」
「それほどでは、ありません」
不運が上手く幸運に転じてくれた、ようなものだし。
僕の手柄ってのが多くないのは確かだ。
先輩にもこっちに来た経緯はある程度ぼかしたから、ヨシュア王子もそこまで詳しくは知らないようだ。
あそこを詳しく先輩に言うって事は、ここに来た根本の理由が僕と深澄家にあるって事を話すことになる訳で。
先輩にしろ、あの智樹にしろ、本来ならこんな世界と関わる切っ掛けすらないはずだった。
なのに僕の所為で女神から選択を強いられることになった。
いくら選択した結果とはいえ、二人は完全な被害者。
大体世界を捨てる決断なんてごく短い間で出せって言われても正しく出来る訳がない。
僕にしても事情があってそう決めた癖に今でも後悔しまくってる。
だからあの二人が今もその時の答えを変えていないとは限らない。
先輩にも智樹にも、いつかはちゃんと謝らないといけないとは思うんだけど、一体どう切り出していいか……悩むだけの時間が続いてる。
智樹にいたっては巴の件で険悪になって更に言い難いしさ。
まだ先輩の方が言い出しやすくはあるんだけど……はぁ。
それもあって、難しいのはわかってるけど出来るだけあの二人には敵対したくないんだよな実のところ。
月読様にも控えめながら頼まれてる事でもある。
悩ましい。
「同時に貴方の強さにも納得しました。響もこちらに来たその時から騎士団の長とまともに戦える力を有していました。ナカツハラなる学問所で広範な学問を学んでいたというその知識と知恵も相当なものでした。であるなら同じ場所で学んでいた貴方がこの世界で商売を始めることができたのも不思議なことではないのでしょうね」
凄い誤解をされている気がする。
高校が凄い場所に聞こえてきたぞ。
それに先輩基準で話をされるのはおおいに困る。
僕が一年遅れで先輩になれるかといえば無理だ。
いや、一生かかっても無理だと思う。
大体高校生ならすぐに商売を始められて当然、とか一体先輩は……。
「響先輩は僕らの中でも特別に優秀な人でした。僕はあの人には相当劣りますよ。商売にしてもギルドの試験程度ならともかく、実務では慣習や未熟に阻まれて上手くいかないことも多々ありますから、ヨシュア様が想定されているほどの力は僕にはとてもありません」
「響は貴方をとても高く評価していましたよ。肩を並べることが出来たならこれほど心強い人もいない、とまで評して陛下を驚かせていました。商人ギルドの試験は長い勉強を要するものと聞いています。それを試験程度と言ってのけられるのは、気付かずともライドウ殿が優秀だからでしょう」
……多分、それは澪とかベレンの方に視線がいってるんじゃないかと。
流石にリミアでのことは気付かれていないと思うし、あの紫の雲のことだって知らない先輩が僕をそこまで評価するとは思えない。
いくら先輩でも僕をそこまで評価する材料は他にはない筈。
人材だけは確かに物凄く恵まれている自覚はあるし。
「あはは……何だかそう言われると怖いですね。そうだ、驚くと言えばヨシュア様の服装に僕も驚きました。流石に室内では普通の装いをされるんですね」
「……いえ、普段は室内でもこのような格好は致しません。城内で男装を解くのは久々ですね」
「あ、そうなんですか」
「今のこの部屋は色々と気を遣われているため、内部を覗かれる心配はないということと、迎える客人が貴方だからというのが大きな理由ですね」
「既に事情を知っているから、ですか」
「ええ。私のアレが趣味であれば別に良かったのですが」
「やっぱり、違うんですか」
「男装は、好きでやっていることではありませんね。私にとっては手段に過ぎません。必要であれば躊躇いませんが、不要であれば好んでやることではありません」
「手段……何やら難しそうですね」
とはいえ入り込むのも御免だったので曖昧に相槌を打っておくだけにしておく。
男装が趣味であれ、手段であれ、僕としてはあまり興味もない。
薮蛇になる位なら話題を変えたいのが本音。
まあ、日本の話から話題を逸らそうとして結局自分にとってよくない可能性のある話題を選択してしまう辺り、僕の考えの方が浅いんだよな。
気をつけよう……一応。
「寛ぐという意味では、こちらの方が楽なんですよ。なのでこの格好については貴方を利用させてもらった部分があります。お許しを」
「いえいえ。この程度でよければご自由にお使いください。えーっと、普段の凛としたヨシュア王子も素敵ですが、寛いでおられるヨシュア様もまたお美しいと思います」
お世辞を言っておく。
リミアはこんなお世辞が必要な場が多いから何個かは覚えておいた方がいいと教えられたから早速使ってみた。
貴族との話し合いでは質問攻めであまり使う機会もなかった。
女の姿に戻っているヨシュア王子ならうるさく言う事もないだろうから丁度良い相手だよね。
「そういう世辞はパーティの席か妻自慢の貴族相手にすればいいですよ。もう少し自然に言ってみせることがまず必要でしょうが。えーっと、と言うのは論外です」
えーっと、って口に出して言ってたか。紅蜘蛛 II(水剤+粉剤)
しまった。
「あ、すみません。言い慣れてなくて。見知った方でつい試してしまいました」
「……私は一応この国の王子ですが」
複雑な表情のヨシュア王子が作る若干の間。
「そのお姿なので身分はとりあえずいいのかな、と思って」
王子としてじゃない面会なら国としての用事じゃないから、ということだろうし。
「十分ではないようですが、ある程度意図を酌む力はお持ちのようですから、あとは相手の気持ちにも気を配って欲しかった所ですね」
「か、辛い採点ですね」
何か柔らかくだけど基本的な部分から駄目出しされた気がする。
「ライドウ殿は、私のこの装いが持つ意味も、完全にはおわかりではないようなので。響はこうした面での読みが得意なのでつい貴方にも期待していました」
ドレスを着た意味?
この部屋のセキュリティが安心できて、相手が既に事情を知っている僕だから、ちょっと寛ぎたくて男装を解いた。
だよね。
ヨシュア王子自身もそう言っていた。
しばらく、僕の言葉を待っていたヨシュア王子が短く困ったような息を吐いて僕の目を見た。
「ライドウ殿、貴方は私の秘密を知りました」
「は、はい」
「そして私は口止めをして、国に戻りました」
「ええ」
「……」
「……」
なんだ?
当たり前の事を確認されてまた沈黙になってしまった。
確かに僕はヨシュア王子が女であったことを知ったし、彼女から口止めされて別れて、それで今リミアで再会したんだけど。
だから何だというんだ?
「……響から、ライドウ殿は陰謀など企む男ではない、とは進言されていましたが。なるほど、こういうことですか。クズノハ商会を踏まえた時、ライドウ殿自身は、と言い直したのも頷けるわね……」
「え、ええと」
「あの時、私はライドウ殿に確かな見返りの明示もできず、かといって手付けになるようなものも渡せず、ただ曖昧な事しか言えませんでした。では私はライドウ殿に対してどう思ったとお考えになりますか?」
「早く見返りを提示して決着をつけたい、とか?」
「いいえ」
「王都が滅茶苦茶でそれどころじゃなかった、とか?」
「いいえ。それはライドウ殿に対してという前提から間違っています」
確かに。
でもヨシュア王子が僕に対して考える事……。
見返りじゃない……。
かといって実際そこまで念話が多かったかと言えば最近までそれほどはなかった。
おそらく復興の方が大変だったからだと思っていたんだけど。
前に響先輩に会った時も特には何も言われてないし……。
んー、なら何を考えるだろう。
僕だったら、知られたらまずい秘密を遠くの相手が知っていて簡単な口止めしかしていないとすると。
……不安だよな。
状況次第だけど出来るだけ早く消したいと思うかな。
でもリミアからの刺客は一人もいなかった。
だったら、探る?
相手がそれを誰かに話してないかどうか。
そんな報告も特になかったけどなあ。
これで駄目ならお手上げだな。
「だったら、不安だから相手の動向を知りたいと思う、ですか」
「正解です。そして私が把握できる限り、貴方は私の秘密を口外していない。例え話などでぼかして話したりもしていない」
探ってたのか。
どんな方法だろ?
ウチの連中からは何も聞いてないけど。
「ええ。実際誰にも話していません」
言うなって言われてるし、リミアの第二王子の秘密なんて僕としては使い道もない。紅蜘蛛赤くも催情粉
「だから私は貴方を今後信頼します、という意味も込めて今日このような姿を晒すことにしたのですよ」
「もしかして結構疑われていたんですか?」
中々ショックだよ、それも。
ヒューマンでも温室育ちであろう王家の人相手にすらそれって。
この人の場合、色々ありそうな気はするけどそれでもさ。
「逆に聞きますが、どうして信用できるのですか? ロッツガルドで急に知り合う事になった、身の上もわからぬ商人を」
「……」
確かに怪しい。
僕にその気がなくても相手から見ればそうなるのが自然か。
「あの時、私は自分の破滅まで予測しました。せめて陛下にご迷惑をかけぬよう、この身を怪しまれぬよう処分する方法まで一時は考えたほどに。ですが、貴方は口外した様子はなく、それを裏付けるように誰からもその秘密を知った上での私に対しての行動はありませんでした」
この身を消すって自殺とか?
こわ。
「だから話してませんて」
少し乱暴な言い方になりつつ再び同じ答えを返す。
亜空の人にすら言ってなかった、っていうか忘れてた位なのに。
「リミアの第二王子の秘密です。扱いようによっては、商人として一段も二段も上に行ける格好の材料であり、何らかの手段で活用するのが商人にとってもっとも自然で合理的な判断でしょう」
「……」
ああ、それでか。
リミアでの商売の予定がどうとか、その際の便宜について望むことはないのか、とか。
こっちに来る前も念話の度に聞かれたのを思い出す。
リミアへの出店予定は今の所ないから、別に気にしないで復興に励んでくださいと毎回返してた。
「貴方はこの秘密を活用するどころか先の貴族たちとの話ですら、リミアでの商いの予定は今はない、と断言しました。正直、信じがたい答えでした」
「人員の問題もありますがクズノハ商会も色々と事情がありまして、そうそう店舗を増やしましょうともいきません」
実は行商なんかの関係でリミアにもすこーしだけ人は入ってるんだけど出店という程根付いてもいない。
このリミア滞在でこちらから明かす予定でいるけど店までは……って、そっか。
ならヨシュア王子に明かして貴族がわめくようなら説得を手伝ってもらうのも手か。
「商人という人種とはかけ離れた、例えば軍人や貴族の思惑を持つ人物なのかと更なる警戒も考えましたが、響の話や貴方の話を合わせて考えるなら、どうやらそれは私の勝手な想像だったようです」
「その事なんですが、私からも近々お伝えしようと思っていたことで、一つヨシュア様に先にお話をしておこうと考えているものがあるんですが」
「……丁度今思いついた、という空気を感じますが、まずは言ってみて下さい」
リミアにいる内に機会を見て誰かに言おうとは思ってたことだ。
ちょっと、この場でヨシュア王子に話そうとは思ってなかっただけだ。
話題そのものを今思いついたわけじゃない。
「クズノハ商会に外商部、というか行商部隊みたいなものがあるんですが。その者らがリミアの一部の村落でごく小規模ですが商売などした事実があります」
「ん……。報告はありませんが、なるほど」
「リミア王家の直轄領などではおそらくない筈ですが、特に国境近くの貴族領では複数回の取引があった村もあると僕の方で報告を受けています」
「それで?」
「王家や貴族の方々には事後承諾という事で納得してもらえればと思いまして」
「私に説得を手助けしろと?」
「必要なら売り上げの報告とそれに応じた納税についても今後はしますので、なにとぞ」
大した金額の取引じゃないから納税っていってもそれほどのことはない、はず。
必要ならリミアの税金も調べておかないとな。紅蜘蛛
短い間、考える表情をしたヨシュア王子。
何度か僕に向けた複雑な顔をしていた時間よりはずっと短く、僕に視線を戻した。
「……その程度なら問題はありません。金額次第の部分はありますが、税についても問題がないよう取り計らいましょう。約束します」
「助かります」
「先ほどの聴取、いえ会談でもクズノハ商会について出店を望む声が多かったでしょう? 何も言わない者もいましたけど、総じて反対の声は少なかった」
「あ、はい。そういえば」
「規模を大きくすることを望まれることはあっても、積極的に排斥を進める方向に動くことは現状まずないでしょう。一応、貴方が頭の中で把握している村落の位置を教えておいてもらえますか?」
そう言って席を立ったヨシュア王子が棚から持ち出して見せてきたのはリミア王国の地図。
ただかなり大雑把。
領土はわかるけど中身はあんまりわからないって感じの白紙の地図に近いな。
都市も主要な数箇所以外は描かれてないし道もまばらだ。
普通に出回る地図ってこんなもんなんだろうか。
僕らが普段使っているものとはかなり違う。
とりあえずOKだと言われたのもあり、僕は報告を受けていた村落の位置を示していく。
大体二十箇所。
初回だけ、とか見ただけ、って村も含めるとかなりの数になるから継続的に取引をしていてクズノハの名前が浸透している村だけあげていった。
村によってはクズノハ商会の薬売り、じゃなくて行商を担う森鬼その他は「クズさん」という悲しい愛称で呼ばれているらしい。
無邪気な顔した子供から隠居生活を楽しむご老人にまでクズさんと呼ばれているのか、正直かなりの精神攻撃だ。
事実、知った時は大分へこんだ。
村長さんから挨拶をしたいと頼まれている、なんてのもまばらに聞くようになったけどクズさんのボスとか、クズの代表って言われるのがアレでまだどこにも行ってない。
「結構な数。でもやけに西側が多いように見えますが」
僕が示す先を記していくヨシュア王子。
結果、リミアの西側は国境に沿って北から南まで点々と印がつく結果になった。
「西側の国境には貧しい村が多いようで、ウチの者もよく品を持っていっているようです」
「……なぜ? 貧しい村ではお金を落としてもらえないでしょう?」
首を傾げるヨシュア王子。
不思議な事でも言っただろうか?
ウチは別に高級な品を扱ってる訳じゃないんだけど。
「でも貧しい村の人の方が物資を必要とされますよね?」
そんな日用品とか常備薬にも困る場所でそういう物を売っているだけだ。
おかしくない、と思う。
「ええっと……」
「なにか?」
ヨシュア王子はどうもこの表情で黙ったり固まるのが得意らしい。
不思議な生き物に出会って困惑しているような、驚いているような。
珍獣ではない僕としては何となく悲しかったり。
「……いえ。確かに、このような村を中心に回っているなら領主に報告が遅れているのも頷けます。……これはまだ確定ではありませんが、今後クズノハ商会の者がリミア国内を動きやすいよう何かしらの手を考えましょう。……少数人の行商規模だから出来ることもある、のでしょうしね」
「動きやすい……例えば通行手形をくれる、とかですか?」
魔族領みたいに。
「手形ですか。街道の通行許可、国内での行商許可、とまだどのような形になるかはわかりません。ただ、私の秘密を守ってくれている御礼も兼ねてこの件では力になりましょう」
「ありがとうございます」
「ところで今後の、こちらが予定している以外でのライドウ殿のご予定は?」
「ああ、知人から少し頼まれ物がありまして明日、半日ほど頂きまして外出をしようかと」
明日と明後日は比較的空白の時間が多かった。
特に明日なら予定を明後日にずらせば一日自由にもなりそうな位。
「どちらに?」
「湖です」
「ああ、星湖ですか。あそこは観光に訪れる者も多いですし王都からも近いですね」
あー、確かそう聞いてるな。
魔人こと僕が作り出したリミア王都付近の大きな湖。
今じゃそれなりに観光客が来たり、実用的な面でも湖の恵みをもたらしたりしているんだとか。
流石に僕がそこに行きたいかと言われると首を横に振らざるを得ない。
誰がそんなとこに行きたがるのかと。
「いえ、メイリス湖です。リミア王国では有名な場所だと伺っていますが」
ルトから言われた場所はそこなんだよな。
グリトニアの時同様、そこまで遠くないのはありがたい。
しかもグリトニアの砂漠ほど厳重に管理もされていないらしい。
「メイリス……確かに有名ではありますが、その知人の方の間違いではないですか?」
「いえ確かにメイリスと。彼が言うには、望む者の立ち入りは禁止されていないとか。違うんですか?」
「間違ってはいません。かの湖は有名ですし、立ち入りも意思を確認されるだけで禁止しておりません」
「良かった、安心しました」
またルトの奴に何か問題を起こされるのかと内心ビクビクしてたところはあるから。
まだ節々が痛い、とか言いながら恒例の卵を渡してきたあいつの顔を思い出す。
相変わらず何を考えているかわからない飄々とした笑顔だった。勃動力三體牛鞭
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