2015年6月29日星期一

vsオークキング

オーク集落の残骸から出発しようとすると、サティが人の気配が近づいてくると言う。こんなところまでやって来る人間と言ったら冒険者くらいだろう。たいがを消し少し待つと、おーいと遠くから声がかかった。見ると数人の冒険者が歩いてくる。

「やっぱり冒険者ね。獲物がかち合ったのかもしれないわ」sex drops 小情人

 警戒はしつつ、武器は下ろして冒険者を待つ。向こうも武器は持っているものの構えてはいない。数mの距離をおいて相対する。数は4人。皆若い。駆け出しの冒険者だろうか。ちょっと装備がくたびれている。男が三人に女の子が一人。そのうち一人が進みでた。

「これは君たちが?すごい音がしたんで確認しに来たんだよ」

「そうよ。もしかしてあなた達もオークを狙っていたのかしら?」

「たまたま見つけてね。どうしようか相談してたところだったんだ。見ての通りうちは4人だ。とてもじゃないがオークの集落なんて相手にはできないよ」 

「そう。ならよかったわ。用件はそれだけかしら?」

「あー、自己紹介がまだだったね。おれはパーティーカグールのリーダー、アルビンだ」

 そう言ってギルドカードを見せる。Dランクか。

「サムライのリーダーマサルです」

 こちらも同じようにいつも首からかけているカードを見せる。おれの今のランクはCだ。アルビンはちょっと感銘を受けたようだ。たぶんおれを見て年下だと思って、ランクが自分より上だとは思わなかったのだろう。あのラザードさんですらCランクなのだ。ランクごとの差というのはかなり大きい。

「それで少し話があるんだけど。君たちはこの後ゴルバス砦へ?」

「そのつもりよ」

「よかったら一緒に行ってもいいだろうか。その、思ったより少々敵が多くてね」

 なるほど。見れば4人ともえらく疲れた様子をしている。

 話によると、ここまではなんとか敵を撃退しつつ来たものの疲労が大きい。そこにオークの集落を見つけ、引き返してギルドに報告をいれようと相談していたところに、轟音がして見に来てみればおれ達がいたということだ。

「ちょっと相談するわ」

 エリーがそう言って、冒険者達と距離を取る。

「どうする?足手まといが居たんじゃ今日中に砦とか無理だぞ」

 頭をつき合わせて相談を始める。

「だからって放っては置けないでしょ。連れてかえってあげましょうよ」

 アンがそう主張する。

「そうすると野営ってことになるけど」

「地下室よりはいいわ。それにいずれこういうことは起こることだし、練習だって思えばいいのよ」

 一番反対するかと思えたエリーも賛成に回った。そんなに地下室で寝るのが嫌なのか。

「こういう時は冒険者同士助け合うものなのよ。いつこっちが助けられる側になるかわからないんだから」

 なるほど。助け合いは大事だな。異世界はもっと殺伐としてると思ってたが案外そうでもないらしい。

「じゃあ2日間くらいならいいか。ティリカはどう思う?」

「嘘は言ってない」

 ティリカはエリーよろしく、茶色いローブを着ており、フードをすっぽりとかぶっている。注意して見ないと魔眼持ちだとはわからないだろう。

「一応怪しいところがないか注意しておいてくれ」

「わかった」



「では砦まで一緒に戻りましょうか」

「本当かい!助かるよ」K-Y

 おれがそう言うとアルビンはほっとした顔をした。そんなに辛ければやばいと思った時点で引き返せばいいのにと思う。

「ええ、困ったときはお互い様ですから」

 近くに荷物を置いてあるという。とりあえずそれを取りに行くことにした。アイテムボックスは使えないそうで、荷物は最小限に抑えてはいるが、獲物が結構な量である。持てるのかと思うほどだったが、四人で分担して全部背負って見せた。これじゃ移動も疲れるだろうな。

 見かねてエリーが獲物を自分のアイテムボックスにいれることを提案すると、たいそう喜ばれた。

「やっぱりアイテムボックスがあると違うね。僕もそのうち覚えようとは思ってるんだけど、空間魔法は難しいって言うしなかなかね。有能な魔法使いがいて羨ましいよ」

 エリーは褒められてドヤ顔である。うちのパーティーだと全員魔法が使えるし、アイテムボックスはおれの方が優秀だしで、最近はこういうのがなかったからよっぽど嬉しかったんだろう。ずいぶんとご機嫌である。



「君たちは砦の防衛で見たことがある。第二城壁にいたよね?」

 歩きながらアルビンが話しかけてくる。エリーとサティを見かけていて覚えていたらしい。この二人は可愛いし目立つからな。おれ?地味だし城壁に居た時は気配を殺してたから覚えてないのも無理はない。装備もあの時とは違っているし。多分はしごを潰して回ったメイジと言えばわかるんだろうけど、わざわざ言う必要もないしな。

 彼らは王国軍が到着した後も残って、周辺の魔物の討伐をやっていたそうである。それで近場の魔物が減ってきたので森に足を伸ばしてみたのだが、思いのほか魔物が多かった。

「森は危険だと聞いてはいたけれど、僕達の予想以上でね。特に夜がきつかった。何度も襲撃があって寝る暇もない。森を抜けてきた君達はすごいよ」

 彼らはDランク。駆け出しとは言えないレベルだ。夜がきついとは言いつつ、ほとんど無傷で切り抜けているあたりはそこそこ有能なのだろう。そのあたりの苦労話を相槌を打ちながら聞いてやる。おれは家に戻って寝るからその辺りの話は興味深い。

 やはり進むか引き返すかは揉めたそうだが、結局は進むことにしたそうだ。Dランクともなれば森の攻略くらいできてしかるべきという考えだ。命よりも面子が大事なのかと思ったが、多少の寝不足を堪えれば予定を完遂できると計算したらしい。

 それにしてもこいつはよく喋る。行軍中だっていうのがわかってるんだろうか。

 いまの隊形はサティを先頭にうちのパーティーが前、こいつのパーティーが殿軍を務めている。彼らが後方を警戒してくれているのだが、探知があるからさほど意味はない。

 そしてたいがやほーくはもちろん、ゴーレムも出さずに全員歩きである。ゴーレムくらいいいだろうと思ったが、冒険者としての尊厳に関わるとエリーは考えたようである。要はゴーレムに運ばれて行くのは格好悪いと。ほーくの偵察に関してはもうすぐ森を抜けることだし、彼らが来た道を引き返せば大丈夫だろうとの判断だ。召喚獣は色々と説明が面倒だし、見せないで済むならそれにこしたことはない。

「集落を破壊したのは魔法だよね?跡形もなくなっていたけど」

「うん。まあそうだよ」

「ああ、すまない。詮索するつもりはなかったんだ。ただ、大規模魔法ってあまり見る機会がなくてね」

「その辺りのことは、ほら、わかるだろ?見たことも言わないでいて欲しいな」

 魔法使いはパーティーでの戦力の中核である場合が多い。その情報を秘匿するのはごく普通の行為だ。特にうちは色々とやばい。この程度の情報なら問題ないとはいえ、広まらないに越したことはない。

「ああ、もちろんだよ。世話になるんだし、迷惑をかけるような真似はしないよ」

 しばらくそんな感じで雑談しながら進む。ペースは彼らの疲労も考えてゆっくり目だ。そして砦のその後も色々聞けた。第三城壁の建造は順調に進んでいるそうだが、範囲が広いために完成するのは大分と先になりそうだ。魔境は落ち着いており、王国軍は徐々に撤退を始めている。住民はほぼ戻ってきており、城壁建造の人員が増えたくらいで、砦はおおむね襲撃前の状態を取り戻しつつある。SPANISCHE FLIEGE D5



 ぽつぽつと雑談をしていると先頭のサティが立ち止まった。隊列もそれに合わせて停止をする。サティが耳をぴくぴくさせて前方を伺っている。

「何かこっちに来ます。たくさんです。オークだと思います」

「あの集落のオークかな」

「こっちに向かっているならそうでしょうね。数はわかる?」

「二十か三十か。もっとかもしれません。多くてわかりません」

 エリーの問いかけにサティがそう答える。

「三十!?急いで逃げないと!」

 三十と聞いて、アルビンが焦って言う。他の三人も慌てて周囲を警戒しだした。

「まだ距離があるから平気だよ」

 おれの探知にはかからないからまだ結構な距離がある。

「そうなのかい?」

「サティは耳がいいからかなり遠方から敵を発見出来るんだ」

 それを聞いてほっとした様子だ。

「でも三十もいるって、どうするんだい?」

「倒すのよ。当たり前じゃない」

「そうだな。この辺りに潜んで不意を打つ。うちのパーティーが魔法で奇襲攻撃するから、撃ち漏らしがいたら対処をお願いしたい」

「本当にやるのかい?」

「オークの集落を見ただろう?大丈夫だ」

「わ、わかった」

 エリーはやる気だし、ろくに相談もしないで戦うことを決めたが、オークなら数がいたところで問題ない。

「ティリカ、頼むぞ」

 それだけで言いたいことは伝わり、ティリカがこくりとうなずく。いざとなればどらごを出して蹴散らせばいいのだ。

 まずは三m級のゴーレムを四体出す。今のところ、これ以上の数はうまく操作ができない。ならもっとでかくしてもいいのだが、ここは狭い森の中。これ以上のサイズだと行動が制限される。

「どうする?オークの数がかなり多い。おれ達だけでもやれるから今のうちに退避してもいいけど」

 どっちかというと、逃げてくれたほうが楽に戦えるんじゃないかと思って聞いてみる。それにオークの集団と戦うのに、今日会ったばかりの人を付き合わせるわけにもいかない。まともに考えたらこの人数で三十を相手にするのはきついだろう。

「オークの数が多いんだろう?少しでも戦力はあったほうがいい」

 ちょっと悲壮な顔でアルビンがそう言う。さすがに逃げてくれとも言えないし、そのまま手伝ってもらうことにする。

「わかった。オークに接近されたらゴーレムを盾に戦ってくれ」

 準備をしているうちにおれの探知にも敵がかかる。ちょっとまずいかもしれない。数が多い上に、隊列が伸びている。偵察という概念がないのだろうか、集団から先行しているようなのがいないのが幸いだ。

「エリー、五十以上はいそうだ。それに隊列が縦に伸びてて一撃で殲滅とはいきそうにない」

「五十以上ね。でもオークだけなら問題はないはずよ。先手を打って減らせるだけ減らせばあとはどうにでもなるわよね?」SPANISCHE FLIEGE D6

「うん、そう思う」

「出し惜しみはなしで行きましょう。オーク集落を破壊した魔法でいいわね?」

 エリーのレベル4に他の三人がレベル3の範囲魔法を使う。風と水系統だ。相変わらず火魔法の出番はない。

 魔物の動きを探知で観察し、潜伏地点を決める。敵がそのまままっすぐ進めば隊列を横から突けるはずだ。

 藪にじっと身を隠し、魔物の到来を待つ。

「もうすぐ見えるはずだ」

 横に控えて戦闘の準備をしているアルビンが緊張した面持ちでうなずいた。アルビンと仲間たちは五十以上と聞いてもこちらの作戦を一通り聞くと一緒に戦うことに決めた。集落を破壊した魔法を使うので勝算は十分あるというこちらの言葉を信じたのだろう。

 オークの集団がやって来るのが見える。改めて数えてみると七十ほどだった。巣に居たのが留守番でこちらが本隊ということなのだろう。数が多いのでガサガサと騒がしい。だがどうやら予想通りの位置を通過するようだ。そしてこちらに気づく様子は全くない。

 じりじりとしながら攻撃開始の合図を待つ。オークの隊列はおれ達の前に横っ腹を晒しているが、やはり少々隊列が長い。戦闘は覚悟しないとだめだろう。

 エリーが手を上げ、そしてさっと下げた。詠唱開始の合図だ。順次詠唱を開始し、四人の魔法が一斉に炸裂する。森に轟音が響き渡り、風と氷の嵐が巻き起こり、木々が倒れる。

 やはり視界に入るだけでも数匹、生き残っている。森の木で威力が殺されたせいもあるのだろう。すかさず生き残りに魔法を打ち込む。サティやアルビンのパーティーからも矢が飛びばたばたとオークが倒れていく。

 ようやく生き残りがこちらに気がついた。吠え声を上げ、突っ込んでこようとしてくる。集団の最後方部分のオークが魔法の範囲から外れ、かなり生き残っていたのだ。しゃがませて隠してあったゴーレムを立ち上がらせる。だがそれも必要なさそうだ。エリーの風魔法がオークのど真ん中に炸裂した。

 終わったか?そう思って周りを見回すと一匹のオークが、斧を構えてこちらに接近してくるのが見えた。近い。いつの間に接近されたんだ!?ゴーレムをオークの進路を塞ぐように移動させる。アルビンは既に気がついていてゴーレムに続いた。

 ゴーレムがオークと接触をする。ゴーレムでオークを殴ろうとするがかわされ、斧で胴を攻撃される。しかし生命のないゴーレムだ。その程度では怯まず、もう片方の手で殴ろうとするがそれもあっさりかわされる。今までみたオークと明らかに違う俊敏さだ。そしてオークが斧を上段に振りかぶり、ゴーレムを袈裟懸けに切り裂いた。ダメージを受けてゴーレムがただの土くれに崩れ去る。

 だがゴーレムの稼いだわずかな時間で十分だった。オークの肩に矢が刺さり、さらに魔法が命中する。

「やったか!?」

 しかしオークは気にした様子もなく斧を振るい、オークを倒そうと近寄ったアルビンが吹き飛ばされた。オークは次に近いおれに向き直ると襲いかかってくる。瞬時に彼我の距離を詰められる。やばい、こいつ上位種だ!

 他のオークよりも格段に大きい体に、それに見合う巨大な斧。装備も兜をかぶり、プレートアーマーを上半身に着込んでいる。体には数本、矢が刺さっているがものともせず斧を振りかぶる。

「エアハンマー!」

 隙だらけの胴体に風弾を打ち込む。オークは一瞬ぐらりとよろめいたが、そのまま斧を振り下ろした。おれはそれをすんでのところでかわし、剣を横薙ぎに払う。オークの腕を切り裂くが、腰が引けており浅い。オークはそのまま一歩踏み込んで、カウンター気味に巨大な拳を突き出した。オークのリーチが長い上に、剣を振るった直後で回避が間に合わない。SPANISCHE FLIEGE D9

 とっさに盾で防いだものの、吹き飛ばされ後ろの木にたたきつけられる。意識が飛びそうになるのをこらえて立ち上がる。目の前に巨大なオークがいる。そいつは斧を振りかぶる。避けようにも体が思うように動かない。やばい。あのでかい斧を食らったら死ぬ……そう思った次の瞬間。オークが首から血を吹き出し、どうっと倒れた。

「マサル様!」

 倒れたオークの向こうにサティが剣を構えて立っていた。

「サティか。助かった……」

 倒れそうになったところをサティの手で支えられる。

「敵は?」

「何匹かは逃げられましたが、こいつで最後です」

 倒れたオークを見ると綺麗に首が切り落とされている。ゴーレム、あんまり役に立たなかったな。時間稼ぎくらいにはなったが、それだけだ。ゴーレムを動かすくらいなら、魔法を詠唱したほうがよかったんじゃないだろうか。レベル3の爆破でも食らわせればこいつもさすがに即死だろう。だけどその場合、ゴーレムで稼いだ時間がなくなるのか……

「マサル、大丈夫?」

 エリーもこちらに来た。そういえばぶつけた背中や腕とかが痛い。あ、アルビン!アルビンは大丈夫か!?

 見るとアンがアルビンに付いている。アルビンは上半身を起こしていた。どうやら無事のようだ。よかった。死んだかと思った。アンがこちらを見たので、大丈夫だと手を振っておく。

「ほら、ヒールかけてあげる」

 エリーのヒールをもらい、ようやく頭がはっきりしてきた。疲れがどっと押し寄せ、その場で座り込む。

「こいつ、上位種だな」

「オークキングかしらね」

「えらく強かった。ゴーレムが三秒で倒されたぞ」

「やっぱりゴーレムだけじゃ問題あるのかしら……」

 そうかもしれない。ゴーレムはパワーはあるが、スピードがない。オークキングの速度に全く対応しきれてなかった。

「とりあえず回収するか」

「私がやっておくからマサルはそのまま休んでなさい」

「うん」

 サティが側について心配そうに見ている。

「ありがとう、サティ。命拾いをしたよ。他の皆は怪我はしてない?」

「はい。マサル様以外は大丈夫です」

 そうか。なんか毎回おれだけ負傷しているような気がする。嫁の誰かが怪我をするよりはいいんだが、ちょっと戦闘スタイルを見なおしてみたほうがいいかもしれないな。Motivator

2015年6月26日星期五

これから

調理場の横にミアさんが用意してくれた朝食が置いてあったので、それを食べつつ鍋の湯が沸くのを待った。
 この家で風呂に入るためには寸胴鍋で沸かした湯を風呂釜に入れなくてはならない。
 身体を湯で濡らした布で拭くだけでもよかったのだが、今日は湯につかりたい気分だった。D10 媚薬 催情剤
 ちなみに書き置きによるとミアさんは城に行くマキナさんの準備の手伝いで今日は手が離せないらしい。

 何度か寸胴鍋の湯が沸くたびに風呂釜へ運びつつ、朝食を終えた後は風呂へ向かった。

 風呂からあがると濡れた髪と身体を布で拭き、洗濯済みの制服に着替える。
 脱衣場にある籠に洗濯ものを入れておくとミアさんが洗ってくれるのだが……ほんと何から何まで世話になりっぱなしである。
 自分でやるからいいですと断ったこともあったのだが、ミアさんは『これくらいはさせてくださいませ!』と引き下がらなかった。
 彼女にはそのうちなんらかの形でお礼をすべきだろう。

 うーむ。
 装飾品のプレゼントなんてどうだろう?
 とはいえ今の俺の所持金はマキナさんからもらった銀貨の余りだけだ。
 あのブルーゴブリン戦で大量に落ちたクリスタルの欠片を数個でも拾っていればそこそこの金になっただろうが、あいにく生き残るのに必死でクリスタルを拾っている余裕なんてなかった。
 キュリエさんは任せろと言ってくれたけど、晶刃剣の修理にかかるお金のこともあるしな……。
 マキナさんに返すお金もある。
 そんなわけで早めに聖遺跡攻略を再開できるといいのだが。

「一応、武器はあるしな」

 俺は自室のタンスにしまってある『魔喰らい』を思い浮かべた。
 まあ、あの刀を使うのはまずキュリエさんに話を聞いてみてからだな。
 どういうものなのかまだちゃんと知らないし。

 それから適当な時間までくつろいでから、俺は家を出た。

          

 マキナさんと別れた時よりも雲が多くなっていた。
 今日は曇りなのだろうか。
 あるいは雨か。
 外は寒さを感じない程度の涼しさだった。
 さわさわと木の葉が風で擦れ合っている。

「おはようございます」
「ん、おはよう」

 女子宿舎の前でキュリエさんと落ち合った。

「じゃ、行きますか」
「ああ」

 どちらからともなく歩きはじめる。
 …………。
 よくよく考えてみれば今って『女の子と一緒に登校』っていう夢にまで見たシチュエーションなんだよな。
 最後に女の子と登校した記憶は確か小学生の頃の集団登校だったか……。
 でも親しい子がその中にいなかった俺はほとんど喋らず、やや離れて後ろからついていくだけだったっけ。
 あまりに遠すぎ、そしてあまりに悲しすぎる記憶である。

「喜んでたかと思ったら、なんで急に落ち込んでるんだ?」
「喜びを噛み締めたらいいのか悲しみを噛み締めたらいいのか、わからないんです」
「は?」
「東国的曖昧文学です」
「なんだって?」
「それより、キュリエさん」
「ん?」

 俺は重い調子になりすぎないよう注意する。

「セシリーさん……来ますかね?」
「どうかな」

 少し無言で歩く。

「ま、あの馬鹿の言葉なんて気にすることはないと思うがな」

 キュリエさんがそうぽつりと口にした。

「でもセシリーさん、第6院の人間に勝つことが一つの目標だったみたいで」
「あー……前に私と言い合いになった時も『いい機会です』とか言ってたな」
「それがいざ戦ってみたら歯が立たなくて、ショックだったんじゃないでしょうか」

 とはいえ相手は、

「ヒビガミだからなぁ」

 キュリエさんも俺と同じことを思ったようだ。
 そう。
 あの男は『何か』が違う。
 適切な表現が見当たらないが、とにかく強さが異質なのだ。

「ヒビガミはさ、第6院の中でも特殊なんだよ。そうだな……唯一『自分の力をコントロールし切れている』とでもいうべきかな」

 第6院の中でも特殊、か。

「あの頃から『純粋な個としての戦闘能力』という意味では第6院の中でも随一だったし。今の他の連中がどの程度ヒビガミに迫っているかはわからんがな」
「ヒビガミって昔からそんなに強かったんですか?」
「ああ。だからあいつに負けても落ち込む必要なんてないんだよ。あいつの強さは私たちの中でも異質なんだから」紅蜘蛛(媚薬催情粉)

 そうか……。
 このことは一応、頭に入れておこう。
 セシリーさんと話す時のために。

「あの……ヒビガミってキュリエさんよりも強い、ですか?」
「強いよ」
「きっぱりと……言い切りますね」
「だから言っただろう。あいつは異常なんだよ。でもまあ、捨て身で相打ち覚悟ならわからんか……いや、しかしヒビガミの『全力』がどの程度なのか私も知らないからなぁ。ただあいつは第6院の人間は殺さない。少なくとも、今のところは」

 そのあたりの理由は二人のやり取りから理解できていた。
 ヒビガミは第6院の人間が己の未来の宿敵となることを期待していたらしい。

「キュリエさんが人と関係性を持つのを避けていたのは、ヒビガミを引き寄せてしまうからだったんですか?」
「ま、第一にはそれだな。あいつは自分と仕合う理由を作るために周囲の人間を巻き込むから。相手に『本気』が見られないと、無理にでも『動機』を作ろうとするのさ」

 ――己がおれに殺意を向ける理由を、この場で作ってみせるが?

 ジークの首に刃をあてるヒビガミの姿が思い浮かんだ。
 しかしあの時セシリーさんは『本気』を出すことを自ら望んでいた。
 だからこそヒビガミが無理に『動機』を作らずともよくなったわけで……結果として彼女の本気度合いが、ジークを救ったとも考えられるわけだ。

「ああ、それと」

 キュリエさんが切り出した。

「私がこの学園にいる目的をおまえに教えておこうと思うんだが……どうする?」
「え? 俺に? そんなあっさり……いいんですか?」
「馬鹿、おまえだからだろ」
「――っ」

 うぅ。
 そういう風にずばっと言われると、なんか照れるな。
 …………。
 キュリエさんが一応『どうする?』と聞いたのは、俺が知りすぎることで危険に巻き込まれるのを危惧してだろうな。

「俺のことなら気にしないでください。パートナーなんですから。キュリエさんのことはなんでも知りたいんです」
「何? なんでもだと? おまえ……変なことまで知りたいんじゃないだろうな?」

 キュリエさんが顔に警戒心を浮かべて胸元を隠す。

「えっ――違いますよ!?」

 計画通り、みたいな顔でキュリエさんが口の端を吊り上げる。

「冗談だ」
「…………」

 わかりづらい。
 キュリエさんの冗談は空気がシームレスだからわかりづらいよ!

「まあ、わかったよ……教えてやる。断っておくが、私の身体のことじゃないぞ?」
「わかってますよ!」
「私がこの学園に来たのはな……ある女を探すためだよ」
「その人も第6院なんですか?」
「ノイズ・ディースって女だ。ちなみに、遊び名は『無形遊戯』」
「遊び名?」
「私たちは第6院にいた頃、互いに『最悪』を意味する名を遊びでつけ合ったんだよ」

 あだ名みたいなもんか。
 …………。
 ああ、そういえば。
 キュリエさんがヒビガミを『壊神』と、そしてヒビガミがキュリエさんを聞きなれない呼称で呼んでいたっけ。

「確か『銀乙女』でしたっけ?」
「う、うん……」

 小っ恥ずかしそうに声のトーンを落とすキュリエさん。鹿茸腎宝

「第6院の連中に言われるとなんともないが、他の人間から言われると案外恥ずかしいものだな……お、乙女なんて柄じゃないもんな」
「照れてます?」
「うるさい。乙女なんかじゃないぞ」
「照れてますね?」
「照れてるよ……照れて悪いか」
「そこは認めるんですね……」

 しっかり乙女じゃないですか、なんて思ってしまった。
 同時に、やはり再会したての頃に彼女が放っていた刺々しさは仮面に過ぎなかったのでは? と思わされる。
 彼女は人を寄せつけないことで随分と損をしてきたんじゃないだろうか。
 せっかくこんな可愛らしい一面があるのに。
 おほんっ、とキュリエさんが仕切り直した。

「ともかくだ。そのノイズがこの学園にいるとの情報を得て、私はここに来た」
「つまり普段から用事だと言っていなくなったりするのも、その人を探してたってことですか?」
「ああ。ま、あいつのことだからそう簡単に尻尾は掴ませんだろうがな」

 にしても……いやにあっさり話してくれたなぁ。
 それだけ信頼し合える仲になったってことなんだろうか。
 だとしたら嬉しいけど。

「ま、詳細はそのうちな。ノイズの件は進展があったら話すさ。それより今はセシリーが早く立ち直ってくれることを祈ろう。あいつがいつも通りじゃないと……私も、なんだか張り合いがない」
「心配してるんですね」
「まあな。私のせいみたいなものだし」

 自責の念に駆られているようだ。
 が、キュリエさんが責任を感じる必要はない。

「キュリエさんのせいじゃないですよ。どう考えてもヒビガミのせいです」
「そうかな……」
「俺はそう思いますよ」

 学園の本棟が見えてきた。

「しかしおまえには驚いたよ。ヒビガミとけっこういい勝負をした上、まさかあそこまで気に入られるとはな。あいつが『魔喰らい』を手放すなんてよっぽどだぞ?」
「禁呪のおかげじゃないですか?」
「そうは見えなかったがな……ただ『俺だけを見ていろ』は少々やりすぎだと思ったぞ」
「反省はしてません。ヒビガミは俺が倒します」
「ふーん、いやに自信満々なんだな」
「剣の師匠が優秀ですから」
「む……言うじゃないか。なら今日の戦闘授業、手加減はしないぞ?」
「望むところです」

 昇降口へ到着すると俺たちは教室へ向かった。
 教室に入る。
 セシリーさんの姿はない。
 ジークとヒルギスさんの席も空席だった。

 そして……登時報告の時間になっても、セシリーさんは姿を現さなかった。

          

 登時報告がはじまるまでの時間、クラスメイトから昨日のことを何度も聞かれた。
 そして皆キュリエさんではなく、俺に話しかけてきた。

 教室に来る途中、第6院出身者だと名乗る最大のデメリットがヒビガミにあったという話をキュリエさんから聞いた。
 なら、今は身バレしてもさほどデメリットはないことになる。
 例のノイズという人には、すでに自分がここにいることはバレているだろうとのことである(にも関わらず姿を隠したままのノイズという人物に俺は少し不気味さを覚えるが)。
 それでもキュリエさんは同じ組の生徒に対し未だ壁を作っていた。

 けれど俺は特に何も言わない。
 その壁をどうするかはキュリエさん自身の領域の話だからだ。
 まだ俺が踏み込む領域ではないだろう。

 そんなわけで、適当に脚色を加えた説明を俺がクラスメイトたちにしていると、登時報告の時間がやってきた。

 ちなみに登時報告の時間になってもアイラさんと麻呂は姿を現さなかった。
 教官によると二人とも聖遺跡攻略中とのことだ。紅蜘蛛

 次に昨日の事件について報告。
 俺とキュリエさんの名前は出なかったが、俺たちが当事者であることはすでに獅子組の生徒全員の知るところである。

 それから最後に、男子生徒の制服が何者かに盗まれた事件があったと伝えられた。
 犯人は未だ不明らしい。
 女子の一部が、

「えー、やだーっ」
「何それー」

 と何やら色めきたっている。
 囁き声を聞くに、けっこうなイケメンくんの制服が盗まれたらしい。
 イケメン男子の制服を盗む……。
 うーむ。
 ただのヘンタイか、はたまた他の理由があったのか……。
 こちらは学園側が調査中とのこと。
 ちなみに盗まれたイケメン男子はショックで寝込んでしまったらしい。

 そんなこんなで次の教養の授業を終え、戦闘授業へ。
 昨日の事件に興味津々なイザベラ教官をいなしつつ、いつも通り俺とキュリエさんは打ち合いに移った。
 と、打ち合いの最中、キュリエさんが驚きを口にした。

「これは、ヒビガミの太刀筋?」
「え?」
「私の剣筋もまじっている……おまえ、相手の剣技を盗めるのか?」
「えーっと……どうもそうみたいなんです。ヒビガミが言ってましたけど、禁呪の影響かもしれません」
「…………」
「キュリエ、さん?」

 糸目になってとても微妙な表情をするキュリエさん。

「ヒビガミと剣を交えてるみたいでなんかヤだな」
「え?」
「今日はもうやめるか。これ以上おまえとやったら、嫌いになるかもしれんぞ」
「そ、そんなぁ!」

 なんてことがありつつ、少し今後のことを話し合った。

 とりあえず聖遺跡の攻略自体は再開可能。
 一応俺の武器の目処が立ったからだ。
 が、やはりもう少し聖遺跡の様子を見ることになった。

 様子見を続ける期間は、晶刃剣の修理が終わるまで。

 改めてキュリエさんから受けた説明によると、妖刀『魔喰らい』は周囲の聖素を大量に吸収してしまうため術式の発動を著しく阻害してしまうのだという。

「私はともかく、もし万が一他の攻略班と共闘することになった時は『魔喰らい』の使用が難しくなるだろう。だから、やはりあの剣は直しておくべきだ」

 それがキュリエさんの結論だった。
 俺たち二人以外の攻略班との共闘を考えての結論。
 ひょっとするとセシリーさんたちと共闘した経験が、そのような結論に至らせたのかもしれない。

 それと一応、あのブルーゴブリン戦で得た聖魔剣を使う案も出してみた。
 が、どうもあの聖魔剣、剣としてはあまり優秀ではないらしい。
 聖魔剣なのに。
 キュリエさんによると、

「聖素を流し込んでみても、ただクリスタルと術式が発光するだけでな……何も起こらないんだよ。私もこんな聖魔剣は初めてだ。それにおまえも使ってみたからわかるだろうが、切れ味自体はあまりよくない」

 とのことである。
 うーん、しかし腐っても聖魔剣……何かあるはずだ。
 と、信じたい。
 そこで俺は思いつく。

「あの聖魔剣、ちょっと俺に貸してもらえますか?」
「あれはそもそもおまえのものだし、それはかまわんが……どうするんだ?」
「実は色々と知識豊富な知り合いがいまして。もしかしたら何かわかるかもしれません」
「わかった。じゃあ今度、おまえに渡すよ」

 どうせクラリスさんには用事があるんだ。勃動力三體牛鞭
 あの短剣のこともついでに聞いてみよう。
 彼女なら何か知っているかもしれないし。

 戦闘授業後は昼食をとるため二人で食堂へ。

「そういえば『魔喰らい』なんですけど……管理ってどうすればいいですかね?」
「ん? おまえの家に置いといていいんじゃないか? 仮に聖素が使える生徒が盗んでも無意味なものだし。もし不安なら私が預かっておこうか?」
「あ、いえ……俺が管理しますよ。自分の刀ですしね」
「盗まれたらなんとかしてヒビガミに伝えればいいさ。盗んだやつを地の果てまで追いかけてってくれるぞ。ま、おそらく盗んだやつは問答無用で殺されるだろうな」

 冗談めかして言うキュリエさんだが、あいつなら本当にやりかねない気がする……。
 むしろ盗む人間の身の安全を考えて俺がちゃんと管理しなくてはなるまい。

 昼食を終えると、次は術式授業。
 魔術書をぼんやり眺めながら、ここに『魔喰らい』を持ってきて抜いたらみんな俺と同じ気持ちを味わってくれるんだろうか、などと不穏なことを考えているうちに、授業が終わった。

 で、下時報告が終わって放課後。

「私は学園長に会う用事があるから、今日はこれで」
「わかりました。じゃあまた明日ですね、キュリエさん」

 キュリエさんが口元を緩ませた。

「どうにか学園生活は続けられそうだ。おまえにも学園長にも、感謝してる」

 そう礼を述べ、彼女は教室から出て行った。

 …………。
 さて。
 俺は誰も座っていないセシリーさんの席を見る。
 やっぱり今日、アークライト家の屋敷を訪ねてみよう。

 考えることがどっと増えた気もするが、思ったより今の俺がやることは少ない。

 セシリーさんの様子を見に行くこと。
 クラリスさんを訪ねること。
 それから聖遺跡の情報を集めることくらい、か。

 と、その時。
 一人の女子生徒が獅子組の教室に入ってきた。

「あ、いたっ」

 その女生徒は俺を認めると、こっちに向かって歩いてくる。

「ちょっと話があるんだけど……時間ある?」
「えーっと、今日は――」

 あ、待てよ?

「……ちょっとくらいなら」
「よかった。じゃ、食堂でどう?」
「わかりました」
「よし決まりね! 飲み物とかはアタシが奢るから、遠慮しないで頼んで!」
「聖遺跡から戻ってきたんですね、アイラさん」

 苦笑するアイラさん。

「ん……どうにかねっ」

 今年の聖遺跡の情報を集めることも今の俺がやるべきことの一つだ。
 彼女は最近聖遺跡攻略に力を入れていたようだから、得る情報は有用である可能性が高い。
 ならこれを機と見て聖遺跡の話を聞いてみるべきだろう。
 それと……

 ――さて、今年はホルン家の悲願である打倒アークライト家……果たして、成るかな?

 模擬試合の時、教官がそんなことを口にしていた。
 ならば俺の知らないアークライト家のこと――セシリーさんのことを、何か知っているはずだ。
 あの教官の言葉からすると、あまりアイラさんにとって気分のいい話題ではないかもしれないが……。
 …………。
 せめてアークライト家への行き方くらいは聞き出したいところである。
 ぶっちゃけ、場所がわからないので。

 そんなことを考えながら俺はアイラさんに連れられて食堂に向かった。

 しかし一体、話ってなんだろう?狼一号

2015年6月24日星期三

その頃密かに

ここは亜空。
 エルダードワーフの工房が並ぶ場所。
 鍛冶工房に混じって窯も存在する、なんとも奇妙な区画だが、その中でも異彩を放つ建物が一つある。
 明らかに他の工房とは距離を取った郊外にそれはあった。procomil spray
 何が異様なのか。
 とにかく大きいのである。
 出入り口はドワーフ用だからか、それほどおかしな大きさではない。
 しかし蛇腹のシャッターで閉められたもう一つの出入り口であろう場所は見上げる程に巨大で。
 材料の搬入口に使っている勝手口も相当な大きさだ。

「遂に原型が出来たわい。これで、長やベレン殿にも見せられる」

「やったな。この概念は発明ではなく発見だが。理論通りに形になってくるのを見るのは実に愉しいものだ」

 中でドワーフとアルケーが一つのそびえる影を見上げて満足そうに頷き合っている。
 どうやら、何かしらの作品が完成に近付いたようだ。
 ドワーフとアルケーが共同作業をするのは、この亜空でも珍しい事だ。
 彼らは互いに作品を融通し合ったりはするものの、一つの仕事を共同で行う事はあまりない者同士だった。

「あとは披露した反響次第じゃが、なんにせよ続きは明日だの。……これからも頼む」

「無論。案ずるな、ニホントウでさえ許可されたのだ。コレとて出所は同じようなもの、許可は下りる」

 二人はもう一度ベールに包まれた影を見上げた。
 ソレは、亜空どころか世界に革命をもたらす可能性がある代物だった。
 もっとも、彼らはそれをわかっていなかったが。
 だからこそエルダードワーフもアルケーも、翌日長老達から向けられた苦い表情の意味も、その後亜空の主である若様こと深澄真から正式に出された研究中止命令にも納得できなかった。
 職人としても亜空に住まう者としても、二人には、特にドワーフには受け入れ難い命令だった。
 何度も長老に食い下がったし、仲間の職人達にも賛同を得るべく見せてみたりもした。
 直接的な戦闘能力で亜空に住む他種族に比べて水をあけられる事が多々ある戦士になら賛成してもらえるかと思った二人の期待を裏切って、殆ど賛同は得られなかった。
 結果は彼らに厳しい言葉で終わってしまった。

 それはもう、武器ではない。

 否定的な意見の共通点はそこだった。
 真の記憶から得た画期的な発想に突き動かされていた二人にはそれが時代遅れな発言に聞こえてしまう。
 武器ではないならコレは何か。
 そう問えば兵器だと答えが返ってくる。
 だが二人は平和的な利用法だって十分考慮に入れている。
 運搬や土木作業に大きな成果を残せる仕様に出来る自信が、彼らにはあった。

「何故。この研究開発が進めば一体どれほどの力になる? 若様は何を考えておられるのか。わからぬ方でもない筈じゃ」

「むしろ好んでおられた節もあったと言うのに。澪様も巴様も詳しくは話してくれなかったが、何か理由があるのかもしれぬな。お見えにさえならないとは思っていなかった」

「……確かに。これまで大体の試作品は直接ご覧になって下さっていたのに、儂らのはおいでにさえならずに却下されてしまった。理由、理由か」

「故郷でこのような物が原因で大事な方を亡くされた、等の理由であれば研究を続けるのは困難だろう」

「む。じゃがそれなら先に禁止事項として教えられそうなものじゃが」

 鍛才に長けた男盛りのドワーフの職人と、錬金術でも特にゴーレム作成に秀でたアルケー。
 この二人の出会いは巴の手によって編集された真の記憶の一片による。
 今や資料室とまで言われている真の記憶を編集した知識を集められた場所。
 主に巴と澪、識といった直近の従者が管理しているその部屋には整理の名目で亜空の住人が呼び込まれる事がある。
 本来、資料と報告書のすり合わせをする仕事にない二人が真の記憶に触れたのはその為だ。
 彼らはそこで見た。
 巨人族よりもさらに巨大な人型に作られたゴーレムに人が搭乗して戦う姿を。
 形に残されず、消される予定の記憶の中にそれはあった。

「ゴーレムに、人が乗る……」

「有人機? 人が、直接操縦する……!?」

 ドワーフは他種族に劣らぬ武装を求めていた。
 アルケーはゴーレムの可能性を探求していた。房事の神油
 人がゴーレムに“搭乗”する。
 有り触れたロボットアニメが二人に与えた衝撃は凄まじいものだった。
 ドワーフはそこに至高の武装の姿を。
 アルケーはそこに発想を阻む四方の壁が崩壊する程の、ゴーレムの可能性を見た。
 二人は構想を練り、困難な道をただひたすらに乗り越えた。
 そして先日、ドワーフの長老達に遂に見せたのだ。
 全長四メートルほどの二足歩行人型ゴーレムと、少し背の低い下半身が八脚タイプの人型ゴーレム。
 両機とも人の頭に相当する部分は無く、肩口辺りから上は剥き出しの搭乗者用の席が設置されていた。
 それぞれドワーフとアルケーが乗り、各種の武器を扱い、俊敏な動きも見せた。
 性能を披露するという意味ではこれ以上ない成功だった。
 が、武器とは見てもらえなかった。
 老若を問わず、少なからぬ忌避の目を向けられた。
 真は来ず、巴と識が来ていたが、彼らもあまりゴーレムに対して良い顔はしていなかった。

「大体、武器と兵器の違いとはなんだ? 私にはわからぬ」

「……儂らドワーフの中では、兵器とは戦争を見込んだ、戦争に特化した武器を指す。好んで作ろうとする者は……追放される事もある」

「馬鹿な。このゴーレムのどこが兵器なのだ。より効率的な魔力の消費で多くの物を運搬し、また性能を特化させれば監視や警護も可能、一部の例外はあるが開墾や工事にもこれ以上ない尽力をしてくれるのだぞ」

「儂らは、そう思ってやってきた。もちろん、儂が使う武器としても考えてはおったが。……そうじゃな、これは兵器などではない、断じて違う。ならば手は一つ。若様に、直談判か」

「……直接お見せして、説得か」

「それしかあるまいよ。儂はもっとこいつらの開発をしたい。これらのゴーレムは人が乗らねばただの人形なんじゃ。つまり、何をなすかは使い手次第の立派な“道具”に過ぎん。兵器などと決め付けられたまま終われんよ」

「私も行こう。こうなればどこまでも付き合う」

「ならば作戦じゃ。確実に若様に会えねば意味が無いし、長老に悟られても潰されるかもしれぬからな」

「うむ」

 二人は広い工房で企みを始めた。
 自らの手で産み出したゴーレムに諦めがつかないのが明らかに見て取れる。
 その姿は職人なら誰もが理解できるものだった。
 だから。
 長老の命で彼らを見張っていた者は、その姿を見るのを止めた。

「はぁ……やれやれ」

 耳からイヤホンらしき物体を外して、掛けていた大型のゴーグルも外す一人の男。

「……気持ちは痛いほどわかるからのお。若様に直談判、まあ見逃してやろうか。このベレンも、年を取ったのかもしれんなあ」

 工房からはかなり離れた場所で、エルダードワーフが亜空に住まう切っ掛けになった男は独白した。蔵秘回春丹

「それに、ああいう“めか”っぽい物は儂も嫌いではないし。おいでにさえならなかった若様に認められる可能性は相当低いが、まあ頑張れ」

 手にしたゴーグルとイヤホンを見つめながら椅子に深く腰掛けるベレン。
 二つは彼の手製の品だ。
 彼もまた真の記憶から機械に興味を抱いた者の一人。
 方向性は違うものの、ゴーレムに情熱をかける二人には多少の同族意識を感じてもいた。

「あんな事をしなくても話は聞くから」

「……」

「……」

 後日。
 真の部屋にドワーフとアルケーがいた。
 彼らの直談判計画は見事に失敗した。
 阻止したのは真の従者、澪だった。
 澪の眷属であるアルケーの動きは当然澪にも伝わる。
 妙な動きをしているのが察知されるのは考えるまでもない事であり、高い知性を持つアルケーがそれに気付けなかった事は、いくら彼がゴーレムに熱を入れていたからと言っても間抜けといわざるを得ない。
 澪からの質問(という名のナニカ)が始まる寸前で真の目に止まったのは彼らにとっては幸いだった。
 彼女の行なう特殊なシツモンは時に同じ従者である識をしばらく行動不能に陥らせる威力を有しているのだから。

「それで、二人がここに来たのは……ゴーレムの事?」

 真は部屋に彼らを通し、三人だけの状態にしてから話を切り出した。

「……はい。儂にはあの開発を止めろという若様の意図がわかりません」

「あれもニホントウをはじめとする若様の知識の再現の一つになります。どうしてゴーレムだけが中止命令を出されたのでしょうか」

 二人はその言葉を皮切りに堰せきを切ったかのように自分達の情熱やゴーレムの利点を話し始めた。
 語りに語って十数分。
 二人は肩で息をしながら、前にいる真を見て返答を待った。

「……そっか。二人は重機としての扱いもしようとしてくれていたんだね。そこまでは僕は気がつかなかった。ごめん」

 真は人が乗って操縦するゴーレム、と報告を聞いた時、ロボットアニメの人型兵器を想像した。
 それは間違いではなかったけれど全てでもない。
 むしろ亜空での運用に十分目を向けていて、彼らは真の世界でいう所の建機のような扱いをゴーレムの運用方法に含めていた。
 真がゴーレムを認める風にも取れる発言をした事で二人の表情がにわかに明るくなる。

「でも。あのゴーレムの研究も開発も。やっぱり僕は認められない」

『!?』

「あれは外の世界どころか、この亜空でも過ぎた力になり得ると思うから」

 銃器ですら危機感を持った真がロボットに危機感を抱かない筈がない。
 魔法と科学、魔法と真の世界の知識はそれだけでも危険な反応を起こすと彼は考えていた。男用99神油
 現に、現代でも実現されていない人型兵器が原型とは言え短期間で存在してしまっているのも、彼の恐れを助長している。

「若様はまだ見てもおられないではないですか!」

「巴と識から報告は聞いてるよ」

「実物を見れば、必ずお考えを改めて頂けると思います!」

「……どうしてそこまで有人ゴーレムに拘るの、二人とも?」

 真は実物を見て欲しいと願う職人の言葉には答えず逆に聞いた。

「……儂らは武器を作る事には長けていても戦士としては他の種族に比べて脆弱です。だから強い武装を求めてゴーレムに望みをかけました。ですが! それは最初の動機に過ぎません。今はあのゴーレムが持つ多様な可能性を心から追求したいと思うております! もし、若様が仰るのなら武装としての利用を放棄しても構いませぬ。何卒、研究と開発を続けるご許可を!」

「私は元々ゴーレムが好きでして。ですが、これまで人がゴーレムを操縦するという発想にまるで到達できなかった。知ってしまうとその発想の先は、彼も言ったように多様な可能性が幾らでも広がっておりこの上なく魅力的に映りました。今のままの方向性ではないにしても、最早一度知ったそれを忘れることは出来ないと思います」

「前にドワーフの長老さんには銃について話していてね。多分その延長もあって今回長老さん達の段階でも止めようとしてくれたんだと思う。僕は、銃もロボット、ゴーレムもまだ必要が無いと思ってるんだ」

「まだ? まだとはどういう事でしょう。いつなら必要だとお考えですか」

「そうだね。ヒューマンでも亜人でも。彼らが自発的に辿り着いたならその時は必要な時なんだと、そう思う」

「……なら、私達は」

「君らは僕の記憶を切っ掛けにしたでしょ? それは駄目。この亜空の外でそういうものが生まれたその時は、って事だね」

「そんなもの、この先何百年かかるかわかったものでは!」

「だから、僕は必要無いと思って却下した」

『……』

 黙りこむ二人。
 確かに、この二人も真の記憶に触れなければ有人ゴーレムの開発には取り掛かっていない。
 ドワーフもアルケーも。
 この世の終わりでも来たような悲痛な表情を俯かせていた。

「なら、は、廃棄する前に一度だけでも。若様に見てもらえんでしょうか。せめて、それだけでも!」

「それは……」

「もし! もしもただ一目でも儂らの子を見てもらえないと仰るなら!」男根増長素

「ストップ! それ以上言うなら話はもう終わりにするよ。首に当てたナイフも下ろして」

 興奮したドワーフが自らの首に腰から引き抜いた短剣を当てるのを見た真が慌ててそれを制止する。
 手を下ろしたドワーフを見て溜息を吐く真。 

「……あの部屋に出入り出来る人、本格的に絞らないとまずい時期なのかもなあ。あのさ、武器にしないで建設用とか運搬用だけでも、続けたいの?」

「っ!?」

「若様、それはっ!?」

「続けたいのか。はぁ……うーん……あ~……」

『……』

「絶対に、そういう技術は外に出さない?」

 コクコク!
 二人は子供のように首を上下させた。
 絶対。
 こんな言葉はそれこそ“絶対”にあてになどならない。
 存在するものはいつかナニカの形で必ず他に漏れる。
 それが世の常だ。
 本当の門外不出など、そうそうあるものではない。

「なら、建設用の一例を後で見せてあげるから、そっちに路線変更すること。それなら……許可する」

 どこかでそれを知りながら。
 真は二人のゴーレム作りを認めてしまった。
 必死に懇願する彼らに情を移して。
 身内には甘い。
 彼の重大な欠点の一つでもある。

『ありがとうございます!!』

「それと、以後澪に捕まるような馬鹿な事はしない。わかったね? じゃあ、もう行っていいよ」

 二人の退室を見た後に真はまた一つ重い息を吐く。
 認めるべきじゃなかったような、そんな後悔が彼の身を包んでいた。

「見なくて、正解だよなあ。建設用の重機だって言っただけでも完成品に期待してるんだから。乗ってみたいってさ。だったら不恰好でもロボットなんて見てみろ。絶対乗りたくなるし、兵器運用込みで許可しちゃう自信があるわ。ロボットは浪漫だからなあ。M○とかA○とかK○Fとかさあ」

 真の独白が自室に力なく響いた。
 ロボット、真もそれらのアニメを見る程には好きだった。
 だから見にいけなかったのだ。
 却下しなくてはいけないと考えているものに魅了される訳にはいかないから。
 こうして、亜空人型汎用兵器開発は亜空建設重機開発へと形を変えて継続される事になった。
 主のお墨付きを得た事でこれらの開発が進み、様々な影響を亜空にもたらす事になるのを彼はまだ知らない。
 一部のゴルゴンがタンクトップに身を包み、開墾をはじめ重機マイスターになっていく事も、極端な巨大化機構を備えた人機両用の道具が産まれていく事も。
 ロッツガルドで若いエルダードワーフが使った巨斧。
 それがアタッチメントとしての側面も持っていた事に真が気付くのはしばらく後の事である。男宝

2015年6月22日星期一

魔人は己に気付く

「大型なだけあって! 速度は大した事ないわね!」

 魔力体が打ち下ろした拳を避けて、ソフィアが懐に飛び込んでくる。
 変わらず紅い光をまとった剣で幾筋もの攻撃を加えてきた。
 が、それは僕に届かない。D8媚薬

「まあ、武術の達人って訳でもないからね。にしても、大分強い攻撃だ。前とは比べ物にならない」

「……当然でしょう! これは」

「竜の力か。詠唱から察すると、他の上位竜に力でも借りたの?」

「これなら!!」

 答えやしない。
 ソフィアの姿が消える。
 お得意の転移だろう。
 ただ、前に見たのとは少し違う。
 あの時は剣との入れ替えだったようだけど、今の彼女は違う手で移動しているように見えた。
 影竜とかの力かな?
 斜め前方、宙に彼女の気配。
 背に担ぐように剣を構え、胸の前辺りには紅い球体。
 遠距離攻撃?
 ソフィアが剣を袈裟斬りの軌跡に振るう。
 瞬間、紅い球体がレーザーみたいな光になって僕に迫る。
 咄嗟に魔力体の手でそれを止める。
 握りつぶして、消す。

「ふぅん、まるでレーザー。さっきの詠唱にあった火竜の力かな。上位竜で火っていうと紅の飛竜、“紅璃あかり”か」

「……これも駄目。紅璃は竜族で最強の攻撃力を持っているんだけど」

 着地した竜殺しが厳しい目つきで僕を睨む。

「竜に嫌われる覚えはあまり無いんだけどね」

 むしろ好かれすぎて困ってる両性類が一匹いるくらい。

「あら、心配しないで。ライドウは別に嫌われてないわよ!」

 懲りずに突っ込んでくる。
 弾きながら僕も打って出る。

「っっ!!」

 再度かわされた拳、その表面に魔法陣が展開、そこからソフィアが放ったようなレーザー状の攻撃が彼女を撃つ。
 だけど……ちっ。
 不意打ちだったのに、剣で防いだ。
 相変わらず無茶苦茶な直感と、ふざけた剣だ。
 だけど構う事はない。
 この魔力体は僕にとって術を強化させるサポート用途もある。
 むしろそちらが主体だ。
 身体の外に出した魔力を周囲にとどめる。
 その最適な方法が物質化、具現化なんだから。
 界は感知で固定する。
 あいつの攻撃力なら、倍ほどに上がっても強化なんて必要ないだろうから。

「こんなのは、どう?」

 距離が開いたソフィアを正面に見て短く詠唱した。
 魔力体の前面から波紋が無数に出来る。
 人の指先ほどの大きさの球が人型から切り離されて浮かぶ。

「防御、特化……」

 何をする気かわかったのか、ソフィアが呻くように呟いた。

「だけな訳がないだろう? ソフィア」

 球自体が細かに震えた直後。
 先ほどのレーザーに似た攻撃がいくらか小口径でソフィアに放たれる。
 百弱の光の束がソフィアに向かうも、奴はお決まりの転移でそれを回避する。
 でも、無駄。
 彼女の転移は他の空間に逃げるなんて類のものじゃない。
 ただ別の場所に移動するだけ。
 しかも、見ていた感じ、距離にはそれなりの制限がある。
 うん。
 いた。
 物陰に潜むソフィアを界で発見。
 標的を見失って壁面に向かっていた光の全てに、位置を伝える。

「曲がった!?」

 全ての光がソフィアの隠れた瓦礫の山に向かって方向を変えて突っ込んだ。
 レーザー状のものを曲げる。
 男のロマンの一つである。納豆ミサイルも良い。
 背後から聞こえたロナの声が驚きに染まっていた。
 追尾、なんて珍しいものでもないだろうに。
 今のは追尾じゃなくて追加入力に近いけど、見た目にそれほどの違いはない。
 爆発。
 ソフィアの位置は変わらない。
 多少はダメージがあっただろう。
 後ろを振り返る。
 イオとロナが僕を見ていた。

「イオ、その物騒な構えは解いた方が良い。邪魔をするならそれなりの対応をするよ」

「俺はまだ、お前と戦っている気でいるんだがな」

「そう、忠告はしたからね」

「ライドウ、貴方のそれ、全部が自分の魔力なのかしら?」

「ロナ、それに答える気はない。でも一つ助言。早くステラから人員を下げろ。こっちは直に終わりそうだ」魔鬼天使性欲粉

 イオは僕に向けて構えを見せていた。
 ソフィアみたいなタイプは共闘しにくい。
 それでなお、僕とソフィアの戦いに加わろうとするのはどうなんだろう。

「そうだった。お前にはその攻撃があったわね。ライドウ」

 おや。
 もうもうと煙が立つ中でソフィアが立っていた。
 無傷、では無いと思ったんだけど。

「まるでイオだな。再生も覚えてきたの? そろそろランサーも呼んだら?」

「呼んでるわよ、来やしないけどね……。そっちの従者が離してくれないみたいよ?」

「ああ……、そっか。ならもう終わらせようか。ソフィア」

「……上位竜四匹よ」

「は?」

「前にやった時の御剣、瀑布ばくふだけじゃない。お前と戦って湖に浮いてから。夜纏よまといと紅璃をも喰らった」

 喰らった?
 上位竜の協力を得たんじゃ無かったのか?

「……」

「私が気付いた、降した竜の力を喰らい、取り込める力。冒険者としても私はトップクラスだと自負しているけど、それに加えて上位竜四匹の力を手に入れた。国だって滅ぼせる力よ」

 国を?
 その程度で?

「後は砂々波さざなみと無敵むてきを殺せば、奴を、万色ばんしょくを喰らえる所まで高められると言うのに」

 上位竜は僕が知っているので全部だったのか。
 七竜の内四竜をその身に宿して、それでも僕ひとりにすら及ばない事が余程ショックなのかね。
 それに……ルト。
 どうやら彼女の目標はルトに関わるみたいだけど……あいつの因縁まで僕が背負わなきゃいけないのか。
 後で文句言ってやる。

「大げさな。国をこの程度の力で滅ぼせるか?」

「十分よ。そこのイオだって、小さな国なら滅ぼせる。軍なんて弱者が群れるだけの力、私やお前ならあんなモノはただの的に過ぎない。如何に優れた個を有するか、それこそが国力でしょう」

「……」

 そんな、ものか?
 いや個人なんて軍隊っていう群れの前では無力なものだと思っていたけど。
 確かに。
 この街の状況や戦況を見ていても、この程度かって思いはした。
 不意打ちとは言っても、軍隊や騎士団でこんなものなのかってね。
 僕が思うよりずっと、この世界は“弱い”のかもしれない。

「全く。肌に鱗を浮かせるなんてカッコ悪い事、よくも」

 ソフィアの力がさらに一段階上がった。
 その身に巡る四色の力が、元々ある彼女の力も相まってマーブル模様になっていくように見えた。
 肌の色がやや黒ずむ。
 彼女の言葉にあったみたいにうっすらと鱗らしい特徴が見える。
 爪が伸び、瞳が巴の様に竜の残滓が残るモノに変質した。
 竜殺しというよりも、竜人、だな。

「変身か? グロントは知らないけどさ。お前が蜃しんやルトに勝てるとも思えないな」

「!? 蜃に、ルト。どうやら、ライドウには口を割ってもらわないといけない事が増えたみたいね」

「お前には、出来ないよ」

「無敵の蜃はともかく、万色の名を持つ上位竜の名称は殆ど誰にも知られていないの。是が非でも色々教えてもらわなきゃ。お前が死ぬ前にね!」

「そうなんだ。ここ最近、よく食事を一緒にしているけど」

「どこまでも、舐めた口を!」

 魔力体に触れるソフィア。
 何度同じことをするのか。
 いや。
 剣を持っていない手で人型に触れた。
 なんのつもりかと思う僕と同時に、ソフィアの手から真っ黒な泥みたいな闇が吹き出た。
 付着した闇が魔力体の強度を部分的に低下させるのがわかった。
 一際強く輝いたソフィアの剣が黒くマーキングされた場所に正確に一閃する。

「へぇ」

 感嘆の声をあげながら、僕はソフィアに攻撃を加える。
 幾つかの魔術を構成して人型から放つ。
 矢、槍、球。
 いくつかの攻撃を放ち、かつ命中もしたんだけど。
 彼女は止まらない。
 瞬時に回復術でも展開しているのか、お構いなしに斬って斬って斬りまくってくる。
 最低限の急所と右手だけをかばって、後は傷ついても癒す。
 ここが勝負どころと判断したらしい。CROWN 3000
 っと。
 ここでイオもか。
 背後でイオがこちらに突っ込んでくるのを把握する。
 感知で界を展開しているから不意打ちはあまり食わないで済む。
 ロナは、止めているみたいだけど。
 イオもソフィアと同じく今を好機と見たのだろう。

「ライドウ、悪くおも――!!」

「イオ、戻ってきたら……殺すよ。さっきのは忠告、これは警告」

 僕ははっきりとイオを見てそう伝える。
 拘束されたイオ。
 人型の腕に掴まれている。
 三本目の腕だ。

「なあっ!?」

「別に人型だから腕が二本なんて言ってない。お前だって四本あるし」

 まっすぐ。
 夜空に向けて彼を持ち上げる。
 戻ってきたら殺すと予告した後で。
 まあ、戻ってはこないだろうけど。

「ロケットパーンチ、なんてね」

「うおおおおおっ!?」

 腕を切り離して高速で撃ち出す。
 握り締められた状態のイオはそれを振りほどく事も出来ずにもがいたまま夜空に消えていった。
 殺すにはちょっと惜しい武人な人だし、どこに落ちてもまあ帰還くらいは出来るだろう。
 ステラからは離したし問題は無い。

「よそ見を、するなぁぁ!!」

 ソフィアが言葉と共に渾身のなぎ払いを振り抜く。
 あ、これは維持が難しいな。
 そこら中に黒いマーキングが付けられているし。

 キィィィン。

 耳障りな音。
 人型が砕け散った。

「これでぇぇぇ!!」

 まあ。

 ガギィィィィ!!

「……ッゥゥゥ!!」

 再構築が出来ないなんて、一言も言ってないけどね。
 破壊したと思ったモノが一瞬で現れ剣を防いだ事実。
 動揺して硬直したその一瞬を見逃してやるなんてことはなく。
 僕はソフィアを、人型の手で掴み取る。

「その姿、防御力はどれほどかな」

 握り締めた拳が、熱と共に光を放ち爆発した。

「アアアアアアッ!」

 本気の苦痛の叫び。
 ソフィアの驚き無しのこんな声を聞くのは、初めてか。

 目の前で繰り広げられる戦いに、私は恐れを抱いていた。
 純粋な恐怖に近い感情だ。
 隣にいたイオは戦いを紡ぐ一人、ライドウの押される様を見て参戦を決めた。
 だが、一瞬で排除されてしまった。
 我が軍が誇る最強の将が。
 少し前の事だ。
 ライドウの形作る人型は脇辺りから三本目の腕を生やしてイオを掴み、そのまま体から切り離されて空に飛んでいった。
 イオは転移を使えない。
 なるほど、事実上彼はこの戦いから締め出された事になる。
 あんな手を使われたら、イオには成すすべもない。
 私が迎えに行けばその限りでは無いが、少なくとも魔将クラスにある者が全く歯が立たない相手が二人も目の前にいるこの現実。
 ただただ、まずい状況だ。
 ただ一つ、私が希望に思うのは、ライドウの切り札があの魔力体らしいという事だろうか。
 あれは確かに厄介だ。
 術にも転用できる魔力の塊で、簡単な詠唱ですぐに術が展開する。
 しかも魔力の限り再生も容易らしい。
 あれだけの魔力体を構築出来る時点で国家規模の魔力量を持つ証明でもある。
 純粋な物体では無いようだからその変換効率は私が知るよりもやや良いのかもしれないが、脅威そのものだ。

「魔族の実験では、一般的な魔術師が全ての魔力を使い切って砂粒一つ。あれだけの塊を、竜殺しの攻撃をいなす強度で具現化させるとなると……」

 計算する気が無くなる量である事は間違い無い。
 だが、所詮は魔力だ。
 私の切り札ならば相性はかなり良い。
 ライドウと言えど、やりようはある、はず。
 今ならばソフィアの援護も期待が出来る。VIVID XXL
 それこそが、私がまだここに留まっている理由だ。
 この二人が万全の状態で敵に回った場合、魔族にとっても大事になる。
 だから、片方だけでも、排除しておけるなら。
 そういう事だ。
 本来なら王の許可を必要とする私の奥義だけど。
 流石に今手続きを踏む余裕はない。
 静かに。
 準備を始める。
 詠唱を編んで、かつ二人に気づかれない様に……。

「ロナ。何をする気か知らないけど、それ以上術を構成したら……潰す」

「っ!?」

 ライドウ!
 あいつ、この距離で。
 こちらを向きもせずに警告された。
 そういえば、学園であいつとお遊びで相対した時も。
 妙にこちらの攻撃を先読みした。
 他の学生と違って私は癖も読まれていない筈だったのに。
 背筋に冷たい汗が流れる。
 たった数日。
 最後に話して、変わらず甘いと思ったあの時から。
 ただそれだけの期間で、ライドウに何が起こったのか。
 わからない。
 が、それ以上に変化した事実が重要だ。
 少なくとも、戦場で、手のひらで転がせる相手ではなくなった。
 乾いた喉に唾液を送る。
 カラカラだ。
 久しく感じなかった恐怖が内で膨れていく。
 事を構えるべきではない。
 私は恐怖に屈した事を隠すように、色々な理由を並べて彼との敵対を否定していく。
 イオとは念話で位置を大体確かめてある。
 かなり距離はあるが迎えにいけない程じゃない。
 ……。
 退き時、だ。
 人の姿を歪めるまで竜の力を解放して、その言葉を信じるなら上位竜四匹分の力を持つソフィア。
 刃竜の剣、火竜の焔、水竜の回復と支援、影竜の特殊能力。
 確かに、国を潰せる力だ。
 だが涼しい顔で、本当に汗一つ流さずその相手をするライドウ。
 彼もまた。
 いえ、彼は……未知数、すぎる。
 少なくとも私は彼を、あまりにも低く評価しすぎていた。

「冗談よ、ライドウ」

「あ、そう」

「……勇者とステラ砦を諦めろ、だったわね。良いわ、ソフィアは知らないけど、私とイオはその条件を飲む。……退くわ」

「条件は?」

 ライドウは私を見る。
 ソフィアの相手をしながら、何度もよそ見をする余裕。
 これほど、なんてね。

「条件はないわね。魔王様とは、会ってくれるんでしょう?」

「勿論。一度話してみたいしね」

「なら、それで十分よ。彼女は客将ではあるけど軍を指揮してはいない。置いていくけど、構わないわね?」

「……無事は保証しない」

「ええ。この会話を聞いても戦いをやめる様子はないみたいだし。戦場の成り行き次第と受け止めるわ」

「じゃあ、どうぞ。言っておくけど、勇者にちょっかいをかける気なら外には識がいる」

「それほどバカじゃないわ。失礼」

 怖い。
 場を離れてイオを迎えに行く私の頭にあったのはその一念だった。
 ライドウは魔人。
 彼が自ら名乗った名前ではないにしろ、実に似合う異名だと、ようやく顔をつたう冷や汗を拭った私はそう思った。

「……剣が手とくっついてるように見えるけど?」

「これは元々御剣の力の結晶みたいなものよ。こうして竜の力を強く解放すればするだけ、融合に近い状態にはなるわ」

 二人だけになった謁見の間、だった場所。アフリカ蟻
 ソフィアは再び立ち上がって青い光を纏い、キズを癒した後。
 まだその目には戦意がある。

「あのさ。そうやって手札を少しずつ切るのは、相手が自分よりも弱い時にしたら? それとも僕がお前を殺さない、とでも思ってる?」

 もしそうならソフィアの方こそ甘い。
 僕は、こいつを殺す気でいるから。
 蜃の名前に反応した以上、こいつは巴も喰らおうとしている訳だ。
 いくら実力が及ばなくても。
 むざむざ見逃してやる道理はない。

「戦場で殺されないなんて思うほど、夢見る年でもないわ。お前こそ、一撃の威力は帝国の勇者に劣っているんじゃないの?」

 帝国の、勇者?
 なんでいきなり彼の名前が。
 ソフィアが見逃したらしいけど。

「さあ? 帝国の勇者には会った事ないし。一撃で決める必要も無いだろう? 手札は少しずつ切ったっていい」

「……お前の方が上手うわてだから? 皮肉を……。やっぱり、あの子の方がまだ可愛げがあるわね」

「……」

「あの子の一撃は凄かったわよ。影竜と水竜。全力で二匹の竜を引き出してなんとか凌げた。この姿になる程じゃなかったけど、お前よりも上ね」

「……」

「仲間を思う事も出来るし、命を削っても目的を達そうとする覚悟もある」

「……」

「もしも誰かと手を組めと言うなら――」

「なるほどね、確かに。帝国の勇者は凄いね」

「なに?」

「お前みたいな規格外の女にさえ、魅了チャームをかけるんだから。しかも多少とはいえ、しっかり切っ掛けを残している。何度か遭遇すれば完成させられる程には」

「!?」

 まるで気がついてなかったのか、その表情が驚きに染まる。

「ははは、気付いてなかったんだ。 お前、抵抗しきれてなかったみたいだよ? いや流石は勇者だ。僕ならお前と敵対して、仲間にしようとは思えない」

 ソフィアの中に篭るように残る魔力の欠片を見つけて、感心した。
 まさかソフィアに魅了とはね。
 帝国の勇者、美人なら見境なしか?
 亜空でも被害者が出ないように対策をきちんと作っておかないとな。
 ソフィアにも効くほどの力なら結構驚異的だしね。

「み、りょう? 私が? お前、何を」

「見逃した、か。どうだか。殺さなかった本当の理由は勇者への好意なんじゃないか? っふふ、竜殺しともあろう者が」

「……」

「せめてもの情けだ。そのチャーム、解いてあげようか?」

 魅了されているからといって、僕との戦いに支障はない。
 でも。
 やたらと帝国の勇者を持ち上げる彼女が、道化に見えた。
 戦いの中で冷たく冷たくあろうとする程にソフィアは僕の脅威じゃなかった。
 驕りか、自信か。
 ただ彼女を哀れんでいた。

「……黙れ」

「済まない。だが、不意をついたりはしない。どう、チャーム打ち消させてもらえない? ディスペルマジックは安全な魔術だよ?」

「……黙れと言っている」

「一人ではどうせもう、出来る事も無さそうだ。待ってもお前に有利な展開は無いと思うよ?」

「その口を――」

「あのさ」

 僕が言葉を続けようとした瞬間。
 ソフィアの背が燃え上がった。
 否、燃えてない。
 竜の翼を象った炎が開いたんだ。

「閉じろっ!!」

 姿が!
 転移!?
 いや……違う!!
 単純に目で追えない速度で……。
 宙を見る。
 紅い軌跡が線の様に。
 縦横無尽に疾はしっていく。
 高速機動。
 まだこんな手が残っているのか。
 引き出しの多い奴。
 魔力体の至るところに斬撃の跡と黒いシミが残っていく。
 口数の多かったソフィアが、今は無言で攻撃を続ける。

「……ふぅ」

「御剣が戻れば、お前は終わりよ」

 ん、喋った。
 でも、的外れだ。
 いや、僕「達」が規格外過ぎるのか。

「御剣、ランサーは戻らない。上位竜数匹の力を持つお前でこの程度なんだろう? なら……ウチの識はランサーなんぞよりもっと強い」

 そう。
 高速で放たれる見えない斬撃を受けつつ。
 僕は確信をもってソフィアに答えた。
 同時に、さっきから念話で幾つかの許可を求めてきていた識に伝えた。

 好きにやって良い。夜狼神

 と。

2015年6月13日星期六

予兆無き嵐

クズノハ商会の代表がリミア王国を訪れる。
 これは、小さなニュースだ。
 外国に本拠を置く商会がわざわざリミアに挨拶に来る事は多少珍しさを伴うものの、多くの騎士や貴族にとってあまり気にするに値しない程度の出来事、の筈だった。
 彼らは単なる商人のご機嫌取り、と受け取ったし当の商会代表も半分そんな気持ちでいた。印度神油
 リミアで商いをする商人達は事前にクズノハ商会の意向をロッツガルドの商人ギルドから聞きだしており、貴族達以上に無関心な者が多かった。
 クズノハ商会にリミア進出の意図は当面なく、今回のリミア行きはあくまでリミア王家から望まれたもの、大きな商談についてもクズノハ商会側は用意をしていない、と。
 動きといえば、ごく一部の情報に敏感な者が、彼らの滞在中にクズノハ商会との繋がりを作れないものかと考えているくらいだ。
 しかしながら。
 ごく少数の者にとって、今回の件は大きな意味を持っている。
 リミア側では、ヨシュア王子と勇者響。そして貴族のホープレイズ家。
 リミア王もクズノハ商会と代表のライドウにはそれなりの興味を抱いている。
 クズノハ商会では、ライドウの従者、澪が何かを胸に秘めていた。
 彼らにとって、どちらも思惑を持っての対面になるのは既に明白。
 そして、当日を迎えた。
 ライドウ、澪、ライムの三人がリミアに発つ朝は快晴。
 学園の管理する転移陣の前ではライドウらを見送るクズノハ商会の面々が集まっていた。
 リミアの国境までは転移での移動が用意されていて、そこからは馬車の旅が彼らを待っている。

「若。くれぐれもお気をつけて」

「うん。何とか頑張るよ巴。亜空にも顔出せないからそっちの事は任せる」

「はい」

「若様、学園の事は私がやっておきますので選定はよろしくお願い致します。念話はいつでも反応できるように待機しておりますので相談事があれば遠慮なさらずに」

「何度か頼るかも。ありがとう識」

 頷きながらも、識の様子には少し躊躇いがあった。
 何か付け加えたい事がありそうな様子だったが、彼は結局口にはしなかった。

「お店は私どもにお任せ下さい」

「客転がしもばっちり慣れた。スキル“魔性の店員”を獲得したから泥船に乗った気分でお出かけあそばれ」

「アクアとエリスも頼りにしてるよ」

「なお、お土産がバナナになると泥船が大船にな――」

「じゃあ、行ってきます」

 エリスの発言を遮って、というか彼女の発言に取り合わず、ライドウは澪とライムを従えて転移陣のある建物に入っていった。

「スルーとは……なんという上級スキル。まさか若が習得しているとは思わなかった」

「リミアにバナナはないでしょう、エリス?」

「……それに比べてなんという予想通りの突っ込み。アクアはレベルが低い。なんでやねんから出直す必要がある」

 見送りに来ていた森鬼二人が馴染みの口喧嘩を始める。
 止める者はいない。

「識、何やら思うところがありそうな顔をしとるのう」

「……いえ」

「若も澪もおらんし、ちとお前に聞きたい事がある。顔を貸せ」

 アクアとエリスに開店に間に合うように戻れと伝えると、巴は識を連れて場所を移動する。
 静かで人の気配もない、学園の使われていない区画の一つに。

「ここならよかろう。ここ数日、どうにもお前らしくない様子が続いておるようじゃな、識? 先ほどの見送りの時も、若に何か言いたげであったぞ」

「……そう、でしょうか。確かに忙しくはありますがいつも通りだと思っておりますが」

「自覚もありそうじゃがな? それに、若が澪を連れてリミアに行く事もあまりに簡単に賛成に回っておるし」

「あれは、その、澪殿に色々と諭されまして……」

「物理的にか?」

「……いえ、あ、ご、ご想像にお任せしますが」

「儂としてはな。澪と少しやりあったのもあって、お前の考えが少し気になっておる」

「私の考え?」

 識が巴の言葉に疑問を返す。
 そもそも彼は巴と澪が摩擦を起こした事も初耳だった。

「若をどう思っておるか、いや違うか。若にどうなっていって欲しいのか、じゃな」

「若様に……」

「お前の様子がおかしい元凶も案外それが起因しているのではないか? どうも、ロッツガルドの生徒に入れ込みすぎておるようじゃからな、お前は」

「!! そのような事は、ありませんよ」

 識の様子は明らかに動揺していて、そうです、と言っているようなものだった。

「特にお前がアベリアとかいう娘に対してやった事は、原因次第ではあまり笑えんのじゃが?」強力催眠謎幻水

「何故それを!」

「偶然見かけたあの娘自身が、頭の中を桃色一色にして垂れ流しておった。実に幸せそうじゃったが、内容が看過できんものじゃったからな。まさかお前が出てくるとは思わんかったが」

「……」

「思えば、儂らに共通している若への望みというのは殆ど無いのかもしれぬ。女神と協力してこの世界をヒューマンの楽園にして欲しい、ではないのは確かじゃが。若に対して反意はなくても、儂ら同士では時に反発する事もあって当然かもしれんと思えてきておる」

「馬鹿な。我々は支配の契約に基づいた若様の従者。主人に逆らう行為など出来ようはずが」

「お前が自分の言葉を若の言葉としてあの娘に伝えたのも、取り様によっては若への裏切りでしかない。絶対などはないし、若に逆らわず、だが儂ら同士は反発するというのは十分にありえる事じゃろ?」

「! 私は! 若様に逆らったりなど! あれは、あの娘と若様を思っての事で」

「じゃが、あの言い様。アベリアは確実に若に悪い印象を持ったのではないか?」

 確かに識は、アベリアへの酷評をライドウの言葉として彼女に伝えた。
 その時彼はアベリアを宥める立場を取った。
 それはライドウへの裏切りにも映る行為だ。

「巴殿、それは違います。あの時までに、私は既にあの娘に対し十分な評価を与えてしまっていました。言ってみれば自信を与えた役目が私だった。だから、あの時だけ私が悪者になるというのは、若様が講義の方針を決めた時のお言葉に背く事になります」

「だがあれはそもそも若の言葉ではないだろう? 偽りを言ったのは事実じゃ。これは、変わらぬぞ?」

「若様がアベリアに対して言った評価は。あの時のアベリアにはあまりにも残酷すぎました。偽ったのは事実ですが、教えを受ける者にとって、酷評以上に辛いものがあるのです。それで私は、私自身が彼女の欠点を分析した時の結論を若様の言葉として彼女に伝えることにしました」

「……若はあの娘をどう評した」

「普通、だそうです。大分深く聞いて、動ける博士、だとか、よく喋ってるよね、とか。とにかく、あまり興味が無く印象もなかったんだそうです」

「……」

「あの方は、他の生徒についても幾つかの特性を記号のようにあてはめて把握はされていますが、根本的には学生に対して技術を伝授する相手、以上の興味や感情を抱かれません。若様は彼らと年齢も近く……確かに最初の時、線引きはしないと、と言っておられましたが……じきにそれも曖昧になるだろうと私は考えていました。しかし、そんな事には全くならなかった」

 識は話し出した。
 学生の評価や、就職について真と話をした時から彼の中である程度形になっていた想いを。

「かといって若様と弓の師の方のような師弟らしき関係にもならず、ただ職務としての講師を貫いています。私は若様とジン、アベリア達がそこまでは至れずとも、いずれは友人のような師弟関係位にはなってくれるのではと思って……いやそれを、いつからか望んでいました」

「師弟関係、か」

「わかりますか、巴殿。講師を慕い教えを真摯に乞う者にとって、何が一番辛いか。それは、酷評などではないのですよ。……無関心です。興味をもたれず、講師から同じ顔のその他大勢の一人として一括で処理される。これに尽きます。少なくとも私はそう、思っています」

「それはリッチとなる前はヒューマンで、研究の道にいたお前だからわかること、か? ちと入れ込み過ぎのように思えるがのう」

「わかりません。しかし、再び人の身を得て学び舎に長くいた事で、私が生徒に愛着を感じてしまっているのは……事実です」

「やれやれ、誤算じゃったのう……。これではあべこべではないか」

「……巴殿?」

「で、お前はこれまで悪役をやってきた若にとって“らしい”やり方で酷評してみせ、若がアベリアに関心をもち、またきちんと実力を分析していると、あの娘にそう思わせたかったと」

「……はい」

 巴の言葉に識は頷く。
 識としては巴が口にした、あべこべ、という言葉が気になってはいたが、ひとまず彼女の言葉を肯定する事にした。

「そして心の奥底では、あの娘が現状でウチに入ればまず死ぬだろうという見込みがあり、またそれを回避してやりたいというお前の気持ちがあると」

「いえそれは違います」

「違わんよ。困った男じゃな、それには気付いてないとは」蔵秘雄精

「?」

「そもそもな、若はアベリアに興味なぞないんじゃからあの娘が働きたいならお前の傍でもどこでも雇って置いてやれば本来それで終いじゃろう、この件は?」

「しかし、それではアベリアが無駄に死ぬだけの結果に。……若様はおそらく、アベリアの為に特別に手立てを考えたりは……なさいません」

「じゃろうな。じゃが無駄に死んで何が悪い? たかが身の程知らずの女が一人死ぬだけの事じゃろ?」

「な……」

「と、ロッツガルドに来た時のお前なら答えられた。そこが儂の誤算じゃよ。まったく……。今お前が儂の言葉に反感を持ったのは、生徒全員か、それともその娘だけかは知らぬが、お前がその命を大切に思っておるからじゃろうが」

「……っ!? 私が、そこまであの子達を……」

 衝撃を受けた表情で識が呻くように呟いた。
 随分と弱弱しい声で。

「やれやれ、ウチの男はどいつもこいつも肝心な所では揃って間抜けじゃな。総じて鈍感な若の方が一貫しとる分マシに思えるわ」

 巴は心底呆れたように呟いた。

「全て図星とは恐れ入る。となれば先ほどの若への態度は、大方学生の事をあっさりお前に丸投げした事への恨み言でも言いたかったか?」

「若様に恨み言など! ……ですが、確かに。ジン達に一言位はないかと思いはしました。あの子達はまっすぐ若様と私の講義についてきます。となれば、こちらもまた誠意を――」

 識の言葉が近付いてきた巴に阻まれる。

「識よ」

「っ、なんでしょうか」

「儂があべこべと言うたのを覚えておるか」

「は、はい」

「儂はな。若がお前の様になった時、お前に若を行き過ぎぬようにフォローしてもらいたいと思い、お前のロッツガルドへの同行に賛成した」

「若様が、私のように……」

「そうじゃ。お前なら、万が一にも“そう”はならぬと、踏んでおったからじゃ。見事に外してくれたがな」

 顔と顔が触れそうな距離で巴が掠れるような小さな声で識に話しかける。
 小さな声量だが、静かな迫力を纏った声だった。

「だから、あべこべ、ですか。私が入れ込み、若様が変わらぬままだったから」

「そうじゃ」

「しかし、何故私ならと」

「……それはボケ過ぎというものじゃな識。お前が若の従者になる前、何をしてきたのか覚えておらんわけではあるまい? 人の身を得ても過去は消えぬぞ? 思いだせんか? リッチのお前が、世界中で誰に何をやってきたのか」

「っ!!」

「ヒューマンに、亜人に、獣に。お前の研究の為だけにどれだけの命を奪った? 結局願った成果も実らぬまま終わった犠牲者達は、どれだけおる?」

 巴の言う通りだった。
 そして、その時の知識が識にアベリアへの最終手段にも通じている。
 真にはデータが足りない、などと言ったが識はヒューマンをそれなりに弄った経験がある。もし本当に力が足りずアベリアが目標に至らなかったなら識はその知識で彼女をあくまで安全に強化する気でいた。
 その元になった部分を忘れるのは、確かにおかしな事だった。

「う……」

「過去、お前が学び舎の様な場所におったとして、ロッツガルド学園に似た雰囲気があり、素直で飲み込みも良い生徒がいて、お前の大昔の何かが表に出てきたのかもしれん。じゃが、間を忘れて無かった事にするのは到底無理というものじゃよ」

「それは、忘れてなどおりませんが」

「なら全てを言わずとも儂がどうしてお前にその役目を期待したかはわかるじゃろう? その手は何色じゃ? よしよしと教え子の頭を撫でてやれる手かの?」

「……」

 言われて目線を落とし、両の手を見る識。
 巴の言わんとしている事は十分にわかっていた。

「……ふう。まあ、ここで澪なら綺麗ですけど何か? と無邪気に聞いてくるが、お前ではそうもいくまい」五夜神

「確かに……少し浮かれていた事は事実です。愛着を感じる、などという以上に私は学生に入れ込んでいるようです」

 巴は距離を取り、それまでの責めるような雰囲気を消した。
 澪を引き合いに出して識の緊張を解かせた。

「これから聞こうと思っておったお前の若への望みも大体読めた。お前は、若の“ヒューマン差別”を解消したいと考えておるんじゃな」

「……はい。巴殿もそれにお気づきでしたか」

 識は巴の言葉を肯定する。
 差別。
 あまり真には似つかわしくない言葉だ。

「まあ、な。若は亜人を差別しないと公言しとるしその言葉は有言実行なんじゃが。ほぼ全てのヒューマンに対しては差別しとるからな。直接の原因は以前亜空で暴れた馬鹿がそうなんじゃろうが……それより前の付き合いのレンブラントなどには頼ったりもしておるしのう」

「はい。常に心を開かず明確な線を引き、その上で言動を観察している様子です。ロッツガルドでも、“ヒューマンだから”事態を傍観している場面は何度かありました。そこが魔将のロナにはプラス評価になっていた部分もありました」

「無意識にやっとることじゃから厄介じゃな。確かにそこは儂も軽減してもらえればと思う所じゃ」

「やはり、無意識ですか。普段差別という言葉自体に否定的ですからね、若様は」

「そういう教育を受けられたんじゃよ。肌の色をはじめ、自分と違う特徴を持っている、または欠けている者に対しそれだけで見る目を変えるのは悪い事だとな」

「優しい教えですな」

「うむ。じゃが、ヒューマンへの若のそれは難しい。女神の件もあるし、そもそもこの世界ではヒューマンは能力も立場も恵まれておる。他の亜人の立場になればヒューマンは多少痛い目を見ても、という意見も少なからずあるからのう。今の若に普通に説いても上辺でしかわかってもらえぬじゃろうな」

「確かにヒューマン差別など、この世界では聞いた事のない言葉ですからね」

「その点では、不安もあるが響に多少の期待をしておる。同じ日本人じゃし、あの娘なら若の意思を上手く変化させてくれる可能性があるからの。……まあ、余計な真似も確実にするじゃろうから澪に、いやライムに上手い事防波堤をやってもらう必要もあるんじゃが……」

「私からみても賭けに近い劇薬ですよ、あの娘は」

「博打は承知の上。じゃが儂も、儂のやってきた事が若にとって本当に良かったのか悪かったのか。正直悩んでおる」

「……私などと違って、巴殿は少なくとも若様の為に動いてこられました。私の見ている限り、肉親のようにあの方を見守っておられます」

 識は本心を口にする。
 愛する男に尽くす、とは違った形の愛情を巴は真に向けていると、識はそう思っていたからだ。
 年の離れた兄や姉のような親愛。
 その巴が悩んでいると口にした事が識を驚かせていた。

「しかし、若はこの世界に来てから確実に、これまで平和に過ごされていたあの方とは違う方向に進みだしている。環境が違うと言ってしまえばそれまでかもしれん。だが、もっと良い方法があったのではないか、儂のしてきた事は実は若の目を塞いできただけではないかと不安で仕方ないのよ」

「ここは、誰も殺さず傷つけず、問題を起こさずに生きていける世界ではありません。若様が新しい世界と常識に触れて何かしら変わるのは、どのみち不可避だったのでは。当然、誰の責任でもないかと」

「若は、頑張っておられる。大きな世界は見上げるだけのものと思っていた方なのに、無理矢理押し上げられたその舞台で何とか安住の地を求めようとしておられる。元々大海の如きその世界を泳ぎきれる力のある方ではないのに、だ」

「……」

「識よ、儂は若に心安らかに、そして命の限り儂らとの繋がりを捨てずにいてもらいたい。例えいつかその時が来ても、見捨てられたくないのだ」

「その時?」

「じゃが澪は違う。あやつは若の決断ならあらゆる選択を受け入れる。あやつだけは、儂ともお前とも根本的に違う。若の従者という意味で誰とも同じ立場であり、その望みという面で誰とも違う立場におる」VIVID

「巴殿……」

「魔族の国で若は創造を果たされた。確実に一歩、若は女神と対峙し、そしてその先を決断される時に近付いた」

「その時とは、別れの時になるかもしれない時ですか」

「勇者に比べ、明らかに若は元の世界への執着が強い。可能性はあるんじゃ。亜空でも若はあまり支配者としての強権を用いようとせん。つまり執着などはないのだろうかと考え始めるとキリがない。日本と儂らと。どちらが若にとって――」

「ならば探しましょう」

 巴の言葉を今度は識が遮る。

「探す? 聞くではなく、か?」

「そうです。若様の望みは聞くまでもなく簡単にわかりますし」

「なに?」

「難しく考えすぎなのですよ、巴殿は。若様なら確実に亜空とも行き来できて、なおかつ我々とも今まで通りのまま元の世界に帰りたいというでしょうから」

「……お前、馬鹿か? その手段が見つからぬから、若の究極の選択がどうなるか不安と戦いながら考えておるのに」

「もっと力を入れて、ですよ。ルト殿とか亜空に元からいる存在とか。それに異世界の神からもたらされる恵みもまだ残っているじゃありませんか。この際、世界転移の一件については恥も外聞も捨ててあらゆる勢力から情報を集めればよいではありませんか」

「なりふり構わず、か」

「ええ。幸いクズノハ商会には薬売りが沢山いますし、レンブラント商会による鮮度の高い情報も、それから魔族からの知識も期待できます。諦めるには早いかと」

「……ふむ。考えてみれば、自在に世界間を転移するとなると女神などよりもずっと大きな障害とも言える。若の望みなど簡単にわかる、か。確かにお前の言う通りじゃな識」

「それに女神側の情報も多少古いものであれば手に入りますし」

「ほう?」

 悪い笑みを浮かべた識に巴が興味を示す。

「少し前に向こうに通じた牛と鳥と面識を持ちまして。それに所在がローレルとはっきりわかっているのも一匹いますからねえ、ククク」

「……なるほどのう。若のおらぬ間、やる事は山積みか。ふふふ」

 廃墟で交わされた悪巧み。
 巴は久々に晴れやかに笑った。

「ところで、澪殿はあの巫女への対抗策をどう考えているんでしょうね。我々でもこう、と決めたやり方は見つけられなかったのに」

「さてな。あやつの事じゃから何か奇天烈な手でもあるんじゃろうよ。普段は使わぬ頭を活用しておったようじゃからな」蔵八宝

2015年6月10日星期三

狂獣化……?

「シルシュは落ち着くまで、しばらくそうして咥えているでゴザル」
「んむ……ふぁい……」

 返事をしつつも、コリコリと骨を齧るシルシュ。イギリス 芳香劑
 口いっぱいに頬張った骨は太く、喋りにくそうである。
 ラジャスの消滅した後に残ったのは、ショーテル。
 切れ味に特化する為、歪曲した刃を持つ曲刀だ。
 ショーテルを袋に仕舞っていると、遠くからレディアの声が聞こえてくる。

「ゼフっちぃ~っ終わったならこっちも手伝ってよぉ~」

 倒してくれても構わなかったが、流石にそれは厳しかったようだ。
 ダークサラマンダの魔力値は、まだ半分を残している。

「ウルクっ!」

 またもウルクを呼び出し、ミリィが突撃していく。
 相変わらずの脳筋戦法だが、まぁミリィに関しては好きに暴れさせてこちらでフォローする方が戦いやすい。

「それそれそれぇーっ!」
「グ……ガルゥ……」

 暴れ馬ウルクは天空高く飛び上がり、その強靭な足でダークサラマンダを踏み鳴らしていく。
 短い手足を振り回すが、すぐに空へと飛ぶウルクには届かない。

「ホワイトクラッシュハイネス」

 その隙に懐に潜り込んだセルベリエが、無防備な胴体に強化した魔導を叩き込む。
 ワシとセルベリエ魔導で強化したレディアとサルトビが、追撃を加えていく。

 ダークサラマンダ
 レベル125
 魔力値 4762575/12839975


「もうすぐ発狂モードに入るぞ、気をつけろ!」

 皆、わかっているとばかりにコクリと頷く。
 同じく異界の魔物であるダークゼルは、発狂モードになると逃げようとするが、こいつも同じだろうか。
 セルベリエはワシの言わんとする事を分かっているのか、それに対応する為に一歩引いて周囲に氷の壁を張り始める。
 もっとも、今はミリィのウルクがいる。そう簡単には逃げられないだろうが。

「ふ……っ!」

 サルトビの一撃と共に、バキン、とダークサラマンダの背に大きなヒビが入る。
 バキバキとその黒い身体にヒビが入っていき、地面に黒い破片が零れ落ちていく。

 まるで蛹から蝶が羽化するかのように、抜け殻となったダークサラマンダの背中から出てきたのは先刻より大分ほっそりとした黒トカゲ。

 ほっそりした身体と長く伸びた手足。
 先刻とは打って変わった機敏な動作で、首を小刻みに動かし、ワシらを油断なく見比べている。どうやら逃げる様子はないようだ。

「な、何か可愛くなったかも……」
「……趣味が悪いぞ、レディア」

 真っ黒いトカゲのように変体したダークサラマンダは、長い尻尾をヒュンヒュンと振り回している。
 そして大きく後ろに下げた後、無防備に骨を齧るシルシュに狙いをつけ、打ちつけてきた。

「……ち」

 サルトビが目にも止まらぬ速さで駆け、短刀で尻尾を斬りつけてその軌道を逸らす。
 しかしダークサラマンダはそれに怯まず、今度はサルトビに狙いをつけ、長い尻尾を器用に操りその身体に巻きつけた。

「サルトビっ!」
「っ!?」

 ダークサラマンダの尻尾がサルトビの小さな身体を締め上げていく。
 ミシミシと、肉と肉が軋む音が聞こえてくるようだ。サルトビの頭巾の下に、苦悶の表情が浮かぶ。

 タイムスクエアを念じ、時間停止中にホワイトスフィアを四回念じる。
 ――――ホワイトスフィアスクエア。

 ダークサラマンダの尻尾の付け根を狙って解き放つ。
 眩く光る光球がヤツの尻尾を焼き焦がしていく。しかしサルトビを解放するつもりはないようで、逆にその身体を強く締め付けていく。

「サルトビさんっ!」
「サルっち!」

 ミリィとレディアもサルトビを解放させるべく攻撃を加えていくが、素早い動きで攻撃を躱していく。
 くそ、こいつ素早いな。
 チロチロと赤い舌を出し、挑発するように目を細める。米国 Rush 芳香劑

「ぐ……ぬぬぬ……」

 サルトビが全身に力を込め、尻尾からの脱出を試みているようだが、あの細腕では厳しいのではないだろうか。
 やはりワシらが何とかするしか……そう思った瞬間、サルトビが自身の手をワシの方へ差し出してくる。
 これは……なるほど、そういう事か。

 即座に駆け出し、サルトビの手を握りタイムスクエアを念じる。
 時間停止中にホワイトウエポンを四回念じ、発動。
 ――――ホワイトウエポンスクエア。それをサルトビの両腕にかけたのである。
 白く輝く両腕でダークサラマンダの尻尾を掴む、サルトビ。

「ッアアアアアアーーッ!!」

 そしてサルトビが空へ向かって吠える。
 ザワザワと黒装束の中がざわめき、その瞳と頭巾から除き見える瞳と髪の色が真紅に染まっていく。
 狂獣化だ。

 尻尾に捕らえられていたサルトビが全身に力を込めていく。
 鋭い爪が肉を裂き、ゆっくりとではあるがダークサラマンダの締め付けが緩められていく。

「はあっ!」

 サルトビが気を入れると、尻尾の肉が弾け飛ぶ。
 ホワイトウエポンスクエアで強化した爪とはいえ、物凄い破壊力だ。
 バラバラに千切れた肉が地面に落ちては消えていく。
 たじろぐダークサラマンダを見据えたサルトビは、ゆらりと身体を傾ける。

「イク……ぞ」

 そして一本の赤い筋を残し、まるで黒い影のようにダークサラマンダに絡みつき、閃く斬撃がその身を抉っていく。

「グウッ!?」

 ダークサラマンダはサルトビの攻撃から逃れようとするが、あまりにも疾すぎて逃げ切れないようだ。
 その身にいくつもの斬痕を増やしていく。
 ウルクを戻し、魔力を回復させていたミリィが呟いた。

「すごい……」
「うむ」

 シルシュのものと全く違う、完全にコントロールされた圧倒的暴力。
 目にも止まらぬ連撃、その一撃一撃の重さ、完全にダークサラマンダを圧倒していた。
 だがその目はまだ、死んでいない。

「気をつけろ! サルトビ!」
「ギルル……」

 低い声を上げたダークサラマンダの身体に魔力が集まっていく。
 黒かった皮膚が徐々に明るく……赤く染まっていく。
 ――――何かやるつもりだ。気づいたサルトビはそれを防ぐべく、腰に指していた投擲用の短刀を抜き放つ。

「させぬでゴザル!」

 弾丸のように発射された短刀がダークサラマンダの眼と口に刺さり、その身体を少しよろめかせる。
 しかしダークサラマンダは怯む様子もなく、そのまま全身を真紅に染め上げていった。
 それだけではない。千切れた尻尾も完全に再生している。

「狂獣化……?」

 サルトビが驚愕に目を見開く。
 その様子を見て、ニヤリと口角を釣り上げたダークサラマンダは次の瞬間、その姿を消した。
 そして直後、頭上にあらわれたダークサラマンダの尾撃で、サルトビは地面へと叩きつけられた。
 大きく土煙が上がり、それに追撃を加えるべくダークサラマンダは跳躍する。
 マズいっ!

「ホワイトスフィアっ!」

 サルトビに飛び蹴りが突き刺さる直前、ワシの放った白い光球がダークサラマンダを吹き飛ばした。

「大丈夫か! サルトビ」
「へ……いきでゴザル……」

 セイフトプロテクションをかけていたのでダメージは大幅に軽減したハズだが、サルトビの髪も目も赤みが消えて、普段の黒目黒髪に戻りつつある。
 効いているな、これは。淫インモラル(脱裤)

「ギルル……」

 土煙の中から、ゆっくりと立ち上がる赤い影。
 真紅に染まった尻尾をくねらせながら、ダークサラマンダはまるで人のように二本の足で立っていた。

生まれたてのダンジョン
 ――――その日は教会で一晩を明かし、朝。
 サルトビを先導に、ワシらは街の付近に出来たダンジョンとやらに行く事になった。
 街を出てすぐ近くにある小さな森、ここが件の生まれたばかりのダンジョンである。
 なるほど、こんな町の近くにダンジョンが出来てはさぞかし不便であろう。
 そんな事を考えながらサルトビの後ろを歩いていると、ギロリとこちらを鋭い目で睨みつけてくる。

「……なんだよサルトビ、ワシの顔に何かついているか?」
「いいや? ただ昨晩は大層お楽しみだった、と思ってな」
「お楽しみ……? あぁ」

 せまくて寝る場所がなかった為、ワシとレディア、ミリィ、セルベリエは小さな部屋に押し込まれ、そこで眠っていたのである。
 起きた時、いつの間にか抱きつかれていて三人を引き剥がすのに苦労したのだ。

「おいおい、人の寝ているところを覗き見るのはあまりいい趣味とは思えないけどな?」
「あ~なんか視線を感じて寝苦しいと思ってたら、やっぱりサルっちだったかぁ~気配殺すの上手いねぇ~」
「ふむ、あれに気付くか。レディア殿は情報通り油断がならぬようでゴザルな」
「あっはは~そんなに警戒しないでよぉ~」

 警戒するサルトビとそれを追うように真後ろに立つレディア。
 サルトビは非常にウザったそうである。何かレディアっていつも皆に警戒されてないか?
 色々オープンすぎて、逆に警戒させてしまうのだろう。それでも最後は仲良くなるのは流石というべきだが。

「シルシュはこっちに来ても大丈夫だったの? 教会の方に魔物があらわれたりとかはしない?」
「今までそんな事はなかったので大丈夫だと思います。それにリゥイも大きくなって、戦えるようになりましたから」
「リゥイ君かぁ~結構格好良くなってたわね」
「ワシ程ではないけどな」
「ゼフったら、張り合ってどうするのよ……」

 ワシに呆れ顔を向けてくるミリィ。
 イケメンと言えばクロードはどうなったのだろうな。どこかに修行に行ったらしいが、きっと逞しくなっているのだろう。いや、案外すごい美人になっているかもしれない。
 色々と妙な輩にモテていたからな、あいつは。
 そんなことを考えていると、前を歩いていたサルトビの動きが止まる。

「……魔物だ」
「ブルーゲイルっ!」

 サルトビの言葉に即座に反応し、前方にブルーゲイルを放つミリィ。
 巨大な竜巻が吹き荒れて木々が揺れ、魔物が巻き上げられ、消滅していく。
 おいおい姿も確認せずに大魔導を撃つ奴があるか。先手必勝といっても程があるだろう、ミリィよ。

「ライトスネイクの群だな。いい反応速度でゴザル」
「えへへ、それほどでも……」

 照れながら頭をかくミリィに、セルベリエが注意を促す。

「あまり周りを確認せずに大魔導を使うのは非効率的だぞ」
「は、はいっごめんなさいセルベリエ……」
「……というかそれ以前に危ないだろ」

 突っ込むのも疲れるレベルだ。
 魔導師は魔物の属性に合せて攻撃するものなのだろうに。
 呆れていると草むらからガサガサと音が聞こえてくる。
 ミリィの奴め、討ち漏らしたか。

「シャアアアア!」

 あらわれたのは黄緑色の小さな蛇、ライトスネイクである。
 素早い噛みつきを躱し、スカウトスコープを念じる。

 ライトスネイク
 レベル25
 魔力値3222/3222

 攻撃力、防御力ともに大した事のない魔物だが、素早い動きと強力な毒を持っている。
 噛まれると身体がマヒしてしまい、大群相手だと一度攻撃を受けるのが致命傷になりかねない。
 群れで襲ってくることが多く、意外と侮れない魔物だ。情愛芳香劑 RUSH

 仲間を倒された恨みとばかりに、ライトスネイクが二匹、ミリィを狙って飛びかかってくる。
 しかしその牙はミリィへは届かない。一本の回転する棒に阻まれ、弾き飛ばされた。
 べちんと樹に叩きつけられて消滅していくライトスネイク。

「……させません」
「シルシュっ!」

 シルシュが両手に持っているのは一本の長い棒。ひゅ、ひゅと回転させた棒を掌で受け、構える姿はまるで演舞のようである。

 ――――棒術か!
 打ってよし、突いてよし、払ってよし、かつ刃も付いていないので加減もしやすい。シルシュにぴったりな武器だな。
 風切り音を鳴らしながら棒を回転させ、両手で長い棒を遊ばせている。
 うむ、見事な腕前だ。
 更に草むらから飛びかかるライトスネイクを見据え、シルシュは棒を振るう。

「はあっ!」
「ギィィ!?」

 回転する棒に打ち据えられたライトスネイクは地面に落ち、きらきらと光と共に消滅していく。
 よし、これで全部倒してしまったようだな。

「――――ふう」
「やるね~シルっち、前も杖で戦ってたけど、あの時とは見違えたよ~」
「あはは……サルトビさんの教え方が上手いのですよ」
「棒術は血を見ず、ある程度離れて戦える為、戦闘により狂獣化する事も少ない。経験の浅い原種には丁度いい武器でゴザル」

 なるほど然り、理に適っている。
 原種に対する知識、経験、対策……そして本人も原種と言う事を考えると、もしかしてサルトビは、原種ばかりが住む場所の出身なのだろうか。
 原種の住む隠れ里のような場所が異国の地にあると聞く。

「それにしてもまだ街から大して離れていないのに、こんなに魔物が出てくるとはな」
「うむ、早めに封じねば街に被害が出る恐れもある」
「どこがダンジョンの中心か、目星はついているのか?」
「それがわかれば苦労はないでゴザルよ」

 ヤレヤレとばかりに首を振るサルトビ。
 しかしセルベリエにはなにか考えがあるのか、手をかざし使い魔であるクロを呼び寄せる。

「ダンジョンは時間と共に大地の魔力を吸い、成長する。魔力が大きくなっている場所がダンジョンの中心だから、そこを目指していけばいい。生まれたてのダンジョンであれば、魔力の大きなポイントは索敵しやすい。クロで十分に探れるだろう」

 セルベリエの手の上で鎌首をもたげ、舌をチロチロと出し入れしている使い魔のクロは、北の方を向いている。
 あちらがダンジョンの中心か。
 セルベリエの使い魔クロ、相変わらず便利な能力である。

ケーキ●
「ごちそうさまでしたーっ」

 食事が終わると子供たちは手を合わせ、食事への感謝の言葉を述べる。
 ワシらもそれに倣うように手を合わせた。
 シルシュの作る食事は相変わらず質素なもので、野草や市場から貰ってきたくず肉のシチューや固いパンである。
 以前リゥイは足りない腹を満たす為、市場で物乞いの真似事をやっていたが、この量では食べ盛りの子供は満足しないかもしれないなぁ。

 ワシも少し物足りず、空腹を感じている。
 後で市場に行って、何か買って食べよう……そんな事を考えているとレディアが袋の中からごそごそと何かを取り出した。
 ワシらが座る大きな机の上に置かれたものは厚紙の箱、それを開けると中からあらわれたのはホイップクリームで彩られたまるで城のような菓子、ケーキである。

「実はケーキ作ってきたんだけど、みんな食べる―?」
「わぁーっ! たべるたべるーっ」
「レディアおねーちゃん大好きーっ」
「あっはは~喜んでくれてうれしいよ~」

 わらわらとレディアに抱きついていく子供たち。
 もみくちゃにされているレディアはうれしそうだ。子供人気を得る為にケーキを作ってきたのか……やるな。
 そのすぐそばにシルシュが近づいていき、ぺこりと頭を下げた。紅蜘蛛

「ありがとうございます、レディアさん。子供たちも喜んでいます」
「いいよいいよ、私がやりたくてやったことだし♪ シルっちも食べる? 好きでしょこーいうの」
「えと……私は……」
「尻尾が動いているぞシルシュ」
「はっ!?」

 遠慮しようとするシルシュの尻尾はブンブンとすごくうれしそうに動いていた。
 感情が隠せないのはある意味、不便なものだな。
 クスクスと皆に笑われ、シルシュはその髪も頬も、真っ赤に染まった。
 原種であるシルシュは感情が大きく動くと、髪の毛と目が赤く染まってしまうのだ。

「ま、まぁ食べましょ! いっぱい作ってきたから、遠慮しないで食べてね~」
「わ~い!」

 レディアがケーキを切り分け、子供たちに渡していくとすぐにぺろりと平らげてしまう。
 そして満面の笑みを浮かべ、おかわりをしてくる子供たちの顔を見て頬が緩むレディア。
 うーむこれはワシの分はなさそうだな……そんな事を考えながら部屋の隅で椅子に腰かけていると、ミリィが両手を後ろに隠しながら近づいてくる。

「え、えとねゼフ。これ……はいっ!」

 ミリィが差し出してきたのは小皿に乗ったケーキである。

「いつの間に手に入れてきたのだ?」
「……実はこれ、私が作ったんだ」
「ほぅ」

 見ると確かに、レディアのケーキとは少し違う。
 ミリィが作ってきたケーキは片手で持てるくらいの小さなもので、その形もレディアのモノと比べると少々不格好だ。
 それでもクリームで模様が描いてあったり上面にはハートマークなどで可愛らしくデコレーションされており、手がかかっているのがわかる。
 まさに手作りと言った感じだ。その微笑ましさに、ついワシの口元が緩む。

「な、なによ……」
「いいや、可愛らしいなと思ってな」
「っ……ば、ばか……いいから早く食べなさいよ」

 真っ赤になって目を逸らすミリィは、ケーキを乗せた皿をワシに押し付けてくる。
 自分で作って恥ずかしがっていては世話がないな。
 苦笑しつつ、ケーキをフォークで切り分けて口に運んでいくのを、余程気になるのかミリィがちらちらと見てくる。

「ど、どう……?」
「うむ……」

 もぐもぐと口を動かし、その味を確かめるようにじっくりと舌の上で味わう。
 その様子をじーっと目を大きく見開いて見てくるミリィ。た、食べづらいぞ。
 口に入れたケーキは最初は少し甘く感じられたが、滑らかなクリームの舌触りを楽しむ為に舌の上で転がしている内に甘みを残して溶けていく。
 その後に残るのはあっさりとした食後感、もう一口が欲しくなる。

「うむ、美味いぞミリィ。腕を上げたな」
「ほんとっ!」

 三年前はクッキーくらいしか焼けなかったが、レディアに色々習ったのであろう。
 その腕前はかなり上がっているようである。
 よしよしと頭を撫でてやると、うれしそうな顔で笑う。

「ミリィも食べてみるか?」
「へっ?」

 すっとんきょうな声を出すミリィの口に、一口サイズに切ったケーキを取り、近づけていく。
 しかし何故か赤くなり、ワシから顔を逸らした。

「いやっ、私は遠慮しとく……」
「ん? 自分で作ったモノなのだ、毒など入っておらぬだろう?」
「し、知ってるわよ!」
「では何故だ?」

 ミリィはきょろきょろと辺りを見渡している。
 どうやら皆の注意は大きなケーキを切り分けているレディアに向けられており、それにホッとしたミリィはワシに顔を近づけて呟いた。

「だってみんなが見てる前でゼフに食べさせられたら恥ずかしいじゃない……」
「なんだそんな事か」
「そんな事かって……ひゃっ!?」

 小さな悲鳴を上げるミリィを目の前の大きな机の下へと押し込んでやる。
 見られるのが恥ずかしいなら、見えないようにすればいいだけだ。
 机の下で隠れて食べればいいだけの話。

「ち、ちょっと……ゼフ……」
「あまり大きな声を出すと、見つかってしまうぞ」

 丁度ワシの足の間に挟まるように、ミリィがしゃがみこんでいる。
 戸惑いながらワシを見上げてくるミリィ。SPANISCHE FLIEGE D5

2015年6月8日星期一

陸皇襲来

フレメヴィーラ王国の西側はオービニエ山地にかかり、険しい山が連なっている。
 中央付近で山裾から平地が多くなり、東側には平地からつながってボキューズ大森海だいしんかいが広がっている。花痴
 元々は人間はオービニエ山地の西側にしか居らず、東側は全て魔獣によって支配された地域だった。
 オービニエ山脈を越えてきた人類は、幻晶騎士をはじめとする戦力によって魔獣を駆逐し、この地を手に入れたのだった。
 しかし、それまでは快進撃を続けていた人類の歩みがこの地で初めて止まる。
 広大な森林地帯であるボキューズ大森海の深部には、何百という幻晶騎士シルエットナイトをもってしても敵わない強大な魔獣が潜み居り、人類はほうほうの体で大森海の手前まで撤退したのだった。

 オービニエ山地の東側はなだらかな平野部から森林地帯に続いている。
 開拓すれば優良な農業地帯になりうる土地を前に、人々は山を越えてまで撤退せず、森の浅い部分までをその領土とした。
 そして以降もときたまボキューズ大森海から現れる大型の魔獣を防ぐため、東の国境には防壁が築かれることになる。
 “街道”と呼ばれる森の出入り口(それは正に巨大な獣道のことだ!)に砦を築き、主要な砦の間を城壁でつないだのである。
 それにより大型の魔獣が国内へ侵入することは少なくなり、これまで危機的な状況は訪れていない。
 国境全てを城壁で覆うことは物理的に無理があったため、街道から外れた場所からの魔獣の侵入は絶えないが、国民の努力もあり概ね安定してきているといえる。

 
 それは、静かな夜だった。
 野生動物の気配すらしない・・・・・・・、不自然なまでの静寂。
 まるで森から全ての動物が逃げてしまったかのようだった。
 ボキューズ大森海の手前、バルゲリー砦。
 街道から外れたこの砦は中型の魔獣が現れることも稀であり、比較的静かな場所にあった。
 それでも常にない不気味な静けさに、その日の歩哨は違和感を感じていた。
 いつもならば森から獣の遠吠えの一つや二つは聞こえてきても良い頃合である。

 しかし静寂は長くは続かなかった。
 遠くからまるで木々が次々に折られているような音が聞こえて来る。
 何かが近づいて来る――そして木を折りながら進むような存在はこの世に魔獣しか居ない。
 歩哨は躊躇うことなく警笛を鳴らした。

「なんだ、こんな夜中に魔獣の野郎か!?」
「街道でもねぇってのにこんな田舎に何の用だよ!」

 砦中に響く非常警笛に俄かに騒がしくなる。
 その間にも木々が倒れる音は続き、それはすでに目前に迫っていた。

 宿直の騎操士ナイトランナーが己の幻晶騎士シルエットナイトに飛び乗る。
 魔力転換炉エーテルリアクタの吸気機構が唸り、低い、地鳴りのような音が鳴り響きだす。
 大急ぎで装備を整え、砦の正門を固めたところで、木々を踏み分けながらそれが現れた。三體牛寶

 全長約50m以上、高さも20m以上はあるだろう。
 ごつごつとした剣山のような甲殻を纏った堅固な体から、これまた隙間なく甲殻に覆われた手足と頭が生えている。
 その様はまるで小山か巨大な岩石が動いたかの如くだった。
 砦の城門の上から固唾を飲んで見張っていた歩哨も、知識でのみそれが何かを知っていた。
 陸皇亀ベヘモス――強靭な膂力と呆れるほどの耐久性が特徴の動く要塞とも言われる魔獣。

 ベヘモスの魔獣としての最大の能力は、簡単に言えば“強化”である。
 およそ物理的に支えることが困難な巨体を強化魔法により支え、尚且つ見た目以上の素早い動きを可能としている。
 その上装甲、骨格から各組織の一つにいたるまで恐るべき耐久性を誇り、主な攻撃手段である体当たりの威力は城壁すら砕く。
 巨体に見合った“心臓”により生成される莫大な魔力は幻晶騎士数10体分にも上り、それに伴う無尽蔵とも言えるタフネスにより、鉄壁の防御を崩すことを更に困難とする。
 兎に角呆れるばかりの耐久性とタフネスによる難攻不落の魔獣。
 それが陸皇亀ベヘモスである。

 
 一体何を考えているのか、ベヘモスはほんの少しの躊躇もなく砦に向かいそのまま直進してくる。

「敵影確認……ま、魔獣は陸皇亀ベヘモス……! ベヘモスです!」

 歩哨の悲鳴のような報告を騎操士達が理解する前に、ベヘモスが砦の外壁の門扉に突き刺さった。
 自らが持つ莫大な質量に勢いを乗せ、恐るべき強度を誇る外殻によりその身を生きた破城槌と化す。
 鋼鉄製の強固な門があっさりとひしゃげ、周囲の壁を抉りながら倒れていった。

 ベヘモス――一瞬だけ聞こえた歩哨の報告と、目の前で打ち破られた門を見て、騎操士達の表情が驚愕と恐怖に染まった。
 街道からもそれ、これまで大型の魔獣を見かけることも少なかったこんな辺鄙な砦によもや師団級の魔獣が現れるなど、誰が予想できただろう。
 師団級と称される魔獣は、その名の通り倒すためには一個師団規模(約300機)の幻晶騎士が必要とされる。
 この砦に配備されている幻晶騎士は1個中隊(9機)よりやや多い10機。
 中型以下魔獣を駆逐するには十分だが、師団級を倒すには全く足りない。

 それでも、騎操士達は覚悟を決める。勃動力三体牛鞭
 このベヘモスは如何なる理由かは知れないがまっすぐにフレメヴィーラ国内へ向けて進んでいる。
 これ以上ベヘモスが進む前にこの事態を連絡しなくては、国内にどれほどの被害が出るか想像もつかない。
 この砦の戦力では倒すことは叶わなくとも、たとえ僅かにでも時間を稼ぎ、またこの魔獣の弱点を探ることは出来るかもしれない。

 ベヘモスは城門へ突撃したその勢いのままに周囲の城壁をも吹き飛ばし、内部へ侵入してきた。
 待ち構えていた幻晶騎士が魔導兵装“カルバリン”を構え、その切っ先をベヘモスに向ける。
 槍に似た武器へ魔力マナが流れ、内部の紋章術式エンブレム・グラフに従って現象が発現する。
 人間では不可能な規模の出力と構成――戦術級魔法オーバード・スペルによる巨大な炎の槍が放たれる。

 轟!!

 周囲を揺るがす爆音をあげて、直撃した炎の槍が盛大な火柱を上げ炸裂する。
 残る機体も僅かに遅れて、全機で“カルバリン”を叩き込む。
 幻晶騎士用の魔導兵装は、その威力と引き換えに燃費が悪い。
 一旦機体の持つ魔力貯蓄量マナ・プールの限界まで攻撃を叩き込んだところで法撃・・が止まった。
 魔力転換炉が出力を上げ、周囲のエーテルを吸入すべく吸気機構の唸りが大きくなる。

 砦の入り口は次々に叩き込まれた炎の槍により炎上していた。
 轟と燃え盛る炎と煙によりベヘモスの姿を見失う。
 僅か10機とはいえ全出力による法撃である。
 いかな師団級といえ少しは傷を負わせただろう……騎操士達がそんなことを考えた瞬間だった。
 炎を掻き分けて猛然とベヘモスが飛び出してきた。
 期待に反し、その巨体には些かのダメージも見受けられない。

 その巨体からは考えられないような勢いに、近くに居た幻晶騎士は避ける事ができなかった。
 大質量による体当たりをまともにくらい、ひとたまりもなく一瞬で胴体が陥没し、手足がひしゃげる。
 鎧の隙間からキラキラと光る結晶の破片を撒き散らしながら体当たりされた機体が吹っ飛んでゆく。
 あの様子では内部に居る騎操士も無事ではすまないだろう。

 それを見ていた他の幻晶騎士が慌てて散開し、距離をとる。蒼蝿水
 もはや地震と聞き紛うような地響きを立てながらベヘモスは猛然と進み続け、同じく避けきれずに最後の抵抗とばかりに数発の炎弾を浴びせる幻晶騎士を跳ね飛ばした。
 魔法による攻撃では埒が明かないと判断した何機かがベヘモスに追いすがり、剣で斬りかかる。
 しかし、ベヘモスを覆う甲殻は評判どおり恐ろしいまでの耐久性を示し、斬撃の一切を通さなかった。
 全身を甲殻で覆われている上にその巨体からは想像もつかないほどの速度で動く。
 僅か10機では時間稼ぎにすらならず、むしろ簡単に全滅の危機に瀕している。
 残る騎操士達の背中を言い知れぬ悪寒が走った。
 先ほどの覚悟も被害予想も、全く生温い・・・。
 生き残った騎操士達のうち、隊長格の人物は、即座に決断した。

「アーロ、ベンヤミン、クラエス! 生きてるか!」
「「「はい!」」」

 ベヘモスは幻晶騎士を吹き飛ばした勢いのまま砦自体に体当たりをかけ、暴れている。
 石造りの砦は見る間に砕け、あと幾らも持たない風だった。

「アーロはうちの生き残った奴をまとめて脱出、カリエール砦に駆け込め!
 ベンヤミン、お前は進路予想上の至近の都市に連絡! ヤントゥネンへ行け!
 クラエス! お前は王都に走れ! 結晶筋肉クリスタルティシューが砕けるまで走りまくれ!
 絶対にこのことを伝えるんだ!」

 隊長機は機体の頭部をぐるりと後ろに回した。

「残った奴は……すまねぇな、貧乏籤くじだ。」

 名前を呼ばれた3名は隊の中でも比較的若い人間だった。
 ここで脱出に選ばれた理由は明白だ。
 しかし、ここで反論することも躊躇することも許されはしない。
 重要なのは生きて、情報を伝えること。
 一瞬でも早くこの危機を伝えること。
 別れを惜しむ暇すら、そこには在りはしなかった。
 一瞬機体の中で悲壮な表情を見せた彼らは、しかしすぐに決意と使命感に意気を上げる。

「行け!」
「「「応!」」」

「野郎ども! 狭い場所では吹っ飛ばされるのがオチだ!
 砦は現時点を持って放棄、野外で遅滞戦闘を展開する!」
「応さ!」
「俺たちの国に入れさせやしませんぜ!」
「亀野郎に目に物見せてやりましょう!」

 3機の幻晶騎士が駆け出したところで、残りの5機も砦から脱出する。SEX DROPS
 砦を崩し、再び歩みだしたベヘモスに対し、細かく攻撃を加え歩みを阻害する。
 闇雲に遠くから法撃を加えるだけでは歩みを止めることすらできない。
 必然的に近寄り、頭部や脚部を集中的に撃っては逃げ、の一撃離脱を繰り返すことになる。
 その間、攻撃に怒ったベヘモスから逃げ回ることになるが、如何な幻晶騎士といえどその力には限りがある。
 幻晶騎士のもつ動力炉、魔力転換炉エーテルリアクタ、それ自体は半永久機関である。
 周囲にエーテルが存在する限り魔力に変換し供給するが、一度に供給可能な量には限度がある。
 こと戦闘という状況では消費魔力が供給魔力を上回り、機体の魔力貯蓄量はどんどんと減少してゆく。

 それでなくとも幻晶騎士を動かしているのは人間――その全てが有限の存在なのだ。
 魔力貯蓄量の減少し、動きが鈍った機体が体当りで吹き飛んでゆく。
 疲労により集中力が落ち、離脱のタイミングを失敗した機体が尾の一撃を受け倒れる。
 それでも彼らはたった5機の幻晶騎士で、師団級の魔獣を相手に貴重な数時間を稼ぎ出すことに成功する。

 最期に残ったのは、やはり最も実践経験豊富な隊長機だった。
 機体の細かな傷は数え切れず、尾が掠った右腕は半ばから折れ飛んでいた。
 全身の結晶筋肉は疲労とダメージであちこちが砕け、魔力貯蓄量も残り少なく、最早逃げる事も容易ではなかった。

「ひよっこどもは逃げおおせたか……この亀野郎、この次に来るのは俺達みてーな半端ものじゃねぇぜ。
 本物の騎士団様だ、覚悟しやがれ。」

 逃げることもかなわぬならば、と隊長機はボロボロの機体を叱咤し突撃する。
 残る魔力の全てをつぎ込み、それまででもっとも鋭い動きで隊長機がベヘモスに肉薄する。
 未だ残った左腕と剣を固定し、機体の質量を全て乗せた一撃を顔面へ向けて放った。

 魔獣にも、敬意という概念があるのかもしれない。
 ベヘモスは自分を邪魔した最後の敵を見定めると、大きく口を開け、息を吸い込んだ。
 一拍の間があり、魔術による猛烈な竜巻ブレスがその口から放たれるのと、隊長機の攻撃が当たるのはほぼ同時だった。
 ブレスを正面からくらった隊長機は吹き飛び、結晶の欠片と鎧の破片を盛大に撒き散らしながら森の中へ落ちていった。

 ベヘモスは低く唸る。
 遅滞戦闘を仕掛けるために彼らが浴びせた数々の攻撃。
 そして、隊長機が最後に加えた一撃により顔面に僅かな罅ひびが穿たれていた。
 その傷は僅かに眼球をそれている。

 邪魔者が居なくなったことを認識すると、魔獣は歩みを再開する。
 地に響く足音をたてながら、無感情な瞳のまま。
 魔獣の進路上には、フレメヴィーラ中央部最大の都市、ヤントゥネンがあった。三体牛鞭

2015年6月6日星期六

禁書庫

「……失態だな」

 一通りの報告を聞き、教皇が溜息を漏らす。

「まさか、こうまであっさりと禁書庫の奥深くまで侵入されるとは」

 数日前、天神教本部は何者かの襲撃を受けた。挺三天
 当日、警備に当たっていた魔術師を含めた20人全員が死亡。さらに教皇を含めて3人しか知らない筈の、禁書庫の奥にある隠し部屋に侵入を許した。
 物理的・魔術的に多重保護されていたにもかかわらずだ。
 その全てを無力化され、ある禁書が盗み出された。

 今回、天神教本部地下会議室で、関係者が集まり襲撃後の対応策を話し合っていた。
 この部屋の入り口は分厚い鉄製で、他三方は地下深く魔術的にも防護されている。そのため盗聴も、会話が外へ漏れることもありえない。
 密談をするために作られた部屋だ。

 魔術光が室内を照らす。

 関係者の中には、天神教トップ達とは毛色の違う若い男が二人同席していた。
 教皇がその一人に声をかける。

「このような事態になったのも、賊の侵入を防げなかった警備側に問題があるのではないですかな、アルトリウス殿」

 席の一角。
 腕を組んで話を聞いていた男が水を向けられ、閉じていた目を開く。

 彼こそ始原01のトップ、人種族、魔術師S級のアルトリウス・アーガーだ。
 始原01とは――魔王からこの世界を救った5種族勇者達が冒険者斡旋組合ギルドを設立。軍団レギオンというシステムが決まり、初めて出来たのが始原01だ。

 また彼は人種族最強の魔術師でもある。
 魔術師にもかかわらず甲冑を着込み、体格はまるでラグビー選手のようにガッチリとした体型。身長は190cmを越える。
 髪を短く刈り込み、目つきも鋭い。
 その姿はまるで歴戦の騎士団長と言った風格を漂わせている。

 もちろん天神教側にも腕に覚えのある者は存在する。
 襲われた禁書庫の警備にも着かせていた。
 しかし、餅は餅屋ということで重要区画の警備の一部は始原01に依頼し、共同で守護してもらっていた。禁書庫もその一つだ。

「……警護に当たらせていた部下達は皆、魔術師Bプラス級の実戦経験豊富な手練れ。こちら側に問題はありません」
「だが、現にこうして皆、手も足も出ず殺害されているのだ! 問題が無いなどありえな――ッ!」

 アルトリウスが声を荒げた教皇を一睨みする。
 教皇はまるで直接首を締め付けられているように青白い顔をする。

「繰り返すが、部下達は皆、優秀な者達ばかり。全滅させられたのは敵の実力がそれ以上だっただけ。健闘を尽くした部下達の侮辱はその辺にしてもらおう」

 アルトリウスの敵意が篭もった声音に教皇だけではなく、その場に居る天神教関係者全員が顔色を悪くする。
 皆、今にも心臓が止まりそうな顔をしていた。

「それで禁書庫へ侵入した賊の目星はついているんですか?」VIVID XXL

 皆がアルトリウスの怒気に顔色を悪くしている中、一人涼やかな声音で問いかける青年がいた。
 アルトリウスの隣に座っている彼は、妖人大陸最大の人種族国家である大国メルティアの次期国王、人種族・魔術師Aプラス級、ランス・メルティアだ。

 身長は180cmほど。
 アルトリウスとは正反対で線が細く、金髪を背中まで伸ばしている。顔立ちも女性と見間違うほど整っているが、『頼りなさそう』という印象はまったくない。
 アルトリウスとはまた違った、王族が持つ独特の風格を持っている。
 ランスは微笑みを浮かべ、話をうながす。

 彼の涼やかな気配に当てられたのか、アルトリウスは変わらないむっすりとした表情をしていたが、威圧感は始めからなかったように消える。
 天神教関係者達は安堵の息を吐き出し、会議を進めた。

「き、禁書庫へ侵入した賊は手口から見て、恐らく『黒』ではないかと思われます。盗み出された禁書で『黒』が何をするのか、目的までは今のところ分かっておりませんが」
「盗み出された禁書とは確か……派遣先をまとめたリストだったね」

 ランスの確認に天神教関係者達が頷く。
 本にタイトルは無い。しかし内部の閲覧可能者達の間では『巫女派遣本』また『派遣リスト』と呼ばれている。
 そこには過去、巫女や巫女見習い達が、天神様のお告げとして嫁いだ先がリストとして纏められている。

 嫁ぎ先は有力な貴族、軍団レギオン、商人、上流階級者などが並ぶ。
 他にも、将来的に頭角を現しそうな人物や組織などに派遣されていた。

「ここにいる皆様ならご存知かと思いますが、表向きは天神様のお告げによって嫁いでいることになっていますが、実際は天神教我々にとって有益、将来性をかった者達と関係を深めるため、いざというときの保険、橋渡し、友好を深めるために派遣していた訳で……」

 大司教が告げたように『天神様のお告げによって嫁いだ』と言うのは真っ赤な嘘だ。
 無理矢理に良い言い方すれば、天神教が力を付けるための政略結婚。
 悪い言い方をすれば、巫女達に自覚は無いがハニートラップ要員だ。

 この異世界で女性を自身の好きなようにする方法は、ある程度まとまった資金さえあればそれほど難しくない。
 一夫多妻制は認められているし、資金にモノを言わせて奴隷や困窮している家の娘を買えばいい。また、風俗店などもちゃんと存在している。

 しかし、いくら目が眩むほどの資金を手にしていたとしても、決して手に入らないモノがある。
 それは相手から与えられる『純粋な好意』だ。

 資金にモノをいわせて奴隷や女性を買っても、彼女達がすぐに好意を持つことはない。乱暴に扱えば、当然憎まれ、嫌われ、怯えられる。
 だが、天神教から嫁がされる巫女や巫女見習い達は違う。
 殆どが孤児で幼い頃から天神教の教えを習っている。そのため、天神様のお告げによって嫁がされることは大変な名誉なことだとすり込まれているのだ。
 だから、最初から嫁ぎ先の相手に好意を抱き、どれほど乱暴に扱おうが、相手を天神様が出会わせてくれた運命の人だと愛する。福潤宝
 自分達がハニートラップ要員だとも知らずに、献身的に尽くしてくれるのだ。

 ココノなどは、天神教に巫女見習いとして約5年前の10歳で入った。そのため妄信するほどの刷り込みは受けずにすんだ。

 話を戻す。

 このような純粋な女性は、どれだけ大金を払っても手に入れるのは難しい。
 故に、上流階級者になればなるほど、見返りを求めない純粋な好意を持った巫女達の魅力に抗えなくなる事が多いのだ。
 しかも天神教には人種、年齢、容姿など多種多様な巫女達が居る。
 場合によっては相手が天神教の望む情報、権力、人材、技術、知識等々を提供してくれるなら、要望する巫女を『天神様のお告げ』として嫁がせることも出来る。

 産まれた子供達は、天神教や他権力者の力によって押し上げられ、地位を確立していく。
 そうやってさらに天神教は権力を広く、深く広げてきた。

 そんな『巫女派遣リスト』が『黒』によって盗み出されてしまったのだ。
 もし情報が白日の下に晒されれば、批判は免れないだろう。
 天神教始まって以来の不祥事だ。

 だが、天神教関係者の表情はまだ絶望とまではいっていない。
 せいぜい、『頭の痛い問題』程度だ。
 彼らにとってはこの程度はまだ致命傷にはなりえない。
 そのことを証明するように教皇が口を開く。

「兎に角、不幸中の幸いは盗み出された禁書が、その程度で済んだことだ」
「仰るとおりです。もし天神様がすで――」
「馬鹿者! それ以上は口に出すな! たとえこの部屋での事でも、どこぞへ漏れる可能性はあるのだぞ!」
「し、失礼しました!」

 大司教が口を滑らせかけ、慌てて教皇が激昂し止める。
 場の空気が再び最悪なものとなった。

 再び、ランスが場の空気を動かす。

「今後の対応としては禁書庫の警備をよりいっそう厳しくするのは当然として、禁書が公にされた場合の対処法なども専門チームを作り、複数パターン検討しておくべきですね」
「ランス殿のご指摘通り、早速禁書のことは伏せて専門チームを作り、対策を検討させましょう。教皇様、よろしいでしょうか?」
「構わん。すぐに取り掛かれ」

 大司教が同意して、会議終了後すぐに動き対策チームを作る許可を教皇から取る。
 大司教は続けて、

「では次に『黒』の組織調査・討伐任務については、引き続きアルトリウス殿に一任するということで」
「……任された。禁書庫の警備に当たる者達も今日中に選別、今回のようなことがないよう手も付くそう」壮根精華素
「アルトリウス殿、感謝いたします」

 教皇がお礼を告げる。
 アルトリウスは軽く目で礼を受け止めた。

「また仮に、『黒』以外の者達が禁書を手にした場合はいかがいたしましょう」

 大司教が問いかける。
『黒』が禁書を盗み出した理由は分からない。
 今回のものは、天神教の権威を落とすには役に立つが、それ以上の効果は上がらない禁書だ。
 場合によっては、組織または個人の依頼で多額の金銭と引き替えに盗み出した可能性もある。
 その場合の対処を尋ねたのだ。

「さすがに、そんな枝葉までアルトリウス殿の手を煩わせるわけにはいくまい」
「……ならいつも通り、そのような場合は我々と友好条約を結んでいる軍団レギオン、処刑人シーカーに依頼しよう」
「アルトリウス殿、お手数ですがよろしくお願いします。もちろん必要な資金は全額天神教我々が支払わせて頂きますので」
「依頼をするだけだ。たいした手間ではない」

 それから他にも細々とした取り決めが、約一時間ほど続いた。

 バーベキュー大会から数日後、朝、ココノは一人で新・純潔乙女騎士団本部前を掃いていた。

「おはようございます。今日もいいお天気ですね」
「おはよう、ココノちゃん朝からご苦労様」

 ココノは顔見知りになったご近所さん達とすれ違う度に挨拶をする。
 すっかり彼女も馴染んでいた。
 しかしPEACEMAKERピース・メーカーで働き出してもうすぐ期限の一ヶ月。後少しで、獣人大陸の天神教支部へと戻らなければならない。

「…………」

 つい、掃除の手が止まってしまう。
 PEACEMAKERピース・メーカーメンバー達と別れるのは寂しい。折角、皆と仲良くなれたのに。
 またリュートを側で約一ヶ月見て来た。彼となら自分の亡くなった両親のような、互いを支え合う理想の夫婦になれる気がした。
 他の妻達、スノーやクリス、リースもいい人で気が合う。唐伯虎
 しかし、もうすぐ約束の期日。別れるのは辛いが、縁がなかったと諦めるしかない。

「それに、今度はお友達として皆さんに会いに来ればいいんですから」

 悲しみを心から吐き出すように、前向きな言葉を口にする。
 気持ちを切り替え再び掃除を始めた。

「どうも宅配便です」
「あっ、ご苦労様です」

 獣人種族の宅配人が、声をかけてくる。
 彼は大きめの鞄を漁り、目的の荷物を取り出す。

「えっと、新・純潔乙女騎士団本部にお住まいのココノ様宛にお荷物をお預かりしたのですが」
「ココノはわたしです」
「ちょうどよかった。サインか、もしくはここに受け取りのチェックを頂けますか?」
「では、サインで」

 小型のインク壺とペンを受け取り、名前を記す。

「ありがとうございました!」
「ご苦労様です」

 宅配人はまたすぐに別の届け先へと急ぎ足で向かう。

 ココノは受け取った小包を確認する。
 自分がここに居ることを知っているのは、獣人大陸・エルルマ街の天神教支部関係者ぐらいだ。しかし、荷物が送られる用件に思い当たる節がない。

「差出人さんの住所は……書かれていない?」

 首を捻りながら、箒を立てかけ封を開ける。
 中からは一通の手紙と分厚い書物が入っていた。
 手紙にも差出人の名前、住所などは書かれていない。
 彼女は封を破り、手紙に目を通す。
 文字はとても丁寧に書かれていた。

「ッゥ!?」

 そこに書かれている内容にココノは……天地が逆転するほどの衝撃を受けた。アリ王 蟻王 ANT KING

2015年6月3日星期三

エル先生&ギギさん――結婚の行方は?

 魔物大陸に出発、クリスは町の空き家を借りてそこで休んでいてもらおうかと思ったが、『寝てるだけだから大丈夫です』と押し切られた。
 確かに寝ているだけだが、移動に伴う揺れや気圧変化で疲労するかもしれない。
 しかし本人がオレ達と一緒に居たいと言うので、一緒に魔物大陸へ行くことに。田七人参

 今回、スノーはその場に残ってギギさんに銃器の扱い方を指導してもらうことになった。
 初めは一緒に行きたがったが、オレの目的を聞くと一瞬で了解してくれた。
 ギギさんも最初はオレの協力申し出を渋ったが、『エル先生から依頼だから』と告げ、何とか作戦に同意してもらった。

 今回、魔物大陸に行くのはオレ、クリス、リース、ココノ、シア、メイヤの6人だ。

 新型飛行船ノアで一路、魔物大陸へ。

 魔物大陸へ着くとすぐM998A1ハンヴィー(擬き)乗って目的のモノを探し出し、ゲット。
 すぐに野外で、メイヤと一緒に『出張! 魔物大陸で武器製造バンザイ!』を開催。

 完成した秘密武器を手に、急いでスノー達が待つ妖人大陸へと戻った。
 スノー達と合流すると、今回の奥の手である武器の使用方法を説明。実際にサンプルを使用してもらいギギさんが扱いやすいように微調整をする。
 こうしてなんとか魔術師S級、タイガ・フウー、獣王武神じゅうおうぶしんを倒す準備が整った。

 準備が整った午後、いつものように新型飛行船ノアが停めてある草原へと移動する。
 草原には、ギギさんといつもの動きやすい革鎧を身に纏ったタイガが対峙する。

 ギギさんは戦闘用コンバットショットガン、SAIGA12Kを手にし、予備弾倉、近接用ナイフ、他装備を身に付けていた。

 間に立つ旦那様が、いつものように試合の条件を2人に告げる。

「殺害はなし。武器・防具・魔術道具などの使用は許可。気を失うか、相手に負けを認めさせた方が勝者。また、これ以上試合続行は不可能と我輩が判断したら止めに入る。以上だ、双方問題はないか?」

 頷くのを確認した後、旦那様が2人に離れるよう合図する。

 ギギさんとタイガは、約10m離れたところで向き合う。
 皆が見守る中、旦那様は高々と手を挙げる。

 ――出来る限りのことはした。
 後は『策』が上手く行くか、運を天に任せるだけだ。

「では……試合、始め!」

「おおおぉおぉッ!」

 手が振り下ろされたと同時に、ギギさんが動く。
 SAIGA12Kの銃口をタイガへ向け、円を描くように動きながら引鉄トリガーを絞る。
 銃口から非致死性装弾の一粒弾である木製プラグ弾が発射されるが、タイガは未だに肉体強化術で身体を補助せず、体を少し動かすだけで回避してみせる。

 非致死性装弾とはいえ、木製プラグ弾を軽く回避するとは……どんだけ動体視力がいいんだよ。

「ッ!?」

 しかし流石に次弾の9粒弾(木製)は、涼しい顔では回避できなかったらしい。
 鋭い視線を向けた後、拡散する9粒の木製弾を足に魔力を集めて高速で動き回避する。タイガは最初こそ焦ったような表情を浮かべたが、すぐに涼しい顔に戻る。

「くッ!」

 ギギさんが歯噛みしながら後方へ。
 タイガから距離を取りながら弾倉を交換しようとする。
 しかし彼もその隙を逃さず、疾風のごとくギギさんへと接近。
 だが、その瞬間――

「な!?」

 タイガが驚愕する。
 ギギさんが後退を止めて、弾倉交換途中のSAIGA12Kを投げつけてきたからだ。

 タイガとしてはそのSAIGA12Kこそ、今回の勝負の切り札だと思っていたのだろう。予備弾倉だって山ほど所持していた。なのに、それをあっさり手放してきたのだから驚くのも無理はない。
 ギギさんはその隙を逃さず、流れるように手にした特殊音響閃光弾スタングレネードをタイガの目の前に投げる。

 タイガは肉体強化術を使用せずとも、弾丸を見切るほど動体視力に優れている。
 だが――175デシベルの大音量と240万カンデラの閃光を目の前で浴びたら、タイガのように五感が常人以上に優れた者には堪らないだろう。
 目を灼かれ、聴覚を狂わされている間にギギさんが気絶させる――という作戦だった。

 強烈な閃光。威哥十鞭王
 室内なら窓ガラスすら割る音の衝撃がタイガを襲う。

「ふん、つまらないね。この程度の策なら、何度もやられてきた。もちろんすでに対処方法も確立済みさ」

 タイガは目を閉じ、耳をぱたりと倒し音をシャットアウト。
 なのに位置を移動し、殴り、昏倒させようとしていたギギさんの居場所を正確に把握し接近する。
 ギギさんは焦った様子で、咄嗟にナイフを取り出し突き出すが、タイガはあっさりと手首を掴んで止めてみせた。
 未だに目を閉じ、耳を塞いだ状態でだ。

「遅すぎて欠伸がでちゃうよ」
「そ、そんな馬鹿な!? どうして俺の攻撃を止めることができたんだ!」
「簡単さ。さっきみたいに僕の感覚が鋭いことを逆手にとって、強烈な音や光で混乱させようとしてきた奴等が何人もいた。だから、目と耳がなくても空気の動きを肌で感じて、相手の居場所や攻撃を察知し、戦えるように訓練したのさ」

 事実、タイガは目と耳を閉じた状態でギギさんの位置を正確に把握、攻撃を止めてみせた。どうやら本当に空気の動きを察して、戦えるらしい。
 おいおい、全くどこの達人だよ。

 そしてこの瞬間、当然ではあるがタイガがギギさんの体に触れている。
『10秒間の封印テンカウント・シール』が発動。
 10秒間、ギギさんの魔力が封じられる。
 これにタイガは目と耳を閉じたままで勝ち誇ったように、

「今回も僕の勝ち――」
「いいや、今回は俺の勝ちだ。それとやはり戦闘中は目を開けておいたほうがいいぞ」

 ギギさんがタイガの台詞に被せるように、勝利宣言をする。
 タイガが反論するより速く、ギギさんは息を止めナイフのスイッチを入れた。

「ぐがががががぁあッ!!!???」

 タイガはギギさんの手を離すと顔を押さえて、悶絶する。
 まるで鶏の首を絞めたような苦しみようだ。

「り、リュート君! あれ止めて治療しなくて大丈夫なんですか!? タイガ君、凄く痛そうですけど!」

 痛みに悶絶していると勘違いしたエル先生が慌てた様子で話かけてくる。
 オレは落ち着くようにジェスチャーし、彼女を安心させる。

「大丈夫です、タイガに怪我はありませんから」
「で、でもあんなに苦しそうにしてるわよ」
「そりゃ苦しいでしょう。なんてったって鼻に直接、風船蛙バルーン・フロックの濃縮悪臭を吹き付けられたんですから。特に彼のような嗅覚が優れた獣人種族には」

 流石に距離があるためオレ達まで匂いは届かない。
 唯一、例外はスノーだ。
 彼女は鼻を押さえて非常に渋い顔をしている。

 今回、対獣王武神じゅうおうぶしん用に開発した武器は――非致死性兵器の1つである『SKUNK』という名前の兵器を応用させてもらった。

 ――では『SKUNK』とはいったいどういう非致死性兵器なのか?

『SKUNK』は、イスラエル国防軍が開発した非致死性兵器で、ある意味で最も酷い兵器である。
 とても臭い匂いの液体を霧状にしてまく悪臭兵器だ。

 その臭いは強い腐敗臭や下水の臭いだと言われている。
 もし衣服についた場合、最高で5年間臭いが付いて取れないらしい。
 毒性は無く材料も天然成分を使っているとか。

 オレ達はまず魔物大陸へ行き、ハンヴィーで移動。
 風船蛙バルーン・フロックを捕獲し、悪臭の液を手に入れる。
 その液をさらに濃縮し、昔作った『wasp knife』――『スズメバチナイフ』に入れておいたのだ。

『wasp knife』は文字通りスズメバチの一刺しのように、ナイフの柄の部分に仕込んである高圧ガスがスイッチを押すことで刃の部分から一気に噴射される。これにより刺した臓器や対象物は、そのまま木っ端微塵に粉砕されてしまうという恐ろしいナイフだ。

 今回は炭酸ガスの代わりに、濃縮風船蛙バルーン・フロック液を入れておいた。
 スイッチを入れると、濃縮風船蛙バルーン・フロック液が霧状に吹き出る。老虎油

 移動中の船内で作ろうと思ったが、匂いが漏れて酷いことになる可能性があったため、野外で製作することになった。
 匂いが漏れて寝ているクリスが酷い目にあったら嫌だからだ。

 感覚が常人より鋭いタイガは、もちろん嗅覚も当然他者より優れている。
 そんな彼の鼻へ濃縮風船蛙バルーン・フロック液を吹きかけたらどうなるか?
 悶絶すること必至だ。
 まるで花粉症の人に、杉花粉を顔に吹き付けるような鬼畜の所業である。

 ギギさんには特殊音響閃光弾スタングレネードで倒せなかった場合、これを使うようにと言っておいた。
 説明を聞いたギギさんが、眉間に皺を寄せ『えげつないな……』と素で呟くほどだ。

 過去、風船蛙バルーン・フロックの臭いが染みついたオレ達をギギさんが出迎えてくれた。しかし、その臭さにクリスを猫可愛がる彼でさえ、逃げ出したほどの臭さである。
 その濃縮版を同じように嗅覚が鋭いタイガへ使用するよう告げたのだから、『えげつない』と感想が漏れるのは当然ともいえる。

 10秒経過し、ギギさんが魔力を使えるようになる。
 肉体強化術で身体を補助。
 未だ臭さに悶えるタイガを気絶させるため、腹部を狙い殴りかかる。

「フンッ!」

 だが、タイガは臭さに悶え、目も開けられないというのにギギさんの拳を回避。
 彼の体に抱きつき、攻撃を封じ込めようとする。
 ボクシングでいうクリンチだ。
 時間を稼いで臭さから回復しようとしているらしい。
 ギギさんも千載一遇のチャンスをものにしようと必死に足掻く。
 恐らくここで決めなければ、今後同じ手は二度と使えないため勝利するのは格段に難しくなるだろう。

「この!」
「くうぅ! 離すものか! エルお姉ちゃんとの結婚なんて絶対許さない!」

『10秒間の封印テンカウント・シール』を発動する余裕もないほど互いに鎬を削る。
 しかし、均衡は長くは続かない。
 未だ悪臭ダメージで魔力の流れも悪いタイガは、体格差もありギギさんに突き飛ばされる。
 ギリギリ相手の左腕を掴んでいるが、拳を振るう空間が出来上がってしまう。

 タイガは咄嗟に片腕で喉をガード。
 腹に魔力を集中、恐らく腹筋にも力を入れているためギギさんが全力で殴りつけても気絶まではいかないだろう。
 咄嗟にギギさんはそう判断したのか、今度は自ら相手との距離を縮める。

 ようやく悪臭ダメージは薄れてきたのか、タイガも落ち着き始めている。
 恐らくこれが最後の攻撃になるだろう。

 ギギさんはタイガとの距離を縮め、掴まれた左腕で相手の肩を掴む。
 さらに空いた右腕でベルトを掴みタイガを持ち上げようとした。
 前世、柔道でいうところの肩車を仕掛けようとしている。
 これならギギさんの体ごと、タイガに叩き付けることができる。互いの体重と肉体強化術で加速した速度と共に地面へと叩き付けられれば、いくらタイガといえど無事ではすまない。
 旦那様がレフェリーストップで止めに入る確率も高いだろう。

 視力が回復を始め、うっすらとタイガは目を開く。
 相手の意図を悟り、足でベルトを掴まれないように阻もうとする。
 ギギさんの右手は足に弾かれベルトを掴み損ね――意図せずタイガの股間を鷲掴みにしてしまった。

 贅沢を言っている場合ではない。
 このまま投げて、地面に叩き付けなければ千載一遇のチャンスを不意にすることになる。
 ギギさんは迷わず力を込めて持ち上げようとした――のだが、突然、驚愕の表情で動きが止まる。
 一方、タイガにも異変が生じた。

「きゃぁぁ!?」

 タイガの口から痴漢にあった女性の悲鳴が響く。

「す、すすすまない! 決してわざとではないんだ!」

 ギギさんは慌ててタイガから、離れると珍しくおたおたとキョドリ弁明を始める。
 タイガもギギさんに掴まれた股間を押さえて、その場にぺたりと座り込んでしまう。

『?』

 意味深な態度を取り始めた2人以外は、状況が分からず互いに顔を合わせて首を捻るしかなかった。麻黄
 そこに『ヴァンパイヤ風邪』を引いていたクリスが、姿を現す。

「クリス!? もう寝てなくていいのか!」
『はい! お陰様で先程起きたら熱も下がり、体のだるさも嘘みたいになくなりました』

 彼女はミニ黒板を向け、笑顔で答える。
 顔色はよく嘘を言っている様子はない。

『ところでギギさんの件はどうなったのですか?』
「それが突然、2人があんな風に動かなくなってさ」

 指さした先でタイガは座り込んだまま、涙目でギギさんを睨み付けていた。
 ギギさんは冷や汗を掻き、蛇に睨まれたカエルのように動かなくなっている。
 クリスはそんな2人を見て、首を傾げた。

『あの座っている人が、獣王武神じゅうおうぶしんさんですか?』
「そうだけど?」

 オレの答えにクリスは意味が分からないと言いたげに、さらに首を傾げる。
 そしてクリスはミニ黒板に爆弾発言を書き込んだ。

『だってあの座っている人、女の子ですよ?』

 クリスの予想外の指摘に、その場に居た全員(クリス、ギギさん、タイガを除く)が驚きの声音をあげた。







「つまり、タイガ君は本当は『タイガちゃん』だったのですか?」
「……はい、そうです。嘘を付いててごめんなさい」

 エル先生の問いに、タイガは地面に正座して尻尾と耳をタレながら謝罪を口にする。

 勝負は一時中止し、タイガがなぜ『男装をしていたのか』などの詰問会を開くことに。

 彼――ではなく彼女はエル先生に問われ、性別を誤魔化していた理由を滔々と語り出す。



 当時、幼かったタイガは『女の子同士では結婚できない』と成長する途中で気が付いた。
 しかし、エル先生に感じた憧れや孤独から救ってくれた恩を感じる気持ちは本物だった。
 故にいつか彼女の『剣や楯になれればいい』『自身の力が役に立てればいい』と思い投げ出さず努力を続けた。
 だが、エル先生が人種族男性と駆け落ち。

 落ち込みはしたが、彼女の幸せを願っていたらしい。

 それでも努力は続けて気が付けば、魔術師S級と呼ばれるまでになった。

 結果、言い寄る男性貴族や『嫁になれ』という挑戦者が増えたらしい。
 それが煩わしく男装を始めた。
 いつしかいいよる男性貴族を拒絶、『嫁になれ』と迫ってくる挑戦者をぼこぼこにしていくうちに『背丈は3mある益荒男云々』という噂が流れ出す。
 どうやらタイガに倒された挑戦者や無理に婚姻を迫った男性貴族達が、見栄を張って話を誇張したらしい。

 彼女としても変な気を持った男性が言い寄ってこなくなったため、進んで噂話を否定することはなかった。
 それから10数年――エル先生がアルトリウスに攫われ、無理矢理結婚させられると偶然耳にする。

 情報を集めるとエル先生は、駆け落ちした人種族男性と死別。
 妖人大陸で孤児院を営み、今回運悪く軍団レギオン同士の抗争に巻き込まれ、人質にされた。
 そしてエル先生に惚れたアルトリウスが、強引に結婚を迫っていると聞いたのだ。

 エル先生に恩を感じていたタイガは激怒。
 自身の命と引き替えにしても、アルトリウスを殺害し、エル先生を解放させようとした。
 しかし、獣人大陸から出た時すでに事件は解決していた。超強黒倍王

 引き返すのも癪なのでそのままエル先生に会いに行く。
 タイガは10数年以上ぶりにエル先生に出会う。
 彼女もタイガのことを覚えていたが、男装をしていたため性別を間違われる。
 初めてエル先生と出会った時も髪は短く、子供でズボン姿だったため勘違いをしたままだったのだ。

 恩人の間違いを否定するのも躊躇っていると、今度はギギさんの件について話を聞いた。
 いくら旦那様に恩を返すためとはいえ、エル先生を捨てるなど――タイガは今度はアルトリウスではなく、ギギさんに激怒する。

 そこにちょうどオレ達が、ギギさんを連れて登場。
 タイガはギギさんを目の前にして激怒し、『僕は貴方を絶対に認めない!』云々と言ってしまう。
 ギギさんも対抗して、『タイガを倒して認めてもらう』宣言をしたため後に引けなくなったらしい。

 ……つまり、最初からクリスが『ヴァンパイヤ風邪』を引かずにその場にいたら、ここまでややこしいことにならなかったわけだ。

 ちなみにギギさんは、タイガを投げる際に右手で股間を掴んだ。
 その時、男性についている物がないのに気付き、彼女の性別に気付いたらしい。
 だから、突然離れて謝りだしたのか。

 一通り話を聞いてエル先生が納得する。

「ごめんなさい。私がタイガちゃんの性別を勘違いしなければこんな大事にならずにすんだのに。本当にごめんなさい!」
「エルお姉ちゃん、あやまらないでください! すぐに否定せず、ギギさんに喧嘩を売った僕が一番悪いんだから!」

 エル先生に謝られて、タイガはあわあわと慌て出す。
 そんな2人にギギさんが割って入った。

「いや、一番の原因は自分がエルさんに対して中途半端な態度をとったからだ。最初からしっかりと態度を示していればこんな大事にはならなかった。……すまなかった」
「…………」

 タイガは謝るギギさんを真剣な表情で見詰める。
 エル先生に改めて向き直り問う。

「……男の人は勝手だ。自分の都合しか考えないで、女性を扱う。エルお姉ちゃんにはもっと相応しい人がいるんじゃないの? もしそんな人が現れる可能性が少しでもあるなら、僕はその日まで全力でお姉ちゃんを守るよ。たとえ自分の命が尽きたって構わない」

 その瞳はどこまでも真剣だが、敗北を確信した色を浮かべていた。
 エル先生は微苦笑して、タイガの問いに首を振る。

「確かに可能性としてはそんな人がいつかくるかもしれないわ。でも、その人を私が好きになることはないわ。……むしろ、もうあの人以外、誰かを想うことなんて無いと思ってた。でも、ギギさんと出会って、話をして、ほんの短い間だだけど一緒に過ごせて幸せを感じたの。ギギさんの不器用さや真面目さ、自分のことを後回しにして他者を助けようとする心を知って……この人と一緒にいたい、ほんの少しでもいいからこの人を支えたい、と思ったの。たぶんこんな風に想う人はたとえ何年、何十年、何百年経ってもあらわれない。……それだけは断言できるわ」

 エル先生はタイガの思いに真っ直ぐ自身の気持ちを告げる。
 それだけ彼女が自分の思いを真剣に語ったからだ。
 タイガは座り込んだまま力なく、項垂れ、小さく呟くことしかできなかった。

「……ギギさん、僕の完敗です」

 ギギさんとの勝負も、エル先生の気持ちという面でもタイガは敗北を喫した。まさに彼女の言葉通り、『完敗』である。
 そんなタイガの前に、ギギさんが片膝を突き視線の高さを合わせる。

「獣王武神じゅうおうぶしん殿、今後は君に変わってエル先生を守ることを誓おう。もしこの誓いが破られたと感じたら、またいつでもエルさんを奪いに来るといい」

 彼の言葉に涙を浮かべていたタイガが顔を上げる。
 そして、瞳に再び意志の光を宿し、断言した。

「……その時は必ず奪いに来ます。絶対に」

 ギギさんはタイガを慰めると、立ち上がりエル先生と改めて向き直る。
 彼は結婚腕輪を取り出し、告白をした。

「……エルさん、自分と結婚してください」

 ギギさんはドラマや映画のような長台詞は吐かず、ストレートに用件だけを伝える。
『ロマンチックではない』という人もいるかも知れないが、オレとしては『ギギさんらしい』と思ってしまった。

 エル先生も同様だったらしく、笑顔を浮かべて返事をした。

「はい、喜んで!」

 エル先生が結婚腕輪を受け取る。
 純粋な幸福の笑顔から真珠のような涙がこぼれ落ちる。
 それは喜びの涙と呼ばれる奇跡の光だった。

 こうして獣王武神じゅうおうぶしん問題は解決し、エル先生とギギさんは晴れて結婚をした。

 ――一方、オレこと――リュート・ガンスミスは現実を目の前にして血涙&吐血した。ペニス増大耐久カプセル

2015年6月1日星期一

高等部第一男子寮攻防戦

ぼくたちのフォーメーションは、楔型だ。
 たまきを先頭とし、少し後ろにぼく。
 さらにぼくの周囲を四体のファイア・エレメンタルが囲む。

 斬り込み役のたまきが、オークの群れに突撃する。田七人参
 銀の剣を振るい、すれ違いざま、斬り捨てていく。
 まるで時代劇の殺陣を見ているかのようだった。

 剣術ランク6となっているたまきにとっては、すでにエリート・オークすらも敵ではない。
 青銅色の肌のオークが、鎧袖一触、蹴散らされていく。
 たまきは調子に乗って、さらに勢いよく斬り込む。

「さあ、どんどん来なさい! 片っ端からやっつけてあげるんだから!」

 って、おいこら。
 前に出過ぎだ。
 こっちのフォローができないほど突出すると……。

 オークの群れに阻まれて、たまきの姿が見えなくなった。
 ああもう、ちくしょう。
 これじゃあファイア・エレメンタルで背中を守ることすらできない。

 そのファイア・エレメンタルたちは、手にした曲刀を振るってオークたちを倒し、地道に道を切り開く。
 ファイア・エレメンタルに近寄るオークたちは、全身を包む炎によって焼かれ、悲鳴をあげる。

 この炎、ぼくやたまきにとっては、まったく熱くない。
 これはレジスト・エレメンツ:火をかける前からだ。

 どういう仕組みになっているのか気になるところだが……。
 ファイア・エレメンタルの炎は、仲間に影響を及ぼさないようなのだ。
 MMORPGのフレンドリィ・ファイア設定のようなものかもしれない。

 いまのところ自分たちにとって一方的に有利なのだから、まあどうでもいいか。
 炎のむさ苦しい男たちに四方を囲まれ、ぼくは前進する。

 そして、レベルアップ。
 白い部屋へ。


        ※


 白い部屋には、ぼくとたまきのふたりしかいなかった。
 もしアリスが同じパーティのままなら、彼女もこの場にいるはずなのだが……。
 予想通り、パーティを解除していたか。

 まあ、いい。
 これはきっと、シバにいわれたことだろうから。
 それはさておき。

「こら、たまき。先に出過ぎだ」
「ごめんなさいっ」

 たまきは両手を顔の前で合わせ、恥ずかしそうに笑う。
 ああもう、反省しているんだか、していないんだか。
 こいつはいつも、調子に乗るなあ。

「普段はそれでもいいんだけどな。きみの隣には、いつもアリスがいて、きみのフォローしてくれるんだから」
「うー、わかっているわ。わたしはいつも、アリスにフォローしてもらってるってこと。アリスには、誰よりも感謝してる。ひょっとしたらカズさんよりも、アリスのことを大切に思っているわ」

 うん、そうかもなあ。
 たまきの場合、アリスにお世話されてるって感じがすごいもんな。
 アリスも、たまきの世話をするのが好きそうだし。

 きっと彼女たちは、ふたりでひとつのような関係なのだろう。
 ひょっとすると、ぼくの方が、彼女たちの間に割り込む異分子なのかもしれない。
 まあ、別にそうだとしても、遠慮する気はさらさらないけど。

 アリスを取り戻して、今度こそぼくのものにする。
 そのうえで、もうひとつ。
 たまきもぼくのものとして宣言する。

 これは決定事項だ。
 欲張りで、ひどくモラルに欠ける行為で、ふたりにはちょっと我慢させることになるかもしれない。威哥十鞭王

 だけど、ぼくたちがぼくたちのままでいるためには、こうするしかないんだろう。
 互いが互いに、とことんまで依存するべきなんだろう。
 ぼくも、たまきも、弱い人間なのだから。

 そう、今回のことで、つくづく思い知った。
 ぼくはどこまでも弱い人間だ。
 ひとりではなにもできない人間だ。

 それが結果的にアリスのため、ぼくのため、さらにはたまきのためだというなら、ぼくはもう、迷わない。
 だからといって……。
 ぼくはたまきを睨む。

「アリスと合流する前にきみが倒れちゃ、本末転倒なんだからな。きみは強いけど、ぼくたちにはいま、回復役がいない。背中を守れるアリスもいない。ファイア・エレメンタルとの連携を崩すな。いいね」
「わかったわ、カズさん!」

 元気よくうなずくたまき。
 うん、元気だけはいいんだ、こいつ。
 ぼくはため息をつき……。

 スキルには手をつけず、エンターキーを押しこむ。
 もとの場所へ戻る。


 和久:レベル17 付与魔法5/召喚魔法5 スキルポイント4


        ※


 白い部屋から戻ってほどなく、オークの海をかきわけ、というか邪魔するオークを切り伏せまくって、たまきが戻ってくる。
 ふたたび隊列を組み直し、前進を再開する。

 背の高いファイア・エレメンタルに、アリスの方角をそのつど教えてもらう。
 ついでに、時々飛びあがってもらい、周囲の状況を確認させる。

 アリスの位置は左手前方であるという。
 そして、まずいことに右手前方からアリスの方角へ、黒い巨大な犬が迫っているという。
 ヘルハウンドだ。

 ぼくは焦る。
 レジスト・エレメンツ:火がかかっていないいまのアリスが、ヘルハウンドのブレスを喰らってしまえば……。

「たまき、状況が変わった。一気に道をつくれ」
「あいあいさーっ!」

 ぼくは再度、ディフレクション・スペル+ヘイストをかける。
 全員の身体が赤く輝く。
 ぼくたちは、一丸となってオークの海を漕ぎ進む。

 たまきが突進し、できた穴をファイア・エレメンタルが押し広げる。
 ぼくも、少々強引に突破を図る。
 後ろの方に一体、ファイア・エレメンタルを配置し、背中の安全だけは確保する。

 途中で一度、たまきがレベルアップする。
 スキルポイントは貯めておいてもらう。

 彼女には、最速で剣術のランクを7にしてもらいたい。
 ランク7になれば、ジェネラルとも互角に渡り合えるだろうからだ。
 すぐ、白い部屋を出る。


たまき:レベル14 剣術6/肉体1 スキルポイント6


 レベル14になってからも、たまきはオークを斬り伏せ続ける。
 さしものオークたちも、あまりの損害の多さに足並みを崩す。
 一部が恐慌状態になって逃げ始める。

 ぼくたちが側面から突入したのも効果的だった。
 敵軍は期せずして二方向から挟まれる形となったからだ。
 そして、待ちかねたものが来る。老虎油

 第一男子寮の屋上から、派手に花火があがったのだ。
 コンビニで買えるロケット花火だった。
 だがそれは、異世界の双月の空を裂き、派手な爆発と共にカラフルな火花を散らした。

 花火の真下に、ひとりの男がいた。
 忍者装束に身を包んだ男が、妙なポーズをつけている。
 棒きれのような、バトンのようなものを高々と振り上げている。

 きっと、ミアの腕だ。

 よし、ありがとう、結城先輩!
 でもそのスパイダーマンのポーズはどうかと思います。
 これで、あとは……。

 花火を新手の魔法とでも思ったか、いっそう慌てるオークたち。
 異形のモンスターが逃げまどう。
 そして一瞬、ぼくたちとオークの群れの間に隙間ができる。

 アリスの姿が見えた。
 アリスは、接近してくるぼくたちを見つけ、驚いた顔になる。
 ぼくは、彼女をまっすぐに見て、腹の底から叫ぶ。

「アリス、戻ってこい!」

 いてもたってもいられず、アリスに向かって駆けだす。

「あ、ちょっと、カズさん!」

 たまきの慌てた声。
 知るか。

 さっきたまきの軽挙妄動を怒ってたぼくだけど、実際にアリスの姿を見たとたん、足が動いてしまう。
 フィジカル・アップとヘイストのちからを使って、オークの群れの間を一気に駆け抜ける。
 オークも、突然の乱入者に対して身動きが取れなかったようだ。

 アリスに対するオーク包囲網の内側に飛び込む。
 そして、気づく。
 オークの群れを割って、ヘルハウンドが飛び込んできていることに。

 ヘルハウンドの喉もとにある袋が、風船のように膨らむ。
 ブレスの兆候だ。
 まずい、来る。

「アリス!」

 ぼくはアリスに覆いかぶさる。
 直後、紅蓮の炎がぼくの視界を包み込む。
 灼熱の業火に背中をさらし、ぼくは苦悶の声をあげる。

 だけど、そんななか、同時に。
 ぼくの腕のなかで縮こまるアリスを見下ろして。
 ぼくは、微笑む。

「か、カズ……さんっ」
「ミアの腕は、取り返した。戻ってこい」
「で、でも、わたし……っ」
「ぼくがきみに戻ってきて欲しいんだ、戻ってこい!」
「は、はいっ!」

 ブレスが終わる。
 振り向けば、こちらに向かって突進してくるヘルハウンドの姿がある。
 巨犬が地面を蹴って跳躍し……。

 ぼくは、アリスに接触したまま念じる。
 パーティを組む、と。
 抵抗は、なかった。

「はい」

 アリスの、静かな声。
 ぼくはよし、とうなずく。

 ほぼ同時に、オークの群れから飛び出したたまきが、宙を高く舞う。
 空中で、ヘルハウンドと交錯する。
 銀の剣が、ヘルハウンドの胴を薙ぎ払う。麻黄

「アリスを、カズさんを、傷つけるなっ」

 全長三メートルもの巨体を誇るヘルハウンドが、たまきの一撃で吹き飛ばされ、地面を転がる。
 そうとうな深手を負ったのか、よろめきながら立ち上がろうとするが……。

 たまきが着地と同時に追撃する。
 立ち上がろうとするヘルハウンドの首めがけて、剣を一閃。
 銀の軌跡が魔犬の首を刎ねる。

 すごいな、あの銀の剣。
 ヘイストがまだ効いているとはいえ、たいした威力だ。
 いや、もちろんたまきの技量もすさまじいんだけど。

 そして……。
 レベルアップの音が、ぼくの耳もとで響き渡る。
 どうやら、ぼくはレベル18になったようだ。


        ※


 白い部屋。
 そこにいるのは、ぼくを含めて三人。
 ぼく、たまき、そしてアリス。

 アリスが、不安そうな顔でぼくたちを見る。
 まずたまきが駆けだし、ぎゅっとアリスを抱きしめる。

「アリス! バカっ、心配したわ!」
「た、たまきちゃん……ごめんなさい、わたし」

 アリスに頬をすりつけるたまき。
 そんな彼女の様子に、苦笑いするアリス。
 ああもう、すっかりアリスは、たまきのお母さんだなあ。

 ぼくはアリスに声をかけ、ゆっくりと歩み寄る。
 アリスがぼくを見て、わずかにひるむ。

「おかえり」
「あ、あの。……カズさん、どうして、ここに」
「いろいろあったんだ。だけど、いまは、きみがここにいる。それだけで、いい」

 アリスは少し戸惑ったあと、ぼくをまっすぐに見つめてくる。

「なにが、あったんですか。わたしが……いない間に」
「アリス。ぼくはね、きみがシバと会うところを見てしまった。リパルション・スフィアのなかでね」

 その言葉だけで、アリスは状況を理解したようだ。
 さっと顔色を青ざめさせる。

「違うんです。そ、それは誤解で、わっ、わたし、シバ従兄さんがミアちゃんの左腕を……」

 シバ従兄さん、か。
 ぼくは胸の痛みを覚える。
 それを表情には出さないよう、必死で平静な様子を保つ。

「知ってる。あのときは、知らなかった。いまは全部、知っている。きみがシバの従妹だってことも」

 アリスはうつむいた。
 桜色の唇を、きつく噛む。

「ごめんなさい。わたしが昨日、シバ従兄さんのことをきちんと説明していれば……。シバ従兄さんは、いったんです。わたしが従兄さんについていけば、ミアちゃんの腕を返すって。ジェネラルを倒すまでの間だけ、手伝ってくれればいいって……」

 なるほど、そういう条件か。超強黒倍王
 だけど、あいつがそんな約束を守るわけ……。

 いや、守るか。
 ぼくは気づく。
 シバのやつは、外道で非道なやつだけど、約束は破らない。

 そこがヤツのなにより狡猾なところだ。
 ヤツの味方になった者は、彼の言葉を信用できる。
 次第に、ヤツのいいなりになっていく。

 麻薬のようなものだ。
 シバの言葉を受け入れた者は、シバ依存症になっていく。
 アリスも、その罠に囚われかかっていた。

 だけどその罠は、食い破られた。
 ぼくが食い破った。

「それはいい。いまはいい。うん、以前に起こったことは、もう全部うっちゃっていい」

 ぼくはアリスの頬に手をあてる。
 アリスが顔をあげる。
 涙にうるんだ瞳でぼくを見つめる。

 ぼくはアリスに口づけする。
 たまきのすぐそばで、アリスと舌を絡めるキスをする。

 顔を放す。
 アリスは、喘ぐように空気を求める。
 頬を朱に染めて、ぼくを見る。

「カズさん、わたし」
「きみは、ぼくのものだ。これからも、ずっとだ」
「はい」

 そのうえで、とちらりとたまきを見る。
 不安そうにぼくを見返す金髪の少女の頭をぐしぐしと乱暴に撫でる。
 きょとんとしてぼくたちの様子を見るアリス。

 いまのうちに、説明しなきゃいけない。
 いま話さなきゃ、きっといつまでも隠しとおす羽目になる。
 だからぼくは、少しいい辛いことを、正直に全部語る。

 自棄になって夜の森をさまよったこと。
 オークたちを片端から殺したこと。
 ぼくを、たまきがひとり、追いかけてきてくれたこと。

 そんなたまきに、ぼくは命を救われたこと。
 そのときに起きたこと、すべて。
 そして、そのあとの話し合いのこと、すべて。

「それも、全部、わたしのせい、ですね」
「ぼくの心が弱かったせいでもあるよ」
「でも、よかったです。わたしは……少し、嬉しいです。それで、あの……」

 ぼくは、アリスとたまきを両方一緒に抱きしめる。
 ちから強く、抱きしめる。
 これでもかと、強く強く、ふたりの体温と臭いを感じる。

「ぼくは、ふたりがいないと、ダメみたいだ。頼む。ふたりともぼくを愛してくれ」

 いった。
 ひどいことをいった。
 鬼畜外道なことをいった。

 でもたぶん、これがいま、ぼくたちにとって必要なことだった。
 みんなで一緒じゃないと、ぼくたちはこの先、きっと生き残れない。

 今日一日で、何度もギリギリの戦いをくぐりぬけた。
 そのすべてに紙一重で勝利できたのは、ぼくたちが互いの絆を信じていたからだ。
 ぼくはその絆を強めるために、あらゆる手を使う。

 もちろんそれは、ぼくの弱い心をカバーするためでもある。
 正直、アリスとシバの密会を見てしまったときのぼくは、最悪の状態だった。
 自分がここまで脆いとは思わなかった。

 少し冷静に考えることができれば、いくらでも解釈のしようはあったはずだ。
 でも、それができなかった。
 ぼくは、ぼく自身の脆弱な部分を受け入れて、対策を講じなきゃいけない。

 そのためには、アリスとたまきのふたりが必要だった。
 ひとりでは、ダメなのだ。
 そう理解してしまえば、あとはふたりの気持ちだけだった。

 はたして、ふたりの少女は。
 一度、互いの顔を見たあと、ぼくに向き直り……。
 揃って、うなずく。

「わたしたちは、カズさんのものです」

 アリスがいう。

「わたしたち、ふたり一緒に、あなたにあげるわ」

 たまきがいう。

「わたしたちの弱いところ、カズさんの弱いところ、少しずつ埋め合わせなきゃいけないのね」
「ああ、そうだ。ぼくは弱い。弱すぎる。だけどその弱さを放置するわけにはいかない」
「わたしたちが、支えます。カズさんのこと、ずっと、支えてみせます」

 ぼくはふたりに、順番にキスをした。
 それからもう一度、強く抱擁する。ペニス増大耐久カプセル

 ぼくたちは白い部屋で、長いこと抱き合った。