2014年1月24日星期五

カミュの決意

現況を見て信じられないといった様子で目一杯に目を見開き固まっている立会人であるジンウ。そのジンウに向けて日色が言葉を放つ。


  肩を竦めながら今度はカミュの方へ足を動かしていく。歩いている最中に一分が経過し砂針が元に戻る。針に支えられるように立ち尽くしていたカミュは、そのまま膝を折る。Motivator


  カミュは顔を上げて日色と目を合わせる。変わらずの無表情だが、どことなく目の奥が潤んでいるように見える。やはり負けたことが悔しいのかもしれない。

 「悔しいか?」
 「……悔しい」
 「まあ、オレは強いからな」
 「俺も……強い」
 「でもオレには負けたな」
 「まだ……本気じゃない」
 「それでもだ。結果的に負けたのはお前だ」
 「…………」

  日色は歩いてくる時に拾った双刀をカミュの足元に投げる。

 「お前は言ったよな。一族を守るって」
 「……うん」
 「それはもちろんお前を慕ってる子供らも入ってるんだろ?」
 「当然」
 「だがこのままじゃ、近いうちアイツらは死ぬな」
 「そ、そんなことない! 俺が守る!」
 「オレに負けてるのにか?」
 「だって……それは……だって……」

  日色の言葉に上手く反論できずに顔を俯かせる。

 「守ってないんだよ」
 「……え?」
 「守る守るとほざいても、結局は皆を危険に晒してるだけだ」
 「……ならどうすれば……いい」
 「甘えるな、自分で考えろ」
 「…………」

  悲しそうな表情を浮かべる彼を見て、どこかいたたまれない気持ちが湧きあがり、思わず頭をかきながら口を開く。

 「オレなら……立ちはだかる問題は全て薙ぎ倒す」
 「薙ぎ……倒す? すべて?」

  キョトンとした表情で日色を見つめる。

 「ああ、全てだ。オレは欲張りなんでな。欲しいものは手に入れるし、自分のものは誰にも渡さん。だから誰にも奪わせない。本当の意味で、全部守る」

  日色とカミュは目を合わせ、しばらく沈黙が続いた後、カミュの目に先程と違い、力強い光りが放たれた。SPANISCHE FLIEGE

 「…………名前、聞いていい?」
 「…………ヒイロだ。ヒイロ・オカムラ」
 「ヒイロ……ヒイロ……ヒイロだね。うん……覚えた」

  何度も頷いて純粋そうな瞳で見つめてくる。

 「俺……カミュ」
 「知ってる。だがお前は二刀流だ」
 「む……カミュって呼んでよ」
 「断る。呼んでほしかったら認めさせてみろ」
 「認め……?」

  その時、二人の元に子供たちやジンウが走りながらやって来た。

 「カミュカミュ~!」
 「だいじょうぶ~!」
 「こら~! こんどはおれがあいてだぁ!」

  子供たちはカミュを庇うように、日色の目前に立ちはだかって怒りを露わにしている。

 「長、無事ですか?」
 「うん。お前たちも……止めて」

  カミュは子供たちを窘たしなめる。

 「え、でもでも!」
 「そうだよ、カミュカミュをいじめたんだよ!」
 「ううん。いいんだよ……ヒイロは……客人」

  カミュの言葉を聞いて子供たちはキョトンとなる。

 「ん~そうなの?」
 「カミュカミュがそういうんなら……」
 「そ、そうだよなぁ……」

  渋々納得したようだが、子供の一人が日色を睨みつけて言う。

 「い、いいか! カミュカミュがいうからいいけど、ちょ~しにのんなよ!」
 「黙れガキ」

  キッと睨みつけると、ビクッとした子供たちは「ひぃ!」と怯えながらカミュの背中に隠れる。

 「どうやら決着が着いたようじゃのう」

  そう言いながら今度はシヴァンと、リリィンたちもやって来た。SPANISCHE FLIEGE D9

 「しかし、さすがは《赤バラ》に見初みそめられた若者じゃな。まさかカミュが負けようとは思わなんだ」
 「ふん、だから言っただろ、面白いものが見れるとな」
 「ほっほっほ、のようじゃな」

  シヴァンは日色の方に顔を向ける。

 「それにしてもじゃ、初めて会った時から妙な感じを受けておったが、何者なんじゃお主は?」
 「答える義務が無いな」
 「俺も……聞きたい」

  何やら目を子供のようにキラキラさせたカミュがいつの間にか隣に立っていたので、つい唖然としてしまった。

 「ヒイロのこと……教えて?」
 「……断る。それもオレを認めさせたら考えてやる」

  残念そうに眉をしかめるが、大きくコクッと頷くと

「ん……いつか聞くから」

  ヨシッといった感じで何か決意したようだが、日色はそれを見て呆れたように溜め息を吐く。するとリリィンがスッと近づいて耳打ちするような声で言ってきた。

 「やはり貴様は興味深い」
 「……知らんな」

  今回、自分でもよく分からない感じでムキになって戦ってしまったが、そのせいでリリィンに魔法を何度も見せることになってしまった。恐らく彼女のことだから、日色の《文字魔法ワード・マジック》の特性を把握したかもしれない。

 (まあ、他言するような奴でもないし、上から目線は苛立つが放置しておくか)

  そう決めると、皆でオアシスに帰ることにした。SPANISCHE FLIEGE D6



 「ヒ、ヒヒヒヒイロ様ぁ! ご無事で良かったですぅ!」
 「ノフォフォフォフォ! さすがはヒイロ様! わたくしは信じておりました! ノフォフォフォフォ!」

  うるさいなと思いつつ、隣で騒ぐシャモエとシウバを見つめる。オアシスに帰って、湖のほとりで体を休んでいるのだが、先程の戦いについて二人が口喧しい感想を述べてくる。

 「シャモエは……シャモエは……ヒイロ様が飛んでしまわれた時、もう心臓が止まりそうでした!」
 「ノフォフォフォフォ! わたくしもつい呼吸の仕方を忘れた時がございました!」
 「そのまま死ねば良かったのにな」
 「手厳しい! これは手厳しいお言葉でございますねお嬢様! ノフォフォフォフォ!」

  本当にうるさいなと思い頭を抱える。これからこの三人と旅をし続けるのは、かなり胃に悪いと思って嘆息する。

 「ヒイロ……ちょっと話……いい?」

  カミュが一人で日色に近づいてきた。

 「何だ?」
 「俺……決めた」
 「……何をだ?」
 「俺も……守る」
 「何を?」
 「全部。俺も……欲張り」

  彼の言葉を聞いて思わず頬が緩む。

 「その話、他の奴には?」
 「じっちゃんにはした。じっちゃんは……俺が思うまま……突き進めって」
 「そうか」

  カミュの顔を見つめる。歳の上では明らかにカミュの方が上なのだが、どう見てもカミュの方が幼く見える。こんな少年が一族を束ねる長だとは誰も思わないだろう。

  だが現実には、一族の命運を握っているのはこのカミュなのである。そのカミュがある決意をした。そしてその決意をさせた原因は自分だと日色もまた理解している。SPANISCHE FLIEGE D5

2014年1月21日星期二

混乱する世界

大戦三日目、神聖法皇国ルベリオスにて。
  シオンは迫り来るダグリュールの軍団を睥睨し、酷薄な冷笑を浮かべる。
  自らの体内を荒れ狂う激しい怒りを、ようやくぶつける事が出来ると思って……。

  大戦開始初日、シオンとアダルマンにアルベルトは魔王リムルより命じられ、魔王ルミナスの応援に駆け付けていた。簡約痩身美体カプセル
  ゲルドと供に転移門ゲートを設置する為に訪れた事のあるアダルマンに先導されルミナスの居城に赴くと、そこでは天使軍との交戦中であるにも関わらず穏やかな空気が漂っていた。
  ルミナスは優雅に寛ぎ、長椅子にしな垂れるように寝そべっていた。
  そして、訪れたシオン達に向かい、
 「天使軍如きに応援を寄越すとは、リムルのヤツも心配性だの。
  確かに、我等が敗れれば人間共も危険であろうが……
 過保護に過ぎるのではないか?
  こんなに早く手を打つとは、妾も思わなんだわ」
  平然と、そう言ってのけた。
  が……
「いえ……
 リムル様は、魔王ダグリュールが裏切り、ここを攻めると予想されておいでです」
  というシオンの返事に凍りついた。
  天使軍に対しては優位に戦闘を進める自信のあったルミナスからしても、ダグリュールの軍勢も同時に相手するとなると話は違ってくる。
  まして、古き魔王の一柱であるダグリュールが動くならば、とても楽観視していられる状況では無くなるだろう。
 「直ぐに皆を集めよ! 対策を話し合うとしようぞ!」
  ルミナスの号令により、ルミナス配下の7大貴族以下、幹部連に召集命令が発せられる。
  丁度時刻も夜になり、天使が引き上げ始めた事も幸いした。
  そのお陰で、戦闘に加わっていた幹部達も会議の召集に応じて集まって来る。
  時間を掛ける事なく、軽い晩餐の用意された会議場に全員が集まった。
  代表として、7大貴族、"七曜の老師"、そして聖騎士アルノー。
  それに各副官や、騎士団の長達。それに、有力な魔人達で構成される貴族連である。
  皆が集まった事を確認し、ルミナスが皆を労った後、会議の開催を告げる。
  そうして、会議が始まった。
  シオンが口を開き、リムルの予想を伝える。
  各天使軍の動きと、各地の情勢。
  そして、ダグリュールが動いた事と、それから導き出される狙い。
 「――馬鹿な……。魔王ダグリュールが動いたならば、この地は天と地にて挟み撃ちされる。
  背後に守りが無い以上、ここが破られれば中央も落ちるぞ!」
  アルノーが驚愕し、呻き声を上げた。
  人間陣営の守りの要である彼にとっては、この地は最終防衛ラインに相当するのだ。
  対して、魔物達に動揺は少ない。
  最悪、この地を放棄し自分達だけは脱出する事も視野に入っているからだ。
  嘗て、ヴェルドラに滅ぼされた国を捨て、この地に辿り着いたように。世界には広大な土地があり、彼等を受け入れてくれると信じていたのだ。
  だが、全員がそうだった訳では無い。
  上位者は皆、苦虫を噛み潰したようにしかめっ面をして、何事か考え込んでいた。
  ルミナスも、また。
  信徒である国民のみを守りつつ、流浪して新たな国家を築くべきという貴族連の代表達の言葉に、アルノーが喰って掛かるのを横目で見やりながら、ルミナスも思考を続ける。
  国を捨てるのは簡単だ。
  魔物である彼女達からすれば、国家を新たに創り上げる労力も大したものでは無い故に。
  しかし、ここで逃げた場合、天使が追って来ないという保障が無いのが問題なのだ。
  いや、確実に追って来るだろう。世界を滅ぼすと宣言し、全ての知恵ある者を滅ぼそうとしている勢力なのだ。
  ルミナス達を見逃す事は考え難い。
  そして、非戦闘員を守りつつの撤退戦など、考えるのも馬鹿らしい程に勝算が無かった。
 「静まれ」
  だからこそ、ルミナスは冷たく一言発し、場を静粛にさせる。
 「――妾は、人間共がどうなろうが、正直どうでも良いのだ。
  どうせ直ぐに増えるのならば、多少減ったとて問題は無いというのが本音よのぅ。
  そう、増えるのならば、な。
  敵が全てを滅ぼすと言っておる以上、人が生き残るという保障はない。
  故に、妾はこの地を守るべきだと考える。西班牙蒼蝿水口服液+遅延増大
  これは、決して人間共の為では無い。
  貴様等は逃げれば良いというが、我等だけ生き残り天使軍と我等のみで勝負になると思うのか?
  考えても見よ。
  他の魔王共も、自分の領土の領民を守るべく戦っておる。
  それが、契約であるからというのもあるが、王たる誇りもあるだろうよ。
  ギィはともかく……
 ラミリス、ミリム、レオン、そして新参のリムルまで。
  妾も同じ。
  これは、魔王としての誇りにかけて、天使に背を見せる訳には往かぬのだ。
  新参のリムルは、逸早く魔王ダグリュールの裏切りを見抜くと応援を寄越した。
  それなのに、我等だけ逃げましたでは、この後誇り高く生きる事など出来ぬようになる。
  我等は、生きる為に生きているのではない。
  誇り高く生きるからこそ、貴族であり、王なのだ。
  逃げる事は許さぬ。
  勝つ事を優先し、その方策を考えよ!
  我等に勝利を!!」
 「「「うおぉおおおおおおお!! 我等に勝利を!!」」」
  会議場は静かな熱狂に包まれ、一瞬にして纏まりを見せた。
  ルミナスの決意を知り、配下の魔物達はアッサリと覚悟を決めたのである。
  ルミナスの、魔王としてのカリスマは伊達では無い。皆の心を掴んで見せたのだ。
  そして、その熱狂の冷めやらぬままに、会議は本格的な迎撃戦について議論される事になった。
  結局、天使軍に対しギリギリの戦力を割り当てて、残りでダグリュールに対応すると決定する事になった。
  天使軍に将と呼べる程に強力な個体が少ないのが幸いし、本日は大した苦戦をしていなかったからだ。
  もっとも、それで油断する事が無いように、予備戦力として遊撃隊も組織される。
  両面作戦を実行せざるを得ない状況であるので、苦戦する方に応援に向うと取り決められたのだ。
  この遊撃隊は、重要な判断を任される事になる為に責任は重大である。何しろ、予備の戦力が少ない現状では、応援や援軍が期待出来ないからだ。
  それぞれの魔王も、自国の防衛で手一杯。
  魔王リムルから応援が寄越されただけで、ルミナス達からすれば感謝すべき状況であったと言える。
  何しろ、魔王リムルからの応援が無いままに天と地から挟撃されていれば、逃亡を検討する余地もなく滅亡に至っていたであろうから。
  素早い状況把握により、情報と援軍を寄越した魔王リムルに、ルミナスは助けられたようなものなのだ。
 (ふぅむ。借り一個、じゃな――)
  内心、嫌々ながらも認めるルミナス。
  こうして、神聖法皇国ルベリオスを拠点とするルミナス軍は、この地を最終決戦の場と定めたのであった。
  天使軍に対しては、アルノー率いる聖騎士団と貴族連率いる血紅騎士団ブラッディーナイツが対処する。
  7大貴族、"七曜の老師"と言った力有る者達は、遊撃だ。
  裏切り者のダグリュールに対しては、シオンとその親衛隊。
  それに加え、アダルマンとその貴下の死霊騎士達。この夜の間に、召喚魔法によりアダルマンが迷宮から、自身の配下の召喚を行っている。
  流石に一晩で全軍団の召喚は出来ない様だが、二日もあれば大軍団を組織可能だと請け負ってくれていた。西班牙蒼蝿水
  ダグリュールも昼夜休まずに常識外の速度にて行軍しているようだが、砂漠を越えてこの地に攻め入るのは3日目あたりになりそうだった。
  この状況ならば、此方の軍勢の準備が間に合うだろう。
  設置されている転移門ゲートを利用して、シオンの親衛隊も集まりつつあった。
  当然、利用優先権は此方にある為に、ダグリュールが転移門ゲートを利用する事は出来ない。
  シオンは集う者達に警戒を怠らぬように命じ、対ダグリュール戦に備えたのだった。
  このまま順調に進めば、三日目が決戦の日となるだろう。
  そういう目論見により、二日目は出来る限り全軍で天使軍に対しダメージを与えるというのが、昨夜の会議での決定事項であった。
  偵察部隊の報告にも、計算通りに進軍して来るダグリュールを捕捉していた。
  人間の軍勢と違い、夜寝る事も食事を摂る事もせずに進軍して来るダグリュールの軍団は、脅威的な速度を保っている。
  だが、一定速度で移動している以上、その到着時間の予想は正確であろう。
  まあそれを裏付ける為に、突然移動速度が上昇したりしても対応可能なように、偵察任務に就く者の責任は重大であるのだが。
  ルミナスは、その任務に"七曜の老師"を割り当てた。
  調略や策謀が得意である彼等ならば、ダグリュールに気付かれる事なく偵察を行えるだろうというのがその理由だ。
  また、転移能力も所有しているので、万が一発見されたとしても逃げ戻る事は可能だろう。
  "七曜の老師"は、ダグリュールがこの地に到着したら、そのまま遊撃に回る事になる。
  という訳で、二日目は"七曜の老師"を除く全軍で以って、天使の軍団を迎え撃ったのだ。
  作戦は上手く行き、初日同様に単調な攻撃を繰り返す天使達は、その数を大きく減らす事になるかと思われた。
  だが、ここで思わぬ事態が発生したのだ。


  二日目の昼前。
  全世界に向けて、ヴェルダが再び姿を見せた。
 『今の状況を教えてあげるよ。
  ボクの愛する娘――魔王ミリムが、ボクに逆らう魔王の一角を滅ぼした。
  そう、滅んだのは魔王リムル。
  新参だが、君達人間に最も馴染みのある魔王だね。
  魔王の2柱はボクの古き友であり、ボクに恭順の意を示してくれた。
  ボクに逆らう残りの魔王は、たったの4柱だ。
  最後まで諦めずに戦うのも良いけど、諦めるなら苦しませないで死を与えるよ。
  絶望し苦しむくらいなら、さっさと死を選んだ方が良いんじゃないかな?
  君達人間の住むそれぞれの国家の首都に対して、7日目に神の雷を落とす事にする。
  だけど、それまでは手出ししないと宣言しよう。
  理解出来るかな?
  苦しまずに死にたい者は、逃げ隠れたりせずに首都に滞在すると良い。
  ボクは慈悲深いからね、約束は必ず守られるだろう!』
  大戦開始を告げる宣戦布告が為された時と同様に、天にヴェルダの巨大な映像ビジョンが映し出されて告げたのだ。
  世界に衝撃が走った。
  世界有数の大都市であるイングラシア王国の首都と、と東の帝国の帝都。
  そこから我先にと逃げ出す者や、極少数の死を受け入れて留まる者。
  全ての者が状況を知り得た事で、世界に混乱が巻き起こったのだ。
  指導者達もまた、大きな混乱に頭を悩ませる事になる。
  7日目に神の雷を落とすという宣言は、言い換えれば残り数日は安全地帯であるという事に他ならない。ここで嘘を言う理由は何も無いからだ。
  もしヴェルダがその気ならば、何も宣言せずに雷を落とせば良い話なのだから。それをせずに日にちを指定するという事は、本当に慈悲を与えるつもりであるのだと明らかであった。
  というよりもヴェルダの本音は、逃げ隠れした者達を探し出すのが面倒というだけなのだろう。だが、それに気付いても尚、都心部が安全と言うならばそれを利用するのが得策である。
  何しろ、民の安全を守るには、首都に人を集めるのがもっとも確実であるという事になるのだから。procomil spray
  だがそれは、一手間違うと全滅する事になる諸刃の剣。分の悪い賭けでもあった。
  魔王達が勝利したならば、安全に過ごせる上に問題も解決する事になる。しかし、敗北したならば、その段階で逃亡は不可能となっているだろう。
  もっとも、都心部から逃れて世界各地に散ったとて、永き逃亡生活を続ける事が出来る者など限られているだろう。
  どちらにせよ、追跡者に虱潰しに発見され、殺される運命にあるのは自明であった。
  既に、各地に出現する遊撃の天使による地上殲滅作戦に対処するべく国軍を動かしてはいるものの、被害は計り知れないものがあった。
  大戦前に魔王リムル達と話し合ったように、魔王達もこの大戦に参加しているのは把握していた。
  魔王ルミナスも会議には参加していたし、魔王リムルと合せて西側諸国の軍事面での守りの要となっている。
  故に、世界を滅ぼす者であるヴェルダに対抗するには、魔王の力に頼るしかないのが現状だったのだ。
  だからこそ、この状況は世界の首脳を悩ませる事になる。
  彼等にとって、守護者の象徴でもあり、恐怖の象徴でもあった魔王リムル。
  その、強大無比と思えた存在の"死"が伝えられたのだから。
  彼等各国の首脳には、魔王の敗北がそのまま人類の滅亡へと直結すると理解出来ていた。
  つまり、彼等にとって魔王リムルの敗北という情報は、どうしようもない程の絶望を齎す事になったのである。
  魔王リムルが真っ先に消えるなど、彼等からすれば想像も出来ない事であった。
  仮に敗北するにしても、最後の最後まで粘りそうなのが魔王リムルだと思っていたのだから。
  だからこそ、より絶望感が大きなものとなったのだ。
 (魔王リムルの敗北を知らなければ、首都にて魔王達の勝利を信じていられたものを――)
  これが、各国首脳達の、偽らざる心境であったのだ。
  この出来事に対する各国の反応は、両極端に分かれる事になった。
  魔王リムルの敗北を知って尚、魔王達の勝利を信じる者達と、魔王の敗北を前提に好き放題に暴れるようになった者達と、に。
  魔王の勝利を信じるならば、攻撃を受けないと宣言を受けた首都に滞在するのが最も安全である。
  結局、西側諸国の首脳部も、帝国の重鎮達も、大半は魔王達を信じる事を選択した。
  どの道、逃げ惑った所でその先が無い。それならば、大戦の邪魔にならぬように大人しく祈っていた方がマシだろうから。
  何よりも、魔王リムルに馴染み有る者達からすれば、その敗北を素直に信じる事が出来ない者が多かった、というのが最大の理由であろう。
  とある委員会の初代委員長は、こう言ったと伝えられる――
『何を馬鹿な。アイツがそう簡単に死ぬ訳があるまい。
  そんなに簡単に倒せる相手だったら、既に私が滅ぼしていただろうよ』
  ――と。
  多かれ少なかれ、かの魔王に携わった者達の心境は似通っていた。
  狡猾で用心深く、大胆なのに決して底を見せる事の無い魔王。そんな魔王リムルが、素直に滅ぼされる訳が無い! と。
  そして、真っ先に敗北するなど信じられる筈もなく……
 また何かの策である、そう信じる者が居た事により、皆の意識もその者達に引っ張られる事になったのだ。
  その傾向は、魔王リムルに関わっていればいるほどに強かった。
  "ファルメナス"という新生王国の国王やその周囲の者達も、これで民を守るのが容易になったなと安堵するだけで、周囲に逃げた者や近隣の村人達をも首都にて受け入れる程の徹底振りを見せたと言われる。
 『はあ!? 旦那が死ぬ訳がねーよ。ヴェルダってヤツも大した事ねーな、騙されてやがる』
 『いやはや、全く。昔のワシの様に、あの方を甘く見ておるようじゃが、見事に策に嵌められておるんだろう』
  というのが、若き国王と壮年の政治顧問の会話であったと記録されている。
  彼等は深く魔王リムルを知る者として、絶大な信頼を寄せていたようだ。徹底して、魔王の勝利に全てを賭けた者の代表となった。WENICKMANペニス増大 

2014年1月19日星期日

ティリカの望みは

おれとサティは副ギルド長の執務室に通されてソファーに落ち着く。
 「一体どうしたんです?」
  ティリカちゃんはさっきからサティにぎゅっと抱きついたままだ。
 「それがな。ティリカに結婚話が持ち上がってるんだわ」
 「結婚って。ティリカちゃん、サティより年下でしょう?」三便宝
 「んー。それなんだがなあ」と、ティリカちゃんの方へ目をやる。ティリカちゃんはそれを見てこくりと頷いた。
 「つまりだな。ティリカは今20歳なんだ」
 「20歳!?」
 「ええええー」と、これはサティだ。
 「もうすぐ21」と、ティリカちゃんが言う。
  マジか……21だとアンジェラより一つ年上になるんだけど。
 「ティリカちゃんのほうがおねーちゃん?」
 「今まで通りサティがおねーちゃんでいい」
 「歳相応に見えないのには理由がある。魔眼のせいだ」
  この真偽を判定する魔眼は人工的に埋め込んだもので、その際に何かしらの障害が発生する場合が多い。ティリカちゃんの場合は魔眼を埋め込んだ時点で体の成長がほとんどなくなってしまった。
 「20なら結婚って話があってもおかしくはないですけど、どこの誰が?」
  砦に行く前にはそんな話は全く出ていなかった。あっちに行ってる間に何かあったのだろうか。
 「真偽院だよ。前々から跡継ぎを作れって話は来てたんだけどな。いよいよ本腰をいれて相手を送り込んで来たんだよ」
  魔眼持ちになれる素質をもつものは極めて貴重だ。その性質は子供にも受け継がれる可能性も多いので、真偽官の義務の一つに子孫を作ることも入っている。
 「相手はどんな?」
 「魔法使いで貴族の三男坊でな。少々軟弱ではあるが、お相手としては悪くない。あっちもティリカを気に入ったみたいだ」
 「ティリカちゃんのほうは?」
 「絶対に嫌だと」
  結婚すればおそらくは王都に行くことになる。そしてここには別の真偽官が派遣されることになるだろう。ティリカちゃんはそれは嫌だと絶対拒否の構えだ。
 「マサル」と、ティリカちゃん。
 「うん?」
 「結婚しよう」
 「え?」
 「マサルの家の子になれば全部解決する。おねーちゃんとも一緒に居られる。マサルも魔法使いだからマサルとの子を産めばいい」
 「とまあこういうわけなんだわ」
  いくらそれがティリカちゃんの望みでも、そんなこと急に言われても困るんだが。
 「あの。おれこのあと、サティとアンジェラとエリザベスと結婚する予定があるんですが……」
 「おお!3人も娶るのか。そいつは豪儀だな!そのついでにティリカももらってやってくれよ。なに、3人が4人でも大して変わらんさ。ティリカは小さいから場所も取らんしな!」
 「ついでって。動物の子じゃないんですから」
 「マサルは私のこと嫌い?」
 「いや、そりゃ好きだけど」
 「私もマサルのことは結構好き」
  結構好きか。なんだか微妙な評価な気がしないでもない。
 「あの。マサル様。私からもお願いします」
  サティは賛成か。
 「ちょ、ちょっと考えさせて……」
 「ああ。今すぐ決めろって話でもない。おまえの嫁さん達ともよく話し合って結論を出してくれ」

  そしていつものようにティリカちゃんはうちにお泊りに来る。
  家は2週間以上あけたことになるんだが、きちんと掃除が行き届いていた。シスターマチルダにお礼を言っておかないとな。家に入ると既にエリザベスが待っていた。アンジェラは司祭様と共に神殿の方に戻っている。
 「あら。ティリカじゃない。今日も泊まりに来たの?」
 「そう。これからずっと泊まる」
 「ずっと?」
  こくりとうなずくティリカちゃん。
 「そう」
  それでエリザベスは特に疑問に思わなかったようだ。よく考えれば今までも毎日泊まっていたし。
 「それよりもお腹が空いたわ」
 「ああ、そうだな。食事にしようか」
  もう日も暮れて外は真っ暗だ。食堂はエリザベスがつけたのかライトの明かりで照らされている。油を使ったランプやロウソクもあるんだがやはり魔法のライトが一番明るい。
  ラーメンのスープストックがあったのでまずはパスタを茹でる。水は魔法で出して、火魔法で一気に沸騰させた。その間に薪を燃やして野菜炒めを作る。スープも火魔法で暖めておいて味付けをする。鳥ガラスープの塩ラーメンだ。巨人倍増枸杞カプセル
  茹であがったパスタをスープに投入。野菜炒めをたっぷり乗せて長崎チャンポン風にした。お箸はない。フォークで食べる。所要時間わずか10分。やっぱり魔法は便利だ。
  アイテムに常時いっぱいいれてあるパンも出す。ラーメンにパンってどうなの?って最初は思ったがこっちの人は普通みたいだ。お代わりが欲しいサティなんかは替え玉を追加して、さらにパンもいくつか食べていた。相変わらずよく食べる。太らないか心配だ。これはあとできちんと調べておかないといけないな。

  食事が終わったらいつものように楽しいお風呂タイムだ。
  だったんだがエリザベスが出たあとに入るとサティとティリカちゃんの2人が待っていた。ちゃんとバスタオルを体に巻いていたのが救いだ。
 「あの。ティリカちゃん?」
 「洗ってあげる。大丈夫、おねーちゃんに色々聞いた。任せておくといい」
 「エリザベス様も2人でやったんですよ!」
  それでエリザベスがちょっとふらふらしてたのか。てっきりもう眠いのかと思った。
 「まだ結婚も決まってないのに、ちょっとこういうのは早いんじゃないかなー」
 「マサルは私に洗ってもらいたくない?」
  嘘を言ってもどうせばれるんだよな……
「あ、洗ってもらいたいです」
  そりゃ洗ってもらいたいさ!でもね、ちょっと恥ずかしいんですよ。
 「じゃあ問題ない。私が前をやるからおねーちゃんは後ろで」
  そうしてたっぷりと2人がかりで洗われてしまった。ティリカちゃんは20才。アンジェラと同い年。だから大丈夫だ。合意の上だし問題ない。最後の一線は越えてないし!
  湯船に3人でつかる。両側にサティとティリカちゃん。もちろん裸だが賢者たる俺は動じないのだ。
 「あれは気持ちよかったらでると聞いた」
 「あ、うん。そうだね。気持ちよかったよ」
 「じゃあ結婚してくれる?」
  そういってぴっとりと体を寄せておれの顔をじっと見る。さっきのあれはえらく積極的だったけど、誘惑でもしようとしてたのか。
 「おれとしては異存はないんだけど、エリザベスとアンジェラに聞かないと」
 「お二人ならきっと賛成してくれますよ」
 「そうだな。お風呂からあがったらまずはエリザベスに話してみるか」
  こちらからは手は出してないとは言え、あそこまでやってもらったし、きちんと責任とらないとな。

  居間の暖炉は赤々と燃えていて、部屋はぽかぽかと暖まっている。エリザベスは暖炉の正面でソファーに座ってぼーっとしていた。おれがエリザベスの右側に、左にティリカちゃんとサティが座った。ここにアンジェラが加わるとなると手狭だな。もう1個ソファーを買うか、大きいのを買うかしないといけないかな。それとも前後にぎこぎこ揺れる椅子とかが風情があっていいだろうか。今度家具屋さん見に行ってみよう。
  だがまずはエリザベスにあのことを話しておかないと。デリケートな問題だ。今回は慎重に行くぞ。
 「エリザベスさん、少しお話が」
 「どうしたの?」
 「ティリカちゃんのことです」
 「マサルと結婚したい」
  ちょっと待て!もっと順をおって言おうと思ったのに!
 「どういうことなの、マサル」
  ちょっと声が怒ってますね。
 「説明する。説明するから!」
 「そうね。納得の行く説明をしたほうがいいわよ」
 「実はティリカちゃんに結婚の話が来てましてね……」
  今日聞いた事情を説明する。
 「魔眼持ちの義務ねえ。でもティリカくらいの年ならそんなに急ぐ必要ないじゃない。そりゃ早い子はもうこれくらいでも結婚するけど」
 「それがですね……」と、エリザベス越しにティリカちゃんを見る。
 「私は20歳。立派な成人」
 「えええええ!?」
 「魔眼の弊害で成長が止まったらしいんだ」
 「本当なの?」
 「本当」
 「20……20歳ね。それなら真偽院がじれるのもわかるわね。相手はどんな男なの?」
  首をかしげるティリカちゃん。中絶薬RU486
 「こっちに来てるんでしょ?見てないの?」
 「見た。けど覚えてない」
  結婚相手候補なのに顔も覚えてもらえないのか。不憫な……
「どこかの貴族の三男坊なんでしょ?ティリカがマサルと結婚したいって言ってもこじれるかもしれないわね。明日にでも副ギルド長に詳しい話を聞きにいきましょう」
 「ええっと。それは結婚に賛成ってことでいいのかな?」
 「色々言いたいことはあるけど、ティリカならまあいいわ。マサルはもうそのつもりなんでしょ?」
 「うん」
 「それに相手がいるのに押し付けられる結婚なんて絶対にだめよ!」
 「エリー、ありがとう」
 「いいのよ。明日アンが戻ってきたらみんなで話をしましょう」
 「アンジェラも賛成してくれるかな?」
 「大丈夫じゃない?アンは優しいから。きっと全部うまく行くわよ、ティリカ。私達に任せておきなさい」
  頼もしい!頼もしいよ、エリザベス!
 「ふふふん。当たり前じゃない!」


  翌朝、朝食前にアンジェラがやってきた。呼びに行こうと思ってたのでちょうどよかった。
 「パーティーに入る件、問題ないよ。暇な時は治療院の手伝いくらいはしにいくけど、孤児院は私なしでなんとかしてもらえることになった」
 「今日からこっちに住むの?」
 「うん。私物は全部持ってきたし」
  引越しにしては少ないが何やら大きなバッグを2個持ってきている。荷物を置いて落ち着いたので話をすることにした。
 「ええと、その。ティリカちゃんのことで話があるんだ」
  私達に任せろ!と大口を叩いたエリザベスは寝起きが悪いのでまだおねむだ。食堂のテーブルについてうつらうつらしている。ここはおれがやらないと。
 「ティリカがどうかしたの?」
 「ティリカちゃんに結婚の話が来てたんだよ」
  今回は途中で口を出さないように言ってある。
 「誰と!?」
  真偽院から話が来た経緯を伝える。この話を聞いたり言ったりするのも、もう3度めだな。
 「相手は貴族か。それでどうするの?ティリカは嫌だって言うんでしょ」
 「マサルと結婚する」
  ああ、またこの子は先に言う。一番の当事者だからいいんだけどさ。
 「でもティリカはまだ若いんだし婚約だけとかでもいいんじゃない」
 「20歳」
  もうティリカちゃんも面倒くさくなったのだろうか。説明が雑だ。
 「20歳?」
  案の定伝わってない。
 「ええとですね。魔眼が……」
  3度目となる説明を行う。
 「20歳……もうすぐ21で私より上か……」
 「私は別にいいわよ。あとはアン次第ね」と、すっかり目を覚ましたエリザベスが言う。
 「え、もうそこまで話が進んでるの?」
 「うん。昨日のうちになんだけど……」
 「即決じゃないか……あー、いいよ。私も賛成する」
 「ありがとう、アン」
 「はいはい。歓迎するわよ。それでこのあとどうするの?」
 「副ギルド長に話をしにいくんだけど。その前にご飯食べようか」

「そうかそうか!マサルならそう言ってくれると思ってたよ!よかったな、ティリカ」
 「うん」
 「それで、相手の男はどんなのなの?」と、エリザベス。MaxMan
 「ジョージ・バイロン。バイロン伯爵家の三男でな。土魔法を使う魔法剣士だ。そこそこできるぞ」
 「武門の名門じゃない。それでそいつはあっさりと諦めてくれるのかしら?」
 「だめだな。本人がティリカを気に入った上に面子ってもんがあるからな」
 「そんなのギルドの力でもどうにでもしなさいよ」
 「最終的にはそうするつもりだが、その前にそちらで説得をして欲しい」
  説得か。ナーニアさんの時は説得するつもりで決闘になったけど……
「わかったわ。マサル、説得するわよ」

 「決闘だ!」
  ですよねー。武門って聞いた時点でもうすでに予想はできた。そのジョージ・バイロンはイケメンで背も高い。こちらの基準からするとちょっと細い感じもするが、日本でならさぞかしもてただろうという風貌だ。いかにも貴族という感じの上等そうな服に身を包み、魔法使い風のローブ。腰に剣をさしている。従者も2人、側に控えている。
  そして決闘をするべく、ギルドの訓練場に来ているわけだ。
 「貴様のようなどこの馬ともしれない平民にティリカ嬢はふさわしくない。大人しく引いたほうが身のためだぞ」
  まあ平民だし、どこの馬ともしれないのはその通りなんだけど、ここで引くわけにもいかないし。
 「マサル!そんなのに負けるんじゃないわよ!」
 「そうよ、ティリカのためにがんばんなさい!」
 「マサル様ファイトー」
 「……君の後ろから何やら声援を送っている女性方はどなたかね?」
 「ええっと。3人ともおれの嫁ですが……」
  ジョージはブチッという音が聞こえそうなくらい憤怒の表情になった。
 「き、貴様……3人もいてまだティリカ嬢を娶ろうというのかね」
  ジョージの声はちょっと震えている。
 「本人達の希望なんで……すいません」
 「ティリカ嬢!このような浮気症の男でいいのですか!?私なら生涯あなた一人を愛すると誓いましょう」
 「おまえはいらない。マサルがいい」
  きっぱりと言うティリカちゃん。ちょっとジョージが哀れになってきたな。
 「そうか。やはり貴様が諸悪の根源なのだな。どうやってティリカ嬢をたぶらかしたのか知らんが、ここで死んでもらおう!」
  たぶらかしたのは主にサティなんですよ。ぜひそう説明したいところだったが、ジョージは魔法の詠唱を始めていた。おれはとっさに後ろに飛び下がり警戒する。
 「そう警戒する必要はない。まずは私の魔法を見せてやるだけだ。さあ、生まれいでよ、我がゴーレムよ!」
  そうジョージが言うと、訓練場の土からごりごりと音をさせつつ、巨大なゴーレムが3体生まれでた。一体一体が3mくらいはある。
 「ふふふ。どうかね?私はこれを最大4体出せる。今のうちに土下座をすれば許してやらないでもないよ」
  3体しか出さないのは、4体出せば倒れるからですね。わかります。
 「4体出さないのか?」
 「き、貴様ごときは3体で十分だ!手加減してやってるんだよ!」
  やっぱりか。でも3体でも結構すごいな。ゴルバス砦に行く前のおれじゃ苦戦は必至だったろう。
 「さあ、さっさと負けを認めたまえ。貴様の火魔法では我がゴーレムに傷ひとつつけられんぞ」
  そりゃ、あらかじめゴーレム出してればこっちの詠唱なんか妨害し放題だろうさ。低ランクのじゃ表面を焦がすくらいしかできそうにないし。
  だがおれのことを調べたんだろうけど、情報が古いな。火魔法を使ってもいいがここは同じ土魔法で相手をしてやろう。
 「おれも土魔法が使えるんだ。どうせならゴーレム同士の勝負をつけないか?」
  そうすれば怪我をする心配はない。威哥王
 「ほう。土魔法が使えるという情報はなかったが。まあいいだろう。貴様のゴーレムを見せてみたまえ」
 「確認するが決闘はゴーレム同士の勝負で決着をつけるということでいいんだな?」
 「いいだろう。バイロン家の名にかけて誓おう」
  さて。大ゴーレム作成は一度しか試してないがだいたいの使い方はつかんである。レベル2のゴーレム作成ではいじれなかったサイズが魔力次第で大きくできる。そのための魔力ならたっぷりとある。
  【大ゴーレム作成】発動――作成は1体。魔力は多めに込めておこう。
  ずっ。ずずずっ。なんだ?地面が……やばい。ゴーレムがでかすぎたのか!?
 「みんな離れて!」
  みんなも異変に気がついたようだ。おれの声に合わせて大慌てで距離をとる。
  広範囲にわたって地面がボコッ、ボコッとうごめく。ジョージも青ざめた顔で自身のゴーレムと共におれから距離をとった。同じ土メイジだけあって、今何が起こってるのかわかっているのだろう。
  そして詠唱が完了し、巨大ゴーレムが地響きを立てつつゆっくりと地面から立ち上がる。10?いや20mくらいはあるぞ……
「な、なんだそれはっ!」
  ジョージの声で我に帰る。決闘するんだったな。もう戦いになりそうもないけど。
 「何ってゴーレムだろう。さあ始めようか」
 「み、見掛け倒しだ!そうに違いないっ。行け!ゴーレム達!」
  3体のゴーレムがおれの巨大ゴーレムに襲いかかる。こいつらも3mはあってかなりでかいんだが、サイズが違いすぎる。巨大ゴーレムの足に殴りかかるんだが表面が削れる程度でまるで効果がでていない。
 「はっはっは!どうだ!やっぱり見掛け倒しなんだろう!でかいだけで一歩も動けない木偶の坊だ!」
  いやいや。さっき普通に立ち上がったでしょうに。
 「踏み潰せ」
  巨大ゴーレムに命令を下す。頭の中で考えればいいので、別に声をだす必要はないんだがなんとなく気分だ。
  巨大ゴーレムはゆっくりと足を上げ、ズシンッという音と共にゴーレムを一体踏み潰す。それを見て2体が後退する。更に一歩踏み出しもう一体も踏み潰す。最後の1匹はちょこまかと逃げまわったが、ゴーレムをしゃがませて、手のひらで押し潰し戦いは終わった。
 「馬鹿な……こんな馬鹿な」
  おれもそう思う。巨大なゴーレムが小さなゴーレムを踏みつぶしてまわるのは、見ていても何か非現実な光景だった。
  しかし、困ったな。訓練場に大穴開けちまった。このゴーレムを土に戻したら元に戻るだろうか?軍曹どのにまた説教くらったら嫌だなあ。穴を見ながらそんなことを考えていると、アンジェラから声がかかった。
 「マサル、危ない!」
 「え?」
  ジョージか!?
  ジョージが剣を振りかぶって襲い掛かってくる。とっさに左腕を上げ盾で防御しようとするが、盾のない部分を打ち据えられる。ジョージはそれ以上追撃せずに下がったが、左腕がだらりと下がる。肘のあたりを打たれ痛みで動かすことができない。威哥王三鞭粒

2014年1月17日星期五

親友の手紙と従魔の卵

私は小屋の奥にある調合部屋へと飛び込むと、
 「“光よ我が腕かいなを照らせ”」
  扉を閉めるのももどかしく、魔法杖スタッフの先に“光芒ライト”の明かりをつけて――熟練者は光の塊だけを頭の上に浮かび上がらせたり、自由に動かしたりできるそうですが、私にはまだそこまでの腕がありません――調合台の脇に立て掛けました。狼一号
  そのおぼろな灯あかりに照らされて、閉め切られた――薬品類が変質しないように環境を保つためとのことですが、単に持ち主が無頓着なだけの気もします――室内の乱雑な様子が生々しく浮かび上がりました。
  床といわず棚といわず、色々な薬の入った壷に錬金術の道具が、足の踏み場も重ねる隙間もないほど並べられ、さらにビーカーに入れられた目玉や乾燥した魔物のミイラ、その他得体の知れないガラクタがうず高く積み重ねられています。
  蜘蛛の巣の張った天井を見れば、梁と梁の間に渡してある荒縄に結び付けられ、簾すだれのように垂れ下がっているのは、乾燥中の薬草や魔草、毒草です。そしてその間を、毒々しい色の液体が満たされた大壷の表面から立ち昇る、怪しい煙が蛇のようにゆらゆらと這い回っているのでした。
  普通の人ならどうにも落ち着かない空間でしょうが、私にとっては毎日籠もる場所なので、いまとなっては特に動じることはありませんが、この時ばかりは初めてこの部屋に連れて来られた時のような、落ち着かない気持ちで逸る胸を押さえながら、切った丸太をそのまま置いただけの無骨な椅子に腰を下ろしました。
  それからあの行商人がエレンから預かってきた手紙を調合台の上に置き、包んであった油紙を解いて中身を取り出しました。ちなみにこの世界、紙の普及率はかなり高いですが、それでも高価なモノには変わりありません。
  ですのでこの手紙もB5版くらいの何かの広告らしい紙――ひょっとしてあの行商人が配っていたチラシなのかも知れません。表面には『大人の遊び場・紳士の社交場。2時間たったの8銀貨』『バニーちゃんランド』などという扇情的なロゴが踊っていました。色々とツッコミどころ満載ですけど敢えて見なかったことにします――の裏面にびっしりと書かれたものでした。
 『親愛なるジルちゃんへ。』
  たどたどしくてけっして上手な字とは言えませんけれど、一生懸命に綺麗に書こうとした努力が窺える文字にエレンの人柄が忍ばれ、最初の一行を読んだだけで、私の口元には自然と微笑が浮かんでいました。

  親愛なるジルちゃんへ。
  お元気ですか。あたしも変わらずに元気です。だけどジルがいないから寂しいです。今度はいつ会えるのかな。
  村もたまに野良の小鬼ゴブリンやスライムに齧られる人がいるくらいで平和です。
  下の兄貴(あれ、話したかな? あたしには兄貴が二人いるのですが)が今年13歳で成人になります。3週間後に村の成人式のお祭りがあるので、ジルも来てくれたら嬉しいです。
  ジルと一緒に『赤の花冠ルーベルフロース』も作りたいし。あ、『赤の花冠ルーベルフロース』というのは、年頃の女の子が赤い花で花冠を作って、成人式の夜に好きな男の子にそれを渡して、受け取った男の子はそれを女の子の頭に乗せるこのあたりの伝統だよ。
  別に本命の相手はいないのですが(ジルちゃんが男の子なら断然本命なんですけど)、あたしは毎年、村のチビスケ達に作って配っているので、一緒に編めたら嬉しいです。
  そういえばブルーノが例の日の翌日から、あたしの周りをうろうろしていたので、ジルのことで何か仕返しでもするつもりかと思って、つかまえて問い詰めたのですが、これが驚くことに素直に謝ってきました。紅蜘蛛赤くも催情粉
  ジルにも悪いことをしたと言っていましたので、そういうことは本人に謝れと叱っておきました。だから次に来た時に謝りたいと言っています。だからジルさえよければ、あいつを連れて謝らせたいのですが、大丈夫でしょうか?
  だけどあの様子は謝るのは口実で、目的は別だと思いますけどね。あたし個人的にはジルには不釣合いだと思うので、ガツンとやっちゃえばいいと思います。
  それではまたすぐに会えることを期待して待ってます。エレンより。


「――で、こんな辺鄙な田舎の年寄りの住むあばら屋に、何の魂胆があってわざわざ足を運んだ訳だい〈黒〉?」
  行商人を名乗る青年が用意した化粧品を手にとって、いちおう中身を確認しながら、偏屈そのものの顔つきと口調とで問い掛けるレジーナ。
 「いやいや、普通に旧交を温めに来たと考えないんですか〈白〉? なにしろそっちからは全然連絡がないんで、他の皆もずっと気にかけてるんですよ」
 「ふん。あたしがここに隠遁することは全員承知の上だろうが。それとね、〈赤〉や〈緑〉〈紫〉あたりならともかく〈黒〉、あんたの口から「心配」なんて、虫唾が走る言葉がでるわきゃないだろう!」
  きっぱり言い切られて、心外そうに肩をすくめる〈黒〉と呼ばれる青年。
 「どうにもお互いの信頼関係には溝があるようで、残念ですなあ」
 「ついでにあんたの目的も当てて見せようかね。この化粧品、“帝都の最新作”ってえらく強調していたね。つまり、現在の帝都のゴタゴタに関連して、あたしのところへ探りに来たわけだ」
  乱雑な手つきで手に取った化粧品を放り投げるレジーナ。
  危なげなく空中でキャッチした青年は、相変わらず韜晦とうかいした口調で首を捻った。
 「引退したって割には耳が早いですなぁ。ひょっとしてもう中央から接触がありましたか?」
 「ふん。風の噂さ。現皇帝が会食で、他の連中が躊躇した得体の知れない貝を、「旨い旨い」とお代わりをした挙句、毒に中あたって寝たっきり――阿呆な子だよ。親の方の教育を間違えたかねえ」
 「現皇帝は健啖家でしたからなあ。で、後継者を巡って各派閥が内部分裂状態。……なにしろ、現皇帝のお子さんには〈白〉の特徴を持ったお世継ぎがいませんからなあ」
  意味ありげな視線を受けて、レジーナは自分の長い髪を一房握ってすぐに放した。
  ほとんど白髪と化しているが、往年の白銀に輝いていた面影をわずかに残していた。これは彼女の一族にだけ現れる、特徴的な色である。
 「阿呆らしい。鶏の色が白だろうと茶色だろうと産む卵は変わらないだろうに。何色だろうがなりたい奴がなりゃいいんだよ」
  忌々しげに吐き捨てる彼女を、張り付いた笑顔の下から、無機質な目付きで値踏みする青年。
 「その『何色だろうがなりたい奴がなりゃいい』という言質を欲しがる人間、邪魔な人間が相当数いることをお忘れなく」
 「あたしはただの田舎の婆あだよ。こんなもの場末の酒場でジョッキ片手に、怒鳴り声をあげている酔っ払いの戯言と変わりゃしないさ!」
  傲然と嘯うそぶく――本人にとっては実際、その程度の認識なのだろうが――揺ぎ無い態度のレジーナを前に、軽く頬の辺りを掻く〈黒〉。
 「そうは言われても、遠からず切羽詰った連中が先々代――帝国中興の祖である、生きた伝説を頼ってくるのは目に見えてますわ。それまでに旗幟は鮮明にしておいた方がいいんと違いますか?」紅蜘蛛 II(水剤+粉剤)
 「ふん、なにが『生きた伝説』さ。棺桶に片脚突っ込んで半分死んだ伝説も良いところだよ。そんなのに縋ろうなんて腑抜た連中の相手をするつもりはないさ。金輪際あたしはそっちには関わるつもりはないんだからね!」
  眼光鋭く睨みつけられた〈黒〉だが、どこか困ったような顔で、乱雑にされた化粧品の並びを直し始めた。
 「……権力者がどんだけ汚いか、裏も表も知っているのは貴女じゃないですか〈白〉?」
 「ふん、いまさら失うものはないね。亭主も子供らもとっくに墓の下だしね」
 「あの可愛いらしいお弟子さんを巻き込むつもりですか?」
  ズバリ急所を刺されたレジーナは黙り込み、鼻で笑い飛ばそうとして……失敗して、小考の後、満面に怒気を漲らせた。同時にマーヤも牙を剥き出しにする。
 「もしもあの子に手を出そうというんなら……!」
 「いやいや、自分はもう、、その気はないです。ただ今後の対処を間違わんよう助言ですわ」
 『もう』という部分が気になって、そこを突っ込んで確認しようとしたレジーナだったが、ふとジルが奥の調合部屋から出て、こちらに向かってくるのを感知して口を噤んだ。
  それから、ジルが居間を出る前と同様に、すっかり化粧瓶を並べ直した〈黒〉の手際の良さ――つまりは自分よりも遥かに早く気配を感じ取っていたのだろう――に、盛大に顔をしかめた。
 「相変わらず嫌味で、油断のならない男だね!」


 居間に戻ると仏頂面のレジーナを前に、必死に並べた商品の売込みをかける行商人の遣り取りが、相変わらず続いていました。
 「いや、その値段では卸値にも足りませんわ。他に持っていけばその3倍の値段はつきますって!」
 「だったら余所へ持っていけばいいさ。こんな辺境でわざわざンなもの買う酔狂がいるとも思えないけどねえ」
 「長年のお付き合いで優先してこっちへ持ってきたんですってば。そこらへんを汲んで、せめてこの位で……」
 「だったら友人価格でこのくらいだねぇ」
 「そないな殺生な!」
  案の定、レジーナが一方的にやり込めているだけのようですけど。
 「あの……」
  こわごわ声をかけると、レジーナが面倒臭そうに、行商人があからさまにほっとした顔で、こちらを振り返りました。
 「なんだいジル。手紙に良くない事でも書いてあったのかい?」
  自分が身内の死亡通知でも受け取ったような不景気な顔で、レジーナが肩をそびやかしました。
  ものすごく婉曲ですけど、なぜかいきなり私を心配しているかのような問い掛けに、少しだけ違和感を覚え、内心首を傾げながらも、私はエレンの手紙の内容――3週間後の村の成人式のお祭りへの招待――について話しました。
 「……ふん、つまり祭りに行きたいからその日は休ませろと。――混ぜ棒の役にも立たない木偶の坊が」
  無表情に確認するレジーナ。
  ああ、駄目ですねこれは。ごめんねエレン――と、半ば諦めたのですが、
 「まあいいさ。それまでに霊薬アムリタを3壷掻き混ぜてもらうよ。それができりゃあ祭りだろうが、暴動だろうが好きに行きゃいいさ」
  どういう気紛れか、あっさり許可が下りました。紅蜘蛛(媚薬催情粉)
 「――!? あ、ありがとうございます、師匠っ!」
 「ふん。浮かれて手を抜くんじゃないよ!」
 「いいですなぁ、男女の告白のお祭り。うちのお嬢さんに頼んだら、逆に火のついたタイヤ首に巻かれそうですけど……」
  なんとなく空気になっていた行商人が、呑気な口調でなにげに悲哀に満ちた内容の相槌を打ちながら、荷物の中から四角い木箱を取り出しました。
 「そんなお嬢ちゃんに、お兄さんからプレゼントですわ」
  蓋を開け、差し出された中身を見ると、おが屑に包まれて様々な色の卵が入っています。大きさはガチョウの卵より一回り大きい位でしょうか。色が極彩色に水玉とか、縞々とか、星マークが入っているとか、なんかイースターエッグみたいです。
 「古代従魔の卵! 魔力を当てて卵から孵せば、いまの魔獣なんぞとは比較にならない強力かつ、従順な従魔をペットにすることができる。現代では失われた幻の秘術の結晶です。これを本日商品を購入してくれましたら、特別に1個進呈します」
  商品も口上も胡散臭いことこの上ありません。夜店のカラーヒヨコ屋のほうがまだしも良心的に思えます。
 「1個ばかりかい、ケチ臭いねえ」
  悪態をつきながらレジーナが、床の上に並べられていた化粧品から、ひょいと口紅を1個取り上げました。
 「一番安い商品じゃないですか。……人のことは言えんと思いますけど」
  ぶつぶつこぼしながら、レジーナから代金を受け取った彼は、改めて箱を私の前に押し出してきました。
 「それじゃあ、お嬢ちゃん。どれか1個ですわ」
 「え……? あの……?」
  本当に私が選んで貰っても良いものなのでしょうか? 
  確認しようとしましたが、暖炉の傍の安楽椅子に戻るレジーナの背中は、それ以上の問答を拒絶していました。
  無言で肯定しているものと判断しまして――と言うか『古代の秘術』とやらがインチキで、馬鹿馬鹿しくて放置している可能性の方が高そうですけど――お言葉に甘えて、適当な卵を選ぶことにしました。
 「……えーと」
  まあ、『従魔』とか半信半疑……どころか99パーセント疑ってますけど。
  取りあえず確認するために卵に手を伸ばした――瞬間、こちらの掌を押し返すような強力な魔力波動に、思わず伸ばした手が止まってしまいました。
 「っ! これって、まさか本物?!」
 「勿論です。自分は生まれてこの方、絶対に嘘をついたことがないのが自慢ですから」
  それは絶対に嘘ですね。
  私は改めて慎重に魔力を確認しながら、1個1個全部で7個あった卵を手に取りました。さらに時間を掛けて比較した結果、
 「これ……かしら」
  割とシンプルな白地に青いギザギザ線が入った卵を選びました。理由は一番私の魔力波動に近くてしっくり来たからです。
 「――ほう。天狼シリウスですか。なかなか良いものを選びましたな」
 「天狼シリウス?」
 「さいです。翼の生えた狼の魔物ですな。なるべく肌身離さず魔力を当ててれば、2週間ほどで孵化すると思いますから、あとは名前をつければ、主人と使い魔の契約は終了ですわ」
  肌身離さず……って、結構大きくて重いんですけど!? 普段からこれを身に着けて日常生活とか、どんな亀仙流の修行ですか?!
 唖然とする私を無視して、手早く荷物をまとめた行商人は、さっさと帰り支度を始めました。
 「それじゃあ、また近くに来たら顔を出しますんで~っ」
 「二度とそのけったくそ悪い面を見せるんじゃないよ!!」
  まさに打てば響く調子で、レジーナが怒鳴りつけましたが、行商人の方はまったく動じた様子もなく、私にもにこやかに一礼をして居間から出て行きかけ――ふと振り返って、私の胸元を指差しました。D10 媚薬 催情剤
 「お嬢ちゃん、その首輪ネックレスですけど、悪い人間に見つかると厄介ですから、仕舞っておいたほうがいいですな」
  いつの間に外に出ていたのでしょうか。胸元に下がっていた母の形見で、いまや唯一の財産ともいえる首輪ネックレス。 

2014年1月15日星期三

互いの秘密

 ピンポーン――。
  広くはないアパートの部屋に、電子的なチャイムの音が響き渡った。
 「はーい」
  誠一は軽い調子で返事をすると、読んでいた新聞を床に置き、はやる気持ちのまま足早に玄関へと向かう。その日は非番だったため、洗いざらしのシャツにジーンズというラフな格好ではあるが、清潔感を損なわないよう、それなりにこざっぱりと身なりは整えてあった。絶對高潮
  それというのも、澪が来ることになっていたからである。
  平日なので学校を終えてからになるが、ここ、誠一の部屋で一緒に過ごそうと約束していたのだ。もちろん夜までには帰さなければならず、いられるのはせいぜい一時間ほどである。それでも、互いの休日が重なることの少ない二人にとっては、切り捨てることのできない貴重な時間だった。
  誠一は鍵を開けて、ドアノブに手を掛ける。他に尋ねて来る人間に心当たりもなく、ちょうど約束の時間だったこともあり、澪が来たのだと疑いもせず扉を押し開いた。が――。そこにいたのは、外見だけはよく似た別人だった。
 「……遥?」
  予想外のことに混乱して、誠一は目をぱちくりと瞬かせた。あたりを見まわしてみるものの、彼ひとりきりで、澪と一緒に来たわけでもないようだ。訝しげに眉を寄せると、遥はそれに答えるように口を開く。
 「会いに来るなら非番のときにしろ、って言ってたから」
 「それは、そうだが……どうしてここを知ってるんだ?」
 「澪に聞けばわかるって言ったの、誠一だよ」
  確かにその通りであるが、職務中に押しかけられると迷惑だと言いたかっただけで、家に来てほしいなどと思っていたわけではない。第一、あれからまだ二日しか経っておらず、来るにしても早すぎだと言わざるをえない。
 「それで、何の用だ? まだ話があるのか?」
 「せっかく来たのに上げてくれないの?」
  まるで小さな子供が何かをねだるように、遥は大きな瞳でじっと見つめて尋ねた。さっさと話を終わらせて帰ってもらうつもりだったが、やはり一筋縄ではいかないようである。誠一の顔に抑えきれない苛立ちが滲んだ。
 「これから澪が来るんだよ」
 「だから追い返すつもり?」
  口では彼に敵わない。
  他の住人の目もある玄関先で、いつまでも不毛な押し問答を続けるわけにもいかないだろう。
 「……澪が来るまでだぞ」
  誠一は投げやりにそう言うと、溜息をつき、入口を塞いでいた自分の身を退けた。
  遥は何の遠慮もなく中へ進むと、スクールバッグを下ろして丸テーブルの前に座る。わかっているのかいないのか、いつも誠一が使っているクッションを、ちゃっかりとその下に敷いていた。
 「僕はコーヒーでも紅茶でもどっちでもいいよ」
 「……待っていろ」
  完全に遥のペースである。
  誠一は早くもぐったりとして深く溜息を落とした。彼の言いなりになるのは腹立たしいが、彼と言い合うだけの気力はすでにない。仕方なく傍らの流しへ向かい、ヤカンに水を入れてコンロにかけた。
 「あらかじめ言っておくが、澪と別れるつもりはないからな」
  誠一は棚からマグカップを取り出しながら、低い声でそう切り出した。
  遥が今日ここへ来たのは、おそらくその話に決着をつけるためだろう。だから、先手を打って自分の意思を伝えておこうと考えたのだ。澪が苦しむことになると言われて、多少は悩んだが、澪本人に無断で別れを決めるなど出来るはずもない。そもそも、この話自体がハッタリである可能性も捨てきれないのだ。
 「ねえ、誠一の趣味ってゲーム?」
 「えっ?」
  突然、それまでとはまったく別の話題を振られて、誠一はぽかんとし、インスタントコーヒーの瓶を持ったまま振り返った。いつのまにか、遥は自分のすぐそばに立っていた。そして、その手には――。
 「うわあぁあぁぁっ!!!」
  誠一は絶叫ともいえるくらいの悲鳴を上げると、すさまじい勢いで遥の持っていた箱を取り上げた。今さら手遅れであるが、とっさにそれを背中に隠す。熱湯と氷水を一気に頭からかぶせられたような、目まぐるしく混乱した感覚が誠一を襲った。
 「どこから持ってきた?!」
 「寝室の机の引き出し」
 「勝手に漁るなっ!!」
  それは、18歳未満が遊ぶことを禁じられている、いわゆる美少女ゲームと呼ばれるものである。パッケージにも、裏側に小さくではあるが、そういうイラストが掲載されている。当然ながら、これがどういうものであるか、遥にも察しがついたのだろう。美人豹
 「澪はこのこと知ってるの?」
 「……君と違って、彼女は無断で引き出しを開けたりしないからな。いや、別に隠しているわけじゃないが、あえて言うようなことでもないし、まだ17歳だから見せるわけにもいかないし……」
 「ふーん」
  その相槌は凍えるほど冷たかった。誠一は固唾を呑んで尋ねる。
 「澪に、告げ口するのか?」
  二人を別れさせたがっている遥である。こんな格好の材料を逃すはずはないだろう。もしかすると、何か弱みを探すために、強引に部屋に上がり込んだのかもしれない。そう考えると、無意識のうちに表情が険しくなっていく。
 「俺たちは、そのくらいで壊れるような仲じゃない」
 「そう、良かったね」
  感情のない遥の言葉が、着実に誠一を追いつめる。これしきのことで愛想を尽かされはしないだろうが――そう信じているが、何かしら負の感情を持たれることは避けようがなく、そのことを思うと多少の恐怖感は禁じ得ない。
 「……あの、やっぱり黙っててもらえるかな。パフェ奢るから」
 「自信ないんだ?」
  遥はそう言うと、冷ややかに蔑むような目を向けた。誠一は返す言葉もなく口を引き結ぶ。自分の不甲斐なさに、彼の卑怯なやり口に、徐々に苦々しさがこみ上げてきた。
  ピンポーン――。
  本日、二回目のチャイムが鳴った。
  無言で視線をぶつけ合っていた二人は、その音と同時に、どちらからともなく視線を逸らした。張り詰めていた空気が緩み、誠一もほっとしたように息をつく。
 「君はもう帰れよ」
  澪が来るまでという条件であり、短かったが、これで遥との時間は終わりである。持っていたゲームの箱を、扉のついた戸棚に押し込むと、彼をその場に残して玄関に向かった。
 「いらっしゃい」
  今度こそ、訪問者は澪だった。肩口の大きく開いたセーターに、短いプリーツスカートという、やや肌寒そうな格好ではあるが、茶色を基調としたコーディネイトは十分に秋らしく、また、スタイルの良い彼女にはとてもよく似合っていた。
  ここに来るとき、澪はいつも私服である。そう言いつけてあるのだ。
  さすがに、制服姿の女子高生に出入りされるのは、あまりに世間体が悪いと自覚している。どんな噂を立てられるかわからない。悪くすれば、通報されてしまうかもしれないのだ。私服であれば、はっきりとした年齢がわからない以上、少しくらい若く見えても、むやみに騒ぎ立てられることはないだろう――。
  澪との交際に問題はないと主張しておきながら、これだけ気を遣っているという事実に、誠一はあらためて胸の内で苦笑した。遥には絶対に秘密である。人の弱点をとことん衝いてくる彼に知られたら、どんな行動を起こされるかわかったものではない。
  誠一は扉を大きく開けたまま、澪を中へと促した。
 「お邪魔しまーす」
  彼女ははしゃいだ声でそう言うと、軽い足取りで玄関に入っていく。そして、靴を脱ごうと視線を落としたとき、少し小さめの革靴に気づき、屈んだ姿勢のまま誠一を見上げた。
 「誰か来てるの?」
  誠一は右手を腰に当て、乾いた笑いを浮かべながら答える。
 「君のお兄さんだよ」
 「えっ、さっそく?」
  澪は大きな漆黒の瞳をぱちくりさせた。その口ぶりからすると、彼女がこの場所を教えたことは間違いないようだ。さすがに少し文句を言いたい気持ちになったが、無邪気な彼女を見ていると何も言えず、誠一はただ胸の内で盛大に溜息をつくしかなかった。
 「いらっしゃい、澪もコーヒーでいいよね?」
  湯気の立つヤカンを片手に振り返り、遥は真顔でそんなことを言った。まるで主であるかのように振る舞っているが、彼がこの家に来たのは今日が初めてである。しかし、澪はこの状況を疑問にも思う様子もなく、笑顔で頷きながら答えを返していた。
 「……君、何やってるの?」
  誠一は低い声でそう言い、早く帰れと目で訴えた。それでも、遥はまるで意に介することなく、マグカップに熱湯を注ぎながら平然と答える。
 「お湯が沸いたからコーヒー淹れようかと思って。マグカップ、二つしかないみたいだけど、誠一の分はどうすればいいの?」
 「いいよ、なくて」
  誠一はもう言い返す気にもなれなかった。しかし、澪は嬉しそうに笑顔で腕を絡めてくる。
 「じゃあ、私たち一緒に飲むことにするね」SUPER FAT BURNING
  彼女の屈託のない明るさは、いつも誠一の救いとなっていた。疲れたときも、沈んだときも、彼女といるとあたたかい気持ちになれる。それは、付き合い始めの頃からずっと変わらない。誠一はふっと柔らかな笑みを浮かべた。
 「あ、そうだ」
  澪は思い出したように、肩にかけた鞄から茶色の紙袋を取り出した。
 「これ差し入れ、櫻井さんのマフィン」
 「ああ、ありがとう」
  櫻井さんというのは、橘家の執事である。老人といっても差し支えないくらいの年配の男性で、澪が生まれるずっと前から、もう何十年にもわたって橘家に仕えているそうだ。お菓子作りが得意らしく、澪はときどき彼の手作りを持参していた。
 「たくさんあるから、遥も食べてね」
  澪はそんなことを言いながら、うきうきと紙袋からマフィンを取り出し始めた。こうなっては遥に帰れとは言い出しづらい。そもそも、彼女が嫌がっていないのならば、無理に帰すわけにもいかないだろう。誠一は肩を落として溜息をついた。
  二つのマグカップから、香ばしい湯気が立ち上る。
  三人は小さな丸テーブルを均等に囲んで座っていた。クッションは二つしかなかったので、澪と遥に使ってもらい、誠一はフローリングの床にそのまま腰を下ろしている。そのこと自体は構わない。しかし、せっかく澪と過ごせる貴重な時間なのに、いつまでも遥が無遠慮に居座っていることには、どうしても不満を感じずにはいられなかった。
 「誠一、もう一つクッションとマグカップを買っておいてよ」
 「ああ、そうだな」
  誠一は投げやりに気のない答えを返した。まさかこれからも来るつもりなのだろうか、と不安が頭をもたげたが、藪蛇になるかもしれないと思い、あえてそのことは口に出さなかった。
  そんな二人を眺めながら、澪は嬉しそうにニコニコと両手で頬杖をついていた。
 「良かった、遥と誠一が仲良くなってくれて」
  どこが! と全力で突っ込みたかったが、彼女を落胆させるのも気が進まず、その言葉をすんでのところで呑み込んだ。遥も気持ちは同じだったのか、肯定も否定もせず、うつむいたまま黙々とマフィンを食していた。
 「誠一も食べて」
 「ああ」
  澪はいつもと変わらず明るかった。素直で屈託のない笑顔も、溌剌とした振る舞いも、華やかで凜とした声も、まったく普段どおりで少しもおかしなところはない。だが。
  このまま誠一と付き合い続けていたら、澪はいずれ苦しむことになる――。
  先日の遥の言葉が、抜けない棘となって、誠一の心に疼きを与えていた。いずれというのはいつなのか、何について苦しむのか、どうして苦しむのか、彼女の様子からは何一つとして見当がつかない。今日、このことを澪に聞いてみようと思っていたが、ただでさえ切り出しにくい話なのに、遥に同席されていてはなおさら困難である。
 「どうしたの? なに考え込んでるの?」
 「いや……何か、変わったことはないか?」
 「別に、ないけど……?」
  澪はマグカップを両手で持ったまま、小首を傾げ、斜め上に視線を向けて考えを巡らせた。そして、独り言のように「そうだ」と小さく声を漏らすと、マグカップをテーブルに下ろして誠一に目を向ける。
 「ここに来るときなんだけどね、バイクに乗った男の人が、じいっと私のことを見てたの。それだけなんだけど……見とれてたって感じでもなかったし、何だかちょっと気になっちゃって」
  えへへと照れ笑いする澪とは対照的に、誠一と遥の表情は途端に険しくなった。
 「それ、どんな男だ?」
 「えっ? うん、えっと……」
  思いがけず真剣な誠一の問いかけに、澪はいささか面食らったようだが、すぐに記憶を辿りながら言葉を紡いでいく。
 「背が高くて、脚も長くて、けっこう鍛えられてそうな体格? ヘルメットかぶってたから顔は半分くらいしか見えなかったけど、目はきりっとして、鼻筋はすっと通って、色白で……整ったきれいな顔って印象かな。かなり格好良さそうな感じだったよ」
  後半、澪の声は少し弾んでいた。そのことに自分でも気付いたのか、すぐにハッとして、慌ててふるふると顔の前で両手を振った。超級脂肪燃焼弾
 「私が好きなのは誠一だけだから! 外見で好きになったりしないから!!」
  誠一は思わず苦笑を浮かべた。あまりフォローになっていない気もするが、ただ正直なだけで、彼女に悪気がないことはわかっている。実際、自分の容姿は十人並みなのだ。彼女が外見を重視するのなら、最初から他の男を選んでいただろう。
 「こうなると、冗談抜きで誘拐かもね」
 「それどういうこと?」
  澪は腕をついて遥の方へ身を乗り出した。誘拐などと物騒な言葉を聞いたせいか、不安そうに眉がひそめられている。しかし、遥は顔色ひとつ変えることなく、落ち着いた声で淡々と答えていく。
 「おととい、たぶん澪が見たその男だと思うけど、僕も同じようにじっと見られてたんだよ。僕だけでなく澪もとなると、橘家の何かが目的ってことなんじゃないかな。だから、僕たちは気をつけないといけないって話」
 「あの獲物を見定めるような目の鋭さは、堅気とは思えなかったしな」
  誠一がそう言い添えると、澪は少し目を大きくする。
 「もしかして、誠一も一緒だったの?」
 「まあね、たまたま会ったんだよ」
  遥は少しも動揺を見せずにさらりと嘘をついた。さすがに、あのような勝手きわまりない行動を、澪には知られたくないとみえる。誠一はしばらく考えたあと、目を伏せ、小さく息をついてから口を開いた。
 「澪と別れろ――」
 「えっ?」
 「遥はそう言いに来たんだ」
  一瞬、遥は刺すように誠一を睨んだが、すぐに無表情に戻り、何も言わずコーヒーを口に運んだ。反論も弁解もしない。それでも澪のことは気にしているようで、ちらちらと視線だけを隣に向けている。
 「…………」
  澪は、思いつめた顔でうつむいていた。
  この反応からすると、何らかの心当たりがあることは間違いなさそうだ。誠一と別れなければ澪が苦しむことになる、という遥の主張は、ただのハッタリではなかったということか――嫌な胸騒ぎに、誠一は思わず目を細める。
 「澪……」
 「大丈夫、別れないから!」
  澪はパッと勢いよく顔を上げて訴えた。しかし、その必死さが、逆に誠一の不安を煽り立てる。
 「澪、もし何かあるのなら、俺にも話してくれないか?」
 「……ごめんなさい、誰にも話せないことなの」
  頼りなさげな声からも、伏し目がちな表情からも、彼女の苦悩が滲み出ているようだった。そして、一段と表情を曇らせると、薄紅色の唇を開いて付言する。
 「家の、事情だから」
 「そうか……」
  誠一には、澪の言葉が嘘だとは思えなかった。少なくとも何かを口止めされているのは事実だろう。橘ほどの大きな財閥ともなれば、他言無用の事情があっても不思議ではない。それに加えて、恋愛に干渉するようなことといえば――。
  ふと頭をよぎった可能性に、誠一は眉をひそめる。
  もしかしたら、彼女に政略結婚まがいの話が出ているのではないだろうか。政略結婚というのは言い過ぎでも、家の事情で結婚相手を決めることは、ありえない話ではないように思う。それならば遥の忠告とも矛盾がない。
  もしもそれが本当で、どうやっても逃れられないのだとしたら――。
  まわりが見えないほど深く考え込んでいると、澪が隣から腕をまわして抱きついてきた。そのまま誠一の肩口に顔を埋める。胸元に当たる柔らかい感触と、首筋にかかるあたたかい吐息に、誠一の体は自然と熱くなっていく。
 「澪、今は……お兄さんの前だぞ」
 「僕のことはお構いなく」
  遥は茶色の紙袋に手を突っ込みながら言った。どういうつもりかはわからないが、お構いなくなどと言われても、構わないわけにはいかないだろう。横目で困惑ぎみに睨みつけたが、彼はこちらに目を向けることなく、袋から取り出したマフィンを口に運んでいた。
 「帰りたくない」
  耳元に、ぽつりと落とされた言葉。
  彼女がこんな我が儘を口にするのはめずらしい。それだけ参っているのかもしれない。できることなら、誠一もこのまま帰らせたくはなかった。ずっとここにいさせたかった。けれど――。
 「あのな、澪」
 「わかってる」
  誠一の背中にまわされた細腕に、力がこもる。
 「帰らないといけないんだよね。私がまだ高校生だから」
  澪の声はとても落ち着いていたが、その中には、どこか寂しげな響きもあった。彼女は現実がわからないほど子供ではないが、簡単に割り切れるほど大人でもない。その頼りのない華奢な背中を、誠一は返事の代わりにそっと抱きしめた。
 「……ごめんね」
  澪は甘えるように顔を埋めたまま、少し笑ったような、それでいて今にも泣き出しそうな声で言う。終極痩身

2014年1月13日星期一

ライムとモンド

(はい、無事一通り見回りを終わりました。まだどこかに隠れている個体が存在するかもしれませんが、主だった施設の状況は商人ギルドの方が調査を引き継いで下さるそうです。主あるじライドウはこの後も活動を継続出来るのですが、そちらから新たな指示はございますか?)CROWN 3000
 (し、少々お待ち下さい……。お待たせ致しました。では引き続き北西区画に向かい討伐と、念話障害の原因も調査を開始して下さい。日が落ちた頃に一度こちらに帰投し状況と調査の報告をするように、との事です)
 (確かに申し伝えます。それでは)
 (はい、定時の報告は距離が開く事が予想されますので不要です。ご健闘を)
  念話が終わる。
  僕が話す訳にもいかないから識にお願いして状況を報告、次の行動について指示をもらう事にした。
  内容は僕もばっちり傍受しているから識から説明をしてもらうまでもなく流れはわかった。
 「次は北西か。まっすぐ西に移動するだけ、あるのは収入や身分の低い住民の住宅街にこの街には少ない職人の仕事場だったよね」
 「はい。どうやら、学園の施設や、富裕層の集まっている場所は自力で解放したいとでも思っているのでしょう。少しでも上流階級の者たちの支持を得たいのでしょうな。現状では学園長の失脚はまず確実。あの焦り様では、学園長の椅子を狙おうとしている連中より先に若様を取り込むだけで良い事にすら思い至っていないのかと。数値だけを見て作ったであろう秘蔵の部隊があっさりと半壊している事にかなり動揺しております。お得意と思われる派閥争いすら並行出来ないのですから、底も知れますな」
 「僕らにはあまり大きな働きをさせたくない、か」
 「恐らく、北西を終わらせたら次はパープルコートとの共同作戦などやらされるのではないかと」
 「僕らだって臨時ながら学園の講師なんだから、我が物顔で使えばいいのに。たまにクズノハ商会の名前は出すけど、学園を悪く言ったりする気は無いんだから。実際、変異の原因特定なんかは学園長の手柄になるよね、このままいけば」
 「ええ、我々が特定した事にしてしまうと不都合が大きいですので。己の力で打開出来るならともかく、明らかに間違ったやり方ですな。ただ一言、来賓なり適当な影響力のある人物のいる前で自分の力になってくれと、若様に要請して見せるだけで良いと言うのに。巴殿から聞きましたが、怒鳴られたそうで」
  識と二人、学園長からの指示に苦笑い。
  商会の名を折々に出してはいるけど、行く先々ではちゃんと学園の講師だと最初に言っているし、学園長の指示で来たとも言っているんだ。
  僕らが動いた所で学園の名が落ちる事は無いと思う。
  だってクズノハ商会に好印象を持ってもらいたいだけで、その副産物で他のどこに良い評判がついても文句を言う気は無い。
  出来るだけ、大きな商会が目立つような事にはならないようにしたい位だ。
  学園が存在感をある程度示す事は、僕らも納得している事なんだ。
 「若。カギと思われる装飾品の回収、終わりましたぞ」
 「巴、ご苦労様。そっちは特に問題無かった?」
 「……ええ、何も。息を吹き返すかもしれぬ諸々の商会が余計な動きをしないように少々動きましたが、万事良い方に処理できております」
 「少々?」
 「商人ギルドの代表、ザラとかいう者に食料と水、それに毛布をくれてやりました。これで施しをしてやれ、と」
 「それが何かの牽制になるのか? というか、その食料って亜空から?」
 「どこぞの商会の名が出るよりは、商人ギルドの名前で施しをされた方が面倒が少ないですからな。彼らにも有益な事ですし、ウチの商会の名も少しは出す様に代表には“お願い”をしました。食料も水も毛布も、全てこの数日で少々離れた街で適当に買い集めた物です。余っているとは言え、亜空の食料をくれてやる事もありませんからな。果物に限り、少しだけ混ぜておきました。ウチからも出している事をこれ以上なく証明してくれる品物として」
 「買い物までさせちゃったのか、ごめん」数字減肥
 「なに、散らばっていた森鬼を働かせただけの事です。今回、下手に特定の商会に売名行為をされては困りますからな。儂らがほどほどかつ商会としては一番に目立つ為には」
 「後でかかったお金教えてね。でも、あの代表が良くそんな条件をのんだね」
 「詮索しない、ある商会の名を出す。それだけの事でタダで大量の食料と水、不足していた寝具を賄えるのですからな。商人でなくともどう動くかは明白です。ギルドの代表などとは言え、あの者も一人のヒューマンである事には違いないのですから」
  ふふ、と巴は得意げに笑みを作った。
  そんなに簡単な事だろうか。
  ザラ代表は一つ提案する度に、その代わりにと条件をつけられそうな印象だった。
  いくら弱っていても、いやレンブラントさんも間に入ってくれたのか。
  だとすれば、昔馴染みの言葉も受けて巴の条件を受け入れてくれたのかもしれない、とは思えるな。
 「……若。それほどに難しい事はありませんでしたぞ」
 「……お前、エスパーか」
 「表情が色々と言葉を吐いておりましたよ。ふふ、奴の後ろには今保護しなくてはいけない者がいて、彼らには十分な食料も無く、この事態はいつまで続くかも明確にわからない。今好転した状況さえ、儂らが手を引くと言ったらどうなるのか、念話を使えない状況では判断も出来ない。さあそこで、目の前には飢えつつある人に振舞える沢山の食料、着の身着のままの住民に渡してあげる事が出来る毛布。渡すも渡さないもこちらの胸三寸とくれば、“交渉”など容易いものです」
 「そっか。そんなものなのか。って、待て。お前目の前に食料って、ザラ代表の前で転移をやってみせたのか!?」
  まずいだろう、それは。
  だって使える制限がどうとか、負担がどうとかって色々言ってたのに、それは……。
 「元々あ奴には儂らが転移による仕入れを行っている事を話したのでしょう?」
 「だけど、色々設定を作る前の話だぞ!?」
 「問題ありません。何故なら、あの物資はクズノハ商会に要請して商人ギルドから施すもの。儂らは頼み込まれて仕方なく住民の為に協力しただけなのですからなあ。どこぞから転移を使用した責任がどうのと喚かれても、商人ギルドが引き受けてくれましょう。奴の目の前に淡々と食料を積んでいったのはリザードマン達でしてな。少なくともまだミスティオリザードがいると知られてしまいましたが、代表殿は儂のお願いを快く聞いてくれました。所詮は口約束ですが、後で奴に首を横に振るなど……もし出来るなら大した胆力かと」
 「で、でもだな」
  そんな無茶をして大丈夫かと不安が無くならない。
 「それにですな、若。秘密などと言うモノは、抱える者が隠そうとするから実に大変な事になるのです」
 「あ、ああ?」
  秘密を持った人がそれを隠すのは当たり前だろう?
 「むしろ、相手に隠させる方がずっと楽なのですよ」
 「??」
  意味がわからないんだけど。
 「ルトも恐らくは似たような真似を外交ごっこでやるのかもしれませんが。肝要なのは知らない事にしなければならない、と相手に思わせる事です」美諾荷葉纖姿
 「? ええっと?」
 「極端に言えば、誰にも知られていない事と、ある立場以上の者だけは知っていて、しかし誰もが知らない様に振舞わねばならない事は同義なのです」
  知っている事と知らない事が一緒と言われても、今ひとつピンとこない。
 「僕らが隠すより、公然の秘密みたいにした方が良いって事?」
 「少し違いますが、大枠ではそういう事です。ルトが儂らの転移を上手い所に落とし込んだ辺りでまた続きを」
  正解、じゃないのか。
  続きを聞く時には頑張って何割かは理解しよう。
 「……わかったよ。なら今は討伐の続きをやろうか。確か向こうにはライムとモンドがいるんだよな」
 「はい。儂の分は残っていないかもしれませぬ。久々に刀を抜きたくもあったのですが、それは次の機会を待つ方が良さそうですなあ。澪と識が羨ましい……ん、何やら澪が妙に浮かれている気がするのですが、何かありましたか?」
  巴が刀を抜けない事を残念がる。
  眺めた先にいた澪は浮かれ気分だった事に気付いて、巴がはて、と疑問を口にした。
 「ああ、あれ。澪と識でちょっと競争をさせたんだ。変異体をどっちが多く片付けられるかって」
 「ほぅ。あの様子だと澪の勝ちですか」
 「うん。四対二で澪の勝ち。一応接敵からは邪魔しちゃいけない事にしたんだけど、結構良い勝負だったよ」
 「なるほど……しかし、それにしても飛び跳ねそうな喜び方。解せませんな」
 「んー、多分勝った方のお願いを僕が聞くってご褒美を用意したからじゃないかな?」
 「――ッ!?」
  瞬時に巴が鬼気迫る顔になった。
  あ、なんかスルーした方が良い予感がきた。
 「ど、どうした巴?」
 「若、なんですかその豪華賞品は!! 儂、聞いてませんぞ!?」
 「いやお前にはギルドの方を任せたから、なあ。さてと」
  仕事仕事。
  そろそろ出発しなきゃ。
 「ちょ、若! まだ話は終わってません! いや、むしろ始めたばかり! どちらへ!?」
 「北西区画だよ。その話は、移動中に聞くから。あんま大声出さない!」
 「納得の行く説明をお願いしますぞ。納得できても納得しないかもしれませんが! つまりは儂のお願いもですな!? 若!?」
  なんだかな。
  ガチガチに緊張するよりは、まあ良いのか。
  ライムとモンドなら北西区画はそれほど酷くもないだろう。
  日が落ちる位に学園に戻るペースで動けばいいな。


「おら、いったぜモンド」
 「了解だ!」
  石畳が無く、むき出しの土が顔をのぞかせている通りの両側。
  細身の男が掛け声と一緒に吹っ飛ばした灰色の化け物が、その先にいる浅黒い肌の男の所に接近する。
  大きなボール状の体に巨大な一つ目を備えた化け物は男たちのどちらよりも大きかったのだが、モンドと呼ばれたその男は片手でそれを掴み、勢いをも殺してみせた。
  一瞬静止した変異体は直後にはモンドの手によって土の地面に叩きつけられ、淡い光と共に一瞬でその姿を変えた。強効痩
  一本の樹木に。
  モンドは森鬼と呼ばれるエルフの祖の一つ。
  その奥義である樹刑の発動だった。
  対象を樹木に変える一撃必殺の荒業。
  かつては亜空の主、真すら恐怖させた恐るべきスキルだ。
  青々とした木と化した変異体は一切の抵抗も出来ない、一瞬の決着だった。
 「緑化作業は順調に進行中、ってなもんだ」
 「これで八体か。まだそれなりにいるな、中々ペースが上がらん」
 「出来るだけ人目につかずにやってるからしゃあねえよ。さっき巴姐さんから連絡があったぜ、旦那ともどもこっちに向かってらっしゃるそうだ」
 「そうか……。不肖の弟子がご心労をおかけしているようだから、お会いするのが心苦しくはあるが……」
 「アクエリアスコンビか。や、コンビっつうと責任が折半みてえだからアクアが割に合わねえか。なに、口じゃあ何かと仰っているが、それほど気にしちゃいねえよ、旦那は。その証拠に、森鬼は皆亜空に移住したじゃねえか。あんま気に病むこたねえさ。あれで楽しんでらっしゃる」
 「お前にそう言ってもらえると気が楽になる、ライム。せめて期待に応えるだけの成果をお見せしたい、もう少し付き合ってくれ」
 「勿論だ。お前さんとは丁度良い勝負が出来る。亜空ランキングを駆け上がる絶好の好敵手ライバルだからな。何でも協力させてもらうさ」
 「ああ、一時は上位陣も視野にあったが、ゴルゴンと翼人の参加で一気に転落してしまった。また、鍛え直しだ」
 「石化と飛行には制限がいるよなあ、ありゃ反則に近い。お前さんの樹刑みたいに使用禁止とまではいかなくてもそれなりにはルールがいるぜ。ルールが変われば多分前に近い位置になるとは、見込んでるんだが……」
 「まったくだ」
  ライムとモンドは近隣住民の避難をとうの昔に終え、職人達の誘導も終えている。
  二日目も避難所からの変異体発生は一体に抑え、首飾り他の回収も迅速に終了していた。
  久々にこちらに出てきたモンドのやる気、そしてライムの手際の良さが上手く噛み合っていた。
  そして三日目。
  攻めに出る通達を受けて、彼らも派手には動かないまでも避難所の安定と変異体の駆除に動き出している。
  この区画に他に戦力は無い。
  三つある避難所を、ライムの人脈とモンドの必殺の樹刑を駆使して見事に守りきっていた。
  連絡は密に行い、物資は転移を使用して調達していたものの、彼らは良くやっていると言える。
  設けた三つの避難所の位置はある程度近い距離で集めていて少人数で守るのに都合が良い。
  更に他区画の避難所に比べて広く住民の密度も低い。
  迅速に守りやすい避難所を選定し、確保した二人の好手だ。
  救われた人、逃げ延びた人からすれば北西区画の避難所は居心地もよく、彼らのストレスは比較的だが低い。
  反対に北東区画などは商人ギルドに避難民が集中しているおかげで密度が高く、ストレスも相当なものだ。ギルド代表のザラを追い詰めている一因にもなっている。
  それも助けてか、職人や低中所得層の住民から二人は相当頼られている。
  人によっては依存していると言っても過言ではない。
  クズノハ商会の名は真が思っているよりもずっと彼らの心に浸透していた。
 「だが、こいつらを放った奴の目的はなんなんだ? 若様がこの街にいる事を知っていてこんな真似をしても精々騒ぎにしかなるまい。念話の妨害や段階的な変異の発生、こんな事を考える事が出来る奴ならその程度の事はわかりそうなものだがな」
 「さてな。魔族の考えまではわからんよ。ま、俺らは旦那達の手足になって動けばいいのさ。必要な事なら教えてくださる。そして、あの方々が亜空や俺達を危うくするなんて事は、絶対に無いんだからな。むしろ、俺ら・・がお力になろうと危ない事をしようとするのさえ止めようとなさる位だ。今回呼ばれたリザードの追加メンバーなんぞ通知を受けた瞬間から奮い立ってやがった」
 「……ああ、わかるとも。俺もミスティオリザードの彼らと同じ気分だったからな。ライム、前に聞いたお前の願いも近く若様にお伝え出来ると良いな」
 「それは巴姐さん次第だ。そういう、約束だからな。なに、気長に待つさ。少なくともその時間は、もう頂いたんだ。焦らねえ」
  ライムがふと遠い目であらぬ方向を見つめる。
 「なら、もう一つ二つは片付けておこうか、相棒。亜空で待つ同胞達を羨ましがらせてやろう」
 「おう!」OB蛋白痩身素(3代)
  二人は互いに感知の円範囲を広げながら変異体を探り、避難所からの距離を考えて安全に狩れる相手を選定する。
  そして真たちが到着するまでに、彼らは更に何体かの変異体を樹木に変え、彼らの到着を迎えたのだった。

2014年1月10日星期五

小さな御家騒動

「現在、このバウマイスター騎士領では、静かに領民達の不安と不信が増大しているのです」
  朝、いつものように瞬間移動でブライヒブルクへと移動しようとした俺は、周囲に複数の人間の気配を感じてそれを中止する。SPANISCHE FLIEGE D6
  見られているような感覚が嫌で、俺は気配を感じる方向に向かって気が付いている事を叫び声でアピールすると、そこには屋敷の近辺の村を治める名主に、その娘である父の妾と俺の異母兄姉達が姿を見せる。
  用件を聞くのだが、名主のクラウスから出た言葉はとんでもない爆弾発言であった。
 「聞かなかった事する」
  俺としては、そうとしか言えなかった。
  バウマイスター家には父が健在で、しかも彼は長男のクルトを後継者にすると既に内外に発表している。
  更に、四年前には無事に結婚して子供まで生まれているのだ。
  しかも、その子は男の子だ。
  普通に考えれば、バウマイスター騎士領を相続するのは、クルト、その子の順番なのは誰の目から見ても明らかであった。
 「しかし、ヴェンデリン様」
 「あまりに脈絡が無い頼みで、話にもならん」
  そう、いきなりこんな話をされても俺は困るのだ。
  まだ十一歳の味噌っかすの八男坊をこの場でそそのかしてその気にさせたとして、果たしてこれからどうしようと言うのであろうか?
 「今の当主は父上だし、父上は子供が生まれた長兄クルトを後継者として発表している。しかも、俺の上にはまだ継承順位が高い兄達が三人もいるんだ。クラウスの提案を荒唐無稽と呼ばずして何と言えば良い?」
  現在のバウマイスター騎士領の継承順位は、一位が長兄クルト、二位がクルトの長男のカール、三位は三男のパウルで、四位が四男ヘルムート、五位が五男のエーリッヒで、ようやく六位が俺となっている。
  なお、家臣である分家の当主になっている次男のヘルマンは、既に継承権を放棄しているし、現在王都で下級官吏をしているエーリッヒ兄さんはもう少しで上司の実家に婿に入る事が決定しているので、彼もすぐに継承権を放棄する予定だ。
  そのせいで俺の継承権が五位に繰り上がるが、いくら何でも俺を次期当主にするのは不自然過ぎる。
  何より、最大の難関である父の説得すら出来ないで何が当主になって欲しいだ。
  ひょっとすると、このクラウスは誰かに頼まれて俺を御家騒動の主犯として処分するつもりなのかもしれない。
  そんな陰謀論までもが、頭に浮かんで来る俺であった。
 「俺はひょっとすると、クラウスの良識を上に見過ぎていたのかな?」
 「おい! お前は!」
 「控えよ! ヴァルター!」
 「でも、親父!」
 「お前はヴェンデリン様の兄ではあるが、身分が違うのだ! 控えよ!」
  俺の発言に六男ヴァルターが激怒するが、すぐにクラウスによって抑えられていた。
  前世では考えられなかったが、なるほどこの正妻と妾の子供の身分差というのは難しい。
  ヴァルターは俺よりも八歳上なのに、彼は俺に兄貴面など決してしてはいけないのだから。
 「荒唐無稽な事を言っているのは自覚しています。ですが、ここで手を打たないと、バウマイスター騎士領は将来確実に衰退するでしょうな」
 「衰退?」
  俺には、なぜこのバウマイスター騎士領が衰退するのか理解できなかった。
  膨大な開発をすれば莫大な富を生み出す未開地があり、もし魔の森の一部でも開く事に成功すれば海とも接する事が可能な領地なのにだ。
 「そう、開発できれば未来は明るいでしょう。ですが、それは現状では不可能なのです。そしてこのまま行けば、このバウマイスター騎士領は徐々に人口が減って過疎化するでしょう」
  クラウスは、俺に自分の想定するバウマイスター騎士領の未来を含めた、十一年前に失敗した魔の森への出兵事件以降の裏事情を説明し始める。SPANISCHE FLIEGE D9
 「十一年前の出兵は、痛恨の失敗でした」
 「それは知っている。目の前にこれほどの未開地が広がっているのに、なぜ遠方の魔の森の開放を急ぐのか理解できなかった。海がよほど欲しかったのかと思っていたが。あれは明らかに、ブライヒレーダー辺境伯が魔物の住む領域での成果を期待していたのだと」
 「それに今のお館様も乗った。道案内に兵を出しましたからな。考えてみてもください。いくら同じ領内でも、我らに未開地や魔の森の地理なんてありませんよ。明らかに兵力として当てにされていたのです」
  ブライヒレーダー辺境伯領は、その気になれば三万人以上の兵力を動員可能であるらしい。
  とはいえ、領内の治安維持や、周辺には領地境で揉めている貴族も数名いるし、もっと現実的な予算や兵站の問題もある。
  いくら兵站を魔法の袋を持っていた師匠に依存したとしても、万単位の兵を富士山と同じくらいの標高の山脈越えで進軍させるのは無謀でしかない。
  いくら寄り子とはいえ、バウマイスター騎士領の領民も自分達よりも圧倒的に数が多い他領の軍勢に不安を覚えるだけだ。
 「それで、二千人という中途半端な軍勢だったか」
 「お館様が出した百人でもありがたかったようですな。そして、ブライヒレーダー辺境伯の真の目的ですが……」
  先代のブライヒレーダー辺境伯には、二人の息子がいた。
  長男のダニエルと次男のアマデウスで、先代ブライヒレーダー辺境伯は頭脳明晰な長男ダニエルを溺愛し、彼を後継者として期待していたらしい。
 「ですが、彼は不治の病に犯されてしまいました」
  ブライヒレーダー辺境伯はありとあらゆる手を尽くしたが、彼の死期は間近まで迫っていたようだ。
  そして、そんな彼を治せるかもしれない僅かな希望。
  それが、伝説の魔物古代竜の血から作る霊薬であったらしい。
 「魔の森には、その古代竜が住んでいる可能性があったのです」
  他の冒険者が出入りしている魔物の領域では、遂に発見できなかったようだ。
  そこで、彼は未知の領域である魔の森に期待したらしい。
 「冒険者に頼めば良かったのに」
 「失礼ながら、そんな命知らずはおりません」
  まず苦労してバウマイスター騎士領まで長旅をし、そこからまるで人間が住んでいない未開地を何百キロも横断する。
  そこまでしてようやく魔の森へと到着し、そこから気合を入れて古代竜を倒す。
  確かにこんな依頼、いくら積まれても嫌であろう。
 「その後の結果は、以前のお話通りです。先代ブライヒレーダー辺境伯以下軍は壊滅。五体満足で戻ったのは百人程度でしたな。我がバウマイスター騎士領軍も同じです。生存者は、二十三名にしか過ぎませんでした」 
  当主を失ったブライヒレーダー辺境伯領は、父の死を聞いた直後に亡くなった長男ダニエルではなく、次男のアマデウスが継いでいる。
  全く跡取りとしては期待されていなかったのに、いきなり跡を継がされ、まず最初に全兵力の十分の一に、お抱えの優秀な魔法使いを失った状態からスタートとか。
  きっと、物凄い罰ゲームだと考えたであろう。
  大貴族の軍事行動の失敗は、周囲の領地境紛争などで争っている貴族達に舐められる要因となるであろうからだ。
  現ブライヒレーダー辺境伯の船出は、相当に苦労の連続であった事は想像に難くない。
 「そのせいでしょうな。新ブライヒレーダー辺境伯は相場よりは良いお見舞い金をバウマイスター騎士領軍の戦死者に出しました。かなりお館様にピンハネされましたが」
  バウマイスター家の財政を握っている男からの、聞きたくもない事実の暴露であった。
  そもそも、見舞金だけではいくら色を付けて貰っても残された家族が一生楽を出来るほどではない。
  しかも、その増額見舞い金を受ける条件として、父はバカな要求を呑んでいる。
  この出兵は、父が魔の森を開発したいので寄り親である先代ブライヒレーダー辺境伯に懇願し、寄り子の頼みは断れないのでと渋々受け入れたという事にして欲しいと。
  そんな事をしても何か情況が良くなるとは思えないが、これも大貴族のプライドという物の一種であるようだ。SPANISCHE FLIEGE
 「失った軍の再建もありましたし、当時は少々人口が増加傾向にあったので新規の開墾計画を実施直前だったのです。お館様は、資金が欲しかったのでしょうな」
  しかし、失ったのは金と物資ばかりではない。
  働き手も一気に失ってしまい、無理に新規開墾や用水路工事の働き手を抽出した結果の、あの毎日の黒パンと塩野菜スープのみの夕食であったらしい。
  開墾さえなければ、畑仕事の合間に男手で狩猟に出かける時間くらいはあるのだから。
 「こんな閉鎖性の強い田舎の農村です。不満は爆発寸前なのですが、暴発するわけにもいかずというわけです」
  更に、クラウスからの話は続く。
 「現在、お館様に不満を覚える人間は多いのです」
  まずは、十一年前に一家の大黒柱や前途有望な若者を失った家族。
  しかも父は、愚かにも彼らに渡すようにと新ブライヒレーダー辺境伯から渡された見舞金をピンハネまでしている。
  これで慕われたら、領民達は相当なマゾであろう。
  次に、その援軍を率い、戦死してしまった分家当主である大叔父の親族や家人達とその家族達。
  この家には次男ヘルマンが当主として入っているが、彼は現在針の筵状態らしい。
  穿った見方をすれば、ヘルマンは本家の影響力を強くするために分家に送られたスパイにも見えるであろうからだ。
 「さすがに、ヘルマン殿も危機感を感じているようです。婿入りで本家との縁も切れたので、今では完全に反本家の立場を表明しています。実は、ヴェンデリン様が次期当主になる件でも賛成してくださいまして」
 「おい……」
  出て行く家なのであまり気にもしていなかったが、現在のバウマイスター家はかなりヤバい状態にあるようだ。
 「そして、これが一番深刻かもしれませんな」
  ようやく新規の開墾は所定の計画を終えて終了していたが、これは当然人口が増えればまた新たに計画される事となる。
 「しかし、お館様や若様が指揮する開墾作業は評判が悪いのです」
  別に、農民に鞭を打つわけではないらしい。
  自ら先頭に立って作業を行うし、食事なども皆と同じ物を取って自分だけ良い物を食べたりもしない。
  だが、父が体が丈夫で無理が出来るので、それを他の人間にも無意識に強要する癖があるらしい。
  しかも、適度に休憩を取るとか、効率の良い工事を指揮するとか指揮官として相応しい能力には欠けるらしく、作業に参加している領民達からは評判は良くないそうだ。
 「クルト様は、そんなお館様に何も言えないので、同じく評判が悪いです」
  ナンバー2なのに、ナンバー1に意見できないで、普通の作業員と同じ仕事しかしないのだ。
  それは、嫌われて当然だろう。
 「人口が増えて、あの嫌な開墾作業が再開されたらと領民達が不安になった結果……」
  開墾の間は食事が嫌でも貧弱になってしまうのもあり、彼らは人口を増やさないように動くようになったそうだ。
 「次男以降の男子が、このバウマイスター領を出るようになったのです」
  一番近い都市であるブライヒブルクに、数ヶ月に一度訪れる商隊に同行して家を出てしまう事が多くなったそうだ。
  そしてブライヒブルクに到着した彼らは、そこで職を探したり、他の領主が募集している新規開拓地への募集に応募してしまうらしい。Motivator
 「しかも、最近は女子まで……」
  畑を継げる長男とその嫁になる女子を除き、今度は女子までもがバウマイスター領の外に出るようになった。
  もうこうなると、人口の流出に歯止めが利かなくなる。
  もし長男が嫁が取れない事態になれば、それは過疎化の第一歩であろう。
 「更に悪い事に、ヴェンデリン様の魔法の件がバレました」
  せっかくの魔法なのだ。
  これをバウマイスター領の発展に生かせば良いのに、父は爵位継承の秩序を保つため、俺を極力領民と接触させないようにした。
  もし本当に領地の発展を望むなら、跡取りを俺に変えてでも領地のために働かせるべきだと。
  そういう非情な決断を時にはしなければいけないのが、貴族と呼ばれる者の使命なのではないかと。
 「領民達は見切ったのですよ。お館様がこの僻地の農村で貴族様として振舞えて、波風立てずに家が続けば他は何もいらないと考えているのだと」
  そこまで見切られると、それは厳しいかもしれない。
  人間とは、欲を抱えた生き物だ。
  過度の欲は良くないが、適度な欲は。
  それも、もう少し自分達の生活を良くしたいなどの欲は、人間には必要不可欠なのだと。
 「領民全員を最低限食わせるのは重要です。ですが、お館様はそこで止まってしまわれる。勿論それも大切でしょうが、先に未来を見せる努力も、統治者には必要なのでは? と、思う次第なのです」
  クラウスは、ここまで喋ると今度は溜息をついていた。
  それは、もうこのバウマイスター領の人口は頭打ちどころか、このまま減少傾向に突入すると言えば、悩みも色々と尽きないであろう。
 「クラウスの気持ちは理解できるが、ここで俺が次期当主になりたいと宣言して何になる? 余計な騒動が増えるだけだぞ」
  どう考えても、本家の人間は一人も支持しないであろう。
  父が俺を後継にしなければ何をしても無駄だし、もし後継争いが中央の耳に届けば。
  なまじ距離感があるだけに、中央の官僚が事務的に減封や領地の取り上げを命令する場合もあるのだから。
 「騒ぐだけ無駄なんだよ。むしろ、騒いでは駄目だ。父上を説得して、新規の移住者を増やす産業なり、効率の良い開発を進めるしかないだろう」
 「ですが、ヴェンデリン様の魔法があれば……」
 「もしここで俺の魔法でどうにかしたとして、俺が死んだらどうするんだ?」
 「それは……」
  魔法使いの素質は、遺伝しないそうだ。
  遺伝していれば、王族や貴族は魔法使いだらけのはずなのだから当然とも言える。
  そのために、王家や貴族達は大枚を叩いて優れた魔法使いを囲い込もうとするのだから。
  話を戻して、もし俺がここで魔法を使ってこのバウマイスター領を豊かにするとする。
  だが、もし俺が死んだ後はそれをどう維持するのであろう。
  もしかすると、徐々に過疎化するよりも恐ろしい衰退が待ち構えているかもしれないのだ。
 「それに、もし俺が強引に当主になっても絶対に揉めるからな」
  クラウス達は父に不満を持っているようだが、領内にはそこまで父や兄に不満を持っていない人達だっているのだ。
  俺の当主就任後、彼らが俺に反感を覚えたらそれはそれで意味が無くなってしまう。
 「なので、俺はこの話を聞かなかった事にする」
  俺は最後にそう言い残すと、急いで森の奥まで走り、すぐに瞬間移動の魔法で姿を消す。
  その様子を、クラウス達は唖然と見つめていた。
 「(というか、どうしろって言うんだよ……)」
  クラウスの気持ちはわからなくもないが、まず順序が間違っているのだ。
  俺を説得する前に、話を持って行く人が居るだろうに。
  そう、まずは父を説得できないと、俺に話をするだけ無駄なのだ。
 「(しかし、これは拙いな……)」
  父やクルト兄さんが、クラウスの本心をどこまで把握しているのかは不明であったが。
  下手をすると、俺にまで謀反の嫌疑がかけられてしまうかもしれない。
  もしそうなると、色々と面倒な事になってしまう。
  いかに出て行く家とはいえ、穏便に継承権を放棄してから家を出ないと、実家の継承秩序を乱した者として世間で鼻摘み者になってしまう可能性があったからだ。
  そういう嫌な風聞を背負った身というのも、これからの人生なかなか辛い物があるであろう。
  さりとて、これを父に相談するのも憚られる。
  もし、それを利用して父が俺の処分を狙っているのだとしたら?
  考えれば考えるほど、答えがこんがらがって来そうではあった。
 「だーーーっ! 考えてもしゃあない! クラウスは無視! 無視!」
  俺は移動先の未開地の平原で、そのまま勢いに任せて大規模爆発魔法をぶっ放す。
  すると、そこには大きな穴が出来てしまう。蒼蝿水(FLY D5原液)
 「ストレス発散のためとはいえ、環境破壊だな」
  少し冷静になって反省する俺であったが、まさかこの大穴が人造湖として未来の人々に利用されるなど、まさしく神のみぞ知るという奴であった。

2014年1月7日星期二

束の間の凪

「まさかライドウ殿が異世界から参られた方だとは思いませんでしたよ。勇者や魔王ならいざ知らず、商人が召喚されるとは流石に想像がつきませんから」
  ヨシュア王子の部屋での話。
  貴族の誰も同席しないその場は僕と彼女の二人だけ。紅蜘蛛(媚薬催情粉)
  入室の許可を貰った僕が目にしたのは、男装を解いた簡素ながらドレス姿のヨシュア王子だった。
  ロッツガルドの思い出話を一段落した所でヨシュア王子は唐突にそんな話を切り出した。
 「!?」
 「響から聞きました。貴方が響と同じ世界の住人であり、また知り合いでもあると。もっとも、この事を知るのは私と陛下のみ。ロッツガルドで一緒だったホープレイズ家にも話しておりません」
  響先輩からの情報か。
  なら知っててもおかしくない。
  でもこんな情報まで話すなんて先輩とリミア王家の間にはしっかりした信頼関係があるんだな。
  前線に度々いたり、貴族の力が強いって背景があるから妙な想像もしたけど、僕の妄想ってことでおしまいか。
  杞憂ならそれでいい類のことだから安心した。
 「先輩から。そうですか。確かに、僕と先輩は同郷ですね。どう説明してよいかわかりませんのであまり口にしたこともない身の上ですが」
 「……でしょうね。響や帝国の御仁のように身元を神に保証されるような特殊な場合ならともかく、ライドウ殿は突然のことだったとか。響に話を聞いて驚くと同時に、それでも商人として身を成した貴方に敬意を抱きました」
 「それほどでは、ありません」
  不運が上手く幸運に転じてくれた、ようなものだし。
  僕の手柄ってのが多くないのは確かだ。
  先輩にもこっちに来た経緯はある程度ぼかしたから、ヨシュア王子もそこまで詳しくは知らないようだ。
  あそこを詳しく先輩に言うって事は、ここに来た根本の理由が僕と深澄家にあるって事を話すことになる訳で。
  先輩にしろ、あの智樹にしろ、本来ならこんな世界と関わる切っ掛けすらないはずだった。
  なのに僕の所為で女神から選択を強いられることになった。
  いくら選択した結果とはいえ、二人は完全な被害者。
  大体世界を捨てる決断なんてごく短い間で出せって言われても正しく出来る訳がない。
  僕にしても事情があってそう決めた癖に今でも後悔しまくってる。
  だからあの二人が今もその時の答えを変えていないとは限らない。
  先輩にも智樹にも、いつかはちゃんと謝らないといけないとは思うんだけど、一体どう切り出していいか……悩むだけの時間が続いてる。
  智樹にいたっては巴の件で険悪になって更に言い難いしさ。
  まだ先輩の方が言い出しやすくはあるんだけど……はぁ。
  それもあって、難しいのはわかってるけど出来るだけあの二人には敵対したくないんだよな実のところ。
  月読様にも控えめながら頼まれてる事でもある。
  悩ましい。
 「同時に貴方の強さにも納得しました。響もこちらに来たその時から騎士団の長とまともに戦える力を有していました。ナカツハラなる学問所で広範な学問を学んでいたというその知識と知恵も相当なものでした。であるなら同じ場所で学んでいた貴方がこの世界で商売を始めることができたのも不思議なことではないのでしょうね」
  凄い誤解をされている気がする。
  高校が凄い場所に聞こえてきたぞ。
  それに先輩基準で話をされるのはおおいに困る。
  僕が一年遅れで先輩になれるかといえば無理だ。
  いや、一生かかっても無理だと思う。
  大体高校生ならすぐに商売を始められて当然、とか一体先輩は……。
 「響先輩は僕らの中でも特別に優秀な人でした。僕はあの人には相当劣りますよ。商売にしてもギルドの試験程度ならともかく、実務では慣習や未熟に阻まれて上手くいかないことも多々ありますから、ヨシュア様が想定されているほどの力は僕にはとてもありません」
 「響は貴方をとても高く評価していましたよ。肩を並べることが出来たならこれほど心強い人もいない、とまで評して陛下を驚かせていました。商人ギルドの試験は長い勉強を要するものと聞いています。それを試験程度と言ってのけられるのは、気付かずともライドウ殿が優秀だからでしょう」
  ……多分、それは澪とかベレンの方に視線がいってるんじゃないかと。
  流石にリミアでのことは気付かれていないと思うし、あの紫の雲のことだって知らない先輩が僕をそこまで評価するとは思えない。
  いくら先輩でも僕をそこまで評価する材料は他にはない筈。
  人材だけは確かに物凄く恵まれている自覚はあるし。
 「あはは……何だかそう言われると怖いですね。そうだ、驚くと言えばヨシュア様の服装に僕も驚きました。流石に室内では普通の装いをされるんですね」
 「……いえ、普段は室内でもこのような格好は致しません。城内で男装を解くのは久々ですね」
 「あ、そうなんですか」
 「今のこの部屋は色々と気を遣われているため、内部を覗かれる心配はないということと、迎える客人が貴方だからというのが大きな理由ですね」
 「既に事情を知っているから、ですか」
 「ええ。私のアレが趣味であれば別に良かったのですが」
 「やっぱり、違うんですか」
 「男装は、好きでやっていることではありませんね。私にとっては手段に過ぎません。必要であれば躊躇いませんが、不要であれば好んでやることではありません」
 「手段……何やら難しそうですね」
  とはいえ入り込むのも御免だったので曖昧に相槌を打っておくだけにしておく。
  男装が趣味であれ、手段であれ、僕としてはあまり興味もない。
  薮蛇になる位なら話題を変えたいのが本音。
  まあ、日本の話から話題を逸らそうとして結局自分にとってよくない可能性のある話題を選択してしまう辺り、僕の考えの方が浅いんだよな。
  気をつけよう……一応。
 「寛ぐという意味では、こちらの方が楽なんですよ。なのでこの格好については貴方を利用させてもらった部分があります。お許しを」
 「いえいえ。この程度でよければご自由にお使いください。えーっと、普段の凛としたヨシュア王子も素敵ですが、寛いでおられるヨシュア様もまたお美しいと思います」
  お世辞を言っておく。
  リミアはこんなお世辞が必要な場が多いから何個かは覚えておいた方がいいと教えられたから早速使ってみた。
  貴族との話し合いでは質問攻めであまり使う機会もなかった。
  女の姿に戻っているヨシュア王子ならうるさく言う事もないだろうから丁度良い相手だよね。
 「そういう世辞はパーティの席か妻自慢の貴族相手にすればいいですよ。もう少し自然に言ってみせることがまず必要でしょうが。えーっと、と言うのは論外です」
  えーっと、って口に出して言ってたか。紅蜘蛛 II(水剤+粉剤)
  しまった。
 「あ、すみません。言い慣れてなくて。見知った方でつい試してしまいました」
 「……私は一応この国の王子ですが」
  複雑な表情のヨシュア王子が作る若干の間。
 「そのお姿なので身分はとりあえずいいのかな、と思って」
  王子としてじゃない面会なら国としての用事じゃないから、ということだろうし。
 「十分ではないようですが、ある程度意図を酌む力はお持ちのようですから、あとは相手の気持ちにも気を配って欲しかった所ですね」
 「か、辛い採点ですね」
  何か柔らかくだけど基本的な部分から駄目出しされた気がする。
 「ライドウ殿は、私のこの装いが持つ意味も、完全にはおわかりではないようなので。響はこうした面での読みが得意なのでつい貴方にも期待していました」
  ドレスを着た意味?
  この部屋のセキュリティが安心できて、相手が既に事情を知っている僕だから、ちょっと寛ぎたくて男装を解いた。
  だよね。
  ヨシュア王子自身もそう言っていた。
  しばらく、僕の言葉を待っていたヨシュア王子が短く困ったような息を吐いて僕の目を見た。
 「ライドウ殿、貴方は私の秘密を知りました」
 「は、はい」
 「そして私は口止めをして、国に戻りました」
 「ええ」
 「……」
 「……」
  なんだ?
  当たり前の事を確認されてまた沈黙になってしまった。
  確かに僕はヨシュア王子が女であったことを知ったし、彼女から口止めされて別れて、それで今リミアで再会したんだけど。
  だから何だというんだ?
 「……響から、ライドウ殿は陰謀など企む男ではない、とは進言されていましたが。なるほど、こういうことですか。クズノハ商会を踏まえた時、ライドウ殿自身は、と言い直したのも頷けるわね……」
 「え、ええと」
 「あの時、私はライドウ殿に確かな見返りの明示もできず、かといって手付けになるようなものも渡せず、ただ曖昧な事しか言えませんでした。では私はライドウ殿に対してどう思ったとお考えになりますか?」
 「早く見返りを提示して決着をつけたい、とか?」
 「いいえ」
 「王都が滅茶苦茶でそれどころじゃなかった、とか?」
 「いいえ。それはライドウ殿に対してという前提から間違っています」
  確かに。
  でもヨシュア王子が僕に対して考える事……。
  見返りじゃない……。
  かといって実際そこまで念話が多かったかと言えば最近までそれほどはなかった。
  おそらく復興の方が大変だったからだと思っていたんだけど。
  前に響先輩に会った時も特には何も言われてないし……。
  んー、なら何を考えるだろう。
  僕だったら、知られたらまずい秘密を遠くの相手が知っていて簡単な口止めしかしていないとすると。
  ……不安だよな。
  状況次第だけど出来るだけ早く消したいと思うかな。
  でもリミアからの刺客は一人もいなかった。
  だったら、探る?
  相手がそれを誰かに話してないかどうか。
  そんな報告も特になかったけどなあ。
  これで駄目ならお手上げだな。
 「だったら、不安だから相手の動向を知りたいと思う、ですか」
 「正解です。そして私が把握できる限り、貴方は私の秘密を口外していない。例え話などでぼかして話したりもしていない」
  探ってたのか。
  どんな方法だろ?
  ウチの連中からは何も聞いてないけど。
 「ええ。実際誰にも話していません」
  言うなって言われてるし、リミアの第二王子の秘密なんて僕としては使い道もない。紅蜘蛛赤くも催情粉
 「だから私は貴方を今後信頼します、という意味も込めて今日このような姿を晒すことにしたのですよ」
 「もしかして結構疑われていたんですか?」
  中々ショックだよ、それも。
  ヒューマンでも温室育ちであろう王家の人相手にすらそれって。
  この人の場合、色々ありそうな気はするけどそれでもさ。
 「逆に聞きますが、どうして信用できるのですか? ロッツガルドで急に知り合う事になった、身の上もわからぬ商人を」
 「……」
  確かに怪しい。
  僕にその気がなくても相手から見ればそうなるのが自然か。
 「あの時、私は自分の破滅まで予測しました。せめて陛下にご迷惑をかけぬよう、この身を怪しまれぬよう処分する方法まで一時は考えたほどに。ですが、貴方は口外した様子はなく、それを裏付けるように誰からもその秘密を知った上での私に対しての行動はありませんでした」
  この身を消すって自殺とか?
  こわ。
 「だから話してませんて」
  少し乱暴な言い方になりつつ再び同じ答えを返す。
  亜空の人にすら言ってなかった、っていうか忘れてた位なのに。
 「リミアの第二王子の秘密です。扱いようによっては、商人として一段も二段も上に行ける格好の材料であり、何らかの手段で活用するのが商人にとってもっとも自然で合理的な判断でしょう」
 「……」
  ああ、それでか。
  リミアでの商売の予定がどうとか、その際の便宜について望むことはないのか、とか。
  こっちに来る前も念話の度に聞かれたのを思い出す。
  リミアへの出店予定は今の所ないから、別に気にしないで復興に励んでくださいと毎回返してた。
 「貴方はこの秘密を活用するどころか先の貴族たちとの話ですら、リミアでの商いの予定は今はない、と断言しました。正直、信じがたい答えでした」
 「人員の問題もありますがクズノハ商会も色々と事情がありまして、そうそう店舗を増やしましょうともいきません」
  実は行商なんかの関係でリミアにもすこーしだけ人は入ってるんだけど出店という程根付いてもいない。
  このリミア滞在でこちらから明かす予定でいるけど店までは……って、そっか。
  ならヨシュア王子に明かして貴族がわめくようなら説得を手伝ってもらうのも手か。
 「商人という人種とはかけ離れた、例えば軍人や貴族の思惑を持つ人物なのかと更なる警戒も考えましたが、響の話や貴方の話を合わせて考えるなら、どうやらそれは私の勝手な想像だったようです」
 「その事なんですが、私からも近々お伝えしようと思っていたことで、一つヨシュア様に先にお話をしておこうと考えているものがあるんですが」
 「……丁度今思いついた、という空気を感じますが、まずは言ってみて下さい」
  リミアにいる内に機会を見て誰かに言おうとは思ってたことだ。
  ちょっと、この場でヨシュア王子に話そうとは思ってなかっただけだ。
  話題そのものを今思いついたわけじゃない。
 「クズノハ商会に外商部、というか行商部隊みたいなものがあるんですが。その者らがリミアの一部の村落でごく小規模ですが商売などした事実があります」
 「ん……。報告はありませんが、なるほど」
 「リミア王家の直轄領などではおそらくない筈ですが、特に国境近くの貴族領では複数回の取引があった村もあると僕の方で報告を受けています」
 「それで?」
 「王家や貴族の方々には事後承諾という事で納得してもらえればと思いまして」
 「私に説得を手助けしろと?」
 「必要なら売り上げの報告とそれに応じた納税についても今後はしますので、なにとぞ」
  大した金額の取引じゃないから納税っていってもそれほどのことはない、はず。
  必要ならリミアの税金も調べておかないとな。紅蜘蛛
  短い間、考える表情をしたヨシュア王子。
  何度か僕に向けた複雑な顔をしていた時間よりはずっと短く、僕に視線を戻した。
 「……その程度なら問題はありません。金額次第の部分はありますが、税についても問題がないよう取り計らいましょう。約束します」
 「助かります」
 「先ほどの聴取、いえ会談でもクズノハ商会について出店を望む声が多かったでしょう? 何も言わない者もいましたけど、総じて反対の声は少なかった」
 「あ、はい。そういえば」
 「規模を大きくすることを望まれることはあっても、積極的に排斥を進める方向に動くことは現状まずないでしょう。一応、貴方が頭の中で把握している村落の位置を教えておいてもらえますか?」
  そう言って席を立ったヨシュア王子が棚から持ち出して見せてきたのはリミア王国の地図。
  ただかなり大雑把。
  領土はわかるけど中身はあんまりわからないって感じの白紙の地図に近いな。
  都市も主要な数箇所以外は描かれてないし道もまばらだ。
  普通に出回る地図ってこんなもんなんだろうか。
  僕らが普段使っているものとはかなり違う。
  とりあえずOKだと言われたのもあり、僕は報告を受けていた村落の位置を示していく。
  大体二十箇所。
  初回だけ、とか見ただけ、って村も含めるとかなりの数になるから継続的に取引をしていてクズノハの名前が浸透している村だけあげていった。
  村によってはクズノハ商会の薬売り、じゃなくて行商を担う森鬼その他は「クズさん」という悲しい愛称で呼ばれているらしい。
  無邪気な顔した子供から隠居生活を楽しむご老人にまでクズさんと呼ばれているのか、正直かなりの精神攻撃だ。
  事実、知った時は大分へこんだ。
  村長さんから挨拶をしたいと頼まれている、なんてのもまばらに聞くようになったけどクズさんのボスとか、クズの代表って言われるのがアレでまだどこにも行ってない。
 「結構な数。でもやけに西側が多いように見えますが」
  僕が示す先を記していくヨシュア王子。
  結果、リミアの西側は国境に沿って北から南まで点々と印がつく結果になった。
 「西側の国境には貧しい村が多いようで、ウチの者もよく品を持っていっているようです」
 「……なぜ? 貧しい村ではお金を落としてもらえないでしょう?」
  首を傾げるヨシュア王子。
  不思議な事でも言っただろうか?
  ウチは別に高級な品を扱ってる訳じゃないんだけど。
 「でも貧しい村の人の方が物資を必要とされますよね?」
  そんな日用品とか常備薬にも困る場所でそういう物を売っているだけだ。
  おかしくない、と思う。
 「ええっと……」
 「なにか?」
  ヨシュア王子はどうもこの表情で黙ったり固まるのが得意らしい。
  不思議な生き物に出会って困惑しているような、驚いているような。
  珍獣ではない僕としては何となく悲しかったり。
 「……いえ。確かに、このような村を中心に回っているなら領主に報告が遅れているのも頷けます。……これはまだ確定ではありませんが、今後クズノハ商会の者がリミア国内を動きやすいよう何かしらの手を考えましょう。……少数人の行商規模だから出来ることもある、のでしょうしね」
 「動きやすい……例えば通行手形をくれる、とかですか?」
  魔族領みたいに。
 「手形ですか。街道の通行許可、国内での行商許可、とまだどのような形になるかはわかりません。ただ、私の秘密を守ってくれている御礼も兼ねてこの件では力になりましょう」
 「ありがとうございます」
 「ところで今後の、こちらが予定している以外でのライドウ殿のご予定は?」
 「ああ、知人から少し頼まれ物がありまして明日、半日ほど頂きまして外出をしようかと」
  明日と明後日は比較的空白の時間が多かった。
  特に明日なら予定を明後日にずらせば一日自由にもなりそうな位。
 「どちらに?」
 「湖です」
 「ああ、星湖ですか。あそこは観光に訪れる者も多いですし王都からも近いですね」
  あー、確かそう聞いてるな。
  魔人こと僕が作り出したリミア王都付近の大きな湖。
  今じゃそれなりに観光客が来たり、実用的な面でも湖の恵みをもたらしたりしているんだとか。
  流石に僕がそこに行きたいかと言われると首を横に振らざるを得ない。
  誰がそんなとこに行きたがるのかと。
 「いえ、メイリス湖です。リミア王国では有名な場所だと伺っていますが」
  ルトから言われた場所はそこなんだよな。
  グリトニアの時同様、そこまで遠くないのはありがたい。
  しかもグリトニアの砂漠ほど厳重に管理もされていないらしい。
 「メイリス……確かに有名ではありますが、その知人の方の間違いではないですか?」
 「いえ確かにメイリスと。彼が言うには、望む者の立ち入りは禁止されていないとか。違うんですか?」
 「間違ってはいません。かの湖は有名ですし、立ち入りも意思を確認されるだけで禁止しておりません」
 「良かった、安心しました」
  またルトの奴に何か問題を起こされるのかと内心ビクビクしてたところはあるから。
  まだ節々が痛い、とか言いながら恒例の卵を渡してきたあいつの顔を思い出す。
  相変わらず何を考えているかわからない飄々とした笑顔だった。勃動力三體牛鞭

2014年1月5日星期日

潜む影

翌日の朝にはフェルスケイロの王都へ戻り、討伐隊にくっついて行く算段なので日中に色々済ませる事にした。
  先ずはヘルシュペルまで【転移】して堺屋に向かう。 どちらにしろ帰りは一度塔に戻ってから村まで移動しなければならないので、簡易アイテムを宿屋の部屋に残しておく。 自分の家を本拠地と設定すれば、村まで飛ぶのは簡単になる。 その他は、城や目立つ建物の有る都市を目標にしなければ飛べないのが【転移】魔法の不便な所だった。 残りはその昔各地に設置してあったポーターと呼ばれる中継地点だが、今昔の地図を照らし合わせてあった場所に赴いて見ても、跡形も残っていなかったので落胆していた。V26Ⅳ美白美肌速効
 「もう自力で目印になるような塔でも建てればいいんじゃないかなー?」
 『間違イナク盗賊ヤ山賊ノ溜リ場ニナリソウデスネ』
  AIに突っ込まれたので自重する事にした。
 「あと魔韻石とかも探すか掘るかしないといけないなー。 珪砂も一緒に掘ってきてもらって家のガラスにしたいしねー」
 『材料ダラケデスネ』
  ヘルシュペルの街中をキーと会話しながら進む。 傍目に見ると独り言を言いながら歩いてるようにしか見えないが、本人は気付いていなかった。
  魔韻石とは魔法を込めておける鉱石で、家作成の際にライトの魔法もろとも天井に埋め込んで電灯のような役割を果たす。 効果は大きさによってまちまちになるが、永続化の呪文を込めずとも数十回分の簡易魔法が行使できるので、色々と役に立つ。 ライトのみならず【凍結】を込めて樽を作れば冷凍庫になったり、【回転】を込めた樽で洗濯機代わりにもなるだろう。
  いずれも地中から掘り出すものだが、はっきり言って何処に埋まっているのかが分からない。 方法は二つ、鉱山まで自力で掘りに行くか、【召喚獣】ロックワームに掘り出してきて貰うかのどちらかに頼るだけだ。 後日、掘り出さなくても手に入れる目処が立ち、今の世の中に少し感謝する事になる。
 「……それにしても……」
  堺屋の前に辿り着くと以前見た光景そのままだった。 つまるところもうここの大通りは堺屋だけの繁盛で切り盛りされてると断言できる人賑わいと、人足達の掛け声と客や小店の従業員が入り混じっての黒山の人だかり。 オマケに平屋の日本家屋瓦付き。 両隣の商家なんぞ閑散としたモノである、まさに金に物言わせて成り上がった時代劇の悪徳商人の印象をまんまだ。 
 「ケイリックとケイリナってモロ私の名前から取ってるよね。 マイマイも二百年間寂しかったのかな?」
  ぼそりと呟いたケーナにキーからの返答は無く、代わりに別の声が彼女を呼び止めた。
 「……曾お婆様?」
 「ああ、イヅークね。 お久し振り」
  使用人を数人引き連れて外へ出てきたエルフの若旦那が、面食らった顔でケーナに気付き声を掛けて来た。 その中に居たコボルトの小間使いに後を頼むとケーナを招いて再び中に戻る。 
 「お店の利益優先でいいんだけどなー」
 「曾お婆様をないがしろにしたら、父上が怖いですから。 丁度伯母上もいらしていることですし」
 「ケイリナが?」
  案内された部屋では洋間ではあるが、奇怪な植物が生い茂る庭を一望出来る、調度品も落ち着いた雰囲気の広い部屋だった。 以前通された部屋とはまた別で、ノックをして扉を開けたイヅークを何用かと振り返った姉弟は、次に扉を通って現れたのがケーナだと知ると慌てて居住まいを正した。
 「それでは曾お婆様、ごゆっくりと。 後でお茶を持ってこさせます」
 「おかまいなく。 わざわざありがとうイヅーク」
  一礼して退出する息子を見送ったケイリックは、今丁度姉と祖母に関係する話をしていたので挙動不審が目立っていた。 ケイリナの方は騎士団での精神鍛錬によりそんな事はないが、弟の慌てる様によって台無しになるのを眉をひそめ溜息をついた。
 「お、お婆様、お久し振りにございます。 今回は何か……?」
 「なんか随分と慌てて、隠し事かなにか?」
  的確な一言に二人の心音は一拍上擦った。 「ここ座るね?」と断ってケイリナの横に腰を下ろしたケーナは、スーニャから預かった書類をケイリックの前に広げる。 お抱えの工房から新技術についての報告書にざっと目を通したケイリックは、技術提供者の書名欄に祖母の名前が記されているのを見て目を丸くした。 もう一度読み直してから、恐る恐る視線を対面のケーナに向ける。男根増長素
 「もしかして、ここに記されている機構とは、“古代の御技”、ですか?」
 「そ、あれをどーにかして貰えれば、色々役に立つ使い道も見つかるでしょ?」
  ケーナに作り出せるのはテキスト通りのパターンだけ。 今の人達に改良して貰えれば、何も使用方法が井戸だけには拘らなくて済むものが出来るだろうと、考えての事だ。 ゲーム中には街中やフィールドをプレイヤーが作った色々なモノが闊歩していたので、そんなものを少しでも再現できたら面白いだろうな、と好奇心に依るものが大半を占めていた。
  それより今のケーナの好奇心は姉弟が揃っている所にあると【直感】が告げていた。 先程狼狽したケイリックの態度も気に掛かり、ニンマリとした表情を浮かべた。 二人ともその顔を見て危機感を感じたのか一歩後退、ケイリナなどは剣に手を寄せる始末。
 「そ・れ・よ・り。 二人で居るなんて何の悪事?」
 「あ、ああ、いや、そ、それはですねー。 ……は、ははは」
 「……ケイリック、この馬鹿……」
  いくら話術に通じた商人としても、怒らせると怖いという第一認識があるケーナを前にしては動揺を隠せない。 「なにかあります」と狼狽する対応でもって答えた弟に、ケイリナは額を押さえ嘆息した。
  本当は祖母の為に黙っていようと思っていたケイリナは話を持ってきた手前、自分からソレを述べる事にした。
 「あの、お婆様に捕まえて頂いた例の頭目なのですが……」
  途端に“づど──ん”と沈んだ表情になるケーナに、選択を誤ったかと躊躇したケイリナ。 覆水盆に返らず、口火を切ってしまったので最後まで続ける事にした。
 「先日、公開斬首刑になりまして……」
  更に“づどど───ん”と落ち込むケーナ。 ソレだけの事をした者なので国の対応としては間違っていないのだが、孫達は残虐非道の悪人にも責任を感じてしまう祖母を優しすぎると心配した。 プレイヤーを死なせてしまうきっかけを作ったのは間違いないので、罪悪感に悩むケーナ。 とは言え、当初はその場で殺そうとした本人が言うのもおかしな話だ。 その場はソレしか処断方法が無いと焦っていたと言ったほうが近いか。 むしろあの場でケイリナが止めてくれた事を密かに感謝していた。 大罪を犯したが数少ない同胞プレイヤーだからだ。 それはそれとしてこの話にはまだ続きがあった。
 「表向きは……」
 「は……?」
  ケイリナのなんと言ったらいいのかよく分からない困惑した顔に、目が点になるケーナ。 おずおずと彼女の語ったあらましはこうである。 公開斬首刑を開いてギロチンが落ちた、しかし頭目は死んでいなかった。 正に自分でも何を言ってるか分からない以下略、な説明を聞いたケーナすらも困惑した。
  脳内でキーと高速会話した結果、死ななかったのはおそらくダメージの及ぼす効果がHPヒットポイント制であった為だろうと結論が出た。 リアデイルでゲーム中の生死判定はHPが0点か1点かで決まる。 本来であれば首を切り落とすほどのダメージを受けたとしても、HPが1点でも残っていれば死んでないと判断される。 おそらく各部位に分散したHP設定されてない事が頭目の命を繋ぐ事になったのだろう。 【懲罰の首輪】はステータスとLVを1/10に下げるが、HPとMPは本来のままだ。 防御力が劣っていたとしてもありあまるHPと【常時HP回復リジェネーション】によって死を免れた。 と言ったところなのだろう。男宝
  まあ当然公開処刑場は大パニックになったらしい。 なにせギロチンで首が落ちないのだから。 国は仕方なく処刑を一時中断、後日似たような罪人の首を晒す事で民に王家の威光を示した。 頭目はギロチンで死なないので気味悪がった一部の家臣により、強制炭鉱労働罪(刑期永久)になったとか。
  ほっとしたような、気掛かりを残したような気分を経てから何時もの調子を取り戻したケーナは、内部機密であろう情報を聞かせてくれたケイリナの頭を撫でて感謝を示した。
 「お、御婆様……。 私はもう子供じゃないんですが……」
 「孫娘じゃん。 ほらほらケイリックもこっちおいで、撫でてあげる」
  手首を振ってコイコイと招くと首を横に振りながら後退するケイリック。 不満そうなケーナの顔を見るなり、慌てて退出した。
 「わ、わわ私は報酬金持って来ますからっ! しばしお待ち下さい御婆様――っ!」
  足音が遠くに消えていく。
  ポカンと見送ったケーナに、撫でられたまま頬を染めつつケイリナは、弟は恥ずかしいのだと言っておいた。
 「小さい時から教育出来てれば良かったなあ……」
 「自分も子供の時にお会いしていれば、もう少し違った今を送れていたでしょうね」
  IFの話で気のあった二人はそっと微笑み合った。

  報酬を換金して貰い、銀貨千枚で受け取ったケーナはヘルシュペル王都での用は済んだと、フェルスケイロ王都へ【転移】。 また翌日来るものの、色々と購入するものがあるために今日のうちに済ませておこうと考えた。
  後は心配性の息子達にも伝えておくためでもある。
  先ずは市場でケーキの材料を使い切ったスペースに食材を買い込む。
  次にその辺にいた子供達に石を売っていたりする者はいないか聞いてみる。 魔韻石の事をケイリックに聞いたところ、モノは存在するが加工出来る者がいないので、長年なんの利用価値があるのか不思議がられていたそうだ。 これはヘルシュペルでも探し出し買い込んであり、子供達は道端や川沿いで綺麗な石を探し出し、磨いて見栄えが良くなるようにしてから小遣い稼ぎにして売っていた。 その石の中に【鑑定魔法】を掛けたところ魔韻石が幾つか混じっていたので、フェルスケイロでも同じ様な売り物をしている子供を探しに来たのだ。
  同じ事をしている子供達はやっぱり居て、かなりの数を購入する事が出来た。 但し、ひとつが大きくても掌に乗る二センチくらいなので、数を集めなければならないだろう。 コレは後でそれなりの大きさに加工して使う為である。 しばらくは子供達の上客になるしかないようだ。
  コレについてはケイリックに商品化しての販売権の譲渡を提案された。 「考えておく」と答えておいたが、連絡を綿密にするのに『堺屋・辺境の村支店』を本気で作ろうと画策しているらしい。 ケーナの手の届かないところで、辺境の村強化計画が進んでるような気がしてならなかった。
  次に長兄スカルゴが居る教会へ向かったが、城で会議が有るとかで留守。 おそらくは明日から始まる騎士団派遣について、最終調整の為だろう。 こうやって改めて人づてに聞くと、国のために働く姿は真剣なんだと思われる。 ひとたび対面するとそんな労い心もコナゴナに打ち砕かれてしまうが。
  仕方なく隣の王立学院へ足を向けて、守衛の人に頭を下げて校門を通り敷地内へ入った。 教師陣には既に話が回っているので、学院長室までは特に呼び止められる事もない。
 「お母様っ?」
 「やほー、マイマイ」
  ノックして入室したケーナを見たマイマイは仕事をしていた手を止め、いきなりやって来た母親を迎えた。 そりゃもう突撃して親愛の喜びを全身で現してみたり。三体牛鞭
 「なぜにいきなり抱き締められているのだろーか……」
 「だってお母様、ここのところ構ってくれないんですもの」
 「子供も居て結婚暦が二度も有るイイ年したエルフ女性の言う事じゃないと思うんだけど」
 「あうー、お母様言う事がキツイー」
  下から目線で軽く睨まれたマイマイはしぶしぶと胸の中に抱き込んでいたケーナを離す。 ケーナにとっては成熟したプロポーションを持つマイマイにはやや嫉妬心が沸くのだ。 キャラメイキングの弊害の為、此方には成長の兆しはなさそうなので。
  手ずからお茶を入れてくれた娘に礼を言って、本日二杯目の紅茶に口をつける。 堺屋で出された紅茶は上品な味だったが、こちらは舌に甘みが残る風味だった。
 「それで今日は何かあっていらしたんですか?」
 「明日から海岸線沿いに竜宮城探しに行くんで、またこっちを出るからね」
 「なんですかその“りゅうぐうじょー”って……?」
 「あらら、馴染みがないのかこの呼称。 端的に言うと守護者の塔、海中版よ」
 「はあ……。 『こっちを出る』とか言う前に、お母様もいい加減に何処かに住居を決めたら? 何時までも根無し草じゃなくてさ」
  話そうとしていた事を切り出された都合のいいタイミングに、ケーナは満面の笑みでもって頷いた。 逆に思いつきにイイ笑顔で返されたマイマイの方が、警戒心を抱いて引く。
 「まあ、この塔探しが終わったら辺境の村に腰を落ち着けようと思ってるけど」
 「ええええええええっ!?」
 「何を驚いているのよ。 今アナタが言った事よ?」
  手に持ったカップを取り落としかけて目を丸くしたマイマイに、淡々とケーナは返答した。 内心マイマイの反応がほぼ予想通りだったので、この分だとスカルゴは教会を建てようと言い出さないか心配になる。
 「王都にじゃ、なくて?」
 「嫌よ、こんな自然の少なくて国家の面倒事に巻き込まれそうな所。 それにスカルゴが毎日押し寄せてきそうで怖いわ」
 「は、……はは。 兄さんは容易に実行しそうね、確かに……」
  知り合いが国家の関係者に多いのも考え物であった。 大司祭に自称宰相、騎士団長に王女におそらく王子。 人の縁としては恵まれているほうだろう、この地に降り立って三ヶ月ぐらいなのに錚々そうそうたる顔ぶれにも程が有る。 これに孫の国家間に影響の有る商家と姪の治める南国がプラスされると、揉め事が有るたびに関係者にされそうで不安になる一方だ。
  ほとぼりが冷めるまで引き篭もるかもしれないと伝えておく。 マイマイは連絡も付かないような森の奥深くで無いだけ今までよりはマシと思い、スカルゴとカータツへの伝言を心良く引き受けた。 挨拶をしてその場で【転移】して消えたケーナに「慌ただしいなあ」と呟いた。
 「それにしてもお母様の行く先々って、騒動ばっかりね……」
  北に行けば盗賊を壊滅させるわ、戻ってくれば過去のイベントモンスターが出現するわ。 世界の抑止力になってるような気がしてならない。 
 「流石に海に行って何か騒動の種を拾う、なんてことは……ない、わよね……?」
  なんとなく胸騒ぎを覚える。 ケーナが騒動に巻き込まれるor起こすイコールその類い稀な力を解放する事に繋がる為、数日中に海岸線の形が変わるかの情報が入ってくるだろう。 その様子が手に取るように分かる光景に頭痛を感じえないマイマイだった。SEX DROPS

2014年1月3日星期五

主君からの命令がおかしい

「ねえ、何の用事なの?」
 「二人だけで、大切な相談」
  ヴェルの誕生日パーティーであったが、予定通りにブライヒレーダー辺境伯様の王都屋敷で行われていた。
  招待客は、大小の貴族に商人達だけでも二百名以上。三体牛鞭
  ブライヒレーダー辺境伯様本人も珍しく顔を出し、その前にブランターク様に出席者の厳選も行わせていたようだ。
  参加者に、ルックナー財務卿、ホーエンハイム枢機卿、エドガー軍務卿、ブルックナー農務卿と層々たる面々だったので、自分も参加しないと負けると思ったのであろう。
  あとは……。
 『少年! 誕生日おめでとうなのである!』
  最近、巷の話題を独占中の、ヴェル命名『筋肉導師』ことアームストロング導師も出席し、彼から掌がバラバラになるのではないかと思うほどの強烈な握手に。
 『これからも、共に魔法使いの最高峰を目指そうではないか!』
 『導師! 痛い! 痛い!』
  肩の骨が砕けるのではないかと思うほど、肩をバンバンと叩かれていた。
  そういえば、ヴェルは後でひっそりと掌と肩を治癒魔法で直していたような。
  もしかすると、皹くらい入ったのかもしれない。
  挨拶三昧に、プレゼント攻勢と。
  ヴェルは忙しかったようであったが、ようやくその義務も終わり、来週は関係者だけで誕生日パーティーが行われる。
  参加者は、エル、私、ルイーゼ、エリーゼに。
  ブランタークさん、アームストロング導師、アルテリオさん、エーリッヒさん、パウルさん、ヘルムートさん。
  あとは、エーリッヒさんの奥さんであるミリヤムさんと、ブラント夫妻も参加する事になっていた。
  何気にアルテリオさんも参加していたりするが、その辺は政商と呼ばれる彼の、人脈構成力の成せる技なのかもしれない。
 「ケーキは、エリーゼがメイン。料理は、ボク達にミリヤムさんと奥様も手伝ってくれるし」
  奥様とは、ルートガー様の奥様であるマーリオン様の事だ。
  彼女は実家も嫁ぎ先も騎士爵家なので、普通に料理くらいは出来る。
  下級貴族家の女性も、色々と大変なのだ。
 「相談とは、ヴェルにプレゼントをね」
  本人は、『別にいらないから。パーティーを祝ってくれるだけで十分だし』とは言っている。
  でも、みんな何かしらは準備しているようだ。
  エーリッヒさんは、実家を出てから毎年ヴェルにプレゼントを贈り、ヴェルも毎年お返しをしている。
  彼は下級官吏なので、そうお金に余裕があるわけではない。
  それでも、私服として使えるセンスの良いセーターとか、王都で見付けた珍しい魔法関連の書籍とか。
  高価な品ではないが、選び方に物凄くセンスがあって、ヴェルも『このセンスの良さは真似できないわ』と言っていた。
  他の人も、それぞれに考えているはずだ。
 「ボク達も、考えないと。インパクトのある物を」
 「そういう狙いで暴走して、スベると大変よ」
  きっとルイーゼは、エリーゼを意識しているのであろう。
  そういえば、エリーゼは器用に男性用の服を縫っていたような。
  料理のみならず、裁縫も得意とか。
  ルイーゼは、『何、この完璧超人!』と叫んでいたほどだ。
  本人に聞くと、『たまに教会主催のチャリティーバザーがあるので、そこに出す品として服を縫っていたんです』と答えていた。
  他にも、孤児院の子供達のために服を作ったり、修理したりする事も多いそうだ。
  何というか、『侮れないな、教会!』というやつである。
  良いお嫁さんになるには、教会で教育を受けると良いのかもしれない。
 「そこで、そんな高得点のエリーゼに対抗すべく!」
  と言いながら、ルイーゼは一冊の古そうな本を取り出していた。
  表紙に使われた皮製の表装を見るに、これは一部の愛好家に向けた少数品という奴であろう。
  古さから見て、骨董的な価値もあると思われる。男宝
  しかしルイーゼは、こんな高そうな本をどこから入手したのであろうか?
 「どこで購入したの?」
 「借りたんだよ。ブライヒレーダー辺境伯様から」
  先日に行われた、誕生日パーティーの後で借りたそうだ。
 「何の本なの?」
 「ヴェルを、ボク達に夢中にさせる本なんだって」
  そういえば、以前に父からブライヒレーダー辺境伯様の唯一の趣味が、貴重な古書収集であったと聞いている。
  これもきっと、その貴重なコレクションの一つなのであろう。
  その貴重なコレクションと、ヴェルが私達に夢中になるの関連性はいまいち不明であったが。
 「でも、くれないのはケチだよね」
 「貴重で、二度と手に入らないのかもよ」
  値段云々よりも、いくら探しても見付からない貴重な古書という物も存在するからだ。
 「どんな本なのかしら?」
  そう言いながら、表紙を見ると。
  『メイド達の午後、野獣のようなご主人様』となっていた。
  訂正する。
  こんな本は、借りるだけで十分だ。
 「タイトルだけで、嫌な予感がするわ」
 「せっかく、ブライヒレーダー辺境伯様が貸してくれたから」
  気を取り直して、中身を見てみる事にする。
  しかし、ブライヒレーダー辺境伯様は、本当にこの本を読んだのであろうか?
  私の中の、冷静な内政家という彼のイメージが崩壊しそうになる。
  いや、逆にストレスが溜まっているから、このような本をという考え方もあるのかもしれない。
 「ええと……。『私達は、ご主人様を愛するメイドコンビ。でも最近、ご主人様が私達に飽きて来ているのかもしれない』」
  タイトルはアレであったが、中身はもしかしてという希望を打ち砕く冒頭だ。
  文章も、素人の私が見ても普通。
  内容は、たまに王都が発禁命令を出すお子様禁止な小説のようであった。
  文字は漢字も多用されていて、それだけがこの本でクォリティーが高い部分なのかもしれない。
 「読み進めるよ」
 「ええ……」
  内容を要約すると、若いメイド二人がご主人様に飽きられないように創意工夫する物語のようだ。
  第一章、ミニスカメイドの巻。
  第二章 ネコミミメイドの巻。
  第三章 男装執事メイドの巻。
  第四章 人気喫茶店のウェイトレス衣装を手に入れろ!
  第五章 最後の手段、夜のプレゼント大作戦
  これ以降も章はあったが、読めば読むほどバカらしくなるので一旦止める事にする。
 「壮絶に、バカらしいわ」
 「男の人って、こういうのが好きみたいだね」
  問題は、これの何を参考にするのかという話だ。
  物凄くスカートが短いメイド服か、頭にネコの耳の飾りとお尻に尻尾の飾りを付けるのか、男装するのか、今も現存する王都の人気喫茶店の制服を手に入れるのかと。
 「イーナちゃん、最後のが有効だと思う」
 「一番恥ずかしいじゃない」
  ご主人様の誕生日に、裸でリボンを巻き付け。
  『私達が、プ・レ・ゼ・ン・ト』とやると本には書かれていた。
  現実には、まずあり得ない光景だ。
  でも、大物の貴族だと、もしかして実際にやってしまうのであろうか?
  段々と、正常な判断力が鈍って来たような気がしてくる。
 「普通に恥ずかしいじゃない。というか、やると色々と終ると思うけど……」
  ヴェルが喜べば勝ちなのであろうが、呆れる可能性だってあるのだ。
 「でも、ブライレーダー辺境伯様からの本だから」
 「それを言われると……」
  相手は主家の当主様なので、何もしませんでしたでは問題になってしまうはず。男根増長素
  そう思わないと、恥ずかし過ぎて実行できないという理由もあったのだが。
  しかし、人がやるからと言って、ブライヒレーダー辺境伯様も恐ろしい本を渡すものである。
  一族から婚約者を送り込めなかった以上、私達に期待する部分が大なのであろうが。
 「アニータ様に、この本の通りに」
 「ストップ!」
  こう言うと主家に失礼かもしれないが、もし四十歳越えのアニータ様がこの本に書かれた格好でヴェルを誘惑したら、さすがのヴェルも怒るはずだ。
  ブライヒレーダー辺境伯家の寄り子を止めて、エーリッヒさんに泣き付くかもしれない。
 「仕方ないわね……」
  悲しいかな、所詮は陪臣の娘。
  私達は、ブライヒレーダー辺境伯様の命令に逆らう事が出来なかった。
  結果に対する責任に関しては、これは私達も知らなかったが。
 「リボンの色は、ボクが青でイーナが赤ね」
 「髪の色に合わせたのね……」
  本当に、どうでも良い事である。
  それでも私達は、その日に合わせてリボンを購入し、念入りに打ち合わせをして準備に時間を費やすのであった。


 「ふぁーーーあ! 眠っ」
  そして、決行日当日。
  この日に行われた誕生日パーティーは、アットホームな雰囲気で楽しく終っていた。
  みんなで楽しく料理を食べ、プレゼントをヴェルに渡し、ケーキに立てたロウソクの火をヴェルが消す。
  ヴェルも楽しそうで、物凄く良いパーティーであった。
  そして、その日の夜。
  遂に、計画を実行する時が来たのだ。
 「良くヴェルの部屋に入り込めたわね」
 「魔闘流奥義、気配消しの妙技が役に立った」
  貴重な奥義の無駄遣いのような気もするが、これであとはヴェルが部屋に入って来るのを待ち受ければ良いわけだ。
 「恥ずかしくない。これも、ヴェルのため。私のため」
 「そんな理由付けしなくても良いと思うよ。こういうのって、バカらしくて楽しいし」
  そこまで話をしたところで、部屋のドアが開いて眠そうに目を擦りながらヴェルが入って来る。
  さあ、これからが戦闘開始だ。
 「ええと……」
  裸に、いきなり見えると困る部分にリボンを通し、ヴェルに見え易いように頭の部分で蝶結びをしている私とルイーゼ。
  ヴェルは、突然の事に驚いているようだ。
  あとは、このまま押すしかない。
  ここで下手に恥ずかしがると、あとで余計に恥ずかしくなるだけだと、あの下らない本にも書かれていた。
  むしろ己を解き放つ事こそが、未来の勝利へと繋がると。
 「(もう後戻りは出来ない!)私達が、プ・レ・ゼ・ン・ト」
  二人で同時にセリフを言い、ちゃんとポーズまで研究した成果をヴェルに見せ付ける。
  いくら普段のヴェルが自重して、私達にたまにキスをするくらいでも。
  エリーゼの胸を、視線を追われないように瞬間的に見るという、まるで無駄な行動をしていても。V26Ⅳ美白美肌速効
  この裸リボンのツートップ攻撃には、成す術もないはず。
  参考にした本には問題があるが、貸主であるブライヒレーダー辺境伯様の要望通りなのだから。
 「(さあ、どう反応する? もしかして……)」
  興奮したヴェルにという可能性も考慮に入れつつ、私はヴェルがどう出るのかをルイーゼと共に待ち構えていた。
  すると、いきなりヴェルは私に抱き付いて来る。
  まさかの結末に、ルイーゼも驚いているようであった。
 「ヴェ、ヴェ! ヴェル!」
 「うん、わかっている。わかっているから」
  何がわかっているのかは知らなかったが、ヴェルは更に言葉を続ける。
 「ルイーゼに唆されたんだな。イーナが自分でこんな事をするわけがないし」
 「えっ、ボクってそういうイメージ?」
  ヴェルの唆された発言に対し、ルイーゼは不満があるようだ。
 「あの、ヴェル?」
 「正直に言うと、物凄く興奮した。でも、イーナの魅力はこういう事をしなくても十分にわかっているから」
 「あのですね……」
 「ボクって……」
  唆された疑惑で、ルイーゼは既に半分放心しているようだ。
  何というか、こういう時に普段の言動がモロに影響するなんて、とても勉強になったと思う。
  実際に、ルイーゼが主犯の事実に偽りは無いのだし。
  それと、やはりヴェルの私に対するイメージは、冷静で真面目な女なのであろう。
  あとは、そんな私をヴェルは好ましいと感じているのだと。
  少し色恋から外れるかもしれないが、良いパートナー(夫婦)にはなれるのかもしれない。
 「最近、偉い人に流されているけど、俺は成人になったらイーナとルイーゼとも結婚するし。でも、まだ無理をしなくても良いから」
  そう言うと、ヴェルは私達に自分の着ていたシャツとベッドのシーツを私達に着せ、そのまま部屋から出て行ってしまう。
  あとには、私達だけが残された。
  冷静になると、裸にリボンだけの格好をしているのが物凄く恥ずかしくなる。
  あと、ブライヒレーダー辺境伯様は、私達にこんな事をやらせてどんな得をするのであろうか?
  私はひょっとすると、ブライヒレーダー辺境伯様を過大評価しているのであろうか?
  冷静になればなるほど、余計な考えばかりが浮かんでいた。
 「ねえ、これって成功なの?」
 「プロポーズめいた発言も聞けたから、成功なのではないかと」
  たまには、柄に合わない事をしてみる物なのかもしれない。
  あと、モテないと言いながら、ヴェルが意外と格好良かったのを知ったのは、良い収穫だったと思う私であった。

 「あの二人、恐ろしい手段で誘惑してきたな……」
  まさかの、裸リボンでプレゼント発言攻勢に。
  俺は、何とか誘惑に負けないように逃げ出すのが精一杯であった。
  最近、エリーゼのけしからん胸もあるので、勘弁して欲しいところだ。
 「(手を出すのは、成人してからです!)」
  ヴェデリンの中身がそう思っているので、それを曲げるつもりはない。
  普通にキスくらいはしているけど、前世では欧米だとキスは挨拶であった。
  なので、この世界でもキスは挨拶の延長だと、俺は勝手に決めていたのだ。
 「(すいません、嘘です。物凄く可愛い女の子とキスしたかったんです)」
  誰に言い訳しているのかは不明だったが、前に変なカバのせいで、筋肉導師を含む三人の男性とキスをする羽目になった時から。V26Ⅲ速效ダイエット
 「でも、成人してから奥さんが三人か。人生勝ち組ってやつか?」
  ただし、中身のスケベさで成人後は遠慮しない事を誓うのであった。
  早く、成人年齢にならないかなと思いながら。

2014年1月1日星期三

クラウス再び

「結局、引き受けたのね」
 「あの野郎、人が断れないような言い方をしやがって……」
 「冒険者としての仕事からは少し外れるけど、人のためになって利益も出る。条件付けが上手いんだね」
 「あいつの場合、そのおどろおどろしい裏が無ければな」
 「無理なんじゃないの? そういう人みたいだし」新一粒神


  魔の森での浄化で得た成果に対する分配交渉の席で、俺達はクルトと決定的に揉めてしまう。
  別に、俺が喧嘩を売ったわけではない。
  向こうが、俺を決定的に嫌っているのを隠さなかっただけだ。
  随分と無礼な口も利いてきたが、ブランタークさんに言わせると処罰できる案件でもないそうだ。
 『坊主は、冒険者としてここに来ているからな』
  ただ、貴族としては常識の無い。
  空気の読めない男という評価は、受ける事になるであろうと。
  碌に領地から出ないクルトからすれば、そんな評価は気にもならないのであろうが。
  と言うか、襲爵の際にはどうするのであろうか?
  少なくとも、俺は絶対に世話などするつもりもない。
  そのせせこましく貯めた金で、どこかに泊れば良いのだと思ってしまう。
  そのために、懸命に金を貯めていたのであろうし。
  結局、父やクラウスが居たので交渉は無事に纏まってはいた。
  もう用事は無いと本屋敷を出ようとすると、そこでクラウスが一泊していって欲しいと頼んでくる。
  交渉は無事に纏まったのに、ここで俺達がすぐに領地を出てしまうのは問題なのだと。
  とはいえ、この宿屋すらない僻地で泊るとなると、候補は非常に狭められてしまう。
  一番の本命である本屋敷だが、俺も含めて全員が嫌であろう。
  何しろ本屋敷には、その大いに揉めた戦犯であるクルトが居るのだから。
  あの温厚なエリーゼですら、クルトを嫌がっているのだから当然であろう。
  だが、ここで素直に引き下がるようなクラウスでもない。
  彼は、分家であるヘルマン兄さんの家に泊れば良いと意見する。
  本人の意思とは別に、バウマイスター騎士爵家継承で騒動の元になっている俺を、同じくヘルマン兄さんが婿入りしているものの、魔の森遠征の件で反本家で纏まっている分家に泊らせてしまう。
  クルトの心を掻き乱し、父もまさか嫌とは言えず。
  やはり、クラウスは厄介な性分をしている。
  あのルックナー弟などよりもだ。
  そんな経緯で分家の屋敷へと向かったのだが、ヘルマン兄さんの奥さんにして、分家の事実上のトップでもあるマルレーネ義姉さんは、こちらの斜め上を行っていた。
  誰に隠す事も無く、クルトや本家の批判をしていたからだ。
  特に、クルトの遺品などいらない発言で、余計に彼への批判を強めていた。
  彼女からすれば、祖父や父や叔父達の遺品などいらないと言ったクルトは、貴族以前に人間として論ずるに値しないのであろう。
  彼らの遺品に、資産価値などほとんど無い。
  金に拘るクルトからすれば、回収の手間の方が高いからいらないわけだ。
  多分、俺達が過大な手間賃でも請求すると思っていたのであろうが。
  そんな発言が分家の人間に漏れれば、非難されて当然とも言えた。
  正直、次第にクルトを次期当主にして大丈夫なのかと思ってしまうのだ。
  だが、そこに俺が口を出す権利などない。
  俺は本来、アマーリエ義姉さんやその子供達に渡す予定だったお土産を分家の子供達に渡したり、せがまれて竜退治の話などをして時間を過ごす。
  クルトの事など考えるよりも、よほど精神衛生上良かったからだ。
  ところが、そこにまた厄介な男が現れる。
  先の交渉の席で、ボロを出すどころか憎いほどにフォローが適切だったクラウスが姿を見せたのだ。
  しかし、反本家の立場を表明する分家に何食わぬ顔で現れ、俺に面会を要求するとは。
  やはり、こいつは相当なタヌキのようだ。
 『それで、用件とは?』
 『それは、ですね……』
  クラウスは、お茶の提供すら断っていきなり仕事の話に入る。
 『バザーを開いて欲しいんですよ』
  クラウスは、俺達に領内で商品を売って欲しいと頼んで来たのだ。
 『商品は、何でも構いません。服でも、小物でも、調味料でも。領民達は、とにかく娯楽に飢えていますから』
  主食の小麦は、広げた農地から自給可能であり。
  野菜も同じく畑から自給可能で、肉は狩りで、魚は川や用水路や沼から淡水魚は取れる。
  泥臭くて、大して美味しくは無いのだが。
  他にも山菜に、自生している果物に、分家のようにハチミツ採りも出来るので、領民達は基本的に飢える事は無い。
  ただ、塩は決定的に不足しているわけで、それだけは何が何でも購入する必要があっただけだ。
  生憎と、昔の俺の調査でも岩塩などは見付からなかった。 
  この辺が、昔は海であったという事実はないのであろう。
 『考えても見てください。あの規模の商隊で、八百人近くの物資なんですよ』
  それも、年に三回しか来ないのだ。
  山道の往復を考えると、四回は不可能という現実もあるのだが。
  しかも、彼らが運べる品物には限りがある。
  とにかく塩が優先され、他の物は極少量のみ。
  だが、それで商隊の人達に文句を言うのは酷であろう。
  相場は、王都やブライヒブルクよりも少し高いくらいだが、それでも彼らは完全に赤字のはず。
  間違いなく、彼らの利益はブライヒレーダー辺境伯からの補助金のみのはずだからだ。
 『正直、良くブライヒレーダー辺境伯様から切られないものだと』
 『遠征の件があるからだろう』
  どうせ相手はクラウスだし、この件は公然の秘密で領内で知らない者などいない。
  なので俺は、堂々と商隊が来る裏の理由を口にしていた。
 『ですが、コストを考えますと……。ブライヒレーダー辺境伯様の負担は大きいのです……』
  ブライヒレーダー辺境伯家の財政規模を考えると大した負担でもないが、『あと何年続けるのか?』という疑問も残る。
  バウマイスター領の人口が完全に回復し、計算しているであろう損害額の補填を、ブライヒレーダー辺境伯側が終えたと思ったその時。
  もしくは、代が替われば中止になってしまう可能性だってあるのだ。
  中止にしなくても、せめて利益は取れるような体制に変化させる事もあり得る。
  もしそうなれば、当然塩の値段は相当に上がるはずだ。
  彼らとて、別に慈善事業でやっているわけではないのだから。
 『この場合、ブライヒレーダー辺境伯様の方が立場が上だとか。うちに借りがあるとか。大物貴族だから傲慢であるとかは、関係無いのです』
  クラウスの言葉の先には、間違いなくクルトの存在がある。
  ブライヒレーダー辺境伯に対し、エーリッヒ兄さんの件で最初に悪印象を持ち。
  更に、祝儀の件などで喧嘩を売って仲が悪くなっている。
  一度も顔を合わせた事が無いので、仲が良いとか悪いとかそれ以前の問題でもあるのだが。
  そしてその状態は、クラウスを筆頭に領民達を不安にさせる。
  クルトが次期当主になり、それに合わせて商隊が持って来る物の値段が上がったら?
  もしくは最悪のケースとして、商隊派遣が中止になる可能性だってあるのだ。
 『塩が無ければ、この領は詰みますので』
 『昔は、どうしていたんだ?』
  バウマイスター家の誰かや名主の一族の者をリーダーに、数名でブライヒブルクにまで買い出しに行っていたそうだ。
  領内で集めた毛皮や薬草などを売り、そのお金で塩を買って戻りと、かなりハードな方法であったようだが。
 『この方法ですと、今の半分の人口でないと成立しません』
  人口が増えれば荷駄の量を増やさないといけないし、それをすれば今度は農作業などの人手が足りなくなってしまう。
  困っていた所に、寄り親として先代のブライヒレーダー辺境伯が年に二回商隊を派遣してくれるようになり。
  遠征後に、罪滅ぼしも含めて三回に増えたというのが真相なようだ。
 『そんな先の不安もあり、領民達は塩の備蓄が欲しいところでして……』
  ただ、商隊を年に三回に増やしても、領民達の塩の備蓄が増えたわけではないそうだ。
  毎日使用する物なので、例えばいち家庭が四ヶ月に使用する塩の量を考えると。
  四ヶ月分なのは年に三回商隊が来るからだが、自然と商隊はギリギリの量しか供給できない。
  遠征前までは、次第に人口が増えていたからだ。
  そして現在も、徐々に遠征前の水準にまで戻りつつある。
  なので塩に限っては、一家の人数に比例した決められた量しか販売してくれないそうだ。
  もっと売ってくれと無理を言っても、それは他家の購入枠を犯す結果となるし、どうせ在庫も無いので不可能でもある。
  他にも、せっかくの商隊が塩しか持って来ないのも、それは領民達に不満を与えてしまう。
  少しだけでも、外の世界を感じさせる産物を混ぜる必要があったのだ。
  当然、その分は塩の搭載量が減る事になる。
 『荷駄を増やすと、同時に人手も増やさないといけないのでブライヒレーダー辺境伯様の負担が増えます。なので、量は頭打ちでしょう』
  往復三ヶ月間、山道ばかりの道をひたすら荷駄を引きながら移動するのだ。
  飛竜の生息地ながら、いつも使用している山道には滅多に姿を見せないそうだが、他の熊や狼などは現れるので警戒は常に必要と。蔵八宝
  募集をかけても、人手が集まる保障も無い。
  支払う賃金なども考えると、商隊の規模拡大は不可能というのが結論であった。
 『ヴェンデリン様がブライヒブルクに拠点を置くのであれば、月に一度でも構いません。領民達に物を売って欲しいのです』
 『無理を言うな……』
  物理的に不可能だと言っているわけではない。
  魔法の袋に仕舞って瞬間移動で飛べば良いのだから、むしろ簡単な方の依頼に入る。
  ただ、冒険者がする仕事とは微妙に違うし。
  そんな事をすれば、クルトがますます意固地になるだけであろう。
 『クルト様に関しては、私が抑えますから。領民達が自由に買い物が出来るようになって不安が収まれば、それはクルト様の利益にもなるのです。アルトゥル様からの許可も、私が取りました』
 『もう取ったのか?(というか、クルト。あんたは、父の傍に居たんだろうに……)』
  この目の前の老人が老獪過ぎて、俺に余計にこの領地の未来が心配になってしまう。
  そしてこの老人は、もう間違いなくクルトを切っているのだから。
 『無料で配れとか、安く売れと言っているわけではないのです。むしろ、それは止めてください。ブライヒブルクの相場に、ヴェンデリン様の利益を加えた額で構いません』
  正直なところ、ブライヒブルクと同じ値段でも十分に利益が出るのだ。 
  他の商人達なら、瞬間移動が使えなければ往復三ヶ月分の移動費がかかるのに、俺は一瞬で移動可能だからだ。
  荷を載せる荷台も、魔法の袋のせいで不要である。
  仕入れも、商業ギルドに登録して会費を払えば、かなり安くなるはず。
  もしブライヒレーダー辺境伯が知れば、商隊の経費を削減できるので、揉み手で援助を始めるであろう。
  クラウスは、相変わらず人の欲を見抜くのが上手い男だ。
 『俺が仕入れ担当で、領内に店を作れとか言うのかと思ったがな』
  もしその条件の一つとして、店番担当に俺の異母兄姉でも勧めてきたら、俺は余裕でクラウスを糾弾可能なのに。
  それを絶対にしないのが、この男の怖い部分であった。
  クラウス自身は、俺が自分を怪しんでいる事など当に承知で、特に気にもしていない態度なのだから。
 『さすがに常設の店となりますと、アルトゥル様への申請や手続きで面倒な事になりますからな』
 『一番の問題は、クルトの不満が大き過ぎるからだろう? 定期とはいえ、商隊なら領民達への利益も考えてクラウスが説得すると』
 『はい、その通りでございます。とりあえずは、一回だけ試しに実行していただければと』
 『うーーーん、エリーゼはどう考える?』
  領民のためという理由が一番なので、断り難い案件ではある。
  別に、クルトにこれ以上嫌われても今更なのだが、僻地で苦労している領民達を考えると、無下に断るのもと思えてしまう。
  俺の中身が、世界でも稀に見るお人好し民族である日本人であった影響であろうか?
  そこで、正妻になるエリーゼに聞いてみる事にしたのだ。
  こう見えて、彼女はあのホーエンハイム枢機卿の孫娘なので、時に素晴らしい意見を出す事があるからだ。
 『今回に限っては、まず試しに引き受けても宜しいかと思います』
  簡単に言えば、領民達に罪は無いという意見のようだ。
  こういう部分が、彼女の聖女たる所以なのかもしれない。
  あと、基本的に良い事なので、俺の評判が落ちる心配もないという意見もエリーゼは添えていた。
 『私も、やってみれば良いと思うわ』
 『善行で利益も得られる。良い事だと思うよ』
  イーナとルイーゼも、エリーゼと同意見のようだ。
 『エルは?』
 『ちょっと……』
  エルは俺を部屋の端に呼ぶと、小声でそっと耳打ちしてくる。
 『(安全のために引き受けろ)』
  エルに言わせると、もうクルトは何をしてもおかしくない状態にしか見えないそうだ。
  ブライヒレーダー辺境伯の代理人でもあるブランタークさんにも、ホーエンハイム枢機卿の孫娘であるエリーゼにも喧嘩を売っているのだから、俺もそれは感じていたのだが。
 『(いくらヴェルが強力な魔法使いでも、暗殺の手段なんていくらでもある)』
  口に入れる物に毒を入れたり、弓に致死性の毒を塗って狙撃でもされたら、僅かな矢傷でも俺は即死してしまう。
  そして、それを行える能力がクルトにはあるのだと。
 『(あの男、一見全領民に見放されているイメージを感じるけど、俺達にそんな事はわからない。どんなバカにでも、熱狂的な信者は存在するからな。お前の親父もまだ見捨てていないから、おかしな命令でも引き受ける部下がいるかもしれないし)』
  前に少しだけエーリッヒ兄さんから聞いた事があるのだが、初期移民者の子孫である本村落の住民達であろうか?
  彼らはかなり保守的な連中で、クルトの支持基盤になっているらしい。
  俺の事も、長子継承の秩序を乱す反乱者くらいに考えている可能性があった。
 『(だから、物を売って領民達に恩を売れ)』
  もしクルトが何かを企んでも、それを邪魔してくれる可能性がある。
  そういう領民達の目があると、クルト達の行動も制限されるという利点もあった。
 『(あくまでも可能性だけど、その可能性は低くはない)』
  エルは、あくまでも俺の警護担当者の立場として意見を述べていた。
 『(どのみち、依頼を終えるまではこの領に関わらないと駄目だからな)』
  今日は泊るし、魔の森での依頼が終われば遺品の選別のために数日は滞在しないといけないはず。
  最後に、上納金を持参するのも俺達の仕事になるはずだ。VIVID
 『(わかった。引き受けるよ)』
  こうして俺達は、夕食までの短い時間ながらも、クラウスの依頼でバザーを開く事になるのであった。

 「あなた」
 「手伝えって事ですね。わかります」
 「(ヘルマン兄さん、見事に尻に敷かれているな……)」
 「(ヴェル。あの分家の男達は、基本みんなそうだから)」
  こうして始まったバザーであったが、さすがに五人では人手が足りなかった。
  戦力として当てにしていたブランタークさんは、気に入ったハチミツ酒を可能な限りマルレーネ義姉さんと交渉して購入すると、その足でどこかに出かけてしまったからだ。
  そこで、ヘルマン兄さんと分家の婿さん達の出番となる。
  悲しいかな、この世界における男尊女卑の枠から外れている彼らは、マルレーネ義姉さんからの命令で、本村落と残り二つの村落との間の広場でゴザを広げ、俺が魔法の袋から取り出した品物を並べ、持って来た木切れに値段を書く仕事をしていた。
  子供達も、全員手伝っている。
  バザーが始まれば、店番も手伝ってくれるそうだ。
  こういう光景を見ていると、前世で子供の頃に、自治会の夏祭りで縁日の屋台を手伝った記憶が蘇ってくる。
  今度、水飴でも作ってみようかと思ってしまうほどだ。
 「事前の準備無しにしては、かなりの量だな」
 「そこは、魔法の袋のせいですね」
  何でも大量に仕舞えるので、とりあえず何でも大量に仕舞ってしまうからだ。
  仕舞ってしまえば、とりあえずは部屋や倉庫が散らかるという状態は防げるわけで。
  ヘルマン兄さんはその様子を、まるで手品師だなと感心しているようだ。
  ゴザの上には、子供時代に大量に魔法で作った塩入りの壷が置かれ、これがメインなので10kg入りを百個ほど置いている。
  他にも、砂糖、マヨネーズなどの調味料、胡椒などのスパイス類、ラムやエールなどの酒類など。
  マヨネーズは以前は自作していたのだが、面倒なので王都の商会にレシピと製法を売り払っていたのだ。
  そのおかげで、その商会から定期的に贈ってくるようになっていた。
  大ヒットしたのでよほど感謝しているらしく、毎月尋常ではない量を送って来るのには、正直辟易しているのだが。
  他の貴族や商人達も、エリーゼの趣味がお菓子作りや裁縫であると知ると、製菓材料と道具に、裁縫道具やら大量の生地類をこちらに贈り。
  俺やルイーゼが美味しいお菓子を買って食べるのが趣味であると知ると、様々なお菓子を贈って来る。
  イーナが空いている時間に本を読むのが好きで、俺も同じだと知ると様々な本を贈って寄こしと。
  屋敷の倉庫がパンクしそうだったので、全部魔法の袋に入れていたのは幸いであった。
  当然、それらの品々も少しずつ商品として並べていく。
 「貰い物を売って良いのか?」
 「もうお礼状も出して、お返しもしましたし。全部使うのは無理です」
  特に、お菓子類は危険であった。
  全部食べていたら、確実に痛風か糖尿病になるからだ。
  最後に、俺が弓を嗜むと聞いて贈って来た大量の弓矢を並べて準備は終わる。
  弓矢は狩猟用として需要が高いが、ここの領民は自作する人が多いので、王都の一流職人が作る弓矢の需要もあると思ったからだ。
  他にも色々とあるが、あまりに多くて値札を付けるのが面倒なので適当に置いていた。
  ある程度相場は知っているので、何とかなるはずだ。
  売れる保障も無いが、別に売れなくてもバザーを開けばクラウスからの依頼は達成なのだから。
 「これは、結構な品揃えで感謝いたします」
 「ところで、父上との条件はちゃんと履行されるんだろうな?」
 「はい。それは、確実に」
  販売利益の二割を、税として収める。
  これが、このバザーにおける俺達の義務であった。
  つまり、利益が上がらなければ税を収める必要が無いのだ。
  最初は、クルトが売上高の三割を収めろと言ってきたらしい。
  やはり引き受けない方が良かったのだと、俺は少し後悔までしてしまうほどであった。
  まさか、山道を往復三ヶ月かけてくる商隊から税を取るわけにもいかないので、俺達が商売をすると聞いてクルトがおかしな欲を出したのであろう。
  当然、クラウスの説得で撤回させられていたが。
 「どうせ、税金の計算も出来ない癖に……」
  エルは先ほどチンピラ扱いされたので、クルトを決定的に嫌いになったようだ。
  漢字が読めず、計算も出来ないクルトを、嫌味だけ得意な子供以下の存在だとバカにしていた。
 「そこは、無事に交渉が成立したという事で。私、先ほどから全領内を回って宣伝して参りました」
  だからなのであろう。
  次第に領内中から、人々が家族連れで集まり始めていた。
 「人数が、多くないですか?」
 「緊急の仕事がある人以外は、全員がここに来るはずです。仕事が終われば、その人達も来るでしょう」
  驚くイーナに、クラウスが答える。
  ほぼ全員が、商隊以外から物など購入した事が無い人達なのだ。
  全員、今日までに集めた金を持ち、目を輝かせながらこちらにやって来る。
 「みんな、お金があるのかな?」
 「無い事もないんですよ」
  小麦や、薬草や、特殊な動物の素材などを売り、決められた量の塩や僅かな嗜好品のみを買える生活なので、外地の人達に比べると現金収入は少ないが、貯蓄が無いわけでもないのだ。
  食べるのは、自給自足や領民同士の物々交換で済み。
  あとは、たまに鍛冶屋から農機具などを買ったり、職人から基本的な生活用品を買うくらいで。
  あまり、現金が必要な生活をしていなかったからだ。
 「税と食べる分以外の麦を売って、何年もコツコツと貯めるのですよ」
 「なるほど」
 「ここは、そんな田舎なのですな」
  クラウスは、ルイーゼに領民達の懐具合を説明していた。強力催眠謎幻水
 「さて、そろそろ始めるか」
  ようやく始まったバザーであったが、みんな飛び付くようにして品物を購入していく。
  まず最初に、壷入りの塩を男達が纏めて複数購入し、次々と家へと運んで行く。
  皆、領内で自給が出来ないので、万が一の事を考えて備蓄しようと懸命なようだ。
 「そんなに、安くないんだけどなぁ」
  現在塩は、ブライヒブルクでは一キロ五セントくらい。
  日本円で五百円くらいで、ここ暫くは相場は変動していない。
  王都は内陸部にあるので、一キロ八~十セントくらい。
  前回の商隊は、領民達に一キロ八セントで販売したそうだ。
  高いのか?
  安いのか?
  判断に悩むところであったが、輸送の手間を考えると完全に足が出る。
  商隊が、ブライヒレーダー辺境伯からの支援で運営されているのも納得できるという物だ。
  ちなみに、俺達は一キロ五セントで販売している。
  ブライヒブルクにおける、標準的な塩の値段であった。
  俺が海辺に瞬間移動で移動し、そこで魔法で精製した塩なのでコストは無料に近く。
  利益率は、物凄く高かった。
  本当はもっと安くしても良いのだが、それをするとクルトが五月蝿いので、他の物品の利益率を下げてなるべく安く売るように調整していたのだ。
 「ヴェンデリン様、この白い物は?」
 「砂糖だよ」
 「砂糖って、黒いんじゃ?」
 「精製してあるから」
  南方の未開地で、野生のサトウキビを材料に砂糖を精製した時。
  前世の癖で、真っ白になるまで精製してしまったのだ。
 「お前、知らんのか? 真っ白な砂糖は、高級品なんだぞ」
 「へえ、知らんかったな」
  塩のおかげで、砂糖も値段を下げて売っていた。 
  これも、ブライヒブルクと同じで一キロ十セント。
  王都だと、一キロ十五セントから二十セントくらいだ。
 「おっかあと、ガキが喜びそうだな」
  結構な値段なのに、砂糖も壷ごと飛ぶように売れていく。
  他の調味料や、スパイスや酒なども、小量ずつ試しに購入しているようだ。
 「綺麗な生地」
 「素材は木綿ですけど、王都で流行の色に染めてありますから」
  エリーゼ達が担当している、生活雑貨や日用品も良く売れているようだ。
  安価なアクセサリーに、小物に、服の材料になる生地や、裁縫道具に調理器具など。
  なぜにこんなに大量にとも思わなくもなかったが、大半が貰い物なのが恐ろしいところだ。
  高価な贈り物は除いていたが、貴族でも商人でも実は安価な贈り物を大量に贈って寄越す事がある。
  インパクトが強いからという面も否定しないが、実際には贈り相手が、雇っている使用人達に配ると予想して贈っているからだ。
  当然、ローデリヒ達にも配っているが。
  『お館様、拙者はこんなにお菓子は食べられないのですが……』と、困惑している状態であった。
  うちはまだ小所帯なのに、注目度の関係で贈り物が大量に集まっている弊害とも言えよう。
 「思っていたよりも安いですね」
 「生地の産地だと、このくらいのお値段ですから」
  値段は、大体相場を知っているエリーゼが安目に付けていて、ほぼ仕入れ原価なので同じく飛ぶように売れていた。
  購入者は女性ばかりで、みんな自分や家族の分の服を自作するからだ。
  加えて、裁縫道具なども良く売れていた。
 「(あれ? 塩は魔法で精製してほぼ無料。砂糖も同じ。残りの物も、ほぼ全て貰い物。それを、相場の値段で売ると?)」
  正解は、ほぼ全額が利益という結果になってしまう。
  経費は、贈り主へのお返しの費用くらいであろうか?
 「お母さん、お菓子買って!」
 「はいはい」
 「私は、絵本が欲しい」
 「聞いた事が無い話だな。買うか」
  外地とさほど値段が違わない様々な品が、飛ぶように売れて行く。 
  売れ残っても構わないなどと言ったが、逆にまだ在庫はあるかと聞かれ、魔法の袋から追加で取り出しているくらいだ。
 「エベンス、その弓矢のセットを買うのか?」
 「当たり前だ。やっぱり、プロの職人が作った品だな。自作だと限度があるわ。インゴルフはどうするんだ?」
 「当然、買いだ。これで、ホロホロ鳥を毎日狩るんだ」
 「無理じゃないのか? 主に、腕の問題で」
 「五月蝿いわ! お前だって、俺と大して腕前なんて変わらないだろうが!」
  領内の猟師達は、こぞって王都の職人が作った弓矢を購入しているようだ。
  領内にも鍛冶屋や職人はいるのだが、鍛冶屋は釘や包丁や農機具などをメインに作る程度。
  職人も、普段の生活必需品に、剣や鎧の修理が精々で。
  弓矢も自作していたが、やはり王都やブライヒブルクの一流の職人達に比べると腕は落ちる。
  これが現実であったのだ。
 「(この領内の職人は、悪い意味で独占企業だからな)」
  競争相手がいないので、出来が悪くても売れてしまうのが良くないようだ。
  外部から、新しい技術が入り難いという点も大きかった。
 「いやあ、大盛況ですな」
  何を出しても次々と売れていく情況に、クラウスも笑みを浮かべていた。
  毎回こんなに売れるはずもないが、初めてこんなに色々な物が買えるという情況に、領民達のサイフの紐も緩んでいるのであろう。
 「最初だからだな」
 「そうですな。次回からは、もう少し小商いになるでしょうが。ところで……」
  続けてクラウスは、商品と領民達が持参する換金物との物々交換や、買い取りの要請までしてくる。
  彼の魂胆はわかる。
  このまま俺達だけが物を売っても、それは領内からの財貨の流失しか招かない。
  俺達が、商隊では輸送コストの関係で断られた品を買い取るようになれば、それは経済の循環を生む。
  領民達も、自分達で何か現金になる産物を探し始めるはずだ。
 「ヘルマン様、分家ですとハチミツ酒は売れると思いますよ」
  あの酒に五月蝿いブランタークさんが気に入った物なので、ブランド化すれば結構な値段で売れるはずだと。印度神油