2014年12月11日星期四

二等司教の提案

「教会にて二等司教を務めているガイストです。今年の夏はお会いできずに申し訳ありませんでした」

 男は名乗り、如才なく一礼して微笑んだ。
 応接間にはガイストの他に領主とラゼットがいる。革張りのソファに座る二人をラゼットは壁際に立って眺めていた。SEX DROPS
 窓際に置かれた観葉植物が陽光に葉を輝かせる清涼な空間も、領主が居るだけで台無しだった。
 領主の目が届かない背後にうまく陣取ったラゼットだが、客人であるガイストがいるため肩の力を抜くことが出来ない。
 ガイストはラゼットをチラリと見て、笑みを深くする。目の細さも唇の弧も眉の角度も計算された、清廉潔白に見える笑顔。
 女性ならつい嬉しくなってしまうその笑顔を向けられ、ラゼットは驚いたように片手で口元を隠し──欠伸をかみ殺した。
 ソラの愛想笑いを見慣れているため一瞬にしてガイストの微笑が作り物だと見破ったのだ。
 豚領主は尊大な態度でソファに座っている。

「一日目くらいはゆっくりしたかったのだがな。貴様から会いに来るのだ、くだらん用件ではあるまい。早く話を始めろ」

 苛々した口調で領主が急かす。そんな様子にもガイストは表情を一切変えないまま、手元の鞄からある物を取り出した。
 ラゼットはもちろん、街の住人がもはや見慣れたそれはオガライトだ。しかし、領主は怪しい代物を見たように眉根を寄せる。普段は王都にいる彼にとって見覚えのない物だからだ。

「なんだそれは。枕か?」
「いえ、これはオガライトという薪です」

 嫌みにならない程度の苦笑を添えて、ガイストが領主の言葉を訂正する。
 その苦笑すらも演技だとラゼット以外に気付く者はいない。

「燃やしても煙が少ないため煙突掃除の頻度も少なくなります。売り出せばパン屋や湯屋がこぞって欲しがるでしょう」

 儲け話の匂いを嗅ぎ取った領主が身を乗り出す。反対にラゼットは素知らぬ顔でガイストの視界の端に消えようとした。

「このオガライトは少量しか出回っておりません。ラゼットさん、理由は知っているかい?」

 器用に口調を切り替えてガイストが名前を呼ぶとラゼットに視線が集まった。
 わざわざ話題を振らないでもらいたいと思いつつ、ラゼットは適当な言葉を紡ぐ。

「貴重品だからでしょう」
「貴重品なら通常の薪より割高になるはずです。しかし、実際はほぼ同じ価格で売られている。別の理由があるのですよ」

 笑顔の中で細めた目に小馬鹿にするような光を宿すガイスト。
 ラゼットはその光を不快に感じる事もなく、真っ向から愛想笑いで迎え討った。

「私のような寒村出の無知な娘を捕まえて、二等司教様は意地悪がお好きなんですね」
「おっと、これは失礼」

 ガイストは困った振りで苦笑する。
 領主が苛々とソファを人差し指で叩く音を聞き、ガイストは追撃を諦めた。

「実はこのオガライトはある村が開発し、製法を秘匿したまま売っています」

 ガイストがオガライトを領主に手渡し、説明を始める。
 領主は渡されたオガライトを調べもせずに机に置いた。

「それで?」

 利益を得られるならオガライトがどんな物でも構わないといった領主の態度にガイストは口端を上げる。
 自らが利益を得るためならば何でもする権力者、領主はまさにガイストが求めていた人材だ。

「オガライトの商品価値から考えても、生産量を増大させて各地の教会で売り出せば利益が見込めます。そこで御相談なのですが、件の村を我ら教会が管理したいのです」
「ふざけるな!」

 領主の一喝に応接間の壁が振動する。蒼蝿水
 領主が怒るのも当然だろう。村一つとは言え統治権を寄越せと言ったのだ。

「クラインセルト家がなければ教会派は塩の確保にも困るのだろう? 貴様ら教会がどうしてもと言うから塩の関税を撤廃してやったのを忘れて、まだ儂の利益をかすめ取る気かッ?」

 領主の怒りにガイストが慌てた様子で待ったをかける。

「申し訳ありません。言葉足らずで誤解を招いたようです。村そのものではなく、村人によるオガライトの生産を教会で管理したいのです」

 一度言葉を区切ったガイストはコップの水を飲み干して続ける。

「私共は教義にもある通り魔法を認めるわけにはいきませんし、魔法技術で作られた物も認められません。各地の教会で販売するのですから生産時に魔法が使われてはいけません。その監視を兼ねているのです」

 分かって頂きたいとガイストが立ち上がって頭を下げた。
 真摯な態度に見えるがその実、したたかだ。
 領主とガイストが交渉しているのはオガライトの利権に関するもの。
 現状は村が製法を秘匿し販売利益を独占している。
 領主はクラインセルト領を管理しており、領内にある村も本来はその管理下に入る。
 つまり、村の所有権者はクラインセルト家なのだ。オガライトの生産や販売もクラインセルト家が独断で行えるだけの権利がある。
 ガイストの提案はオガライト生産と販売の権利を教会に渡してほしいと言うもの。しかし、見返りを提示していない。
 下手に出つつも弱みを見せない交渉だ。
 ガイストが下げた頭の旋毛を見ていたラゼットはいつ見返りを提示するのかと見守る事にする。
 後でソラに報告するためでもあるが、この一年で子供たちに親しみも感じていた。何か危険があるなら素早く対処したい。

「貴様らの要求は分かった。だが、叶えてやる謂われはない。交渉の体を取るからには代わりの利益を用意しているのだろう? 早く出せ」

 領主がつまらなそうに鼻を鳴らしてラゼットを振り返る。

「おい、紅茶を用意させろ。長くなりそうだ」

 命令に従ってラゼットが退出する。
 廊下に控えていたメイドに紅茶を用意するように伝える。
 王都からやって来た領主付きのメイドだが、前回の帰郷時とは別人である事は追及しないでおいた。危険な海には手を突き入れないに限る。
 部屋に戻ると領主が眉根を寄せ、ガイストはにこやかに笑みを浮かべていた。

「生産をクラインセルト伯爵が、販売を教会がそれぞれ行う形ではどうでしょうか。販売は教会に独占させて頂きたい。通常の薪価格の半分で教会が仕入れます」
「待て、儂に何の得もないではないか」

 ガイストが矢継ぎ早に告げた条件に対して領主が待ったをかける。

「得ならばあります。各地の教会が協力しますので本来は伯爵が手を出せないお隣のベルツェ侯爵領などでも販売が可能です。必然的に広域での販売となり、全体の売り上げも増えることでしょう」

 ガイストが言う通り、他領での販売はクラインセルト家には難しい。
 しかも、オガライトを教会が仕入れる以上、他領への輸送費は教会が持つ。

「うむ。オガライトの生産に幾ら経費が必要か分からんのでな。卸値は確約できん」

 領主が顎を撫でながら言う。彼からしてみれば降って湧いた儲け話だが、得られる最大の利益を出そうとしているのがその表情から読み取れた。
 ソラと子供たちの努力の結晶をかすめ取ろうと画策する領主とガイスト。
 ラゼットはその二人を冷ややかに見ていた。この部屋から抜け出したら真っ先に村へ知らせを送ろうと考えるラゼットは自分がこの場に居る理由を失念している。

「それでは伯爵、オガライトについては村を手中に収めてから値を決めましょう」

 ガイストが差し出した手を領主が握る。交渉が一段落ついた証だ。

「ところで、そちらのメイド、ラゼットさんですが──」勃動力三体牛鞭

 ガイストが領主から視線を外し、ラゼットを見る。
 優しそうに細められたガイストの眼に獲物を絡めとる蜘蛛を思わせる光を見たラゼットの背筋に悪寒が走る。

「数日教会で身柄を預からせていただきたい」

帰ってきた領主

 豚親父が帰ってくる。
 その知らせを聞いた使用人は総出で玄関に集っていた。
 ソラもラゼットに連れられて玄関に姿を見せる。不安そうな顔の使用人たちにソラは笑いかけた。

「お父様はまだ?」

 いつもより柔らかい口調を心がけて問いかける。

「もう街に入っておりますので、直にご到着なされるかと思います」

 メイド長の返答を聞いたソラはさりげなく玄関扉を睨んだ。
 今回の滞在は四日間だ。初日は歓待して酔い潰し、翌日は二日酔いで動きを封じ、三日目は政務で忙殺し、最終日は送行会で酔い潰す。
 ソラとしては三日目の政務すらさせたくはないが、流石に外聞が悪い上に領主権限がないと対応できない仕事も多い。
 ──無能でもいないよりマシって問題だけ片付けてお帰り願うぜ、お父様。
 一年かけて調べた結果、文官の五人の内で居残りを命じられた二人が政治の実務面、つまり行政を担当していることが分かっている。行政担当者は半年ごとにメンバーが変わるためソラも把握し切れていない。
 行政担当者と豚親父の仲もよく分からないため、ソラは仲間に引き込む前に人間性を調べ、優秀な者を選別するつもりでいる。
 その点で見るとこの一年間で行政担当者になった四人は有能なクズが半数、無能な正直者が一人、無能なクズが一人だった。
 有能なクズは生かさず殺さず搾り取るのがやたら巧みなので、ソラは質問攻めにより知識と技術を頂いた。不正のやり方も想像が付いたので今後クズを左遷する際につつき回す気だ。

「お帰りなさいませ!」

 領主夫婦が馬車から降りるのを見たメイド達が口を揃えて挨拶する。
 ソラは満面の笑みを顔に張り付けた。それはあたかも帰郷した両親との再会が嬉しくてたまらない子供に見えるが、事実は異なる。
 ──いらっしゃいませ、豚野郎ども。今回も騙しきってやる。
 腹の黒さでは恐らくこの場で他の追随を許さないソラだった。

「お父様、お母様、お帰りなさい」
「おぉ、ソラ。ずいぶんと大きくなったな」
「たった半年で成長するものね」

 口々に息子の成長を喜ぶ姿はどこにでも居る親の姿だ。

「それはそうと、宝くじの代わりはまだ何も思いつかないのか?」

 ただでさえ醜い顔に歪んだ唇で弧を描き、豚親父が訊ねた。

「ごめんなさい。思いつきません」

 ソラは笑みを浮かべたままはっきりと言い切る。
 豚親父はソラの答えを聞くなり笑顔を引っ込めた。

「そうか。役に立たんな」

 半年に一度会う度にこれである。
 前世も含めて子供を育てたことのないソラだが、腹立たしさを覚えるやり取りだった。
 だが、ソラは内心の苛立ちをおくびにも出さない。福源春

「王都のお話を聞かせて下さい」

 子供らしく体全体でせがむソラは演技すると共に情報収集を開始する。
 領主の座を継ぐにしろ、乗っ取るにしろ、クラインセルト家の政治的な立ち位置を知らなければ後々苦労する。王都での話を聞くことはその点でもプラスになるのだ。

「王都の土産話は後だ。すこし休ませろ」

 土産話といいながらもどこか苦々しい口調で豚親父が言う。
 王都で何かあったのかと勘ぐるソラだったが、ここはひとまず引くことにした。無理に聞き出して不機嫌さを増せば使用人達の生存率が下がってしまう。
 強引な手には出られなかった。
 内心のもどかしさを押し殺し、ソラは領主夫婦を見送る。
 一度自室に引き上げようかと考えたソラが歩き出す直前、豚領主に声をかける者がいた。
 ソラは興味を引かれて足の動きを止め、耳を澄ませる。

「挨拶したいと二等司教様が参られています」

 クラインセルト領に司教枠は二人分。各地の教会にいる司祭を取りまとめる立場に当たる職だ。
 昨年、新しい司教が一人就任した。豚領主から出世祝い金を受け取っている。
 賄賂を送るか、送られるかの違いはあれど、豚領主に近づく教会関係者は総じて下衆だ。聞き耳をたてるだけ無駄と思えて、ソラは興味を失った。

「ラゼット、あなたも呼ばれているわ」

 豚領主と話していた使用人が今度はラゼットに声をかける。
 ソラとラゼットは思わず顔を見合わせた。司教がラゼットと会いたがる理由が思いつかない。

「ソラ様は私が見ておきますから、ラゼットは応接間へ行きなさい」

 返事も聞かずに使用人はソラの手を取った。

「ちょっと待って下さい。私は偉い人との接し方なんて知りませんよ」
「教会の方だから心配はいらないわ。教義にも人を見殺しにしてはいけないってあるから安心なさい」

 使用人の言葉にソラは眉を寄せる。
 昨年の騒動では間接的に街の人々を殺そうとした連中の掲げる教義に胸が悪くなったのだ。
 浮浪児の蓄えていた薪を奪ったのが教会だと知っているラゼットも言葉を失う。
 ソラとラゼットの内心は一致していた。
 ──信用できねえ……!

「兎に角、呼ばれている以上は行かないと駄目よ。それこそ“偉い人”が相手なのだから、待たせるのも失礼だわ。早く行きなさい」

 虫でも追い払うような仕草で使用人がラゼットを急かす。
 ラゼットは嫌そうな顔を隠しもせずに応接間へと去っていった。
 ラゼットを見送った使用人は邪魔者は消えたとばかりに満面の笑みでソラに向き直る。

「さぁ、ソラ様。お着替えをしましょう。旦那様や奥様との久しぶりのお食事会ですもの、精一杯におめかししないといけませんよ。さぁ、さぁ」

 ソラ、三歳。何を着せてもかわいいお年頃。
 若い使用人の中に機会を見つけてはソラの着せ替えを楽しむ者が増えてきた。
 元々ソラは実用一点張りの服を好む。
 側付きのラゼットは手っ取り早く仕事が終われば良いという思考なため、やはり着せやすい服に偏る。
 必然的に普段のソラは飾り気の欠片もない服装なのだ。

「成長したら旦那様のようになるのですから、着飾れるのは今だけですよ。早く参りましょう」

 不敬罪に問われそうな言葉が混じる。
 しかし、ソラは笑顔を見せながら使用人に手を引かれるまま歩きだした。花痴
 着せ替え人形の代わりをするだけで好感度が上がるなら儲け物だと彼は打算的に考えていた。

2014年12月9日星期二

手のかかる者達

二頭同盟が大量の銀を輸出したとの情報は、瞬く間にソラ伯爵領に拡散した。
 関所からの情報で事態を知ったソラは、予め用意しておいた旅支度を再確認する。
 足りない物はないようだった。精力剤

「ラゼット、くれぐれも留守を頼む」

 後ろに控えていたラゼットに声を掛ける。
 ラゼットは眠そうに目を擦っていた。
 毎日、ローゼとサロンの世話を焼いていて疲れているのだろう。

「……これが終わったら、休日をください」
「あぁ、三日間でいいか?」

 ラゼットはこくりと頷いて欠伸をかみ殺す。
 ソラは日程を思い浮かべ、口を開く。

「俺が帰ってくるまでの間、ゼズに仕事を手伝ってもらえ」

 役に立つかどうかは分からないが、サロンの遊び相手くらいには使えるだろう。
 ソラがそんな考えで提案すると、ラゼットはため息を吐いた。

「大きいだけの子供が増えて、余計に手が掛かります。ゼズも連れて行ってください」
「……おう」

 ラゼットの言い分を聞き、ソラは短く応じた。
 ラゼットから居ない方がマシと扱われたゼズだが、今回の作戦ではソラの迎えなどを担当する。
 心配そうなソラを見て、ラゼットが苦笑した。

「サニアもいますから大丈夫ですよ。リュリュも置いていって欲しいところですが」
「リュリュは無理だ。俺と行動してもらう必要がある」

 リュリュはソラと共に王都へ赴く事が決まっていた。
 今頃は必要な機材を準備しながら、実験に思いを馳せて上気した頬を弛めているだろう。
 リュリュは連れて行くと譲らないソラの目を、ラゼットはからかうように覗き込む。

「サニアが妬かないと良いですね」
「同情されこそすれ、妬かれる謂われはない」

 ラゼットにとってのゼズと同じように、ソラは科学馬鹿に手を焼かされるのだ。
 サニアがいれば面倒を押しつけられるのだが、先ほど留守を任せると決めたばかりである。
 会話を切り上げたソラが鞄を手に取った時、にわかに廊下が騒がしくなった。
 聞こえてくる声から判断して、コルとゴージュだろう。
 ソラが扉を指差すと、ラゼットが無言で扉を開いた。

「──嫌です! かつてないほど嫌な予感がするんです!!」

 途端に、ソラの耳へコルの悲鳴じみた拒絶の言葉が飛び込んできた。

「決めつけてかかるのは良くないぞ。ともかく、ソラ様の話を聞いてだな」
「一言でも聞いたら逃げ場がなくなります! 僕には分かるんですッ!」

 ゴージュの説得も効果はないようで、コルが必死の抵抗をしている事が声の調子から手に取るように分かった。
 ソラは仮面の中でぽつりと呟く。

「……勘の良い奴」

 料理人であるコルが本職の兵士であるゴージュに腕力で勝てるはずもなく、抵抗しながらソラの前に引きずられてきた。

「コル、よく来たな」

 ソラはわざとらしく両手を広げて歓迎する。媚薬
 ソラの大袈裟な態度を見て、コルは諦めたように肩を落とした。

「やっぱり、何か企んでますよ」

 ゴージュが申し訳なさそうにコルから目を逸らす。
 二人の反応にラゼットが苦笑していた。
 ソラは机の上を指差し、コルに告げる。

「アレを使ってゴージュと行動しろ。作戦内容はゴージュから説得……説明してもらえ」
「今、説得って言いましたよね? 説得って言いましたよね!?」

 半泣きでソラに詰め寄ったコルは、机の上に置かれていた物を見て、硬直した。
 自分がどんな役割を振られるのか、一瞬で理解したのだろう。
 コルは反転して逃げようとするが、両肩をソラの手に掴まれた。

「頼んだから」
「……はい」

 ソラに押し切られ、コルは渋々頷いた。

「そんなに心配しなくても、ゴージュ達が上手くやってくれるさ」

 ソラはコルの肩を叩いて励ます。
 実際、ただ突っ立っているだけでも事足りるのだ。
 少々怖い思いをするかもしれないが……。
 味わう事になるだろう恐怖を想像して、コルは震えている。

「あの、どうしてもやらないと駄目ですか?」
「逃がさないためにはこれが一番だ」

 まだ何か言いたそうなコルは無視して、ソラはゴージュに向き直る。

「自警団への連絡は済んだか?」
「既に伝えておりますぞ。動き始めているところもあるようですな」

 ゴージュの報告を聞き、ソラは感心する。

「随分と早いな」
「大捕り物だけに、どこも気合いが入っておりますからな」
「先走らないようにしっかりと手綱を握っておけよ」

 釘を差すよう、ソラはゴージュに命じる。
 ザシャとホルガーが持つ権力を考えれば、自警団が一種の興奮を覚えても仕方がない。
 しかし、態勢が完全に整うまで、迂闊な行動は許されないのだ。
 ゴージュも心得ている。

「先走りそうにないですぞ。火炎隊を出向させて指揮を執らせておりますからな」
「良い判断だ」

 ソラが褒めると、ゴージュは嬉しそうに笑った。
 ソラの言葉はすぐにゴージュから伝えられ、火炎隊士は持ち前の凶悪な顔を笑みで更に歪めながら、各自警団を引き締めるだろう。
 指示を終えたソラは廊下へ目を向ける。
 そろそろ、準備を終えたリュリュが来る頃だと思ったのだ。
 しかし、予想に反してやってきたのはサロンだった。
 息を切らして背後を振り返りつつ部屋に入ってきたサロンは、ソラ達に気付いて足を止める。
 不味いところを見られた、そんな顔だった。
 サロンが抱えている瓶を見て、ソラは目を細める。性欲剤

「サロン、なぜ蒸留酒なんて持ってるんだ?」

 ソラがつかつかと歩み寄ると、サロンは瓶を抱き締めて舌を出す。

「関係ないだろ。引っ込んでろ。バカ仮面、バ仮面」
「略すな。どうせ、リュリュの荷物から持ち出したんだろ。早く返さないと酷い目に──」
「うっさい、バ仮面! 自分達だけで王都に行こうなんて許さないんだからなッ! 僕も連れてけ。ローゼも連れてけ!!」

 威勢良くソラを指差し、サロンは駄々をこねる。
 その時、コルが小さく悲鳴を漏らし、後退った。
 怪訝な顔をするサロンの後ろに立った人物に、ソラが肩を竦める。

「程々にな」

 頭越しに声を掛けられた人物を、サロンは慌てて振り返った。
 そこには、柳眉を逆立て冷たい視線でサロンを見下ろすリュリュがいた。

「──ウチの試薬を盗むとは、良い度胸してる」

 リュリュは、一目散に逃走を試みたサロンの襟首を掴み、奪い返した蒸留酒入りの瓶を床にそっと置いた。

「ソラ様、少し待ってて」

 リュリュはサロンを引っ立てて行きながら、囁くように刑を告げる。

「ちょっと硫黄臭を嗅がせてくる」

 硫黄臭と聞いてもサロンには分からない。
 だが、ソラを含む面々が思わず鼻を押さえる光景を見て、尋常ではないと気付いたのだろう。
 青ざめるサロンを容赦なく連れ去りながら、リュリュは良い事を思いついたとばかりの満面の笑みを浮かべる。

「コルさん、サロンの食事にゆで卵をお願いね」

 廊下の曲がり角に消えるリュリュを見て、誰かがぼそりと呟いた。

「容赦ねぇ」

隠れ潜む銀

「どういうつもりなのかしら?」

 双頭人形はやんちゃをした子供を窘めるような口調で、ホルガーに問い掛ける。
 ホルガーは机に頬杖を突き、そっぽを向いていた。
 頬は抑えた笑いの衝動で微かに動いている。

「何の事だか分からねぇな」

 ホルガーは見下した目で双頭人形を一瞥した。
 煌めく銀色の髪を小さく揺らす二人の娘は、普段通りの無機質な笑みでホルガーと視線を合わせた。

「ホルガー、あまり頭のよろしくないあなた方が勝手をしては、計画が失敗してしまうでしょう?」
「ホルガー、あまり物わかりの良くないあなた方が気ままに動いては、計画が破綻してしまうでしょう?」

 双頭人形が馬鹿にすると、ホルガーはまなじりをつり上げ、椅子から腰を浮かす。
 しかし、双頭人形の横にいたイレーネオが曲刀の柄に手をかけたのを見て、忌々しげに椅子に座り直した。女性用媚薬

「同時に喋んな。気色悪い」

 不機嫌な顔で睨むホルガーを眺めながら、双頭人形は口を開く。

「何故、銀をベルツェ侯爵領へ運び出したのかしら?」

 チャフが失踪してから五ヶ月、銀もかなり備蓄された今日になって、双頭人形の元に情報が入った。
 二頭同盟の備蓄していた銀が、当初の計画とは異なるルートで運び出された、と。
 本来、港から海へ運び出される予定だった銀が、内陸のベルツェ侯爵領へと向かう事態。
 双頭人形が事情を訊ねるのも当然だ。

「海へ通じる河川はソラ伯爵の大型船が塞いでんだろ」

 ホルガーが投げやりに答えるが、双頭人形は納得しない。

「ソラ伯爵の所有する大型船はどれも旧式」
「対する二頭同盟の船は最新型」
「──だから、同時に喋んな! やかましいんだよッ!」

 ホルガーが抗議するが、双頭人形は互いの肩を寄せ合ってクスクスと笑い声を零す。
 そして、同時に口を開いた。

「事前に調査してルートを選べば、捕捉されたりしないわ」

 もっともな意見だ。
 ホルガーは言い返そうともせず、開き直った。

「だから何だ。お前らの計画通りにいかなくてお怒りか? この際だ。はっきり言ってやる」

 先ほどまでの不機嫌さはどこへやら、ホルガーは愉悦に歪んだ唇で言葉を紡ぐ。

「──お前らは用済みだ」
「あら、そうなの」

 双頭人形が思いの外簡単に納得した事に、ホルガーは眉を顰めた。
 双頭人形の様子を見れば負け惜しみではないと分かり、ホルガーは訝しむ。
 しかし、双頭人形は聞きたい事を聞き出し終えたのだろう、スカートの裾を翻して背を向けた。
 用済みと言い放った手前、ホルガーは自尊心が邪魔をして引き留める事もできない。
 双頭人形はイレーネオを連れて部屋を出る。
 閉まる扉を振り返りもせず、欠伸を一つ零した。

「働き者なお馬鹿さんよね」
「頑張り屋さんな能無しよね」

 双頭人形は、ホルガーが聞けば怒り狂うだろう評価を次々に連ねる。
 後ろに控えていたイレーネオが問うような視線を向けている事に気付き、双頭人形は顔を見合わせる。

「駄目ね」

 揃って同じ言葉を発する双頭人形に、イレーネオはため息を吐いた。

「駄目な私に説明してください」
「イレーネオは駄目だけど、面白いから合格よ」
「――説明をお願いします」

 双頭人形の言葉には取り合わず、再度頼む。
 感情のこもらない形だけの笑みを浮かべながら、双頭人形は廊下の先に目を向けた。

「銀の輸出を制限し、大型船を総動員して港を塞ぐ。これにどんな意図があると、イレーネオは考えているの?」
「領内に銀を封じ込め、使わせないようにするためだと思いますが」

 ホルガー達も同じ事を考えているはずだ。
 しかし、双頭人形は揃って首を振る。中絶薬

2014年12月7日星期日

舞台裏

後に第二次アントリム戦役と呼ばれる一連の戦闘は、ひとまずアントリム子爵軍の完勝で幕を閉じた。
 フランドル大将軍は優れた手腕を発揮して味方の撤退を援護したが、それでもおよそ半数近い兵力が失われた。SEX DROPS
 唯一の救いは負傷者こそ多いものの、死者の数が少ないことであろうか。
 兵力で圧倒的に劣るアントリム軍としては、ハウレリア軍が組織として機能しなくなり無力化されることを優先しなくてはならなかったのは止むをえまい。
 それでももっとも損害を出した魔法士部隊は壊滅で、生き残りを集めても部隊として機能しないほどに戦力が落ち込んでいた。
 今後後方で負傷者や逃亡した兵たちを再編することができれば、どうにか七割程度まで兵力は回復するであろうが、戦争が始まった今、それをするだけの余裕は残されていなかった。
 ハウレリア軍が十倍の戦力で攻め込みながら敗北した、その事実が今は何よりも重いものであった。
 百万の罵倒と処罰を覚悟しつつ、フランドルはなお粛然と退却の指揮を執り続けた。


 「――――信じられん」
 目を疑いたくなる光景に、戦場を眺めていた男たちは絶句した。
 彼らもアントリム軍が善戦するであろうとは予測していた。
 そして援軍として派遣されたブラットフォード子爵と連合軍ごと、いっしょに壊滅してくれるというのが一番望ましい結末だったのである。
 まさか援軍が到着する前に敗北するどころか勝利してしまうなど、彼らの想像の埒外のことであった。
 しかし彼らのすべきことは変わらない。
 むしろ急ぐ必要がある、と男たちは判断した。

 「一大事でございます。アントリム子爵軍は援軍の到着を待たず、わずか一日にして壊滅いたしました。一刻も早く街道を封鎖しなければ明後日にもハウレリア軍が現れましょう」
 使者の言葉を聞いたアランは顔面を蒼白にさせた。
 もしかしたら、もしかしたらバルドならばハウレリアを相手にひと泡吹かせてくれるのではないかと期待していた。
 そうすれば自分もやましいことに手を染めることなく、引き続き繁栄のお零れにあずかり続けることができたというのに……。
 「もはや躊躇していてはお命にかかわりますぞ!」
 良くも悪くも小心者であるアランは、最初からバルドを見捨てることもなかったが、自分の命が危険にさらされてなお義理を果たせるほどの度胸もなかった。
 「や、止むを得ん。これもマウリシア王国のためだ」
 そうだ、このままハウレリア軍の乱入を許せば王国の存続にかかわる。
 そう自己正当化し、明日にはマティス・ブラットフォードが援軍を引き連れてやってくることをアランは故意に無視した。
 それが誘導された決断であるとも知らずに。

 フォルカーク領からアントリム領へ向かうモルガン山系の街道をコティングリー街道と言う。
 その半ばほど行ったところに、地盤の弱い堆積層で形作られた渓谷がある。
 火山灰の白い地層を露出させたそこは、かつて幾度も崩落事故を引き起こし、交通の障害をなってきた。
 アントリムが孤立した辺境であったころは省みられなかった危険ではあるが、急速に発展するアントリム領からの流通の増大とともに、新たな街道の整備が望まれるようになり、予算と時が許せばコンクリートによる法面の工事が予定されていたそこに、男たちはいた。
 「――――厄介なことになったものだ」
 主君の計画とは全く異なる事態が発生したことについて、男たちも困惑を隠せずにいる。
 そもそもがアントリムをはじめとした辺境領主軍の壊滅と王室直轄の王国軍の疲弊による発言力の増大、あるいはハウレリアと連動した謀反を画策していた主君にとって、緒戦においてまさかアントリム軍が勝利するという予定はなかった。
 しかしそうなった以上、さらに戦果を拡張されたり功績をあげられたりしては困る。
 否、今でもすでにアントリム子爵は功績をあげすぎていた。
 宿敵ハウレリア王国を向こうに回して十倍以上の敵を破る。
 まるで神話の世界の英雄譚のような活躍というほかない。この功績に報いるには陞爵をもってしても足らないことだろう。
 アントリム子爵の係累であるコルネリアス伯爵家、そして密接な関係にあるブラットフォード子爵家やランドルフ侯爵家の影響力の増大は、とりもなおさず主を中心とした守旧派貴族の没落を意味していた。
 もちろんそんなことがあってはならない。
 過ぎた英雄は英雄らしく、死して名誉だけを貪ればよいのだ。蒼蝿水
 「――穿槍」
 「――水流」
 「――爆炎」
 不可視の槍に穴を穿たれ、水流に浸食されてとどめに爆発呪文(エクスプロードスペル)を食らって、もともともろい地層が耐えられるはずがなかった。
 「念のため対岸も崩しておくか」
 たちまち渓谷は次々と崩落する土砂によって埋め尽くされ、その巨大な質量は人と物の侵入を完全に阻害した。
 今や完全にアントリム子爵領はマウリシア王国から孤立した陸の孤島と化したのであった。
 「これでまずひと月以上は街道を通れまい。あとは――――」
 しかしアントリムを孤立させただけでは足りない。
 万が一にもバルドが生き残ってしまっては結局その功績を一人占めすることになるからだ。
 歴史上でもかつてない寡兵での大勝利という功績は、伯爵どころかコルネリアス領と合わせ将来の侯爵に陞爵する可能性があった。
 結果としてバルドは新たな十大貴族の一員として、王国の権力者に並ぶはずであった。
 当然バルドが十大貴族の仲間入りを果たすからには、一人の十大貴族がその資格を失うということである。
 その一人に主君がならないという保障はどこにもないのだ。
 「――――速(と)くハウレリア王国に伝えよ。アントリムは不運な事故により孤立せり、と」
 確かにハウレリア軍の先鋒は敗北した。
 しかしハウレリアにはさらに倍する兵力が顕在であり、敗走した先鋒も兵力の全てを失ったわけではない。
 アントリムが孤立無援になったと知れた場合、彼らがどうのような判断をするかなど容易に予想することができた。
 いかにアントリムが手強いと承知していても、国家としての体面上放置することは威信の低下を招くことは確実である。
 せめてアントリムを占領すれば、損害の大きさや緒戦の敗北はともかくとして、体裁を繕うことは可能なのだ。
 「せめて美しく散れ。たとえどんな手段を用いても、貴殿はここで散ってもらわなくてはならぬ」
 万が一、事が露見した場合にはアランに罪をかぶらせる準備はできている。
 全てはアランが保身のために、流れの傭兵を雇って街道を封鎖したということで決着するはずであった。
 アランが受け取った手紙も、実は印章の押されていない非公式なものばかりでいくらでも言い訳の効くものであった。
 どの糸をたぐろうとしても、決して主君までは辿りつくことはない。
 どれほど状況的に疑わしくても、証拠がなければ裁けぬのが上級貴族という立場であった。
 「奴も哀れな男よ。身に過ぎた野望など持たねば命だけは全うできたものを」
 男たちはたとえ事が露見しなかったとしても、将来の禍根となりかねぬアランを生かしておくつもりは毛頭なかった。


 マティス・ブラットフォード子爵がアラン・フォルカーク准男爵領に到着するのが遅れたのにはわけがある。
 十年以上にも及ぶ平和は、貴族から戦争への備えを致命的に減退させていた。
 ブラットフォード家はもともと武門の家柄であっただけに、十分な装備と練度を維持していたが、マティスに与えられた貴族はその対極にあったのである。
 ただでさえ少ない兵力、そして金のかかる装備を投入しても相手は遥かに兵力に勝るハウレリア王国軍。
 そうなれば平和ボケした貴族軍が士気もあがらず動員も遅くなるのは自明の理というものであった。
 「貴様らそれでも王国貴族かっ!」
 マティスは一向にやる気のない周辺貴族に、血管がぶち切れんばかりに激高した。
 事実逆らったら殺されかねない、というマティスの切れっぷりを見なければ、今でも軍は集まらず無為に時間を過ごしていたかもしれない。
 「――明日までだ。明日までに五百名耳を揃えて連れてこい、もし連れてこなければ――卿に決闘を申し込むからそう思え」
 「かかか、必ずや明日までに……!」
 マティスにとってバルドはただ救援しなければならない味方というだけではない。
 命を預け合った戦友の息子であり、問題のありすぎる娘が王太子妃の座を射止めることができた恩人でもある。
 その恩に報いるためにも、ひとつ槍働きしようと沸々と戦意を滾らせていたマティスは味方の戦意のなさに歯噛みしたい思いであった。
 「全く――いっそ我が領だけで出発したほうが良かったかもしれん」
 戦意のない味方が時として敵よりも厄介な足手まといになるということをマティスは知っている。
 だからといって戦理からすれば、兵力の逐次投入もまた犯してはならない過ちであることも事実であった。勃動力三体牛鞭
 ハウレリア軍の先鋒がおよそ二万を超えることを考えれば、ブラットフォード軍だけで突入しても圧倒的な兵力差に飲み込まれる可能性も決して低くはない。
 まさに血の涙を流す忍耐を重ねてマティスは兵の参集を待ったのである。
にもかかわらず――――。
 「崖が崩れただああああ?」
 顔面を冷や汗で濡らしたアランに向かってマティスは吠えるようにそう叫んだ。
 「昨日土地の者から連絡を受けまして……もともと地盤の緩いところで幾度か崩落した場所でもあり……」
 「当然復旧作業は開始しているのだろうな?」
 マティスの問いにアランは見苦しいほど取り乱して弁解した。
 「ひ、非常に大規模な崩落でひと月以上は復旧にかかりそうに思われましたので、皆様の到着を待って指示を仰ごうと思いまして……」
 「ひと月だと?」
 直感的にマティスはアランの言葉に疑問を抱いた。
 なるほど崩落が多い場所であったのかもしれないが、ひと月も復旧にかかるような事故があればこれまで主要街道として使われ続けているのはおかしい。
 過去にない規模の崩落が、今この時期に発生したのは果して偶然と言えるのか?
 この貧層な小男は自分が助かりたいがために、あえて崖を崩落させたのではあるまいか。
 「半月でなんとかしろ」
 「はっ?」
 何を言われたのか理解できずに間抜けな顔を晒すアランにマティスは宣告した。
 「これより我がブラットフォード軍はモルガンの山を越える。残る諸侯軍と協力して半月でアントリムへ馳せ参じよ。できぬ場合はこのマティス・ブラットフォードの名に懸けて貴様の首を刎ね飛ばす。誓って刎ね飛ばすからそう思え」
 マティスは完全に本気であった。
 これ以上味方に足を引っ張られて冷静でいることは不可能であり、立ちふさがる障害は実力でこれを排除する覚悟をマティスは固めた。
 かつては騎士団で名をはせ、戦役では悪鬼のごとく恐れられたマティスの本気の殺気を受けて耐えられるほどアランの精神は強固なものではありえなかった。
 「は、はは、はひ……」
 まるで壊れた首振り人形のように、アランはブンブンと首を縦に振り続けた。

「――疫病だあ?」
 ウェルキンは全く予想していなかった報告を受け素っ頓狂な声をあげた。
 「はい……先週から発生した疫病のためにガラクの村は封鎖されている、と」
 「あのくそ爺いめ……いやらしい手を!」
 アントリムの援軍に派遣したはずの騎士団は疫病の流行という思わぬ障害に立ち往生を余儀なくされていた。
 実際にガラクの村からは紫斑の出た村民が続出しており、これを完全に無視することは出来なかったのである。
 おそらくは何らかの毒物を領民に使用したのだろうとウェルキンは予想していたが、その悪辣な手口には唾を吐きかけたい思いであった。
 正直なところ国王ウェルキンと宰相ハロルドは予想を遥かに超えて腐敗していた王国の内情に頭を痛めている。
 もともと賭けの要素が大きかった今回の戦争であるが、今やその賭けの比率(リスク)は跳ねあがり、ハイリスクハイリターンの典型のような状況にあった。
 ハウレリア王国という外敵の登場で、国王に反抗的な勢力は簡単にあぶりだされたのだが、予想以上に反抗する貴族が多いために、戦争の遂行に一部障害が生じているのだ。
 一気に討伐に踏み切るには反抗勢力の数と結束が強すぎた。
 とはいえ、好転していることもないわけではない。福源春
 戦争という非常事態が発生したために、行政における王権の優位が確立したことから、財政や司法においても国王の影響力は増大していた。官僚たちは今頃悪夢を見ている思いであろう。
 また戦争による利害の得失から、国王に積極的に協力しようという貴族も大変な数にのぼっている。
 戦争の特需と戦後の利権を睨んだ平民商家に至っては言うまでもあるまい。
 もちろんウェルキンはハウレリア王国への対抗手段も打っていないわけではなかった。
 すでにバルドがアントリムに赴いたときから輸出用の穀物の取引価格を釣りあげていたのみならず、サンファンやノルトランドからの輸入価格まで釣りあげたために、ハウレリア国内では食糧不足が顕著なものとなりつつあった。
 戦場での兵士は通常の人間の倍の食糧を消費する。
 同行する軍馬はさらに食糧の四倍以上の飼葉が必要で、補給にかかる負担はただでさえ莫大なものなのだ。
 食糧価格の高騰で、ハウレリア王国の戦争遂行能力は確実に減衰されているはずであった。
 実際に戦争が長期化すれば、あっという間にハウレリア王国は根をあげるだろう。
 勝利をあげることさえできればマウリシア王国はかつてない政治的安定と、経済的繁栄を手に入れるに違いなかった。
 「お父様! アントリムに送った騎士団が足止めされているというのは本当ですの?」
 もうひとつ、頭の痛い問題がこれである。
 バルドを将来的に中央に取りこむために娘レイチェルとの縁組を画策したわけだが、とうの娘はとっくに男に対して本気になってしまったらしかった。
 基本的に子煩悩であるウェルキンとしては、娘の涙を見るのは心の底からつらかったのである。
 「すまんがそのとおりだ。すでにマティスが援軍を率いて向かっているから問題はないと思おうが……」
 「マティス様が率いる兵はいかほどですか?」
 「――――四千というところかな」
 「ハウレリア軍は二万を揃えているというのにですか!」
 レイチェルは女の身であるとはいえ、攻撃三倍の法則くらいは常識として知っている。
 いかにバルドとはいえ、援軍を合わせても四分の一で勝負になるとは到底思えない。もしかすると今頃命を危機に晒しているかもしれないと思うとレイチェルはとても平静ではいられないのだった。
 「いくらあの男でも真っ向から野戦を挑んだりはしないだろう。ガウェイン城は兵さえいればそれなりに堅い城だ。今日明日にどうこうなる心配はない」
 この時点でウェルキンはバルドが籠城して時間を稼ぐものと思い込んでいた。
 兵力差を考えればそれはごく当たり前の認識なのだ。
 「で、でも騎士団の到着が遅れればどうなるかわからないのでしょう?」
 やるせなさそうに瞳を潤ませるレイチェルに、ウェルキンはただ必死になだめるしかなかった。
 王族としての役割を心得、ほとんど我がままらしい我がままも言ったことのない娘である。
 そのレイチェルがこうして戦争に口出しすること自体が本来ならありえない。
 そうした当たり前の自制が効かないほどにレイチェルはバルドに惚れこんでいるのだろう。
 ことによればこの控えめな娘にとっては初恋なのかもしれぬ。
 とんだ男を見こんでしまったものだ。
 「――――深刻そうなところ申し訳ありませんが……」
 宰相のハロルドがやってきたのはそのときであった。
 最近の激務で疲れているせいもあるだろうが、心なしか目が虚ろで背中が煤けているようにも感じられる。
 「いったい何があった、ハロルド?」
 鉄面皮で信頼厚い腹心の様子がおかしいことにウェルキンはすぐに気づいた。
 「まさか! バルド様の身に何か?」
 最悪の予感にレイチェルは顔を蒼白にしてハロルドに詰め寄るが、ハロルドは何か諦めたような悟り顔で優しくレイチェルに微笑んだ。花痴

2014年12月4日星期四

迷宮の少女

「……誰か戦ってる。かなり苦戦している感じ」

 現在、俺達のパーティーはレベリングを目的として宵闇の森を周回プレイという感じで動いている。何時ものように迷宮に降りて、暫く宵闇の森を探索していると、シーラが耳に手を当てて目を閉じ、そんな事を言ってきた。印度神油

「方向は?」
「あっちの方。先導する?」
「よろしく」

 シーラの後に続き、パーティーが分断されない程度の速度で森の道を走る。迷宮の中で他のパーティーと助け合う事に否やはないが、二重遭難になっては元も子もない。

 ――戦っている場所、というのはそう遠くもなかった。
 ただ、そこにいたのは冒険者グループではなく、騎士達の探索班だ。

「畜生! 何なんだよ! この気持ち悪い声は!」
「く、……そ! 頭がぼうっとして……」
「しっかりしろお前達! 目を覚ませ!」

 倒れている仲間に呼び掛けながら、多数のキラープラントに向かって剣を振るって孤軍奮闘しているのは――先日会った、あの女騎士メルセディアだろう。
 木の根に絡みつかれて身動きが取れなくなっている者もいた。その足元には壊れたカンテラが転がっている。
 メルセディア自身は多勢に無勢でありながら、多数のキラープラントを引き付け、しかも割合良く抑えていると言って良い。目の前のキラープラントを切り結びながら、倒れている仲間に向かおうとするキラープラントに向かって闘気の刃を飛ばしたり、と。

 倒れている兵士連中は――ウィスパーマッシュの魔法で眠らされたのか。赤転界石を発動させて帰還用ゲートが開かれてはいるが……眠らされてしまっては退避する事も出来なくなってしまったらしい。
 ……うーん。綺麗に宵闇の森にハメられてるなぁ。まだ深刻な事態になってなくて良かったが。だがあまり悠長に構えているわけにも行かない。森の奥の茂みが揺れて……新手のキラープラントが集まってきている気配がある。

「行きます」

 グレイスは一切躊躇せず、茂みの奥からメルセディアの方へ向かってくるキラープラントに向かって突撃して行く。

「アシュレイは寝ている連中を。シーラはメルセディアの加勢。イルムは2人の援護」
「解りました!」
「了解」
「背中は任せてね」

 手早く指示を出すと、彼女達はそれぞれの仕事に取り掛かった。
 俺は――茂みの中で眠りの魔法をかけているキノコどもを蹴散らすか。起こした傍から眠らされては元も子も無い。
 適当に茂みの深い所に火球を叩き込んで炙り出してやると、ウィスパーマッシュの一団がパニックに陥りながら焼け出されてきた。

 その内の一匹は火が点いたままで、兵士達を助けに行ったアシュレイの方へと向かったが……彼女のロングメイスで元いた方向に打ち返される。
 こっちにくるな、とばかりに中空で木の根によって弾かれ、森の中を焼きキノコがあちらこちらへとラリーされるという、中々珍しい光景が見れた。



「――助かった」
「全くだ。君達が来てくれなかったら、どうなっていた事か」

 メルセディアは大きく息を吐いた。強力催眠謎幻水
 俺達が加勢に入った上で兵士達も眠りから起こしてしまえば、もう数の上で後れを取る事もない。
 キラープラント達を片付けて一息吐いた所で、メルセディアと兵士達からそんな風に礼を言われた。
 話を聞いて見ると、照明として使っていたフェアリーライトがキラープラントとの戦闘中に叩き落されてしまい、兵士の1人が混乱に陥ってカンテラに火を点けてしまったそうだ。

 それで木の根で押さえつけられるなどして騒ぎになっている間にキラープラントが集まって来てしまった……というわけだ。
 後はキラープラント集団に手古摺っている間に、ウィスパーマッシュが眠りの魔法を掛けて来て、抵抗に失敗して1人倒れ2人倒れ、数で押されて、と。
 まあ中々、初見としては典型的な詰まされ方をしてしまったようで。

「フェアリーライトはそれぞれが多めに持ち歩くと良いですよ」

 予備を荷物袋などに入れておくと安心なわけである。

「重ね重ねすまない。有り難く参考にさせてもらう」

 メルセディアは兜を脱いで真剣な面持ちで頷いた。
 どうやら兜のバイザーが壊れてしまったようで、そのまま被っていると視界の妨げになってしまうようだ。

「メルセディアさんが宵闇の森担当?」
「ああ。私達の割り当てはこの森での訓練だが……」
「……メルセディア隊長」
「何だ?」

 兵士の1人がおずおずと進言してくる。

「冒険者を雇っても良いと言う事になったんですよね? その方達に協力してもらうというわけにはいかないんですか?」
「それは――難しいな」
「どうしてです?」
「我々は先日冒険者達と諍いを起こしているだろう。あの時は邪魔だが、今は必要だからお願いしますなどとは言えんさ。一旦撤退し、我等全員、上の階層で訓練し直すべきだと私は思う。その間、私はこの森の事を勉強し直す」

 ……どこぞのフェルナンドに聞かせてやりたいセリフだな。

「……解りました」

 兵士達もメルセディアの言葉に納得したらしい。

「ですが、転界石をこの森で集めるのですか?」
「……そうか。赤はさっき、使ってしまったのだったな」

 メルセディアは暫く瞑目していたが、やがて俺の方に向き直ると、頭を下げてきた。

「テオドール殿。厚顔無恥なのは重々承知をしている。どうか帰還まで同道しては貰えないだろうか。勿論、正式な依頼として、依頼料も支払わさせていただく」

 調査ではなく、帰還まで、か。
 迷宮内で赤転界石を売って欲しいと言わないのも、まあ正しい。VIVID
 自分の言を翻したのは――自尊心より士気が最低状態の今、この状態から全員を無事に帰す方が先決で、それが隊長としての彼女の責任だからということなのだろうが。

 皆に視線を送って意見を求めると、彼女達は頷いた。まあ、人助けだと思えば、だな。

「解りました。受けましょう」



 先程の戦い方を見ていた限りでは……目を覚ましてからは兵士達も中々堅実な戦い方をしていたから、不測の事態にさえ陥らなければ宵闇の森でもやって行ける力量はあるのではないかと思うが。
 つまり彼らに必要なのは、場数と経験、それから迷宮の知識だろうとは思うのだ。
 なので実地で宵闇の森の立ち回り方などを見せながら進む事にした。
 立ち回りと言ってもウィスパーマッシュの眠りの魔法を防ぐ魔法をまめにかけ直す事と、フェアリーライトをちゃんと活用する事の2点に気を付けるだけでも、宵闇の森の危険度はかなり下がる。

 フェアリーライトを摘んで照明代わりにするとか予備を持つというのは良いのだが、これに時々、回復魔法を掛けてやると長持ちしたり光量が上がったりする。火ではないからと魔法の明かりを灯すのも良くない。フェアリーライトの光と違って、眠っているキラープラントを起こしやすい。

 後は基本に忠実に。丁寧に索敵して魔物を回避したり。動かずに擬態しているキラープラントを目ざとく見つけて先制攻撃で各個撃破したり。
 そんな風にして、何時になく丁寧に迷宮攻略をしつつ転界石を集めていたのだが……ふと先行しているシーラが足を止め、道の脇にある、茂みの奥をじっと見ている。

「ん? どうかした?」

 敵だと思ったら敵だと、シーラははっきり言うはずだ。

「何、か……よく解らない」

 珍しく歯切れが悪い答えが返って来た。シーラの視線の先を追うが、暗い森に点在するフェアリーライトの明かりがぽつりぽつりと見えるだけだ。

「あの辺り?」

 イルムヒルトが茂みの一角を指差し、シーラは頷く。
 俺もライフディテクションを使って見てみると、確かに――何かいる。
 小さな反応。温血動物の輝き。そしてそのシルエットは――人間の、女の子?

 がさり、と葉擦れの音を立てて、茂みの上から顔を出す。魔法を解除して通常の視界に戻す……と、金色に輝く双眸と視線が合った。
 闇に溶け込むような黒い髪と、浮かび上がるような白い面。

「女の、子?」
「どうして、こんな所に?」

 兵士達が疑問の言葉を口にする。その疑問は尤もだ。子供の冒険者というのは俺も含めてそれなりにいるが……ソロで宵闇の森というのは……中々に異常だろう。それとも仲間とはぐれたか?
 少女はこちらをじっと見ていたが、やがて身を翻すと、茂みを揺らしながら森の奥へと進んでいく。蔵八宝

「おっ、おい!」
「危ないぞ! 戻れ!」

 兵士達が口々に呼び掛け、少女を追いかけて茂みに飛び込んでいく。まあ、確かに。仲間達とはぐれた子供冒険者だとすれば保護すべきなんだろうが。

「今の、子。どこかで――」

 呆然とした面持ちで呟いたのはイルムヒルトだ。
 どうやら……追わない、という選択肢はないようだ。

「プロテクション」

 第6階級の防御用光魔法。薄い光のヴェールだが、金属鎧に匹敵する防御力を持つ。そんな魔法の防御膜を展開して、茂みをかき分けながら少女を追う。
 すぐに――異常に気付いた。茂みを進む速度が異常に早い。中々距離を縮められない。
 俺だけ先行すべきかとも思うが、分断する策だったら目も当てられないので突出するわけにもいかない。

 やがて俺達は宵闇の森の外縁部まで到達した。
 つまり、森の外側を包んでいる迷宮の外壁部分だ。木と木の間に隠れるようにして、それは在った。
 幾重にも重なる楕円形のレリーフが刻まれた……閉ざされた扉だ。
 その封印された扉の前に、場違いなドレス姿の少女は立っていて――。

「なん、だ?」
「おい、嘘だろ?」

 少女が扉に触れたかと思うと、水が染み込むようにその向こう側へと消えて行った。
 イルムヒルトに視線を送る。いつもにこやかに笑っている彼女だが、今回ばかりは目を丸くしている。

「イルム。今の子を知ってる?」

 小声で尋ねると、彼女は眉根を寄せる。

「わか、らないの。どこかで見た事があるような、ないような」

 イルムヒルトの曖昧な記憶というのは――迷宮時代のそれに他ならない。
 今の迷宮の壁に溶けていくような消え方と言い……そもそも迷宮側にとって侵入者ではない可能性が高い。
 それに――この扉。

「封印の扉、か」

 見つけてしまったと言うべきか、それとも、さっきの女の子に誘導されたと言うべきか。
 だが、俺の知るそれと、レリーフのデザインがかなり異なるものだ。
 このレリーフには、景久の経験則に照らし合わせるなら意味があるはずだ。正確に記憶しておくべきだろう。新一粒神
 図形を寸分違わず記憶するなら、カドケウスに任せるのが良さそうだ。

2014年12月2日星期二

魔術師の事情

「よし。これで一区切りかな」

 アルフレッドは嬉しそうな声を上げると、大きく伸びをした。

「いや本当、お疲れ様」印度神油

 道具を運んだり加工を手伝ったり。工房に顔を出した時は、俺も出来る作業を手伝ってきた。アルフレッドの奮闘もあり、警報装置は一先ず完成。孤児院の人数分に加え、常駐する騎士用の通行証が揃ったわけだ。

 出来上がった通行証は後で孤児院に届けるとして……実動部隊を叩き潰したのが効いたのか、あれから教団の方に動きはない。あちらが動いた事で見回りも活発になっているし、動きにくくはあるだろう。俺も封印の扉の事があるからその間、大腐廃湖の探索や工房での作業などを進めさせてもらっているが……油断は出来ないな。
 教団については尋問も進んでいるだろうから、遠からずその結果が聞けるだろうとは思うのだが。 

「そう言えば、デュオベリス教団の刺青ってどうなの?」

 アルフレッドが尋ねてくる。

「どうって言うと?」
「魔人と瘴気云々は置いておいて、魔法技師としては気になる話ではある……とか言ったら不謹慎なのかな」
「ああ……そういう事か。いや、不謹慎とは思わない」

 敵方の技術を分析して盗める部分は盗んでしまおうという話だ。刺青対策は考えたし、あれはあれで有効だと思うが、仕組みの面から考える事で他に見えてくる部分もあるだろう。
 となると、あの刺青がどういう種類の術なのか、という話になってくるか。

「信徒は刺青をしているだとか、どんな武器を持っているかまでは良いとしても。教団の事はそこまで詳しくはないんだよな……。連中、南方で活動してる奴らだし」

 BFOでは……連中の使うリストブレードなどはアサシンスタイルに憧れたプレイヤーが、南方で鹵獲して複製などしていたから知っているのだが。
 刺青は恐らく、マジックサークルや魔道具と同じような仕組みで動作するのだと思う。魔道具が素材に応じて術の書き方を工夫するように。人体に書き込むのに適した翻訳(・・)がなされた記述を行うのだろう。そこまでは察しが付く。

「問題は瘴気をどうやって扱っているか、かな?」
「そうだね」

 連中自身は瘴気に蝕まれたりしないのだろうかという疑問が湧く。そこの仕組みを探る事でまた別の瘴気対策に繋がるかも知れないし。

 可能性としては……刺青を施された者の魔力を瘴気に変換しているか、或いはもっと根本的に、体質を変えて魔力資質を魔人に近い物にしているか。後は……巫女や神官が女神や精霊の力を借りるように、魔人と何らかの契約を結んで一時的に力を借りるという方式も考えられる。
 そう言ったいくつかの可能性を提示するとアルフレッドは苦笑した。強力催眠謎幻水

「どうにも対策には結びつきそうにないね。瘴気に対抗する為に瘴気を扱うとか、本末転倒な気がする」
「無効化しているって感じはしないからな」
「契約を結んで、借りているかもというのは気になるね」
「……魔人が背後にいるかもって事になるだろうしな。有り得ない話ではないけど……」

 そんな風にアルフレッドと話をしていると、ビオラが顔を覗かせた。

「お話し中済みません。迷宮からバリュス銀が送られて来ていたみたいなんですが」
「……それね。転送したけど忙しいから後回しと思ってたんだ。製法についても色々あるし、警報装置も一区切りした所だから今日はその話はいいよ」
「ああ、いえ。使い道だけでも聞いておこうかと」
「そうだね。金属っていう事は、装備品になるんだろう?」

 ビオラの言葉に、アルフレッドも頷く。

「うん。グレイスの斧にと思ってた。ノーチラスの魔石も残ってたし、それも組み込もうかなって思ってたけど」
「なるほど。ではグレイスさんの意見も反映させたいので聞いてきます」

 と言っている所に、当人であるグレイスがトレイに焼き菓子を乗せて入ってくる。焼き菓子。要するにクッキーだな。美味しそうな匂いがしている。

「お疲れ様です。お茶とお菓子はいかがですか? 焼きたてですよ」
「ありがとう。丁度区切りが付いて話をしてた所なんだ」
「それでしたら、お庭の方でどうでしょうか?」
「今日は天気も良いし、そうしようか」

 工房の庭では例によって皆が訓練の最中である。

「ではそちらでお茶を淹れますね」

 グレイスと一緒に庭の方へ移動する。

「ああ、グレイスさん。新しくバリュス銀で斧を作るのですが、何かご希望とかありますか?」

 移動の途中でビオラに問われたグレイスはほんの少し目を丸くしてから答える。

「そうですね。基本の形はあのままで……バランスをあまり変えない方がとは思うのですが」
「扱い慣れた形が一番ですからね。分かりました。作る際に留意してみます」

 素材を変えても使用感を残すというのは中々難しそうだ。その辺はビオラの腕の見せ所なのだろう。

 中庭ではタルコットとチェスターがアクアゴーレムと戦闘訓練していた。パーティーのみんなは休憩を取っている。入れ替わりで特訓中と言った所か。
 主に空中戦装備の熟練度を上げる為の訓練内容だ。3次元的な挙動を前提としたアクアゴーレムの動きに、2人ともやや戸惑っている様子が見受けられるが……あれはあれで楽しそうにも見える。

「2人ともお茶にしない?」
「いや。俺はまだ訓練を始めたばかりでな」
「ああ。段々面白くなってきた所だ」VIVID

 という答えが返って来た。2人とも、意外に気が合うようだ。
 まあ、そういう事ならこちらは先に焼き菓子と茶を頂きながら観戦させて貰う事にしよう。

 チェスターが前衛となりアクアゴーレムと矛を交える傍らで、タルコットはゴーレムと一定の距離を取りながら、遠距離設置型の砲台として使えるマジックスレイブをあちこちに配置。チェスターの隙を埋めるように様々な方向からエアバレットを撃つ事で支援と攻撃を両立させている。

「タルコットの制御、かなり安定してるな」

 チェスターの邪魔にならないようにきっちりカバーしている。以前のような不安定な危なっかしさは感じられない。

「基礎をみっちりやって来たみたいだからね」

 アルフレッドが笑みを浮かべて、それから女性陣のテーブルの方に視線を送った。
 オフィーリア嬢の隣に座って、訓練風景に目を丸くしている三つ編みの少女は、シンディー=バニスターというそうだ。例の、タルコットの片思いの相手と言う事らしい。

「どうもね。タルコットと似合い過ぎる相手だなと思っていたら、オフィーリアがお節介を焼いていたみたいなんだ」
「……なるほど」

 つまり、オフィーリア嬢の友人と言う事か。シンディーはオフィーリアの紹介でタルコットと知り合ったと言う事になるだろうか。

「バニスター家は騎士の家だけど……シンディー嬢は魔法の方が才能があるからって、フォブレスター侯爵家に士官の口を求めてきたそうだ」
「ああ、それで知り合ったと」
「うん。将来性を見込んでフォブレスター侯が学舎にと送り出された。見習いではあるけれどなかなか魔法の腕は立つし、将来的にはオフィーリアの護衛に据える方向で考えておられるそうだよ」

 アルフレッドがここに連れてくるのを了承するぐらいだから、身元はしっかりしているのだろうとは思っていたが。うん。そうなると、オフィーリアの身内ぐらいの感覚だな。納得がいった。

「シンディーもタルコットと一緒に訓練に混ざってはいかがかしら?」
「わ、私はあんな高度な白兵戦、まだ出来ませんよ。遠距離射撃ばっかりですから訓練の邪魔になってしまいます」

 などと、オフィーリアとシンディーの会話が聞こえてくる。
 シンディーは遠距離型か。要するに、正統派の魔術師だ。蔵八宝

「あら、テオドール様。丁度良い所にいらっしゃいました。シンディーは最近伸び悩んでいるそうなのです。何か助言はありませんか?」

 オフィーリアは俺とアルフレッドの姿を認めると相好を崩して尋ねてくる。

「遠距離戦は僕の専門外ではありますが……そうですね。使い魔を得る事でしょうか」
「使い魔ですか?」
「ええ。遠隔魔法でマジックスレイブを置き、使い魔の視界を利用する事で、術者自身は全く姿を見せずに超遠距離射撃を行うことが出来ます」

 対抗策としては相手の使い魔を潰す事で遠隔魔術師の目を奪う、という形になってくる。ライフディテクションで壁越しに位置を把握してスレイブから射撃という手を使っている奴もいたが、それはそれでフレンドリーファイアが起きやすいから、味方がいない状況で使うべき手だ。

「……ごめんなさい。高等過ぎて無理です。マジックスレイブは使えますが……」

 シンディーは申し訳なさそうに首を横に振るが……マジックスレイブは魔術師として割と正統派な系統樹の技法だ。目指すべき方向性としての話でしかない。
 ちなみにアシュレイは治癒術士寄りなので射程は短い部類。マルレーンは巫女兼召喚術士なのでやはり基本からは離れる。2人とも魔法資質の面から言えば、あまりマジックスレイブの習得に向いていないのだ。

「今は使い魔に慣れておくのは重要、と言う事で理解しておいていただければ十分かと。矢面に立たずに戦うのも魔術師の戦い方の1つですから」
「しょ、精進します」
「テオドール様は学舎の講師にもなれそうですね」

 アシュレイが微笑みを浮かべて言うと、マルレーンがこくこくと頷く。

「どちらかと言うと、テオドールは教導官な気がする」

 シーラが焼き菓子を摘まみながら言う。

「教導官って?」

 イルムヒルトが首を傾げると、シーラが答えた。

「先生の先生。グランドマスターとも言う」

 いや……それはどうなんだろう。専門であるバトルメイジはピーキー過ぎてあまり需要が無い気がする。それ以前に魔力資質絡みで魔力循環が出来る人間が殆どいないようだし……。新一粒神

2014年12月1日星期一

嵐の前らしい

なんにせよ、一度村まで戻ろうと言うシオンの提案に、反対する者はいなかった。
 森の中にいた為に、蓮弥は時間の感覚がなかったのだが、シオンが言うにはこのまま探索を続ければ、森の中で日没を迎えることになり、夜行性であるゴブリン相手に、用意のない人間が立ち回るのは非常に危険だと言う。狼1号
 ゴブリンって夜行性なのか、と新しい情報に驚く蓮弥に、魔獣や魔物と呼ばれる存在達は、一様に夜行性であり、これは常識であるとシオンは言い切る。

 「だからといって、昼間に行動してないわけではないがな」

 村に戻って、拠点として借りたと言う空き家に置いてあった荷物を漁りながらシオンが言う。
 荷物は森の中に置いてきた6人の分も合わせてかなりの量が置いてあった。
 村に戻った時に、村人達は人数が減っているのを見て何があったのかとシオンに問いかけたが、シオンは6人は途中ではぐれてしまって行方が分からなくなったと説明している。

 「まさか、こちらを襲ってきたから叩きのめして森に放置しました、とは言えないからな」

 「ギルドへの報告もそんな感じで?」

 蓮弥が尋ねるとシオンはすぐにそれを否定した。

 「ギルドに嘘はつけない。本当のことを報告する」

 「俺、犯罪者扱いにならないかな?」

 この世界にだって殺人罪はあるだろうと心配する蓮弥。
 ただ、この場合の心配は、自分が犯罪者になるであろうことへの心配ではなく、犯罪者として拘束される面倒さへの心配ではあったのだが。
 その心配をシオンはあっさりと否定した。

 「問題ない。私とロウが証人になるから。依頼中の事故は同行していた者の証言が証拠として一番有力視される」

 「ああいう人達は常日頃から素行が悪いものだから、きちんと説明すればすぐ無罪放免になりますよ」

 こちらも荷物をかなり適当に漁りつつ、ローナが請け負ってくれるが、口ぶりからしてある程度は拘束されるらしいことを察して、蓮弥はげんなりとした表情になる。

 「それにしてもこいつら、本当に武器持ってないんだな」

 「使えないですね。着替えとかはもう使う人もいませんから、全部燃やしてしまいましょう」

 備え付けの暖炉に火を入れて、二人は本当に適当かつ大雑把に、必要のなさそうな荷物をぽんぽんと放り込んで燃やしてしまっている。
 そのあまりに適当な扱いに、おそらくはすでにこの世にはいないであろう6人の冥福を蓮弥はこっそりと祈った。

 「何か探しているのか?」

 容赦なく燃えて灰となっていく荷物を見ながら蓮弥が尋ねる。

 「適当に金品。それとレンヤに武器があればいいなと思ったんだが」

 言ってる事がほぼ完全に泥棒の口ぶりなのに、軽く引く思いをしながら、武器ならば一応持っていることを、竹刀を指し示しながら蓮弥は言うが、シオンはそれをあっさりと却下した。

 「レンヤがそれに思い入れがあるのは分かるが、ちゃんと刃のついた武器を使うべきだ」

 流石に、竹刀を棒扱いした時の蓮弥の豹変っぷりを見ているので、同じ愚を犯すことはなかったが、言外にそれは戦闘に向かないと言う旨を口にするシオン。

 「攻撃が突きに限られるようでは、戦闘の幅が狭まるだろう?」

 「あの身のこなしなら、問題ない気もしますけどね」

 シオンの言葉に蓮弥をフォローするようにローナが言うが、シオンはそれを否定した。

 「突き技だけで問題ないのであれば、斬撃が使えればもっと余裕のある戦いができるはずなのだから、やはり武器は変えるべきだ」sex drops 小情人

 「そういう考え方もありますね」

 「これはもう、私の予備の武器を渡す以外ないかな」

 「えーと、まぁ、迷い人なら問題ないでしょう」

 ローナがなんだか引っかかる物言をするが、シオンは気にした様子も無く、自分の荷物の中から一振りの長剣を引っ張り出すと、蓮弥に手渡す。
 渡された長剣の鞘を払って、蓮弥は刃を露わにすると、目の高さで長剣を水平に右手一本で構えてじっと刃に目を凝らす。
 しばらくそうしていた蓮弥は、抜いた時と同じく慣れた手つきで剣を鞘へ戻した。

 「どうした?」

 「いや、造りのいい剣だな、と」

 シオンに聞かれて答えた蓮弥の声はどことなく平坦だった。
 本音の部分を言ってしまえば、蓮弥は渡された長剣の作りが非常に不満だったのだ。
 刀身自体は装飾の施されていない、実用一辺のものだったが、刃に使われている鉄は蓮弥から見れば非常に粗悪でとても命を預けようと言う気持ちにはなれなかった。
 刃自体も、ある程度鋭くなるように研いだだけの代物で、これできちんと斬れるかと言われると、はなはだ疑問であるとしか返答できない。
 中世の武器は、板金鎧の上へ叩きつけるような代物で、斬ると言うよりは叩き潰すというのが正しい程度のものでしかなかった、と言う知識が蓮弥の頭の中にはあった。
 おそらくは、それと似通った技術しか普及してなく、またそれと同じような使われ方しかしない武器なのだろう。
 刃部分のおそまつさとは対照的に、柄の部分に施されている細工は見事なものだった。
 握りの部分は無駄な装飾は使い勝手の悪さにしか繋がらないので、なめした革を細く割いて編みこんで巻きつけただけであったが、鍔の部分には絡み合う龍の細工が金と銀で施されており、中央には向かい合った二匹の竜をデフォルメして紋章としたものが掘り込まれている。

 「柄の部分は、えらい高価そうだね」

 「柄の部分は伝来のものだが、刀身は何回か折れて替えているものだから、お眼鏡にはかなわなかったようだな」

 ちょっと悔しそうな表情をシオンが浮かべた。
 品質的には不満が残る代物ではあったが、せっかく貸してくれたものなのだから、使わなくては申し訳が立たないだろうと、蓮弥は竹刀をインベントリに収納する。

 「おや、虚空庫持ちか、うらやましいな」

 「本当ですね。それだけで荷物運びの依頼が殺到する技能ですよ」

 竹刀が何もない空間に消えるのを見て、二人が感心したような声を上げる。
 何を言われたか分からずに、視線だけで蓮弥が疑問を提示すると、シオンが説明を続けた。

 「今、何もない空間にその武器を仕舞っただろう? それは虚空庫と呼ばれる技能で、持っているものはそんなに多くない」

 「しまっておける個数はそんなに多くないと聞きますが、重さを無視できるのは羨ましい技能ですよね」

 蓮弥は床に広げられている荷物へ目をやる。
 当初より、次の馬車の定期便が来るまでの調査のつもりだったのだろうが、二日分とは言え、二人の荷物はそこそこの量になっていた。
 主に、食料やら水、傷薬やら装備の整備に必要な小道具が目に付く。
 おそらく目に付かない所には着替えやらなにやらも詰まっているのだろう。
 そう言った物を運ばずに済む技能と言うのは、二人のようにあちこちに移動することの多い者からすれば、確かに羨ましい限りの技能といえるはずだ。

 「帰り足は、二人の荷物を俺の、その虚空庫とやらで運んでもいいが?」

 「それは助かる。運賃も浮くしな」

 馬車の運賃は、人数もさることながら、荷物込みの重さで決まるらしい。
 ローナが言うには、別に秤に載せられるわけではないのだが、馬車の御者が乗る人の装備やら荷物のかさ等から判断して値段を決めるのだと言う。曲美

 「お安い御用だよ。その前に、調査とやらを無事に終える必要があるが」

 「そうだな。相手はゴブリンとは言え十分に気をつけなくては」

 「不慣れな土地ですからね」

 調査と漠然と言ってしまっているが、森の中の地図などあるわけがないので、基本的には適当にうろうろとして、ゴブリンの集落でも見つかれば儲けもの、くらいの話だとシオンは言う。
 もしくは、エサ等を探しているゴブリンたちの後をつけて、集落の位置を割り出せればいいと言う事らしいが、地図も無いのに森のどの辺に集落がある、と報告するつもりなのだろうという疑問が沸いてくる。
 その辺りを確認してみようと口を開きかけた蓮弥は、首筋になにやら冷たい感触を覚えて、思わず背筋を振るわせた。
 右手で寒気を感じた辺りをさすりながら、蓮弥は一人窓辺に近寄る。
 この世界、ガラスを作成するくらいの技術は開発されているらしく、窓には蓮弥が元いた世界のものとは比べ物にならなかったが、やや不透明で少々凹凸が見えるものの、外の様子をうかがい知ることができるくらいの透明度のものが嵌めこまれていた。
 そのガラス越しに外を見れば、外はもうすぐ夜という時間帯に変わろうかと言うくらいの薄暗さで、赤く染まった空に太陽の姿は無い。
 借りている家が村の外れの方にある為に、見える景色は村の防備として設置されている胸の辺りくらいの高さの木の塀ごしに、少々離れて森が黒く影絵のように見える。
 じっと目を凝らしてみても、影絵の森の中は蓮弥のいる場所からはなにも見えない。
 だが、蓮弥の勘のようなものは間違いなく、その森の中になにかあることを教えていた。

 「どうした、レンヤ?」

 険しい顔で森を見つめていることに気がついたシオンが、声をかけてくる。

 「分からない、だが何かある。森の中だ」

 「迷い人の技能みたいなものか?」

 蓮弥の隣まで歩いてきたシオンも、窓から森の方を眺めてみるが何も感じないらしく、首をかしげながら蓮弥に問う。
 ほんのわずかな時間、迷うように考えてから蓮弥は首を左右に振った。

 「技能ではない、と思う」

 「勘か」

 「ああ、だけどかなり確信を持って言える」

 記憶の方はあの神様に消されていたとしても、身に付いた感覚は消えない。
 その感覚を信じるべきである、と蓮弥は確信していた。

 「私は何も感じないし、見えないが。レンヤがそこまで言うのであれば調べてみる価値はあるのかもしれないな。ロウ、頼めるか?」

 「はい、問題ありません」

 シオンがローナの方へ向き直りながら頼むと、ローナは頷いて胸の前で両手を組んだ。
 豊かすぎる胸がぎゅっと押し上げられてその存在を無理やりにでも意識させるかのように強調されるポーズだが、今はそんなことを考えている場合では無さそうだと蓮弥は軽く頭を振る。K-Y
 何をするつもりだろうと、蓮弥が注意深く見守る中、ローナの唇から淀みなく言葉が紡がれていく。

 「我は請い願う。我が信奉せし尊き方に。我らが安寧を乱す存在を、指し示さんことを」

 ローナの組まれた両手の間から、何か力強い波紋のようなものが広がるのを蓮弥は知覚した。
 それはまるで、潜水艦のエコーのように素早く広範囲に広がって行き、しばらくしてから広がって行ったのと同じ速さで戻ってくると、またローナの両手の間へと収束していった。
 波が収束すると同時に、ローナが顔を上げて蓮弥を見つめた。

 「確かに、森の中に敵意を持った何かがいます。それもかなりの数です。50以上で……はっきりとは分かりません。この分だと探査範囲外にもかなりの数が……」

 「今のは……?」

 はっきりと言い切られても、蓮弥には今、何が起こったのか理解できない。

 「今のは法術と言って、神に仕える僧侶が扱うものの中の<探査>だ。効果範囲内に害意を持つ者が在れば術者に教えてくれる。しかし……50以上だと? 一体何が……」

 「瘴気の森で、これだけの群れを作るものとなりますと」

 「……不味いな。指揮官付のゴブリンどもか」

 シオンの言葉に蓮弥は、村に戻る前に見たヘルプの情報を思い出す。
 稀に個体能力の高い者が生まれると大集団を形成するような書き込みがあったのを。

 「取りあえずロウ、村長の所へ走ってくれ。大急ぎで女子供の退避と戦えるものの準備を」

 「わかりました」

 答えと同時にローナは走り出している。
 その背中を見送ったシオンは、蓮弥へ向き直る。

 「どうにも運の悪いことばかり続くが、手伝ってもらえるか?」

 尋ねる口調に余裕がない。
 相当に不味い状態なのだなと蓮弥は察した。

 「攻めてくるかな?」

 蓮弥が疑問を提示すれば、シオンは即座に頷いた。

 「50以上も数を集めて、偵察に来たと言うことはないだろう。指揮官付なら尚更だ」

 「戦力差はどの程度だ?」

 「この村の人口は50人ちょっと。そのうち十全に戦える若い男は10人くらいだ。数の上だけなら私達を含めて13対50以上と圧倒的に不利だ。しかも村の男達は戦闘の訓練を受けているわけではないから1対1でなんとか、1対2以上になると防戦一方になるな」

 「負けた場合は」

 「考えたくはないが」

 渋い顔で前置きしてからシオンは言う。

 「村一つ食い物にされる。奴らは人の死体もエサとしか見ない。私も含めて若い女は、殺されなければ、殺されていた方がマシだったと思うような目に遭うだろうな」

 「ひゃっほー、子沢山な未来が待ってるな。AVも真っ青な展開だ」

 おどけて蓮弥が言うが、あまり意味は通じなかったらしい。
 当然といえば当然だろう。
 この世界にAVがあるとは思えない。
 だが、何を言おうとしているのかは通じたらしく、心底嫌そうな表情を向けてくる。SPANISCHE FLIEGE D5