ジンは背後に感じるプレッシャーに反応し、その場で反射的に振りむいた。
倒した蔦魔獣を挟んだ向こう側、つい数瞬前には何も存在していなかったはずの岩山の上に、それ・・は存在していた。巨根
岩山の上に立ち、此方をジッと見つめるその存在は、通常サイズの二倍近い大きさの白馬のような姿をしていた。しかし、それは単なる大きな馬などではなく、額から真っ直ぐに伸びた一本の角を生やしている。
また、背中の鬣たてがみは白銀に輝いて揺れ、その目は青く深い知性の光を感じさせた。
それは優美かつ力強い姿だが、その身にまとう雰囲気はどこか荒々しいものだった。
「ユニコーン……」
ジンは荒々しくも美しいその姿に魅了され、ただ呆然とつぶやく。
ユニコーンと言えば、処女を守護する優美な幻獣というイメージが一般的だ。だが今ジンの目の前にいる存在は、そうした一般的なユニコーンのイメージとは大きさも力強さも段違いだ。
ただ、与える印象は違えども、その根本にある美しさだけは共通していた。
数瞬の後、漸ようやく我に返ったジンは今の状況を思い出し、慌てて手に持ったままだった武器を『無限収納』にしまった。
だが、背後のアリア達はまだ茫然自失の状態で、呆然とユニコーンを見つめたままだ。
「皆、武器を収めるんだ!」
ジンのその言葉に反応し、ようやく我に返った三人も急いでそれぞれ武器をしまった。
それを確認した後、ジンは再び向き直ってユニコーンに話しかける。
「私はジン、彼女達はアリア、エルザ、レイチェルと申します。私達に何か御用でしょうか?」
相手がどういう存在なのかは分からない。しかし此方を警戒はしても、現段階では敵意は持っていない事はわかる。
そうでなければ、わざわざジン達にメッセージを伝えて存在をアピールする必要は無いはずだ。
もし敵意があるのならば、何も言わず不意打ちすれば良いだけの話だ。
こうした状況を考えれば、相手がコミュニケーション可能な言葉の通じる相手であり、かつ極めて理性的な存在である事は自明の理だった。
ジンはユニコーンの態度に敬意を表し、自然と丁寧な口調で話していた。
ユニコーンはその巨体にもかかわらず軽やかに岩山を駆け下ると、ジン達から5メートル程離れた距離にまで近づく。
そして、そこで再び思念を発した。
「《人間達よ、ここは吾が守護する領域の一つである。吾が配置した見張りを倒した事は許そう。しかし、先程お前達はこの上に登ると言っておったが、それに相違ないか?》」
ユニコーンの放つ思念は、ジン達に圧迫感を与えるだけでなく、その感情のようなものまでジン達に伝えてくる。現在ジン達が感じているのは、静かな怒りに近い感情だ。
ジンはその感情とプレッシャーに気圧されそうになりながらも、必死で考えを巡らせる。
最初に自分達にかけられた「そうはいかない」という台詞を考えると、この質問に対するYesの返事は、ユニコーンが望むものではないのだろう。しかし、だからと言って嘘をつくわけにもいかない。ここで引く事はできないのだ。
「はい。私達は病の特効薬となる、『マドレンの花びら』を採取する目的で参りました」
ジンのその返答と共に、ユニコーンが発するプレッシャーが爆発的に増大した。
「《戯言を! また、お前達人間は過ちを繰り返すつもりか! この愚か者めが!!》」
ユニコーンが発する思念は、まるで荒れ狂う感情の嵐だ。それはほとんどを怒りの感情が占めていたが、悲しみの感情も少なからず存在していた。
その大きな怒りの感情とプレッシャーは凄まじく、アリア達は無意識に後ずさって倒れこみ、ジンも思わず膝を突きそうになってしまう。
だがここで屈してしまえば、自分が言った事が戯言であると認めてしまう事になりかねない。
そんな事では、アイリス達を救う事など出来やしないのだ。狼一号
そう考えたジンは自分に〔気合〕を入れて踏み止まり、負けじと声を張り上げて言葉を返す。
「嘘なんかではありません!!」
一度言葉を発した事で楽になったジンは、そのままプレッシャーに負けじと言葉をつなげる。
「私達が『マドレンの花びら』を求める理由は、それにより『滅魔薬』という薬を作り、『魔力熱』に苦しむ子供達を救いたいからです!」
ここまで来た目的は、病で苦しむアイリス達を助けたいが為だ。
その為にビーンは禁忌とされた薬のレシピを提供し、グレッグも特例を認めてサポートしてくれた。アリアは実際に同行してくれているし、クラークも子供達の治療に走り回っている事だろう。
自分達がこうしてここまで戦って来たように、子供達やその家族も同じく戦っているのだ。
ここで自分が屈する訳にはいかないと、ジンは必死で想いを伝える。
「貴方が何にお怒りなのか私には理由が分かりませんが、私達が『マドレンの花びら』を求める理由はその一点のみです。ここが貴方の土地であるのならば、どうかお願いいたします。私達に『マドレンの花びら』を少しだけ分けていただけないでしょうか」
ただひたすらに子供達の事を思い、何とか分かってもらいたいとジンは無我夢中だった。
そしてふと気付くと、先程まであった荒れ狂う感情の嵐は静まっていた。
「《人間よ。名を聞こう》」
元々ユニコーンが発していたプレッシャーは変わらないが、既に一時の激情の影は無い。ただ静かにジンに問いかける。
「リエンツの街で冒険者をしております、ジンと申します」
姿勢を正し、ジンはユニコーンの目をしっかりと見つめて答えた。
「《ジンよ、お前が子供達の病の為に『マドレンの花びら』を欲している事は分かった。その理屈は分からないが、お前がそれが病の特効薬となると主張するのも、とりあえずは良しとしよう》」
ジンの言い分に一応の理解は示しつつ、ユニコーンは話を続ける。だが、その続いて発せられた台詞は、ジンにとって想定外のものだった。
「《だがジンよ。お前は、自分が今の世界を壊しかねない事をしようとしていると気付いているか? 遥か昔の過ちを繰り返そうとしている事に気付いているのか?》」
先程までとは違い、その台詞から伝わってくる感情はどこまでも静かだ。
「いいえ、まさか。それは一体どういう意味なのでしょうか?」
世界の崩壊など、寝耳に水もいいところだ。まさか花びらで世界が崩壊するなど、考えるはずも無い。
「《ジンよ、お前は世界を滅ぼすかもしれないと聞いても、まだマドレンの花を求めるか。お前に世界の滅びを背負う覚悟があるのか?》」
ユニコーンから伝わってくる感情は、どこまでも真剣だ。
だからジンも真剣に答える。
「それがマドレンの花びらを得るのに必要なのであれば、覚悟を持ってその責を背負います。そして、必ず世界を滅ぼすような事はさせないと誓います」
世界を滅ぼしかねないと言われても、アイリス達を諦める事など出来る訳が無い。
例え利己的と言われようとも、ジンはアイリス達を見捨てる事など出来ない。しかし同時に、自分達が暮らす世界を滅ぼすような事をさせるつもりも無いのだ。
ジンが返答をした後、お互いにしばし無言の時が過ぎた。
「《……ただ言葉だけでそれを吾に信じさせる事は出来ないのは、お前も分かっていよう。では、何をもってその覚悟を示す? 》」
「貴方が要求される事で、可能な事全てをもって」
「ジンさん!」
その問い掛けに即答で答えるジン。
相手に全権をゆだねてしまうのは、誠意に置いては最上級かもしれないが、交渉において最もやってはいけないことであろう。
邪魔をしてはいけないと黙って聞いていたアリアだったが、つい口から出てしまった叫びが空しく響く。
「《よかろう。……では、お前の利き腕をもらうぞ》」
ユニコーンから出されたその要求にジンは大きく息を呑み、アリア達三人は小さな悲鳴を上げた。
片腕を失うなど、ジンにとっても簡単な事のはずがない。三體牛鞭
自分は交渉に失敗したのかもしれないと、ジンは思わないでもなかった。しかし、事が自分ひとりだけで済むのなら、まだマシな要求なのかもしれないと思い直す。
また、かなり難易度の高い魔法とは言え、失った部位を取り戻す回復魔法も存在したはずだ。使い手の数は多くは無いだろうが、失われた腕を取り戻せる可能性もちゃんと残っているのだ。
そうして元通りになる方法が存在する事を考えると、この要求は妥当なのかもしれないとジンは結論付けた。
それに、もし今後ずっと片腕をなくしたままだとしても、片腕が無い生活とアイリス達がいない生活を比べた場合、ジンにとっては後者の方が圧倒的に耐え難いのだ。
「……分かりました。しかしそれは少し難しいかもしれません」
ジンは、最悪の事態を想定した上で承諾した。
しかし、自分の体は傷つく事がないという一点だけが気にかかっていた。
「《吾には出来ないと言うのか?》」
自分より遥かに弱い者から出来ないと言われ、その思念がどこか不機嫌そうになるのも無理はない。
しかしこれは強い弱いの話ではなく、体の作りそのものの話なのだ。
「私は、この体を損なう事がないという祝福を授かっております。そういう意味で、難しいかもしれないと申し上げました」
「《私も長く生きているが、そんな話は聞いた事が無い。そのような戯言でごまかすつもりか。それがお前の覚悟か?》」
そう言われてしまうと、あとは実際にやって見せるしかない。それにもし腕を失ったとしても、それはそれで覚悟を示した事になるので問題は無いだろうとジンは判断する。
「分かりました。それではお試しください。もし腕を失ったならば、それで覚悟の証明とさせていただきます」
「《まだ、言うか。……いや、よかろう。では、その腕を貰い受ける》」
ユニコーンはジンの台詞に一瞬怒りをにじませたものの、これまでのジンの態度を思い出してその怒りをおさめた。
ジンが言った祝福の話が真実だとは思わないが、何か理由があっての発言かもしれないと思い直したのだ。
少なくともこれまでジンがとった言動は、彼にとっても信頼に値するものと言えた。
ジンが右手を前に突き出すと、その腕の周囲をシャボン玉のような球体が包む。そして、それが消えると同時にジンは腕に激しい痛みを感じ、思わず声をあげる。
「ぐあっ!!」
それは、これまでジンが経験した中で一番の激しい痛みだった。
しかし、その腕にあった服の裾の部分や手甲等は消えていたが、むき出しになったジンの腕は変わらずそこに存在したままだ。
消えた装備等はユニコーンの足元に現れたが、彼は本来なら腕ごとそうするつもりだったのだ。
「《馬鹿な!?》」
この事実に、ユニコーンは驚愕を隠せない。
先程彼が使ったのは、『空間魔法』の一種だ。シャボン玉の様な球体に囚われた物を任意の空間に飛ばすというもので、蔦魔獣をこの地に運んだのもこの魔法だ。
ユニコーンは、ジンの腕だけを転移させる事でその腕を切断するつもりだった。
他にも色々な方法はあったが、空間によって切り取られて出来るその切断面は、刃物で切るのとは比べ物にならないくらい綺麗で治療もしやすい。
ジンの覚悟を確認した後は、元通りに治してやるつもりでこの攻撃手段を選択したのだ。
この魔法には、魔力が高いものによっては抵抗する事も可能だが、ユニコーンの魔力はジン達人間とは比べ物にならないほど高く、人間に防がれる事など普通ではありえない。
しかし、この防ぐ事が難しいこの魔法を、単なる人間であるはずのジンは耐えて見せたのだ。
「私が嘘を言っている訳ではないと、分かっていただけましたでしょうか?」
ジンは痛みで脂汗をかきながら言った。体に傷がつく事は無いとは言え、HPは減るし痛みも感じるのだ。その痛みは瞬間的なものなので今も痛んでいるわけではないが、それだけ強烈な痛みだったという事だ。男宝
その様子に気付いたレイチェルが慌ててジンに近寄り、回復魔法をかけ始める。
「《……お前は何者だ》」
自分と同じような存在ならばともかく、ただの人間にあれを防ぐ事は出来ない。ユニコーンは混乱していた。
「申し上げましたように、ただの冒険者です。ただ、ちょっと他の人とは違う事もありますが」
苦笑いしつつジンはそこで一旦区切ると、ジンは治療をしてくれたレイチェルに小声でお礼を言った。そして再度姿勢を正すと、ユニコーンに向かって言葉を放つ。
「お待たせして済みませんでした。それでは、代わりに何をすれば宜しいでしょうか?」
今回は自分の体質で無効となってしまったからと、代わりの試練を要求するジン。
ジンも正直言うと出来ればもう少し楽なのがありがたいのだが、それでも試練を受けないという選択肢はないのだ。
「《……もう良い。お前は覚悟を示した》」
そうしてユニコーンは、少し疲れたようにジンの覚悟を認めた。
体に傷が無いとは言え、痛みを感じているのならばそれは一つの証明となる。ユニコーンはそう判断したのだ。
思わずホッと力を抜いたジンとは対照的に、今度はアリア達三人が前に進み出る。
「恐れながら聖獣様に申し上げます」
アリアが口にした聖獣という単語で、ようやくジンはユニコーンが聖獣と呼ばれる存在である事に気付いた。
絵本で見たのとは違うが、確かに言われて見れば聖獣以外にはありえない。
そんなジンの感想を余所に、アリアはさらに言葉をつなげる。
「私達にもどうか試練をお与え下さい!」
「「お願いします!」」
アリアに続いて、エルザとレイチェルも試練をお願いした。それはジンだけに重荷を背負わせないという事なのだろう。
しかし、それはジンにとっては許容しがたい事だ。自分がやった事を棚に上げ、そんな風に思うジン。
黙って自分の判断を尊重してくれたアリア達に感謝していたが、だからと言って逆の立場では、黙っている事が出来ないのだ。
それはある意味ジンの弱さなのだろう。
「いや、それは……」「《もうよい》」
思わず口を出そうとしたジンを遮り、ユニコーンはアリア達にそう答えた。
「《お前達の覚悟はわかった。それほどに『マドレンの花びら』を求めている事もな》」
そこで一旦区切り、続いた次の台詞はこれまで以上に真剣なものだった。
「《これから話す事は他言無用。例え親兄弟であろうと話さず、秘密を守る事を誓え》」
それはジン達にとって当然の話で今更なのだが、それだけ重大な話という事なのだろう。
「「「「誓います!」」」」
間髪いれず答えるジン達四人。それは反射的な答えではなく、世界に関わる重大な話との認識をした上での答えだ。
「《よかろう》」
ユニコーンはその答えに満足すると、その秘密を話し始める。
『《では、ジン。お前は『マドレンの花』の別名を知っているか?》」
「いえ、存じません」
「《娘達はどうだ?》」
ジンと同様に首を振るアリア達。
「《その別名は『吸魔花』と言う》」
重々しくその別名を告げるユニコーン。
「《それは大気中を流れる余剰魔力を吸い取り、その花びらに蓄えて大地に流す事から呼ばれるようになった花だ。そしてこの花こそが、遥かな過去においてこの世界を壊しそうになった原因の一つだ》」VVK
そうして語られたのは、世界の仕組みと知られざる歴史だった。
没有评论:
发表评论