シルバーホーンから首都ルナティックレイクへと続く森の中、車輪と蹄鉄の音を響かせながら舗装された公道を一台の馬車が疾走していく。終極痩身
二頭の早馬で構成されたその馬車は、急を要する際に使われる要人専用の千里馬車と呼ばれる。本来は送迎等に使うものではないが、それだけ早くソロモン王がミラに会いたがっているという事だ。
そんな馬車に揺られながら、ミラは窓の外を流れる景色を眺めながら「これはすごいのぅ、早いのぅ」と初体験である馬車の旅を楽しんでいる。
ゲーム時には、長距離を移動する際には浮遊大陸を利用していたが、現在はそれを利用するためのメニューを開くことが出来ない。メニュー欄から無くなってしまったシステムの項目に浮遊大陸を利用するためのコマンドがあったためだ。
しかし、今のこの世界で浮遊大陸が使えるかどうかは怪しいところでもある。自分の置かれている今の状況のように、より現実的になったと思えばそう悩むものでもないと、少女としての現状を楽しむ事に決めたのだ。
シルバーホーンを出てから二時間弱、ミラは少々落ち着かない様子で視線を泳がせている。その原因というのは先日の夜にも直面した生理現象によるものだ。
特に馬車の小刻みな振動が、下腹部により一層の危機感を与え続ける。そのため、とうとう堪らずにミラは御者台へと顔を覗かせた。
「のう、近くに厠かわやはないか?」
「カワ屋、ですか? 聞いたことがありませんが、何を売っている店でしょうか。もうすぐ山間の街シルバーワンドですので、教えていただければ買って来ますよ」
「いや、店ではなくな……。まあ、あえて言うならば雉をうっているのじゃが……」
「雉、鶏肉ですか。そういえば朝食がまだでしたね。分かりました、少し遅いですがシルバーワンドに到着しましたら朝食に致しましょう」
「ああ、今のは冗談じゃ! 厠じゃよ厠」
「うむむ……申し訳ありませんが、シルバーワンドにそのような名の店は無かったかと」
「じ ゃ か ら! 便所、トイレ、お手洗いの事じゃ! ああ……もうここでも良い、木陰で済ますから止めてくれ!」
「え……、あ……ああ! そういうことでしたか!」
今まで付き合い続けていた身体ならば、まだ持つはずだった。だが少女となった身体は急激に限界を訴え始め、ミラはそれを本能的に感じ取る。このままでは漏らすと。
御者を勤めている軍服の男ガレットの背中を焦りのため幾度となく小突き、森の中適当な場所を指差しながら停止するように催促する。
ミラはゆっくりと歩を緩めていく息の合った二頭の馬が完全に止まる前に飛び降りると、適当な木陰でローブの裾をたくし上げる。
そして、自身の下半身を隠すドロワーズを見て動きを止めた。だがそれは手だけだ。両脚は多少内股になり忙しなく地を踏み鳴らし続ける。御秀堂 養顔痩身カプセル
(どうやって脱げばいいのじゃー)
焦る気持ちとは裏腹に、勝手に穿かせられたドロワーズはミラにしてみれば初めて穿くものだ。当然だが。ゴムなどで腰に留まっているわけではないため、ミラは無理矢理下ろそうとして腰骨に阻まれると、引き千切ろうかと思い立つもギリギリ考え直す。流石に借り物を破るわけにもいかないと。だがそれ以上に、借り物に漏らすわけにもいかなかいため焦りだけが加速していく。
ミラはドロワーズのウエストに指をかけたまま横に引っ張りつつ脱ごうと試みるも失敗。
全身から汗が湧き出すような感覚の中、その細い指がかかった部分が目に入る。そして、なぜこんな当たり前のことに気付かなかったのかと自分の慌て振りに苦笑した。
丁度ウエストのレース辺りに紐が蝶結びされていたのだ。冷静になればすぐに分かる事だったが、慣れない体に初めて尽くしの状況で脳内処理が渋滞してしまっていたのだから無理もない。
分かってしまえばどうということはないが、いよいよもって臨界を向かえる間際だ。急いでそれを解くと膝まで脱いでしゃがみ込み、同時に満たされた開放感に、ミラは大きく胸を撫で下ろす。
二度目の行為によって、もう完全にこの身体をものにしたと思い込んだミラは、早々にその間違いに気付かされる事となる。用を済まし立ち上がりドロワーズを穿き直そうとした時、そういえば女は拭くものだったという事を直前で思い出したからだ。
(どうすればいいんじゃろ)
手持ちには紙はおろか、それに代わる物も無い。念のためアイテム欄も開いてみたが食べ物などは持っての外、いくつかの精錬水晶や素材アイテムくらいしか入ってはいない。
メニューを閉じると、手近なところに代用できるものはないか探し始める。森の中、梢から差し込む光に小さな生き物の発する音。生い茂る草に、可憐な顔を覗かせる色とりどりの花。
一通り見回したミラは大きめな白い花びらを一枚摘むと、再びしゃがみ込み紙の代用として使用した。
「すまぬ、待たせたのー」
ミラが飛び込んでいった辺りを気にしながら、落ち着かない様子で視線を送っていた男の背後から少女が現れる。
多少はずんだ調子のミラの声に、男は後ろめたさからビクリと身体を強張らせると「いいえ、申し訳ありませんでした」と、二つの意味で謝罪を述べる。
「ええっと……一先ず、シルバーワンドで朝食に致しましょう」
「うむ、そうじゃな」
どうやらミラには気付かれていない、そう信じた男は平静を装いながら馬車を再び走らせる。
厠騒動から約一時間。道中は順調で、馬車はシルバーワンドまでもうじきという所を走っている。だが順調なのは道中だけでミラは今、想像だにしなかった苦難に直面していた。
(なんなのじゃこれは、ヒリヒリする。じんじんするー)
馬車の中、ミラは座席の上に転がり今まで経験した事の無い、鼠径部の内側下部の焼けるような痛みに悶える。
違和感を感じ始めた時、その場所から女性特有の何かかと予想した。しかし徐々に酷くなる痛みに堪らずにドロワーズを脱ぎ違和感の元を確認すると、その原因に思い至る。
(毒でもあったんじゃろうか……)
行き着いた答えは、一枚の花びらだ。むしろミラにはそれしか原因が思いつかなかったというのもある。女性特有の症状等だった場合は、想像する事も出来ないのだから。
当たりを付けると、どうにか出来そうな物がないかアイテム欄を開き確認する。そして、いくつか常備していたアイテムの中から一つの薬を取り出す。
それは状態異常を回復し、ある程度の傷を治す事が出来る『万能軟膏薬』という治療薬だ。
ミラは若干の抵抗を感じつつも座席の隅に丸まるように屈むと、縋る思いで軟膏を塗り効果が表れるのを待つ。
程なくして予想は当たり、花びらの毒による症状は軟膏の解毒作用により治癒される。
一安心したミラは座席に転がったまま「もういやじゃ……」と呟いた。
花びら騒動から約十分。馬車が緩やかに停止すると、御者台からガレットが顔を覗かせる。
「ミラ様、シルバーワンドに到着致しました。食堂へ向かいますか? それとも私が何か買って来ましょうか?」御秀堂養顔痩身カプセル第3代
ミラは少しだけ考えると、
「折角じゃ、食堂へ参るとしよう」
いつも通りならば即答で持って来てもらうところを、そう答える。
そもそも今までは大抵の事がVRヴァーチャルリアリティで事足りる生活を送っていた。まともに空の下を歩くのが珍しい程で、仕事はおろか買い物ですらVRで済ますと宅配で送られてくる時代だったのだ。
だが今、この世界は違う。森を歩き人と接し、馬車に揺られる。初めての実感ともいえるそれらは、今までの生活と比べれば圧倒的に不便だ。だがミラは今、その全てを楽しいと感じ始めている。
便利過ぎるという事は人の心を狭くしてしまうのだと感じたミラは、出来るだけ多くを経験したいと思い、馬車から青空の下へと降り立つ。
シルバーワンド。
ルナティックレイクとシルバーホーンの間に位置する山脈の谷にある、農業や林業、採掘などを生業とする者達の街として知られる。
首都と国最大の軍事力の中継地点となっているため、それなりに大きな街で交易も盛んだ。
ミラが今居る場所は、街の商業地区にある駐車場。広い芝生の敷地に数台の馬車が停めており厩舎が並び、そこで馬の世話や餌やり等を行っている。
駐車場は基本的に有料で、利用料が一時間単位で発生するが、千里馬車が停まった区域は柵に囲われた王国専用の駐車場であるため料金はかからない。つまりは王族や貴族、それに関わる特別な者が乗る馬車が停まるという事でもある。
それ故に、駐車場やその付近に居た者達の視線が集まるのも無理はないというものだ。
この場所の管理員をしている男は、少女と軍服の男を交互に目を留め絶句する。明らかに少女の護衛として付き従っているその男、ガレット・アストルの事を良く知っているからだ。馬車専用の駐車場を管理する者だからだけではない、この軍服の男、戦車隊副団長を知らない者はこの街には居ないだろう。
そのような大物が、ただの少女の護衛等をするはずがない。貴族ならば、王族に連なる血筋がせいぜいだ。
もちろん王国軍の大物と共に居る少女にも皆の注目は集まる。その白い肌と艶やかな銀の髪、気が強そうな瞳にリボンが目一杯付いたローブを纏うミラの姿に、誰もが容姿を称える言葉を失う。というよりその少女に見合うだけの言葉が浮かばなかったのだ。皆はただ視野を奪われ、少女だけを無言で見つめる。
シルバーワンドの街は山に囲まれたかのような景観で、ミラは身体をほぐす様に大きく伸びをしながら空を見上げる。
目の端から横切るように飛んでいく鳥を目で追いかけながら、所々の森の中から飛び立つ鳥に視線を移して更に追いかける。そうすると自然に身体がクルクルと回っていたのだが、本人はまったく気付いていない。
駐車場の管理員に戻る時間を伝え馬の世話を頼んでいるガレットの声を何となく聞きながら顔を下げると、周囲から見られている気配に気付き視線を逸らすようにしながら芝生を睨む。
(見られておる。この服は変だと笑っているのじゃ。絶対にそうじゃ)
ミラは自分を嘲笑しているのものだと思い込み、視線から必死に逃れようとしていると、話を終わらせたガレットが戻る。
「お待たせ致しました。ミラ様は何か食べたいものがございますか」
そう訊くガレットに、ミラはその大きな身体の影に隠れるようにしながら「お主のオススメ等で良い」と答える。兎に角、早々にこの場を離れたいと背中を小突く。
「では、私の行き付けへご案内しましょう」
何かに焦るようにガレットをせっつく少女の姿は、親子のような微笑ましさが溢れている。それと同時に、その光景を目にした者達には戦車隊副団長にエスコートされる少女は一体何者なのかという疑問が生まれる。ただ一つ彼らの共通する認識は、きっとやんごとなきお方であろうという事と、今まで出会った中でもとびっきりの美少女だったいう事だ。
駐車場を出て街の大通りから小道に入ったミラとガレットは、一軒の食堂兼宿屋の前に到着する。
「こちらでございます。小さい所ですが、味は保証しますよ」
ミラが見上げたのは一軒の木造の建物。スイングドアには『夕暮れの街角亭』と店名が大きく書かれている。店内が見て取れる西部劇等でよくあるタイプのドアだが、ミラの背では天井しか見えず様子を知ることは出来ない。御秀堂養顔痩身カプセル第2代
「久しぶりに来ておいて小さいだなんて、失礼なこと言ってくれるわね」
突如、背後から聞こえた女性の声に二人が振り返ると、そこには両手に買い物籠を持った二十代程の女性がガレットを睨むように立っていた。素朴だが美人であり三角巾から覗く栗色の髪が肩に掛かる。白と青のエプロンドレスには『夕暮れの街角亭』と刺繍してあり、この店の者である事を主張している。
「おや、シェリー。久しぶりですね」
「ほんとよまったく。もう少し顔出しなさいよね……って、なに!? その可愛い子誰なの!?」
買い物籠を置いたシェリーは、ガレットの隣で見上げるようにしているミラを目に留めるなり、自然な流れで手をその頭に乗せて撫で回す。
「なっ、やめんか!」
シェリーの手を払いのけたミラは、この目の前の女性も自分を子ども扱いする人種だと判断して、ガレットを盾代わりにする様にその身を隠す。
「ふぁぁぁぁーーーん! なにこの子かわいいいいーーーー!」
シェリーはガレット越しに警戒の表情を浮かべる、ミラの小動物のような姿に母性が全開となる。
「この方はミラ様です」
「へぇー、ミラちゃんっていうんだー。可愛いねぇー。ミラちゃーん」
シェリーはより一層表情を緩ませるとにじり寄るようにミラとの間合いを詰めていく。
「シェリー。ミラ様が嫌がってますからその辺にしておいて下さい」
「そうじゃそうじゃ」
影に隠れたまま言葉を続けるミラ。その姿は更に暴走を加速させるものだったが、シェリーはまず嫌われない事を最優先とし自制する。
「ねぇねぇガレット。それでミラちゃんと何してるの?」
「ルナティックレイクへお送りしている途中なんですが、朝食がまだでしたので」
「それでうちに来たってわけね。良くやったわ」
シェリーは買い物籠を持ち直すとスイングドアを開き、二人を案内する。
「ほら、カウンター席が空いてるから待ってて。……ってミラちゃんまだ怒ってる?」
シェリーはガレットの影に隠れたまま、まだ警戒を解いていないミラを少し残念そうな表情で見つめる。
「ミラ様はこの程度の事で怒るような方ではないと思いますよ」
ガレットの言う通り、ミラは怒っている訳ではない。ただ、単純に子ども扱いされるのが恥ずかしいだけだ。
だがしかし、女性に寂しそうな顔をさせるのは自分の意に反するとして、ミラはガレットの影から出る。
「わしを子供扱いせぬようにな」
そう一言だけ伝えた。だがシェリーには、それが大人振りたい少女の様に見えてしまい、今度は思いっきり抱きしめたい衝動に駆られ、それは一瞬で限界を振り切った。
「ミラちゃん可愛い!」
言われた傍からシェリーは買い物籠を投げ出すと勢いに任せて飛びつく。ぎゅっと抱きしめられたミラは、直接的な愛情表現であるため無理に振り解く事も出来ず「もう好きにせい……」と溜息混じりに呟いた。韓国痩身一号
2013年6月28日星期五
2013年6月26日星期三
約束と報告
塔の寝室。心地良い眠りの中、窓から差し込む陽光を受けて寝惚け気味に起き上がる。少女の乱れた髪は銀に輝きながら、頭の動きに引かれて舞った。Motivat
(もう起きとるのか。早いのぅ)
ミラはちらりと隣に顔を向け、そこにある枕を確認する。ルナは小さく丸まったまま、まだ寝息を立てていた。安らいだその姿に目尻を下げると、ミラは腕輪のメニューを開き現在時刻を映し出す。
(わしが、遅いだけか……)
時間は朝の九時半を越えたあたりを示していた。ミラは、メニューを閉じて大きく欠伸をしてから、リビングに向かおうとベッドから足を下ろす。すると、正面の小さなテーブルに置かれた衣服が目に入った。とても、見覚えのあるデザインの服だ。
(準備が良いのぅ)
広げてみると、それは魔導ローブセットだった。一先ず着替えようかとミラが裾に手を掛けた時、扉をノックする音が響き、メイド姿のマリアナが顔を覗かせる。
「おはようございます。ミラ様」
「うむ、おはよう」
「お手伝いします」
これからミラがやろうとしていた事を即座に察し、むしろタイミング良く現れたマリアナ。有無を言わせず駆け寄ると、手際良くミラを整えていく。
着替えの他にもミラの長い銀髪は、やる気に満ちたマリアナにより透明に近い青のリボンで両サイドに分けて束ねられた。より可愛らしさを引き立たせるツインテール姿にミラ自身も満更ではなく、鏡を前にして満足そうにしている。
思う存分、ミラの髪を弄れたマリアナも、その仕上がりに喜びの笑顔を湛える。
姿見に映った二人は、その鏡越しに見つめ合い淡く微笑んだ。
これから朝食という絶妙な時間で目を覚ましたルナと一緒に朝食を済ませた後、ミラは今後の大まかな予定をマリアナに話す。
これから城へ向かいソロモンに報告する事。ソウルハウルの残した資料の解読状況によっては、そのまま新たな目的地へ向かう事。場所によっては、長く空けるかもしれないと。
少し申し訳無さそうにするミラだったが、マリアナは「心配無用です」と寂しさなど感じさせない笑顔をミラに向ける。マリアナにもう憂いは無かった。只、主人の帰る場所を守れる事が喜びであり生きがいなのだ。
ミラは、そんなマリアナの様子に安心すると、手の甲に宿る加護の紋章を見つめ、その繋がりの大きさを実感する。
「では、そろそろ行ってくる」
ルナの毛並みを堪能しながら食後の紅茶を飲み終えると、ミラはそう言い立ち上がる。するとマリアナは、キッチンからバスケットを持ってきて、それを差し出した。
「昼食を用意しておきましたので、後で召し上がって下さい」
「うむ、ありがとう」
ミラは、そのバスケットを受け取り礼を言うと、何気なくマリアナの頭を一撫でした。その動作はとても自然で、一切の躊躇いも無い。その事に、ミラ自身が驚く。それは、マリアナに対しての壁が無くなったという証であろうか、掌の下で嬉しそうに顔を綻ばせるマリアナの姿に、ミラもこれで良かったのだと確信する事が出来た。
「後は任せる」
言いながらミラは、ルナをぎゅっと抱いてからマリアナに託した。マリアナは優しく受け取ると、そっと一礼する。
「いってらっしゃいませ」
簡潔であるがそのやりとりは、少女同士という関係ながらも琴瑟相和といった趣があり、随分と堂に入ったものであった。
だが、ミラは気付かなかった。ちょっとだけ頬を膨らせたマリアナに。抱き締めるなら忘れてはいけないもう一人。この事に気付くのは今後のミラの課題かもしれない。
塔を出て、いざ飛び立とうとしたミラは、立ち並んだ直ぐ隣の塔を見て不意にある事を思い出した。隣は死霊術の塔であり、思い出したのはアマラッテとの約束だ。侍女のリリィと話し、時間がある時に採寸したいと伝える事を今、思い出したのだ。
(そういえば、忘れておった)
ミラは、首都に向かう前に済ませてしまおうと、死霊術の塔へと入る。
突如、銀髪の少女が現れた死霊術の塔内部では、どよめきと共に好奇の視線がその少女に集中する。召喚術の塔と違い、ここにはそれなりの数の術士が日夜研究に励んでいる。ミラは、その様子の違いに肩を落としながら最上階へと上がった。術士達はその姿を見送りながら「あれが噂の」と、この場へ来た理由は気にせず、各方面から流れてくる少女自身の実力や、その外見について盛り上がり始める。蒼蝿水(FLY D5原液)
死霊術の塔最上階。ミラは、生体感知により補佐官室と執務室に誰かが居る事を確認する。アマラッテは賢者代行である為、居るとすれば執務室の方だろう。そうすぐに結論すると、ミラは執務室の扉を叩く。暫くして気配が近づき、赤頭巾をしていないアマラッテが顔を出した。
「あら、ミラさん。わざわざここまでという事は、あの件についてね」
ミラの姿で即座に用件を察したアマラッテは、僅かに笑みを浮かべる。その、どちらかというと知的な印象に、赤頭巾が無いとこれほど変わるのかと、ある意味感心しながらミラは「そうじゃ」と頷く。
「リリィも随分と乗り気のようじゃ。採寸したいので、可能な時間を教えて欲しいと言っておったぞ」
「そうですか。ありがとう、ミラさん。では、今日にでも行きましょうか」
そう答えたアマラッテは、初めて会った時には想像できないほど嬉しそうに破顔すると、扉脇の棚に置いてあった小包を手にして「これはお礼よ」と言い、それを差し出した。
「礼などされる程ではないんじゃがな」
「お礼でもあるけど、私の気持ち。貴女に似合うと思ったの」
「似合う? なんじゃろうな」
「ふふふ、後で確認して。きっと気に入るわ」
ミラは受け取った小包を一瞥すると、そのままアイテムボックスに入れて「用件はそれだけじゃ。ではな」と言いエレベーターに乗り下って行った。
「透き通る程の白い肌、輝く銀の髪。やはり、それに合うのは黒よね。シャルロッテさんもそう思うでしょ?」
アマラッテがそう誰かに問い掛けると、補佐官室から長身の女性が姿を現した。線は細く喪服に似た衣装を纏い、整い過ぎた目鼻立ちをしている。どこか儚げで虚ろな黒い瞳は、右目が眼帯で塞がれていた。シャルロッテと呼ばれた女性は、死霊術の塔の補佐官でありデイライトウォーカーという、云わば吸血鬼の一族でもある。
「その質問には同意しかねますね。私は、断然白を推します」
シャルロッテは、ミラの後を追うように塔の下へと視線を向けながら、きっぱりと意見する。幽鬼の如く揺らめく瞳は、壁を隔てても尚、銀髪の少女の姿を捉えていた。
「あら、また意見が分かれたわね」
「アマラッテ様でも、ここは譲れません」
二人は不敵に微笑み合うと、異質な気配を漂わせ始める。
塔を出たミラは、その足で魔術の塔へと向かう。今度はルミナリアだ。世界樹の欠片が手に入ったので、これを炭の代わりに出来ないかと訊く為である。
「おーい、ルミナリアー。おらぬかー、返事せーい!」
言いながら、私室の扉を全力で乱打するミラ。扉の軋む音が響く中、豪快に開け放たれた扉から、鋭く赤い影が飛び出した。
「いつになったら加減を覚える! ってか、このやりとりも懐かしいな!」
苛立たしげに、だが少し嬉しそうに、宙を貫いた足を下ろしながらルミナリアが言う。
「そうじゃろう、そうじゃろう。そう思って、今回は大盤振る舞いじゃ」
「そうか、それはありが、とうなんて言う訳ないだろう」
胸を張るミラの顔を鷲掴みにするルミナリア。とはいえ、力は込めていないので見せ掛けだけだ。
「で、何の用だ?」
軽く突き返すようにミラの頭を離し扉に持たれかかると、ルミナリアは毛先を弄りつつ顔だけを向ける。
ミラは、腕輪を操作しながら、
「お主からの頼まれ事に、世界樹の炭があったじゃろう。そこで、これを手に入れたんじゃが」
前置きして世界樹の欠片を取り出し、それをルミナリアに渡す。
受け取ったのは、何かの木片であり炭ですらない。だが、ミラが全く関係ない物を、そんな前置きと共に渡すとは考えられない事だ。ルミナリアは幾つかの可能性を考慮してから口を開く。
「もしかして、これ世界樹の欠片か?」
「うむ、正解じゃ。やった覚えは無いが、それを炭にするという事は可能か? 可能ならば一つ完了なんじゃがな」
「そういう事か。しかし、どうだろうな。試した事は無いから分からんが、その辺りは職人組合にでも問い合わせれば問題ないだろう。あそこは、レア度なんてお構い無しな変人の巣窟だしな。きっと、実験してると思うぜ」
世界樹の欠片は用途が多く効果も高いが非常に貴重な品である。対して世界樹の炭は主に浄化の秘石という特殊なアイテムの素材にしか使えない為、欠片ほどの需要は無い。僅かではあるが入手率も欠片よりは高いので、是が非でも浄化の秘石が欲しいという理由でもなければ、わざわざ欠片を炭にする必要など無いのだ。
「職人組合か。そんなものもあるんじゃな」
「ああ、他にも農林組合や海洋組合なんてのもあるぞ」
「随分と元の世界に近づいてきたもんじゃ。その内、国連も出来そうな勢いじゃな」
そう言い肩を竦めて笑うと、ルミナリアは「似た様なものならあるな」と笑い返す。気になったミラが、それについて問うと、ルミナリアは大まかな内容を説明した。
曰く、それは『日之本委員会』といい、元プレイヤーの国主が集い、秘密裏に開かれるのだという。元プレイヤーであるが故に、現代的な平和思想を持っており、仮想ではなく実際の命が生きる世界で、戦争ゲーム等するべきで無いという倫理観が生まれた事に端を発する。国主が次々と名乗りを上げ、元プレイヤー同士の取り決めを世界の裏で交わしていたという事だった。
元プレイヤー最大国家である、アトランティス王国が音頭を取り国主を招致し話し合った結果、最初の会合では宣戦布告の禁止が約束される。SPANISCHE FLIEGE
これにより戦争は大きく減ったが、それでも無くなる事は無かった。何故ならば、元プレイヤー以外の国主、つまりこの世界で元から生きていた者が長である国があるからだ。日之本委員会では、その国を原生国と呼んでおり、元プレイヤーが国主を務める国よりも数は多かった。
ほとんどが日本人の思想を持ち、戦争の回避に尽力する元プレイヤーの国主と、この世界で元から生きている者達の戦争に関する価値観には、大きなずれがあった。故に、好機があれば攻め込まれ、周囲を原生国に囲まれた元プレイヤーの国は、外交により緩和したり悪化したりと気の抜けない状態にあるという。中には度重なる原生国の侵攻に痺れを切らし、開戦を宣言した元プレイヤー国主も居るのだという話だ。
現在では委員会の名の下に、元プレイヤー間同士・・・・・・・・の戦争の禁止が確約されており、別の方面でも様々な経済効果が齎されているという事だ。
「今も諦めずに、説得を続けているらしいがな。そもそも戦争の原因を解決できなきゃ止まらないだろう。国の為、富の為、生きる為、より良い生活の為に争う。間違っちゃいないが歪んでるよな。手を取り合えば良いものを、思想、過去、国、そんな目に見えない悪魔が邪魔をするんだ。ま、正直オレには良く分からん事だがな」
「わしも、そういった事は苦手じゃな。ソロモンに任せておけばいいじゃろう」
二人は冗談交じりにそう言い合うと、決して表に出す事無く心の中でソロモンに感謝するのだった。
「とりあえず、それが炭に出来れば後は、紅蓮王の剣じゃな」
「ああ、頼んだぜ」
二人は、簡単に挨拶を交わして分かれた。ルミナリアは、早速リタリアを呼び出し職人組合に問い合わせる。ミラはエレベーターの中、アルカイト王国の立地を思い出していた。
もし昔と変わっていないのなら、アルカイト王国の近くには原生国が幾つかあったはずだ。
(戦争は本来、そういうものじゃったな。一度開戦してしまえば、誰かが死ぬ。その為の抑止力……か)
ミラは、改めて自分に課せられた任務の重さを実感しながら、魔術の塔を後にする。
塔を出てペガサスに乗り、シルバーホーンを飛び立ったミラ。それから数時間後には、アルカイト王国首都ルナティックレイクの王城へと到着していた。
門番と一言二言、挨拶を交わし城内へと入ったミラは、誰かにソロモンの居場所を聞きだそうとエントランス内を見回す。首都の王城だけあって、シャンデリアや絵画、定番の甲冑にランプ、中央階段から続く刺繍の見事な赤い絨毯と、贅に富んだ内観に改めて感心する。
(玄関だけあって、やはり豪華じゃな。しかし、あの辺の絵は誰が描いたんじゃろう)
趣味が良いのか悪いのか判断に困る、半裸の精霊達の集う湖を描いた大判。少女が川を駆けて行く一瞬を切り出した、躍動感溢れる中版。そして、薄布一枚を纏った少女と空を舞う天使が、伸ばした手を絡め合う小判。元の世界ではイラストと呼称されそうな幻想的な絵画が立派な額縁に入れられて飾られている。
そんな絵を眺めながら、どうでもいい事を考えていたミラの目が、見知った人物の姿を捉えた。台車に無数の本を乗せて運ぶソロモンの補佐官スレイマンだ。
「おお、スレイマンではないか。丁度良いところに」
駆け寄ったミラがそう声を掛けるとスレイマンは足を止めて、にこやかな笑顔を返す。
「これはこれはミラ様。おかえりなさいませ」
「うむ、ただいまじゃな」
台車から手を離すと、略式の礼をとるスレイマン。ミラも簡単に挨拶を返すと、スレイマンの運んでいた台車の本を一瞥する。そのタイトルは多岐に渡っていたが、積み上げられた本の全ては一貫して古代に関しての資料であった。
「全部押し付けてしまってすまんのぅ。手伝いたいところじゃが、わしも解読といった事は苦手でな」
「いえいえ、私としてはお礼を言いたいくらいです。私の古代と精霊の知識がソロモン様の為に役立てられる日が来るとは思ってもいませんでした。ですから、今は毎日がとても充実しております。それもこれもミラ様が持ち帰って下さった資料のお陰でございます」
そう言って、心底嬉しそうな雰囲気を溢れさせるスレイマン。その様子にミラも、スレイマンはこういう人物だったと改めて思い出す。
「ミラ様は、これからご報告ですか」
「そのつもりじゃ。ところで今、ソロモンはどこにおる?」
「この時間ですと、執務室かと。ご案内いたしましょう」
スレイマンは、台車を目立たない端に寄せ始める。だがミラは、解読作業を邪魔をしては悪いと思い、SPANISCHE FLIEGE D9
「いや、結構じゃ。見たところお主も忙しいじゃろう。場所は覚えておるしのぅ」
そう言いながら、執務室のある方へと視線を向ける。
「分かりました。私は暫く資料室に居ますので、必要があればいつでもお呼び下さい」
「うむ、引き止めてすまんかったな」
エントランスで偶然出会った二人。ミラは、中央階段を上って執務室方面へと向かい、スレイマンは台車を押してエントランスを横切って行った。
「ほれ、例のブツじゃ」
王の執務室で挨拶もそこそこに、ミラは天魔迷宮プライマルフォレストで採取してきた始祖の種子を机の上に並べる。
「わっ、すごいね。十個集められたんだ。いやぁ、ありがとう」
始祖の種子を確認したソロモンは、必要数よりも少し嵩増しした数を揃えてきたミラに、驚きながらも感謝すると、机から箱を取り出してその中へ保管する。
「それがのぅ、団員一号がほとんど見つけてくれたんじゃよ。どこにあるか分かるようでな。意外な能力の発見で、随分と簡単に終わったわい」
ミラは、いつものソファーに深く腰掛けて、自分のケット・シーを少し自慢げに話す。
「そうだったんだ。それはすごい能力だ。そんなに簡単なら、また頼んでも良さそうだね。嬉しいよ」
「う……。まあ、近くに用事が出来たらのぅ」
ミラは足を投げ出すと、苦笑しながら答える。そんな様子に、ソロモンは感謝して微笑むと「それで、どうだった」と本題を切り出す。
「長老から証言は得られた。ソウルハウルが聖杯を求めている事は間違いないじゃろう」
「そっか。なら、この線を追っていけば捕まえられそうだね」
ソロモンは、資料だけ集めても結局、聖杯には手を出していなかったという結果も予想していた。だが、ミラがその目で痕跡を確認してきた事で、この先には確実にソウルハウルが居るという事が確かなものとなったのだ。
全てが水の泡になる様な結果は回避できた。その朗報にソロモンは安心したのか、少しだけ頬を緩める。
「うむ。それとじゃな、切られた根の状態を見たところ、かなり古そうじゃった。長老はいつ来たか覚えておらんかったが、これが分かれば少し工程を飛ばせるのではないか」
専門的な知識が無いので、切り口の時期を特定する事は出来ない。知識があろうとも、常識外である御神木の成長を把握する事は難しいだろう。だが、ソウルハウルが順調に手順を辿っているならば、序盤の分は完了しているものとして省略する事も可能だろうとミラは考えた。
「そうだね。僕としては、長老が覚えている事に期待していたんだけど、神様は大雑把だからねー。後は、どれだけ飛ばすか何だけど、もう少し特定材料が必要かな」
ソロモンとしても、ソウルハウル一人に時間を掛ける訳にもいかないので、省略できるところは極力飛ばしていくつもりだった。だが現状、その指標となるものが一切無いので、順番に巡り指標となりそうな情報を探してもらうという手段をとっているのだ。
「ふーむ、そういえばのぅ、特定材料になりそうにはないんじゃが、あ奴は帰り際に黒い何かが必要だとか言っておったそうじゃ」
「黒い何か?」
「うむ、それと……杯を削る云々じゃったかのぅ」
「削る……か。黒い何かで根を削る、とかかな。でも黒ってなんだろう」
ソロモンは、その脈絡の無い情報に首を傾げ「黒い……削る、黒いー」と呟く。言ったミラも、結局どういう意味だったのだろうかと、天井を仰ぎながら「黒、黒」と繰り返していた。
「とりあえず、僕達じゃ考えるだけ無駄そうだね。新情報だし、専門家を呼ぶとしようか」
早々に諦めたソロモンは、いつか見た呼び鈴を指先で弾く。
暫くして扉がノックされると、専門家スレイマンが顔を見せた。
「スレイマンよ、解読の方はどこまで進んでいる」
声を低く、威厳を出すようにしてソロモンが言う。
「只今判明している部分は、根を加工する為には自然物の何かが必要であるというところです。更に、特別な場所でなければ加工できないらしいのですが、その場所自体に関する記述が無く、難航しております」
状況を説明し、申し訳無さそうに頭を下げるスレイマン。
「そうか。何かの切っ掛けになるかは分からないが、新たな情報を長老から直接、そこのミラが得てきた。黒い何かで削るような事らしい。何か心当たりはないか」
「忙しいところすまんのぅ。わしらではさっぱりでな」
「いえ、これも私の役目。この場に呼んでいただき光栄でございます」
スレイマンは呼ばれた理由に、心なしか嬉しそうに一礼する。
ミラは、そんな途中参加のスレイマンに、長老との話を最初からだが簡潔に話して聞かせる。
それからスレイマンは、押し黙ったまま神妙な面持ちで、解読分とミラが持ち込んだ情報を整理統合し始める。すると、徐々に不鮮明だった部分に解が浮かび上がってきた。
「なるほど。ありがとうございます、ミラ様。次の場所が分かりました」
数分で最終的な結論を導くと、スレイマンは晴れ晴れとした表情で宣言する。
「なんと。それは素晴らしいのぅ」
「スレイマンよ、その場所はどこと出た」
スレイマンは、懐に入れていた地図を取り出すと「失礼します」と言い机の上に広げる。それは、三神国やアルカイト王国の属するアース大陸の全図で、スレイマンはその東側、アリスファリウス聖国の北に位置する山脈を指し示す。SPANISCHE FLIEGE D6
(もう起きとるのか。早いのぅ)
ミラはちらりと隣に顔を向け、そこにある枕を確認する。ルナは小さく丸まったまま、まだ寝息を立てていた。安らいだその姿に目尻を下げると、ミラは腕輪のメニューを開き現在時刻を映し出す。
(わしが、遅いだけか……)
時間は朝の九時半を越えたあたりを示していた。ミラは、メニューを閉じて大きく欠伸をしてから、リビングに向かおうとベッドから足を下ろす。すると、正面の小さなテーブルに置かれた衣服が目に入った。とても、見覚えのあるデザインの服だ。
(準備が良いのぅ)
広げてみると、それは魔導ローブセットだった。一先ず着替えようかとミラが裾に手を掛けた時、扉をノックする音が響き、メイド姿のマリアナが顔を覗かせる。
「おはようございます。ミラ様」
「うむ、おはよう」
「お手伝いします」
これからミラがやろうとしていた事を即座に察し、むしろタイミング良く現れたマリアナ。有無を言わせず駆け寄ると、手際良くミラを整えていく。
着替えの他にもミラの長い銀髪は、やる気に満ちたマリアナにより透明に近い青のリボンで両サイドに分けて束ねられた。より可愛らしさを引き立たせるツインテール姿にミラ自身も満更ではなく、鏡を前にして満足そうにしている。
思う存分、ミラの髪を弄れたマリアナも、その仕上がりに喜びの笑顔を湛える。
姿見に映った二人は、その鏡越しに見つめ合い淡く微笑んだ。
これから朝食という絶妙な時間で目を覚ましたルナと一緒に朝食を済ませた後、ミラは今後の大まかな予定をマリアナに話す。
これから城へ向かいソロモンに報告する事。ソウルハウルの残した資料の解読状況によっては、そのまま新たな目的地へ向かう事。場所によっては、長く空けるかもしれないと。
少し申し訳無さそうにするミラだったが、マリアナは「心配無用です」と寂しさなど感じさせない笑顔をミラに向ける。マリアナにもう憂いは無かった。只、主人の帰る場所を守れる事が喜びであり生きがいなのだ。
ミラは、そんなマリアナの様子に安心すると、手の甲に宿る加護の紋章を見つめ、その繋がりの大きさを実感する。
「では、そろそろ行ってくる」
ルナの毛並みを堪能しながら食後の紅茶を飲み終えると、ミラはそう言い立ち上がる。するとマリアナは、キッチンからバスケットを持ってきて、それを差し出した。
「昼食を用意しておきましたので、後で召し上がって下さい」
「うむ、ありがとう」
ミラは、そのバスケットを受け取り礼を言うと、何気なくマリアナの頭を一撫でした。その動作はとても自然で、一切の躊躇いも無い。その事に、ミラ自身が驚く。それは、マリアナに対しての壁が無くなったという証であろうか、掌の下で嬉しそうに顔を綻ばせるマリアナの姿に、ミラもこれで良かったのだと確信する事が出来た。
「後は任せる」
言いながらミラは、ルナをぎゅっと抱いてからマリアナに託した。マリアナは優しく受け取ると、そっと一礼する。
「いってらっしゃいませ」
簡潔であるがそのやりとりは、少女同士という関係ながらも琴瑟相和といった趣があり、随分と堂に入ったものであった。
だが、ミラは気付かなかった。ちょっとだけ頬を膨らせたマリアナに。抱き締めるなら忘れてはいけないもう一人。この事に気付くのは今後のミラの課題かもしれない。
塔を出て、いざ飛び立とうとしたミラは、立ち並んだ直ぐ隣の塔を見て不意にある事を思い出した。隣は死霊術の塔であり、思い出したのはアマラッテとの約束だ。侍女のリリィと話し、時間がある時に採寸したいと伝える事を今、思い出したのだ。
(そういえば、忘れておった)
ミラは、首都に向かう前に済ませてしまおうと、死霊術の塔へと入る。
突如、銀髪の少女が現れた死霊術の塔内部では、どよめきと共に好奇の視線がその少女に集中する。召喚術の塔と違い、ここにはそれなりの数の術士が日夜研究に励んでいる。ミラは、その様子の違いに肩を落としながら最上階へと上がった。術士達はその姿を見送りながら「あれが噂の」と、この場へ来た理由は気にせず、各方面から流れてくる少女自身の実力や、その外見について盛り上がり始める。蒼蝿水(FLY D5原液)
死霊術の塔最上階。ミラは、生体感知により補佐官室と執務室に誰かが居る事を確認する。アマラッテは賢者代行である為、居るとすれば執務室の方だろう。そうすぐに結論すると、ミラは執務室の扉を叩く。暫くして気配が近づき、赤頭巾をしていないアマラッテが顔を出した。
「あら、ミラさん。わざわざここまでという事は、あの件についてね」
ミラの姿で即座に用件を察したアマラッテは、僅かに笑みを浮かべる。その、どちらかというと知的な印象に、赤頭巾が無いとこれほど変わるのかと、ある意味感心しながらミラは「そうじゃ」と頷く。
「リリィも随分と乗り気のようじゃ。採寸したいので、可能な時間を教えて欲しいと言っておったぞ」
「そうですか。ありがとう、ミラさん。では、今日にでも行きましょうか」
そう答えたアマラッテは、初めて会った時には想像できないほど嬉しそうに破顔すると、扉脇の棚に置いてあった小包を手にして「これはお礼よ」と言い、それを差し出した。
「礼などされる程ではないんじゃがな」
「お礼でもあるけど、私の気持ち。貴女に似合うと思ったの」
「似合う? なんじゃろうな」
「ふふふ、後で確認して。きっと気に入るわ」
ミラは受け取った小包を一瞥すると、そのままアイテムボックスに入れて「用件はそれだけじゃ。ではな」と言いエレベーターに乗り下って行った。
「透き通る程の白い肌、輝く銀の髪。やはり、それに合うのは黒よね。シャルロッテさんもそう思うでしょ?」
アマラッテがそう誰かに問い掛けると、補佐官室から長身の女性が姿を現した。線は細く喪服に似た衣装を纏い、整い過ぎた目鼻立ちをしている。どこか儚げで虚ろな黒い瞳は、右目が眼帯で塞がれていた。シャルロッテと呼ばれた女性は、死霊術の塔の補佐官でありデイライトウォーカーという、云わば吸血鬼の一族でもある。
「その質問には同意しかねますね。私は、断然白を推します」
シャルロッテは、ミラの後を追うように塔の下へと視線を向けながら、きっぱりと意見する。幽鬼の如く揺らめく瞳は、壁を隔てても尚、銀髪の少女の姿を捉えていた。
「あら、また意見が分かれたわね」
「アマラッテ様でも、ここは譲れません」
二人は不敵に微笑み合うと、異質な気配を漂わせ始める。
塔を出たミラは、その足で魔術の塔へと向かう。今度はルミナリアだ。世界樹の欠片が手に入ったので、これを炭の代わりに出来ないかと訊く為である。
「おーい、ルミナリアー。おらぬかー、返事せーい!」
言いながら、私室の扉を全力で乱打するミラ。扉の軋む音が響く中、豪快に開け放たれた扉から、鋭く赤い影が飛び出した。
「いつになったら加減を覚える! ってか、このやりとりも懐かしいな!」
苛立たしげに、だが少し嬉しそうに、宙を貫いた足を下ろしながらルミナリアが言う。
「そうじゃろう、そうじゃろう。そう思って、今回は大盤振る舞いじゃ」
「そうか、それはありが、とうなんて言う訳ないだろう」
胸を張るミラの顔を鷲掴みにするルミナリア。とはいえ、力は込めていないので見せ掛けだけだ。
「で、何の用だ?」
軽く突き返すようにミラの頭を離し扉に持たれかかると、ルミナリアは毛先を弄りつつ顔だけを向ける。
ミラは、腕輪を操作しながら、
「お主からの頼まれ事に、世界樹の炭があったじゃろう。そこで、これを手に入れたんじゃが」
前置きして世界樹の欠片を取り出し、それをルミナリアに渡す。
受け取ったのは、何かの木片であり炭ですらない。だが、ミラが全く関係ない物を、そんな前置きと共に渡すとは考えられない事だ。ルミナリアは幾つかの可能性を考慮してから口を開く。
「もしかして、これ世界樹の欠片か?」
「うむ、正解じゃ。やった覚えは無いが、それを炭にするという事は可能か? 可能ならば一つ完了なんじゃがな」
「そういう事か。しかし、どうだろうな。試した事は無いから分からんが、その辺りは職人組合にでも問い合わせれば問題ないだろう。あそこは、レア度なんてお構い無しな変人の巣窟だしな。きっと、実験してると思うぜ」
世界樹の欠片は用途が多く効果も高いが非常に貴重な品である。対して世界樹の炭は主に浄化の秘石という特殊なアイテムの素材にしか使えない為、欠片ほどの需要は無い。僅かではあるが入手率も欠片よりは高いので、是が非でも浄化の秘石が欲しいという理由でもなければ、わざわざ欠片を炭にする必要など無いのだ。
「職人組合か。そんなものもあるんじゃな」
「ああ、他にも農林組合や海洋組合なんてのもあるぞ」
「随分と元の世界に近づいてきたもんじゃ。その内、国連も出来そうな勢いじゃな」
そう言い肩を竦めて笑うと、ルミナリアは「似た様なものならあるな」と笑い返す。気になったミラが、それについて問うと、ルミナリアは大まかな内容を説明した。
曰く、それは『日之本委員会』といい、元プレイヤーの国主が集い、秘密裏に開かれるのだという。元プレイヤーであるが故に、現代的な平和思想を持っており、仮想ではなく実際の命が生きる世界で、戦争ゲーム等するべきで無いという倫理観が生まれた事に端を発する。国主が次々と名乗りを上げ、元プレイヤー同士の取り決めを世界の裏で交わしていたという事だった。
元プレイヤー最大国家である、アトランティス王国が音頭を取り国主を招致し話し合った結果、最初の会合では宣戦布告の禁止が約束される。SPANISCHE FLIEGE
これにより戦争は大きく減ったが、それでも無くなる事は無かった。何故ならば、元プレイヤー以外の国主、つまりこの世界で元から生きていた者が長である国があるからだ。日之本委員会では、その国を原生国と呼んでおり、元プレイヤーが国主を務める国よりも数は多かった。
ほとんどが日本人の思想を持ち、戦争の回避に尽力する元プレイヤーの国主と、この世界で元から生きている者達の戦争に関する価値観には、大きなずれがあった。故に、好機があれば攻め込まれ、周囲を原生国に囲まれた元プレイヤーの国は、外交により緩和したり悪化したりと気の抜けない状態にあるという。中には度重なる原生国の侵攻に痺れを切らし、開戦を宣言した元プレイヤー国主も居るのだという話だ。
現在では委員会の名の下に、元プレイヤー間同士・・・・・・・・の戦争の禁止が確約されており、別の方面でも様々な経済効果が齎されているという事だ。
「今も諦めずに、説得を続けているらしいがな。そもそも戦争の原因を解決できなきゃ止まらないだろう。国の為、富の為、生きる為、より良い生活の為に争う。間違っちゃいないが歪んでるよな。手を取り合えば良いものを、思想、過去、国、そんな目に見えない悪魔が邪魔をするんだ。ま、正直オレには良く分からん事だがな」
「わしも、そういった事は苦手じゃな。ソロモンに任せておけばいいじゃろう」
二人は冗談交じりにそう言い合うと、決して表に出す事無く心の中でソロモンに感謝するのだった。
「とりあえず、それが炭に出来れば後は、紅蓮王の剣じゃな」
「ああ、頼んだぜ」
二人は、簡単に挨拶を交わして分かれた。ルミナリアは、早速リタリアを呼び出し職人組合に問い合わせる。ミラはエレベーターの中、アルカイト王国の立地を思い出していた。
もし昔と変わっていないのなら、アルカイト王国の近くには原生国が幾つかあったはずだ。
(戦争は本来、そういうものじゃったな。一度開戦してしまえば、誰かが死ぬ。その為の抑止力……か)
ミラは、改めて自分に課せられた任務の重さを実感しながら、魔術の塔を後にする。
塔を出てペガサスに乗り、シルバーホーンを飛び立ったミラ。それから数時間後には、アルカイト王国首都ルナティックレイクの王城へと到着していた。
門番と一言二言、挨拶を交わし城内へと入ったミラは、誰かにソロモンの居場所を聞きだそうとエントランス内を見回す。首都の王城だけあって、シャンデリアや絵画、定番の甲冑にランプ、中央階段から続く刺繍の見事な赤い絨毯と、贅に富んだ内観に改めて感心する。
(玄関だけあって、やはり豪華じゃな。しかし、あの辺の絵は誰が描いたんじゃろう)
趣味が良いのか悪いのか判断に困る、半裸の精霊達の集う湖を描いた大判。少女が川を駆けて行く一瞬を切り出した、躍動感溢れる中版。そして、薄布一枚を纏った少女と空を舞う天使が、伸ばした手を絡め合う小判。元の世界ではイラストと呼称されそうな幻想的な絵画が立派な額縁に入れられて飾られている。
そんな絵を眺めながら、どうでもいい事を考えていたミラの目が、見知った人物の姿を捉えた。台車に無数の本を乗せて運ぶソロモンの補佐官スレイマンだ。
「おお、スレイマンではないか。丁度良いところに」
駆け寄ったミラがそう声を掛けるとスレイマンは足を止めて、にこやかな笑顔を返す。
「これはこれはミラ様。おかえりなさいませ」
「うむ、ただいまじゃな」
台車から手を離すと、略式の礼をとるスレイマン。ミラも簡単に挨拶を返すと、スレイマンの運んでいた台車の本を一瞥する。そのタイトルは多岐に渡っていたが、積み上げられた本の全ては一貫して古代に関しての資料であった。
「全部押し付けてしまってすまんのぅ。手伝いたいところじゃが、わしも解読といった事は苦手でな」
「いえいえ、私としてはお礼を言いたいくらいです。私の古代と精霊の知識がソロモン様の為に役立てられる日が来るとは思ってもいませんでした。ですから、今は毎日がとても充実しております。それもこれもミラ様が持ち帰って下さった資料のお陰でございます」
そう言って、心底嬉しそうな雰囲気を溢れさせるスレイマン。その様子にミラも、スレイマンはこういう人物だったと改めて思い出す。
「ミラ様は、これからご報告ですか」
「そのつもりじゃ。ところで今、ソロモンはどこにおる?」
「この時間ですと、執務室かと。ご案内いたしましょう」
スレイマンは、台車を目立たない端に寄せ始める。だがミラは、解読作業を邪魔をしては悪いと思い、SPANISCHE FLIEGE D9
「いや、結構じゃ。見たところお主も忙しいじゃろう。場所は覚えておるしのぅ」
そう言いながら、執務室のある方へと視線を向ける。
「分かりました。私は暫く資料室に居ますので、必要があればいつでもお呼び下さい」
「うむ、引き止めてすまんかったな」
エントランスで偶然出会った二人。ミラは、中央階段を上って執務室方面へと向かい、スレイマンは台車を押してエントランスを横切って行った。
「ほれ、例のブツじゃ」
王の執務室で挨拶もそこそこに、ミラは天魔迷宮プライマルフォレストで採取してきた始祖の種子を机の上に並べる。
「わっ、すごいね。十個集められたんだ。いやぁ、ありがとう」
始祖の種子を確認したソロモンは、必要数よりも少し嵩増しした数を揃えてきたミラに、驚きながらも感謝すると、机から箱を取り出してその中へ保管する。
「それがのぅ、団員一号がほとんど見つけてくれたんじゃよ。どこにあるか分かるようでな。意外な能力の発見で、随分と簡単に終わったわい」
ミラは、いつものソファーに深く腰掛けて、自分のケット・シーを少し自慢げに話す。
「そうだったんだ。それはすごい能力だ。そんなに簡単なら、また頼んでも良さそうだね。嬉しいよ」
「う……。まあ、近くに用事が出来たらのぅ」
ミラは足を投げ出すと、苦笑しながら答える。そんな様子に、ソロモンは感謝して微笑むと「それで、どうだった」と本題を切り出す。
「長老から証言は得られた。ソウルハウルが聖杯を求めている事は間違いないじゃろう」
「そっか。なら、この線を追っていけば捕まえられそうだね」
ソロモンは、資料だけ集めても結局、聖杯には手を出していなかったという結果も予想していた。だが、ミラがその目で痕跡を確認してきた事で、この先には確実にソウルハウルが居るという事が確かなものとなったのだ。
全てが水の泡になる様な結果は回避できた。その朗報にソロモンは安心したのか、少しだけ頬を緩める。
「うむ。それとじゃな、切られた根の状態を見たところ、かなり古そうじゃった。長老はいつ来たか覚えておらんかったが、これが分かれば少し工程を飛ばせるのではないか」
専門的な知識が無いので、切り口の時期を特定する事は出来ない。知識があろうとも、常識外である御神木の成長を把握する事は難しいだろう。だが、ソウルハウルが順調に手順を辿っているならば、序盤の分は完了しているものとして省略する事も可能だろうとミラは考えた。
「そうだね。僕としては、長老が覚えている事に期待していたんだけど、神様は大雑把だからねー。後は、どれだけ飛ばすか何だけど、もう少し特定材料が必要かな」
ソロモンとしても、ソウルハウル一人に時間を掛ける訳にもいかないので、省略できるところは極力飛ばしていくつもりだった。だが現状、その指標となるものが一切無いので、順番に巡り指標となりそうな情報を探してもらうという手段をとっているのだ。
「ふーむ、そういえばのぅ、特定材料になりそうにはないんじゃが、あ奴は帰り際に黒い何かが必要だとか言っておったそうじゃ」
「黒い何か?」
「うむ、それと……杯を削る云々じゃったかのぅ」
「削る……か。黒い何かで根を削る、とかかな。でも黒ってなんだろう」
ソロモンは、その脈絡の無い情報に首を傾げ「黒い……削る、黒いー」と呟く。言ったミラも、結局どういう意味だったのだろうかと、天井を仰ぎながら「黒、黒」と繰り返していた。
「とりあえず、僕達じゃ考えるだけ無駄そうだね。新情報だし、専門家を呼ぶとしようか」
早々に諦めたソロモンは、いつか見た呼び鈴を指先で弾く。
暫くして扉がノックされると、専門家スレイマンが顔を見せた。
「スレイマンよ、解読の方はどこまで進んでいる」
声を低く、威厳を出すようにしてソロモンが言う。
「只今判明している部分は、根を加工する為には自然物の何かが必要であるというところです。更に、特別な場所でなければ加工できないらしいのですが、その場所自体に関する記述が無く、難航しております」
状況を説明し、申し訳無さそうに頭を下げるスレイマン。
「そうか。何かの切っ掛けになるかは分からないが、新たな情報を長老から直接、そこのミラが得てきた。黒い何かで削るような事らしい。何か心当たりはないか」
「忙しいところすまんのぅ。わしらではさっぱりでな」
「いえ、これも私の役目。この場に呼んでいただき光栄でございます」
スレイマンは呼ばれた理由に、心なしか嬉しそうに一礼する。
ミラは、そんな途中参加のスレイマンに、長老との話を最初からだが簡潔に話して聞かせる。
それからスレイマンは、押し黙ったまま神妙な面持ちで、解読分とミラが持ち込んだ情報を整理統合し始める。すると、徐々に不鮮明だった部分に解が浮かび上がってきた。
「なるほど。ありがとうございます、ミラ様。次の場所が分かりました」
数分で最終的な結論を導くと、スレイマンは晴れ晴れとした表情で宣言する。
「なんと。それは素晴らしいのぅ」
「スレイマンよ、その場所はどこと出た」
スレイマンは、懐に入れていた地図を取り出すと「失礼します」と言い机の上に広げる。それは、三神国やアルカイト王国の属するアース大陸の全図で、スレイマンはその東側、アリスファリウス聖国の北に位置する山脈を指し示す。SPANISCHE FLIEGE D6
2013年6月25日星期二
末路
その夜、俺は隠れ家に泊まることにした。ちなみにサピールもライドさんも帰ってこなかった。リバーシをしていた子供達は20時にはウトウトとしだして21時前には寝てしまった。フェリアも一緒に奥の部屋で寝ている。入り口のある部屋で俺は一人見張りをしつつ、寝転がって今後の事を考えていた。簡約痩身美体カプセル
(マオちゃん達を故郷に帰すにはどうしたらいいだろう。誰かに送ってもらうというのは、やはり女子供しかいない以上不安だし、やはり俺が連れて行くか……。しかし王都に依頼達成の報告に行かなきゃいけないし、どうしたものか……。あっ元がここの依頼なんだから別に王都へは報告なんてしなくていいのか? 明日、支部長に聞いてみよう。その時ついでにパトリアへの移動方法なんかも聞いておこう)
そう考えながら眠りに付いた。翌朝、また4時に目が覚めると隣の部屋を確認し、誰も起きていないことを確認した後、カードを引く。出たカードは
No227C:公開思考 対象は口に出さなくても思っていることが周りに聞こえるようになる。脳に直接届くため口を塞いでも防ぐことはできない。
No251C:思考詠唱 一定時間セットのワードを言わずに考えるだけでカードを起動することができる。
No254C:変身願望 自身のイメージした鎧を纏うことが出来る。起動から24時間効果は持続する。このカードは腕を交差させた状態で変身のワードでも起動することができる。
No271C:定時定点 現在時刻、現在位置をカード【定時転移】で転送するポイント、時間として設定する。すでに設定されている場合は後から登録したポイント、時間に上書きされる。デリートしても上書きされた前回の情報は復元されない。
No283C:効果停止 起動中のカードを停止し、カードの状態に戻す。但し起動完了し、カードが消えている場合は効果を停止できない。
まさかの変身!? ついに俺も変身ヒーローになれるというのか!! これは熱い! そして自身の正体を隠せるというのはかなり使えるカードだ。他のもかなりいい性能だ。271だけは他のカードとセットで効果を発揮するタイプみたいだからまだ使えないようだけど、今回はみんな使えるカードばかりだ。大当たりだな。そして最後の1枚。これはいい。伯爵にはこいつを使うことにしよう。
鍋と火をつける魔道具を鞄から取り出し、スープの元と水を入れる。それと同時にスープ用の乾燥した肉や野菜も一緒に入れ火に掛ける。地球に比べれば不便な所でも、やはりよく使うものは便利に進化していくものらしい。ハンターにおいて携帯できる食事というのは、非常に重要な要素なのだろう。魔法を使ったフリーズドライ方式なのだろうか。フリーズドライっていうのをそもそもよく知らないけどそんなものだろうと思っておいた。
10分程煮込むと辺りにいい臭いが立ちこめてきた。すると扉が開き、子供達が起きてきた。
「おはようにゃ」「「おはようございます」」
「ああ、おはよう。よく眠れたようだね。スープできてるよ」
「ありがとうございます」
犬耳姉フェリアがお礼を言う。この娘もこの時間まで寝てたんだろうか。まぁ早く起きても特にやること無いしな。みんなにパンを渡して朝食を取る。ちなみにこの部屋には、小さいちゃぶ台のような円形の机があってそこで食べている。食卓を囲って食べる食事は美味しいものだ。あまり時間は経ってないが、おっちゃんの家での食事が懐かしい。
朝食を終えると俺は街へと向かった。街は朝早いにもかかわらず賑にぎわっていた。俺は伯爵を探しながらギルドへと向かった。慎重に見て回ったが伯爵を見つけることはできなかった。1日飲まず食わず位じゃ死なないし、アレが自殺するタマには到底見えない。まだどこかで寝てるんだろう。俺は一旦伯爵を諦めギルドへと向かった。西班牙蒼蝿水
ギルドへ着くと知らない受付嬢に支部長へ取り次ぎを頼む。すると今日はすでに支部長は来ているようで、そのまま支部長の部屋へと通された。
「おお、キッドか。こんな朝早くからどうしたんじゃ?」
「おはようございます。ライドさんは昨日来ましたか?」
「ああ、お主の言ったとおり無事だったようじゃ。お主のお陰で大事な職員を失わずに済んだ。心から礼を言わせて貰う」
「まぁ成り行きと気まぐれですよ。それより伯爵の屋敷の方は調べましたか?」
「昨日簡単な調査を行おこなって貰ったが……屋敷はそれはもう酷い有様だったようじゃ。暗かったので詳しい調査は今日に持ち越したが、昨日の段階では屋敷に生きている者はいなかったそうじゃ」
どうやら誰も助からなかったらしい。いや、調査前に逃げ出していた可能性もあるか。生き残りの兵が居たら見つかり次第処分しておこう。
「へー、怖いこともあるものですねぇ」
「そうじゃのう。後、王都へは一応連絡しておいたから、すぐに国から調査隊が派遣されるじゃろう」
「そうですか。ここも平和になるといいですねぇ」
「そうじゃのう。しかし、伯爵の遺体が見つかったという報告は受けておらん。今日の調査で分かると思うが」
「無事だといいですねぇ」
すると支部長はどの口で言っているんだ? という顔をしてこちらを見てきた。
「なんです?」
「いや、なんでもない。無事だといいのう」
「後、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが、伯爵にさらわれた亜人の子達を故郷に帰してあげたいんですが、何かいい方法はありませんか?」
「亜人か……とするとパトリアか?」
「そうです」
「なら、馬車で行くしかないのう。飛行艇もパトリアには出ておらんしのう」
「飛行艇?」
なんでも魔石の力で空を飛ぶ船があるんだとか。リグザールと王都を結んで定期運行しているようだが、貴族以外はよっぽどの金持ちか高ランクハンターでもなければ乗船するための許可証パスの取得ができないらしい。
空飛ぶ船とか何それすげえ!? 超乗ってみてえ!! あの子達を送った後、乗る方法を考えてみよう。
「馬車はパトリアまで定期運行みたいなのがでてるんですか?」
「でておらんのう。行くなら自前の馬車か商人に乗せて貰うくらいしかないじゃろうが、何分今は情勢が悪いからパトリアに向かう商人は少ないじゃろう」
やはり公共交通機関のようなものはないか。なら色々と便利そうだから馬車を買うか。
「そうですか。なら馬車を購入して送ることにします。馬車を買うのに支部長、どこか伝手はありませんか?」
「馬車か……そういえば知り合いが、試験的に馬車用の荷車を作ったから試験運用してほしいとの話があったな。馬は付いてこないが、それを使えば安く済むと思うぞ。品については儂は見ておらんのでなんともいえんが」
なんか発明家みたいなのがいるんだろうか。サスペンション付きの馬車とか作ったんかな? 不安だがなんか面白そうだ。やばそうなら断ればいい。
「それ使ってみます。使えるように話つけて貰えませんか?」
「分かった、話をつけておく。夕方以降にまた来るといい。しかし、なんの縁もゆかりもない亜人のためになぜそこまでする?」procomil spray
「誰かを助けるのに理由が必要ですか?」
ドヤァ! という効果音が聞こえそうな決め顔で俺はそう言った。どうしても一生に一度は言ってみたかった台詞だったので言ってみただけだ。今は反省している。
「ふう、パトリアの者が皆、お主のような考えなら亜人の迫害なぞ起きないじゃろうに……」
支部長はため息をついた後、妙に感心したようにそう言った。すみません。本当はその後に「ただし、かわいい女の子に限る」って言葉が入るんです。そう思っていたけどあえて口には出さなかった。
「後もう一つ聞きたいんですが、私が受けた調査依頼の完了報告は、王都のギルドの方にもしないといけないですか?」
「こちらのギルドから報告が行っておるから、特に報告に行く必要はない」
どうやらわざわざ王都へ行く必要は無さそうだ。そのままパトリアに向かう予定だったので助かった。一旦王都に向かうと出発までに一月は余計に掛かりそうだからな。俺は支部長にお礼を言いつつ部屋を後にした。仮眠室に着くとライド一家とアマンテさんが出迎えてくれた。
「キッドさん! ライドのこと本当にありがとうございました。こうしてみんなで一緒に居られるのも貴方のお陰です」
「あー焼き鳥のおじちゃんだ!」
「ちゃんだ!」
ライドさんの弟と妹には完全に焼き鳥のおじさんということになってしまったようだ。
「こらっ! すまんな、こいつらにも焼き鳥を買ってくれたんだな。それで旨かったせいか完全にお前のことは焼き鳥で覚えてしまったようだ」
「別にいいですよ」
俺は兄妹の頭を撫でながらそう言った。2人供とても気持ちよさそうに目を細めている。
「もう家に戻られますか?」
「ああ、今日はアマンテと2人休暇を貰ったんでな。今日はゆっくりと家族4人で過ごすつもりだ。そうだ、一緒に食事でもどうだ? それくらいじゃ全然足りないが、少しくらいお礼をさせてくれ」
「それがいいわ! この子達も懐いてるようですし」
「ああ、すみません。今日はまだちょっとやり残した仕事があるんですよ。それにあの子達を放ってはおけませんからね。残念ですが今日は遠慮しておきます」
ラブラブカップルと一緒に食事とかアウェイにも程があるしな。
「そうか、それは残念だ。いずれそちらの都合のいいときにご馳走するよ。俺が言うのもなんだがアマンテの料理は絶品なんだ」
「楽しみにしておきますよ。それじゃ」
そう言って俺はギルドを後にした。この事件の最後の仕上げ、伯爵の処分をしなければ。俺は街を隈無く探し歩いた。小一時間程探し回った後、ようやく伯爵を見つけることができた。伯爵は俺がいつも買う焼き鳥の屋台の前で倒れていた。ちなみに行きもこの道を通ったのだが、その時はいなかった。臭いに釣られてどこからか移動してきたのだろうか。臭いだけ嗅ぐとか逆にお腹が減る一方だと思うんだが。
伯爵はたった1日飲まず食わずだっただけで相当まいっているようだ。道のど真ん中にいるし、これならいけそうだ。俺は路地に隠れて伯爵を視界に納めた。WENICKMANペニス増大
「173デリート」
カードの効果が切れ、伯爵は周りに認識されるようになった。「きゃああ」という女性の悲鳴が辺りに響き渡った。いきなり裸の男が道端に倒れていたら誰だって驚だろう。しかし、伯爵は弱っているのか反応が弱い。自分のことだと気づいていないのだろうか。その一瞬の隙を突き、俺は今朝取得した最後のカードを使う。
「257セット」
すると巨大な蜂が現れ、地面に倒れている伯爵の上に覆い被さり喉に針を刺した。
「ぐああああああああ!!」
急なことに伯爵が悲鳴を上げる。それと同時に周りから「魔物だ!」なんて叫び声が聞こえてくる。蜂は喉に刺した後に再度背中に針を突きさした。最初に刺されてから一瞬、伯爵は起きあがってふりほどこうとした用に見えたがすぐに伯爵は動きを止めた。
No257C:宝石苗床 対象は巨大な寄生蜂に襲われる。対象以外は襲われない。蜂は非常に弱いため、寄生する前に攻撃されると消滅する。蜂は卵を対象の体内に産み付けた後消滅する。幼虫が蛹になるまで苗床となった対象は動くことができず、意識を失うことも死ぬこともできない。蛹から孵ると生まれた蜂は巨大な宝石となる。
これは地球にいた寄生蜂というやつだ。たしかセナガアナバチとかそんなような名前だった気がする。この蜂はたしかゴキブリを毒でコントロールして生きたまま幼虫の餌にするとかいう、とんでもない蜂だ。寄生されたゴキブリは死ぬこともなく延々と生きたまま幼虫に体内を食われ続けるという。そして幼虫が蛹になるころにようやく死ぬことができる。これほど惨むごい死に方は早々ないだろう。
伯爵の背中に針を刺した後、蜂は街の住人達が警戒して見守る中、うっすらとそのまま景色にとけ込むように姿を消していった。街の住人が騒然とする中、街を警備しているであろう兵士達がやってきた。一体どこの所属なんだろう? 伯爵の兵は居ないだろうからどこか別の所から派遣されているのか、それとも自警団なのか。
「魔物はどこだ?」
兵士がそう尋ねるが、皆一様にそろって「消えてしまった」と答えている。まぁ実際そうだからそれ以外答えようがないんだけど。そして兵士は襲われたとおぼわしき倒れている男を調べる。うつぶせに倒れていた男を仰向けにひっくり返すと誰かが伯爵様じゃないかという声を上げた。それからはもう大変な騒ぎになっていた。自分達の領主である伯爵が、なぜか日中から街のど真ん中で、しかも裸で魔物に襲われるという全く訳が分からない事件が起きたからだ。恐らくこのニュースは瞬く間に町中に広まるだろう。伯爵はまだ生きているが喋れないようで、そのままどこかへ連れて行かれてしまった。
「忍び寄る死の恐怖に怯えながら、生まれたことを後悔して死んでいけ」
俺は誰に言う訳でもなく、ぼそっとそう呟いてその場を立ち去った。後は何日か後に一応結果を確認して、それからパトリアに旅立つことにしよう。それまでこの街で依頼を受けるのもいいかもしれないな。とりあえずマオちゃん達を連れてどこかに昼食を食べに行くことにしよう。Xing霸 性霸2000
(マオちゃん達を故郷に帰すにはどうしたらいいだろう。誰かに送ってもらうというのは、やはり女子供しかいない以上不安だし、やはり俺が連れて行くか……。しかし王都に依頼達成の報告に行かなきゃいけないし、どうしたものか……。あっ元がここの依頼なんだから別に王都へは報告なんてしなくていいのか? 明日、支部長に聞いてみよう。その時ついでにパトリアへの移動方法なんかも聞いておこう)
そう考えながら眠りに付いた。翌朝、また4時に目が覚めると隣の部屋を確認し、誰も起きていないことを確認した後、カードを引く。出たカードは
No227C:公開思考 対象は口に出さなくても思っていることが周りに聞こえるようになる。脳に直接届くため口を塞いでも防ぐことはできない。
No251C:思考詠唱 一定時間セットのワードを言わずに考えるだけでカードを起動することができる。
No254C:変身願望 自身のイメージした鎧を纏うことが出来る。起動から24時間効果は持続する。このカードは腕を交差させた状態で変身のワードでも起動することができる。
No271C:定時定点 現在時刻、現在位置をカード【定時転移】で転送するポイント、時間として設定する。すでに設定されている場合は後から登録したポイント、時間に上書きされる。デリートしても上書きされた前回の情報は復元されない。
No283C:効果停止 起動中のカードを停止し、カードの状態に戻す。但し起動完了し、カードが消えている場合は効果を停止できない。
まさかの変身!? ついに俺も変身ヒーローになれるというのか!! これは熱い! そして自身の正体を隠せるというのはかなり使えるカードだ。他のもかなりいい性能だ。271だけは他のカードとセットで効果を発揮するタイプみたいだからまだ使えないようだけど、今回はみんな使えるカードばかりだ。大当たりだな。そして最後の1枚。これはいい。伯爵にはこいつを使うことにしよう。
鍋と火をつける魔道具を鞄から取り出し、スープの元と水を入れる。それと同時にスープ用の乾燥した肉や野菜も一緒に入れ火に掛ける。地球に比べれば不便な所でも、やはりよく使うものは便利に進化していくものらしい。ハンターにおいて携帯できる食事というのは、非常に重要な要素なのだろう。魔法を使ったフリーズドライ方式なのだろうか。フリーズドライっていうのをそもそもよく知らないけどそんなものだろうと思っておいた。
10分程煮込むと辺りにいい臭いが立ちこめてきた。すると扉が開き、子供達が起きてきた。
「おはようにゃ」「「おはようございます」」
「ああ、おはよう。よく眠れたようだね。スープできてるよ」
「ありがとうございます」
犬耳姉フェリアがお礼を言う。この娘もこの時間まで寝てたんだろうか。まぁ早く起きても特にやること無いしな。みんなにパンを渡して朝食を取る。ちなみにこの部屋には、小さいちゃぶ台のような円形の机があってそこで食べている。食卓を囲って食べる食事は美味しいものだ。あまり時間は経ってないが、おっちゃんの家での食事が懐かしい。
朝食を終えると俺は街へと向かった。街は朝早いにもかかわらず賑にぎわっていた。俺は伯爵を探しながらギルドへと向かった。慎重に見て回ったが伯爵を見つけることはできなかった。1日飲まず食わず位じゃ死なないし、アレが自殺するタマには到底見えない。まだどこかで寝てるんだろう。俺は一旦伯爵を諦めギルドへと向かった。西班牙蒼蝿水
ギルドへ着くと知らない受付嬢に支部長へ取り次ぎを頼む。すると今日はすでに支部長は来ているようで、そのまま支部長の部屋へと通された。
「おお、キッドか。こんな朝早くからどうしたんじゃ?」
「おはようございます。ライドさんは昨日来ましたか?」
「ああ、お主の言ったとおり無事だったようじゃ。お主のお陰で大事な職員を失わずに済んだ。心から礼を言わせて貰う」
「まぁ成り行きと気まぐれですよ。それより伯爵の屋敷の方は調べましたか?」
「昨日簡単な調査を行おこなって貰ったが……屋敷はそれはもう酷い有様だったようじゃ。暗かったので詳しい調査は今日に持ち越したが、昨日の段階では屋敷に生きている者はいなかったそうじゃ」
どうやら誰も助からなかったらしい。いや、調査前に逃げ出していた可能性もあるか。生き残りの兵が居たら見つかり次第処分しておこう。
「へー、怖いこともあるものですねぇ」
「そうじゃのう。後、王都へは一応連絡しておいたから、すぐに国から調査隊が派遣されるじゃろう」
「そうですか。ここも平和になるといいですねぇ」
「そうじゃのう。しかし、伯爵の遺体が見つかったという報告は受けておらん。今日の調査で分かると思うが」
「無事だといいですねぇ」
すると支部長はどの口で言っているんだ? という顔をしてこちらを見てきた。
「なんです?」
「いや、なんでもない。無事だといいのう」
「後、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが、伯爵にさらわれた亜人の子達を故郷に帰してあげたいんですが、何かいい方法はありませんか?」
「亜人か……とするとパトリアか?」
「そうです」
「なら、馬車で行くしかないのう。飛行艇もパトリアには出ておらんしのう」
「飛行艇?」
なんでも魔石の力で空を飛ぶ船があるんだとか。リグザールと王都を結んで定期運行しているようだが、貴族以外はよっぽどの金持ちか高ランクハンターでもなければ乗船するための許可証パスの取得ができないらしい。
空飛ぶ船とか何それすげえ!? 超乗ってみてえ!! あの子達を送った後、乗る方法を考えてみよう。
「馬車はパトリアまで定期運行みたいなのがでてるんですか?」
「でておらんのう。行くなら自前の馬車か商人に乗せて貰うくらいしかないじゃろうが、何分今は情勢が悪いからパトリアに向かう商人は少ないじゃろう」
やはり公共交通機関のようなものはないか。なら色々と便利そうだから馬車を買うか。
「そうですか。なら馬車を購入して送ることにします。馬車を買うのに支部長、どこか伝手はありませんか?」
「馬車か……そういえば知り合いが、試験的に馬車用の荷車を作ったから試験運用してほしいとの話があったな。馬は付いてこないが、それを使えば安く済むと思うぞ。品については儂は見ておらんのでなんともいえんが」
なんか発明家みたいなのがいるんだろうか。サスペンション付きの馬車とか作ったんかな? 不安だがなんか面白そうだ。やばそうなら断ればいい。
「それ使ってみます。使えるように話つけて貰えませんか?」
「分かった、話をつけておく。夕方以降にまた来るといい。しかし、なんの縁もゆかりもない亜人のためになぜそこまでする?」procomil spray
「誰かを助けるのに理由が必要ですか?」
ドヤァ! という効果音が聞こえそうな決め顔で俺はそう言った。どうしても一生に一度は言ってみたかった台詞だったので言ってみただけだ。今は反省している。
「ふう、パトリアの者が皆、お主のような考えなら亜人の迫害なぞ起きないじゃろうに……」
支部長はため息をついた後、妙に感心したようにそう言った。すみません。本当はその後に「ただし、かわいい女の子に限る」って言葉が入るんです。そう思っていたけどあえて口には出さなかった。
「後もう一つ聞きたいんですが、私が受けた調査依頼の完了報告は、王都のギルドの方にもしないといけないですか?」
「こちらのギルドから報告が行っておるから、特に報告に行く必要はない」
どうやらわざわざ王都へ行く必要は無さそうだ。そのままパトリアに向かう予定だったので助かった。一旦王都に向かうと出発までに一月は余計に掛かりそうだからな。俺は支部長にお礼を言いつつ部屋を後にした。仮眠室に着くとライド一家とアマンテさんが出迎えてくれた。
「キッドさん! ライドのこと本当にありがとうございました。こうしてみんなで一緒に居られるのも貴方のお陰です」
「あー焼き鳥のおじちゃんだ!」
「ちゃんだ!」
ライドさんの弟と妹には完全に焼き鳥のおじさんということになってしまったようだ。
「こらっ! すまんな、こいつらにも焼き鳥を買ってくれたんだな。それで旨かったせいか完全にお前のことは焼き鳥で覚えてしまったようだ」
「別にいいですよ」
俺は兄妹の頭を撫でながらそう言った。2人供とても気持ちよさそうに目を細めている。
「もう家に戻られますか?」
「ああ、今日はアマンテと2人休暇を貰ったんでな。今日はゆっくりと家族4人で過ごすつもりだ。そうだ、一緒に食事でもどうだ? それくらいじゃ全然足りないが、少しくらいお礼をさせてくれ」
「それがいいわ! この子達も懐いてるようですし」
「ああ、すみません。今日はまだちょっとやり残した仕事があるんですよ。それにあの子達を放ってはおけませんからね。残念ですが今日は遠慮しておきます」
ラブラブカップルと一緒に食事とかアウェイにも程があるしな。
「そうか、それは残念だ。いずれそちらの都合のいいときにご馳走するよ。俺が言うのもなんだがアマンテの料理は絶品なんだ」
「楽しみにしておきますよ。それじゃ」
そう言って俺はギルドを後にした。この事件の最後の仕上げ、伯爵の処分をしなければ。俺は街を隈無く探し歩いた。小一時間程探し回った後、ようやく伯爵を見つけることができた。伯爵は俺がいつも買う焼き鳥の屋台の前で倒れていた。ちなみに行きもこの道を通ったのだが、その時はいなかった。臭いに釣られてどこからか移動してきたのだろうか。臭いだけ嗅ぐとか逆にお腹が減る一方だと思うんだが。
伯爵はたった1日飲まず食わずだっただけで相当まいっているようだ。道のど真ん中にいるし、これならいけそうだ。俺は路地に隠れて伯爵を視界に納めた。WENICKMANペニス増大
「173デリート」
カードの効果が切れ、伯爵は周りに認識されるようになった。「きゃああ」という女性の悲鳴が辺りに響き渡った。いきなり裸の男が道端に倒れていたら誰だって驚だろう。しかし、伯爵は弱っているのか反応が弱い。自分のことだと気づいていないのだろうか。その一瞬の隙を突き、俺は今朝取得した最後のカードを使う。
「257セット」
すると巨大な蜂が現れ、地面に倒れている伯爵の上に覆い被さり喉に針を刺した。
「ぐああああああああ!!」
急なことに伯爵が悲鳴を上げる。それと同時に周りから「魔物だ!」なんて叫び声が聞こえてくる。蜂は喉に刺した後に再度背中に針を突きさした。最初に刺されてから一瞬、伯爵は起きあがってふりほどこうとした用に見えたがすぐに伯爵は動きを止めた。
No257C:宝石苗床 対象は巨大な寄生蜂に襲われる。対象以外は襲われない。蜂は非常に弱いため、寄生する前に攻撃されると消滅する。蜂は卵を対象の体内に産み付けた後消滅する。幼虫が蛹になるまで苗床となった対象は動くことができず、意識を失うことも死ぬこともできない。蛹から孵ると生まれた蜂は巨大な宝石となる。
これは地球にいた寄生蜂というやつだ。たしかセナガアナバチとかそんなような名前だった気がする。この蜂はたしかゴキブリを毒でコントロールして生きたまま幼虫の餌にするとかいう、とんでもない蜂だ。寄生されたゴキブリは死ぬこともなく延々と生きたまま幼虫に体内を食われ続けるという。そして幼虫が蛹になるころにようやく死ぬことができる。これほど惨むごい死に方は早々ないだろう。
伯爵の背中に針を刺した後、蜂は街の住人達が警戒して見守る中、うっすらとそのまま景色にとけ込むように姿を消していった。街の住人が騒然とする中、街を警備しているであろう兵士達がやってきた。一体どこの所属なんだろう? 伯爵の兵は居ないだろうからどこか別の所から派遣されているのか、それとも自警団なのか。
「魔物はどこだ?」
兵士がそう尋ねるが、皆一様にそろって「消えてしまった」と答えている。まぁ実際そうだからそれ以外答えようがないんだけど。そして兵士は襲われたとおぼわしき倒れている男を調べる。うつぶせに倒れていた男を仰向けにひっくり返すと誰かが伯爵様じゃないかという声を上げた。それからはもう大変な騒ぎになっていた。自分達の領主である伯爵が、なぜか日中から街のど真ん中で、しかも裸で魔物に襲われるという全く訳が分からない事件が起きたからだ。恐らくこのニュースは瞬く間に町中に広まるだろう。伯爵はまだ生きているが喋れないようで、そのままどこかへ連れて行かれてしまった。
「忍び寄る死の恐怖に怯えながら、生まれたことを後悔して死んでいけ」
俺は誰に言う訳でもなく、ぼそっとそう呟いてその場を立ち去った。後は何日か後に一応結果を確認して、それからパトリアに旅立つことにしよう。それまでこの街で依頼を受けるのもいいかもしれないな。とりあえずマオちゃん達を連れてどこかに昼食を食べに行くことにしよう。Xing霸 性霸2000
2013年6月22日星期六
妻の要請、夫の要望
「……よって、シャロワ・ジルベール双王国、正確に言えばシャロワ王家は、付与魔法の血統を受け継ぐそなたを放っては置かぬであろう。何度も前言を翻して悪いが、そう言うわけで、そなたに側室を付けるわけに行かなくなった。美人豹
すまぬが、しばらくはそなたの周りが騒がしくなるが、協力を頼みたい」
その日の夜、夕食と入浴を済ませたアウラは、後宮の一室で善治郎と向かい合い、昼間に届いた書状の中身と、そこから推測される情報、そしてそれに対するこちらの対応に付いて、事細かく説明したのだった。
百五十年前、カープァ王国の王子と異世界へ駆け落ちを果たした女は、シャロワ王家の王女であった可能性が高いこと。
その子孫である善治郎は、カープァ王家だけでなく、シャロワ王家の血も引いていると思われること。
そのため、時空魔法の適正が表面化している善治郎自身はともかく、その子供には、付与魔法の適正が表に出る可能性があること。
よって、シャロワ王家をいたずらに刺激しないため、しばらくは善治郎に公的な側室は迎えられないこと。
(ただし、俺以上に濃いカープァ王家の血を引くアウラとの間の子は、カープァ王家の血にシャロワ王家の血が押しつぶされるだろうから、問題視されない、というわけか)
今一実感がわかないまま、頭の中で聞いたばかりの情報を一通り整理し終えた善治郎は、ソファーに深く腰を掛けたまま、テーブルの上から砂糖と果実の汁を混ぜた水の入ったグラスを取り、口元へと運んだ。
グラスを傾けた拍子に、コップの中の氷がクルリと回り、跳ねた水滴が善治郎の顔にかかる。
「うわっ」
ひょっとして、自分で思っている以上に動揺していたのかもしれない。
「大丈夫か、ゼンジロウ。それは目に入ると、洒落にならないくらいに痛いぞ」
「うん、大丈夫。顔にかかっただけだよ」
アウラの言葉に、善治郎はばつが悪そうな顔で、ズボンのポケットから白いガーゼのハンカチを取りだし、自分の顔を拭った。
「でも、そうなるとどうなんだろう? 正直、俺がこの国にいる事って問題があることにならない?」
率直に尋ねる夫に、妻は口元に笑みを浮かべ、きっぱりと首を横に振る。
「いや、確かにそなたの血筋は少々問題だが、今の我が国の立場を考えれば、そなたがいないほうがよっぽど問題だ。だから、気にする必要はないぞ」
「ああ、うん、大丈夫だよ。別段、俺がどうこうしようと考えた訳じゃないから。俺もそこまで、自己犠牲が強い殊勝な人間じゃないし。ただ、もし客観的に見て、俺の存在が王国にとって不利益を生じさせるようなら、貴族達の中には色々アクションを起こす人間を出るじゃないかなって、考えてさ」
善治郎はそう答えて、自らの想像に恐怖心を刺激されたのか、ブルリと身体を震わせる。
「ふむ……」
思っていた以上に、冷静でシビアな夫の言葉に、アウラはしばし考えた後、ゆっくりと口を開いた。
「いや、おそらくその心配は無かろう。そもそもそなたがシャロワ王家の血を引いているという情報は、今のところ向こうとこちらの王家のみが知る極秘情報だし、もしその情報が表沙汰になったとしても、我が国の貴族が、短絡的にそなたを害する可能性は低いはずだ。
今私の腹に後継者がいるとは言っても、そなたが数少ないカープァ王家の血筋であるという事実は変わらないのだからな。どう考えても、そなたがいることで生じる不利益より、そなたを失うことで生じる不利益が勝る」
だから、現実的に気をつける必要があるとすれば、やはりカープァ王国の貴族ではなく、シャロワ・ジルベール双王国の動向だろう。
シャロワ王家にとっては、現状の善治郎は間違いなく『邪魔者』である。何とかして、秘密裏の交渉で、戦争を起こしてまで、排除するほどの邪魔者ではない、と納得させる必要がある。
無論、そう言った論理的な部分を度外視して、暴発的に善治郎排除に走る人間は、カープァ王国にも双王国にも出没する可能性はあるが、その辺りまで考慮に入れていては、一切身動きが取れなくなってしまう。そういう、予想が難しい危険には、対処療法的に当たるしかないだろう。SUPER FAT BURNING
そこまで言った後、アウラは少し、眉をしかめて言葉を続ける。
「ただし、今言ったとおり、そなたがシャロワ王家の血を引いているという事実は、極秘事項なのだ。つまり、側室を断る際、その事実を表に出来ぬ。この意味が分かるか?」
アウラの問いに、少し視線を天井に向けて考えた善治郎は、自信なさげに答える。
「ええと、つまり、事実とは別に、俺が側室を断る表向きの『言い訳』が必要ってことかな?」
善治郎の答えに、アウラは首肯した。
「ああ、そうだ。だが、以前にも言ったとおり、今のそなたが側室を娶らないというのは、政治的に考えて、かなり不自然なのだ。はっきり言えば、貴族達の反論を許さない理由付けは難しい。
だから、すまないが、対外的には側室を断る理由を、そなたの我が儘、と言う形で押し通してくれぬだろうか?」
「我が儘? どういう事?」
首を傾げる善治郎に、流石に恥じらいが理性に勝ったのか、わずかに視線を逸らしながら、はっきりとしない言葉でアウラは答える。
「以前そなたが側室の話を聞いたとき述べた感想を、そのまま吹聴してもらえればよい。その、私との二人きりの時間を邪魔されたくない、とか。私と子供のことで頭がいっぱいで、他のことを考える余裕がない、とかな」
「あ……ああ! そう、そういうことね、はいはい」
言われた善治郎も、動揺を隠せない。顔が熱くなるのを自覚しながら、しどろもどろに言葉を返す。思えばあの時は、随分と恥ずかしいことを言ったものだ。
嘘は一つもないが、事実だからといって言葉の恥ずかしさが薄れるモノでもない。
「うむ。そなたの血筋を発表できぬ以上、貴族達を納得させうるだけの筋道だった言い訳は存在しない。ならば、ここは強引にそなたの感情論を盾に取り、押し通してしまうのが一番無理がないのだ。……すまぬな、結局そなたに泥を被ってもらう事になる。今後しばらくはそなたは、『一人の女におぼれて、政治的な判断を見誤った愚者』というレッテルが貼られることになるだろう」
ソファーの上で膝を揃え、小さく頭を下げる妻に、善治郎は無言のまま向かいのソファーから立ち上がると、アウラが座るソファーの隣に座り直した。
「ゼンジロウ?」
アウラの隣に座った善治郎は、アウラが膝の上で組んでいた左手を取ると、横からアウラの顔をのぞき込むようにして言う。
「でも、それが最善なんでしょ? なら、構わないよ。どのみち、俺の場合、後宮から出る事がほとんどないわけだから、人の噂なんて早々耳に入るモノじゃないし。実害がないレベルの悪名なら、かえって変な神輿にされづらくなる分、好都合なんじゃないかな。
それに……実際、その噂、全面的に真実だしさ」
「ゼンジロウ……」
善治郎に左手を握られたまま、アウラはフワリと微笑み、右手を善治郎の顔へと延ばす。そして、
「そなた、顔が真っ赤だぞ」
と、指摘した。
羞恥心に耐えて、妻を慰めていた夫は、非常に珍しい怒りを露わにして、大声を上げる。
「う、うるさいな! 人が恥ずかしいの我慢して告白してるのに……!」
顔を真っ赤にする夫の様子に、すっかり笑顔を取り戻した女王は、右手で愛おしそうに夫の頬を撫で、笑い声混じりに謝罪の言葉を口にする。
「すまん、すまん。つい、そなたの献身的な言葉が嬉しすぎて、茶化してしまった。ありがとう、この礼は必ずする」
善治郎は紅潮した頬に、ひんやりとした妻の指の感触を感じながら、声のトーンを落として言葉を返す。
「いいよ、礼なんて。実際、日頃世話になっているのは、全面的にこっちなんだからさ。今の生活を維持するために必要な労力と思えば、なんてことないよ」
善治郎の言葉に、今度はアウラも悪びれず素直に答える。
「そうだな。私は女王という立場上、あまり悪名を被るわけには行かぬのだ。戦場での苛烈さや、外交上での冷徹さに付随する悪名ならば、使い道もあるのだが、色恋沙汰の悪名はな」
女王の伴侶が「女王に夢中で、側室を拒んだ」と噂されても、せいぜい「政治にうとい馬鹿なヤツ」ですむが、女王が「伴侶に夢中で、伴侶に側室を入れるのを阻止した」と噂されれば、一気に「あの女王を玉座に座らせておくのは、不安がある」という声が上がる事だろう。
善治郎とアウラ、どちらかが『色ボケ』という汚名を被らなければならないのだとしたら、善治郎が被るのは必然と言える。
しばらくの間、手を握り、頬を撫でられていた善治郎は、やがて愛妻の手をふりほどくと、再び真面目な表情を作り、話を始める。超級脂肪燃焼弾
「それで、実は俺からもお願いがあるんだ。こっちも前言を撤回して悪いんだけど、今後は俺ももう少し後宮から外に出る活動を増やしたいと思うんだけど、駄目かな?」
善治郎の言葉に、アウラの緩んでいた表情が一瞬で引きしまる。
「そなたが? 何故だ?」
女王の鋭い問いに、善治郎は怯むことなく柔らかな口調を保ったまま、答える。
「うん、この一月、明らかにアウラに掛かってる負担、大きいよね? だから、難しい判断がいらない、俺で代役が務まる行事は、俺が変わろうかと思ったんだ。もちろん、そうすることで、俺にすり寄る貴族が出たりして、危険なのは分かるけど、今のアウラを見てると、アウラの健康の危険のほうが問題だと思う」
「む……」
我が身を心配してくれる夫の誠実な言葉に、アウラはしばし沈黙した。
確かに、妊娠が確定してからこの一月、業務に支障をきたしているのは事実だ。女王の決断は最低限でも国が回るくらいには、人材も法も整備してあるつもりではあるが、名代を務めてくれる王族がいれば、随分と楽になるのもまた事実である。
「うむ、そなたの申し出は嬉しいが、そうなると周りが相当うるさいぞ?」
念を押すアウラに、善治郎は笑って頷く。
「それは、覚悟しているよ。っていっても、こっちの想像以上なのかも知れないけど」
「間違いなく、想像の遙か上だ。そなたが後宮外で活動を始めれば、うるさくなるのは、野心家の貴族達だけではない。私に忠誠を誓ってくれている腹心達も、そなたに懐疑の目を向けることになる」
後宮から積極的に打って出る、女王の伴侶。国内の野心家達にとってその存在が、奇貨であるのと同様に、アウラに忠誠を誓う腹心達にとって、その存在は脅威となる。
アウラの右腕であるファビオ秘書官などは、間違いなく善治郎の一言一行動に懐疑の視線を向けることだろう。
アウラの返答に、善治郎は少し難しい顔をして、言葉を返す。
「もちろん、アウラに迷惑を掛けることになるなら自重するけど……」
「ふむ……」
アウラは、しばし考えた。確かに当初は、「政治に一切口出しをしない婿」を求めていたが、「こちらの権限を揺らがさないように考慮した上で、影から助力してくれる婿」ならば、それに越したことはない。
今日までの付き合いで、善治郎にこちらを出し抜いて権力を握るような邪な意思がないことは確信しているが、海千山千の貴族達を相手に、言質を取られずに乗りきるだけの話術や交渉術があるか問われると、疑問が残る。
(だが、確かに私がこの様では、今後の国政に多大な影響を及ぼすことは確かだ。妊婦というのが、ここまで行動を制限されるものだとはな)
当初の予定では、しばらくは『年子』の子供を産み続ける腹づもりであったアウラだが、現状を鑑みるに、その選択肢は非現実的と言うしかない。
妊娠から出産までの時間は、ぞくに『十月十日』という。一年は十二ヶ月、閏月のある年でも十三ヶ月だ。毎年子供を産んでいれば、一年の六分の五を身重で過ごすことになる。
政務に支障を来すのは間違いない。
(やはり、『国母』と『女王』を同時にこなすのは、負担が大きいか)
少なくとも、これまでのように、元帥も宰相も置かずに親政を行うのは、非現実と言わざるを得まい。しかし、元帥と宰相を設ければ、アウラの負担が減るのと比例して、権限・権力も目減りする。
今度は今まで以上に、有力貴族達とのパワーバランスに苦慮する事になるだろう。
(そう考えると、能力的には頼りなくても、人格的には信頼の置ける高位の味方がいる意味はあるか)
アウラは、善治郎に視線を向ける。終極痩身
「…………」
善治郎は、アウラの視線を正面から受け止めたまま、黙ってアウラの決断を待つ。
至近距離で見つめ合う、沈黙の時間。やがて、表情を緩めたアウラは告げるのだった。
「分かった。確かに、このままでは私の負担が大きすぎるからな。そなたに助けてもらえるのならば、ありがたい。ただし……」
「うん、分かってる。かえって迷惑を掛けていると『アウラが判断』した場合は、『俺の意思』でまた後宮にひっこむよ」
アウラに最後まで言わせず、善治郎は笑顔でそう請けおった。
例え女王といえども、夫の自由意思を妻が阻害するようでは、悪評が立ってしまう。その辺に関するこの国の価値観は一通り教えられている善治郎である。
「ああ、すまないが、頼む。そういえば、そなたは騎士ナタリオ・マルドナドの忠誠を受けるために、後宮外に出る予定になっていたな。その際に、私の腹心であるファビオを付けよう」
予想通り、全面的にこちらの立場を配慮してくれた返答を返す夫に、女王は柔らかな笑みと共に言葉を返す。
ファビオ秘書官ならば、善治郎に的確なアドバイスをしてくれるだろう。そして、考えたくはないが、万が一、善治郎が野心に目覚めたとしても、いち早く察知して『的確に対処』をするに違いない。
「では、私はそろそろ寝室に下がるよ。少々早いが、眠りが途切れる分、時間を長めに取っておかねばならぬのでな」
アウラはそう言うと、ゆっくりソファーから腰を浮かせる。
毎日ではないが、最近のアウラは、気持ちが悪くなって夜中に目を醒ますことがあるのだ。そうでなくても、ミシェル医師からは、出来るだけ睡眠は多く取った方が良いと言いつかっている。
そもそも、善治郎が持ち込んだLEDスタンドライトのせいで、すっかり夜も活動する癖が付いてしまったが、それ以前の生活習慣ならば、今頃はとっくに寝ている時間だ。
アウラの言葉に、棚の上に置いてあるデジタル式の電波時計に目をやった善治郎は、アウラの後を追うようにソファーから立ち上がると、そっと妻の手を取った。
「うん、それじゃ寝るとするか」
「別にそなたまで、私の早寝に付き合うこともないのだぞ」
素直に夫に手を引かれながら、アウラはそう断る。
「いや、どのみち茶の間には侍女の人達が待機することになるからね。ここにいても、落ち着かないよ」
アウラの言葉に、善治郎はそう答えて首を横に振った。
現在身重で、つわりの症状も出ているアウラの異変に対応するため、後宮では侍女達が夜番を決め、対応することになっている。アウラが寝室に下がった後は、寝室に繋がる唯一の部屋である、ここ――リビングルームに侍女達が控えるのだ。
日頃は侍女達をプライベート空間に招き入れる事を嫌っている善治郎であるが、愛妻の安全の為を思えば、そんな小さな我が儘は言っていられない。
おかげで最近は、隣室に侍女達が控えていても、あまり気にならなくなってきた善治郎である。
「そうか、では一緒にお休みなさい、だな」
アウラはそう言うと、善治郎の腕に自分の腕を絡める。
「うん、お休み」
現在寝室のベッドは二つ。部屋は同じでも、別の床に入る妻と夫は、名残を惜しむようにしっかりと腕を組んだまま、ゆっくり寝室のドアを潜るのだった。御秀堂 養顔痩身カプセル
すまぬが、しばらくはそなたの周りが騒がしくなるが、協力を頼みたい」
その日の夜、夕食と入浴を済ませたアウラは、後宮の一室で善治郎と向かい合い、昼間に届いた書状の中身と、そこから推測される情報、そしてそれに対するこちらの対応に付いて、事細かく説明したのだった。
百五十年前、カープァ王国の王子と異世界へ駆け落ちを果たした女は、シャロワ王家の王女であった可能性が高いこと。
その子孫である善治郎は、カープァ王家だけでなく、シャロワ王家の血も引いていると思われること。
そのため、時空魔法の適正が表面化している善治郎自身はともかく、その子供には、付与魔法の適正が表に出る可能性があること。
よって、シャロワ王家をいたずらに刺激しないため、しばらくは善治郎に公的な側室は迎えられないこと。
(ただし、俺以上に濃いカープァ王家の血を引くアウラとの間の子は、カープァ王家の血にシャロワ王家の血が押しつぶされるだろうから、問題視されない、というわけか)
今一実感がわかないまま、頭の中で聞いたばかりの情報を一通り整理し終えた善治郎は、ソファーに深く腰を掛けたまま、テーブルの上から砂糖と果実の汁を混ぜた水の入ったグラスを取り、口元へと運んだ。
グラスを傾けた拍子に、コップの中の氷がクルリと回り、跳ねた水滴が善治郎の顔にかかる。
「うわっ」
ひょっとして、自分で思っている以上に動揺していたのかもしれない。
「大丈夫か、ゼンジロウ。それは目に入ると、洒落にならないくらいに痛いぞ」
「うん、大丈夫。顔にかかっただけだよ」
アウラの言葉に、善治郎はばつが悪そうな顔で、ズボンのポケットから白いガーゼのハンカチを取りだし、自分の顔を拭った。
「でも、そうなるとどうなんだろう? 正直、俺がこの国にいる事って問題があることにならない?」
率直に尋ねる夫に、妻は口元に笑みを浮かべ、きっぱりと首を横に振る。
「いや、確かにそなたの血筋は少々問題だが、今の我が国の立場を考えれば、そなたがいないほうがよっぽど問題だ。だから、気にする必要はないぞ」
「ああ、うん、大丈夫だよ。別段、俺がどうこうしようと考えた訳じゃないから。俺もそこまで、自己犠牲が強い殊勝な人間じゃないし。ただ、もし客観的に見て、俺の存在が王国にとって不利益を生じさせるようなら、貴族達の中には色々アクションを起こす人間を出るじゃないかなって、考えてさ」
善治郎はそう答えて、自らの想像に恐怖心を刺激されたのか、ブルリと身体を震わせる。
「ふむ……」
思っていた以上に、冷静でシビアな夫の言葉に、アウラはしばし考えた後、ゆっくりと口を開いた。
「いや、おそらくその心配は無かろう。そもそもそなたがシャロワ王家の血を引いているという情報は、今のところ向こうとこちらの王家のみが知る極秘情報だし、もしその情報が表沙汰になったとしても、我が国の貴族が、短絡的にそなたを害する可能性は低いはずだ。
今私の腹に後継者がいるとは言っても、そなたが数少ないカープァ王家の血筋であるという事実は変わらないのだからな。どう考えても、そなたがいることで生じる不利益より、そなたを失うことで生じる不利益が勝る」
だから、現実的に気をつける必要があるとすれば、やはりカープァ王国の貴族ではなく、シャロワ・ジルベール双王国の動向だろう。
シャロワ王家にとっては、現状の善治郎は間違いなく『邪魔者』である。何とかして、秘密裏の交渉で、戦争を起こしてまで、排除するほどの邪魔者ではない、と納得させる必要がある。
無論、そう言った論理的な部分を度外視して、暴発的に善治郎排除に走る人間は、カープァ王国にも双王国にも出没する可能性はあるが、その辺りまで考慮に入れていては、一切身動きが取れなくなってしまう。そういう、予想が難しい危険には、対処療法的に当たるしかないだろう。SUPER FAT BURNING
そこまで言った後、アウラは少し、眉をしかめて言葉を続ける。
「ただし、今言ったとおり、そなたがシャロワ王家の血を引いているという事実は、極秘事項なのだ。つまり、側室を断る際、その事実を表に出来ぬ。この意味が分かるか?」
アウラの問いに、少し視線を天井に向けて考えた善治郎は、自信なさげに答える。
「ええと、つまり、事実とは別に、俺が側室を断る表向きの『言い訳』が必要ってことかな?」
善治郎の答えに、アウラは首肯した。
「ああ、そうだ。だが、以前にも言ったとおり、今のそなたが側室を娶らないというのは、政治的に考えて、かなり不自然なのだ。はっきり言えば、貴族達の反論を許さない理由付けは難しい。
だから、すまないが、対外的には側室を断る理由を、そなたの我が儘、と言う形で押し通してくれぬだろうか?」
「我が儘? どういう事?」
首を傾げる善治郎に、流石に恥じらいが理性に勝ったのか、わずかに視線を逸らしながら、はっきりとしない言葉でアウラは答える。
「以前そなたが側室の話を聞いたとき述べた感想を、そのまま吹聴してもらえればよい。その、私との二人きりの時間を邪魔されたくない、とか。私と子供のことで頭がいっぱいで、他のことを考える余裕がない、とかな」
「あ……ああ! そう、そういうことね、はいはい」
言われた善治郎も、動揺を隠せない。顔が熱くなるのを自覚しながら、しどろもどろに言葉を返す。思えばあの時は、随分と恥ずかしいことを言ったものだ。
嘘は一つもないが、事実だからといって言葉の恥ずかしさが薄れるモノでもない。
「うむ。そなたの血筋を発表できぬ以上、貴族達を納得させうるだけの筋道だった言い訳は存在しない。ならば、ここは強引にそなたの感情論を盾に取り、押し通してしまうのが一番無理がないのだ。……すまぬな、結局そなたに泥を被ってもらう事になる。今後しばらくはそなたは、『一人の女におぼれて、政治的な判断を見誤った愚者』というレッテルが貼られることになるだろう」
ソファーの上で膝を揃え、小さく頭を下げる妻に、善治郎は無言のまま向かいのソファーから立ち上がると、アウラが座るソファーの隣に座り直した。
「ゼンジロウ?」
アウラの隣に座った善治郎は、アウラが膝の上で組んでいた左手を取ると、横からアウラの顔をのぞき込むようにして言う。
「でも、それが最善なんでしょ? なら、構わないよ。どのみち、俺の場合、後宮から出る事がほとんどないわけだから、人の噂なんて早々耳に入るモノじゃないし。実害がないレベルの悪名なら、かえって変な神輿にされづらくなる分、好都合なんじゃないかな。
それに……実際、その噂、全面的に真実だしさ」
「ゼンジロウ……」
善治郎に左手を握られたまま、アウラはフワリと微笑み、右手を善治郎の顔へと延ばす。そして、
「そなた、顔が真っ赤だぞ」
と、指摘した。
羞恥心に耐えて、妻を慰めていた夫は、非常に珍しい怒りを露わにして、大声を上げる。
「う、うるさいな! 人が恥ずかしいの我慢して告白してるのに……!」
顔を真っ赤にする夫の様子に、すっかり笑顔を取り戻した女王は、右手で愛おしそうに夫の頬を撫で、笑い声混じりに謝罪の言葉を口にする。
「すまん、すまん。つい、そなたの献身的な言葉が嬉しすぎて、茶化してしまった。ありがとう、この礼は必ずする」
善治郎は紅潮した頬に、ひんやりとした妻の指の感触を感じながら、声のトーンを落として言葉を返す。
「いいよ、礼なんて。実際、日頃世話になっているのは、全面的にこっちなんだからさ。今の生活を維持するために必要な労力と思えば、なんてことないよ」
善治郎の言葉に、今度はアウラも悪びれず素直に答える。
「そうだな。私は女王という立場上、あまり悪名を被るわけには行かぬのだ。戦場での苛烈さや、外交上での冷徹さに付随する悪名ならば、使い道もあるのだが、色恋沙汰の悪名はな」
女王の伴侶が「女王に夢中で、側室を拒んだ」と噂されても、せいぜい「政治にうとい馬鹿なヤツ」ですむが、女王が「伴侶に夢中で、伴侶に側室を入れるのを阻止した」と噂されれば、一気に「あの女王を玉座に座らせておくのは、不安がある」という声が上がる事だろう。
善治郎とアウラ、どちらかが『色ボケ』という汚名を被らなければならないのだとしたら、善治郎が被るのは必然と言える。
しばらくの間、手を握り、頬を撫でられていた善治郎は、やがて愛妻の手をふりほどくと、再び真面目な表情を作り、話を始める。超級脂肪燃焼弾
「それで、実は俺からもお願いがあるんだ。こっちも前言を撤回して悪いんだけど、今後は俺ももう少し後宮から外に出る活動を増やしたいと思うんだけど、駄目かな?」
善治郎の言葉に、アウラの緩んでいた表情が一瞬で引きしまる。
「そなたが? 何故だ?」
女王の鋭い問いに、善治郎は怯むことなく柔らかな口調を保ったまま、答える。
「うん、この一月、明らかにアウラに掛かってる負担、大きいよね? だから、難しい判断がいらない、俺で代役が務まる行事は、俺が変わろうかと思ったんだ。もちろん、そうすることで、俺にすり寄る貴族が出たりして、危険なのは分かるけど、今のアウラを見てると、アウラの健康の危険のほうが問題だと思う」
「む……」
我が身を心配してくれる夫の誠実な言葉に、アウラはしばし沈黙した。
確かに、妊娠が確定してからこの一月、業務に支障をきたしているのは事実だ。女王の決断は最低限でも国が回るくらいには、人材も法も整備してあるつもりではあるが、名代を務めてくれる王族がいれば、随分と楽になるのもまた事実である。
「うむ、そなたの申し出は嬉しいが、そうなると周りが相当うるさいぞ?」
念を押すアウラに、善治郎は笑って頷く。
「それは、覚悟しているよ。っていっても、こっちの想像以上なのかも知れないけど」
「間違いなく、想像の遙か上だ。そなたが後宮外で活動を始めれば、うるさくなるのは、野心家の貴族達だけではない。私に忠誠を誓ってくれている腹心達も、そなたに懐疑の目を向けることになる」
後宮から積極的に打って出る、女王の伴侶。国内の野心家達にとってその存在が、奇貨であるのと同様に、アウラに忠誠を誓う腹心達にとって、その存在は脅威となる。
アウラの右腕であるファビオ秘書官などは、間違いなく善治郎の一言一行動に懐疑の視線を向けることだろう。
アウラの返答に、善治郎は少し難しい顔をして、言葉を返す。
「もちろん、アウラに迷惑を掛けることになるなら自重するけど……」
「ふむ……」
アウラは、しばし考えた。確かに当初は、「政治に一切口出しをしない婿」を求めていたが、「こちらの権限を揺らがさないように考慮した上で、影から助力してくれる婿」ならば、それに越したことはない。
今日までの付き合いで、善治郎にこちらを出し抜いて権力を握るような邪な意思がないことは確信しているが、海千山千の貴族達を相手に、言質を取られずに乗りきるだけの話術や交渉術があるか問われると、疑問が残る。
(だが、確かに私がこの様では、今後の国政に多大な影響を及ぼすことは確かだ。妊婦というのが、ここまで行動を制限されるものだとはな)
当初の予定では、しばらくは『年子』の子供を産み続ける腹づもりであったアウラだが、現状を鑑みるに、その選択肢は非現実的と言うしかない。
妊娠から出産までの時間は、ぞくに『十月十日』という。一年は十二ヶ月、閏月のある年でも十三ヶ月だ。毎年子供を産んでいれば、一年の六分の五を身重で過ごすことになる。
政務に支障を来すのは間違いない。
(やはり、『国母』と『女王』を同時にこなすのは、負担が大きいか)
少なくとも、これまでのように、元帥も宰相も置かずに親政を行うのは、非現実と言わざるを得まい。しかし、元帥と宰相を設ければ、アウラの負担が減るのと比例して、権限・権力も目減りする。
今度は今まで以上に、有力貴族達とのパワーバランスに苦慮する事になるだろう。
(そう考えると、能力的には頼りなくても、人格的には信頼の置ける高位の味方がいる意味はあるか)
アウラは、善治郎に視線を向ける。終極痩身
「…………」
善治郎は、アウラの視線を正面から受け止めたまま、黙ってアウラの決断を待つ。
至近距離で見つめ合う、沈黙の時間。やがて、表情を緩めたアウラは告げるのだった。
「分かった。確かに、このままでは私の負担が大きすぎるからな。そなたに助けてもらえるのならば、ありがたい。ただし……」
「うん、分かってる。かえって迷惑を掛けていると『アウラが判断』した場合は、『俺の意思』でまた後宮にひっこむよ」
アウラに最後まで言わせず、善治郎は笑顔でそう請けおった。
例え女王といえども、夫の自由意思を妻が阻害するようでは、悪評が立ってしまう。その辺に関するこの国の価値観は一通り教えられている善治郎である。
「ああ、すまないが、頼む。そういえば、そなたは騎士ナタリオ・マルドナドの忠誠を受けるために、後宮外に出る予定になっていたな。その際に、私の腹心であるファビオを付けよう」
予想通り、全面的にこちらの立場を配慮してくれた返答を返す夫に、女王は柔らかな笑みと共に言葉を返す。
ファビオ秘書官ならば、善治郎に的確なアドバイスをしてくれるだろう。そして、考えたくはないが、万が一、善治郎が野心に目覚めたとしても、いち早く察知して『的確に対処』をするに違いない。
「では、私はそろそろ寝室に下がるよ。少々早いが、眠りが途切れる分、時間を長めに取っておかねばならぬのでな」
アウラはそう言うと、ゆっくりソファーから腰を浮かせる。
毎日ではないが、最近のアウラは、気持ちが悪くなって夜中に目を醒ますことがあるのだ。そうでなくても、ミシェル医師からは、出来るだけ睡眠は多く取った方が良いと言いつかっている。
そもそも、善治郎が持ち込んだLEDスタンドライトのせいで、すっかり夜も活動する癖が付いてしまったが、それ以前の生活習慣ならば、今頃はとっくに寝ている時間だ。
アウラの言葉に、棚の上に置いてあるデジタル式の電波時計に目をやった善治郎は、アウラの後を追うようにソファーから立ち上がると、そっと妻の手を取った。
「うん、それじゃ寝るとするか」
「別にそなたまで、私の早寝に付き合うこともないのだぞ」
素直に夫に手を引かれながら、アウラはそう断る。
「いや、どのみち茶の間には侍女の人達が待機することになるからね。ここにいても、落ち着かないよ」
アウラの言葉に、善治郎はそう答えて首を横に振った。
現在身重で、つわりの症状も出ているアウラの異変に対応するため、後宮では侍女達が夜番を決め、対応することになっている。アウラが寝室に下がった後は、寝室に繋がる唯一の部屋である、ここ――リビングルームに侍女達が控えるのだ。
日頃は侍女達をプライベート空間に招き入れる事を嫌っている善治郎であるが、愛妻の安全の為を思えば、そんな小さな我が儘は言っていられない。
おかげで最近は、隣室に侍女達が控えていても、あまり気にならなくなってきた善治郎である。
「そうか、では一緒にお休みなさい、だな」
アウラはそう言うと、善治郎の腕に自分の腕を絡める。
「うん、お休み」
現在寝室のベッドは二つ。部屋は同じでも、別の床に入る妻と夫は、名残を惜しむようにしっかりと腕を組んだまま、ゆっくり寝室のドアを潜るのだった。御秀堂 養顔痩身カプセル
2013年6月20日星期四
デスマーチから始まる天変地異
星が流れる。
幾つも、幾つも。
流れ星を見たことがあるだろうか?
その儚さに目を奪われる者、願いを唱える者、人それぞれだと思う。
だが、空を割って隕石が落ちるのをその目で見たことは無いのではないか?
轟音とともに空を切り裂き、その質量と圧倒的な速度で大地に打ちつける様を。
中にはテレビや動画サイトで見たことがある者もいるかも知れない。……それでもそれが間近に降り注ぐのを見たいと思った者は居ないはずだ。麻黄
そう今、目の前の大地に百近い隕石が次々に落ちている。
否。
人事の様に言うべきではないだろう。その天変地異を起こしたのは、紛れもなくオレ自身なのだから。
10分ほど前の考え無しの選択が今、流星となり大地を抉って行く。
流星は十数キロ先に突き刺さり、そこにいるであろう「敵」を蹂躙し、視界の片隅にあるレーダーの点ドットが消え、落下地点では命が消えている。
そして殆どの流星が大地に消えた頃、ようやく遅れていた落下音が届き、少し遅れて地響きが振動となって伝わる。
大地を這うような土埃の波が届く寸前……。
突然、天罰のような激痛が襲ってきた。
脳天を割るように。
体をバラバラに引き裂くように。
その痛みに意識を手放した直後、オレの体は土埃の波にさらわれた。
◇
時は少し遡る。
オレは遅れに遅れているプロジェクトを納期に間に合わせるために休日出勤していた。いわゆるスマートフォン用のゲームアプリやPC用のブラウザゲームなどを大手から依頼されて作成する下請け外注会社のプログラマーをしている。
いかにブラックな会社とはいえ普通1人に1プロジェクト以上割り振られることは無い。しかし仕様変更とバグの多さに後輩の若いプログラマーが納品間際に失踪してしまったのだ! 嘆かわしい!
離職率の高い職場故、この会社にいたプログラマーは後輩氏とオレの2人のみ。急な補充など見込めるはずもなくオレは自分のプロジェクトだけでなく後輩氏の炎上プロジェクトの後始末までする羽目になっていた。
「よし、全部のクラスの入出力とコメントの記入完了っと、あとはオートドキュメンタでソースコードからドキュメントと相関図を作成してから本格的なバグの洗い出しだな~」
すこし伸びをして首をコキコキと鳴らす。
周りを見回すと休日とは思えないほど全員出勤しているいつもの職場だ。隣の席でデバッグ外注の責任者がブツブツと独り言を言いながら作業をすすめているが、誰も奇異の目を向けない。そんな余裕などないのだろう。まわりのデザイナーやプランナーは死んだような空ろな目で黙々と自分の作業を進めている。
コーヒーを入れて戻ってくると、すでにPCは作業を終えておりデバッグに必要な資料が出力されている旨が表示されていた。
それにしても資料もなく作業して炎上しない訳けが無い。
OJTする暇も無く実践に投入された後輩氏に文句を言っても仕方ないか。半年前に後輩氏が入社したときには4人いたプログラマーがいまやオレ一人というのは、会社としてどうかとは思うが。
「さ・・、鈴木さん、WWの方の難易度が初心者には難しいから直せってクライアントからクレームが来たんですがどうしましょっか」
佐藤って言いかけたなコノヤロウ。半年もチーム組んでるのに間違えかけるな!
振り返るとディレクター兼プランナーのメタボ氏がいつものように困った顔で聞いてくる。
しかも、厄介事が発生してるのに、どこか嬉しそうだ。どうしてこう開発者にはMなのが多いのか。
WWは現在鋭意開発中のPC用ブラウザゲーム「WAR WORLD」の略称。ちょっとソーシャルな交流機能を追加したオーソドックスなストラテジーゲームだ。
「あれ以上難易度下げたらメインターゲットが遊んでくれないからイヤだって言ってなかったっけ?」D9 催情剤
そう現在の難易度はクライアントと何度も会議を重ね決めたものだ。あの無駄な時間は本当に無駄だったのか。やるせない。
「前にボツったキャラ初回作成時のみMAP全索敵と3回分くらいのMAP殲滅ボムをボーナスにつけてやるのでいいんじゃない? 使わずにクリアしたらレア称号プレゼントとかにして得意な連中には自分から使わない方向へ持って行っとけば?」
「もう時間もないし、それで行っておきますか~。じゃ鈴木さんそれで実装よろしく」
メタボ氏は相変わらず気楽に言ってくれる。
「ちょい待ち。今はスマホのMMO-RPGの方のデバッグが押してるから、先にクライアントにOK貰っておいてよ。下手に組み込んで拒否られたら直す時間も無いしさ」
「おk。すぐ確認の電話いれま~」
メタボ氏は巨体を揺らしながら携帯片手に喫煙エリアに消える。
そこからは独り言を呟きつつ黙々と作業を進める。
途中メタボ氏からGOサインが出たり、ジャンクフードで空腹を誤魔化しつつ夜は更けて行く。
後輩氏の残した無数のケアレスミスを深夜まで修正し、デバッグチームに後を任せる。
そういや名前なんだっけ? いつもMMOとかロープレとか呼んでたから正式な名前が出てこない。そうだ「FREEDOM FANTASY WORLD」だ。WWの旧名「FANTASY WAR WORLD」と紛らわしいから誰も呼ばなくなったんだっけ。思い出してみれば仕様書にはFFWとか略号が入ってた。あとでWWの方から「FANTASY」が取れたので今では紛らわしいと言う程ではないが、いまさらだ。
WWの修正作業をしつつ、FFWのデバッグチームからのバグ発見報告に順次対応していく……。今日も徹夜か。
翌朝までチェックは続き、キセキ的にMMO-RPGのクライアントプログラムは納品された。
勿論まだバグは残っているだろうが、ネット配信には「アップデートパッチ」という伝家の宝刀があるので心配はいらないだろう。ユーザーからの罵声が聞こえてきそうだがオレは眠い。デバッグチームの作業中に修正したWWの実行パッケージをメタボ氏に社内メールで転送して、机の下の安住の地で30時間ぶりの安眠についた。
ああ、至福。社畜と笑わば笑え。いまは睡眠こそジャスティス!
◇
明晰夢という言葉をご存知だろうか?
自分で夢であると自覚しながら見ている夢のことだ。
オレは今、荒野にいる。
ポルさんの名セリフを言ってみたいが止めておこう。
そう荒野だ。アメリカのグランドキャニオンあたりを想像してもらうのがいいか。
なぜ夢だと分かるのか?
さきほど机の下で眠りに付いたのを覚えているのが一つ。もう一つは視界の右下にある4つの『アイコン』と右上にある『メニュー』と書いたガジェットが見える所だ。
それは先ほどまで作業していたWWのものと同じ。
だがしかし!デスマーチ中の睡眠時に夢の中でデバッグするのはこれが初めてじゃない。さすがに仕事部屋や自室じゃなく荒野なのかは謎だが……。
部屋が乾燥でもしてたのか、そんな感じの理由だろう。
なんとなくメニューを指でタップしてメニュー画面を開いてみる。近未来モノでよくある半透明ウィンドウが視界に表示される。……我ながら想像力が貧困な事だ、間違ってもプランナーやデザイナーには成れないな。
メニューはタブに分かれ、「INFO」「MAP」「ユニット管理」「ストレージ」「交流」「ログ」「設定」といったいつもの項目に「ステータス」「装備」「魔法」「スキル」といったWWには存在しない欄が増えていた。
昨夜はFFWのデバッグも平行していたせいで混ざったか。
まぁ夢に整合性を求めるのは間違っている
ステータスを見るとレベル1、HP、MP、能力値の各値は全10ポイント。これはボーナスポイントを割り振らない場合の基本ステータス値だったりする。そういえば最後にチェックしたキャラ作成テストの値がこれだった気がする。
ん? 職種とか賞罰とかFFWのパラメータに存在しない項目があるのは何でだ? 何か混ざったな。
年齢15歳……潜在心理でもう一回学生生活でもしたいと思っているのか?
「職種:管理職」って、今や一人も部下いませんけどね!
それにしても「所属:なし」と書かれてるのは転職したい気持ちの表れなのか……。
実に意味深な内容だ。……ああ休暇が欲しい。
特殊能力アビリティとかに「ユニット作成」とか「ユニット配置」とかあるのはWWが混ざってるせいだろうけど、「メニュー」はわざわざ特殊能力アビリティ欄に書く必要があるのか?
さらに欄の最後にある「不滅」ってなんだ? 夢って不思議。
装備はポロシャツにチノパン、スニーカー。さっきの服装じゃん。ストレージはサイフと携帯と黄色い箱が印象的なバランス栄養食が1箱。そういえば寝る前に食おうとしてたな、結局眠気に負けてしまったので机に放置したままだ。挺三天
「魔法」や「スキル」は空欄。
スキルといえばステータス画面にスキルポイント10とあったが割り振るスキルが無いのが悲しい。
「設定」を開いてマップとレーダーを基本表示に追加する。マップは広域の地図と自分のいる位置を表示してくれる。レーダーはマップとほぼ同じだが索敵済みエリアの敵味方中立を問わずユニットを全て色分けした点で表示してくれる。
レーダーには自分を示す小さな白い点のみ。自分の周囲100mほどが原色で表示されている他は未探査を示すグレーで塗りつぶされている。
「うむ、見える範囲に敵が居ない。暇だ。せめて草原なら寝転んで惰眠を貪るのに。」
ゴツゴツした地面に寝転がる趣味は無い。
右下の4つのアイコンを何気に見つめる。「全マップ探査」が1つと「流星雨」が3つ。メタボ氏との打ち合わせで適当にでっち上げた初心者救済策。
「全マップ探査」は名前の通りマップ内の全ての範囲が索敵済みになる。また全てのユニットの弱点を初めとする詳細情報の閲覧が可能になる。
もっともある程度の知識がないと情報が多すぎて活用できないんじゃないかと思うがメタボ氏の強い意向で実装された。
ためしにスマホみたいに指でタップして実行してみる。
レーダーが全て索敵済みになり無数の敵が赤い点で表示される。レーダーの倍率を下げて広範囲を移す。
敵が多すぎてマップの上半分が赤くしか見えない。……敵、多すぎじゃん?
自軍の「ユニット」は多数を相手にしやすいのを選ばねば!
寡兵で大軍を撃破するのって燃えるよね!
◇
……そんなことを考えていた時代がありました。
「ユニット作成」……作成可能ユニットなし。
「ユニット配置」……作成済みユニットなし。
「レベル1のキャラで突撃しろとでもwww。」
さすがは夢。理不尽にも程がある。
ちらっと右下の「流星雨」アイコンをみる。
これは「流星雨」で殲滅しろという天の意思では!
「流星雨」は徹夜のハイテンションでパラメータを設定したのでキャンペーンシナリオのラスボスや隠しボス以外なら一撃で倒せるだけの無茶な威力がある。
初心者には「クリアできないマップはこれ使ってゴリ押ししてね」というメッセージを送りたい。
押しちゃう?
>はい
YES
ヤルッツェブラッキン
最後のはなんか違う。
まだ徹夜ハイが残っているのか、アイコンの一つをタップする。
……静寂が痛い。
すごいのを期待してたのに、何も起こりませんよ?
ちょっと哀しくて、その場に不貞寝した。ゴツゴツした地面で背中が痛い。
そして空を向いた視線に、それが目に入ったわけだが……。
おまたせ。
ようやく冒頭のシーンに戻るわけだ。
本名、鈴木一郎。キャラ名、サトゥーの異世界生活はこんな感じで始まった。VIVID XXL
幾つも、幾つも。
流れ星を見たことがあるだろうか?
その儚さに目を奪われる者、願いを唱える者、人それぞれだと思う。
だが、空を割って隕石が落ちるのをその目で見たことは無いのではないか?
轟音とともに空を切り裂き、その質量と圧倒的な速度で大地に打ちつける様を。
中にはテレビや動画サイトで見たことがある者もいるかも知れない。……それでもそれが間近に降り注ぐのを見たいと思った者は居ないはずだ。麻黄
そう今、目の前の大地に百近い隕石が次々に落ちている。
否。
人事の様に言うべきではないだろう。その天変地異を起こしたのは、紛れもなくオレ自身なのだから。
10分ほど前の考え無しの選択が今、流星となり大地を抉って行く。
流星は十数キロ先に突き刺さり、そこにいるであろう「敵」を蹂躙し、視界の片隅にあるレーダーの点ドットが消え、落下地点では命が消えている。
そして殆どの流星が大地に消えた頃、ようやく遅れていた落下音が届き、少し遅れて地響きが振動となって伝わる。
大地を這うような土埃の波が届く寸前……。
突然、天罰のような激痛が襲ってきた。
脳天を割るように。
体をバラバラに引き裂くように。
その痛みに意識を手放した直後、オレの体は土埃の波にさらわれた。
◇
時は少し遡る。
オレは遅れに遅れているプロジェクトを納期に間に合わせるために休日出勤していた。いわゆるスマートフォン用のゲームアプリやPC用のブラウザゲームなどを大手から依頼されて作成する下請け外注会社のプログラマーをしている。
いかにブラックな会社とはいえ普通1人に1プロジェクト以上割り振られることは無い。しかし仕様変更とバグの多さに後輩の若いプログラマーが納品間際に失踪してしまったのだ! 嘆かわしい!
離職率の高い職場故、この会社にいたプログラマーは後輩氏とオレの2人のみ。急な補充など見込めるはずもなくオレは自分のプロジェクトだけでなく後輩氏の炎上プロジェクトの後始末までする羽目になっていた。
「よし、全部のクラスの入出力とコメントの記入完了っと、あとはオートドキュメンタでソースコードからドキュメントと相関図を作成してから本格的なバグの洗い出しだな~」
すこし伸びをして首をコキコキと鳴らす。
周りを見回すと休日とは思えないほど全員出勤しているいつもの職場だ。隣の席でデバッグ外注の責任者がブツブツと独り言を言いながら作業をすすめているが、誰も奇異の目を向けない。そんな余裕などないのだろう。まわりのデザイナーやプランナーは死んだような空ろな目で黙々と自分の作業を進めている。
コーヒーを入れて戻ってくると、すでにPCは作業を終えておりデバッグに必要な資料が出力されている旨が表示されていた。
それにしても資料もなく作業して炎上しない訳けが無い。
OJTする暇も無く実践に投入された後輩氏に文句を言っても仕方ないか。半年前に後輩氏が入社したときには4人いたプログラマーがいまやオレ一人というのは、会社としてどうかとは思うが。
「さ・・、鈴木さん、WWの方の難易度が初心者には難しいから直せってクライアントからクレームが来たんですがどうしましょっか」
佐藤って言いかけたなコノヤロウ。半年もチーム組んでるのに間違えかけるな!
振り返るとディレクター兼プランナーのメタボ氏がいつものように困った顔で聞いてくる。
しかも、厄介事が発生してるのに、どこか嬉しそうだ。どうしてこう開発者にはMなのが多いのか。
WWは現在鋭意開発中のPC用ブラウザゲーム「WAR WORLD」の略称。ちょっとソーシャルな交流機能を追加したオーソドックスなストラテジーゲームだ。
「あれ以上難易度下げたらメインターゲットが遊んでくれないからイヤだって言ってなかったっけ?」D9 催情剤
そう現在の難易度はクライアントと何度も会議を重ね決めたものだ。あの無駄な時間は本当に無駄だったのか。やるせない。
「前にボツったキャラ初回作成時のみMAP全索敵と3回分くらいのMAP殲滅ボムをボーナスにつけてやるのでいいんじゃない? 使わずにクリアしたらレア称号プレゼントとかにして得意な連中には自分から使わない方向へ持って行っとけば?」
「もう時間もないし、それで行っておきますか~。じゃ鈴木さんそれで実装よろしく」
メタボ氏は相変わらず気楽に言ってくれる。
「ちょい待ち。今はスマホのMMO-RPGの方のデバッグが押してるから、先にクライアントにOK貰っておいてよ。下手に組み込んで拒否られたら直す時間も無いしさ」
「おk。すぐ確認の電話いれま~」
メタボ氏は巨体を揺らしながら携帯片手に喫煙エリアに消える。
そこからは独り言を呟きつつ黙々と作業を進める。
途中メタボ氏からGOサインが出たり、ジャンクフードで空腹を誤魔化しつつ夜は更けて行く。
後輩氏の残した無数のケアレスミスを深夜まで修正し、デバッグチームに後を任せる。
そういや名前なんだっけ? いつもMMOとかロープレとか呼んでたから正式な名前が出てこない。そうだ「FREEDOM FANTASY WORLD」だ。WWの旧名「FANTASY WAR WORLD」と紛らわしいから誰も呼ばなくなったんだっけ。思い出してみれば仕様書にはFFWとか略号が入ってた。あとでWWの方から「FANTASY」が取れたので今では紛らわしいと言う程ではないが、いまさらだ。
WWの修正作業をしつつ、FFWのデバッグチームからのバグ発見報告に順次対応していく……。今日も徹夜か。
翌朝までチェックは続き、キセキ的にMMO-RPGのクライアントプログラムは納品された。
勿論まだバグは残っているだろうが、ネット配信には「アップデートパッチ」という伝家の宝刀があるので心配はいらないだろう。ユーザーからの罵声が聞こえてきそうだがオレは眠い。デバッグチームの作業中に修正したWWの実行パッケージをメタボ氏に社内メールで転送して、机の下の安住の地で30時間ぶりの安眠についた。
ああ、至福。社畜と笑わば笑え。いまは睡眠こそジャスティス!
◇
明晰夢という言葉をご存知だろうか?
自分で夢であると自覚しながら見ている夢のことだ。
オレは今、荒野にいる。
ポルさんの名セリフを言ってみたいが止めておこう。
そう荒野だ。アメリカのグランドキャニオンあたりを想像してもらうのがいいか。
なぜ夢だと分かるのか?
さきほど机の下で眠りに付いたのを覚えているのが一つ。もう一つは視界の右下にある4つの『アイコン』と右上にある『メニュー』と書いたガジェットが見える所だ。
それは先ほどまで作業していたWWのものと同じ。
だがしかし!デスマーチ中の睡眠時に夢の中でデバッグするのはこれが初めてじゃない。さすがに仕事部屋や自室じゃなく荒野なのかは謎だが……。
部屋が乾燥でもしてたのか、そんな感じの理由だろう。
なんとなくメニューを指でタップしてメニュー画面を開いてみる。近未来モノでよくある半透明ウィンドウが視界に表示される。……我ながら想像力が貧困な事だ、間違ってもプランナーやデザイナーには成れないな。
メニューはタブに分かれ、「INFO」「MAP」「ユニット管理」「ストレージ」「交流」「ログ」「設定」といったいつもの項目に「ステータス」「装備」「魔法」「スキル」といったWWには存在しない欄が増えていた。
昨夜はFFWのデバッグも平行していたせいで混ざったか。
まぁ夢に整合性を求めるのは間違っている
ステータスを見るとレベル1、HP、MP、能力値の各値は全10ポイント。これはボーナスポイントを割り振らない場合の基本ステータス値だったりする。そういえば最後にチェックしたキャラ作成テストの値がこれだった気がする。
ん? 職種とか賞罰とかFFWのパラメータに存在しない項目があるのは何でだ? 何か混ざったな。
年齢15歳……潜在心理でもう一回学生生活でもしたいと思っているのか?
「職種:管理職」って、今や一人も部下いませんけどね!
それにしても「所属:なし」と書かれてるのは転職したい気持ちの表れなのか……。
実に意味深な内容だ。……ああ休暇が欲しい。
特殊能力アビリティとかに「ユニット作成」とか「ユニット配置」とかあるのはWWが混ざってるせいだろうけど、「メニュー」はわざわざ特殊能力アビリティ欄に書く必要があるのか?
さらに欄の最後にある「不滅」ってなんだ? 夢って不思議。
装備はポロシャツにチノパン、スニーカー。さっきの服装じゃん。ストレージはサイフと携帯と黄色い箱が印象的なバランス栄養食が1箱。そういえば寝る前に食おうとしてたな、結局眠気に負けてしまったので机に放置したままだ。挺三天
「魔法」や「スキル」は空欄。
スキルといえばステータス画面にスキルポイント10とあったが割り振るスキルが無いのが悲しい。
「設定」を開いてマップとレーダーを基本表示に追加する。マップは広域の地図と自分のいる位置を表示してくれる。レーダーはマップとほぼ同じだが索敵済みエリアの敵味方中立を問わずユニットを全て色分けした点で表示してくれる。
レーダーには自分を示す小さな白い点のみ。自分の周囲100mほどが原色で表示されている他は未探査を示すグレーで塗りつぶされている。
「うむ、見える範囲に敵が居ない。暇だ。せめて草原なら寝転んで惰眠を貪るのに。」
ゴツゴツした地面に寝転がる趣味は無い。
右下の4つのアイコンを何気に見つめる。「全マップ探査」が1つと「流星雨」が3つ。メタボ氏との打ち合わせで適当にでっち上げた初心者救済策。
「全マップ探査」は名前の通りマップ内の全ての範囲が索敵済みになる。また全てのユニットの弱点を初めとする詳細情報の閲覧が可能になる。
もっともある程度の知識がないと情報が多すぎて活用できないんじゃないかと思うがメタボ氏の強い意向で実装された。
ためしにスマホみたいに指でタップして実行してみる。
レーダーが全て索敵済みになり無数の敵が赤い点で表示される。レーダーの倍率を下げて広範囲を移す。
敵が多すぎてマップの上半分が赤くしか見えない。……敵、多すぎじゃん?
自軍の「ユニット」は多数を相手にしやすいのを選ばねば!
寡兵で大軍を撃破するのって燃えるよね!
◇
……そんなことを考えていた時代がありました。
「ユニット作成」……作成可能ユニットなし。
「ユニット配置」……作成済みユニットなし。
「レベル1のキャラで突撃しろとでもwww。」
さすがは夢。理不尽にも程がある。
ちらっと右下の「流星雨」アイコンをみる。
これは「流星雨」で殲滅しろという天の意思では!
「流星雨」は徹夜のハイテンションでパラメータを設定したのでキャンペーンシナリオのラスボスや隠しボス以外なら一撃で倒せるだけの無茶な威力がある。
初心者には「クリアできないマップはこれ使ってゴリ押ししてね」というメッセージを送りたい。
押しちゃう?
>はい
YES
ヤルッツェブラッキン
最後のはなんか違う。
まだ徹夜ハイが残っているのか、アイコンの一つをタップする。
……静寂が痛い。
すごいのを期待してたのに、何も起こりませんよ?
ちょっと哀しくて、その場に不貞寝した。ゴツゴツした地面で背中が痛い。
そして空を向いた視線に、それが目に入ったわけだが……。
おまたせ。
ようやく冒頭のシーンに戻るわけだ。
本名、鈴木一郎。キャラ名、サトゥーの異世界生活はこんな感じで始まった。VIVID XXL
2013年6月18日星期二
新入生を迎えよう
国立機操開発研究工房シルエットナイトラボラトリ、通称“国機研ラボ”――それは、フレメヴィーラ王国において唯一最大の幻晶騎士シルエットナイトの研究機関である。
その使命は幻晶騎士に関する様々な技術を収集し、新たな機体を創り上げること。建国以来の長きにわたり、彼らはそれを続けてきた。SUPER FAT BURNING
しかし幻晶騎士の開発スパンはおおまかに百年単位にも上る、気の長いものだ。そのため研究施設としてのみならず、平時は機体の製造施設として稼働している。
オービニエ山脈の山裾にはフレメヴィーラ王国の王都カンカネンを始めとして、ライヒアラ学園街などいくつかの街が存在している。
西フレメヴィーラ街道の始まり、この国の始まりの地。山地からなだらかに平地へとつながるこの地域には、国内でも大都市と呼ばれる街がいくつも集まっている。
そこから南へと馬車で数日の距離。賑わいとは切り離され、鬱蒼とした森の中にひっそりと存在しているのが国機研の拠点となる城塞都市“デュフォール”である。
カンカネンやライヒアラは城壁を持っている。魔獣のうろつくこの国では当然の備えであり、一定以上の街には大抵存在しているものだ。
デュフォールもその例に漏れず城壁に囲まれているが、組織の重要性を鑑みてかその規模は他をはるかに上回り、堅牢極まりないものだ。
街の形も独特だった。住居と思しき小さな建物はそこそこしかなく、街の過半を一つの施設が占拠している。その規模はフレメヴィーラ最大の学園施設、ライヒアラ騎操士学園すら凌ぐほどだ。
この施設こそが国機研の本体ともいえる、開発工房群なのであった。
外敵に備えた堅固な城壁、そして砦じみた巨大施設を中核とした街の構成。それらがデュフォールが城塞都市と呼ばれる由縁となっていた。
開発工房とよばれる巨大工房は、一つ一つが実に広大だ。内部には様々な設備と、試作と思しき機体が山のように存在する。
少々歴史を積み重ねすぎているが故に、積もりに積もった成果が雑然と並ぶ様はまさに混沌としか表現しようがない。それはそれでどこかのメカヲタクならば狂喜乱舞するかもしれないが。
そんな混沌の権化たる第一開発工房、その一角では今、大勢の鍛冶師が集まり何かしらの作業を行っている。
彼らの中心にあるのは4機の幻晶騎士。それはいささか無骨で、周囲の機体とは異なる意匠を有していた。
それは彼らが組み立てた機体なのだろうか。いや、彼らが熱中しているのはそれとは真逆の作業、その幻晶騎士を“解体”しているのだ。
「どうなってるんだ、これは……」「強度不足がおこるだと?」
「これは腕か……こんなものを増やして、動かそうなどと……」
彼らによってばらされている機体は解体される前から少なからず損傷を負っており、完全な形をした物はなかった。なかには大破と呼んで差し支えない状態のものすらある。
この機体の名は“テレスターレ”――カザドシュ砦の襲撃事件において賊の手に落ち、やむなく破壊するに至ったものだ。
本来ならばまずは修復されるべきなのであろうが、“製造元”である銀鳳騎士団ぎんおうきしだんが新型機開発へと突入したため宙に浮いてしまっていた。そのまま放置するよりは、と国機研での研究資料として提供されることになったのだ。
「ううむ、これはまっとうな状態でばらしたかったものだな」
「おお、この筋肉は……変わった取り付けかたになっているな」
鍛冶師たちはまるで玩具を与えられた子供のような表情で、片時も休まずに作業に従事している。
一つばらすたびに新たな機構が発見され、既存の機体とはかけ離れた構造を持つテレスターレの謎についての議論が巻き起こる。もちろん、その間も手が止まることはない。
地球という異世界の知識と発想が混ざったテレスターレは、この世界における因果関係を持たない。突然振って湧いたように現れたテレスターレの謎は、彼らの興味を強烈に刺激していた。
彼らはまるで貪り尽くすかのように巨人を構成する部品の一つ一つを丁寧に外し、それを作る技術を己が物にしようとしている。飢えた獣にも似た貪欲さで、黙々と作業が続けられる。
だが、そんな鍛冶師たちの有り余るほどの熱意にも関わらず、巨人の解体は一筋縄ではいかなかった。
やはり“ものが違いすぎた”のだ。これまでに彼らが手がけてきた機体とはまったく異質な発想により作られているが故に理解は遅々として進まず、ただ議論に終始する日もあった。
機体と同時に持ち込まれた“設計書”がなければ、その作業は果てなく続いていたかもしれない。
そんな鍛治師の意地と熱意だけが支配する開発工房にまったく違う雰囲気をまとう人影が現れた。
背が低くどっしりとした体型、表情は多くの皺に埋もれ、自身の身長を越えんばかりに長く伸ばされた髪と髭は丁寧に編みこまれてある。特徴的なその姿は、彼が歳経たドワーフ族であることを示していた。
「……ガイスカ工房長」
彼を出迎えた鍛冶師の表情には、微かに苦いものが混じっている。
ガイスカ・ヨーハンソン工房長――彼はこの第一開発工房を取りまとめる立場にある、いわば鍛冶師たちの上司に当る人物だ。
「またずいぶんと、時間をかけているではないか……もちろん、すでに作業は終わっているのだろうな?」
錆び付いた道具が上げる、軋みのような奇妙な響きを持つ声が鍛冶師たちの背を寒からしめる。
彼らはびくりと動きを止めると、些かバツの悪そうな視線を交わしあい、躊躇いがちに口を開いた。
「いくつもの興味深い部分が判明しています、工房長。しかしなにぶんこの機体は既存のものには見られない機構が多く、調べ終わるまでにはまだ時間が必要となるかと。
これはさながら宝の地図ですよ、調べれば調べるほど新しい発見が現れる。しかし一体何を考えればこんなものを作り出せるのか、まったく不明で……一緒に設計書が渡されなければどれほど苦労したことか。例えば……」
熱中すると無駄な饒舌さを発揮する、部下の悪癖を察知したガイスカは手を振ってその台詞を遮った。
「それで、どれほどのことがわかったのだ。かつそれは使えそうなものなのか?」
途端にそれまでの饒舌さが嘘のように鍛冶師が黙り込む。
その反応から悪い結果を汲み取るのはさほど困難なことではない。ガイスカの、皺に覆われた細い眼がさらに細く絞られていった。
「……まずは説明しろ」
「その、先ほどもいった通り元々の発想が違いすぎまして……模倣は不可能ではありませんが、把握するにいま少しの時間がかかるものと……」
彼がそれ以上の弁明を重ねることはなかった。ガイスカの瞳に宿る怒気を捉えたからだ。
「……お前は、たかが学生が作ったものに対し、我が国機研が誇る技術者がてこずっているとでもいうつもりか?」
「そのようなことは決して……! 成果は上がっております。例えばこの結晶筋肉クリスタルティシューの使い方、それまでに増して力を発揮するこの仕組みは比較的容易に応用が可能でありましょう」超級脂肪燃焼弾
鍛冶師の返答はガイスカをまったく満足させるものではなかったと見え、彼の表情は厳しいままだった。
報告を続ける鍛治師はすでに十分に冷や汗をかいていたが、この後に告げるべき内容を考えると逃げ出したい気分でいっぱいだった。
「その、工房長……他にも、問題がありまして……」
恐る恐る言い出された言葉に、ガイスカの顔から表情が消える。
「機構はいくらかの時間があれば解決できますが……別の問題がありまして。
この機体、どうやら魔導演算機マギウスエンジンまで大幅に手が加えられている様子。そちらは構文技師パーサーたちが全力を尽くしてはいますが、未だ全容は把握できておらず……」
「なに……しかし仮に魔導演算機が書き換えられていたといえ、機能から術式を類推できるのではないか?」
「確かに設計書を受け取っていますが、そこに書かれているところから……その、この機能をどうやって動かすのかがまったく不明で……」
再び眦を上げ始めたガイスカの様子に、鍛冶師たちの顔色はすでに完全に蒼白となっている。
「よいかお前たち。我らは陛下より、完全新型の開発を仰せつかっている……。完全な新型! およそ100年ぶりの大業だ!! 完成の暁には我らの名は歴史に残るものとなる。それを、このような最初の段階でまごついてどうするつもりだ!!」
弁明しようにも、事実として十分な成果が上がっていないのである。怒れる上司と現実の板ばさみ状態となった鍛治師たちは冷や汗にまみれていたが、どうにも状況は好転しそうになかった。
進退窮まる彼らを救ったのは、その場に現れた第三者からの言葉だった。
「こらこらガイスカ君、そんなに怒鳴り散らしては彼らも萎縮して、逆に作業の手が遅くなってしまうだろう」
それに対する両者の反応は劇的なものだった。ガイスカは弾かれたかのように振り返り、鍛冶師たちは救いを見出し喜色を浮かべている。
「これはこれはオルヴァー所長……椅子に根をはり体がなまるとお嘆きの貴方がかようなところにやってくるなど、本日はどのような心境の変化ですかな」
オルヴァー・ブロムダール――国機研の長、所長を務める人物である。彼は随分と若い男だった。ドワーフ族であるガイスカとは対照的な長身痩躯をゆったりとしたローブで包み、糸のように細い目に穏やかな笑みを浮かべている。
彼の登場はガイスカも予想していなかったのであろう、彼の顔には一瞬だけ相当な驚きが過ぎったが、周囲に悟られる前に打ち消していた。
「もちろんその“新型”を見るためさ。新型丸々1機が持ち込まれるとは建国以来初となる珍事だからね。どうせなら解説を聞けたほうがいいと思って、少し時間を置いたのさ。
鍛冶師キミたちも、これは陛下からの命ではあるが、だからといって焦ってもどうにもならないからね。ゆっくりでも確実に仕事をこなしてくれたまえ」
現金なもので、すぐさま了解を返すと鍛治師たちは横槍が入る前にそそくさと作業へと戻っていった。
すぐに、その場には苦々しさを残すガイスカとオルヴァーだけが残される。
「所長、困りますな。各工房、ないし鍛冶師の監督は我々工房長の領分。それを頭越しに指示を出されてはね」
「おっと、それもそうだね。でもあまり焦るのは良くないと思って、親切心からの忠告だよ」
「所長のお立場もお察しいたしますが、無用の心配かと……失礼します。他にも気になることはありますからな」
踵を返したガイスカが足早に去ってゆく。
オルヴァーはその姿を見ながら軽く肩をすくめた。
「まったく、ガイスカ君も頑固な男だ……有能ではあるが少し融通が利かなすぎていけないね、何事にも余裕は大事だというのに。特に今のように“我々が試されているとき”には、ね」
オルヴァーが現場を見に来た本当の理由。新型機に興味があったのも事実だが、真意は別のところにあった。
彼の耳に届いた新たな開発集団――銀鳳騎士団の噂。100年ぶりの新型機という鳴り物入りで現れた存在に、警戒を抱くなというほうが無理であろう。
「にわかには信じがたいが、陛下が我々以外の開発工房を開いたのは確か。それも、持ち込まれた新型の開発者たちを集めて、だ。対して、我々は明らかに後手にある」
解体作業のざわめきの中で、彼の呟きを聞くものはいない。
そもそも、彼も誰かに聞かせているつもりはないのだろう。
「我々は当て馬かな? それとも……荒療治のおつもりかな? 陛下も存外お人の悪い。
むしろ両方が目的かもしれないね。敢えて別の組織を作り、並べることで“競争”を促す……さて、考えすぎかな」
彼の独白は、喧騒の中にただ溶けて消えていった。
「“若造”めが……うまく陛下に取り入ったからとでかい面を……今に見ておれ」
足音も荒く進みながらガイスカは吐き捨てていた。鍛治師の報告を受けたときとはまた別の不快感が彼の神経を逆なでしている。
くぼんだ眼窩の奥で瞳に炎を滾らせながら、彼はテレスターレの残骸をにらみ殺さんとばかりに見つめている。
「次期制式量産機……そう、それさえ完成させれば私の名は歴史に残る。これ以上あの若造にでかい顔をさせることもない……!!」
昏い炎と共に決意を新たにした彼は口元に不吉な笑みを浮かべている。
そして悲願成就へ向け、不甲斐ない部下をたきつけるべく再び声を張り上げるのだった。
フレメヴィーラ王国を覆っていた冬は過ぎ、春の訪れと共にライヒアラ騎操士学園は旅立ちと出会いの季節を迎えていた。
今年も課程を修めた学生たちが卒業してゆき、入れ替わりに新入生が入ってくる。
新たな学年へと進級するものがいて、新たな段階へ進学するものもいる。
学生たちは新たに入れ替わった、または代わり映えのしない顔ぶれとともに新たな1年の歩みを始めていた。
学園のそこかしこを浮かれた空気が漂う中、高等部である騎操士学部も新たな学生を迎えていた。
騎操士ナイトランナーや鍛冶師を目指し、幻晶騎士に関わらんとする学生は騎操士学部を目指してくる。
希望と熱意に燃える彼らは知らなかった。今年度から、騎操士学部は常識の息絶えた魔界へと変貌を遂げているということを。
一歩ごとに微かな振動を地に与えながら、幻晶騎士・カルダトアが歩みを進める。
教官に案内され移動している途中だった新米騎操士と新米鍛冶師たちは、それを目にしてざわめきを抑えられないで居た。
カルダトアは長きにわたって制式量産機としてフレメヴィーラの地を護ってきた機体である。国内における知名度では他の機体をはるかに凌いでおり、ある意味代名詞とでもいうべきものだ。
彼らは「制式量産機を多数保有しているとは、さすがはライヒアラだ」と感心し、さらに自分たちがそれに触れることができるという喜びに体を震わせていた。
彼らが向かうのは先ほどのカルダトアが出てきた場所、工房だ。
内部は相変わらず鍛冶の熱気に包まれており、さらには整備台には数多くのカルダトアが座って並んでいるのが見える。
さらに奥にある鍛冶場では鍛冶師が今まさに鉄を打ち、部品を作っている最中だった。
自分たちがこれから学ぶ場所、しかし彼らはその様子を見て首をかしげ、疑問符を浮かべていた。終極痩身
部品を作る鍛冶師。それ自体はなんら珍しいものではないし、鍛冶師学科の生徒ならば一度ならず身に覚えのある光景だ。
奇妙なのは鍛冶師が身に纏っているものだった。それはどうみても鎧なのである。
当たり前のことではあるが鎧とは防具であって鍛冶に必要なものではない、どころか邪魔ですらあるだろう。
そう、鍛冶師が使っているのは尋常の鎧ではなかった。それはエルネスティが考案した超小型幻晶騎士とでもいうべき代物、幻晶甲冑シルエットギアだ。
最初期に作られた幻晶甲冑である“モートルビート”型は動作にあまりにも高い魔法演算能力を必要とし、普通の人間には扱えない失敗作だった。しかしその有用性に目をつけた学園上層部と戦闘能力を目の当たりにしたディクスゴード公爵の働きかけにより、量産の検討依頼と共に魔導演算機に関する技術が提供されることになる。
そうして新たに開発された小型の魔導演算機を搭載した普及型の幻晶甲冑、それがこの“モートリフト”型である。鍛冶師が使っているのはその先行試作機に当る。
モートルビートは大型の全身鎧という趣の形状をしているが、モートリフトはそうではない。
製造工程を簡素にするために手脚の構造は大胆に簡略化されている。顕著なのが胴体部分で、そこにはまったく装甲が存在しない。操縦者は腰に当る部分に軽く座るような格好で、背骨に当るメインフレームに革帯を使って体を固定して乗り込む。その周囲には事故対策として”鉄柵”と呼ばれるフレーム状の簡易防護があるのみだ。
限りなく作業用と割り切られた身を守る鎧としての能力はないに等しい構造だが、内部に熱がこもらないため特に鍛冶仕事では好評だったりする。
豪快な音を立てて槌を振るモートリフトを見て、新入生のうち何人かは去年の記憶を思い出していた。
モートルビートの製造時にエルやキッド、アディは学園内や街中を走り回っていたこともあり、それを覚えていた者もいたのだ。
それでもまさか、作業用として量産配備が始まろうとは思ってもみなかったようだが。
「おう、新入りどもがきたか」
工房の奥から響く槌の音にも負けない大きさの声が轟き、新入生たちは驚愕にびくりと震えてから振り向いた。
彼らの前に現れたのは一人の上級生だ。いや、正確には“元”上級生というべきか。
そこに居るのは、今や“銀鳳騎士団直属鍛冶師隊隊長”なる仰々しい肩書きを背負う、親方ことダーヴィド・ヘプケンその人である。
ドワーフ族の特徴でもある、背は低いが筋肉質で頑強な体躯。長い間鍛冶仕事のために振るわれ続けた彼の腕は、それ自体が鉄でできているのではないかと思うほど剛健な雰囲気を放っている。
彼はたった一人でありながら、その存在感だけで新入生全員を圧していた。
「おう、待ってたぜ。いや、最近はちょいとばかしやることが山積み過ぎて圧死しそうだったからな、おめぇらには期待してるぜ。これからはキリキリ働いてもらうから、そのつもりでな」
「親方、それじゃあ不親切を通り越して脅しているようにしか聞こえないぞ」
溜息と共に彼を諌めながら現れたのはエドガー・C・ブランシュ。彼は現在は2個中隊を抱える銀鳳騎士団において、“1番中隊隊長”という立場についていた。
金髪を短めに刈り込み、立派な体躯を使い古された革鎧で覆っている様は、まさに歴戦の兵といった趣である。実際には彼もまだ若いのだが、さらに若い新入生からすれば十分な貫禄が感じられるというものだ。
「ようこそ新入生の皆、騎操士学部、そして銀鳳騎士団へ。歓迎するよ。
色々とまだわからないこともあると思うから簡単に説明する。あの鍛冶師が使っているのは幻晶甲冑という……小型の幻晶騎士といったものだ。我々が開発した。
現在はまだ試作段階にあり、大々的な普及にはうつっていない。ひとまず自分たちでこうして試しているわけだが、鍛冶師の評判はなかなかのようだな」
新入生からは抑えたどよめきが上がった。だんだんと、彼らの聞き及んでいた騎操士学部とは様変わりしていることに気付き始めたのだ。
「いずれ諸君らにも幻晶騎士を動かしたり作ったりしてもらうが、その前にまずは幻晶甲冑に慣れてもらいたい。特にここにいる騎操士と鍛冶師には今後必須となると思ってもらって良い」
「それで慣れたところで、おめぇらにはまずカルダトアの改修をやってもらうつもりでいるからよ、覚悟しとけ」
あまりといえばあんまりな台詞に新入生は全員そろって呆けたような表情を晒していた。
ここにいるのは新入生なのだ。まず1年は先輩の手伝いという形で経験を積み、2年目から本格的に触り始めるのが通例だ。それが、いくらか訓練をした後はすぐさまカルダトアの改修に入るという。彼らにしてみればまさに急転直下の展開だ。
そして、混乱に陥っていた彼らの元へとさらなる災禍が現れる。
「あ、新入生の……先輩? がたがいらっしゃったのですね」
鉄と炎に満ちた空間には場違いな、小鳥の囀さえずりのような声が彼らの思考に割り込んできた。ゆっくりと視線をめぐらせた彼らが見たのは、ふわふわと銀色の髪をはためかせながら現れた小柄な少年の姿だった。
銀鳳騎士団団長エルネスティ・エチェバルリアである。
エルの姿を見た新入生たちは唖然とした表情から、さらに奇妙なゆがみを見せた。見知らぬ子供だから、ではない。むしろ彼らのほとんどがエルネスティを知っているがゆえに驚きと何故ここにいる、という疑問を感じているのだ。
それは昨年に起こった陸皇亀ベヘモス事件でのことだ。
森の中で孤立し、窮地に陥っていた中等部の騎士――現、騎操士学科1回生の大半――を援護するために飛び回ったのは他でもないエル、キッド、アディの3人である。
それでなくとも騎士学科の間ではエルは色々な意味で有名人だったりする。直接の面識はなくともすぐさま彼だと知れたのだ。
エルは戸惑いに硬直した場の空気を感じ、微妙な苦笑を浮かべるエドガーを見やるとなにやら納得を見せる。
「……もしかして段取りを間違えてしまいました?」
「もう少し説明してからと思っていたがまぁいいさ、遅かれ早かれだろう。授業に出ていると思って、伝えていなかった俺たちにも問題はある」
エドガーは新入生に多大な同情を覚えながらも、咳払いをしてから言い聞かせるようにゆっくりと話しだした。
「もうひとつ、非常に重要な連絡になるんだが……現在、騎操士学部の各施設は陛下直属の特設騎士団・銀鳳騎士団により徴発された状態にある。ついでに我々はみな、その団員ということになっている。御秀堂 養顔痩身カプセル
そして君達は騎操士学部の新入生であるが、同時に銀鳳騎士団付きの見習い騎士という身分になることを覚えておいてくれ。ああ、心配しなくとも教育内容をおろそかにすることはしないよ」
国王直属の騎士団というインパクト満開な肩書きに、彼らは驚愕を通り越して冷や汗をかき始めていた。進学前に想像していた普通の学生生活などここには微塵も存在せず、事態は彼らの想像の埒外へと爆走を始めている。
「それで、肝心なのはここからで……銀鳳騎士団とは幻晶騎士の製造、運用に特化した集団と思ってくれ。そしてその中心人物であり騎士団長でもあるのが……この、エルネスティ・エチェバルリアだ」
ぺこりと頭を下げるエルを前に、理解の追いつかない新入生たちが硬直している。
その様子にはさすがの親方も同情してしまうほどだった。
「あー、その、なんだ。色々と思うところはあると思うが、本格的には明日から始めようと思う。今日のところはここまでにしよう」
エドガーの締めくくりの言葉を受けつつ、新入生たちは自分の人生が大暴走を始めたことを、はっきりと悟っていた。
初日にして衝撃に打ちのめされた様子の騎操士学部の新入生たちが疲れた様子を隠せぬままぞろぞろと退出してゆく。
その中に一人、違う動きをしている者がいた。その人物は目立たぬように集団から離れていたが、全員が移動した隙を見計らって一人工房へと戻ってゆく。
「エチェバルリア騎士団長」
エルは、足元に伸びてきたすらりとした長身の影を見て振り向いた。
その人物は、騎操士学科の準騎操士が使用する革製の簡易防具を身につけている。まだ真新しいそれから察するに、新入生の一人なのだろう。
だがエルには、その人物に見覚えがあった。笑顔で頷くと先に歩き始めた親方とエドガーへ声をかける。
「すいません、二人とも先に戻っていてもらえますか? 僕は少し話がありますので」
親方とエドガーは顔を見合わせ、そのまま工房の奥へと戻ってゆく。
エルとその新入生は、誰も使用していない会議室へと向かっていった。
「意外ですね、“藍鷹騎士団”に所属する貴女が、騎操士学部の新入生になっているとは」
「もともと私は“連絡要員”として派遣されることになっていましたので。他にもいくらかの目的があり、こういった形になりました」
エルは身長差のある相手を見上げながら、何かに納得するような表情を見せる。
彼女の名は“ノーラ・フリュクバリ”、藍鷹騎士団に既に所属している騎士の一人だ。
“藍鷹騎士団”――その名前は一般には知られていない。そもそもどこの砦を調べたとしても、そのような名前の騎士団は存在しない。
実体なき騎士団、つまり彼女らは先日の銅牙騎士団と同じく、いわゆる“間者”の集団なのだ。その藍鷹騎士団が名前を出して動く理由は、彼女たちの任務に大いに関係があった。
「こうして報告に来たということは、何かしらの成果が上がったということですね?」
中途半端な長さの髪の毛をさっと払った彼女は無表情のまま頷いて肯定すると、そのまま抑揚の少ない口調で話し始めた。
「まずは先日の“調査”の結果について報告を。“銀鳳騎士団にいる者、及び学園に所属する者全員の素性の洗いなおし”については完了しました。
結果として経歴に不審な点のある者が数名、見つかっています」
銀鳳騎士団の結成と前後して国王アンブロシウスから彼女たちに下された命令、それがライヒアラ騎操士学園の徹底調査である。
藍鷹騎士団の存在を知る者は多くはない。全貌を知るものに至っては、アンブロシウス以外にはいないだろう。エルとしても“連絡員”として紹介された、目の前の人物以外についてはまったく知らない。
「……以上により先日のカザドシュでの事件は、事前に内部から情報が伝わったという可能性が高いと推測されます」
「他に経路は考えにくかったですが、やはりですか。しかしそうすると、学園ここには前々から他国の人間が混ざりこんでいるということになりますね」
やはりノーラはにこりともせず、淡々と肯定だけを返した。
「恐らくは定期的に異分子を混ぜ込んでいたのだと推測されます。いくらか確認したところ、毎年の卒業者の中に不自然に足取りのつかめない者がいることもわかっています」
毎年大勢の人間を受け入れている学園では身元調査などは最低限度のものになるし、就学態度がまっとうである限り放り出されることも無い。そして自動的に最新の知識が伝授されるのである。さぞ調査は捗ったろうと、エルは内心で苦笑していた。
彼女はそれ自体には特に感想を述べるでもなく報告を続ける。
「問題の人物は既に“処置”を終え、連絡経路も特定済みです。どうやら先日の一件で敵の力は相当に落ちた様子。私たちはこれを機に、国内より敵対勢力を排除すべく行動を起こしています。
同時に今後送り込まれる間者を防ぐべく手の者を学園、及び都市内に配置し“結界”を敷きました。今後、同様の事態を起こす心配はありません」
さすがのエルにも諜報戦は専門外であり、さしたる対抗策も持ってはいない。
防諜に関しては彼女たちにすべてを任せることになるだろう。
「それに関しては、専門である貴女がたに一任します。今後は定期的に状況だけは教えてください」
「承知いたしました。私は連絡の担当として、このまま騎操士学科の教科に参加しています。何かありましたら私を通じてお伝えいたします」
報告を終えたノーラは丁寧な一礼を残して立ち去っていった。
その背中を見ながら、エルは物憂げに目を細め、ただ口元には不穏な笑みを浮かべていた。
「(……新型機強奪にスパイかぁ、面白うなってきたとか思うのは、あかんかねぇ)」
彼の真意を知るものがいないことは、むしろ救いといえたかもしれない。
ノーラが立ち去ったあとも一人でにまにまとしていたエルだが、不意に誰かがやってくることに気づいた。
しかも彼の背後に回りこむような動きに警戒を覚えるが、直後にそれが馴染みのものであると気付いた。
後ろから現れた人物も気配を隠すようなことはせず、堂々とエルに近づき、そのまま抱きついてくる。
「エールー君」
エルの予想通り、現れたのはアディだった。
「今の女の人、誰?」
「騎操士学科の新入生ですよ」
「何を話してたの? なーんだか楽しそうだったね」
「そうでしょうか?」
楽しそうだったとすればスパイの存在についてであろうが、それはさすがにアディ相手であっても説明できないことに属する。
何も言わず笑みを浮かべて首を傾げるエルをアディは少し釈然としない風に見ていたが、ふと笑顔へ戻った。
「綺麗な人。それに背、高かったね」
「……ええ、ソウデスネ」
少しばかりエルの返答は堅かった。アディの腕の中にすっぽり入るサイズのエル、何がとはいわないがその差は年々開く一方である。人は努力だけでは報われないときもあるのだ。
「エル君、私もけっこう背が高いよ?」
「はい? もちろんわかっていますし、現在進行形で実感していますよ」
自身の頭上に存在するアディの顔を見上げながら、微妙に恨めしげな表情を浮かべるエル。
その後、何かに納得したのか「ならよろしい」と言い残して去って行くアディに、エルは本格的に首をひねることとなった。
「え? あれ? 結局なにも用事はなかったんですか?」
答えを持つものは既にその場には、いなかった。御秀堂養顔痩身カプセル第3代
その使命は幻晶騎士に関する様々な技術を収集し、新たな機体を創り上げること。建国以来の長きにわたり、彼らはそれを続けてきた。SUPER FAT BURNING
しかし幻晶騎士の開発スパンはおおまかに百年単位にも上る、気の長いものだ。そのため研究施設としてのみならず、平時は機体の製造施設として稼働している。
オービニエ山脈の山裾にはフレメヴィーラ王国の王都カンカネンを始めとして、ライヒアラ学園街などいくつかの街が存在している。
西フレメヴィーラ街道の始まり、この国の始まりの地。山地からなだらかに平地へとつながるこの地域には、国内でも大都市と呼ばれる街がいくつも集まっている。
そこから南へと馬車で数日の距離。賑わいとは切り離され、鬱蒼とした森の中にひっそりと存在しているのが国機研の拠点となる城塞都市“デュフォール”である。
カンカネンやライヒアラは城壁を持っている。魔獣のうろつくこの国では当然の備えであり、一定以上の街には大抵存在しているものだ。
デュフォールもその例に漏れず城壁に囲まれているが、組織の重要性を鑑みてかその規模は他をはるかに上回り、堅牢極まりないものだ。
街の形も独特だった。住居と思しき小さな建物はそこそこしかなく、街の過半を一つの施設が占拠している。その規模はフレメヴィーラ最大の学園施設、ライヒアラ騎操士学園すら凌ぐほどだ。
この施設こそが国機研の本体ともいえる、開発工房群なのであった。
外敵に備えた堅固な城壁、そして砦じみた巨大施設を中核とした街の構成。それらがデュフォールが城塞都市と呼ばれる由縁となっていた。
開発工房とよばれる巨大工房は、一つ一つが実に広大だ。内部には様々な設備と、試作と思しき機体が山のように存在する。
少々歴史を積み重ねすぎているが故に、積もりに積もった成果が雑然と並ぶ様はまさに混沌としか表現しようがない。それはそれでどこかのメカヲタクならば狂喜乱舞するかもしれないが。
そんな混沌の権化たる第一開発工房、その一角では今、大勢の鍛冶師が集まり何かしらの作業を行っている。
彼らの中心にあるのは4機の幻晶騎士。それはいささか無骨で、周囲の機体とは異なる意匠を有していた。
それは彼らが組み立てた機体なのだろうか。いや、彼らが熱中しているのはそれとは真逆の作業、その幻晶騎士を“解体”しているのだ。
「どうなってるんだ、これは……」「強度不足がおこるだと?」
「これは腕か……こんなものを増やして、動かそうなどと……」
彼らによってばらされている機体は解体される前から少なからず損傷を負っており、完全な形をした物はなかった。なかには大破と呼んで差し支えない状態のものすらある。
この機体の名は“テレスターレ”――カザドシュ砦の襲撃事件において賊の手に落ち、やむなく破壊するに至ったものだ。
本来ならばまずは修復されるべきなのであろうが、“製造元”である銀鳳騎士団ぎんおうきしだんが新型機開発へと突入したため宙に浮いてしまっていた。そのまま放置するよりは、と国機研での研究資料として提供されることになったのだ。
「ううむ、これはまっとうな状態でばらしたかったものだな」
「おお、この筋肉は……変わった取り付けかたになっているな」
鍛冶師たちはまるで玩具を与えられた子供のような表情で、片時も休まずに作業に従事している。
一つばらすたびに新たな機構が発見され、既存の機体とはかけ離れた構造を持つテレスターレの謎についての議論が巻き起こる。もちろん、その間も手が止まることはない。
地球という異世界の知識と発想が混ざったテレスターレは、この世界における因果関係を持たない。突然振って湧いたように現れたテレスターレの謎は、彼らの興味を強烈に刺激していた。
彼らはまるで貪り尽くすかのように巨人を構成する部品の一つ一つを丁寧に外し、それを作る技術を己が物にしようとしている。飢えた獣にも似た貪欲さで、黙々と作業が続けられる。
だが、そんな鍛冶師たちの有り余るほどの熱意にも関わらず、巨人の解体は一筋縄ではいかなかった。
やはり“ものが違いすぎた”のだ。これまでに彼らが手がけてきた機体とはまったく異質な発想により作られているが故に理解は遅々として進まず、ただ議論に終始する日もあった。
機体と同時に持ち込まれた“設計書”がなければ、その作業は果てなく続いていたかもしれない。
そんな鍛治師の意地と熱意だけが支配する開発工房にまったく違う雰囲気をまとう人影が現れた。
背が低くどっしりとした体型、表情は多くの皺に埋もれ、自身の身長を越えんばかりに長く伸ばされた髪と髭は丁寧に編みこまれてある。特徴的なその姿は、彼が歳経たドワーフ族であることを示していた。
「……ガイスカ工房長」
彼を出迎えた鍛冶師の表情には、微かに苦いものが混じっている。
ガイスカ・ヨーハンソン工房長――彼はこの第一開発工房を取りまとめる立場にある、いわば鍛冶師たちの上司に当る人物だ。
「またずいぶんと、時間をかけているではないか……もちろん、すでに作業は終わっているのだろうな?」
錆び付いた道具が上げる、軋みのような奇妙な響きを持つ声が鍛冶師たちの背を寒からしめる。
彼らはびくりと動きを止めると、些かバツの悪そうな視線を交わしあい、躊躇いがちに口を開いた。
「いくつもの興味深い部分が判明しています、工房長。しかしなにぶんこの機体は既存のものには見られない機構が多く、調べ終わるまでにはまだ時間が必要となるかと。
これはさながら宝の地図ですよ、調べれば調べるほど新しい発見が現れる。しかし一体何を考えればこんなものを作り出せるのか、まったく不明で……一緒に設計書が渡されなければどれほど苦労したことか。例えば……」
熱中すると無駄な饒舌さを発揮する、部下の悪癖を察知したガイスカは手を振ってその台詞を遮った。
「それで、どれほどのことがわかったのだ。かつそれは使えそうなものなのか?」
途端にそれまでの饒舌さが嘘のように鍛冶師が黙り込む。
その反応から悪い結果を汲み取るのはさほど困難なことではない。ガイスカの、皺に覆われた細い眼がさらに細く絞られていった。
「……まずは説明しろ」
「その、先ほどもいった通り元々の発想が違いすぎまして……模倣は不可能ではありませんが、把握するにいま少しの時間がかかるものと……」
彼がそれ以上の弁明を重ねることはなかった。ガイスカの瞳に宿る怒気を捉えたからだ。
「……お前は、たかが学生が作ったものに対し、我が国機研が誇る技術者がてこずっているとでもいうつもりか?」
「そのようなことは決して……! 成果は上がっております。例えばこの結晶筋肉クリスタルティシューの使い方、それまでに増して力を発揮するこの仕組みは比較的容易に応用が可能でありましょう」超級脂肪燃焼弾
鍛冶師の返答はガイスカをまったく満足させるものではなかったと見え、彼の表情は厳しいままだった。
報告を続ける鍛治師はすでに十分に冷や汗をかいていたが、この後に告げるべき内容を考えると逃げ出したい気分でいっぱいだった。
「その、工房長……他にも、問題がありまして……」
恐る恐る言い出された言葉に、ガイスカの顔から表情が消える。
「機構はいくらかの時間があれば解決できますが……別の問題がありまして。
この機体、どうやら魔導演算機マギウスエンジンまで大幅に手が加えられている様子。そちらは構文技師パーサーたちが全力を尽くしてはいますが、未だ全容は把握できておらず……」
「なに……しかし仮に魔導演算機が書き換えられていたといえ、機能から術式を類推できるのではないか?」
「確かに設計書を受け取っていますが、そこに書かれているところから……その、この機能をどうやって動かすのかがまったく不明で……」
再び眦を上げ始めたガイスカの様子に、鍛冶師たちの顔色はすでに完全に蒼白となっている。
「よいかお前たち。我らは陛下より、完全新型の開発を仰せつかっている……。完全な新型! およそ100年ぶりの大業だ!! 完成の暁には我らの名は歴史に残るものとなる。それを、このような最初の段階でまごついてどうするつもりだ!!」
弁明しようにも、事実として十分な成果が上がっていないのである。怒れる上司と現実の板ばさみ状態となった鍛治師たちは冷や汗にまみれていたが、どうにも状況は好転しそうになかった。
進退窮まる彼らを救ったのは、その場に現れた第三者からの言葉だった。
「こらこらガイスカ君、そんなに怒鳴り散らしては彼らも萎縮して、逆に作業の手が遅くなってしまうだろう」
それに対する両者の反応は劇的なものだった。ガイスカは弾かれたかのように振り返り、鍛冶師たちは救いを見出し喜色を浮かべている。
「これはこれはオルヴァー所長……椅子に根をはり体がなまるとお嘆きの貴方がかようなところにやってくるなど、本日はどのような心境の変化ですかな」
オルヴァー・ブロムダール――国機研の長、所長を務める人物である。彼は随分と若い男だった。ドワーフ族であるガイスカとは対照的な長身痩躯をゆったりとしたローブで包み、糸のように細い目に穏やかな笑みを浮かべている。
彼の登場はガイスカも予想していなかったのであろう、彼の顔には一瞬だけ相当な驚きが過ぎったが、周囲に悟られる前に打ち消していた。
「もちろんその“新型”を見るためさ。新型丸々1機が持ち込まれるとは建国以来初となる珍事だからね。どうせなら解説を聞けたほうがいいと思って、少し時間を置いたのさ。
鍛冶師キミたちも、これは陛下からの命ではあるが、だからといって焦ってもどうにもならないからね。ゆっくりでも確実に仕事をこなしてくれたまえ」
現金なもので、すぐさま了解を返すと鍛治師たちは横槍が入る前にそそくさと作業へと戻っていった。
すぐに、その場には苦々しさを残すガイスカとオルヴァーだけが残される。
「所長、困りますな。各工房、ないし鍛冶師の監督は我々工房長の領分。それを頭越しに指示を出されてはね」
「おっと、それもそうだね。でもあまり焦るのは良くないと思って、親切心からの忠告だよ」
「所長のお立場もお察しいたしますが、無用の心配かと……失礼します。他にも気になることはありますからな」
踵を返したガイスカが足早に去ってゆく。
オルヴァーはその姿を見ながら軽く肩をすくめた。
「まったく、ガイスカ君も頑固な男だ……有能ではあるが少し融通が利かなすぎていけないね、何事にも余裕は大事だというのに。特に今のように“我々が試されているとき”には、ね」
オルヴァーが現場を見に来た本当の理由。新型機に興味があったのも事実だが、真意は別のところにあった。
彼の耳に届いた新たな開発集団――銀鳳騎士団の噂。100年ぶりの新型機という鳴り物入りで現れた存在に、警戒を抱くなというほうが無理であろう。
「にわかには信じがたいが、陛下が我々以外の開発工房を開いたのは確か。それも、持ち込まれた新型の開発者たちを集めて、だ。対して、我々は明らかに後手にある」
解体作業のざわめきの中で、彼の呟きを聞くものはいない。
そもそも、彼も誰かに聞かせているつもりはないのだろう。
「我々は当て馬かな? それとも……荒療治のおつもりかな? 陛下も存外お人の悪い。
むしろ両方が目的かもしれないね。敢えて別の組織を作り、並べることで“競争”を促す……さて、考えすぎかな」
彼の独白は、喧騒の中にただ溶けて消えていった。
「“若造”めが……うまく陛下に取り入ったからとでかい面を……今に見ておれ」
足音も荒く進みながらガイスカは吐き捨てていた。鍛治師の報告を受けたときとはまた別の不快感が彼の神経を逆なでしている。
くぼんだ眼窩の奥で瞳に炎を滾らせながら、彼はテレスターレの残骸をにらみ殺さんとばかりに見つめている。
「次期制式量産機……そう、それさえ完成させれば私の名は歴史に残る。これ以上あの若造にでかい顔をさせることもない……!!」
昏い炎と共に決意を新たにした彼は口元に不吉な笑みを浮かべている。
そして悲願成就へ向け、不甲斐ない部下をたきつけるべく再び声を張り上げるのだった。
フレメヴィーラ王国を覆っていた冬は過ぎ、春の訪れと共にライヒアラ騎操士学園は旅立ちと出会いの季節を迎えていた。
今年も課程を修めた学生たちが卒業してゆき、入れ替わりに新入生が入ってくる。
新たな学年へと進級するものがいて、新たな段階へ進学するものもいる。
学生たちは新たに入れ替わった、または代わり映えのしない顔ぶれとともに新たな1年の歩みを始めていた。
学園のそこかしこを浮かれた空気が漂う中、高等部である騎操士学部も新たな学生を迎えていた。
騎操士ナイトランナーや鍛冶師を目指し、幻晶騎士に関わらんとする学生は騎操士学部を目指してくる。
希望と熱意に燃える彼らは知らなかった。今年度から、騎操士学部は常識の息絶えた魔界へと変貌を遂げているということを。
一歩ごとに微かな振動を地に与えながら、幻晶騎士・カルダトアが歩みを進める。
教官に案内され移動している途中だった新米騎操士と新米鍛冶師たちは、それを目にしてざわめきを抑えられないで居た。
カルダトアは長きにわたって制式量産機としてフレメヴィーラの地を護ってきた機体である。国内における知名度では他の機体をはるかに凌いでおり、ある意味代名詞とでもいうべきものだ。
彼らは「制式量産機を多数保有しているとは、さすがはライヒアラだ」と感心し、さらに自分たちがそれに触れることができるという喜びに体を震わせていた。
彼らが向かうのは先ほどのカルダトアが出てきた場所、工房だ。
内部は相変わらず鍛冶の熱気に包まれており、さらには整備台には数多くのカルダトアが座って並んでいるのが見える。
さらに奥にある鍛冶場では鍛冶師が今まさに鉄を打ち、部品を作っている最中だった。
自分たちがこれから学ぶ場所、しかし彼らはその様子を見て首をかしげ、疑問符を浮かべていた。終極痩身
部品を作る鍛冶師。それ自体はなんら珍しいものではないし、鍛冶師学科の生徒ならば一度ならず身に覚えのある光景だ。
奇妙なのは鍛冶師が身に纏っているものだった。それはどうみても鎧なのである。
当たり前のことではあるが鎧とは防具であって鍛冶に必要なものではない、どころか邪魔ですらあるだろう。
そう、鍛冶師が使っているのは尋常の鎧ではなかった。それはエルネスティが考案した超小型幻晶騎士とでもいうべき代物、幻晶甲冑シルエットギアだ。
最初期に作られた幻晶甲冑である“モートルビート”型は動作にあまりにも高い魔法演算能力を必要とし、普通の人間には扱えない失敗作だった。しかしその有用性に目をつけた学園上層部と戦闘能力を目の当たりにしたディクスゴード公爵の働きかけにより、量産の検討依頼と共に魔導演算機に関する技術が提供されることになる。
そうして新たに開発された小型の魔導演算機を搭載した普及型の幻晶甲冑、それがこの“モートリフト”型である。鍛冶師が使っているのはその先行試作機に当る。
モートルビートは大型の全身鎧という趣の形状をしているが、モートリフトはそうではない。
製造工程を簡素にするために手脚の構造は大胆に簡略化されている。顕著なのが胴体部分で、そこにはまったく装甲が存在しない。操縦者は腰に当る部分に軽く座るような格好で、背骨に当るメインフレームに革帯を使って体を固定して乗り込む。その周囲には事故対策として”鉄柵”と呼ばれるフレーム状の簡易防護があるのみだ。
限りなく作業用と割り切られた身を守る鎧としての能力はないに等しい構造だが、内部に熱がこもらないため特に鍛冶仕事では好評だったりする。
豪快な音を立てて槌を振るモートリフトを見て、新入生のうち何人かは去年の記憶を思い出していた。
モートルビートの製造時にエルやキッド、アディは学園内や街中を走り回っていたこともあり、それを覚えていた者もいたのだ。
それでもまさか、作業用として量産配備が始まろうとは思ってもみなかったようだが。
「おう、新入りどもがきたか」
工房の奥から響く槌の音にも負けない大きさの声が轟き、新入生たちは驚愕にびくりと震えてから振り向いた。
彼らの前に現れたのは一人の上級生だ。いや、正確には“元”上級生というべきか。
そこに居るのは、今や“銀鳳騎士団直属鍛冶師隊隊長”なる仰々しい肩書きを背負う、親方ことダーヴィド・ヘプケンその人である。
ドワーフ族の特徴でもある、背は低いが筋肉質で頑強な体躯。長い間鍛冶仕事のために振るわれ続けた彼の腕は、それ自体が鉄でできているのではないかと思うほど剛健な雰囲気を放っている。
彼はたった一人でありながら、その存在感だけで新入生全員を圧していた。
「おう、待ってたぜ。いや、最近はちょいとばかしやることが山積み過ぎて圧死しそうだったからな、おめぇらには期待してるぜ。これからはキリキリ働いてもらうから、そのつもりでな」
「親方、それじゃあ不親切を通り越して脅しているようにしか聞こえないぞ」
溜息と共に彼を諌めながら現れたのはエドガー・C・ブランシュ。彼は現在は2個中隊を抱える銀鳳騎士団において、“1番中隊隊長”という立場についていた。
金髪を短めに刈り込み、立派な体躯を使い古された革鎧で覆っている様は、まさに歴戦の兵といった趣である。実際には彼もまだ若いのだが、さらに若い新入生からすれば十分な貫禄が感じられるというものだ。
「ようこそ新入生の皆、騎操士学部、そして銀鳳騎士団へ。歓迎するよ。
色々とまだわからないこともあると思うから簡単に説明する。あの鍛冶師が使っているのは幻晶甲冑という……小型の幻晶騎士といったものだ。我々が開発した。
現在はまだ試作段階にあり、大々的な普及にはうつっていない。ひとまず自分たちでこうして試しているわけだが、鍛冶師の評判はなかなかのようだな」
新入生からは抑えたどよめきが上がった。だんだんと、彼らの聞き及んでいた騎操士学部とは様変わりしていることに気付き始めたのだ。
「いずれ諸君らにも幻晶騎士を動かしたり作ったりしてもらうが、その前にまずは幻晶甲冑に慣れてもらいたい。特にここにいる騎操士と鍛冶師には今後必須となると思ってもらって良い」
「それで慣れたところで、おめぇらにはまずカルダトアの改修をやってもらうつもりでいるからよ、覚悟しとけ」
あまりといえばあんまりな台詞に新入生は全員そろって呆けたような表情を晒していた。
ここにいるのは新入生なのだ。まず1年は先輩の手伝いという形で経験を積み、2年目から本格的に触り始めるのが通例だ。それが、いくらか訓練をした後はすぐさまカルダトアの改修に入るという。彼らにしてみればまさに急転直下の展開だ。
そして、混乱に陥っていた彼らの元へとさらなる災禍が現れる。
「あ、新入生の……先輩? がたがいらっしゃったのですね」
鉄と炎に満ちた空間には場違いな、小鳥の囀さえずりのような声が彼らの思考に割り込んできた。ゆっくりと視線をめぐらせた彼らが見たのは、ふわふわと銀色の髪をはためかせながら現れた小柄な少年の姿だった。
銀鳳騎士団団長エルネスティ・エチェバルリアである。
エルの姿を見た新入生たちは唖然とした表情から、さらに奇妙なゆがみを見せた。見知らぬ子供だから、ではない。むしろ彼らのほとんどがエルネスティを知っているがゆえに驚きと何故ここにいる、という疑問を感じているのだ。
それは昨年に起こった陸皇亀ベヘモス事件でのことだ。
森の中で孤立し、窮地に陥っていた中等部の騎士――現、騎操士学科1回生の大半――を援護するために飛び回ったのは他でもないエル、キッド、アディの3人である。
それでなくとも騎士学科の間ではエルは色々な意味で有名人だったりする。直接の面識はなくともすぐさま彼だと知れたのだ。
エルは戸惑いに硬直した場の空気を感じ、微妙な苦笑を浮かべるエドガーを見やるとなにやら納得を見せる。
「……もしかして段取りを間違えてしまいました?」
「もう少し説明してからと思っていたがまぁいいさ、遅かれ早かれだろう。授業に出ていると思って、伝えていなかった俺たちにも問題はある」
エドガーは新入生に多大な同情を覚えながらも、咳払いをしてから言い聞かせるようにゆっくりと話しだした。
「もうひとつ、非常に重要な連絡になるんだが……現在、騎操士学部の各施設は陛下直属の特設騎士団・銀鳳騎士団により徴発された状態にある。ついでに我々はみな、その団員ということになっている。御秀堂 養顔痩身カプセル
そして君達は騎操士学部の新入生であるが、同時に銀鳳騎士団付きの見習い騎士という身分になることを覚えておいてくれ。ああ、心配しなくとも教育内容をおろそかにすることはしないよ」
国王直属の騎士団というインパクト満開な肩書きに、彼らは驚愕を通り越して冷や汗をかき始めていた。進学前に想像していた普通の学生生活などここには微塵も存在せず、事態は彼らの想像の埒外へと爆走を始めている。
「それで、肝心なのはここからで……銀鳳騎士団とは幻晶騎士の製造、運用に特化した集団と思ってくれ。そしてその中心人物であり騎士団長でもあるのが……この、エルネスティ・エチェバルリアだ」
ぺこりと頭を下げるエルを前に、理解の追いつかない新入生たちが硬直している。
その様子にはさすがの親方も同情してしまうほどだった。
「あー、その、なんだ。色々と思うところはあると思うが、本格的には明日から始めようと思う。今日のところはここまでにしよう」
エドガーの締めくくりの言葉を受けつつ、新入生たちは自分の人生が大暴走を始めたことを、はっきりと悟っていた。
初日にして衝撃に打ちのめされた様子の騎操士学部の新入生たちが疲れた様子を隠せぬままぞろぞろと退出してゆく。
その中に一人、違う動きをしている者がいた。その人物は目立たぬように集団から離れていたが、全員が移動した隙を見計らって一人工房へと戻ってゆく。
「エチェバルリア騎士団長」
エルは、足元に伸びてきたすらりとした長身の影を見て振り向いた。
その人物は、騎操士学科の準騎操士が使用する革製の簡易防具を身につけている。まだ真新しいそれから察するに、新入生の一人なのだろう。
だがエルには、その人物に見覚えがあった。笑顔で頷くと先に歩き始めた親方とエドガーへ声をかける。
「すいません、二人とも先に戻っていてもらえますか? 僕は少し話がありますので」
親方とエドガーは顔を見合わせ、そのまま工房の奥へと戻ってゆく。
エルとその新入生は、誰も使用していない会議室へと向かっていった。
「意外ですね、“藍鷹騎士団”に所属する貴女が、騎操士学部の新入生になっているとは」
「もともと私は“連絡要員”として派遣されることになっていましたので。他にもいくらかの目的があり、こういった形になりました」
エルは身長差のある相手を見上げながら、何かに納得するような表情を見せる。
彼女の名は“ノーラ・フリュクバリ”、藍鷹騎士団に既に所属している騎士の一人だ。
“藍鷹騎士団”――その名前は一般には知られていない。そもそもどこの砦を調べたとしても、そのような名前の騎士団は存在しない。
実体なき騎士団、つまり彼女らは先日の銅牙騎士団と同じく、いわゆる“間者”の集団なのだ。その藍鷹騎士団が名前を出して動く理由は、彼女たちの任務に大いに関係があった。
「こうして報告に来たということは、何かしらの成果が上がったということですね?」
中途半端な長さの髪の毛をさっと払った彼女は無表情のまま頷いて肯定すると、そのまま抑揚の少ない口調で話し始めた。
「まずは先日の“調査”の結果について報告を。“銀鳳騎士団にいる者、及び学園に所属する者全員の素性の洗いなおし”については完了しました。
結果として経歴に不審な点のある者が数名、見つかっています」
銀鳳騎士団の結成と前後して国王アンブロシウスから彼女たちに下された命令、それがライヒアラ騎操士学園の徹底調査である。
藍鷹騎士団の存在を知る者は多くはない。全貌を知るものに至っては、アンブロシウス以外にはいないだろう。エルとしても“連絡員”として紹介された、目の前の人物以外についてはまったく知らない。
「……以上により先日のカザドシュでの事件は、事前に内部から情報が伝わったという可能性が高いと推測されます」
「他に経路は考えにくかったですが、やはりですか。しかしそうすると、学園ここには前々から他国の人間が混ざりこんでいるということになりますね」
やはりノーラはにこりともせず、淡々と肯定だけを返した。
「恐らくは定期的に異分子を混ぜ込んでいたのだと推測されます。いくらか確認したところ、毎年の卒業者の中に不自然に足取りのつかめない者がいることもわかっています」
毎年大勢の人間を受け入れている学園では身元調査などは最低限度のものになるし、就学態度がまっとうである限り放り出されることも無い。そして自動的に最新の知識が伝授されるのである。さぞ調査は捗ったろうと、エルは内心で苦笑していた。
彼女はそれ自体には特に感想を述べるでもなく報告を続ける。
「問題の人物は既に“処置”を終え、連絡経路も特定済みです。どうやら先日の一件で敵の力は相当に落ちた様子。私たちはこれを機に、国内より敵対勢力を排除すべく行動を起こしています。
同時に今後送り込まれる間者を防ぐべく手の者を学園、及び都市内に配置し“結界”を敷きました。今後、同様の事態を起こす心配はありません」
さすがのエルにも諜報戦は専門外であり、さしたる対抗策も持ってはいない。
防諜に関しては彼女たちにすべてを任せることになるだろう。
「それに関しては、専門である貴女がたに一任します。今後は定期的に状況だけは教えてください」
「承知いたしました。私は連絡の担当として、このまま騎操士学科の教科に参加しています。何かありましたら私を通じてお伝えいたします」
報告を終えたノーラは丁寧な一礼を残して立ち去っていった。
その背中を見ながら、エルは物憂げに目を細め、ただ口元には不穏な笑みを浮かべていた。
「(……新型機強奪にスパイかぁ、面白うなってきたとか思うのは、あかんかねぇ)」
彼の真意を知るものがいないことは、むしろ救いといえたかもしれない。
ノーラが立ち去ったあとも一人でにまにまとしていたエルだが、不意に誰かがやってくることに気づいた。
しかも彼の背後に回りこむような動きに警戒を覚えるが、直後にそれが馴染みのものであると気付いた。
後ろから現れた人物も気配を隠すようなことはせず、堂々とエルに近づき、そのまま抱きついてくる。
「エールー君」
エルの予想通り、現れたのはアディだった。
「今の女の人、誰?」
「騎操士学科の新入生ですよ」
「何を話してたの? なーんだか楽しそうだったね」
「そうでしょうか?」
楽しそうだったとすればスパイの存在についてであろうが、それはさすがにアディ相手であっても説明できないことに属する。
何も言わず笑みを浮かべて首を傾げるエルをアディは少し釈然としない風に見ていたが、ふと笑顔へ戻った。
「綺麗な人。それに背、高かったね」
「……ええ、ソウデスネ」
少しばかりエルの返答は堅かった。アディの腕の中にすっぽり入るサイズのエル、何がとはいわないがその差は年々開く一方である。人は努力だけでは報われないときもあるのだ。
「エル君、私もけっこう背が高いよ?」
「はい? もちろんわかっていますし、現在進行形で実感していますよ」
自身の頭上に存在するアディの顔を見上げながら、微妙に恨めしげな表情を浮かべるエル。
その後、何かに納得したのか「ならよろしい」と言い残して去って行くアディに、エルは本格的に首をひねることとなった。
「え? あれ? 結局なにも用事はなかったんですか?」
答えを持つものは既にその場には、いなかった。御秀堂養顔痩身カプセル第3代
2013年6月15日星期六
乱数調整するゲーム
王都リヒテルの外れ。
王立図書館のほど近くに、欧風の街の中にあるとは思えない、和風のたたずまいを見せる一角がある。
赤い柱を組み合わせた独特の門と、左右に侍る獅子を模した石像。
朽ちかけた石段に、地面に敷き詰められた玉砂利。威哥十鞭王
そしてその奥で微笑むのは、白と赤の混淆する神秘的な民族衣装をまとう黒髪の少女。
……ぶっちゃけ、まんま神社である。
この国の宗教観的に神社はどうだろう、とは思うが、そんな場所に毎日通い続ける一人の青年がいた。
彼の目当てはその神社がやっている不思議な力を持つおみくじだ。
いや、おみくじを渡してくれる巫女さんに惹かれていたというのも少々否定出来ないところではあったが、一応名目上の彼の目的は、そのおみくじということになっていた。
彼がその日も石段を登っていくと、いつもの見慣れた神社がその姿を現わした。
ほんの少しだけ高さが違うだけなのに、この空間は常に清澄な空気に覆われているように彼には思えた。
いや、この神社の一帯には微弱ながらHPとMPの回復効果があるので、その感覚もあながち的外れとは言えないのかもしれない。
「あ、おはようございます!」
そんなことをぼんやりと考えていると、境内を掃き掃除していた黒髪の少女が彼に気付き、声をかけてくる。
正直なところ、どんなに時間が経っても境内にゴミやほこりが積もることはないので掃除に意味はないのだが、そういう問題ではない。
自分に向けられた、清浄さすら感じられる明るい笑顔に、彼の頬も自然と緩んだ。
彼にはかつて、結婚を誓い合った女性がいた。
彼女とはある事件のせいで別れることになってしまったが、この朗らかな巫女の少女は、どことなく別れた女性の面影を感じさせるのだ。
「今日も、おみくじですか?」
続けて尋ねてくる少女に、彼は少し緊張した顔でうなずいて、エレメントの詰まったクリスタルを取り出した。
「はい。いいのをお願いします」
「ふふ、どうでしょう。それは、神様がお決めになることですから」
彼の言葉にいたずらっぽく笑う、巫女の少女。
それがあらかじめインプットされた会話パターンの一つであると知りつつも、彼は自分の心臓が高鳴るのを抑えられなかった。
「それでは、お引きください」
彼のそんな心の内を知ってか知らずか、巫女の少女は屈託ない顔で、おみくじ用の番号札の詰まった四角い筒を彼に差し出した。
彼は迷いなくそれを受け取る。
彼がこの神社に日参するのは、半分くらいは巫女さんの笑顔が目当てだとしても、もう半分は純粋におみくじの効果に期待しているからだ。
おみくじの効果、と言っても大したことはない。
一番効果が高い大吉を引いた場合でも、それから24時間、モンスターの落とすエレメントの獲得量に20パーセントのボーナスがつく程度。
吉なら10パーセントだし、凶や大凶が出てしまった場合は逆に、エレメント獲得量に凶なら10パーセント、大凶なら20パーセントのマイナス補正を受ける。
なら損をするか得をするかは本当に運試しなのか、というと、実はそうでもない。
このおみくじは100Eで何度でも引くことが出来て、新しい効果が出ると前の効果は上書きされる。
つまり運悪く凶を引いてしまったとしても、それから何度か引き直して吉が出れば、吉の効果だけが適用されるのだ。
100Eなんて今の彼にとっては大きな負担ではなく、くじの確率も良心的。
吉、大吉、凶や大凶のほかに、お馴染みの中吉や小吉や末吉、大凶末大吉や大凶末大大凶といった変わり種や、あとは為吉に桃源凶に中古とかいった駄洒落っぽいものまで出てくるが、基本的に20回、2000Eも使えばほとんど確実に大吉を引き当てられるようになっている。
つまりここのおみくじは、ここにやってきてくじを引く手間と時間さえ惜しまなければ、絶対に損をしない、ちょっとお得なイベントなのだ。
むしろ、おみくじの不思議な効果は神社の魔力、つまりお金でもあるエレメントを消費して作り出しているという話を聞いて、こんな良心的な値段で経営は大丈夫なのかと心配になったほどだ。
ちなみにそれを直接問いかけてみると、
「確かにおみくじは、売れば売るほど赤字になっちゃうんです……。
あ、でも、大丈夫です! 実はここだけの話なんですけど、おみくじでお客さんを引っ張ってきて、ほかでちゃんと儲けてますから!
だから全然……あ、こ、これ、ほかの人には絶対に内緒ですからね!」
そして、その時の焦った様子の巫女さんの姿に魅了され、彼はこの神社の常連になったのだ。
「――じゃあ、引きますね」
日参しているだけあって彼も手慣れたもの。
一通り筒を振ってシャカシャカという快音を響かせた後、えいとばかりに強く手を振って、容器から番号の書かれた木の棒を飛び出させる。
「あれ……?」
いつものおみくじに、いつもの動作。
だが、そこで出てきたいつもとは違う番号に、彼は眉をひそめた。田七人参
「……六百六十六?」
確か、おみくじの数字は二桁までしかなかったはずだ。
彼は少しだけ首をかしげるが、その前に巫女の少女が動いた。
「666番は、こちらになります」
そう言って、いつものように優しく手渡しされたおみくじ。
嫌な予感を覚えながらも、彼はその紙をゆっくりと開いて、中を見た。
六六六 運勢:最凶
待ち人:来ない上に着拒される。
失せ物:探してる途中に他の物もなくす。
賭け事:勝てたら奇蹟。
願望:びっくりするほど叶わない。
旅行:つつがなく空の上に旅立てる。
健康:ちょっとした段差ですぐ死ぬ。
病気:ちょっとしたバブルローションですぐ死ぬ。
学問:励めば励むほど忘れる。
恋愛:身の程を知れ。
縁談:素晴らしい祝福を受けられるので是非するべき。
「…………」
その内容のあまりのひどさに、彼は絶句した。
今まで数十日もここに通っていたが、彼はこんなにひどい結果に遭ったことがなかった。
エレメント獲得量はどうなったかと、彼があわてて自分のステータス画面を確認すると、状態変化の項目に『最凶運(エレメント獲得量-80%・クジ運最悪)』が加わっている。
「ほんとに、最悪だ……」
彼は思わずつぶやいた。
だが、このおみくじのいいところは、引き直しが出来るところ。
彼は迷わず100Eを巫女さんに渡すと、おみくじを引き直した。
……しかし。
「え? ……六百、六十、六?」
引き直したはずの棒に書かれていた数字も、また先ほどと同じだった。
「も、もう一回!」
悪夢のような偶然。
だがまだ引き直せば大丈夫。
今度こそ普通のが出るはずだと、彼はまた番号札の入った筒に手を伸ばす。
しかし、何度やっても、
「ま、た、六百六十六……」
最凶のおみくじしか出ない。
十数回引いたところで、ハッとした。
「まさか、さっきの説明にあった『クジ運最悪』っていうのは……」
最初に見た時は、最凶なんてクジを引いてしまったことを揶揄している、意味のない項目かと思った。
だがあれが、これからのおみくじの引きを悪くするものだとしたら……。
「あ、あの……」
彼が絶望感に苛まれた時、救いの手は差し伸べられた。
気遣わしげな表情をした巫女の少女が、彼の手をそっと握って、彼を元気づけるように言ったのだ。
「また明日! また明日、引き直しに来ませんか?」
「……ああ、そうか」
動揺して、大切なことを忘れていた。
おみくじの効果は24時間で切れる。
今、むきになってくじを引き直さなくても、一日我慢すれば最凶状態は終わり、エレメント獲得量もおみくじの引きももどるのだ。
彼は一瞬、そんな面倒なことをせずにリセットしようかな、とも思ったが、リセットしただけでおみくじの結果が変わらないのは検証済みだ。
いつかどうせ最凶を引かなければならないなら、早く済ませた方がいい。
「ありがとう。じゃあ、また明日のこの時間に来るよ」
「はいっ! お待ちしてます!」
危うく無駄な金と時間を使うところだった。
彼は天真爛漫に笑う巫女の少女にあらためて深い感謝の念を抱きながら、神社をあとにしたのだった。
そして翌日。
神社に向かう石段を意気揚々と登る、彼の姿があった。
前日、最凶を引いた日の冒険は、意外にも順調に進んだ。
やはりモンスターから得られるお金がいつもよりも格段に少なかったが、それも一日だけの我慢だと思えば耐えられる。
二つのクエストをクリアした彼は、きちんとセーブを済ませて宿屋に泊まり、昨日おみくじを引いた時刻になったのを見計らって神社を訪れた。
「あ、おはようございます! 今日も、おみくじですか?」
元気のいい彼女の声を聞いて、
「はい。いいのをお願いします」
彼もいつもの言葉を返す。
そして、
「ふふ、どうでしょう。それは、本人の運もかかわることですから」
彼女の言葉にちょっとした違和感を覚えながらも、とりあえずとおみくじを引いて、印度神油
「……え?」
そこに書かれた「六百六十六」の文字に、固まった。
(どういう、ことだ……?)
彼はあわてて時間を確認した。
間違いない。
前回おみくじを引いてからもう24時間経っている。
「も、もう一度!」
半ば無駄だと悟ってはいても、彼の手は筒へと伸びる。
しかし結果は、無惨。
それはさながら、昨日の悪夢の再現だった。
何度引いても、何度繰り返しても、その筒は六百六十六の棒しか吐き出さない。
(おかしい。二回目以降は最凶運の効果だとして、今朝の一回目で最凶が出たのはどうしてだ?
今朝の時点では、24時間経って、もう最凶運の効果消えて……いや、まさか!?)
彼が自分のステータスを調べると、そこにはまだ、『最凶運』の三文字があった。
しかも、よくよく見れば、時間で切れる効果には必ず書いてあるはずの、効果が切れるまでの残り時間が書かれていない。
その表示がないということは……。
――もしかしてこれ、永続効果なのか?!
完全な油断だった。
ほかのおみくじの効果が24時間だから、最凶みくじの効果も24時間で切れるだろうという先入観があったのだ。
また、意図したものではないだろうが、巫女の少女が言った、「また明日引きに来て」という言葉も、その先入観を補強してしまった。
(どうする? どうすればいい?)
昨日の、まだセーブをしていない段階なら、対処も出来た。
さっさとリセットして、二度とおみくじを引かなければそれで解決だった。
だが、彼はもう前日の夜にセーブをしてしまった。
もう最凶のおみくじを引いた事実を、なかったことには出来ない。
一体どうすればいいのか、何も思いつかない。
これからずっと、エレメント獲得量マイナス8割という最悪な効果を受けたまま冒険を続けなければいけないのか。
だとしたら……。
「――あの」
だが、絶望する彼に、救いの手はふたたび差し伸べられた。
彼が顔をあげると、あの巫女の少女が、彼に向かって優しく手を差し出していた。
「不運も、厄の一つです。よろしければ、お祓いをして差し上げましょうか?」
そう言って首をかしげる彼女の顔が、彼にはその瞬間、本当に神様のように見えた。
(やはり、神は俺を見捨てていなかった!)
地獄に仏を見たかのように、彼は差し出された彼女のやわらかい手を、すがりつくほどの勢いで握った。
深く深く、頭を下げる。
「お願い、します!」
すると彼女は、「もしこの世界に天使がいるならば、きっとこんな顔で笑うのだろう」というような、曇り一つない笑顔でこう言ったのだ。
「ありがとうございますっ! お祓い一回、100万Eになります!!」
――その瞬間、彼の天使は、悪魔へと変貌を遂げたのだった。
「……と、いうことがあってだなぁ」
神社に向かう間に俺がそんな話をすると、横を歩いていたミツキが猫耳を不愉快そうにたわめ、真希も難しい顔をした。
ちなみに今の同行者はこの二人、ミツキと真希だ。
レイラとセーリエさんはスフィンクスの見張りに残り、サザーンは行方不明。
リンゴとイーナはついてこようとしたのだが、図書館を出る時になって、「にゅ、にゅうかんりょう……」と謎のメッセージを残してイーナが脱落。
リンゴはここに来る途中、道で倒れていたおばあちゃんを介抱するという、少年漫画の主人公的な理由で脱落してしまった。
そうして残った貴重な同行者の内の一人、ミツキが、憤懣やる方ないとばかりに猫耳を怒らせて口を開いた。
「それは完全に、悪徳商法ではないですか。
それで、貴方……いえ、その彼はどうしたのですか?」
「そりゃあ当時の俺……の知り合いのそいつも、すぐに100万Eなんて用意出来なかった……らしい。強力催眠謎幻水
何週間もかけてクエストの報酬とアイテムの売却でなんとか金を作って、100万Eでお祓いをしてもらった……そうだぞ」
今となったら分かる。
最初に少し儲けさせておいて、相手が信用したところでがっぽりと金を騙し取る。
詐欺の常套手段だ。
あれは最初から、格安で効果の高いおみくじという餌で釣って、最凶運からのお祓いというコンボで金をむしり取る、最低の策略だったのだ。
『猫耳猫』に得をするだけのイベントなんて転がっているはずなかったのに、とんだ失態を演じたものだ。
俺が自らの若さゆえの過ちを悔いていると、ミツキの後ろから真希が顔を出した。
「ねぇ、それよりさー。わたしはそーまが結婚の約束をした女っていうのが気になるんだけど!」
「なっ……!?」
いきなりの言葉に、俺は思わず返答に詰まった。
「だ、だから、俺じゃなくて俺の知り合いの話だって言ってるだろ」
「ウソだー。だってそーま、向こうの世界に知り合いいないじゃん」
「俺はどんだけぼっちキャラなんだよ。知り合いくらいはちゃんといるって」
友達って言ったらバレると思ってわざわざ知り合いと言ったのに、なんて奴だ。
俺が憤慨していると、ミツキがとりなすように言葉をはさんだ。
「それはそれとして、その話がリドルクエストとどう絡んでくるのですか?」
無理矢理な話題転換だが、訊いていることはもっともだ。
俺はさらに迫ってこようとする真希を片手で適当にあやしながら、ミツキに答える。
「ああ。あのお祓い100万E宣言は俺……じゃなかった、彼以外にもたくさんの犠牲者を出した痛ましい事件だった。
だけど、転んでもただでは起きないのが『猫耳猫』プレイヤー。
俺た……彼らは、その利用法を思いついたんだ」
あの最凶みくじは最凶の名に恥じない破壊力を持っている。
だが、そうは言ってもおみくじで最凶が引かれるのはごくごく低確率。
具体的には、おみくじ乱数が最小の時にのみ、筒から666番の棒が、すなわち最凶みくじが現われることになる。
「だけど、一度最凶運状態になれば、どうやっても必ず最凶しか出てこなくなる。
……これは、どうしてだと思う?」
「それは、おみくじの内容はおみくじ乱数で決まるので……あ、まさか」
あくまで無表情に、だが猫耳を器用に震わせて戦慄を表現するミツキに、俺ははっきりとうなずいた。
「たぶん、今ミツキが想像した通りだ。
奴らは最凶みくじが引かれた瞬間、おみくじ乱数を調整して、全ての乱数が最小値になるように仕掛けをしてたんだよ!」
これが『猫耳猫』が「乱数調整できる・・・ゲーム」ではなく、「乱数調整する・・ゲーム」と呼ばれる所以だ。
乱数調整が可能なゲームは数あれど、こんな最悪の乱数調整が存在するゲームは『猫耳猫』くらいだろう。
別に解析した訳ではないので、実際に乱数が変更されたのか、それとも参照先を変えたか何かしただけなのかは、本当のところは分からない。
ただ、ゲームをやっている者にとってはどちらだろうと大差はない。
この状態でおみくじ乱数が使われているイベントをこなした場合、大敗が約束されているという事実は変わらない。
この調整が入ったおかげで、最凶みくじを引き当てたプレイヤーはカジノなどのギャンブル系のゲームで金を稼ぐことも困難になり、100万Eの返済がさらに難しくなるのだが、だからこそ出来ることもある。
リドルクエスト、『智を知るモノ』。
このクエストだけは、乱数が最小値でも困らない。
いや、それどころか、乱数が固定されることで、難易度が一気に下がるのだ。
「おみくじ乱数が最小値の時、『智を知るモノ』では必ず次の問題番号のリドルが出題される。
つまり、出てくる問題が固定されるってことなんだ!」
最凶運状態では、リドルの番号は一ずつしか進まない。
1番の問題をクリアしたら次は2番の問題が、それをクリアしたら3番の問題が、確実に出てくる。
それを踏まえた新しい攻略法が、これだ。
サザーンでも出来る『智を知るモノ』簡単攻略法2
1.クエストを始める前におみくじで最凶を引く
2.問題番号1~50までのリドルが順番に出てくるので、wikiを見ながら解く
3.クリア!
果たして手順3を書く必要があったかどうかは置いておいて、とにかく簡単だ。
マジでサザーンにも出来るレベル。
ただ、俺が確実に正解出来るのは、問題番号1~50の問題だけ。
本来この攻略法を使うためには、『智を知るモノ』を始める前・に、最凶みくじを引いておかなくてはならないのだ。
だからこそ、今まであんなに苦戦していたのだが、
「最後に出てきたあの問題。あれを俺は覚えてる。
あれは問題番号6番、『智を知るモノ』攻略法2で一番初めにぶつかる、誤答問題なんだ」
それも、問題番号1~50までのどれかを見つければ話は別だ。
そこから50問目までは、確実に正解することが出来る。
それを聞いた真希が指を折って数えながら、問いかける。
「え、えっと、残りの問題数が20問で、見つけたのが6問目だから……あと43問は分かるんだよね?
じゃ、じゃあ、今そーまが最凶みくじを引けば……」
「ああ! 絶対に、最後まで正解し続けられる!!」
俺は真希に力強く言葉を返しながら境内に飛び込み、そして、
「すみません、おみくじを、たくさん! とにかく、最凶が出るまで!!」
かつてお世話・・・になった巫女にそう叫んだのだった。VIVID
王立図書館のほど近くに、欧風の街の中にあるとは思えない、和風のたたずまいを見せる一角がある。
赤い柱を組み合わせた独特の門と、左右に侍る獅子を模した石像。
朽ちかけた石段に、地面に敷き詰められた玉砂利。威哥十鞭王
そしてその奥で微笑むのは、白と赤の混淆する神秘的な民族衣装をまとう黒髪の少女。
……ぶっちゃけ、まんま神社である。
この国の宗教観的に神社はどうだろう、とは思うが、そんな場所に毎日通い続ける一人の青年がいた。
彼の目当てはその神社がやっている不思議な力を持つおみくじだ。
いや、おみくじを渡してくれる巫女さんに惹かれていたというのも少々否定出来ないところではあったが、一応名目上の彼の目的は、そのおみくじということになっていた。
彼がその日も石段を登っていくと、いつもの見慣れた神社がその姿を現わした。
ほんの少しだけ高さが違うだけなのに、この空間は常に清澄な空気に覆われているように彼には思えた。
いや、この神社の一帯には微弱ながらHPとMPの回復効果があるので、その感覚もあながち的外れとは言えないのかもしれない。
「あ、おはようございます!」
そんなことをぼんやりと考えていると、境内を掃き掃除していた黒髪の少女が彼に気付き、声をかけてくる。
正直なところ、どんなに時間が経っても境内にゴミやほこりが積もることはないので掃除に意味はないのだが、そういう問題ではない。
自分に向けられた、清浄さすら感じられる明るい笑顔に、彼の頬も自然と緩んだ。
彼にはかつて、結婚を誓い合った女性がいた。
彼女とはある事件のせいで別れることになってしまったが、この朗らかな巫女の少女は、どことなく別れた女性の面影を感じさせるのだ。
「今日も、おみくじですか?」
続けて尋ねてくる少女に、彼は少し緊張した顔でうなずいて、エレメントの詰まったクリスタルを取り出した。
「はい。いいのをお願いします」
「ふふ、どうでしょう。それは、神様がお決めになることですから」
彼の言葉にいたずらっぽく笑う、巫女の少女。
それがあらかじめインプットされた会話パターンの一つであると知りつつも、彼は自分の心臓が高鳴るのを抑えられなかった。
「それでは、お引きください」
彼のそんな心の内を知ってか知らずか、巫女の少女は屈託ない顔で、おみくじ用の番号札の詰まった四角い筒を彼に差し出した。
彼は迷いなくそれを受け取る。
彼がこの神社に日参するのは、半分くらいは巫女さんの笑顔が目当てだとしても、もう半分は純粋におみくじの効果に期待しているからだ。
おみくじの効果、と言っても大したことはない。
一番効果が高い大吉を引いた場合でも、それから24時間、モンスターの落とすエレメントの獲得量に20パーセントのボーナスがつく程度。
吉なら10パーセントだし、凶や大凶が出てしまった場合は逆に、エレメント獲得量に凶なら10パーセント、大凶なら20パーセントのマイナス補正を受ける。
なら損をするか得をするかは本当に運試しなのか、というと、実はそうでもない。
このおみくじは100Eで何度でも引くことが出来て、新しい効果が出ると前の効果は上書きされる。
つまり運悪く凶を引いてしまったとしても、それから何度か引き直して吉が出れば、吉の効果だけが適用されるのだ。
100Eなんて今の彼にとっては大きな負担ではなく、くじの確率も良心的。
吉、大吉、凶や大凶のほかに、お馴染みの中吉や小吉や末吉、大凶末大吉や大凶末大大凶といった変わり種や、あとは為吉に桃源凶に中古とかいった駄洒落っぽいものまで出てくるが、基本的に20回、2000Eも使えばほとんど確実に大吉を引き当てられるようになっている。
つまりここのおみくじは、ここにやってきてくじを引く手間と時間さえ惜しまなければ、絶対に損をしない、ちょっとお得なイベントなのだ。
むしろ、おみくじの不思議な効果は神社の魔力、つまりお金でもあるエレメントを消費して作り出しているという話を聞いて、こんな良心的な値段で経営は大丈夫なのかと心配になったほどだ。
ちなみにそれを直接問いかけてみると、
「確かにおみくじは、売れば売るほど赤字になっちゃうんです……。
あ、でも、大丈夫です! 実はここだけの話なんですけど、おみくじでお客さんを引っ張ってきて、ほかでちゃんと儲けてますから!
だから全然……あ、こ、これ、ほかの人には絶対に内緒ですからね!」
そして、その時の焦った様子の巫女さんの姿に魅了され、彼はこの神社の常連になったのだ。
「――じゃあ、引きますね」
日参しているだけあって彼も手慣れたもの。
一通り筒を振ってシャカシャカという快音を響かせた後、えいとばかりに強く手を振って、容器から番号の書かれた木の棒を飛び出させる。
「あれ……?」
いつものおみくじに、いつもの動作。
だが、そこで出てきたいつもとは違う番号に、彼は眉をひそめた。田七人参
「……六百六十六?」
確か、おみくじの数字は二桁までしかなかったはずだ。
彼は少しだけ首をかしげるが、その前に巫女の少女が動いた。
「666番は、こちらになります」
そう言って、いつものように優しく手渡しされたおみくじ。
嫌な予感を覚えながらも、彼はその紙をゆっくりと開いて、中を見た。
六六六 運勢:最凶
待ち人:来ない上に着拒される。
失せ物:探してる途中に他の物もなくす。
賭け事:勝てたら奇蹟。
願望:びっくりするほど叶わない。
旅行:つつがなく空の上に旅立てる。
健康:ちょっとした段差ですぐ死ぬ。
病気:ちょっとしたバブルローションですぐ死ぬ。
学問:励めば励むほど忘れる。
恋愛:身の程を知れ。
縁談:素晴らしい祝福を受けられるので是非するべき。
「…………」
その内容のあまりのひどさに、彼は絶句した。
今まで数十日もここに通っていたが、彼はこんなにひどい結果に遭ったことがなかった。
エレメント獲得量はどうなったかと、彼があわてて自分のステータス画面を確認すると、状態変化の項目に『最凶運(エレメント獲得量-80%・クジ運最悪)』が加わっている。
「ほんとに、最悪だ……」
彼は思わずつぶやいた。
だが、このおみくじのいいところは、引き直しが出来るところ。
彼は迷わず100Eを巫女さんに渡すと、おみくじを引き直した。
……しかし。
「え? ……六百、六十、六?」
引き直したはずの棒に書かれていた数字も、また先ほどと同じだった。
「も、もう一回!」
悪夢のような偶然。
だがまだ引き直せば大丈夫。
今度こそ普通のが出るはずだと、彼はまた番号札の入った筒に手を伸ばす。
しかし、何度やっても、
「ま、た、六百六十六……」
最凶のおみくじしか出ない。
十数回引いたところで、ハッとした。
「まさか、さっきの説明にあった『クジ運最悪』っていうのは……」
最初に見た時は、最凶なんてクジを引いてしまったことを揶揄している、意味のない項目かと思った。
だがあれが、これからのおみくじの引きを悪くするものだとしたら……。
「あ、あの……」
彼が絶望感に苛まれた時、救いの手は差し伸べられた。
気遣わしげな表情をした巫女の少女が、彼の手をそっと握って、彼を元気づけるように言ったのだ。
「また明日! また明日、引き直しに来ませんか?」
「……ああ、そうか」
動揺して、大切なことを忘れていた。
おみくじの効果は24時間で切れる。
今、むきになってくじを引き直さなくても、一日我慢すれば最凶状態は終わり、エレメント獲得量もおみくじの引きももどるのだ。
彼は一瞬、そんな面倒なことをせずにリセットしようかな、とも思ったが、リセットしただけでおみくじの結果が変わらないのは検証済みだ。
いつかどうせ最凶を引かなければならないなら、早く済ませた方がいい。
「ありがとう。じゃあ、また明日のこの時間に来るよ」
「はいっ! お待ちしてます!」
危うく無駄な金と時間を使うところだった。
彼は天真爛漫に笑う巫女の少女にあらためて深い感謝の念を抱きながら、神社をあとにしたのだった。
そして翌日。
神社に向かう石段を意気揚々と登る、彼の姿があった。
前日、最凶を引いた日の冒険は、意外にも順調に進んだ。
やはりモンスターから得られるお金がいつもよりも格段に少なかったが、それも一日だけの我慢だと思えば耐えられる。
二つのクエストをクリアした彼は、きちんとセーブを済ませて宿屋に泊まり、昨日おみくじを引いた時刻になったのを見計らって神社を訪れた。
「あ、おはようございます! 今日も、おみくじですか?」
元気のいい彼女の声を聞いて、
「はい。いいのをお願いします」
彼もいつもの言葉を返す。
そして、
「ふふ、どうでしょう。それは、本人の運もかかわることですから」
彼女の言葉にちょっとした違和感を覚えながらも、とりあえずとおみくじを引いて、印度神油
「……え?」
そこに書かれた「六百六十六」の文字に、固まった。
(どういう、ことだ……?)
彼はあわてて時間を確認した。
間違いない。
前回おみくじを引いてからもう24時間経っている。
「も、もう一度!」
半ば無駄だと悟ってはいても、彼の手は筒へと伸びる。
しかし結果は、無惨。
それはさながら、昨日の悪夢の再現だった。
何度引いても、何度繰り返しても、その筒は六百六十六の棒しか吐き出さない。
(おかしい。二回目以降は最凶運の効果だとして、今朝の一回目で最凶が出たのはどうしてだ?
今朝の時点では、24時間経って、もう最凶運の効果消えて……いや、まさか!?)
彼が自分のステータスを調べると、そこにはまだ、『最凶運』の三文字があった。
しかも、よくよく見れば、時間で切れる効果には必ず書いてあるはずの、効果が切れるまでの残り時間が書かれていない。
その表示がないということは……。
――もしかしてこれ、永続効果なのか?!
完全な油断だった。
ほかのおみくじの効果が24時間だから、最凶みくじの効果も24時間で切れるだろうという先入観があったのだ。
また、意図したものではないだろうが、巫女の少女が言った、「また明日引きに来て」という言葉も、その先入観を補強してしまった。
(どうする? どうすればいい?)
昨日の、まだセーブをしていない段階なら、対処も出来た。
さっさとリセットして、二度とおみくじを引かなければそれで解決だった。
だが、彼はもう前日の夜にセーブをしてしまった。
もう最凶のおみくじを引いた事実を、なかったことには出来ない。
一体どうすればいいのか、何も思いつかない。
これからずっと、エレメント獲得量マイナス8割という最悪な効果を受けたまま冒険を続けなければいけないのか。
だとしたら……。
「――あの」
だが、絶望する彼に、救いの手はふたたび差し伸べられた。
彼が顔をあげると、あの巫女の少女が、彼に向かって優しく手を差し出していた。
「不運も、厄の一つです。よろしければ、お祓いをして差し上げましょうか?」
そう言って首をかしげる彼女の顔が、彼にはその瞬間、本当に神様のように見えた。
(やはり、神は俺を見捨てていなかった!)
地獄に仏を見たかのように、彼は差し出された彼女のやわらかい手を、すがりつくほどの勢いで握った。
深く深く、頭を下げる。
「お願い、します!」
すると彼女は、「もしこの世界に天使がいるならば、きっとこんな顔で笑うのだろう」というような、曇り一つない笑顔でこう言ったのだ。
「ありがとうございますっ! お祓い一回、100万Eになります!!」
――その瞬間、彼の天使は、悪魔へと変貌を遂げたのだった。
「……と、いうことがあってだなぁ」
神社に向かう間に俺がそんな話をすると、横を歩いていたミツキが猫耳を不愉快そうにたわめ、真希も難しい顔をした。
ちなみに今の同行者はこの二人、ミツキと真希だ。
レイラとセーリエさんはスフィンクスの見張りに残り、サザーンは行方不明。
リンゴとイーナはついてこようとしたのだが、図書館を出る時になって、「にゅ、にゅうかんりょう……」と謎のメッセージを残してイーナが脱落。
リンゴはここに来る途中、道で倒れていたおばあちゃんを介抱するという、少年漫画の主人公的な理由で脱落してしまった。
そうして残った貴重な同行者の内の一人、ミツキが、憤懣やる方ないとばかりに猫耳を怒らせて口を開いた。
「それは完全に、悪徳商法ではないですか。
それで、貴方……いえ、その彼はどうしたのですか?」
「そりゃあ当時の俺……の知り合いのそいつも、すぐに100万Eなんて用意出来なかった……らしい。強力催眠謎幻水
何週間もかけてクエストの報酬とアイテムの売却でなんとか金を作って、100万Eでお祓いをしてもらった……そうだぞ」
今となったら分かる。
最初に少し儲けさせておいて、相手が信用したところでがっぽりと金を騙し取る。
詐欺の常套手段だ。
あれは最初から、格安で効果の高いおみくじという餌で釣って、最凶運からのお祓いというコンボで金をむしり取る、最低の策略だったのだ。
『猫耳猫』に得をするだけのイベントなんて転がっているはずなかったのに、とんだ失態を演じたものだ。
俺が自らの若さゆえの過ちを悔いていると、ミツキの後ろから真希が顔を出した。
「ねぇ、それよりさー。わたしはそーまが結婚の約束をした女っていうのが気になるんだけど!」
「なっ……!?」
いきなりの言葉に、俺は思わず返答に詰まった。
「だ、だから、俺じゃなくて俺の知り合いの話だって言ってるだろ」
「ウソだー。だってそーま、向こうの世界に知り合いいないじゃん」
「俺はどんだけぼっちキャラなんだよ。知り合いくらいはちゃんといるって」
友達って言ったらバレると思ってわざわざ知り合いと言ったのに、なんて奴だ。
俺が憤慨していると、ミツキがとりなすように言葉をはさんだ。
「それはそれとして、その話がリドルクエストとどう絡んでくるのですか?」
無理矢理な話題転換だが、訊いていることはもっともだ。
俺はさらに迫ってこようとする真希を片手で適当にあやしながら、ミツキに答える。
「ああ。あのお祓い100万E宣言は俺……じゃなかった、彼以外にもたくさんの犠牲者を出した痛ましい事件だった。
だけど、転んでもただでは起きないのが『猫耳猫』プレイヤー。
俺た……彼らは、その利用法を思いついたんだ」
あの最凶みくじは最凶の名に恥じない破壊力を持っている。
だが、そうは言ってもおみくじで最凶が引かれるのはごくごく低確率。
具体的には、おみくじ乱数が最小の時にのみ、筒から666番の棒が、すなわち最凶みくじが現われることになる。
「だけど、一度最凶運状態になれば、どうやっても必ず最凶しか出てこなくなる。
……これは、どうしてだと思う?」
「それは、おみくじの内容はおみくじ乱数で決まるので……あ、まさか」
あくまで無表情に、だが猫耳を器用に震わせて戦慄を表現するミツキに、俺ははっきりとうなずいた。
「たぶん、今ミツキが想像した通りだ。
奴らは最凶みくじが引かれた瞬間、おみくじ乱数を調整して、全ての乱数が最小値になるように仕掛けをしてたんだよ!」
これが『猫耳猫』が「乱数調整できる・・・ゲーム」ではなく、「乱数調整する・・ゲーム」と呼ばれる所以だ。
乱数調整が可能なゲームは数あれど、こんな最悪の乱数調整が存在するゲームは『猫耳猫』くらいだろう。
別に解析した訳ではないので、実際に乱数が変更されたのか、それとも参照先を変えたか何かしただけなのかは、本当のところは分からない。
ただ、ゲームをやっている者にとってはどちらだろうと大差はない。
この状態でおみくじ乱数が使われているイベントをこなした場合、大敗が約束されているという事実は変わらない。
この調整が入ったおかげで、最凶みくじを引き当てたプレイヤーはカジノなどのギャンブル系のゲームで金を稼ぐことも困難になり、100万Eの返済がさらに難しくなるのだが、だからこそ出来ることもある。
リドルクエスト、『智を知るモノ』。
このクエストだけは、乱数が最小値でも困らない。
いや、それどころか、乱数が固定されることで、難易度が一気に下がるのだ。
「おみくじ乱数が最小値の時、『智を知るモノ』では必ず次の問題番号のリドルが出題される。
つまり、出てくる問題が固定されるってことなんだ!」
最凶運状態では、リドルの番号は一ずつしか進まない。
1番の問題をクリアしたら次は2番の問題が、それをクリアしたら3番の問題が、確実に出てくる。
それを踏まえた新しい攻略法が、これだ。
サザーンでも出来る『智を知るモノ』簡単攻略法2
1.クエストを始める前におみくじで最凶を引く
2.問題番号1~50までのリドルが順番に出てくるので、wikiを見ながら解く
3.クリア!
果たして手順3を書く必要があったかどうかは置いておいて、とにかく簡単だ。
マジでサザーンにも出来るレベル。
ただ、俺が確実に正解出来るのは、問題番号1~50の問題だけ。
本来この攻略法を使うためには、『智を知るモノ』を始める前・に、最凶みくじを引いておかなくてはならないのだ。
だからこそ、今まであんなに苦戦していたのだが、
「最後に出てきたあの問題。あれを俺は覚えてる。
あれは問題番号6番、『智を知るモノ』攻略法2で一番初めにぶつかる、誤答問題なんだ」
それも、問題番号1~50までのどれかを見つければ話は別だ。
そこから50問目までは、確実に正解することが出来る。
それを聞いた真希が指を折って数えながら、問いかける。
「え、えっと、残りの問題数が20問で、見つけたのが6問目だから……あと43問は分かるんだよね?
じゃ、じゃあ、今そーまが最凶みくじを引けば……」
「ああ! 絶対に、最後まで正解し続けられる!!」
俺は真希に力強く言葉を返しながら境内に飛び込み、そして、
「すみません、おみくじを、たくさん! とにかく、最凶が出るまで!!」
かつてお世話・・・になった巫女にそう叫んだのだった。VIVID
2013年6月13日星期四
伝承の魔法
「船が沈んで無人島生活が始まるとかでは無かったのが幸いか」
「とんでもない事を言っているぞ」
「冗談じゃありませんよ」
「とにかく、今日は早めに宿へ行こうぜ。メンバーチェンジの日程を聞かなきゃ始まらないんだろ?」Motivator
そういや、女王が紹介した宿へ行くのと、島の管理をしている貴族への挨拶をしなくちゃ行けなかったんだっけ。
辺境とはいえ、人が頻繁に訪れる土地だから程々に地位のある人物だろうな。
「ようこそいらっしゃいました四聖の勇者とその一行の皆様」
港で他の勇者たちが回復するのを待っていると、観光案内員みたいな旗を持った怪しい奴が俺達の方へ近づいてきて言う。
見た目はメルロマルクの軍服を着ていて、渋い初老のおっさんなのだけど……旗が似合わない。
「私、このカルミラ諸島の地を任されておりますハーベンブルグ伯爵と申します」
「は、はぁ……」
勇者の中で全快なのは俺だけなので、率先して相手をする。
「以後お見知りおきを」
「ああ……よろしく」
各々の勇者がハーベンブルグ伯爵と名乗った案内員に挨拶をする。
「では、勇者様方にはこのカルミラ諸島の始まりから知っていただきましょう」
えー……。
本当に案内員だったよ。そういうのは面倒だから嫌なんだが。
「別に俺達は観光で来たわけじゃないのだが……」
活性化していて経験値が美味しいらしいから来たと言うのに、島の伝承から教わるって……観光旅行じゃないっての。
「まあまあ、古くは伝承の四聖勇者がここで身体を鍛えたというのが始まりでして――」
なんか広場みたいな島の市場を案内しつつ、伯爵は説明していく。
その途中で変なオブジェを見つけた。
サンタ帽子を付けたペンギンと、ウサギと、リスと、イヌ? がトーテムポールみたいに四匹折り重なっている銅像が飾られている。
ペンギンが釣竿、ウサギがクワ、リスがノコギリ、イヌがロープを持って構えている。
なんだあれ?
「お? 盾の勇者様はお目が高い。あれはこの島を開拓した伝説の先住民であるペックル、ウサウニー、リスーカ、イヌルトです」
どれも日本語っぽい。いや、伝説の武器の力で翻訳してもらっているのだろうが……。
「ちなみに名前の由来は四聖の勇者様が付けたという伝承があります」
四聖の勇者センスねー。
あ、伯爵がまだ話を続けている。
「仲良くなった魔物だったそうなのですが、勇者様の世界基準で一番近い動物の名前を聞いて自ら名づけたそうです」
どっちにしろ酷いセンスだ。
もう少しどうにかならなかったんだろうか。
「じゃあこの島に、あんなのがいるのか?」
「いえ、開拓を終え。新たな地へ旅立ったそうです。その後、姿を見たものは居ません」
……要するに絶滅したんだろ、きっと。
実在も怪しまれるな。そもそも開拓する魔物って……。
「へー……なんか美味しそうだね」
フィーロが涎を垂らしながら言った。
……よく考えて見れば、馬車を引くことを至上の喜びにしている魔物がいるんだしなぁ。
いても不思議じゃないか。
と思っていると、そのオブジェの隣にある石碑が目に入る。
「あれはなんだ?」
「四聖勇者が残した碑文だそうです」
「ほう」
徐に近付く。
四聖の勇者って事は俺達と同じく日本人である可能性が高い。
日本人でなくても地球のどこかから呼ばれた奴等なら少しは有意義な情報を得られるかも。
日本語で何か書かれていたりしないかな?
何々……。
「おい。日本語じゃないぞ。偽物だこれ!」
他の勇者たちも碑文に近寄り、読めないのを確認する。
「おかしいですねぇ……新たな勇者が現れた時に備えて記すと伝承があるのですが……」
「……ふざけているのか? この世界の魔法文字だぞ」
魔法文字……これはかなり悩まされるんだよな。人に教えてもらって覚えられるような文字じゃないんだ。
なんていうか、人によって答えの変わる文字。それが魔法文字だ。
例えば、ラフタリアの幻を使う魔法書を適正の無い俺が読んだ場合、解読できない。訳するとおかしな言葉になる。
だけどラフタリアはしっかり読み解いて、魔法として発言できる。
共通語の魔法文字もあるのだけど、その先の実践的な物となると適性がないと読めないのだ。蒼蝿水(FLY D5原液)
「お前、読めるのか?」
「水晶玉頼りのお前等じゃ読めないだろうが、俺はクズの所為で不遇だったからな。読めなきゃ覚えられなかったんだよ」
「なんて書いてあるんだ?」
「えっと……」
魔力をかざしながら碑文を読み解いていく。
案外簡単な言葉で書かれているなぁ。
『力の根源たる……盾の勇者が命ずる。伝承を今一度読み解き、彼の者の全てを支えよ』
「ツヴァイト・オーラ……」
対象が指名できる。そうだな……とりあえずフィーロに掛けてみるか。
フィーロに向けて手をかざすと、ぼんやりとフィーロの周りに透明な魔法の膜が出現した。
「わ! なんか力がみなぎる!」
ピョンピョンとフィーロが跳ね回る。
人型なのに、高く跳ねているな。
ステータスを見ると全ステータスが向上している。
「オーラ……伝説の勇者が使用する。全能力値上昇魔法の系譜です」
樹の仲間がボソッと呟く。
そんな伝承があるのか。
「すげぇ! 俺達も覚えようぜ!」
魔法を習得とかゲーム感覚のコイツ等がこぞって碑文を読もうとする。
しかし。
「あれ……読めない」
「そりゃあお前等、魔法言語理解して無いだろ?」
水晶玉で楽々習得しているコイツ等が簡単に覚えたらそれはそれで悔しい。
「尚文さん」
樹が俺に顔を向けて名前を呼ぶ。
「なんだ?」
「魔法言語理解の効果のある盾は何処で手に入るのですか?」
「自力で覚えたんだよ! 何でも武器に頼るな!」
「出し惜しみですね!」
「そうだそうだ! 教えろ!」
まったく、コイツ等は……。
異界言語理解とかも聞いてきそうだ。
人の努力を武器の力で解決したとか思っているんだろうな。
「俺はオーラって魔法を覚えたが、お前等が同じ魔法を使えるとは限らないぞ」
「それもそうですね。僕達の場合はもっと良い魔法かもしれません」
むかつく言い回しだ。
俺を格下だと思っているのがバレバレだ。ほんと上からの物言いがウザイな。教皇相手に碌に戦えなかった癖に。
ムキになったら負けだ。
「次に行くか、他に何があるんだ?」
「では宿に行くまでのカルミラ諸島での注意事項についてと移動手段を――」
伯爵の話を掻い摘んで説明する。
カルミラ島の魔物の生息地は今、活発化していて、魔物の生活サイクルが加速しているそうだ。
鼠算式に魔物が増殖を繰り返している為、冒険者や勇者に討伐してもらわなければ非常に困るという状況だ。
俺達はその状況に便乗してLvを上げるのが今回の目的だそうだ。
だから、できれば魔物を見たら全てを倒して頂けるとありがたい。
他の冒険者に道を譲るような真似はしなくても良いが、他の冒険者が戦っている所に乱入すると要らぬ騒ぎが起こるので控えて欲しいとの事。
……ネットゲームのマナーみたいな講習だったな。
移動手段は島内の場合は小型の小船が常にあり、運んでもらえるらしい。最悪、泳いでも渡れるそうだ。
女王の用意した宿は今でも最上級クラスの建物だった。
俺が今まで寝泊りしていた宿とは比べるまでも無く……俺の世界でいう所のホテルに匹敵する建物だ。
……元々は城か何かなのだろうか?
とにかく豪華な作りに清潔な雰囲気。壁は大理石のような石材で作られていて、光沢がある。
何かの石像が噴水の役目を果たしていて、どうにも異世界にいるという感覚を薄ませる。
俺はハワイに来たのか?
そんな錯覚を覚えるかのような豪華な絨毯が敷かれている道を歩いて、部屋に案内された。
荷物はこの宿が責任を持って預かるとかで、フィーロの馬車も預かってもらった。
「ではこれからの日程を説明するでごじゃる」
しばらくすると聞き覚えのある喋り方をする影がメルティに変装してやってきた。
「メルティ?」
「ごしゅじんさま、メルちゃんじゃないよ?」
「そうでごじゃる」
「……お前か」
紛らわしい格好だ。一瞬、隠れて付いてきたのかと本気で思った。
身長までも偽れるとかどんな変装だとツッコミを入れるべきか迷う。levitra
「そうでごじゃる。拙者、盾の勇者殿の専属の影に任命されたでごじゃる」
「よりによってお前か……というかなんでメルティに変装している」
「そこは盾の勇者殿が親しみを覚えやすいようにでごじゃる」
「むしろ気持ち悪いからやめろ」
「分かったでごじゃる」
影は服を脱ぐようにメルティの変装をやめて、忍者みたいな服装に戻る。
知り合いの顔が皮の様に剥がれるって気持ち悪いな。
「というか……お前の語尾なんなんだ?」
「ごじゃる?」
「それだ」
「口癖でごじゃる。必要になったらやめれるでごじゃるよ」
そういえば、俺に賞金が掛かった時、村人に変装して協力してくれていたんだったな。
あの時はまったく気付かなかった。
「どうもこの口癖の所為でメルティ王女に気に入られて王女の専属を任命されていたのでごじゃるが」
「ああ、他の影に比べて分かりやすいものな」
「……個人を特定できると思わない方が良いでごじゃるよ」
なんだ? 妙に怪しげな発言だな。まるであの時の影とは別人みたいな表現だ。
まあ普通に考えれば不特定多数である影に特徴があるのは不味いよな。
「あの時の影とは違うのか?」
「間違ってないでごじゃる」
「……」
めんどくせー!
「拙者の口癖だけを頼りにしていると入れ替わっても気付かないでごじゃると注意しただけでごじゃる」
「はいはい」
別に覚えようとも思わない。
何よりも覚えたからといって何が変わる訳でもない。
「話は戻るでごじゃるが、これからの日程を説明するでごじゃる」
「ああ……所で人員交換ってさ、それぞれの勇者の同意が必要なんだろ?」
「盾の勇者殿は同意しないでごじゃる?」
「いや……だが」
他の勇者が嫌がるだろ。
元康は分からないが、錬や樹は秘匿癖があるように思える。
実際、何をしているのか今一分からない奴等だし。
こういう情報が漏れるような出来事は好まない可能性が高い。
「他の勇者殿達の了承は受けているでごじゃる」
「何?」
「だから既に了承しているでごじゃるよ」
「ふむ……」
思いのほか呆気ないほどあいつ等が協力的だ。
俺の思い違いか?
冷静を気取って、碌に教えないタイプだと思っていたのだが……。
「拙者や影、女王は他の勇者殿達は盾の勇者殿の仲間や強さに関心を示していると推理しているでごじゃる」
「まあ……」
考えてみれば、奴等の基準では俺は弱職な訳だし、それが大活躍をしていたら知りたくもなるか。
大活躍と言ってもカースシリーズは代償も大きいから微妙な線だが。
「特に勇者殿はみんなフィーロ殿に関心を集めております」
「なるほどね」
確かにフィーロは規格外に強く見えるのだろう。
戦闘力はグラスの分析だと錬に匹敵するとか言っていたし、魔法も使えて動きも早いとなると強さの秘密も知りたくなるか……。福源春
「ふえ?」
眠いのかうつらうつらしていたフィーロが俺の方を見る。
というか……あいつ等の関心って実はフィーロに集約していたりして……。
何かイラついてきた。
さすがに思い違いだと思いたい。
「で? 人員交換と情報交換は何時やるんだ?」
「それぞれの勇者殿にアンケートをしたでごじゃるが、どうも盾の勇者殿以外の勇者殿は人員交換を先にして欲しいそうでごじゃる」
「……情報交換は不要か」
カルミラ島の効率的な周り方とかを聞きたかったが……あいつらに尋ねると言うのもシャクだ。
「嫌がらせに情報交換を先にしても良いが、こじれると厄介だ。望み通りにするか」
「一応、人員交換終了の日に情報交換はする手はずでごじゃる」
「分かった。で、どういう順番で何日ここに滞在するんだ?」
「全体行程で12日。始めの6日が人員交換を行うでごじゃる。盾の勇者殿が望めば直ぐにでも人員交換は出来るでごじゃる」
「そうか……今からとは早いな」
「時間がもったいないでごじゃるからな」
「……さっき、観光旅行みたいな案内を受けたのだが」
「それはしょうがないでごじゃる。盾の勇者殿はおそらく知らないと分析したので案内を依頼したでごじゃる。では交換の順番を説明するでごじゃる」
影の話ではこうだ。人員を丸ごと交換するらしく、移動はそれぞれの勇者がするらしい。
俺が行く先は元康→錬→樹の順番だそうだ。ラフタリア達も同じらしい。
「いきなりビッチと同じとはどんな罰ゲームだ?」
「既に到着から半日が経過しているでごじゃる。よく考えるでごじゃるよ」
なるほど、ビッチとパーティーを組むのは他の奴等にくらべて短い。
ちゃんと考えてはいるんだな。
「じゃあ行って来る。お前らも頑張れよ」
部屋の戸に手を掛けてラフタリアとフィーロに注意する。
パーティーは一時解散状態にする。まあ、奴隷用の項目があるわけだけど。
「はい……」
不安そうにラフタリアは頷き、フィーロは何が起こるのかあんまり理解していないようだ。
「来るのは元康だ。注意しろよ。奴は下半身でしか生きていない。絶対に許しちゃいけないぞ。フィーロ、奴が問題を起こしたら蹴り飛ばせ」
「はーい」
「ナオフミ様……さすがにそれは……」
とは言いつつ、ラフタリアも落ち着きが無い様子だ。
今までも、そしてこれからも槍の勇者といえば俺達の敵だからな。武者震いって奴だろう。
これまでアイツ等に受けて来た事を考えれば和解なんてありえない。
今回は敵情視察と思って我慢しながら元康の仲間を分析するとしよう。
「では案内するでごじゃる」
不安が拭えないが……行くしかあるまい。K-Y Jelly潤滑剤
「とんでもない事を言っているぞ」
「冗談じゃありませんよ」
「とにかく、今日は早めに宿へ行こうぜ。メンバーチェンジの日程を聞かなきゃ始まらないんだろ?」Motivator
そういや、女王が紹介した宿へ行くのと、島の管理をしている貴族への挨拶をしなくちゃ行けなかったんだっけ。
辺境とはいえ、人が頻繁に訪れる土地だから程々に地位のある人物だろうな。
「ようこそいらっしゃいました四聖の勇者とその一行の皆様」
港で他の勇者たちが回復するのを待っていると、観光案内員みたいな旗を持った怪しい奴が俺達の方へ近づいてきて言う。
見た目はメルロマルクの軍服を着ていて、渋い初老のおっさんなのだけど……旗が似合わない。
「私、このカルミラ諸島の地を任されておりますハーベンブルグ伯爵と申します」
「は、はぁ……」
勇者の中で全快なのは俺だけなので、率先して相手をする。
「以後お見知りおきを」
「ああ……よろしく」
各々の勇者がハーベンブルグ伯爵と名乗った案内員に挨拶をする。
「では、勇者様方にはこのカルミラ諸島の始まりから知っていただきましょう」
えー……。
本当に案内員だったよ。そういうのは面倒だから嫌なんだが。
「別に俺達は観光で来たわけじゃないのだが……」
活性化していて経験値が美味しいらしいから来たと言うのに、島の伝承から教わるって……観光旅行じゃないっての。
「まあまあ、古くは伝承の四聖勇者がここで身体を鍛えたというのが始まりでして――」
なんか広場みたいな島の市場を案内しつつ、伯爵は説明していく。
その途中で変なオブジェを見つけた。
サンタ帽子を付けたペンギンと、ウサギと、リスと、イヌ? がトーテムポールみたいに四匹折り重なっている銅像が飾られている。
ペンギンが釣竿、ウサギがクワ、リスがノコギリ、イヌがロープを持って構えている。
なんだあれ?
「お? 盾の勇者様はお目が高い。あれはこの島を開拓した伝説の先住民であるペックル、ウサウニー、リスーカ、イヌルトです」
どれも日本語っぽい。いや、伝説の武器の力で翻訳してもらっているのだろうが……。
「ちなみに名前の由来は四聖の勇者様が付けたという伝承があります」
四聖の勇者センスねー。
あ、伯爵がまだ話を続けている。
「仲良くなった魔物だったそうなのですが、勇者様の世界基準で一番近い動物の名前を聞いて自ら名づけたそうです」
どっちにしろ酷いセンスだ。
もう少しどうにかならなかったんだろうか。
「じゃあこの島に、あんなのがいるのか?」
「いえ、開拓を終え。新たな地へ旅立ったそうです。その後、姿を見たものは居ません」
……要するに絶滅したんだろ、きっと。
実在も怪しまれるな。そもそも開拓する魔物って……。
「へー……なんか美味しそうだね」
フィーロが涎を垂らしながら言った。
……よく考えて見れば、馬車を引くことを至上の喜びにしている魔物がいるんだしなぁ。
いても不思議じゃないか。
と思っていると、そのオブジェの隣にある石碑が目に入る。
「あれはなんだ?」
「四聖勇者が残した碑文だそうです」
「ほう」
徐に近付く。
四聖の勇者って事は俺達と同じく日本人である可能性が高い。
日本人でなくても地球のどこかから呼ばれた奴等なら少しは有意義な情報を得られるかも。
日本語で何か書かれていたりしないかな?
何々……。
「おい。日本語じゃないぞ。偽物だこれ!」
他の勇者たちも碑文に近寄り、読めないのを確認する。
「おかしいですねぇ……新たな勇者が現れた時に備えて記すと伝承があるのですが……」
「……ふざけているのか? この世界の魔法文字だぞ」
魔法文字……これはかなり悩まされるんだよな。人に教えてもらって覚えられるような文字じゃないんだ。
なんていうか、人によって答えの変わる文字。それが魔法文字だ。
例えば、ラフタリアの幻を使う魔法書を適正の無い俺が読んだ場合、解読できない。訳するとおかしな言葉になる。
だけどラフタリアはしっかり読み解いて、魔法として発言できる。
共通語の魔法文字もあるのだけど、その先の実践的な物となると適性がないと読めないのだ。蒼蝿水(FLY D5原液)
「お前、読めるのか?」
「水晶玉頼りのお前等じゃ読めないだろうが、俺はクズの所為で不遇だったからな。読めなきゃ覚えられなかったんだよ」
「なんて書いてあるんだ?」
「えっと……」
魔力をかざしながら碑文を読み解いていく。
案外簡単な言葉で書かれているなぁ。
『力の根源たる……盾の勇者が命ずる。伝承を今一度読み解き、彼の者の全てを支えよ』
「ツヴァイト・オーラ……」
対象が指名できる。そうだな……とりあえずフィーロに掛けてみるか。
フィーロに向けて手をかざすと、ぼんやりとフィーロの周りに透明な魔法の膜が出現した。
「わ! なんか力がみなぎる!」
ピョンピョンとフィーロが跳ね回る。
人型なのに、高く跳ねているな。
ステータスを見ると全ステータスが向上している。
「オーラ……伝説の勇者が使用する。全能力値上昇魔法の系譜です」
樹の仲間がボソッと呟く。
そんな伝承があるのか。
「すげぇ! 俺達も覚えようぜ!」
魔法を習得とかゲーム感覚のコイツ等がこぞって碑文を読もうとする。
しかし。
「あれ……読めない」
「そりゃあお前等、魔法言語理解して無いだろ?」
水晶玉で楽々習得しているコイツ等が簡単に覚えたらそれはそれで悔しい。
「尚文さん」
樹が俺に顔を向けて名前を呼ぶ。
「なんだ?」
「魔法言語理解の効果のある盾は何処で手に入るのですか?」
「自力で覚えたんだよ! 何でも武器に頼るな!」
「出し惜しみですね!」
「そうだそうだ! 教えろ!」
まったく、コイツ等は……。
異界言語理解とかも聞いてきそうだ。
人の努力を武器の力で解決したとか思っているんだろうな。
「俺はオーラって魔法を覚えたが、お前等が同じ魔法を使えるとは限らないぞ」
「それもそうですね。僕達の場合はもっと良い魔法かもしれません」
むかつく言い回しだ。
俺を格下だと思っているのがバレバレだ。ほんと上からの物言いがウザイな。教皇相手に碌に戦えなかった癖に。
ムキになったら負けだ。
「次に行くか、他に何があるんだ?」
「では宿に行くまでのカルミラ諸島での注意事項についてと移動手段を――」
伯爵の話を掻い摘んで説明する。
カルミラ島の魔物の生息地は今、活発化していて、魔物の生活サイクルが加速しているそうだ。
鼠算式に魔物が増殖を繰り返している為、冒険者や勇者に討伐してもらわなければ非常に困るという状況だ。
俺達はその状況に便乗してLvを上げるのが今回の目的だそうだ。
だから、できれば魔物を見たら全てを倒して頂けるとありがたい。
他の冒険者に道を譲るような真似はしなくても良いが、他の冒険者が戦っている所に乱入すると要らぬ騒ぎが起こるので控えて欲しいとの事。
……ネットゲームのマナーみたいな講習だったな。
移動手段は島内の場合は小型の小船が常にあり、運んでもらえるらしい。最悪、泳いでも渡れるそうだ。
女王の用意した宿は今でも最上級クラスの建物だった。
俺が今まで寝泊りしていた宿とは比べるまでも無く……俺の世界でいう所のホテルに匹敵する建物だ。
……元々は城か何かなのだろうか?
とにかく豪華な作りに清潔な雰囲気。壁は大理石のような石材で作られていて、光沢がある。
何かの石像が噴水の役目を果たしていて、どうにも異世界にいるという感覚を薄ませる。
俺はハワイに来たのか?
そんな錯覚を覚えるかのような豪華な絨毯が敷かれている道を歩いて、部屋に案内された。
荷物はこの宿が責任を持って預かるとかで、フィーロの馬車も預かってもらった。
「ではこれからの日程を説明するでごじゃる」
しばらくすると聞き覚えのある喋り方をする影がメルティに変装してやってきた。
「メルティ?」
「ごしゅじんさま、メルちゃんじゃないよ?」
「そうでごじゃる」
「……お前か」
紛らわしい格好だ。一瞬、隠れて付いてきたのかと本気で思った。
身長までも偽れるとかどんな変装だとツッコミを入れるべきか迷う。levitra
「そうでごじゃる。拙者、盾の勇者殿の専属の影に任命されたでごじゃる」
「よりによってお前か……というかなんでメルティに変装している」
「そこは盾の勇者殿が親しみを覚えやすいようにでごじゃる」
「むしろ気持ち悪いからやめろ」
「分かったでごじゃる」
影は服を脱ぐようにメルティの変装をやめて、忍者みたいな服装に戻る。
知り合いの顔が皮の様に剥がれるって気持ち悪いな。
「というか……お前の語尾なんなんだ?」
「ごじゃる?」
「それだ」
「口癖でごじゃる。必要になったらやめれるでごじゃるよ」
そういえば、俺に賞金が掛かった時、村人に変装して協力してくれていたんだったな。
あの時はまったく気付かなかった。
「どうもこの口癖の所為でメルティ王女に気に入られて王女の専属を任命されていたのでごじゃるが」
「ああ、他の影に比べて分かりやすいものな」
「……個人を特定できると思わない方が良いでごじゃるよ」
なんだ? 妙に怪しげな発言だな。まるであの時の影とは別人みたいな表現だ。
まあ普通に考えれば不特定多数である影に特徴があるのは不味いよな。
「あの時の影とは違うのか?」
「間違ってないでごじゃる」
「……」
めんどくせー!
「拙者の口癖だけを頼りにしていると入れ替わっても気付かないでごじゃると注意しただけでごじゃる」
「はいはい」
別に覚えようとも思わない。
何よりも覚えたからといって何が変わる訳でもない。
「話は戻るでごじゃるが、これからの日程を説明するでごじゃる」
「ああ……所で人員交換ってさ、それぞれの勇者の同意が必要なんだろ?」
「盾の勇者殿は同意しないでごじゃる?」
「いや……だが」
他の勇者が嫌がるだろ。
元康は分からないが、錬や樹は秘匿癖があるように思える。
実際、何をしているのか今一分からない奴等だし。
こういう情報が漏れるような出来事は好まない可能性が高い。
「他の勇者殿達の了承は受けているでごじゃる」
「何?」
「だから既に了承しているでごじゃるよ」
「ふむ……」
思いのほか呆気ないほどあいつ等が協力的だ。
俺の思い違いか?
冷静を気取って、碌に教えないタイプだと思っていたのだが……。
「拙者や影、女王は他の勇者殿達は盾の勇者殿の仲間や強さに関心を示していると推理しているでごじゃる」
「まあ……」
考えてみれば、奴等の基準では俺は弱職な訳だし、それが大活躍をしていたら知りたくもなるか。
大活躍と言ってもカースシリーズは代償も大きいから微妙な線だが。
「特に勇者殿はみんなフィーロ殿に関心を集めております」
「なるほどね」
確かにフィーロは規格外に強く見えるのだろう。
戦闘力はグラスの分析だと錬に匹敵するとか言っていたし、魔法も使えて動きも早いとなると強さの秘密も知りたくなるか……。福源春
「ふえ?」
眠いのかうつらうつらしていたフィーロが俺の方を見る。
というか……あいつ等の関心って実はフィーロに集約していたりして……。
何かイラついてきた。
さすがに思い違いだと思いたい。
「で? 人員交換と情報交換は何時やるんだ?」
「それぞれの勇者殿にアンケートをしたでごじゃるが、どうも盾の勇者殿以外の勇者殿は人員交換を先にして欲しいそうでごじゃる」
「……情報交換は不要か」
カルミラ島の効率的な周り方とかを聞きたかったが……あいつらに尋ねると言うのもシャクだ。
「嫌がらせに情報交換を先にしても良いが、こじれると厄介だ。望み通りにするか」
「一応、人員交換終了の日に情報交換はする手はずでごじゃる」
「分かった。で、どういう順番で何日ここに滞在するんだ?」
「全体行程で12日。始めの6日が人員交換を行うでごじゃる。盾の勇者殿が望めば直ぐにでも人員交換は出来るでごじゃる」
「そうか……今からとは早いな」
「時間がもったいないでごじゃるからな」
「……さっき、観光旅行みたいな案内を受けたのだが」
「それはしょうがないでごじゃる。盾の勇者殿はおそらく知らないと分析したので案内を依頼したでごじゃる。では交換の順番を説明するでごじゃる」
影の話ではこうだ。人員を丸ごと交換するらしく、移動はそれぞれの勇者がするらしい。
俺が行く先は元康→錬→樹の順番だそうだ。ラフタリア達も同じらしい。
「いきなりビッチと同じとはどんな罰ゲームだ?」
「既に到着から半日が経過しているでごじゃる。よく考えるでごじゃるよ」
なるほど、ビッチとパーティーを組むのは他の奴等にくらべて短い。
ちゃんと考えてはいるんだな。
「じゃあ行って来る。お前らも頑張れよ」
部屋の戸に手を掛けてラフタリアとフィーロに注意する。
パーティーは一時解散状態にする。まあ、奴隷用の項目があるわけだけど。
「はい……」
不安そうにラフタリアは頷き、フィーロは何が起こるのかあんまり理解していないようだ。
「来るのは元康だ。注意しろよ。奴は下半身でしか生きていない。絶対に許しちゃいけないぞ。フィーロ、奴が問題を起こしたら蹴り飛ばせ」
「はーい」
「ナオフミ様……さすがにそれは……」
とは言いつつ、ラフタリアも落ち着きが無い様子だ。
今までも、そしてこれからも槍の勇者といえば俺達の敵だからな。武者震いって奴だろう。
これまでアイツ等に受けて来た事を考えれば和解なんてありえない。
今回は敵情視察と思って我慢しながら元康の仲間を分析するとしよう。
「では案内するでごじゃる」
不安が拭えないが……行くしかあるまい。K-Y Jelly潤滑剤
2013年6月10日星期一
ハーフエルフのレイラ
アルゴ王国軍を追い払ってから、一週間が過ぎようとしていた。
ティリアとエラキス侯爵が国境付近で厳戒態勢を敷いているためか、再侵攻の兆候はないらしい。花痴
残る懸念は部下の治療のことだけだが、これもティリアに書いてもらった命令書のお陰で全員が人間と同じように医師の治療を受けられた。
あまりにも人数が多かったので、病院と周辺の宿を占有する形になってしまったが、これは仕方がない。
「やっぱり、何も見えないや」
病院の薄汚れた天井を見上げ、クロノは暗澹たる気分で呟いた。
医師によれば高位の神威術ならば治せるらしいのだが、国内にいる高位術士が限られている以上、失明を宣告されたと同義だ。
「……感染症に罹らなかっただけマシか」
クロノが受けた治療は傷を水で丹念に洗って縫合した程度だが、ヨーロッパでは近世まで消毒のために沸騰した油を傷に注ぎ、血止めのために焼けた鉄の棒を傷に押し当てていたらしいので、それに比べればまともな治療方法だ。
クロノはベッドから抜け出し、素早く黒を基調とした軍服に着替えた。
病室から抜け出した途端、クロノは副官のミノタウルス……ミノさんにぶつかった。
『また、見舞いですかい?』(ぶもぶも?)
「他にすることもないしね」
ぶふぅ~、と副官は呆れたように大きな鼻息を吐いた。
『……お供しやす』(ぶも~)
「ああ、ありがとう」
何故か、副官は照れ臭そうに頭を掻いた。
副官を伴い、階段を降りる。
病院はしっかりとした石造りの建物だ。
一階は百近いベッドが並ぶホールで、二階は個室となっている。
別棟では食事を作ったり、洗濯をしたり、医師や薬師が寝泊まりしている。
アレで領民のことを考えているんだな、とクロノはエラキス侯爵に関する評価を改めようとしたが、この病院に限らず、ハシェルの街が発展したのは初代から三代目までの功績らしい。
四代目以降は代が下るにつれて評価も下がり、特に当代……七代エラキス侯爵の評判は悪い。
贅沢品を買い漁ったり、税を上げたり、救貧院への寄付を止めたり、やりたい放題らしい。
何というか、封建制度の悪い部分が表出してしまっているような感じだ。
階段を降りるにつれ、雑音めいた声が鮮明さを増していく。
クロノがホールに足を踏み入れた瞬間、ピタリと会話が止んだ。
嫌われているんだろうか? と最初は凹んだものだったが、今はかなり慣れた。
まあ、これが貴族に対する普通の態度なのだろう。
ぶっちゃけ、副官がクロノに対して砕けた態度を取りすぎているのである。
「調子はどう?」
「はひぃ! ちょ、調子は……悪いであります!」
クロノが声を掛けると、ドワーフ(ロリ娘)が露骨に顔を引き攣らせて答える。
「そう……何かあったら、遠慮なく言うようにね」
「は、はひ!」
クロノが隣のベッドに移動すると、ロリ・ドワーフの安堵の溜息が聞こえた。
ホールにいた部下に声を掛けて回ったのだが、万事が万事、この調子だ。
獣人も尻尾を丸め、何処となく怯えた様子だった。
その後、別棟に移動して、医者に声を掛けても同じような反応が返ってきた。
※
ハシェルは周囲を城塞に囲まれた直径一キロほどの街だ。
元々、軍事拠点として築かれた経緯もあり、非常に入り組んだ構造をしている。
街の中心はエラキス侯爵邸、その周辺を病院、商工業区、居住区が取り囲んでいる。
最も賑わっているのが商工業区……ケフェウス帝国に支店を持つ商会が店を構え、ただでさえ狭い道を埋め尽くすように露店が並んでいる。
『まだ、続けるんですかい?』(ぶも~?)
「宿にいる部下とも顔を合わせないと」
部下のいる宿を梯子していると、副官がうんざりしたような声音で言った。
『もしかして、大将は鈍感なんですかい?』
「いや、僕にも部下に気を使わせていることくらい分かるよ」
『それが分かっていて』
ぶも~、と副官は大袈裟に肩を落とした。
「……次で最後か」
最後に残ったのは銀髪のエルフ……レイラだ。
『レイラが苦手なんですかい?』
「そういう訳じゃないんだけど、嫌われてるんじゃないかなと思って」
レイラはクロノが反応に困るくらいクールなのだ。
彼女に責任を押しつけようとしたことも手伝い、顔を合わせにくい。
贈り物なんて、どうだろうか?
周囲を見渡すと、花売りの少女が目に止まった。
人間の少女で、年齢は十歳くらいだろうか。
髪はブラウン、肌は病的に白い。
美人ではないが、不思議と愛嬌のある顔立ちだ。
ただ、今は疲労の色が濃い。
少女の貧しさを示すようにワンピースは薄汚れ、袖や裾の部分が解れている。
現代日本の子どもを知る身としては胸が痛い。
「やあ、花を売ってくれないかな?」
「……っ!」
クロノが気さくに声を掛けると、少女は部下と同じように顔を引き攣らせた。
「ど、銅貨一枚、です」
「ありがとう」
花束と引き換えに銅貨を一枚渡すと、少女は呆気に取られたような表情を浮かべた。
うん? とクロノは首を傾げながら、彼女に背を向けた。
しばらく歩くと、レイラが宿泊している宿に着いた。
正しくは、一階が酒場兼食堂で、二階が宿だ。
もう少しマシな部屋を手配しようとしたのだが、あまりレイラが乗り気でなさそうだったので、ここになった。
『あっしはここで待ってやすから』(ぶも~)
「ああ、よろしく」
酒場兼食堂に入ると、まばらにいた客達の視線がクロノに集中するが、すぐに彼らは視線を背けた。D10 媚薬 催情剤
「男爵様、今日も?」
「見舞いだ。ああ、時に女将」
カウンターに歩み寄り、クロノはカウンターに肘を突いた。
ズザーッ! と凄まじい勢いで両隣の客が離れたのが印象的だった。
女将さんは三十代。子どもはおらず、夫とも五年前に死に別れたらしい。
女手一つで店を切り盛りするのに相当な苦労しているはずだが、そんなことを感じさせない優しげな目をしている。
体つきは肉感的で、成熟した大人の色香を感じさせる。
ほっそりとしたうなじと後れ毛が高ポイントだ。
「部下の様子は、どうだろう?」
「食事も残さずに食べていますから、心配は要らないと思いますよ」
「そうか」
クロノは金貨を一枚取り出し、女将に握らせた。
「こ、これは?」
「これでレイラに栄養のあるものを食べさせて欲しい。いや、もちろん、女将が粗末なものを食べさせていると勘繰っている訳ではないのだが……よろしく頼む」
「ええ、そりゃ、まあ」
女将は嬉しさ半分、怯え半分といった風情で金貨を受け取った。
兵士の給料が一ヶ月で金貨二枚だから、女将にとっては予想外の収入だろう。
ちなみに貨幣の交換比率は銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨二十枚で金貨一枚くらいだ。
さらに銅貨よりも下に真鍮の貨幣があり、銅貨一枚に対して真鍮貨十枚の交換比率だ。
軋む木製の階段を上り、クロノは薄暗い廊下を進む。
レイラの部屋は二階の端だ。
礼儀としてドアをノックし、クロノは扉を開けた。
そのまま、クロノはフリーズした。
まず、視界に飛び込んできたのは褐色の肌だった。
うっすらと傷痕が幾筋も走り、縫ったばかりの傷が痛々しいが、褐色の肌は身震いするほど艶やかだ。
レイラが新しい傷を避けるように濡れた布で体を拭うと、水滴が生き物のように彼女の肩から控え目な膨らみを経由し、
「……クロフォード男爵?」
こちらに気付いたらしく、レイラは両腕で胸を隠した。
しっかりと女を主張する胸の膨らみから、クロノは目を離せなかった。
「……っ!」
クロノが生唾を呑み込むと、レイラは恐怖に耐えるように唇を噛み締めた。
すぐに怯えられていると気付き、クロノは部屋を飛び出した。
何度も廊下の壁に体を打ち付け、
「ぎゃひぃぃぃぃぃっ!」
階段を転がり落ちた。
「男爵様! 御怪我はございませんか?」
「大丈夫、大丈夫」
走り寄る女将を手で制し、クロノは怪我がないことを確認しながら立ち上がった。
受け身は取れなかったが、大きな怪我はないようだ。
三年近く鍛えた体はクロノが思っている以上に丈夫らしい。
「……痛っ」
「だ、男爵様」
「ああ、心配ない。悪いけれど、肩を貸してくれないか?」
顔面蒼白の女将は震えながら、クロノの体を支える。
「もう一度、上に行きたいから」
「はい」
どっちが体を支えているのか、分からないくらい女将は震えていた。
ともあれ、女将の力を借り、再びレイラの部屋に辿り着いた。
クロノはドアをノック、レイラの返事を待つ。
部屋に入ると、レイラは黙ってクロノを見つめていた。
いや、睨んでいるのだろうか。
事故とは言え、裸を見てしまったのだから、当然の反応だ。
「女将、少し離れてくれないか」
「はい」
クロノは女将に花束を手渡し、レイラを見つめた。
慌てて着替えたのか、レイラの服は水を吸い、その部分だけが……胸の形が分かるくらい濡れていた。
「……レイラ」
「……」
レイラは答えない。
クロノはレイラに早足で歩み寄り、汚れた床に両膝を突き、頭を擦り付けた。
土下座である。
「な、な、何をなさっているのですか!」
「これは土下座といい、僕が生まれた国で最上級の謝罪を示す姿勢だ」
クロノは慌てふためく、レイラに淡々と説明した。
「裸を見て、申し訳ありませんでした!」
「「えっ!」」
クロノが頭を地面に擦り付けると、レイラと女将が一緒になって声を上げた。
「や、止めて下さい」
「君が許してくれるまで、僕は土下座を止めない!」
クロノは遠慮がちに腕を引くレイラに抗い、土下座を続けた。
「わ、分かりました! 分かりましたから、許しますから、ドゲザをお止め下さい!」
「……」
レイラの悲鳴じみた懇願にクロノは無言で立ち上がった。
「女将、花束を」
「はい」
クロノは女将から花束を受け取り、レイラに差し出した。
「こ、これは?」
「見舞いの花束だ。て、手ぶらで来るのも気まずかったので、途中で買ったのだが……もっと、ちゃんとした物の方が良かっただろうか?」
花束を受け取り、レイラは涙を堪えるように唇を噛み締めた。
十秒か、二十秒か、とうとう堪えきれずに涙が金色の瞳からこぼれ落ちた。
「……わ、私のような、ハーフエルフに、何故?」
「ハーフエルフ?」
言われてみれば、レイラの耳は他のエルフよりも短い気がする。
説明するまでもなく、ハーフエルフはエルフと人間のハーフだ。
ハーフエルフはファンタジー小説で人間とエルフの両方から差別されたり、迫害を受けたりすることが多い。その理由はエルフが純血主義だったり、ハーフエルフはエルフが辱められた末に生まれた子どもと認識されているからだ。
だが、ケフェウス帝国の場合、エルフは被支配階級に属し、エルフもそれを事実として受け止めている。
直接聞けば、ファンタジー小説と似たような答えが返ってくるだろうが、実際は自分達よりも格下の存在が欲しいといった所ではないだろうか。
惨めな境遇にある人間は自分よりも惨めな境遇にある人間の存在に安堵する。クロノ自身も覚えのある感覚だ。
「ご存じ、なかったのですか?」
「ああ」
クロノが答えると、レイラは寂しそうな笑みを浮かべた。
ああ、きっと、この人は私をエルフだと思って優しくしてくれたんだ。
どうせ、ハーフエルフの私なんて。紅蜘蛛(媚薬催情粉)
そんな感情が伝わってくるような笑みだ。
「私は……いや、僕はレイラがとても勇敢な女性だと思ってるよ。君がハーフエルフだと知っても、この気持ちは変わらないし、君のような部下を持てたことを誇りに思う」
「……っ!」
レイラは見えない棒で殴られたように蹌踉めき、顔を覆って泣き出した。
「……男爵様」
「レイラ、また、見舞いに来るから」
女将に促され、クロノはレイラの部屋を後にした。
押し殺したようなレイラの嗚咽が安普請の扉越しに聞こえ、すぐにでもクロノは引き返したかった。
「いけませんよ、男爵様」
「……分かった」
女将に手を引かれ、クロノは仕方なく一階に戻った。
客達の視線が集中するが、それも一瞬の出来事だ。
「男爵様、よろしければ食事でもいかがですか? なん「ああ、頂こう」」
え? と女将の顔が盛大に引き攣った。
「いやですよ、貧乏人をからかっちゃ」
「からかっていないが?」
シーンと痛々しい沈黙が辺りを支配する。
「はい、しょ、承知いたしました! ほら、あんたら、男爵様が食事をするんだから、そこを退きな!」
「いや、彼らが先に座っていたのだから、カウンターの隅にでも」
他の客を蹴り出さんばかりの女将を横目に、クロノはカウンター端の席に座った。
「や、野菜の塩スープと、パンにございます」
「うむ」
間を置かずに煮崩れた野菜のスープとすっかり固くなったパンがカウンターに置かれる。
クロノは木製のスプーンで野菜スープを一啜り。
「どうですか?」
「うむ、塩味だな」
クロノは固くなったパンをスープに浸し、少し柔らかくなったそれを頬張る。
胡椒が欲しいところだが、香辛料の類は貴重品だ。
がつがつと具を掻き込み、
「むっ!」
「ど、どうかなさいましたか!」
クロノは口元を乱暴に拭い、
「すまないが……副官を外で待たせているのだが、部下の分も頂けないだろうか?」
「え? あ~、一昨日、床を踏み抜きそうになった! 少々、お待ち下さい」
女将はスープを大鍋から小振りの鍋に移し替え、カウンターの外に出る。
「私が持って行こう」
「男爵様が?」
「うむ、私が持って行くのが筋というものだろう」
有無を言わさず、クロノは女将から鍋を奪い取り、店の外で待つ副官の元に。
「待たせてごめん。今、食事をしているから、君も食事をして待ってて」
『大将!』(ぶも~!)
目を剥く副官に鍋を押しつけ、クロノはカウンター席で食事を再開した。
料理を全て平らげ、クロノは満腹感に酔いしれた。
「女将、幾らだろう?」
「いえいえ、男爵様からお金を頂くわけには」
「そう……いや、こういうことに身分は関係ない」
ラッキー♪ と思ったが、クロノは自分を律し、銀貨を一枚差し出した。
「はぁ、男爵様は変わっていらっしゃるんですね」
「ん、自分では至って普通のつもりだが?」
これは少し嘘かな、とクロノは思う。
クロノの価値観は自由、平等、人権などケフェウス帝国に存在しない概念を前提に形作られている。
だから、この世界の常識から外れた行動を取ることが多く、変人と呼ばれることも珍しくない。今更、女将に言われなくても、クロノもそれくらい分かっているのだ。
「……女将。また、来る」
「は、はい、お待ちしています」
クロノが店を出ると、副官は空の鍋を手に立っていた。
「返してくるよ」
『そこまで大将にやらせるわけにゃいきやせん。女将、鍋はここに置いておくぜ!』
副官は扉を開け、その近くに鍋を置いた。
『さあ、ずらかりやしょう』
※
『やっぱり、大将は変わりもんすね~』
「うん、女将にも言われたよ。でも、いきなり、どうしたの?」
副官がそう切り出したのは病院までの道のりを半分消化した頃だった。
『いえね、感心したんで。あっしは大将が嘘を吐いていると思ったんでさ。だって、そうでしょ。あっしら亜人は金貨一枚で命を切り売りする捨て駒でさぁ。そんなあっしらのために皇女に掛け合って、傷の様子を見舞ってくれて……ようやく、あっしは大将を信じようと思ったんで』
副官はまくし立てるように言い、ぽつりと呟いた。
「そんなに感謝されることじゃ……あれ?」
『どうしたんで?』
「あのさ、今……金貨一枚って言った?」
『ええ、それが何か?』
エラキス侯爵領の兵士は侯爵の私兵ではなく、歴としたケフェウス帝国の兵士だ。
給料は帝国から支給されていて、月給は人間でも、亜人でも金貨二枚のはずだ。
ということは……、
「確かめたいことがあるから、僕に付いて着て」
『へい』
クロノは駆け足で街の中心部、エラキス侯爵邸に向かった。
門番に咎められることなく、クロノと副官はエラキス侯爵邸の門を通り抜けた。
エラキス侯爵邸は自然石で造られた城と四つの塔から成り立っている。
中央の城はイギリスのカントリーハウスに近い四階建ての建物だ。
ここに経理を担当している部署がある。
クロノは扉を開け、経理担当官の元へ突き進む。
「おお、誰かと思えば」
「……」
クロノは腰を浮かせた経理担当官を無言でぶん殴った。
机の上に置かれた書類が崩れ、経理担当官はイスから無様に転倒する。
「な、なにを?」
「……」
更に、クロノは経理担当者の鳩尾を無言で蹴り上げ、吐瀉物を撒き散らす彼を無言で見下ろした。
胃の中身を全てぶち撒けた経理担当官は明らかに怯えた様子でクロノを見上げた。
「……出せ」
「な、なんのことやら」
「おい、この手が見えるか?」
クロノは震える手を経理担当者に示し、
「何故、この手が震えているのか分からないのかっ? 私は怒っているんだ! この手が震えるほど怒り狂っているんだ! お前の鶏ガラのように痩せた首を絞めたくて、それを自制するのに必死なんだ! だから、出せ! この反逆者が!」
散乱する書類を蹴りながら喚くと、経理担当者は悲鳴を上げ、机の引き出しから紙の束を取り出した。紅蜘蛛 II(水剤+粉剤)
ぶるぶると震える手で差し出された紙の束を受け取り、クロノは内容を流し読みした。
「だから、私は怒っていると言っただろう!」
クロノは経理担当者の股間を蹴り上げた。
「いいか? お前の鳥頭にも分かるように言ってやる。股間のお宝を踏み潰されたくなければ、もう一冊の帳簿を出せ!」
血の混じった小便を垂れ流しながら、経理担当者は鍵の掛かった引き出しから紙の束を取り出した。
「わた、私は侯爵の命令で」
「公金の横領は死刑だ」
短く呟き、クロノは経理担当者から紙の束を奪い、先ほどの紙の束と見比べる。
紙の束は帳簿……二重帳簿というやつだ。
どうやら、本当に公金の横領をしていたらしい。
「こいつを拘束して」
『へい……って、大将? 一体、何がどうなってるんで?』
「要するに、エラキス侯爵は君達の給料を誤魔化してたってことだよ」
副官に腕を捻り上げられ、経理担当者は死刑を待つ罪人のように項垂れた。
「騒がしいと思ったら、何をしているんだ?」
「やあ、ティリア。アルゴ王国の方は良いの?」
「質問を質問で返すな」
クロノが問いかけると、ティリアは豊かな胸を強調するように腕を組んだ。
「神聖アルゴ帝国の方は問題ない。複数の情報筋によれば、先日の一件で第一王位継承者が重傷を負い、今は王位継承権の問題で派閥争いの真っ最中だそうだ。クロノの予想通りになったな。で、お前は?」
「僕は横領の証拠を掴んだ所だよ」
クロノから帳簿を受け取り、ティリアはざっと流し読みする。
「お手柄だな、クロノ」
「褒美は後で良いから、すぐにでも対処して欲しいな」
「ああ、もちろんだ」
にやりとティリアは笑い、部屋から出て行った。
※
ティリアの行動は早かった。まるで最初から横領に気付いていたかのような手際の良さでエラキス侯爵とその家族、横領に関わっていたと部下、使用人を拘束し、帝都に送ったのだ。
おまけに後任を決めるまでティリアの家臣団に代理統治させる徹底ぶりだ。
クロノとしてはエラキス侯爵の後任がまともな人物であることを祈るばかりである。
※
翌日、
「……ふぅ」
薄汚れた病院の天井を見上げ、クロノは暗澹たる気分で溜息を吐いた。
「……起きて、部下の様子を見に行かないと」
ベッドから下り、クロノは素早く軍服に着替えた。
『おはようございやす、大将』
「ああ、おはよう」
病室から出て、クロノは副官と挨拶を交わした。
『大将、報告したいことがあるんですが?』
「何かあったの?」
『あ~、その、非常に言いにくいことなんすけどね』
クロノが聞き返すと、副官は珍しく言い淀んだ。
『ついさっき、レイラが軍を辞めると言い出したんでさ』
「へ? どういうこと?」
言葉の意味が分からず、クロノは声を裏返らせた。
『何でも……私は男爵の誇りになれるような女じゃないとか。意味が分かりやすか?』
副官の言葉に、クロノは頭をぶん殴られたような衝撃を受けた。
昨日のレイラに告げた言葉はクロノの本心だった。
あれが本心でなかったら、クロノの人生に本物と呼べるものは何一つないだろう。
「あ、あれか? え~っと……とにかく、引き留めるぞ!」
『もう、あいつは市民権を取得してやすから「そんなこと、構うもんか!」』
クロノが悲鳴じみた声を上げると、副官は気圧されたように上体を反らした。
『そう言うと思いやして、下で拘束しておりやす』
「ぐっじょぶ!」
クロノは親指を立て、階段を転がり落ちるようにレイラの元に走った。
大勢の亜人に囲まれ、レイラはホールの中央に佇んでいた。
着古した服と鞄一つ、それだけがレイラの財産だった。
「……レイラ」
「男爵様」
クロノが名前を呼ぶと、レイラは驚いたように目を見開いた。
「どうして、いきなり、軍を辞めるなんて」
「市民権を得るために軍に所属していたから、です。市民権さえ手に入れれば、ここにいる意味はありません」
レイラは能面のような無表情で、音の羅列のような台詞を口にした。
「だったら、どうして……私は誇りになれるような女じゃないって」
「誰から、それを」
副官から聞いたと気づいたのだろう。
レイラは階段の近くに佇む副官を睨み付けた。
「理由を教えて欲しいんだ。そうじゃないと、納得できない」
「そのままの意味です。私は……帝都のスラムで生まれました。売春婦だったエルフの母親と、客の間に生まれた子どもです。軍に入隊するまで、何度も、乱暴されて……ここに配属されてから、エラキス侯爵に。そんな私が、薄汚いハーフエルフの私が、貴方の誇りになれるわけがないじゃありませんか」
レイラは悲しげに微笑んだ。
あまりにも過酷な……その過酷さすら、日本で生まれ育ち、この世界の貴族に養子として迎えられたクロノは想像することしかできないが……人生でレイラは様々なものを諦めてきたのだろう。
ハーフエルフだから、娼婦の娘だから、何度も乱暴されてしまったから、とレイラは苦しいことがあるたびに自分を納得させてきたに違いない。
だから、今度もレイラは諦めようとしたのだ。クロノが彼女の過去を知り、不幸な結末を迎える前に。
クロノは何も言えなかった。何か言わなきゃいけない、そうしなければ、レイラを引き留めることなんてできないと分かっているのに。紅蜘蛛赤くも催情粉
クロノの思考は空転したまま、レイラはゆっくりと歩き出した。
ティリアとエラキス侯爵が国境付近で厳戒態勢を敷いているためか、再侵攻の兆候はないらしい。花痴
残る懸念は部下の治療のことだけだが、これもティリアに書いてもらった命令書のお陰で全員が人間と同じように医師の治療を受けられた。
あまりにも人数が多かったので、病院と周辺の宿を占有する形になってしまったが、これは仕方がない。
「やっぱり、何も見えないや」
病院の薄汚れた天井を見上げ、クロノは暗澹たる気分で呟いた。
医師によれば高位の神威術ならば治せるらしいのだが、国内にいる高位術士が限られている以上、失明を宣告されたと同義だ。
「……感染症に罹らなかっただけマシか」
クロノが受けた治療は傷を水で丹念に洗って縫合した程度だが、ヨーロッパでは近世まで消毒のために沸騰した油を傷に注ぎ、血止めのために焼けた鉄の棒を傷に押し当てていたらしいので、それに比べればまともな治療方法だ。
クロノはベッドから抜け出し、素早く黒を基調とした軍服に着替えた。
病室から抜け出した途端、クロノは副官のミノタウルス……ミノさんにぶつかった。
『また、見舞いですかい?』(ぶもぶも?)
「他にすることもないしね」
ぶふぅ~、と副官は呆れたように大きな鼻息を吐いた。
『……お供しやす』(ぶも~)
「ああ、ありがとう」
何故か、副官は照れ臭そうに頭を掻いた。
副官を伴い、階段を降りる。
病院はしっかりとした石造りの建物だ。
一階は百近いベッドが並ぶホールで、二階は個室となっている。
別棟では食事を作ったり、洗濯をしたり、医師や薬師が寝泊まりしている。
アレで領民のことを考えているんだな、とクロノはエラキス侯爵に関する評価を改めようとしたが、この病院に限らず、ハシェルの街が発展したのは初代から三代目までの功績らしい。
四代目以降は代が下るにつれて評価も下がり、特に当代……七代エラキス侯爵の評判は悪い。
贅沢品を買い漁ったり、税を上げたり、救貧院への寄付を止めたり、やりたい放題らしい。
何というか、封建制度の悪い部分が表出してしまっているような感じだ。
階段を降りるにつれ、雑音めいた声が鮮明さを増していく。
クロノがホールに足を踏み入れた瞬間、ピタリと会話が止んだ。
嫌われているんだろうか? と最初は凹んだものだったが、今はかなり慣れた。
まあ、これが貴族に対する普通の態度なのだろう。
ぶっちゃけ、副官がクロノに対して砕けた態度を取りすぎているのである。
「調子はどう?」
「はひぃ! ちょ、調子は……悪いであります!」
クロノが声を掛けると、ドワーフ(ロリ娘)が露骨に顔を引き攣らせて答える。
「そう……何かあったら、遠慮なく言うようにね」
「は、はひ!」
クロノが隣のベッドに移動すると、ロリ・ドワーフの安堵の溜息が聞こえた。
ホールにいた部下に声を掛けて回ったのだが、万事が万事、この調子だ。
獣人も尻尾を丸め、何処となく怯えた様子だった。
その後、別棟に移動して、医者に声を掛けても同じような反応が返ってきた。
※
ハシェルは周囲を城塞に囲まれた直径一キロほどの街だ。
元々、軍事拠点として築かれた経緯もあり、非常に入り組んだ構造をしている。
街の中心はエラキス侯爵邸、その周辺を病院、商工業区、居住区が取り囲んでいる。
最も賑わっているのが商工業区……ケフェウス帝国に支店を持つ商会が店を構え、ただでさえ狭い道を埋め尽くすように露店が並んでいる。
『まだ、続けるんですかい?』(ぶも~?)
「宿にいる部下とも顔を合わせないと」
部下のいる宿を梯子していると、副官がうんざりしたような声音で言った。
『もしかして、大将は鈍感なんですかい?』
「いや、僕にも部下に気を使わせていることくらい分かるよ」
『それが分かっていて』
ぶも~、と副官は大袈裟に肩を落とした。
「……次で最後か」
最後に残ったのは銀髪のエルフ……レイラだ。
『レイラが苦手なんですかい?』
「そういう訳じゃないんだけど、嫌われてるんじゃないかなと思って」
レイラはクロノが反応に困るくらいクールなのだ。
彼女に責任を押しつけようとしたことも手伝い、顔を合わせにくい。
贈り物なんて、どうだろうか?
周囲を見渡すと、花売りの少女が目に止まった。
人間の少女で、年齢は十歳くらいだろうか。
髪はブラウン、肌は病的に白い。
美人ではないが、不思議と愛嬌のある顔立ちだ。
ただ、今は疲労の色が濃い。
少女の貧しさを示すようにワンピースは薄汚れ、袖や裾の部分が解れている。
現代日本の子どもを知る身としては胸が痛い。
「やあ、花を売ってくれないかな?」
「……っ!」
クロノが気さくに声を掛けると、少女は部下と同じように顔を引き攣らせた。
「ど、銅貨一枚、です」
「ありがとう」
花束と引き換えに銅貨を一枚渡すと、少女は呆気に取られたような表情を浮かべた。
うん? とクロノは首を傾げながら、彼女に背を向けた。
しばらく歩くと、レイラが宿泊している宿に着いた。
正しくは、一階が酒場兼食堂で、二階が宿だ。
もう少しマシな部屋を手配しようとしたのだが、あまりレイラが乗り気でなさそうだったので、ここになった。
『あっしはここで待ってやすから』(ぶも~)
「ああ、よろしく」
酒場兼食堂に入ると、まばらにいた客達の視線がクロノに集中するが、すぐに彼らは視線を背けた。D10 媚薬 催情剤
「男爵様、今日も?」
「見舞いだ。ああ、時に女将」
カウンターに歩み寄り、クロノはカウンターに肘を突いた。
ズザーッ! と凄まじい勢いで両隣の客が離れたのが印象的だった。
女将さんは三十代。子どもはおらず、夫とも五年前に死に別れたらしい。
女手一つで店を切り盛りするのに相当な苦労しているはずだが、そんなことを感じさせない優しげな目をしている。
体つきは肉感的で、成熟した大人の色香を感じさせる。
ほっそりとしたうなじと後れ毛が高ポイントだ。
「部下の様子は、どうだろう?」
「食事も残さずに食べていますから、心配は要らないと思いますよ」
「そうか」
クロノは金貨を一枚取り出し、女将に握らせた。
「こ、これは?」
「これでレイラに栄養のあるものを食べさせて欲しい。いや、もちろん、女将が粗末なものを食べさせていると勘繰っている訳ではないのだが……よろしく頼む」
「ええ、そりゃ、まあ」
女将は嬉しさ半分、怯え半分といった風情で金貨を受け取った。
兵士の給料が一ヶ月で金貨二枚だから、女将にとっては予想外の収入だろう。
ちなみに貨幣の交換比率は銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨二十枚で金貨一枚くらいだ。
さらに銅貨よりも下に真鍮の貨幣があり、銅貨一枚に対して真鍮貨十枚の交換比率だ。
軋む木製の階段を上り、クロノは薄暗い廊下を進む。
レイラの部屋は二階の端だ。
礼儀としてドアをノックし、クロノは扉を開けた。
そのまま、クロノはフリーズした。
まず、視界に飛び込んできたのは褐色の肌だった。
うっすらと傷痕が幾筋も走り、縫ったばかりの傷が痛々しいが、褐色の肌は身震いするほど艶やかだ。
レイラが新しい傷を避けるように濡れた布で体を拭うと、水滴が生き物のように彼女の肩から控え目な膨らみを経由し、
「……クロフォード男爵?」
こちらに気付いたらしく、レイラは両腕で胸を隠した。
しっかりと女を主張する胸の膨らみから、クロノは目を離せなかった。
「……っ!」
クロノが生唾を呑み込むと、レイラは恐怖に耐えるように唇を噛み締めた。
すぐに怯えられていると気付き、クロノは部屋を飛び出した。
何度も廊下の壁に体を打ち付け、
「ぎゃひぃぃぃぃぃっ!」
階段を転がり落ちた。
「男爵様! 御怪我はございませんか?」
「大丈夫、大丈夫」
走り寄る女将を手で制し、クロノは怪我がないことを確認しながら立ち上がった。
受け身は取れなかったが、大きな怪我はないようだ。
三年近く鍛えた体はクロノが思っている以上に丈夫らしい。
「……痛っ」
「だ、男爵様」
「ああ、心配ない。悪いけれど、肩を貸してくれないか?」
顔面蒼白の女将は震えながら、クロノの体を支える。
「もう一度、上に行きたいから」
「はい」
どっちが体を支えているのか、分からないくらい女将は震えていた。
ともあれ、女将の力を借り、再びレイラの部屋に辿り着いた。
クロノはドアをノック、レイラの返事を待つ。
部屋に入ると、レイラは黙ってクロノを見つめていた。
いや、睨んでいるのだろうか。
事故とは言え、裸を見てしまったのだから、当然の反応だ。
「女将、少し離れてくれないか」
「はい」
クロノは女将に花束を手渡し、レイラを見つめた。
慌てて着替えたのか、レイラの服は水を吸い、その部分だけが……胸の形が分かるくらい濡れていた。
「……レイラ」
「……」
レイラは答えない。
クロノはレイラに早足で歩み寄り、汚れた床に両膝を突き、頭を擦り付けた。
土下座である。
「な、な、何をなさっているのですか!」
「これは土下座といい、僕が生まれた国で最上級の謝罪を示す姿勢だ」
クロノは慌てふためく、レイラに淡々と説明した。
「裸を見て、申し訳ありませんでした!」
「「えっ!」」
クロノが頭を地面に擦り付けると、レイラと女将が一緒になって声を上げた。
「や、止めて下さい」
「君が許してくれるまで、僕は土下座を止めない!」
クロノは遠慮がちに腕を引くレイラに抗い、土下座を続けた。
「わ、分かりました! 分かりましたから、許しますから、ドゲザをお止め下さい!」
「……」
レイラの悲鳴じみた懇願にクロノは無言で立ち上がった。
「女将、花束を」
「はい」
クロノは女将から花束を受け取り、レイラに差し出した。
「こ、これは?」
「見舞いの花束だ。て、手ぶらで来るのも気まずかったので、途中で買ったのだが……もっと、ちゃんとした物の方が良かっただろうか?」
花束を受け取り、レイラは涙を堪えるように唇を噛み締めた。
十秒か、二十秒か、とうとう堪えきれずに涙が金色の瞳からこぼれ落ちた。
「……わ、私のような、ハーフエルフに、何故?」
「ハーフエルフ?」
言われてみれば、レイラの耳は他のエルフよりも短い気がする。
説明するまでもなく、ハーフエルフはエルフと人間のハーフだ。
ハーフエルフはファンタジー小説で人間とエルフの両方から差別されたり、迫害を受けたりすることが多い。その理由はエルフが純血主義だったり、ハーフエルフはエルフが辱められた末に生まれた子どもと認識されているからだ。
だが、ケフェウス帝国の場合、エルフは被支配階級に属し、エルフもそれを事実として受け止めている。
直接聞けば、ファンタジー小説と似たような答えが返ってくるだろうが、実際は自分達よりも格下の存在が欲しいといった所ではないだろうか。
惨めな境遇にある人間は自分よりも惨めな境遇にある人間の存在に安堵する。クロノ自身も覚えのある感覚だ。
「ご存じ、なかったのですか?」
「ああ」
クロノが答えると、レイラは寂しそうな笑みを浮かべた。
ああ、きっと、この人は私をエルフだと思って優しくしてくれたんだ。
どうせ、ハーフエルフの私なんて。紅蜘蛛(媚薬催情粉)
そんな感情が伝わってくるような笑みだ。
「私は……いや、僕はレイラがとても勇敢な女性だと思ってるよ。君がハーフエルフだと知っても、この気持ちは変わらないし、君のような部下を持てたことを誇りに思う」
「……っ!」
レイラは見えない棒で殴られたように蹌踉めき、顔を覆って泣き出した。
「……男爵様」
「レイラ、また、見舞いに来るから」
女将に促され、クロノはレイラの部屋を後にした。
押し殺したようなレイラの嗚咽が安普請の扉越しに聞こえ、すぐにでもクロノは引き返したかった。
「いけませんよ、男爵様」
「……分かった」
女将に手を引かれ、クロノは仕方なく一階に戻った。
客達の視線が集中するが、それも一瞬の出来事だ。
「男爵様、よろしければ食事でもいかがですか? なん「ああ、頂こう」」
え? と女将の顔が盛大に引き攣った。
「いやですよ、貧乏人をからかっちゃ」
「からかっていないが?」
シーンと痛々しい沈黙が辺りを支配する。
「はい、しょ、承知いたしました! ほら、あんたら、男爵様が食事をするんだから、そこを退きな!」
「いや、彼らが先に座っていたのだから、カウンターの隅にでも」
他の客を蹴り出さんばかりの女将を横目に、クロノはカウンター端の席に座った。
「や、野菜の塩スープと、パンにございます」
「うむ」
間を置かずに煮崩れた野菜のスープとすっかり固くなったパンがカウンターに置かれる。
クロノは木製のスプーンで野菜スープを一啜り。
「どうですか?」
「うむ、塩味だな」
クロノは固くなったパンをスープに浸し、少し柔らかくなったそれを頬張る。
胡椒が欲しいところだが、香辛料の類は貴重品だ。
がつがつと具を掻き込み、
「むっ!」
「ど、どうかなさいましたか!」
クロノは口元を乱暴に拭い、
「すまないが……副官を外で待たせているのだが、部下の分も頂けないだろうか?」
「え? あ~、一昨日、床を踏み抜きそうになった! 少々、お待ち下さい」
女将はスープを大鍋から小振りの鍋に移し替え、カウンターの外に出る。
「私が持って行こう」
「男爵様が?」
「うむ、私が持って行くのが筋というものだろう」
有無を言わさず、クロノは女将から鍋を奪い取り、店の外で待つ副官の元に。
「待たせてごめん。今、食事をしているから、君も食事をして待ってて」
『大将!』(ぶも~!)
目を剥く副官に鍋を押しつけ、クロノはカウンター席で食事を再開した。
料理を全て平らげ、クロノは満腹感に酔いしれた。
「女将、幾らだろう?」
「いえいえ、男爵様からお金を頂くわけには」
「そう……いや、こういうことに身分は関係ない」
ラッキー♪ と思ったが、クロノは自分を律し、銀貨を一枚差し出した。
「はぁ、男爵様は変わっていらっしゃるんですね」
「ん、自分では至って普通のつもりだが?」
これは少し嘘かな、とクロノは思う。
クロノの価値観は自由、平等、人権などケフェウス帝国に存在しない概念を前提に形作られている。
だから、この世界の常識から外れた行動を取ることが多く、変人と呼ばれることも珍しくない。今更、女将に言われなくても、クロノもそれくらい分かっているのだ。
「……女将。また、来る」
「は、はい、お待ちしています」
クロノが店を出ると、副官は空の鍋を手に立っていた。
「返してくるよ」
『そこまで大将にやらせるわけにゃいきやせん。女将、鍋はここに置いておくぜ!』
副官は扉を開け、その近くに鍋を置いた。
『さあ、ずらかりやしょう』
※
『やっぱり、大将は変わりもんすね~』
「うん、女将にも言われたよ。でも、いきなり、どうしたの?」
副官がそう切り出したのは病院までの道のりを半分消化した頃だった。
『いえね、感心したんで。あっしは大将が嘘を吐いていると思ったんでさ。だって、そうでしょ。あっしら亜人は金貨一枚で命を切り売りする捨て駒でさぁ。そんなあっしらのために皇女に掛け合って、傷の様子を見舞ってくれて……ようやく、あっしは大将を信じようと思ったんで』
副官はまくし立てるように言い、ぽつりと呟いた。
「そんなに感謝されることじゃ……あれ?」
『どうしたんで?』
「あのさ、今……金貨一枚って言った?」
『ええ、それが何か?』
エラキス侯爵領の兵士は侯爵の私兵ではなく、歴としたケフェウス帝国の兵士だ。
給料は帝国から支給されていて、月給は人間でも、亜人でも金貨二枚のはずだ。
ということは……、
「確かめたいことがあるから、僕に付いて着て」
『へい』
クロノは駆け足で街の中心部、エラキス侯爵邸に向かった。
門番に咎められることなく、クロノと副官はエラキス侯爵邸の門を通り抜けた。
エラキス侯爵邸は自然石で造られた城と四つの塔から成り立っている。
中央の城はイギリスのカントリーハウスに近い四階建ての建物だ。
ここに経理を担当している部署がある。
クロノは扉を開け、経理担当官の元へ突き進む。
「おお、誰かと思えば」
「……」
クロノは腰を浮かせた経理担当官を無言でぶん殴った。
机の上に置かれた書類が崩れ、経理担当官はイスから無様に転倒する。
「な、なにを?」
「……」
更に、クロノは経理担当者の鳩尾を無言で蹴り上げ、吐瀉物を撒き散らす彼を無言で見下ろした。
胃の中身を全てぶち撒けた経理担当官は明らかに怯えた様子でクロノを見上げた。
「……出せ」
「な、なんのことやら」
「おい、この手が見えるか?」
クロノは震える手を経理担当者に示し、
「何故、この手が震えているのか分からないのかっ? 私は怒っているんだ! この手が震えるほど怒り狂っているんだ! お前の鶏ガラのように痩せた首を絞めたくて、それを自制するのに必死なんだ! だから、出せ! この反逆者が!」
散乱する書類を蹴りながら喚くと、経理担当者は悲鳴を上げ、机の引き出しから紙の束を取り出した。紅蜘蛛 II(水剤+粉剤)
ぶるぶると震える手で差し出された紙の束を受け取り、クロノは内容を流し読みした。
「だから、私は怒っていると言っただろう!」
クロノは経理担当者の股間を蹴り上げた。
「いいか? お前の鳥頭にも分かるように言ってやる。股間のお宝を踏み潰されたくなければ、もう一冊の帳簿を出せ!」
血の混じった小便を垂れ流しながら、経理担当者は鍵の掛かった引き出しから紙の束を取り出した。
「わた、私は侯爵の命令で」
「公金の横領は死刑だ」
短く呟き、クロノは経理担当者から紙の束を奪い、先ほどの紙の束と見比べる。
紙の束は帳簿……二重帳簿というやつだ。
どうやら、本当に公金の横領をしていたらしい。
「こいつを拘束して」
『へい……って、大将? 一体、何がどうなってるんで?』
「要するに、エラキス侯爵は君達の給料を誤魔化してたってことだよ」
副官に腕を捻り上げられ、経理担当者は死刑を待つ罪人のように項垂れた。
「騒がしいと思ったら、何をしているんだ?」
「やあ、ティリア。アルゴ王国の方は良いの?」
「質問を質問で返すな」
クロノが問いかけると、ティリアは豊かな胸を強調するように腕を組んだ。
「神聖アルゴ帝国の方は問題ない。複数の情報筋によれば、先日の一件で第一王位継承者が重傷を負い、今は王位継承権の問題で派閥争いの真っ最中だそうだ。クロノの予想通りになったな。で、お前は?」
「僕は横領の証拠を掴んだ所だよ」
クロノから帳簿を受け取り、ティリアはざっと流し読みする。
「お手柄だな、クロノ」
「褒美は後で良いから、すぐにでも対処して欲しいな」
「ああ、もちろんだ」
にやりとティリアは笑い、部屋から出て行った。
※
ティリアの行動は早かった。まるで最初から横領に気付いていたかのような手際の良さでエラキス侯爵とその家族、横領に関わっていたと部下、使用人を拘束し、帝都に送ったのだ。
おまけに後任を決めるまでティリアの家臣団に代理統治させる徹底ぶりだ。
クロノとしてはエラキス侯爵の後任がまともな人物であることを祈るばかりである。
※
翌日、
「……ふぅ」
薄汚れた病院の天井を見上げ、クロノは暗澹たる気分で溜息を吐いた。
「……起きて、部下の様子を見に行かないと」
ベッドから下り、クロノは素早く軍服に着替えた。
『おはようございやす、大将』
「ああ、おはよう」
病室から出て、クロノは副官と挨拶を交わした。
『大将、報告したいことがあるんですが?』
「何かあったの?」
『あ~、その、非常に言いにくいことなんすけどね』
クロノが聞き返すと、副官は珍しく言い淀んだ。
『ついさっき、レイラが軍を辞めると言い出したんでさ』
「へ? どういうこと?」
言葉の意味が分からず、クロノは声を裏返らせた。
『何でも……私は男爵の誇りになれるような女じゃないとか。意味が分かりやすか?』
副官の言葉に、クロノは頭をぶん殴られたような衝撃を受けた。
昨日のレイラに告げた言葉はクロノの本心だった。
あれが本心でなかったら、クロノの人生に本物と呼べるものは何一つないだろう。
「あ、あれか? え~っと……とにかく、引き留めるぞ!」
『もう、あいつは市民権を取得してやすから「そんなこと、構うもんか!」』
クロノが悲鳴じみた声を上げると、副官は気圧されたように上体を反らした。
『そう言うと思いやして、下で拘束しておりやす』
「ぐっじょぶ!」
クロノは親指を立て、階段を転がり落ちるようにレイラの元に走った。
大勢の亜人に囲まれ、レイラはホールの中央に佇んでいた。
着古した服と鞄一つ、それだけがレイラの財産だった。
「……レイラ」
「男爵様」
クロノが名前を呼ぶと、レイラは驚いたように目を見開いた。
「どうして、いきなり、軍を辞めるなんて」
「市民権を得るために軍に所属していたから、です。市民権さえ手に入れれば、ここにいる意味はありません」
レイラは能面のような無表情で、音の羅列のような台詞を口にした。
「だったら、どうして……私は誇りになれるような女じゃないって」
「誰から、それを」
副官から聞いたと気づいたのだろう。
レイラは階段の近くに佇む副官を睨み付けた。
「理由を教えて欲しいんだ。そうじゃないと、納得できない」
「そのままの意味です。私は……帝都のスラムで生まれました。売春婦だったエルフの母親と、客の間に生まれた子どもです。軍に入隊するまで、何度も、乱暴されて……ここに配属されてから、エラキス侯爵に。そんな私が、薄汚いハーフエルフの私が、貴方の誇りになれるわけがないじゃありませんか」
レイラは悲しげに微笑んだ。
あまりにも過酷な……その過酷さすら、日本で生まれ育ち、この世界の貴族に養子として迎えられたクロノは想像することしかできないが……人生でレイラは様々なものを諦めてきたのだろう。
ハーフエルフだから、娼婦の娘だから、何度も乱暴されてしまったから、とレイラは苦しいことがあるたびに自分を納得させてきたに違いない。
だから、今度もレイラは諦めようとしたのだ。クロノが彼女の過去を知り、不幸な結末を迎える前に。
クロノは何も言えなかった。何か言わなきゃいけない、そうしなければ、レイラを引き留めることなんてできないと分かっているのに。紅蜘蛛赤くも催情粉
クロノの思考は空転したまま、レイラはゆっくりと歩き出した。
2013年6月7日星期五
誓約
村外れにある粗末な小屋がエクロン男爵領自警団の拠点だ。来歴は分からないが、エクロン男爵家の所有物で十人前後の自警団員……何処かの家の三男、四男でほっつき歩いていた所を姐さんに勧誘された……が詰めている。超級脂肪燃焼弾
家畜が逃げ出したとか、喧嘩があったとか、トラブルが起きた時は誰よりも早く駆けつけて解決し、蛮族に家畜を盗まれればエクロン男爵領の代表として文句を言いに行く。それが主な仕事だ。
今までは疑問を抱かなかった。姐さんが肩で風を切って大隊長に抗議する。歴代の大隊長が何も言えずに押し黙る姿を見るのは痛快だった。
だが、と今は思う。クロノの兄貴は恐ろしく強かった。獣人も、人間も、ハーフエルフも、子どもみたいなハーフエルフまで理解できないほど強かったのだ。
あの新人大隊長の部下はクロノの部下と同じくらいの強さだろう。だとすれば、どれくらい蛮族は強いのか。
いや、蛮族以上に恐ろしいのは軍の連中に反撃されて死ぬことだ。自分のせいでエクロン男爵家が取り潰されることだ。
「おいおい、ジョニー。昨日、ぶちのめされたのを気に病んでるのかよ?」
「ありゃ、偶然だ。偶々、短剣がすっぽ抜けて、苦し紛れの蹴りが急所に当たっただけだろ」
違う。兄貴は思いっきり手加減してくれたんだ。
「なあ、軍にちょっかい出すの……もう止めにしねーか?」
ジョニーは天井を見上げ、仲間達に提案した。
前兆は目眩だった。あの日……公立高校の受験日、黒野久光は家の玄関を出た途端、目眩に襲われた。
フッと意識が遠ざかり、体を支えるために近くにあった自転車に手を伸ばした。地面の感覚がなくなった瞬間、黒野久光は強く目を閉じて体を強張らせた。
衝撃は予想していたよりも小さかった。恐る恐る目を開けると、黒野久光は倒れた自転車のハンドルを握り締め、麦畑のど真ん中で尻餅を突いていた。
麦畑は見渡す限り、まるで世界の果てまで続いているかのように広がっていた。その光景に黒野久光は恐怖を抱いた。
いや、確かに黒野久光は恐怖を抱いたが、それよりも先に郷愁……懐かしさを感じたのだ。
理由はよく分からない。この世界に来るまで黒野久光は家庭菜園に毛が生えた程度の畑しか見たことがなかったのだ。
理由を挙げるとすれば原風景……この世界がクロノの心に焼き付いた原初の記憶を刺激したのだろう。
そんなクロフォード男爵領で迎える二度目の朝、のんびりと惰眠を貪りたいが、今回の目的は帰郷ではなく、ガウル大隊長のサポートだ。
蛮族が家畜を盗まなければならないほど困窮していたとしても、あの養父が並の兵士より強いと言っている以上、気を引き締めなければならない。
気を引き締めなければならなかったのに、我慢できませんでした、とクロノは薄く目を開けた。
ティリアが我が侭なオッパイ、エレナが生意気なオッパイだとすれば、レイラは従順なオッパイである。
サイズは手の平に収まるサイズ。クロノの手の中で形を変え、回数をこなせばこなすほど馴染んでいく。
いや、レイラ本人の変化も無視できない。いやいや、真っ裸になって愛して下さいと求めるレイラも魅力的だったのだ。
だがしかし、教養を身に付け、恥じらいを覚えたレイラはそれに勝る。それまでは添い寝をする時でさえ全裸がデフォルトだったのだが、いつの頃からか、下着を着けたがるようになったのである。
残念無念と思いながら、クロノは全裸での添い寝を強制しない。こちらはあくまでも全裸での添い寝をお願いする立場である。
自重して欲しいと言われることもあるのだが、自重して欲しい、我慢して欲しいと言いながら、あくまでレイラのオッパイは従順なのだ。
こ、この、オッパイめ、従順な、オッパイめ! とクロノは若さを暴走させることもしばしば。
ワキワキとクロノが手を動かすと、スンスンと音が聞こえた。
「……マイラ」
「ぼ、ぼ、坊ちゃまを起こすのは、わ、私の役目では、な、ないかと」
クロノが体を起こすと、マイラは顔を赤らめながら言った。
「レイラがいないね」
「彼女ならば夜明けに人目を忍ぶように浴室へと向かいましたが?」
湯浴みもせずに寝てしまったせいか、マイラはスンスンと鼻を鳴らしながら答えた。
「そんなに臭うかな?」
「え、ええ、ツンとした雄のにお……失礼いたしました」
聞かなかったことにして、クロノはベッドの上で胡座を掻いた。
「……当面は」
ガウル大隊長をサポートしつつ、エクロン男爵領の自警団の活動を抑える。
「父さんは蛮族には攻め込む力がないって言ってたけど、どんな感じなの?」
「……」
マイラは答えない。ボーッと天井を見上げ、ふと我に返ったかと思えば両手で顔を覆って体をくねらせた。
「マイラ、マイラさ~ん、戻ってきて」
「……っ!」
クイッとエプロンを引っ張ると、マイラは凄まじい勢いで身を翻した。
「お、お止め下さい、坊ちゃま! ですが! 坊ちゃまに命令されれば、マイラは逆らうことができません。ああ、旦那様、弱いマイラをお許し下さい!」
およよよ~、とマイラはその場に崩れ落ちた。
「さあ! ご命令をっ!」
「じゃあ、僕の下着を取って」
「……さあ、ご命令を!」
「だから、下着を取って、湯浴みの準備をしてくれると、嬉しいな」
マイラは不満そうに唇を尖らせて部屋から出て行った。ちなみに下着は取ってくれなかった。
マイラの性よ……もとい、恋愛対象になるくらい僕も男らしくなったってことか、とクロノは湿った下着と服を着た。
男として見てくれるのは嬉しいんだけど、父さんと兄弟になるのもアレだし、マイラって年齢的にお婆ちゃんなんだもん。ハードルが高すぎるよ、とそんな邪なことを考えながら、クロノは自分の部屋から出た。
脱衣所で服を脱ぎ散らかし、浴室に入ると、浴槽からは湯気が立ち上っていた。
どうやら、お願いするまでもなく、マイラは湯浴みの準備を整えていたらしい。
「流石、パーフェクトメイド」
念のため湯加減を確かめて湯に浸かる。
「後方支援に徹するべきかな? エクロン男爵家に出向いて抗議を控えるようにお願いして……」
天井を見上げ、これからすべきことを考える。あくまで基本方針、臨機応変に対処しなければならない。
「……蛮族の討伐か。色々な手を打つとは言ったけど、ウン百年後の歴史の教科書に殺戮者の一味として載るのは遠慮したいなぁ」
クロノが両手で湯を掬って顔に叩きつけたその時、浴室の扉が開いた。終極痩身
「キャアアアアアアアッ!」
「……何故、クロノ様が叫ぶでありますか?」
クロノが叫び声を上げると、フェイは訳が分からないと言うように首を傾げた。
「ど、どうして、フェイがッ?」
「どうして、と言われても……湯浴みに来ただけであります」
クロノはブラックバスのように浴槽で暴れたが、フェイは構わずに浴室に入ってきた。
つまり、お湯はフェイのために準備されていたのだ。
「フェイ、フェイ?」
「何でありますか?」
クロノが悲鳴を上げても、フェイは不思議そうに首を傾げている。
無論、全裸でだ。
ごくりとクロノは生唾を呑み込んだ。それほどフェイは美しかった。
戦うために鍛え上げ、最後の、本当に最後の一線で女性らしさを保っている肢体を惜しげもなく晒している。
副官の故郷……ボウティーズ男爵領でも感じたことだが、フェイには羞恥心や警戒心が欠けているような気がする。
夜伽で何をするかとか知識はあるようだし、真面目すぎて融通が利かない部分も多々あるが、それで失敗すればやり方を変えるだけの柔軟さも有している。
フェイは精神的に幼いんだ、とクロノは今更のように気付いた。身も蓋もなく言えばその道馬鹿だ。
そもそも、フェイがエラキス侯爵領への異動を受け入れたのは没落寸前の家を再興するためだ。
愛人になってクロノから援助を引き出そうとさえしていたが、そんなものに頼らなくてもフェイは家を再興するだけの実力を備えている。
その実力を身に付けるためにフェイは凄まじい修練に明け暮れ、その結果として精神的に幼く、他人の心の機微に疎い人間になってしまったのではないだろうか。
「……うへへ」
「っ!」
クロノが舐め回すように肢体を見つめ、笑みを浮かべると、身の危険を感じたのか、フェイは両腕で体を隠した。
どうやら、露骨に好色っぽい態度を取ると、フェイも警戒するようだ。
※
「どうして、帰れって言われたのにガウル大隊長に会いに行くの?」
「仕事だからね」
クロノは御者席で不満そうに唇を尖らせるスノウに答えた。
「ボク、あの女に会いたくない。フェイを馬鹿にしたし、ボクを虫呼ばわりして斬ろうとしたんだもん」
「僕もだよ」
嫌味や挑発なら幾らでも受け流せるのだが、セシリーは実力行使に出るのだ。剣を抜かれたらクロノも部下を守らなければならないし、レイラも、フェイも護衛の役目を全うするために武器を構えなければならなくなる。
昨日は挨拶に行っただけなのに危うく刃傷沙汰になる所だった。まだ見ぬ蛮族よりもセシリーを警戒すべきかも知れない。
「クロノ様も嫌なんだ。だったら、帰っちゃおうよ」
「うん、まあ、でも、好き嫌いで仕事する訳にもいかないからね」
「……貴族もそうなんだ」
『貴族も』と言うくらいだから、スノウにも仕事は嫌でもしなければならないという認識があるのだろう。
「貴族も大変なのであります。宮廷貴族は当主が死ぬと、収入が途絶えてしまうのであります」
フェイは馬を幌馬車……正確には御者席と並走させて言った。
「フェイって没落貴族だもんね」
「……没落していないでありますよ」
スノウがしみじみと呟くと、フェイは不満そうに唇を尖らせた。
「どう違うの?」
「家を建て直すチャンスの有無であります」
収入が途絶えた時点で立派に没落していると思うのだが、フェイを泣かせても得られるのは後味の悪さだけなので、ここは指摘しない方が良いだろう。
「どうやって、フェイは家を建て直すつもりなの?」
「もちろん、武勲を立てるのであります」
家の立て直しと武勲を立てることの関係が理解できないのか、スノウは不思議そうに首を傾げている。
「貴族は武勲を立てると、お金や領地を貰えるんだよ。偉い人達に顔を覚えて貰えれば大隊長に任命されることもあるし、大隊長になれば各方面にコネができるからね。やりようによっては給料以上のお金も稼げるし」
「それって賄賂のことでしょ? スラムにいた時、見回りの兵士がお金を受け取ったりしてスリを見逃してたりしてたもん」
「そんなことしないであります」
フェイは不機嫌そうに言ったが、エラキス侯爵領で領主代理を務めているケインに言わせると、治安の悪い地域では犯罪を見逃す代わりに賄賂を受け取っているケースが多いらしい。
ちなみに賄賂は出世や異動のために使われ、上へと流れていくこともあるのだとか。
「クロノ様は賄賂を受け取ってないの?」
「トータルでマイナスになるから、部下には賄賂を受け取らないように厳命してるし、僕自身も断ってるよ」
賄賂を厳しく取り締まっているのはケインとティリアの部下だった事務方の面々である。
「トータルでマイナス?」
「犯罪を見逃すと、治安が悪化するし、特定の商人を依怙贔屓すると、他の商人が儲けられなくなって、商業区が寂れちゃうからね。ほら、領地全体で見ると、明らかに損してるでしょ」
スノウは驚いたように目を見開いた。
「クロノ様って凄い」
「伊達に一年も領主をやってないよ」
スノウに尊敬の眼差しを向けられ、クロノは胸を張った。
「クロノ様ってエッチなだけの人かと思ってけど、誤解してたみたい」
「スノウ!」
反対側からレイラに叱責され、スノウは怯えたように肩を竦ませた。
「だって……毎晩毎晩、亜人をベッドに連れ込んでるって帝都で聞いてたし」
「確かに、クロノ様の噂は帝都にまで轟いていたであります」
今、明かされる新事実!
「お母さんとか、デネブ百人隊長とアリデッド百人隊長を呼び出したりしてるし」
「いやいや、無理強いはしてないですよ。あ、いや、ちょっと、無理なお願いはしたりしてるけど、基本的に意思を尊重してます」
コホンとレイラは気まずそうに咳払いをした。
「スノウ……私は自分の意思でクロノ様の夜伽を務めています。デネブとアリデッドも私と同じです」
淡々と言いながらも、レイラは恥ずかしそうに少しだけ俯いている。
「クロノ様はお母さんのこと好きなの?」
「もちろん」
クロノは即答した。
「何処が好きなの? ボクも、お母さんもハーフエルフだよ」
「クロノ様、答えなくても良いです」
そう言いながら、レイラの瞳は期待に輝いている。
「ちょっと答えにくいかな」
「……」
レイラは落胆したような素振りを見せる。御秀堂 養顔痩身カプセル
「最初は誤解とか、勢いってのはあったと思うよ」
クロノが軍に残るように引き留めたのをレイラが愛情からだと誤解しなければ今のような関係にはなっていなかっただろう。
「でも、レイラは痛々しいくらい必死で……信じようと思ったんだよ。散々、ティリアには罵られたけどね」
「初耳です」
「話すようなことじゃないからね」
クロノは肩を竦め、目を丸くするレイラに答えた。
ティリアに殴られ、罵られる現場を工房で働くドワーフ達が目撃していたはずだが、人の口に戸は立てられなくても、ドワーフの口には立てられるらしい。
「クロノ様はティリア皇女を敵に回して愛を貫いたのでありますね」
「……クロノ様」
フェイの言葉にレイラは感極まったように瞳を潤ませた。
「そろそろだね」
前線基地に辿り着き、幌馬車と馬を昨日と同じように柵の外に止める。
エクロン男爵家の自警団はいない。
大隊は訓練の真っ最中だった。
騎兵は的……地面に打ち込んだ丸太と木材を組み合わせた代物で、巨大な十字架のように見えるが、横木の先端部に打ち付けられた木の板に訓練用の突撃槍(ランス)を上手く当てると、クルクルと回転するようになっている……で騎乗突撃の訓練、エルフと人間の混成弓兵は弓の訓練、人間、獣人、大型亜人の歩兵は木剣や木槍で組み手をしていた。
ガウルはすぐに見つかった。ガウル大隊長は木剣を握り締め、大型亜人と組み手をしていたのだ。
木剣を打ち合わせている。相手はミノタウルスだったが、手加減しているようには見えない。
どちらかと言えば手加減しているのはガウル大隊長のように見える。
「ガウル大隊長って強いの?」
「近衛騎士団長候補と言っても差し支えない実力者であります。魔術も、神威術を使わずに大型亜人を圧倒できる人間は近衛騎士団でも多くないであります」
ドッとミノタウルスが地面に倒れる。
ガウル隊長がミノタウルスを見下ろしたまま、二言、三言、言葉を交わすと、次の相手が歩み出る。
クロノは訓練風景を見つめ、部隊運営には興味がなさそうだと感想を抱いた。傷の手当てがされていない兵士が多いし、毛艶が悪かったり、痩せている兵士が多いのだ。問題のある兵士は亜人ばかりだから、物資を人間優先で割り振っているのかも知れない。
「……誰か来たであります」
「セシリーじゃない?」
板金鎧(プレートメイル)で武装した騎兵はクロノ達の前で止まり、バイザーを跳ね上げた。
「あら、フェイさんではありませんの?」
どうやら、フェイを馬糞女と呼ぶのは止めたようだ。
セシリーはフェイの顔から足下まで視線をわざとらしく往復させる。
「まともな鎧も、馬も支給されていませんのね」
「この鎧はゴルディさん達が丹誠込めて造ってくれたものであります。黒王も立派な馬であります」
フンとセシリーは馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「騎兵が身に纏うのは板金鎧(プレートメイル)と相場が決まってますわ」
「フェイは軽騎兵だし、神威術を使えるから必要ないよ」
神威術が使えるフェイは軽騎兵でありながら重装騎兵以上の突進力を誇る。他の騎兵と連携すれば神聖アルゴ王国のイグニス将軍のような活躍も可能だろう。
セシリーは鬼のような形相でクロノを睨み付け、フンッ! と鼻を鳴らして訓練に戻った。
「セシリーって、いつもあんな感じだったの?」
「他の騎士にも掃除の手際が悪いとか、よく殴られたものであります。それでも、努力していれば報われると、厩舎の掃除を続けたのであります」
他の騎士達は突出した実力を持つフェイを警戒し、ピスケ伯爵は没落貴族を引き立てても自分の利益にならないと踏んだのだろう。
「……手合わせしてみたいであります」
「僕は構わないよ」
ガウル大隊長はこっちを無視してる感じだし、フェイが取っ掛かりになってくれればなぁ~、とクロノは許可する。
「ガウル殿、手合わせをお願いするであります!」
「……」
ガウルは困惑したようにフェイを見つめた。
「……おい、木剣を渡してやれ」
「ありがとうであります」
近くにいた獣人から木剣を受け取り、フェイは木剣の具合を確かめるように軽く素振りをする。
どちらからともなく、ガウルとフェイは木剣を構える。ガウルは上段、フェイは中段である。
ガウルは恵まれた体躯を活かして最大威力の攻撃を繰り出すため、フェイはあらゆる状況に対応するためだろう。
正規の剣術には存在しない技、ブラフ、ハッタリなどの駆け引き、膨大な戦闘経験によって培われた先読み、あらゆる手を駆使する養父と戦うためにフェイは臨機応変に対処することを学んだのである。
先に仕掛けたのはガウルだ。ガウルは一気に距離を詰めると、何の躊躇いもなく、木剣を振り下ろした。
ガウルの木剣が空を切る。フェイは横や後ではなく、斜め前方に飛び込むことでガウルの一撃を躱したのだ。
上段からの攻撃は軌道が『振り下ろす』に限定され、攻撃を躱されると、即座に次の攻撃に移れないという欠点がある。
並の相手であれば攻撃を躱した時点で勝負は着いていたはずだ。だが、ガウルはフェイを追うように木剣を振り下ろした状態から斜め上へと斬り上げる。それもフェイが攻撃するよりも早くだ。
フェイは木剣を受けず、軽やかなバックステップで躱した。神威術を使って筋力を底上げしているのならばまだしも純粋な筋力では勝負にならない。鍔迫り合いに持ち込まれたら、間違いなく押し潰される。御秀堂養顔痩身カプセル第3代
そのままフェイはガウルの懐に跳び込もうとしたが、寸前で急停止する。その間にガウルは悠々と上段に構え直した。
何故、フェイが跳び込まなかったのか、クロノは理解できなかった。そして、先程と同じようにガウルが木剣を振り下ろし、フェイは軽やかに躱す。
ガウルが攻撃し、フェイが躱すというルーチンワークじみた戦い。しかも、ガウルが明らかな隙を見せてもフェイは攻撃しない。
攻撃するかと思いきや踏み止まってしまうのだ。更に攻防が続き、ようやくクロノはフェイが攻撃できない理由を理解した。
フェイントだ。ガウルはフェイが攻撃しようとした瞬間に腕や肩、視線を動かして彼女の動きを封じているのだ。
腕力馬鹿じゃないんだ、とクロノはガウルに対して失礼な感想を抱いた。だったら、スピード勝負……ガウルよりも早く木剣を打ち込むしかない。
フェイが初めて自分から仕掛ける。刺突……鋭く突き出された木剣をガウルは大きく躱し、素早く体を入れ替えた。
大きく躱したのは懐に跳び込まれるのを防ぐためだろうか。攻撃を躱されたフェイは木剣を中段に構える。
今度もガウルの構えは上段だ。フェイとガウルは笑みを浮かべていた。自分の技を自分と同じレベルでぶつけ合える喜びに彩られた笑みである。
「おおおおっ!」
ガウルが雄叫びを上げ、木剣を一気に振り下ろす。体が一回りも、二回りも大きく見えるような全力の一撃だ。
フェイは振り下ろされたガウルの木剣を自らのそれで受ける。いや、木剣がぶつかる寸前、フェイは木剣を斜めに傾けたのだ。
ガウルの上半身が泳ぐ。全力で放った一撃、それを受け流されたことで体勢を崩したのだ。
フェイは地面を蹴り、擦れ違い様にガウルの脇腹に木剣を叩き込んだ。
「……うわ、勝っちゃった」
クロノの呟きはその場にいた全員の気持ちを代弁していたのかも知れない。
シーンと周囲が静まり返る。
ギロリとガウルはフェイを睨み付け、
「ハハハッ、貴様は凄いな」
実に楽しそうに笑ったのである。
「貴様のように強い女は初めてだ。名前は?」
「フェイ・ムリファインであります」
「そうか、俺の部下にならないか?」
こ、この野郎! うちの大事な士官候補生を引き抜く気か! とクロノは駆け寄ろうとした。
「……申し訳ないであります」
「無理強いはしないが……どうしてだ?」
むむっ、とフェイは難しそうに眉根を寄せた。
「理由は色々であります」
「そうか、ならば仕方がないな」
ガウルはクロノを見つめ、不愉快そうに舌打ちをした。
「今日は何のようだ」
「いや~、糧食や医薬品面でサポートできればと思って」
この野郎、と思ったが、クロノは愛想笑いを浮かべて答えた。
「要らん、帰れ」
「いやいや、帰れと言われても……手ぶらで帰っても上から怒られそうな気が」
「一筆書いてやるから、フェイを置いて帰れ」
「いやいやいや、何か、こう……帰るにしても補佐した実績が欲しいなと」
帰るつもりはないけどね、とクロノは心の中で付け加える。
「……チッ、好きにしろ」
「ありがとうございます。じゃ、申し訳ないんですけど、物資の出入りについて調べたいんで納入書や帳簿を見せて貰えませんか?」
「着いて来い」
勝手に探せ、と言われるかと思いきや、ガウルは歩き出した。
少し遅れてガウルに着いていくと、レイラとスノウがクロノの脇を固める。
「クロノ様」
「どうだった?」
クロノは歩きながら尋ねる。
「はい、ガウル大隊長の評判はそれほど悪くありません。前回、蛮族と交戦した際は瓦解する前線を支えるために駆けつけ、足止めしたとのことです」
「ん~、でも、みんなはお腹一杯食べたいみたいだよ。ボクがクロノ様の下で働いていると、お腹一杯食べられて、お酒を飲めたりするって言ったら、羨ましそうにしてたもん」
なるほどなるほど、とクロノは頷いた。
前線基地の中央にある部屋に入ると、ガウルは奥の部屋から箱を持ってきてテーブルの上に叩きつけるように置いた。
箱の中には羊皮紙が乱雑に詰め込まれ、どれがどれだか分からない状態だ。
「取り敢えず、糧食とそれ以外を月毎に並べようか? レイラ、手伝って」
「分かりました」
羊皮紙をテーブルの上に広げると、ガウルは目を丸くしていた。
「ハーフエルフが文字を読むなど聞いたこともない」
「一対一(マンツーマン)で教えたから」
クロノは羊皮紙をより分けながら答える。
レイラと一緒により分け、より分け……過去数年分の納入書を糧食とそれ以外に分類する。
「相場に関してはレイラの方が詳しいと思うんだけど、どう?」
「はい」
クロノが糧食の納入書を手渡すと、レイラは素早く新しい納入書に目を通した。
「相場だと?」
「うちでは副官とレイラに糧食の受け取りや商人との折衝を任せてるから」
「……穀物は相場に比べて二割から三割程度高いようです。相場の二割五分増で糧食を購入すると仮定すれば必要量の八割しか購入できない計算です」
大隊を維持する軍費は帝国から支給され、大隊長は人件費以外の使用用途に関して大きな裁量が与えられている。
だが、軍費は適正価格で武防具を、相場に近い価格で糧食を購入しなければ足りなくなる金額だ。
つまり、自由に使える金額など雀の涙なのだ。クロノは給料と糧食以外の全てを自分で負担しているので、部下は帝国軍においてトップクラスの恵まれた住環境と食生活を享受している。
「私が見る限り、この大隊の人間と亜人の比率は三対七。人間が必要量を確保できるように糧食を配分すれば、亜人に配分される糧食は兵士が一日当たりに必要とする量の七割にしかなりません」
「……なるほど」
やっぱり、ワイズマン先生を雇ったのは正解だったね、とクロノはレイラの報告を聞きながら思った。御秀堂養顔痩身カプセル第2代
「クロフォード男爵領か、エクロン男爵領の商人に見積書を作らせれば必要な糧食は確保できるね」
「何をするつもりだ?」
ガウルは交渉ごとに疎いらしい。
「見積書を見せて、これと同じか、それよりも安くして欲しいってお願いするんだよ。同じなら取引続行、少しでも高ければ次からは別の商人と取引するだけ。他に値切れそうな所はないかな?」
家畜が逃げ出したとか、喧嘩があったとか、トラブルが起きた時は誰よりも早く駆けつけて解決し、蛮族に家畜を盗まれればエクロン男爵領の代表として文句を言いに行く。それが主な仕事だ。
今までは疑問を抱かなかった。姐さんが肩で風を切って大隊長に抗議する。歴代の大隊長が何も言えずに押し黙る姿を見るのは痛快だった。
だが、と今は思う。クロノの兄貴は恐ろしく強かった。獣人も、人間も、ハーフエルフも、子どもみたいなハーフエルフまで理解できないほど強かったのだ。
あの新人大隊長の部下はクロノの部下と同じくらいの強さだろう。だとすれば、どれくらい蛮族は強いのか。
いや、蛮族以上に恐ろしいのは軍の連中に反撃されて死ぬことだ。自分のせいでエクロン男爵家が取り潰されることだ。
「おいおい、ジョニー。昨日、ぶちのめされたのを気に病んでるのかよ?」
「ありゃ、偶然だ。偶々、短剣がすっぽ抜けて、苦し紛れの蹴りが急所に当たっただけだろ」
違う。兄貴は思いっきり手加減してくれたんだ。
「なあ、軍にちょっかい出すの……もう止めにしねーか?」
ジョニーは天井を見上げ、仲間達に提案した。
前兆は目眩だった。あの日……公立高校の受験日、黒野久光は家の玄関を出た途端、目眩に襲われた。
フッと意識が遠ざかり、体を支えるために近くにあった自転車に手を伸ばした。地面の感覚がなくなった瞬間、黒野久光は強く目を閉じて体を強張らせた。
衝撃は予想していたよりも小さかった。恐る恐る目を開けると、黒野久光は倒れた自転車のハンドルを握り締め、麦畑のど真ん中で尻餅を突いていた。
麦畑は見渡す限り、まるで世界の果てまで続いているかのように広がっていた。その光景に黒野久光は恐怖を抱いた。
いや、確かに黒野久光は恐怖を抱いたが、それよりも先に郷愁……懐かしさを感じたのだ。
理由はよく分からない。この世界に来るまで黒野久光は家庭菜園に毛が生えた程度の畑しか見たことがなかったのだ。
理由を挙げるとすれば原風景……この世界がクロノの心に焼き付いた原初の記憶を刺激したのだろう。
そんなクロフォード男爵領で迎える二度目の朝、のんびりと惰眠を貪りたいが、今回の目的は帰郷ではなく、ガウル大隊長のサポートだ。
蛮族が家畜を盗まなければならないほど困窮していたとしても、あの養父が並の兵士より強いと言っている以上、気を引き締めなければならない。
気を引き締めなければならなかったのに、我慢できませんでした、とクロノは薄く目を開けた。
ティリアが我が侭なオッパイ、エレナが生意気なオッパイだとすれば、レイラは従順なオッパイである。
サイズは手の平に収まるサイズ。クロノの手の中で形を変え、回数をこなせばこなすほど馴染んでいく。
いや、レイラ本人の変化も無視できない。いやいや、真っ裸になって愛して下さいと求めるレイラも魅力的だったのだ。
だがしかし、教養を身に付け、恥じらいを覚えたレイラはそれに勝る。それまでは添い寝をする時でさえ全裸がデフォルトだったのだが、いつの頃からか、下着を着けたがるようになったのである。
残念無念と思いながら、クロノは全裸での添い寝を強制しない。こちらはあくまでも全裸での添い寝をお願いする立場である。
自重して欲しいと言われることもあるのだが、自重して欲しい、我慢して欲しいと言いながら、あくまでレイラのオッパイは従順なのだ。
こ、この、オッパイめ、従順な、オッパイめ! とクロノは若さを暴走させることもしばしば。
ワキワキとクロノが手を動かすと、スンスンと音が聞こえた。
「……マイラ」
「ぼ、ぼ、坊ちゃまを起こすのは、わ、私の役目では、な、ないかと」
クロノが体を起こすと、マイラは顔を赤らめながら言った。
「レイラがいないね」
「彼女ならば夜明けに人目を忍ぶように浴室へと向かいましたが?」
湯浴みもせずに寝てしまったせいか、マイラはスンスンと鼻を鳴らしながら答えた。
「そんなに臭うかな?」
「え、ええ、ツンとした雄のにお……失礼いたしました」
聞かなかったことにして、クロノはベッドの上で胡座を掻いた。
「……当面は」
ガウル大隊長をサポートしつつ、エクロン男爵領の自警団の活動を抑える。
「父さんは蛮族には攻め込む力がないって言ってたけど、どんな感じなの?」
「……」
マイラは答えない。ボーッと天井を見上げ、ふと我に返ったかと思えば両手で顔を覆って体をくねらせた。
「マイラ、マイラさ~ん、戻ってきて」
「……っ!」
クイッとエプロンを引っ張ると、マイラは凄まじい勢いで身を翻した。
「お、お止め下さい、坊ちゃま! ですが! 坊ちゃまに命令されれば、マイラは逆らうことができません。ああ、旦那様、弱いマイラをお許し下さい!」
およよよ~、とマイラはその場に崩れ落ちた。
「さあ! ご命令をっ!」
「じゃあ、僕の下着を取って」
「……さあ、ご命令を!」
「だから、下着を取って、湯浴みの準備をしてくれると、嬉しいな」
マイラは不満そうに唇を尖らせて部屋から出て行った。ちなみに下着は取ってくれなかった。
マイラの性よ……もとい、恋愛対象になるくらい僕も男らしくなったってことか、とクロノは湿った下着と服を着た。
男として見てくれるのは嬉しいんだけど、父さんと兄弟になるのもアレだし、マイラって年齢的にお婆ちゃんなんだもん。ハードルが高すぎるよ、とそんな邪なことを考えながら、クロノは自分の部屋から出た。
脱衣所で服を脱ぎ散らかし、浴室に入ると、浴槽からは湯気が立ち上っていた。
どうやら、お願いするまでもなく、マイラは湯浴みの準備を整えていたらしい。
「流石、パーフェクトメイド」
念のため湯加減を確かめて湯に浸かる。
「後方支援に徹するべきかな? エクロン男爵家に出向いて抗議を控えるようにお願いして……」
天井を見上げ、これからすべきことを考える。あくまで基本方針、臨機応変に対処しなければならない。
「……蛮族の討伐か。色々な手を打つとは言ったけど、ウン百年後の歴史の教科書に殺戮者の一味として載るのは遠慮したいなぁ」
クロノが両手で湯を掬って顔に叩きつけたその時、浴室の扉が開いた。終極痩身
「キャアアアアアアアッ!」
「……何故、クロノ様が叫ぶでありますか?」
クロノが叫び声を上げると、フェイは訳が分からないと言うように首を傾げた。
「ど、どうして、フェイがッ?」
「どうして、と言われても……湯浴みに来ただけであります」
クロノはブラックバスのように浴槽で暴れたが、フェイは構わずに浴室に入ってきた。
つまり、お湯はフェイのために準備されていたのだ。
「フェイ、フェイ?」
「何でありますか?」
クロノが悲鳴を上げても、フェイは不思議そうに首を傾げている。
無論、全裸でだ。
ごくりとクロノは生唾を呑み込んだ。それほどフェイは美しかった。
戦うために鍛え上げ、最後の、本当に最後の一線で女性らしさを保っている肢体を惜しげもなく晒している。
副官の故郷……ボウティーズ男爵領でも感じたことだが、フェイには羞恥心や警戒心が欠けているような気がする。
夜伽で何をするかとか知識はあるようだし、真面目すぎて融通が利かない部分も多々あるが、それで失敗すればやり方を変えるだけの柔軟さも有している。
フェイは精神的に幼いんだ、とクロノは今更のように気付いた。身も蓋もなく言えばその道馬鹿だ。
そもそも、フェイがエラキス侯爵領への異動を受け入れたのは没落寸前の家を再興するためだ。
愛人になってクロノから援助を引き出そうとさえしていたが、そんなものに頼らなくてもフェイは家を再興するだけの実力を備えている。
その実力を身に付けるためにフェイは凄まじい修練に明け暮れ、その結果として精神的に幼く、他人の心の機微に疎い人間になってしまったのではないだろうか。
「……うへへ」
「っ!」
クロノが舐め回すように肢体を見つめ、笑みを浮かべると、身の危険を感じたのか、フェイは両腕で体を隠した。
どうやら、露骨に好色っぽい態度を取ると、フェイも警戒するようだ。
※
「どうして、帰れって言われたのにガウル大隊長に会いに行くの?」
「仕事だからね」
クロノは御者席で不満そうに唇を尖らせるスノウに答えた。
「ボク、あの女に会いたくない。フェイを馬鹿にしたし、ボクを虫呼ばわりして斬ろうとしたんだもん」
「僕もだよ」
嫌味や挑発なら幾らでも受け流せるのだが、セシリーは実力行使に出るのだ。剣を抜かれたらクロノも部下を守らなければならないし、レイラも、フェイも護衛の役目を全うするために武器を構えなければならなくなる。
昨日は挨拶に行っただけなのに危うく刃傷沙汰になる所だった。まだ見ぬ蛮族よりもセシリーを警戒すべきかも知れない。
「クロノ様も嫌なんだ。だったら、帰っちゃおうよ」
「うん、まあ、でも、好き嫌いで仕事する訳にもいかないからね」
「……貴族もそうなんだ」
『貴族も』と言うくらいだから、スノウにも仕事は嫌でもしなければならないという認識があるのだろう。
「貴族も大変なのであります。宮廷貴族は当主が死ぬと、収入が途絶えてしまうのであります」
フェイは馬を幌馬車……正確には御者席と並走させて言った。
「フェイって没落貴族だもんね」
「……没落していないでありますよ」
スノウがしみじみと呟くと、フェイは不満そうに唇を尖らせた。
「どう違うの?」
「家を建て直すチャンスの有無であります」
収入が途絶えた時点で立派に没落していると思うのだが、フェイを泣かせても得られるのは後味の悪さだけなので、ここは指摘しない方が良いだろう。
「どうやって、フェイは家を建て直すつもりなの?」
「もちろん、武勲を立てるのであります」
家の立て直しと武勲を立てることの関係が理解できないのか、スノウは不思議そうに首を傾げている。
「貴族は武勲を立てると、お金や領地を貰えるんだよ。偉い人達に顔を覚えて貰えれば大隊長に任命されることもあるし、大隊長になれば各方面にコネができるからね。やりようによっては給料以上のお金も稼げるし」
「それって賄賂のことでしょ? スラムにいた時、見回りの兵士がお金を受け取ったりしてスリを見逃してたりしてたもん」
「そんなことしないであります」
フェイは不機嫌そうに言ったが、エラキス侯爵領で領主代理を務めているケインに言わせると、治安の悪い地域では犯罪を見逃す代わりに賄賂を受け取っているケースが多いらしい。
ちなみに賄賂は出世や異動のために使われ、上へと流れていくこともあるのだとか。
「クロノ様は賄賂を受け取ってないの?」
「トータルでマイナスになるから、部下には賄賂を受け取らないように厳命してるし、僕自身も断ってるよ」
賄賂を厳しく取り締まっているのはケインとティリアの部下だった事務方の面々である。
「トータルでマイナス?」
「犯罪を見逃すと、治安が悪化するし、特定の商人を依怙贔屓すると、他の商人が儲けられなくなって、商業区が寂れちゃうからね。ほら、領地全体で見ると、明らかに損してるでしょ」
スノウは驚いたように目を見開いた。
「クロノ様って凄い」
「伊達に一年も領主をやってないよ」
スノウに尊敬の眼差しを向けられ、クロノは胸を張った。
「クロノ様ってエッチなだけの人かと思ってけど、誤解してたみたい」
「スノウ!」
反対側からレイラに叱責され、スノウは怯えたように肩を竦ませた。
「だって……毎晩毎晩、亜人をベッドに連れ込んでるって帝都で聞いてたし」
「確かに、クロノ様の噂は帝都にまで轟いていたであります」
今、明かされる新事実!
「お母さんとか、デネブ百人隊長とアリデッド百人隊長を呼び出したりしてるし」
「いやいや、無理強いはしてないですよ。あ、いや、ちょっと、無理なお願いはしたりしてるけど、基本的に意思を尊重してます」
コホンとレイラは気まずそうに咳払いをした。
「スノウ……私は自分の意思でクロノ様の夜伽を務めています。デネブとアリデッドも私と同じです」
淡々と言いながらも、レイラは恥ずかしそうに少しだけ俯いている。
「クロノ様はお母さんのこと好きなの?」
「もちろん」
クロノは即答した。
「何処が好きなの? ボクも、お母さんもハーフエルフだよ」
「クロノ様、答えなくても良いです」
そう言いながら、レイラの瞳は期待に輝いている。
「ちょっと答えにくいかな」
「……」
レイラは落胆したような素振りを見せる。御秀堂 養顔痩身カプセル
「最初は誤解とか、勢いってのはあったと思うよ」
クロノが軍に残るように引き留めたのをレイラが愛情からだと誤解しなければ今のような関係にはなっていなかっただろう。
「でも、レイラは痛々しいくらい必死で……信じようと思ったんだよ。散々、ティリアには罵られたけどね」
「初耳です」
「話すようなことじゃないからね」
クロノは肩を竦め、目を丸くするレイラに答えた。
ティリアに殴られ、罵られる現場を工房で働くドワーフ達が目撃していたはずだが、人の口に戸は立てられなくても、ドワーフの口には立てられるらしい。
「クロノ様はティリア皇女を敵に回して愛を貫いたのでありますね」
「……クロノ様」
フェイの言葉にレイラは感極まったように瞳を潤ませた。
「そろそろだね」
前線基地に辿り着き、幌馬車と馬を昨日と同じように柵の外に止める。
エクロン男爵家の自警団はいない。
大隊は訓練の真っ最中だった。
騎兵は的……地面に打ち込んだ丸太と木材を組み合わせた代物で、巨大な十字架のように見えるが、横木の先端部に打ち付けられた木の板に訓練用の突撃槍(ランス)を上手く当てると、クルクルと回転するようになっている……で騎乗突撃の訓練、エルフと人間の混成弓兵は弓の訓練、人間、獣人、大型亜人の歩兵は木剣や木槍で組み手をしていた。
ガウルはすぐに見つかった。ガウル大隊長は木剣を握り締め、大型亜人と組み手をしていたのだ。
木剣を打ち合わせている。相手はミノタウルスだったが、手加減しているようには見えない。
どちらかと言えば手加減しているのはガウル大隊長のように見える。
「ガウル大隊長って強いの?」
「近衛騎士団長候補と言っても差し支えない実力者であります。魔術も、神威術を使わずに大型亜人を圧倒できる人間は近衛騎士団でも多くないであります」
ドッとミノタウルスが地面に倒れる。
ガウル隊長がミノタウルスを見下ろしたまま、二言、三言、言葉を交わすと、次の相手が歩み出る。
クロノは訓練風景を見つめ、部隊運営には興味がなさそうだと感想を抱いた。傷の手当てがされていない兵士が多いし、毛艶が悪かったり、痩せている兵士が多いのだ。問題のある兵士は亜人ばかりだから、物資を人間優先で割り振っているのかも知れない。
「……誰か来たであります」
「セシリーじゃない?」
板金鎧(プレートメイル)で武装した騎兵はクロノ達の前で止まり、バイザーを跳ね上げた。
「あら、フェイさんではありませんの?」
どうやら、フェイを馬糞女と呼ぶのは止めたようだ。
セシリーはフェイの顔から足下まで視線をわざとらしく往復させる。
「まともな鎧も、馬も支給されていませんのね」
「この鎧はゴルディさん達が丹誠込めて造ってくれたものであります。黒王も立派な馬であります」
フンとセシリーは馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「騎兵が身に纏うのは板金鎧(プレートメイル)と相場が決まってますわ」
「フェイは軽騎兵だし、神威術を使えるから必要ないよ」
神威術が使えるフェイは軽騎兵でありながら重装騎兵以上の突進力を誇る。他の騎兵と連携すれば神聖アルゴ王国のイグニス将軍のような活躍も可能だろう。
セシリーは鬼のような形相でクロノを睨み付け、フンッ! と鼻を鳴らして訓練に戻った。
「セシリーって、いつもあんな感じだったの?」
「他の騎士にも掃除の手際が悪いとか、よく殴られたものであります。それでも、努力していれば報われると、厩舎の掃除を続けたのであります」
他の騎士達は突出した実力を持つフェイを警戒し、ピスケ伯爵は没落貴族を引き立てても自分の利益にならないと踏んだのだろう。
「……手合わせしてみたいであります」
「僕は構わないよ」
ガウル大隊長はこっちを無視してる感じだし、フェイが取っ掛かりになってくれればなぁ~、とクロノは許可する。
「ガウル殿、手合わせをお願いするであります!」
「……」
ガウルは困惑したようにフェイを見つめた。
「……おい、木剣を渡してやれ」
「ありがとうであります」
近くにいた獣人から木剣を受け取り、フェイは木剣の具合を確かめるように軽く素振りをする。
どちらからともなく、ガウルとフェイは木剣を構える。ガウルは上段、フェイは中段である。
ガウルは恵まれた体躯を活かして最大威力の攻撃を繰り出すため、フェイはあらゆる状況に対応するためだろう。
正規の剣術には存在しない技、ブラフ、ハッタリなどの駆け引き、膨大な戦闘経験によって培われた先読み、あらゆる手を駆使する養父と戦うためにフェイは臨機応変に対処することを学んだのである。
先に仕掛けたのはガウルだ。ガウルは一気に距離を詰めると、何の躊躇いもなく、木剣を振り下ろした。
ガウルの木剣が空を切る。フェイは横や後ではなく、斜め前方に飛び込むことでガウルの一撃を躱したのだ。
上段からの攻撃は軌道が『振り下ろす』に限定され、攻撃を躱されると、即座に次の攻撃に移れないという欠点がある。
並の相手であれば攻撃を躱した時点で勝負は着いていたはずだ。だが、ガウルはフェイを追うように木剣を振り下ろした状態から斜め上へと斬り上げる。それもフェイが攻撃するよりも早くだ。
フェイは木剣を受けず、軽やかなバックステップで躱した。神威術を使って筋力を底上げしているのならばまだしも純粋な筋力では勝負にならない。鍔迫り合いに持ち込まれたら、間違いなく押し潰される。御秀堂養顔痩身カプセル第3代
そのままフェイはガウルの懐に跳び込もうとしたが、寸前で急停止する。その間にガウルは悠々と上段に構え直した。
何故、フェイが跳び込まなかったのか、クロノは理解できなかった。そして、先程と同じようにガウルが木剣を振り下ろし、フェイは軽やかに躱す。
ガウルが攻撃し、フェイが躱すというルーチンワークじみた戦い。しかも、ガウルが明らかな隙を見せてもフェイは攻撃しない。
攻撃するかと思いきや踏み止まってしまうのだ。更に攻防が続き、ようやくクロノはフェイが攻撃できない理由を理解した。
フェイントだ。ガウルはフェイが攻撃しようとした瞬間に腕や肩、視線を動かして彼女の動きを封じているのだ。
腕力馬鹿じゃないんだ、とクロノはガウルに対して失礼な感想を抱いた。だったら、スピード勝負……ガウルよりも早く木剣を打ち込むしかない。
フェイが初めて自分から仕掛ける。刺突……鋭く突き出された木剣をガウルは大きく躱し、素早く体を入れ替えた。
大きく躱したのは懐に跳び込まれるのを防ぐためだろうか。攻撃を躱されたフェイは木剣を中段に構える。
今度もガウルの構えは上段だ。フェイとガウルは笑みを浮かべていた。自分の技を自分と同じレベルでぶつけ合える喜びに彩られた笑みである。
「おおおおっ!」
ガウルが雄叫びを上げ、木剣を一気に振り下ろす。体が一回りも、二回りも大きく見えるような全力の一撃だ。
フェイは振り下ろされたガウルの木剣を自らのそれで受ける。いや、木剣がぶつかる寸前、フェイは木剣を斜めに傾けたのだ。
ガウルの上半身が泳ぐ。全力で放った一撃、それを受け流されたことで体勢を崩したのだ。
フェイは地面を蹴り、擦れ違い様にガウルの脇腹に木剣を叩き込んだ。
「……うわ、勝っちゃった」
クロノの呟きはその場にいた全員の気持ちを代弁していたのかも知れない。
シーンと周囲が静まり返る。
ギロリとガウルはフェイを睨み付け、
「ハハハッ、貴様は凄いな」
実に楽しそうに笑ったのである。
「貴様のように強い女は初めてだ。名前は?」
「フェイ・ムリファインであります」
「そうか、俺の部下にならないか?」
こ、この野郎! うちの大事な士官候補生を引き抜く気か! とクロノは駆け寄ろうとした。
「……申し訳ないであります」
「無理強いはしないが……どうしてだ?」
むむっ、とフェイは難しそうに眉根を寄せた。
「理由は色々であります」
「そうか、ならば仕方がないな」
ガウルはクロノを見つめ、不愉快そうに舌打ちをした。
「今日は何のようだ」
「いや~、糧食や医薬品面でサポートできればと思って」
この野郎、と思ったが、クロノは愛想笑いを浮かべて答えた。
「要らん、帰れ」
「いやいや、帰れと言われても……手ぶらで帰っても上から怒られそうな気が」
「一筆書いてやるから、フェイを置いて帰れ」
「いやいやいや、何か、こう……帰るにしても補佐した実績が欲しいなと」
帰るつもりはないけどね、とクロノは心の中で付け加える。
「……チッ、好きにしろ」
「ありがとうございます。じゃ、申し訳ないんですけど、物資の出入りについて調べたいんで納入書や帳簿を見せて貰えませんか?」
「着いて来い」
勝手に探せ、と言われるかと思いきや、ガウルは歩き出した。
少し遅れてガウルに着いていくと、レイラとスノウがクロノの脇を固める。
「クロノ様」
「どうだった?」
クロノは歩きながら尋ねる。
「はい、ガウル大隊長の評判はそれほど悪くありません。前回、蛮族と交戦した際は瓦解する前線を支えるために駆けつけ、足止めしたとのことです」
「ん~、でも、みんなはお腹一杯食べたいみたいだよ。ボクがクロノ様の下で働いていると、お腹一杯食べられて、お酒を飲めたりするって言ったら、羨ましそうにしてたもん」
なるほどなるほど、とクロノは頷いた。
前線基地の中央にある部屋に入ると、ガウルは奥の部屋から箱を持ってきてテーブルの上に叩きつけるように置いた。
箱の中には羊皮紙が乱雑に詰め込まれ、どれがどれだか分からない状態だ。
「取り敢えず、糧食とそれ以外を月毎に並べようか? レイラ、手伝って」
「分かりました」
羊皮紙をテーブルの上に広げると、ガウルは目を丸くしていた。
「ハーフエルフが文字を読むなど聞いたこともない」
「一対一(マンツーマン)で教えたから」
クロノは羊皮紙をより分けながら答える。
レイラと一緒により分け、より分け……過去数年分の納入書を糧食とそれ以外に分類する。
「相場に関してはレイラの方が詳しいと思うんだけど、どう?」
「はい」
クロノが糧食の納入書を手渡すと、レイラは素早く新しい納入書に目を通した。
「相場だと?」
「うちでは副官とレイラに糧食の受け取りや商人との折衝を任せてるから」
「……穀物は相場に比べて二割から三割程度高いようです。相場の二割五分増で糧食を購入すると仮定すれば必要量の八割しか購入できない計算です」
大隊を維持する軍費は帝国から支給され、大隊長は人件費以外の使用用途に関して大きな裁量が与えられている。
だが、軍費は適正価格で武防具を、相場に近い価格で糧食を購入しなければ足りなくなる金額だ。
つまり、自由に使える金額など雀の涙なのだ。クロノは給料と糧食以外の全てを自分で負担しているので、部下は帝国軍においてトップクラスの恵まれた住環境と食生活を享受している。
「私が見る限り、この大隊の人間と亜人の比率は三対七。人間が必要量を確保できるように糧食を配分すれば、亜人に配分される糧食は兵士が一日当たりに必要とする量の七割にしかなりません」
「……なるほど」
やっぱり、ワイズマン先生を雇ったのは正解だったね、とクロノはレイラの報告を聞きながら思った。御秀堂養顔痩身カプセル第2代
「クロフォード男爵領か、エクロン男爵領の商人に見積書を作らせれば必要な糧食は確保できるね」
「何をするつもりだ?」
ガウルは交渉ごとに疎いらしい。
「見積書を見せて、これと同じか、それよりも安くして欲しいってお願いするんだよ。同じなら取引続行、少しでも高ければ次からは別の商人と取引するだけ。他に値切れそうな所はないかな?」
2013年6月4日星期二
冒険準備
盆地と周囲の山岳部が国土の大部分を占めるシーイス公国の標高は高い。初夏に差し掛かりつつあるとはいえ、明け方はまだ気温が低く肌寒い。。
異世界に来て初めて屋根のある場所で眠りについた直時は、寝心地良いとは言えないベッドであったがその温もりに包まれて熟睡していた。曲美
「朝よ。起きなさい」
フィアの声にも反応が無い。朝と言っても、漸く空が白み始めたばかりである。町の通りも人の気配はない。
野宿中は太陽とともに起きだしていた直時も、固い地面や夜露を気にせずに済む寝床に昨夜の酒も手伝って、起きる兆しは全く見えなかった。
数度声をかけても寝息のリズムさえ崩さない直時にフィアは実力行使を敢行した。魔法陣が描き出される。
「凍てつく息吹 『落霜(おちしも)』」
主に食材等を低温保存する場合の魔術である。
「――っ!」
声にならない悲鳴を上げて跳び起きる直時。
昔、休日の惰眠を貪っているところへ、妹に寝巻の中へ氷を放り込まれたことがある。それを遥かに上回る攻撃である。
「なっ? なっ! なぁっ?」
真っ黒な髪と眉毛と睫毛が霜で真っ白、鼻毛からは小さな氷柱がぶら下がった。
「時間が無いんだからさっさと支度する!」
有無を言わさぬフィアという名の鬼がいた。
リスタルの町からかなり離れた森の中で、フィアの魔術教室が始まった。
「先ずはどんな魔術か見てみなさい」
フィアが右手を前に突き出す。
「焼けつく炎 『炎弾』」
極短い呪文と共に掌から現れる魔法陣。その中心から火球が出現。十メートル程先の岩へ飛んでいく。炎が揺らめいて視認し難いが、炎の核となっている部分は人の頭ほどの大きさである。
標的となった岩へ着弾後、炎が対象を包み込むが、五秒ほどで消えてしまった。
「……火炎瓶より威力無いじゃん」
初の攻撃魔術を教えてもらえると、期待していた直時の肩が落ちる。
「文句言わない! 攻撃魔術の基本術式なんだからね! 使いこなせるようになれば次の魔術を教えてあげる」
「ぬう。了解」
「目にした後だから、イメージは出来るわよね? じゃあ、魔法陣を憶えなさい。どんどん撃つから、構築される魔法陣をよく見て」
フィアが間を置きながら三回の炎弾を放つ。
「だいたい憶えたから見てもらっても良い?」
「え? もう? まあ、間違ってると思うけど試しにやってみなさい」
「了解」
「焼けつく炎 『炎弾』」
直時はフィアの数度の攻撃で焼け焦げた岩に、見事火球を当ててみせる。
「おお! あれだけしか見てないのに凄いじゃない!」
寸分違わぬ魔法陣を編んでみせた直時に称賛を贈るフィア。
「構成が簡単だったしね。これくらいはやれるよ。でも、わざわざ炎弾撃たなくても魔法陣だけ見せてくれればよかったのに」
「……はぁ?」
直時が言う魔法陣を見せるというのは、羊皮紙か何かに描いて教えてくれということだと思ったフィアは諭すように答える。
「魔法陣を描いて見せても、大雑把な形ならある程度構成を憶えられるだろうけど、魔力の流れを感じられないとなかなか憶えられないのよ? 陣の大きさや構成する線の太さも正確じゃないといけないし」
「だから魔法陣だけをこうやって見せてくれたら憶えやすいよ?」
直時は今しがた憶えたばかりの炎弾の魔法陣を眼の前に編んで見せた。が、術は発動しない。
魔法陣は構築されると、自動的に術者の魔力を吸い上げ即座に発動する。そして、発動後すぐに消えて無くなる。魔術の発動と魔力消費の効率化、合理化を極めたためである。人魔術の当然の現象が、フィアの目前で覆されていた。
「……何をどうやってるの?」
茫然としたフィアに気付かないまま、直時は編んだ魔法陣を難しげに見ている。
「それにしてもこの『炎弾』って攻撃魔術、炎の速度は遅いし威力も微妙だし実戦で使えるの? 離れたところから撃っても普通に避けられそうだよね? あの盗賊が使った氷の槍みたいに複数発射で面を制圧するような魔術にするか、せめて速度だけでもどうにかしたいところだよなぁ。でさ、魔術回路の此処が発射速度決めてる部分でしょ? この部分に風系の加速術式を組み込んで、あと火力も風速で消えないように上げて……って、どうしたの?」
魔法陣を発動させないまま維持している事も驚きだが、魔法陣の改造までしはじめた姿にフィアの口はポカンと開いていた。
「――とりあえず改変してた魔法陣でもう一度やってみて?」
「思いつきで触っただけだから、チェックしてないよ?」
「いいから!」
「怒らなくてもいいじゃないか…。じゃあ、いくよ?
焼けつく炎 『炎弾・改』!」
照準をより明確にイメージするため、人差し指で標的の岩を示す。描き変えられた魔法陣の中心から、通常の炎弾とは較べものにならない速度で炎が飛び出した。その形は球形ではなく、速度で引き延ばされ葉巻型になっている。
――ヒュンッ!
当たっても、燃え広がらずに着弾点に炎が集中する。約五秒後、炎が消える。着弾点の岩は軽く溶け、小さな窪みを作っていた。
「うんうん! これなら実戦でも役に立つかな? でも魔術回路にまだまだ無駄があるみたいだな。消費魔力の総量の割に威力が上がらなかった気がする。俺の魔力量は規格外みたいだし、多少燃費悪くても問題は無いか」
満足そうに頷く直時にフィアが無言で近寄る。
「――ぐぼっ!」
フィア渾身のボディブローが鳩尾に決まって崩れ落ちる直時。
「……なんで?」
「いやぁ。何故か理不尽な怒りが込み上げて来ちゃったのよ。ごめんね?」
テヘっと可愛く謝る姿に、sex drops 小情人
「その仕草が許容される年齢じゃないだろ……」
禁じられた言葉を聞かれた直時は、笑顔の踵落としを頭頂にもらって沈むのであった。
「出発前にしっかり教え込まなきゃって早起きしたのにあっさり習得するわ、低威力の魔術で無茶な行動を抑制しようとしてたら高等魔術に書き換えちゃうわ、おまけに魔法陣の術式発動無しの維持までしちゃうし! あああああああ! もう!」
「何か変なことしたかな?」
「禁止事項に魔法陣だけを編むっての追加よ! 普通あんなこと出来ないんだからね?」
「あはははは。なんかごめんね?」
激高し混乱するフィアにとりあえず謝る。このあたり、なぁなぁまぁまぁな日本人のスキル発動である。
予定より大幅に早く町へと戻ると、起き出した住民達が活動を始めたようだ。そこかしこの店が開店の準備を始め、忙しなく往き来する人が増えていた。
「何か余裕が出来たのに疲れちゃった気がする……。まあいいわ……。ヒビノの装備を調えに行きましょう」
フィアの出発は正午である。自分の準備は食糧くらいなので、先ずは独りで活動する直時の準備を優先する。
「主武器は槍でいいとして、他にも何か見繕っておきましょう」
手始めに武器屋に行くことになった。男として色々な物が刺激され、直時は単純に喜んでしまう。
リスタルの中央大通りを歩く二人は、フィアが見つけた店に足を向ける。木の看板には剣と楯が彫り込まれ、武器だけでなく防具も取り扱っている事を表している。
所狭しと並べられた武器に年甲斐もなく惹き寄せられる直時。二メートルはあろうかという斧槍。波打つ刃が美しい大剣。無骨な片手剣。尖ったハンマーの様な得物は戦鎚だろうか? 他にも普人族に扱えるとは思えない重量感溢れる戦斧等々。
「はいはい。涎を垂らして眺めるのはそれまでにして、自分が扱えそうな武器を選びなさい。分をわきまえて選んでよね」
「了解」
フィアの言葉に正気に戻る。
(格好良いけど両刃の両手剣とか無理だな。片手剣も分厚過ぎる。無茶苦茶重そうだしな。戦国時代の合戦とかじゃ槍と弓が合理的だったらしいしなぁ。弓は当てるの難しそうだし却下。槍は盗賊から奪った物があるから、近接戦闘用の武器が要るってことか)
自分の命に関わることだと改めて肝に銘じ真剣に選ぶ。
(実戦経験があるわけじゃ無し、使ったことのある刃物といえば料理で包丁とナイフ、野外活動で鎌と手斧と鉈くらいか)
直時は大型の武器が並べられている前から、片手用の武器が陳列されている棚へと移る。大振りな物には目もくれず、小振りな武器を熱心に眺める。
「これとこれにする」
選んだのは丈夫そうな刃渡り30センチ程の片刃のナイフと、同じくらいの刃渡りの肉厚の鉈であった。ナイフと鉈を片手で軽く振って手応えを確かめてみる。
「地味なのを選んだみたいだけど、それで良いの?」
言葉とは裏腹に、フィアは感心しているようだ。
単に武器として使えるだけでなく、用途の広いナイフと鉈を選択したことに冒険者として最低限のスキルがあると判断されたようだ。
「これなら俺でも使えるからね。鉈の柄は一握り長い物に出来ますか?」
後半は店主に向けてである。
「勿論だ。ちょいと待ってな」
直時の武器選びを興味深げに見ていた禿頭で髭面の親父が鉈を手に店の奥に引っ込む。
「大剣とか選んだら殴ってやろうと思ってたのに、堅実な得物を選んだものね。意外だったわ」
「分をわきまえろって言ってただろ? 実際に自分の命が懸かってるんだから、使えない高価な武器より使える得物を選ぶに決まってる」
店主が戻ってくるまで防具を見繕っていたが、金属鎧だの盾だのを装備して動ける体格じゃないと自覚している。直時はフィアのような動きやすい革鎧を物色する。
「鎧は身体に合わせて調整しないといけないから時間が掛かるわよ?」
フィアの助言に今回は見送ることにした。
「待たせたな」
奥から店主が戻ってくる。
「持ってみな」
直時は渡された鉈を手に取った。
先程までは片手で扱うため柄は短く、握り拳二つくらいの長さであったのが、今は握り拳三つ分ほどになっている。すっぽ抜けないように柄の先端には若干の返しが付いている。
直時は先ず、柄の根元を片手で持って振ってみる。重心が柄に寄ったため、刃の重みが軽減され取り回しが楽だ。片手でも難なく扱える。
次いで柄の端を握って片手で振る。長くなった分重い。しかし、威力は遠心力が増した分増えただろう。
最後に両手で握って振ってみる。左手でしっかり固定し、右手は添えるだけ。振りまわすのは身体全体のバネ。軽い。
「兄ちゃん。本当に剣は要らねぇのかい?」
感心した顔で聞いてくる店主。
「使ったことないんですよ。少しこの町で稼ごうと思ってるんで、お金が貯まったら買いに来ます」
頭を掻きながら済まなさそうに答える。
「あと、革鎧の材料になる革布はありますか?」
「おう! どれくらい要り用なんだ?」
「マントの半分くらいの大きさで一番安いので良いです」
「あっはっは! 見込みがある兄ちゃんだし、精々サービスさせてもらうわー」
何故か気に入られたようである。フィアが小さく笑っている。
「全部で銀判貨一〇枚ってとこだが、八枚に負けてやろう。鉈とナイフの鞘と革帯も持って行け」VVK
「えええっ! 嬉しいですけど良いんですか?」
「そのかわり次に武器を買う時は絶対にうちに来い!」
「勿論そうさせてもらいます!」
「がはははは! 待ってるからな! 鉈とナイフは何処に装備する? ここで調整してけ」
腰や太股、脇の下と色々試した結果、ナイフは左腰に、鉈は腰の後ろに右手で取れる位置に決まった。
「兄ちゃんの名前を聞いてなかったな。俺はブラニー・ベルツ。このベルツ戦具店の店主だ」
「タダトキ・ヒビノです。宜しく」
直時の下げた頭をベルツの大きな掌がガシガシと荒っぽく撫でた。
正午まで時間があったので、フィアの保存食と直時所望の裁縫道具を購入し、宿へと戻る。フィアの出発に間に合うよう食事の時間も取れるようなので、荷物を部屋へ置いた二人は食堂へと向かった。
「あら! こんにちは。早朝からお出かけのようでしたが、御昼食はこちらで?」
受付のアイリスが声を掛けてきた。
「ちょっと急ぎの用事があったの。朝御飯食べ損ねちゃったわ」
「ふふ。その分お昼は存分に召し上がってくださいな」
直時も朝食抜きを思い出し、空腹感が増す。
「ちょっと早いけど、食堂は開いてる?」
フィアが確認する。
「大丈夫ですよ。御食事されているお客さんもいらっしゃいます」
アイリスの返事に安心して食堂に入る二人。さすがに客はまばらであったが、見知った顔が見えた。
「おう! こっちだこっち! 一緒に食おうぜ」
ガラム一行が大テーブルの一つを占有していた。
「貴方達もここで昼食?」
「まあな。ここの飯は美味いからな」
「集合場所はギルドじゃなくても良かったわね」
「いや、そっちのお連れさんがギルド登録するんだろ?」
テーブルメンバーの視線が直時に集中する。
「判らない事はギルドの職員さんに聞くのでお気使いなく。フィアも折角皆さんが集まってらっしゃるし、ここから出発すれば?」
直時としては何から何まで面倒みてもらうのも居心地が悪い。
「じゃあそうするかなぁ」
少し不服そうなフィア。
「とりあえず、座りなよ。フィア嬢と?」
優男のリシュナンテが窺うように直時を見る。
「タダトキ・ヒビノです。御相伴に与ります」
ガラムの隣に座ったフィアの横に腰を下ろす。
ちなみに、ガラムの反対横には妹のラーナ、続いてリシュナンテ、ダン、ヒルデガルドと座っている。
「そう固くなりなさんな。俺の名はガラムだ」
「はい。昨夜の方ですね。ガラム・ガーリヤさんと記憶しております」
虎男の迫力についつい敬語である。
ガラムはリーダーとして、仲間を順に紹介していく。フィアと隊を組むことであるし、名前と顔を憶えていく直時だったが、うち二人の視線が少し気になった。
(リシュナンテは魔術師か……。『アスタの闇衣』に反応したか? 何を隠しているか知られなければ問題ないだろう。あとヒルデガルドって竜の人も気付いてるっぽいな。注意しとこう)
フィアを見つけて飛んできた給仕のミュンに昼食の注文を頼む。フィアはミュンお勧めの魔鳥のロースト。直時はヒルデガルドが執拗に勧めた自分と同じクリームシチューと芋のサラダ。パンは同席したのだからと、ガラム達のパン籠から頂戴することになった。
「出掛けていたのはヒビノの魔術指導と装備の購入か? して、どのような武具を購入したのかの?」
ドワーフのダンが直時の装備を聞く。
「自分は初めての冒険者活動ですし、護身用の槍の他に便利な品ということでナイフと鉈を購入してきただけです。鎧は装備した方が動けなくなるだろうし、買いませんでした」
うむうむとダンが頷いている。
「先ず実用的な品をという選択は正しいのう。初心者としてはなかなかであると思うぞ? これからは日々精進されるがよい」
謙虚な姿勢の直時を気に入ったようである。単に自信が無いとも言えるが。
「それでどんな魔術を教わったのだ?」
いつの間にか直時の隣に移動したヒルデガルドである。
「基本の攻撃魔術ということで、炎弾の術を教えてもらいました」
突然の至近距離からの質問に狼狽えてしまう直時。フィアの眉がピクリと動く。
「ちょっと待て。冒険者になろうという者に、炎弾の術式だけしか教えていないのか?」
ヒルデガルドがフィアに問い質す。
「タダで教えてもらえるんだから、最初はそんなもんでしょ?」
「槍の手練なのか?」
「いやいやいや。俺は武器そのものが初めてですよ」
「おいおい! 武術も魔術も素人な奴を冒険者ギルドに放り込むのか?」
流石にガラムが驚愕する。妹のラーナも可哀想にと呟いた。何やら空気がおかしい。
皆の非難がフィアに集中してしまい、居心地が悪くなった直時は、ちょっと言い訳を始めた。
「まあ、ゆっくりこつこつと安全な依頼から経験を積んで行こうと思ってますから大丈夫ですよ。攻撃魔術も実力が上がれば段階的に教えてもらえるそうだし」
いざという時は精霊術全開で対処しますとは当然言えない。フィアがムスッとしている。
「こちらの依頼が終わったら私が指導してやっても良いぞ?」
ヒルデガルドが直時の耳元で囁く。男宝
「……遊んでますね?」
「お姉さんは本気だよ?」
確信を持って問う直時に、艶然とした微笑が返ってくる。
(いや! この顔は絶対に遊んでる! いじってる! 玩具認定しているっ!)
直時の確信は深まるだけであった。
出発の時間となった。
早めの昼食を済ませた一行を見送るべく、直時も宿屋の前に出る。フィアがすぐ隣に並んだ。
「今朝言ったこと、くれぐれも憶えておいてね。自分でも言ってた通り、コツコツと安全にね? 無茶は厳禁よ?」
「わかってるって。ごめんな、心配懸けて」
本当なら残りたそうだが、依頼を引き受けたばかりではそれも出来ない。フィアの心配を余所に、直時は相変わらずのほほんとしていた。
「皆さん、どうかご無事で! 依頼の達成を祈ってます」
全員が直時に笑顔を返した。
直時と別れた後、フィアを含むガラム隊の面々はリスタルの街の外、街道脇の草原で本当の出発をしようとしていた。
「さて、加護祭まであと十日。既に設営隊は現地入りを始めている。ここからは急行するが準備はいいか?」
リーダーのガラムがメンバーの顔を見回す。
リスタルから目的地のリメレンの泉まで十日かかるというのは、あくまでも普人族が普通に移動してのことである。移動補助魔術や、騎乗魔獣の移動でも基本的に街道に沿って移動するため、時間がかかる。
しかし、高い能力を持つ高レベル冒険者達に街道の有無はあまり意味がない。精霊術を憶えたばかりの直時でさえ、一般の三倍以上の移動力がある。
全員が頷いたのを見届けたガラム。
「じゃあ予定通り三日の行程で進むぞ?」
ガラムが魔力を四肢に集中させる。ラーナも同様だ。
ダンが土の精霊術で石製の小船を作り、リシュナンテがそれに『浮遊』『地走り』の人魔術を施す。
ヒルデガルドは背中から竜翼を伸ばした。
「風の精霊で加速出来るから、もう少し早くなるわよ?」
フィアが風を纏いながら言う。
「全員にいけるのか?」
「任せなさい」
ガラムの問いに力強く応える。
「精霊達、我と仲間を重さの楔から解き放ち、その身を運べ……」
呪文ではなく精霊との対話である。
「身体が羽毛みたい!」
ラーナが感嘆の声を上げた。
「流石は晴嵐の魔女……。これなら二日かからないんじゃないか?」
ガラムからは呆れたような声だ。
「では、往くか!」
ガラムが先頭を切って、目的地であるリメレンの泉へ最短の方角へ駆けはじめる。
四肢を魔力で強化し疾駆する虎人族。
空気を押し退け低空を飛ぶ石船にはドワーフと普人族。
その頭上には翼を広げた竜人族。
皆と自身に風を纏わせ宙を翔るフィアは少し後方だ。
六つの影は野を森を山を谷を一陣の風のように吹き抜けて往くのだった。狼1号
異世界に来て初めて屋根のある場所で眠りについた直時は、寝心地良いとは言えないベッドであったがその温もりに包まれて熟睡していた。曲美
「朝よ。起きなさい」
フィアの声にも反応が無い。朝と言っても、漸く空が白み始めたばかりである。町の通りも人の気配はない。
野宿中は太陽とともに起きだしていた直時も、固い地面や夜露を気にせずに済む寝床に昨夜の酒も手伝って、起きる兆しは全く見えなかった。
数度声をかけても寝息のリズムさえ崩さない直時にフィアは実力行使を敢行した。魔法陣が描き出される。
「凍てつく息吹 『落霜(おちしも)』」
主に食材等を低温保存する場合の魔術である。
「――っ!」
声にならない悲鳴を上げて跳び起きる直時。
昔、休日の惰眠を貪っているところへ、妹に寝巻の中へ氷を放り込まれたことがある。それを遥かに上回る攻撃である。
「なっ? なっ! なぁっ?」
真っ黒な髪と眉毛と睫毛が霜で真っ白、鼻毛からは小さな氷柱がぶら下がった。
「時間が無いんだからさっさと支度する!」
有無を言わさぬフィアという名の鬼がいた。
リスタルの町からかなり離れた森の中で、フィアの魔術教室が始まった。
「先ずはどんな魔術か見てみなさい」
フィアが右手を前に突き出す。
「焼けつく炎 『炎弾』」
極短い呪文と共に掌から現れる魔法陣。その中心から火球が出現。十メートル程先の岩へ飛んでいく。炎が揺らめいて視認し難いが、炎の核となっている部分は人の頭ほどの大きさである。
標的となった岩へ着弾後、炎が対象を包み込むが、五秒ほどで消えてしまった。
「……火炎瓶より威力無いじゃん」
初の攻撃魔術を教えてもらえると、期待していた直時の肩が落ちる。
「文句言わない! 攻撃魔術の基本術式なんだからね! 使いこなせるようになれば次の魔術を教えてあげる」
「ぬう。了解」
「目にした後だから、イメージは出来るわよね? じゃあ、魔法陣を憶えなさい。どんどん撃つから、構築される魔法陣をよく見て」
フィアが間を置きながら三回の炎弾を放つ。
「だいたい憶えたから見てもらっても良い?」
「え? もう? まあ、間違ってると思うけど試しにやってみなさい」
「了解」
「焼けつく炎 『炎弾』」
直時はフィアの数度の攻撃で焼け焦げた岩に、見事火球を当ててみせる。
「おお! あれだけしか見てないのに凄いじゃない!」
寸分違わぬ魔法陣を編んでみせた直時に称賛を贈るフィア。
「構成が簡単だったしね。これくらいはやれるよ。でも、わざわざ炎弾撃たなくても魔法陣だけ見せてくれればよかったのに」
「……はぁ?」
直時が言う魔法陣を見せるというのは、羊皮紙か何かに描いて教えてくれということだと思ったフィアは諭すように答える。
「魔法陣を描いて見せても、大雑把な形ならある程度構成を憶えられるだろうけど、魔力の流れを感じられないとなかなか憶えられないのよ? 陣の大きさや構成する線の太さも正確じゃないといけないし」
「だから魔法陣だけをこうやって見せてくれたら憶えやすいよ?」
直時は今しがた憶えたばかりの炎弾の魔法陣を眼の前に編んで見せた。が、術は発動しない。
魔法陣は構築されると、自動的に術者の魔力を吸い上げ即座に発動する。そして、発動後すぐに消えて無くなる。魔術の発動と魔力消費の効率化、合理化を極めたためである。人魔術の当然の現象が、フィアの目前で覆されていた。
「……何をどうやってるの?」
茫然としたフィアに気付かないまま、直時は編んだ魔法陣を難しげに見ている。
「それにしてもこの『炎弾』って攻撃魔術、炎の速度は遅いし威力も微妙だし実戦で使えるの? 離れたところから撃っても普通に避けられそうだよね? あの盗賊が使った氷の槍みたいに複数発射で面を制圧するような魔術にするか、せめて速度だけでもどうにかしたいところだよなぁ。でさ、魔術回路の此処が発射速度決めてる部分でしょ? この部分に風系の加速術式を組み込んで、あと火力も風速で消えないように上げて……って、どうしたの?」
魔法陣を発動させないまま維持している事も驚きだが、魔法陣の改造までしはじめた姿にフィアの口はポカンと開いていた。
「――とりあえず改変してた魔法陣でもう一度やってみて?」
「思いつきで触っただけだから、チェックしてないよ?」
「いいから!」
「怒らなくてもいいじゃないか…。じゃあ、いくよ?
焼けつく炎 『炎弾・改』!」
照準をより明確にイメージするため、人差し指で標的の岩を示す。描き変えられた魔法陣の中心から、通常の炎弾とは較べものにならない速度で炎が飛び出した。その形は球形ではなく、速度で引き延ばされ葉巻型になっている。
――ヒュンッ!
当たっても、燃え広がらずに着弾点に炎が集中する。約五秒後、炎が消える。着弾点の岩は軽く溶け、小さな窪みを作っていた。
「うんうん! これなら実戦でも役に立つかな? でも魔術回路にまだまだ無駄があるみたいだな。消費魔力の総量の割に威力が上がらなかった気がする。俺の魔力量は規格外みたいだし、多少燃費悪くても問題は無いか」
満足そうに頷く直時にフィアが無言で近寄る。
「――ぐぼっ!」
フィア渾身のボディブローが鳩尾に決まって崩れ落ちる直時。
「……なんで?」
「いやぁ。何故か理不尽な怒りが込み上げて来ちゃったのよ。ごめんね?」
テヘっと可愛く謝る姿に、sex drops 小情人
「その仕草が許容される年齢じゃないだろ……」
禁じられた言葉を聞かれた直時は、笑顔の踵落としを頭頂にもらって沈むのであった。
「出発前にしっかり教え込まなきゃって早起きしたのにあっさり習得するわ、低威力の魔術で無茶な行動を抑制しようとしてたら高等魔術に書き換えちゃうわ、おまけに魔法陣の術式発動無しの維持までしちゃうし! あああああああ! もう!」
「何か変なことしたかな?」
「禁止事項に魔法陣だけを編むっての追加よ! 普通あんなこと出来ないんだからね?」
「あはははは。なんかごめんね?」
激高し混乱するフィアにとりあえず謝る。このあたり、なぁなぁまぁまぁな日本人のスキル発動である。
予定より大幅に早く町へと戻ると、起き出した住民達が活動を始めたようだ。そこかしこの店が開店の準備を始め、忙しなく往き来する人が増えていた。
「何か余裕が出来たのに疲れちゃった気がする……。まあいいわ……。ヒビノの装備を調えに行きましょう」
フィアの出発は正午である。自分の準備は食糧くらいなので、先ずは独りで活動する直時の準備を優先する。
「主武器は槍でいいとして、他にも何か見繕っておきましょう」
手始めに武器屋に行くことになった。男として色々な物が刺激され、直時は単純に喜んでしまう。
リスタルの中央大通りを歩く二人は、フィアが見つけた店に足を向ける。木の看板には剣と楯が彫り込まれ、武器だけでなく防具も取り扱っている事を表している。
所狭しと並べられた武器に年甲斐もなく惹き寄せられる直時。二メートルはあろうかという斧槍。波打つ刃が美しい大剣。無骨な片手剣。尖ったハンマーの様な得物は戦鎚だろうか? 他にも普人族に扱えるとは思えない重量感溢れる戦斧等々。
「はいはい。涎を垂らして眺めるのはそれまでにして、自分が扱えそうな武器を選びなさい。分をわきまえて選んでよね」
「了解」
フィアの言葉に正気に戻る。
(格好良いけど両刃の両手剣とか無理だな。片手剣も分厚過ぎる。無茶苦茶重そうだしな。戦国時代の合戦とかじゃ槍と弓が合理的だったらしいしなぁ。弓は当てるの難しそうだし却下。槍は盗賊から奪った物があるから、近接戦闘用の武器が要るってことか)
自分の命に関わることだと改めて肝に銘じ真剣に選ぶ。
(実戦経験があるわけじゃ無し、使ったことのある刃物といえば料理で包丁とナイフ、野外活動で鎌と手斧と鉈くらいか)
直時は大型の武器が並べられている前から、片手用の武器が陳列されている棚へと移る。大振りな物には目もくれず、小振りな武器を熱心に眺める。
「これとこれにする」
選んだのは丈夫そうな刃渡り30センチ程の片刃のナイフと、同じくらいの刃渡りの肉厚の鉈であった。ナイフと鉈を片手で軽く振って手応えを確かめてみる。
「地味なのを選んだみたいだけど、それで良いの?」
言葉とは裏腹に、フィアは感心しているようだ。
単に武器として使えるだけでなく、用途の広いナイフと鉈を選択したことに冒険者として最低限のスキルがあると判断されたようだ。
「これなら俺でも使えるからね。鉈の柄は一握り長い物に出来ますか?」
後半は店主に向けてである。
「勿論だ。ちょいと待ってな」
直時の武器選びを興味深げに見ていた禿頭で髭面の親父が鉈を手に店の奥に引っ込む。
「大剣とか選んだら殴ってやろうと思ってたのに、堅実な得物を選んだものね。意外だったわ」
「分をわきまえろって言ってただろ? 実際に自分の命が懸かってるんだから、使えない高価な武器より使える得物を選ぶに決まってる」
店主が戻ってくるまで防具を見繕っていたが、金属鎧だの盾だのを装備して動ける体格じゃないと自覚している。直時はフィアのような動きやすい革鎧を物色する。
「鎧は身体に合わせて調整しないといけないから時間が掛かるわよ?」
フィアの助言に今回は見送ることにした。
「待たせたな」
奥から店主が戻ってくる。
「持ってみな」
直時は渡された鉈を手に取った。
先程までは片手で扱うため柄は短く、握り拳二つくらいの長さであったのが、今は握り拳三つ分ほどになっている。すっぽ抜けないように柄の先端には若干の返しが付いている。
直時は先ず、柄の根元を片手で持って振ってみる。重心が柄に寄ったため、刃の重みが軽減され取り回しが楽だ。片手でも難なく扱える。
次いで柄の端を握って片手で振る。長くなった分重い。しかし、威力は遠心力が増した分増えただろう。
最後に両手で握って振ってみる。左手でしっかり固定し、右手は添えるだけ。振りまわすのは身体全体のバネ。軽い。
「兄ちゃん。本当に剣は要らねぇのかい?」
感心した顔で聞いてくる店主。
「使ったことないんですよ。少しこの町で稼ごうと思ってるんで、お金が貯まったら買いに来ます」
頭を掻きながら済まなさそうに答える。
「あと、革鎧の材料になる革布はありますか?」
「おう! どれくらい要り用なんだ?」
「マントの半分くらいの大きさで一番安いので良いです」
「あっはっは! 見込みがある兄ちゃんだし、精々サービスさせてもらうわー」
何故か気に入られたようである。フィアが小さく笑っている。
「全部で銀判貨一〇枚ってとこだが、八枚に負けてやろう。鉈とナイフの鞘と革帯も持って行け」VVK
「えええっ! 嬉しいですけど良いんですか?」
「そのかわり次に武器を買う時は絶対にうちに来い!」
「勿論そうさせてもらいます!」
「がはははは! 待ってるからな! 鉈とナイフは何処に装備する? ここで調整してけ」
腰や太股、脇の下と色々試した結果、ナイフは左腰に、鉈は腰の後ろに右手で取れる位置に決まった。
「兄ちゃんの名前を聞いてなかったな。俺はブラニー・ベルツ。このベルツ戦具店の店主だ」
「タダトキ・ヒビノです。宜しく」
直時の下げた頭をベルツの大きな掌がガシガシと荒っぽく撫でた。
正午まで時間があったので、フィアの保存食と直時所望の裁縫道具を購入し、宿へと戻る。フィアの出発に間に合うよう食事の時間も取れるようなので、荷物を部屋へ置いた二人は食堂へと向かった。
「あら! こんにちは。早朝からお出かけのようでしたが、御昼食はこちらで?」
受付のアイリスが声を掛けてきた。
「ちょっと急ぎの用事があったの。朝御飯食べ損ねちゃったわ」
「ふふ。その分お昼は存分に召し上がってくださいな」
直時も朝食抜きを思い出し、空腹感が増す。
「ちょっと早いけど、食堂は開いてる?」
フィアが確認する。
「大丈夫ですよ。御食事されているお客さんもいらっしゃいます」
アイリスの返事に安心して食堂に入る二人。さすがに客はまばらであったが、見知った顔が見えた。
「おう! こっちだこっち! 一緒に食おうぜ」
ガラム一行が大テーブルの一つを占有していた。
「貴方達もここで昼食?」
「まあな。ここの飯は美味いからな」
「集合場所はギルドじゃなくても良かったわね」
「いや、そっちのお連れさんがギルド登録するんだろ?」
テーブルメンバーの視線が直時に集中する。
「判らない事はギルドの職員さんに聞くのでお気使いなく。フィアも折角皆さんが集まってらっしゃるし、ここから出発すれば?」
直時としては何から何まで面倒みてもらうのも居心地が悪い。
「じゃあそうするかなぁ」
少し不服そうなフィア。
「とりあえず、座りなよ。フィア嬢と?」
優男のリシュナンテが窺うように直時を見る。
「タダトキ・ヒビノです。御相伴に与ります」
ガラムの隣に座ったフィアの横に腰を下ろす。
ちなみに、ガラムの反対横には妹のラーナ、続いてリシュナンテ、ダン、ヒルデガルドと座っている。
「そう固くなりなさんな。俺の名はガラムだ」
「はい。昨夜の方ですね。ガラム・ガーリヤさんと記憶しております」
虎男の迫力についつい敬語である。
ガラムはリーダーとして、仲間を順に紹介していく。フィアと隊を組むことであるし、名前と顔を憶えていく直時だったが、うち二人の視線が少し気になった。
(リシュナンテは魔術師か……。『アスタの闇衣』に反応したか? 何を隠しているか知られなければ問題ないだろう。あとヒルデガルドって竜の人も気付いてるっぽいな。注意しとこう)
フィアを見つけて飛んできた給仕のミュンに昼食の注文を頼む。フィアはミュンお勧めの魔鳥のロースト。直時はヒルデガルドが執拗に勧めた自分と同じクリームシチューと芋のサラダ。パンは同席したのだからと、ガラム達のパン籠から頂戴することになった。
「出掛けていたのはヒビノの魔術指導と装備の購入か? して、どのような武具を購入したのかの?」
ドワーフのダンが直時の装備を聞く。
「自分は初めての冒険者活動ですし、護身用の槍の他に便利な品ということでナイフと鉈を購入してきただけです。鎧は装備した方が動けなくなるだろうし、買いませんでした」
うむうむとダンが頷いている。
「先ず実用的な品をという選択は正しいのう。初心者としてはなかなかであると思うぞ? これからは日々精進されるがよい」
謙虚な姿勢の直時を気に入ったようである。単に自信が無いとも言えるが。
「それでどんな魔術を教わったのだ?」
いつの間にか直時の隣に移動したヒルデガルドである。
「基本の攻撃魔術ということで、炎弾の術を教えてもらいました」
突然の至近距離からの質問に狼狽えてしまう直時。フィアの眉がピクリと動く。
「ちょっと待て。冒険者になろうという者に、炎弾の術式だけしか教えていないのか?」
ヒルデガルドがフィアに問い質す。
「タダで教えてもらえるんだから、最初はそんなもんでしょ?」
「槍の手練なのか?」
「いやいやいや。俺は武器そのものが初めてですよ」
「おいおい! 武術も魔術も素人な奴を冒険者ギルドに放り込むのか?」
流石にガラムが驚愕する。妹のラーナも可哀想にと呟いた。何やら空気がおかしい。
皆の非難がフィアに集中してしまい、居心地が悪くなった直時は、ちょっと言い訳を始めた。
「まあ、ゆっくりこつこつと安全な依頼から経験を積んで行こうと思ってますから大丈夫ですよ。攻撃魔術も実力が上がれば段階的に教えてもらえるそうだし」
いざという時は精霊術全開で対処しますとは当然言えない。フィアがムスッとしている。
「こちらの依頼が終わったら私が指導してやっても良いぞ?」
ヒルデガルドが直時の耳元で囁く。男宝
「……遊んでますね?」
「お姉さんは本気だよ?」
確信を持って問う直時に、艶然とした微笑が返ってくる。
(いや! この顔は絶対に遊んでる! いじってる! 玩具認定しているっ!)
直時の確信は深まるだけであった。
出発の時間となった。
早めの昼食を済ませた一行を見送るべく、直時も宿屋の前に出る。フィアがすぐ隣に並んだ。
「今朝言ったこと、くれぐれも憶えておいてね。自分でも言ってた通り、コツコツと安全にね? 無茶は厳禁よ?」
「わかってるって。ごめんな、心配懸けて」
本当なら残りたそうだが、依頼を引き受けたばかりではそれも出来ない。フィアの心配を余所に、直時は相変わらずのほほんとしていた。
「皆さん、どうかご無事で! 依頼の達成を祈ってます」
全員が直時に笑顔を返した。
直時と別れた後、フィアを含むガラム隊の面々はリスタルの街の外、街道脇の草原で本当の出発をしようとしていた。
「さて、加護祭まであと十日。既に設営隊は現地入りを始めている。ここからは急行するが準備はいいか?」
リーダーのガラムがメンバーの顔を見回す。
リスタルから目的地のリメレンの泉まで十日かかるというのは、あくまでも普人族が普通に移動してのことである。移動補助魔術や、騎乗魔獣の移動でも基本的に街道に沿って移動するため、時間がかかる。
しかし、高い能力を持つ高レベル冒険者達に街道の有無はあまり意味がない。精霊術を憶えたばかりの直時でさえ、一般の三倍以上の移動力がある。
全員が頷いたのを見届けたガラム。
「じゃあ予定通り三日の行程で進むぞ?」
ガラムが魔力を四肢に集中させる。ラーナも同様だ。
ダンが土の精霊術で石製の小船を作り、リシュナンテがそれに『浮遊』『地走り』の人魔術を施す。
ヒルデガルドは背中から竜翼を伸ばした。
「風の精霊で加速出来るから、もう少し早くなるわよ?」
フィアが風を纏いながら言う。
「全員にいけるのか?」
「任せなさい」
ガラムの問いに力強く応える。
「精霊達、我と仲間を重さの楔から解き放ち、その身を運べ……」
呪文ではなく精霊との対話である。
「身体が羽毛みたい!」
ラーナが感嘆の声を上げた。
「流石は晴嵐の魔女……。これなら二日かからないんじゃないか?」
ガラムからは呆れたような声だ。
「では、往くか!」
ガラムが先頭を切って、目的地であるリメレンの泉へ最短の方角へ駆けはじめる。
四肢を魔力で強化し疾駆する虎人族。
空気を押し退け低空を飛ぶ石船にはドワーフと普人族。
その頭上には翼を広げた竜人族。
皆と自身に風を纏わせ宙を翔るフィアは少し後方だ。
六つの影は野を森を山を谷を一陣の風のように吹き抜けて往くのだった。狼1号
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