「結局、引き受けたのね」
「あの野郎、人が断れないような言い方をしやがって……」
「冒険者としての仕事からは少し外れるけど、人のためになって利益も出る。条件付けが上手いんだね」
「あいつの場合、そのおどろおどろしい裏が無ければな」
「無理なんじゃないの? そういう人みたいだし」新一粒神
魔の森での浄化で得た成果に対する分配交渉の席で、俺達はクルトと決定的に揉めてしまう。
別に、俺が喧嘩を売ったわけではない。
向こうが、俺を決定的に嫌っているのを隠さなかっただけだ。
随分と無礼な口も利いてきたが、ブランタークさんに言わせると処罰できる案件でもないそうだ。
『坊主は、冒険者としてここに来ているからな』
ただ、貴族としては常識の無い。
空気の読めない男という評価は、受ける事になるであろうと。
碌に領地から出ないクルトからすれば、そんな評価は気にもならないのであろうが。
と言うか、襲爵の際にはどうするのであろうか?
少なくとも、俺は絶対に世話などするつもりもない。
そのせせこましく貯めた金で、どこかに泊れば良いのだと思ってしまう。
そのために、懸命に金を貯めていたのであろうし。
結局、父やクラウスが居たので交渉は無事に纏まってはいた。
もう用事は無いと本屋敷を出ようとすると、そこでクラウスが一泊していって欲しいと頼んでくる。
交渉は無事に纏まったのに、ここで俺達がすぐに領地を出てしまうのは問題なのだと。
とはいえ、この宿屋すらない僻地で泊るとなると、候補は非常に狭められてしまう。
一番の本命である本屋敷だが、俺も含めて全員が嫌であろう。
何しろ本屋敷には、その大いに揉めた戦犯であるクルトが居るのだから。
あの温厚なエリーゼですら、クルトを嫌がっているのだから当然であろう。
だが、ここで素直に引き下がるようなクラウスでもない。
彼は、分家であるヘルマン兄さんの家に泊れば良いと意見する。
本人の意思とは別に、バウマイスター騎士爵家継承で騒動の元になっている俺を、同じくヘルマン兄さんが婿入りしているものの、魔の森遠征の件で反本家で纏まっている分家に泊らせてしまう。
クルトの心を掻き乱し、父もまさか嫌とは言えず。
やはり、クラウスは厄介な性分をしている。
あのルックナー弟などよりもだ。
そんな経緯で分家の屋敷へと向かったのだが、ヘルマン兄さんの奥さんにして、分家の事実上のトップでもあるマルレーネ義姉さんは、こちらの斜め上を行っていた。
誰に隠す事も無く、クルトや本家の批判をしていたからだ。
特に、クルトの遺品などいらない発言で、余計に彼への批判を強めていた。
彼女からすれば、祖父や父や叔父達の遺品などいらないと言ったクルトは、貴族以前に人間として論ずるに値しないのであろう。
彼らの遺品に、資産価値などほとんど無い。
金に拘るクルトからすれば、回収の手間の方が高いからいらないわけだ。
多分、俺達が過大な手間賃でも請求すると思っていたのであろうが。
そんな発言が分家の人間に漏れれば、非難されて当然とも言えた。
正直、次第にクルトを次期当主にして大丈夫なのかと思ってしまうのだ。
だが、そこに俺が口を出す権利などない。
俺は本来、アマーリエ義姉さんやその子供達に渡す予定だったお土産を分家の子供達に渡したり、せがまれて竜退治の話などをして時間を過ごす。
クルトの事など考えるよりも、よほど精神衛生上良かったからだ。
ところが、そこにまた厄介な男が現れる。
先の交渉の席で、ボロを出すどころか憎いほどにフォローが適切だったクラウスが姿を見せたのだ。
しかし、反本家の立場を表明する分家に何食わぬ顔で現れ、俺に面会を要求するとは。
やはり、こいつは相当なタヌキのようだ。
『それで、用件とは?』
『それは、ですね……』
クラウスは、お茶の提供すら断っていきなり仕事の話に入る。
『バザーを開いて欲しいんですよ』
クラウスは、俺達に領内で商品を売って欲しいと頼んで来たのだ。
『商品は、何でも構いません。服でも、小物でも、調味料でも。領民達は、とにかく娯楽に飢えていますから』
主食の小麦は、広げた農地から自給可能であり。
野菜も同じく畑から自給可能で、肉は狩りで、魚は川や用水路や沼から淡水魚は取れる。
泥臭くて、大して美味しくは無いのだが。
他にも山菜に、自生している果物に、分家のようにハチミツ採りも出来るので、領民達は基本的に飢える事は無い。
ただ、塩は決定的に不足しているわけで、それだけは何が何でも購入する必要があっただけだ。
生憎と、昔の俺の調査でも岩塩などは見付からなかった。
この辺が、昔は海であったという事実はないのであろう。
『考えても見てください。あの規模の商隊で、八百人近くの物資なんですよ』
それも、年に三回しか来ないのだ。
山道の往復を考えると、四回は不可能という現実もあるのだが。
しかも、彼らが運べる品物には限りがある。
とにかく塩が優先され、他の物は極少量のみ。
だが、それで商隊の人達に文句を言うのは酷であろう。
相場は、王都やブライヒブルクよりも少し高いくらいだが、それでも彼らは完全に赤字のはず。
間違いなく、彼らの利益はブライヒレーダー辺境伯からの補助金のみのはずだからだ。
『正直、良くブライヒレーダー辺境伯様から切られないものだと』
『遠征の件があるからだろう』
どうせ相手はクラウスだし、この件は公然の秘密で領内で知らない者などいない。
なので俺は、堂々と商隊が来る裏の理由を口にしていた。
『ですが、コストを考えますと……。ブライヒレーダー辺境伯様の負担は大きいのです……』
ブライヒレーダー辺境伯家の財政規模を考えると大した負担でもないが、『あと何年続けるのか?』という疑問も残る。
バウマイスター領の人口が完全に回復し、計算しているであろう損害額の補填を、ブライヒレーダー辺境伯側が終えたと思ったその時。
もしくは、代が替われば中止になってしまう可能性だってあるのだ。
中止にしなくても、せめて利益は取れるような体制に変化させる事もあり得る。
もしそうなれば、当然塩の値段は相当に上がるはずだ。
彼らとて、別に慈善事業でやっているわけではないのだから。
『この場合、ブライヒレーダー辺境伯様の方が立場が上だとか。うちに借りがあるとか。大物貴族だから傲慢であるとかは、関係無いのです』
クラウスの言葉の先には、間違いなくクルトの存在がある。
ブライヒレーダー辺境伯に対し、エーリッヒ兄さんの件で最初に悪印象を持ち。
更に、祝儀の件などで喧嘩を売って仲が悪くなっている。
一度も顔を合わせた事が無いので、仲が良いとか悪いとかそれ以前の問題でもあるのだが。
そしてその状態は、クラウスを筆頭に領民達を不安にさせる。
クルトが次期当主になり、それに合わせて商隊が持って来る物の値段が上がったら?
もしくは最悪のケースとして、商隊派遣が中止になる可能性だってあるのだ。
『塩が無ければ、この領は詰みますので』
『昔は、どうしていたんだ?』
バウマイスター家の誰かや名主の一族の者をリーダーに、数名でブライヒブルクにまで買い出しに行っていたそうだ。
領内で集めた毛皮や薬草などを売り、そのお金で塩を買って戻りと、かなりハードな方法であったようだが。
『この方法ですと、今の半分の人口でないと成立しません』
人口が増えれば荷駄の量を増やさないといけないし、それをすれば今度は農作業などの人手が足りなくなってしまう。
困っていた所に、寄り親として先代のブライヒレーダー辺境伯が年に二回商隊を派遣してくれるようになり。
遠征後に、罪滅ぼしも含めて三回に増えたというのが真相なようだ。
『そんな先の不安もあり、領民達は塩の備蓄が欲しいところでして……』
ただ、商隊を年に三回に増やしても、領民達の塩の備蓄が増えたわけではないそうだ。
毎日使用する物なので、例えばいち家庭が四ヶ月に使用する塩の量を考えると。
四ヶ月分なのは年に三回商隊が来るからだが、自然と商隊はギリギリの量しか供給できない。
遠征前までは、次第に人口が増えていたからだ。
そして現在も、徐々に遠征前の水準にまで戻りつつある。
なので塩に限っては、一家の人数に比例した決められた量しか販売してくれないそうだ。
もっと売ってくれと無理を言っても、それは他家の購入枠を犯す結果となるし、どうせ在庫も無いので不可能でもある。
他にも、せっかくの商隊が塩しか持って来ないのも、それは領民達に不満を与えてしまう。
少しだけでも、外の世界を感じさせる産物を混ぜる必要があったのだ。
当然、その分は塩の搭載量が減る事になる。
『荷駄を増やすと、同時に人手も増やさないといけないのでブライヒレーダー辺境伯様の負担が増えます。なので、量は頭打ちでしょう』
往復三ヶ月間、山道ばかりの道をひたすら荷駄を引きながら移動するのだ。
飛竜の生息地ながら、いつも使用している山道には滅多に姿を見せないそうだが、他の熊や狼などは現れるので警戒は常に必要と。蔵八宝
募集をかけても、人手が集まる保障も無い。
支払う賃金なども考えると、商隊の規模拡大は不可能というのが結論であった。
『ヴェンデリン様がブライヒブルクに拠点を置くのであれば、月に一度でも構いません。領民達に物を売って欲しいのです』
『無理を言うな……』
物理的に不可能だと言っているわけではない。
魔法の袋に仕舞って瞬間移動で飛べば良いのだから、むしろ簡単な方の依頼に入る。
ただ、冒険者がする仕事とは微妙に違うし。
そんな事をすれば、クルトがますます意固地になるだけであろう。
『クルト様に関しては、私が抑えますから。領民達が自由に買い物が出来るようになって不安が収まれば、それはクルト様の利益にもなるのです。アルトゥル様からの許可も、私が取りました』
『もう取ったのか?(というか、クルト。あんたは、父の傍に居たんだろうに……)』
この目の前の老人が老獪過ぎて、俺に余計にこの領地の未来が心配になってしまう。
そしてこの老人は、もう間違いなくクルトを切っているのだから。
『無料で配れとか、安く売れと言っているわけではないのです。むしろ、それは止めてください。ブライヒブルクの相場に、ヴェンデリン様の利益を加えた額で構いません』
正直なところ、ブライヒブルクと同じ値段でも十分に利益が出るのだ。
他の商人達なら、瞬間移動が使えなければ往復三ヶ月分の移動費がかかるのに、俺は一瞬で移動可能だからだ。
荷を載せる荷台も、魔法の袋のせいで不要である。
仕入れも、商業ギルドに登録して会費を払えば、かなり安くなるはず。
もしブライヒレーダー辺境伯が知れば、商隊の経費を削減できるので、揉み手で援助を始めるであろう。
クラウスは、相変わらず人の欲を見抜くのが上手い男だ。
『俺が仕入れ担当で、領内に店を作れとか言うのかと思ったがな』
もしその条件の一つとして、店番担当に俺の異母兄姉でも勧めてきたら、俺は余裕でクラウスを糾弾可能なのに。
それを絶対にしないのが、この男の怖い部分であった。
クラウス自身は、俺が自分を怪しんでいる事など当に承知で、特に気にもしていない態度なのだから。
『さすがに常設の店となりますと、アルトゥル様への申請や手続きで面倒な事になりますからな』
『一番の問題は、クルトの不満が大き過ぎるからだろう? 定期とはいえ、商隊なら領民達への利益も考えてクラウスが説得すると』
『はい、その通りでございます。とりあえずは、一回だけ試しに実行していただければと』
『うーーーん、エリーゼはどう考える?』
領民のためという理由が一番なので、断り難い案件ではある。
別に、クルトにこれ以上嫌われても今更なのだが、僻地で苦労している領民達を考えると、無下に断るのもと思えてしまう。
俺の中身が、世界でも稀に見るお人好し民族である日本人であった影響であろうか?
そこで、正妻になるエリーゼに聞いてみる事にしたのだ。
こう見えて、彼女はあのホーエンハイム枢機卿の孫娘なので、時に素晴らしい意見を出す事があるからだ。
『今回に限っては、まず試しに引き受けても宜しいかと思います』
簡単に言えば、領民達に罪は無いという意見のようだ。
こういう部分が、彼女の聖女たる所以なのかもしれない。
あと、基本的に良い事なので、俺の評判が落ちる心配もないという意見もエリーゼは添えていた。
『私も、やってみれば良いと思うわ』
『善行で利益も得られる。良い事だと思うよ』
イーナとルイーゼも、エリーゼと同意見のようだ。
『エルは?』
『ちょっと……』
エルは俺を部屋の端に呼ぶと、小声でそっと耳打ちしてくる。
『(安全のために引き受けろ)』
エルに言わせると、もうクルトは何をしてもおかしくない状態にしか見えないそうだ。
ブライヒレーダー辺境伯の代理人でもあるブランタークさんにも、ホーエンハイム枢機卿の孫娘であるエリーゼにも喧嘩を売っているのだから、俺もそれは感じていたのだが。
『(いくらヴェルが強力な魔法使いでも、暗殺の手段なんていくらでもある)』
口に入れる物に毒を入れたり、弓に致死性の毒を塗って狙撃でもされたら、僅かな矢傷でも俺は即死してしまう。
そして、それを行える能力がクルトにはあるのだと。
『(あの男、一見全領民に見放されているイメージを感じるけど、俺達にそんな事はわからない。どんなバカにでも、熱狂的な信者は存在するからな。お前の親父もまだ見捨てていないから、おかしな命令でも引き受ける部下がいるかもしれないし)』
前に少しだけエーリッヒ兄さんから聞いた事があるのだが、初期移民者の子孫である本村落の住民達であろうか?
彼らはかなり保守的な連中で、クルトの支持基盤になっているらしい。
俺の事も、長子継承の秩序を乱す反乱者くらいに考えている可能性があった。
『(だから、物を売って領民達に恩を売れ)』
もしクルトが何かを企んでも、それを邪魔してくれる可能性がある。
そういう領民達の目があると、クルト達の行動も制限されるという利点もあった。
『(あくまでも可能性だけど、その可能性は低くはない)』
エルは、あくまでも俺の警護担当者の立場として意見を述べていた。
『(どのみち、依頼を終えるまではこの領に関わらないと駄目だからな)』
今日は泊るし、魔の森での依頼が終われば遺品の選別のために数日は滞在しないといけないはず。
最後に、上納金を持参するのも俺達の仕事になるはずだ。VIVID
『(わかった。引き受けるよ)』
こうして俺達は、夕食までの短い時間ながらも、クラウスの依頼でバザーを開く事になるのであった。
「あなた」
「手伝えって事ですね。わかります」
「(ヘルマン兄さん、見事に尻に敷かれているな……)」
「(ヴェル。あの分家の男達は、基本みんなそうだから)」
こうして始まったバザーであったが、さすがに五人では人手が足りなかった。
戦力として当てにしていたブランタークさんは、気に入ったハチミツ酒を可能な限りマルレーネ義姉さんと交渉して購入すると、その足でどこかに出かけてしまったからだ。
そこで、ヘルマン兄さんと分家の婿さん達の出番となる。
悲しいかな、この世界における男尊女卑の枠から外れている彼らは、マルレーネ義姉さんからの命令で、本村落と残り二つの村落との間の広場でゴザを広げ、俺が魔法の袋から取り出した品物を並べ、持って来た木切れに値段を書く仕事をしていた。
子供達も、全員手伝っている。
バザーが始まれば、店番も手伝ってくれるそうだ。
こういう光景を見ていると、前世で子供の頃に、自治会の夏祭りで縁日の屋台を手伝った記憶が蘇ってくる。
今度、水飴でも作ってみようかと思ってしまうほどだ。
「事前の準備無しにしては、かなりの量だな」
「そこは、魔法の袋のせいですね」
何でも大量に仕舞えるので、とりあえず何でも大量に仕舞ってしまうからだ。
仕舞ってしまえば、とりあえずは部屋や倉庫が散らかるという状態は防げるわけで。
ヘルマン兄さんはその様子を、まるで手品師だなと感心しているようだ。
ゴザの上には、子供時代に大量に魔法で作った塩入りの壷が置かれ、これがメインなので10kg入りを百個ほど置いている。
他にも、砂糖、マヨネーズなどの調味料、胡椒などのスパイス類、ラムやエールなどの酒類など。
マヨネーズは以前は自作していたのだが、面倒なので王都の商会にレシピと製法を売り払っていたのだ。
そのおかげで、その商会から定期的に贈ってくるようになっていた。
大ヒットしたのでよほど感謝しているらしく、毎月尋常ではない量を送って来るのには、正直辟易しているのだが。
他の貴族や商人達も、エリーゼの趣味がお菓子作りや裁縫であると知ると、製菓材料と道具に、裁縫道具やら大量の生地類をこちらに贈り。
俺やルイーゼが美味しいお菓子を買って食べるのが趣味であると知ると、様々なお菓子を贈って来る。
イーナが空いている時間に本を読むのが好きで、俺も同じだと知ると様々な本を贈って寄こしと。
屋敷の倉庫がパンクしそうだったので、全部魔法の袋に入れていたのは幸いであった。
当然、それらの品々も少しずつ商品として並べていく。
「貰い物を売って良いのか?」
「もうお礼状も出して、お返しもしましたし。全部使うのは無理です」
特に、お菓子類は危険であった。
全部食べていたら、確実に痛風か糖尿病になるからだ。
最後に、俺が弓を嗜むと聞いて贈って来た大量の弓矢を並べて準備は終わる。
弓矢は狩猟用として需要が高いが、ここの領民は自作する人が多いので、王都の一流職人が作る弓矢の需要もあると思ったからだ。
他にも色々とあるが、あまりに多くて値札を付けるのが面倒なので適当に置いていた。
ある程度相場は知っているので、何とかなるはずだ。
売れる保障も無いが、別に売れなくてもバザーを開けばクラウスからの依頼は達成なのだから。
「これは、結構な品揃えで感謝いたします」
「ところで、父上との条件はちゃんと履行されるんだろうな?」
「はい。それは、確実に」
販売利益の二割を、税として収める。
これが、このバザーにおける俺達の義務であった。
つまり、利益が上がらなければ税を収める必要が無いのだ。
最初は、クルトが売上高の三割を収めろと言ってきたらしい。
やはり引き受けない方が良かったのだと、俺は少し後悔までしてしまうほどであった。
まさか、山道を往復三ヶ月かけてくる商隊から税を取るわけにもいかないので、俺達が商売をすると聞いてクルトがおかしな欲を出したのであろう。
当然、クラウスの説得で撤回させられていたが。
「どうせ、税金の計算も出来ない癖に……」
エルは先ほどチンピラ扱いされたので、クルトを決定的に嫌いになったようだ。
漢字が読めず、計算も出来ないクルトを、嫌味だけ得意な子供以下の存在だとバカにしていた。
「そこは、無事に交渉が成立したという事で。私、先ほどから全領内を回って宣伝して参りました」
だからなのであろう。
次第に領内中から、人々が家族連れで集まり始めていた。
「人数が、多くないですか?」
「緊急の仕事がある人以外は、全員がここに来るはずです。仕事が終われば、その人達も来るでしょう」
驚くイーナに、クラウスが答える。
ほぼ全員が、商隊以外から物など購入した事が無い人達なのだ。
全員、今日までに集めた金を持ち、目を輝かせながらこちらにやって来る。
「みんな、お金があるのかな?」
「無い事もないんですよ」
小麦や、薬草や、特殊な動物の素材などを売り、決められた量の塩や僅かな嗜好品のみを買える生活なので、外地の人達に比べると現金収入は少ないが、貯蓄が無いわけでもないのだ。
食べるのは、自給自足や領民同士の物々交換で済み。
あとは、たまに鍛冶屋から農機具などを買ったり、職人から基本的な生活用品を買うくらいで。
あまり、現金が必要な生活をしていなかったからだ。
「税と食べる分以外の麦を売って、何年もコツコツと貯めるのですよ」
「なるほど」
「ここは、そんな田舎なのですな」
クラウスは、ルイーゼに領民達の懐具合を説明していた。強力催眠謎幻水
「さて、そろそろ始めるか」
ようやく始まったバザーであったが、みんな飛び付くようにして品物を購入していく。
まず最初に、壷入りの塩を男達が纏めて複数購入し、次々と家へと運んで行く。
皆、領内で自給が出来ないので、万が一の事を考えて備蓄しようと懸命なようだ。
「そんなに、安くないんだけどなぁ」
現在塩は、ブライヒブルクでは一キロ五セントくらい。
日本円で五百円くらいで、ここ暫くは相場は変動していない。
王都は内陸部にあるので、一キロ八~十セントくらい。
前回の商隊は、領民達に一キロ八セントで販売したそうだ。
高いのか?
安いのか?
判断に悩むところであったが、輸送の手間を考えると完全に足が出る。
商隊が、ブライヒレーダー辺境伯からの支援で運営されているのも納得できるという物だ。
ちなみに、俺達は一キロ五セントで販売している。
ブライヒブルクにおける、標準的な塩の値段であった。
俺が海辺に瞬間移動で移動し、そこで魔法で精製した塩なのでコストは無料に近く。
利益率は、物凄く高かった。
本当はもっと安くしても良いのだが、それをするとクルトが五月蝿いので、他の物品の利益率を下げてなるべく安く売るように調整していたのだ。
「ヴェンデリン様、この白い物は?」
「砂糖だよ」
「砂糖って、黒いんじゃ?」
「精製してあるから」
南方の未開地で、野生のサトウキビを材料に砂糖を精製した時。
前世の癖で、真っ白になるまで精製してしまったのだ。
「お前、知らんのか? 真っ白な砂糖は、高級品なんだぞ」
「へえ、知らんかったな」
塩のおかげで、砂糖も値段を下げて売っていた。
これも、ブライヒブルクと同じで一キロ十セント。
王都だと、一キロ十五セントから二十セントくらいだ。
「おっかあと、ガキが喜びそうだな」
結構な値段なのに、砂糖も壷ごと飛ぶように売れていく。
他の調味料や、スパイスや酒なども、小量ずつ試しに購入しているようだ。
「綺麗な生地」
「素材は木綿ですけど、王都で流行の色に染めてありますから」
エリーゼ達が担当している、生活雑貨や日用品も良く売れているようだ。
安価なアクセサリーに、小物に、服の材料になる生地や、裁縫道具に調理器具など。
なぜにこんなに大量にとも思わなくもなかったが、大半が貰い物なのが恐ろしいところだ。
高価な贈り物は除いていたが、貴族でも商人でも実は安価な贈り物を大量に贈って寄越す事がある。
インパクトが強いからという面も否定しないが、実際には贈り相手が、雇っている使用人達に配ると予想して贈っているからだ。
当然、ローデリヒ達にも配っているが。
『お館様、拙者はこんなにお菓子は食べられないのですが……』と、困惑している状態であった。
うちはまだ小所帯なのに、注目度の関係で贈り物が大量に集まっている弊害とも言えよう。
「思っていたよりも安いですね」
「生地の産地だと、このくらいのお値段ですから」
値段は、大体相場を知っているエリーゼが安目に付けていて、ほぼ仕入れ原価なので同じく飛ぶように売れていた。
購入者は女性ばかりで、みんな自分や家族の分の服を自作するからだ。
加えて、裁縫道具なども良く売れていた。
「(あれ? 塩は魔法で精製してほぼ無料。砂糖も同じ。残りの物も、ほぼ全て貰い物。それを、相場の値段で売ると?)」
正解は、ほぼ全額が利益という結果になってしまう。
経費は、贈り主へのお返しの費用くらいであろうか?
「お母さん、お菓子買って!」
「はいはい」
「私は、絵本が欲しい」
「聞いた事が無い話だな。買うか」
外地とさほど値段が違わない様々な品が、飛ぶように売れて行く。
売れ残っても構わないなどと言ったが、逆にまだ在庫はあるかと聞かれ、魔法の袋から追加で取り出しているくらいだ。
「エベンス、その弓矢のセットを買うのか?」
「当たり前だ。やっぱり、プロの職人が作った品だな。自作だと限度があるわ。インゴルフはどうするんだ?」
「当然、買いだ。これで、ホロホロ鳥を毎日狩るんだ」
「無理じゃないのか? 主に、腕の問題で」
「五月蝿いわ! お前だって、俺と大して腕前なんて変わらないだろうが!」
領内の猟師達は、こぞって王都の職人が作った弓矢を購入しているようだ。
領内にも鍛冶屋や職人はいるのだが、鍛冶屋は釘や包丁や農機具などをメインに作る程度。
職人も、普段の生活必需品に、剣や鎧の修理が精々で。
弓矢も自作していたが、やはり王都やブライヒブルクの一流の職人達に比べると腕は落ちる。
これが現実であったのだ。
「(この領内の職人は、悪い意味で独占企業だからな)」
競争相手がいないので、出来が悪くても売れてしまうのが良くないようだ。
外部から、新しい技術が入り難いという点も大きかった。
「いやあ、大盛況ですな」
何を出しても次々と売れていく情況に、クラウスも笑みを浮かべていた。
毎回こんなに売れるはずもないが、初めてこんなに色々な物が買えるという情況に、領民達のサイフの紐も緩んでいるのであろう。
「最初だからだな」
「そうですな。次回からは、もう少し小商いになるでしょうが。ところで……」
続けてクラウスは、商品と領民達が持参する換金物との物々交換や、買い取りの要請までしてくる。
彼の魂胆はわかる。
このまま俺達だけが物を売っても、それは領内からの財貨の流失しか招かない。
俺達が、商隊では輸送コストの関係で断られた品を買い取るようになれば、それは経済の循環を生む。
領民達も、自分達で何か現金になる産物を探し始めるはずだ。
「ヘルマン様、分家ですとハチミツ酒は売れると思いますよ」
あの酒に五月蝿いブランタークさんが気に入った物なので、ブランド化すれば結構な値段で売れるはずだと。印度神油
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