氷見の声が好き過ぎる。
私の夢は、氷見に世界最高の名台詞を用意することだった。
彼は、たった二人しかいない演劇部の看板俳優だ。見た目は男の子にしてはやや可愛い系で、眼鏡の似合う、おりこうさんの顔立ちだった。RU486
だけど声はすごい。変声期を過ぎた男の人の声、しかも大層男前の声をしている。低くて、甘くて、少しかすれたような話し方で、私は氷見の声が好きだった。どんな台詞を言わせても、氷見の声ならしっくりきた。私の用意した台詞を読み上げる氷見の声を聞く度、無性にぞくぞくして、胸が高鳴って堪らなかった。
私は、この演劇部の専属作家だ。――もっとも二人きりの部活で、専属も何もないものだけど。三年生の先輩たちが揃って引退してしまった年明け後、残っているのは二年生の私と、一年生の氷見だけだった。
今は二人きりだから、私は氷見の為に台本を書き、台詞を用意する。氷見の声で聴いてみたい、言わせたい台詞はたくさんある。私は彼の声が好きだった。演技中の彼の声を聞くと、何だかとても素晴らしい瞬間に居合わせているような気がした。
氷見はきっと、いい役者さんになる。声で女の子たちを殺せるような、素敵な俳優さんになれる。私は脚本家になって、氷見の為に、世界最高の名台詞を捧げたい。こんな片田舎の高校の、小さな小さな演劇部にいて、何て大それた夢だと思うだろうか。でも本心だった。氷見にはそれだけの資質があると思ったし、私は氷見の為なら努力したいと心から思った。
だけど、本人の反応は冷たい。
「声で人が殺せるんですか」
素っ気ない口調でそれとなく抗議の意思を示す氷見。後輩なのに、時々生意気だった。
「殺せるんだよ、氷見の声は、女の子相手ならね」
私が思いっ切り頷いてあげると、やれやれ、とでも言いたげにかぶりを振る。眼鏡の奥の瞳が、呆れたようにこちらを見た。
「長嶺先輩の言うことは、たまにぶっ飛んでるんですよね」
「そんなことないったら。私は真面目に言ってるの」
「どうだか」
生意気な一年生が嘆息する。そのため息混じりの声もぞくぞくするほど素敵なのに、どうしてか本人はそれをわかっていない。私の言葉を聞き入れずに、胡散臭そうな目で見てくる。
「絶対だってば。近い将来、『声殺しの氷見』って呼ばれるようになるよ」
「止めてくださいよ、そんな物騒な二つ名」
本当に嫌そうな顔を氷見がしたので、私は渋々口を噤んだ。
我が演劇部の看板俳優は、何かとわがままでノリが悪い。演劇部に入ったからには演技をやりたいんだろうけど、先輩方の前ではとにかく一歩引いた、地味な役ばかりをやりたがった。声だけじゃなく演技力もそこそこあるのに、去年の文化祭でも宛がわれたのは町人A役とガヤの声だけ。心底もったいないと思った。
先輩方が引退してしまってからは、寂しい二人きりの部活動。だけどそうなったからにはこれまで目立てなかった氷見にもいろいろやらせてみようと、短いシーンを書いたり、台詞を読み上げさせてみたりしてるんだけど、……氷見の反応はひたすら淡々としていて、冷たい。
「ね、短いの書いてみたんだけど、ちょっとやってみてくれない」
そう言って、私はルーズリーフに書き留めたワンシーンを差し出す。放課後の部室は二人で過ごすには広過ぎて、紙が空を切る音さえよく響いた。だけど静かな方が、氷見の声がよりはっきり聞こえるからいい。
氷見は眉を顰めながらルーズリーフを受け取る。そして眼鏡のレンズ越しに内容を確かめて、途端にうんざりした表情になった。中絶薬
「何ですか、これ」
「だから、脚本。氷見の為に書き下ろしたんだよ」
「そりゃわかってますよ。そうじゃなくてこの中身……」
何か言いかけて、すぐに氷見は口を閉ざした。私は笑みを噛み殺しながら促す。
「読み上げてみてよ」
「嫌です。お断り」
「せっかく書いたのに。ね、お願い。ちょこっとだけでいいから!」
「――先輩」
私の頼みにも氷見はにこりともせず、手にしたルーズリーフを突っ返そうとしてきた。
「最近の先輩は、こういう路線ばっかりですよね」
「こういう路線って?」
「鼻につく、気障な台詞ばかりってことです。非現実的だし、第一俺のキャラじゃない」
「気障だっていいでしょ。だって氷見に言わせてみたいんだもん」
だって、氷見の声には甘い甘い台詞の方が似合うんだ。絶対にそう。王子様が紆余曲折を経てお姫様とめぐりあえて、そうして万感の思いで口にする愛の言葉のような、蜂蜜漬けの台詞が似合うんだから。
きっと誰もがそう思うはず。あの声で、甘い台詞を囁かれてみたい。あの声で口説かれたら簡単に篭絡されちゃうに違いないもの。――あ、そうなると案外、悪役とかもいいかもしれない。美貌と智略とで次々と女性を落としていく傾国の青年、なんてのはどうだろう。現状だとどうしても一人芝居にせざるを得ないんだけど、それでも氷見の声なら映えるだろう。ようし、次はそれで行こうっと。
そんなことを熱心に考えていたら、
「先輩、長嶺先輩」
いきなり目の前で手を振られて、ぎょっとする。
見れば氷見が、気遣わしげに私の顔を覗き込んでいた。
「ん、んん? 何か言った、氷見」
「何ぼうっとしてるんですか。さっきから呼び掛けてるのに、なかなか返事をしないし」
「ちょっと、考え事をね」
「どうせまたろくでもない考え事ですよね」
ああもう、生意気なんだから。でもこの声で言われると怒るに怒れない。つい口元が緩んでしまう。
「とにかくね、氷見。ちょっと試しに読み上げてみてよ」
私は返されそうになっているルーズリーフを受け取らず、氷見に向かって言ってみた。
たちまち氷見の顔がしかめっ面になる。
「嫌ですってば。読んで欲しいならもうちょっとまともな本書いてくださいよ」
「何をう。私の書くものにケチつける気?」
「まともになってくれるまでは毎日、そのつもりです。声殺しなんて言われても、こっちは実感も何もあったもんじゃないですし」
笑いを含まない声で言った氷見は、事実毎日のように部に顔を出していた。私が脚本を書いている最中でも、部室に来て私の作業を見守ったり、一人で発声練習に励んでいたりしていた。二人しかいない部だから、別に毎日通わなくてもいいんだよと言ったら、『先輩に駄目出しする人間がいなくちゃやばいですからね』と言い返された。生意気。
でも、悪い子じゃないんだ。それはわかってる。それに練習熱心だし、演劇への熱意だってちゃんと持っている。声はもちろん素晴らしくいい。ただ、地味で普遍的な役柄と台詞ばかりを好んでるってだけで――だから私は、氷見の要望と自分の欲求の間で折り合いをつけつつ、氷見の声のよさを生かした台詞を書けるようになりたいと思うんだ。大抵、欲求の方が若干勝ってしまうって、気障な台詞になってしまうんだけど。
「ちょっとでいいから読んでみて。おかしかったら、それはもう没にするから」
欲求の方に強く背を押されて、私は更に促した。
「本当ですか? まあそう言っても、先輩の書くものなんていつも同じですけどね」
「いつも素晴らしくロマンチックでしょ?」
「いつも素晴らしく非現実的で気障過ぎるんです」
可愛くないことを言いながらも、氷見は眼鏡の奥の眼差しをふと和らげた。ちらと微かに笑って、こう語を継ぐ。
「じゃあ、条件付きでならやってみてもいいですよ」
「条件って?」
何だろう。ジュース奢れとかかな。まあそのくらいなら先輩だし、やってあげなくもない。そう思い掛けた私に、氷見は答えた。威哥王三鞭粒
「先輩が、相手役をやってくれるならです」
「え……わ、私が!?」
すぐに声を上げてしまった。
だって私は、本書き専門だ。これまでモブか、照明や大道具の手伝いくらいで、演技はほとんどやってこなかった。いきなり相手をやれと言われても困る。
私の驚きように、氷見がまた笑った。おかしそうに。
「そんなにびっくりしなくてもいいんじゃないですか。演劇部員なんだから」
「だって……私、演技なんてほとんど出来ないよ?」
「いいんですよ、どうせ名演技なんて期待してません」
と言って氷見は皮肉っぽく首を竦めた。
「ただ、こういう台詞は相手がいることを想定した方がやり易いものですから。先輩は黙って、聞いていてくれるだけでいいんです」
「それならまあ……いいけど」
私は腑に落ちないままで頷く。そんなもんかなあ。いつもは相手がいなくてもちゃんと――嫌々ながらも、どんな役でもこなせる氷見なんだけどな。
でも、考えようによってはいい機会かもしれない。これまでは第三者として聴いてきた氷見の声を、直に向けられる側として聴いてみるチャンス。実際に台詞を言って貰えば、いろいろ気付けることもあるかもしれない。
二人で使うには広過ぎる、演劇部の部室。
その窓際に、私と氷見は向かい合って立つ。間の距離は三十センチほど。氷見の方が少しだけ背が高く、私の目を覗き込んでくる。
真剣な顔。真一文字に結ばれた唇。思案するように、眼鏡の奥の瞳がちらちらと動く。眼鏡のフレームが冬の曇り空の下、鈍く光を放っていた。
氷見は、こんな時、何を考えているんだろう。役に入り込もうとしながら、どんなことを思うんだろう。想定された『相手』のことを思うんだろうか。その声でどう殺してしまおうか、考えを巡らせることはあるんだろうか。
私は、氷見の声が好きだ。大好きだ。だけど氷見の顔をこんな風に間近で見つめたことはなかった。どうしてか、妙に緊張した。観客のいない舞台で、私に与えられた役柄はただ存在しているだけの、台詞もない『相手役』なのに。どうしてこんなにぞくぞくして、胸を高鳴らせているんだろう。もうすぐ氷見の声が間近で聴けるから? それとも。
「――ようやく、時が訪れた」
氷見が唇を解いた。ゆっくりと、私が用意した台詞を口にした。
「玻璃細工の姫。私はあなたに、この胸中を打ち明ける為にここまでやってきたのだ。全ては、この時の為に」
ああ、やっぱりいい声。甘い甘い、蜂蜜漬けの台詞がよく似合う。本当に素敵で、誰もを魅了してやまない王子様の声だ。
もっとも、お姫様役の方はぱっとしないけど――こればかりはしょうがないか。むしろ傍でこんなにロマンチックな声を聴ける役得を、存分に堪能しておくとしよう。
「あなたの為ならばどんな困難も乗り越えてこられた。あなたに胸の内を伝えるまでは、決して挫けるつもりもなかった。あなたが我が心にあればこそ、あなたの微笑みが我が胸に、明かりを灯してくれたからこそ」
ここはもう少し甘めの台詞でもよかったかな。言葉の使い方がまだまだ未熟だ。反省しなくちゃ。
でも氷見は、やっぱりすごい。私の用意した台詞を心を込めて演じてくれている。そこにどんな意味と、どんな心情を忍ばせているのかをちゃんと考えて演じてくれる。まるで全ての言葉が氷見のものになってしまったみたいだ。氷見の声が、私の心にあった台詞たちを掬い取ってくれたみたいだ。
「――でも、どんな言葉を重ねても、あなたを想う気持ちは表し切れそうにない」
あれ? こんな台詞、書いたっけ。
私が瞬きをする間にも、氷見は眼鏡越しにじっと私を見下ろしながら、言葉を続ける。
「俺があなたをどれだけ想っているか。それは単に甘いだけの言葉や、気障ったらしい台詞ばかりじゃ伝え切れそうにないんだ」
違うよ、氷見、王子様の一人称は『私』だってば。というかこんな台詞は書いてないよね……アドリブ? それにしては何か変だ。
「あんたは俺の声が、人を殺せる声だと言った」
氷見は微かに笑んで、続けた。私の用意していない台詞を。
「なら、その言葉が本当か、確かめさせて貰うよ。本当に、あんたを殺せるかどうか」
「え……?」
思わず私が声を漏らした時、ひやりと冷たい何かが、私の首筋に触れた。
氷見の、手だ。私の髪を避けて、そっと首筋に触れてくる。冷たい手。冬の寒さのせいか、氷見の指先は冷たくて、身体中がぞわっとした。三鞭粒
いつの間にか、氷見の顔も近づいていた。額がくっつきそうなほど近い。眼鏡のフレームの鈍い輝きが、驚くほど傍にあった。レンズの向こう側の真剣な眼差しも。
「――映子」
氷見が私の名前を呼んだ。お姫様のじゃなく、私の名前を。普段も一度として呼んだことがなかった、先輩であるはずの私の名前を。
「好きだ、映子」
私に対して、そう言った。
冷たい手が首からゆっくりと這い上がり、頬を伝って、耳に触れる。髪を掬い、耳に掛けるようにした後で、氷見はそっと唇を寄せてきた。
「愛してる」
その間、私は何の身動きも取れなかった。全身がぞくぞくして、震え上がりたいくらいなのに、身震い一つ出来なかった。ぼうっとする頭に氷見の手の冷たさは心地良い。あの声が耳元で響いている。シンプルで飾らない、だけど嘘みたいな愛の言葉を。
きっと喜ぶべき瞬間だ。氷見の声が氷見の言葉で愛を伝えようとしている。私はたった一人、それを間近で聴く権利を得ている。
なのにちっとも喜べなかった。はしゃげなかった。心臓がどきどきし過ぎて、逃げたくて、苦しくて堪らなかった。いつもみたいにうっとりと聴き入ることが出来たらよかったのに、何も出来なかった。ただ、されるがままでいた。
「無抵抗だな」
氷見の声が笑う。柔らかいものが耳たぶに触れる。上げようとした声は詰まって、そして次の瞬間、柔らかいものが私の唇に重なった。
冷たい、乾いた唇。――氷見の声はそこで途切れて、その時逆に、私は自分を取り戻した。ようやく、正気に返った。
何されたのか、わかった。しかも氷見に。声が好きで、だけど生意気だとばかり思っていた後輩に。
「な……にを!」
身を引いて、引き攣る声で怒鳴る。自覚したくなかったけど、声も足も震えてしまった。
これは、何なの。流されてしまった私が悪いの? でも同意の上じゃない。というか、同意を求められてすらいなかった。さっきのは……告白? 本気で? 氷見のアドリブのような悪ふざけじゃなくて? 本当は私をからかおうとして――。
「何って、別に難しいことじゃないと思うけど」
氷見は笑っていた。少し赤い頬で、でも私よりもずっと落ち着いていた。
「俺の声で本当に殺せるかどうか、試してみたかったんだ。多分、あんたの飾り立てた言葉より、単純な言葉の方が効果的だと思ってさ。けど、どうやら」
ちらと眼鏡の奥、瞳が細められる。おりこうさんの顔はしていなかった。
「上手く殺されかけたみたいだな。可愛かったよ、先輩」
――こいつ、やっぱり悪役だ。それも性質の悪い、素人じゃ手に負えないタイプの悪役。
私は悔しくて堪らず、歯噛みした。恥ずかしさと後悔で頬が熱くて、ここから逃げ出したくてしょうがなかった。流されていいようにされた挙句、まるで見下されてからかわれてるんだから当たり前だ。
だけど何とか踏み止まって、悔し紛れに言ってやった。
「み、見てなさい。それならこっちは、この次、もっと恥ずかしい台詞を言わせてやるんだから。あんたが読み上げるのも抵抗あるくらい甘々でロマンチックな台詞を用意してやる!」
すると氷見は首を竦めて、いつものあのいい声で、私に向かって言ってきた。
「別にいいけど。どんな台詞を持ってきたって、口説く相手は先輩一人って決まってるんだから」
つまり、私は私が口説かれる為の台詞を、自分で用意することになるって? そんな馬鹿な。
「世界最高の名台詞でお願いしますね、長嶺先輩」
生意気そうな後輩の口調で言った氷見を、私は恨めしい思いで睨みつける。危うく殺されかけた、『声殺しの氷見』の微笑みを。天天素
私に、氷見の為の世界最高の名台詞、書けるだろうか。口説かれる覚悟が出来ないうちは多分、無理だ。あの声でもう一度、愛の言葉を囁かれたら、次こそ確実に殺されてしまうもの。
2013年11月29日星期五
2013年11月27日星期三
現世
「じゃあね、ナツ。また今度」
「……うん」
家まで送ってくれたトモ兄と門の前で別れ、私は少しげっそりしながら、「ただいま」 と玄関を開けた。D10 媚薬 催情剤
「知哉君は?」
リビングから顔を出した母親の、おかえり、の前の第一声がこれである。彼女の中で、一人娘のランクは一体どれくらいの低位置にあるのか、一度じっくり問い詰めてみねばなるまい。
「帰ったよ」
「んまあ、帰っちゃったの? 残念だわあー、お母さん、もっと知哉君と話したいことがあったのに」
「多分、トモ兄にはないと思う」
そんなにトモ兄とお喋りしたけりゃ、もうちょっと強硬にファミレスに行くのに反対してこの家に引き止めたりだとか、さもなきゃ一緒について来ればよかったではないか。一緒に来られたら来られたで、うるさいし鬱陶しいに決まっているが、あの居たたまれない時間と空気を耐えるよりはマシだった。
「で、あんた、ちゃんとお金は自分で払ったんでしょうね」
いきなり母親が厳しい目つきと口調になって、チェックを入れてきた。私の母はわりと粗忽でウッカリなところが多い人だが、忘れて欲しいことは絶対に忘れない。
「う……それは」
「んまあ、なんなの、また知哉君にお金を払わせたの?!」
「……だってさ、トモ兄が、自分が誘ったんだから、って……」
もごもごと口の中で言い訳すると、「んまあー」 と母は呆れかえったように音量を上げた。今度のその感嘆詞には、「なんて非常識で図々しいのかしらこの子は」 という副音声が思う存分盛り込まれてあって、私はなんとなく小さくなる。理不尽だ。
「あんたねえ、知哉君はまだ学生なのよ? そうそうお金を遣わせて、いいと思ってんの? 甘えるのもいい加減にしなさい」
そんなことは判っているし、私はそんなに甘えているつもりもない。とは思うのだが、実際に自分の食べた分をトモ兄に支払わせている以上、それを口に出す権利はないような気がして、私は口を噤むしかない。母親から見ると、私とトモ兄は今でも、子供の頃の過保護な兄と甘える妹、という関係から変わっていないのだろう。本当にそのままならよかったのだが。
「可哀想にねえー、知哉君ったら、あんたみたいなのにお金を遣わされて、しばらく清貧に甘んじることになるわね。毎日毎日インスタントラーメンとパンの耳で、栄養失調になって倒れるかもしれないわ。お金がなくて病院にも行けず、食べるものもなくて、アパートで一人寂しく弱っていって、『ああ、こんなことならあの時、大喰らいの従妹に好き放題に食べさせるんじゃなかった……』 と後悔の涙にくれるのよ」
「いくらなんでも、そんなわけあるか!」
わざとらしく鼻を啜る母親に、私は思わず大声を出して突っ込んだ。代金を払わせたといっても、所詮ファミレスである。ピザとコーヒーで、千円もいかないくらいだ。それくらいで破産するほどビンボーだと思われることのほうが、よっぽど可哀想だ。
「じゃ、そんなことにならないように、またウチに夕飯を食べに来てもらいましょう」
「…………」
結局そこに行くのか。私はしばらく無言になってから、少し目を逸らした。
「……けどさ、大学生だっていろいろと忙しいんだから、そんなに頻繁に呼びつけたりしたら、かえって迷惑じゃないのかな。トモ兄だって気を遣うし」
言ってはみたものの、やっぱり通じないらしく、母親はきょとんとした。
「なに言ってんのよ、親戚同士で」
「親戚付き合いなんて、学生のうちは面倒なだけだよ、きっと」
「そんなことないわよ。知哉君は自分からちょくちょく電話かけてきて、『変わりはないですか』 って聞いてきてくれるくらいだもん。あんたのことだって、高校ではどうか、とか、友達とはうまくいってるのか、とかってよく気にかけてくれてるわよ。あの年齢であそこまで配慮できる子って、そうはいないわよね」
「…………」
背中をヒヤッとしたものが駆けあがる。「配慮」、なのだろうか、それは、本当に? 母は言わなくてもいいことをベラベラ喋ることにかけては天才的なので、これではうっかりと学校であったことや、バイト先であったことなんかを話すことも出来ない。紅蜘蛛(媚薬催情粉)
「あーあ、本当に、あんな子があんたのお婿さんになってくれればいいのにねえー」
「……だからそういうことを……」
しゃらっと口に出すのはやめろと言うのに。募る苛々をなんとか抑え込んで、はあーと溜め息をつくと、私は自分の部屋に行くために階段に足をかけた。
母親は何も知らないし、何も判っていないのだ。かといって、事情を説明することも出来ないのだから、諦めるしかない。従兄として接しようとすれば甘えるなと責められ、距離を置こうとすれば冷たい子だとなじられる。どうすりゃいいというのか。孤立無援とはこのことだ。
「夏凛」
階段を上がりかけたところで、名前を呼ばれた。ん? と振り向くと、母親が冷ややかな顔つきで右手をこちらに向けて突きだしている。
「使わなかったのなら、お母さんが渡したお金、返して」
「…………」
はあーっ、と私はもう一度大きく溜め息を吐いた。
***
傷心のままバイト先の本屋に行くと、蒼君に 「遅い」 と叱られた。
「ちゃんと時間通りだよ」
「新人バイト風情が、時間きっちりに来るな。もっと前から来て、しっかり準備しろ」
言い返すと、さらに注意された。ここでは蒼君は私の先輩にあたるので、反抗は許されない。大人しく、ごめんなさい、と頭を下げる。
午後からバイト入りの私と違い、蒼君は学校が休みの日はほとんどフル勤務である。何がそこまで彼を労働意欲に駆り立てるのかは謎だが、黒いエプロンをきっちり着用し、店内の隅から隅までを移動しながら、新刊本を手にキビキビと働く姿は眩いばかり。眩しくたってやっぱり全然愛想はないので、お客さんは探している本がある時でも、わざわざ蒼君を避けて他の店員に訊くんだけど。
「鷺宮は真面目だねえ」
レジに入ると、先に入っていた先輩バイトの須田さんが、感心したように言った。どうやら、私が蒼君に叱られていた場面を見ていたらしい。
「そうですね、仕事してる蒼君は真面目です」
相変わらず、「何かご不幸でも?」 と聞きたくなるくらいに不機嫌そうな顔をしている蒼君なのだが、私が見る限り、仕事中にサボったりダラけたりしていたことは一度もない。ただ、学校では、よく授業中に居眠りをしていたり、ズル休みをしたりするようなので、性格そのものが真面目かどうかはすこぶる怪しい、と私は踏んでいる。
「そして厳しいねえ」
「そうですね、蒼君が優しいところは見たことないです」
そこは学校でもバイトでも変わらないので、きっぱりと断言した。私に仕事の指導をする時なんて、鬼教官なみの厳しさだ。叱られて私が落ち込んだって、そのあとのフォローも、もちろん皆無。
須田さんは、まじまじと私の顔を見た。
「ないんだ?」
「ないですね」
「カケラも?」
「カケラもないです」
「……そんな男の、どこがいいわけ」
「ええっ、なんで知ってるんですか?!」
自分では蒼君への気持ちは上手に隠しているつもりだったので、飛び上がるほど仰天したのだが、須田さんはいつもの口の悪さで 「知られてない、と思うあんたの頭のほうがよっぽどおめでたいね」 とズケズケ言った。
推定年齢二十代半ばの須田さんは、黙っていればたいそうな美人だが、非常にサッパリとした性格で、別の言い方をすると、ものすごくドライな人である。本が大好きで、本さえ読めりゃ、あとはどうだっていい、というのが須田さんの生きる上でのポリシーだ (と、本人が言い切った)。同じバイトという立場ではあるが、長いこと勤めているためか、この店のことは店長よりも詳しく知っているという。
「どこが……と言われても、私にもよく判らないんですが」
私は赤くなってぼそぼそ言った。須田さんに、私が蒼君に関心を抱くきっかけとなった一件を話しても、きっと理解してはもらえまい。ますます、そんな男のどこが、と言われること請け合いだ。なにしろ私自身にだって、今ひとつ理解できない。
「よく判らない男のために、わざわざバイト先まで追っかけてきたの。物好きだね」
ふふん、と皮肉っぽく口の端を上げられ、私はさらに赤くなった。
「だって学校では、なかなか話も出来ないんですよ」
言い訳がましいなと思いつつ、そう言った。紅蜘蛛 II(水剤+粉剤)
──二カ月前のあの件以来。
私は学校で蒼君と顔を合わせるたび、折を見ては彼に話しかけようと努力した。仲良くなりたい、とまでは言わなくとも、もう少し話らしい話をしたかったからだ。理由は判らないけれど、蒼君のことがもう少し知りたい、と胸の中をせり上がってくる気持ちに、私はどうしても抗えなかった。
……しかし問題は、蒼君のほうに、そんな気持ちがてんからなかった、ということだ。
橘の呼びたいように呼べばいい、と言ってくれた蒼君は、名前を呼んでも、確かに怒ったりはしなかった。蒼君、と話しかけても、(それほど) イヤそうな顔もしなかった。立ち止まり、振り返る。それくらいはしてくれる。
でも、それだけ、なのだった。
有り体に言って、廊下で姿を見かけて、私これから音楽室なんだよ、とか、今日の体育はバスケだったんだ、なんてことを話しかけても、ちっとも会話がつながりゃしないのである。蒼君は一応、「うん」 とか 「ああ」 とかの返事はしてくれるけど、それ以上続けようという意思はさらさらないらしく、すぐにスタスタ立ち去ってしまう。私は何度、その後ろ姿を歯ぎしりしながら見送ったか判らない。これならまだ、男に絡まれていたあの時のほうが交わした言葉が多かったよ!
要するに、私と蒼君の間には、彼の心を動かすほど共通する話題が何もないのだ、と思い知るまでに、そう時間はかからなかった。同じ学校、同じ二年生、という、それだけでは、蒼君は私との会話にまったく意義を見出そうとしない。彼にとって、私の存在というのは、それほどに吹けば飛ぶような軽いものであるらしいのだった。
あまりにも蒼君との距離が一向に縮まらないので、終いには私は、蒼君の周りにいる男の子たちにまで嫉妬する始末だった。蒼君は誰といてもそう笑いもしないしお喋りもしないけど、少なくとも、その場に留まってはいる。友人の誰かがぽんぽんと蒼君の肩を叩き、蒼君が黙ってそれを許容しているところを、私は物陰からハンカチをギギギと噛みつつ見るしかない。もう本当に羨ましくて羨ましくてしょうがなかった。何度、たった今私とあの男の子の身体を取り換えてください神様、と願ったことだろう。
そして悟った。これはもう、私の方からもう一歩か二歩踏み込まないことには、状況は絶対に改善されない、ということを。蒼君との間に、もっと共有する何かを作らなければ、どうにもならない。声をかける、のと、話をする、のとはまったく意味が違う。
彼女になりたいとか、興味を持ってほしいとかいう以前に、私はなんとしても、蒼君ともう少しお喋りがしたかった。蒼君の声をもっと聞きたかった。彼の視界に何気ない景色として混じっていたかった。
だから、苦労して彼のバイト先を探り当て、その本屋で 「バイト募集」 の張り紙を見つけた時は、嬉しくて舞い上がりそうだった。新しく入ったバイトです、お願いします、と挨拶をした時、蒼君はちょっとイヤそうな顔をしただけで、特に何も言わなかった。
蒼君は、基本いろんなことに対して無関心だが、だからといって、寄ってくるものを拒絶することもしないのだ。
「このバイトを始めるようになって、ようやく蒼君とまともな会話ができるようになったんですよ」
しみじみとそう言うと、須田さんは鼻先でせせら笑った。
「へー。『もっとちゃんと働け、このボケ、役立たず、時給泥棒』 みたいな内容の叱責を、あんたは会話と呼ぶわけね」
「蒼君はそこまで言いませんよ! 言うのはおもに須田さんじゃないですか! 蒼君は冷たい目で見て、『言ったことは一度で覚えろ、面倒だから二度言わせるな、お前には脳味噌がないのか』 とか、それくらいです!」
「どこがどう違うのよ。あたしが見る限り、鷺宮はあんたのことなんて、本のスリップ程度にしか思ってないね、絶対」
「ひっど!」
スリップとは、新刊本の中に挟んである、書名とか出版社とかの書いてある細長い紙のことだ。パソコンが普及していなかった頃は、いろいろと使い道があったらしいが、現在、うちの店ではレジで抜き取った後、ほとんど見向きもしないでまとめて捨てるだけのシロモノである。否定できないだけに悔しい。
「ほれ、仕事」
文句を言いかけた私の背中を、須田さんはぐいっと手で押しやった。本を手に近寄ってきたお客さんに、慌てて、いらっしゃいませと声をかける。日曜だから、今でもそこそこお客さんは多いけれど、これからの時間、レジはますます忙しくなるだろう。
働きながらちらっと店内に目をやると、蒼君が黙々と、無秩序状態の絵本売り場を整頓していた。手つきは丁寧だし、別に怒ってはいないんだろうけど、顔つきは怒っているようにしか見えない。
蒼君蒼君、近くにいる子供たちが、完全にビビった顔をして遠巻きに眺めてますよ……と私は心の中で呟いて、ちょっとだけ笑った。紅蜘蛛赤くも催情粉
バイトが終わると、外はもう真っ暗だ。
自転車で通ってきている蒼君は、バイトを終えると、必ず店の前に据えつけてある自動販売機で缶コーヒーを一本買う。イヤホンで音楽を聞きながら、片手にコーヒー、片手にハンドルという格好で、のんびり自転車を漕いで帰っていく。お巡りさんに見つかったら怒られそうだな、と思うけど、蒼君は見つかったとしても気にしないのだろう。
一緒に店から出て、蒼君が外の販売機に小銭を入れて缶を取り出すところまでをなんとなく眺めていたら、手に取ってからくるりと振り向かれた。
ポケッと突っ立っている私を見て、「いらないのか」 と訊ねる。
「え、奢ってくれるの?」
びっくりして問い返したら、顔をしかめられた。
「百二十円くらい自分で出せ」
蒼君は、百二十円くらいなら出してやる、という方向へは、決して思考が向かわないのである。さすがだなあと感心しながら笑って、私も財布を出して缶のおしるこを買った。それを見て、蒼君の顔がますますしかめられる。
「よくそんな気色の悪いもん飲むな」
「私が自分のお金で買ったものに対してまで、ケチをつけないでください。美味しいよ、甘くて。飲んでみる?」
かなり下心ありありで言ってみた私の提案は、案の定すげなく却下された。
「そんなものを飲むくらいなら、水を飲む」
「そこまで嫌わなくてもいいじゃない」
美味しいのになあ、と首を捻りつつ、心のノートに、蒼君はおしるこが嫌い、と書き足した。甘いもの全般が嫌いなのかな、今度聞いてみようかなと少し悩む。蒼君は、あまり自分のことを聞かれるのが好きではない、というバイトを始めてから得た情報も、ちゃんとノートには書いてあるのだ。
蒼君がコーヒーを手に自転車に跨ったのを見て、「じゃあ、また明日ね。お疲れさま」 と笑いかけた。蒼君は、ああ、と返事をし、それから何かを言いかけたようだったが、また思い直したように口を閉じた。
「明日な」
と自転車ごと方向転換して背を向ける。
軽快に走っていく自転車を見つめながら、私は自分の手の中で缶を転がした。
こうしてなんでもない会話が交わせるようになって、少しずつ蒼君のことを知っていく。少なくとも、これまでのふた月の間で、「通りすがりの変な女」 から、「役立たずのバイト仲間」 に立ち位置は変化している。それは嬉しい。今、とても幸せだ。蒼君の透明な空気を感じ、蒼君のいい声を聞くたび、ドキドキするのは変わらない。日ごとに、そのドキドキは大きくなっていくような気もする。けれど。
……それから?
そこでいつも、私の頭は停止してしまう。フリーズ状態、真っ白だ。浮かぶのは、こうしよう、こうしたいという意思ではなく、他人事のような疑問ばかり。
それから、私はどうするんだろう。どうしたいんだろう。
「…………」
私はただ黙って、夜空を見上げた。
ここにいる 「私」 の目で見る空は、いつも、夢の中の 「私」 が見ていたものほど美しくはない。紅蜘蛛
「……うん」
家まで送ってくれたトモ兄と門の前で別れ、私は少しげっそりしながら、「ただいま」 と玄関を開けた。D10 媚薬 催情剤
「知哉君は?」
リビングから顔を出した母親の、おかえり、の前の第一声がこれである。彼女の中で、一人娘のランクは一体どれくらいの低位置にあるのか、一度じっくり問い詰めてみねばなるまい。
「帰ったよ」
「んまあ、帰っちゃったの? 残念だわあー、お母さん、もっと知哉君と話したいことがあったのに」
「多分、トモ兄にはないと思う」
そんなにトモ兄とお喋りしたけりゃ、もうちょっと強硬にファミレスに行くのに反対してこの家に引き止めたりだとか、さもなきゃ一緒について来ればよかったではないか。一緒に来られたら来られたで、うるさいし鬱陶しいに決まっているが、あの居たたまれない時間と空気を耐えるよりはマシだった。
「で、あんた、ちゃんとお金は自分で払ったんでしょうね」
いきなり母親が厳しい目つきと口調になって、チェックを入れてきた。私の母はわりと粗忽でウッカリなところが多い人だが、忘れて欲しいことは絶対に忘れない。
「う……それは」
「んまあ、なんなの、また知哉君にお金を払わせたの?!」
「……だってさ、トモ兄が、自分が誘ったんだから、って……」
もごもごと口の中で言い訳すると、「んまあー」 と母は呆れかえったように音量を上げた。今度のその感嘆詞には、「なんて非常識で図々しいのかしらこの子は」 という副音声が思う存分盛り込まれてあって、私はなんとなく小さくなる。理不尽だ。
「あんたねえ、知哉君はまだ学生なのよ? そうそうお金を遣わせて、いいと思ってんの? 甘えるのもいい加減にしなさい」
そんなことは判っているし、私はそんなに甘えているつもりもない。とは思うのだが、実際に自分の食べた分をトモ兄に支払わせている以上、それを口に出す権利はないような気がして、私は口を噤むしかない。母親から見ると、私とトモ兄は今でも、子供の頃の過保護な兄と甘える妹、という関係から変わっていないのだろう。本当にそのままならよかったのだが。
「可哀想にねえー、知哉君ったら、あんたみたいなのにお金を遣わされて、しばらく清貧に甘んじることになるわね。毎日毎日インスタントラーメンとパンの耳で、栄養失調になって倒れるかもしれないわ。お金がなくて病院にも行けず、食べるものもなくて、アパートで一人寂しく弱っていって、『ああ、こんなことならあの時、大喰らいの従妹に好き放題に食べさせるんじゃなかった……』 と後悔の涙にくれるのよ」
「いくらなんでも、そんなわけあるか!」
わざとらしく鼻を啜る母親に、私は思わず大声を出して突っ込んだ。代金を払わせたといっても、所詮ファミレスである。ピザとコーヒーで、千円もいかないくらいだ。それくらいで破産するほどビンボーだと思われることのほうが、よっぽど可哀想だ。
「じゃ、そんなことにならないように、またウチに夕飯を食べに来てもらいましょう」
「…………」
結局そこに行くのか。私はしばらく無言になってから、少し目を逸らした。
「……けどさ、大学生だっていろいろと忙しいんだから、そんなに頻繁に呼びつけたりしたら、かえって迷惑じゃないのかな。トモ兄だって気を遣うし」
言ってはみたものの、やっぱり通じないらしく、母親はきょとんとした。
「なに言ってんのよ、親戚同士で」
「親戚付き合いなんて、学生のうちは面倒なだけだよ、きっと」
「そんなことないわよ。知哉君は自分からちょくちょく電話かけてきて、『変わりはないですか』 って聞いてきてくれるくらいだもん。あんたのことだって、高校ではどうか、とか、友達とはうまくいってるのか、とかってよく気にかけてくれてるわよ。あの年齢であそこまで配慮できる子って、そうはいないわよね」
「…………」
背中をヒヤッとしたものが駆けあがる。「配慮」、なのだろうか、それは、本当に? 母は言わなくてもいいことをベラベラ喋ることにかけては天才的なので、これではうっかりと学校であったことや、バイト先であったことなんかを話すことも出来ない。紅蜘蛛(媚薬催情粉)
「あーあ、本当に、あんな子があんたのお婿さんになってくれればいいのにねえー」
「……だからそういうことを……」
しゃらっと口に出すのはやめろと言うのに。募る苛々をなんとか抑え込んで、はあーと溜め息をつくと、私は自分の部屋に行くために階段に足をかけた。
母親は何も知らないし、何も判っていないのだ。かといって、事情を説明することも出来ないのだから、諦めるしかない。従兄として接しようとすれば甘えるなと責められ、距離を置こうとすれば冷たい子だとなじられる。どうすりゃいいというのか。孤立無援とはこのことだ。
「夏凛」
階段を上がりかけたところで、名前を呼ばれた。ん? と振り向くと、母親が冷ややかな顔つきで右手をこちらに向けて突きだしている。
「使わなかったのなら、お母さんが渡したお金、返して」
「…………」
はあーっ、と私はもう一度大きく溜め息を吐いた。
***
傷心のままバイト先の本屋に行くと、蒼君に 「遅い」 と叱られた。
「ちゃんと時間通りだよ」
「新人バイト風情が、時間きっちりに来るな。もっと前から来て、しっかり準備しろ」
言い返すと、さらに注意された。ここでは蒼君は私の先輩にあたるので、反抗は許されない。大人しく、ごめんなさい、と頭を下げる。
午後からバイト入りの私と違い、蒼君は学校が休みの日はほとんどフル勤務である。何がそこまで彼を労働意欲に駆り立てるのかは謎だが、黒いエプロンをきっちり着用し、店内の隅から隅までを移動しながら、新刊本を手にキビキビと働く姿は眩いばかり。眩しくたってやっぱり全然愛想はないので、お客さんは探している本がある時でも、わざわざ蒼君を避けて他の店員に訊くんだけど。
「鷺宮は真面目だねえ」
レジに入ると、先に入っていた先輩バイトの須田さんが、感心したように言った。どうやら、私が蒼君に叱られていた場面を見ていたらしい。
「そうですね、仕事してる蒼君は真面目です」
相変わらず、「何かご不幸でも?」 と聞きたくなるくらいに不機嫌そうな顔をしている蒼君なのだが、私が見る限り、仕事中にサボったりダラけたりしていたことは一度もない。ただ、学校では、よく授業中に居眠りをしていたり、ズル休みをしたりするようなので、性格そのものが真面目かどうかはすこぶる怪しい、と私は踏んでいる。
「そして厳しいねえ」
「そうですね、蒼君が優しいところは見たことないです」
そこは学校でもバイトでも変わらないので、きっぱりと断言した。私に仕事の指導をする時なんて、鬼教官なみの厳しさだ。叱られて私が落ち込んだって、そのあとのフォローも、もちろん皆無。
須田さんは、まじまじと私の顔を見た。
「ないんだ?」
「ないですね」
「カケラも?」
「カケラもないです」
「……そんな男の、どこがいいわけ」
「ええっ、なんで知ってるんですか?!」
自分では蒼君への気持ちは上手に隠しているつもりだったので、飛び上がるほど仰天したのだが、須田さんはいつもの口の悪さで 「知られてない、と思うあんたの頭のほうがよっぽどおめでたいね」 とズケズケ言った。
推定年齢二十代半ばの須田さんは、黙っていればたいそうな美人だが、非常にサッパリとした性格で、別の言い方をすると、ものすごくドライな人である。本が大好きで、本さえ読めりゃ、あとはどうだっていい、というのが須田さんの生きる上でのポリシーだ (と、本人が言い切った)。同じバイトという立場ではあるが、長いこと勤めているためか、この店のことは店長よりも詳しく知っているという。
「どこが……と言われても、私にもよく判らないんですが」
私は赤くなってぼそぼそ言った。須田さんに、私が蒼君に関心を抱くきっかけとなった一件を話しても、きっと理解してはもらえまい。ますます、そんな男のどこが、と言われること請け合いだ。なにしろ私自身にだって、今ひとつ理解できない。
「よく判らない男のために、わざわざバイト先まで追っかけてきたの。物好きだね」
ふふん、と皮肉っぽく口の端を上げられ、私はさらに赤くなった。
「だって学校では、なかなか話も出来ないんですよ」
言い訳がましいなと思いつつ、そう言った。紅蜘蛛 II(水剤+粉剤)
──二カ月前のあの件以来。
私は学校で蒼君と顔を合わせるたび、折を見ては彼に話しかけようと努力した。仲良くなりたい、とまでは言わなくとも、もう少し話らしい話をしたかったからだ。理由は判らないけれど、蒼君のことがもう少し知りたい、と胸の中をせり上がってくる気持ちに、私はどうしても抗えなかった。
……しかし問題は、蒼君のほうに、そんな気持ちがてんからなかった、ということだ。
橘の呼びたいように呼べばいい、と言ってくれた蒼君は、名前を呼んでも、確かに怒ったりはしなかった。蒼君、と話しかけても、(それほど) イヤそうな顔もしなかった。立ち止まり、振り返る。それくらいはしてくれる。
でも、それだけ、なのだった。
有り体に言って、廊下で姿を見かけて、私これから音楽室なんだよ、とか、今日の体育はバスケだったんだ、なんてことを話しかけても、ちっとも会話がつながりゃしないのである。蒼君は一応、「うん」 とか 「ああ」 とかの返事はしてくれるけど、それ以上続けようという意思はさらさらないらしく、すぐにスタスタ立ち去ってしまう。私は何度、その後ろ姿を歯ぎしりしながら見送ったか判らない。これならまだ、男に絡まれていたあの時のほうが交わした言葉が多かったよ!
要するに、私と蒼君の間には、彼の心を動かすほど共通する話題が何もないのだ、と思い知るまでに、そう時間はかからなかった。同じ学校、同じ二年生、という、それだけでは、蒼君は私との会話にまったく意義を見出そうとしない。彼にとって、私の存在というのは、それほどに吹けば飛ぶような軽いものであるらしいのだった。
あまりにも蒼君との距離が一向に縮まらないので、終いには私は、蒼君の周りにいる男の子たちにまで嫉妬する始末だった。蒼君は誰といてもそう笑いもしないしお喋りもしないけど、少なくとも、その場に留まってはいる。友人の誰かがぽんぽんと蒼君の肩を叩き、蒼君が黙ってそれを許容しているところを、私は物陰からハンカチをギギギと噛みつつ見るしかない。もう本当に羨ましくて羨ましくてしょうがなかった。何度、たった今私とあの男の子の身体を取り換えてください神様、と願ったことだろう。
そして悟った。これはもう、私の方からもう一歩か二歩踏み込まないことには、状況は絶対に改善されない、ということを。蒼君との間に、もっと共有する何かを作らなければ、どうにもならない。声をかける、のと、話をする、のとはまったく意味が違う。
彼女になりたいとか、興味を持ってほしいとかいう以前に、私はなんとしても、蒼君ともう少しお喋りがしたかった。蒼君の声をもっと聞きたかった。彼の視界に何気ない景色として混じっていたかった。
だから、苦労して彼のバイト先を探り当て、その本屋で 「バイト募集」 の張り紙を見つけた時は、嬉しくて舞い上がりそうだった。新しく入ったバイトです、お願いします、と挨拶をした時、蒼君はちょっとイヤそうな顔をしただけで、特に何も言わなかった。
蒼君は、基本いろんなことに対して無関心だが、だからといって、寄ってくるものを拒絶することもしないのだ。
「このバイトを始めるようになって、ようやく蒼君とまともな会話ができるようになったんですよ」
しみじみとそう言うと、須田さんは鼻先でせせら笑った。
「へー。『もっとちゃんと働け、このボケ、役立たず、時給泥棒』 みたいな内容の叱責を、あんたは会話と呼ぶわけね」
「蒼君はそこまで言いませんよ! 言うのはおもに須田さんじゃないですか! 蒼君は冷たい目で見て、『言ったことは一度で覚えろ、面倒だから二度言わせるな、お前には脳味噌がないのか』 とか、それくらいです!」
「どこがどう違うのよ。あたしが見る限り、鷺宮はあんたのことなんて、本のスリップ程度にしか思ってないね、絶対」
「ひっど!」
スリップとは、新刊本の中に挟んである、書名とか出版社とかの書いてある細長い紙のことだ。パソコンが普及していなかった頃は、いろいろと使い道があったらしいが、現在、うちの店ではレジで抜き取った後、ほとんど見向きもしないでまとめて捨てるだけのシロモノである。否定できないだけに悔しい。
「ほれ、仕事」
文句を言いかけた私の背中を、須田さんはぐいっと手で押しやった。本を手に近寄ってきたお客さんに、慌てて、いらっしゃいませと声をかける。日曜だから、今でもそこそこお客さんは多いけれど、これからの時間、レジはますます忙しくなるだろう。
働きながらちらっと店内に目をやると、蒼君が黙々と、無秩序状態の絵本売り場を整頓していた。手つきは丁寧だし、別に怒ってはいないんだろうけど、顔つきは怒っているようにしか見えない。
蒼君蒼君、近くにいる子供たちが、完全にビビった顔をして遠巻きに眺めてますよ……と私は心の中で呟いて、ちょっとだけ笑った。紅蜘蛛赤くも催情粉
バイトが終わると、外はもう真っ暗だ。
自転車で通ってきている蒼君は、バイトを終えると、必ず店の前に据えつけてある自動販売機で缶コーヒーを一本買う。イヤホンで音楽を聞きながら、片手にコーヒー、片手にハンドルという格好で、のんびり自転車を漕いで帰っていく。お巡りさんに見つかったら怒られそうだな、と思うけど、蒼君は見つかったとしても気にしないのだろう。
一緒に店から出て、蒼君が外の販売機に小銭を入れて缶を取り出すところまでをなんとなく眺めていたら、手に取ってからくるりと振り向かれた。
ポケッと突っ立っている私を見て、「いらないのか」 と訊ねる。
「え、奢ってくれるの?」
びっくりして問い返したら、顔をしかめられた。
「百二十円くらい自分で出せ」
蒼君は、百二十円くらいなら出してやる、という方向へは、決して思考が向かわないのである。さすがだなあと感心しながら笑って、私も財布を出して缶のおしるこを買った。それを見て、蒼君の顔がますますしかめられる。
「よくそんな気色の悪いもん飲むな」
「私が自分のお金で買ったものに対してまで、ケチをつけないでください。美味しいよ、甘くて。飲んでみる?」
かなり下心ありありで言ってみた私の提案は、案の定すげなく却下された。
「そんなものを飲むくらいなら、水を飲む」
「そこまで嫌わなくてもいいじゃない」
美味しいのになあ、と首を捻りつつ、心のノートに、蒼君はおしるこが嫌い、と書き足した。甘いもの全般が嫌いなのかな、今度聞いてみようかなと少し悩む。蒼君は、あまり自分のことを聞かれるのが好きではない、というバイトを始めてから得た情報も、ちゃんとノートには書いてあるのだ。
蒼君がコーヒーを手に自転車に跨ったのを見て、「じゃあ、また明日ね。お疲れさま」 と笑いかけた。蒼君は、ああ、と返事をし、それから何かを言いかけたようだったが、また思い直したように口を閉じた。
「明日な」
と自転車ごと方向転換して背を向ける。
軽快に走っていく自転車を見つめながら、私は自分の手の中で缶を転がした。
こうしてなんでもない会話が交わせるようになって、少しずつ蒼君のことを知っていく。少なくとも、これまでのふた月の間で、「通りすがりの変な女」 から、「役立たずのバイト仲間」 に立ち位置は変化している。それは嬉しい。今、とても幸せだ。蒼君の透明な空気を感じ、蒼君のいい声を聞くたび、ドキドキするのは変わらない。日ごとに、そのドキドキは大きくなっていくような気もする。けれど。
……それから?
そこでいつも、私の頭は停止してしまう。フリーズ状態、真っ白だ。浮かぶのは、こうしよう、こうしたいという意思ではなく、他人事のような疑問ばかり。
それから、私はどうするんだろう。どうしたいんだろう。
「…………」
私はただ黙って、夜空を見上げた。
ここにいる 「私」 の目で見る空は、いつも、夢の中の 「私」 が見ていたものほど美しくはない。紅蜘蛛
2013年11月23日星期六
四度目の春に
ジェイド・ヴァン・クライフドルフにとって、騎士とはただの通過点に過ぎない。
クライフドルフ侯爵家は代々騎士の家系として、帝国軍部の要職を努めてきた名門である。
ジェイドもまた、名門の家の長子として十三歳の年に騎士学校へと入学。一年で准騎士に、二年の終わりには正騎士の資格を手に入れていた。田七人参
とはいえ、騎士学校には六年通う必要があるため、正式な身分はいまだ学生である。
今ジェイドは帝都にある、クライフドルフ家の屋敷へと戻っていた。
屋敷の中で一番広い一室。円卓を挟んで座っているのはウェルト・ヴァン・クライフドルフ侯爵。
ジェイドの父である。
将軍の地位を持つウェルトは軍人でありながら色白で、顔も身体もぶくぶくと太っており、その手もまた剣を握らなくなってからどのくらい経つのか、醜く脂肪に包まれていた。
ジェイドは部屋に入ると、父親に向かって一礼した。
「ただいま戻りました、父上」
「よく帰ったな、ジェイド」
座れと対面の椅子を指し示す父親に頷きゆっくりと席に着く。
――こんな男が帝国騎士団の将軍か。
醜く膨れ上がった腹、弛みきった顎の肉。
――この男程度で将軍になれるなら、おれは……
実の父親を腹の中で蔑みながらも、口の端に笑みを浮かべにこやかに話を切り出した。
「それで父上。この度の急なお呼び出しは?」
「勇者のことは知っているか?」
「それはもちろん有名人ですから。メイヴィス公爵令嬢のレティシア・ヴァン・メイヴィス殿でしたか」
「そうだ」
「大層美しいお方だと聞き及んでいます」
ジェイド自身はレティシアとは面識がない。
幼少時は問題児として扱われていたレティシアが、社交界へとお披露目されていないからだ。それに勇者として託宣を受けた後はすぐに旅立ってしまっている。
だが、レティシアの絵姿は新聞などに良く描かれていたし、その容姿に関する記事も多く書かれていたため、彼女が見目麗しいということは知っていた。
「わしは陛下との謁見の際と、夜会とで二度ほど顔を合わせておるが、確かに絶世の美姫というに相応しい。まだ十四の小娘だというのに、わしですらむしゃぶりつきたくなったわ」
下卑た笑みを浮かべるウェルト。
「ほぅ、それはさぞかし周囲の男どもが放っては置かなかったのでは?」
「陛下もアルフレッド皇太子殿下の妃として皇室に迎えたがっている。まあ、勇者に一度断られたがな」
身を震わせてくつくつとウェルトが薄く笑う。
「勇者を皇室に迎えることで、我ら名門貴族を牽制したいのだろう」
「皇太子殿下の!」
ジェイドは驚く。
貴族の娘にとって皇太子妃という地位はとてつもない魅力であるはず。それを袖にするとは――
家格が釣り合わず、たとえ皇族が望んでも娘の方が身を引くというのなら話はわかるが、レティシアは公爵令嬢。家格でいえば、皇族に次ぐ。
しかし皇帝に自分の息子の妃にと望まれながらも、それを断るという不遜ができる。さすがは勇者といったところか。
「メイヴィス公は何もおっしゃられなかったのですか?」
「娘とはいえ、勇者だからな。どうやら強くは出られないようだ。もっとも、わしらとしては助かる」
「父上、それはどういう?」
「ジェイド、勇者を手に入れろ」
ウェルトが笑いをおさめすっと目を細めた。
「お前とは年齢も近い。勇者を手に入れれば、クライフドルフ家は皇室をも凌ぐ力を手に入れることができる」
庶民にとって、いやこの大陸の人々にとって勇者は特別な存在。
その勇者をジェイドの妻として迎えることができれば――
最近の皇室は貴族たちの領地の経営についても、五月蠅いくらい口を挟んでくる。
クライフドルフ侯爵領についても、領民への税金の掛け方や生活水準の向上に関して口を挟んでくるので、ウェルトは辟易していた。威哥十鞭王
そこに勇者を息子の妻として迎え入れることができれば、いかに皇室といえども口を挟むことが難しくなるだろう。
貴族たちの筆頭となって皇室を黙らせることも可能となり、更なる利権を手にすることもたやすくなるだろう。
勇者を妻に迎えたジェイドと共に、帝国内で更なる権勢を握っていく展望を語る父を、ジェイドは笑みを浮かべつつ相槌を打ちながらも、冷めた目で眺めていた。
勇者を手に入れたとして、この程度の展望しか描けないのか。
自分の力によらず、ただ名門の生まれというだけで将軍という地位に就いた男。
恐らくは何もしなくとも、自分もこの男のように将軍の地位に就くことはできるだろう。
だが、ジェイドの中ではさらなる欲望が渦巻いている。
この男程度が帝国の将軍を勤めることができるのだ。
ならば、その先には何があるのか――。
もしも、自分が勇者レティシアを妻に迎えることができたなら、それは至尊の地位へと続く道を切り開くことができるのではないだろうか。
ジェイドは不意に血が熱くなるのを感じた。
今の皇室は平民に甘い。
選ばれた高貴な血筋の者だけがなれるはずだった騎士に、今では平民たちも多数登用され、さらには最高学府たる騎士学校にすら、平民が大手を振って歩いている。
ジェイドにはそれが我慢ならない。
勇者レティシアは公爵家という高貴な血を引いている。
ジェイドにとって己の妻になる女の美醜はどうでも良い。
だが、血は重要だった。
自らの野望のためにいずれは皇室もろとも、メイヴィス公爵家にも消えてもらうが、少なくとも公爵家の高貴なその血には申し分ない。
彼女を手に入れることによって、多くの者が味方につくだろう。
本当の血の貴さを知る貴族たちだけでなく、愚かな平民たちも自分を支持するに違いない。
そしてこの国を生まれ変わらせるのだ。
高貴な血を引く貴族たちが平民たちを支配するという、至極当然な国に――
「それで、父上」
考えを巡らせている間にも、自身のこれから先の展望を滔々と語るウェルトの言葉を遮り、ジェイドが口を挟む。
「なんだ?」
「レティシア嬢は今どちらにおられるのです?」
自らの野望を描くにしても、まずは勇者を手に入れる必要がある。
勇者とはいえど十四歳の小娘。手に入れる方法は幾らでもある。
だがまずは、本人に会わねばならない。
話の腰を折られて、少し苦い表情を浮かべたウェルトは椅子から立ち上がると、腹を揺らしながら窓まで歩く。
「今は宮殿に滞在している。どうも師匠とやらのところへと帰りたがっているが、陛下がどうしても帰したくないようでな。晩餐会やら夜会やらに連夜、連れ出しておる」
「となりますと、私も夜会にでも出席すればよろしいので?」
「そうだ。近く我がクライフドルフ家でも夜会を主催する。その際にでも機会を作ろう。何か贈り物でも考えておけ」
「そうですね」
自分たち以外の貴族たちも、勇者レティシアの取り込みに動くはず。
恐らくは諸外国にとってもだ。
その中でいかに彼らを出し抜くか。
ジェイドは無意識のうちに口の端に笑みを浮かべたのだった。
青く澄み渡る空はどこまでも高く、穏やかな日差しは春の訪れを感じさせてくれた。
騎士学校の入学式の準備のため、早朝から大聖堂へと赴いていたウィンは、少し汗ばんだ額を首からかけたタオルで拭うと、眩しげに目を細めて空を見上げた。老虎油
挿絵(By みてみん)
春の訪れを告げる渡り鳥たちが、青一色の空を白い線となって飛んでいく。
「おーい、ウィン!」
背後から声をかけられて振り返ると、学生寮で同室のロック・マリーンが手を振りながら走ってきた。
「おはよう、ロック」
「何だ、入学式に参加するだけじゃなくて、式場の手伝いもするのか?」
ロックの視線はウィンの両手に注がれていた。
ウィンの両手には、大聖堂にある分だけでは足りず、急遽運んで欲しいと頼まれた椅子が抱えられている。
「自主訓練していたら、教官に捕まった。どうせ式まで予定はないんだろうって」
「四回目だものな」
片方の椅子をロックがウィンから受け取り歩き出す。
「それよりも、ロックは今日から准騎士じゃないか。おめでとう」
「ああ、まあな」
空いている左手でがりがりと頭を掻いて、ロックが生返事を返す。
「正直、お前を差し置いて俺なんかがと思ってしまうんだけど」
「俺が試験に落ちたのは実力が足りなかったからだ」
三度目の試験。
訓練用の騎士剣に何故か・・・魔力を通すことができなかった。
魔力の通っていない鋼の剣では、きちんと魔力を通した剣の前では木の棒にも等しい。
しかも、相手はその年の学年主席。
二年前と同様、魔法で牽制された挙句、相手の剣を受けた際にあっさりと叩き折られてしまいウィンの試験は終わってしまった。
「それにしたって、対戦相手といい試験内容といい、お前にとって不利なことばかりだ」
「戦場では相手を選べないんだ。誰が相手であろうと勝てなかったなら、俺にはまだ騎士の資格はなかったということだ」
まったく、頑固な奴め。
ロックは話しながらも、椅子を運び終えた後も手を休めずに黙々と働いている友人を見つめた。
入学して一緒の寮で生活すること丸三年。
ロックにとってウィンはこれまで周囲にいないタイプの人物だった。
入学したその翌日から、ロックが朝起きだした時にはすでに寝床にはウィンの姿はなく、捜してみれば中庭で一人古びた木剣を振っていた。
毎日の帰りも遅く、座学や厳しい訓練を終えたあと、そそくさと教室を出て行ってしまう。
貴族や金持ちの子息たちが集まる学校である。
授業が終わったあとに街へと遊びに出かける者は多かったが、毎日遊びに出かけるという者は少ない。
どこで遊び呆けているのか気になったロックは、自分も街を散策がてらにウィンの後をつけてみた。
ウィンは小さな酒場の厨房の裏で芋を洗っていた。
洗い終わると、店のホールで注文を取ったり、料理を運んだりしている。
慣れた動きだった。
夜遅くに帰ってくるのは、働いていたから。
働いているウィンに声をかけることもできず、その日ロックは街で遊ぶ気分にもなれずに真っ直ぐに寮へと帰宅した。
友人はその日も何事もなかったように帰ってきた。しかも、また木剣でも振ってきたのか汗だくになって――
それ以来、入学してからの剣技や体術といった授業において、ウィンが群を抜いた成績を修めたことに周囲は驚いていたが、ロックは当然の結果として受け止めることができた。
あれだけの努力を見せつけられれば。
幼少の頃、冒険者から少し手ほどきを受けただけというウィンの剣術は、我流ながらも洗練された剣捌きで、有名どころの師に習ってきたはずの貴族の子女を寄せ付けず、教官をすら圧倒した。麻黄
しかしそんなウィンでも、座学には苦労していた。
家庭教師を雇って勉強してきた他の生徒に比べると、どうしても彼の学力は劣っていた。
また、その少ない魔力。
一年目の試験、攻撃魔法の得意な生徒と当たってしまい、ウィンは為す術なく敗北してしまった。
二年目はその対策を練って挑んだが、試験において使用できる武器は訓練用騎士剣のみという規定が加えられ、結局その対策も使うことができずに一年前と同様の敗北。
三年目は訓練用騎士剣に魔力が通らないという不具合。
その剣を見せろとロックが友人のために教官に迫ったが、教官の「生徒が試験に口を挟むな」の一言と、ウィンの無言の制止で諦めた。
そして、ロックの方はといえば准騎士の資格を手に入れている。
元々、ロックは商家の次男坊。
家は長男が継ぐだろうし、かといって父親の言われるままにどこかの商家に奉公に行くか、婿入りをするよりかは自由に生きようと思い、金を出してもらって騎士学校へと入学した。
その程度の覚悟の自分が必死に努力をしているウィンを差し置いて、准騎士の資格を取ってしまった。
ロックはウィンに後ろめたさを感じていた。
「あの、すみません」
大聖堂で係官へ頼まれた小荷物を渡し、別の仕事へ取り掛かろうと来た道を戻る途中――
「先輩の方でしょうか?」
振り返ると、一人の少女が佇んでいた。
「おお、美人」
ロックが思わずつぶやく。朴念仁であると自認するウィンですら、思わず見とれてしまう。
春の日差しを反射して柔らかな金色の輝きを放つ髪に、透き通った緑の瞳。
どこか透明感のある美しさを持つ少女だった。
「あ、ああ、先輩といえば先輩になるのかな。君は新入生?」
「はい」
柔らかな微笑を浮かべ、にっこりと頷いた。
「受付を済ませたら、大聖堂ではなくて貴賓用の更衣室で制服に着替えてくれと言われたのですが、場所がわからなくて」
「ああ、それならこっちじゃない」
少女が向かおうとしていた方向は大聖堂内の普通の更衣室だ。
「すみません、時間が早すぎたのかまだほとんど人もいなくて、お尋ねしようにも皆さん忙しそうですし」
申し訳なさそうに言う少女。
「そこに暇そうな先輩二人がぶらぶらしていたってわけだ」
「ええ、まあ」
「だったらウィン、お前が案内してやれよ。どうせ、お前も入学式には参加するんだ。一緒について行ってやれ」
「いや、まだ手伝いがあるし」
「どうせ、雑用だろう? 後は俺がやっておくさ。準備に手を取られて間に合わなかったら本末転倒だろうが」
手を振って背を向けると、ロックはさっさと歩き出す。
「じゃあウィン、また後でな」
「ありがとう、ロック」
その背に声をかけ、ウィンは少女へと向き直る。
「それじゃあ行こうか」
「はい」
少女はウィンより、数歩後ろについて歩き出す。
それに何かが引っ掛かるものを感じる。
「先輩と思ったのですが、私と同じ新入生の方なのですか?」
「先輩は先輩だけど、今度四回目の入学式となる新入生だよ」
「なら、私と同級生になるんですね」
「そうなるね。ところで失礼なこと聞くようだけど、貴賓用の更衣室だなんて他国からの留学生?」
通常であればどの貴族の子女であっても、大聖堂の更衣室で着替えを行うようにされている。
例外は皇室の者か、他国から留学してきた高位貴族にのみ貴賓として別室を宛てがわれるのが習わしだ。D9 催情剤
クライフドルフ侯爵家は代々騎士の家系として、帝国軍部の要職を努めてきた名門である。
ジェイドもまた、名門の家の長子として十三歳の年に騎士学校へと入学。一年で准騎士に、二年の終わりには正騎士の資格を手に入れていた。田七人参
とはいえ、騎士学校には六年通う必要があるため、正式な身分はいまだ学生である。
今ジェイドは帝都にある、クライフドルフ家の屋敷へと戻っていた。
屋敷の中で一番広い一室。円卓を挟んで座っているのはウェルト・ヴァン・クライフドルフ侯爵。
ジェイドの父である。
将軍の地位を持つウェルトは軍人でありながら色白で、顔も身体もぶくぶくと太っており、その手もまた剣を握らなくなってからどのくらい経つのか、醜く脂肪に包まれていた。
ジェイドは部屋に入ると、父親に向かって一礼した。
「ただいま戻りました、父上」
「よく帰ったな、ジェイド」
座れと対面の椅子を指し示す父親に頷きゆっくりと席に着く。
――こんな男が帝国騎士団の将軍か。
醜く膨れ上がった腹、弛みきった顎の肉。
――この男程度で将軍になれるなら、おれは……
実の父親を腹の中で蔑みながらも、口の端に笑みを浮かべにこやかに話を切り出した。
「それで父上。この度の急なお呼び出しは?」
「勇者のことは知っているか?」
「それはもちろん有名人ですから。メイヴィス公爵令嬢のレティシア・ヴァン・メイヴィス殿でしたか」
「そうだ」
「大層美しいお方だと聞き及んでいます」
ジェイド自身はレティシアとは面識がない。
幼少時は問題児として扱われていたレティシアが、社交界へとお披露目されていないからだ。それに勇者として託宣を受けた後はすぐに旅立ってしまっている。
だが、レティシアの絵姿は新聞などに良く描かれていたし、その容姿に関する記事も多く書かれていたため、彼女が見目麗しいということは知っていた。
「わしは陛下との謁見の際と、夜会とで二度ほど顔を合わせておるが、確かに絶世の美姫というに相応しい。まだ十四の小娘だというのに、わしですらむしゃぶりつきたくなったわ」
下卑た笑みを浮かべるウェルト。
「ほぅ、それはさぞかし周囲の男どもが放っては置かなかったのでは?」
「陛下もアルフレッド皇太子殿下の妃として皇室に迎えたがっている。まあ、勇者に一度断られたがな」
身を震わせてくつくつとウェルトが薄く笑う。
「勇者を皇室に迎えることで、我ら名門貴族を牽制したいのだろう」
「皇太子殿下の!」
ジェイドは驚く。
貴族の娘にとって皇太子妃という地位はとてつもない魅力であるはず。それを袖にするとは――
家格が釣り合わず、たとえ皇族が望んでも娘の方が身を引くというのなら話はわかるが、レティシアは公爵令嬢。家格でいえば、皇族に次ぐ。
しかし皇帝に自分の息子の妃にと望まれながらも、それを断るという不遜ができる。さすがは勇者といったところか。
「メイヴィス公は何もおっしゃられなかったのですか?」
「娘とはいえ、勇者だからな。どうやら強くは出られないようだ。もっとも、わしらとしては助かる」
「父上、それはどういう?」
「ジェイド、勇者を手に入れろ」
ウェルトが笑いをおさめすっと目を細めた。
「お前とは年齢も近い。勇者を手に入れれば、クライフドルフ家は皇室をも凌ぐ力を手に入れることができる」
庶民にとって、いやこの大陸の人々にとって勇者は特別な存在。
その勇者をジェイドの妻として迎えることができれば――
最近の皇室は貴族たちの領地の経営についても、五月蠅いくらい口を挟んでくる。
クライフドルフ侯爵領についても、領民への税金の掛け方や生活水準の向上に関して口を挟んでくるので、ウェルトは辟易していた。威哥十鞭王
そこに勇者を息子の妻として迎え入れることができれば、いかに皇室といえども口を挟むことが難しくなるだろう。
貴族たちの筆頭となって皇室を黙らせることも可能となり、更なる利権を手にすることもたやすくなるだろう。
勇者を妻に迎えたジェイドと共に、帝国内で更なる権勢を握っていく展望を語る父を、ジェイドは笑みを浮かべつつ相槌を打ちながらも、冷めた目で眺めていた。
勇者を手に入れたとして、この程度の展望しか描けないのか。
自分の力によらず、ただ名門の生まれというだけで将軍という地位に就いた男。
恐らくは何もしなくとも、自分もこの男のように将軍の地位に就くことはできるだろう。
だが、ジェイドの中ではさらなる欲望が渦巻いている。
この男程度が帝国の将軍を勤めることができるのだ。
ならば、その先には何があるのか――。
もしも、自分が勇者レティシアを妻に迎えることができたなら、それは至尊の地位へと続く道を切り開くことができるのではないだろうか。
ジェイドは不意に血が熱くなるのを感じた。
今の皇室は平民に甘い。
選ばれた高貴な血筋の者だけがなれるはずだった騎士に、今では平民たちも多数登用され、さらには最高学府たる騎士学校にすら、平民が大手を振って歩いている。
ジェイドにはそれが我慢ならない。
勇者レティシアは公爵家という高貴な血を引いている。
ジェイドにとって己の妻になる女の美醜はどうでも良い。
だが、血は重要だった。
自らの野望のためにいずれは皇室もろとも、メイヴィス公爵家にも消えてもらうが、少なくとも公爵家の高貴なその血には申し分ない。
彼女を手に入れることによって、多くの者が味方につくだろう。
本当の血の貴さを知る貴族たちだけでなく、愚かな平民たちも自分を支持するに違いない。
そしてこの国を生まれ変わらせるのだ。
高貴な血を引く貴族たちが平民たちを支配するという、至極当然な国に――
「それで、父上」
考えを巡らせている間にも、自身のこれから先の展望を滔々と語るウェルトの言葉を遮り、ジェイドが口を挟む。
「なんだ?」
「レティシア嬢は今どちらにおられるのです?」
自らの野望を描くにしても、まずは勇者を手に入れる必要がある。
勇者とはいえど十四歳の小娘。手に入れる方法は幾らでもある。
だがまずは、本人に会わねばならない。
話の腰を折られて、少し苦い表情を浮かべたウェルトは椅子から立ち上がると、腹を揺らしながら窓まで歩く。
「今は宮殿に滞在している。どうも師匠とやらのところへと帰りたがっているが、陛下がどうしても帰したくないようでな。晩餐会やら夜会やらに連夜、連れ出しておる」
「となりますと、私も夜会にでも出席すればよろしいので?」
「そうだ。近く我がクライフドルフ家でも夜会を主催する。その際にでも機会を作ろう。何か贈り物でも考えておけ」
「そうですね」
自分たち以外の貴族たちも、勇者レティシアの取り込みに動くはず。
恐らくは諸外国にとってもだ。
その中でいかに彼らを出し抜くか。
ジェイドは無意識のうちに口の端に笑みを浮かべたのだった。
青く澄み渡る空はどこまでも高く、穏やかな日差しは春の訪れを感じさせてくれた。
騎士学校の入学式の準備のため、早朝から大聖堂へと赴いていたウィンは、少し汗ばんだ額を首からかけたタオルで拭うと、眩しげに目を細めて空を見上げた。老虎油
挿絵(By みてみん)
春の訪れを告げる渡り鳥たちが、青一色の空を白い線となって飛んでいく。
「おーい、ウィン!」
背後から声をかけられて振り返ると、学生寮で同室のロック・マリーンが手を振りながら走ってきた。
「おはよう、ロック」
「何だ、入学式に参加するだけじゃなくて、式場の手伝いもするのか?」
ロックの視線はウィンの両手に注がれていた。
ウィンの両手には、大聖堂にある分だけでは足りず、急遽運んで欲しいと頼まれた椅子が抱えられている。
「自主訓練していたら、教官に捕まった。どうせ式まで予定はないんだろうって」
「四回目だものな」
片方の椅子をロックがウィンから受け取り歩き出す。
「それよりも、ロックは今日から准騎士じゃないか。おめでとう」
「ああ、まあな」
空いている左手でがりがりと頭を掻いて、ロックが生返事を返す。
「正直、お前を差し置いて俺なんかがと思ってしまうんだけど」
「俺が試験に落ちたのは実力が足りなかったからだ」
三度目の試験。
訓練用の騎士剣に何故か・・・魔力を通すことができなかった。
魔力の通っていない鋼の剣では、きちんと魔力を通した剣の前では木の棒にも等しい。
しかも、相手はその年の学年主席。
二年前と同様、魔法で牽制された挙句、相手の剣を受けた際にあっさりと叩き折られてしまいウィンの試験は終わってしまった。
「それにしたって、対戦相手といい試験内容といい、お前にとって不利なことばかりだ」
「戦場では相手を選べないんだ。誰が相手であろうと勝てなかったなら、俺にはまだ騎士の資格はなかったということだ」
まったく、頑固な奴め。
ロックは話しながらも、椅子を運び終えた後も手を休めずに黙々と働いている友人を見つめた。
入学して一緒の寮で生活すること丸三年。
ロックにとってウィンはこれまで周囲にいないタイプの人物だった。
入学したその翌日から、ロックが朝起きだした時にはすでに寝床にはウィンの姿はなく、捜してみれば中庭で一人古びた木剣を振っていた。
毎日の帰りも遅く、座学や厳しい訓練を終えたあと、そそくさと教室を出て行ってしまう。
貴族や金持ちの子息たちが集まる学校である。
授業が終わったあとに街へと遊びに出かける者は多かったが、毎日遊びに出かけるという者は少ない。
どこで遊び呆けているのか気になったロックは、自分も街を散策がてらにウィンの後をつけてみた。
ウィンは小さな酒場の厨房の裏で芋を洗っていた。
洗い終わると、店のホールで注文を取ったり、料理を運んだりしている。
慣れた動きだった。
夜遅くに帰ってくるのは、働いていたから。
働いているウィンに声をかけることもできず、その日ロックは街で遊ぶ気分にもなれずに真っ直ぐに寮へと帰宅した。
友人はその日も何事もなかったように帰ってきた。しかも、また木剣でも振ってきたのか汗だくになって――
それ以来、入学してからの剣技や体術といった授業において、ウィンが群を抜いた成績を修めたことに周囲は驚いていたが、ロックは当然の結果として受け止めることができた。
あれだけの努力を見せつけられれば。
幼少の頃、冒険者から少し手ほどきを受けただけというウィンの剣術は、我流ながらも洗練された剣捌きで、有名どころの師に習ってきたはずの貴族の子女を寄せ付けず、教官をすら圧倒した。麻黄
しかしそんなウィンでも、座学には苦労していた。
家庭教師を雇って勉強してきた他の生徒に比べると、どうしても彼の学力は劣っていた。
また、その少ない魔力。
一年目の試験、攻撃魔法の得意な生徒と当たってしまい、ウィンは為す術なく敗北してしまった。
二年目はその対策を練って挑んだが、試験において使用できる武器は訓練用騎士剣のみという規定が加えられ、結局その対策も使うことができずに一年前と同様の敗北。
三年目は訓練用騎士剣に魔力が通らないという不具合。
その剣を見せろとロックが友人のために教官に迫ったが、教官の「生徒が試験に口を挟むな」の一言と、ウィンの無言の制止で諦めた。
そして、ロックの方はといえば准騎士の資格を手に入れている。
元々、ロックは商家の次男坊。
家は長男が継ぐだろうし、かといって父親の言われるままにどこかの商家に奉公に行くか、婿入りをするよりかは自由に生きようと思い、金を出してもらって騎士学校へと入学した。
その程度の覚悟の自分が必死に努力をしているウィンを差し置いて、准騎士の資格を取ってしまった。
ロックはウィンに後ろめたさを感じていた。
「あの、すみません」
大聖堂で係官へ頼まれた小荷物を渡し、別の仕事へ取り掛かろうと来た道を戻る途中――
「先輩の方でしょうか?」
振り返ると、一人の少女が佇んでいた。
「おお、美人」
ロックが思わずつぶやく。朴念仁であると自認するウィンですら、思わず見とれてしまう。
春の日差しを反射して柔らかな金色の輝きを放つ髪に、透き通った緑の瞳。
どこか透明感のある美しさを持つ少女だった。
「あ、ああ、先輩といえば先輩になるのかな。君は新入生?」
「はい」
柔らかな微笑を浮かべ、にっこりと頷いた。
「受付を済ませたら、大聖堂ではなくて貴賓用の更衣室で制服に着替えてくれと言われたのですが、場所がわからなくて」
「ああ、それならこっちじゃない」
少女が向かおうとしていた方向は大聖堂内の普通の更衣室だ。
「すみません、時間が早すぎたのかまだほとんど人もいなくて、お尋ねしようにも皆さん忙しそうですし」
申し訳なさそうに言う少女。
「そこに暇そうな先輩二人がぶらぶらしていたってわけだ」
「ええ、まあ」
「だったらウィン、お前が案内してやれよ。どうせ、お前も入学式には参加するんだ。一緒について行ってやれ」
「いや、まだ手伝いがあるし」
「どうせ、雑用だろう? 後は俺がやっておくさ。準備に手を取られて間に合わなかったら本末転倒だろうが」
手を振って背を向けると、ロックはさっさと歩き出す。
「じゃあウィン、また後でな」
「ありがとう、ロック」
その背に声をかけ、ウィンは少女へと向き直る。
「それじゃあ行こうか」
「はい」
少女はウィンより、数歩後ろについて歩き出す。
それに何かが引っ掛かるものを感じる。
「先輩と思ったのですが、私と同じ新入生の方なのですか?」
「先輩は先輩だけど、今度四回目の入学式となる新入生だよ」
「なら、私と同級生になるんですね」
「そうなるね。ところで失礼なこと聞くようだけど、貴賓用の更衣室だなんて他国からの留学生?」
通常であればどの貴族の子女であっても、大聖堂の更衣室で着替えを行うようにされている。
例外は皇室の者か、他国から留学してきた高位貴族にのみ貴賓として別室を宛てがわれるのが習わしだ。D9 催情剤
2013年11月21日星期四
世界の守り手
ジンは背後に感じるプレッシャーに反応し、その場で反射的に振りむいた。
倒した蔦魔獣を挟んだ向こう側、つい数瞬前には何も存在していなかったはずの岩山の上に、それ・・は存在していた。巨根
岩山の上に立ち、此方をジッと見つめるその存在は、通常サイズの二倍近い大きさの白馬のような姿をしていた。しかし、それは単なる大きな馬などではなく、額から真っ直ぐに伸びた一本の角を生やしている。
また、背中の鬣たてがみは白銀に輝いて揺れ、その目は青く深い知性の光を感じさせた。
それは優美かつ力強い姿だが、その身にまとう雰囲気はどこか荒々しいものだった。
「ユニコーン……」
ジンは荒々しくも美しいその姿に魅了され、ただ呆然とつぶやく。
ユニコーンと言えば、処女を守護する優美な幻獣というイメージが一般的だ。だが今ジンの目の前にいる存在は、そうした一般的なユニコーンのイメージとは大きさも力強さも段違いだ。
ただ、与える印象は違えども、その根本にある美しさだけは共通していた。
数瞬の後、漸ようやく我に返ったジンは今の状況を思い出し、慌てて手に持ったままだった武器を『無限収納』にしまった。
だが、背後のアリア達はまだ茫然自失の状態で、呆然とユニコーンを見つめたままだ。
「皆、武器を収めるんだ!」
ジンのその言葉に反応し、ようやく我に返った三人も急いでそれぞれ武器をしまった。
それを確認した後、ジンは再び向き直ってユニコーンに話しかける。
「私はジン、彼女達はアリア、エルザ、レイチェルと申します。私達に何か御用でしょうか?」
相手がどういう存在なのかは分からない。しかし此方を警戒はしても、現段階では敵意は持っていない事はわかる。
そうでなければ、わざわざジン達にメッセージを伝えて存在をアピールする必要は無いはずだ。
もし敵意があるのならば、何も言わず不意打ちすれば良いだけの話だ。
こうした状況を考えれば、相手がコミュニケーション可能な言葉の通じる相手であり、かつ極めて理性的な存在である事は自明の理だった。
ジンはユニコーンの態度に敬意を表し、自然と丁寧な口調で話していた。
ユニコーンはその巨体にもかかわらず軽やかに岩山を駆け下ると、ジン達から5メートル程離れた距離にまで近づく。
そして、そこで再び思念を発した。
「《人間達よ、ここは吾が守護する領域の一つである。吾が配置した見張りを倒した事は許そう。しかし、先程お前達はこの上に登ると言っておったが、それに相違ないか?》」
ユニコーンの放つ思念は、ジン達に圧迫感を与えるだけでなく、その感情のようなものまでジン達に伝えてくる。現在ジン達が感じているのは、静かな怒りに近い感情だ。
ジンはその感情とプレッシャーに気圧されそうになりながらも、必死で考えを巡らせる。
最初に自分達にかけられた「そうはいかない」という台詞を考えると、この質問に対するYesの返事は、ユニコーンが望むものではないのだろう。しかし、だからと言って嘘をつくわけにもいかない。ここで引く事はできないのだ。
「はい。私達は病の特効薬となる、『マドレンの花びら』を採取する目的で参りました」
ジンのその返答と共に、ユニコーンが発するプレッシャーが爆発的に増大した。
「《戯言を! また、お前達人間は過ちを繰り返すつもりか! この愚か者めが!!》」
ユニコーンが発する思念は、まるで荒れ狂う感情の嵐だ。それはほとんどを怒りの感情が占めていたが、悲しみの感情も少なからず存在していた。
その大きな怒りの感情とプレッシャーは凄まじく、アリア達は無意識に後ずさって倒れこみ、ジンも思わず膝を突きそうになってしまう。
だがここで屈してしまえば、自分が言った事が戯言であると認めてしまう事になりかねない。
そんな事では、アイリス達を救う事など出来やしないのだ。狼一号
そう考えたジンは自分に〔気合〕を入れて踏み止まり、負けじと声を張り上げて言葉を返す。
「嘘なんかではありません!!」
一度言葉を発した事で楽になったジンは、そのままプレッシャーに負けじと言葉をつなげる。
「私達が『マドレンの花びら』を求める理由は、それにより『滅魔薬』という薬を作り、『魔力熱』に苦しむ子供達を救いたいからです!」
ここまで来た目的は、病で苦しむアイリス達を助けたいが為だ。
その為にビーンは禁忌とされた薬のレシピを提供し、グレッグも特例を認めてサポートしてくれた。アリアは実際に同行してくれているし、クラークも子供達の治療に走り回っている事だろう。
自分達がこうしてここまで戦って来たように、子供達やその家族も同じく戦っているのだ。
ここで自分が屈する訳にはいかないと、ジンは必死で想いを伝える。
「貴方が何にお怒りなのか私には理由が分かりませんが、私達が『マドレンの花びら』を求める理由はその一点のみです。ここが貴方の土地であるのならば、どうかお願いいたします。私達に『マドレンの花びら』を少しだけ分けていただけないでしょうか」
ただひたすらに子供達の事を思い、何とか分かってもらいたいとジンは無我夢中だった。
そしてふと気付くと、先程まであった荒れ狂う感情の嵐は静まっていた。
「《人間よ。名を聞こう》」
元々ユニコーンが発していたプレッシャーは変わらないが、既に一時の激情の影は無い。ただ静かにジンに問いかける。
「リエンツの街で冒険者をしております、ジンと申します」
姿勢を正し、ジンはユニコーンの目をしっかりと見つめて答えた。
「《ジンよ、お前が子供達の病の為に『マドレンの花びら』を欲している事は分かった。その理屈は分からないが、お前がそれが病の特効薬となると主張するのも、とりあえずは良しとしよう》」
ジンの言い分に一応の理解は示しつつ、ユニコーンは話を続ける。だが、その続いて発せられた台詞は、ジンにとって想定外のものだった。
「《だがジンよ。お前は、自分が今の世界を壊しかねない事をしようとしていると気付いているか? 遥か昔の過ちを繰り返そうとしている事に気付いているのか?》」
先程までとは違い、その台詞から伝わってくる感情はどこまでも静かだ。
「いいえ、まさか。それは一体どういう意味なのでしょうか?」
世界の崩壊など、寝耳に水もいいところだ。まさか花びらで世界が崩壊するなど、考えるはずも無い。
「《ジンよ、お前は世界を滅ぼすかもしれないと聞いても、まだマドレンの花を求めるか。お前に世界の滅びを背負う覚悟があるのか?》」
ユニコーンから伝わってくる感情は、どこまでも真剣だ。
だからジンも真剣に答える。
「それがマドレンの花びらを得るのに必要なのであれば、覚悟を持ってその責を背負います。そして、必ず世界を滅ぼすような事はさせないと誓います」
世界を滅ぼしかねないと言われても、アイリス達を諦める事など出来る訳が無い。
例え利己的と言われようとも、ジンはアイリス達を見捨てる事など出来ない。しかし同時に、自分達が暮らす世界を滅ぼすような事をさせるつもりも無いのだ。
ジンが返答をした後、お互いにしばし無言の時が過ぎた。
「《……ただ言葉だけでそれを吾に信じさせる事は出来ないのは、お前も分かっていよう。では、何をもってその覚悟を示す? 》」
「貴方が要求される事で、可能な事全てをもって」
「ジンさん!」
その問い掛けに即答で答えるジン。
相手に全権をゆだねてしまうのは、誠意に置いては最上級かもしれないが、交渉において最もやってはいけないことであろう。
邪魔をしてはいけないと黙って聞いていたアリアだったが、つい口から出てしまった叫びが空しく響く。
「《よかろう。……では、お前の利き腕をもらうぞ》」
ユニコーンから出されたその要求にジンは大きく息を呑み、アリア達三人は小さな悲鳴を上げた。
片腕を失うなど、ジンにとっても簡単な事のはずがない。三體牛鞭
自分は交渉に失敗したのかもしれないと、ジンは思わないでもなかった。しかし、事が自分ひとりだけで済むのなら、まだマシな要求なのかもしれないと思い直す。
また、かなり難易度の高い魔法とは言え、失った部位を取り戻す回復魔法も存在したはずだ。使い手の数は多くは無いだろうが、失われた腕を取り戻せる可能性もちゃんと残っているのだ。
そうして元通りになる方法が存在する事を考えると、この要求は妥当なのかもしれないとジンは結論付けた。
それに、もし今後ずっと片腕をなくしたままだとしても、片腕が無い生活とアイリス達がいない生活を比べた場合、ジンにとっては後者の方が圧倒的に耐え難いのだ。
「……分かりました。しかしそれは少し難しいかもしれません」
ジンは、最悪の事態を想定した上で承諾した。
しかし、自分の体は傷つく事がないという一点だけが気にかかっていた。
「《吾には出来ないと言うのか?》」
自分より遥かに弱い者から出来ないと言われ、その思念がどこか不機嫌そうになるのも無理はない。
しかしこれは強い弱いの話ではなく、体の作りそのものの話なのだ。
「私は、この体を損なう事がないという祝福を授かっております。そういう意味で、難しいかもしれないと申し上げました」
「《私も長く生きているが、そんな話は聞いた事が無い。そのような戯言でごまかすつもりか。それがお前の覚悟か?》」
そう言われてしまうと、あとは実際にやって見せるしかない。それにもし腕を失ったとしても、それはそれで覚悟を示した事になるので問題は無いだろうとジンは判断する。
「分かりました。それではお試しください。もし腕を失ったならば、それで覚悟の証明とさせていただきます」
「《まだ、言うか。……いや、よかろう。では、その腕を貰い受ける》」
ユニコーンはジンの台詞に一瞬怒りをにじませたものの、これまでのジンの態度を思い出してその怒りをおさめた。
ジンが言った祝福の話が真実だとは思わないが、何か理由があっての発言かもしれないと思い直したのだ。
少なくともこれまでジンがとった言動は、彼にとっても信頼に値するものと言えた。
ジンが右手を前に突き出すと、その腕の周囲をシャボン玉のような球体が包む。そして、それが消えると同時にジンは腕に激しい痛みを感じ、思わず声をあげる。
「ぐあっ!!」
それは、これまでジンが経験した中で一番の激しい痛みだった。
しかし、その腕にあった服の裾の部分や手甲等は消えていたが、むき出しになったジンの腕は変わらずそこに存在したままだ。
消えた装備等はユニコーンの足元に現れたが、彼は本来なら腕ごとそうするつもりだったのだ。
「《馬鹿な!?》」
この事実に、ユニコーンは驚愕を隠せない。
先程彼が使ったのは、『空間魔法』の一種だ。シャボン玉の様な球体に囚われた物を任意の空間に飛ばすというもので、蔦魔獣をこの地に運んだのもこの魔法だ。
ユニコーンは、ジンの腕だけを転移させる事でその腕を切断するつもりだった。
他にも色々な方法はあったが、空間によって切り取られて出来るその切断面は、刃物で切るのとは比べ物にならないくらい綺麗で治療もしやすい。
ジンの覚悟を確認した後は、元通りに治してやるつもりでこの攻撃手段を選択したのだ。
この魔法には、魔力が高いものによっては抵抗する事も可能だが、ユニコーンの魔力はジン達人間とは比べ物にならないほど高く、人間に防がれる事など普通ではありえない。
しかし、この防ぐ事が難しいこの魔法を、単なる人間であるはずのジンは耐えて見せたのだ。
「私が嘘を言っている訳ではないと、分かっていただけましたでしょうか?」
ジンは痛みで脂汗をかきながら言った。体に傷がつく事は無いとは言え、HPは減るし痛みも感じるのだ。その痛みは瞬間的なものなので今も痛んでいるわけではないが、それだけ強烈な痛みだったという事だ。男宝
その様子に気付いたレイチェルが慌ててジンに近寄り、回復魔法をかけ始める。
「《……お前は何者だ》」
自分と同じような存在ならばともかく、ただの人間にあれを防ぐ事は出来ない。ユニコーンは混乱していた。
「申し上げましたように、ただの冒険者です。ただ、ちょっと他の人とは違う事もありますが」
苦笑いしつつジンはそこで一旦区切ると、ジンは治療をしてくれたレイチェルに小声でお礼を言った。そして再度姿勢を正すと、ユニコーンに向かって言葉を放つ。
「お待たせして済みませんでした。それでは、代わりに何をすれば宜しいでしょうか?」
今回は自分の体質で無効となってしまったからと、代わりの試練を要求するジン。
ジンも正直言うと出来ればもう少し楽なのがありがたいのだが、それでも試練を受けないという選択肢はないのだ。
「《……もう良い。お前は覚悟を示した》」
そうしてユニコーンは、少し疲れたようにジンの覚悟を認めた。
体に傷が無いとは言え、痛みを感じているのならばそれは一つの証明となる。ユニコーンはそう判断したのだ。
思わずホッと力を抜いたジンとは対照的に、今度はアリア達三人が前に進み出る。
「恐れながら聖獣様に申し上げます」
アリアが口にした聖獣という単語で、ようやくジンはユニコーンが聖獣と呼ばれる存在である事に気付いた。
絵本で見たのとは違うが、確かに言われて見れば聖獣以外にはありえない。
そんなジンの感想を余所に、アリアはさらに言葉をつなげる。
「私達にもどうか試練をお与え下さい!」
「「お願いします!」」
アリアに続いて、エルザとレイチェルも試練をお願いした。それはジンだけに重荷を背負わせないという事なのだろう。
しかし、それはジンにとっては許容しがたい事だ。自分がやった事を棚に上げ、そんな風に思うジン。
黙って自分の判断を尊重してくれたアリア達に感謝していたが、だからと言って逆の立場では、黙っている事が出来ないのだ。
それはある意味ジンの弱さなのだろう。
「いや、それは……」「《もうよい》」
思わず口を出そうとしたジンを遮り、ユニコーンはアリア達にそう答えた。
「《お前達の覚悟はわかった。それほどに『マドレンの花びら』を求めている事もな》」
そこで一旦区切り、続いた次の台詞はこれまで以上に真剣なものだった。
「《これから話す事は他言無用。例え親兄弟であろうと話さず、秘密を守る事を誓え》」
それはジン達にとって当然の話で今更なのだが、それだけ重大な話という事なのだろう。
「「「「誓います!」」」」
間髪いれず答えるジン達四人。それは反射的な答えではなく、世界に関わる重大な話との認識をした上での答えだ。
「《よかろう》」
ユニコーンはその答えに満足すると、その秘密を話し始める。
『《では、ジン。お前は『マドレンの花』の別名を知っているか?》」
「いえ、存じません」
「《娘達はどうだ?》」
ジンと同様に首を振るアリア達。
「《その別名は『吸魔花』と言う》」
重々しくその別名を告げるユニコーン。
「《それは大気中を流れる余剰魔力を吸い取り、その花びらに蓄えて大地に流す事から呼ばれるようになった花だ。そしてこの花こそが、遥かな過去においてこの世界を壊しそうになった原因の一つだ》」VVK
そうして語られたのは、世界の仕組みと知られざる歴史だった。
倒した蔦魔獣を挟んだ向こう側、つい数瞬前には何も存在していなかったはずの岩山の上に、それ・・は存在していた。巨根
岩山の上に立ち、此方をジッと見つめるその存在は、通常サイズの二倍近い大きさの白馬のような姿をしていた。しかし、それは単なる大きな馬などではなく、額から真っ直ぐに伸びた一本の角を生やしている。
また、背中の鬣たてがみは白銀に輝いて揺れ、その目は青く深い知性の光を感じさせた。
それは優美かつ力強い姿だが、その身にまとう雰囲気はどこか荒々しいものだった。
「ユニコーン……」
ジンは荒々しくも美しいその姿に魅了され、ただ呆然とつぶやく。
ユニコーンと言えば、処女を守護する優美な幻獣というイメージが一般的だ。だが今ジンの目の前にいる存在は、そうした一般的なユニコーンのイメージとは大きさも力強さも段違いだ。
ただ、与える印象は違えども、その根本にある美しさだけは共通していた。
数瞬の後、漸ようやく我に返ったジンは今の状況を思い出し、慌てて手に持ったままだった武器を『無限収納』にしまった。
だが、背後のアリア達はまだ茫然自失の状態で、呆然とユニコーンを見つめたままだ。
「皆、武器を収めるんだ!」
ジンのその言葉に反応し、ようやく我に返った三人も急いでそれぞれ武器をしまった。
それを確認した後、ジンは再び向き直ってユニコーンに話しかける。
「私はジン、彼女達はアリア、エルザ、レイチェルと申します。私達に何か御用でしょうか?」
相手がどういう存在なのかは分からない。しかし此方を警戒はしても、現段階では敵意は持っていない事はわかる。
そうでなければ、わざわざジン達にメッセージを伝えて存在をアピールする必要は無いはずだ。
もし敵意があるのならば、何も言わず不意打ちすれば良いだけの話だ。
こうした状況を考えれば、相手がコミュニケーション可能な言葉の通じる相手であり、かつ極めて理性的な存在である事は自明の理だった。
ジンはユニコーンの態度に敬意を表し、自然と丁寧な口調で話していた。
ユニコーンはその巨体にもかかわらず軽やかに岩山を駆け下ると、ジン達から5メートル程離れた距離にまで近づく。
そして、そこで再び思念を発した。
「《人間達よ、ここは吾が守護する領域の一つである。吾が配置した見張りを倒した事は許そう。しかし、先程お前達はこの上に登ると言っておったが、それに相違ないか?》」
ユニコーンの放つ思念は、ジン達に圧迫感を与えるだけでなく、その感情のようなものまでジン達に伝えてくる。現在ジン達が感じているのは、静かな怒りに近い感情だ。
ジンはその感情とプレッシャーに気圧されそうになりながらも、必死で考えを巡らせる。
最初に自分達にかけられた「そうはいかない」という台詞を考えると、この質問に対するYesの返事は、ユニコーンが望むものではないのだろう。しかし、だからと言って嘘をつくわけにもいかない。ここで引く事はできないのだ。
「はい。私達は病の特効薬となる、『マドレンの花びら』を採取する目的で参りました」
ジンのその返答と共に、ユニコーンが発するプレッシャーが爆発的に増大した。
「《戯言を! また、お前達人間は過ちを繰り返すつもりか! この愚か者めが!!》」
ユニコーンが発する思念は、まるで荒れ狂う感情の嵐だ。それはほとんどを怒りの感情が占めていたが、悲しみの感情も少なからず存在していた。
その大きな怒りの感情とプレッシャーは凄まじく、アリア達は無意識に後ずさって倒れこみ、ジンも思わず膝を突きそうになってしまう。
だがここで屈してしまえば、自分が言った事が戯言であると認めてしまう事になりかねない。
そんな事では、アイリス達を救う事など出来やしないのだ。狼一号
そう考えたジンは自分に〔気合〕を入れて踏み止まり、負けじと声を張り上げて言葉を返す。
「嘘なんかではありません!!」
一度言葉を発した事で楽になったジンは、そのままプレッシャーに負けじと言葉をつなげる。
「私達が『マドレンの花びら』を求める理由は、それにより『滅魔薬』という薬を作り、『魔力熱』に苦しむ子供達を救いたいからです!」
ここまで来た目的は、病で苦しむアイリス達を助けたいが為だ。
その為にビーンは禁忌とされた薬のレシピを提供し、グレッグも特例を認めてサポートしてくれた。アリアは実際に同行してくれているし、クラークも子供達の治療に走り回っている事だろう。
自分達がこうしてここまで戦って来たように、子供達やその家族も同じく戦っているのだ。
ここで自分が屈する訳にはいかないと、ジンは必死で想いを伝える。
「貴方が何にお怒りなのか私には理由が分かりませんが、私達が『マドレンの花びら』を求める理由はその一点のみです。ここが貴方の土地であるのならば、どうかお願いいたします。私達に『マドレンの花びら』を少しだけ分けていただけないでしょうか」
ただひたすらに子供達の事を思い、何とか分かってもらいたいとジンは無我夢中だった。
そしてふと気付くと、先程まであった荒れ狂う感情の嵐は静まっていた。
「《人間よ。名を聞こう》」
元々ユニコーンが発していたプレッシャーは変わらないが、既に一時の激情の影は無い。ただ静かにジンに問いかける。
「リエンツの街で冒険者をしております、ジンと申します」
姿勢を正し、ジンはユニコーンの目をしっかりと見つめて答えた。
「《ジンよ、お前が子供達の病の為に『マドレンの花びら』を欲している事は分かった。その理屈は分からないが、お前がそれが病の特効薬となると主張するのも、とりあえずは良しとしよう》」
ジンの言い分に一応の理解は示しつつ、ユニコーンは話を続ける。だが、その続いて発せられた台詞は、ジンにとって想定外のものだった。
「《だがジンよ。お前は、自分が今の世界を壊しかねない事をしようとしていると気付いているか? 遥か昔の過ちを繰り返そうとしている事に気付いているのか?》」
先程までとは違い、その台詞から伝わってくる感情はどこまでも静かだ。
「いいえ、まさか。それは一体どういう意味なのでしょうか?」
世界の崩壊など、寝耳に水もいいところだ。まさか花びらで世界が崩壊するなど、考えるはずも無い。
「《ジンよ、お前は世界を滅ぼすかもしれないと聞いても、まだマドレンの花を求めるか。お前に世界の滅びを背負う覚悟があるのか?》」
ユニコーンから伝わってくる感情は、どこまでも真剣だ。
だからジンも真剣に答える。
「それがマドレンの花びらを得るのに必要なのであれば、覚悟を持ってその責を背負います。そして、必ず世界を滅ぼすような事はさせないと誓います」
世界を滅ぼしかねないと言われても、アイリス達を諦める事など出来る訳が無い。
例え利己的と言われようとも、ジンはアイリス達を見捨てる事など出来ない。しかし同時に、自分達が暮らす世界を滅ぼすような事をさせるつもりも無いのだ。
ジンが返答をした後、お互いにしばし無言の時が過ぎた。
「《……ただ言葉だけでそれを吾に信じさせる事は出来ないのは、お前も分かっていよう。では、何をもってその覚悟を示す? 》」
「貴方が要求される事で、可能な事全てをもって」
「ジンさん!」
その問い掛けに即答で答えるジン。
相手に全権をゆだねてしまうのは、誠意に置いては最上級かもしれないが、交渉において最もやってはいけないことであろう。
邪魔をしてはいけないと黙って聞いていたアリアだったが、つい口から出てしまった叫びが空しく響く。
「《よかろう。……では、お前の利き腕をもらうぞ》」
ユニコーンから出されたその要求にジンは大きく息を呑み、アリア達三人は小さな悲鳴を上げた。
片腕を失うなど、ジンにとっても簡単な事のはずがない。三體牛鞭
自分は交渉に失敗したのかもしれないと、ジンは思わないでもなかった。しかし、事が自分ひとりだけで済むのなら、まだマシな要求なのかもしれないと思い直す。
また、かなり難易度の高い魔法とは言え、失った部位を取り戻す回復魔法も存在したはずだ。使い手の数は多くは無いだろうが、失われた腕を取り戻せる可能性もちゃんと残っているのだ。
そうして元通りになる方法が存在する事を考えると、この要求は妥当なのかもしれないとジンは結論付けた。
それに、もし今後ずっと片腕をなくしたままだとしても、片腕が無い生活とアイリス達がいない生活を比べた場合、ジンにとっては後者の方が圧倒的に耐え難いのだ。
「……分かりました。しかしそれは少し難しいかもしれません」
ジンは、最悪の事態を想定した上で承諾した。
しかし、自分の体は傷つく事がないという一点だけが気にかかっていた。
「《吾には出来ないと言うのか?》」
自分より遥かに弱い者から出来ないと言われ、その思念がどこか不機嫌そうになるのも無理はない。
しかしこれは強い弱いの話ではなく、体の作りそのものの話なのだ。
「私は、この体を損なう事がないという祝福を授かっております。そういう意味で、難しいかもしれないと申し上げました」
「《私も長く生きているが、そんな話は聞いた事が無い。そのような戯言でごまかすつもりか。それがお前の覚悟か?》」
そう言われてしまうと、あとは実際にやって見せるしかない。それにもし腕を失ったとしても、それはそれで覚悟を示した事になるので問題は無いだろうとジンは判断する。
「分かりました。それではお試しください。もし腕を失ったならば、それで覚悟の証明とさせていただきます」
「《まだ、言うか。……いや、よかろう。では、その腕を貰い受ける》」
ユニコーンはジンの台詞に一瞬怒りをにじませたものの、これまでのジンの態度を思い出してその怒りをおさめた。
ジンが言った祝福の話が真実だとは思わないが、何か理由があっての発言かもしれないと思い直したのだ。
少なくともこれまでジンがとった言動は、彼にとっても信頼に値するものと言えた。
ジンが右手を前に突き出すと、その腕の周囲をシャボン玉のような球体が包む。そして、それが消えると同時にジンは腕に激しい痛みを感じ、思わず声をあげる。
「ぐあっ!!」
それは、これまでジンが経験した中で一番の激しい痛みだった。
しかし、その腕にあった服の裾の部分や手甲等は消えていたが、むき出しになったジンの腕は変わらずそこに存在したままだ。
消えた装備等はユニコーンの足元に現れたが、彼は本来なら腕ごとそうするつもりだったのだ。
「《馬鹿な!?》」
この事実に、ユニコーンは驚愕を隠せない。
先程彼が使ったのは、『空間魔法』の一種だ。シャボン玉の様な球体に囚われた物を任意の空間に飛ばすというもので、蔦魔獣をこの地に運んだのもこの魔法だ。
ユニコーンは、ジンの腕だけを転移させる事でその腕を切断するつもりだった。
他にも色々な方法はあったが、空間によって切り取られて出来るその切断面は、刃物で切るのとは比べ物にならないくらい綺麗で治療もしやすい。
ジンの覚悟を確認した後は、元通りに治してやるつもりでこの攻撃手段を選択したのだ。
この魔法には、魔力が高いものによっては抵抗する事も可能だが、ユニコーンの魔力はジン達人間とは比べ物にならないほど高く、人間に防がれる事など普通ではありえない。
しかし、この防ぐ事が難しいこの魔法を、単なる人間であるはずのジンは耐えて見せたのだ。
「私が嘘を言っている訳ではないと、分かっていただけましたでしょうか?」
ジンは痛みで脂汗をかきながら言った。体に傷がつく事は無いとは言え、HPは減るし痛みも感じるのだ。その痛みは瞬間的なものなので今も痛んでいるわけではないが、それだけ強烈な痛みだったという事だ。男宝
その様子に気付いたレイチェルが慌ててジンに近寄り、回復魔法をかけ始める。
「《……お前は何者だ》」
自分と同じような存在ならばともかく、ただの人間にあれを防ぐ事は出来ない。ユニコーンは混乱していた。
「申し上げましたように、ただの冒険者です。ただ、ちょっと他の人とは違う事もありますが」
苦笑いしつつジンはそこで一旦区切ると、ジンは治療をしてくれたレイチェルに小声でお礼を言った。そして再度姿勢を正すと、ユニコーンに向かって言葉を放つ。
「お待たせして済みませんでした。それでは、代わりに何をすれば宜しいでしょうか?」
今回は自分の体質で無効となってしまったからと、代わりの試練を要求するジン。
ジンも正直言うと出来ればもう少し楽なのがありがたいのだが、それでも試練を受けないという選択肢はないのだ。
「《……もう良い。お前は覚悟を示した》」
そうしてユニコーンは、少し疲れたようにジンの覚悟を認めた。
体に傷が無いとは言え、痛みを感じているのならばそれは一つの証明となる。ユニコーンはそう判断したのだ。
思わずホッと力を抜いたジンとは対照的に、今度はアリア達三人が前に進み出る。
「恐れながら聖獣様に申し上げます」
アリアが口にした聖獣という単語で、ようやくジンはユニコーンが聖獣と呼ばれる存在である事に気付いた。
絵本で見たのとは違うが、確かに言われて見れば聖獣以外にはありえない。
そんなジンの感想を余所に、アリアはさらに言葉をつなげる。
「私達にもどうか試練をお与え下さい!」
「「お願いします!」」
アリアに続いて、エルザとレイチェルも試練をお願いした。それはジンだけに重荷を背負わせないという事なのだろう。
しかし、それはジンにとっては許容しがたい事だ。自分がやった事を棚に上げ、そんな風に思うジン。
黙って自分の判断を尊重してくれたアリア達に感謝していたが、だからと言って逆の立場では、黙っている事が出来ないのだ。
それはある意味ジンの弱さなのだろう。
「いや、それは……」「《もうよい》」
思わず口を出そうとしたジンを遮り、ユニコーンはアリア達にそう答えた。
「《お前達の覚悟はわかった。それほどに『マドレンの花びら』を求めている事もな》」
そこで一旦区切り、続いた次の台詞はこれまで以上に真剣なものだった。
「《これから話す事は他言無用。例え親兄弟であろうと話さず、秘密を守る事を誓え》」
それはジン達にとって当然の話で今更なのだが、それだけ重大な話という事なのだろう。
「「「「誓います!」」」」
間髪いれず答えるジン達四人。それは反射的な答えではなく、世界に関わる重大な話との認識をした上での答えだ。
「《よかろう》」
ユニコーンはその答えに満足すると、その秘密を話し始める。
『《では、ジン。お前は『マドレンの花』の別名を知っているか?》」
「いえ、存じません」
「《娘達はどうだ?》」
ジンと同様に首を振るアリア達。
「《その別名は『吸魔花』と言う》」
重々しくその別名を告げるユニコーン。
「《それは大気中を流れる余剰魔力を吸い取り、その花びらに蓄えて大地に流す事から呼ばれるようになった花だ。そしてこの花こそが、遥かな過去においてこの世界を壊しそうになった原因の一つだ》」VVK
そうして語られたのは、世界の仕組みと知られざる歴史だった。
2013年11月17日星期日
毒針
八階層を走破して、九階層に移動した。
ベイルの迷宮八階層のボスは、すでに戦ったことのある相手だし、たいした問題ではない。
メッキで防御を固めつつデュランダルで叩き斬り、楽勝だ。
ベイルの迷宮九階層の魔物はスローラビットらしい。天天素
セリーがクーラタルの探索者ギルドで調べてきた。
スローラビットなら、クーラタル八階層でも戦っているし、動きも遅い。
何の問題もない。
こっちも楽勝だ。
「そんなふうに考えていた時期が、俺にもありました」
ファイヤーボール六発でスローラビットLv9を沈めた後、つぶやく。
六発か。
Lv9からは、魔物を倒すのに魔法六発が必要になるようだ。
階層が上がるごとに、やはり敵も確実に強くなっていく。
「魔法を使う回数は一つ増えましたが、そう大きな違いはないでしょう。数回で倒せるなんてさすがご主人様です」
「その分、魔物と打ち合う時間が長くなるが」
「回避すれば何の問題もありません」
倒すのに必要な魔法の回数が増えれば、戦闘時間が延びる。
戦闘が延び、魔物と近接している時間が長くなる。
当然、攻撃を浴びることも増えるだろう。
約一名を除いて。
俺が前に出るのはデュランダルを持っているときだから問題はない。
攻撃を喰らってもHP吸収ですぐに回復できる。
問題は、セリーの方だ。
「九階層は大変じゃないか?」
しばらく戦闘をこなしてから、セリーに確認した。
セリーは何度か魔物の攻撃を喰らっている。
被弾の増加はやはり避けられない。
「いえ、大丈夫です。八階層より特にきつくなった感じはありません」
「魔物の攻撃を受けることが増えてないか」
「すぐに手当てをしてもらっていますし、問題ありません。えっと。やはりご迷惑でしたでしょうか。がんばってロクサーヌさんのように回避できるようになりたいと思います」
「いやいや。手当てをするのは別に面倒じゃない。セリーがきつくなければ、大丈夫だ」
あわてて否定した。
セリーは気丈にもがんばってくれるようだ。
まあセリーがいいというのなら大丈夫だろう。
九階層もなんとかなりそうか。
翌朝、クーラタルの迷宮でも九階層に移動する。
ボス戦は例によってデュランダルでぼこった。
「クーラタルの迷宮九階層の魔物はニートアントです。毒を使った攻撃をしてくるのが大きな特徴です。水魔法がニートアントの弱点になります」
八階層のボス部屋から九階層に飛ぶと、セリーが説明してくる。
毒か。
クーラタルの迷宮九階層は一筋縄ではいかないようだ。
「ありがとう。水魔法を使えばいいんだな」
「はい」
「分かった。しかし毒を使ってくる魔物は初めてだな」
「えっと。スパイスパイダーも、低確率ですが攻撃されると毒を受けることがあります。それと、グリーンキャタピラーのボスのホワイトキャタピラーは毒を浴びせるスキル攻撃を仕掛けてきます。糸で動きにくくした後に毒攻撃をしてくるのが定番です。強力な連携技で、これにやられる人も多いと聞きます」
あれ。そうだったのか。
確かに毒消し丸は必需品だと聞いた。
それだけ毒攻撃をしてくる魔物が多いということだろう。
毒を使ってくる魔物がいないと思っていたが、運がよかっただけか。
スパイスパイダーは、大体のところロクサーヌが相手をしている。
つまり攻撃はほとんど当たっていない。
ホワイトキャタピラーのスキル攻撃は全部キャンセルした。三鞭粒
「気づかなかったな」
「低階層で毒を使ってくる魔物の代表格はなんといってもニートアントです。ニートアントの恐ろしいところは、通常攻撃でも毒を受けることがあるし、こちらに確実に毒を与えるスキル攻撃もしてくるところです」
二段構えということか。
そして、スキル攻撃は上の階層であればあるほど使ってくる。
「毒を喰らうとどうなるんだ」
「どんどんと衰弱していき、放っておけば最後には死にます」
「毒消し丸で治せるよな」
「はい」
「後遺症とかはないか」
「毒そのものは薬で消せます。ただし、ダメージは受けたままです。必要なら傷薬を使うか手当てをするのがいいでしょう」
予後は良好のようだ。
「分かった。毒消し丸はアイテムボックスにあるから、二人とも毒を受けたらすぐ取りに来い」
「はい、ご主人様」
「かしこまりました」
リュックサックに入れるよりアイテムボックスから取った方が早いだろう。
アイテムボックスはセリーにもあるが、詠唱が必要だ。
俺なら詠唱なしですぐに取り出せる。
俺が動けなくなった場合のことも想定はしておくべきか。
ボス戦でもなければ今のところそこまでの心配はいらないだろうが。
「セリーにも毒消し丸をいくつか渡しておく。万が一の時にはそれを使え」
セリーにアイテムボックスを開けさせ、毒消し丸を渡した。
探索者Lv10でなれる鍛冶師のアイテムボックス容量は、やはり十種類×十個のようだ。
毒消し丸十個を入れさせる。
ロクサーヌの案内で進み、ニートアントに対面した。
でかいアリだ。
形そのものは、普通のアリである。
ただしでかい。
異様なほどでかい。
遠くで見てもでかい。
見方によってはちょっと気持ち悪い。
いや、気味が悪いというよりかは、おどろおどろしい。
うん。
でかいカブトムシだと思えば、そう気持ち悪いわけではない。
あれはカブトムシの仲間だ、カブトムシ。
黒光りするからといって、決してGを思い浮かべてはいけない。
うわっ。
思い浮かべてしまった。
脚のギザギザの辺りが、似ていなくもない。
違う。
アリだ。
ただのアリだ。
Gではない。
ウォーターボールと念じた。
水の球が頭上にでき、洞窟内を進んでいく。
ニートアントは、Gのようにそそくさと移動したり、飛んだりすることはなかった。
ウォーターボールが命中して弾ける。
よかった。
やはりGではない。
ゴキブリなら絶対に今の水球を回避していただろう。
二発めのウォーターボールを撃ち込む。威哥王三鞭粒
動き自体は他の魔物と変わらないようだ。
やはりアリだ。
働きアリじゃなくてニートアントだけどな。
働いたら負けかなと思ってそうだ。
近くで見ると全長一メートルくらいはあるだろうか。
これだけでかいとやはりちょっと気持ち悪い。
続いて三発め。
働けよ。
まあ魔物が働くとろくなことにはならないだろうが。
ウォーターボールを正面から喰らい、ニートアントが倒れた。
三発か。
水魔法は弱点なので、威力が倍になるようだ。
Lv9だから、通常なら六発かかるところなのだろう。
三発なので、こちらと接触する前に倒せた。
毒針
緑の煙が消えると、なにやら恐ろしい名称のものが残る。
まがまがしい。
セリーが無造作に拾い上げて持ってきた。
大丈夫なのか?
「はい」
「えーっと。手で持っても問題ないのか」
「人間や動物相手には食べさせないと毒にならないそうです」
手で触れても大丈夫のようだ。
思い切って、受け取った。
黒くて円錐形をした五センチくらいのアイテムだ。
先っぽのところが毒針になっているかとも思ったが、そうでもないらしい。
「経口摂取しないと駄目なのか。蛇の逆だな」
「そうなのですか?」
「そうだ」
蛇の毒はタンパク質でできているから、食べると消化されると聞いた。
蛇が毒を使うのは獲物を狩るためだ。
獲物を毒で倒した後、今度は毒に汚染された獲物を自分が食べることになる。
自分の出した毒で自分がやられてしまったのでは目も当てられない。
「そうなのですか。そんなことを知っているなんて、すごいです」
「さすがご主人様です」
無駄な現代知識で尊敬を買ってしまった。
毒針も知らないことで評価を下げたからな。
それを相殺する。
セリーは口にも目にも出さなかったが、毒針も知らない田舎者だと少しは思ったことだろう。
この世界の蛇は地球とは違う可能性もあるが。
この世界の蛇が獲物を狩るために毒を使うのなら、地球と同じ理由で食べても大丈夫だろう。
捕食者である蛇が身を守るために毒を持つなんてことはそうはあるまい。
「毒針は魔物相手には有効です。投げつけたりすることで、うまく当たれば毒状態にできます。実力の拮抗したボスとの戦闘では、最初に毒針を使うことが基本戦略になります」
「ボスも毒を受けるのか」
「六人パーティー全員で二、三個も投げれば、毒を与えることができます」
「確率低っ」
六人で二、三個なら、全部で十二個から十八個だ。威哥王
確実に毒を与えるには結構な数が必要になるらしい。
一個や二個ではあまり毒にならないということだろう。
「その他に特殊な使い方もします。迷宮の外に出ている魔物には、こちらから攻撃しない限り積極的には人を襲ってこないものも多くいます。この毒針は毒にする以外は何の効果もないアイテムなので、その魔物に投げつけても攻撃とは認識されません。毒状態になると攻撃したと判断されますが、毒にしてから倒すことで、短時間で倒すことができます」
そんな裏技があるのか。
いろいろたくましいというべきか。
「あ。私も子どものころ、それで遊んだことがあります」
ロクサーヌが声を上げた。
ロクサーヌはやったことがあるらしい。
「ロクサーヌがか」
「えっと。結構元手がかかるのでは。私は貴族やなんかの子弟がするものだと聞きましたが」
なるほど。
毒針もただではない。
コボルトソルトだって買い取ってくれるのだから、毒針もそれなりの値段はするだろう。
それを何個も魔物に投げるのはもったいない。
「近くにニートアントの湧く場所があったので、毒針はそこで集めました。どうせ毒針を持って帰っても危ないことをするなと怒られるだけなので、今度は森の奥に行き、強い魔物相手に毒針を使います」
やり方としては、理にかなっているような。
確かにやり方としては。
「ニートアントは、普通に狩るんだよな」
「そうです」
「でもばれたら危険だと怒られると」
「非力な子どもなので、倒すのに数時間はかかりますから」
何か非常識な言葉が聞こえたような気がしたが、空耳に違いない。
それとも、この世界の数時間は地球時間では数秒だったか。
「えっと。ニートアントは毒にするスキル攻撃もしてくるので、非常に危険だと思いますが」
「攻撃をかわしてしまえば問題はありません」
「数時間も戦うのにですか」
「はい」
セリーよ。そこは突っ込んではいけないところだ。
「それで、倒して得た毒針を他の魔物に使うと」
「はい」
「その魔物は普通に狩るだけじゃ駄目なのか?」
「もちろん、私ではとても手が出せないような強い魔物を狙います。こちらの攻撃ではびくともしません。住んでいたところの近くでは、ノンレムゴーレムが比較的安全に近づけて強い魔物でした」
普通に狩れるニートアントを倒して得た毒針を使って、普通では狩れないノンレムゴーレムを狙うということか。MaxMan
ベイルの迷宮八階層のボスは、すでに戦ったことのある相手だし、たいした問題ではない。
メッキで防御を固めつつデュランダルで叩き斬り、楽勝だ。
ベイルの迷宮九階層の魔物はスローラビットらしい。天天素
セリーがクーラタルの探索者ギルドで調べてきた。
スローラビットなら、クーラタル八階層でも戦っているし、動きも遅い。
何の問題もない。
こっちも楽勝だ。
「そんなふうに考えていた時期が、俺にもありました」
ファイヤーボール六発でスローラビットLv9を沈めた後、つぶやく。
六発か。
Lv9からは、魔物を倒すのに魔法六発が必要になるようだ。
階層が上がるごとに、やはり敵も確実に強くなっていく。
「魔法を使う回数は一つ増えましたが、そう大きな違いはないでしょう。数回で倒せるなんてさすがご主人様です」
「その分、魔物と打ち合う時間が長くなるが」
「回避すれば何の問題もありません」
倒すのに必要な魔法の回数が増えれば、戦闘時間が延びる。
戦闘が延び、魔物と近接している時間が長くなる。
当然、攻撃を浴びることも増えるだろう。
約一名を除いて。
俺が前に出るのはデュランダルを持っているときだから問題はない。
攻撃を喰らってもHP吸収ですぐに回復できる。
問題は、セリーの方だ。
「九階層は大変じゃないか?」
しばらく戦闘をこなしてから、セリーに確認した。
セリーは何度か魔物の攻撃を喰らっている。
被弾の増加はやはり避けられない。
「いえ、大丈夫です。八階層より特にきつくなった感じはありません」
「魔物の攻撃を受けることが増えてないか」
「すぐに手当てをしてもらっていますし、問題ありません。えっと。やはりご迷惑でしたでしょうか。がんばってロクサーヌさんのように回避できるようになりたいと思います」
「いやいや。手当てをするのは別に面倒じゃない。セリーがきつくなければ、大丈夫だ」
あわてて否定した。
セリーは気丈にもがんばってくれるようだ。
まあセリーがいいというのなら大丈夫だろう。
九階層もなんとかなりそうか。
翌朝、クーラタルの迷宮でも九階層に移動する。
ボス戦は例によってデュランダルでぼこった。
「クーラタルの迷宮九階層の魔物はニートアントです。毒を使った攻撃をしてくるのが大きな特徴です。水魔法がニートアントの弱点になります」
八階層のボス部屋から九階層に飛ぶと、セリーが説明してくる。
毒か。
クーラタルの迷宮九階層は一筋縄ではいかないようだ。
「ありがとう。水魔法を使えばいいんだな」
「はい」
「分かった。しかし毒を使ってくる魔物は初めてだな」
「えっと。スパイスパイダーも、低確率ですが攻撃されると毒を受けることがあります。それと、グリーンキャタピラーのボスのホワイトキャタピラーは毒を浴びせるスキル攻撃を仕掛けてきます。糸で動きにくくした後に毒攻撃をしてくるのが定番です。強力な連携技で、これにやられる人も多いと聞きます」
あれ。そうだったのか。
確かに毒消し丸は必需品だと聞いた。
それだけ毒攻撃をしてくる魔物が多いということだろう。
毒を使ってくる魔物がいないと思っていたが、運がよかっただけか。
スパイスパイダーは、大体のところロクサーヌが相手をしている。
つまり攻撃はほとんど当たっていない。
ホワイトキャタピラーのスキル攻撃は全部キャンセルした。三鞭粒
「気づかなかったな」
「低階層で毒を使ってくる魔物の代表格はなんといってもニートアントです。ニートアントの恐ろしいところは、通常攻撃でも毒を受けることがあるし、こちらに確実に毒を与えるスキル攻撃もしてくるところです」
二段構えということか。
そして、スキル攻撃は上の階層であればあるほど使ってくる。
「毒を喰らうとどうなるんだ」
「どんどんと衰弱していき、放っておけば最後には死にます」
「毒消し丸で治せるよな」
「はい」
「後遺症とかはないか」
「毒そのものは薬で消せます。ただし、ダメージは受けたままです。必要なら傷薬を使うか手当てをするのがいいでしょう」
予後は良好のようだ。
「分かった。毒消し丸はアイテムボックスにあるから、二人とも毒を受けたらすぐ取りに来い」
「はい、ご主人様」
「かしこまりました」
リュックサックに入れるよりアイテムボックスから取った方が早いだろう。
アイテムボックスはセリーにもあるが、詠唱が必要だ。
俺なら詠唱なしですぐに取り出せる。
俺が動けなくなった場合のことも想定はしておくべきか。
ボス戦でもなければ今のところそこまでの心配はいらないだろうが。
「セリーにも毒消し丸をいくつか渡しておく。万が一の時にはそれを使え」
セリーにアイテムボックスを開けさせ、毒消し丸を渡した。
探索者Lv10でなれる鍛冶師のアイテムボックス容量は、やはり十種類×十個のようだ。
毒消し丸十個を入れさせる。
ロクサーヌの案内で進み、ニートアントに対面した。
でかいアリだ。
形そのものは、普通のアリである。
ただしでかい。
異様なほどでかい。
遠くで見てもでかい。
見方によってはちょっと気持ち悪い。
いや、気味が悪いというよりかは、おどろおどろしい。
うん。
でかいカブトムシだと思えば、そう気持ち悪いわけではない。
あれはカブトムシの仲間だ、カブトムシ。
黒光りするからといって、決してGを思い浮かべてはいけない。
うわっ。
思い浮かべてしまった。
脚のギザギザの辺りが、似ていなくもない。
違う。
アリだ。
ただのアリだ。
Gではない。
ウォーターボールと念じた。
水の球が頭上にでき、洞窟内を進んでいく。
ニートアントは、Gのようにそそくさと移動したり、飛んだりすることはなかった。
ウォーターボールが命中して弾ける。
よかった。
やはりGではない。
ゴキブリなら絶対に今の水球を回避していただろう。
二発めのウォーターボールを撃ち込む。威哥王三鞭粒
動き自体は他の魔物と変わらないようだ。
やはりアリだ。
働きアリじゃなくてニートアントだけどな。
働いたら負けかなと思ってそうだ。
近くで見ると全長一メートルくらいはあるだろうか。
これだけでかいとやはりちょっと気持ち悪い。
続いて三発め。
働けよ。
まあ魔物が働くとろくなことにはならないだろうが。
ウォーターボールを正面から喰らい、ニートアントが倒れた。
三発か。
水魔法は弱点なので、威力が倍になるようだ。
Lv9だから、通常なら六発かかるところなのだろう。
三発なので、こちらと接触する前に倒せた。
毒針
緑の煙が消えると、なにやら恐ろしい名称のものが残る。
まがまがしい。
セリーが無造作に拾い上げて持ってきた。
大丈夫なのか?
「はい」
「えーっと。手で持っても問題ないのか」
「人間や動物相手には食べさせないと毒にならないそうです」
手で触れても大丈夫のようだ。
思い切って、受け取った。
黒くて円錐形をした五センチくらいのアイテムだ。
先っぽのところが毒針になっているかとも思ったが、そうでもないらしい。
「経口摂取しないと駄目なのか。蛇の逆だな」
「そうなのですか?」
「そうだ」
蛇の毒はタンパク質でできているから、食べると消化されると聞いた。
蛇が毒を使うのは獲物を狩るためだ。
獲物を毒で倒した後、今度は毒に汚染された獲物を自分が食べることになる。
自分の出した毒で自分がやられてしまったのでは目も当てられない。
「そうなのですか。そんなことを知っているなんて、すごいです」
「さすがご主人様です」
無駄な現代知識で尊敬を買ってしまった。
毒針も知らないことで評価を下げたからな。
それを相殺する。
セリーは口にも目にも出さなかったが、毒針も知らない田舎者だと少しは思ったことだろう。
この世界の蛇は地球とは違う可能性もあるが。
この世界の蛇が獲物を狩るために毒を使うのなら、地球と同じ理由で食べても大丈夫だろう。
捕食者である蛇が身を守るために毒を持つなんてことはそうはあるまい。
「毒針は魔物相手には有効です。投げつけたりすることで、うまく当たれば毒状態にできます。実力の拮抗したボスとの戦闘では、最初に毒針を使うことが基本戦略になります」
「ボスも毒を受けるのか」
「六人パーティー全員で二、三個も投げれば、毒を与えることができます」
「確率低っ」
六人で二、三個なら、全部で十二個から十八個だ。威哥王
確実に毒を与えるには結構な数が必要になるらしい。
一個や二個ではあまり毒にならないということだろう。
「その他に特殊な使い方もします。迷宮の外に出ている魔物には、こちらから攻撃しない限り積極的には人を襲ってこないものも多くいます。この毒針は毒にする以外は何の効果もないアイテムなので、その魔物に投げつけても攻撃とは認識されません。毒状態になると攻撃したと判断されますが、毒にしてから倒すことで、短時間で倒すことができます」
そんな裏技があるのか。
いろいろたくましいというべきか。
「あ。私も子どものころ、それで遊んだことがあります」
ロクサーヌが声を上げた。
ロクサーヌはやったことがあるらしい。
「ロクサーヌがか」
「えっと。結構元手がかかるのでは。私は貴族やなんかの子弟がするものだと聞きましたが」
なるほど。
毒針もただではない。
コボルトソルトだって買い取ってくれるのだから、毒針もそれなりの値段はするだろう。
それを何個も魔物に投げるのはもったいない。
「近くにニートアントの湧く場所があったので、毒針はそこで集めました。どうせ毒針を持って帰っても危ないことをするなと怒られるだけなので、今度は森の奥に行き、強い魔物相手に毒針を使います」
やり方としては、理にかなっているような。
確かにやり方としては。
「ニートアントは、普通に狩るんだよな」
「そうです」
「でもばれたら危険だと怒られると」
「非力な子どもなので、倒すのに数時間はかかりますから」
何か非常識な言葉が聞こえたような気がしたが、空耳に違いない。
それとも、この世界の数時間は地球時間では数秒だったか。
「えっと。ニートアントは毒にするスキル攻撃もしてくるので、非常に危険だと思いますが」
「攻撃をかわしてしまえば問題はありません」
「数時間も戦うのにですか」
「はい」
セリーよ。そこは突っ込んではいけないところだ。
「それで、倒して得た毒針を他の魔物に使うと」
「はい」
「その魔物は普通に狩るだけじゃ駄目なのか?」
「もちろん、私ではとても手が出せないような強い魔物を狙います。こちらの攻撃ではびくともしません。住んでいたところの近くでは、ノンレムゴーレムが比較的安全に近づけて強い魔物でした」
普通に狩れるニートアントを倒して得た毒針を使って、普通では狩れないノンレムゴーレムを狙うということか。MaxMan
2013年11月15日星期五
聖槍
ハルバーの迷宮二十三階層に入った。
聖槍とひもろぎのイアリングをテストしてみる。
いきなりシザーリザード相手は怖いような気もするが、聖槍は前にも試したことがある。
問題はないだろう。韓国痩身1号
試してみると、やはり今までより早く魔物を倒せた。
しっかり強くなっている。
聖槍そのものはひもろぎのロッドより弱かったから、ひもろぎのイアリングの知力二倍がちゃんと効いている。
大丈夫だ。
聖槍だといい点がもう一つあった。
セリーがやっているように、槍なら二列めから攻撃が届く。
ミリアかベスタの斜め後ろから魔物を攻撃することもできた。
ロクサーヌの後ろは危険すぎるとして。
聖槍を持てば魔法を使う合間合間に攻撃ができる。
今はまだ突いたり叩いたりするだけだが、慣れていけば斬ったりなぎ払ったりすることもできるようになるだろう。
MP吸収のスキルでもつければだいぶ楽になるな。
「この先にいる魔物はマーブリームだけのようです」
「お。そうか。さすがロクサーヌだ。次はちょっと実験してみるから、倒すのに多少時間がかかる」
ロクサーヌがアドバイスをくれたので、聖槍をしまいダマスカスステッキを取り出した。
ダマスカスステッキを試すのは、さすがにシザーリザード相手ではない方がいいだろう。
魔物が現れる。
マーブリーム二匹だ。
サンドストームを二回念じた。
念じた後で走り出そう、としたら、誰も動かない。
何故だ。
いや、そうか。
マーブリームしかいないのだから、こっちから近づく必要はない。
ロクサーヌがわざわざ進言してきたのはそのためか。
ダマスカスステッキを手に入れたことは教えていないし、マーブリーム相手に試すとも言ってないからな。
走り出さないように、敵はマーブリームだけだと教えたのか。
動いたときに聖槍を放り投げるのが嫌でアイテムボックスにしまったのだが、この場で迎え撃つならしまうことはなかった。
ミリアもベスタもよく走り出さなかったものだ。
セリーはともかく。
二人ともすましているが、きっと内心では驚いているに違いない。
気づかなかったのが俺だけということはないはずだ。
俺も何ごともなかったかのような顔で魔法を放っていく。
魔法を撃ってから移動する魔法使いでよかった。
下手をしたら一人だけ走り出して恥をかくところだった。
マーブリームを倒す。
ダマスカスステッキの強さは、ロッドよりも上でスタッフよりは下というところか。
アクセサリーにつけた知力二倍はもちろん有効になっているはずだ。
聖槍より弱いからメインで使うことはないが、予備としては十分だろう。
武器を聖槍に戻して、探索を続ける。
シザーリザード四匹にロートルトロール一匹が現れた。
大所帯だ。
今度は四人がすぐに駆け出す。
ちゃんと分かっているのか。
不可解だ。
俺はその場でサンドストームを二度念じてから、追いかけた。
ロートルトロールを先に倒すなら弱点は火属性だが、シザーリザードは火魔法に耐性があるので使えない。
耐性がなかったとしても、ロートルトロールを優先して倒すべきかどうかは相変わらず判断が難しい。
今の場合、ロートルトロールを一匹減らしてもあまり意味はない、かもしれない。
二十二階層までの魔物に比べたらシザーリザードはかなり強くなっている。
シザーリザードを倒すのを遅らせることはないだろう。韓国痩身一号
ロクサーヌたちが魔物に対峙した。
ロートルトロールを挟んでシザーリザード三匹が横に並び、迎え撃つ。
「来ます」
後ろに回ったシザーリザードの足元に魔法陣が浮かんだ。
ロクサーヌの警告の後、周囲に火の粉が舞う。
全体攻撃魔法だ。
魔物の全体攻撃魔法もファイヤーストームと変わらないらしい。
一瞬、体全体がカッと熱くなった。
胸が締めつけられ、節々が痛む。
足の指がもがれそうだ。
肌がちりちりと焼け、痛覚神経が悲鳴を漏らした。
三匹のシザーリザードが隙を逃さず攻めかかる。
ロクサーヌが身体を揺らして避け、ミリアが大きく足を引き、ベスタが剣で弾いた。
今のがよくかわせるもんだな。
俺なら確実に喰らっていた。
それでも、痛かったのは一瞬だ。
すぐに熱さはやみ、痛みも引く。
服やリュックサックに燃え移ることもないようだ。
体だけが熱せられたのかもしれない。
ロートルトロールが遅れて大きく腕を振った。
ロクサーヌが何ごともなかったかのようにかわす。
俺はお返しにサンドストームをぶち込んだ。
セリーは、連発されないように槍をかまえて魔物をにらみつける。
シザーリザードの全体攻撃魔法に致命的なまでの威力はないようだ。
これなら一発二発で死ぬことはない。
サンドストームを連発し、次を浴びる前に魔物を倒した。
「これが全体攻撃魔法か」
それでも、さすがに二桁は耐えられる自信がない。
連発されると結構大変かもしれない。
「単体の魔法より威力があるような気がしますが、気のせいでしょうか」
ロクサーヌがシザーリザードの単体攻撃魔法を受けたときにはメッキをかけていた。
いずれにせよ威力の正確な測定はできない。
測るとしたら、何発浴びたら死ぬか、くらいだ。
測りたくない。
「分かりませんが、耐えられないほどではないですね。きついことはきついですがしょうがありません。何発かは耐えられそうですから問題ないでしょう」
セリーは頼もしいことをおっしゃる。
「はい、です」
「革もあったのか」
全員に順次手当てをかけていると、ミリアが革を持ってきた。
革のブラヒム語は、すでに忘れているらしい。
「そうですね。これくらいならたいしたことはないと思います。あ、手当てはもう必要ありません」
ベスタにいたっては手当て一回で断ってくる。
たくましすぎだろう。
竜騎士だから堅いのだろうか。
「危なそうじゃなくても、ダメージが残ってそうなら言え」
「はい。大丈夫です。ありがとうございます」
別に遠慮しているわけでもないようか。
俺なら大丈夫と思ってから念のためにさらにもう一度自分に手当てしてしまうが。
この差は何だろう。
覚悟の違いだろうか。
必要ないそうなので手当てを終え、探索を再開する。
全体攻撃を喰らったとき、全員に手当てをかけるのは面倒だな。
戦闘中に手当てが必要なくらいダメージを受けたら、間に合わなくなる恐れもある。
全体手当てができる神官の早期取得が望まれる。
あるいはセリーのジョブを巫女にするか。御秀堂養顔痩身カプセル第2代
セリーを巫女もいいが、鍛冶師のレベルを伸ばしていきたい感じもするんだよな。
これからもいろいろ新しい装備品を作ってもらうことを考えると。
ミリアは暗殺者だし、ベスタには竜騎士があっているだろう。
となると、消去法で残るのはロクサーヌか。
ロクサーヌならどんなジョブでもこなしてしまいそうではある。
まあそれはもっと厳しくなってからでいいだろう。
その日は、夕方まで探索を行い、風呂を入れて一日の活動を終えた。
ロクサーヌやセリーたちには夕食の後片づけや鍛冶も残っているが。
遊び人のスキルに初級水魔法をセットすれば風呂を入れるのも楽になったし、今日は少し温度も高かったようだ。
風呂でさっぱりするのがいいだろう。
汗も少しはかいたはずだ。
迷宮の中はそれほど暑くはないとはいえ。
寝汗とか。
朝方はベスタにひっついているとひんやりした感じもあるとはいえ。
とにかく、風呂に入って一日を終える。
風呂に入った後、少し運動もしたが、終える。
色魔をつければ疲れることもない。
腰の運動など、あってないようなものだ。
翌朝、地図を持ってクーラタルの二十二階層に入った。
さすがに二十二階層までくると早朝に入る必要はないかもしれないが、混んでたりしたら嫌だし。
「ミリアのジョブだが、石化の剣を生かすため、暗殺者にしようと思う」
二十二階層の入り口で、全員に告げる。
昨日ついにミリアのジョブが戦士Lv30に達した。
暗殺者と騎士もちゃんと取得している。
黙って変えるのも悪いような気がするので、宣言した。
いっても暗殺者だしな。
嫌がらないだろうか。
「はい」
「確かに、毒付与なんかがあるといいそうです」
「はい、です」
ジョブの名前は暗殺者だが、別に嫌われているわけでもないようか。
取り越し苦労だったようだ。
まあLv1になるという問題もある。
「新しいジョブに就くので、慣れるまで少しの間、ミリアは後列に回した方がいいだろうか」
「必要ないと思います」
「ギルド神殿でジョブを変更した場合でもパーティーを組んでいるのなら奴隷にそんな配慮はしません。必要ないのでは」
「だいじょうぶ、です」
ロクサーヌ、セリー、ミリアが大丈夫だと言い張った。
パーティーの中にいれば他のパーティーメンバーが持つジョブの効果がその人に及ぶ。
Lv1になったからといって極端に弱体化はしないのだろう。
「うーん。問題ないのか」
「いつまで後列にいればいいか分かりませんし、二十三階層より上の階層の魔物には全体攻撃魔法があるので、後列だからといって安心はできません」
セリーのいうことは、この世界では合理的なんだろう。
俺には獲得経験値二十倍があるし、レベルを見て判断することもできるが。
ミリアが後列にいるのは多分クーラタルの二十二階層にいる間くらいだ。
「分かった。だが、しばらくはくれぐれも慎重にな」
「はい、です」
「ベスタは硬直のエストックを試してみたくないか?」
「ええっと。そうですね、興味はあります」
「なら、魔物の数が少ないときには、ミリアは武器をベスタと交換して後列に回ってくれ。二匹以下ならそれで問題ないだろう」御秀堂養顔痩身カプセル第3代
妥協案を出す。
ミリアのジョブを暗殺者にするのは魔物が二匹以下のときにすればいいだろう。
パーティージョブ設定でそれはどうにでもなる。
魔物が三匹以上のとき戦士Lv30のままにしていても分からないはずだ。
「はい、です」
「ありがとうございます」
「では、途中魔物の少なそうなところがあったら積極的に回ってくれ」
ロクサーヌに地図を渡し、案内してもらった。
魔物が二匹以下のときには、ロクサーヌとベスタが相手をする。
ミリアのジョブを暗殺者にして、後列に回らせた。
二匹だから横から攻撃させてもいいが、安全のため下がらせる。
ミリアの暗殺者のレベルは順調に上がっていった。
後はベスタの石化待ちだ。
ベスタが魔物を石化させたのは二十二階層をある程度進んだときだった。
「できました」
「やった、です」
クラムシェルが石化している。
ロクサーヌが相手をしているクラムシェルとともに土魔法で始末した。
「これでベスタも硬直のエストックの威力を感じただろう」
「はい。すごい武器だと思います」
「次からはミリアが専用で使ってくれ。ジョブを変えたばかりだから、あまり無理はしないようにな」
「はい、です」
暗殺者はLv5まで進んでいる。
前列で戦わせても大丈夫だろう。
「ではボス部屋まで頼む。魔物の少ないところにはもう回らなくていい」
指示を変更し、ロクサーヌの先導で進んだ。
途中何度か戦ったが、ミリアの石化がいきなり増えたということはないようか。
それはそれでいい。
というか、むしろその方がいいのかもしれない。
暗殺者のスキルには状態異常確率アップがある。
暗殺者になっていきなり石化の確率が上がったら、そのスキルが効いたということだ。
いきなりは上がらなかったとしても、状態異常確率アップのスキルが効いていないということでは、必ずしもない。
暗殺者になってもいきなりは石化の確率が上がらないのなら、状態異常確率アップは暗殺者のレベル依存になっている可能性がある。
ミリアはこのまま暗殺者で使っていくつもりだ。
レベルもすぐに上がるだろう。
状態異常確率アップはレベル依存であった方が、最終的には確率がアップするかもしれない。
レベルが上がるのを楽しみにしておこう。
オイスターシェルに対してはミリアの石化が発動した。
暗殺者のおかげ、かどうか。
博徒の状態異常耐性ダウンとの相性はいいのかもしれない。
しかしオイスターシェルは元々貝殻なので石化してもよく分からんな。
動かないだけで。
料理人はつけずに、デュランダルをしまって魔法で片づける。
狙いどおり、オイスターシェルは牡蠣を残さなかった。
残されても一個だけでは困る。
残したボレーはベスタに渡す。
ベスタにボレーが必要なことを考えると、クーラタルの二十二階層はこれからもまだ世話になるな。
人の多い夕方にどれくらいボス部屋が混雑するか、確かめておいてもよかったかもしれない御秀堂 養顔痩身カプセル。
聖槍とひもろぎのイアリングをテストしてみる。
いきなりシザーリザード相手は怖いような気もするが、聖槍は前にも試したことがある。
問題はないだろう。韓国痩身1号
試してみると、やはり今までより早く魔物を倒せた。
しっかり強くなっている。
聖槍そのものはひもろぎのロッドより弱かったから、ひもろぎのイアリングの知力二倍がちゃんと効いている。
大丈夫だ。
聖槍だといい点がもう一つあった。
セリーがやっているように、槍なら二列めから攻撃が届く。
ミリアかベスタの斜め後ろから魔物を攻撃することもできた。
ロクサーヌの後ろは危険すぎるとして。
聖槍を持てば魔法を使う合間合間に攻撃ができる。
今はまだ突いたり叩いたりするだけだが、慣れていけば斬ったりなぎ払ったりすることもできるようになるだろう。
MP吸収のスキルでもつければだいぶ楽になるな。
「この先にいる魔物はマーブリームだけのようです」
「お。そうか。さすがロクサーヌだ。次はちょっと実験してみるから、倒すのに多少時間がかかる」
ロクサーヌがアドバイスをくれたので、聖槍をしまいダマスカスステッキを取り出した。
ダマスカスステッキを試すのは、さすがにシザーリザード相手ではない方がいいだろう。
魔物が現れる。
マーブリーム二匹だ。
サンドストームを二回念じた。
念じた後で走り出そう、としたら、誰も動かない。
何故だ。
いや、そうか。
マーブリームしかいないのだから、こっちから近づく必要はない。
ロクサーヌがわざわざ進言してきたのはそのためか。
ダマスカスステッキを手に入れたことは教えていないし、マーブリーム相手に試すとも言ってないからな。
走り出さないように、敵はマーブリームだけだと教えたのか。
動いたときに聖槍を放り投げるのが嫌でアイテムボックスにしまったのだが、この場で迎え撃つならしまうことはなかった。
ミリアもベスタもよく走り出さなかったものだ。
セリーはともかく。
二人ともすましているが、きっと内心では驚いているに違いない。
気づかなかったのが俺だけということはないはずだ。
俺も何ごともなかったかのような顔で魔法を放っていく。
魔法を撃ってから移動する魔法使いでよかった。
下手をしたら一人だけ走り出して恥をかくところだった。
マーブリームを倒す。
ダマスカスステッキの強さは、ロッドよりも上でスタッフよりは下というところか。
アクセサリーにつけた知力二倍はもちろん有効になっているはずだ。
聖槍より弱いからメインで使うことはないが、予備としては十分だろう。
武器を聖槍に戻して、探索を続ける。
シザーリザード四匹にロートルトロール一匹が現れた。
大所帯だ。
今度は四人がすぐに駆け出す。
ちゃんと分かっているのか。
不可解だ。
俺はその場でサンドストームを二度念じてから、追いかけた。
ロートルトロールを先に倒すなら弱点は火属性だが、シザーリザードは火魔法に耐性があるので使えない。
耐性がなかったとしても、ロートルトロールを優先して倒すべきかどうかは相変わらず判断が難しい。
今の場合、ロートルトロールを一匹減らしてもあまり意味はない、かもしれない。
二十二階層までの魔物に比べたらシザーリザードはかなり強くなっている。
シザーリザードを倒すのを遅らせることはないだろう。韓国痩身一号
ロクサーヌたちが魔物に対峙した。
ロートルトロールを挟んでシザーリザード三匹が横に並び、迎え撃つ。
「来ます」
後ろに回ったシザーリザードの足元に魔法陣が浮かんだ。
ロクサーヌの警告の後、周囲に火の粉が舞う。
全体攻撃魔法だ。
魔物の全体攻撃魔法もファイヤーストームと変わらないらしい。
一瞬、体全体がカッと熱くなった。
胸が締めつけられ、節々が痛む。
足の指がもがれそうだ。
肌がちりちりと焼け、痛覚神経が悲鳴を漏らした。
三匹のシザーリザードが隙を逃さず攻めかかる。
ロクサーヌが身体を揺らして避け、ミリアが大きく足を引き、ベスタが剣で弾いた。
今のがよくかわせるもんだな。
俺なら確実に喰らっていた。
それでも、痛かったのは一瞬だ。
すぐに熱さはやみ、痛みも引く。
服やリュックサックに燃え移ることもないようだ。
体だけが熱せられたのかもしれない。
ロートルトロールが遅れて大きく腕を振った。
ロクサーヌが何ごともなかったかのようにかわす。
俺はお返しにサンドストームをぶち込んだ。
セリーは、連発されないように槍をかまえて魔物をにらみつける。
シザーリザードの全体攻撃魔法に致命的なまでの威力はないようだ。
これなら一発二発で死ぬことはない。
サンドストームを連発し、次を浴びる前に魔物を倒した。
「これが全体攻撃魔法か」
それでも、さすがに二桁は耐えられる自信がない。
連発されると結構大変かもしれない。
「単体の魔法より威力があるような気がしますが、気のせいでしょうか」
ロクサーヌがシザーリザードの単体攻撃魔法を受けたときにはメッキをかけていた。
いずれにせよ威力の正確な測定はできない。
測るとしたら、何発浴びたら死ぬか、くらいだ。
測りたくない。
「分かりませんが、耐えられないほどではないですね。きついことはきついですがしょうがありません。何発かは耐えられそうですから問題ないでしょう」
セリーは頼もしいことをおっしゃる。
「はい、です」
「革もあったのか」
全員に順次手当てをかけていると、ミリアが革を持ってきた。
革のブラヒム語は、すでに忘れているらしい。
「そうですね。これくらいならたいしたことはないと思います。あ、手当てはもう必要ありません」
ベスタにいたっては手当て一回で断ってくる。
たくましすぎだろう。
竜騎士だから堅いのだろうか。
「危なそうじゃなくても、ダメージが残ってそうなら言え」
「はい。大丈夫です。ありがとうございます」
別に遠慮しているわけでもないようか。
俺なら大丈夫と思ってから念のためにさらにもう一度自分に手当てしてしまうが。
この差は何だろう。
覚悟の違いだろうか。
必要ないそうなので手当てを終え、探索を再開する。
全体攻撃を喰らったとき、全員に手当てをかけるのは面倒だな。
戦闘中に手当てが必要なくらいダメージを受けたら、間に合わなくなる恐れもある。
全体手当てができる神官の早期取得が望まれる。
あるいはセリーのジョブを巫女にするか。御秀堂養顔痩身カプセル第2代
セリーを巫女もいいが、鍛冶師のレベルを伸ばしていきたい感じもするんだよな。
これからもいろいろ新しい装備品を作ってもらうことを考えると。
ミリアは暗殺者だし、ベスタには竜騎士があっているだろう。
となると、消去法で残るのはロクサーヌか。
ロクサーヌならどんなジョブでもこなしてしまいそうではある。
まあそれはもっと厳しくなってからでいいだろう。
その日は、夕方まで探索を行い、風呂を入れて一日の活動を終えた。
ロクサーヌやセリーたちには夕食の後片づけや鍛冶も残っているが。
遊び人のスキルに初級水魔法をセットすれば風呂を入れるのも楽になったし、今日は少し温度も高かったようだ。
風呂でさっぱりするのがいいだろう。
汗も少しはかいたはずだ。
迷宮の中はそれほど暑くはないとはいえ。
寝汗とか。
朝方はベスタにひっついているとひんやりした感じもあるとはいえ。
とにかく、風呂に入って一日を終える。
風呂に入った後、少し運動もしたが、終える。
色魔をつければ疲れることもない。
腰の運動など、あってないようなものだ。
翌朝、地図を持ってクーラタルの二十二階層に入った。
さすがに二十二階層までくると早朝に入る必要はないかもしれないが、混んでたりしたら嫌だし。
「ミリアのジョブだが、石化の剣を生かすため、暗殺者にしようと思う」
二十二階層の入り口で、全員に告げる。
昨日ついにミリアのジョブが戦士Lv30に達した。
暗殺者と騎士もちゃんと取得している。
黙って変えるのも悪いような気がするので、宣言した。
いっても暗殺者だしな。
嫌がらないだろうか。
「はい」
「確かに、毒付与なんかがあるといいそうです」
「はい、です」
ジョブの名前は暗殺者だが、別に嫌われているわけでもないようか。
取り越し苦労だったようだ。
まあLv1になるという問題もある。
「新しいジョブに就くので、慣れるまで少しの間、ミリアは後列に回した方がいいだろうか」
「必要ないと思います」
「ギルド神殿でジョブを変更した場合でもパーティーを組んでいるのなら奴隷にそんな配慮はしません。必要ないのでは」
「だいじょうぶ、です」
ロクサーヌ、セリー、ミリアが大丈夫だと言い張った。
パーティーの中にいれば他のパーティーメンバーが持つジョブの効果がその人に及ぶ。
Lv1になったからといって極端に弱体化はしないのだろう。
「うーん。問題ないのか」
「いつまで後列にいればいいか分かりませんし、二十三階層より上の階層の魔物には全体攻撃魔法があるので、後列だからといって安心はできません」
セリーのいうことは、この世界では合理的なんだろう。
俺には獲得経験値二十倍があるし、レベルを見て判断することもできるが。
ミリアが後列にいるのは多分クーラタルの二十二階層にいる間くらいだ。
「分かった。だが、しばらくはくれぐれも慎重にな」
「はい、です」
「ベスタは硬直のエストックを試してみたくないか?」
「ええっと。そうですね、興味はあります」
「なら、魔物の数が少ないときには、ミリアは武器をベスタと交換して後列に回ってくれ。二匹以下ならそれで問題ないだろう」御秀堂養顔痩身カプセル第3代
妥協案を出す。
ミリアのジョブを暗殺者にするのは魔物が二匹以下のときにすればいいだろう。
パーティージョブ設定でそれはどうにでもなる。
魔物が三匹以上のとき戦士Lv30のままにしていても分からないはずだ。
「はい、です」
「ありがとうございます」
「では、途中魔物の少なそうなところがあったら積極的に回ってくれ」
ロクサーヌに地図を渡し、案内してもらった。
魔物が二匹以下のときには、ロクサーヌとベスタが相手をする。
ミリアのジョブを暗殺者にして、後列に回らせた。
二匹だから横から攻撃させてもいいが、安全のため下がらせる。
ミリアの暗殺者のレベルは順調に上がっていった。
後はベスタの石化待ちだ。
ベスタが魔物を石化させたのは二十二階層をある程度進んだときだった。
「できました」
「やった、です」
クラムシェルが石化している。
ロクサーヌが相手をしているクラムシェルとともに土魔法で始末した。
「これでベスタも硬直のエストックの威力を感じただろう」
「はい。すごい武器だと思います」
「次からはミリアが専用で使ってくれ。ジョブを変えたばかりだから、あまり無理はしないようにな」
「はい、です」
暗殺者はLv5まで進んでいる。
前列で戦わせても大丈夫だろう。
「ではボス部屋まで頼む。魔物の少ないところにはもう回らなくていい」
指示を変更し、ロクサーヌの先導で進んだ。
途中何度か戦ったが、ミリアの石化がいきなり増えたということはないようか。
それはそれでいい。
というか、むしろその方がいいのかもしれない。
暗殺者のスキルには状態異常確率アップがある。
暗殺者になっていきなり石化の確率が上がったら、そのスキルが効いたということだ。
いきなりは上がらなかったとしても、状態異常確率アップのスキルが効いていないということでは、必ずしもない。
暗殺者になってもいきなりは石化の確率が上がらないのなら、状態異常確率アップは暗殺者のレベル依存になっている可能性がある。
ミリアはこのまま暗殺者で使っていくつもりだ。
レベルもすぐに上がるだろう。
状態異常確率アップはレベル依存であった方が、最終的には確率がアップするかもしれない。
レベルが上がるのを楽しみにしておこう。
オイスターシェルに対してはミリアの石化が発動した。
暗殺者のおかげ、かどうか。
博徒の状態異常耐性ダウンとの相性はいいのかもしれない。
しかしオイスターシェルは元々貝殻なので石化してもよく分からんな。
動かないだけで。
料理人はつけずに、デュランダルをしまって魔法で片づける。
狙いどおり、オイスターシェルは牡蠣を残さなかった。
残されても一個だけでは困る。
残したボレーはベスタに渡す。
ベスタにボレーが必要なことを考えると、クーラタルの二十二階層はこれからもまだ世話になるな。
人の多い夕方にどれくらいボス部屋が混雑するか、確かめておいてもよかったかもしれない御秀堂 養顔痩身カプセル。
2013年11月12日星期二
東と西で
「本当か?」
ルーベンスはフランクリンからの報告に耳を疑い、思わず聞き返していた。
まさかアウラニースがとっくの昔に復活していたとは。天天素
「ええ、どうしますか?」
フランクリンの質問にルーベンスは短くない時間考え込んでいたが、やがて答えた。
「仕方あるまい。まずベルガンダを潰せ」
「はい、その後はどこがいいですか?」
母親が子供に何が食べたいのか問うような口調でフランクリンは尋ねた。
答えるルーベンスの口調も何気ないものだった。
「ベルガンダと隣接している国全てだ。攻め滅ぼせ」
「了解」
人類に危険極まりないやり取りを終え、ルーベンスはため息をついた。
アウラニースは唯我独尊で天衣無縫だが、こんな展開は完全に想像外だった。
正直なところマリウスと戦う為にアウラニースの力をアテにしていたのだが、協力してもらえない可能性そのものは予想していた。
だからルーベンスはゲーリックとメルゲンを連れ、アルベルト達と別行動をしているのだ。
「まさかアウラニース様が既に復活しているとは……」
「我々に一言知らせがあってもよさそうなものですが」
メルゲン、ゲーリックの順である。
両者とも困惑を隠せないでいた。
「そういう方なのだ、アウラニース様は。側近のソフィアやアイリスもいつも振り回されていたな」
ルーベンスの言葉には呆れ以外にも懐かしさが混ざった。
魔人ソフィアと魔人アイリスはアウラニースの側近の上級魔人であり、ルーベンスとも顔なじみだった。
どちらも倒されたという話は聞かないから、もしかしたら彼女達が主人を復活させたのかもしれない。
事前にルーベンスに知らせるなど、彼女らの選択肢にあったとは思えない。
顔なじみと言っても見かければ言葉を交わす程度で、積極的に情報を交換したり行動を共にしたりするような仲ではなかった。
そして封印を解いた事を教えるかはアウラニースのその時の気分次第である。
それくらいの事は理解していた。
「恐らく他の大陸にいらっしゃるのだろう。……この大陸が無事だからな」
物騒な判断方法でルーベンスは結論を出す。
アウラニースの恐ろしさ、強さは言葉ではとても表現出来ない。
計画が狂ってしまったが、ルーベンスはその事を態度に出さず、指示を待つゲーリックとメルゲンに言葉をかけた。三鞭粒
「予定通り、フランクリン達が動いてからフィラートへ入るぞ」
「はっ」
彼らはデカラビアを復活させる為にホルディアに向かっていて、今はランレオ国内にいた。
旅人が国境を通過する際、素性確認をされるのだが三人は堂々と突破した。
担当した兵士の目が節穴だと責めるのは気の毒だ。
ゲーリックは家族や親友すら気づかぬくらいの変装がスキルで可能だし、ルーベンスとメルゲンはマジックアイテムで変装していたのだ。
一流の魔法使いならばあるいは違和感を覚えたかもしれないが、それだけの人材が国境で素性確認などを担当しないのが人類国家というものである。
マリウスにしろ他の者にしろ、まさか魔人が律儀に国境を通過するとは想像していなかった。
もちろん魔人にとってこれは屈辱的なのだが、ルーベンスは別に人類の裏をかいたつもりはない。
従来通りの方法でフィラートを通過した場合、マリウスやゾフィに察知される危険があると踏んだのだった。
人間になる事が役目の一つであるゲーリックはともかくメルゲンはやや不満そうだったが、マリウスの危険性が理解出来ぬ程愚かではなかったらしく、何も言わなかった。
マリウスがいる可能性は低いと知りながら、それでも安全の為にルーベンスはフランクリン達を囮代わり使ったのだ。
仲間を大切にするルーベンスにとっては屈辱であった。
ルーベンスとの通話を終えたフランクリンは、仲間達に向き直った。
連絡を取るより先に一度合流していたのである。
「まずはベルガンダを潰し、その後は隣接国家全部を攻撃だそうですよ」
レーベラが口笛を吹き、ガスタークが手を叩いて喜びを表現した。
これまでが嘘のような過激な命令であった。
「ルーベンスさん、やけに好戦的だな。……まあいい加減我慢の限界だったし、いいんだけどよ」
アルベルトはほんの一瞬だけ疑問を持ったが、すぐに打ち消した。
彼はレーベラ並みに短気で好戦的なのだった。
むしろ温和で冷静なフランクリンやパルが少数派である。
「俺、忙しくなりますねぇ」
ガスタークも闘志を燃やしていた。
自分が作ったアンデッド兵達が人類国家を蹂躙するというのは、想像しただけでも愉快で仕方がなかった。
パルだけは相変わらずの無表情を決め込んでいたが、突然ピクリと眉を動かした。
「フランクリン様、アルベルト様」
呼びかけの意味を二人の上級魔人は理解していた。
遠くから大多数がこちらに接近してきている。
十中八九、異変を察した人間達の兵であろう。
「ええ、ちょうどいい時に来ましたね」
「はっ、血祭りに上げてやるか」
穏やかだった二人の魔人の気配が剣呑なものへと変わっていく。
「一国を潰すなんざ、チンタラしてたら時間を食う。俺らもやるが文句ねえよな?」
アルベルトが問いかけたのは主にレーベラとガスタークである。
事実上の命令を拒否出来るはずもなく、二人は頷いた。威哥王三鞭粒
「じゃあゾンビどもを下げとけ。俺とフランクリンで片づけるからよ」
アルベルトは凶悪な笑みを浮かべた。
巻き添えを食らいたくないパル、レーベラ、ガスタークは素直に城門の中へと退避する。
遠くからベルガンダ正規軍が近づいてくる。
「フランクリン、どっちが多く殺るか競争しねえか?」
とんでもない提案をされたフランクリンは眉を片方だけ上げた。
「構いませんが、ちゃんと細かく数えて下さいよ。いつも君はいい加減なんですから」
お説教に近い意見にアルベルトは小さく舌打ちしながらも頷いた。
「分かってんよ。ズルして勝ってもつまらねぇからよ」
その点に関してフランクリンはアルベルトを信用していた。
いい加減で大雑把で行き当たりばったりで短気であっても、仲間に対して不正行為をするような性格ではないのだ。
「おい、褒めてんのか、それ?」
アルベルトの疑問にフランクリンは穏やかに微笑んで答えた。
「君は信頼するに足る戦友です。それで充分ではありませんか?」
「……はぐらかされたような気がするけどまあいいや」
フランクリンは口で勝てる相手ではない。
アルベルトは早々に諦め、ベルガンダ軍の方を向いた。
「攻撃は公平なように同時にやるぜ?」
「ええ」
ベルガンダ軍はようやく魔人に気づいたのか、一キロ程手前でようやく行軍速度を落としたが既に手遅れだった。
アルベルトとフランクリンの攻撃の射程距離に入ってしまっていた。
アルベルトは全身の魔力を練り込み、正拳突きのように右拳を突き出す。
拳から放たれた衝撃波が空気を切り裂くような音を立て、ベルガンダ軍を襲う。
ベルガンダ軍は何が起こったのか全く認識出来ずにいた。
味方の兵士達が吹き飛ぶと同時に音が聞こえてきたのだった。
アルベルトの得意技「ソニックショット」は原理としては人間の武術で言う「遠当て」と同じである。
魔力を練ったものを飛ばし、触れずに敵を倒すのだ。
ただ、威力や射程距離が人間のそれとは完全に別物であった。
アルベルトの出身種族、グリフォンは魔力を衝撃波に変えるのが得意とする魔獣なのだ。
一方のフランクリンは、普通に人間の魔法を使った。
「ちょっと合成してみますか。【インフェルノ】【クレイアサルト】【プラズマストーム】」
闇系魔法と炎系魔法の合成魔法「インフェルノ」、土系魔法と水系魔法の合成魔法「クレイアサルト」、炎系魔法と雷系魔法の合成魔法「プラズマストーム」はいずれも限りなく禁呪に近い一級魔法とされる。
詠唱省略で放ったにも関わらず、絶大な破壊力を発揮している上にフランクリンは汗ひとつかかずに平然としていた。
ベルガンダ軍兵士達は黒い炎で焼かれ、土石流に飲み込まれ、プラズマで蒸発した。
フランクリンの出身種族、スフィンクスはモンスターとしては例外的に優れた知能と強大な魔力を活かした魔法攻撃を得意とする。
魔人ともなれば、人間の一流魔法使いが束になってもまとめて蹴散らされる程だ。
ましてや上級魔人となれば言うまでもない。
帝都救援の為にやってきたベルガンダ軍二十万はあっけなく全滅した。
……これより数日後、歴史からベルガンダ帝国の名は消される事になる。
この国が救われるには、本気の魔人は強すぎた。威哥王
魔軍が東で猛威を振るい始めていた頃、西ではミスラ、バルシャーク、ヴェスターの三カ国連合軍が快進撃を見せていた。
国境の砦は占拠しそこねたものの、周辺の都市は支配下に治めていきつつあり、本国では早くも戦勝気分が広がり始めている。
バルシャーク王ジェシカとミスラの大統領フレデリックは自身の声望の為に、それを否定せずにいた。
ホルディア側の抵抗が弱い事が意外すぎたが、国内改革による混乱が大きいのだろうという声が多数を占めている。
ジェシカもフレデリックも大して疑いを持っていない。
人間とは失敗を犯す生き物だし、アステリアのように全て自分一人で考えて決める体制の場合、取り返しのつかない失敗もやらかしたりするものだ。
臣下達は失敗の可能性を想定してもきっと諌言出来なかったのだろう、と予想していた。
ちなみにこの点に関しては全くの的外れというわけでもない。
アステリアは諫言を行う者を粛清したりはしなかったが、受け入れて方針を改める事もなかったのである。
ただ連合軍も順風満帆だったとは言いにくい。
略奪が全く出来ず、売り飛ばす奴隷や金品の類も手に入らなかった為に計画を修正する必要が出てきたのだった。
住民がいないのでは税収も農作物の収穫も見込めないし、戦争中とあっては商人や旅人の類も寄り付かない。
収益を確保する為には本国から民を入植させる必要があるだろう。
だが、ホルディアに致命的打撃を与えたわけでもないのにそこまでするのはさすがに躊躇した。
ホルディアが逆襲に転じた場合、軍どころか民に被害が出る可能性があるし、それは一番避けなければならない。
そういう理由で「さっさとホルディア軍に打撃を」となっている。
そして援軍の派遣が決まったのだ。
チャンドラーが舌打ちをし、ガレスが頭を抱えている理由である。
ランドルは王のジョンソンが喜ばずに慎重な態度を変えていない為、他と比べればまだマシだった。
ただ、国内では慎重論よりも積極論が勝り始めていて、そういう意味ではあまり宜しくはない。
バルシャークとミスラだけが都市を占領しているのが嫌なのである。
王が絶対的権限を持っているとは言え、失望されたり無能だと思われても平然とするにはジョンソンはプライドが高かった。
「美味しい部分はきっちり抑えるよう、ランドルに命令を出せ」
こうして多少の時間差があってランドルも他の二将の仲間入りをする事になった。
「現場との温度差を作り出す作戦か?」
チャンドラーはガレスとランドルに問いかけてみた。
この三人は急速に仲よくなりつつあるな、と思いながら。
「そしてその先は離間の策か? ありえんとは思うが、それだけの為に自国領を差し出す真似をするかな?」
ランドルは豆のスープを飲んだ後、珍しく嫌味抜きで答える。
「まあな。我々と本国の仲が悪くなっても、別の将が来るだけだ。もちろん、その将相手なら勝算は増えるという可能性はあるが……」
ガレスも鶏肉の串焼きにかぶりつきながら首をかしげる。
結局この日も結論は出せず、定期的に情報交換をする事と索敵を怠らない事を約束しあって解散した。
彼らはまだこの時、東での異変を知らなかった。MaxMan
つまり本国へ撤退する最大の好機を逸した事になる。
ルーベンスはフランクリンからの報告に耳を疑い、思わず聞き返していた。
まさかアウラニースがとっくの昔に復活していたとは。天天素
「ええ、どうしますか?」
フランクリンの質問にルーベンスは短くない時間考え込んでいたが、やがて答えた。
「仕方あるまい。まずベルガンダを潰せ」
「はい、その後はどこがいいですか?」
母親が子供に何が食べたいのか問うような口調でフランクリンは尋ねた。
答えるルーベンスの口調も何気ないものだった。
「ベルガンダと隣接している国全てだ。攻め滅ぼせ」
「了解」
人類に危険極まりないやり取りを終え、ルーベンスはため息をついた。
アウラニースは唯我独尊で天衣無縫だが、こんな展開は完全に想像外だった。
正直なところマリウスと戦う為にアウラニースの力をアテにしていたのだが、協力してもらえない可能性そのものは予想していた。
だからルーベンスはゲーリックとメルゲンを連れ、アルベルト達と別行動をしているのだ。
「まさかアウラニース様が既に復活しているとは……」
「我々に一言知らせがあってもよさそうなものですが」
メルゲン、ゲーリックの順である。
両者とも困惑を隠せないでいた。
「そういう方なのだ、アウラニース様は。側近のソフィアやアイリスもいつも振り回されていたな」
ルーベンスの言葉には呆れ以外にも懐かしさが混ざった。
魔人ソフィアと魔人アイリスはアウラニースの側近の上級魔人であり、ルーベンスとも顔なじみだった。
どちらも倒されたという話は聞かないから、もしかしたら彼女達が主人を復活させたのかもしれない。
事前にルーベンスに知らせるなど、彼女らの選択肢にあったとは思えない。
顔なじみと言っても見かければ言葉を交わす程度で、積極的に情報を交換したり行動を共にしたりするような仲ではなかった。
そして封印を解いた事を教えるかはアウラニースのその時の気分次第である。
それくらいの事は理解していた。
「恐らく他の大陸にいらっしゃるのだろう。……この大陸が無事だからな」
物騒な判断方法でルーベンスは結論を出す。
アウラニースの恐ろしさ、強さは言葉ではとても表現出来ない。
計画が狂ってしまったが、ルーベンスはその事を態度に出さず、指示を待つゲーリックとメルゲンに言葉をかけた。三鞭粒
「予定通り、フランクリン達が動いてからフィラートへ入るぞ」
「はっ」
彼らはデカラビアを復活させる為にホルディアに向かっていて、今はランレオ国内にいた。
旅人が国境を通過する際、素性確認をされるのだが三人は堂々と突破した。
担当した兵士の目が節穴だと責めるのは気の毒だ。
ゲーリックは家族や親友すら気づかぬくらいの変装がスキルで可能だし、ルーベンスとメルゲンはマジックアイテムで変装していたのだ。
一流の魔法使いならばあるいは違和感を覚えたかもしれないが、それだけの人材が国境で素性確認などを担当しないのが人類国家というものである。
マリウスにしろ他の者にしろ、まさか魔人が律儀に国境を通過するとは想像していなかった。
もちろん魔人にとってこれは屈辱的なのだが、ルーベンスは別に人類の裏をかいたつもりはない。
従来通りの方法でフィラートを通過した場合、マリウスやゾフィに察知される危険があると踏んだのだった。
人間になる事が役目の一つであるゲーリックはともかくメルゲンはやや不満そうだったが、マリウスの危険性が理解出来ぬ程愚かではなかったらしく、何も言わなかった。
マリウスがいる可能性は低いと知りながら、それでも安全の為にルーベンスはフランクリン達を囮代わり使ったのだ。
仲間を大切にするルーベンスにとっては屈辱であった。
ルーベンスとの通話を終えたフランクリンは、仲間達に向き直った。
連絡を取るより先に一度合流していたのである。
「まずはベルガンダを潰し、その後は隣接国家全部を攻撃だそうですよ」
レーベラが口笛を吹き、ガスタークが手を叩いて喜びを表現した。
これまでが嘘のような過激な命令であった。
「ルーベンスさん、やけに好戦的だな。……まあいい加減我慢の限界だったし、いいんだけどよ」
アルベルトはほんの一瞬だけ疑問を持ったが、すぐに打ち消した。
彼はレーベラ並みに短気で好戦的なのだった。
むしろ温和で冷静なフランクリンやパルが少数派である。
「俺、忙しくなりますねぇ」
ガスタークも闘志を燃やしていた。
自分が作ったアンデッド兵達が人類国家を蹂躙するというのは、想像しただけでも愉快で仕方がなかった。
パルだけは相変わらずの無表情を決め込んでいたが、突然ピクリと眉を動かした。
「フランクリン様、アルベルト様」
呼びかけの意味を二人の上級魔人は理解していた。
遠くから大多数がこちらに接近してきている。
十中八九、異変を察した人間達の兵であろう。
「ええ、ちょうどいい時に来ましたね」
「はっ、血祭りに上げてやるか」
穏やかだった二人の魔人の気配が剣呑なものへと変わっていく。
「一国を潰すなんざ、チンタラしてたら時間を食う。俺らもやるが文句ねえよな?」
アルベルトが問いかけたのは主にレーベラとガスタークである。
事実上の命令を拒否出来るはずもなく、二人は頷いた。威哥王三鞭粒
「じゃあゾンビどもを下げとけ。俺とフランクリンで片づけるからよ」
アルベルトは凶悪な笑みを浮かべた。
巻き添えを食らいたくないパル、レーベラ、ガスタークは素直に城門の中へと退避する。
遠くからベルガンダ正規軍が近づいてくる。
「フランクリン、どっちが多く殺るか競争しねえか?」
とんでもない提案をされたフランクリンは眉を片方だけ上げた。
「構いませんが、ちゃんと細かく数えて下さいよ。いつも君はいい加減なんですから」
お説教に近い意見にアルベルトは小さく舌打ちしながらも頷いた。
「分かってんよ。ズルして勝ってもつまらねぇからよ」
その点に関してフランクリンはアルベルトを信用していた。
いい加減で大雑把で行き当たりばったりで短気であっても、仲間に対して不正行為をするような性格ではないのだ。
「おい、褒めてんのか、それ?」
アルベルトの疑問にフランクリンは穏やかに微笑んで答えた。
「君は信頼するに足る戦友です。それで充分ではありませんか?」
「……はぐらかされたような気がするけどまあいいや」
フランクリンは口で勝てる相手ではない。
アルベルトは早々に諦め、ベルガンダ軍の方を向いた。
「攻撃は公平なように同時にやるぜ?」
「ええ」
ベルガンダ軍はようやく魔人に気づいたのか、一キロ程手前でようやく行軍速度を落としたが既に手遅れだった。
アルベルトとフランクリンの攻撃の射程距離に入ってしまっていた。
アルベルトは全身の魔力を練り込み、正拳突きのように右拳を突き出す。
拳から放たれた衝撃波が空気を切り裂くような音を立て、ベルガンダ軍を襲う。
ベルガンダ軍は何が起こったのか全く認識出来ずにいた。
味方の兵士達が吹き飛ぶと同時に音が聞こえてきたのだった。
アルベルトの得意技「ソニックショット」は原理としては人間の武術で言う「遠当て」と同じである。
魔力を練ったものを飛ばし、触れずに敵を倒すのだ。
ただ、威力や射程距離が人間のそれとは完全に別物であった。
アルベルトの出身種族、グリフォンは魔力を衝撃波に変えるのが得意とする魔獣なのだ。
一方のフランクリンは、普通に人間の魔法を使った。
「ちょっと合成してみますか。【インフェルノ】【クレイアサルト】【プラズマストーム】」
闇系魔法と炎系魔法の合成魔法「インフェルノ」、土系魔法と水系魔法の合成魔法「クレイアサルト」、炎系魔法と雷系魔法の合成魔法「プラズマストーム」はいずれも限りなく禁呪に近い一級魔法とされる。
詠唱省略で放ったにも関わらず、絶大な破壊力を発揮している上にフランクリンは汗ひとつかかずに平然としていた。
ベルガンダ軍兵士達は黒い炎で焼かれ、土石流に飲み込まれ、プラズマで蒸発した。
フランクリンの出身種族、スフィンクスはモンスターとしては例外的に優れた知能と強大な魔力を活かした魔法攻撃を得意とする。
魔人ともなれば、人間の一流魔法使いが束になってもまとめて蹴散らされる程だ。
ましてや上級魔人となれば言うまでもない。
帝都救援の為にやってきたベルガンダ軍二十万はあっけなく全滅した。
……これより数日後、歴史からベルガンダ帝国の名は消される事になる。
この国が救われるには、本気の魔人は強すぎた。威哥王
魔軍が東で猛威を振るい始めていた頃、西ではミスラ、バルシャーク、ヴェスターの三カ国連合軍が快進撃を見せていた。
国境の砦は占拠しそこねたものの、周辺の都市は支配下に治めていきつつあり、本国では早くも戦勝気分が広がり始めている。
バルシャーク王ジェシカとミスラの大統領フレデリックは自身の声望の為に、それを否定せずにいた。
ホルディア側の抵抗が弱い事が意外すぎたが、国内改革による混乱が大きいのだろうという声が多数を占めている。
ジェシカもフレデリックも大して疑いを持っていない。
人間とは失敗を犯す生き物だし、アステリアのように全て自分一人で考えて決める体制の場合、取り返しのつかない失敗もやらかしたりするものだ。
臣下達は失敗の可能性を想定してもきっと諌言出来なかったのだろう、と予想していた。
ちなみにこの点に関しては全くの的外れというわけでもない。
アステリアは諫言を行う者を粛清したりはしなかったが、受け入れて方針を改める事もなかったのである。
ただ連合軍も順風満帆だったとは言いにくい。
略奪が全く出来ず、売り飛ばす奴隷や金品の類も手に入らなかった為に計画を修正する必要が出てきたのだった。
住民がいないのでは税収も農作物の収穫も見込めないし、戦争中とあっては商人や旅人の類も寄り付かない。
収益を確保する為には本国から民を入植させる必要があるだろう。
だが、ホルディアに致命的打撃を与えたわけでもないのにそこまでするのはさすがに躊躇した。
ホルディアが逆襲に転じた場合、軍どころか民に被害が出る可能性があるし、それは一番避けなければならない。
そういう理由で「さっさとホルディア軍に打撃を」となっている。
そして援軍の派遣が決まったのだ。
チャンドラーが舌打ちをし、ガレスが頭を抱えている理由である。
ランドルは王のジョンソンが喜ばずに慎重な態度を変えていない為、他と比べればまだマシだった。
ただ、国内では慎重論よりも積極論が勝り始めていて、そういう意味ではあまり宜しくはない。
バルシャークとミスラだけが都市を占領しているのが嫌なのである。
王が絶対的権限を持っているとは言え、失望されたり無能だと思われても平然とするにはジョンソンはプライドが高かった。
「美味しい部分はきっちり抑えるよう、ランドルに命令を出せ」
こうして多少の時間差があってランドルも他の二将の仲間入りをする事になった。
「現場との温度差を作り出す作戦か?」
チャンドラーはガレスとランドルに問いかけてみた。
この三人は急速に仲よくなりつつあるな、と思いながら。
「そしてその先は離間の策か? ありえんとは思うが、それだけの為に自国領を差し出す真似をするかな?」
ランドルは豆のスープを飲んだ後、珍しく嫌味抜きで答える。
「まあな。我々と本国の仲が悪くなっても、別の将が来るだけだ。もちろん、その将相手なら勝算は増えるという可能性はあるが……」
ガレスも鶏肉の串焼きにかぶりつきながら首をかしげる。
結局この日も結論は出せず、定期的に情報交換をする事と索敵を怠らない事を約束しあって解散した。
彼らはまだこの時、東での異変を知らなかった。MaxMan
つまり本国へ撤退する最大の好機を逸した事になる。
2013年11月11日星期一
運ばれるお話
「わかった。じゃあ今日はよろしく頼むよ」
「了解なのです! ここまで言わないとパーティー組んでくれないとか、九乃さんは本当に性根から歪んでますね~。わたしが叩き直してあげますから、覚悟するのです!」
「……ボスを倒しにいくんだよな?」花痴
「当たり前じゃないですか」
「だよな」
なにやらフレイが物騒なことを言ってるんだが……ホントに大丈夫か?
「ちなみに、俺が頑固に行かないっていったらどうするつもりだったんだ?」
「悲しくなるつもりでした。九乃さんは乙女を悲しませるような人じゃなかったようで一安心です」
「……うん、それは確かに俺も一安心だ」
「じゃ、そういう訳なので、今日は引きこもりはNGですよ?」
「わかってるって……」
俺の初パーティー戦か。どうなることやら。
その後。
二時限目の途中で俺は本格的にだるくなったので、保健室に行きましたとさ。
ベッドで昼寝したら全回復だぜ! 玲花が滅茶苦茶心配してたが、丈夫さが取り柄なんだって。むしろ俺がここまでになるとか、俺は昨日どんだけ脳を使ったんだって話だ。
まぁ、VR酔いは脳が慣れれば、同じ原因では再発しないからもう大丈夫だけども。何事も、慣れって大切だよね~。
―――
「はい、では只今より、いつまでたっても第二のボスを倒さないクノさんのために、ギルド総出でソルビアルモスを倒しに行きますよ~!」
「「「「「おー」」」」」
「ウウレ」の北門。
そこに、「花鳥風月」の全メンバーが集まっていた。
ここをまっすぐ進んでいくと、フィールド「恐れの花畑」に到着する。この間だいたい1キロだそうだ。
どのエリアも、ボスのいるフィールドまでは1キロほどなんだな。第三のボスがいるフィールドまでの道のりもそうだったらしい。
まぁ、それはいいや。
で、その「恐れの花畑」の奥に、ボスであるソルビアルモスが出てくるということだな。
「ではしゅぱーつ……の、前に。クノさん」
「ん?」
「あー、その、ごほん……ぶっちゃけクノさんは行軍の足手まといなんですよー」
「ぐはっ」
なにやら、棒読みでそんなことを言うフレイ。
おいこら。
何いきなり毒吐きやがるよ。棒読みだけど。
仲間に頼りましょう、迷惑なんかじゃないです、とか言っときながらそりゃないんじゃない……? 棒読みだけど。
「クノさん。私達は普通にAgiにもステータス振ってますから、ボスまでは終始早歩き……クノさんからするとちょっとしたランニングですが、体力持ちませんよね?」
「……おっしゃる通りです」福源春
その通り、俺がボスんトコまでいこうと思ったら、途中の戦闘も考慮するとスタミナ的に、てくてく歩いて行くしかない。フィールドの広さを考えると、道中のモンスターを全て無視しても30分はかかるんじゃないか? 戦闘していったら倍はかかるか?
はぁ。ほら、こういうところで地味に迷惑がかかるのが俺って奴だ。だからパーティープレイは好きじゃない。
「でも今日はなるべくちゃっちゃとボスまでたどり着きたいんですよ。私達はここのボスは既に倒しているので、時間がもったいないですから」
「うん。なんでさっきからそんなに言葉がきついの?」
追い打ち気味なフレイの言葉。
なんかいつもと様子が違う。
具体的には、なんか変な、引きつった笑みを浮かべながら俺を罵倒してくる。意味わからん。腰引けてるし。棒読みだし。
「あの子、クノさんの歪んだ性根を叩き直すんだ、と言って張り切ってたけれど」
「私式スパルタなのです、とも言っていたね」
「なんだそりゃ」
エリザとカリンが隣に来てこそっと教えてくれる。
叩き直すっていうか、なんか違うよね。スパルタっていうか、SMだよね。いやそれも違うけど。
手段にとらわれて目的を見失って更にその手段もずれてるという訳わかんないことになっちゃてる。
完全に無理してるだろ。お前にはそんな厳しめの役割は似合わんよ……
いや、言葉はいちいち正確なんだけど、それ以前の心構えとかがもう駄目だ。
「ふー。こ、こんなもんですかね……という訳で、じゃーん! 私こんなもの買ってきました!」
そういってフレイが、急に声の調子をがらっと変える。
あれ? スパルタ(笑)は諦めたのか? や、そのほうがお互いのためだろうけど……一体何がしたかったんだよ……
メニューをいじって実体化させたものは……なんだこれ?
木箱にコの字の取ってと大きな車輪がついた、えっと……リアカー?
小さめで、人一人乗れるかどうかという。
まさか。
「はい、何か気付いたような顔してますねぇ! その通りですよ! これにクノさんを乗っけて、私がボスの所まで走っちゃいます!」
「まじですか?」
「まじですっ」
何かの反動のようにテンション高めのフレイ。いや、いつものフレイ。
いやまぁ、確かに合理的だけども。フレイのステータスならこのくらい訳ないだろうけども。
……恥ずかしいじゃない?
女の子の引くリアカーに乗せられてる俺……シュールすぎる。
ってか、アイテムショップにはこんなものまで売ってんのかよ。
「安心するといい。道中引っかけたモンスターは全て後続の私達が倒すから」
「レベル的には格下なのだしね、楽勝よ。フレイとクノが先頭切って、私達が後を追う形になるかしら。」
「クノさん……頑張ってくださいね?」
「後ろは任せろー!」
「ということですっ」
満面の笑みを浮かべるフレイ。
ああうん。もう、いいや。フレイがそれでいいって言うのなら、俺が文句をいう筋合いは無いかな。
せめて騎獣があればなぁ……
もしくは、用途に合わせて専用装備的な感じで防具を換装できれば、俺もエリザにAgi特化防具作ってもらってそれ装備するんだが、あいにくとフィールド内では「防具」の変更はできないんだよなぁ。「武器」と「アクセサリ」は出来るけど。勃動力三体牛鞭
まぁ、できたとしてもそれはそれで、Str極振りとしては邪道な気がするからやらなかったかもだけど。
「おっけ、わかった。じゃあ頼むぞフレイー」
「任せてください!」
「よっこらせ、と」
フレイが持ち手を支える、小さなリアカーに乗り込む俺。
スペースが狭いので体育座りだ。
「ぷっ、くくくく」
「おいこらエリザ。何笑ってんだ」
「い、いえ、笑って無いわよ?」
「口元にやけてる上に眼が泳いでるから」
「……くっ。貴方がそんなシュールな格好してるのが悪いのよ!」
「逆ギレ!?」
エリザは随分と……なんというか、感情表現が豊かになってきた気がする。
それだけ信頼されてるってことかな?
や、まぁ。それでもデフォは無表情なんだけど。
「ドナドナドナドナ……」
「カリンも不吉なこと言ってんじゃないよ」
「……はい、良くお似合いです」
「……うん。流石クノくんだね」
「ノエル! リッカ! やめて!? そんなに引かないで!?」
良くお似合いですって何!? 何に対してのフォローだよそれ!
「はい、では今度こそしゅっぱーつ!」
「え、まじで? いやちょっとまぁぁぁあああ!?」
慌ててリアカーにしがみ付いた直後。
俺の身体に猛烈な加速がかかる!
ちょ、速い、速すぎるよフレイ! 落ちる落ちるっ。こんな序盤からぶっ飛ばしてて大丈夫か!? エリザ達をぶっちぎってるぞ!?
って言う不平を伝えることもできずに。
……うへ、気持ち悪ぃ……眼がなんかくらくらする……耳がギュオオ! ってなってる。
「いえぇぇえい! とばすぜー!」
こういうところでもAgiだのVitだのが足りないツケが回ってくるというのか。
俺は直接加速の風にさらされながら、振り落とされないようにされるのが精いっぱい……あ、Vitがないからしがみつく力が弱まってきた!
そして、その時は無情にも早くにやってきて、
「うわぁ」
遂に完全に手が離れてしまった。
「あわっわわわ」
落ちるっ! まずい、この速さから落ちたらダメージも相当じゃないか!?
移動途中に死に戻りとか、洒落になら……
……
……?
アレ? なんともない。
未だ風は吹きつけてくるものの、何故か俺の身体が振り落とされる様子はなかった。
あらら?
不思議すぎる……流石、ここら辺はゲームだなぁ、と感心だ。
まぁ、考えればリアカーに乗せた荷物が途中で転落するのを防ぐ、というのは普通のこと……今更だけど俺荷物扱いか……!?
ちょっと落ち込みながら、それでも転落の心配のなくなった俺は、特にやることもないので風景を見ながらぼーっ、とする。吹き付ける風は、慣れれば意外とそうでもなかった。
後ろに小さくエリザ達が見える。
俺達は寄ってくるモンスター(ソウトバグの上位互換、デイトバグや、巨大芋虫のキャレピン、蝶型のバルタギイなど)をぶっちぎって進んでいる。
同じパーティー登録をしてあるエリザ達がそいつらの相手をするため、どうしても遅くなってしまうのだな。御苦労さまです。蒼蝿水
とはいえ、レベル差のせいでエリザも言っていたように“楽勝”なんだろうが。
ここのモンスターの平均レベルは大体27。対してうちは軒並み37を超えている(俺を除いて)。カリンに至っては40超え、ただいま43だ。
俺と9も差があるぜ……泣けてくらぁ。
【異形の偽腕】の訓練をするまえに、レベルをちょいと上げなきゃかな……
「おおおぉぉぉお! スパルタですー!」
……はぁ。
フレイ、そりゃお前にとってだろ、どっちかというと。やっぱ、向いてないな。
後、そんな大声ださないで欲しい……さっきからちらほらとすれ違うプレイヤーさん達にガン見されてるから。
俺はいたたまれなくなって、体育座りの膝に顔をうずめ、眼を閉じるのだった。
―――
ボス前のセーフティエリア。
俺とフレイはそこで一息ついていた。
「ふぅ、良い汗かきましたぁ」
「VRだから汗はかかないはずだぞ?」
「気分ですよ気分っ」
他の皆もそろそろ追いついてくる頃かな?
あ、そう言えば地味に俺、レベルアップしました。
パーティー登録をしていると、パーティーで倒したモンスターの経験値は、パーティーメンバー全員にいきわたるんだよな。
それでもともとレベルアップが近かったのか、俺は何にもしてないのに勝手にレベルアップ。
こういうのなんていうんだっけ……寄生?
……がーん。
とりあえず近場の樹に手をついてもたれて、心を落ち着ける。
大丈夫だ、ボス戦で挽回できる! ……でもそもそもボス自体、皆にとっては倒す必要もないわけで。
……まぁ、うん。深く考えたら負けだな。
折角頼ろうって決めたんだし、少しぐらい迷惑かけても……うんそう、少しくらい……
あ、でも俺ボス戦でも得意分野?である近接戦NGって言われてるからなぁ……
と、俺が感情のデフレスパイラルにはまっていると、カリン達が追いついてきた。
「流石はフレイね……荷物を抱えた状態でもあの速度なんて」
真顔でそんなことをのたまうエリザ。
「酷ぇな、おい。荷物て」
「ふふっ、なんて冗談よ。ごめんなさいね、クノ」
「……うん、冗談かよ。エリザの冗談は分かり辛すぎる」
「そうかしら?」
エリザが、ホントにきょとん、とした様子で小首を傾げる。
頭の上に?マークでも出てきそうな勢いだ。
「自覚がないっ……!?」
「エリザは理知的と見せかけて意外と天然だからね……」
カリンも苦労してそうだな……SEX DROPS
「了解なのです! ここまで言わないとパーティー組んでくれないとか、九乃さんは本当に性根から歪んでますね~。わたしが叩き直してあげますから、覚悟するのです!」
「……ボスを倒しにいくんだよな?」花痴
「当たり前じゃないですか」
「だよな」
なにやらフレイが物騒なことを言ってるんだが……ホントに大丈夫か?
「ちなみに、俺が頑固に行かないっていったらどうするつもりだったんだ?」
「悲しくなるつもりでした。九乃さんは乙女を悲しませるような人じゃなかったようで一安心です」
「……うん、それは確かに俺も一安心だ」
「じゃ、そういう訳なので、今日は引きこもりはNGですよ?」
「わかってるって……」
俺の初パーティー戦か。どうなることやら。
その後。
二時限目の途中で俺は本格的にだるくなったので、保健室に行きましたとさ。
ベッドで昼寝したら全回復だぜ! 玲花が滅茶苦茶心配してたが、丈夫さが取り柄なんだって。むしろ俺がここまでになるとか、俺は昨日どんだけ脳を使ったんだって話だ。
まぁ、VR酔いは脳が慣れれば、同じ原因では再発しないからもう大丈夫だけども。何事も、慣れって大切だよね~。
―――
「はい、では只今より、いつまでたっても第二のボスを倒さないクノさんのために、ギルド総出でソルビアルモスを倒しに行きますよ~!」
「「「「「おー」」」」」
「ウウレ」の北門。
そこに、「花鳥風月」の全メンバーが集まっていた。
ここをまっすぐ進んでいくと、フィールド「恐れの花畑」に到着する。この間だいたい1キロだそうだ。
どのエリアも、ボスのいるフィールドまでは1キロほどなんだな。第三のボスがいるフィールドまでの道のりもそうだったらしい。
まぁ、それはいいや。
で、その「恐れの花畑」の奥に、ボスであるソルビアルモスが出てくるということだな。
「ではしゅぱーつ……の、前に。クノさん」
「ん?」
「あー、その、ごほん……ぶっちゃけクノさんは行軍の足手まといなんですよー」
「ぐはっ」
なにやら、棒読みでそんなことを言うフレイ。
おいこら。
何いきなり毒吐きやがるよ。棒読みだけど。
仲間に頼りましょう、迷惑なんかじゃないです、とか言っときながらそりゃないんじゃない……? 棒読みだけど。
「クノさん。私達は普通にAgiにもステータス振ってますから、ボスまでは終始早歩き……クノさんからするとちょっとしたランニングですが、体力持ちませんよね?」
「……おっしゃる通りです」福源春
その通り、俺がボスんトコまでいこうと思ったら、途中の戦闘も考慮するとスタミナ的に、てくてく歩いて行くしかない。フィールドの広さを考えると、道中のモンスターを全て無視しても30分はかかるんじゃないか? 戦闘していったら倍はかかるか?
はぁ。ほら、こういうところで地味に迷惑がかかるのが俺って奴だ。だからパーティープレイは好きじゃない。
「でも今日はなるべくちゃっちゃとボスまでたどり着きたいんですよ。私達はここのボスは既に倒しているので、時間がもったいないですから」
「うん。なんでさっきからそんなに言葉がきついの?」
追い打ち気味なフレイの言葉。
なんかいつもと様子が違う。
具体的には、なんか変な、引きつった笑みを浮かべながら俺を罵倒してくる。意味わからん。腰引けてるし。棒読みだし。
「あの子、クノさんの歪んだ性根を叩き直すんだ、と言って張り切ってたけれど」
「私式スパルタなのです、とも言っていたね」
「なんだそりゃ」
エリザとカリンが隣に来てこそっと教えてくれる。
叩き直すっていうか、なんか違うよね。スパルタっていうか、SMだよね。いやそれも違うけど。
手段にとらわれて目的を見失って更にその手段もずれてるという訳わかんないことになっちゃてる。
完全に無理してるだろ。お前にはそんな厳しめの役割は似合わんよ……
いや、言葉はいちいち正確なんだけど、それ以前の心構えとかがもう駄目だ。
「ふー。こ、こんなもんですかね……という訳で、じゃーん! 私こんなもの買ってきました!」
そういってフレイが、急に声の調子をがらっと変える。
あれ? スパルタ(笑)は諦めたのか? や、そのほうがお互いのためだろうけど……一体何がしたかったんだよ……
メニューをいじって実体化させたものは……なんだこれ?
木箱にコの字の取ってと大きな車輪がついた、えっと……リアカー?
小さめで、人一人乗れるかどうかという。
まさか。
「はい、何か気付いたような顔してますねぇ! その通りですよ! これにクノさんを乗っけて、私がボスの所まで走っちゃいます!」
「まじですか?」
「まじですっ」
何かの反動のようにテンション高めのフレイ。いや、いつものフレイ。
いやまぁ、確かに合理的だけども。フレイのステータスならこのくらい訳ないだろうけども。
……恥ずかしいじゃない?
女の子の引くリアカーに乗せられてる俺……シュールすぎる。
ってか、アイテムショップにはこんなものまで売ってんのかよ。
「安心するといい。道中引っかけたモンスターは全て後続の私達が倒すから」
「レベル的には格下なのだしね、楽勝よ。フレイとクノが先頭切って、私達が後を追う形になるかしら。」
「クノさん……頑張ってくださいね?」
「後ろは任せろー!」
「ということですっ」
満面の笑みを浮かべるフレイ。
ああうん。もう、いいや。フレイがそれでいいって言うのなら、俺が文句をいう筋合いは無いかな。
せめて騎獣があればなぁ……
もしくは、用途に合わせて専用装備的な感じで防具を換装できれば、俺もエリザにAgi特化防具作ってもらってそれ装備するんだが、あいにくとフィールド内では「防具」の変更はできないんだよなぁ。「武器」と「アクセサリ」は出来るけど。勃動力三体牛鞭
まぁ、できたとしてもそれはそれで、Str極振りとしては邪道な気がするからやらなかったかもだけど。
「おっけ、わかった。じゃあ頼むぞフレイー」
「任せてください!」
「よっこらせ、と」
フレイが持ち手を支える、小さなリアカーに乗り込む俺。
スペースが狭いので体育座りだ。
「ぷっ、くくくく」
「おいこらエリザ。何笑ってんだ」
「い、いえ、笑って無いわよ?」
「口元にやけてる上に眼が泳いでるから」
「……くっ。貴方がそんなシュールな格好してるのが悪いのよ!」
「逆ギレ!?」
エリザは随分と……なんというか、感情表現が豊かになってきた気がする。
それだけ信頼されてるってことかな?
や、まぁ。それでもデフォは無表情なんだけど。
「ドナドナドナドナ……」
「カリンも不吉なこと言ってんじゃないよ」
「……はい、良くお似合いです」
「……うん。流石クノくんだね」
「ノエル! リッカ! やめて!? そんなに引かないで!?」
良くお似合いですって何!? 何に対してのフォローだよそれ!
「はい、では今度こそしゅっぱーつ!」
「え、まじで? いやちょっとまぁぁぁあああ!?」
慌ててリアカーにしがみ付いた直後。
俺の身体に猛烈な加速がかかる!
ちょ、速い、速すぎるよフレイ! 落ちる落ちるっ。こんな序盤からぶっ飛ばしてて大丈夫か!? エリザ達をぶっちぎってるぞ!?
って言う不平を伝えることもできずに。
……うへ、気持ち悪ぃ……眼がなんかくらくらする……耳がギュオオ! ってなってる。
「いえぇぇえい! とばすぜー!」
こういうところでもAgiだのVitだのが足りないツケが回ってくるというのか。
俺は直接加速の風にさらされながら、振り落とされないようにされるのが精いっぱい……あ、Vitがないからしがみつく力が弱まってきた!
そして、その時は無情にも早くにやってきて、
「うわぁ」
遂に完全に手が離れてしまった。
「あわっわわわ」
落ちるっ! まずい、この速さから落ちたらダメージも相当じゃないか!?
移動途中に死に戻りとか、洒落になら……
……
……?
アレ? なんともない。
未だ風は吹きつけてくるものの、何故か俺の身体が振り落とされる様子はなかった。
あらら?
不思議すぎる……流石、ここら辺はゲームだなぁ、と感心だ。
まぁ、考えればリアカーに乗せた荷物が途中で転落するのを防ぐ、というのは普通のこと……今更だけど俺荷物扱いか……!?
ちょっと落ち込みながら、それでも転落の心配のなくなった俺は、特にやることもないので風景を見ながらぼーっ、とする。吹き付ける風は、慣れれば意外とそうでもなかった。
後ろに小さくエリザ達が見える。
俺達は寄ってくるモンスター(ソウトバグの上位互換、デイトバグや、巨大芋虫のキャレピン、蝶型のバルタギイなど)をぶっちぎって進んでいる。
同じパーティー登録をしてあるエリザ達がそいつらの相手をするため、どうしても遅くなってしまうのだな。御苦労さまです。蒼蝿水
とはいえ、レベル差のせいでエリザも言っていたように“楽勝”なんだろうが。
ここのモンスターの平均レベルは大体27。対してうちは軒並み37を超えている(俺を除いて)。カリンに至っては40超え、ただいま43だ。
俺と9も差があるぜ……泣けてくらぁ。
【異形の偽腕】の訓練をするまえに、レベルをちょいと上げなきゃかな……
「おおおぉぉぉお! スパルタですー!」
……はぁ。
フレイ、そりゃお前にとってだろ、どっちかというと。やっぱ、向いてないな。
後、そんな大声ださないで欲しい……さっきからちらほらとすれ違うプレイヤーさん達にガン見されてるから。
俺はいたたまれなくなって、体育座りの膝に顔をうずめ、眼を閉じるのだった。
―――
ボス前のセーフティエリア。
俺とフレイはそこで一息ついていた。
「ふぅ、良い汗かきましたぁ」
「VRだから汗はかかないはずだぞ?」
「気分ですよ気分っ」
他の皆もそろそろ追いついてくる頃かな?
あ、そう言えば地味に俺、レベルアップしました。
パーティー登録をしていると、パーティーで倒したモンスターの経験値は、パーティーメンバー全員にいきわたるんだよな。
それでもともとレベルアップが近かったのか、俺は何にもしてないのに勝手にレベルアップ。
こういうのなんていうんだっけ……寄生?
……がーん。
とりあえず近場の樹に手をついてもたれて、心を落ち着ける。
大丈夫だ、ボス戦で挽回できる! ……でもそもそもボス自体、皆にとっては倒す必要もないわけで。
……まぁ、うん。深く考えたら負けだな。
折角頼ろうって決めたんだし、少しぐらい迷惑かけても……うんそう、少しくらい……
あ、でも俺ボス戦でも得意分野?である近接戦NGって言われてるからなぁ……
と、俺が感情のデフレスパイラルにはまっていると、カリン達が追いついてきた。
「流石はフレイね……荷物を抱えた状態でもあの速度なんて」
真顔でそんなことをのたまうエリザ。
「酷ぇな、おい。荷物て」
「ふふっ、なんて冗談よ。ごめんなさいね、クノ」
「……うん、冗談かよ。エリザの冗談は分かり辛すぎる」
「そうかしら?」
エリザが、ホントにきょとん、とした様子で小首を傾げる。
頭の上に?マークでも出てきそうな勢いだ。
「自覚がないっ……!?」
「エリザは理知的と見せかけて意外と天然だからね……」
カリンも苦労してそうだな……SEX DROPS
2013年11月7日星期四
恋人達は現実を知る
二人して戻った広間は先程よりも穏やかな雰囲気になっている。
おそらくフェリクス達は無難に挨拶を終えたのだろう。反論でもしていれば今頃は周囲の視線を集めている筈だ。
「……こちらに向かって来ていますね。エル達も、ですが」D9 催情剤
「あれ、もう来ちゃうの?」
「一緒にではありません。後ろからです。いつでも介入できるようにする為でしょう」
私よりも背の高いアルからは見えたらしい。つまり今度は魔王様達が出てくるのか。
「あらら、本番を始める気?」
「長引かせても結果は変わらないと判断したのでは?」
更生コースは却下されたらしい。気まずさはあっても反省は見られなかったのか。
まあ、正直さっきの出来事程度でこれまでずっと『そう育てられてきた』フェリクスが変わることはないだろう。フェリクスが基準のサンドラ嬢も同じく。
……彼女は侍女を失う事は嘆いても『何故それが必要なのか』ということまでは理解できなかっただろうから。
王族、しかも他国の者の前での失態。それを許してしまえば国そのものが価値を落とす。
だからこそ、イルフェナからの評価を落とさぬ為には必要な事なのだ。
決して侍女を憐れまないわけではない。彼女が主を守りたい一心だったことはきちんと理解しているのだ、王族とて。
「どうせならもう一人の獲物も来て貰いたいわね」
そう呟くとアルは面白そうに目を細める。
「おや、『彼女』もお望みで?」
「だって話にならないと思うわよ? 魔王様がこっちに来るならクラウスも居るでしょ、好都合だわ」
「ふふ……確かに」
私がやろうとしている事の想像がついたのか、アルは楽しげに笑う。共犯者様も中々にやる気らしい。
「このような場ですが、しっかりと見せ付けられることは嬉しいですね。クラウスも喜んでこちらの挑発に加わるでしょう」
「挑発? ただの事実だわ」
「ご尤も。私達も皆の期待に応えなくてはいけませんからね」
緩く口角が釣り上り笑みを刻む。それは絶対に『素敵な騎士様』のものではない。
ぶっちゃけ『彼女』が元凶其の二だもんなー、魔王様に忠誠を誓うアル達が許す筈はないのか。
……『翼の名を持つ騎士』は複数の部隊が存在する。当然他にも存在するのだが、私が隔離されている状態なので会わないだけだ。
例外的に会ったのはキヴェラの時にお世話になった商人さん達だけ。私と接触していない人が望ましいので魔王様が借りてきました。
基本的に王族が率いる形で魔王様の直属の部下が私が生活する騎士寮の皆さん。年齢からして魔王様達の学友あたりで構成されているのではないかと推測。……黒騎士はクラウスの類友な気がするが。
まあ、ともかく。
今回はイルフェナという『国』を侮辱したので彼等も当然お怒りだったらしい。
だが、魔王様が出向く事からアル達に一任されたそうだ。それもフェリクスの不幸に繋がっているのだったりする。
だって、魔王様率いるアル達が一番性質悪いみたいだもの。
ついでにオプションで私が居ます、彼等の部隊には。
少なくとも商人の小父さん達は割とまともだった。
翼の名を持つ騎士が全員こいつらと同類とかではないのだろう。忠誠心はMAXぶっちぎってそうだが。
そんなことを考えているとフェリクス達がやって来た。どうやら未だに友好的な関係にもっていきたいらしい。
……姑息な。
『誰かを頼ることが前提』ならば愛を貫きたいとか言うなよ。三流恋愛小説の主人公達だってもっと自力で何とかしようと足掻くだろうに。挺三天
「……魔導師殿、先ほどは申し訳ありませんでした」
頭を下げながらフェリクスが謝罪する。サンドラもやや顔を青褪めさせながらもそれに倣った。
ふぇ〜り〜く〜すぅ〜?
王族に頭下げられたら『御気になさらず』しか返答できねぇだろう!?
多分、フェリクスはそこまで頭が回らない。裏など無く素でやっている。
「……御気になさらず」
「もう期待してませんから」と内心付け加え謝罪を終わらせる。アルもそれが判ったのか苦笑気味。
フェリクス達は安堵の笑みを浮かべているが、実際には地獄巡りが始まっただけである。エンディングまでノンストップだ、覚悟しとけ。
「では……」
「お話の前に」
フェリクスの言葉を遮りサンドラ嬢に視線を向ける。サンドラ嬢はびくりと肩を揺らしたが、それでも笑みを浮かべて見つめ返した。
「サンドラ様に窺いたい事がございます。……貴女は御自分の選択を後悔していらっしゃらないのですか?」
「え? ええ、実家から絶縁されることは辛かったですが後悔はしておりません」
「そう、ですか」
やはり絶縁されていたか。彼女の性格を知り、その温い思考が王族には適さないと考えたのならば当然だろう。娘が可愛くとも家ごと破滅させるわけにはいくまい。
対してサンドラ嬢は己が言葉の意味を理解していないのか、頬を染めている。彼女からすればフェリクスへの揺ぎ無い愛とやらを問われたとしか思っていないらしい。
だが、私はそんな夢を見せてやるほど優しくは無い。
「サンドラ様。貴女は教会派の貴族であると窺いました。王家に嫁ぐと言う事は教会派の裏切り者となって王家につくということか、教会派の一員として王家に牙を剥くかのどちらかです。貴女はどちらを選ぶのですか?」
「え……?」
「王家の一員となれば教会派の孤児院には寄付できなくなります。個人の資産ではなく、『国の資産を王子の妃として使うことになる』からです。その状態で教会に寄付をすれば単なる税金の横領ですよ」
「な!? わ、私はそんなつもりはっ」
今初めて知ったように青褪め慌てるサンドラ嬢。フェリクスは驚愕しながらも、サンドラへと視線を向けた。
……気付いてなかったな、こいつら。
「国が運営する孤児院ならば公務として訪れることが可能です。ですがそれも特定の孤児院を贔屓するのではなく平等に回り、寄付……これは物資に限定されますね。その寄付も国からの物であって貴女からのものではありません」
「そうですね、王子の妃たる方が個人的に親しいからといって寄付に差をつけるわけにはいきません。何より民の税を個人的に使うなど許される筈も無い。己に与えられた予算は『王子の妃として』のものであり、個人の所有ではないのですから」
私とアルの追い打ちにサンドラ嬢は漸くこれまでの暮らしができなくなると悟ったらしい。
本来ならば王子の手を取るか否かという段階でしなければいけない選択だったろう。
フェリクスは理解していなさそうだし母親も同様だろうな。それに彼女の家族もフェリクスを前にしてこんな発言はできまい。下手をすれば『二人を引き裂く為に言っている』と受け取られ、不興を買ってしまう。VIVID XXL
「『個人』としてではなく『王族の一員』として生きる。そんな生活を納得されたのでしょうか、本当に」
アルは幼馴染としてずっと魔王様の傍に居た。だからこそ、半端な覚悟で王族を名乗る輩が許せないのだろう。普段よりも随分とキツイことを言っている。
「わ……私は、フェリクス様から、そんなことは……」
「先ほどのフェリクス殿下を見て疑問に思いませんでしたか? 殿下は王族としての義務など理解されていないように見受けられましたが」
「!?」
私の言葉にサンドラ嬢は先ほどのやり取りとライナス殿下の言葉を思い出したのだろう。つまり……『フェリクスが王に挨拶をする常識すら理解していなかった』と。
益々青褪めるサンドラ嬢。彼女は漸く自分が選んだものの危うさに気がついた。
……が。
予想外の人物が突如会話に割り込んでくる。
「そのくらいにしていただけませんか? いくら魔導師といえど我が国では何の地位もありませんのよ」
視線を向けた先には気の強そうな金髪の美少女が私を睨みつけている。
……誰、この子。フェリクスは顔を顰めているけど。
訝しげになる私達を他所に美少女は更に近寄り、私にしっかりと視線を合わせた。
「お初に御目にかかりますわ、魔導師様。わたくし、エインズワース公爵家のヒルダと申します。先ほどから聞いていれば少々言葉が過ぎるのではございませんか? 下賎の者ごときが王家の方に過ぎた口を聞くなど許されることではありません! 去りなさい!」
キツイ口調での糾弾は私に向けられている。アルならばギリギリ許容範囲だが、民間人でしかない私はアウトということらしい。
侍女の処罰に対して身分制度を語ったならばこの言葉も受け入れろと言う事だろう。確かに正論だ。
だが、フェリクスは不快感も露にヒルダ嬢に噛み付いている。
「ヒルダ! 元婚約者とはいえ、でしゃばるな!」
「……殿下、わたくしは殿下の為にしていることですわ」
「それが余計だと言っている!」
……。
私は無視かよ、お二人さん。一応、当事者なんですがね?
それよりも私はヒルダ嬢の言動が気にかかる。
『身分制度の強調』に『フェリクスから遠ざける』、『殿下の為にしていること』……?
……うん? 彼女の行動ってかつてのエレーナと似てないか?
下賎と罵ることで『周囲にこの国の貴族が軽んじられてはいないと判らせる』。
フェリクスとの会話を止めさせることで『フェリクスがこれ以上の恥を晒す事を止めた』。
去れと促す事で『私達をフェリクスから解放させようとした』。
……。
自分から悪者になってこの場を収めようとしてないか? この人。
彼女の言い分は正しいし、私はイルフェナの汚点とならない為にも彼女の言葉を受け入れ謝罪するしかない。
そんな姿を見れば周囲とて先ほどの『第四王子にすら無視される貴族』という状況に対する批判もある程度は和らぐだろう。私が『貴族を格下扱いしてません』的な姿勢を見せているのだし。
この行動で彼女が得る物など無い。自身の評判――特にフェリクスから――を落とすだけだ。
そもそも彼女は私が魔導師だと理解できていた。それなのに敢えて悪印象を抱かせたのはフェリクス達以上に自分を敵と認識させる為じゃないのか?福潤宝
災厄の代名詞に喧嘩を売る馬鹿は居ない。抗議されれば国に被害を向かわせない為に処罰とて十分ありえるからだ。彼女はその役をフェリクスから引き受けたように見える。
『元婚約者』だとフェリクスは言った。あの態度なのだ、それを望んだのは当然王家だろう。
彼女は……フェリクスの『御守り役』だった……?
そんな私の考えを他所にフェリクスはヒルダ嬢と口論している。自分の為に起こした行動という言葉の意味を考えることさえ無いのか、フェリクス。
「魔導師殿! 彼女の言う事を聞く必要など無い! この女は私のする事全てが気に入らないだけなのだからな!」
「わたくしは常に殿下の味方であっただけですわ」
その言葉に自分の推測がほぼ正しい事を悟る。彼女は常に忠告しフェリクスの間違いを正してきたのか。
尤も当のフェリクスはそれを小言としか受け取らなかったらしい。
『全てが気に入らない』って……それ、『王族として未熟だからヘマをしないよう見張ってた』ってことじゃないんかい。
「魔導師殿? どうかしたのか?」
呆れた視線を向けるもフェリクスは意味が判らず困惑。アルも同じ結論に達したようでやや蔑みの視線をフェリクスに向けている。そして私は深々と溜息を吐いた。
「もう結構です。呆れ果てましたわ、フェリクス様には」
「え?」
きょとんとなるフェリクスを放置し、ヒルダ嬢に向き直る。
「御苦労されてきたのですね。御自分を悪者に仕立て上げてまで貫く忠誠、お見事だと思います」
「一体、何のことですの?」
ヒルダ嬢は表情を崩さぬまま平然と問い返すが、やや焦りが見える。やはり彼女の狙いは別にあるようだ。
「我等はそう愚かではございませんよ? 『得をするのは誰か』『この状況の結果どうなるか』。それに思い至れば貴女の思惑に気付くかと」
しっかりと目を合わせ言い切ると、彼女は諦めたかのように険しい表情を消す。その表情は先程よりも幼く見えた。こちらが本来の彼女なのだろう。
「……。そ、う……気付かれたのですか」
寂しげに、それでも誤魔化そうとした罪悪感からかすまなそうにヒルダ嬢は目を伏せる。
「ヒルダ嬢。我々は『王の許可を得ております』。己を犠牲に出来る貴女の忠誠と優しさは尊いものだと思いますが、我々とて譲れぬものがある。……御理解ください」
「そう、ね。この程度で済まそうなど、随分と虫のいい話でしたわね」
アルの言葉に私達の行動の意味を悟ったのかヒルダ嬢は小さく溜息を吐いた。
ただ、フェリクスとサンドラ嬢だけが理解していない。彼らには彼女の言葉の意味など理解できないのだろう。
彼らにとってはヒルダ嬢は『悪役』。それが一度決定されてしまえば簡単には覆らない。
特にフェリクスの婚約者だったという点が大きいのだろう。物語では愛し合う二人を邪魔する悪役ポジションなのだから。
「一体何の事を言っているのです? 魔導師殿?」
フェリクスの問いは私達が答えてやろう。ヒルダ嬢からの言葉など彼らは絶対に信じないのだから。
ヒルダ嬢に視線を向けると「御願いします」というように軽く頭を下げた。それを受けてアルが口を開く。
「ヒルダ嬢の言動は本当に貴方の為だったのですよ、殿下。貴方がこれ以上醜態を晒さないように、先ほどの事からミヅキが貴族達より批判を受けぬようにする為に、そして私達が貴方達から逃げられるように」
「な……そんな筈はっ!」
「……貴方達以外から見ればとても判り易いですよ? 彼女は自分の評判を地に落とすどころか、魔導師の不興を買うことも覚悟で会話を終わらせようとしたのですから」
「勿論、その場合は処罰されることも覚悟の上でしょうね。……これまでもそうやって苦言を言い、憎まれ役になろうとも貴方を守ってきたのでしょう」
私とアルの言葉が信じられないのかフェリクスは戸惑うような表情を浮かべている。
だが、アルの予想は間違ってはいないだろう。フェリクスを支える事を前提として婚約者は選ばれているだろうし。V26 即効ダイエット
そしてそこに割り込んでくる人達が。
「そのとおりだ。……ヒルダ、そなたには随分と苦労させてしまったな。すまない」
「陛下! そのようなお言葉は不要です。わたくしは役を与えられた以上は御期待に応えるべきと思っただけですわ。わたくしこそ望まれた役目をこなせず……」
頭を下げるバラクシン王。そして跪き王に謝罪するヒルダ嬢。
そうだよねー、王として国の為に必要だったとはいえ父親としては土下座したくなる事態だわな。
年頃の娘さんに問題児を押し付けたようなものだもん、しかも最終的に勝手に婚約破棄されてるし。
王の顔に泥を塗り、公爵家に喧嘩を売ったようなものだろう。王子の婚約者でいた時間、彼女は拘束され続けていたのだから。助けられていた事に気付きもせず邪魔者扱い、はっきり言って最低。
しかもヒルダ嬢はこれから急いで嫁ぎ先を探さねばならんのだ。にも関わらず再びフェリクス達を助けようとしてくれた。私から見ると聖人に等しいぞ、この御嬢様。
王はフェリクスに厳しい顔を向けた。ヒルダ嬢の事は予想外だったが、王がフェリクスに対する断罪を止めることはない。
「お前がこれまで何とかやって来れたのは、お前が間違おうとする度にヒルダが止めていてくれたからだ。その事に気付かぬとは何と情けない」
王から向けられる明らかな失望にフェリクスは肩を振るわせた。
やはりそれなりに説教はされたのだろう。だが、これからは説教などというレベルではない。
『王』が『王子』に対し明らかな失望を隠そうともしない。
しかもそれを見せつけるように『他国の者が居る場』でそれを行なう。
言葉こそかけぬが魔王様達も傍に来ている。予定とは少々違った展開になったが、それは単に王からの断罪が早まったに過ぎない。
ヒルダ嬢は場の雰囲気を察したのか、改めて一礼すると離れていった。今回の共犯者ではない彼女はここに居るべきではない。
「魔導師殿達が言った事は事実だ、サンドラ。家族の気持ちを理解しなかったお前の居場所はもはやフェリクスの隣しかない。……勝手に婚約破棄までしたのだ、今更逃げられはしないぞ」
王の言葉にサンドラ嬢は俯き肩を震わせている。
恋や愛のままに行動して幸せな結末を迎えるのは物語だけだ。幸せになったとしても勝手をした苦労は絶対について回るのだから。
支え合って生きていくのが最良なのだろうが、そうするにはフェリクスがあまりにも頼り無さ過ぎる。
「魔導師殿がこの場に居るのは私がエルシュオン殿下を招待し、殿下が己が護衛兼手駒として連れて来たからだ。勿論、私も了承している」
「え……な、何故そんなことに!?」
うろたえるフェリクスに王はいっそう厳しい目を向けた。意味の判らぬまま、フェリクスは視線を彷徨わせる。
「フェリクス。お前、面識の無い魔導師殿に夜会の招待状を送ったそうだな? しかも後見人であるエルシュオン殿下には何も告げず、イルフェナに伺いすら立てず」
様子を窺っていた貴族達がざわり、とざわめき驚愕を露にする。彼等はその信じ難い行動の意味するものが判ったらしい。一斉に顔色を変えている。
「保護している国を無視するなど馬鹿にするにもほどがあるだろう! ……ああ、魔導師殿も侮辱したかったのか? 必要が無ければ淑女のマナーなど異世界人は学ばないからな。仮にも王族からの招待だ、恥をかくことになろうともイルフェナの顔を立てる為に魔導師殿は応じなければならない」
「わ……私はそのようなつもりは……」
「通常ならばイルフェナを通して魔導師殿本人の意思を聞き、参加の意思があるならばドレスや装飾品などをこちらで用意せねばならん。加えてイルフェナには淑女のマナーを教えてくれるよう頼み込んでな」
「それだけではない、最終的には私の許可が必要になってくるよ。彼女の守護役達の都合も含めてね」
バラクシン王の傍に居た魔王様がクラウスを伴って現れ、王の言葉に続く。OB蛋白の繊型曲痩 Ⅲ
おそらくフェリクス達は無難に挨拶を終えたのだろう。反論でもしていれば今頃は周囲の視線を集めている筈だ。
「……こちらに向かって来ていますね。エル達も、ですが」D9 催情剤
「あれ、もう来ちゃうの?」
「一緒にではありません。後ろからです。いつでも介入できるようにする為でしょう」
私よりも背の高いアルからは見えたらしい。つまり今度は魔王様達が出てくるのか。
「あらら、本番を始める気?」
「長引かせても結果は変わらないと判断したのでは?」
更生コースは却下されたらしい。気まずさはあっても反省は見られなかったのか。
まあ、正直さっきの出来事程度でこれまでずっと『そう育てられてきた』フェリクスが変わることはないだろう。フェリクスが基準のサンドラ嬢も同じく。
……彼女は侍女を失う事は嘆いても『何故それが必要なのか』ということまでは理解できなかっただろうから。
王族、しかも他国の者の前での失態。それを許してしまえば国そのものが価値を落とす。
だからこそ、イルフェナからの評価を落とさぬ為には必要な事なのだ。
決して侍女を憐れまないわけではない。彼女が主を守りたい一心だったことはきちんと理解しているのだ、王族とて。
「どうせならもう一人の獲物も来て貰いたいわね」
そう呟くとアルは面白そうに目を細める。
「おや、『彼女』もお望みで?」
「だって話にならないと思うわよ? 魔王様がこっちに来るならクラウスも居るでしょ、好都合だわ」
「ふふ……確かに」
私がやろうとしている事の想像がついたのか、アルは楽しげに笑う。共犯者様も中々にやる気らしい。
「このような場ですが、しっかりと見せ付けられることは嬉しいですね。クラウスも喜んでこちらの挑発に加わるでしょう」
「挑発? ただの事実だわ」
「ご尤も。私達も皆の期待に応えなくてはいけませんからね」
緩く口角が釣り上り笑みを刻む。それは絶対に『素敵な騎士様』のものではない。
ぶっちゃけ『彼女』が元凶其の二だもんなー、魔王様に忠誠を誓うアル達が許す筈はないのか。
……『翼の名を持つ騎士』は複数の部隊が存在する。当然他にも存在するのだが、私が隔離されている状態なので会わないだけだ。
例外的に会ったのはキヴェラの時にお世話になった商人さん達だけ。私と接触していない人が望ましいので魔王様が借りてきました。
基本的に王族が率いる形で魔王様の直属の部下が私が生活する騎士寮の皆さん。年齢からして魔王様達の学友あたりで構成されているのではないかと推測。……黒騎士はクラウスの類友な気がするが。
まあ、ともかく。
今回はイルフェナという『国』を侮辱したので彼等も当然お怒りだったらしい。
だが、魔王様が出向く事からアル達に一任されたそうだ。それもフェリクスの不幸に繋がっているのだったりする。
だって、魔王様率いるアル達が一番性質悪いみたいだもの。
ついでにオプションで私が居ます、彼等の部隊には。
少なくとも商人の小父さん達は割とまともだった。
翼の名を持つ騎士が全員こいつらと同類とかではないのだろう。忠誠心はMAXぶっちぎってそうだが。
そんなことを考えているとフェリクス達がやって来た。どうやら未だに友好的な関係にもっていきたいらしい。
……姑息な。
『誰かを頼ることが前提』ならば愛を貫きたいとか言うなよ。三流恋愛小説の主人公達だってもっと自力で何とかしようと足掻くだろうに。挺三天
「……魔導師殿、先ほどは申し訳ありませんでした」
頭を下げながらフェリクスが謝罪する。サンドラもやや顔を青褪めさせながらもそれに倣った。
ふぇ〜り〜く〜すぅ〜?
王族に頭下げられたら『御気になさらず』しか返答できねぇだろう!?
多分、フェリクスはそこまで頭が回らない。裏など無く素でやっている。
「……御気になさらず」
「もう期待してませんから」と内心付け加え謝罪を終わらせる。アルもそれが判ったのか苦笑気味。
フェリクス達は安堵の笑みを浮かべているが、実際には地獄巡りが始まっただけである。エンディングまでノンストップだ、覚悟しとけ。
「では……」
「お話の前に」
フェリクスの言葉を遮りサンドラ嬢に視線を向ける。サンドラ嬢はびくりと肩を揺らしたが、それでも笑みを浮かべて見つめ返した。
「サンドラ様に窺いたい事がございます。……貴女は御自分の選択を後悔していらっしゃらないのですか?」
「え? ええ、実家から絶縁されることは辛かったですが後悔はしておりません」
「そう、ですか」
やはり絶縁されていたか。彼女の性格を知り、その温い思考が王族には適さないと考えたのならば当然だろう。娘が可愛くとも家ごと破滅させるわけにはいくまい。
対してサンドラ嬢は己が言葉の意味を理解していないのか、頬を染めている。彼女からすればフェリクスへの揺ぎ無い愛とやらを問われたとしか思っていないらしい。
だが、私はそんな夢を見せてやるほど優しくは無い。
「サンドラ様。貴女は教会派の貴族であると窺いました。王家に嫁ぐと言う事は教会派の裏切り者となって王家につくということか、教会派の一員として王家に牙を剥くかのどちらかです。貴女はどちらを選ぶのですか?」
「え……?」
「王家の一員となれば教会派の孤児院には寄付できなくなります。個人の資産ではなく、『国の資産を王子の妃として使うことになる』からです。その状態で教会に寄付をすれば単なる税金の横領ですよ」
「な!? わ、私はそんなつもりはっ」
今初めて知ったように青褪め慌てるサンドラ嬢。フェリクスは驚愕しながらも、サンドラへと視線を向けた。
……気付いてなかったな、こいつら。
「国が運営する孤児院ならば公務として訪れることが可能です。ですがそれも特定の孤児院を贔屓するのではなく平等に回り、寄付……これは物資に限定されますね。その寄付も国からの物であって貴女からのものではありません」
「そうですね、王子の妃たる方が個人的に親しいからといって寄付に差をつけるわけにはいきません。何より民の税を個人的に使うなど許される筈も無い。己に与えられた予算は『王子の妃として』のものであり、個人の所有ではないのですから」
私とアルの追い打ちにサンドラ嬢は漸くこれまでの暮らしができなくなると悟ったらしい。
本来ならば王子の手を取るか否かという段階でしなければいけない選択だったろう。
フェリクスは理解していなさそうだし母親も同様だろうな。それに彼女の家族もフェリクスを前にしてこんな発言はできまい。下手をすれば『二人を引き裂く為に言っている』と受け取られ、不興を買ってしまう。VIVID XXL
「『個人』としてではなく『王族の一員』として生きる。そんな生活を納得されたのでしょうか、本当に」
アルは幼馴染としてずっと魔王様の傍に居た。だからこそ、半端な覚悟で王族を名乗る輩が許せないのだろう。普段よりも随分とキツイことを言っている。
「わ……私は、フェリクス様から、そんなことは……」
「先ほどのフェリクス殿下を見て疑問に思いませんでしたか? 殿下は王族としての義務など理解されていないように見受けられましたが」
「!?」
私の言葉にサンドラ嬢は先ほどのやり取りとライナス殿下の言葉を思い出したのだろう。つまり……『フェリクスが王に挨拶をする常識すら理解していなかった』と。
益々青褪めるサンドラ嬢。彼女は漸く自分が選んだものの危うさに気がついた。
……が。
予想外の人物が突如会話に割り込んでくる。
「そのくらいにしていただけませんか? いくら魔導師といえど我が国では何の地位もありませんのよ」
視線を向けた先には気の強そうな金髪の美少女が私を睨みつけている。
……誰、この子。フェリクスは顔を顰めているけど。
訝しげになる私達を他所に美少女は更に近寄り、私にしっかりと視線を合わせた。
「お初に御目にかかりますわ、魔導師様。わたくし、エインズワース公爵家のヒルダと申します。先ほどから聞いていれば少々言葉が過ぎるのではございませんか? 下賎の者ごときが王家の方に過ぎた口を聞くなど許されることではありません! 去りなさい!」
キツイ口調での糾弾は私に向けられている。アルならばギリギリ許容範囲だが、民間人でしかない私はアウトということらしい。
侍女の処罰に対して身分制度を語ったならばこの言葉も受け入れろと言う事だろう。確かに正論だ。
だが、フェリクスは不快感も露にヒルダ嬢に噛み付いている。
「ヒルダ! 元婚約者とはいえ、でしゃばるな!」
「……殿下、わたくしは殿下の為にしていることですわ」
「それが余計だと言っている!」
……。
私は無視かよ、お二人さん。一応、当事者なんですがね?
それよりも私はヒルダ嬢の言動が気にかかる。
『身分制度の強調』に『フェリクスから遠ざける』、『殿下の為にしていること』……?
……うん? 彼女の行動ってかつてのエレーナと似てないか?
下賎と罵ることで『周囲にこの国の貴族が軽んじられてはいないと判らせる』。
フェリクスとの会話を止めさせることで『フェリクスがこれ以上の恥を晒す事を止めた』。
去れと促す事で『私達をフェリクスから解放させようとした』。
……。
自分から悪者になってこの場を収めようとしてないか? この人。
彼女の言い分は正しいし、私はイルフェナの汚点とならない為にも彼女の言葉を受け入れ謝罪するしかない。
そんな姿を見れば周囲とて先ほどの『第四王子にすら無視される貴族』という状況に対する批判もある程度は和らぐだろう。私が『貴族を格下扱いしてません』的な姿勢を見せているのだし。
この行動で彼女が得る物など無い。自身の評判――特にフェリクスから――を落とすだけだ。
そもそも彼女は私が魔導師だと理解できていた。それなのに敢えて悪印象を抱かせたのはフェリクス達以上に自分を敵と認識させる為じゃないのか?福潤宝
災厄の代名詞に喧嘩を売る馬鹿は居ない。抗議されれば国に被害を向かわせない為に処罰とて十分ありえるからだ。彼女はその役をフェリクスから引き受けたように見える。
『元婚約者』だとフェリクスは言った。あの態度なのだ、それを望んだのは当然王家だろう。
彼女は……フェリクスの『御守り役』だった……?
そんな私の考えを他所にフェリクスはヒルダ嬢と口論している。自分の為に起こした行動という言葉の意味を考えることさえ無いのか、フェリクス。
「魔導師殿! 彼女の言う事を聞く必要など無い! この女は私のする事全てが気に入らないだけなのだからな!」
「わたくしは常に殿下の味方であっただけですわ」
その言葉に自分の推測がほぼ正しい事を悟る。彼女は常に忠告しフェリクスの間違いを正してきたのか。
尤も当のフェリクスはそれを小言としか受け取らなかったらしい。
『全てが気に入らない』って……それ、『王族として未熟だからヘマをしないよう見張ってた』ってことじゃないんかい。
「魔導師殿? どうかしたのか?」
呆れた視線を向けるもフェリクスは意味が判らず困惑。アルも同じ結論に達したようでやや蔑みの視線をフェリクスに向けている。そして私は深々と溜息を吐いた。
「もう結構です。呆れ果てましたわ、フェリクス様には」
「え?」
きょとんとなるフェリクスを放置し、ヒルダ嬢に向き直る。
「御苦労されてきたのですね。御自分を悪者に仕立て上げてまで貫く忠誠、お見事だと思います」
「一体、何のことですの?」
ヒルダ嬢は表情を崩さぬまま平然と問い返すが、やや焦りが見える。やはり彼女の狙いは別にあるようだ。
「我等はそう愚かではございませんよ? 『得をするのは誰か』『この状況の結果どうなるか』。それに思い至れば貴女の思惑に気付くかと」
しっかりと目を合わせ言い切ると、彼女は諦めたかのように険しい表情を消す。その表情は先程よりも幼く見えた。こちらが本来の彼女なのだろう。
「……。そ、う……気付かれたのですか」
寂しげに、それでも誤魔化そうとした罪悪感からかすまなそうにヒルダ嬢は目を伏せる。
「ヒルダ嬢。我々は『王の許可を得ております』。己を犠牲に出来る貴女の忠誠と優しさは尊いものだと思いますが、我々とて譲れぬものがある。……御理解ください」
「そう、ね。この程度で済まそうなど、随分と虫のいい話でしたわね」
アルの言葉に私達の行動の意味を悟ったのかヒルダ嬢は小さく溜息を吐いた。
ただ、フェリクスとサンドラ嬢だけが理解していない。彼らには彼女の言葉の意味など理解できないのだろう。
彼らにとってはヒルダ嬢は『悪役』。それが一度決定されてしまえば簡単には覆らない。
特にフェリクスの婚約者だったという点が大きいのだろう。物語では愛し合う二人を邪魔する悪役ポジションなのだから。
「一体何の事を言っているのです? 魔導師殿?」
フェリクスの問いは私達が答えてやろう。ヒルダ嬢からの言葉など彼らは絶対に信じないのだから。
ヒルダ嬢に視線を向けると「御願いします」というように軽く頭を下げた。それを受けてアルが口を開く。
「ヒルダ嬢の言動は本当に貴方の為だったのですよ、殿下。貴方がこれ以上醜態を晒さないように、先ほどの事からミヅキが貴族達より批判を受けぬようにする為に、そして私達が貴方達から逃げられるように」
「な……そんな筈はっ!」
「……貴方達以外から見ればとても判り易いですよ? 彼女は自分の評判を地に落とすどころか、魔導師の不興を買うことも覚悟で会話を終わらせようとしたのですから」
「勿論、その場合は処罰されることも覚悟の上でしょうね。……これまでもそうやって苦言を言い、憎まれ役になろうとも貴方を守ってきたのでしょう」
私とアルの言葉が信じられないのかフェリクスは戸惑うような表情を浮かべている。
だが、アルの予想は間違ってはいないだろう。フェリクスを支える事を前提として婚約者は選ばれているだろうし。V26 即効ダイエット
そしてそこに割り込んでくる人達が。
「そのとおりだ。……ヒルダ、そなたには随分と苦労させてしまったな。すまない」
「陛下! そのようなお言葉は不要です。わたくしは役を与えられた以上は御期待に応えるべきと思っただけですわ。わたくしこそ望まれた役目をこなせず……」
頭を下げるバラクシン王。そして跪き王に謝罪するヒルダ嬢。
そうだよねー、王として国の為に必要だったとはいえ父親としては土下座したくなる事態だわな。
年頃の娘さんに問題児を押し付けたようなものだもん、しかも最終的に勝手に婚約破棄されてるし。
王の顔に泥を塗り、公爵家に喧嘩を売ったようなものだろう。王子の婚約者でいた時間、彼女は拘束され続けていたのだから。助けられていた事に気付きもせず邪魔者扱い、はっきり言って最低。
しかもヒルダ嬢はこれから急いで嫁ぎ先を探さねばならんのだ。にも関わらず再びフェリクス達を助けようとしてくれた。私から見ると聖人に等しいぞ、この御嬢様。
王はフェリクスに厳しい顔を向けた。ヒルダ嬢の事は予想外だったが、王がフェリクスに対する断罪を止めることはない。
「お前がこれまで何とかやって来れたのは、お前が間違おうとする度にヒルダが止めていてくれたからだ。その事に気付かぬとは何と情けない」
王から向けられる明らかな失望にフェリクスは肩を振るわせた。
やはりそれなりに説教はされたのだろう。だが、これからは説教などというレベルではない。
『王』が『王子』に対し明らかな失望を隠そうともしない。
しかもそれを見せつけるように『他国の者が居る場』でそれを行なう。
言葉こそかけぬが魔王様達も傍に来ている。予定とは少々違った展開になったが、それは単に王からの断罪が早まったに過ぎない。
ヒルダ嬢は場の雰囲気を察したのか、改めて一礼すると離れていった。今回の共犯者ではない彼女はここに居るべきではない。
「魔導師殿達が言った事は事実だ、サンドラ。家族の気持ちを理解しなかったお前の居場所はもはやフェリクスの隣しかない。……勝手に婚約破棄までしたのだ、今更逃げられはしないぞ」
王の言葉にサンドラ嬢は俯き肩を震わせている。
恋や愛のままに行動して幸せな結末を迎えるのは物語だけだ。幸せになったとしても勝手をした苦労は絶対について回るのだから。
支え合って生きていくのが最良なのだろうが、そうするにはフェリクスがあまりにも頼り無さ過ぎる。
「魔導師殿がこの場に居るのは私がエルシュオン殿下を招待し、殿下が己が護衛兼手駒として連れて来たからだ。勿論、私も了承している」
「え……な、何故そんなことに!?」
うろたえるフェリクスに王はいっそう厳しい目を向けた。意味の判らぬまま、フェリクスは視線を彷徨わせる。
「フェリクス。お前、面識の無い魔導師殿に夜会の招待状を送ったそうだな? しかも後見人であるエルシュオン殿下には何も告げず、イルフェナに伺いすら立てず」
様子を窺っていた貴族達がざわり、とざわめき驚愕を露にする。彼等はその信じ難い行動の意味するものが判ったらしい。一斉に顔色を変えている。
「保護している国を無視するなど馬鹿にするにもほどがあるだろう! ……ああ、魔導師殿も侮辱したかったのか? 必要が無ければ淑女のマナーなど異世界人は学ばないからな。仮にも王族からの招待だ、恥をかくことになろうともイルフェナの顔を立てる為に魔導師殿は応じなければならない」
「わ……私はそのようなつもりは……」
「通常ならばイルフェナを通して魔導師殿本人の意思を聞き、参加の意思があるならばドレスや装飾品などをこちらで用意せねばならん。加えてイルフェナには淑女のマナーを教えてくれるよう頼み込んでな」
「それだけではない、最終的には私の許可が必要になってくるよ。彼女の守護役達の都合も含めてね」
バラクシン王の傍に居た魔王様がクラウスを伴って現れ、王の言葉に続く。OB蛋白の繊型曲痩 Ⅲ
2013年11月5日星期二
決勝当日
サトゥーです。シェイクスピアの有名作品のセリフに「to be or not to be」というのがありますが、高校に入るまでずっと格闘マンガのキャラのセリフが原典だと思っていた黒歴史があります。勘違いって、誰にでもありますよね。韓国痩身1号
今日は朝からタマの様子がおかしい。
やたらと部屋を行ったり来たりしてると思ったら、ポチやアリサに絡むというか、くっついて床をゴロゴロとジャレあっている。
「どうかしたのか? タマ」
「ん~? 何かムズムズする~」
「プンプンなのです! 今日のタマはおかしいのです」
おや? ポチも珍しく怒りっぽいな。
タマが、オレの膝の上に座っていたミーアを押しのけるように割り込んできて、膝の上で丸くなる。どうしたんだろう? 強引に割り込んで来るなんて珍しい。
「士爵さま、本日の決勝戦は観戦に行かれないのですか?」
「ええ、決勝戦後の祝賀会で料理を振舞って欲しいと依頼されているので、もう少ししたら登城する予定です」
なんでも、複数の貴族達から、公爵の家令に問い合わせがあったそうだ。ここ数日の間にあった陛下が臨席する舞踏会や晩餐会は高位貴族しか参列できなかったので、オレは参加していない。さすがに参加しない晩餐会や舞踏会の料理を作れとは言えなかったのだろう。
その点、今日の祝賀会は優勝者や貴族だけでなく、本戦出場できた武芸者と公都の有力者も招かれるそうなので、前の舞踏会の時の様に数品の料理を出して欲しいと依頼があったのだ。
今日の決勝には陛下も臨席されるので、カリナ嬢も弟氏と一緒に列席している。
タマは、背中を撫でられているうちに落ち着いたのか、難しい顔のまま眠ってしまった。
公都が震撼したのは、そんな時だ。
地震があったわけではない。
例えるなら潜水艦のアクティブソナーのような、探査魔法の信号が1度だけ通り過ぎただけだ。
ただ、その威力が尋常ではないらしい。
「何? 今の」
「信号?」
「何かゴーンってきたのです!」
「マスター、戦闘準備を」
オレだけでなく、半分くらいのメンバーが、さっきの信号を認識したようだ。
恐らく、タマが情緒不安定だったのは、この前触れを感じていたのだろう。
リザがこの間渡した新装備を装着し始めている。少し遅れてポチとナナも着替え始めた。目が幸せだが、そのまま眺めているわけにもいかないので、ルルに頼んで、ナナの前に衝立を置いて貰う。
「タマも着替えなさい」
「あい~」
マップには魔族が出現している。闘技場の上空だ。
闘技場にはリーングランデ嬢や王子と聖騎士達に加え、レベル40越えの者達が20人近くいる。間の悪い魔族だ。オレが介入するまでも無く抹殺決定だろう。
「何が起こったの?」
「また、魔族だ」
「え~、また~」
本当に、そろそろ自粛して欲しいものだ。
アリサ達も、この間作った新装備に着替えておいて貰う。リザ達より薄手だが、お揃いの白い革鎧だ。リザ以外の者達は、鋳造魔剣に替えてある。この間、オークションで売ったのとは見た目がかなり違うし、銘がサトゥー・ペンドラゴンになっている。
魔族は「召喚魔法」「精神魔法」「火炎魔法」が使えるみたいだ。時間をかけると色々召喚しそうなので、早めに処分しよう。
皆が着替えを始めてしばらくして、警報の鐘の音が公都に響き渡った。韓国痩身一号
公都の貴族の館には、魔族の襲撃に備えて地下シェルターが存在する。このシェルターは貴族達が自身の安全の為に設置したものだけあって、異常に頑強だ。上級貴族の家にあるものは、なんと外壁なみの強度がある。
警報の鐘の音に少し遅れて、館付きのメイドさんが、避難誘導に来た。
「アリサ」
「ほい、ほ~い」
「皆で、地下シェルターに避難していてくれ。本気でヤバそうなら例の信号を送るから、後先考えずに地下迷宮に緊急転移して欲しい」
「あいあい」
対魔族対策はコレでいいか。
リザ達に、もう一つのやっかい事の対処を依頼しておく。
「リザ」
「はいっ!」
「セーラ嬢の馬車が、悪漢に追われている。ミーアやナナと一緒に馬で保護に向かってくれ」
「了解しました」
「了解です、マスター」
「ん」
自由の翼の面々が、セーラ嬢を誘拐しようとしているみたいだ。
オレが直接助けに行ってもいいのだが、変にフラグが立っても困るからリザ達に任せた。リザ達の実力なら余裕だろう。セーラ嬢は、この屋敷に向かって逃げているようなので、リザに大体の道順を教えておいた。
オレは公爵城に行くからと地下シェルターへの避難を断って出かける。
適当な路地裏で、ナナシ銀仮面の勇者バージョンに変身して、闘技場に向かう。
とりあえず、状況把握の為に新魔法の「遠耳クレアヒアリス」と「囁きの風ウィスパー・ウィンド」を発動する。焦点は、これから向かう闘技場だ。
『魔族よ、いや魔王よ、貴様の命運もこれまでだ』
この声は王子だな。レベル71の上級魔族だが、魔王じゃないぞ?
状況は混沌としているようだが、闘技大会の決勝だけあって、国内有数の強力な者が沢山いるので蹂躙されているわけではないようだ。
『勇気ある戦士達よ、協力しあって魔物達を討伐するのだ。魔法使い達よ、攻撃魔法より、戦士達への強化魔法を優先しろ』
今度はリーングランデ嬢だな。
魔族は、兵隊用の魔物を召喚したのか、王子以外の人々は魔物の排除に追われている。レベル40台の魔物が、10体以上も召喚されている。高レベルの探索者や騎士、武芸者なんかが徒党を組んで戦っているみたいだ。聞こえてくる喧騒が、すごく生き生きとしている。よっぽど戦うのが好きなんだろうな。
『結界だ、防御結界を張れ』
『だめだ通路が崩落している、脱出路を確保しろ』
どうして陛下の影武者を初めとした貴族達は逃げていないのか不思議だったが、そういう事らしい。遠耳と囁きの風って便利だ。
一般客は通路が無事だったのか、外に向かって殺到している。踏み潰されて死んだ人間はいないみたいだ。血の気の多い人間ばかりだったようなので、心配無用のようだ。
オレは、天駆と縮地で、闘技場の近くにある尖塔の一つの天辺に降り立つ。
魔族は、頭部が2つあり、黄色い肌で、肩から水牛のような2本の角が生えている。頭が2つという事は、黄金の猪王みたいに同時に魔法を使って来るんじゃないだろうか。
リーングランデ嬢や手柄を立てたい人間には「空気読め」と言われそうだが、闘技場には知り合いもいそうなので、さっさと始末しよう。
まずは、大物の上級魔族を光魔法の「光線レーザー」で倒すか。
そう決断するのを待っていたかのように、空間を割ってそれは現れた。
水面から浮かび上がるように光の波紋を生みながら、流線型をした銀色の宇宙船のようなモノが現れた。
船首には、青い鎧の男――勇者ハヤト・マサキが立っている。アリサに会ったときはレベル61と言っていたが、今はレベル69まで上がっている。
『俺様、見参!』
その言葉に挑発のスキルが篭められていたのか、飛行型の魔物が勇者に向かっていく。
『ほう勇者ハヤト、ワラワの前に現れるとは、死ぬ覚悟ができたのデスか?』
『いつまでも、昔の俺様だと思うなよ! 今日こそ雪辱を果たさせてもらうぜ!』
今なら「光線レーザー」で一瞬なんだけど。撃ちにくいな。
『ひかえろサガ帝国の狗め! 勇者がサガ帝国の専売ではない事を証明してくれる』
王子だな。任せておけばいいのに。御秀堂養顔痩身カプセル第2代
『≪踊れ≫、クラウソラス!』
さっきの≪踊れ≫は、何かの合言葉だったみたいだ。王子の手から離れた聖剣クラウソラスが青い光を放ちながら、黄色魔族を襲う。おお~ 前に博物館で見た絵は、誇張はあるものの嘘じゃなかったんだな。
あ、弾かれた。
弱いなクラウソラス。
『聖剣が泣いてるぜ、王子様。そいつは古の大魔王――黄金の猪王の筆頭幹部だ。数百年生き延びた最上級魔族なんだよ。死にたくなければ、下がっていな。≪歌え≫アロンダイト』
勇者の持つアロンダイトが、勇者の合言葉を受けて激しい聖光を放つ。
オレの聖剣にも、ああいう合言葉はあるんだろうか? 魔法道具の説明書のお陰で読めるようになったのが、近代に作られた魔法道具だけだったので、聖剣とかはまだ読みきれていない。合言葉くらいなら読み解けそうだから、ヒマを見つけて調べよう。
船から現れた勇者の仲間達が、勇者に強化魔法をかけて行く。興味本位で「遠見クレアボヤンス」の魔法を使ったのだが、止めておけば良かった。
僧侶らしき、ゆるふわタイプの巨乳美女が強化魔法を使う。目の下のほくろがいいね。
弓兵らしき長耳族の女性が、勇者に接近する魔物を迎撃する。1射した矢が途中で10本ちかくに分裂して魔物に襲い掛かっている。赤い光が漏れているのを見る限り魔法の矢なのだろう。
弓矢を逃れた魔物達が銀の船の上に着地したが、身軽な軽戦士と双剣の戦士の2人が瞬く間に排除している。彼女達も耳族だ。虎耳族と狼耳族の二人だ。虎耳がポニテ、狼耳がショートヘアの色っぽい美乳美女だ。
最後に出てきたのが、長杖を持った豪奢な金髪の爆乳美女だ。カリナ嬢に匹敵しそうだ。何か長々とした呪文の詠唱を始めている。
要は従者全員がグラマラスな美女軍団なわけだ。
リア充爆発しろ。
どうしよう。
トルマ並みに空気を読まずに片付けるべきなんだろうか。
撃つべきか撃たざるべきか、それが問題だ。
まったく、茶番だわ。
陛下が臨席するからと言って、どうして私と殿下が模擬戦をしなくてはならないの?
しかも、殿下の持つのは聖剣クラウソラス。シガ王国を体現するとも言われている「不敗」の剣だもの。
絶対・・に勝つわけにはいかないのよ。
正しくは聖剣クラウソラスを持つ者は、決して負けてはいけない。なぜなら、それは不敗のシガ王国の敗北を連想させるから。
たとえ幻想とわかっていても、敗北は許されない。
もっとも、わざと負けようとしなくても、魔法抜きだと殿下の方が、やや強いはず。
奥の手を使わない限り勝ちようがない。使ったら、間違いなく殿下を殺してしまうもの。流石にそれは不味いものね。
ああ、憂鬱だわ。
観客席から私の名を呼ぶ声援が聞こえる。殿下への声援もあるけれど、「王子」という称号に惹かれているだけじゃないのかしら。
勇者の従者になったときに頂いた魔法の鎧チャフタルを身にまとい、迷宮探索中に手に入れた雷の大剣を担ぐ。この鎧は着る者に、身体強化の魔法と同じ効果を与える。魔法回路に魔力を通せば、魔力の盾や狙撃を防ぐための幻術を発動する事もできる。
試合開始の円陣の中に入る。
試合開始の合図に合わせて、魔力の盾を発動。続いて、雷の大剣に魔力を通して雷刃を発動する。
強化魔法を重ねがけする前に嫌な予感がして、横に跳びずさる。
私がいた場所を、火弾が突き抜ける。
火弾の杖ファイアボルト・ワンド?
軍用の兵器じゃない。
魔法を詠唱しなければいいってものじゃないのよ?
「懐かしいだろう? 貴様が学院で作ったモノだからな」
殿下の聖剣が青い軌跡を描きながら襲ってくる。
なんて、速い。
聖剣クラウソラスの使い手は空を飛ぶという伝説は本当だったのかも。
大剣で聖剣の軌道を逸らす。
重い。手首を痛めそうだわ。御秀堂養顔痩身カプセル第3代
大剣の刃に纏わせた雷も、聖剣を伝わる事無く宙に散っていく。
相手が普通の剣だったら、今ので気絶か麻痺状態にさせられたのに。
お返しとばかりに、大剣を殿下の足に叩きつける。
聖騎士の鎧が発動している防御膜バリアに大剣を受け止められた。
さすがに、大国最強の聖騎士の装備だけはある。
今度は殿下の剣を防ぐのを鎧に任せ、私は攻撃に注力する。
強打スキル発動。命中や攻撃精度が落ちるけど、今は威力だ。
魔刃スキル発動。いつもは魔力が勿体無いから使わないけど、今は魔力を温存する意味が無いから。
大剣が赤い光を帯びる。
鋭刃スキル発動。殿下を殺す気は無いけれど、殺すつもりでやらないと、あの鎧の防御は抜けない。
「旋風烈刃」
必要もないのに技名を叫んでしまう。
私もハヤトのバカに染まってしまったみたいだわ。
てっきり防がれると思ったのだけれど、あっさり命中して防御膜バリアを破壊する。
まずい、このまま刃を止めなければ、勝ってしまう。
何とか殿下に致命打を与える前に刃を止められた。
でも、そんな不安定な体勢を殿下が見逃すはずも無く。
私は鞠のように闘技場の地面を跳ね飛ばされていった。
歓声と悲鳴と罵声。
一瞬だけど気を失っていたみたいだ。
王子が追撃の火弾を連射してきている。殺す気なの?
どうやら、先ほど剣を止めたせいで彼の肥大化したプライドを傷つけてしまったようだ。殿下の目が怖いくらいに血走っている。
詠唱の早い破裂クイック・バーストで火弾を爆破して止める。
でも、私達の戦いは、ここまでだ。
空に生まれる召喚陣。
アレハキケンダ。
頭が割れそうなくらい、直感が危険信号を送ってくる。
私は、魔法爆破ブラスト・マジックの詠唱を始める。だめだ、殿下は、上空の召喚陣に気が付いていない。私しかみていないんだ。
殿下の攻撃を回避するために、呪文の詠唱を中断する。
こんな事なら、さっき刃を止めるんじゃなかった。
召喚を止める事ができなかった。
そこに現れたのは、黄色い肌の魔族だ。あの存在感に威圧感、間違いなく上級魔族だ。身長5メートルを超える巨躯が地面に着地する振動で倒れそうになる。
前にハヤトが言っていた。
たった一度だけ、魔族から逃げた事があると。
その時に、仲間の半数がハヤトを逃がすために犠牲になったと悔しそうに言っていた。あの非常識なまでに強いハヤトが遅れをとったなんて信じられなかったけど、今ならわかる。
アレは桁が違う。
魔王は、アレより更に強いの?
無理だ。
絶対に無理。
理屈じゃない、魂が叫んでる。今すぐここから逃げたい。
心が折れそうな私が踏みとどまれたのは、意外な人の言葉のお陰だった。
「魔族よ、いや魔王よ、貴様の命運もこれまでだ」
殿下、相手の強さも測れないなんて。彼は虚勢を張っているわけじゃない。もし、こんな時に、絶対強者に対して虚勢を張れるくらいの男気があったなら婚約を解消する事もなかったかもしれない。
魔王は首を傾げた後に殿下の剣を見て興味を抱いたようだ。
「その剣はクラウソラス、デェスね? ヤマトの子孫デシタか」
なんだろう黄肌魔族が会話をしながら、何かが咆哮する声が聞こえる。もう一つの首の方か、詠唱しているんだ。
召喚を妨害するために、詠唱の早い破裂クイック・バーストを、黄肌魔族に叩き込む。
だめだ。
威力の弱い下級魔法じゃ普通に手でふせがれてしまう。
威力よりも速さを!
詠唱短縮を発動しつつ、爆裂エクスプロージョンを唱える。たぶん、間に合わない。でも只で詠唱させたりしない。
黄肌魔族の詠唱が完了し、地面に出現した召喚陣から魔物が出現する。ムカデにサソリ、カマキリ、双角甲虫までいる。
アレを相手にしながら闘えるほど黄肌魔族は、簡単な相手じゃない。さっきの爆裂も大してダメージを与えられなかった。
そうだ、会場には本戦の出場者やその仲間達がいる。魔物は彼らに任そう。
拡声の魔法を使って会場の戦士達に呼びかける。
「勇気ある戦士達よ、協力しあって魔物達を討伐するのだ。魔法使い達よ、攻撃魔法より、戦士達への強化魔法を優先しろ」
バラバラに魔物と闘っていた人々が、連携を取り始めた。御秀堂 養顔痩身カプセル
彼らはベテランだ。きっかけさえあれば、魔物なんかに遅れは取らないだろう。
ムカデ型の魔物が襲って来た。殿下の方にも甲虫型の魔物が襲い掛かっている。
「ふむ、やはり勇者はいないデ~ス。これは折角の土産が意味ないデスね」
黄肌魔族がボヤキながら召喚した魔物に強化魔法をかけている。
せめて殿下が前衛を引き受けてくれたら、強力な魔法が使えるのに。
今日は朝からタマの様子がおかしい。
やたらと部屋を行ったり来たりしてると思ったら、ポチやアリサに絡むというか、くっついて床をゴロゴロとジャレあっている。
「どうかしたのか? タマ」
「ん~? 何かムズムズする~」
「プンプンなのです! 今日のタマはおかしいのです」
おや? ポチも珍しく怒りっぽいな。
タマが、オレの膝の上に座っていたミーアを押しのけるように割り込んできて、膝の上で丸くなる。どうしたんだろう? 強引に割り込んで来るなんて珍しい。
「士爵さま、本日の決勝戦は観戦に行かれないのですか?」
「ええ、決勝戦後の祝賀会で料理を振舞って欲しいと依頼されているので、もう少ししたら登城する予定です」
なんでも、複数の貴族達から、公爵の家令に問い合わせがあったそうだ。ここ数日の間にあった陛下が臨席する舞踏会や晩餐会は高位貴族しか参列できなかったので、オレは参加していない。さすがに参加しない晩餐会や舞踏会の料理を作れとは言えなかったのだろう。
その点、今日の祝賀会は優勝者や貴族だけでなく、本戦出場できた武芸者と公都の有力者も招かれるそうなので、前の舞踏会の時の様に数品の料理を出して欲しいと依頼があったのだ。
今日の決勝には陛下も臨席されるので、カリナ嬢も弟氏と一緒に列席している。
タマは、背中を撫でられているうちに落ち着いたのか、難しい顔のまま眠ってしまった。
公都が震撼したのは、そんな時だ。
地震があったわけではない。
例えるなら潜水艦のアクティブソナーのような、探査魔法の信号が1度だけ通り過ぎただけだ。
ただ、その威力が尋常ではないらしい。
「何? 今の」
「信号?」
「何かゴーンってきたのです!」
「マスター、戦闘準備を」
オレだけでなく、半分くらいのメンバーが、さっきの信号を認識したようだ。
恐らく、タマが情緒不安定だったのは、この前触れを感じていたのだろう。
リザがこの間渡した新装備を装着し始めている。少し遅れてポチとナナも着替え始めた。目が幸せだが、そのまま眺めているわけにもいかないので、ルルに頼んで、ナナの前に衝立を置いて貰う。
「タマも着替えなさい」
「あい~」
マップには魔族が出現している。闘技場の上空だ。
闘技場にはリーングランデ嬢や王子と聖騎士達に加え、レベル40越えの者達が20人近くいる。間の悪い魔族だ。オレが介入するまでも無く抹殺決定だろう。
「何が起こったの?」
「また、魔族だ」
「え~、また~」
本当に、そろそろ自粛して欲しいものだ。
アリサ達も、この間作った新装備に着替えておいて貰う。リザ達より薄手だが、お揃いの白い革鎧だ。リザ以外の者達は、鋳造魔剣に替えてある。この間、オークションで売ったのとは見た目がかなり違うし、銘がサトゥー・ペンドラゴンになっている。
魔族は「召喚魔法」「精神魔法」「火炎魔法」が使えるみたいだ。時間をかけると色々召喚しそうなので、早めに処分しよう。
皆が着替えを始めてしばらくして、警報の鐘の音が公都に響き渡った。韓国痩身一号
公都の貴族の館には、魔族の襲撃に備えて地下シェルターが存在する。このシェルターは貴族達が自身の安全の為に設置したものだけあって、異常に頑強だ。上級貴族の家にあるものは、なんと外壁なみの強度がある。
警報の鐘の音に少し遅れて、館付きのメイドさんが、避難誘導に来た。
「アリサ」
「ほい、ほ~い」
「皆で、地下シェルターに避難していてくれ。本気でヤバそうなら例の信号を送るから、後先考えずに地下迷宮に緊急転移して欲しい」
「あいあい」
対魔族対策はコレでいいか。
リザ達に、もう一つのやっかい事の対処を依頼しておく。
「リザ」
「はいっ!」
「セーラ嬢の馬車が、悪漢に追われている。ミーアやナナと一緒に馬で保護に向かってくれ」
「了解しました」
「了解です、マスター」
「ん」
自由の翼の面々が、セーラ嬢を誘拐しようとしているみたいだ。
オレが直接助けに行ってもいいのだが、変にフラグが立っても困るからリザ達に任せた。リザ達の実力なら余裕だろう。セーラ嬢は、この屋敷に向かって逃げているようなので、リザに大体の道順を教えておいた。
オレは公爵城に行くからと地下シェルターへの避難を断って出かける。
適当な路地裏で、ナナシ銀仮面の勇者バージョンに変身して、闘技場に向かう。
とりあえず、状況把握の為に新魔法の「遠耳クレアヒアリス」と「囁きの風ウィスパー・ウィンド」を発動する。焦点は、これから向かう闘技場だ。
『魔族よ、いや魔王よ、貴様の命運もこれまでだ』
この声は王子だな。レベル71の上級魔族だが、魔王じゃないぞ?
状況は混沌としているようだが、闘技大会の決勝だけあって、国内有数の強力な者が沢山いるので蹂躙されているわけではないようだ。
『勇気ある戦士達よ、協力しあって魔物達を討伐するのだ。魔法使い達よ、攻撃魔法より、戦士達への強化魔法を優先しろ』
今度はリーングランデ嬢だな。
魔族は、兵隊用の魔物を召喚したのか、王子以外の人々は魔物の排除に追われている。レベル40台の魔物が、10体以上も召喚されている。高レベルの探索者や騎士、武芸者なんかが徒党を組んで戦っているみたいだ。聞こえてくる喧騒が、すごく生き生きとしている。よっぽど戦うのが好きなんだろうな。
『結界だ、防御結界を張れ』
『だめだ通路が崩落している、脱出路を確保しろ』
どうして陛下の影武者を初めとした貴族達は逃げていないのか不思議だったが、そういう事らしい。遠耳と囁きの風って便利だ。
一般客は通路が無事だったのか、外に向かって殺到している。踏み潰されて死んだ人間はいないみたいだ。血の気の多い人間ばかりだったようなので、心配無用のようだ。
オレは、天駆と縮地で、闘技場の近くにある尖塔の一つの天辺に降り立つ。
魔族は、頭部が2つあり、黄色い肌で、肩から水牛のような2本の角が生えている。頭が2つという事は、黄金の猪王みたいに同時に魔法を使って来るんじゃないだろうか。
リーングランデ嬢や手柄を立てたい人間には「空気読め」と言われそうだが、闘技場には知り合いもいそうなので、さっさと始末しよう。
まずは、大物の上級魔族を光魔法の「光線レーザー」で倒すか。
そう決断するのを待っていたかのように、空間を割ってそれは現れた。
水面から浮かび上がるように光の波紋を生みながら、流線型をした銀色の宇宙船のようなモノが現れた。
船首には、青い鎧の男――勇者ハヤト・マサキが立っている。アリサに会ったときはレベル61と言っていたが、今はレベル69まで上がっている。
『俺様、見参!』
その言葉に挑発のスキルが篭められていたのか、飛行型の魔物が勇者に向かっていく。
『ほう勇者ハヤト、ワラワの前に現れるとは、死ぬ覚悟ができたのデスか?』
『いつまでも、昔の俺様だと思うなよ! 今日こそ雪辱を果たさせてもらうぜ!』
今なら「光線レーザー」で一瞬なんだけど。撃ちにくいな。
『ひかえろサガ帝国の狗め! 勇者がサガ帝国の専売ではない事を証明してくれる』
王子だな。任せておけばいいのに。御秀堂養顔痩身カプセル第2代
『≪踊れ≫、クラウソラス!』
さっきの≪踊れ≫は、何かの合言葉だったみたいだ。王子の手から離れた聖剣クラウソラスが青い光を放ちながら、黄色魔族を襲う。おお~ 前に博物館で見た絵は、誇張はあるものの嘘じゃなかったんだな。
あ、弾かれた。
弱いなクラウソラス。
『聖剣が泣いてるぜ、王子様。そいつは古の大魔王――黄金の猪王の筆頭幹部だ。数百年生き延びた最上級魔族なんだよ。死にたくなければ、下がっていな。≪歌え≫アロンダイト』
勇者の持つアロンダイトが、勇者の合言葉を受けて激しい聖光を放つ。
オレの聖剣にも、ああいう合言葉はあるんだろうか? 魔法道具の説明書のお陰で読めるようになったのが、近代に作られた魔法道具だけだったので、聖剣とかはまだ読みきれていない。合言葉くらいなら読み解けそうだから、ヒマを見つけて調べよう。
船から現れた勇者の仲間達が、勇者に強化魔法をかけて行く。興味本位で「遠見クレアボヤンス」の魔法を使ったのだが、止めておけば良かった。
僧侶らしき、ゆるふわタイプの巨乳美女が強化魔法を使う。目の下のほくろがいいね。
弓兵らしき長耳族の女性が、勇者に接近する魔物を迎撃する。1射した矢が途中で10本ちかくに分裂して魔物に襲い掛かっている。赤い光が漏れているのを見る限り魔法の矢なのだろう。
弓矢を逃れた魔物達が銀の船の上に着地したが、身軽な軽戦士と双剣の戦士の2人が瞬く間に排除している。彼女達も耳族だ。虎耳族と狼耳族の二人だ。虎耳がポニテ、狼耳がショートヘアの色っぽい美乳美女だ。
最後に出てきたのが、長杖を持った豪奢な金髪の爆乳美女だ。カリナ嬢に匹敵しそうだ。何か長々とした呪文の詠唱を始めている。
要は従者全員がグラマラスな美女軍団なわけだ。
リア充爆発しろ。
どうしよう。
トルマ並みに空気を読まずに片付けるべきなんだろうか。
撃つべきか撃たざるべきか、それが問題だ。
まったく、茶番だわ。
陛下が臨席するからと言って、どうして私と殿下が模擬戦をしなくてはならないの?
しかも、殿下の持つのは聖剣クラウソラス。シガ王国を体現するとも言われている「不敗」の剣だもの。
絶対・・に勝つわけにはいかないのよ。
正しくは聖剣クラウソラスを持つ者は、決して負けてはいけない。なぜなら、それは不敗のシガ王国の敗北を連想させるから。
たとえ幻想とわかっていても、敗北は許されない。
もっとも、わざと負けようとしなくても、魔法抜きだと殿下の方が、やや強いはず。
奥の手を使わない限り勝ちようがない。使ったら、間違いなく殿下を殺してしまうもの。流石にそれは不味いものね。
ああ、憂鬱だわ。
観客席から私の名を呼ぶ声援が聞こえる。殿下への声援もあるけれど、「王子」という称号に惹かれているだけじゃないのかしら。
勇者の従者になったときに頂いた魔法の鎧チャフタルを身にまとい、迷宮探索中に手に入れた雷の大剣を担ぐ。この鎧は着る者に、身体強化の魔法と同じ効果を与える。魔法回路に魔力を通せば、魔力の盾や狙撃を防ぐための幻術を発動する事もできる。
試合開始の円陣の中に入る。
試合開始の合図に合わせて、魔力の盾を発動。続いて、雷の大剣に魔力を通して雷刃を発動する。
強化魔法を重ねがけする前に嫌な予感がして、横に跳びずさる。
私がいた場所を、火弾が突き抜ける。
火弾の杖ファイアボルト・ワンド?
軍用の兵器じゃない。
魔法を詠唱しなければいいってものじゃないのよ?
「懐かしいだろう? 貴様が学院で作ったモノだからな」
殿下の聖剣が青い軌跡を描きながら襲ってくる。
なんて、速い。
聖剣クラウソラスの使い手は空を飛ぶという伝説は本当だったのかも。
大剣で聖剣の軌道を逸らす。
重い。手首を痛めそうだわ。御秀堂養顔痩身カプセル第3代
大剣の刃に纏わせた雷も、聖剣を伝わる事無く宙に散っていく。
相手が普通の剣だったら、今ので気絶か麻痺状態にさせられたのに。
お返しとばかりに、大剣を殿下の足に叩きつける。
聖騎士の鎧が発動している防御膜バリアに大剣を受け止められた。
さすがに、大国最強の聖騎士の装備だけはある。
今度は殿下の剣を防ぐのを鎧に任せ、私は攻撃に注力する。
強打スキル発動。命中や攻撃精度が落ちるけど、今は威力だ。
魔刃スキル発動。いつもは魔力が勿体無いから使わないけど、今は魔力を温存する意味が無いから。
大剣が赤い光を帯びる。
鋭刃スキル発動。殿下を殺す気は無いけれど、殺すつもりでやらないと、あの鎧の防御は抜けない。
「旋風烈刃」
必要もないのに技名を叫んでしまう。
私もハヤトのバカに染まってしまったみたいだわ。
てっきり防がれると思ったのだけれど、あっさり命中して防御膜バリアを破壊する。
まずい、このまま刃を止めなければ、勝ってしまう。
何とか殿下に致命打を与える前に刃を止められた。
でも、そんな不安定な体勢を殿下が見逃すはずも無く。
私は鞠のように闘技場の地面を跳ね飛ばされていった。
歓声と悲鳴と罵声。
一瞬だけど気を失っていたみたいだ。
王子が追撃の火弾を連射してきている。殺す気なの?
どうやら、先ほど剣を止めたせいで彼の肥大化したプライドを傷つけてしまったようだ。殿下の目が怖いくらいに血走っている。
詠唱の早い破裂クイック・バーストで火弾を爆破して止める。
でも、私達の戦いは、ここまでだ。
空に生まれる召喚陣。
アレハキケンダ。
頭が割れそうなくらい、直感が危険信号を送ってくる。
私は、魔法爆破ブラスト・マジックの詠唱を始める。だめだ、殿下は、上空の召喚陣に気が付いていない。私しかみていないんだ。
殿下の攻撃を回避するために、呪文の詠唱を中断する。
こんな事なら、さっき刃を止めるんじゃなかった。
召喚を止める事ができなかった。
そこに現れたのは、黄色い肌の魔族だ。あの存在感に威圧感、間違いなく上級魔族だ。身長5メートルを超える巨躯が地面に着地する振動で倒れそうになる。
前にハヤトが言っていた。
たった一度だけ、魔族から逃げた事があると。
その時に、仲間の半数がハヤトを逃がすために犠牲になったと悔しそうに言っていた。あの非常識なまでに強いハヤトが遅れをとったなんて信じられなかったけど、今ならわかる。
アレは桁が違う。
魔王は、アレより更に強いの?
無理だ。
絶対に無理。
理屈じゃない、魂が叫んでる。今すぐここから逃げたい。
心が折れそうな私が踏みとどまれたのは、意外な人の言葉のお陰だった。
「魔族よ、いや魔王よ、貴様の命運もこれまでだ」
殿下、相手の強さも測れないなんて。彼は虚勢を張っているわけじゃない。もし、こんな時に、絶対強者に対して虚勢を張れるくらいの男気があったなら婚約を解消する事もなかったかもしれない。
魔王は首を傾げた後に殿下の剣を見て興味を抱いたようだ。
「その剣はクラウソラス、デェスね? ヤマトの子孫デシタか」
なんだろう黄肌魔族が会話をしながら、何かが咆哮する声が聞こえる。もう一つの首の方か、詠唱しているんだ。
召喚を妨害するために、詠唱の早い破裂クイック・バーストを、黄肌魔族に叩き込む。
だめだ。
威力の弱い下級魔法じゃ普通に手でふせがれてしまう。
威力よりも速さを!
詠唱短縮を発動しつつ、爆裂エクスプロージョンを唱える。たぶん、間に合わない。でも只で詠唱させたりしない。
黄肌魔族の詠唱が完了し、地面に出現した召喚陣から魔物が出現する。ムカデにサソリ、カマキリ、双角甲虫までいる。
アレを相手にしながら闘えるほど黄肌魔族は、簡単な相手じゃない。さっきの爆裂も大してダメージを与えられなかった。
そうだ、会場には本戦の出場者やその仲間達がいる。魔物は彼らに任そう。
拡声の魔法を使って会場の戦士達に呼びかける。
「勇気ある戦士達よ、協力しあって魔物達を討伐するのだ。魔法使い達よ、攻撃魔法より、戦士達への強化魔法を優先しろ」
バラバラに魔物と闘っていた人々が、連携を取り始めた。御秀堂 養顔痩身カプセル
彼らはベテランだ。きっかけさえあれば、魔物なんかに遅れは取らないだろう。
ムカデ型の魔物が襲って来た。殿下の方にも甲虫型の魔物が襲い掛かっている。
「ふむ、やはり勇者はいないデ~ス。これは折角の土産が意味ないデスね」
黄肌魔族がボヤキながら召喚した魔物に強化魔法をかけている。
せめて殿下が前衛を引き受けてくれたら、強力な魔法が使えるのに。
2013年11月4日星期一
美肌
「……わ、私が、どうなっても……呆れたりせず……許してくださいますか……」
「もちろんだとも」
何も我慢しなくて構わないのだと、いつも以上に乱れても良いのだと、優しい笑顔でセリーヌの都合の良いように誘ってくれるのに、その姿を見つめてうっとりと微笑んだ。D9 催情剤
それならば、と僅かに残っていた理性が消えた。
鎮まらない欲望に抵抗をやめ、忠実になる。
自ら夜着のリボンを解き、その内側へと我が身に触れる手を導いた。
「もっと触れて……熱を、鎮めて……ください……」
我慢しなくて良いならしない。一人で休んで耐えるよりも、愛しい人に思い切り愛される方が良いに決まっていた。
「ああ。たくさん触れて……君を癒してあげよう……」
唇に優しい口づけが落ちる。
布越しではなく胸に直接触れる指に、頂を軽く引っ掻くように撫でられるだけで、快感の波が大きく全身に広がった。
「あぁ……はぅん……気持ち良いです……もっと……触って……」
求める言葉しか出なかった。
すると、くすりと楽しそうに笑ったルークが胸に口づけた。突起を軽く吸われ、舌を絡めて舐られ食まれる。
「ぁあん!」
びりっと走った大き過ぎる快感に、セリーヌは喉を反らして身悶えた。
そこをさらに、両胸共に人差し指で突起を捏ねるように弄られて快感が増す。シーツを掻き毟るようにしながら悦びの声をあげた。
いつもより、ずっと早く高みに追い上げられる。
「は、くっ…ひ…あ、ああああっ!」
捏ねられていた両の突起を摘まれ、軽く引っ張るように擦り上げられた瞬間、達して身体が大きく痙攣した。
でも、物足りない。
この程度の快楽では、満足には程遠かった。
セリーヌは欲望に突き動かされるまま、ルークの肩に手を置くと、その身に身を添わせながら脚を絡めた。
ルークはまだ夜着を着たままだった。それでも、内腿がその上からでも熱くなっていると分かるものに触れるのに、欲に濡れた目を細めて微笑んだ。
「……もっと、深く……強く……触れてください……」
下肢に手が掛かり、蜜に濡れた下着が取り去られる。脚を大きく開かれ、じゅわりと奥から蜜を滴らせた秘所を指で撫で上げられる。
「……ああぁ……」
そんな、些細な事でも気持ちが良い。
でも、もっと気持ち良い事を知っている身体は、腰を揺らせて次をねだった。
すると、望み通りに其処に、夜着を脱ぎ落としたルークの熱い屹立が押しあてられる。
そのまま濡れた秘所の表面を擽るように何度もぬるりと滑らされるのに、焦らさないで、と叫びを上げそうになったその時、太腿を掴まれ、奥深くまでぐっと押し入られた。
ぐちゅん、と水音を立て、一息に根元まで入った熱く滾る硬いもので中を一杯に広げられる。
脳天にまで響いたその衝撃に、セリーヌは再び達し、大量の蜜を吹き零していた。
「く、ふぅ…んっ…は…あ、あああ……」
自分が何で、ここがどこかも分からなくなりそうなほど気持ちが良い。
中ですぐに動き始めたものに媚肉が絡み付き、絞り上げるように舐めた。生々しくその熱く硬い形を感じるのにも快感が芽生え、蜜が引っ切りなしに溢れた。
ルークが腰を突き上げるたびに、男を貪る潤いきった秘所からは、ぐちゅにちゅと淫らな水音が響いた。
「そんなに気持ちが良いのか……ずいぶんと蕩けているし……とんでもない美肌の薬だな……」
恍惚として浸っているセリーヌに、顔に掛かる髪を掻き上げてくれながら、少し驚いた様子で呟くように言ったルークに、本当にとんでもない薬だと思う。挺三天
だが、文句は美味な快楽に掻き消されてしまった。
顔に触れるその指も、甘い声も、好む場所を突き上げ抉られるのも、何もかもが嬉しくて快感になり、中がきゅんと締まった。
己に与えられるすべてに煽られ、また頂に向かい始める。
その最中、花芯に指が触れ、優しく転がしながら剥き出しにされる。
「あ、ああぁっ!」
中は激しく突かれ、外の花芯は優しく愛撫される。その、まったく異なる刺激が堪らない快感をセリーヌにもたらしてくれる。
目の裏に白い火花が散った。
くねる身体がこれまで以上に大きく跳ね、胸を大きく揺らせながら背を仰け反らせた。
「あっ、あああああっ!」
再びの、一度目よりも激しい絶頂に至った。
同時に最奥に熱い迸りを受ける。
勢い良く浴びせ掛けられるその刺激も快感となる。
身体を小刻みに痙攣させながら荒い息を吐く。しかし、それでも欲は少しも鎮まる気配を見せなかった。
それどころか、もっと、もっととセリーヌを追い立てるばかりだった。
セリーヌは、心地良さげに目を細めて己を見下ろすルークの腕に、手を伸ばして触れた。
ゆっくりと撫でながら、さらなる快楽をねだった。
「……もっと……良いですよね……」
蜜を滴らせる中を締め、腰を揺らせて欲に蕩けた笑みを浮かべた。
「っ! セリーヌ……」
すると、ルークは焦ったように少し呻いた。のし掛かるようにして、深く口づけられる。
何だか、いつもの余裕が感じられない。ちょっと違った熱い口づけをセリーヌは堪能し、入り込んでくる舌を喜んで迎え、絡め合った。
ぴったりと触れ合う熱い身体に胸の突起が擦られて、さらに硬く熱く熟れて敏感になる。
再び熱さを取り戻したもので、最奥をぐりぐりと抉られるのも好くて、セリーヌは口づけながら熱い息を吐いた。
ぐちゅぐちゅと淫猥な音を立てながら激しく抜き挿しされ、其処が泡立つ。互いの体液で下肢はどろどろになっていた。
「はぁ…あん……ルーク……まだまだ……欲しい……」
歯止めが利かないセリーヌは、自ら腰を揺らせてルークの動きに合わせながら訴えった。
すると、機嫌の良い笑みが返ってくる。
「ああ。我慢はしなくて良い……」
頬への優しいキスと共に贈られる、我が身をとことん甘やかしてくれる囁きに、セリーヌは己のすべてが快感という名の炎で焼き尽くされるように感じた。
気持ち良い場所を存分に掻き回し突き上げ、悦ぶように可愛がってくれるのに、再びの頂が見えてくる。
「ぅんっ……はぁんっ……ああ、ん……」
意識は押し寄せてくる巨大な快感の波にばかり支配され、他には何も考えられない。
「ま、また…くる……ぁああん……あっ! あああああ……」
最も好きな場所を甘く攻められるのに、自然と腰が浮き上がり、そのまま再び達した。
その最中、最奥に叩きつけるように浴びせられる刺激も、すべてを飲み込みきれずに身の内から溢れ出る感触さえも心地良い。
セリーヌはぺろりと舌で己の唇を舐めながら、悦楽に酔い痴れた。
「セリーヌ」
快感に浸っていると、いつもより息の乱れた甘く掠れた声で名を呼ばれる。
視線を向けると、ルークは満足げな笑みを浮かべて、汗で額に貼り付く前髪を掻き上げていた。
そんな何気ない仕種ですら艶めいて見える。胸が高鳴り、また、最奥がきゅうんと疼いてしまう。
この人に、もっともっと際限無く愛されたい。
身の内が欲に燃えるのは、薬のせいなのか、はたまた単に自分が望んでいるだけなのか。正直、セリーヌは分からなくなってしまっていた。
「そんな顔をされると、まだまだ抱きたくなるな……」
苦笑して言われるが、それは、こちらの言う言葉だ。VIVID XXL
その、欲と優しさの入り混じった藍の瞳でじっと見つめられると、欲が鎮まるどころか、煽られる一方なのだ。
きっと、物欲しそうに見ているのだろうと思う。とにかくルークが美味しそうに見えて堪らなかった。
少しも、欲が鎮まらない。
こんな欲に狂った自分に呆れず、もっと抱きたいと言ってくれるなら、ありがたい事だった。
手を伸ばし、その手を取って指先に口づける。そうして人差し指を口内に含んでゆっくりと舐め上げた。
まだまだ楽しみましょう、との思いを込めた行いに、ルークは気持ち良さそうに目を細めてセリーヌの好きにさせてくれた。
嬉しくて、舌を絡めて丁寧に舐めねぶりしゃぶったりもした。
ちゅ、と音を立てて舐めていた指から唇を離す。
「……ルークを、もっと、たくさん下さい……私を、好きになさって……」
再び身の内で硬くなっているのに、満足の笑みを浮かべる。
自分の欲を受け止めて可愛がってくれるだけではなく、ルークの欲を、熱く滾る物をすべて我が身に与えて欲しい。
誘いに、ルークはセリーヌの背に腕を回し、抱き起こすと今度は自分が横になった。
身の内に入ったままのその行いに、奥へと大量に注がれた物を零してしまう。しかし、それと己の蜜でぬるぬると滑る蜜壷は、自重も掛かってより深くまで屹立を飲み込む事となり、先程までとは違う場所に硬い先端があたった。
セリーヌはルークの胸に手を付いて、新たに与えられる快感に打ち震えた。
「はぁ……ふ…あああ、んっ……」
あられもなく大きく脚を開いてルークの胴を跨ぎ、その身の上に腰を下ろしているセリーヌの秘所に手が伸びる。
ぷくりと赤く膨れているそれを探られ、優しく撫で転がされた。
「きゃふっ、あ、…ああっ……」
快感が腰を伝って背筋を駆け上る。身体が大きく震えて、また新たな蜜が溢れて滴り互いの下肢を濡らした。
悦楽に震えて自分で腰を揺するだけでも、中を満たすものが好い場所に当たる。花芯を弄られながらのその状態に長く耐えられる筈もなく、セリーヌはすぐに小さく達してしまった。
「……何だか……西の町で手に入れた媚薬よりも凄いな……一体何を入れたら、こんな副作用の出る美肌の薬になるのだ……」
促がされる訳でもないのにセリーヌが勝手にその身の上で悶え、身の内を突くものを気持ちの良い場所に導いては快感を貪っているのに、感心と驚き、そして不安の入り混じった呟きが聞こえる。
本当に、何を入れて作っているのだろう。
頭の隅で少し思うが、長くは考えられなかった。そんな事よりも、とにかく今は快感に溺れていたかった。
花芯に触れている手を取る。
そうして、胸の上に導き笑いかけた。
「ここも……触って、下さい……」
胸に集まる淫靡な熱は冷める事はなく、その頂は赤く熟れて硬く尖ったままだった。そこを、望み通りにきゅっと摘まれ擦り上げられるのに、望み以上の快感を得た。
「ああんっ……」
気持ち良過ぎて勝手に腰が大きく動く。
もっと触って欲しくて、自然と胸を突き出すように背中を反らせていた。
すると、その気持ちにも応えてくれる。胸全体を大きく捏ねるように揉み込まれ、突起は指に挟んで擦られた。
それも好くて、中をきゅっと締めて絞り上げるように舐めてしまう。
中に居るルークはほとんど動いていないのに、セリーヌは淫らに何度も激しく腰を上下させ、中を満たすものを抜き挿しした。
潤い蕩けきった内壁と擦り合うのが堪らなく良い。
このままずっと食べていたい。
そんな気持ちで、美味しい物を好きに楽しんでいると、ルークが上体を起こした。変わらず片手では胸を弄りながら、もう片方の手では腰を抱いた。尻を揉んで楽しみ始めたのに、セリーヌはその背に腕を回して抱きつき口づけた。
口づけはすぐに深まり互いを貪りあうような物になる。
セリーヌは嬉々として己のすべてを差し出した。
その後も体位を変えながら何度も何度も深く繋がり合い、今は後ろから貫かれている。
好い場所を、ぐっと深く突き上げられる。
「あ、あぅん…っ……」
与えられるすべてに悦びしかなく、セリーヌは甘く啼く事しか出来ない。
腰をくねらせながら快感を受け止めていると、もう何度目になるか分からない熱い迸りが最奥に来た。福潤宝
「く、ふぅ…んっ……」
シーツを強く握り締め、悶えて頭を振ったその時、意識を覆う霞が少し消え、開けたように感じた。
「あっ……」
すうっ、と一気に身体を焼いていた淫靡な熱が冷めていく。
これまで散々己を翻弄し、掻き乱した物は何だったのだと夢かと思うほどに唐突に、欲を煽る熱は霧散して消えた。
ルークが身の内から退く。
ごぷりと音を立てて下肢から滴るものを感じながら、セリーヌは力尽きて寝台に身を伏せた。
腰のあたりを撫でてくれながら、こちらを見下ろしているルークに、息を整えながら笑みを向けた。
「……やっと……意識が、はっきりしてきました……身体が、落ち着きました……ありがとう、ございました……」
セリーヌは欲を少しも我慢しなかった。それでも、何度恥を知らぬ態度で求めても、笑顔で求めに応えてくれた愛しい人に、感謝の気持ちを伝えた。
寄り添って横になり、優しく頭を撫でてくれる手に目を細めて微笑む。
そのままさらに胸元に抱き寄せられる。
セリーヌは余韻に小さく震えている手をゆっくりと動かし、その身体に回した。
「礼など言わなくて良い。元は、私があんな物を貰って帰ったからなのだから……すまない。初めての時を思い出して、さぞ怖かっただろう……」
額に口づけながらの申し訳無さそうな言葉に、セリーヌは柔らかな笑みを浮かべた。
「あの時とは気持ちが違いますから、大丈夫です。……恥より欲を優先するのに、呆れて嫌われるのが怖い、とは思いましたが……他の恐さはなかったです。……ですから、求めて良いのだと許して頂けて……薬が抜けるまで見捨てずたくさん愛して頂けて……怖いどころか、嬉しくて堪りません」
素直な気持ちを伝えて、お返しのキスを頬にした。
「そう言って貰えると助かるが……君には必要のない、美肌の薬などやはり突き返しておけば良かったな……」
しかし、それでもルークは気になるのか、苦笑して悔やんでいた。
セリーヌは気にして欲しくなくて、そっとその耳元に口を寄せると小さく囁いた。
「ルークの下さるすべてが美味しくて、とても気持ち良く楽しめましたので……もうお気になさらないで下さい」
あからさま過ぎるとも思ったが、セリーヌは今がとても幸せなのだ。それなのに、その幸せをくれた人が悔やんでばかりで少しも幸せそうでない。
それを見て、己の真実を誤魔化す気にはなれなかった。
同じ幸せを味わって欲しくて、偽り無くすべてをありのままに伝えると、耳をぺろりと舐めた。
すると、笑顔のセリーヌに、ルークは何とも言えない顔をした。
「流石に……今宵はこれ以上はもう無理なのだが……煽られると、とても困る……」
「私は、正直な気持ちをお伝えしているだけで……煽ってなどいませんが……」
孤児院からの帰りもそうだったが、ルークは少しセリーヌの言葉を過剰に受け取り過ぎのような気がする。
性感を煽っていると言いたいのだろうが、セリーヌは気にして欲しくなくて言葉にしているだけで、抱いて欲しいと言葉にして、誘ってねだっている訳ではないのだ。
それがどうして、そんな風に変換されてしまうのか、理解に難しい謎だった。
「無意識が、一番性質が悪いな」
少し苦い顔をしたルークがそう言って、今度は鼻の頭にキスをくれる。
キスは優しくて心地良いが、性質が悪い、とは酷い。
そう思ったが、抗議の声を上げる前に大きなあくびをしてしまう。途端に目蓋も落ちて、とろんと眠りの淵へと引き摺られ始める。
「……ゆっくり、眠ると良い。……セリーヌには災難だったが、……私もとても気持ち良かった。君こそ、とても美味しかったよ。嬉しい言葉をありがとう」
目蓋への優しいキスと共に甘く囁かれる。
ルークの方が、絶対に性質が悪いと思う。
そんなに幸せそうな、甘く優しい満足げな声を掛けられては、また飲んでも良いかもしれない、と思ってしまうではないか。
副作用が他に無く、肌はきちんと整うならば、毎日飲むのはとても無理だが処分は考えなくても良い。
そんな淫らな事を考えてしまう。
こんな事を自分に考えさせてしまう愛しの旦那様は、本当に性質が悪い。
心の内で少しばかり不平を零しながら、セリーヌはあたたかい腕の中で眠りへと落ちていった。
欲に支配された淫靡で熱い時が終り、穏やかな時が戻る。OB蛋白の繊型曲痩 Ⅲ
その時、周囲は明け方の雰囲気を纏っていた。
「もちろんだとも」
何も我慢しなくて構わないのだと、いつも以上に乱れても良いのだと、優しい笑顔でセリーヌの都合の良いように誘ってくれるのに、その姿を見つめてうっとりと微笑んだ。D9 催情剤
それならば、と僅かに残っていた理性が消えた。
鎮まらない欲望に抵抗をやめ、忠実になる。
自ら夜着のリボンを解き、その内側へと我が身に触れる手を導いた。
「もっと触れて……熱を、鎮めて……ください……」
我慢しなくて良いならしない。一人で休んで耐えるよりも、愛しい人に思い切り愛される方が良いに決まっていた。
「ああ。たくさん触れて……君を癒してあげよう……」
唇に優しい口づけが落ちる。
布越しではなく胸に直接触れる指に、頂を軽く引っ掻くように撫でられるだけで、快感の波が大きく全身に広がった。
「あぁ……はぅん……気持ち良いです……もっと……触って……」
求める言葉しか出なかった。
すると、くすりと楽しそうに笑ったルークが胸に口づけた。突起を軽く吸われ、舌を絡めて舐られ食まれる。
「ぁあん!」
びりっと走った大き過ぎる快感に、セリーヌは喉を反らして身悶えた。
そこをさらに、両胸共に人差し指で突起を捏ねるように弄られて快感が増す。シーツを掻き毟るようにしながら悦びの声をあげた。
いつもより、ずっと早く高みに追い上げられる。
「は、くっ…ひ…あ、ああああっ!」
捏ねられていた両の突起を摘まれ、軽く引っ張るように擦り上げられた瞬間、達して身体が大きく痙攣した。
でも、物足りない。
この程度の快楽では、満足には程遠かった。
セリーヌは欲望に突き動かされるまま、ルークの肩に手を置くと、その身に身を添わせながら脚を絡めた。
ルークはまだ夜着を着たままだった。それでも、内腿がその上からでも熱くなっていると分かるものに触れるのに、欲に濡れた目を細めて微笑んだ。
「……もっと、深く……強く……触れてください……」
下肢に手が掛かり、蜜に濡れた下着が取り去られる。脚を大きく開かれ、じゅわりと奥から蜜を滴らせた秘所を指で撫で上げられる。
「……ああぁ……」
そんな、些細な事でも気持ちが良い。
でも、もっと気持ち良い事を知っている身体は、腰を揺らせて次をねだった。
すると、望み通りに其処に、夜着を脱ぎ落としたルークの熱い屹立が押しあてられる。
そのまま濡れた秘所の表面を擽るように何度もぬるりと滑らされるのに、焦らさないで、と叫びを上げそうになったその時、太腿を掴まれ、奥深くまでぐっと押し入られた。
ぐちゅん、と水音を立て、一息に根元まで入った熱く滾る硬いもので中を一杯に広げられる。
脳天にまで響いたその衝撃に、セリーヌは再び達し、大量の蜜を吹き零していた。
「く、ふぅ…んっ…は…あ、あああ……」
自分が何で、ここがどこかも分からなくなりそうなほど気持ちが良い。
中ですぐに動き始めたものに媚肉が絡み付き、絞り上げるように舐めた。生々しくその熱く硬い形を感じるのにも快感が芽生え、蜜が引っ切りなしに溢れた。
ルークが腰を突き上げるたびに、男を貪る潤いきった秘所からは、ぐちゅにちゅと淫らな水音が響いた。
「そんなに気持ちが良いのか……ずいぶんと蕩けているし……とんでもない美肌の薬だな……」
恍惚として浸っているセリーヌに、顔に掛かる髪を掻き上げてくれながら、少し驚いた様子で呟くように言ったルークに、本当にとんでもない薬だと思う。挺三天
だが、文句は美味な快楽に掻き消されてしまった。
顔に触れるその指も、甘い声も、好む場所を突き上げ抉られるのも、何もかもが嬉しくて快感になり、中がきゅんと締まった。
己に与えられるすべてに煽られ、また頂に向かい始める。
その最中、花芯に指が触れ、優しく転がしながら剥き出しにされる。
「あ、ああぁっ!」
中は激しく突かれ、外の花芯は優しく愛撫される。その、まったく異なる刺激が堪らない快感をセリーヌにもたらしてくれる。
目の裏に白い火花が散った。
くねる身体がこれまで以上に大きく跳ね、胸を大きく揺らせながら背を仰け反らせた。
「あっ、あああああっ!」
再びの、一度目よりも激しい絶頂に至った。
同時に最奥に熱い迸りを受ける。
勢い良く浴びせ掛けられるその刺激も快感となる。
身体を小刻みに痙攣させながら荒い息を吐く。しかし、それでも欲は少しも鎮まる気配を見せなかった。
それどころか、もっと、もっととセリーヌを追い立てるばかりだった。
セリーヌは、心地良さげに目を細めて己を見下ろすルークの腕に、手を伸ばして触れた。
ゆっくりと撫でながら、さらなる快楽をねだった。
「……もっと……良いですよね……」
蜜を滴らせる中を締め、腰を揺らせて欲に蕩けた笑みを浮かべた。
「っ! セリーヌ……」
すると、ルークは焦ったように少し呻いた。のし掛かるようにして、深く口づけられる。
何だか、いつもの余裕が感じられない。ちょっと違った熱い口づけをセリーヌは堪能し、入り込んでくる舌を喜んで迎え、絡め合った。
ぴったりと触れ合う熱い身体に胸の突起が擦られて、さらに硬く熱く熟れて敏感になる。
再び熱さを取り戻したもので、最奥をぐりぐりと抉られるのも好くて、セリーヌは口づけながら熱い息を吐いた。
ぐちゅぐちゅと淫猥な音を立てながら激しく抜き挿しされ、其処が泡立つ。互いの体液で下肢はどろどろになっていた。
「はぁ…あん……ルーク……まだまだ……欲しい……」
歯止めが利かないセリーヌは、自ら腰を揺らせてルークの動きに合わせながら訴えった。
すると、機嫌の良い笑みが返ってくる。
「ああ。我慢はしなくて良い……」
頬への優しいキスと共に贈られる、我が身をとことん甘やかしてくれる囁きに、セリーヌは己のすべてが快感という名の炎で焼き尽くされるように感じた。
気持ち良い場所を存分に掻き回し突き上げ、悦ぶように可愛がってくれるのに、再びの頂が見えてくる。
「ぅんっ……はぁんっ……ああ、ん……」
意識は押し寄せてくる巨大な快感の波にばかり支配され、他には何も考えられない。
「ま、また…くる……ぁああん……あっ! あああああ……」
最も好きな場所を甘く攻められるのに、自然と腰が浮き上がり、そのまま再び達した。
その最中、最奥に叩きつけるように浴びせられる刺激も、すべてを飲み込みきれずに身の内から溢れ出る感触さえも心地良い。
セリーヌはぺろりと舌で己の唇を舐めながら、悦楽に酔い痴れた。
「セリーヌ」
快感に浸っていると、いつもより息の乱れた甘く掠れた声で名を呼ばれる。
視線を向けると、ルークは満足げな笑みを浮かべて、汗で額に貼り付く前髪を掻き上げていた。
そんな何気ない仕種ですら艶めいて見える。胸が高鳴り、また、最奥がきゅうんと疼いてしまう。
この人に、もっともっと際限無く愛されたい。
身の内が欲に燃えるのは、薬のせいなのか、はたまた単に自分が望んでいるだけなのか。正直、セリーヌは分からなくなってしまっていた。
「そんな顔をされると、まだまだ抱きたくなるな……」
苦笑して言われるが、それは、こちらの言う言葉だ。VIVID XXL
その、欲と優しさの入り混じった藍の瞳でじっと見つめられると、欲が鎮まるどころか、煽られる一方なのだ。
きっと、物欲しそうに見ているのだろうと思う。とにかくルークが美味しそうに見えて堪らなかった。
少しも、欲が鎮まらない。
こんな欲に狂った自分に呆れず、もっと抱きたいと言ってくれるなら、ありがたい事だった。
手を伸ばし、その手を取って指先に口づける。そうして人差し指を口内に含んでゆっくりと舐め上げた。
まだまだ楽しみましょう、との思いを込めた行いに、ルークは気持ち良さそうに目を細めてセリーヌの好きにさせてくれた。
嬉しくて、舌を絡めて丁寧に舐めねぶりしゃぶったりもした。
ちゅ、と音を立てて舐めていた指から唇を離す。
「……ルークを、もっと、たくさん下さい……私を、好きになさって……」
再び身の内で硬くなっているのに、満足の笑みを浮かべる。
自分の欲を受け止めて可愛がってくれるだけではなく、ルークの欲を、熱く滾る物をすべて我が身に与えて欲しい。
誘いに、ルークはセリーヌの背に腕を回し、抱き起こすと今度は自分が横になった。
身の内に入ったままのその行いに、奥へと大量に注がれた物を零してしまう。しかし、それと己の蜜でぬるぬると滑る蜜壷は、自重も掛かってより深くまで屹立を飲み込む事となり、先程までとは違う場所に硬い先端があたった。
セリーヌはルークの胸に手を付いて、新たに与えられる快感に打ち震えた。
「はぁ……ふ…あああ、んっ……」
あられもなく大きく脚を開いてルークの胴を跨ぎ、その身の上に腰を下ろしているセリーヌの秘所に手が伸びる。
ぷくりと赤く膨れているそれを探られ、優しく撫で転がされた。
「きゃふっ、あ、…ああっ……」
快感が腰を伝って背筋を駆け上る。身体が大きく震えて、また新たな蜜が溢れて滴り互いの下肢を濡らした。
悦楽に震えて自分で腰を揺するだけでも、中を満たすものが好い場所に当たる。花芯を弄られながらのその状態に長く耐えられる筈もなく、セリーヌはすぐに小さく達してしまった。
「……何だか……西の町で手に入れた媚薬よりも凄いな……一体何を入れたら、こんな副作用の出る美肌の薬になるのだ……」
促がされる訳でもないのにセリーヌが勝手にその身の上で悶え、身の内を突くものを気持ちの良い場所に導いては快感を貪っているのに、感心と驚き、そして不安の入り混じった呟きが聞こえる。
本当に、何を入れて作っているのだろう。
頭の隅で少し思うが、長くは考えられなかった。そんな事よりも、とにかく今は快感に溺れていたかった。
花芯に触れている手を取る。
そうして、胸の上に導き笑いかけた。
「ここも……触って、下さい……」
胸に集まる淫靡な熱は冷める事はなく、その頂は赤く熟れて硬く尖ったままだった。そこを、望み通りにきゅっと摘まれ擦り上げられるのに、望み以上の快感を得た。
「ああんっ……」
気持ち良過ぎて勝手に腰が大きく動く。
もっと触って欲しくて、自然と胸を突き出すように背中を反らせていた。
すると、その気持ちにも応えてくれる。胸全体を大きく捏ねるように揉み込まれ、突起は指に挟んで擦られた。
それも好くて、中をきゅっと締めて絞り上げるように舐めてしまう。
中に居るルークはほとんど動いていないのに、セリーヌは淫らに何度も激しく腰を上下させ、中を満たすものを抜き挿しした。
潤い蕩けきった内壁と擦り合うのが堪らなく良い。
このままずっと食べていたい。
そんな気持ちで、美味しい物を好きに楽しんでいると、ルークが上体を起こした。変わらず片手では胸を弄りながら、もう片方の手では腰を抱いた。尻を揉んで楽しみ始めたのに、セリーヌはその背に腕を回して抱きつき口づけた。
口づけはすぐに深まり互いを貪りあうような物になる。
セリーヌは嬉々として己のすべてを差し出した。
その後も体位を変えながら何度も何度も深く繋がり合い、今は後ろから貫かれている。
好い場所を、ぐっと深く突き上げられる。
「あ、あぅん…っ……」
与えられるすべてに悦びしかなく、セリーヌは甘く啼く事しか出来ない。
腰をくねらせながら快感を受け止めていると、もう何度目になるか分からない熱い迸りが最奥に来た。福潤宝
「く、ふぅ…んっ……」
シーツを強く握り締め、悶えて頭を振ったその時、意識を覆う霞が少し消え、開けたように感じた。
「あっ……」
すうっ、と一気に身体を焼いていた淫靡な熱が冷めていく。
これまで散々己を翻弄し、掻き乱した物は何だったのだと夢かと思うほどに唐突に、欲を煽る熱は霧散して消えた。
ルークが身の内から退く。
ごぷりと音を立てて下肢から滴るものを感じながら、セリーヌは力尽きて寝台に身を伏せた。
腰のあたりを撫でてくれながら、こちらを見下ろしているルークに、息を整えながら笑みを向けた。
「……やっと……意識が、はっきりしてきました……身体が、落ち着きました……ありがとう、ございました……」
セリーヌは欲を少しも我慢しなかった。それでも、何度恥を知らぬ態度で求めても、笑顔で求めに応えてくれた愛しい人に、感謝の気持ちを伝えた。
寄り添って横になり、優しく頭を撫でてくれる手に目を細めて微笑む。
そのままさらに胸元に抱き寄せられる。
セリーヌは余韻に小さく震えている手をゆっくりと動かし、その身体に回した。
「礼など言わなくて良い。元は、私があんな物を貰って帰ったからなのだから……すまない。初めての時を思い出して、さぞ怖かっただろう……」
額に口づけながらの申し訳無さそうな言葉に、セリーヌは柔らかな笑みを浮かべた。
「あの時とは気持ちが違いますから、大丈夫です。……恥より欲を優先するのに、呆れて嫌われるのが怖い、とは思いましたが……他の恐さはなかったです。……ですから、求めて良いのだと許して頂けて……薬が抜けるまで見捨てずたくさん愛して頂けて……怖いどころか、嬉しくて堪りません」
素直な気持ちを伝えて、お返しのキスを頬にした。
「そう言って貰えると助かるが……君には必要のない、美肌の薬などやはり突き返しておけば良かったな……」
しかし、それでもルークは気になるのか、苦笑して悔やんでいた。
セリーヌは気にして欲しくなくて、そっとその耳元に口を寄せると小さく囁いた。
「ルークの下さるすべてが美味しくて、とても気持ち良く楽しめましたので……もうお気になさらないで下さい」
あからさま過ぎるとも思ったが、セリーヌは今がとても幸せなのだ。それなのに、その幸せをくれた人が悔やんでばかりで少しも幸せそうでない。
それを見て、己の真実を誤魔化す気にはなれなかった。
同じ幸せを味わって欲しくて、偽り無くすべてをありのままに伝えると、耳をぺろりと舐めた。
すると、笑顔のセリーヌに、ルークは何とも言えない顔をした。
「流石に……今宵はこれ以上はもう無理なのだが……煽られると、とても困る……」
「私は、正直な気持ちをお伝えしているだけで……煽ってなどいませんが……」
孤児院からの帰りもそうだったが、ルークは少しセリーヌの言葉を過剰に受け取り過ぎのような気がする。
性感を煽っていると言いたいのだろうが、セリーヌは気にして欲しくなくて言葉にしているだけで、抱いて欲しいと言葉にして、誘ってねだっている訳ではないのだ。
それがどうして、そんな風に変換されてしまうのか、理解に難しい謎だった。
「無意識が、一番性質が悪いな」
少し苦い顔をしたルークがそう言って、今度は鼻の頭にキスをくれる。
キスは優しくて心地良いが、性質が悪い、とは酷い。
そう思ったが、抗議の声を上げる前に大きなあくびをしてしまう。途端に目蓋も落ちて、とろんと眠りの淵へと引き摺られ始める。
「……ゆっくり、眠ると良い。……セリーヌには災難だったが、……私もとても気持ち良かった。君こそ、とても美味しかったよ。嬉しい言葉をありがとう」
目蓋への優しいキスと共に甘く囁かれる。
ルークの方が、絶対に性質が悪いと思う。
そんなに幸せそうな、甘く優しい満足げな声を掛けられては、また飲んでも良いかもしれない、と思ってしまうではないか。
副作用が他に無く、肌はきちんと整うならば、毎日飲むのはとても無理だが処分は考えなくても良い。
そんな淫らな事を考えてしまう。
こんな事を自分に考えさせてしまう愛しの旦那様は、本当に性質が悪い。
心の内で少しばかり不平を零しながら、セリーヌはあたたかい腕の中で眠りへと落ちていった。
欲に支配された淫靡で熱い時が終り、穏やかな時が戻る。OB蛋白の繊型曲痩 Ⅲ
その時、周囲は明け方の雰囲気を纏っていた。
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