村外れにある粗末な小屋がエクロン男爵領自警団の拠点だ。来歴は分からないが、エクロン男爵家の所有物で十人前後の自警団員……何処かの家の三男、四男でほっつき歩いていた所を姐さんに勧誘された……が詰めている。超級脂肪燃焼弾
家畜が逃げ出したとか、喧嘩があったとか、トラブルが起きた時は誰よりも早く駆けつけて解決し、蛮族に家畜を盗まれればエクロン男爵領の代表として文句を言いに行く。それが主な仕事だ。
今までは疑問を抱かなかった。姐さんが肩で風を切って大隊長に抗議する。歴代の大隊長が何も言えずに押し黙る姿を見るのは痛快だった。
だが、と今は思う。クロノの兄貴は恐ろしく強かった。獣人も、人間も、ハーフエルフも、子どもみたいなハーフエルフまで理解できないほど強かったのだ。
あの新人大隊長の部下はクロノの部下と同じくらいの強さだろう。だとすれば、どれくらい蛮族は強いのか。
いや、蛮族以上に恐ろしいのは軍の連中に反撃されて死ぬことだ。自分のせいでエクロン男爵家が取り潰されることだ。
「おいおい、ジョニー。昨日、ぶちのめされたのを気に病んでるのかよ?」
「ありゃ、偶然だ。偶々、短剣がすっぽ抜けて、苦し紛れの蹴りが急所に当たっただけだろ」
違う。兄貴は思いっきり手加減してくれたんだ。
「なあ、軍にちょっかい出すの……もう止めにしねーか?」
ジョニーは天井を見上げ、仲間達に提案した。
前兆は目眩だった。あの日……公立高校の受験日、黒野久光は家の玄関を出た途端、目眩に襲われた。
フッと意識が遠ざかり、体を支えるために近くにあった自転車に手を伸ばした。地面の感覚がなくなった瞬間、黒野久光は強く目を閉じて体を強張らせた。
衝撃は予想していたよりも小さかった。恐る恐る目を開けると、黒野久光は倒れた自転車のハンドルを握り締め、麦畑のど真ん中で尻餅を突いていた。
麦畑は見渡す限り、まるで世界の果てまで続いているかのように広がっていた。その光景に黒野久光は恐怖を抱いた。
いや、確かに黒野久光は恐怖を抱いたが、それよりも先に郷愁……懐かしさを感じたのだ。
理由はよく分からない。この世界に来るまで黒野久光は家庭菜園に毛が生えた程度の畑しか見たことがなかったのだ。
理由を挙げるとすれば原風景……この世界がクロノの心に焼き付いた原初の記憶を刺激したのだろう。
そんなクロフォード男爵領で迎える二度目の朝、のんびりと惰眠を貪りたいが、今回の目的は帰郷ではなく、ガウル大隊長のサポートだ。
蛮族が家畜を盗まなければならないほど困窮していたとしても、あの養父が並の兵士より強いと言っている以上、気を引き締めなければならない。
気を引き締めなければならなかったのに、我慢できませんでした、とクロノは薄く目を開けた。
ティリアが我が侭なオッパイ、エレナが生意気なオッパイだとすれば、レイラは従順なオッパイである。
サイズは手の平に収まるサイズ。クロノの手の中で形を変え、回数をこなせばこなすほど馴染んでいく。
いや、レイラ本人の変化も無視できない。いやいや、真っ裸になって愛して下さいと求めるレイラも魅力的だったのだ。
だがしかし、教養を身に付け、恥じらいを覚えたレイラはそれに勝る。それまでは添い寝をする時でさえ全裸がデフォルトだったのだが、いつの頃からか、下着を着けたがるようになったのである。
残念無念と思いながら、クロノは全裸での添い寝を強制しない。こちらはあくまでも全裸での添い寝をお願いする立場である。
自重して欲しいと言われることもあるのだが、自重して欲しい、我慢して欲しいと言いながら、あくまでレイラのオッパイは従順なのだ。
こ、この、オッパイめ、従順な、オッパイめ! とクロノは若さを暴走させることもしばしば。
ワキワキとクロノが手を動かすと、スンスンと音が聞こえた。
「……マイラ」
「ぼ、ぼ、坊ちゃまを起こすのは、わ、私の役目では、な、ないかと」
クロノが体を起こすと、マイラは顔を赤らめながら言った。
「レイラがいないね」
「彼女ならば夜明けに人目を忍ぶように浴室へと向かいましたが?」
湯浴みもせずに寝てしまったせいか、マイラはスンスンと鼻を鳴らしながら答えた。
「そんなに臭うかな?」
「え、ええ、ツンとした雄のにお……失礼いたしました」
聞かなかったことにして、クロノはベッドの上で胡座を掻いた。
「……当面は」
ガウル大隊長をサポートしつつ、エクロン男爵領の自警団の活動を抑える。
「父さんは蛮族には攻め込む力がないって言ってたけど、どんな感じなの?」
「……」
マイラは答えない。ボーッと天井を見上げ、ふと我に返ったかと思えば両手で顔を覆って体をくねらせた。
「マイラ、マイラさ~ん、戻ってきて」
「……っ!」
クイッとエプロンを引っ張ると、マイラは凄まじい勢いで身を翻した。
「お、お止め下さい、坊ちゃま! ですが! 坊ちゃまに命令されれば、マイラは逆らうことができません。ああ、旦那様、弱いマイラをお許し下さい!」
およよよ~、とマイラはその場に崩れ落ちた。
「さあ! ご命令をっ!」
「じゃあ、僕の下着を取って」
「……さあ、ご命令を!」
「だから、下着を取って、湯浴みの準備をしてくれると、嬉しいな」
マイラは不満そうに唇を尖らせて部屋から出て行った。ちなみに下着は取ってくれなかった。
マイラの性よ……もとい、恋愛対象になるくらい僕も男らしくなったってことか、とクロノは湿った下着と服を着た。
男として見てくれるのは嬉しいんだけど、父さんと兄弟になるのもアレだし、マイラって年齢的にお婆ちゃんなんだもん。ハードルが高すぎるよ、とそんな邪なことを考えながら、クロノは自分の部屋から出た。
脱衣所で服を脱ぎ散らかし、浴室に入ると、浴槽からは湯気が立ち上っていた。
どうやら、お願いするまでもなく、マイラは湯浴みの準備を整えていたらしい。
「流石、パーフェクトメイド」
念のため湯加減を確かめて湯に浸かる。
「後方支援に徹するべきかな? エクロン男爵家に出向いて抗議を控えるようにお願いして……」
天井を見上げ、これからすべきことを考える。あくまで基本方針、臨機応変に対処しなければならない。
「……蛮族の討伐か。色々な手を打つとは言ったけど、ウン百年後の歴史の教科書に殺戮者の一味として載るのは遠慮したいなぁ」
クロノが両手で湯を掬って顔に叩きつけたその時、浴室の扉が開いた。終極痩身
「キャアアアアアアアッ!」
「……何故、クロノ様が叫ぶでありますか?」
クロノが叫び声を上げると、フェイは訳が分からないと言うように首を傾げた。
「ど、どうして、フェイがッ?」
「どうして、と言われても……湯浴みに来ただけであります」
クロノはブラックバスのように浴槽で暴れたが、フェイは構わずに浴室に入ってきた。
つまり、お湯はフェイのために準備されていたのだ。
「フェイ、フェイ?」
「何でありますか?」
クロノが悲鳴を上げても、フェイは不思議そうに首を傾げている。
無論、全裸でだ。
ごくりとクロノは生唾を呑み込んだ。それほどフェイは美しかった。
戦うために鍛え上げ、最後の、本当に最後の一線で女性らしさを保っている肢体を惜しげもなく晒している。
副官の故郷……ボウティーズ男爵領でも感じたことだが、フェイには羞恥心や警戒心が欠けているような気がする。
夜伽で何をするかとか知識はあるようだし、真面目すぎて融通が利かない部分も多々あるが、それで失敗すればやり方を変えるだけの柔軟さも有している。
フェイは精神的に幼いんだ、とクロノは今更のように気付いた。身も蓋もなく言えばその道馬鹿だ。
そもそも、フェイがエラキス侯爵領への異動を受け入れたのは没落寸前の家を再興するためだ。
愛人になってクロノから援助を引き出そうとさえしていたが、そんなものに頼らなくてもフェイは家を再興するだけの実力を備えている。
その実力を身に付けるためにフェイは凄まじい修練に明け暮れ、その結果として精神的に幼く、他人の心の機微に疎い人間になってしまったのではないだろうか。
「……うへへ」
「っ!」
クロノが舐め回すように肢体を見つめ、笑みを浮かべると、身の危険を感じたのか、フェイは両腕で体を隠した。
どうやら、露骨に好色っぽい態度を取ると、フェイも警戒するようだ。
※
「どうして、帰れって言われたのにガウル大隊長に会いに行くの?」
「仕事だからね」
クロノは御者席で不満そうに唇を尖らせるスノウに答えた。
「ボク、あの女に会いたくない。フェイを馬鹿にしたし、ボクを虫呼ばわりして斬ろうとしたんだもん」
「僕もだよ」
嫌味や挑発なら幾らでも受け流せるのだが、セシリーは実力行使に出るのだ。剣を抜かれたらクロノも部下を守らなければならないし、レイラも、フェイも護衛の役目を全うするために武器を構えなければならなくなる。
昨日は挨拶に行っただけなのに危うく刃傷沙汰になる所だった。まだ見ぬ蛮族よりもセシリーを警戒すべきかも知れない。
「クロノ様も嫌なんだ。だったら、帰っちゃおうよ」
「うん、まあ、でも、好き嫌いで仕事する訳にもいかないからね」
「……貴族もそうなんだ」
『貴族も』と言うくらいだから、スノウにも仕事は嫌でもしなければならないという認識があるのだろう。
「貴族も大変なのであります。宮廷貴族は当主が死ぬと、収入が途絶えてしまうのであります」
フェイは馬を幌馬車……正確には御者席と並走させて言った。
「フェイって没落貴族だもんね」
「……没落していないでありますよ」
スノウがしみじみと呟くと、フェイは不満そうに唇を尖らせた。
「どう違うの?」
「家を建て直すチャンスの有無であります」
収入が途絶えた時点で立派に没落していると思うのだが、フェイを泣かせても得られるのは後味の悪さだけなので、ここは指摘しない方が良いだろう。
「どうやって、フェイは家を建て直すつもりなの?」
「もちろん、武勲を立てるのであります」
家の立て直しと武勲を立てることの関係が理解できないのか、スノウは不思議そうに首を傾げている。
「貴族は武勲を立てると、お金や領地を貰えるんだよ。偉い人達に顔を覚えて貰えれば大隊長に任命されることもあるし、大隊長になれば各方面にコネができるからね。やりようによっては給料以上のお金も稼げるし」
「それって賄賂のことでしょ? スラムにいた時、見回りの兵士がお金を受け取ったりしてスリを見逃してたりしてたもん」
「そんなことしないであります」
フェイは不機嫌そうに言ったが、エラキス侯爵領で領主代理を務めているケインに言わせると、治安の悪い地域では犯罪を見逃す代わりに賄賂を受け取っているケースが多いらしい。
ちなみに賄賂は出世や異動のために使われ、上へと流れていくこともあるのだとか。
「クロノ様は賄賂を受け取ってないの?」
「トータルでマイナスになるから、部下には賄賂を受け取らないように厳命してるし、僕自身も断ってるよ」
賄賂を厳しく取り締まっているのはケインとティリアの部下だった事務方の面々である。
「トータルでマイナス?」
「犯罪を見逃すと、治安が悪化するし、特定の商人を依怙贔屓すると、他の商人が儲けられなくなって、商業区が寂れちゃうからね。ほら、領地全体で見ると、明らかに損してるでしょ」
スノウは驚いたように目を見開いた。
「クロノ様って凄い」
「伊達に一年も領主をやってないよ」
スノウに尊敬の眼差しを向けられ、クロノは胸を張った。
「クロノ様ってエッチなだけの人かと思ってけど、誤解してたみたい」
「スノウ!」
反対側からレイラに叱責され、スノウは怯えたように肩を竦ませた。
「だって……毎晩毎晩、亜人をベッドに連れ込んでるって帝都で聞いてたし」
「確かに、クロノ様の噂は帝都にまで轟いていたであります」
今、明かされる新事実!
「お母さんとか、デネブ百人隊長とアリデッド百人隊長を呼び出したりしてるし」
「いやいや、無理強いはしてないですよ。あ、いや、ちょっと、無理なお願いはしたりしてるけど、基本的に意思を尊重してます」
コホンとレイラは気まずそうに咳払いをした。
「スノウ……私は自分の意思でクロノ様の夜伽を務めています。デネブとアリデッドも私と同じです」
淡々と言いながらも、レイラは恥ずかしそうに少しだけ俯いている。
「クロノ様はお母さんのこと好きなの?」
「もちろん」
クロノは即答した。
「何処が好きなの? ボクも、お母さんもハーフエルフだよ」
「クロノ様、答えなくても良いです」
そう言いながら、レイラの瞳は期待に輝いている。
「ちょっと答えにくいかな」
「……」
レイラは落胆したような素振りを見せる。御秀堂
養顔痩身カプセル
「最初は誤解とか、勢いってのはあったと思うよ」
クロノが軍に残るように引き留めたのをレイラが愛情からだと誤解しなければ今のような関係にはなっていなかっただろう。
「でも、レイラは痛々しいくらい必死で……信じようと思ったんだよ。散々、ティリアには罵られたけどね」
「初耳です」
「話すようなことじゃないからね」
クロノは肩を竦め、目を丸くするレイラに答えた。
ティリアに殴られ、罵られる現場を工房で働くドワーフ達が目撃していたはずだが、人の口に戸は立てられなくても、ドワーフの口には立てられるらしい。
「クロノ様はティリア皇女を敵に回して愛を貫いたのでありますね」
「……クロノ様」
フェイの言葉にレイラは感極まったように瞳を潤ませた。
「そろそろだね」
前線基地に辿り着き、幌馬車と馬を昨日と同じように柵の外に止める。
エクロン男爵家の自警団はいない。
大隊は訓練の真っ最中だった。
騎兵は的……地面に打ち込んだ丸太と木材を組み合わせた代物で、巨大な十字架のように見えるが、横木の先端部に打ち付けられた木の板に訓練用の突撃槍(ランス)を上手く当てると、クルクルと回転するようになっている……で騎乗突撃の訓練、エルフと人間の混成弓兵は弓の訓練、人間、獣人、大型亜人の歩兵は木剣や木槍で組み手をしていた。
ガウルはすぐに見つかった。ガウル大隊長は木剣を握り締め、大型亜人と組み手をしていたのだ。
木剣を打ち合わせている。相手はミノタウルスだったが、手加減しているようには見えない。
どちらかと言えば手加減しているのはガウル大隊長のように見える。
「ガウル大隊長って強いの?」
「近衛騎士団長候補と言っても差し支えない実力者であります。魔術も、神威術を使わずに大型亜人を圧倒できる人間は近衛騎士団でも多くないであります」
ドッとミノタウルスが地面に倒れる。
ガウル隊長がミノタウルスを見下ろしたまま、二言、三言、言葉を交わすと、次の相手が歩み出る。
クロノは訓練風景を見つめ、部隊運営には興味がなさそうだと感想を抱いた。傷の手当てがされていない兵士が多いし、毛艶が悪かったり、痩せている兵士が多いのだ。問題のある兵士は亜人ばかりだから、物資を人間優先で割り振っているのかも知れない。
「……誰か来たであります」
「セシリーじゃない?」
板金鎧(プレートメイル)で武装した騎兵はクロノ達の前で止まり、バイザーを跳ね上げた。
「あら、フェイさんではありませんの?」
どうやら、フェイを馬糞女と呼ぶのは止めたようだ。
セシリーはフェイの顔から足下まで視線をわざとらしく往復させる。
「まともな鎧も、馬も支給されていませんのね」
「この鎧はゴルディさん達が丹誠込めて造ってくれたものであります。黒王も立派な馬であります」
フンとセシリーは馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「騎兵が身に纏うのは板金鎧(プレートメイル)と相場が決まってますわ」
「フェイは軽騎兵だし、神威術を使えるから必要ないよ」
神威術が使えるフェイは軽騎兵でありながら重装騎兵以上の突進力を誇る。他の騎兵と連携すれば神聖アルゴ王国のイグニス将軍のような活躍も可能だろう。
セシリーは鬼のような形相でクロノを睨み付け、フンッ! と鼻を鳴らして訓練に戻った。
「セシリーって、いつもあんな感じだったの?」
「他の騎士にも掃除の手際が悪いとか、よく殴られたものであります。それでも、努力していれば報われると、厩舎の掃除を続けたのであります」
他の騎士達は突出した実力を持つフェイを警戒し、ピスケ伯爵は没落貴族を引き立てても自分の利益にならないと踏んだのだろう。
「……手合わせしてみたいであります」
「僕は構わないよ」
ガウル大隊長はこっちを無視してる感じだし、フェイが取っ掛かりになってくれればなぁ~、とクロノは許可する。
「ガウル殿、手合わせをお願いするであります!」
「……」
ガウルは困惑したようにフェイを見つめた。
「……おい、木剣を渡してやれ」
「ありがとうであります」
近くにいた獣人から木剣を受け取り、フェイは木剣の具合を確かめるように軽く素振りをする。
どちらからともなく、ガウルとフェイは木剣を構える。ガウルは上段、フェイは中段である。
ガウルは恵まれた体躯を活かして最大威力の攻撃を繰り出すため、フェイはあらゆる状況に対応するためだろう。
正規の剣術には存在しない技、ブラフ、ハッタリなどの駆け引き、膨大な戦闘経験によって培われた先読み、あらゆる手を駆使する養父と戦うためにフェイは臨機応変に対処することを学んだのである。
先に仕掛けたのはガウルだ。ガウルは一気に距離を詰めると、何の躊躇いもなく、木剣を振り下ろした。
ガウルの木剣が空を切る。フェイは横や後ではなく、斜め前方に飛び込むことでガウルの一撃を躱したのだ。
上段からの攻撃は軌道が『振り下ろす』に限定され、攻撃を躱されると、即座に次の攻撃に移れないという欠点がある。
並の相手であれば攻撃を躱した時点で勝負は着いていたはずだ。だが、ガウルはフェイを追うように木剣を振り下ろした状態から斜め上へと斬り上げる。それもフェイが攻撃するよりも早くだ。
フェイは木剣を受けず、軽やかなバックステップで躱した。神威術を使って筋力を底上げしているのならばまだしも純粋な筋力では勝負にならない。鍔迫り合いに持ち込まれたら、間違いなく押し潰される。御秀堂養顔痩身カプセル第3代
そのままフェイはガウルの懐に跳び込もうとしたが、寸前で急停止する。その間にガウルは悠々と上段に構え直した。
何故、フェイが跳び込まなかったのか、クロノは理解できなかった。そして、先程と同じようにガウルが木剣を振り下ろし、フェイは軽やかに躱す。
ガウルが攻撃し、フェイが躱すというルーチンワークじみた戦い。しかも、ガウルが明らかな隙を見せてもフェイは攻撃しない。
攻撃するかと思いきや踏み止まってしまうのだ。更に攻防が続き、ようやくクロノはフェイが攻撃できない理由を理解した。
フェイントだ。ガウルはフェイが攻撃しようとした瞬間に腕や肩、視線を動かして彼女の動きを封じているのだ。
腕力馬鹿じゃないんだ、とクロノはガウルに対して失礼な感想を抱いた。だったら、スピード勝負……ガウルよりも早く木剣を打ち込むしかない。
フェイが初めて自分から仕掛ける。刺突……鋭く突き出された木剣をガウルは大きく躱し、素早く体を入れ替えた。
大きく躱したのは懐に跳び込まれるのを防ぐためだろうか。攻撃を躱されたフェイは木剣を中段に構える。
今度もガウルの構えは上段だ。フェイとガウルは笑みを浮かべていた。自分の技を自分と同じレベルでぶつけ合える喜びに彩られた笑みである。
「おおおおっ!」
ガウルが雄叫びを上げ、木剣を一気に振り下ろす。体が一回りも、二回りも大きく見えるような全力の一撃だ。
フェイは振り下ろされたガウルの木剣を自らのそれで受ける。いや、木剣がぶつかる寸前、フェイは木剣を斜めに傾けたのだ。
ガウルの上半身が泳ぐ。全力で放った一撃、それを受け流されたことで体勢を崩したのだ。
フェイは地面を蹴り、擦れ違い様にガウルの脇腹に木剣を叩き込んだ。
「……うわ、勝っちゃった」
クロノの呟きはその場にいた全員の気持ちを代弁していたのかも知れない。
シーンと周囲が静まり返る。
ギロリとガウルはフェイを睨み付け、
「ハハハッ、貴様は凄いな」
実に楽しそうに笑ったのである。
「貴様のように強い女は初めてだ。名前は?」
「フェイ・ムリファインであります」
「そうか、俺の部下にならないか?」
こ、この野郎! うちの大事な士官候補生を引き抜く気か! とクロノは駆け寄ろうとした。
「……申し訳ないであります」
「無理強いはしないが……どうしてだ?」
むむっ、とフェイは難しそうに眉根を寄せた。
「理由は色々であります」
「そうか、ならば仕方がないな」
ガウルはクロノを見つめ、不愉快そうに舌打ちをした。
「今日は何のようだ」
「いや~、糧食や医薬品面でサポートできればと思って」
この野郎、と思ったが、クロノは愛想笑いを浮かべて答えた。
「要らん、帰れ」
「いやいや、帰れと言われても……手ぶらで帰っても上から怒られそうな気が」
「一筆書いてやるから、フェイを置いて帰れ」
「いやいやいや、何か、こう……帰るにしても補佐した実績が欲しいなと」
帰るつもりはないけどね、とクロノは心の中で付け加える。
「……チッ、好きにしろ」
「ありがとうございます。じゃ、申し訳ないんですけど、物資の出入りについて調べたいんで納入書や帳簿を見せて貰えませんか?」
「着いて来い」
勝手に探せ、と言われるかと思いきや、ガウルは歩き出した。
少し遅れてガウルに着いていくと、レイラとスノウがクロノの脇を固める。
「クロノ様」
「どうだった?」
クロノは歩きながら尋ねる。
「はい、ガウル大隊長の評判はそれほど悪くありません。前回、蛮族と交戦した際は瓦解する前線を支えるために駆けつけ、足止めしたとのことです」
「ん~、でも、みんなはお腹一杯食べたいみたいだよ。ボクがクロノ様の下で働いていると、お腹一杯食べられて、お酒を飲めたりするって言ったら、羨ましそうにしてたもん」
なるほどなるほど、とクロノは頷いた。
前線基地の中央にある部屋に入ると、ガウルは奥の部屋から箱を持ってきてテーブルの上に叩きつけるように置いた。
箱の中には羊皮紙が乱雑に詰め込まれ、どれがどれだか分からない状態だ。
「取り敢えず、糧食とそれ以外を月毎に並べようか? レイラ、手伝って」
「分かりました」
羊皮紙をテーブルの上に広げると、ガウルは目を丸くしていた。
「ハーフエルフが文字を読むなど聞いたこともない」
「一対一(マンツーマン)で教えたから」
クロノは羊皮紙をより分けながら答える。
レイラと一緒により分け、より分け……過去数年分の納入書を糧食とそれ以外に分類する。
「相場に関してはレイラの方が詳しいと思うんだけど、どう?」
「はい」
クロノが糧食の納入書を手渡すと、レイラは素早く新しい納入書に目を通した。
「相場だと?」
「うちでは副官とレイラに糧食の受け取りや商人との折衝を任せてるから」
「……穀物は相場に比べて二割から三割程度高いようです。相場の二割五分増で糧食を購入すると仮定すれば必要量の八割しか購入できない計算です」
大隊を維持する軍費は帝国から支給され、大隊長は人件費以外の使用用途に関して大きな裁量が与えられている。
だが、軍費は適正価格で武防具を、相場に近い価格で糧食を購入しなければ足りなくなる金額だ。
つまり、自由に使える金額など雀の涙なのだ。クロノは給料と糧食以外の全てを自分で負担しているので、部下は帝国軍においてトップクラスの恵まれた住環境と食生活を享受している。
「私が見る限り、この大隊の人間と亜人の比率は三対七。人間が必要量を確保できるように糧食を配分すれば、亜人に配分される糧食は兵士が一日当たりに必要とする量の七割にしかなりません」
「……なるほど」
やっぱり、ワイズマン先生を雇ったのは正解だったね、とクロノはレイラの報告を聞きながら思った。御秀堂養顔痩身カプセル第2代
「クロフォード男爵領か、エクロン男爵領の商人に見積書を作らせれば必要な糧食は確保できるね」
「何をするつもりだ?」
ガウルは交渉ごとに疎いらしい。
「見積書を見せて、これと同じか、それよりも安くして欲しいってお願いするんだよ。同じなら取引続行、少しでも高ければ次からは別の商人と取引するだけ。他に値切れそうな所はないかな?」
没有评论:
发表评论